平成13(う)1361 殺人未遂被告

裁判年月日・裁判所
平成14年2月27日 大阪高等裁判所
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判決文本文4,037 文字)

主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中100日を原判決の刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人高橋金次郎作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官酒井徳矢作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する(弁護人は,控訴趣意は,誤想過剰防衛のうち,誤想をしたとする点について事実の誤認があるとの主張である旨釈明した。)。 論旨は,要するに,原判決は,被告人が本件包丁で被害者Aの腹部を合計3回突き刺した行為を,誤想過剰防衛と認定したが,被告人は,Aが椅子の背もたれ上部の横棒を手にして向かってきたので,自らを防衛するために,たまたま傍らにあった包丁を手にして反撃したのであって,Aの行動は急迫不正の侵害そのものであり,そこには何らの誤信もなく,したがって,被告人が急迫不正の侵害を誤想したと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。 1 そこで,検討するに,関係各証拠によると,以下の事実を認めることができる。 ① 被告人は,本件犯行現場であるマンション居室でBと半同棲生活を送っていたが,平成11年11月3日,Bから,Aから呼び出されたこと,その際,同人から,被告人と一緒に覚せい剤を使用しているのではないかと迫求を受けたり,被告人と別れるように言われたことなどを聞き,このような行為に及んだAに立腹していた。 ② 他方,Aは,Bを被告人と別れさせるため直接被告人と会って話を付けようとして,同日,知人のCを連れて,上記マンション居室に赴いた。 ③ 同日午後5時25分ころ,同居室内において,Aが,被告人に対して,Bと覚せい剤を使用しているとかBと別れろなどと述べたことから,リビングルームの床に座った被告人と椅子に座ったAとの間 赴いた。 ③ 同日午後5時25分ころ,同居室内において,Aが,被告人に対して,Bと覚せい剤を使用しているとかBと別れろなどと述べたことから,リビングルームの床に座った被告人と椅子に座ったAとの間で口論となり,両者とも次第に興奮し感情が高ぶっていったが,その際,両者の問の距離は約1.5メートル程度であり,Aの直ぐ後ろにCが立っていた。そのうち,Aが椅子から立ち上がったところ,それとほぼ同時に,被告人も,側に置いていたタオルにくるまれた中から本件包丁を取り出して,これを右手に持って立ち上がり,Aに対して,「お前らええかげんにせえよ。」と叫びながら,この包丁を同人に向けたまま,左右に振るなどした。Aは,一瞬身構えた後,ひるまず,被告人の方向に歩み出たが,被告人も,前に出るようにして,Aの腹部をその包丁で刺し,その後,同人ともみ合いになり,さらに2回包丁で同人の腹部を刺した。 2 ところで,被告人は,原審及び当審で,Aが壊れた椅子の背もたれ上部の横棒(以下,単に「横棒」という。)を持ち,自分の前に立ってこれを振り上げており,今にも殴られそうな状態だったので,包丁を取り出して防御しようとした旨を供述する。 しかしながら,被告人の公判供述は,取調担当警察官はAを殺すつもりであったという調書しか書いてくれなかったなど不自然極まりない供述に終始していて,その信用性に乏しい。その上,Aとしては,上記認定のように,Bに覚せい剤をやめさせ,被告人とBとを別れさせようとしていたものの,そのために被告人を横棒で殴り付けてまで強行する動機,利害関係は見当たらないばかりか,そもそも,Aが横棒を手にしたのは,たまたま同人が座ろうとした椅子が壊れていて,同人が横棒を手でつかんだ際にとれたという偶然によるものであって,被告人が供述するように,同人が,被告人に対して りか,そもそも,Aが横棒を手にしたのは,たまたま同人が座ろうとした椅子が壊れていて,同人が横棒を手でつかんだ際にとれたという偶然によるものであって,被告人が供述するように,同人が,被告人に対して,この横棒を振り上げるような積極的に攻撃する構えをするくらいなら,はじめから何らかの凶器を用意してきてしかるべきであったと考えられる。そうしてみると,Aが,椅子を持とうとした際に背もたれの横棒がとれたことは認めるものの,これを手に持って被告人に向かって行ったことはない旨の同人及びCの各原審証言の信用性はいずれも否定し難く,これに反する被告人及びBの各原審供述は信用できないということになる。さらに,現に,Aが椅子から立ち上がった後,そのまま一直線に横棒で被告人に殴りかかった事実はなく,かえって,Aの様子を見た被告人には,まだ,包丁を取り出して手に持ち,立ち上がって「お前らええかげんにせえよ。」と怒鳴り,相手に包丁を見せつける行動をとる余裕さえあったのである。 したがって,被告人の上記公判供述は信用できないといわざるを得ない。 3 上記の点について,原判決は,「争点に対する判断」第2「当裁判所が認定した事実」2「関係者の供述及び被告人の弁解の検討」(3)「刺身包丁が最初にAに刺さった状況について」の項で,A及びCの各供述は,全体として被告人が一方的に悪いように供述する傾向が見られるから,これを全面的に信用することができないとしながら,被告人の供述については,安易に採用して,「刺身包丁を前に突き出して威嚇している様子の被告人に対し,Aが手に持っていた棒を振り上げて威嚇をすることもあり得ないわけではなく,Aが棒を振り上げたとする被告人の弁解を排斥することはできない。」と説示する。しかし,これは,被害者側であるA及びCの各供述をさしたる理由もなく軽視 り上げて威嚇をすることもあり得ないわけではなく,Aが棒を振り上げたとする被告人の弁解を排斥することはできない。」と説示する。しかし,これは,被害者側であるA及びCの各供述をさしたる理由もなく軽視する一方,とりわけ,原審公判において,再三虚言を弄しつつ,自分は被害者であることを強調し,取調担当官らから不当な取扱いを受けた旨の供述を繰り返すなどの被告人の供述の信用性を過度に肯定するものであって,証拠の証明力の判断を誤り,事実を誤認するに至ったものといわざるを得ない(なお,このことをもって直ちに判決に影響を及ぼすものというべきではない。)。 また,原判決は,「争点に対する判断」第3「争点に対する当裁判所の判断」2「正当防衛の成否について」の項において,(1)「急迫不正の侵害の有無」の項では,「Aがその棒で被告人を殴るなど暴行に及ぶような積極的な加害の意思を有しておらず,せいぜい被告人を威嚇する趣旨で棒を振り上げていたにすぎないものと認められるのであって,被告人の身体に対する侵害が切迫した状況にあったとはいえない。」としつつ,「Aが,はずれた椅子の背もたれ部上辺の棒を手放すことなく掴んだまま被告人に近づき,被告人が刺身包丁で威嚇するもこれにひるまずAも棒を振り上げるなどの態度をとったとすれば,その棒で殴られるかもしれないと感じたとしても不自然ではなく,被告人がこの点,捜査及び公判段階を通じ一貫して供述していることも考慮すると,被告人の供述を直ちに排斥することはできないといえる。よって,被告人は,Aから椅子の背もたれ部上辺の棒で殴られるという意味において自己の身体に対する急迫不正の侵害の事実を誤信したものと認めるのが相当である。」と説示する。しかしながら,上記説示のように,Aが横棒を掴んだまま被告人に近づきその横棒を被告人に向かって振り上 おいて自己の身体に対する急迫不正の侵害の事実を誤信したものと認めるのが相当である。」と説示する。しかしながら,上記説示のように,Aが横棒を掴んだまま被告人に近づきその横棒を被告人に向かって振り上げていたとするならば,侵害が切迫した客観的な状況にあったというべきであるから,侵害の切迫性を否定しながら被告人が急迫不正の侵害があると誤認したという上記の原判決の説示は納得できるものではない。 4 こうしてみると,被告人が,本件包丁を取り出して攻撃に及んだ行為は,客観的には,まだ口論による喧嘩抗争が続いている場面で,これが質的に変化して,Aからの横棒による攻撃が切迫しているとまではいえない時点において,また,被告人の主観面においても,Aの攻撃がそれほど切迫しているとは認識していない段階で,この機会に積極的に同人に加害行為をする意思で侵害に及んだものと認めるのが相当である。Aの行動の全体を評価しても,これを急迫不正の侵害ということはできない。 5 したがって,原判決は,被告人は,Aから横棒で殴られるとの急追不正の侵害を誤信したものと認定した上,被告人の行動を誤想過剰防衛と判断したが,前記認定のとおり,被告人は,いずれAから何らかの攻撃があることをも予見していたとはいえても,これが切迫していたとまでは未だ認識していなかったことは明らかというべきであるから,急迫不正の侵害を誤信して防衛行為に出たものとみることはできない。この点に関する原審の認定には事実の誤認があるというほかない。 しかしながら,誤想過剰防衛の判断は,原判決において,構成要件該当性ないし法律上の減軽事由その他の関係で何らかの法令適用に及んでいないので,その誤りは判決に影響を及ぼすものではない。 そうすると,結局は,論旨は理由がないということになる。 よって,刑訴法396条,刑法21 上の減軽事由その他の関係で何らかの法令適用に及んでいないので,その誤りは判決に影響を及ぼすものではない。 そうすると,結局は,論旨は理由がないということになる。 よって,刑訴法396条,刑法21条,刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官豊田健裁判官伊東武是裁判官永渕健一)

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