- 1 - 平成28年(う)第974号不正競争防止法違反被告事件平成29年3月21日東京高等裁判所第10刑事部判決 主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役2年6月及び罰金300万円に処する。 原審における未決勾留日数中350日をその懲役刑に算入する。 その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 理由 第1 本件事案の概要及び控訴の趣意について 1 本件は,通信教育等を業とする株式会社A(以下「A」という。)が株式会社B(以下「B」という。)に業務委託したAの情報システムの開発等の業務に従事し,営業秘密であるAの顧客情報(以下「本件顧客情報」という。)を,これが記録されたAのサーバコンピュータ(以下「本件サーバ」という。)に業務用パーソナルコンピュータ(以下「業務用PC」という。)からアクセスするためのID及びパスワード等を付与されるなどして示されていた被告人が,不正の利益を得る目的で,その営業秘密の管理に係る任務に背いて,①2度にわたり,業務用PCを操作して,本件顧客情報が記録された本件サーバにアクセスし,合計約2989万件の顧客情報のデータをダウンロードして業務用PCに保存した上,これとUSBケーブルで接続した自己のスマートフォンの内臓メモリ又はマイクロSDカードにこれを記録させて複製する方法により,上記顧客情報を領得し,②上記顧客情報のうち約1009万件の顧客情報について,インターネット上の大容量ファイル送信サービスを使用し,サーバコンピュータにこれらをアップロードした上,ダウンロードするためのURL情報を名簿業者に送信し,同人が使用するパーソナルコンピュータに上記データをダウ 上の大容量ファイル送信サービスを使用し,サーバコンピュータにこれらをアップロードした上,ダウンロードするためのURL情報を名簿業者に送信し,同人が使用するパーソナルコンピュータに上記データをダウンロードさせて記録さ- 2 - せることにより,これらの顧客情報を開示した,という不正競争防止法違反の事案である。 2 本件控訴の趣意は,要するに,第1に,①本件顧客情報は,不正競争防止法2条6項の営業秘密として保護されるための要件である秘密管理性が認められないのに,これが認められるとした点,及び,②被告人は,A及びBに対して,本件顧客情報について秘密を保持する義務がないのに,あるとした点で,原判決にはそれぞれ判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,第2に,原判決が摘示した証拠の証明力が不十分なため,その証拠からは上記の秘密管理性が認められないのに,認められるとした点で,原判決には理由不備又は理由齟齬がある,第3に,本件顧客情報の保有者はAのみであるのに,Bも保有者であると認め,被告人がA及びBから本件顧客情報を示されたと認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り又は訴訟手続の法令違反がある,第4に,被告人は,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)により,派遣労働者であると認められるのに,原判決は,労働者派遣法の解釈,適用を誤って,被告人を請負労働者と認めているのであるから,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,第5に,原判決は,論理則,経験則に違反して上記第1の各事実誤認を犯しており,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,第6に,被告人を懲役3年6月及び罰金300万円に処した原判決の量刑は重すぎて不当であ ,経験則に違反して上記第1の各事実誤認を犯しており,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,第6に,被告人を懲役3年6月及び罰金300万円に処した原判決の量刑は重すぎて不当である,というものである。 第2 秘密管理性に関する事実誤認の主張について 1 原判決の認定及び判断の要旨は,次のとおりである。 (1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 (ア) Aは,通信教育,模擬試験の実施等を業とし,特に通信教育市場において圧倒的なシェアを有する企業である。Aの強みは,誕生年別の顧客情報に基づいた商品構成や販促活動にあり,顧客情報は,そのような強みを生み出- 3 - す源泉として重要であり,毎年多額の費用をかけてこれを取得し,管理していた。Bは,AとともにCの子会社であり,主にAの各種システムの開発,運用,保守等を行っていた。 (イ) Aは,平成24年4月頃,Bに対し,複数のデータベースに集積していた顧客情報を統合して分析に使用するためのシステム(以下「本件システム」といい,同システムのデータベースについては,「本件データベース」という。)の開発を委託した。Bでは,顧客分析課が主な所管部署として,本件システムに関する開発,運用及び保守の業務に当たった。 (ウ) 本件システムにおいては,集積された顧客情報が,まず本件データベース内のインポート層と呼ばれるデータ領域に格納され,次いでインポート層内のデータの形式を揃えるなどの加工がされたデータがDWH層に格納され,更に当該データの個人を特定する情報を捨象して分析ソフトで分析しやすい形式にするなどの加工をしたデータがマート層に格納される仕組みとなっていた。また,Bにおいては,本件顧客情報はすべて本件サーバに記録して保管されており,紙媒体やDVD等の記録媒体に トで分析しやすい形式にするなどの加工をしたデータがマート層に格納される仕組みとなっていた。また,Bにおいては,本件顧客情報はすべて本件サーバに記録して保管されており,紙媒体やDVD等の記録媒体による保管はされていなかった。 (エ) 本件システムの開発等の業務担当者は,本件データベースにアクセスするのに,会社から貸与された業務用PCから直接本件データベース内の本件顧客情報等のデータにアクセスする場合と,プログラム構築等の効率化のためのバッチサーバを経由してアクセスする場合があった。また,本件システムの開発作業においては,インポート層,DWH層及びマート層の各層において,本件顧客情報が蔵置されている本番環境と各種テストを実施するための開発環境があり,両者は物理的に区別されていた。 (オ) 平成25年1月頃から,本件システムの一部機能の試行を開始するため,Aの顧客情報が本件データベースに入り始めた。本件システムは,平成26年4月に本格的な運用を開始することが予定されていたが,システムの- 4 - 不具合が続発し,本件犯行時,本格的な運用には至っていなかった。 (カ) 被告人は,平成24年1月に,株式会社D(以下「D」という。)の従業員となり,同年4月頃から,B東京支社多摩事業所(以下「B多摩事務所」という。)において,Aの情報システムの開発等の業務に従事するようになり,本件データベースの業務用アカウントを教示されて,本件システムの開発等に従事するようになった。 (キ) 被告人は,平成25年7月頃,充電目的で自己のスマートフォンを業務用PCに接続したところ,スマートフォンへのデータの書き出しが可能な状態にあることに気付き,本件データべース内の本件顧客情報を自己のスマートフォンに書き出して名簿業者に売却する行為を繰り返すようになっ PCに接続したところ,スマートフォンへのデータの書き出しが可能な状態にあることに気付き,本件データべース内の本件顧客情報を自己のスマートフォンに書き出して名簿業者に売却する行為を繰り返すようになった。そして,被告人は,平成26年6月,業務用PCからバッチサーバを経由して本件データベースにアクセスし,コマンドを入力して本件顧客情報を業務用PCの画面上に表示させ,これを業務用PCに保存した上,USBケーブルで接続した自己のスマートフォンに本件顧客情報のデータを記録させて複製し,本件各犯行に及んだ。 (2)(ア) 不正競争防止法2条6項の秘密管理性の要件は,事業者の営業上の利益保護の観点から保護に値する情報を限定するとともに,当該情報を取り扱う従業者に刑事罰等の予測可能性を与えることを趣旨とすることから,①当該情報にアクセスできる者を制限するなど,当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられており,②当該情報にアクセスした者につき,それが管理されている秘密情報であると客観的に認識することが可能であることを要するが,可能な限り高度な対策を講じて情報の漏出を防止するといった高度な情報セキュリティ水準まで要するものではない。 (イ) まず,①の要件について,判断すると,本件顧客情報は,本件サーバ内に保管,管理されていて,これにアクセスするためにはアカウントが必要である。アカウントには,個人に配布される個人用アカウントと業務ごとに配- 5 - 布される業務用アカウントがあったが,いずれについても,新規発番時に担当部門の上長がその必要性を判断し,インフラ部門に申請して発番を受ける運用となっており,上長は,アカウント使用者について,作成されるアカウントリストで把握することができた。また,その後追加で業務用アカウントを使用する従業 を判断し,インフラ部門に申請して発番を受ける運用となっており,上長は,アカウント使用者について,作成されるアカウントリストで把握することができた。また,その後追加で業務用アカウントを使用する従業者についても,上長がその必要性を判断して承認し,要員計画表等の業務に関する資料を通じて,アカウントを使用している従業者を把握することができ,特に,被告人が所属する顧客分析課においては,Eが課長に就任した平成25年4月以降,業務用アカウントの使用者に個人用アカウントの使用も申請させるというルールを設けるなどしていた。 このように,A及びBでは,アカウントの管理により本件顧客情報にアクセスできる者を従業者の一部に限定するとともに,執務室への入退室の管理等により無権限者からのアクセス防止措置をとり,社内規程において,本件顧客情報を機密に位置づけ,研修等でアクセス権限のある従業者にその趣旨の浸透を図り,関係者以外に本件顧客情報を開示することを禁止した上,その実効性を高めるため,私物パーソナルコンピュータの使用を禁止し,業務用PCの持ち出しや外部記録媒体への書き出しを原則として禁止し,業務用PCによる本件データベースへのアクセス記録を保存していた。なお,外部記録媒体に対する管理については,記録媒体を有する私物スマートフォンの執務室内への持ち込みや業務用PCに接続しての充電が許容され,実際には多くのスマートフォンについて書き出し制御が機能していなかったなど,十分でなかったことは否定できないが,Bにおける研修等により,従業者にはスマートフォンを含む外部記録媒体への書き出し制御が実施されている旨周知されていた。また,本件システムのアカウント等の情報が,顧客分析課の共有フォルダ内に複数蔵置されていたが,本来アクセス権限がないにもかかわらず,上記の情報を利用 の書き出し制御が実施されている旨周知されていた。また,本件システムのアカウント等の情報が,顧客分析課の共有フォルダ内に複数蔵置されていたが,本来アクセス権限がないにもかかわらず,上記の情報を利用して本件データベース内の本件顧客情報にアクセスできた者の人数が8名以内であったことに照らすと,アカウントを用い- 6 - た本件顧客情報へのアクセス制限の実効性が失われていたとはいえない。 以上の事実を総合すると,本件当時,A及びBにおいて,本件顧客情報につき,アクセスできる者を制限するなど,当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられていたということができる。 (ウ) 次に,②の要件について,判断すると,本件顧客情報は,アカウント等によりアクセス制限が行われ,外部記録媒体への書き出しが制限されていたこと,Bでは,毎年,従業者全員を対象とした情報セキュリティ研修を実施し,個人情報や機密情報の漏えい等をしてはならない旨記載された受講報告書のほか,個人情報及び秘密情報の保秘を誓約する内容の同意書の提出を求めており,被告人も,Bでの業務開始時に加え,その後も毎年研修を受講し,上記受講報告書及び同意書を作成して提出していたこと,本件システムの内容及び目的並びにその中の情報の性質等から,本件データベース内に集積される本件顧客情報がAの事業活動に活用される営業戦略上重要な情報であって機密にしなければならない情報であることは容易に認識することができ,実際に被告人を含む従業者は,そのことを認識していたと認められることなどからすれば,本件顧客情報にアクセスする従業者において,それが管理されている秘密情報であることを客観的に認識することが可能であったと認められる。 (エ) 以上によれば,本件顧客情報は,秘密管理性の要件を充足している。 クセスする従業者において,それが管理されている秘密情報であることを客観的に認識することが可能であったと認められる。 (エ) 以上によれば,本件顧客情報は,秘密管理性の要件を充足している。 2(1) 以上の原判決の認定は,一部論理則,経験則等に照らして不合理なところがあるものの,大筋においては是認し得るものであり,秘密管理性を認めた結論は,当裁判所としても支持することができる。 (2) 所論は,Aが,大量の個人情報を管理して営業に活用している業界最大手の著名企業であり,内部者による侵害行為に対して,容易に対策をとることができることからすれば,秘密管理性があるというためには,原判決が説示する合理的管理方法では足りず,相当高度な管理方法を採用し,実践する- 7 - ことが必要であると解すべきであると主張する。 しかし,不正競争防止法2条6項が保護されるべき営業秘密に秘密管理性を要件とした趣旨は,営業秘密として保護の対象となる情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ,事業者が保有する情報に接した者にとって,当該情報を使用等することが許されるか否かを予測することが困難となり,その結果,情報の自由な利用を阻害することになるからである。そうすると,当該情報が秘密として管理されているというためには,当該情報に関して,その保有者が主観的に秘密にしておく意思を有しているだけでなく,当該情報にアクセスした従業員や外部者に,当該情報が秘密であることが十分に認識できるようにされていることが重要であり,そのためには,当該情報にアクセスできる者を制限するなど,保有者が当該情報を合理的な方法で管理していることが必要とされるのである。 この点について,原判決は,②当該情報にアクセスした者につき,それが管理されている秘密情報であると客観的に認識 限するなど,保有者が当該情報を合理的な方法で管理していることが必要とされるのである。 この点について,原判決は,②当該情報にアクセスした者につき,それが管理されている秘密情報であると客観的に認識することが可能であることと並んで,①当該情報にアクセスできる者を制限するなど,当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられていることを秘密管理性の要件とするかのような判示をしている。しかしながら,上記の不正競争防止法の趣旨からすれば,②の客観的認識可能性こそが重要であって,①の点は秘密管理性の有無を判断する上で重要な要素となるものではあるが,②と独立の要件とみるのは相当でない。原判決の判示は,上記のような趣旨にも理解し得るものであるから,誤りであるとはいえない。そうすると,所論がいうように,Aが,本件顧客情報へのアクセス制限等の点において不備があり,大企業としてとるべき相当高度な管理方法が採用,実践されたといえなくても,当該情報に接した者が秘密であることが認識できれば,全体として秘密管理性の要件は満たされていたというべきである。 これを本件についてみると,原判決が認定するとおり,Bでは,毎年,従- 8 - 業者全員を対象とした情報セキュリティ研修を実施し,個人情報や機密情報の漏えい等をしてはならない旨記載された受講報告書のほか,個人情報及び秘密情報の保秘を誓約する内容の同意書の提出を求めていた上,本件システムの内容及び目的並びにその中の情報の性質等から,本件データベース内に集積される本件顧客情報がAの事業活動に活用される営業戦略上重要な情報であって機密にしなければならない情報であることは容易に認識することができたといえる。そうすると,後記のとおり,本件顧客情報へのアクセス制限に様々な不備があったとはいえ,一定のアクセス制限 要な情報であって機密にしなければならない情報であることは容易に認識することができたといえる。そうすると,後記のとおり,本件顧客情報へのアクセス制限に様々な不備があったとはいえ,一定のアクセス制限の措置がとられていたことを併せ考慮すると,本件において,秘密管理性の要件は満たされていたということができる。したがって,本件顧客情報について,秘密管理性の要件が満たされていたという原判決の判断は,結論において正当である。所論は理由がない。 (3) 所論は,本件データベースへのアクセスの管理状況等に関する,F,E及びG(以下,単に「3名」という。)の各原審公判供述は,以下の理由により信用できないと主張する。すなわち,①3名は,いずれも本件当時A又はBの社員であって,本件と強い利害関係を有しており,相互に連絡して事件について協議することも可能であったから,各供述が一致していたとしても,信用性を担保するものではない,②3名の供述は,本件データベースにアクセスできた従業員の人数という重要な点について,捜査段階から変遷している,③3名の供述には客観的な証拠による裏付けがない,④原審検察官の本件データベースにアクセス可能であった人数に関する主張が,長期間にわたって変遷を重ねていることからすれば,アクセス権限を付与された者のリストは存在しないと認めるのが相当であり,3名の供述はこの事実と矛盾している,というのである。 そこで検討すると,①については,確かに,3名は,本件当時,いずれもA又はBにおいて,本件システムに関わる部署の管理職であった者であっ- 9 - て,相互に連絡を取り合って原審での証言に臨むことが可能であったことからすれば,3名の供述が符合していることから,直ちにその供述が信用できることにはならないというべきである。また,②につ - て,相互に連絡を取り合って原審での証言に臨むことが可能であったことからすれば,3名の供述が符合していることから,直ちにその供述が信用できることにはならないというべきである。また,②については,本件データベースには,業務上の必要性から,Bの顧客分析課以外の部署からもアクセスすることが可能であった上,本件データベースには,インポート層,DWH層及びマート層があり,それぞれに本番環境及び開発環境があって,別個に個人用や業務用の各アカウントが設定されていたから,本件データベースにアクセスできる者の人数に関しては,様々な数え方が可能であったという事情があったにせよ,原審検察官において,本件データベースにアクセスできる者の人数を特定するに至らなかったという事情がある。さらに,③については,個人用アカウントのリスト,業務用アカウントの管理シート,要員計画表等,3名の供述を裏付けるに足りる資料が証拠として提出されていないのであって(秘密情報が含まれるとしても,適宜マスキングするなどして顕出することは可能であったと考えられる。),このことからすれば,④について,所論が指摘するように,アクセス権限を付与された者のリスト等が存在したと認めるには疑問があり,原判決は,事実を誤認したものといわざるを得ない。 しかしながら,そのようなリスト等が存在しなかったとしても,本件データベースにアクセスするのに必要な個人用アカウント又は業務用アカウントのいずれについても,新規発番の際に担当部門の上長がその必要性を判断し,インフラ部門に申請して発番を受ける運用となっており,その後に業務用アカウントを引き継いで使用する従業者(その中には,後記のとおり,被告人のように,他社から派遣された労働者を含む。)についても,上長がその必要性を判断して承認していたとい なっており,その後に業務用アカウントを引き継いで使用する従業者(その中には,後記のとおり,被告人のように,他社から派遣された労働者を含む。)についても,上長がその必要性を判断して承認していたという点に関しては,3名の原審公判供述に信用性が認められ,被告人,弁護人も特に争ってはいない。これによれば,本件データベースへのアクセスについては,アカウントを通じて一定の管理- 10 - がされていたというべきである。このように,A及びBにおいては,必ずしも十分なものとはいえないものの,本件データベースへのアクセス制限は一応行われていたということができる。 したがって,前記のとおり,3名の原審公判供述に信用できない部分があり,その限りで,原判決には事実誤認があるといわざるを得ないが,このことは,本件において,前記(2)のとおり,秘密管理性の要件が満たされいるという判断に影響を及ぼすものではない。結局,所論は理由がない。 (4) 所論は,本件顧客情報の秘密管理性を立証するためには,①Bの顧客分析課以外に本件データベースにアクセスしていた部署のアカウントの管理方法を明らかにする必要がある,②Fの原審公判供述によれば,本件顧客情報が入っていたデータベースは本件データベースを含め41個くらいあったというのであるから,これらすべてについての管理状況を立証する必要があるとし,これらは立証されていないから,本件顧客情報の秘密管理性は立証されていないと主張する。 しかし,①については,3名は,原審公判において,本件サーバのアカウントの発番に関し,前記⑶のとおり一般的なルールについて供述した上,実際の管理方法については各部門の裁量に任されていた旨供述しているところ,この点に関する限り,その信用性に疑問はないから,所論は前提を欠くものである。②につ とおり一般的なルールについて供述した上,実際の管理方法については各部門の裁量に任されていた旨供述しているところ,この点に関する限り,その信用性に疑問はないから,所論は前提を欠くものである。②について,Fは,原審公判において,Aには,個人情報が含まれているデータベースサーバが41個くらいあったと供述しているにすぎず,本件顧客情報と全く同じデータが他のデータベースサーバに存在していることをうかがわせる証拠はないから,所論は前提を誤っている。所論は理由がない。 (5) 所論は,本件データベースにアクセスできたBの従業員の数は,少なくとも165名いたのであって,上限が確定できておらず,本件データベースにアクセスできた者が限定されていたとはいえないから,本件データベース- 11 - にはアクセス制限がされていなかったと主張する。 確かに,原審検察官において,本件データベースにアクセスできた者の数を正確に特定できなかったことは,所論が指摘するとおりであって,このことは,Bにおけるアカウントの管理が不十分であったことを示すものであり,アクセス制限の手法として問題があったことは否定できない。しかし,165名というのは,平成26年6月中に本件データベースにアクセスしたすべての者の数であり,前記のとおり,本件データベースのアカウントが,業務上の必要性を考慮して上長の承認の下で与えられていたことからすれば,本件データベースにアクセス可能であった者の数は,事柄の性質上,165名より多少増えることがあるとしても,大幅に増えるとは考え難い。Bの本件当時の総従業員数が1142名であったことを考慮すると,本件データベースにアクセス可能であった者の数が165名に上ることをもって,アクセス制限の実効性が失われていたとはいえない。所論は理由がない。 (6) 業員数が1142名であったことを考慮すると,本件データベースにアクセス可能であった者の数が165名に上ることをもって,アクセス制限の実効性が失われていたとはいえない。所論は理由がない。 (6) 所論は,被告人の原審公判供述により,開発環境においても,本件顧客情報を登録して作業をすることがあったことが認められるから,この事実は,本件顧客情報の管理が不十分であったことを示すものであり,被告人の上記供述の信用性を否定して,上記の事実を認めなかった原判決には事実の誤認があると主張する。 そこで検討すると,原判決は,Bの社内規程において,開発環境では本件顧客情報を登録しないと定められており,本件後の調査において,開発環境に本件顧客情報が格納されていなかったことなどから,被告人の上記供述の信用性を否定し,本件顧客情報が開発環境に登録されることはなかったと認定している。しかし,原判決の指摘する事情のみによって,被告人の原審公判供述の信用性を否定することには合理性がなく,本件顧客情報を開発環境に登録する従業員がいた可能性は否定できないというべきであり,この点において,原判決は,事実を誤認しているといわざるを得ない。しかし,原判- 12 - 決は,仮に,被告人が供述するとおり,開発環境に本件顧客情報が登録されることがあったとしても,アクセスできるのは上長に承認された権限のある者のみであり,本番環境のみの場合と比べてアクセス可能人数が増加することは推察されるものの,このことが秘密管理性の認定を覆す事情とは認められないとも説示しているのであって,その判断は正当である。結局,所論は採用できない。 (7) 所論は,①本件データベースのアカウント情報は,Bの共有フォルダ内に蔵置されていて,閲覧可能であったこと,②本件データベースへのアクセスは, 判断は正当である。結局,所論は採用できない。 (7) 所論は,①本件データベースのアカウント情報は,Bの共有フォルダ内に蔵置されていて,閲覧可能であったこと,②本件データベースへのアクセスは,無線LANを通じて執務室外からも可能であったこと,③私物のスマートフォンの執務室内への持ち込みが許容されていたこと,④業務用PCを執務室外に持ち出すことが可能であったこと,⑤本件データベースには,一定量以上のデータがダウンロードされた場合,上長にメールがいくというアラートシステムが導入されていたが,実際には稼働していなかったことなど,Bにおいて,本件顧客情報の管理が不十分であったことを示す事情がある旨主張する。 この点に関し,Bにおいては,原判決が認定するとおり,執務室への入退室の管理等により無権限者からのアクセス防止措置をとり,社内規程において,本件顧客情報を機密に位置づけ,研修等でアクセス権限のある従業者にその趣旨の浸透を図り,関係者以外に本件顧客情報を開示することを禁止した上,その実効性を高めるため,私物パーソナルコンピュータの使用を禁止し,業務用PCの持ち出しや外部記録媒体への書き出しを原則として禁止し,業務用PCによる本件データベースへのアクセス記録を保存するなどの情報セキュリティ対策が採られていた。このようなBにおける情報セキュリティ対策が必ずしも十分なものであったといえないことは,所論が上記で指摘するとおりである。しかしながら,前記のとおり,同社においては,アカウントを通じて本件データベースへのアクセス制限が行われていたといえ- 13 - るから,情報セキュリティ対策に上記のような不備があったとしても,前記(2)の事情の下では,全体として秘密管理性の要件が満たされていたという判断に影響を及ぼすものではない。 第 13 - るから,情報セキュリティ対策に上記のような不備があったとしても,前記(2)の事情の下では,全体として秘密管理性の要件が満たされていたという判断に影響を及ぼすものではない。 第3 被告人の営業秘密保持義務に関する事実誤認の主張について 1 原判決の認定及び判断の要旨は,次のとおりである。 (1) 不正競争防止法21条1項4号にいう営業秘密の保有者とは,営業秘密を正当な権限に基づいて取得し,保持している者をいう。Bは,本件顧客情報の帰属主体であるAとの間で,本件システムの開発等に関する業務委託契約を締結し,これに基づき,Bの業務用PCを用いて,Aのネットワーク上に設置された本件データベース内の本件顧客情報へアクセスすることを許諾されていたことからすれば,Aだけでなく,Bも本件顧客情報の保有者であると認められる。 (2) 被告人は,Dの従業員であったが,AとB,Bと株式会社H(以下「H」という。),Hと株式会社I(以下「I」という。),IとD間の各業務委託契約に基づき,B多摩事務所において,Bから業務用PCを貸与され,Bの社員から本件データベースのアカウント等の教示を受け,本件システムの開発,運用,保守等の業務のため,本件顧客情報にアクセスしていた者である。そうすると,被告人は,営業秘密である本件顧客情報を,保有者であるB及びBに業務委託していた保有者であるAから示された者といえる。 そして,被告人が行っていた業務の内容や性質,被告人が業務上知り得た個人情報及び機密情報を保秘する旨の同意書をBに提出していること,前記各会社間の業務委託契約において,業務上知った機密情報について秘密保持義務の条項があること,被告人が所属するDの就業規則には,職務上知り得た顧客に関する情報について,目的外使用を禁止する旨規定されて 会社間の業務委託契約において,業務上知った機密情報について秘密保持義務の条項があること,被告人が所属するDの就業規則には,職務上知り得た顧客に関する情報について,目的外使用を禁止する旨規定されていること,被告人がDに対し,機密情報及び個人情報を保秘する旨の誓約書を提出していることからすれば,被告人は,本件顧客情報について,保有者であるA及びBとの間で,- 14 - 秘密保持義務を負っていたと認められる。 (3) Gの原審公判供述等によれば,Bは,原則として,Hの管理責任者であるJを通じて被告人に対する指揮監督を行っていたと認められる一方で,B社員から日常的に指示を受けて業務をしていた旨の被告人の原審公判供述は信用できず,Bと被告人との間に直接の指揮命令関係があったとは認められないから,上記の各業務委託契約は,偽装請負には当たらない。 2(1) 以上の原判決の認定には,論理則,経験則等に照らして不合理なところがあり,是認できないものの,被告人がBに対して秘密保持義務を負っていたという結論に誤りはない。以下,所論を踏まえつつ,当裁判所の判断を示す。 (2) 所論は,①被告人と保有者であるA及びBとの間に,秘密保持を内容とする直接の契約がないこと,②被告人がB及びDに提出した誓約書等では,本件顧客情報等について秘密保持契約が結ばれたと解することはできないことなどを理由に,原判決が認定した事実関係の下では,被告人が,A及びBに対し,本件顧客情報について秘密保持義務を負っていたとは認められないと主張する。 そこで検討すると,被告人は,Dに対し,機密情報を会社の許可なく外部に持ち出さない旨の誓約書を提出していたこと,Dの就業規則(56条)上,従業員が職務上知り得た機密情報について,秘密保持義務を負っていたこと,前記の各社間で取り に対し,機密情報を会社の許可なく外部に持ち出さない旨の誓約書を提出していたこと,Dの就業規則(56条)上,従業員が職務上知り得た機密情報について,秘密保持義務を負っていたこと,前記の各社間で取り交わされた業務委託契約には,機密情報に関する秘密保持条項が含まれていたことに照らすと,被告人がDに対して負っていた秘密保持義務の対象としては,被告人がBの業務上取り扱っていた機密情報も含まれると解される。しかし,このことから,当然に,被告人が契約当事者としてBに対して本件顧客情報に関する秘密保持義務を負うことにはならないというべきである。もっとも,後記(3)のとおり,BとH,HとI,IとD間の各業務委託契約は,いずれも偽装請負に該当し,被告人は,Bの指揮命令を受けて業務に従事する者であったことから,労働者派遣法2条2号にいう派遣労働者に当た- 15 - ると認められ,同法40条の6第1項1号の類推適用(同条項は,本件当時未だ施行されていなかったが,その趣旨は,本件当時においても妥当するというべきである。)により,被告人とB間には直接雇用契約が成立したものとみなされ,同法24条の4により,業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならない義務を負うことになると解するのが相当である。そうすると,被告人は,Bに対して,同社の業務に従事中に知り得た機密情報を外部に漏えいしないことを遵守する旨の同意書を提出しているところ,これは同社との秘密保持契約として有効であり,被告人は,Bに対して,業務上取り扱った秘密について秘密保持義務を負っていたと認められる。前記のとおり,本件顧客情報は,Bの社内規程により機密情報とされ,これに接する者が秘密情報であると容易に認識することができたことに照らすと,被告人は,同社に対して,本件顧客情報について 認められる。前記のとおり,本件顧客情報は,Bの社内規程により機密情報とされ,これに接する者が秘密情報であると容易に認識することができたことに照らすと,被告人は,同社に対して,本件顧客情報について秘密保持義務を負っていたと認められる。 なお,原判決は,被告人が,Aに対しても,同様の秘密保持義務を負っていたと判断している。しかしながら,AとBの間に業務委託契約に伴う秘密保持条項があること,及び,被告人がBに対して,本件顧客情報についての秘密保持義務を負うことから,直ちに,被告人がAに対しても直接秘密保持義務を負うと解することはできず,他に証拠もないから,原判決の上記判断は,誤りであるといわざるを得ないが,この点は,原判決の結論には影響しない。結局,所論は理由がない。 (3) 所論は,被告人は,Bの社員から直接指揮監督を受けて業務に従事していたのであり,偽装請負における派遣労働者とみるべきであって,その旨認めなかった原判決には事実誤認があり,被告人とA及びBとの間に何らかの契約関係があったとしても,公序良俗に反して無効であるから,被告人は,A及びBに対して秘密保持義務を負わないと主張する。 そこで検討すると,関係証拠によれば,Bの顧客分析課の本件システムを開発する部署においては,担当する案件ごとにチームが作成されていたこと,各- 16 - チームは,同社の社員と業務委託先会社に所属する1名又は数名のパートナーによって構成され,Bの社員がチームリーダーとなっていたこと,被告人も,複数のチームに所属して業務を行っていたこと,各チームでは,適宜構成員全員で打合せを行い,作業の進捗状況や今後の予定について話し合っていたこと,HではJが責任者となっていたが,週に2日程度しかB多摩事務所に出勤せず,当初の一,二か月を除いて,被告人とは別のチ 構成員全員で打合せを行い,作業の進捗状況や今後の予定について話し合っていたこと,HではJが責任者となっていたが,週に2日程度しかB多摩事務所に出勤せず,当初の一,二か月を除いて,被告人とは別のチームにパートナーとして所属し,平成26年6月以降は全く出勤していなかったことが認められる。 被告人は,原審公判において,チームリーダーであるBの社員から指揮監督を受けて,本件システム開発の業務に従事していた旨供述するところ,この供述は,上記の本件システム開発に関する同社の業務形態や被告人の勤務の実情等に照らすと,自然で合理的なものといえる。原判決は,被告人が,原審の被告人質問における反対質問において,主質問における供述を変遷させたことを理由に,被告人の原審公判供述は信用できないと説示する。しかし,本件犯行から原審公判で供述するまで約1年半が経過していたことから,被告人が,反対質問における誘導質問により,記憶をよみがえらせて主質問における供述を変更したとしても不自然ではない上,変更した点もBの社員から指揮監督を受けていたという供述の根幹に関わる部分ではないから,原判決が指摘する点は,被告人の原審公判供述の信用性に関わるものではない。また,G及びEは,原審公判において,チームリーダーであるBの社員は,原則として,派遣元会社の責任者を通じてパートナーに業務上の指示をしていた旨供述するが,前記の本件システム開発に関するBの業務形態,特にHの責任者であったJのB多摩事務所への出勤状況に照らすと,不自然であって,信用性に乏しいというべきであり,被告人の上記供述の信用性を左右するものではない。 そうすると,被告人の原審公判供述によれば,被告人は,Bの社員の指揮監督を受けて同社の業務に従事していたと認められるから,同社の社員と被告人との間に直接の指揮命令 の信用性を左右するものではない。 そうすると,被告人の原審公判供述によれば,被告人は,Bの社員の指揮監督を受けて同社の業務に従事していたと認められるから,同社の社員と被告人との間に直接の指揮命令関係があったことを認めず,BとHとの間等の各社間- 17 - の業務委託契約が偽装請負に当たらないとした原判決の認定は誤りであるといわざるを得ない。しかし,被告人は,Dの従業員でありながら,Bの社員から直接指揮監督を受けていたことから,被告人が,労働者派遣法2条2号にいう派遣労働者に該当すると認められ,Dが厚生労働大臣の許可を受けずに業として労働者派遣事業を行っていたことが違法と評価されるとしても,このことによって,被告人とB間の雇用関係及び秘密保持契約が,公序良俗に反して無効となるものではない。所論は,被告人の雇用形態が偽装請負に当たることから,何故に上記各契約関係が公序良俗に反して無効となるのか,その理由を何ら示していない。結局,被告人がBの社員の指揮監督を受けて本件システムの開発業務に従事していたことは,所論のとおりであるが,このことは,被告人が同社に対して,本件顧客情報について秘密保持義務を負っていたという結論に影響を及ぼすものではない。所論は理由がない。 第4 理由不備,理由齟齬の主張について所論は,原判決は,その挙示する証拠の証明力が不十分なために,本件顧客情報について秘密管理性を認めることができないのに,秘密管理性を認めたのであるから,刑訴法378条4号の理由不備,理由齟齬に当たると主張する。 しかし,前記のとおり,原判決の認定には是認できない部分があるものの,本件顧客情報について秘密管理性を認める結論を導いたこと自体に誤りはないから,所論は,前提を欠くものである。 第5 本件顧客情報の保有者等に関する憲法違 判決の認定には是認できない部分があるものの,本件顧客情報について秘密管理性を認める結論を導いたこと自体に誤りはないから,所論は,前提を欠くものである。 第5 本件顧客情報の保有者等に関する憲法違反の主張について所論は,原判決が,AのみならずBをも本件顧客情報の保有者であると認め,被告人が,両社から本件顧客情報を示されたと認めたことについて,不正競争防止法21条1項4号にいう「保有者」の文理を超えていること,同法が営業秘密を保有者から直接取得した者と二次的に取得した者を区別して扱っていることからすれば,憲法上許されない類推解釈を行ったものであって,法令適用の誤り又は訴訟手続の法令違反に当たると主張する。 - 18 - しかし,前記のとおり,原判決が,AのみならずBをも本件顧客情報の保有者であると認めたことに誤りはなく,被告人がBと並んでAからも同情報を示されたと認めたことは誤りであるといわざるを得ないが,Bから同情報を示されたと認めたことに誤りはないから,結局,不正競争防止法の上記規定を誤って解釈したものではない。所論は前提を欠くものである。 第6 労働者派遣法に関する法令適用の誤りの主張について所論は,原判決は,被告人が派遣労働者であると認めるべきであるのに,労働者派遣法の解釈を誤って,請負労働者に当たると判断したものであり,その解釈は,秘密保持義務の有無に影響するから,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りに当たると主張する。 確かに,前記のとおり,被告人は,派遣労働者に当たると認められ,原判決にはこの点について事実の誤認があり,労働者派遣法の解釈,適用を誤ったといわざるを得ないが,そうであるとしても,被告人に不正競争防止法上の秘密保持義務が認められることに変わりはない。結局,上記の点は判決に の点について事実の誤認があり,労働者派遣法の解釈,適用を誤ったといわざるを得ないが,そうであるとしても,被告人に不正競争防止法上の秘密保持義務が認められることに変わりはない。結局,上記の点は判決に影響を及ぼすものではないから,所論は採用できない。 第7 論理則,経験則違反に関する訴訟手続の法令違反の主張について所論は,①原判決が客観的な裏付けのないまま3名の各原審公判供述の信用性を認めた点,及び,②Jに対する証人尋問を行わずに被告人とB間の指揮監督関係を認めなかった点は,いずれも論理則,経験則に違反するものであり,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反に当たると主張する。 確かに,①については,前記のとおり,原判決が3名の各原審公判供述の信用性を認めたことは,一部において,論理則,経験則に違反するといわざるを得ないが,前記のとおり,本件顧客情報の秘密管理性を認めた結論に影響を及ぼすものではないから,所論は前提を欠くものである。また,②についても,前記のとおり,原判決がBと被告人の指揮監督関係を認めなかったことは,論理則,経験則に照らして不合理ではあるが,被告人に秘密保持義務が認められることに変わりはなく,何ら- 19 - 判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反には当たらない。 第8 量刑不当の主張について 1 原判決は,被告人を懲役3年6月及び罰金300万円に処した理由として,以下のとおり説示した。 すなわち,被告人は,本件顧客情報にアクセスする権限を与えられた者としての地位や専門的知識を悪用し,極めて大量の顧客情報を領得,開示したものであって,悪質な犯行といえる。Aにとって,顧客情報は営業上極めて重要な情報であり,毎年多額の費用を投資してその取得,管理をしてきたのであるから,約2989万件の顧 量の顧客情報を領得,開示したものであって,悪質な犯行といえる。Aにとって,顧客情報は営業上極めて重要な情報であり,毎年多額の費用を投資してその取得,管理をしてきたのであるから,約2989万件の顧客情報が複製され,うち1000万件余りが流出したという本件各犯行の結果は誠に重大である。加えて,本件は,Aの多くの顧客に自己の個人情報の流出という不安を抱かせたことから,同社に約200億円の対策費の計上を余儀なくさせ,同社は,厳しい社会的非難を受けて信用を失墜させることとなったのであり,同社やその関連会社の事業活動や経営状態に甚大な悪影響を与えたものであって,Aの被告人に対する処罰感情は厳しい。被告人は,システムエンジニアとして,本件顧客情報の重要性,それが流出した場合の影響の大きさ等を当然に認識すべき立場にあった者であり,妻の出産に関する高額の医療費等の支払に窮したとしても,本件犯行に及ぶことが許されるものではない上,顧客情報を売却して得た利益の相当部分を競艇等に費消しているのであり,身勝手かつ短絡的な動機による犯行といわざるを得ず,厳しい非難を免れない。加えて,被告人は,約1年間にわたり,本件と同様の不正行為を十数回にわたり繰り返していたというのであって,本件は,連続的になされた不正行為の一環であると評価できる。さらに,情報化社会の高度化が進む中,企業が保有する営業秘密情報の重要性が増してきており,それが流出した際に企業が被る被害や影響にも大きいものがあることからすれば,この種事案に対する一般予防の必要性も無視できない。 そうすると,被告人が客観的な犯行態様については当初から一貫して事実を認- 20 - め,捜査に協力し,反省の弁を述べていること,被告人の妻が公判廷で被告人の社会復帰後の監督を誓約していること,被告人には養育すべき 観的な犯行態様については当初から一貫して事実を認- 20 - め,捜査に協力し,反省の弁を述べていること,被告人の妻が公判廷で被告人の社会復帰後の監督を誓約していること,被告人には養育すべき幼い子がいることなどの事情を考慮しても,被告人を前記の刑に処するのが相当であると判断した。 2 そこで検討すると,原判決が,本件犯行の犯情,すなわち,本件犯行の悪質性,被害者であるAに多大な経済的損害を与えた上,その信用を失墜させるなど,結果が重大であること,本件が連続的犯行の一環であることなどに加え,被告人がシステムエンジニアとして備えるべきモラルを欠いていたこと,犯行の動機が身勝手で短絡的であること,本件犯行の社会的影響や一般予防の必要性等について説示するところは正当であり,被告人の責任が重く,懲役刑の実刑が相当であるとした判断は,首肯し得るところである。しかしながら,既にみたとおり,A及びBには,営業秘密である本件顧客情報の管理等について不備が多々あり,これらの事情は被害者側の落ち度として,被告人にとって有利な量刑事情に相当するところ,原判決がこれらの点を量刑事情として考慮に入れていないのは,量刑判断として重きに失するに至ったものというべきである。 すなわち,前記のとおり,Bにおける本件顧客情報の管理体制については,①本件データベースには,アカウントを通じてアクセス制限が行われていたものの,そのアカウント情報がBの共有フォルダ内に蔵置されていて,閲覧可能であったこと,②私物のスマートフォンの執務室への持ち込みが禁止されていなかったこと,③本件データベースにはアラートシステムが導入されていたが,実際には機能していなかったことなどの点で,不備があったと認められ,これらの点は,本件の発覚後にA社内に設けられた個人情報漏えい事故調査委員会の 件データベースにはアラートシステムが導入されていたが,実際には機能していなかったことなどの点で,不備があったと認められ,これらの点は,本件の発覚後にA社内に設けられた個人情報漏えい事故調査委員会の調査報告においても,指摘されているところである。加えて,前記のとおり,Bにおいては,相当数の業務委託先会社に所属する従業員を,パートナーと称し,実態は派遣労働者として受け入れ,本件システムの開発等の業務に従事させていたものである。特に,被告人は,3次派遣の労働者に該当し,Bの上長においても,被告- 21 - 人の所属先会社を正確には把握していない状態であった。システムエンジニアリングの業界においては,変動する労働力の需要に対応するため,このような安易かつ脱法的な労働力の確保が常態的に行われていたことがうかがえるが,Aのような大手企業が子会社であるBを通じてこのような方法を採り,同社にとって経歴等が詳らかでない者に,経営の根幹にかかわる重要な企業秘密である本件顧客情報へのアクセスを許していたということは,秘密情報の管理の在り方として,著しく不適切であったといわざるを得ない。したがって,A等がこのような労働者に本件顧客情報へのアクセスを許したからには,秘密漏えい対策を講じたとしても,それに伴って生じる危険もある程度甘受すべき立場にあったといえる。また,上記③のアラートシステムについても,これが正常に機能していれば,被告人が同種の情報漏えい行為を行った比較的早い段階で,Bがこれを察知し,更なる被害拡大に対する防止策を立てることが可能であったと思われるのに,アラートシステムが全く機能していなかったため,約1年間にわたって被告人の同種行為が放置され,外部からの通報によりようやく本件が発覚したのであって,被告人が同種行為を反復継続したことが責めら のに,アラートシステムが全く機能していなかったため,約1年間にわたって被告人の同種行為が放置され,外部からの通報によりようやく本件が発覚したのであって,被告人が同種行為を反復継続したことが責められるべきであるとしても,被害が拡大したことの原因の一端は,B側の対応にもあるというべきである。 以上のとおり,被告人が本件犯行に及んだ背景事情として,A及びBにおける本件顧客情報の管理に不備があるとともに,被害が拡大したことの一因として,同社等の対応の不備があると指摘できるのであり,これらの点で,本件における被害者側の落ち度は大きいというべきであって,本件の結果をひとえに被告人の責めに帰するのは相当でないというべきである。 しかるに,原判決は,量刑の理由においてこれらの点に全く言及しておらず,これらの点を考慮することなく前記の刑を量定したものとみるほかない。これらの点は,被告人にとって有利な量刑事情に相当するところ,これらの点を考慮に入れていない原判決は,量刑判断として明らかにバランスを失するものであり,これらを正当に考慮に入れた場合と比較して,重きに失する判断に至ったものと- 22 - いわざるを得ない。 したがって,所論の指摘する点について検討するまでもなく,原判決の量刑は,懲役刑の刑期の点で重すぎて不当であるといわざるを得ない。 論旨は,以上の限度で理由があり,原判決は破棄を免れない。 第9 破棄自判よって,刑訴法397条1項,381条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決をする。 原判決が認めた罪となるべき事実(ただし,原判決1頁最終行の「A及びBから示されていた者」とあるのを,「Bから示されていた者」と訂正する。)に原判決挙示の法令を適用し(科刑上一罪の処理,刑種の選択及び併合罪の処理を含む。),そ (ただし,原判決1頁最終行の「A及びBから示されていた者」とあるのを,「Bから示されていた者」と訂正する。)に原判決挙示の法令を適用し(科刑上一罪の処理,刑種の選択及び併合罪の処理を含む。),その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役2年6月及び罰金300万円に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中350日をその懲役刑に算入し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,原審及び当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととして,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官朝山芳史裁判官杉山愼治裁判官市原志都)
▼ クリックして全文を表示