令和4(う)426 保護責任者遺棄、保護責任者遺棄致死

裁判年月日・裁判所
令和5年2月24日 東京高等裁判所 棄却 東京地方裁判所 令和2合(わ)271
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判決文本文11,847 文字)

- 1 -令和5年2月24日宣告東京高等裁判所第1刑事部判決令和4年(う)第426号保護責任者遺棄、保護責任者遺棄致死被告事件 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中310日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 事案の概要及び控訴の趣意 1 本件は、実子である当時3歳の被害児と同居し、同児を単独で養育してきた同児の親権者である被告人が、同児は、一人ではおむつの着脱等や生存に必要な量の飲食物を適時に摂取することができないことなどを認識しており、その生存に必要な保護をする責任があったにもかかわらず、東京都大田区所在の当時の被告人方(以下、単に「被告人方」又は「自宅」という。)に同児を置き去りにしたまま鹿児島県内に旅行に行こうと決め、令和2年5月8日午前10時49分頃、被告人方において、同児のいる部屋の扉を閉めてその扉をソファで固定し、玄関ドアを外側から施錠して立ち去り、同児を同所に放置して遺棄するとともに、その頃から同月11日午後6時56分頃までの間、飲食物を適時に与えることも、おむつの着脱等もせず、同児を同所に放置したまま同県内に滞在するなどして帰らず、殊更同児の生存に必要な保護をしなかった(原判示第1)同様にして、同年6月5日午前9時50分頃、同児を上記と同じ部屋に放置して遺棄するとともに、その頃から、飲食物を適時に与えることも、おむつの着脱等も、医師の診察等の医療措置を受けさせることもせず、同児を同所に放置したまま同県内に滞在するなどして帰らず、殊更同児の生存に必要な保護をせず、よって、同月12日から同月13日までの間に、被告人方において、同児を高度脱水症、飢餓により死亡させた(原判示第2)という事案である。 - 2 - ず、殊更同児の生存に必要な保護をせず、よって、同月12日から同月13日までの間に、被告人方において、同児を高度脱水症、飢餓により死亡させた(原判示第2)という事案である。 - 2 - 2 本件控訴の趣意は、弁護人平岡百合作成の控訴趣意書、令和4年6月14日付け及び同年9月30日付け各控訴趣意書訂正書並びに控訴趣意補充書第1項及び第2項記載のとおりであり、その論旨は、訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。 第2 訴訟手続の法令違反の主張について 1 弁護人は、原審弁第18号証の報告書の写真部分及びその一部を添付した同第23号証の報告書(以下、これらを併せて「本件報告書等」という。)の取調べ請求を却下した原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があると主張する。 そこで、原審記録を調査して検討する。 2 原審記録によれば、以下の事実が認められる。 被告人による被害児の養育状況、被告人の被害児に対する愛情等を立証趣旨とする原審弁第18号証の報告書の取調べ請求について、検察官は同意意見を述べていたところ、第2回公判前整理手続期日において、原審裁判長は、原審弁護人に対し、同報告書に含まれる被害児の写真について、「亡くなった被害者の写真を取り調べることは、裁判員にとって非常に大きな精神的負担になる。養育状況等の立証は、被告人がアルバムの作成などをしていたことで足り、被害者の写真は必要ないのではないか」と告げた。これに対し、原審弁護人は、「写真の被害者と被告人の表情なども見ていただくことで、事実認定に与える影響も違ってくる。このような事件である以上、裁判員にある程度の精神的な負担がかかることはやむを得ないのではないか。分量も絞って作成したものであるので、ぜひ見ていただきたい」と応じた。検察官は、この点 も違ってくる。このような事件である以上、裁判員にある程度の精神的な負担がかかることはやむを得ないのではないか。分量も絞って作成したものであるので、ぜひ見ていただきたい」と応じた。検察官は、この点について「特に意見はない」と述べた。原審裁判長は、原審弁護人に対し、同報告書の提示を命じ、原審裁判所による同報告書の採否の判断は留保された。 第1回公判期日において、原審弁護人が請求していた、被告人による- 3 -被害児の養育状況、被告人の被害児に対する愛情等を立証趣旨に含む、被告人が作成した育児日記及びアルバムの外観及び形状(原審弁第4号証ないし第16号証)並びに原審弁第18号証の報告書の写真を除く部分等が採用され、取り調べられた。 第2回公判期日において、被害児の養育状況等の一般情状を立証趣旨に含む被告人の母の証人尋問が予定されていたが、同人が出頭できないこととなり、同人の証人尋問請求は撤回された。同人の証人尋問に代わり、原審弁護人が請求した、立証趣旨を同じくする被告人の母の警察官調書の一部の写し(原審弁第20号証)等が採用され、取り調べられた。同写しには、被告人が平成29年12月頃に被告人の母方から友人とテーマパークへ外出した際の出来事から、被告人は被害児を大切にしているなと感じた、被告人は、被告人の母方にいるときも、被害児と一緒によく遊び、本当によく面倒を見ていたなどと記載されている。 第2回公判期日、第3回公判期日及び第4回公判期日において、被告人質問が行われた。 第4回公判期日において、原審弁護人は、被告人による被害児の養育状況、被告人の被害児に対する愛情等を立証趣旨として、原審弁第18号証の報告書の写真の一部を被害児の目の部分にマスキングを施した上で添付した同第23号証の報告書の取調べを請求した。検察官は、し 養育状況、被告人の被害児に対する愛情等を立証趣旨として、原審弁第18号証の報告書の写真の一部を被害児の目の部分にマスキングを施した上で添付した同第23号証の報告書の取調べを請求した。検察官は、しかるべくとの証拠意見を述べたが、原審裁判所は、必要性がないとして、その請求を却下し、原審弁第18号証の報告書の写真部分の取調べ請求も同様に却下した。原審弁護人は、これらの却下決定に対し異議を申し立て、被告人が被害児をきちんと養育し、育児をしていたことを立証するための証拠として、直接的に印象付けられる写真は、証拠価値が高い、被告人の育児の様子が具体的に把握できるという意味で必要な証拠であるなどと理由を述べたが、原審裁判所は、いずれの異議も棄却した。 - 4 - 上記の審理経過によれば、原審裁判所は、原審弁護人が異議の理由として述べた内容を踏まえても、裁判官及び裁判員は、本件報告書等以外の証拠に基づき、被告人による被害児の養育状況、被告人の被害児に対する愛情について十分判断することができ、また、裁判員の精神的負担を考慮すれば、本件報告書等以外の証拠から判断するのが相当であるとして、本件報告書等の取調べ請求を却下したと解される。この原審裁判所の判断に裁量の逸脱があるとは認められない。 弁護人は、被告人が愛情を持って被害児を養育していたことについては、被告人の話を聴き、アルバムの外観等を見るだけでは不十分であり、被告人と被害児が写った写真も見ることで、被告人の被害児に対する愛情の深さを直接感じることができるから、それらの写真は、被告人が被害児に対し、およそ積極的な害意を生じ得ないことをより直接的に基礎付ける証拠として重要であるという。 しかしながら、原判決は、量刑の理由の中で、被告人は、被害児を「幸せにしてあげたいと願っていた」 児に対し、およそ積極的な害意を生じ得ないことをより直接的に基礎付ける証拠として重要であるという。 しかしながら、原判決は、量刑の理由の中で、被告人は、被害児を「幸せにしてあげたいと願っていた」、「被害児に対する憎しみや積極的な害意による犯行ではない」と認定しており、原審弁護人が本件報告書等によって立証しようとしたことは、現に立証され、量刑上相応に考慮されている。 4 訴訟手続の法令違反の主張は理由がない。 第3 量刑不当の主張について 1 弁護人は、被告人を懲役8年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、懲役5年が相当であると主張する。 そこで、原審記録を調査し、当審で取り調べた情状事実も含めて検討する。 2 原判決は、3歳6か月の被害児を、適切な保護の措置をとることなく、部屋に8日以上にわたり置き去りにした本件保護責任者遺棄致死の犯行は、悪質かつ身勝手というほかないものである、長期間にわたり部屋に残され、一人衰弱していった被害児のつらさと苦しみは言葉にし難い、その結果とし- 5 -て、かけがえのない幼い命が奪われた、その犯行は、被害児を置いて外出することを繰り返した上、知人男性からの旅行の誘いに対し、他の人に世話を頼んだり、子供がいることを伝えて一緒に連れていったりするなどせず、その誘いを断ることもなく、一定量の飲食物を置いて、おむつを着けてさえいれば被害児は生きられると軽信するという、被告人の誤った判断が積み重なって起きたものである、そのような判断の背景には、被告人が過去に壮絶な虐待を受けた上、それに対して必ずしも適切とはいえないケアを受けて育ってきたという、被告人にはあらがうことができない成育歴によって形成された、人を信頼することができない、故に相手に本心を伝えることができない、相手の要求に過剰に応えようとすると えないケアを受けて育ってきたという、被告人にはあらがうことができない成育歴によって形成された、人を信頼することができない、故に相手に本心を伝えることができない、相手の要求に過剰に応えようとするという性格傾向があり、それが本件各犯行に複雑に影響を及ぼしていると認められる、上記の選択肢の中には、そのような被告人にとって現実的には容易ではないものもあったが、被告人が被害児を置いたまま鹿児島県に行くことを決めたのは、被害児を置いて外出することを繰り返し、さらには、本件保護責任者遺棄の犯行の際にも大きな問題がなかったという経緯から、慣れを感じてしまったことの影響も大きく、最終的には被告人が自ら判断したといえる、そうすると、被告人の成育歴を背景とする上記の性格傾向は、本件各犯行に対する量刑を考える上で一定程度考慮されるべき事情ではあるものの、その考慮の程度には限りがある、被告人は、自身が虐待された経験から、我が子に同じ思いはしてほしくない、幸せにしてあげたいと願っていた、本件各犯行時も、被害児を自宅に置いて出る際には、十分に食べてほしいと考えて、「たくさんの」量の飲食物を置いていったといい、その判断はあまりに軽率で、厳しい非難に値することは免れないものの、被害児に対する憎しみや積極的な害意による犯行ではないとした上、原審公判を通して、被告人が終始被害児に対する謝罪と深い後悔の念を示していることなどの事情も考慮して、被告人を上記の刑に処している。 3 原判決の指摘する量刑事情の認定、評価及びそれに基づく刑の量定は- 6 -相当であって、当審における事実取調べの結果を踏まえても、その量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。 ア弁護人は、原審が被告人の成育歴を過小評価しているとして、要旨、次のとおり主張する。被告人には、被害児を置き去りに 事実取調べの結果を踏まえても、その量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。 ア弁護人は、原審が被告人の成育歴を過小評価しているとして、要旨、次のとおり主張する。被告人には、被害児を置き去りにすることに対する危険性の認識の希薄さがあるところ、これは、被告人の性格傾向という訂正可能な人的な問題ではない、被告人が幼少期に受けた虐待による、①反応性愛着障害や脱抑制型対人交流障害の後遺症ともいえるアタッチメント軽視型、②発達トラウマ性障害、③境界性知能の問題から直接生じたものである、したがって、原審が、被告人の虐待体験やその後の不適切なケアについて、成育歴によって形成された性格傾向が各犯行に複雑に影響を及ぼしているとし、考慮の限度には限りがあるとした判断は誤りである、これらを適切に考慮すれば、被告人への責任非難は弱まるというのである。 原審では同旨の主張はされておらず、弁護人の主張は、主として当審におけるAの証言及び同人作成の心理鑑定(情状鑑定)報告書(当審弁第1号証)に基づくものである。Aは、臨床心理学の観点から、被告人の幼少時に受けた虐待体験が本件各犯行に影響を与えたか、与えたとすればどのような影響があったかについて、原審で証言したが、その当時、A自身の健康上の理由により、被告人との面接が不十分で鑑定資料となる情報が少なかったということから、当審で再度、証人尋問を実施し、上記報告書を採用した。 Aは、上記報告書において、次のとおり、結論付けている。すなわち、被告人の実母による慢性的なネグレクト及び施設におけるネグレクト的な養育環境が被告人にとっての養育モデルとなり、被告人の被害児に対する育児がネグレクト的な特徴を有するものとなった。また、これらのネグレクト的な被養育体験の結果、乳幼児期から思春期にかけて、被告人は反応性アタッチメ にとっての養育モデルとなり、被告人の被害児に対する育児がネグレクト的な特徴を有するものとなった。また、これらのネグレクト的な被養育体験の結果、乳幼児期から思春期にかけて、被告人は反応性アタッチメント障害脱抑制型若しくは混合型と診断される状態となった。特に乳幼児期の被告人のアタッチメント・スタイル(子供が特定の養育者に対して形成- 7 -する特別な情緒的つながりの型)は回避型となり、その結果、成人期の被告人はアタッチメント軽視型に分類されるスタイルとなった。そのため、被告人は、被害児のアタッチメント欲求に対して鈍感となり、長時間にわたって一人で置かれることに対する被害児の恐怖や深刻な不安を適切に認識できない状態になっていた。加えて、幼児期から子供期にかけて被告人が実母のもとで暮らした際に受けた強烈な身体的虐待の結果、被告人は発達トラウマ性障害となった。この発達トラウマ性障害の症状の一つに、危険や安全に対する誤認識があり、被害児が、被告人以外の他者と一緒にいるよりも、自宅に一人でいる方が安全だと考えるようになった。これらの要素が相まって、被告人は、被害児を自宅アパート内に一人で置くことの危険性を適切に認識することができず、結果的に深刻なネグレクト状態で被害児を死に至らしめることとなった。 そのうち、アタッチメント軽視型の点や発達トラウマ性障害による危険や安全に対する誤認識の点は、原審の証言では言及していない部分である。 Aは、臨床心理学の専門家であり、虐待に関わる事件の心理鑑定の経験も多数有している。他方、鑑定資料の不足(対象者との面接は、他の案件であれば十数時間実施するところ、被告人との面接は、原審の段階で合計60分、当審で合計70分と短いこと、被告人の心理検査については、PAAI検査以外はできなかったこと、原審における被告人 、他の案件であれば十数時間実施するところ、被告人との面接は、原審の段階で合計60分、当審で合計70分と短いこと、被告人の心理検査については、PAAI検査以外はできなかったこと、原審における被告人質問の調書等を資料にしていないこと)は否めないが、可能な範囲で鑑定を実施している。 ところで、Aは、発達トラウマ性障害による危険や安全に対する誤認識には「程度」があり、被告人の場合、医療的措置が必要な程度であるとする一方、被害児を自宅に置き去りにした場面以外では、被告人が危険や安全に対する誤認識をしたエピソードは見当たらないと証言した。 そうすると、被告人が被害児を自宅に置き去りにしたことについては、危険や安全に対する誤認識だけでは適切な説明が付かず、他の要因もあると推- 8 -察されるところ、Aは、比率の高低はともかくとして、原審の証言に引き続き、被告人が同様の行為を繰り返していたことによる「慣れ」も影響している旨、証言した。 このようなAによる臨床心理学からの検討結果も踏まえて、原審が被告人の成育歴を過小評価しているかどうか検討する。 イまず、本件各犯行について、被告人に故意及び責任能力があることに争いはなく、証拠上も明らかである。そして、被告人は、被害児が一人でおむつの着脱等や生存に必要な量の飲食物を適時に摂取することができないことを認識していた。また、被告人は、平成30年8月1日から平成31年1月8日までの間、被害児を保育園に通わせており、保育園に対し、自宅における被害児の健康状態や食事の状況等を報告し、健康面における留意事項を伝えるなど十分に連絡を取っていた。主に経済的な理由から通園をやめさせるに至ったものの、被告人は、被害児を「一人で置いて、仕事の時間とか置いていくよりは、保育園にまだいたほうが、誰かの目があるので大丈 えるなど十分に連絡を取っていた。主に経済的な理由から通園をやめさせるに至ったものの、被告人は、被害児を「一人で置いて、仕事の時間とか置いていくよりは、保育園にまだいたほうが、誰かの目があるので大丈夫かなっていうのがあった」ので、お金の用意ができたら保育園に戻そうと思っていたというのである。被告人は、本件各犯行前、被告人に子供がいることを知っている友人と遊びに出掛ける際、弟が今、家で見てくれているから大丈夫などとうそを言い、被害児を被告人方に一人で置き去りにしている事実を隠していたこともある。さらに、被告人は、原判示第2の犯行の際、被害児が適切に飲食物を摂取しているか心配する気持ちがあり、日が経つにつれ、被害児が心配という気持ちは大きくなっていたと認められる。 これらのことからすれば、被告人は、元々、被害児を被告人方に一人で置き去りにして長時間出かけることは、被害児に及ぼす危険の観点から望ましくない状態であり、養育者として責められるべき行為である旨認識していたということができる。ところが、被告人は、平成31年4月以降、被害児を被告人方に一人で置いて、長時間外出することを繰り返すようになり、大き- 9 -な問題がなかったことから、慣れを生じたことの影響も大きく、危険はないものと軽信して、本件各犯行に至ったものと認められる。この点に関する原判決の同旨の判断は正当である。 弁護人は、「被告人が被害児を置いたまま鹿児島に行くことを決めたのは、被害児を置いて外出することを繰り返し、さらには5月に旅行に行った際も大きな問題がなかったという経緯から、慣れを感じてしまったことの影響も大き」いと認定した原判決について、被告人は境界性知能であり、慣れを感じる前提として外部からの刺激を適切に獲得し反応することができなかったとも主張する。 確かに、 慣れを感じてしまったことの影響も大き」いと認定した原判決について、被告人は境界性知能であり、慣れを感じる前提として外部からの刺激を適切に獲得し反応することができなかったとも主張する。 確かに、被告人の全検査IQは70であるが、被告人は、18歳で高校を卒業して、就職し、飲食店等で働くなどしていたところ、その知能の程度により被告人の生活や就労に特段の支障が生じていた事実はうかがわれない。 そして、例えば、被害児が勝手に窓を開けて転んだことがあったときは、被害児が窓を開けないように被告人が窓にテープを貼って防止策を講じていたことなどからすれば、被告人は、外部からの刺激を獲得し、相応に反応することができていたと認められる。 なお、精神鑑定の結果(原審甲第41号証)によれば、①母親からの身体的虐待等の影響で、本件各犯行当時、心的外傷後ストレス障害(いわゆる、PTSD)が存在、②母親からの身体的虐待等を受けた後、症状が改善し、ストレスに対して脆弱な傾向はあるものの、本件各犯行には、心的外傷後ストレス障害の症状自体が影響しているとは考えられない、③被告人が虐待を経験し、特別な養育環境に置かれたことが、対人関係での距離感や、自信や自尊心がないといった性格傾向に反映されており、こうして形成された被告人の性格傾向が本件各犯行にも影響を及ぼしている、などと判断されている。 以上を総合すれば、本件各犯行について、Aが指摘するアタッチメント軽視型や発達トラウマ性障害の影響により危険性の認識に多少不十分な面があ- 10 -ったとしても、被告人は、被害児を置き去りにすることに対する危険性の認識が希薄であったという弁護人の主張は採用できない。 ウ弁護人は、①被告人は、被害児を置いて長期間出かけることが許されない行為であるという認識が希薄であった上、②本件 にすることに対する危険性の認識が希薄であったという弁護人の主張は採用できない。 ウ弁護人は、①被告人は、被害児を置いて長期間出かけることが許されない行為であるという認識が希薄であった上、②本件保護責任者遺棄致死の犯行に当たり、被害児を置き去りにする際、それほど長期間留守にするとは思っていなかったこと、③鹿児島県にいる間の被告人は、成育歴及び脱抑制愛着障害から派生した、母である自己が解離し、母である自己がぜい弱な状態にあり、帰宅して被害児を保護するなどの適法行為に及ぶ期待可能性が欠けていたから厳しい非難は妥当でないと主張する。 しかしながら、①については、上記イ記載のとおり、被告人は、元々、被害児を被告人方に一人で置き去りにして長時間出かけることは、被害児に及ぼす危険の観点から望ましくない状態であり、養育者として責められるべき行為であると認識していたが、同様の行為を繰り返すうちに慣れを生じてその危険がないものと軽信したことが大きく影響している。②について、被告人は、原判示第2の犯行に当たり、被害児を置き去りにする際、8日間も留守にするとは思っていなかった旨述べているが、被告人は、事前に知人男性から滞在予定期間を尋ねられた際、「1週間とかですか?笑笑」「長いですかね??」とメッセージを送っている(原審甲第40号証LINEのトーク履歴6月2日の欄)。そうすると、被告人のこの供述は信用することができず、弁護人の指摘は前提に誤りがある。③について、前述したような被告人の元々の認識や危険性を軽信するに至った経緯に加え、被告人は、原判示第2の犯行の際、旅行中、被害児を置いてきたことが主な原因で全く楽しめず、被害児が心配という思いが大きく、帰宅したいと思って同行者らから一旦は離れたことなどに照らすと、適法行為に及ぶ期待可能性が欠けていたとは の際、旅行中、被害児を置いてきたことが主な原因で全く楽しめず、被害児が心配という思いが大きく、帰宅したいと思って同行者らから一旦は離れたことなどに照らすと、適法行為に及ぶ期待可能性が欠けていたとは認められない。 弁護人の上記主張は、採用できない。 - 11 -エ弁護人は、被告人にとっては、知人男性からの旅行の誘いを断ることも、他の人に被害児の世話を頼むことも、子供がいることを伝えて一緒に旅行に連れていくことも容易ではなく、他に現実的に取り得る容易な手段はなかったのであり、そうした手段をとらなかった被告人を厳しく非難することはできないから、被告人の判断があまりにも軽率で厳しい非難に値することは免れないとした原判決の評価(判決文4頁)は相当ではないと主張する。 しかしながら、原判決の上記評価は、被告人が、本件各犯行時、被害児を自宅に置いて出る際に、十分に食べてほしいと考えて、「たくさんの」量の飲食物を置いていったという判断について、軽率で厳しい非難に値する旨指摘したものであるから、弁護人の主張は当を得ないものである。 なお、付言するに、原判示第2の犯行の際、知人男性は、被告人を鹿児島県への旅行に誘うに当たり、「行くで組むけどいいの?」「大丈夫?」というメッセージを送っており、強く誘っているとまでは認められないし、その旅行中、被告人は、被害児が適切に飲食物を摂取しているか心配する気持ちがあり、帰宅したいと思って、現に知人男性らから離れ、一定の間は連絡が来ても無視することができていたことなどからすれば、被告人の性格傾向を踏まえても、その誘いを断ることが不可能であったとは考えられない(被告人は、帰宅して被害児の異変に気付いた後ではあるが、知人男性に対し、次回の旅行を断っており、常識的な対応ができている。原審甲第40号証LINEのト いを断ることが不可能であったとは考えられない(被告人は、帰宅して被害児の異変に気付いた後ではあるが、知人男性に対し、次回の旅行を断っており、常識的な対応ができている。原審甲第40号証LINEのトーク履歴6月13日の欄)。そうすると、上記の手段のうち、その他の手段をとることが現実的には容易ではなかったとしても、被告人が被害児を置いたまま鹿児島県に行くことを決めたのは、被害児を置いて外出することを繰り返し、さらには、原判示第1の犯行の際にも大きな問題はなかったという経緯から、慣れを感じてしまったことの影響も大きく、最終的には被告人が自ら判断したといえることを踏まえるなどした上で、被告人の成育歴を背景とする性格傾向は一定程度考慮されるべきであるものの、その考慮の程- 12 -度には限りがあるとした原判決の判断は相当である。 オ弁護人は、原判決が、原判示第2の犯行について、悪質かつ身勝手と評価したが、被告人の成育歴の影響を考慮すると身勝手とはいえず、また、不適切な保護行為の背景には被告人の成育歴があること、一定量の飲食物は置かれていたこと、より年少の児童を飲食物のほとんどない場所に置き去りにする事案と比較すれば悪質ではないこと、被害児に医療措置が必要な状態になるという認識自体が希薄であったことからすれば、悪質であるともいえないと主張する。 しかしながら、原判決は、被告人の成育歴や、一定量の飲食物は置かれていたことを考慮した上で、原判示第2の犯行は、悪質かつ身勝手なものと評価しており、この評価は是認することができる。また、同犯行より悪質な事案を殊更に取り上げて比較してみても、同犯行が悪質であることに変わりはない。さらに、前述したところと同様であるが、被告人は、被害児が生存に必要な量の飲食物を適時に摂取することができないことを認識して 案を殊更に取り上げて比較してみても、同犯行が悪質であることに変わりはない。さらに、前述したところと同様であるが、被告人は、被害児が生存に必要な量の飲食物を適時に摂取することができないことを認識していたこと、被告人は、原判示第2の犯行の際、被害児が適切に飲食物を摂取しているか心配する気持ちがあり、日が経つにつれ、被害児が心配という気持ちが大きくなっていたことからすれば、被告人は、被害児に医療措置が必要な事態に至ることも相応に認識していたと認められる。 カ以上によれば、原判決が被告人の成育歴を過小評価しているという弁護人の主張は、理由がなく採用することはできない。 弁護人は、原判決は、被告人に前科前歴がないことや、ソーシャルワーカーからの支援等の再犯防止策が講じられていることといった特別予防に関する事情に何ら言及していないが、これらの事情も適切に考慮すべきであると主張する。 しかしながら、原審の論告及び弁論において用いられた量刑グラフは、いずれも量刑上考慮した前科のないものであることなどからすれば、被告人に- 13 -前科前歴がないことは、原判決の量刑判断の前提とされていると解される。 また、原判決が、再犯防止策が講じられていることに言及しなかった理由は、置き去りによる保護責任者遺棄という犯罪の性質に加え、被告人が被害児に対する謝罪と深い後悔の念を示していることからすれば、再犯のおそれが高いとはいえず、再犯防止策が講じられていることが量刑に及ぼす影響は判決で言及するほど大きくはないと判断したためであると解され、この原判決の判断が不当であるとは認められない。 弁護人が主張するその他の点を検討しても、原判決の量刑を見直すべきとはいえない。 4 量刑不当の主張は理由がない。 第4 結論よって、刑訴法396条により 不当であるとは認められない。 弁護人が主張するその他の点を検討しても、原判決の量刑を見直すべきとはいえない。 4 量刑不当の主張は理由がない。 第4 結論よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中310日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。 (検察官渡部洋子、国選弁護人平岡百合各出席)令和5年2月27日東京高等裁判所第1刑事部 裁判長裁判官島田一 裁判官丹羽芳徳 裁判官櫻井真理子

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