主文 本件控訴を棄却する。 理由 第1 事案の概要及び控訴の趣意(略称は,基本的に原審のそれに従う。)本件は,被告人が,平成28年5月24日の昼間に,当時の被告人方で,長男であるA(生後約3か月)の身体を激しく揺さぶるなどの方法により頭部に衝撃を与える暴行を加え,よって,回復の見込みのない重症心身障害の後遺症を伴う急性硬膜下血腫等の傷害を負わせたとされる事案であるところ,原判決は,被告人が上記暴行を加えたと認めるには合理的疑いが残るとして,被告人を無罪とした。 検察官の控訴趣意は訴訟手続の法令違反及び事実誤認の各主張である。 第2 訴訟手続の法令違反の主張について 1 検察官の主張の概要検察官は,原審裁判所が,検察官が証拠調べ請求したB医師作成の鑑定書(原審甲第22号証)及び同医師の証人尋問(同第23号証)について,刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」なしとして却下した措置に,同項の解釈適用の誤りがある上,有罪無罪の結論が変わる蓋然性が高い上記各証拠を職権証拠調べ(刑訴法298条2項,316条の32第2項)しなかった点で,審理不尽の違法があり,これらの訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。 2 刑訴法316条の32第1項の解釈,適用の誤りをいう点について⑴ 原裁判所の判断の概要原判決は,上記各証拠について刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」なしとして却下した理由について,概要,以下のような判断を示した。 ア検察官は,弁護人による「脳深部静脈血栓症には外傷性のものがあり,ソファーからの落下による頭部打撲によっても発生し得る」との主張が公判前整理手 について,概要,以下のような判断を示した。 ア検察官は,弁護人による「脳深部静脈血栓症には外傷性のものがあり,ソファーからの落下による頭部打撲によっても発生し得る」との主張が公判前整理手続終了後になされたので,この点について新たに専門家の意見を求める必要が生 じた,という。しかし,脳浮腫の原因が脳深部静脈血栓症であり,それがソファーからの落下による頭部外傷によって生じ得るとの弁護人の主張は,公判前整理手続においてもなされていたから,検察官は,上記各証拠を公判前整理手続終了までに請求するべきであり,それをすることはできたといえる。 イ検察官は,上記各証拠により新たに判明した事実として,「斜台部後面(延髄部の近傍)に血腫がある」ことも立証するという。しかし,この点は揺さぶり行為があったことを根拠付ける脳の損傷の有無・内容・程度という検察官立証の核心に関わる事柄だから,上記血腫の存在等を立証する証拠は公判前整理手続終了までに請求するべきであり,それをすることはできたといえる(検察官は,捜査段階及び起訴後の公判前整理手続段階で,揺さぶり行為によって脳に損傷が生じたとの見立ての下に,内科医であるC医師のほか放射線科の専門医にも意見を求めたが,上記各証拠で指摘された血腫の存在等は判明しなかったというけれども,上記結論を左右する事情たり得ない。なお,上記各証拠の内容を踏まえても,視床,大脳基底核,脳幹全体の顕著な低吸収化,視床の顕著な腫脹といったAのCT画像上の特異な所見を揺さぶり行為によって説明するのは困難と考えられる。)。上記各証拠を取り調べる必要性は小さいといえる。 ウ以上に加えて,審理経過,上記各証拠の証拠調べ請求の経緯(本件起訴が平成29年6月14日,最後の公判前整理手続 るのは困難と考えられる。)。上記各証拠を取り調べる必要性は小さいといえる。 ウ以上に加えて,審理経過,上記各証拠の証拠調べ請求の経緯(本件起訴が平成29年6月14日,最後の公判前整理手続期日が令和元年9月12日,脳の傷害等について,C医師を同年11月25日,脳神経外科の専門医であるD医師を同年12月13日に証人尋問した後,令和2年3月13日に原審甲第22号証が,同月17日に原審甲第23号証が唐突に証拠調べ請求された。)も併せ考えると,本件事案の重大性,上記各証拠の証拠価値(上記のとおり,かかる証拠の内容を踏まえても本件の結論は揺るがないと考えられる。)を踏まえても,上記各証拠調べ請求は刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」がない。 ⑵ 当裁判所の判断上記のような原判決の判断は相当であり,当裁判所としても是認できるものであ る。検察官の主張に関し,補足して説明する。 ア原審弁護人の主張変更への対応の必要性をいう点について 検察官は,原審弁護人が,公判前整理手続で「ソファーからの落下によって生じ得る」と主張していたのは,硬膜下血腫についてであり,びまん性脳浮腫については,「内因性の病変である脳深部静脈血栓症が引き起こした」と主張していたところ,同手続終了後に脳神経外科医であるD医師の追加鑑定書(原審弁第19号証)を証拠調べ請求するにあたり,「Aにびまん性脳浮腫を引き起こしたのが外傷性の脳深部静脈血栓症であり,ソファーからの落下という偶発的な外力で生じ得る」と主張を変更したため,検察官として,新たに脳神経外科医であるB医師らの専門家から意見聴取した上,同医師らの鑑定書等を証拠として請求するなどし,脳深部静脈血栓症が内因性の病変として生じた可能性を否定 と主張を変更したため,検察官として,新たに脳神経外科医であるB医師らの専門家から意見聴取した上,同医師らの鑑定書等を証拠として請求するなどし,脳深部静脈血栓症が内因性の病変として生じた可能性を否定するのみならず,ソファーからの転落という偶発的な外力で同血栓症が生じたという可能性をも否定する必要が生じた,という。 しかし,原審第12回公判前整理手続期日調書の該当部分をみると,原審弁護人による本件各傷害(①急性硬膜下血腫,②脳実質損傷,③びまん性脳浮腫,④網膜出血)の発生機序に関する主張は,①ないし④の各傷害の機序についての主張の冒頭に,「上記各傷害は揺さぶり行為等によって生じたのではない。揺さぶり行為等によっては上記各傷害は生じ得ない。低位落下(本件当日又は本件の3週間くらい前のソファーからの落下)によって生じた可能性がある」旨が,そして,個別の傷害に関する部分において,「③びまん性脳浮腫は,脳深部静脈血栓症又は低酸素性虚血性脳症によって生じたものである」と記載されており,原審弁護人は,びまん性脳浮腫についてもその原因がソファーからの落下である可能性を主張した上で,その機序として脳深部静脈血栓症又は低酸素性虚血性脳症によるものであることを主張していたことがその記載に照らして明らかである(更に公判前整理手続の経緯を詳しくみても,検察官がいうように,びまん性脳浮腫が「脳深部静脈血栓症又は低酸素性虚血性脳症によって生じた内因性のもの」と原審弁護人が主張した ことはない。一貫して,検察官が主張するような「揺さぶり行為等を原因とする外傷性のびまん性脳浮腫」の存在を争って上記主張をしていたものである。)。 したがって,検察官としては,D医師の追加鑑定書が提出される以前から,上記のような公判前 うな「揺さぶり行為等を原因とする外傷性のびまん性脳浮腫」の存在を争って上記主張をしていたものである。)。 したがって,検察官としては,D医師の追加鑑定書が提出される以前から,上記のような公判前整理手続における原審弁護人の主張を踏まえて,本件各傷害について自らが主張するような発生機序で生じたこと,すなわち,原審弁護人が主張するような「低位落下によって生じた可能性」が合理的な疑いでないことを立証する責務を負っていたのであり,そのためには「脳深部静脈血栓症が内因性の病変として生じた可能性を否定するのみならず,ソファーからの転落という偶発的な外力を原因として同血栓症が生じたという可能性をも否定する」必要が当然にあったものであるから,原審弁護人の主張変更への対応の必要性をいう検察官の主張は採用できない。 加えて,この検察官による証拠調べ請求は,証拠調べの結果を踏まえて,公判前整理手続において確認された主張・立証の構造を組み替えるためになされたものであり,公判前整理手続の趣旨に反するものといわざるを得ない。 すなわち,原審の審理は,平成29年6月14日の起訴後2年余の間行われた公判前整理手続を経て,検察官は,内科医であるC医師と小児眼科の専門医であるE医師の各所見に基づき,本件各傷害が揺さぶり等による暴行を原因として同各医師の所見による機序により生じたということを立証し,原審弁護人は,脳神経外科医であるD医師の所見に依拠して,原因及び機序に関する上記各医師の所見の信用性を弾劾し,本件各傷害が検察官の主張する原因(揺さぶり行為)とは異なる原因(低位落下等)で生じた可能性があることを立証するという主張・立証の構造が確認され,それに基づいて審理計画が策定されて,最終の公判前整理手続期日と同日の令和元年9月12日から令和2年1月29日 原因(低位落下等)で生じた可能性があることを立証するという主張・立証の構造が確認され,それに基づいて審理計画が策定されて,最終の公判前整理手続期日と同日の令和元年9月12日から令和2年1月29日まで合計5回の公判期日が重ねられたものである(C医師につき令和元年11月25日,D医師につき同年12月13日に証人尋問実施)。そのような中で,検察官は,令和2年3月13日になって脳神経外科医師であるB医師の鑑定書を証拠調べ請求し,同月17日の第7回公判期日で 同医師の証人尋問を請求したところ,同鑑定書の内容は,公判前整理手続で主張されていなかった「斜台後面の血腫の存在」を中核とするものであり,これは,C医師の所見に依拠していた検察官の主張・立証の構造を大きく変容させ,原審弁護人の争い方にも極めて大きい影響を与えるものといわざるを得ない。そして,上記公判前整理手続及びその後の証拠調べの内容を踏まえると,このような検察官の主張・立証の方針変更は,上記のとおり検察官がいうようなD医師の追加鑑定とそれに基づく弁護人の主張変更への対応とはいえないだけでなく,むしろ,C医師及びD医師の各証人尋問の結果を踏まえて(C医師については,証人尋問においてCT画像の誤読を指摘されてこれを認めざるを得ない場面などがあった。),従前の立証計画では立証が成功しない可能性があると判断して,C医師に替わる新たな専門家医師の知見を得て,自らの主張・立証の構造を組み替えるためになされたものとみざるを得ず,このような証拠調べ請求は,公判前整理手続の趣旨に反するものといわざるを得ない。 以上のように,原審弁護人の主張変更への対応の必要性を根拠に「やむを得ない事由」があるとの検察官の主張は採用できない。 イ証拠調べの必要性の大きさ 趣旨に反するものといわざるを得ない。 以上のように,原審弁護人の主張変更への対応の必要性を根拠に「やむを得ない事由」があるとの検察官の主張は採用できない。 イ証拠調べの必要性の大きさに関する主張について検察官は,B医師の鑑定意見が,その内容に照らし,揺さぶりなどの暴行事実の有無の認定など事件の結論を左右する重大な影響を与えるものであって,取調べの必要性が極めて高いことが明らかな証拠である,という。 検察官の主張は,真実解明の要請を根拠として,刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」があるというものと解される。しかし,同項が「やむを得ない事由」がある場合に限って証拠調べ請求ができることとした趣旨は,公判前整理手続における争点及び証拠の整理の実効性を担保することにあり,ときとして,真実解明の要請と矛盾することが当然に想定されている。したがって,検察官が主張するような真実解明の要請については,同項の「やむを得ない事由」の判断に当たって考慮すべき事情ではなく,同第2項の職権証拠調べの必要性に当たって考慮さ れる事情であると解されるから,この点に関する検察官の主張は失当である(原判決が,かかる結論への影響の可能性について「なお書」として指摘するにとどまっているのはその趣旨と解され,この点でも相当である。)。 ⑶ 小括したがって,刑訴法316条の32第1項の解釈,適用の誤りをいう検察官の主張には理由がない。 3 審理不尽(職権証拠調べ義務違反)の違法をいう点について⑴ 検察官の主張の概要検察官は,B医師の鑑定意見の重要性に鑑みれば,原審裁判所には,これを職権によって取り調べる義務があったのに,その義務を怠り,審理を尽くさない結果,事実認定を誤ったもので ⑴ 検察官の主張の概要検察官は,B医師の鑑定意見の重要性に鑑みれば,原審裁判所には,これを職権によって取り調べる義務があったのに,その義務を怠り,審理を尽くさない結果,事実認定を誤ったものであるから,審理不尽の違法があると主張する。 ⑵ 当裁判所の判断原審記録を検討しても,原審の訴訟手続に,検察官が主張するような審理不尽の違法は認められない。検察官の主張に関し,補足して説明する。 アまず,検察官は,本件は極めて高度な医学専門知識が必要とされる事案であり,原審公判廷で,検察官及び原審弁護人が請求した合計3名の医師の証人尋問が実施されているところ,公判前整理手続終了後に原審弁護人から出されたD医師の追加鑑定によって,外傷性の脳深部静脈血栓症が起こり得るのかなどについて検討することが必要不可欠となったという審理経過からすれば,中立性が確保されている脳神経外科医であるB医師の鑑定意見を取り調べることが必要であったにもかかわらず,原判決は,B医師の鑑定意見を却下し,3名の医師の専門性や経験の差異を重要な考慮要素として各証言の信用性を判断し,C医師とD医師の各証言の信用性について,専門が脳神経外科か否かを重視して判断したものであり,この判断は,審理を尽くしていないものといわざるを得ない,という。 しかし,D医師の追加鑑定書の請求により他の脳神経外科医の意見聴取の必要性が生じたなどとする検察官の主張が採用できないことは上記2⑵アのとおりである 上,原審裁判所が,C医師とD医師の各証言について,各医師の「専門が脳神経外科か否か」といった形式的な理由を重視して,その信用性を判断したものでないことは,原判決の説示に照らして明白であり,検察官の主張は原判決を正解しないものであるから,このよ ,各医師の「専門が脳神経外科か否か」といった形式的な理由を重視して,その信用性を判断したものでないことは,原判決の説示に照らして明白であり,検察官の主張は原判決を正解しないものであるから,このような検察官の主張は失当である。 次に,検察官は,本件において,B医師の鑑定を取り調べる必要性が高いことについて,以下のとおり主張する。 原判決は,判断の分かれ目となるびまん性脳浮腫が持つ意味について,「揺さぶり行為では視床・大脳基底核等の所見を説明できない。D医師のいう機序で脳深部静脈血栓症が生じ,呼吸停止に至った可能性がないとはいい切れない」といい,C医師の「揺さぶり行為で延髄・頚髄接合部が損傷し,その直上の延髄網様体の呼吸中枢が損傷し,呼吸停止が起き,呼吸停止によって低酸素性虚血性脳症も合併し,更に脳浮腫が進み,視床,大脳基底核の低吸収化が進んだ」旨の証言について,「Aにおいてそれが生じたことを示すCT画像上の所見はない」と断定して,その信用性を否定した。しかし,B医師の鑑定意見によれば,延髄近傍にある斜台後面の血腫が認められ,これは頸部を過伸展・過屈曲するような外傷により生じる特徴のあるものであることから,揺さぶり行為で呼吸停止が引き起こされたことを示すCT画像上の所見は実際に認められていた。したがって,B医師の鑑定意見の証拠調べを実施していれば,有罪無罪の結論が変わる蓋然性が高かったことは明らかであり,原審裁判所もこれを正しく認識できたと認められるから,B医師の鑑定意見につき,公判前整理手続終了後に証拠調べ請求をすることにやむを得ない事由があるとは認めがたいとして検察官の証拠調べ請求を却下するとしても,職権で採用して証拠調べをして審理を尽くすべきであって,職権証拠調べ義務があった。 そこで検討すると,公判前整 ない事由があるとは認めがたいとして検察官の証拠調べ請求を却下するとしても,職権で採用して証拠調べをして審理を尽くすべきであって,職権証拠調べ義務があった。 そこで検討すると,公判前整理手続を経た後に当事者から新たな証拠調べ請求がされた場合,これに「やむを得ない事由」がないとしても,裁判所が真実解明の観点から職権証拠調べをすることは妨げられていない(刑訴法316条の32第2項)。しかし,当初の証拠構造を変動させるような証拠調べが行われると すれば,反対当事者においてこれに対する新たな反証を検討する機会が必要となるのは当然として,場合によっては,その後,相当長期間の審理を要することとなってしまう可能性があるから,このような証拠調べは,刑訴法1条の趣旨に沿った適正かつ迅速な裁判を実現するために集中的で継続した審理を行うという公判前整理手続の趣旨を没却することになる可能性がある。したがって,裁判所が,公判前整理手続を経た事案において,当事者から「やむを得ない事由」がない新たな証拠調べ請求がなされた際に,これを職権で取り調べるかどうかについては,事案の軽重,当該証拠が結論に影響を及ぼす可能性(証拠価値),それまでの審理経過及び今後想定される相手方の対応と今後必要となる審理期間などの諸事情を踏まえた上で,裁量によって判断されるべきものであるところ,取り分け,検察官の当初の証拠構造を変動させるような有罪方向の証拠の取調べ(やむを得ない事由がないということは検察官に帰責性があることが前提となっている。)については,その裁量は謙抑的に行使されるべきものと解され,職権で取り調べないことが審理不尽とまで評価されるのは,従前策定された審理計画が変更されてなお相当期間の審理を要するとしても,実体的真実解明 ついては,その裁量は謙抑的に行使されるべきものと解され,職権で取り調べないことが審理不尽とまで評価されるのは,従前策定された審理計画が変更されてなお相当期間の審理を要するとしても,実体的真実解明の観点に照らし当該証拠を取り調べる要請が高いことが明白といえるような場合に限られるというべきである。 そのような観点から,B鑑定の証拠価値について検討すると,同鑑定は,概要,①Aの視床等の顕著な低吸収化等の所見はAが揺さぶり行為を受けたことと矛盾せず,②脳深部静脈血栓症では「脳幹部全体」の顕著な低吸収化等の説明がつかない上,③斜台後面の血腫等からAには頭部が強く前後屈する暴力行為が行われたものと強く推認される,というものであるところ,特に,上記③のみならず,①においても重要な意味を持つとされている「斜台後面の血腫」は,原審公判廷で証言したC医師もD医師も,また,検察官が,捜査段階及び公判前整理手続段階において,CT画像の読影を依頼しその意見を求めていた放射線科医も指摘しなかったものであるから,少なくとも,その内容が客観的で明確なものということはできず,証拠調べ請求段階で,これを中心とするB鑑定の証拠価値が極めて高いと評価すること はできない(検察官は,B医師が,その学識や専門性,臨床経験が豊富であり,また,虐待による乳幼児頭部外傷(AHT)の鑑別診断に関する研究を重ね,特に,AHTの発生機序における頸部損傷の重要性に着目し,CT画像の読影に当たっては,脳幹部の延髄部分の読影に注力し,その知見を有していたことから「斜台後面の血腫」が判明したものであるというが,同医師の人的特性から直ちにその判断が正当なものと結論付けることができないのは当然である。)。そして,かかる証拠を取り調べてその証拠価値を評価しよ ら「斜台後面の血腫」が判明したものであるというが,同医師の人的特性から直ちにその判断が正当なものと結論付けることができないのは当然である。)。そして,かかる証拠を取り調べてその証拠価値を評価しようとすれば,弁護人において新たに専門家の知見を得るなどして反対尋問の準備をするとともに,別の専門家証人の尋問による反証を検討する必要が生じることが当然に見込まれ,被告人の防御の利益を著しく害するとともに,更なる相当期間の審理が必要となるものであることは明らかである。これに,上記のような約3年にわたる原審の審理経過も併せ考慮すれば,事案の重大性を踏まえても,原審裁判所が,B医師の鑑定を職権により証拠調べしなかったことが,審理不尽に当たるとはいえない。 ⑶ 小括したがって,審理不尽の違法をいう検察官の主張にも理由がない。 第3 事実誤認の主張について 1 検察官の主張の概要検察官は,本件で,Aに認められる各傷害などの各間接事実を分断して個別に評価するのではなく,医師らの証言の信用性とそれに基づく医学的な関係各証拠を正しく評価した上,間接事実の推認力を総合的かつ合理的に検討すれば,被告人が,Aに対し,揺さぶるなどの暴行を加え,その結果,本件各傷害を負わせたことが優に認められるのに,原判決は,信用できる専門医らの意見を排斥し,信用性の認められないD医師の証言に依拠するなどしたことにより,個々の本件各傷害の受傷原因に関する判断・評価を誤った上,事実関係を分断して個別に評価することにより,Aの本件各傷害がソファーからの落下による脳深部静脈血栓症によって生じた可能性があり,被告人がAに揺さぶるなどの暴行を加えて傷害を負わせたと認めるには 合理的な疑いが残るなどと事実を誤認したものであって,かかる によって生じた可能性があり,被告人がAに揺さぶるなどの暴行を加えて傷害を負わせたと認めるには 合理的な疑いが残るなどと事実を誤認したものであって,かかる原判決の事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである,と主張する。 2 原判決の判断の要旨原判決の判断の要旨は以下のようなものである。 ⑴ Aは,本件当時生後3か月余であり,妊娠中,出生時,出生後1か月検診時を含めて異常を認められたことはなく,本件当日も,午前11時45分頃被告人方を出た被告人の母は異常を認めていないが,その後遅くとも同日午後3時36分頃(被告人が祖母に助けを求める電話をかけた時刻)までの間に被告人が異常を認め,午後4時33分頃に心肺停止の状態で病院に運び込まれた。Aは,回復の見込みのない,いわゆる植物状態の重症心身障害の状態となった。 ⑵ Aに生じた傷害の存在及び内容として,本件当日に撮影されたAの頭部CT画像とこれを踏まえたC医師及びD医師の各原審公判証言等によれば,①急性硬膜下血腫,②灰白質・白質剪断,③びまん性脳浮腫が認められ,本件3日後に撮影された眼底写真(原審甲第4号証)とこれを踏まえたE医師の原審公判証言によれば,④網膜出血(両眼に多層,多発,広範囲の出血。程度は重症で出血量はかなり多い。)が認められた。 ⑶ 検察官は,上記⑵の各傷害はAの頭部に回転性加速度減速度運動を繰り返し加える行為(揺さぶり行為)によって生じたという。他方,原審弁護人は,本件当日起きたソファーからの落下によって生じた可能性があるというが,被告人が原審公判廷で供述するようなソファーからの落下という出来事は,その内容や状況に照らし,あり得ないとはいい切れない。 ⑷ 上記⑵の各傷害の機序についてみると,まず,①Aに認 あるというが,被告人が原審公判廷で供述するようなソファーからの落下という出来事は,その内容や状況に照らし,あり得ないとはいい切れない。 ⑷ 上記⑵の各傷害の機序についてみると,まず,①Aに認められた程度の急性硬膜下血腫は,揺さぶり行為が加えられたことを積極的に裏付けるものとはなり得ず(C医師により,揺さぶり行為が加えられたことの有力な根拠とされていた小脳テント下の急性硬膜下血腫は,その存在が認められない。),ソファーからの落下によって生じた可能性が全くないとはいい切れない。次に,②C医師により揺さ ぶり行為が加えられたことの有力な根拠とされた灰白質・白質剪断は,CT画像上,本件当日よりかなり前に生じたものと認められる。また,③びまん性脳浮腫は,揺さぶり行為によって生じた脳実質損傷を原因として生じた可能性があると考えられるとしても,Aに脳実質損傷が生じたことを直接示す所見はなく,ソファーからの落下による頭部への衝撃によって発症した外傷性の脳深部静脈血栓症を原因として生じた可能性がないとはいい切れない。そして,④網膜出血は,揺さぶり行為により生じる可能性はあると考えられるが,ソファーからの落下による頭部への1回の衝撃で生じることがあり得ないとはいい切れない。 他方で,視床,大脳基底核,脳幹全体の顕著な低吸収化と視床の顕著な腫脹という特異な所見に照らすと,ソファーからの落下によって外傷性の脳深部静脈血栓症を発症し,呼吸停止(更に心肺停止)に陥り,低酸素性虚血性脳症も合併して,びまん性脳浮腫,網膜出血を生じたという機序が成立する可能性を否定しきれない。 したがって,Aの傷害が揺さぶり行為によって生じたと認めるには合理的疑いが残る。 3 当裁判所の判断⑴ 当裁判所の判断の結論 血を生じたという機序が成立する可能性を否定しきれない。 したがって,Aの傷害が揺さぶり行為によって生じたと認めるには合理的疑いが残る。 3 当裁判所の判断⑴ 当裁判所の判断の結論上記のような原判決の判断に,論理則,経験則等に照らして不合理な点は認められない。検察官の主張に関し,補足して説明する。 ⑵ 当審における検察官による事実取調べ請求について(前提)ア当審において,検察官は,原審における主張に加えて,主として上記B医師の鑑定意見により,Aの斜台後面(延髄部の近傍)に血腫があると認められるとした上で,これとAに認められる急性硬膜下血腫及び網膜出血の各事象が,ソファーからの低位落下によって,偶然にも同時に生起するといった事態はおよそ考え難いことから,受傷機序は揺さぶるなどの暴行であったと推認されるとして,原判決の認定に事実誤認があることを主張し,上記B医師の鑑定書(当審検第1号証,10号証,11号証)をはじめとして,多数の書証及び専門家証人を事実取調べ請 求している。 イしかし,まず,原審裁判所が上記B医師の鑑定書を刑訴法316条の32第1項の「やむを得ない事由」なしとして却下したことに訴訟手続の法令違反がないことは,上記第2の2のとおりであるところ,そのような証拠群(上記B医師の鑑定書を裏付けるものとして脳神経外科医であるF医師の意見書2通(同第2号証,3号証),血液内科を専門とするG医師作成の鑑定書(同第4号証)を含む。)について,刑訴法382条の2第1項の「やむを得ない事由」が認められないことは当然である(検察官は,原審時とは異なる控訴審における特別の事情を主張していない。)。そして,職権証拠調べの必要性について検討すると,原審裁判所がこれら 項の「やむを得ない事由」が認められないことは当然である(検察官は,原審時とは異なる控訴審における特別の事情を主張していない。)。そして,職権証拠調べの必要性について検討すると,原審裁判所がこれらの証拠調べ請求を却下した措置について,その証拠価値や弁護人の防御に与える不利益の大きさ,今後見込まれる審理期間,これまでの審理経過等に照らして審理不尽の違法がないことは,上記第2の3のとおりであるところ,当審において,検察官からは,原審時と大きく異なった状況(原判決が前提とした医学的知見について,その後,同分野の研究が進むなどの事情によって,誤りであったことが他の反証可能性を許さないほどに明白になったなど)が生じたような主張は何らされておらず,当審において,原審で前提とされていた当事者双方の主張・立証の構造を根本から覆すこれらの証拠等を取り調べるとすれば,新たな医学論争を生じさせる事態は避けられず,このような事態は,現行刑訴法における控訴審の構造,すなわち,第一審の審理を充実させる観点から,控訴審が第一審の事実認定が妥当であるか否かを第一審で取り調べた証拠及び訴訟記録によって判断する事後審とされ,事実取調べもこのような審査をするにあたり必要な限度で行うとされていることに反するものとなりかねない。したがって,これらの事実取調べ請求された証拠を取り調べることは相当でない。その余の事実取調べ請求についても,刑訴法382条の2第1項のやむを得ない事由が認められず,取調べの必要性も認められないから却下したものである。 したがって,検察官の事実誤認に関する主張のうち,当審において事実取調べ請 求した証拠に基づく主張については,これを検討する余地がない。 ⑶ 原判決の事実認定の手法に関する主張について のうち,当審において事実取調べ請 求した証拠に基づく主張については,これを検討する余地がない。 ⑶ 原判決の事実認定の手法に関する主張についてア検察官は,原判決が,A(生後3か月)の運動能力が極めて限定的である事実,Aに急性硬膜下血腫が生じている事実,Aに脳浮腫が生じている事実,Aに網膜出血が生じている事実などの各間接事実について,それらを総合評価することなく,間接事実毎に,Aが自過失でソファーから落下した可能性や,その落下によって間接事実たる各個別の傷害が生じた可能性をそれぞれ否定しきれない旨指摘し,「Aの傷害が揺さぶり行為によって生じたと認めるには合理的疑いが残る」と結論付けており,それぞれの間接事実の推認力を踏まえ,Aに複数か所にわたる傷害が同時に生じている原因は何かにつき,関係証拠を総合するという視点が全く欠如しているのであり,要するに,原判決は,個々の傷害が単独で揺さぶりを完全に認めるに足りるものでなければ,それを幾つ積み上げても,揺さぶりの立証には足りないと判示しているに等しく,極めて不当な判断手法をとっており,このような原判決の判断手法は,最高裁平成30年7月13日第二小法廷判決・刑集72巻3号324頁が示す事実認定手法に反することは明らかである,という。 しかし,原審においては,公判前整理手続を経た上で,検察官が,各傷害が揺さぶり行為によって生じたと主張して,これを立証するための2人の医師の所見に基づき各傷害が揺さぶり行為によって発生する機序を明示し,原審弁護人が各傷害の内容とその機序を争うという主張・立証の構造が確認されていたものであるから,こうした公判前整理手続の結果を踏まえて,原判決が,まずは,各傷害の機序を検討した上で,それらが個別に揺さぶり行為をど 害の内容とその機序を争うという主張・立証の構造が確認されていたものであるから,こうした公判前整理手続の結果を踏まえて,原判決が,まずは,各傷害の機序を検討した上で,それらが個別に揺さぶり行為をどれだけ推認させるのか(すなわち,揺さぶり行為以外の原因をどれだけ排除できるか)を検討したことは当然のことである。その上で,原判決は,上記第3の2⑷のとおり,急性硬膜下血腫,びまん性脳浮腫及び網膜出血という各傷害の間接事実の推認力を踏まえた上で総合考慮し,これらの各傷害が同時に生じたことを説明し得る機序として,ソファーからの落下によって外傷性の脳深部静脈血栓症を発症し,呼吸停止(更に心肺停止)に陥り, 低酸素性虚血性脳症も合併して,びまん性脳浮腫,網膜出血を生じたという機序が成立する可能性を否定しきれないとして,Aの傷害が揺さぶり行為によって生じたと認めるには合理的疑いが残ると判断したものであるから,原判決が,上記最高裁判決に反する不当な判断手法をとっているとの批判は,当を得ないものである。 イ次に,検察官は,受傷原因を判断するに当たっては,具体的傷害という複数の間接事実が同一機会に重畳的に発症したことを基に,健全な社会常識に照らし,揺さぶり行為が原因でないとしたならば,それを全て整合的・合理的に説明できるか否かの観点から検討を加えることが不可欠であるにもかかわらず,原判決にはそのような視点が明らかに欠落しており,本件においては,急性硬膜下血腫,重度の網膜出血,搬送時に心肺停止状態であったこと,斜台後面の血腫等を踏まえれば,個々の傷害がそれぞれ揺さぶりなどの暴行以外の外力で生ずる抽象的可能性を否定しきれないとしても,個々の傷害それぞれが揺さぶりなどの暴行に起因する特徴を強く示し,同暴行を強く推 の血腫等を踏まえれば,個々の傷害がそれぞれ揺さぶりなどの暴行以外の外力で生ずる抽象的可能性を否定しきれないとしても,個々の傷害それぞれが揺さぶりなどの暴行に起因する特徴を強く示し,同暴行を強く推認させるものである上,揺さぶりなどの暴行が原因でないとしたならば,これらが重畳的に発症していることを医学的には合理的に説明することができない,という。 しかし,まず,斜台後面の血腫の存在をいう検察官の主張は,原審で取り調べられておらず,かつ,当審で却下された証拠に基づく主張であるから,これを検討する余地がないことは上記⑵のとおりである。また,個々の傷害それぞれが揺さぶりなどの暴行に起因する特徴を強く示したり,同暴行を強く推認させたりするものでないとした原判決の判断に不当とすべき点がないことは,後記⑷のとおりである。 さらに,原判決が,揺さぶり行為以外に各傷害について整合的・合理的に説明できる機序が成り立つかどうかという視点からの検討を加えていることは,上記アのとおりである。そもそも,刑事裁判において立証責任を負っているのは検察官である上,「揺さぶり行為があれば特定の傷害が発生する」という論理が正しいとしても,「他の原因ではその特定の傷害は発生しない」という条件が付加されない限り,「特定の傷害が存在するから揺さぶり行為があった」ということにはならない,という 論理的に当然の事柄からすれば,検察官がいうように「同時期に生じた各傷害について,揺さぶり行為が原因でないとしたならば,それを全て整合的・合理的に説明できるか否か」という観点から検討を加えるとしても,それは,検察官において,「各傷害が揺さぶり以外の原因では同時期に発生しないこと」について合理的疑いを超えた証明ができているか,という観点からなされるべ るか否か」という観点から検討を加えるとしても,それは,検察官において,「各傷害が揺さぶり以外の原因では同時期に発生しないこと」について合理的疑いを超えた証明ができているか,という観点からなされるべきものである。検察官においてそのような立証ができているか否かを棚に上げ,あたかも,弁護人において「各傷害が揺さぶり以外の医学的に合理的に説明できる特定の原因で生じたこと」を主張・立証すべきであり,その可能性が認められない限り各傷害が揺さぶり行為によるものと認定すべきであるとでもいうかのごとき検察官の主張は,到底採用できない。 ウ原判決の判断手法を論難する検察官の主張には理由がない。 ⑷ 個別の傷害の機序に関する主張についてアびまん性脳浮腫について検察官は,Aに脳浮腫が生じている上,斜台後面に血腫が存在し,それらが揺さぶりなどの暴行を受けたことを強く推認させるものであり,特に,斜台後面の血腫は揺さぶり行為それ自体を立証し得るともいえる事実であるのに,原判決が,D医師の証言の信用性を肯定し,同証言に沿って,外傷性の脳深部静脈血栓症によってびまん性脳浮腫が生じた可能性を認容したのは誤りである,という。 しかし,まず,上記のとおり,C医師の原審公判証言及び鑑定書に基づくもの以外は,すべて,原審記録に存在せず,当審で却下された証拠に基づく主張にすぎない。そして,C医師の原審公判証言によれば,一般的には揺さぶり行為によりびまん性脳浮腫が生じる可能性は認められるものの,Aのびまん性脳浮腫が同医師の述べるような機序,すなわち,①揺さぶり行為によって脳全体が揺さぶられ,脳が頭蓋骨の内側に繰り返し打ち付けられて,圧挫されたりひずんだりして皮質(灰白質)の損傷が生じ,また,白質内の軸策が引き伸ばされたりねじられたりして軸索損傷が生 り行為によって脳全体が揺さぶられ,脳が頭蓋骨の内側に繰り返し打ち付けられて,圧挫されたりひずんだりして皮質(灰白質)の損傷が生じ,また,白質内の軸策が引き伸ばされたりねじられたりして軸索損傷が生じ,②これらの脳実質損傷により血管原性脳浮腫が生じ(本件当日午後5時3 1分頃の初回CT撮影時に既に全大脳に低吸収域が見られたから,早くて12時間程度経過してから低吸収域が現れる低酸素性虚血性脳症によるものではなく,無酸素性虚血性脳症であればもっと早く低吸収となるが,Aは蘇生可能であったからそれに当たらない。),③揺さぶり行為によって脳中央部分の視床,大脳基底核が損傷し,④揺さぶり行為で延髄・頚髄接合部が損傷し,その直上の延髄網様体の呼吸中枢が損傷し,呼吸停止が起き,その呼吸停止によって低酸素性虚血性脳症も合併し,更に脳浮腫が進み,視床,大脳基底核の低吸収化が進んだという機序で生じたかどうかについては,①C医師のいうような(外傷性一次性)脳実質損傷がAにおいて生じたことを直接示す所見がなく,②脳実質損傷により脳浮腫が生じ得るとしても,D医師のいうように強い低酸素性虚血性脳症によって生じる細胞毒性脳浮腫の可能性について十分に検討されているとはいえず,③揺さぶり行為によって脳中央部分の視床,大脳基底核が損傷するとの機序が物理的に不合理である上,④延髄・頚髄接合部の損傷についても,それを示すCT画像上の所見が認められないことからすれば,D医師の説明する機序でびまん性脳浮腫が生じた可能性がないとはいえないとして,びまん性脳浮腫の推認力を限定的なものと捉えた原判決の判断に不当な点はない。 検察官は,当審において却下された証拠に基づいて,原判決がD医師の鑑定書及び原審公判証言の信用性を認めたことを縷々論難する ん性脳浮腫の推認力を限定的なものと捉えた原判決の判断に不当な点はない。 検察官は,当審において却下された証拠に基づいて,原判決がD医師の鑑定書及び原審公判証言の信用性を認めたことを縷々論難する。しかし,同医師の説明のうち,Aについて,一定時間心肺停止状態が続き,強い低酸素状態に置かれた可能性が十分にある本件においては,その強い低酸素状態によりびまん性脳浮腫が生じ得るとする点は,合理的で納得できるものであるから,そのような可能性が一定程度否定し難い以上,もし,びまん性脳浮腫の存在により揺さぶり行為を推認しようとするのであれば,C医師の説明する機序の重要な途中経過である上記①の外傷性一次性脳実質損傷や上記④の延髄・頚髄接合部の損傷の存在がそれ自体として認められることが必要であるところ,これらの立証がなされていない(上記③のC医師の説明は物理的に不合理であるとの原判決の判断に対しては,検察官も当審において 主張をしていない。)。このように検察官が拠って立つC医師の所見によっては,びまん性脳浮腫の存在から揺さぶり行為を推認することができない以上(そもそも,本件において可能かどうかは別として,検察官には,揺さぶり行為によりAに認められる傷害が発生し得ることとは別に,その傷害が他の原因で生じ得ないことを,専門家証人によって立証しようとする意識が十分でない。),他の原因として考えられる一つの仮説として,脳深部静脈血栓症によりびまん性脳浮腫が生じた可能性を述べるD医師の鑑定書及びその原審公判証言の信用性について論難する検察官の主張は,原判決に対する非難になり得ないものである。 イ急性硬膜下血腫について検察官は,Aに急性硬膜下血腫が生じており,それは,予後が不良であること等を踏まえると,揺さ 難する検察官の主張は,原判決に対する非難になり得ないものである。 イ急性硬膜下血腫について検察官は,Aに急性硬膜下血腫が生じており,それは,予後が不良であること等を踏まえると,揺さぶりなどの暴行によるものと強く推認させるものである,という。すなわち,急性硬膜下血腫は,主に脳が強く揺れることにより,脳の表面と頭部の正中にある太い静脈をつなぐ架橋静脈が裂けることにより生じるとされており,揺さぶり行為を認定する上での積極事情の一つであり,後記の網膜出血や,Aが呼吸停止(更に心肺停止)に至って予後が極めて不良であることを併せて考慮すると,本件で被告人が主張するような軽微なソファーからの落下によるものとは考え難く,揺さぶりなどの暴行を強く推認させるものであるのに,原判決は,他の間接事実との総合評価をすることなく,「Aに認められた程度の急性硬膜下血腫は,揺さぶり行為が加えられたことを積極的に根拠付けるものとはなり得ない」などと,間接事実を分断して評価したものであり,論理則・経験則に反する,というのである。 しかし,まず,Aについて,検察官が主張するような,架橋静脈が剪断されたという客観的な証拠は存在せず,急性硬膜下血腫の数,部位,形態等から出血源が架橋静脈の可能性が極めて高いというC医師の所見は,一つの推論にすぎない上,C医師が本件で揺さぶり行為が加えられたことの有力な根拠としていた小脳テント下の急性硬膜下血腫を認めることができないのは,原判決が適切に指摘するとおりである(なお,当審において,検察官はこの点について何ら指摘をしていない。)。 このように,揺さぶり行為から急性硬膜下血腫が生じるその途中経過である架橋静脈の剪断も,C医師が揺さぶり行為の有力な根拠としていた血腫も認めることがで 。 このように,揺さぶり行為から急性硬膜下血腫が生じるその途中経過である架橋静脈の剪断も,C医師が揺さぶり行為の有力な根拠としていた血腫も認めることができないのであるから,検察官が拠って立つ揺さぶり行為から急性硬膜下血腫に至る機序によってAの急性硬膜下血腫が生じたことが,そもそも立証されていない。そして,このことを踏まえて,更にD医師の証言に基づいて,Aに認められた程度の急性硬膜下血腫は,ソファーからの落下のような低位落下でも生じ得るとし,揺さぶり行為が加えられたことを積極的に理由付けるものとはなり得ない,とした原判決の判断に不合理な点はない。 なお,検察官は,上記のとおり,「網膜出血やAが呼吸停止(更に心肺停止)に至って予後が極めて不良であることを併せて考慮する」などというが,原判決のここでの判断は,他の間接事実も含めた総合判断の前提として,Aに生じた急性硬膜下血腫の存在という一つの間接事実自体がどれだけ揺さぶり行為を推認できるかを問題にしているのであるから,論点のすり替えといわざるを得ない。また,検察官は,そもそも被告人供述によってソファーからの落下が認定できない上,床上35センチメートルのソファーからフローリングじゅうたんに落下したとして,いまだ寝返りもできない乳児において,回転性の強い外力が働く要素を見出し難く,回転しながら比較的勢いよく落下した可能性を否定できないという原判決の判断は,健全な社会常識に反し極めて不合理である,というが,被告人がいうようなソファーからの落下も含めて,どのような落下の態様であれば,どのような力の衝撃がどのような方向で加わり,結果として急性硬膜下血腫が生じるかについては判然としない点も多いから,原判決の判断が不合理ということはできない。 ウ多 うな落下の態様であれば,どのような力の衝撃がどのような方向で加わり,結果として急性硬膜下血腫が生じるかについては判然としない点も多いから,原判決の判断が不合理ということはできない。 ウ多発性・多層性の網膜出血について まず,検察官は,原判決が,証拠となっていない上に本件と類似性を欠く事例に基づいて,Aの網膜出血が,被告人が主張するような態様の低位落下で生じたとは考えられないとするE医師の証言を排斥したのは不当であり,医学的知見に基づかない判断である,という。すなわち,原判決が根拠とした事例が記載され ている文献は,それ自体が証拠になっていない上,原審弁護人が,E医師の証人尋問時に同文献を引用して質問し,同医師もその存在を認めたにすぎないものであるから,そこに記載された事例を根拠とした原判決は証拠に基づかない認定をした,というのである。 しかし,原審弁護人が,E医師の証人尋問において引用した文献は,検察官を通じて事前に開示されていたものである上,E医師自身が,証人尋問においてそのような文献の存在を認めたものであって,そこで紹介されている事例の真偽,あるいはその事例に対する評価の相当性はともかくとして,そうした報告事例の存在自体は,E医師も認めているものであるから,原判決に,証拠に基づかない認定をしたとか,医学的知見に基づかない判断をしたといった不当性はない。 また,検察官は,E医師は,眼底写真に基づいて考察したAの網膜出血の所見に即し,出血原因が揺さぶりによるものと考えられる旨具体的に証言しており,その医学的知見に基づく証言に疑問を差し挟む余地は認められないことからすると,網膜出血の事実が,揺さぶりなどの暴行の存在を強く推認させるものであることは明らかであ 考えられる旨具体的に証言しており,その医学的知見に基づく証言に疑問を差し挟む余地は認められないことからすると,網膜出血の事実が,揺さぶりなどの暴行の存在を強く推認させるものであることは明らかであるのに,原判決は,このような専門的意見につき,それらを採用し得ない合理的な事情を示さずに,採用しなかったものであるから,このような判断は,「専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである」とした最高裁平成20年4月25日第二小法廷判決・刑集62巻5号1559頁にも反し,専門的意見の評価に関する論理則・経験則に明らかに反する不合理な判断である,という。 しかし,E医師の原審公判証言の内容を検討すると,上記のとおり,揺さぶり行為以外にも多発性・多層性網膜出血が生じたという事例を示す文献の存在を認めつつも,このような事例については,「目撃者がいない」「客観性がない」などとしてその事実関係自体を否定しようとする証言をする一方で,自らの見解に沿う事例 については,「目撃者がいなくても揺さぶりであるとはいえる」などと擁護するなど,客観性を極めて疑わしめる証言をしている部分があるほか,結論部分についても,「血液凝固に異常がない以上,多発性・多層性網膜出血の原因として家庭内で起こるものとして考えられるのは揺さぶられっ子症候群のみである」から「Aの多発性・多層性網膜出血は揺さぶり行為によって生じたものである」と,結局のところ,反論に対して客観的,合理的な検討を加えることなく,自らの見解を押し通そうとするかのよう 症候群のみである」から「Aの多発性・多層性網膜出血は揺さぶり行為によって生じたものである」と,結局のところ,反論に対して客観的,合理的な検討を加えることなく,自らの見解を押し通そうとするかのような証言をしたものと理解できるから,E医師の説明する機序について一般論として合理的であって理解できるとしつつも,本件がそのような機序によって生じたとする部分については十分な信用性を認めることができないとしてその証言部分を採用しなかった原判決の判断が,上記最高裁判決に反する判断ということはできない。 ⑸ その余の主張について検察官は,被告人が原審公判廷で供述する態様でAが落下することは,健全な社会常識に照らし,およそ考え難く,被告人の原審公判供述は信用できない上,原判決は,「落下があり得ないほど不自然とはいえない」と判示しているように,刑事裁判において必要とされる「証明」の程度を,「合理的な疑い」をいれない程度の立証だけでは足りず,「あり得ない」程度までの立証が必要であると誤解しており,その判断には論理則・経験則違反がある,という。 しかし,被告人の原審公判供述の信用性をいう点は,原審における主張の繰り返しであり,この点に関する原判決の評価が自らの評価と異なるというにすぎないし,原判決が刑事裁判における「証明」の程度について「合理的疑いを超えた証明」と理解していることは,原判決が本件について結論付けるに当たり「合理的疑いが残る」と説示をしていることからしても明らかであるから,この点に関する検察官の主張も採用できない。 その他,検察官は,被告人による虐待の形跡,被告人がAの異常に気付いてからの行動等について縷々主張するが,原審の公判前整理手続において主張せず,同論 告で唐突になされた主張を 告人による虐待の形跡,被告人がAの異常に気付いてからの行動等について縷々主張するが,原審の公判前整理手続において主張せず,同論 告で唐突になされた主張を繰り返すにすぎないものや,被告人による虐待,ましてや揺さぶり行為をうかがわせるとは到底いえない事実を主張するものであり,これらを踏まえても,原判決には,検察官がいうような事実の誤認は認められない。 ⑹ 小括事実誤認をいう検察官の主張も理由がない。 第4 結論よって,刑訴法396条により,主文のとおり判決する。 令和3年9月28日名古屋高等裁判所刑事第2部 裁判長裁判官鹿野伸二 裁判官後藤眞知子 裁判官菱川孝之
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