令和3(わ)156 殺人、覚せい剤取締法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年12月12日 和歌山地方裁判所
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判決文本文15,404 文字)

- 1 - 主文被告人は無罪。 理由第1 公訴事実本件公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、平成30年5月24日午後4時50分頃から同日午後8時頃までの間に、和歌山県田辺市(住所省略)A方において、夫であるA(当時77歳)に対し、殺意をもって、何らかの方法により致死量の覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン又はその塩類を情を知らない同人に経口摂取させ、よって、同日午後8時頃から同日午後10時頃までの間に、同所において、同人を急性覚せい剤中毒により死亡させて殺害するとともに覚せい剤を使用したものである。」というものである。 第2 争点Aの死因が多量の覚せい剤を経口摂取したことによる急性覚せい剤中毒であることについて積極的な争いはなく、争点は、事件性及び犯人性、すなわち、被告人がAに覚せい剤を摂取させて殺害したと認められるかである。 第3 前提事実関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 1 Aは、和歌山県田辺市で酒類販売業等を営む株式会社Bなど複数の会社を経営する資産家であった。 2 被告人は、Aが女性の紹介を依頼していた人物のあっせんで、平成29年12月初旬に初めてAに連絡を取り、同月10日に招待に応じて居住地である東京からA方まで出向いて初めてAと会って、すぐに結婚を申し込まれ、その後、Aと数回会う中で結婚の申込みを受けることにして、平成30年2月8日に結婚した。 3 被告人とAの結婚前後を通じ、東京在住のCが、月10日程度、家政婦としてA方に泊まり込み、食事の支度や掃除、洗濯などをしていた。 4 被告人は、Aと結婚した後も東京の住居を維持し、同年3月に入っても主に東- 2 - 京で生活していたが、同月下旬頃からAが死亡した同年5月24日までの間は、東京に数日間戻 どをしていた。 4 被告人は、Aと結婚した後も東京の住居を維持し、同年3月に入っても主に東- 2 - 京で生活していたが、同月下旬頃からAが死亡した同年5月24日までの間は、東京に数日間戻ることが何度かあったほかは、主にA方で生活していた。 5 被告人は、A方に滞在していた間の同年4月7日、インターネット上の掲示板で、隠語で覚せい剤を売る趣旨を記載した投稿を見て、その投稿者Dに電話をかけて覚せい剤を注文し、翌8日午前0時過ぎ頃、A方近くの待ち合わせ場所で、Dと一緒に品物を届けに来たEに約定の代金を渡してパケ(チャック付きポリ袋)入りの覚せい剤様の物が入った封筒を受け取った。 6 被告人は、同年5月24日(以下「本件当日」という。)午後10時36分頃、1階のリビングから2階に上がった後、すぐ1階に下りてきて、それまで一緒に過ごしていたCに対し、Aが2階寝室のソファに座った状態で動かなくなっていることを知らせ、Cと2人で再度2階に上がった上、119番通報をしたが、臨場した救急隊員により、Aは既に死亡していることが確認された。その後、午後11時10分以降、臨場した警察官により、Aの遺体の検視、環境調査などが行われた。 7 Aの遺体の解剖を担当したF及びこの解剖結果等を基にAが摂取した覚せい剤の量等を検討した薬学者Gの各公判供述によれば、Aの死因は、致死量を超える覚せい剤を経口摂取したことによる急性覚せい剤中毒であり、その摂取量は、少なくとも1.8グラムであること、推定死亡時刻は、午後8時頃から遅くとも午後10時頃までの間であり、Aは、致死量を超える量の覚せい剤を短時間で摂取し、摂取後2時間から4時間で死亡したことが認められる。また、防犯カメラの映像上、午後6時の時点で、Aが玄関から数分間外に出て敷地内を歩く様子が映っているところ 量を超える量の覚せい剤を短時間で摂取し、摂取後2時間から4時間で死亡したことが認められる。また、防犯カメラの映像上、午後6時の時点で、Aが玄関から数分間外に出て敷地内を歩く様子が映っているところ、その様子に異常は認められないことや、覚せい剤を経口摂取してから異常が現れるまでの時間は、通常15分から30分程度であるが(証人G)、カプセルを使った場合、さらに最大40分程発症が遅れたと考えられること(証人H)も併せ考えると、Aが覚せい剤を摂取した可能性のある時間帯の始期は、カプセルを使用しなかった場合は午後5時30分頃、カプセルを使用した- 3 - 場合は午後4時50分頃であり、終期は、午後8時頃であると認められる。 第4 検察官の主張検察官は、要旨、以下の理由で、被告人がAに覚せい剤を摂取させて死亡させたと主張する。 1 被告人は、Aが覚せい剤を摂取したと考えられる午後4時50分頃から午後8時頃までの時間帯に、A方でAと2人きりでおり、その間に、妻として同所で一緒に食事をするなど、Aに飲食物等を提供することが可能であった。また、被告人は、後記5のとおり、自分で覚せい剤を注文し、入手することが可能であった。 2 信用性が高いヘルスケアアプリの階層上昇記録によれば、被告人は、Aが覚せい剤を摂取した午後4時50分頃から午後8時頃までの間に、少なくとも8回、Aのいる2階に上がったと認められる。事件前約1か月の同一時間帯の階層上昇記録は最多でも3回である。加えて、被告人は、本件当日は、午後6時45分から午後7時53分までの1時間8分の間の階層上昇記録は7回と、短時間に何度も1階と2階を行き来している。この行動は、被告人が犯人だとすると、覚せい剤を摂取させる、摂取後のAの様子を見る、罪証を隠滅するなどのために何度も2階に上がる合理的 層上昇記録は7回と、短時間に何度も1階と2階を行き来している。この行動は、被告人が犯人だとすると、覚せい剤を摂取させる、摂取後のAの様子を見る、罪証を隠滅するなどのために何度も2階に上がる合理的な理由があるから自然であるが、犯人でないとすると不自然である。 3 被告人は、Aから毎月支給される100万円や同人の遺産といった財産目的でAと結婚したもので、Aの資金が手に入らないと当面の生活費にも困る状況にあった。一方で、被告人は、Aから、3月下旬には証人に署名までさせた離婚届を渡され、4月27日には離婚したい旨直接告げられ、事件直前には、被告人がアダルトビデオに出演していた事実を家政婦であるCに知られ、その頃被告人もそれを認識するなど、被告人において、離婚の可能性が高まっていると思っておかしくない状況にあった。したがって、被告人には、離婚前にAを殺害して遺産を得るという動機があった。 4 被告人は、本件以前に、インターネットで「完全犯罪」、「老人 死亡」、「覚- 4 - 醒剤 過剰摂取」、「覚醒剤 死亡」、「遺産相続」などの検索等をしていた。 すなわち、老人であるAを完全犯罪により死亡させること、覚せい剤の過剰摂取によりAを死亡させて遺産を相続することを意識し、これに関係する検索をしていた。 5 被告人は、平成30年4月7日に致死量を超える3グラム程度の覚せい剤を注文し、これを入手したか、少なくとも入手しようとした。この際、注射器は断ったこと、被告人自身は覚せい剤を使用しないことなどからすれば、被告人が覚せい剤を入手しようとした目的は、Aを殺害するためと考えるのが自然である。 6 被告人は、Aの死亡後、「殺人罪 時効」、「自白剤」など捜査に関する検索等をしたり、友人に対して警察の捜査に協力しないよう依頼したりした。 7⑴ Aが覚 を殺害するためと考えるのが自然である。 6 被告人は、Aの死亡後、「殺人罪 時効」、「自白剤」など捜査に関する検索等をしたり、友人に対して警察の捜査に協力しないよう依頼したりした。 7⑴ Aが覚せい剤を摂取した時間帯にその場にいなかった第三者による他殺の可能性は考えられない。 ⑵ Aは、毛髪から覚せい剤は検出されず、注射痕もなかったこと、インターネットは使えず、携帯電話等を捜査しても覚せい剤を入手した形跡はなく、周辺人物についても覚せい剤との関与を具体的に疑わせる事情はないこと、健康に気を遣い、身体への負担を考えて勃起不全治療薬すら飲まない旨の言動をし、覚せい剤を毛嫌いしていたことなどからして、従前から覚せい剤を使用していたとは考えられず、本件当時、覚せい剤を入手していたとも、入手できたとも考えられない。直後に警察官が臨場した際、現場で、覚せい剤が入っていたと思われる容器等は発見されていないこと、推定される摂取量が乱用者の一般的な使用量の約60倍以上と極めて多量であること、Aが本件当日に覚せい剤を使用する理由も見当たらないことなどからしても、Aが、量の間違いを含む事故により致死量の覚せい剤を摂取して死亡したとは考えられない。また、Aの本件当日以降の予定や当時の言動などからして、自殺をするためにあえて致死量の覚せい剤を摂取したとも考えられない。 8 以上の各事情を総合すれば、本件は他者がAに覚せい剤を摂取させた他殺事件- 5 - であり、その犯人は被告人以外にあり得ない。 第5 争点に対する当裁判所の判断(以下、日付は平成30年のものを指す。)1 判断の骨子次項以下に詳述するとおり、本件当日の状況や被告人とAの当時の関係性からすると、被告人が、本件当日、Aに覚せい剤を摂取させて殺害することは可能であったと考えられる を指す。)1 判断の骨子次項以下に詳述するとおり、本件当日の状況や被告人とAの当時の関係性からすると、被告人が、本件当日、Aに覚せい剤を摂取させて殺害することは可能であったと考えられる。そして、被告人が、A方で生活し始めた後の4月7日に密売人に覚せい剤を注文し、代金と引き換えに密売人から覚せい剤様の物を受け取っていることは、被告人がAに覚せい剤を摂取させたことを疑わせる事情といえ、検察官が指摘するヘルスケアアプリの記録は、被告人が本件当日、Aと2人きりでA方にいた間に、少なくとも普段とは異なる行動をとっていたことを疑わせるものといえる。しかしながら、被告人が4月7日に密売人から渡された物が覚せい剤であったとは言い切れないことや、証拠上認定できるAが覚せい剤を摂取した時刻には幅があり、被告人が1階と2階を行き来していた時間帯に、Aがどのような状態で、2階のどこにいたかなどは不明であることも併せ考えると、前記の事情から直ちに被告人が実際にAに覚せい剤を摂取させたとまで推認することはできず、このことは、検察官が指摘する、事件前後の被告人のインターネット上の検索履歴等を併せ考えても変わらない。さらに、被告人による殺害以外の可能性が否定できるかという観点から検討しても、被告人以外の第三者による他殺の可能性や、自殺の可能性はないといえるが、Aが覚せい剤を誤って過剰摂取した可能性は、ないとは言い切れない。 結局、被告人がAに覚せい剤を摂取させて殺害したことについては、合理的な疑いが残る。 2 被告人の犯行可能性について⑴ 被告人は、Aが覚せい剤を摂取した可能性のある本件当日午後4時50分頃から午後8時頃までの間、A方でAと一緒におり、2人きりであった。この間、夕食時に同席したり、Aの寝室等がある2階に上がったりしている。 - が覚せい剤を摂取した可能性のある本件当日午後4時50分頃から午後8時頃までの間、A方でAと一緒におり、2人きりであった。この間、夕食時に同席したり、Aの寝室等がある2階に上がったりしている。 - 6 - また、被告人は、インターネットを利用するなどして覚せい剤を入手することが可能であった。 ⑵ そこで、このような状況を前提に、さらに、被告人が現実にAに覚せい剤を摂取させることができたかについて検討すると、まず、覚せい剤は苦味があるから、覚せい剤を食べ物や飲み物に密かに混ぜる方法により、本人に気付かれることなく致死量の覚せい剤を摂取させることは困難であるようにも思われる。 もっとも、Aは、日頃から夕食時にビールを飲む習慣があり、本件当日もビールを飲んだと認められるところ、ビールであれば、それ自体に苦みがある上、口の中でゆっくり味わって飲む類の物ではないこと、ビールに覚せい剤を混ぜると泡が立ち、また、覚せい剤を完全に溶かすためには多数回のかくはんを要するという実験結果はあるものの、混ぜる量によっては、溶け残りがあっても致死量の覚せい剤を摂取させることは可能であると考えられるから、妻として食事に同席していた被告人であれば、お酌を申し出てうまく勧めるなどして、このような方法で覚せい剤を密かに飲ませることが不可能であったとまではいえない。 また、少し苦いがよく効くサプリメントであるなどと偽った上で、ビールに混ぜて飲ませることも可能であったと考えられる。 さらに、カプセルを使って摂取させることが現実的に可能であったかについてみると、覚せい剤の量を控えめに1.8グラムとして考えても、一般に使われる飲みやすいサイズのカプセルに詰めると相当多い個数になると考えられるが、人がサプリメントなどを飲む場合に一度に飲むことがあり得 みると、覚せい剤の量を控えめに1.8グラムとして考えても、一般に使われる飲みやすいサイズのカプセルに詰めると相当多い個数になると考えられるが、人がサプリメントなどを飲む場合に一度に飲むことがあり得ない数量になるとまでは考えられず、被告人であれば、前同様にうまく勧めて飲ませることがおよそ不可能とまではいえない。 ⑶ 以上によれば、被告人が現実にAに覚せい剤を摂取させることは一応可能であったといえる。 - 7 - 3 本件当日の被告人の行動について⑴ 被告人のスマートフォンのヘルスケアアプリの記録によれば、被告人は、本件当日、Aが覚せい剤を摂取したと考えられる午後4時50分頃から午後8時頃までの間に少なくとも8回、Aの寝室のある2階に上がったと認められる。 このうち、特に午後6時45分から午後7時53分の間に7回の階層上昇記録があること(捜査官の実験結果によれば、記録された時刻は、実際の上昇より最大15分遅い可能性はあるが、その範囲内では実際に2階に上がったものと考えられる。)は、検察官が指摘するとおり、他の日には見られない行動であり、具体的な記憶はないが、単に普段どおり2階に置いてある私物を取りに行くなどしただけである旨の被告人の供述は、直ちに信用できるものではない。 ⑵ もっとも、ヘルスケアアプリの記録から、被告人が2階に上がった際に実際に何をしていたのかを推測することはできず、被告人は平素からAの寝室で過ごすこともあり、私物が置いてあったことも事実であるから、被告人が、Aの死亡とは無関係な理由で1階と2階を行き来していた可能性も否定はできない。 そして、推定されるAの覚せい剤摂取時期については、前記のとおり幅があり、被告人が1階と2階を行き来していた時間帯には、Aは、まだ覚せい剤を摂取していなかったか、摂取していて 定はできない。 そして、推定されるAの覚せい剤摂取時期については、前記のとおり幅があり、被告人が1階と2階を行き来していた時間帯には、Aは、まだ覚せい剤を摂取していなかったか、摂取していても未だ症状が現れていなかった可能性もあるから、その場合、2階に上がった際のAの様子が特に被告人の印象に残らなかったということも十分考えられる。 さらに、Aの症状の大まかな現れ方としては、まず不穏状態や異常な行動などが現れ、血中の覚せい剤成分の濃度が上がっていくと、意識がもうろうとしてきて、けいれんも生じ、その後、循環虚脱に陥って死亡するに至るが、どの時期にどの症状が現れるかは断定できないというG供述も踏まえると、被告人が1階と2階を行き来していた時間帯にAに既に症状が現れ始めていたとしても、それが具体的にどのような症状であったかは明らかではないし、被告人- 8 - が2階に上がった時点で、Aが、脱衣場など被告人の目に入らない場所にいた可能性もあるから、被告人が、Aの異変に気付かず、自分が2階に上がった時点でAがどこで何をしていたか覚えていないということが、およそあり得ないとまではいえない。 そもそも、仮に被告人がAの異変に気付いていながら気付かなかったと嘘を言っているのだとしても、そのことをもって、被告人がAに覚せい剤を摂取させたと直ちに推認できることにもならない。 4 動機について⑴ 被告人は、Aが死亡すれば、妻として直ちに億単位の遺産を相続することができる上、月々の手当を得るためにAの希望にある程度合わせて生活する必要もなくなるという状況に置かれていた。被告人が、もともと専ら財産目的でAとの結婚に応じたことを自認していることからしても、このような事情は、Aを殺害する動機となり得る事情である。 ⑵ もっとも、検察官 くなるという状況に置かれていた。被告人が、もともと専ら財産目的でAとの結婚に応じたことを自認していることからしても、このような事情は、Aを殺害する動機となり得る事情である。 ⑵ もっとも、検察官が指摘する、離婚に関するAの言動等については、本件当日に至るまでのAの一連の実際の行動等に照らし、被告人に妻として自分の意に沿う行動をとらせるための手段であったとみることもできるのであって、本件当時、離婚や月々の現金支給の打ち切りのおそれが現実化していたとは認められない。検察官が指摘するアダルトビデオの件についても、未だAにこの件が知られていたわけではないし、被告人が、Aがこの件を知った場合に自身に及ぶ経済的な不利益を検察官が主張するほど重大視していたとも限らない。 ⑶ 以上のとおり、被告人が本件当時に置かれていた具体的な状況に照らせば、被告人には、Aの死亡により多額の遺産を直ちに相続できるなどAを殺害する動機になり得る事情があったとはいえるが、そのこと自体から直ちに、被告人がAを殺害したことが強く推認されるものではない。 5 本件以前の検索等について⑴ 被告人は、検察官が指摘する範囲でいえば、1月から3月にかけて、インタ- 9 - ーネットの検索サイトや動画サイトで「完全犯罪」、「老人 死亡」、「老人完全犯罪」といった検索をするなどしているが、これらはAの殺害を計画していなければ検索することがあり得ないようなものとはいえない。 ⑵ また、被告人は、4月7日の午後8時頃以降、「覚醒剤」、「覚醒剤 過剰摂取」、「覚醒剤 死亡」といった検索をするなどしているところ、これらはこの日に覚せい剤を注文したことに関連したものと考えられるが、同様に、覚せい剤によるAの殺害を計画していなければ検索することがあり得ないようなものとはいえない。 するなどしているところ、これらはこの日に覚せい剤を注文したことに関連したものと考えられるが、同様に、覚せい剤によるAの殺害を計画していなければ検索することがあり得ないようなものとはいえない。 ⑶ 以上のとおり、被告人による本件以前の検索等は、それ自体、被告人がAの殺害を計画していたことを推認させる行動とはいえない。 6 被告人による覚せい剤の注文等について⑴ まず、被告人が注文した覚せい剤の数量について検討する。 ア 被告人と電話で直接話して注文を受けたDは、数量は3グラムで、代金は15万円であった旨供述し、Dと一緒に配達に来て被告人に品物を渡したEは、Dから注文の内容を伝えられていたことを前提に、数量は4グラムか5グラムで、代金は10万円か12万円だったと思う旨供述する。Dの前記供述は、供述経過や供述態度に照らし、必ずしもそのまま信用できるものではなく、Eの供述も、記憶の正確性については留意する必要があるが、両者の供述は、掲示板に掲載していた売却単位の最も多い量である1グラム単位の注文で、1グラムきりではなく、複数グラムであり、パケも複数個あったという点では一致していること、Dらにおいて、覚せい剤として注文を受けた品物の数量を殊更に多く偽る理由はないこと、注文に係る覚せい剤が複数グラムであったとすれば、被告人が、覚せい剤自体の代金に急遽運転手を手配して田辺まで配達する経費等を上乗せした額として、少なくとも10万円を支払っていることとも整合的であることから、Dらの前記供述は、注文に係る覚せい剤の量が複数グラムであったという点においては信用できる。 - 10 - イ これに対し、被告人は、注文したのは1グラムだけであると述べるが、Dが、大阪から田辺への急な配達要請に応じる対価を含むとはいえ、覚せい剤1グラムの注文に対し、 信用できる。 - 10 - イ これに対し、被告人は、注文したのは1グラムだけであると述べるが、Dが、大阪から田辺への急な配達要請に応じる対価を含むとはいえ、覚せい剤1グラムの注文に対し、掲示板に表示していた覚せい剤自体の代金2万8000円に7万円以上を上乗せした金額を提示し、被告人もこれを承諾したというのは相当不自然である。 したがって、被告人の供述を踏まえても、D及びEの供述の信用性に関する前記判断は揺るがない。 ウ そうすると、被告人が注文した覚せい剤の数量は、1グラムだけではなく、複数グラムであったと認められる。 ⑵ 次に、被告人がEから受け取った品物が覚せい剤であったと認められるかについて検討する。 ア Dは、4月7日当時は、自分には覚せい罪を入手できるルートはなく、Eと一緒に覚せい剤として売っていたのは、全て自分が用意した氷砂糖を砕いたもので、Eを通じて被告人に交付したのも氷砂糖であった旨供述する。これに対し、Eは、当時Dと一緒に売っていたのは本物の覚せい剤であり、4月7日に被告人に渡した品物は、多分Dが用意したものだったと思うが、E自身も、パケ入りの封筒を被告人に渡す前に、封筒の中身を直接見て確認しており、中身は本物の覚せい剤だった旨供述する。 イ まず、Dの前記供述についてみると、Dは、交付した物が覚せい剤である旨証言すれば自らが処罰される可能性があり、虚偽供述をする理由がある。 その供述内容をみても、E宅で被告人からの注文の電話を受けた後、氷砂糖入りのパケなら近所で材料を調達して容易に用意することができるのに、わざわざ警察の内偵が入っていると認識していた自宅まで赴き、交際相手に砕いた氷砂糖が入ったパケを取りに行かせた上に、氷砂糖が入っているに過ぎないパケを、指紋を消すためわざわざ拭いてからEに渡した 、わざわざ警察の内偵が入っていると認識していた自宅まで赴き、交際相手に砕いた氷砂糖が入ったパケを取りに行かせた上に、氷砂糖が入っているに過ぎないパケを、指紋を消すためわざわざ拭いてからEに渡したと述べるなど、信用性に疑問を抱かせる点があり、直ちにこれを信用することはできない。 - 11 - ウ 他方、Eの供述は、内容に取り立てて不自然な点はなく、Eが、実際には覚せい剤として氷砂糖を売ったにすぎないのに、被告人に交付したのは本物の覚せい剤であるとあえて嘘を言う理由も見当たらないから、Eの前記供述は、少なくとも自分の記憶や認識に基づいてありのままを述べたものと考えられる。 もっとも、Eは、DとEの覚せい剤の入手先は同じではなく、E自身は、Dが被告人に渡した覚せい剤をどこから入手したのかは知らないとも述べていること、Eは、被告人に渡した封筒の中身を目視で確認したに過ぎないところ、Eの供述中、覚せい剤と氷砂糖は、結晶の状態であれば割れ方の特徴などから容易に識別できるという点は信用できるとしても、被告人に渡した覚せい剤については、車から降りて被告人との待ち合わせ場所に向かう途中、暗い路上で携帯電話の明かりで照らして見たというEが述べる視認状況に照らし、Eにおいて本物であるかどうかを確実に識別できたかどうかについては、疑問が残る。 エ 以上によれば、被告人がEから受け取った品物は、覚せい剤であった可能性はあるものの、氷砂糖であった可能性も否定できず、間違いなく覚せい剤であったとは認定できない。 ⑶ ところで、被告人は、4月7日に覚せい剤を注文した理由等について、3月下旬頃にA方に滞在し始めて以降、Aの求めに応じて陰茎を触ってあげたが勃起しないことが何回か続き、そうしたところ、4月1日頃にAから「もう駄目だから覚醒剤を買ってきて を注文した理由等について、3月下旬頃にA方に滞在し始めて以降、Aの求めに応じて陰茎を触ってあげたが勃起しないことが何回か続き、そうしたところ、4月1日頃にAから「もう駄目だから覚醒剤を買ってきてくれませんか」と言われ、冗談だと思って「お金くれたらいいよ」と冗談で返したところ、現金20万円を渡されたのでそのまま受け取り、自分の預金口座に入金した、4月7日になって、Aに「あれどうなった」と言われて冗談ではなかったと思い、その日のうちにインターネット上の掲示板を探して覚せい剤を注文し、密売人から受け取った品物は、同月8日の夕方にAに渡したが、翌日、Aから、「あれ使いもんにならん」、「偽もん- 12 - や」、「もうおまえには頼まん」などと言われた旨供述する。 しかし、Aが、覚せい剤と関わりがあるわけでもない被告人に突然覚せい剤の入手を依頼するとは考え難い上、覚せい剤の購入資金として渡された現金を、実際に覚せい剤を手配する気もないのに、Aの真意を確認することもなくそのまま受け取り、その後、Aに「あれどうなった」と一言言われるや、一転して、特に躊躇することなくインターネットで探した密売人から対面取引の方法で違法薬物である覚せい剤を購入することにし、その日のうちにこれを実行したという一連の経緯も相当不自然である。被告人の供述中、4月1日頃にAから20万円を受け取ったという点に関しては、供述に対応する入金履歴があることから疑いはないが、被告人の供述によれば、この時期は、被告人が3月下旬頃にA方に来た後、Aから、Aの費用負担で田辺で自動車教習所に通うことを提案され、急遽、当面の間、A方で生活することになったという時期であるから、この20万円は、被告人がA方で生活を始めるに当たり身の回りの品を整える費用等として渡されたものとも考えられる。 通うことを提案され、急遽、当面の間、A方で生活することになったという時期であるから、この20万円は、被告人がA方で生活を始めるに当たり身の回りの品を整える費用等として渡されたものとも考えられる。これらのことを踏まえると、Aの依頼に基づいて覚せい剤を注文し、受け取った品物をAに渡したという被告人の前記一連の供述は信用できない。 ⑷ 以上をまとめると、被告人は、4月7日に覚せい剤を注文したことまでは認めることができるが、他方で、この注文によって本物の覚せい剤を入手したとまでは認められない。 7 本件後の検索等について⑴ 被告人は、本件後、「殺人罪 時効」、「自白剤」、「殺人 自白なし」などの検索をしている。しかし、「自白剤」、「時効」といった語は、自身が殺人の犯人として疑われていることによる不安から、あるいは単なる関心から検索することもあり得るのであって、これらの検索も、Aを殺害していなければあり得ない行動とはいえない。 ⑵ また、被告人は、Aの死が報道された後、警察が捜査のため被告人の友人ら- 13 - の下を訪れそうになった際、友人らに対し、警察に被告人のことを話さないことなどを依頼している。しかし、警察から殺人の容疑者と目されていた上、Aの死に関して、妻である被告人のことも広く報道されていたなどの当時の状況からすれば、被告人がAを殺害していないとしても、警察やマスコミに自身に関する余計な情報が伝わるのを避けたいと考えてこのような依頼をすることは十分あり得る。 ⑶ 以上のとおり、被告人による本件後の検索等も、それ自体、被告人がAを殺害したことを推認させる行動とはいえない。 8 被告人以外の第三者による殺人の可能性が否定できるかについて⑴ まず、Cについては、Aとは旧知の間柄であって、Aに対し殺意を抱くような Aを殺害したことを推認させる行動とはいえない。 8 被告人以外の第三者による殺人の可能性が否定できるかについて⑴ まず、Cについては、Aとは旧知の間柄であって、Aに対し殺意を抱くような事情は何ら認められない。Aが覚せい剤を摂取したと考えられる時間帯は、いつものようにCの妹方で過ごしていてA方にはいなかったことからも、CがAに致死量の覚せい剤を摂取させて殺害したとはおよそ考えられない。 ⑵ その他の人物による殺害の可能性についてみても、仮にAに対し殺意を持つ人物がいたとしても、そのような人物が、自分がいない場所で致死量の覚せい剤を摂取させてAを殺害することを企て、これを実行できたとは到底考えられない。 ⑶ したがって、被告人以外の第三者による殺人の可能性は否定できる。 9 A自身による使用の可能性が否定できるかについて⑴ まず、Aが自殺するためにあえて致死量の覚せい剤を使用した可能性について検討すると、Aは、5月6日に愛犬のIが急死したことで、しばらくの間、かなり落ち込んでいたことは認められる。しかし、Aは、本件当時は、6月に著名人を含む多数の招待客を招いて盛大にIのお別れパーティを開催することを自ら企画し、本件当日も、普段どおり仕事をこなした上、夕方まで、お別れ会に招いていた新たな交際相手に交通費等を送金させたり、電話で関係者にお別れ会の段取りを念押ししたりして過ごしていたことからすれば、Aが、本- 14 - 件当日に自殺を企てたということ自体がおよそ考えられない。 ⑵ 次に、Aが自殺以外の目的で覚せい剤を使用した可能性について検討する。 ア まず、Aの遺体の毛髪からは覚せい剤成分は検出されておらず、全身に注射痕がなかったことなどからして、Aが本件以前から覚せい剤を常用していたとは考えられない。 た可能性について検討する。 ア まず、Aの遺体の毛髪からは覚せい剤成分は検出されておらず、全身に注射痕がなかったことなどからして、Aが本件以前から覚せい剤を常用していたとは考えられない。 また、Bの従業員らによれば、Aはインターネットを使うことができず、自らインターネット上の掲示板などで覚せい剤を入手することができたとは考えられない。 もっとも、Aは、人脈も行動範囲も相当に広く、経済的な余裕も十分あったから、他者に依頼して覚せい剤を入手することなどは可能であったと考えられ、およそ覚せい剤を入手すること自体が不可能であったとまでは考えられない。 イ そこで次に、Aの死亡が確認された後、A方で、覚せい剤が入っていたと思われるパケ等が発見されていない事実から、事故死の可能性を否定できるかについて検討する。 本件当日午後11時過ぎ頃に警察官が臨場した際、Aの遺体の検視結果から薬物による死亡の可能性が疑われたことから、環境調査として2階に覚せい剤のパケやこれに関連する物品がないかの調査が行われているが、事故死であれば現場に残されていると思われる覚せい剤のパケ等は発見されなかった。また、5月26日及び同月29日にはA方の捜索が行われたが、この時にも覚せい剤のパケ等は発見されなかった。 しかし、本件当日の環境調査では、1階でどのような調査が行われたかは不明であり、Cが午後8時7分頃に外出先から戻ってきた後すぐに居宅内から玄関先に出したごみ袋の中に何が入っていたかは明らかでない。そして、Aが仮に自宅で覚せい剤を自己使用したとすれば、普段過ごしている2階で使用する蓋然性が高いとはいえるものの、1階で覚せい剤を使用する可能性- 15 - もないとはいえず、また、2階で覚せい剤を使用した後、Cが掃除に入った際に見つからない 普段過ごしている2階で使用する蓋然性が高いとはいえるものの、1階で覚せい剤を使用する可能性- 15 - もないとはいえず、また、2階で覚せい剤を使用した後、Cが掃除に入った際に見つからないよう、空になったパケ等を1階のごみに紛れ込ませるなどということも、あり得ないとはいえない。 そうすると、事件当日の環境調査の際に行われた2階での調査で見落としがなかったことを前提としても、A方で空のパケ等が発見されていない事実から、直ちに、Aが本件時に自ら覚せい剤を使用した可能性を否定することはできない。 ウ ところで、Bの従業員や前の妻などAの身近にいた者らは、一致して、Aは健康に非常に気を遣っており、喫煙もせず、覚せい剤については、芸能人の覚せい剤使用に関するテレビ報道に接した時などに、覚せい剤使用者を軽蔑する発言をするなどしていたし、薬物の使用を疑わせるような状態や行動を見たこともなく、自分で覚せい剤を使用するとは考えられない旨供述している。そして、前記アのとおり、客観的な証拠からもAが覚せい剤を常用していたとは考えられない上、Aに、本件以前に覚せい剤を使用した経験があったのであれば、本件当日に通常の使用量を大幅に超える致死量の覚せい剤を誤って摂取するなどということはおよそ考えられないことからすれば、高齢であるAが、本件頃、覚せい剤を使用しようと考えることは、いささか唐突で不自然な感があることは否めない。 しかし、被告人とAが結婚した後もAに呼ばれてA方に赴き、性的関係を持っていたというJは、Aと被告人が結婚した2月8日以降、自らがAと最後に会った5月2日までの間に、Aから電話がかかってきて、いきなり「覚醒剤やってるで、へへへ」と言われ、「頭おかしいんじゃないの」などと応答すると、さらに「やってるで」と言われて電話を切られ Aと最後に会った5月2日までの間に、Aから電話がかかってきて、いきなり「覚醒剤やってるで、へへへ」と言われ、「頭おかしいんじゃないの」などと応答すると、さらに「やってるで」と言われて電話を切られたという出来事があった旨供述する。この発言については、Jによれば、電話で突然意味不明なことを言ってくることが他にもあったというAが、たまたま、何かをきっかけにこのような冗談を言っただけである可能性も十分ある。しかし、冗談- 16 - であっても何の背景事情もなくこのような発言をするとは考えられないところ、その事情が分からない中、Aが、この出来事に近い時期(Jは、弁護人の反対尋問に対し、捜査段階では、前記の出来事があった時期を4月の終わり頃以降と話していたことを認めている。)に実際に覚せい剤を摂取して死亡していることからすれば、前記の発言を一概に冗談と決め付けることはできない。Aが高齢であることや、周辺の人物が述べるAの人物像等を踏まえてもなお、当時、Aが何らかのきっかけで覚せい剤の薬理効果に関心を抱き、その入手を誰かに依頼したり、既に入手したりしていたことからそのような発言をした可能性を完全に否定できるかには、疑問が残るといわざるを得ない。 エ そして、Aが覚せい剤の用法や1回当たりの使用量についてどの程度の知識を有していたかは明らかでないことからすると、覚せい剤の量や梱包状況などによっては、初めて覚せい剤を使用するAが、誤って1.8グラム以上の覚せい剤を一度に摂取した可能性もまた、完全に否定することはできない。 オ 以上のとおり、Aが自殺以外の目的で覚せい剤を使用し、その際に誤って致死量を摂取した可能性は否定できない。 10 総合評価以上で検討してきたところを踏まえて総合評価すると、被告人が、本件時にAに致死量を超える覚 以外の目的で覚せい剤を使用し、その際に誤って致死量を摂取した可能性は否定できない。 10 総合評価以上で検討してきたところを踏まえて総合評価すると、被告人が、本件時にAに致死量を超える覚せい剤を摂取させることは一応可能であり、被告人が、本件に先立ち、インターネット上の掲示板を使って致死量を超える覚せい剤を注文し、現実に密売人と対面して代金と引き換えに品物を受け取ることまでしていること、本件当日、A方でAと2人きりでいた時間帯のうち、1時間余りの間に集中して繰り返し2階と1階を行き来するという普段と異なる行動をとっていること、さらに、被告人には、Aの死亡により多額の遺産を直ちに相続できるなどAを殺害する動機になり得る事情があったことは、被告人がAに覚せい剤を摂取させて殺害したのではないかと疑わせる事情であるものの、これらの事情を検察官- 17 - が指摘する被告人の検索履歴等と併せ考慮しても、被告人がAを殺害したと推認するに足りない。さらに、消去法で検討しても、Aが本件時に初めて覚せい剤を使用し、その際に誤って致死量を摂取して死亡した可能性については、これがないとは言い切れない。 第6 結論よって、本件公訴事実については犯罪の証明がないから、刑事訴訟法336条により、無罪の言渡しをする。 (求刑:無期懲役)令和6年12月12日和歌山地方裁判所刑事部裁判長裁判官 福 島 恵 子 裁判官 佐 藤 智 彦 裁判官 森 谷 拓 朗

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