令和5(わ)218 殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年12月9日 徳島地方裁判所
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判決文本文6,493 文字)

主文 被告人を懲役8年6月に処する。 未決勾留日数中260日をその刑に算入する。 徳島地方検察庁で保管中のフルーツナイフ1本(令和6年徳地領第397号符号2)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 令和5年11月27日午後5時頃、徳島県阿南市a町bc番地def号棟3階廊下において、A(当時57歳)に対し、殺意をもって、手に持ったフルー ツナイフ(刃体の長さ約8.7㎝。令和6年徳地領第397号符号2)でその左顔面付近を切り付け、その左臀部等を突き刺すなどしたが、同人に左顔面神経下顎縁枝麻痺の後遺症を伴う加療約3週間を要する左耳介部から前頸部にかけての切創、左臀部刺創等の傷害を負わせたにとどまり、同人を死亡させるに至らなかった 第2 業務その他正当な理由による場合でないのに、前記日時場所において、前記フルーツナイフ1本を携帯したものである。 (争点に対する判断) 1 争点 本件の主たる争点は、殺意の有無及び程度である。 当裁判所は、判示第1の犯行時、被告人には、確定的殺意はなかったものの、被害者が死亡しても構わないという考えがあり、未必の殺意があったと判断した。 以下、その理由を説明する。 2 前提事実 関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 犯行に至る経緯被告人と被害者は、少なくとも7年程前から友人関係にあり、被害者が被告人の2匹の飼い犬を被害者方で成育していたこともあって、被告人は、頻繁に被害者方へ出入りするなどしていた。しかし、被告人と被害者は、被告人が被害者方の玄関ドアをへこませたことなどをきっかけに関係が悪化し、被害者は 被告人との縁を切りたいと考えるようになっていた。 被害者は、本件当日の午後4時 た。しかし、被告人と被害者は、被告人が被害者方の玄関ドアをへこませたことなどをきっかけに関係が悪化し、被害者は 被告人との縁を切りたいと考えるようになっていた。 被害者は、本件当日の午後4時29分頃、被害者の内縁の夫である目撃者を通じて、被告人に対し、被害者方に出入りすることを禁止する旨を電話で伝えた。これに対し、被告人は、2匹の飼い犬を被告人のもとに返すよう被害者に要求したが、被害者はこれを断った。被告人は、被害者の態度に激高し、被害 者に今から被害者方に行くことを告げ、自宅にあった刃体の長さ約8.7㎝で鋼質性のフルーツナイフを持ち出して被害者方へ向かった。 ⑵ 犯行状況被告人は、被害者方の玄関前で被告人を待ち構えていた被害者及び目撃者の方へ早歩きで向かいながら被害者の名前を呼んだのに対し、被害者は手をあげ ながら「はい」と言って、被告人の方向へ一歩半ほど前に出た。 被告人は、さらに被害者の方へ近づき、被害者の左顔面付近で、右手に持ったフルーツナイフを右上から左下に振り下ろし(以下「顔面付近への暴行」という。)、被害者の髪の毛を切断するとともに、被害者の左耳介部から前頸部にかけて切創の傷害(以下「顔面付近の切創」という。)を負わせた(この点、 被告人は、顔面付近への暴行により顔面付近の切創が生じたかはわからない旨を述べている。しかし、暴行の態様と切創の形状が整合していること、他に切創を生じさせる具体的な原因が考えられないことを考慮すると、顔面付近への暴行により顔面付近の切創が生じたことは合理的な疑いなく認められる。)。 目撃者は、被告人と被害者との間に割り込み、被告人を制止したが、被告人 は、被害者への攻撃を続け、被害者の左臀部付近を前記フルーツナイフで2回 刺した(以下「臀部付近への各暴 る。)。 目撃者は、被告人と被害者との間に割り込み、被告人を制止したが、被告人 は、被害者への攻撃を続け、被害者の左臀部付近を前記フルーツナイフで2回 刺した(以下「臀部付近への各暴行」という。)。被害者は、臀部付近への各暴行により、左臀部及び左大腿部に刺創を負った。 ⑶ 被害者の傷の形状等顔面付近の切創は、左耳介部から前頸部にかけて生じており、長さ約16. 5㎝、深さは最も深いところで約2㎝で下顎骨に達し、骨膜を傷つけていたほ か、下顎を超えて前頸部にまで及んでおり、頸動脈との距離はわずか2㎝ほどであった。 左臀部の刺創は、深さが約3~5㎝で、下殿動脈を損傷し、大腿部の刺創は、深さが約6~10㎝で、大腿深動脈を損傷していた。また、これらの刺創を形成したフルーツナイフの向きは、いずれも、下側(足元側)が刃、上側(腰側) が峰で、被害者が直立していたと仮定した場合、ほぼ水平に挿入されていた。 ⑷ 犯行後の状況前記一連の攻撃の後、被告人は、フルーツナイフを地面に放り捨てて、目撃者に対し、救急車を呼ばなければ被害者が死ぬぞなどと言い残し、自らは被害者の救命措置をとることなく、自宅へと帰った。 被害者は、大腿深動脈等からの大量出血を主な原因とする出血性ショックにより一時心肺停止となったが、Bで救急医療の処置を受け、一命をとりとめた。 ⑸ 目撃者及び被害者の各供述の信用性についての補足ア目撃者は、犯行状況につき、前記の認定事実に沿う供述をするが、同供述は、被害者の顔面付近の切創と整合的であり、その内容も自然で、具体的 かつ迫真性がある。もっとも、目撃者の供述を前提とすると、目撃者が被告人にタックルするような体勢の中、被告人が被害者の左臀部及び左大腿部を深く刺したことになるが、そうした行為が 然で、具体的 かつ迫真性がある。もっとも、目撃者の供述を前提とすると、目撃者が被告人にタックルするような体勢の中、被告人が被害者の左臀部及び左大腿部を深く刺したことになるが、そうした行為が可能であったか疑問が残る。しかし、被害者が急に襲われる緊迫した状況下で、必死に被告人を制止しようとしていた目撃者が、自身の体勢等について的確に認知、記憶できなかったと しても不自然ではなく、それ以外の部分について信用性を否定するものでは ない。 したがって、目撃者の供述は、目撃者が被告人を制止しようとしたタックルの体勢の部分を除いて、信用することができる。 イ一方で、被害者の供述は、被害者が顔面付近をフルーツナイフで切られるまでのものについては目撃者の供述と整合しているが、顔面付近をフルーツ ナイフで切られた後のものは、あいまいかつ断片的なものとなっている。これは、被害者が急にフルーツナイフで切られて顔面付近の切創を負った影響によるものと考えられ、後者の供述部分については、被害者の認知、記憶に疑義が残る。そうすると、被害者の供述は、目撃者の供述と合致する限度においては信用できるが、その余の部分については、十分な信用性が認められ ない。 3 争点に対する判断前記2⑶で認定した顔面付近の切創の形状等によれば、顔面付近への暴行は、固い下顎骨の骨膜を傷つけた上、骨に当たっても止まらずに頸部まで到達するほど、強い力で素早くフルーツナイフを振り下ろしたものであったと認められる。 被害者の体に当たるかもしれない距離で、このような強い力で右上から左下に向かってフルーツナイフを振り下ろした意図が、被害者を脅すことにとどまるとは考えにくく、被告人に被害者の体を切り付ける意図があったと考えるのが自然である。 さらに、顔 ような強い力で右上から左下に向かってフルーツナイフを振り下ろした意図が、被害者を脅すことにとどまるとは考えにくく、被告人に被害者の体を切り付ける意図があったと考えるのが自然である。 さらに、顔面付近への暴行によって骨膜を傷つけていることからすれば、被告 人には、少なくとも、フルーツナイフが骨に当たった感触があったはずであり、ひいては、顔面付近への暴行によりフルーツナイフが被害者の体に当たったことの認識があったものと認められる。それにもかかわらず、被告人は、目撃者から制止されても構うことなく、刃体の半分ほどないし大部分が被害者の身体に刺さるほどの強い力で、被害者の左臀部及び左大腿部にフルーツナイフを2回突き刺 している。このような躊躇のない追撃は、被告人において、被害者を積極的に攻 撃する意欲があったことを強く推認させる。 以上のような傷の形状等から推認される行為態様や、行為直後の被告人の認識に照らせば、特定の部位を殊更に狙ったとまではいえないものの、顔面付近の切創が被告人の予想に反して形成されたものとは考えにくい。その直後における被告人の攻撃意欲も併せると、周囲が薄暗く、被告人が飲酒してほろ酔い状態で、 被害者との距離感を誤りやすい状態であった上、途中からは目撃者に制止されたことを踏まえても、顔面付近の切創、左臀部及び左大腿部の刺創が、いずれも被告人の意図しない形でできたという合理的な疑いは残らない。 したがって、被告人は、フルーツナイフが被害者の体(顔面や頸部付近を含む)に当たっても構わないという認識の下で顔面付近への暴行をし、さらに追撃とし て臀部付近への各暴行をしたことが認められる。 そして、顔面付近の切創は、手元が狂う又は被害者が動くなどして、刃先が数㎝ずれて通れば、被害者の頸動脈を傷つけてい への暴行をし、さらに追撃とし て臀部付近への各暴行をしたことが認められる。 そして、顔面付近の切創は、手元が狂う又は被害者が動くなどして、刃先が数㎝ずれて通れば、被害者の頸動脈を傷つけていた危険性があり、左臀部及び左大腿部の刺創は、現に動脈を傷つけ、被害者を出血性ショックによる心肺停止にまで至らせたのであるから、被告人の一連の暴行は、被害者を死亡させる危険性が 高い行為であったといえる。 さらに、本件において、被告人が自らの行為の危険性を認識できないような状況にあったことはうかがわれないほか、犯行直後における被告人の言動(救急車を呼ばなければ、被害者が死ぬ危険性を認識しながら、特に慌てる様子を見せることなく、現場を離れたこと)も併せると、被告人は、被害者に対する各暴行が 被害者を死亡させる危険性が高い行為であると認識しながら、それでも構わないと考えて犯行に及んだことが認められる。 一方で、被告人が殊更に急所を狙っていたということはなく、臀部付近への各暴行の後、さらなる追撃も容易であったのに凶器を捨てて被害者への暴行を止め、被害者がまだ生きていることを認識しながら、とどめを刺そうとせず、むしろ救 急車を呼ぶよう言い残して帰宅したことは、被告人が被害者の死亡を積極的には 望んでいなかったことを示す事情である。もっとも、これらの事情は、被告人に未必の殺意があることを否定するものではない。 以上によれば、被告人は、被害者に対する各暴行が被害者を死亡させる危険性が高い行為であると認識しながら、それでも構わないと考えて犯行に及んでおり、未必の殺意が認められるが、確定的な殺意があったということはできない。 4 被告人の供述及び弁護人の主張⑴ 被告人は、臀部付近への各暴行について、被告人が四つん這いの状態で 行に及んでおり、未必の殺意が認められるが、確定的な殺意があったということはできない。 4 被告人の供述及び弁護人の主張⑴ 被告人は、臀部付近への各暴行について、被告人が四つん這いの状態で、被害者の両足の間から右手を差し入れ、フルーツナイフを上方向等に突き出して被害者を刺そうとしたところ、ごみ袋の上に立っていた被害者がごみ袋の上からずり落ちたのと相まって、フルーツナイフが太ももに深く刺さってしまった のであり、太ももを強く刺そうとしていなかったと供述する。しかし、同供述を前提とすれば、上記ごみ袋に被害者の血液が相応に付着しているはずであるが、被害者が救急搬送される前の現場写真を見ても、そうしたごみ袋は現場に残されていないし、誰かが移動させたことをうかがわせる証拠もない。また、被告人の述べるような犯行態様で、被害者の左臀部及び左大腿部に、本件のよ うな角度で傷の深い刺創が生じるとも考えにくい。以上からすれば、被告人の供述は客観的な状況と整合せず、信用できない。 ⑵ また、弁護人は、被告人が被害者に当たらないようにフルーツナイフを振ったところ、被害者が被告人に近づいてきたため、意図せずフルーツナイフの刃が被害者に当たってしまい、顔面付近の切創が生じた可能性を主張する。しか し、顔面付近への暴行により被害者の体にフルーツナイフが当たったことを認識できたであろう時点より後も、被告人は、特に躊躇することなく、臀部付近への各暴行をしたこと、顔面付近への暴行のとき、被害者が動いていたことをうかがわせる証拠はなく、むしろ被告人を含め現場にいた者全員が被害者は動いていなかった旨の認識を述べていることに照らすと、弁護人の主張は採用で きない。 (量刑の理由)被告人は、無防備な被害者の顔面付近をいきなりフ め現場にいた者全員が被害者は動いていなかった旨の認識を述べていることに照らすと、弁護人の主張は採用で きない。 (量刑の理由)被告人は、無防備な被害者の顔面付近をいきなりフルーツナイフで強く切りつけ、さらに、目撃者に制止されても攻撃をやめず、抵抗できない被害者の臀部付近を強い力で2回刺している。犯行態様は、執拗かつ危険、悪質なものである。 被害者は、死亡しなかったとはいえ、出血多量が原因で、一時は心肺停止になっ ており、本件犯行による生命侵害の危険性は顕著である。また、被害者の顔面付近には大きな傷痕や麻痺の後遺症が残っており、本件犯行による身体的・精神的苦痛が今後も被害者に付きまとうことも想像に難くない。このように、本件の被害は重く、被害者の厳罰希望も当然である。 被告人は、被害者と口論の末、飲酒の影響もあって、被害者から挑発されたと思 い、激高して本件犯行に及んでいる。被害者は、被告人を怒らせるきっかけを与えた可能性はあるが、いずれにせよ、被害者がナイフで刺されるいわれはなく、本件犯行を正当化できるものではない。また、被告人には同種前科が7犯あり、うち6回は服役したにもかかわらず、懲りもせず本件犯行に及んでいることも、被告人に対する責任非難を強める事情である。以上のような事情を考慮すれば、本件は突発 的な犯行であり、確定的な殺意はなく、それゆえ胸腹部等の急所を狙わなかったなどと考えられることを踏まえても、被告人に対する責任非難の程度は強いといわざるを得ない。 上記犯情を前提に、同種事案の量刑傾向を参照したところ、態様の悪質性、被害の重さ、責任非難の程度を踏まえると、本件は同種事案の中でも相当に重い部類に 位置するというべきである。 そして、一般情状についてみると、被告人は、法 向を参照したところ、態様の悪質性、被害の重さ、責任非難の程度を踏まえると、本件は同種事案の中でも相当に重い部類に 位置するというべきである。 そして、一般情状についてみると、被告人は、法廷において、一応の反省や謝罪を述べるものの、不合理な弁解に終始しており、実質的には反省できていないというほかない。また、前記のとおり多数の前科がある上、前刑の仮釈放後1年余りというわずかな期間で本件犯行に及んでおり、同種再犯の可能性も否定できない。他 方、元妻の子が出所後の被告人を支援したいと述べることや出所後の就職先がある ことなど、弁護人が指摘し、記録からうかがえる被告人のために酌むべき事情も認められる。 以上の犯情、一般情状を考慮すれば、被告人には主文の刑を科することが相当と判断した。 (求刑懲役10年、ナイフ1本の没収) 令和6年12月12日徳島地方裁判所刑事部裁判長裁判官髙橋孝治 裁判官細包寛敏 裁判官春貴隆

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