平成15(わ)8139 業務上失火,業務上過失傷害被告事件

裁判年月日・裁判所
平成17年3月17日 大阪地方裁判所
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判決文本文19,364 文字)

- 1 -主文被告人を禁錮1年6か月に処する。 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (本件事故に至る経緯)被告人は,大阪ガス株式会社(以下「大阪ガス」という。)の指定工事業者であり,ガス設備工事等を業とするA設備株式会社の従業員である。同社は,株式会社Bが所有する大阪市中央区所在の旧「中座」建物(鉄筋コンクリート造及煉瓦造瓦一部陸屋根地下1階付4階建,床面積合計約3099.16㎡)の解体工事に伴い,先に上記建物内のガス管内の残留ガスを排出する工事を行い,被告人もこれに従事していた。さらに,上記建物北側道路地中に埋設されている低圧ガス本管から同建物内につながるガス引込管を切断するとともに,同引込管の同建物側切断口に吸引パージ機を接続して,同切断口から同建物敷地内に敷設され,同建物内の機械室にある管末に続くガス導管に残留するガスを吸引して排出する工事(吸引ガスパージ工事)が,大阪ガスの発注により,C建設株式会社によって平成14年9月9日未明に施工されることとなったが,その際,作業中に同建物内に立ち入る必要があったので,同建物の仮囲いの出入口の鍵の受け渡し役として,同建物のガス管等の調査・撤去を請け負っていた株式会社D工業所の従業員甲(当時31歳)が本件ガスパージ工事現場に立ち会うことになり,さらに,同人の要請を受けて,被告人も,本件工事現場に立ち会うこととなった。そして,被告人が本件工事現場に臨場したところ,同工事の監督者であるC建設の従業員乙から,建物内にあるガス導管の管末のバルブ及びプラグの開栓作業を委託された。 同日午前3時4分から5分ころ,被告人は,同建物1階所在の上記機械室(南北6.8m,東西5.5m,高さ3.53mのほぼ直方体の部屋。西側出入口に通じる南北1.45 及びプラグの開栓作業を委託された。 同日午前3時4分から5分ころ,被告人は,同建物1階所在の上記機械室(南北6.8m,東西5.5m,高さ3.53mのほぼ直方体の部屋。西側出入口に通じる南北1.45m,東西3.2mの空間が付属。)に赴き,同室において,ガス導- 2 -て管末を開放する作業に従事したところ,同ガス導管は,作管のバルブ等を開栓し成されていた配管図面と異なり,実際には,本件ガスパージ工事に当たり未だ供給を止めていなかったガス供給管とつながっていたため,その管末を開放すると,生ガスが噴出した。被告人は,何らかのガス臭のする気体が押し出されていると認識したものの,そのままの状態でいったん同建物から外へ出て,C建設から同工事を下請けしていた有限会社Eの作業員丙に対して気体が押し出されていることを告げたところ,同人はパージ機を確認の上,被告人に吸引している旨告げた。その後,被告人は,いったん本件工事現場を離れた後パージ作業を開始する旨の連絡を受けて本件工事現場に戻って来た甲と共に再び同室内に赴いたところ,依然として気体が漏出しており,ガス臭がしていることを感じたため,生ガスが噴出しているものと疑い,上記バルブ等を閉栓する作業に取り掛かったところ,懐中電灯を落下,損壊させて,唯一の光源を失った。 (犯罪事実)被告人は,同日午前3時10分ころ,前記「中座」建物の機械室内において,数分前に同室内のガス導管の管末のバルブ及びプラグを開放したことにより,生ガスが噴出し,同室内に滞留していたところ,ガス臭等から,同室内に相当量のガスがいたのであるから,ガス工事の業務に従事する者滞留しているであろうと認識してとしては,火気の使用を厳に慎んで,同ガスへの引火,爆発事故の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,ガス管末を閉栓するた ,ガス工事の業務に従事する者滞留しているであろうと認識してとしては,火気の使用を厳に慎んで,同ガスへの引火,爆発事故の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,ガス管末を閉栓するためのプラグを探すため,手元を照らそうとして持っていたライターを点火した過失により,そのころ,同所において,その火を同室内に滞留していたガスに引火,爆発させて,その火を中座建物に燃え移らせ,よって,現に人がいる同建物を全焼させて焼損し,さらに,その火を現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない別紙記載(別紙略)の近隣の建造物8棟19店舗の飲食店に燃え移らせて合計約971㎡を焼損させるとともに,上記機械室に同行していた甲をその爆発,炎上に巻き込み,同人に対し,入院加療約150日間を要する気道熱傷,顔面熱傷,両前腕熱傷,両手熱傷,- 3 -背部熱傷,前額部裂創等の傷害を負わせた。 (補足説明)弁護人は,被告人が,機械室内でガス混合気体が爆発限界濃度に達する程度にまで生ガスが滞留した状態になっていたことを現に的確に把握していたとはいえないので,被告人には結果発生についての予見可能性がなく,注意義務がなかったのであり,被告人は無罪であると主張する。そこで,以下においては,まず最初に本件ガス爆発の経緯について争いのない事実等について明らかにした上(第1),注意義務発生の前提となる事実関係として争いのある,被告人が機械室内のガス導管の管末を開放した時期や被告人が機械室に入った回数について検討し(第2,第3),その上で,被告人にガス爆発を回避すべき注意義務があったと認定し得るかについて検討する(第4)。 第1本件ガス爆発の経緯以下の諸事実は,当事者間に特に争いがなく,証拠上も容易に認定できるものである。 中座について中座は,大阪ミナミの繁華街に たと認定し得るかについて検討する(第4)。 第1本件ガス爆発の経緯以下の諸事実は,当事者間に特に争いがなく,証拠上も容易に認定できるものである。 中座について中座は,大阪ミナミの繁華街に昭和22年に建設され,以来,様々な公演が開催されてきた著名な演芸場である。その建物は,地上4階,地下1階建てで,床面積が合計約3100北側及び西側が道路に面し,南側及び東側㎡であり,には建物が隣接していた。特に,南側には,法善寺横丁と呼ばれる著名な飲食店街が形成されていた。 中座での興行は,施設の老朽化等により,平成11年10月25日に終了し,平成12年に株式会社Bが中座の土地建物を取得し,新たなビル建設を計画して,中座の解体工事を発注した。そして,建物撤去工事時のガス漏出事故を防止するため,同工事に先立ち,ガス供給を遮断し,ガス管内の滞留ガスを除去する工事(ガスパージ工事)が実施されることとなった。 ガスパージ工事の施工者- 4 -中座建物の水道管やガス管等の引込管の調査及び撤去工事を請け負ったのは,株式会社D工業所であったが,同社は水道管工事が専門であったため,ガスパージ工事については大阪ガスに発注した。そして,いずれもガス工事を業とするA設備株式会社とC建設株式会社が,それぞれ内管(敷地内のガス管)のガスパージ工事と外管(敷地外のガス管)の撤去・ガスパージ工事を,大阪ガスから請け負った。さらに,大阪ガス,A設備,C建設の打合せを経て,A設備は,灯内内管(敷地内のガス管のうち,ガスメーターから先のガス管)のガスパージ工事のみを行い,平成14年9月9日未明にC建設が外管工事を行って,その際に同社が灯外内管(敷地内のガス管のうち,敷地外の本管又は支管から分岐して敷地に至るまでのガス管である供給管からガスメーターに至るまでのガス管) 14年9月9日未明にC建設が外管工事を行って,その際に同社が灯外内管(敷地内のガス管のうち,敷地外の本管又は支管から分岐して敷地に至るまでのガス管である供給管からガスメーターに至るまでのガス管)のガスパージ工事も併せて行うこととされた。 A設備は,同月5日に灯内内管のガスパージ工事を行ったが,その際,中座建物1階に2か所あったガスメーターは,いずれも取り外され,それぞれに接続されていたガス管のバルブが閉められ,ガスメーターに接続されていた管末開口部がプラグ(金属製のねじ込み式の栓)で閉栓された。 9月9日のガスパージ工事の実施状況( )被告人と甲の立会い 灯外内管のガスパージ工事は,C建設の従業員乙を工事責任者として,同月9日午前5時に開始されることとされ,同工事において開放すべき灯外内管の管末場所は,大阪ガスの担当者が当日に引き継ぐこととされた。また,この工事では,建物内に作業員が立ち会う必要が生じるので,建物の仮囲いの扉の鍵を開閉するため,D工業所の従業員甲も上記工事現場に赴くこととなった。さらに,甲はガス工事が専門でなかったので,灯内内管のガスパージ工事を行ったA設備の人物にも来てもらいたいと考え,これを受けて,A設備の従業員であった被告人が現場に派遣されることとなった。 同日午前1時ころから中座建物北側道路の掘削作業が開始され,そのころ- 5 -甲及び被告人も,それぞれ本件工事現場に到着したが,その際,被告人が大阪ガスのマークの入った監督者用のヘルメットをかぶっていたため,被告人と初対面であった乙は,被告人が大阪ガスの従業員ではないが,同社の担当者の代わりにやって来た人物であろうと考えた。 ( )乙と被告人とのやりとり 乙は,被告人に管末の位置を尋ね,被告人は,乙を連れて中座正面の出入口から建物内に入り,先にA ではないが,同社の担当者の代わりにやって来た人物であろうと考えた。 ( )乙と被告人とのやりとり 乙は,被告人に管末の位置を尋ね,被告人は,乙を連れて中座正面の出入口から建物内に入り,先にA設備が灯内内管のガスパージ工事を行った際にバルブを閉めプラグで閉栓した2か所に案内した。 ガスパージ工事の方法には,大別して,押出パージ(供給管側からコンプレッサーで圧縮空気を管内に送り込み,開放した管末から滞留ガスを放散させる方法)と吸引パージ(供給管側に吸引機を接続して灯外内管の管末を開放して供給管側からガスパージする方法)とがあるところ,本件工事では,吸引パージの方法によることが予定されていた。もっとも,乙は,同日午前2時ころに被告人に管末の位置を尋ね,被告人に連れられて建物内に入り,2か所のバルブの場所に案内されたころ,押出パージができないかと考え,その旨被告人に尋ねてみたが,被告人は,これに対して無理ではないかと返答した(なお,乙がそのように尋ねた時点と,バルブ位置確認のため建物内に入った時点との先後関係は,確定することができない。)。 ( )配管図の誤りの発見と作業の続行 道路の掘削作業が進むにつれ,大阪ガスが昭和51年に作成した「中座配管図」とは管種が異なる箇所や,管が直線的に図示されているにもかかわらず実際には途中で折れ曲がっている箇所等が見つかり,このため,乙は,ガスパージ工事が同日には行えない可能性がある旨被告人に伝えた。そこで,被告人は,本件工事現場を離れてC建設の事務所にいた甲に連絡して戻って来てもらい,甲と乙が話し合った結果,当初想定していたパージ機の接続方法を変更してガスパージ工事を行うこととした。同日午前3時前ころ,その- 6 -接続が完了し,当初の予定よりも早く,ガスパージ工事に取り掛かることとなった。 結果,当初想定していたパージ機の接続方法を変更してガスパージ工事を行うこととした。同日午前3時前ころ,その- 6 -接続が完了し,当初の予定よりも早く,ガスパージ工事に取り掛かることとなった。 ( )被告人による管末の開放とガスの噴出 同日午前3時ころ,乙は,外管及び灯外内管のガスパージ工事を開始するため,仮囲い内にいた被告人に対し,灯外内管の管末のプラグを開栓するように依頼し,被告人は,本来自分がやるべきことではないと思いつつも,結局,これを引き受けた。その際,被告人は,開栓に使うパイプレンチを持っていなかったが,乙が他の作業員からパイプレンチを借りて被告人に渡した。 また,被告人は,本件工事現場を離れて前記事務所にいた甲に午前3時1分28秒から37秒にかけて携帯電話機で電話をかけ,パージ作業開始の準備が整った旨伝えた。被告人は,建物内に入り,先にA設備がバルブを閉めプラグで閉栓した箇所の開放を行ったが,そのうち機械室(その位置については,別紙図面参照〔別紙図面略〕)内のものは,配管図では中座北側道路の供給管に接続される灯外内管の管末と表示されていたが,実際には,中座西側道路からの供給管に接続されており,本件当時同供給管からのガス供給がいまだ止められていなかったため,機械室内の管末のプラグを外しバルブを開けて管末を開放すると,同室内に生ガスが噴出した。被告人は,音や臭いからして,同管末からガスが押し出されていると感じ,手袋を外して管末に手をかざしたり,懐中電灯で床面を照らし落ちていた木の葉様のものが揺れているのを見て,ガスが押し出されているのを確認した(このガスが残留ガスではなく生ガスであったことを被告人が認識し得たか否かについては,争いがある。)。 パージ作業員への確認被告人は,建物外に出て,C建設からガスパージ工事 れているのを確認した(このガスが残留ガスではなく生ガスであったことを被告人が認識し得たか否かについては,争いがある。)。 パージ作業員への確認被告人は,建物外に出て,C建設からガスパージ工事を請け負っていた有限会社Eの作業員丙に「押してるで。」と尋ねると,丙は,パージ機の上に手をかざして確認し,「引いてるで。」と答え,吸引パージを行っている旨被告人- 7 -に伝えた(ただし,被告人がそのように丙に尋ねた以前に,被告人が甲と共に機械室に赴いたかどうかについては,争いがある。)。 本件ガス爆発事故の発生その後,被告人は,甲と共に建物内に入って機械室に赴き,ガスが噴出していることを確認し,これを止めようと,メーター架台に左手をついて身体を支え,高い位置にあるバルブを閉めるべく右手を伸ばしたところ,上記架台が倒被告人が転倒して,唯一の光源として被告人が携帯していた懐れ,その結果,中電灯が壊れ,機械室内は真っ暗な状態になった。それでも,被告人は,立ち上がり,暗闇の中で手探りでバルブを閉めたが,その時,甲から「プラグを閉めろ。」と大声で言われたため,床にあるプラグを探そうとして,所持していたライターに点火したところ,同日午前3時10分ころ,機械室内に滞留していたガスに引火して爆発した。 本件ガス爆発の結果本件爆発事故により,甲は,判示のとおりの傷害を負い,被告人も,熱傷の傷害を負った。また,中座建物は,全焼して,近隣の店舗等の建物も,判示のとおり焼損した。 第2被告人が管末を開放した時期について 検察官は,被告人が,機械室内の管末から長時間生ガスが噴出していて機械室内に滞留していることを認識していたと主張し,その前提として,乙は,被告人に対し,バルブの開放後にガスパージ作業を開始する旨告げており,被告人からバルブを開放し から長時間生ガスが噴出していて機械室内に滞留していることを認識していたと主張し,その前提として,乙は,被告人に対し,バルブの開放後にガスパージ作業を開始する旨告げており,被告人からバルブを開放したと聞いた後に,ガスパージ作業を開始するよう指示したと主張する。これに対し,弁護人は,被告人は,管末を開放した際に気体の押出しを認めたものの,これが生ガスであると認識することはできず,吸引パージでなく押出パージを行うなどしてガス管内の残留ガスが出てきたのであって,その量もさほどではないと考えていたと主張し,乙が被告人に対し,バルブの開放後にガスパージ作業を開始する旨告げたことも,被告人からバルブを- 8 -開放したと聞いた後に,ガスパージ作業を開始するよう指示したこともないと主張する。そこで,注意義務の存在の前提となる事実として,被告人が管末を開放したのがいつごろであったのか,また,それとガスパージ作業の開始のどちらが先であったのかという点について検討する。 乙は,公判廷において,被告人によるガス管末の開放の時期とパージの2( ) ためコンプレッサーを作動させた時期との先後関係に関し,おおむね以下のとおり証言する。 ア私は,被告人に機械室に案内してもらってから,建物の外に出るまでの間,被告人に「プラグを開放したら,こちらに教えてくださったら,コンプレッサーを始動します。」と話した。これに対し,被告人は,「分かりました。」と答えた。 イ私は,パージ機の準備が出来たので,仮囲いの中にいた被告人に「プラグを開けたら教えて下さい。そしたらコンプレッサーを作動させますんで。」と言って,灯外内管の管末のプラグを開栓するよう依頼したところ,被告人は,「分かりました。」と答え,一人で中座建物内に入って行った。 ウ私が仮囲い内で待機していたところ,被 ーを作動させますんで。」と言って,灯外内管の管末のプラグを開栓するよう依頼したところ,被告人は,「分かりました。」と答え,一人で中座建物内に入って行った。 ウ私が仮囲い内で待機していたところ,被告人が戻って来て,「開きました。」と言ったが,そのほかに異常があるなどということは言わなかった。 そこで,私は,丙に対してパージ機を作動させるように合図をし,ガスパージ工事を開始した。 ( )検察官は,主としてこの乙証言に基づき,被告人がパージ作業開始前に 管末からのガスの噴出を認めており,押出パージが行われたことにより残留ガスが噴出したとは考えておらず,管末を開放した時点ですでに,被告人は生ガスの噴出を認識していたと主張する。 公判廷において,おおむね以下のとおり供述す( )これに対し,被告人は, る。 アプラグを開けたら教えてほしいとか,そうしたらコンプレッサーを作動- 9 -させるなどと乙から言われたことはない。 イ管末を開放すると,気体が押し出していることが分かり,ガスの臭いもしたので,もしかしたら押出パージを始めているのではないかと思った。 ウ気体が押し出されていることを本件工事の責任者に知らせるため,中座建物内から外に出て,C建設から工事を請け負っていたEの丙に「押してるで。」と告げたが,この時,コンプレッサーは,既に作動していた。そこで,丙は,パージ機の上に手をかざし,「引いてるで。」と言っていた。 検討 ( )まず,乙の証言内容についてみると,前記第1の3( )のとおり,被告人 がガス管末を開栓した際,ガスの噴出に気付いたとの事実に争いはないところ,乙の証言を前提とすれば,被告人は,ガス管末を開栓した後にコンプレッサーを作動させるという手順で作業が進むと考えていたことになり,機械室においてガスの噴出を感 に気付いたとの事実に争いはないところ,乙の証言を前提とすれば,被告人は,ガス管末を開栓した後にコンプレッサーを作動させるという手順で作業が進むと考えていたことになり,機械室においてガスの噴出を感じた際,押出パージ作業によってガスが出ているとは考えず,パージ作業とは無関係にガスが出ていると考えたはずである。 そして,パージ作業と無関係にガスが出ていると考えたとすれば,まず生ガスの噴出を疑うべき異常事態であるので,被告人は,これを深刻に受けとめたはずである。にもかかわらず,乙の証言によれば,被告人は,ガス管末を開放した後,乙に対して「開きました。」と告げただけであって,その行動には何ら切迫感が感じられず,不自然な感を否めない。特に,その後,被告人が丙に対して「押してるで。」と伝え,これを受けて丙がパージ機に手をかざして「引いてるで。」と答えた事実に照らすと,管末を開放して戻ってきた時点で乙に異常事態の発生を全く伝えていなかったというのは,理解に苦しむというべきである。 丙の証言によれば,ガスパージ作業の準備が整ってから1,2分( )また, くらいして実際にパージ作業を開始したと認められるところ,この1,2分の間に,前記第1の3( )のとおり,乙が被告人に管末の開放を依頼し,E - 10 -の従業員からパイプレンチを借りて被告人に渡し,他方,被告人は,甲に電話をかけ,それから建物内の機械室に行って,管末のバルブを開け,プラグを外して,建物外に戻って来たことになる。しかし,中座建物北側出入口から機械室までの移動時間は,途中を小走りで進んだとしても30秒はかかり(証拠略),本件当時,機械室に向かうには,仮囲い入口から中座建物出入口までの距離が加わる上,建物内は外の明かりが届くことがなく,所携の懐中電灯の灯りを除いてはほぼ暗闇の状態で しても30秒はかかり(証拠略),本件当時,機械室に向かうには,仮囲い入口から中座建物出入口までの距離が加わる上,建物内は外の明かりが届くことがなく,所携の懐中電灯の灯りを除いてはほぼ暗闇の状態であることも考えると,被告人らが機械室に行くには,片道だけでも40秒程度はかかったものと優に推認することができる。そうすると,建物外と機械室との往復に要する時間をも考慮すると,ガスパージの準備が整ってから1,2分の間に,被告人が機械室に赴いて管末を開放した後に丙らがパージ機を作動させるのは,時間的に不可能とまではいえないとしても,極めて困難であるといわざるをえない。 さらに,前記のとおり,ガスパージ作業の準備が整ったのが午前3時ころであり,被告人がその旨甲に電話をしたのが午前3時1分28秒から37秒にかけてであって,上記の丙証言を前提とすれば,午前3時2分ころには,パージ作業が開始されたことになるところ,乙の証言によれば,被告人は,甲が本件現場に到着するまでの約5分間,乙に管末の開放を伝えただけで,無為に過ごしていたことになる。しかし,これは,管末からガスが噴出していたことを確認した者の行動としては,著しく不自然であるというべきである。 ( )このように,乙の証言は,本件に至る客観的事実に照らすと,著しく不 自然,不合理な内容を含むものであるが,管末を開放してから吸引パージ機を作動させるという順序が,吸引パージ作業の手順としては非能率であって,乙は,本件ガ通常の手順と異なることは,乙自身も認めている。そもそも,スパージ工事の責任者でありながら,客観的には大阪ガス担当者にガスの系統確認をしてもらわず,かつ自らもこれをしないままパージ作業に入ったも- 11 -のであって,このような立場の乙が,自らの責任を回避し,被告人にこれを転嫁するため 観的には大阪ガス担当者にガスの系統確認をしてもらわず,かつ自らもこれをしないままパージ作業に入ったも- 11 -のであって,このような立場の乙が,自らの責任を回避し,被告人にこれを転嫁するため,被告人を大阪ガス担当者の代わりの者と誤信し,パージ作業開始に当たっては被告人にガス管の系統確認をしてもらえると考えた旨ことさらに強調する証言をすることも,十分あり得ることというべきである。その他,乙の証言は,吸引パージの経験回数についても,証言自体の中で変遷を重ねており,到底信用し難いものである。 以上のとおり,乙の証言は,全体としてみても,また,管末の開放時期とパージ作業の開始時期の先後関係についても,その信用性は低いといわざるを得ない。 ( )これに対し,被告人の供述は,ガス臭の受け止め方や被告人の考えた内 容等に関する部分はともかく,被告人の行動状況に関する限り,格別不自然な点はみられない。また,中座付近のガス供給圧力の記録をみると,9日午前3時4分から5分にかけて圧力の低下がみられ(証拠略),これをもって,その時に管末が開放されたとまでは断定できないものの(証拠略),この時間帯にそれが行われた蓋然性は高いと認められる。そして,このことは,パージ機が作動した後に管末を開放した可能性を示唆する被告人の供述と整合的である。 以上の検討によれば,乙の証言よりも被告人の供述の方が,信用性が高いことは明らかであり,乙が被告人に対し,管末を開放して戻って来てからパージ機を作動させると伝え,実際にそのようにしたとは認められないというべきである。 結局,ガス管末が開放されたのは,午前3時4分から5分にかけてであり,パージ機は,それよりも前に作動していたと認めるのが相当である。そうすると,管末の開放を被告人が伝えてから乙がパージ作業の開始を指示した ガス管末が開放されたのは,午前3時4分から5分にかけてであり,パージ機は,それよりも前に作動していたと認めるのが相当である。そうすると,管末の開放を被告人が伝えてから乙がパージ作業の開始を指示したとの事実を前提として,被告人が管末の開放時に生ガスの噴出を認識していたとする検察官の主張は,採用することができない。 - 12 -第3被告人が機械室に入った回数について検察官は,被告人がこの日機械室に入った回数は,①午前2時ころに乙を案 内して機械室に入った時,②管末を開放するために機械室に入った時,③いったん本件工事現場を離れていた甲が戻って来て,一緒に機械室に入った時,④その後,再び甲と共に機械室に入った時の合計4回であるとした上,被告人は,②の機械室から戻ってきた時点では,異常を感じつつも,これを乙に伝えなかったが,③の機械室に入った際になおも気体が出ていたので,事態の深刻さを認識し,戻って来た時に,丙に「押してるで。」などと伝えたと主張する。これに対し,弁護人は,③の機械室への立ち入りはなかったと主張する。検察官の上記主張は,次に紹介する甲の証言に依拠するものである。 甲は,公判廷において,この点について,おおむね以下のとおり証言する。 ( )同日午前3時過ぎ,私は,本件現場近くのビル内にあるC建設の事務所 で仕事をしていたところ,被告人から電話がかかってきたので,本件工事現場に戻った。被告人が中座建物の扉の前に不安そうな顔をして立っており,振り返って同建物内に入って行ったので,私も,被告人の後を付いて行った。 (2)機械室に入る前の通路で既にガス臭がしていたが,機械室に入ると,よりきついガス臭を感じ,そして,被告人と共にガス管末に手をかざして気体が出ているのを確認した。ただし,パージ作業ではガスが少しは漏れるので,その 前の通路で既にガス臭がしていたが,機械室に入ると,よりきついガス臭を感じ,そして,被告人と共にガス管末に手をかざして気体が出ているのを確認した。ただし,パージ作業ではガスが少しは漏れるので,その時はそのように考えた。 (3)その後,中座の建物から出ると,被告人は,丙に近付いて話をしてから,私の方に戻って来た。被告人は,再び中座建物内に入って行ったので,私も,後を付いて行った。 (4)再び機械室内に入ると,先程よりもさらに強いガス臭を感じた。そして,被告人と共に再びガス管末からガスが出ていることを確認した。その後,懐中電灯が壊れ,機械室内が真っ暗になった。私は,いったん作業を中止するため,ガス管末をプラグで閉じようと考えた。そこで,私が被告人に「プラ- 13 -グしろ。」と言った後,本件爆発が起きた。 検討( )甲は,本件の被害者ではあるが,被告人に対して厳重な処罰を望まない と述べるなど,ことさらに虚偽の証言をする動機があるとは見受けられず,その証言内容は,2度目に機械室に入った時の方が1度目よりもガス臭がきつかったなどと,自身の体験に基づくと思われるものを含んでおり,一般論としては,信用性が高いとみることができる。しかしながら,その証言によると,甲が本件工事現場に戻ったところ,被告人が不安そうな顔をしており,特に甲と言葉を交わすことなく建物内に入って行ったというのであるが,被告人が甲と再会しながら,何ら同人に状況を説明することなく,建物内に入っていったというのは,不自然な行動といわざるをえない。さらに,前記事務所にいた甲が被告人からパージ作業開始の連絡を受け終わったのが午前3時1分37秒であり,甲の証言によれば,同事務所から本件工事現場まで移動するのに5分間程度かかると認められるところ,被告人が甲と共に機械室に入っ 告人からパージ作業開始の連絡を受け終わったのが午前3時1分37秒であり,甲の証言によれば,同事務所から本件工事現場まで移動するのに5分間程度かかると認められるところ,被告人が甲と共に機械室に入ってから気体の流出の有無を確認し,いったん建物外に出てから丙の所へ行って話をし,吸引していることを確認した後,再び甲と共に機械室に入って,午前3時9分ころまでの間にバルブを閉め(証拠略),プラグを探そうとライターを点火して爆発事故を起こしたというのは,前記第2の3( ) のとおり,建物出入口から機械室までの移動に片道約40秒を要することをも考慮すると,時間的に不可能とまではいえないものの,かなり機敏に行動しない限り相当に困難であるといわざるを得ない。以上によれば,被告人と共に2度機械室に入った旨の甲証言の信用性が高いとはいえず,爆発被害に巻き込まれて相当な重傷を負った同人が,爆発に至る経緯を一部忘失してしまった可能性も否定できない。 ( )これに対し,被告人は,甲が本件工事現場に戻って来て,共に機械室に 向かい,そこで気体の噴出を確認して,建物外には戻らず,そのままバルブ- 14 -の閉栓等を行ったところ,本件爆発事故を起こしてしまったと供述する。 この内容自体,格別不自然な点は認められない上,午前3時9分ころまでにバルブが閉められたこととも無理なく整合する。前述のように,甲証言の信用性が必ずしも高いとはいい難いことをも考慮すると,機械室に赴いた回数に関しては,被告人の供述の方が相対的に信用性が高いというべきである。 そこで,被告人の供述に従って,被告人が機械室に入ったのは,最初に乙を案内した時に加え,管末を開放しに行った時と,本件工事現場に戻って来た甲と共に行って本件爆発事故を起こした時の,合計3回であると認められる(被告人が機械室に入 被告人が機械室に入ったのは,最初に乙を案内した時に加え,管末を開放しに行った時と,本件工事現場に戻って来た甲と共に行って本件爆発事故を起こした時の,合計3回であると認められる(被告人が機械室に入ったのが3回であるとすると,乙の証言を前提とすれば,被告人は,管末開放後,乙には異常を特に伝えず,その後更に重ねて気体の押出しの有無を確認したわけでもないのに,丙に対しては「押してるで。」と伝えたことになり,乙の証言の不合理性は,一層明らかとなる。)。 以上によれば,被告人が本件当日機械室に入ったのが合計4回であるとの検察官の主張も,採用することができない。 第4注意義務の有無について 被告人の認識内容( )被告人は,公判廷において,管末開放時にガスが出ていることは分かっ たが,それは,押出パージを行ったため,管内の残留ガスが出ているのではないかと考えた旨供述する。前述したように,被告人が管末を開放して戻って来てからパージ機を作動させると乙が伝えていたと認められない以上,被告人が管末開放時にガスが出ていると知って,押出パージの開始を疑ったとしても,必ずしも不合理とはいえない上,その後,被告人が丙に「押してるで。」と伝えていることからしても,被告人は,管末開放時には,吸引パージではなく押出パージを行っているのではないかと疑っていたということは否定できないというべきである。 ( )しかし,丙から「引いてるで。」と聞いた時点では,被告人は,吸引パ - 15 -ージが行われていることを認識したのであるから,管末から出ている気体が,残留ガスではなく生ガスであると,確定的に認識したわけではないにせよ,そのように疑ったと考えるのが自然である。弁護人は,この点について,途中で押出パージから吸引パージに切り替えたと考えたとか,圧縮空気が逆流して く生ガスであると,確定的に認識したわけではないにせよ,そのように疑ったと考えるのが自然である。弁護人は,この点について,途中で押出パージから吸引パージに切り替えたと考えたとか,圧縮空気が逆流していると考えたなどと主張するが,被告人が丙から吸引パージを行っている旨聞いたにもかかわらず,途中での切替えとか圧縮空気の逆流の可能性ばかりを考え,生ガスなのではないかという疑いを全く抱かなかったとは,到底考えられない。被告人は,甲が本件工事現場に戻って来てから,誰に指示されたわけでもないのに,間もなく機械室に向かっているが,このような被告人の行動は,被告人が途中で吸引パージに切り替えられたとか,圧縮空気が逆流しているとばかり考えていたとすると,およそ理解し難い行動であり,工事の責任者でもない被告人が機械室に戻って行ったのは,万一の事故につながりかねない危険を感じていたからに外ならないと考えるべきである。そして,被告人が機械室に戻ると,なおも管末からガス臭のする気体が噴出していたのであり,前記認定のとおり,午前3時4分から5分にかけて管末が開放されてからすでに約4分間経っているにもかかわらず,依然としてガス臭のする気体の噴出が続いている状況を目の当たりにしたのである。被告人は,パージの対象となるガス管の総延長が数十メートルに過ぎないと認識しており(被告人公判供述),その残留ガスの吸引パージに要する時間が十数秒間であることも認識し得たと考えられることからすれば,噴出している気体が管内の残留ガスであるとなおも認識していたとは到底考えられない。被告人は,当初管末の開放時には押出パージの可能性を考えて生ガスの噴出の可能性を想定していなかったとしても,丙から吸引パージを行っていると知らされた時点では,生ガスが噴出している可能性を疑い,機械室に戻ってもな 管末の開放時には押出パージの可能性を考えて生ガスの噴出の可能性を想定していなかったとしても,丙から吸引パージを行っていると知らされた時点では,生ガスが噴出している可能性を疑い,機械室に戻ってもなおガス臭のする気体が出ている状況を確認した以上,それがいかなるルートに由来するものであるかは理解できなかったとしても,生ガスであるとほ- 16 -ぼ確実に認識したと考えることができる。このように考えることによって,ガス臭がしている中で,バルブを閉めたにもかかわらず,更に急いでプラグで閉栓しようとして,焦ってライターに点火したという,まさに冷静さを欠いていたとしかいいようのない被告人の一連の行動が,自然に理解し得るものというべきである。 ( )これに対し,弁護人は,主に乙の証言に依拠する検察官の主張に反論す る形で,被告人が生ガスが出ていると認識していたことは立証されていないと主張する。なるほど乙の証言の信用性が乏しく,検察官の主張は,その前提となる事実が認め難いことは,すでに説示したとおりである。しかし,被告人の供述する事実関係を前提としても,被告人が最後に機械室に入って気体の噴出を確認した時点で,それが生ガスであるとほぼ確実に認識していたことは,十分に認定可能である。弁護人は,最後にバルブが閉栓されるまでの間に,特に生ガスを疑うべき事情は何ら見受けられなかったと主張するが(弁論要旨36頁),配管図に一部誤りがあったことはすでに被告人にも明らかになっていた(前記第1の3( ))上,数分間にわたって噴出し続けた 気体が残留ガスである可能性もほとんどなかったのであるから,それが生ガスである可能性を否定し得る根拠はなかったというべきである。最後に機械室に入った時点でガスの臭気がすでにかなり強くなっていた事実は,被告人が否定するにもかかわら んどなかったのであるから,それが生ガスである可能性を否定し得る根拠はなかったというべきである。最後に機械室に入った時点でガスの臭気がすでにかなり強くなっていた事実は,被告人が否定するにもかかわらず,甲の証言のみならず,大阪ガスの丁作成の解析結果を記した書面(証拠略)によっても明らかである。このように,吸引パージが行われていることを丙から聞かされる一方,数分間にわたってガスが噴出し続けているという事実を目の当たりにし,更に強いガス臭も感じていたと認められるから,それでもなお生ガスを疑うべき状況になかったとする弁護人の主張は,到底採用し得ない。 ( )さらに,弁護人は,被告人は,爆発限界濃度(空気中のガス濃度が約5 %ないし15%の範囲にある場合でないと,ガス爆発は生じない。)に達す- 17 -る程度のガスが滞留していたことを認識していなかったから,本件爆発事故の予見可能性がなかったと主張する。この点について,そもそも上記主張は,被告人が最後に機械室に赴いた際噴出していた気体を残留ガスであると認識していたとの前提に立つもので,すでに前提において失当というべきであるが,本件において,被告人は,残留ガスではなく生ガスである可能性の高い気体が,吸引パージをしているにもかかわらず,相当な勢いで数分間にわたって噴出していることを認識していた以上,ガスが爆発限界濃度に達している可能性があることは認識していたと考えられ,被告人に注意義務を課す前提としての予見可能性はあったというべきである。 なお,弁護人は,本件爆発事故の予見可能性があったというためには,ガスの混合気体が爆発限界濃度に達していることを認識していることを要すると主張する。しかし,この主張が,爆発限界濃度に達していることを確定的に認識していることを要する趣旨であるとすれば,ガスが目に ガスの混合気体が爆発限界濃度に達していることを認識していることを要すると主張する。しかし,この主張が,爆発限界濃度に達していることを確定的に認識していることを要する趣旨であるとすれば,ガスが目に見えないもので,その濃度を容易に認識し得ないものである以上,測定機器によってガス濃度を測定した場合でもない限り,予見可能性が認められないことになり,不当であることは明らかである。また,弁護人は,何か分からないガス臭のする気体が噴出していることを認識しても,危惧感ないし不安感が生じるにすぎず,ガス爆発の具体的危険が発生していることの予見可能性としては不十分であると主張する。しかし,被告人の本件当時の認識は,上記のとおりであって,ガスの混合気体が爆発限界濃度に達している可能性があることを内容とするものである以上,それは,単なる危惧感ないし不安感にとどまるものではなく,ガス爆発についての具体的危険の認識の程度に達していたとみるべきである。 ( )このほか,弁護人は,本件発生後の新聞報道等に言及し,配管状況が図 面と異なることが判明するまで,生ガスの漏出は全く疑われておらず,被告人がこれに気付いていたと考えることはできないと主張する。しかし,機械- 18 -室内の管末からガス臭のする気体が噴出している状況を実際に認識していたのは,被告人と甲だけであり,その両名とも,本件爆発事故によって重篤な熱傷を負って長期間入院していたのであるから,事故直後の新聞報道等で機械室内の管末から生ガスが噴出した可能性が報道されなかったのは,何ら不思議のないことであり,上記報道をもとに予見可能性を否定する弁護人の主張は失当である。 注意義務の存在( )以上のとおり認定した被告人の認識を前提とすると,乙から管末の開放 を依頼されて結局これを引き受け,実際に管 報道をもとに予見可能性を否定する弁護人の主張は失当である。 注意義務の存在( )以上のとおり認定した被告人の認識を前提とすると,乙から管末の開放 を依頼されて結局これを引き受け,実際に管末の開放を行った被告人が,ガス爆発の発生の危険を具体的に予見することは十分に可能であり,判示のとおりの注意義務があったと認定することができる。しかも,被告人は,本来本件ガスパージ工事自体に従事する立場にはなかったものの,中座建物の解体工事に関わるガス工事会社であるA設備の従業員であり,同社の従業員として本件工事現場に立ち会っていたのであるから,このような立場に置かれたガス工事業に従事する通常の作業員にとって,上記のような予見が可能であることも明らかである。 ( )ところで,起訴状記載の公訴事実において,被告人の注意義務の内容は, 「ガスの漏出滞留状況を的確に把握した上,火気の使用を厳に慎んで,同ガスへの引火・爆発事故の発生を防止すべき業務上の注意義務」とされているところ,いかなる状況の下で被告人がガスの漏出滞留状況を的確に把握できたといえるのかという点につき,検察官は,①中座建物内の機械室にある管末がガス導管であること②被告人が,午前3時ころ,ガス管末を開放した際,勢いよく気体が噴出し,ガス臭がしたこと③被告人が,一時,建物外で管末開放を報告した後,再度,ガス管末に戻った際,未だ気体が勢いよく噴出し,ガス臭がしていたこと- 19 -④被告人が,再度,建物外に出て,吸引パージ機設置場所に赴いた際,吸引パージ機に異常はなく,気体を吸引していたこと⑤その後,被告人が,ガス管末に戻った際,未だ勢いよく気体が噴出し,ガス臭がしていたこと⑥午前3時ころガス管末を開放してから最後に同所に戻るまでの間,ガス管末を開放し続け,気体の噴 ていたこと⑤その後,被告人が,ガス管末に戻った際,未だ勢いよく気体が噴出し,ガス臭がしていたこと⑥午前3時ころガス管末を開放してから最後に同所に戻るまでの間,ガス管末を開放し続け,気体の噴出を放置していたこと⑦ガス管末のある機械室が閉鎖空間であることを挙げて釈明している。このうち,③については,被告人が機械室に行った回数について,検察官の前提とする事実が適切といえないことは,すでに述べたとおりであるが,検察官が注意義務の発生の根拠であると主張する事実のすべてが注意義務を構成する訴因の内容となるものでなく,検察官が釈明した上記諸点のうちのあるものが認められないとしても,判示のとおり注意義務を認定することは何ら妨げられないというべきである。 第5 結論 以上によれば,被告人は,本件ガス爆発の結果を予見することは十分可能であり,これを回避する注意義務があったにもかかわらず,これに違反し,ライターを点火して爆発事故を引き起こしてしまったものと認められるから,判示のとおり過失を認定した次第である。 (法令の適用)罰条業務上失火の点刑法117条の2業務上過失傷害の点刑法211条1項前段科刑上一罪の処理刑法54条1項前段,10条(重い業務上過失傷害罪について定めた刑で処断)刑種の選択禁錮刑刑の執行猶予刑法25条1項- 20 -訴訟費用の負担刑事訴訟法181条1項本文(量刑の理由)本件は,長年にわたり演芸場として親しまれてきた「中座」の建物の解体工事に伴うガスパージ工事の際,同工事に立ち会っていた被告人が,ガス管の管末を開放したことによりガスが漏出して臭気が漂っていることなどを認識していたにもかかわらず,灯り取りのためにライターの火を点火したという過失により,漏出し滞留していたガスに引火させ上記 ,ガス管の管末を開放したことによりガスが漏出して臭気が漂っていることなどを認識していたにもかかわらず,灯り取りのためにライターの火を点火したという過失により,漏出し滞留していたガスに引火させ上記建物を爆発炎上させ,近隣の建物も焼損するとともに,現場に居合わせた者に傷害を負わせたという業務上失火,業務上過失傷害の事案である。 被告人は,ガスパージ工事中で,しかもガスが漏出して臭気が漂っていることなどを認識していたにもかかわらず,火気厳禁というガス工事従事者として最も基本的な注意義務を怠っており,その過失の内容は,甚だ重大なものである。また,本件ガス爆発により,中座建物が壊滅的に破壊されたほか,近隣の法善寺横丁の店舗にも多大な被害が生ずるなどの財産的被害が生じただけでなく,被告人とともに現場に居合わせた被害者がガス爆発に巻き込まれたのであり,同人が一命をとりとめたのはまさに不幸中の幸いであるが,それでも同人はⅢ度の熱傷を負い,それにより手指の動作に支障が出るなどの後遺障害を負ったという重篤な人的被害が生じており,結果は極めて重大である。 以上の点に照らすと,被告人の刑事責任を軽視することはできない。 他方,被告人の過失が本件事故発生の直接の原因であることは明らかであるものの,事故に至るまでの経緯をみると,被告人は,そもそも本件工事を担当する立場になく,ましてや責任者でもなく,単に工事に立ち会うだけのつもりで現場に臨場していたところ,工事責任者の求めに応じ,やむを得ずガス管末の開放作業に携わったにすぎない。また,工事責任者において,被告人が大阪ガス担当者の代わりの者であると誤信していた可能性があるにせよ,ガス管の系統確認を明示的に依頼もしておらず,さらに管末開放よりも先に吸引パージ機を作動させるという手順を明- 21 -確に伝えないまま被 当者の代わりの者であると誤信していた可能性があるにせよ,ガス管の系統確認を明示的に依頼もしておらず,さらに管末開放よりも先に吸引パージ機を作動させるという手順を明- 21 -確に伝えないまま被告人を管末開放に向かわせたため,結果的に被告人において,管末開放時に気体が噴出してきたという事実の持つ問題性を的確に理解することができず,ガスの滞留を引き起こしてしまったという面もある。そして,被告人がライターを点火した点も,極めて軽率な行為であるとはいえ,生ガスの滞留という予想外の状況の下で懐中電灯も壊れるという予期せぬ事態に至って焦燥の余り,そのような行動に出てしまったものと考えられるのであり,単なる怠慢による過失行為とは態様が大きく異なることも事実である。本件ガス爆発に巻き込まれた被害者も,特に被告人の厳重処罰を求めているわけではない。また,法善寺横丁の被害はともかく,こと中座建物が焼失した点については,同建物が解体工事中であって,その焼失という被害を過大視することは必ずしも当を得たものではない。さらに,本件事故の結果,被告人自身,顔面,両上肢熱傷,気道熱傷等の傷害を負ったこと,被告人は,これまで前科前歴もなく,真面目な社会人として稼働していた人物であることなど,被告人のために斟酌すべき諸事情が認められる。 そこで,以上の事情を総合考慮すると,被告人に対しては,主文の禁錮刑によってその刑事責任の重大さを明確にする一方,今回に限りその執行を猶予するのが相当であると判断した。 (求刑禁錮1年6月)平成17年3月17日大阪地方裁判所第8刑事部裁判長裁判官朝山芳史裁判官佐藤洋幸裁判官佐々木明日香 長裁判官 朝山芳史 裁判官 佐藤洋幸 裁判官 佐々木明日香

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