平成16(ワ)15704 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成18年8月31日 東京地方裁判所 棄却
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判決文本文22,721 文字)

平成18年8月31日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成16年(ワ)第15704号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成18年6月1日判決原告A原告B同法定代理人親権者父A原告C原告D原告ら訴訟代理人弁護士鈴木達夫被告医療法人社団根岸病院同代表者理事長E同訴訟代理人弁護士木ノ元直樹主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告A及び原告Bに対し,それぞれ金3859万円及びこれに対する平成15年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払 え。 被告は,原告C及び原告Dに対し,それぞれ金353万5000円及びこれに対する平成15年10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,精神疾患のため被告の開設する病院に入院して身体拘束をされて治療を受けていた患者が下肢静脈血栓症による肺動脈血栓塞栓症により死亡したことに関し,その遺族である原告らが,当該死亡は,同病院の担当医師ないし担当看護師において,①不必要な身体拘束を実施してはならない義務,②肺動脈血栓塞栓症の予防措置をとるべき義務,③約30分おきに臨床的観察等をすべき義務,④速やかに救急搬送されるよう手配すべき義務を怠ったために生じたものであると主張して,被告に対し,債務不履行(原告A及び原告Bのみ)ないし不法行為(使用者責任)に基づいて,逸失利益等の損害金及びこれに対する患者の死亡日の翌日からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 なお,本件で問題となる入院治療の期間は平成15年10月14日から同月26日までであり,以下の日付のうち年月の記載のないものは,平成 らの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 なお,本件で問題となる入院治療の期間は平成15年10月14日から同月26日までであり,以下の日付のうち年月の記載のないものは,平成15年10月の日付である。 前提事実(証拠原因を掲記しない事実は当事者間に争いがない)。 (1)当事者等アF(昭和42年4月29日生,平成15年10月26日死亡)は,原。 告Aの妻,原告Bの母,原告C及び原告Dの子である(以下,各原告の姓。)。 ()。 は略す原告A及び原告B以外にFの相続人はいない弁論の全趣旨イ被告は,東京都府中市内において,精神科を主とし他に神経科及び内科(「」。)。 を標榜診療科目とする病院以下被告病院というを開設している,,(,平成15年10月当時G医師H医師及びI医師以上3名の医師は いずれも精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という)18条の精神保健指定医である)並びにJ看護師,K看。 。 護師,L看護師,M准看護師,N准看護師及びO准看護師はいずれも被告病院に勤務していた(以下,上記各人の名は略す。 。)ウ被告病院の就業規則上,看護師の勤務態勢は,日勤(午前8時30分から午後4時50分,準夜勤(午後4時30分から午前0時50分,夜))勤(午前0時30分から午前8時50分)とされている。 被告病院における平成15年10月25日夕方から翌26日朝にかけての勤務態勢についてみるとI医師が当直医師J看護師が当直看護師そ,,(の日の全病棟の当直看護の責任者)であり,A2病棟の担当看護師は,K,。 看護師とM准看護師が準夜勤でO准看護師とN准看護師が夜勤であった(2)Fの診療経過等アFは,精神疾患を患い,昭和57年5月ころから被 直看護の責任者)であり,A2病棟の担当看護師は,K,。 看護師とM准看護師が準夜勤でO准看護師とN准看護師が夜勤であった(2)Fの診療経過等アFは,精神疾患を患い,昭和57年5月ころから被害的なことを訴えて不登校となり,昭和58年1月ころから昭和61年3月ころまで精神科の病院に入通院していたが,それ以降は平成7年5月ころまで精神科の病院を受診することはなかった。平成7年5月ころ,幻聴,独語,空笑等が出現して,被告病院を初めて受診して入院し,以後も,情動不安定で興奮状態になることがあり,平成13年までの間に被告病院に計6回入院して治療を受けた。 イFは,平成15年10月14日,被告病院を受診して医療保護入院(精神保健福祉法33条)となり,同日から被告病院のA2病棟の保護室において身体拘束を実施されて治療を受けていたところ,26日の午前1時52分ころまでに心肺停止状態に陥って,間もなく「都立府中病院(以下」「府中病院」という)に緊急搬送された(救急隊が,午前2時07分に。 被告病院に到着し,午前2時23分に被告病院を出発した)が,同日午。 前2時55分ころに府中病院において死亡が確認された(以下,Fの被告 病院における14日から26日までの入院を「本件入院」という。 。)本件入院中のFの診療経過の概要は,別紙診療経過一覧表の「年月日」時間診療経過入院状況・主訴・所見・診断検査・処置欄た「」「()」「」(だし,下線を付した部分を除く)に記載のとおりである。 。 ウFの遺体は解剖され,その際の主要所見として「肺動脈血栓塞栓症と,出血性肺梗塞「膝窩静脈を含む下肢静脈血栓症「内臓諸臓器のうっ」,」,血」及び「暗赤色流動性血液」が認められ,死因は下肢静脈血栓症による肺動脈血栓塞栓症(以下「肺塞栓症 動脈血栓塞栓症と,出血性肺梗塞「膝窩静脈を含む下肢静脈血栓症「内臓諸臓器のうっ」,」,血」及び「暗赤色流動性血液」が認められ,死因は下肢静脈血栓症による肺動脈血栓塞栓症(以下「肺塞栓症」と略す)であったことが判明した。 (甲A1,弁論の全趣旨。Fの死因が下肢静脈血栓症による肺動脈血栓塞栓症であることは当事者間に争いがない。 。)(3)本件で前提となる医学的知見は,別紙医学的知見(以下「別紙知見」という)のとおりである。 。 (4)精神保健福祉法37条1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準昭(和63年4月8日厚生省告示第130号,最終改正平成12年3月28日厚生省告示第97号)のうち身体拘束についての基準は,別紙精神保健福祉法基準のとおりである(甲B3,弁論の全趣旨。 )なお,上記基準の第四の三(遵守事項)(二)の「常時の臨床的観察」について「精神病棟の現場で必要な精神保健福祉法の実際的な知識(甲B5),」によれば,明確な法律上の記載はないが,だいたい30分に1回の記録を残せばよいようであるとされている。また,上記基準の第四の三(遵守事項)(三)の「医師は頻回に診察を行う」について,東京都健康局医療政策部医療安全課の作成した「精神科病院における入院患者処遇の手引(乙B2)に」よれば,少なくとも1日2回以上の診察を行うべきだとされ「精神科医療,における行動制限の最小化に関する研究(乙B3)によれば,毎日1回以」上可能な限りとされている。 本件入院中のFの診療経過についての当事者の主張 被告の主張は別紙診療経過一覧表の「年月日「時間「診療経過(入院状」」況・主訴・所見・診断「検査・処置」欄に記載のとおりであり,これに対)」する原告らの反論は同一覧表の「原告らの反論」欄に記載のとおりである(下 経過一覧表の「年月日「時間「診療経過(入院状」」況・主訴・所見・診断「検査・処置」欄に記載のとおりであり,これに対)」する原告らの反論は同一覧表の「原告らの反論」欄に記載のとおりである(下線を付した部分以外は争いがない。 。) 原告らの主張(1)不必要な身体拘束を実施してはならない義務の違反ア精神科医療において,身体拘束は必要やむを得ない場合にごく短時間に限って実施することが許され,医師には,不必要な身体拘束をしてはならず,身体拘束をする場合でも可能な限り解除ないし一時解除をすべき義務がある。 ,,,,Fについては本件入院中身体拘束の必要はなく特に23日以降は,(,,症状が改善していて身体拘束の必要性はより低かったこの点被告は身体拘束が必要であった理由として,覚醒したとき突然暴れること,拒食及び拒薬等を挙げるが,そのような事実はなかった。 。)しかるに,被告病院の担当医師は,12日間にわたって間断なき身体拘束を実施した。この点,被告は,全身清拭時等に身体拘束を一時解除したと主張するが,看護記録にも記載がなく,そのような事実はなかった。また,仮に被告主張の事実があったとしても,全身清拭等のために極めて短時間拘束具を外したにすぎないから,それだけで上記の義務を果たしたということはできない。 イ義務違反と結果との間の因果関係上記アの身体拘束が実施されなければ,Fは,肺塞栓症を発症することはなく,これによって死亡することもなかった。 (2)肺塞栓症の予防措置を実施すべき義務の違反アFは,12日間もの長期間にわたる身体拘束を実施されて,肺塞栓症発症の危険があった。したがって,被告病院の担当医師は,Fに対し,身体 拘束を実施している間,弾性ストッキングの装着,足の運動及び早い歩行をさせ 間もの長期間にわたる身体拘束を実施されて,肺塞栓症発症の危険があった。したがって,被告病院の担当医師は,Fに対し,身体 拘束を実施している間,弾性ストッキングの装着,足の運動及び早い歩行をさせること,間歇的空気圧迫法の実施並びに抗凝固療法といった肺塞栓症の予防措置を実施すべき義務があった。 しかるに,被告病院の担当医師は,かかる措置を怠った。 イ義務違反と結果との間の因果関係上記アの予防措置が実施されていれば,Fは,肺塞栓症を発症することはなく,これによって死亡することもなかった。 (3)約30分おきに臨床的観察等を実施すべき義務の違反ア上記(2)アのとおり,Fは肺塞栓症発症の危険があった。したがって,被告病院の担当医師又は担当看護師は,Fに対し,身体拘束を実施している間,約30分おきに臨床的観察を行って,肺塞栓症による異常を早期に,。 発見しこれに対して適切な治療及び保護を早期に行うべき義務があったしかるに,被告病院の担当医師及び担当看護師は,Fについて,25日午後8時ころI医師が回診をした後,肺塞栓症発症時(26日の午前1時52分よりも早い時刻)からしばらく経って異常を発見するまで,臨床的観察を行わなかった。 この点,被告は,看護師が,26日,午前0時30分ころに点滴を更新し,午前1時ころ及び午前1時30分ころに巡回したが,いずれの際も異常は確認されず,午前1時52分ころに初めて異常が発見されたと主張する。しかし,H医師は25日から27日までの分の点滴を処方していなかったのであり,したがって午前0時30分ころの点滴更新はなかったと考えられるし,午前1時,1時30分及び1時52分は,既に準夜勤の時間帯(午前0時50分まで)を越えており,夜勤者との引継ぎに当てられるべき時間であったことなどからすれば,被告主張に沿うM准看護 と考えられるし,午前1時,1時30分及び1時52分は,既に準夜勤の時間帯(午前0時50分まで)を越えており,夜勤者との引継ぎに当てられるべき時間であったことなどからすれば,被告主張に沿うM准看護師の証言及び看護記録(乙A2)の記載は信用できず,そのような事実は認められない。結局,25日午後8時ころのI医師による回診以降,Fに対する臨 床的観察は実施されず,Fは,26日午前1時52分よりも早い時刻に異常(肺塞栓症)を生じたが,適切な治療も施されないまま心肺停止状態に陥ったのである。 イ義務違反と結果との間の因果関係肺塞栓症は,発症後2時間以内の死亡率が高いが,心肺停止状態で発見された場合ですら,適切な緊急治療がなされるならば,約40%の確率で死を回避できるとされているから,本件において,約30分おきに臨床的観察が実施されることにより,早期に肺塞栓症の発症が発見されて治療されていれば,Fが肺塞栓症により死亡することはなかった。 (4)速やかに救急搬送されるよう手配すべき義務の違反ア被告病院の担当医師は,26日午前2時07分に救急隊が到着した際,速やかにFが救急搬送されるように手配すべき義務があった。 しかるに,救急隊が府中病院に向かって被告病院を出発したのは16分後の午前2時23分であったのであり,I医師は,上記義務を怠った。 この点,被告は,救急隊が搬送先の了解を得るために時間がかかった旨主張するが,府中病院は救急隊の被告病院到着時には受入れを決めていたのであって,そのような事実はなく,専ら被告病院の都合により16分間も待たせた。 イ義務違反と結果との間の因果関係上記アのとおり担当医師が速やかに手配していれば,救急隊の到着から出発まで16分間もかかることはなく,そうであれば,Fが肺塞栓症により死亡することはなかった。 (5 義務違反と結果との間の因果関係上記アのとおり担当医師が速やかに手配していれば,救急隊の到着から出発まで16分間もかかることはなく,そうであれば,Fが肺塞栓症により死亡することはなかった。 (5)損害アFの逸失利益基礎収入を352万2400円(女子学歴計全年齢平均賃金,労働能)力喪失期間を36歳から67歳までの31年間(新ホフマン係数18.4 21,生活費控除率30パーセントとして計算した4542万円(1万)円未満切捨て)であるところ,原告A及び原告Bがこの損害賠償請求権を各2分の1ずつの割合で相続した。 イ慰謝料(ア)原告A及び原告B各1500万円(イ)原告C及び原告D各300万円ウ葬儀費用計83万円のところ,原告A及び原告Bが各38万円を,原告C及び原告Dが各3万5000円をそれぞれ負担した。 エ弁護士費用計200万円のところ,原告らが各50万円を負担した。 被告の主張(1)上記3(1)(不必要な身体拘束を実施してはならない義務の違反)についてアFは,興奮の程度が高く,暴力的,攻撃的で,医師や看護師が安全かつ十分に接近することが困難であり,自傷他害にも及ぶような精神症状があった。このような状態にあったFの鎮静,症状安定のためには向精神薬の持続点滴が治療行為として必要不可欠であったところ,その安全確実な薬物療法の施行のためには身体拘束の持続が必要不可欠であった。 また,Fに対する身体拘束は,四肢,胴体ともに全く動けなくなるような厳重拘束ではなく,マグネット式製品による拘束で,一定程度動くことができ,現にFは不穏による自動運動をしていたのであるし,Fは内科的既往疾患,高齢,喫煙,妊娠等といった他の肺塞栓症の危険因子も有していなかった。本件では,1回発症型の致死性の肺塞栓症を突発したのであり ,現にFは不穏による自動運動をしていたのであるし,Fは内科的既往疾患,高齢,喫煙,妊娠等といった他の肺塞栓症の危険因子も有していなかった。本件では,1回発症型の致死性の肺塞栓症を突発したのであり,身体拘束によって肺塞栓症を発症することを具体的に予見することはできなかった。 そして,本件の身体拘束については,12日間という期間は我が国の精神科臨床上決して珍しいことではないし,マグネット式製品を使用し,頻回に一時解除を行うなど最小限度の拘束であったから,不適切であったとはいえない。 イ義務違反と結果との間の因果関係について肺塞栓症の発症には先天的因子,後天的因子など多種多様な原因が存在,。 ,しもとより身体拘束がなくとも肺塞栓症は発症することがあるそして患者の臨床状態も一定の誘因とはなり得るものの,本件の身体拘束は,座位ではなく,静脈のうっ滞がより軽度である仰臥位で行われ,期間も12日間と必ずしも長期ではなく,頻回に一時解除がされたこと,向精神薬の合併症としての肺塞栓症発症の可能性も否定できないことからすれば,身体拘束を実施したことと肺塞栓症発症との間に因果関係は認められない。 (2)上記3(2)(肺塞栓症の予防措置を実施すべき義務の違反)についてア被告病院担当医師は,Fに対し,原告ら主張のような肺塞栓症の予防措置を実施しなかったが,これが義務違反(過失)を構成するとの原告らの主張は誤りである。その理由は,以下のとおりである。 上記(1)アのとおり,本件では,身体拘束により肺塞栓症を発症することが具体的に予見される状況ではなかった。 また,本件当時,精神科医療における身体拘束については,抽象的な危惧感のレベルで肺塞栓症の発症可能性についての認識が存在したにすぎず,肺塞栓症の予防対策がとられていた精神科病院はほとんどなく,平成 また,本件当時,精神科医療における身体拘束については,抽象的な危惧感のレベルで肺塞栓症の発症可能性についての認識が存在したにすぎず,肺塞栓症の予防対策がとられていた精神科病院はほとんどなく,平成16年4月から一般診療科病棟では肺塞栓症予防管理料が保険点数として算定可能となったが,これについても精神科は対象外とされている。したがって,本件当時,精神科医療における身体拘束による肺塞栓症の発症については,被告病院のような民間の単科精神科病院の医療水準として肺塞栓症の予防措置が法的に義務づけられるような具体的予見義務はなかっ た。 そして,弾性ストッキングの使用,足の運動及び早い歩行をさせることは,手術後の(特に年配の)患者を対象として肺塞栓症発症の予防策として用いられてはいるが,その効果については疑問視されており,抗凝固療法も,一部の外科手術に限って肺塞栓症のリスクが大きいと考えられる患者に対してのみ適応とされているのであるから,本件において原告ら主張の予防措置をとるべき義務はなかった。 イ義務違反と結果との間の因果関係についてFは,26日の午前1時30分ころから午前1時52分ころまでの約2,,0分の間に1回発症型の致死性急性肺塞栓症を突発したものと考えられ,,,これに対する診断治療は不可能に近いとされているし上記アのとおり原告ら主張の肺塞栓症発症の予防措置の有効性には疑問があるから,原告ら主張の措置によって,Fの肺塞栓症発症を予防し,救命し得たとはいえない。 (3)上記3(3)(約30分おきに臨床的観察等を実施すべき義務の違反)についてアFのような症例では,医師は,最低1日2回診察することが求められるにとどまり,常に傍らに所在することまでは求められない。 そして,本件において,1日2回以上被告病院の担当医師によ 違反)についてアFのような症例では,医師は,最低1日2回診察することが求められるにとどまり,常に傍らに所在することまでは求められない。 そして,本件において,1日2回以上被告病院の担当医師による診察はされていたし,25日午後8時ころのI医師による回診後も,26日午前0時30分ころまでK看護師とM准看護師による約30分おきの観察(同日午前0時30分ころには点滴更新,同日午前1時にN准看護師による)観察,同日午前1時30分には上記3名の看護師にO准看護師も含めた4名による観察がそれぞれ行われ,いずれの際にも異常がないことが確認されていた。 イ義務違反と結果との間の因果関係について 一般に,呼吸停止状態となってから5分後には人工呼吸を開始しても救命率は25パーセント程度にとどまるとされ,8分経過すると救命可能性はほとんどなくなってしまうとされているのであり(別紙知見2(ドリンカー曲線)参照,約30分おきに観察をすることと救命との間に因果関)係を認めることはできず,実際,本件でも,26日午前1時30分ころの巡回では異常がなかったにもかかわらず,22分後の同日午前1時52分ころには急性の肺塞栓症による心肺停止状態で発見され,救命し得なかったのである。 (4)上記3(4)(速やかに救急搬送されるよう手配すべき義務の違反)についてア救急隊は,被告病院到着後,保護室まで移動してFの容態を確認し,被告病院のスタッフからFの氏名,病名,容態,発見状況等を聴取し,搬送先の確認をしてから,Fを救急車まで搬入したのであり,この経過において16分かかったというのは決して不適切ではなく,I医師に原告ら主張のような義務違反があったとはいえない。 また,ドリンカー曲線からすれば,救急搬送がより短時間でされたとしても死亡結果回避の可能性があったと かかったというのは決して不適切ではなく,I医師に原告ら主張のような義務違反があったとはいえない。 また,ドリンカー曲線からすれば,救急搬送がより短時間でされたとしても死亡結果回避の可能性があったとはいえず,やはり義務違反はない。 イ義務違反と結果との因果関係についてFは,26日午前1時52分ころの時点で既に心肺停止状態にあり,その後の被告病院の担当看護師による蘇生処置によっても一度も自発呼吸や拍動が回復することなく死亡確認に至っていること及びドリンカー曲線からすれば,救急搬送がより短時間でされたとしてもFが救命されたとはいえず,因果関係はない。 (5)上記3(5)(損害)について争う。 第3当裁判所の判断 前記前提事実に証拠(甲B10ないし12,21,乙A1,2,9ないし11,13,証人H,同I,同M,同Jのほか,各項に掲記したもの)及び弁論の全趣旨を併せると,次の事実が認められる。 (1)Fは,平成15年10月14日,被告病院の外来を受診した際,急に暴れ出して錯乱状態に陥っため,保護者(精神保健福祉法20条)である原告Aの同意の下に,被告病院に医療保護入院(同法33条1項)となって,G医師の判断により同日午後0時20分ころからA2病棟の保護室内で身体拘束を開始され,その後は,H医師の判断(下記(2)①及び⑤参照)により身体拘束の継続が決定された。そして,本件入院中,一貫して(下記の一時的な解除を除く)身体拘束を実施され,別紙Fの症状等一覧表に記載のとお。 りの症状等及び経口薬の服薬状況が認められた。 なお,Fに対する身体拘束にはセグフィックス社製のマグネット式転落防止帯が用いられ,これによって腹部,両腕及び両足がベッドと固定されて抜け出すことはできないが,ベッド上で寝返りをしたり,上体を起こして座っ,,。 たり にはセグフィックス社製のマグネット式転落防止帯が用いられ,これによって腹部,両腕及び両足がベッドと固定されて抜け出すことはできないが,ベッド上で寝返りをしたり,上体を起こして座っ,,。 たり膝を曲げたり手足を若干動かすことができるように調整されていたまた,Fは,本件入院中,全身清拭,洗面,更衣,陰部洗浄,おむつ交換等の処置を受けた際(診療経過一覧表参照,ほとんどの場合に拘束具を一)時的に解除された。 (甲B25,乙A3,6,B1)(2)Fは,下記の日時にH医師による精神療法ないし診察を受け,以下のとおり判断された。 ①15日午前10時ころ不穏及び興奮により,身体拘束を継続する必要がある。 ②同日午前11時ころ③17日午後3時ころ薬による鎮静がかかり,ぼーっとしている。 ④20日午後2時30分ころ妄想に支配されての暴言,奇声が激しい。 ⑤22日午前2時ころ幻覚妄想状態で,妄想に支配された暴言,反抗的な態度が続く。 幻覚,幻聴,不穏及び興奮により,身体拘束を継続する必要がある。 ⑥23日午後4時ころ昨日よりは落ち着いており,言葉遣いも本人本来のしゃべり方になっているが,状態は不安定で易変である。 ⑦24日大声をあげることは前より少なくなっているが,覚醒時,興奮はまだ見られる。 (3)Fは,14日午後2時ころ,G医師により輸液及びセレネース(強力な精神安定剤)の点滴処方がされ,以後は,H医師の判断により,本件入院中一貫して持続点滴が実施されていた。 Fは,14日午後2時ころ,G医師により,①毎食後にリスパダール(抗精神病薬,ワイパックス(緩和な精神安定剤,アキネトン(パーキンソ))ニズム治療薬,②就寝前にLP(レボメプロマジン(商品名ヒルナミン,))強力な精神安定剤,フルニトラゼパム(不眠症の治療薬 精神病薬,ワイパックス(緩和な精神安定剤,アキネトン(パーキンソ))ニズム治療薬,②就寝前にLP(レボメプロマジン(商品名ヒルナミン,))強力な精神安定剤,フルニトラゼパム(不眠症の治療薬,鎮静剤)という)投薬処方がされ,15日午後11時ころ,H医師により,①毎食後にLP,ワイパックス,アキネトン,②就寝前にLP,フルニトラゼパム,センノサ()(),,イド下剤③不眠時にベゲタミン強力な精神安定剤④不穏時にLPヒベルナ(パーキンソニズム治療薬)という投薬処方がされ,その後,22日午後2時ころから朝夕(その後毎食後)にリスパダールが,24日から就寝前にベゲタミンが追加されたほかは,H医師により概ね同様の投薬処方がされた。 ,,,,,なお不穏興奮等のため15日午前10時ころ19日午後5時ころ 20日午前1時30分ころ,23日午後4時ころ(看護師の処置時,同日)午後8時ころ及び25日午前2時30分ころにはLP及びヒベルナが,19日午後3時ころにはフルニトラゼパム及びワッサー(ビタミン製剤)が,20日午後5時30分ころにはセレネースがそれぞれ静脈注射された。 (4)25日午後8時ころのI医師の回診時,著変は認められなかった。K看護師及びM准看護師は,この回診以降も26日午前1時ころまでの間,約30分おきにFの保護室を巡回し,25日午後8時30分ころ及び26日午前0時30分ころには点滴を更新したが,いずれの際も特に異常は認められなかった。また,26日午前1時30分ころには,上記2名の看護師にO准看護師及びN准看護師も加わって巡回したが,特に異常は認められなかった。 (乙A6,B15)(5)Fは,26日午前1時52分ころ,K看護師とともに巡回していたM准看護師により心肺停止の状態で発見され,直 及びN准看護師も加わって巡回したが,特に異常は認められなかった。 (乙A6,B15)(5)Fは,26日午前1時52分ころ,K看護師とともに巡回していたM准看護師により心肺停止の状態で発見され,直ちに心臓マッサージ及びアンビューバッグによる人工換気が開始された。さらに,連絡を受けてかけつけたI医師の指示により,吐血の吸引,気管内挿管,イノバン(強心剤)投与,輸液が実施された。また,被告病院の看護師は,I医師の指示により,午前1時57分ころに119番通報をして救急隊を要請し,そのころ,原告Aに電話をして,Fが急変したのですぐ来院されたい旨を連絡した。 (「」。),東京消防庁の立川司令センター以下立川司令センターというは上記通報を受けて,午前2時07分ころ府中病院に受入れを要請し,同時に承諾を得た。救急隊は,同時刻ころ被告病院に到着し,午前2時09分ころにはFの保護室に到着して,10分程度在室した後,Fをストレッチャーに乗せて午前2時21分ころ救急車に搬入し,午前2時23分ころI医師,K看護師及びM准看護師も救急車に同乗して被告病院を出発し,府中病院に向かった。午前2時28分ころ府中病院に到着し,心臓マッサージ及び人工呼吸が行われたが,発見されて以降一度も心肺機能を回復することはなく,午 前2時55分に死亡が確認された。 (甲A6,B13,14,20,26,乙A6)(6)原告Aは,26日午前3時ころ,被告病院に到着し,I医師から,午前1時30分の回診時に異常はなかったが,午前1時50分の回診時には心肺停止状態であり,心臓マッサージなどの処置を行ったが,回復しなかったため,府中病院の救急救命センターに搬送した旨の説明を受けた。 被告病院の担当者らは,原告C及び原告Dに対し,平成16年4月14日及び23日にFの治療及び ッサージなどの処置を行ったが,回復しなかったため,府中病院の救急救命センターに搬送した旨の説明を受けた。 被告病院の担当者らは,原告C及び原告Dに対し,平成16年4月14日及び23日にFの治療及び異常発見当時の状況についての説明会を行い,同月14日の説明会の際,L看護師が「あ,既に12時半はもう発見された,。」,,時間ですねと発言した後原告Dから点滴更新の時間について質問され「あ,ごめんなさい,1時52分というのが発見の時間ですね」と訂正す。 るということがあった。また,同月23日の説明会の際,H医師は,原告Cから,Fの状態に関して,A「正気でない,B「中間,C「正気」の3」」肢が用意されている書面(甲B25)に記入して回答するよう求められ,10月14日から22日についてはAのみを,23日から25日まではA及びBをそれぞれ選択して回答した。 (甲B20,21,25,原告C本人) 上記1の認定について(補足説明)(1)上記1(1)の身体拘束の一時解除について本件の看護記録(乙A第2号証)には,身体拘束を一時解除したとの直接の記載は見当たらないが,H医師及びM准看護師が上記1(1)の認定に沿う証言をしているところ,全身清拭,洗面,更衣,陰部洗浄,おむつ交換等の場合には,体動が激しいときを除けば,拘束具を一時的に外して上記の処置,。 を実施するのが自然であると考えられ上記各証言を信用することができる(2)上記1(4)について原告らは,25日午後8時ころのI医師による回診以降,臨床的観察は実 施されなかった旨主張する。 しかし,M准看護師が,約30分おきにFの保護室を巡回した旨証言しているところ,被告病院の看護マニュアルでは,保護室の管理の際の遵守事項として「頻回に巡回し,環境調整に注意する(30分以内の巡回」 しかし,M准看護師が,約30分おきにFの保護室を巡回した旨証言しているところ,被告病院の看護マニュアルでは,保護室の管理の際の遵守事項として「頻回に巡回し,環境調整に注意する(30分以内の巡回」と定,。 )められていること(乙B15,病棟管理日誌には1時間おきには巡視した)看護師のサインが記載されていること(乙A6)からすれば,被告病院においては,約30分おきでの巡回が習慣的に実施されていたと考えるのが自然であり,上記証言を信用することができる。 また,原告らは,H医師は25日から27日までの分の点滴を処方しておらず,したがって,26日午前0時30分の点滴更新はなかった旨主張するところ,確かに,カルテに記載されている点滴の数量よりも保険請求されている点滴の数量(甲A4)の方が少ないこと,看護記録や点滴注射処方箋の訂正箇所が多いことなどの事情はあるが,入院以来一貫して継続してきた点滴を中止したことを窺わせる積極的記載はカルテ等に見当たらないこと,看護記録(乙A2)には25日午前9時45分に4本中1本目の点滴交換をした旨が記載され(この記載には,体裁上不自然な点はない,その後も定。)期的に点滴が交換されたと考えるのが自然であることからすれば上記1(4),の認定を覆すに足りるものではない。 さらに,原告らは,26日午前1時,1時30分及び1時52分は,既に準夜勤の時間帯を越えており,引継ぎに当てられるべき時間であったから,これらの時間に準夜勤のK看護師及びM准看護師が巡回したとするM准看護師の証言及び看護記録の記載は信用できない旨主張する。しかし,M准看護師の証言及び陳述書(乙A11)によれば,実際には,午前1時30分ころの巡回は準夜勤と夜勤の看護師計4名で実施するのが通例であり,夜勤者は残務があれば午前2時ころまで残業する する。しかし,M准看護師の証言及び陳述書(乙A11)によれば,実際には,午前1時30分ころの巡回は準夜勤と夜勤の看護師計4名で実施するのが通例であり,夜勤者は残務があれば午前2時ころまで残業することも少なくないのであって,例えば24日の午前1時の看護記録の記載も準夜勤の看護師が記載したことが窺 われることからすれば,原告らの上記指摘は当たらない。 (3)他に,本件全証拠を検討しても,上記1の認定を覆すに足りる証拠はない。 「不必要な身体拘束を実施してはならない義務の違反」について(1)原告らは,Fには本件入院中身体拘束の必要はなく,被告病院の担当医師は不必要な身体拘束を実施してはならない義務に違反した旨主張する。 しかし,上記1(1)の認定事実のとおり,本件入院中,Fには別紙Fの症状等一覧表の「日付「時刻「Fの症状等」の欄に記載のとおりの症状等」」が見られたのであって,そのうち下線を付した部分を除いたものは,妄想,幻覚,興奮,不穏,怒声・大声など精神疾患の急性期の症状であり,特に,(。 ①ベッドごと動くほど激しく体動したり別紙Fの症状等一覧表の9番参照以下番号のみ指摘する,②点滴の針を抜いてスタッフに襲いかかろうと。)したり(29番,③妄想に支配されての暴言や奇声が激しかったり(39)番,④「私を殺そうとした犯人がいる」などと言い,妄想に支配された暴)言や反抗的な態度が続いたり(55番,⑤点滴ラインを掴み,怒声を上げ)たり(63番,⑥「私を殺そうとしている「人殺し」などと言って興)。」,。 奮していた(67番)ことなどからすれば,その症状は激しかったということができる。 他方,上記一覧表記載の症状等のうち下線を付した部分はFが沈静していたことを示すものであり,17日,18日及び24日には特段の急性期の )ことなどからすれば,その症状は激しかったということができる。 他方,上記一覧表記載の症状等のうち下線を付した部分はFが沈静していたことを示すものであり,17日,18日及び24日には特段の急性期の症状は認められていない。しかし,19日以降は上記②のような症状が出るなど突然悪化していること,23日及び25日には,それぞれ上記⑤及び⑥のような症状が見られ,合計3回もLPの静脈注射を要したことからもわかるように,Fの症状は,一時的に沈静化しても,その日のうちに再び突然悪化(),,するなどのことをくり返していたと認められ証人H入院期間を通してFの症状が安定していたとはいい難く,再び上記①ないし⑥のような急性期 の症状が生じる可能性が十分にあったといえる。 迅速かつ十分な医療行為によって自傷他害に及ぶような精神症状が改善されることは,患者にとって極めて有益である(乙B3)ところ,<ア>Fのように急性期の症状が激しい患者に対してはセレネースの持続点滴は有効であり(H医師の証言及び弁論の全趣旨によってこれを認める,特に,Fは,。)別紙Fの症状等一覧表の「日付「時刻「経口薬の服薬状況」の欄に記載」」のとおりの服薬状況で,拒薬傾向があり(下線を付した部分,20日及び)21日朝は説得にも応じずに延薬や投薬中止となっていることからも,確実に薬効を得させるために持続点滴の必要が高かったと考えられるし,<イ>上記のようなFの症状からすると,拘束をしない場合,医療従事者が安全に接近することが困難になる可能性が高く,そのために迅速かつ十分な治療ができなくなるおそれがあること,<ウ>上記のようなFの症状からすると,自傷他害のおそれがあることからすれば,被告病院の担当医師において身体拘束の必要があると判断したとしても,不適切であるということは きなくなるおそれがあること,<ウ>上記のようなFの症状からすると,自傷他害のおそれがあることからすれば,被告病院の担当医師において身体拘束の必要があると判断したとしても,不適切であるということはできない。また,同様に,被告病院の担当医師において,Fの症状は多動又は不穏が顕著であり,身体的拘束以外によい代替方法がない場合(別紙精神保健福祉法基準の第四の二イ)に該当すると判断したとしても,不合理ということはできない。 (2)さらに,原告らは,仮に身体拘束を実施する場合でも,可能な限り解除ないし一時解除をすべきであると主張する。 ここで,上記1(1)の認定事実によれば,Fに対する身体拘束に用いられた転落防止帯は,腹部,両腕及び両足がベッドと固定されて抜け出すことはできないが,ベッド上で寝返りをしたり,上体を起こして座ったり,膝を曲げたり,手足を若干動かすことができるように調整されており,また,被告病院の看護師は,全身清拭,洗面,更衣,陰部洗浄,おむつ交換等の処置の際には,ほとんどの場合において,拘束具を一時的に外していた(25日に は拘束を解除して朝食の自力摂取を促すなどしていた)ものであるが,こ。 ,()れを超えて被告病院の担当医師に身体拘束を解除ないし一時解除を指示すべき義務があったか否か検討する。 Fに対する身体拘束の目的は上記(1)の<ア>ないし<ウ>のとおりであるところ,医師や看護師がFを監視している間はともかく,それ以外の場合は,Fが,点滴を抜去したり,また突然急性期の症状を生じるなどして,医療従事者の接近が困難になったり自傷他害行為に及ぶなどの可能性があり,この目的を達し得なくなる可能性が高い。そうであれば,上記の程度を超えて身体拘束の解除ないし一時解除をすべき法的な義務があったということはできない。 「肺 自傷他害行為に及ぶなどの可能性があり,この目的を達し得なくなる可能性が高い。そうであれば,上記の程度を超えて身体拘束の解除ないし一時解除をすべき法的な義務があったということはできない。 「肺塞栓症の予防措置を実施すべき義務の違反」について(1)原告らは,Fについては,12日間もの長期間にわたる身体拘束が実施されて,肺塞栓症発症の危険があったのであるから,被告病院の担当医師において,身体拘束を実施している間,弾性ストッキングの装着,足の運動及び早い歩行をさせること,間歇的空気圧迫法の実施並びに抗凝固療法といった肺塞栓症の予防措置を実施すべき義務があった旨主張する。 (2)ここで,証拠(甲B18の1ないし3,乙B13,証人H及び弁論の全趣旨)によれば,松沢病院は,精神科病院の中でも,肺塞栓症の予防措置や対策の実施において先進的な病院であると認められるところ,平成16年12月13日に改訂された松沢病院の予防チャート(別紙知見1(6),別紙予防チャート)を用いて検討するに,Fは,少なくとも下肢運動制限(高リスク群)及び向精神薬の投与(低リスク群)に該当し,肺塞栓症発症の高リスク群に分類されるところ,その予防対策としては,①早期離床,注意深い観察,②2時間毎の体位交換,③両下肢運動,④弾性ストッキングの使用,⑤間歇的下肢圧迫装置の使用,⑥抗凝固療法の6つの選択肢が挙げられている(低リスク群にある通常の観察という選択肢は掲げられていない。した。) がって,このチャートによる限りは,上記①ないし⑥のような肺塞栓症の予防対策を検討することになる。 (3)ところで,被告は,本件当時,精神科医療における身体拘束による肺塞栓症の発症につき,特に被告病院のような民間の単科精神科病院の医療水準において,肺塞栓症の予防措置が法的に義務づけられ なる。 (3)ところで,被告は,本件当時,精神科医療における身体拘束による肺塞栓症の発症につき,特に被告病院のような民間の単科精神科病院の医療水準において,肺塞栓症の予防措置が法的に義務づけられるような具体的予見義務はなかった旨主張しているところ,この点についての平成15年10月当時の医療水準を窺わせる事実として,以下の事実が認められる。 ①平成14年7月26日,東京都から各都立病院長宛てに「都立病院に,おける肺塞栓症に対する取り組みについて」という通知が出された。この通知においては,大久保病院では「静脈血栓塞栓症予防手順」というマニュアルが作成されて平成13年8月から院としての統一した肺塞栓症の予防対策が講じられている一方,他の都立病院においては,診療科単位で予防に取り組んでいる病院が多く,一部で院全体としての検討を始めたところであるとされ,今後,上記大久保病院のマニュアル等を参考に,予防の手引等を作成し,患者のリスクに応じた肺塞栓症の予防措置を講ずるとともに,発生頻度や予防効果の検証を行うこととされている(甲B19の。 2)②松沢病院においても,上記①の通知を受けて,プロジェクトチームが設置され,上記①の大久保病院のマニュアルを参考に,平成15年2月ころまでに予防の手順,手引が作成され,実施されるようになった(甲18の1・2,乙B13。 )③平成16年4月の診療報酬点数の改訂により,肺血栓塞栓症予防管理料305点が新設され,病院又は診療所に入院中の患者であって,肺塞栓症を発症する危険性の高い者に対し,弾性ストッキング又は間歇的空気圧迫装置を用いて計画的な医学管理を行った場合に,入院中1回に限り算定できることとなったが,精神科病棟は除外されている(乙B4。 ) ④「精神科看護」という名称の雑誌の平成16年6月号 的空気圧迫装置を用いて計画的な医学管理を行った場合に,入院中1回に限り算定できることとなったが,精神科病棟は除外されている(乙B4。 ) ④「精神科看護」という名称の雑誌の平成16年6月号に掲載された記事において,身体拘束中の患者が肺塞栓症で死亡した症例が報告され,報告者の看護師は,このようなことが今後起こらないよう早急な対応の必要性を感じたと意見を述べている(乙B11。 )⑤松沢病院においても,上記④の記事などを受け,上記②の手引は,精神科の特性を十分反映されていないと判断して,平成16年12月13日にガイドラインとして改訂された(乙B13。 )⑥「精神科看護」の平成17年2月号に掲載された記事においては,ほとんどの病院で肺塞栓症の予防対策がとられていないのが現状ではないだろうかと指摘された上で,上記⑤の松沢病院のガイドラインが紹介されている(乙B13。 )(4)上記(3)によれば,平成14年7月ころの段階では,都立病院ですら,多くの病院において,組織的に院全体としての肺塞栓症の予防対策を講じたりマニュアルを整備したりしている病院は少なく,そのころから予防効果等の検証を行うというような状況であった。そして,上記(3)①のような通知が出されたのは都立病院に対してであり,例えば,厚生労働省が民間の病院も含めた全医療機関に肺塞栓症の予防対策をとるよう指導する通知を出したというような事実を窺わせるような証拠はない。 また,上記(3)②のように通知を受けた松沢病院においてでさえ,最初の予防の手順,手引が作成されたのが平成15年の2月ころであり,加えて,上記(3)③④⑥の事実からすると,平成15年10月ころの時点では,少なくとも被告病院のような精神科を主たる診療科目とする民間病院において,肺塞栓症の予防対策を実施していた病院 ころであり,加えて,上記(3)③④⑥の事実からすると,平成15年10月ころの時点では,少なくとも被告病院のような精神科を主たる診療科目とする民間病院において,肺塞栓症の予防対策を実施していた病院はほとんどなかったと認められ,肺塞栓症の予防対策を実施すべきとする医療水準は確立していなかったというべきである。 そうすると,肺塞栓症の予防対策を検討することが望ましかったという余 地はあるとしても,被告病院の担当医師において,Fに対し,肺塞栓症の予防措置をとるべき法的な義務があったとはいえない。 なお,平成14年10月21日の新聞記事(甲B1)において,公立病院の精神科で身体拘束中であった入院患者が肺塞栓症により死亡したこと及び厚生労働省の精神保健福祉課の職員がこの件に関して「身体拘束はリスクを伴う。患者の状態に注意するのは当然だ」と話した旨の報道がされている。 が,この記事においても,身体拘束患者が肺塞栓症で死亡したケースが確認されたのは初めてであるなどとも報道されており,上記認定を覆すものではない。 「約30分おきに臨床的観察等を実施すべき義務の違反」について原告らは,被告病院の担当医師又は担当看護師において,Fに対し,約30分おきに臨床的観察等をすべき義務があったのに,これを怠り,25日午後8時ころのI医師による回診以降,臨床的観察を実施しなかった旨主張する。 しかし,上記1(4)及び(5)の認定事実によれば,本件において,上記回診以降も約30分おきに臨床的観察は実施され,26日の午前0時30分ころ,午前1時ころ及び午前1時30分ころの観察では異常は発見されず,午前1時52分ころの観察で異常が発見されたと認められるから,約30分おきの臨床的観察が法的に義務づけられるとしても,被告病院の担当の医師又は看護師においてその義務に違反 観察では異常は発見されず,午前1時52分ころの観察で異常が発見されたと認められるから,約30分おきの臨床的観察が法的に義務づけられるとしても,被告病院の担当の医師又は看護師においてその義務に違反したとはいえない。 なお,Fは呼吸停止状態で発見されたこと,別紙知見2によれば,呼吸停止後に人工呼吸を開始した時間が2分後だと約90パーセントの救命率があるが,3分後だと75パーセント,5分後だと25パーセント,8分後にはほとんどゼロとなるとされていることを踏まえると,本件において30分おきの観察によってFの異常を救命可能な段階で発見できたと認めるに足りる証拠はないというべきであり,そうすると,30分おきの観察とFの救命との間に相当因果関係を認めることはできない。 「速やかに救急搬送されるよう手配すべき義務の違反」について上記1(5)の認定事実によれば,救急隊が被告病院に到着してから出発するまでに約16分を要し,うち救急隊がFの保護室にいた時間は10分程度であったところ,原告らは,I医師において,救急隊が到着したならばFが速やかに救急搬送されるように手配すべき義務があったのに,かかる義務を怠った旨主張する。 ここで,原告C作成の報告書(甲B14,26)には,Fを搬送した救急隊長が,同原告に対し「救急隊は患者を一刻も早く救急病院に運ぶのが使命。 ,救急隊の都合で出発が遅れることはありえない「16分待たされたのは病。」,院側の都合による」という話をし,また,消防指令が,同原告に対し「救。 ,急隊は根岸病院到着後すぐに立川指令センターから府中病院に行くよう指令を受けた」旨の話をしたと記載されている。 しかし,この報告書自体,原告Cが電話ないし口頭で聴取したとする内容をまとめたものにすぎず,その報告書上も「病院側の都合」というのが具体的 病院に行くよう指令を受けた」旨の話をしたと記載されている。 しかし,この報告書自体,原告Cが電話ないし口頭で聴取したとする内容をまとめたものにすぎず,その報告書上も「病院側の都合」というのが具体的,に何であるかは不明であり,他に,本件全証拠を検討してみても,救急隊の出発が病院側の都合で遅れたというような具体的事実は見当たらない。 かえって,I医師は,救急隊が保護室にいた間のことについて,搬送先を確認していたほか,Fの容態を直接確認し,被告病院のスタッフからFの発見状況や処置内容,氏名,年齢,入院した時の病名,既往歴等の確認をし,Fをストレッチャーに移すなどの対応をしていた旨証言しているところ,上記1(5)の認定事実によれば,府中病院が立川司令センターから受入れ要請をされて承諾した時刻も,午前2時07分であって,救急隊が被告病院に到着したのとほぼ同じ時刻であるから,救急隊が被告病院に到着して患者の状態を確認した段階で搬送先について立川司令センターに連絡をして確認しても不自然とはいえず,また,上記のような対応は救急隊員が通常行うものであると考えられ,それに10分程度を要したとしても不自然とはいい難いから,この証言を直ちに 排斥できない。 そうすると,上記の報告書だけで,I医師において速やかに救急搬送されるように手配すべき義務を怠ったと判断することはできず,他に,この義務を怠ったと評価されるべき事実を認めるに足りる証拠はない。 なお,上記1(4)及び(5)の認定事実によれば,26日午前1時30分には特に異常が認められなかったが,午前1時52分には心肺停止状態で発見されたところ,別紙知見2によれば,呼吸停止後に人工呼吸を開始した時間が2分後だと約90パーセントの救命率があるが,3分後だと75パーセント,5分後,,,だと25パーセン は心肺停止状態で発見されたところ,別紙知見2によれば,呼吸停止後に人工呼吸を開始した時間が2分後だと約90パーセントの救命率があるが,3分後だと75パーセント,5分後,,,だと25パーセント8分後にはほとんどゼロとなるとされていることまた上記1(5)の認定事実によれば,Fは,直ちに心臓マッサージ及び人工換気が実施されたものの,発見されて以降一度も心肺機能を回復することなく死亡が確認されたことからすれば,仮にFが本件の経過より早く府中病院に搬送されたとしても,Fが救命されたとはいえない。 以上の次第で,原告らの請求は,その余の点については判断するまでもなく,,。 いずれも理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり判決する東京地方裁判所民事第14部貝阿彌誠裁判長裁判官水野有子裁判官井出正弘裁判官 別紙医学的知見 肺塞栓症(甲B4,6,7,9,乙B5ないし10,13,16)(1)肺塞栓症とは,全身の静脈系(特に下大静脈領域)で形成された血栓が肺動脈を閉塞する疾患である。 致死性急性肺塞栓症(急性広範性肺塞栓症の最重症例であり,発症即死亡する症例及び発症とともに循環虚脱・意識不明となり,そのまま数日間生存するが回復の兆しを認めず死亡する症例)には,臨床的に見て,ただ1回で致死性となる1回発症型と再発を繰り返して致死性になる再発型の2つの型がある。 再発型は,致死性に至らない肺塞栓症を発症した時点で正しく診断し,適切な治療を行えば致死性急性肺塞栓症の発症を防ぐことが可能であるが,1回発症型は,突然の発症で,診断のための時間的余裕はなく,治療の手だてはない。 (2)深部静脈血栓症(以下「DVT」という)の危険因子。 臨床上有意な急性肺塞栓症の95%以上は,DVTが原因であるといわれており 然の発症で,診断のための時間的余裕はなく,治療の手だてはない。 (2)深部静脈血栓症(以下「DVT」という)の危険因子。 臨床上有意な急性肺塞栓症の95%以上は,DVTが原因であるといわれており,①血液凝固能の亢進,②血流停滞,③静脈壁異常の3つの誘発因子があ,,,,り具体的な臨床病像としては静脈血栓塞栓症の既往血液凝固亢進性疾患向精神薬の服用,脱水,高齢,肥満,悪性腫瘍,麻痺,不動,長期臥床,心不,,(,)。 全脳血管疾患骨折下肢骨盤等及び手術などの因子が指摘されている(3)DVTの症状,診断DVTでは,下肢の腫脹,疼痛,緊満感,だるさ,違和感,皮膚の変色,腰痛又はそ径部痛などが典型症状とされているが,無症状例も少なくない。入院,。 患者特に安静臥床による静脈血流停滞により生じる場合には無症状例も多い確定診断には,X線静脈造影などが用いられる。 (4)肺塞栓症の症状,診断本症を念頭に置いていないと見逃しやすい。疑い診断に有用な臨床所見としては,突然の頻呼吸を伴う呼吸困難,深吸気で増強する肋膜性胸痛,失神,ショックが重要である。動脈血ガス分析(動脈血酸素分圧の測定,胸部X線,) 心電図などの検査が有用であり,下肢,骨盤腔にDVTの所見があれば,より疑診に近づく。 (5)肺塞栓症の治療肺動脈血栓摘除術,抗凝固療法(ヘパリン又はワルファリンの投与,血栓)溶解療法,下大静脈の部分的遮断などが行われる。 (6)肺塞栓症の予防対策松沢病院が平成16年12月13日に改訂した肺塞栓症の予防ガイドライン,,,(,では別紙予防チャートを用いてリスクを判定し物理的予防法早期離床注意深い観察,2時間毎の体位交換,両下肢運動,弾性ストッキングの使用,間歇的空気圧迫法の実施,抗凝固療法( ,,,(,では別紙予防チャートを用いてリスクを判定し物理的予防法早期離床注意深い観察,2時間毎の体位交換,両下肢運動,弾性ストッキングの使用,間歇的空気圧迫法の実施,抗凝固療法(ヘパリン又はワルファリンの投与))などの予防対策を実施すべきとされている。 なお,抗凝固療法には,出血傾向の副作用がある。 (7)予後について肺塞栓症研究会の調査によれば,参加33施設において,平成12年11月から平成15年8月までに肺塞栓症と診断されて登録された629症例のうち,,. 急性例は461例でありそのうち心肺停止例が26例でその死亡率は615%であった。 ドリンカー曲線(乙B14)呼吸停止の後に人工呼吸(又は心肺蘇生)を早く行えば行うほど救命率が高いことを示している曲線であり,この曲線によると,人工呼吸を開始した時間が2分後だと約90パーセントの救命率があるが,3分後だと75パーセント,5分後だと25パーセント,8分後にはほとんどゼロとなる。 別紙精神保健福祉法基準第四身体的拘束について一基本的な考え方(一)身体的拘束は,制限の程度が強く,また,二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため,代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり,できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。 (二)身体的拘束は,当該患者の生命を保護すること及び重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり,制裁や懲罰あるいは見せしめのために行われるようなことは厳にあつてはならないものとする。 (三)身体的拘束を行う場合は,身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし,手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐,縄そ にあつてはならないものとする。 (三)身体的拘束を行う場合は,身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類又は綿入り帯等を使用するものとし,手錠等の刑具類や他の目的に使用される紐,縄その他の物は使用してはならないものとする。 二対象となる患者に関する事項身体的拘束の対象となる患者は,主として次のような場合に該当すると認められる患者であり,身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。 ア自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合イ多動又は不穏が顕著である場合ウア又はイのほか精神障害のために,そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合三遵守事項(一)身体的拘束に当たつては,当該患者に対して身体的拘束を行う理由を知らせるよう努めるとともに,身体的拘束を行つた旨及びその理由並びに身体的拘束を開始した日時及び解除した日時を診療録に記載するものとする。 (二)身体的拘束を行つている間においては,原則として常時の臨床的観察を 行い,適切な医療及び保護を確保しなければならないものとする。 (三)身体的拘束が漫然と行われることがないように,医師は頻回に診察を行うものとする。

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