平成20年(わ)第2342号殺人被告事件判決主文被告人を無期懲役に処する。 未決勾留日数中340日をその刑に算入する。 押収してある大ハンマー1本(平成21年押第43号の1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成20年6月24日午前6時40分ころから同日午前7時ころまでの間,第1千葉県甲市乙丙番地所在の被告人方母屋台所において,a(当時75歳)に対し,殺意をもって,同人の頭部を全長約82センチメートル,重量約3140グラムの大ハンマー(平成21年押第43号の1)で数回殴り,よって,そのころ,同所において,同人を脳挫滅により死亡させて殺害し,第2前記被告人方母屋南西側6畳和室において,b(当時49歳)に対し,殺意をもって,同人の頭部を前記大ハンマーで数回殴り,よって,そのころ,同所において,同人を脳挫滅により死亡させて殺害し,第3前記和室において,c(当時44歳)に対し,殺意をもって,同人の頭部を前記大ハンマーで数回殴り,よって,そのころ,同所において,同人を脳挫滅により死亡させて殺害し,第4前記被告人方離れ2階8畳和室において,d(当時4歳)に対し,殺意をもって,同人の頭部を前記大ハンマーで数回殴り,よって,そのころ,同所において,同人を脳挫滅により死亡させて殺害したものである。 (証拠の標目)省略 (法令の適用)省略(弁護人の主張に対する判断)。 ,第1弁護人は,判示第1ないし第4の各犯行(以下「本件犯行」という)当時被告人は大うつ病性障害にり患しており,同障害の影響により心神喪失又は心神耗弱の状態にあった疑いが残る旨主張する。 当裁判所は,本件犯行当時,被告人が大うつ病性障害にり患していたことはなく,適応障害にり患していたものの,同障害が本件犯行に直接的影響を及ぼしたものと 心神耗弱の状態にあった疑いが残る旨主張する。 当裁判所は,本件犯行当時,被告人が大うつ病性障害にり患していたことはなく,適応障害にり患していたものの,同障害が本件犯行に直接的影響を及ぼしたものとはいえないから,被告人には完全責任能力が認められると判断したので,以下,その理由を示す。 第2関係各証拠によれば,以下の事実が容易に認められ,弁護人もこれを特に争わない。 被告人の身上,経歴,家族関係等被告人は,昭和6年出生し,昭和30年,被害者aと見合い結婚をし,aとの間に被害者bほか1女をもうけた。 被告人は,家業の農業の手伝いや進駐軍の雑役夫,e市役所臨時職員等の仕事を経て,32歳ころにf区役所の職員となり,60歳で同区役所を定年退職するまで,散水車のドライバーや公園課の清掃係などとして勤務した。 bは,被告人とaの長男として昭和34年に出生し,昭和56年ころから中学校教諭として勤務し,平成15年,看護師である被害者cと婚姻し,cとの間に長女である被害者d(平成16年出生)をもうけた。 本件当時,被告人及びaは判示被告人方母屋(以下「母屋」という)に居住。 し,b,c及びdは,判示被告人方離れ(以下「離れ」という)に居住してい。 た。なお,母屋及び離れは連結された造りとなっており,母屋1階西側6畳和室からすぐに離れ1階廊下へと相互に行き来できる構造となっている。 本件犯行に至る経緯 (1)定年退職後,被告人は,aと散歩や旅行に出かけるなどして過ごしていたが,平成8年9月に狭心症と診断され,平成18年8月10日,冠動脈バイパス手術を受け,平成20年5月7日までの間,月1回から2か月に1回の頻度で通院・投薬治療を受けていた。 被告人は,平成19年ころから,上記手術の手術痕の痛みを感じるようになり,さらに以前から感じていた腰や膝の痛 ,平成20年5月7日までの間,月1回から2か月に1回の頻度で通院・投薬治療を受けていた。 被告人は,平成19年ころから,上記手術の手術痕の痛みを感じるようになり,さらに以前から感じていた腰や膝の痛みも気になり始め,手術前のように身体を動かすことが困難になり,自宅でじっとして過ごすことが多くなった。 上記のような身体の痛みに加えて,被告人は,食欲不振や不眠,疲れやすさを感じるようになり,同年9月には,不眠のため睡眠導入剤の処方を受けるなどした。 aは,被告人が自宅のこたつでじっとしていた折,少しは動くように注意をしたり,台所に出入りする際,ゆっくりとしか歩けない被告人に対して邪魔になるなどと言ったことがあった。これに対して被告人は,うるさいと言い返すなどしたが,暴力をふるったことはなかった。 (2)平成20年6月2日,b及びcは,予め被告人に知らせることなく,被告人が通院する病院の精神神経科の主治医を訪れ,被告人について「平成19,年3月ころから,胸が苦しいなどと訴え,元気がなくなってきている。寝てばかりいて,外出もしない。平成19年末ころから,食欲が低下してきている。 『死にたい』と言うことがある」などと相談した。 。 上記相談後,b及びcは,自宅でじっとしていた被告人に対して,心臓は治っているらしい,今度医者に行ったとき,頭が治る薬をもらって飲んだ方がいいのではないかと忠告し,その場にいたaもこれに同調した。被告人は「余,計なことをして」と感じ,うるさいなどと言い返して,b及びcを離れに追。 い返した。しかし,母屋に残ったaは,なおも被告人に対し,息子の言うとおりにしなよ,今度病院に行ったら頭も診てもらいなよ,などと言った。 被告人は,同年7月3日に病院の診察予約をしていたが,上記のようなbや cの行動から,次に病院に行くのが嫌だ に対し,息子の言うとおりにしなよ,今度病院に行ったら頭も診てもらいなよ,などと言った。 被告人は,同年7月3日に病院の診察予約をしていたが,上記のようなbや cの行動から,次に病院に行くのが嫌だと感じていた。 本件犯行当日の状況(1)同年6月24日朝,被告人は目を覚ましてすぐにトイレに向かった。その時,aは母屋台所で炊事をしていたが,廊下を通る被告人の方を振り向いたものの,被告人に声をかけることなく前を向き直した。そして,被告人がトイレから戻ってきた時には,被告人の方を振り向かなかった。 このころ,被告人はaの殺害を決意し,屋外の物置に置いてあった全長約82センチメートル,重量約3140グラムの判示大ハンマー(平成21年押第43号の1。以下「ハンマー」という)を取りに行き,同日午前6時40分。 ころ,母屋台所において,炊事をしているaの後ろから近付き,殺意をもってaの頭部をハンマーで1回殴り,aがその場で倒れると,さらにaの頭部をハンマーで数回殴った。 (2)その後,被告人は,b及びcの殺害を決意し,母屋西側6畳和室の押し入れにハンマーを立てかけて自分の陰になるようにした上,離れ1階廊下から,離れ2階にいるbに対し「ばあさんが倒れたぞ,来てくれ」などと声をか,。 けた。 さらに,被告人は,離れ2階から下りてきたbに対して台所を指差し,母屋南西側6畳和室において,被告人の前を通り越して台所の方へ行こうとするbの背後から,殺意をもってハンマーでbの頭部を1回殴り,bがその場で倒れると,さらにbの頭部をハンマーで数回殴った。 (3)続いて被告人は,ハンマーを再び上記押し入れに立てかけ,離れ1階廊下から,離れ2階にいるcに対し「パパがおかしいから来てくれよ」などと,。 声をかけた。 cが離れ2階から下りてくると,被告人は,母屋南 て被告人は,ハンマーを再び上記押し入れに立てかけ,離れ1階廊下から,離れ2階にいるcに対し「パパがおかしいから来てくれよ」などと,。 声をかけた。 cが離れ2階から下りてくると,被告人は,母屋南西側6畳和室において,cの背後から,殺意をもってハンマーでcの頭部を1回殴り,cが倒れているbの身体の上に倒れると,さらにcの頭部をハンマーで数回殴った。 (4)続いて,被告人はdの殺害を決意し,離れ2階8畳和室へと赴き,殺意をもって,仰向けに眠っているdの頭部をハンマーで数回殴った。 (5)被告人は,更にb,c,aの頭部を何度もハンマーで殴った(なお,被告人は捜査段階においては他の被害者を再度殴った後にdに対しても再度その頭部をハンマーで叩いた旨供述していたものの,当公判廷においては,dにつき再び殴ることはしていない旨供述している。この点は,いずれの供述が信用できるかにわかに断定し難いところであるが,いずれにせよdの頭部を数回叩いたことは揺るがない事実であるから,責任能力の判断を始めとして大勢に影響を与えるものではない。 。)a,b,c及びdは,上記のとおり被告人にハンマーで頭部を多数回殴打されたことによる脳挫滅によって死亡した。 ,(6)被告人はその後,玄関の敷石のところで飛び降りて自殺しようと考えたが低すぎて死ねないと思い,同日午前7時3分ころ,自ら110番通報をし,「人を殺しちゃったんだよ「家族全員。殺せと言うあれが来て,殺しちゃ。」ったんだよ「4かな。5人かな。4人か5人くらい「原因は分かんない。」。」ぞ」などと述べた。被告人は,上記通報の途中で意識障害を起こし,その後。 現場に臨場した警察官に発見されて救急車で病院に搬送され,数時間後搬送先の病院で意識を取り戻した際「死にたかったのに死にはぐった」と発言し た。被告人は,上記通報の途中で意識障害を起こし,その後。 現場に臨場した警察官に発見されて救急車で病院に搬送され,数時間後搬送先の病院で意識を取り戻した際「死にたかったのに死にはぐった」と発言し,。 た。 第3本件犯行当時の被告人の精神状態について1(1)捜査段階において被告人の精神状態を鑑定したg医師(以下「g医師」,といい,g医師が作成した精神鑑定書及び同医師の当公判廷における供述を併せて「g鑑定」という。また,g鑑定の前提となった捜査段階における同医師。 ,による鑑定経過についても「g鑑定」ということがある)は,本件犯行当時被告人は適応障害(抑うつ気分を伴うもの。DSM-Ⅳ-TRコード:309. 0)にり患していたが,本件犯行は上記疾患の直接的な影響下にあったもので はなく,犯行当時,被告人の善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力は完全に保たれていたと判断している。 一方,弁護人は,本件犯行当時,被告人が大うつ病性障害にり患していた疑いが残ると主張し,g鑑定につき,その信用性を種々論難するので,検討する。 (2)g医師は,その学識及び経験に照らし,精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていると認められ,この点は弁護人も争うものではない。 g鑑定によれば,被告人は鑑定時に非協力的な態度をとっており,g医師との面接の際には,事件や事件前のことに関し話すのを嫌がる態度を示し,最終的には同医師との面接を拒否するに至っていることが認められるところ,弁護人はこの点をとらえて,本件犯行の動機や経緯,状況等といった鑑定資料は,面接における被告人の供述ではなく,一件記録に含まれている被告人の供述調書から得ているのであるから,鑑定の前提条件に問題があると主張する。 しかしながら,g鑑定は一件記録のみならず,被告人との面接,心理検査, ける被告人の供述ではなく,一件記録に含まれている被告人の供述調書から得ているのであるから,鑑定の前提条件に問題があると主張する。 しかしながら,g鑑定は一件記録のみならず,被告人との面接,心理検査,身体的検査の結果を用いてなされており,当公判廷においてg医師自身,鑑定資料に不足はなかった旨明言しているところである。また,g鑑定にあたっては,g医師が被告人と5回以上面接している事実が認められるのであって,客観的にも,g医師の面接が不十分であったとは認められない。その上,g医師は,上記のような被告人の非協力的な態度も考慮した上で鑑定に当たったと認められるばかりか,当公判廷において,被告人が自らの口で本件犯行に至った経緯や動機,犯行状況などを詳細に語るのを傍聴してもなお,鑑定意見に修正を加えるべき点はない旨供述しているところ.本件犯行に至る経緯,動機,犯行状況等の点において,被告人が捜査・公判においてほぼ一貫した供述をしている上,後記のとおり捜査段階における供述の信用性は高いと認められることに照らすと,本件において,鑑定の前提条件に問題があったとはいえない。 (3)g鑑定によれば,被告人は本件犯行当時,胸部痛やbの休職,dが頻回に医療機関の受診を繰り返していたことなどのストレス因子に反応して抑うつ状 態にあったと認められるが,本件犯行後,上記ストレス因子が終結し,速やかに症状が改善していることと,他の精神障害,特に大うつ病性障害の基準を満たしていないことなどを根拠として,被告人は本件犯行当時適応障害にり患していた旨判断されている。 この点について,弁護人は,g鑑定の内容につき,適応障害及び大うつ病性障害の判断基準となる抑うつ状態の程度の判定や,適応障害の診断根拠となった抑うつ状態,睡眠障害及び胸部痛の消失の有無の判断に誤りがあるなどと主 ,弁護人は,g鑑定の内容につき,適応障害及び大うつ病性障害の判断基準となる抑うつ状態の程度の判定や,適応障害の診断根拠となった抑うつ状態,睡眠障害及び胸部痛の消失の有無の判断に誤りがあるなどと主張する。 そこで,検討するに,抑うつ状態や睡眠障害の有無及び程度については,まさに精神科医の専門的判断領域に属する事項であって,g医師が精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていることは上記のとおりである上,その判断内容に疑問を差し挟むべき不合理な点も認められないから,この点についてのg医師の判断は,高度の信用性が認められるというべきである。 そして,胸部痛の消失の有無の点についてみるに,被告人は,第2回公判期日の被告人質問時には胸部痛を訴えている。しかしながら,被告人は,g鑑定に際し,同医師との面接において,胸の痛みについて訴えた形跡は認められない。被告人は,上記面接時に腰の痛みを訴えていたことが認められるところ,胸部痛を感じていれば同様に訴えていたものと考えられるから,このことは被告人には当時胸部痛がなかったことをうかがわせるものである。また,本件において,被告人の胸部痛は,大うつ病性障害と適応障害を鑑別するにあたり,適応障害のストレス因子と疑われ,実際にg鑑定においては,適応障害のストレス因子であると診断されたものであり,その消失とその後の速やかな症状の改善は適応障害と診断する上での重大な要素であったと考えられるから,十分な学識及び経験を有するg医師が,被告人から胸の痛みの訴えがあった場合に,その訴えを看過するとは到底考えられない。その上,g鑑定においては,整形外科医師による身体診察の結果も鑑定資料とした上で判断されているのである から,その信用性に疑いを差し挟む余地はない。そうすると,少なくともg鑑定の時点においては,被告人の胸部痛 においては,整形外科医師による身体診察の結果も鑑定資料とした上で判断されているのである から,その信用性に疑いを差し挟む余地はない。そうすると,少なくともg鑑定の時点においては,被告人の胸部痛は消失していたと認められる。 その上で,g鑑定は,本件犯行によりb及びdが死亡したことにより,上記両名に関連する上記ストレス因子も消失したというのであり,かかる判断は,本件犯行前,軽度とはいえなかった被告人の抑うつ状態が本件犯行後に消失した理由について,合理的に説明するものといえる。 (4)g鑑定は,被告人につき大うつ病性障害ではなく適応障害であると診断した根拠として,DSM-Ⅳ-TRの診断基準に基づきそれぞれ個別に検討を加えているところ,その判断過程は合理的かつ説得的であり,検討結果の信用性に疑いを差し挟む余地はない。 弁護人は,被告人が本件犯行前から「死にたい」と漏らしており,本件犯行後も自殺を考えている点などを指摘し,被告人がうつ病にり患していた可能性があると主張する。 しかしながら,g鑑定によれば,家族の主治医に対する相談内容を前提とすれば,うつが重いようにも感じられるが,被告人の犯行前の自殺意図は胸の痛み等があって,そこから逃れるという意味合いで,死にたいということであって,特に無価値感とか挫折感といった誤った考えに基づくものではないことから,死にたいという訴えは表面的なものにすぎないと判断されている。また,被告人は,自殺に向けて現実的な計画を立てたり,自殺に向けた行為に及ぶこともなかったと認められる。そうすると,被告人に「死にたい」という訴えがあったが,大うつ病エピソードと評価することはできないとしたg鑑定は,専門的知見に裏打ちされた合理的なものであって,信用できる。 (5)以上を総合すると,g鑑定は,鑑定の前提条件,鑑定方法,結 えがあったが,大うつ病エピソードと評価することはできないとしたg鑑定は,専門的知見に裏打ちされた合理的なものであって,信用できる。 (5)以上を総合すると,g鑑定は,鑑定の前提条件,鑑定方法,結論に至る判断過程のいずれにおいても相当であってその信用性はきわめて高いから,弁護人の主張は採用できず,本件犯行当時,被告人が大うつ病性障害であった疑いはなく,適応障害にり患していたと認められる。 第4適応障害が本件犯行に及ぼした影響について まず,本件犯行動機の了解可能性について検討する。 (1)アa殺害の動機被告人は,aを殺害した動機につき,前記第2,2(1),(2)のとおり,aに動けなどと言われたことや,主治医に相談に行ったb及びcから「頭が治る薬をもらって飲んだ方がいいのではないか」などと忠告された際に,こ。 れに同調したaからも「今度病院に行ったら頭も診てもらいなよ」などと。 言われたことに従前から腹を立てていたところ,同3(1)のとおり,朝炊事をしていたaが被告人に声をかけなかったことなどにつき,無視されたと感じ,馬鹿にされたという怒りを覚え,その怒りと従前のaへの怒りとが一気に爆発してaの殺害を決意した旨供述しているところ,同供述は捜査段階から当公判廷に至るまでほぼ一貫している。 そうすると,被告人は,従前のaの言動から精神障害者扱いをされたと感じて腹を立てていたことに加えて,本件犯行直前にaに無視されたと感じたことによる怒りが重なって,aを殺害するに至ったことが認められ,日常の些細な出来事が怒りの原因であることに比較して,殺害という重大な結果を招来したことに均衡を欠く感があることは否めないものの,動機自体としては了解可能である。 イb及びc殺害の動機aに引き続き,b及びcを殺害した動機について,被告人は,当公判廷に という重大な結果を招来したことに均衡を欠く感があることは否めないものの,動機自体としては了解可能である。 イb及びc殺害の動機aに引き続き,b及びcを殺害した動機について,被告人は,当公判廷において,aを殺害したのだから,bやcも殺害してしまえと思った旨供述し,被告人に無断で主治医に相談に行った点を除き,bやcについて特に不満は抱いていなかったと供述している。 一方,被告人は,捜査段階において,a殺害後,aが自分を精神障害者扱いしたのはbやcが被告人に無断で主治医に相談をしたからだ,2人もaと同罪だなどと考え,aもろともbやcを殺してしまおうと思い立ち,従前か ら感じていた,bが休職していたこと,bやcがaの手伝いをしないことなどに対する不満がその殺意に拍車をかけたと供述している。 被告人の捜査段階の上記供述は,公判供述において十分に述べられなかった当時の気持ちについて具体的かつ迫真性をもって述べられているのであって,犯行後1年近く経過して述べられた公判供述に比較して,犯行の10日後という記憶が十分保持されていると考えられる早い時期に供述されていることも併せ考えると,十分に信用できる。 以上からすれば,b及びcの殺害は,被告人に無断で主治医に相談をし,aと一緒になって精神科治療を勧めたことに対する怒りと,b及びcの生活態度などについて被告人が従前感じていた不満を動機とするものと認められ,それ自体は了解不能とはいえない。 ウd殺害の動機被告人は,d殺害の動機について,a,b及びcを殺害した後,1人残されたdを不憫に思い「殺人の家で1人で生きていくより,天国でbやママ,と一緒に暮らすほうが,dは幸せだ」などと考えてdをも殺害した旨供述。 しているところ,同供述は捜査段階から当公判廷に至るまでほぼ一貫している。 そうすると,d で生きていくより,天国でbやママ,と一緒に暮らすほうが,dは幸せだ」などと考えてdをも殺害した旨供述。 しているところ,同供述は捜査段階から当公判廷に至るまでほぼ一貫している。 そうすると,d殺害の動機は,1人残されたdへの憐憫の情にあると認められ,自ら原因を作り出しながら,身勝手きわまりないものではあるが,十分に了解可能である。 (2)以下,弁護人の主張を踏まえ,さらに検討する。 ア弁護人は,a,b及びcの殺害動機につき,被害妄想的であり,被告人の判断能力低下を示すものであると主張する。 しかし,本件犯行直前のaの行動は,被告人が無視されたと受け取り,あるいは誤解したとしても不思議はないものであり,b及びcが被告人に無断で主治医に相談し,aも一緒になって精神科の治療を受けるよう勧めたこと に対し,精神障害者扱いしているとして不満と怒りを抱いた点についても,現実に生起した出来事に対する反応と認められ,病的な妄想に基づくものとはいえない。 イさらに,弁護人は,本件犯行後,被告人が110番通報に際して,前記第2,3(6)のとおり「殺せと言うあれが来て,殺しちゃったんだよ」など,。 と発言している事実を指摘し,動機が理解困難であると主張する。 しかし,g鑑定によれば,この1回限りの発言のみでは精神症状と認めることはできず,また面接や一件記録等に照らしても被告人には幻覚,妄想等を思わせる特異な行動が認められないから,本件当時被告人が妄想や幻覚,幻聴を有していたということはできないというのであり,被告人の上記発言をもって,被告人が当時幻覚,妄想等の精神症状を有していたと認めることはできず,本件犯行動機が幻覚,妄想等に基づくものとはいえない。 (3)以上の検討からすれば,本件犯行が,妄想等の精神症状に起因するものとはいえず,本件犯行 妄想等の精神症状を有していたと認めることはできず,本件犯行動機が幻覚,妄想等に基づくものとはいえない。 (3)以上の検討からすれば,本件犯行が,妄想等の精神症状に起因するものとはいえず,本件犯行動機は,上記(1)のとおり,a,b及びcに対する不満や怒り,あるいはdへの憐憫であると認めることができるから,いずれも了解可能なものということができる。 被告人は,本件犯行にあたって,a殺害を決意した際,凶器として殺傷能力の高い大ハンマーをあえて選び,物置にハンマーを取りに行った上,aに気付かれないようその背後から忍び寄り,同女の頭部をハンマーで数回殴打し,さらに,b及びcの殺害を決意した際には,犯行を容易にするため離れ2階にいる両名を1人ずつ呼び出すこととし,被害者の目に触れないようハンマーを隠した上で,順次,aが倒れたなどと言葉巧みに被害者らを呼び出し,背後からハンマーでその頭部を数回殴打したものであり,さらにd殺害の折には,躊躇して全力で殴打することができなかったことから,他の被害者らよりも多数回殴打したというのである。本件犯行におけるこれらの被告人の行動は,被害者らの殺害という目的を完遂するための行動として一貫し,被害者らの状況に応じて巧妙に計画を立て, それに基づいて実行されており,相当高度の合理性と合目的性が認められる。 被告人は,b及びcを殺害した後「殺人の家」で1人残されるdを不憫に思,ってdを殺害した旨供述し,さらに,本件犯行後には,被害者らが死亡していることを認識した上,自ら110番通報をしていることが認められる。これらの点に照らすと,被告人は,本件犯行当時,行為の意味や性質,その反道徳性や違法性を十分に認識していたと認められる。 被告人は,前記第2,1,2のとおり長年公務員として勤務し,定年退職後はaと散 の点に照らすと,被告人は,本件犯行当時,行為の意味や性質,その反道徳性や違法性を十分に認識していたと認められる。 被告人は,前記第2,1,2のとおり長年公務員として勤務し,定年退職後はaと散歩や旅行に出かけるなど夫婦仲も円満であり,本件犯行以前には家族に暴力を振るったりしたこともない。 もっとも,関係各証拠によれば,被告人は,十数年前,倒れる危険があった神社の木を,神主の了解を得て切ったところ,近隣の者に神社の木を切ったとして文句を言われトラブルになり,スコップを持ち出して相手に向かっていこうとしたことが認められ,被告人は同トラブルにつき,自分自身のかっとなりやすい性格が原因である旨供述している。しかしながら,上記トラブルは十数年前のものであり,被告人が上記トラブルの他に近隣の者などとトラブルを起こしたことはなかったと認められ,被告人の反社会性や粗暴性は,むしろ低いものであると認められる。 そうすると,被告人が自身につき,かっとなりやすい性格であると供述していることを考慮しても,本件犯行は,その残虐性や凶暴性の程度が著しい点において,被告人の平素の人格とはやや異質な側面があること自体は否定できないというべきである。なお,g鑑定は人格の異質性を否定するが,それは妄想等の精神症状に起因する人格の異質性を否定する趣旨と解されるから,必ずしも矛盾するものではない。 以上の検討によれば,本件犯行が,被告人の平素の人格とやや異質な側面があることは否定できないものの,被告人には幻聴や妄想等の直接的にその行動を左右する可能性のある精神症状は認められず,g鑑定のいうように被告人がり患し ていた適応障害は,本件犯行に直接的影響を及ぼすものではないと認められる上,上記のような動機の了解可能性,相当高度の合理性,合目的性を備えていること,行為の ,g鑑定のいうように被告人がり患し ていた適応障害は,本件犯行に直接的影響を及ぼすものではないと認められる上,上記のような動機の了解可能性,相当高度の合理性,合目的性を備えていること,行為の意味や違法性等を十分に認識していることを併せ考慮すれば,被告人は,本件犯行当時,善悪の判断能力やそれに従って行動する能力に欠けるところはなかったというべきである。 したがって,被告人が,本件犯行当時,完全責任能力を有していたことは合理的な疑いを超えて認められる。 (量刑の理由)本件は,被告人が,同居の妻,息子及びその妻,孫の4名を大ハンマーで撲殺したという殺人の事案である。 被告人は,本件犯行の数年前から体調を崩し,自宅で休養することが多くなっていたところ,妻から再三にわたって体を動かすよう注意されるなどしたことから,自己の体調の悪さに対する理解がないと不満を抱き,また本件犯行直前には,息子夫婦が被告人に無断で医師に被告人の不調を相談し,妻と一緒になって被告人に精神科治療を受けるよう勧めるなどしたため,精神障害者のように扱われたなどと曲解して一方的な不満と怒りを募らせていた。本件犯行当日,被告人は,妻の何気ない素振りに無視されたと立腹し,それまで募らせていた不満と怒りを爆発させて妻を殺害し,さらに,妻を殺害するに至ったのも息子夫婦が病院に相談するなどしたからだ,息子夫婦も同罪だなどと考え,息子夫婦に対しても殺意を抱き,次々と殺害したと認められる。被告人は,家族として被告人の体調を気遣っていた妻や息子夫婦の思いを真摯に受け止めることなく,感謝の念を抱くどころか,同人らの行動が自らの意に添わないことに一方的に腹を立てて同人らを殺害するに至ったものであり,その犯行動機は,理不尽かつ短絡的で身勝手きわまりないものである。 被告人は,当時4歳の孫について ころか,同人らの行動が自らの意に添わないことに一方的に腹を立てて同人らを殺害するに至ったものであり,その犯行動機は,理不尽かつ短絡的で身勝手きわまりないものである。 被告人は,当時4歳の孫について,妻及び息子夫婦の殺害後,殺人の家で1人で生きていくより,天国で息子夫婦と一緒に暮らす方が幸せだなどと考え,孫をも殺害するに至ったものであり,孫の殺害動機は,怒りに任せた妻及び息子夫婦の殺害 動機とは異なるものの,孫にとっては祖母,両親にあたる被害者3名を,上記のとおり自ら殺害しておきながら,1人残った孫が可哀想だから殺害するというのは,孫の人格や生命の尊厳を無視した余りにも身勝手,無責任でかつ独善的なものというべきであって,到底酌むべきものではない。 犯行態様についてみるに,被告人は,全長80センチメートル余り,重さ3キログラム余りという相当に大型で重量のある大ハンマーで各被害者の頭部を多数回殴打したものであり,その殺害手段はきわめて凶暴かつ凄惨なものである。被告人は,妻及び息子夫婦については全力でその頭部を多数回殴打し,孫についてはためらいから全力で殴打することはできなかったものの,その分他の被害者らよりも多くの回数その頭部を殴打した旨供述し,さらに,少なくとも孫を除く3名の被害者に対しては,いったんその場を離れた後,再び各被害者の元に戻り,倒れている各被害者の頭部を大ハンマーで更に殴打して確実に殺害するということを繰り返した旨供述しているところ,各被害者は,いずれも頭蓋骨が粉砕され,脳挫滅により絶命するに至ったものであって,きわめて強固な殺意に基づいて繰り返し強い攻撃を加えられたものと認められ,本件犯行態様の執よう性及び残虐性は著しいものである。 被告人は,妻の殺害を決意するや,殺害するための凶器として殺傷能力の高い大ハンマーをあえて に基づいて繰り返し強い攻撃を加えられたものと認められ,本件犯行態様の執よう性及び残虐性は著しいものである。 被告人は,妻の殺害を決意するや,殺害するための凶器として殺傷能力の高い大ハンマーをあえて選び,戸外の物置にまで赴いて大ハンマーを取り出し,妻の背後から忍び寄ってその頭部を殴打し,さらに,息子夫婦に対しては,あらかじめ大ハンマーを同人らから見えない位置に隠した上で,妻が倒れたなどと何くわぬ顔で言葉巧みに申し向けて1名ずつ順に階下へとおびき寄せ,背後から隙をみて被害者の頭部を殴打したものであり,妻及び息子夫婦の殺害は,冷静な状況判断に従って計画された,巧妙かつ狡猾な方法で冷酷かつ確実に敢行されている。また,被告人は,祖父の手にかかって殺害されるとは夢にも思わず,安心して就寝中の孫に対してまでも殺害に及んだものであって,抵抗の術もない幼児に対する残忍な犯行である。 4名もの尊い生命が奪われたという本件の結果が,きわめて重大なことは言うまでもない。妻は,被告人と50年以上にわたって連れ添い,被告人の定年退職後も 畑仕事や外で勤めるなどしてよく働き,被告人と旅行を楽しむなどしながら,孫ら家族に囲まれ,幸福で充実した生活を送っていたものと認められるところ,そのような生活を突如として絶たれた妻の無念は計り知れないものである。息子夫婦はいまだ若く,4歳の愛娘の成長を楽しみに日々過ごしていたと認められ,被告人の不調を憂慮して夫婦で医師に相談に行くなど,被告人を含む家族をよく思いやって生活し,殺害される直前には,家族が倒れた旨の被告人の呼びかけを信じ,家族を気遣って被告人のもとに駆けつけたものと察せられるところ,かかる家族への愛情が報われないまま,理不尽にも突然にその生命を奪われたものであり,その悲しみと無念の程は察するに余りある。さらに,これか を気遣って被告人のもとに駆けつけたものと察せられるところ,かかる家族への愛情が報われないまま,理不尽にも突然にその生命を奪われたものであり,その悲しみと無念の程は察するに余りある。さらに,これから限りない可能性のある未来が開けていたにもかかわらず,実の祖父の手によって,無惨にもその未来を閉ざされた幼い孫は,まことに不憫で哀れというほかない。 本件における各遺族の処罰感情は一様ではないものの,息子の妻の母及び弟の処罰感情はきわめて峻烈であり,いずれも被告人に対し極刑を求めている。とりわけ,女手ひとつで手塩にかけて育て,被告人らを信頼して嫁に出した自慢の娘を,たった1人の可愛い初孫と共に一瞬にして奪われたという母の悲しみと喪失感は深い。 本件は,高齢である被告人が,4歳の孫を含む家族4名を,ハンマーで頭部を殴打するといった残酷な態様で次々に殺害した事件として大きく報道され,その社会的影響は小さくない。 以上のとおり,本件犯行は,きわめて身勝手な動機に基づき,執ようかつ残虐な態様で,4名もの尊い人命が奪われるというまことに重大な結果を生じさせたものであり,とりわけ被告人とは血縁関係にない息子の妻の遺族の処罰感情が厳しいのも当然のことであって,本件のもたらした社会的影響も看過できない。このように,本件がきわめて重大かつ悪質な犯罪であり,特に被害者が4名にも上ること,その態様の残虐性を考慮すると,被告人の刑事責任は極めて重大であり,極刑にも値しうるものとも考えられる。 しかしながら,被告人は,胸の痛みや,息子が病気で休職したことに対する不安, 孫の体調が思わしくなく頻繁に医師の受診を繰り返していたことに対する心配などに悩まされ,本件犯行当時には適応障害にり患し,抑うつ気分や不眠,食欲不振などの症状に苦しんでいたと認められ,被告人の精神鑑定を行 調が思わしくなく頻繁に医師の受診を繰り返していたことに対する心配などに悩まされ,本件犯行当時には適応障害にり患し,抑うつ気分や不眠,食欲不振などの症状に苦しんでいたと認められ,被告人の精神鑑定を行ったg医師も,犯行前の被告人の抑うつの程度は軽いものではなかったとしている。被告人が本件犯行当時,自らの症状につき家族の理解が乏しいと感じて家族に対する不満を抱いていたことは,客観的には被告人の曲解であったといえるものの,上記のように被告人が当時心身共に苦しい状況にあったとうかがわれることに照らすと,このような心境に至ってしまったことをすべて被告人のみの責めに帰すのは酷な面もある。 そして,上記の家族への不満の蓄積は,被告人が妻及び息子夫婦の殺害を決意するに至ったことについて,相当程度寄与していると考えられる。この点については,g鑑定においても,適応障害が被告人の犯行動機の形成に少なからぬ影響を与えたと考えられる旨指摘されている。さらに,被告人は本件犯行当時77歳と高齢でありg鑑定によれば,認知症を疑わせる程度には至らないものの,軽度の記憶力の減退等が認められるところ,被告人が本件犯行当時,上記のような適応障害の症状,加齢等の影響によって,責任能力に影響を及ぼす程度には至っていないものの,思考の柔軟性が失われたり,視野が狭まり自己の感情や思い込みにとらわれやすくなるなどして,衝動の赴くまま本件犯行に至ってしまった可能性は否定できない。本件犯行は,被告人の人格及び性格に基づくものであるが,被告人は,これまで前科もなく,本件の十数年前に1度だけ近隣とトラブルがあったという点を除いては,家族や周囲の者とトラブルを起こし,あるいは他人に暴力をふるうなどといった行為に及んだこともなかったと認められ,むしろ周囲からは,犯罪などとは縁のない,優しい人間であ ルがあったという点を除いては,家族や周囲の者とトラブルを起こし,あるいは他人に暴力をふるうなどといった行為に及んだこともなかったと認められ,むしろ周囲からは,犯罪などとは縁のない,優しい人間であると思われていたとうかがわれることに照らすと,本件犯行が,被告人の平素の人格とはやや異質な側面があることは前記「弁護人の主張に対する(判断」における説示のとおりである。このことは,被告人が上記のような適応障)害の症状等に苦しんでいる中で,本件犯行に至ったことを示すものであり,この点に付き全て被告人の責めに帰するのはいささか酷というべきである。 さらに,上記のような平素の人格に照らせば,被告人に取り立てて反社会性は認められず,再犯に及ぶ可能性があるとはいえない。 以上のような本件犯行に至った経緯に酌むべき点があること,反社会性が認められないことなどに加え,被告人が捜査段階から一貫して事実を認め,自らのした行為についてありのままに供述するとともに反省と謝罪の言葉を述べており,特に孫の殺害について悔悟の念が著しく,日々被害者らのため念仏を唱え冥福を祈るなどしていること,被害弁償金として遺族らに2000万円を支払い,葬儀費用を自ら負担したこと,極刑を求めていない遺族もおり,亡き長女の夫が出廷して被告人のために証言したこと,自首していること,高齢であり体調が万全とはいえないことなど,被告人のために酌むべき諸事情を勘案し,無期懲役を相当とするという検察官の求刑をも考慮すると,被告人に対して極刑をもって臨むほかないと断じることはできない。他方,本件の罪責の著しい重大性に照らすと,有期懲役刑を選択する余地はない。そこで,被告人に対しては,終生被害者らの冥福を祈って反省悔悟の日々を送らせ,残された人生を全うさせるのが相当と判断し,無期懲役に処することと しい重大性に照らすと,有期懲役刑を選択する余地はない。そこで,被告人に対しては,終生被害者らの冥福を祈って反省悔悟の日々を送らせ,残された人生を全うさせるのが相当と判断し,無期懲役に処することとした。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑無期懲役,大ハンマー没収)平成21年12月16日千葉地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官根本渉裁判官西川篤志 裁判官西澤恵理
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