平成19年4月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成18年(ワ)第10205号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成19年2月20日主文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1請求被告らは,原告に対し,連帯して,1794万8650円及びこれに対する被告医療法人社団Bについては平成18年5月28日から,被告Cについては同月29日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要 本件は,被告医療法人社団B(以下「被告法人」という。)の設置する「D診療所」(以下「被告診療所」という。)において,被告C医師からうつ病の治療を受けていた原告が,被告C医師には,①原告を「躁うつ病」と診断した注意義務違反,②原告にテグレトールを処方した注意義務違反,③テグレトールの副作用等について説明を十分に行わなかった注意義務違反があり,これにより原告はハイパーセンシティビティシンドローム(過敏性症候群)に罹患したと主張して,被告らに対し,診療契約上の債務不履行及び不法行為に基づき損害賠償を請求する事案である。 争いのない事実等(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)(1)当事者原告は,昭和23年7月○○日生まれの男性であり,平成13年当時,T大学の教授であったものである。 被告法人は,被告診療所を開設,経営し,主として精神科,神経科,心療 内科,児童精神科を診療している。 被告C医師は,平成13年当時,P大学医学部の精神科主任教授であり,被告診療所で医師として従事していた。 (2)被告診療所における診療経過ア原告は,うつ病であるかの診断を求めて被告C医師を紹介され,平成13年1月22日(以下,平成13年の場合は月日のみ摘示する。),被告診 師として従事していた。 (2)被告診療所における診療経過ア原告は,うつ病であるかの診断を求めて被告C医師を紹介され,平成13年1月22日(以下,平成13年の場合は月日のみ摘示する。),被告診療所で,被告C医師の診察を受けた。ここに原告と被告法人との間で,診療契約が締結された。 同日,被告C医師は,原告に対し,うつ病であると告げ,パキシル10mg×2錠×1回/日(抑うつ薬)を処方した。 イ原告は,2月26日に被告C医師の診察を受け,日中も眠気が残り,倦怠感があることなどを訴えた。被告C医師は,原告に対し,アモキサン(抑うつ薬)25mg×3錠×3回/日を処方した(乙A1・5頁)。 ウ原告は,3月5日,被告C医師に電話をして,アモキサンの処方後眠れなくなった旨述べて,減量を申し入れた。被告C医師は,アモキサンを25mg×1錠×1回/日に減量するよう指示すると共に,テグレトール(抗てんかん薬。一般名ガルバマゼピンで薬品名が「テグレトール」,「レキシン」である。)200mg×1錠×1回/日,ロヒプノール(睡眠導入剤)1mg×1錠×1回/日を処方した。ただし,原告がこれを受け取ったのは,同月12日の診察の際であり,同日,アモキサン25mg×1錠×1回/日も合わせて処方された。 エ5月19日,原告は,被告C医師の診察を受け,多少とも気分が改善傾向にある旨述べたが,同日以降,被告診療所での治療を中断した。 オその余の被告診療所での診療の経過は,別紙「診療経過一覧表」(略)のとおりである(ただし,当事者の主張に争いがある部分を除く。)。 (3)その後の診療経過 ア原告は,5月28日,同月24日からの発熱がひかないので近医の鶴川診療所を受診し,首から体幹の紅斑を指摘された(甲A1・3頁)。 イ原告は,6月4日,発熱が継続し,全身に発疹が出 の診療経過 ア原告は,5月28日,同月24日からの発熱がひかないので近医の鶴川診療所を受診し,首から体幹の紅斑を指摘された(甲A1・3頁)。 イ原告は,6月4日,発熱が継続し,全身に発疹が出たので,G病院(皮膚科)に転医措置がとられ,紹介入院となった。診断したG病院のH医師は,原告の症状が,テグレトールの副作用による薬疹かウイルス感染症ではないかと考え,安静,補液による治療を開始した(甲A1・9頁)。 ウ原告は,G病院で,6月7日からステロイドのパルス(大量投与)療法を開始し,同月10日からは,プレドニンの処方を開始した。その結果,同月17日頃からは,体温も36度台となり,小康状態となった(甲A1・11ないし19頁)。 エ6月22日,原告は,ハイパーセンシティビティシンドローム(過敏性症候群)と診断された(甲A1・23頁)。 オ6月25日,原告は,再度高熱となり,発赤が拡大したため,ハイパーセンシティビティシンドローム(過敏性症候群)の再燃と判断され,さらに,呼吸器症状も出現したため,同月27日,呼吸器科に転科した(甲A1・25頁,甲A2・6頁)。 カ8月9日,薬剤リンパ球刺激試験の結果,テグレトールが陽性となった(甲A2・34頁)。 キ原告は,11月2日,G病院を退院した。その後,原告は,通院を続け,平成15年6月17日,プレドニンの処方を終了した。 クその余のG病院での診療の経過は,別紙「G病院での診療経過一覧表」(略)のとおりである。 (4)医学的知見ア双極性障害(躁うつ病)(甲B11,12,乙B4)躁状態とうつ状態を繰り返す病気。軽躁状態とうつ状態を繰り返すものを双極Ⅱ型障害という。セロトニンなどの神経伝達物質に対する過敏性の ため,神経伝達が不安定になることが原因と考えられている。 双極性障害は,いった を繰り返す病気。軽躁状態とうつ状態を繰り返すものを双極Ⅱ型障害という。セロトニンなどの神経伝達物質に対する過敏性の ため,神経伝達が不安定になることが原因と考えられている。 双極性障害は,いったん治っても放っておくとほとんどの人が数年以内に再発するので,生涯にわたる予防療法が必要になる。 イハイパーセンシティビティシンドローム(過敏性症候群)(甲B1ないし3)薬剤性過敏症症候群(DIHS)とも呼ばれる。 潜伏感染しているウィルス(ヒトヘルペスウイルス6型)の再活性化が関与する重症薬疹。特定の薬剤により発症し,皮膚だけでなく,肝臓など他の臓器も障害する。原因薬剤の一つにテグレトール(一般名カルバマゼピン)がある。 争点及び争点に対する当事者の主張(1)過失その1(診断ミス)(原告の主張)被告C医師は,診療契約に基づいて原告の病状について的確に診察し,正しい診断に基づく処置を行う注意義務がある。ところが,被告C医師は,原告がうつ病にも躁うつ病にも罹患していないのに,次のとおり,原告がうつ病あるいは躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)に罹患していると診断した注意義務違反がある。 アうつ病と診断した注意義務違反(ア)うつ病と診断するためには,DSM-Ⅳ(米国精神医学会による「精神疾患の分類と診断の手引き」)における「大うつ病の診断基準」を満たす必要がある。 (イ)同基準では,①抑うつ気分,②興味又は喜びの喪失,③体重減少あるいは増加又は食欲の減退あるいは増加,④不眠又は睡眠過多,⑤精神運動性の焦燥又は制止⑥易疲労感又は気力の減退,⑦無価値観又は罪責感,⑧思考力や集中力の減退又は決断困難⑨死についての反復思考,自 殺念慮又は自殺企図のうち5つ以上の症状が同じ2週間の間に存在し(ただし,①または②を含むこと),病前の機能から変化を起 又は罪責感,⑧思考力や集中力の減退又は決断困難⑨死についての反復思考,自 殺念慮又は自殺企図のうち5つ以上の症状が同じ2週間の間に存在し(ただし,①または②を含むこと),病前の機能から変化を起こしていること等を要件としている。 (ウ)ところが,原告が被告C医師の診察を受けた当時の症状は,睡眠障害(④)のほか,抑うつ気分(①),易疲労感(⑥),精神運動性焦燥(⑤)がある程度であり,(イ)の診断基準でいう5つ以上の基準を満たしていなかった。 (エ)ところが,被告C医師は,初診時に原告をうつ病と診断した。 イ躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断した注意義務違反(ア)双極Ⅱ型障害の診断基準は,「①1回以上の大うつ病エピソードの存在,②少なくとも1回の軽躁病エピソードの存在,③躁病エピソードあるいは混合エピソードが存在しない,④基準①と②の気分症状は分裂感情障害ではうまく説明されず,また,精神分裂病,分裂病様障害,妄想性障害,または特定不能の精神病性障害に重畳するものではない,⑤その症状は,臨床的に著しい苦痛又は社会的,職業的あるいは他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」というものである(乙B5・267頁)。 (イ)ところが,原告は,(ア)の基準のうち,①,②,⑤に全く当てはまらない。原告が,双極性障害の特徴である躁局面(「気分の著しい高揚」「怒りっぽい」「誇大性,誇大妄想」「寝ないでも平気」「口数が多くしゃべりやまない」「いろいろな考えが頭の中にあふれてくる」「すぐに気が散る」「活動的になる,じっとしていられない」「借金してまでの買い漁り,性的無分別などの問題行動」)とうつ局面を繰り返しを経験したことはなく,家族や職場その他親しい者にそのような指摘を受けたことはない。 (ウ)なお,3月5日の電話診察における状態は, までの買い漁り,性的無分別などの問題行動」)とうつ局面を繰り返しを経験したことはなく,家族や職場その他親しい者にそのような指摘を受けたことはない。 (ウ)なお,3月5日の電話診察における状態は,アモキサンの激烈な作 用によって作り出された強度の睡眠障害に驚き苦しんだ時期に過ぎず,アモキサン3錠を1錠に減量することによって解消したのであるから,抗うつ薬などの薬物を唯一の原因として起こったものといえ,これをもって軽躁状態ということはできない。 (被告らの主張)被告C医師は,原告につき,初診時にうつ病,3月5日に躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断したが,この診断に誤りはない。 アうつ病と診断した注意義務違反について(ア)被告C医師が,初診時(平成13年1月22日)に原告を診察したところ,原告は肥満型の体型で,不調の時には太る傾向があると述べ,会話はスムーズで循環気質を思わせるなめらかな接触であり,億劫で仕事をするのに努力を要し,原稿がたまるため依頼をキャンセルすることが多いと述べたことから抑制の障害が認められたこと,学生に会うことは問題がないが,それ以外の人に会うのは苦痛で避ける傾向があり,うつ病がみられる嫌人性が認められたこと,それらの精神症状と入眠困難などの身体症状と併せ,軽症うつ病の状態にあると診断した。 (イ)原告は,うつ病の診断につきDSM-Ⅳに従うべきであると主張するが,厚生労働省は,診断のコード化に関してWHOの「疾患国際診断基準第10版」(ICD-10)に従っており,DSM-Ⅳにしたがって診断しなければならないものではない。我が国では,症状の数で診断するのではなく,症状,発症経過,家族の負担,状況因子,性格,治療への反応性など多くの因子に基づいて総合的に診断している。 ICDー10に従えば,原告はうつ病の基準を満た 。我が国では,症状の数で診断するのではなく,症状,発症経過,家族の負担,状況因子,性格,治療への反応性など多くの因子に基づいて総合的に診断している。 ICDー10に従えば,原告はうつ病の基準を満たしている。 (ウ)仮に,DSM-Ⅳに従って診断したとしても,原告は,①抑うつ気分,③体重の増加,④不眠,⑤精神運動性の焦燥と制止,⑥易疲労性の症状を満たしているから,大うつ病と診断される。 イ躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断した注意義務違反(ア)原告は,職場であるT大学の機構改革を含む東京都の緊縮財政による施策によるストレスを誘因として,平成12年秋以降に周囲も心配するような気分変動を生じるようになった。症状として,興味,意欲,集中力の減退と億劫さ(抑制)で原告執筆の遅れや自宅での臥床傾向などが目立つようになり,嫌人症も認められ,不眠や体重増加などの身体症状と併せて,初診時には数か月持続する軽症の抑うつ症状であった。原告の体格は肥満型で精力的だが,なめらかな対人接触をもつ循環気質であることから,被告C医師は,初診時から抑うつだけでなく躁的にもなり得る躁うつ病のうつ病相を疑って,カルテに「MDI(躁うつ病)」と記載した。 (イ)そして,3月5日,原告が,電話で,徹夜で仕事がこなせる状態であると説明したことから,被告C医師は,軽躁状態を確認し,大うつ病相と軽躁病相の出現から双極性Ⅱ型障害であると判断した。この時はアモキサンに誘発されたとしても,その後に薬と無関係に軽躁状態の存在は認められている。 (ウ)このような経緯からして,躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)の診断に誤りはない。 (2)過失その2(投薬ミス)(原告の主張)テグレトールは,抗てんかん薬であり,2次的に躁病の適応があるものの,うつ病には適応がない。したがって,被告C医師が 性Ⅱ型障害)の診断に誤りはない。 (2)過失その2(投薬ミス)(原告の主張)テグレトールは,抗てんかん薬であり,2次的に躁病の適応があるものの,うつ病には適応がない。したがって,被告C医師がテグレトールを処方した平成13年3月12日,原告には,テグレトールの適応はなく,処方した被告C医師には注意義務違反がある。 また,当時,原告は,アモキサンの処方によって眠れなくなっていたが,薬の量を減らすことによって睡眠障害も改善していたから,軽躁状態に対す る処方も必要なかった。 (被告らの主張)被告C医師は,同月5日テグレトールを処方したが,アモキサンを処方するようになってから原告は,徹夜で仕事をこなせるという状態が示すように軽躁状態に転じており,うつ病ではなかった。 気分安定化作用のあるテグレトールは,この軽躁状態の改善と気分の安定化を目指し,副作用でしばしば生じる眠気を不眠の治療に用いるべく,就寝前に1回1錠(200mg)を1週間分処方したものである。テグレトールは約40年前から抗てんかん薬として,約30年前から気分安定薬として躁うつ病に用いられている繁用薬である。 原告に発症した薬物過敏症症候群(DIHS)は,皮膚科学会でもその分野の専門家の間で1998年(平成10年)から言われ出した比較的新しい概念であり,平成13年前半当時テグレトールとの関連でそれについて理解し,考慮できるような状況にはなかったのであり(G病院でも平成13年6月に過敏症症候群に「テグレトールによるHHVー6の再活性化がおこり,重症薬疹,伝染性単核球症類似の症状を呈したものと思われます」と解説を加えるなど皮膚科の医師が他科の医師に解説を加えるような状況であったことを示すものである。),被告C医師において,テグレトールの投与を避けるべき注意義務違反はない。 (3 ものと思われます」と解説を加えるなど皮膚科の医師が他科の医師に解説を加えるような状況であったことを示すものである。),被告C医師において,テグレトールの投与を避けるべき注意義務違反はない。 (3)過失その3(説明義務違反)(原告の主張)1980年代からハイパーセンシティビティシンドロームの報告がされており,紅皮症型の中に重症な肝障害を伴う症例,多臓器障害を伴い全身性に発症する重症薬疹が存在し,その原因薬剤としてテグレトール(カルバマゼピン)が代表的なものといわれていた。また,テグレトールにより重篤な副作用としてDIHSその他悪性症候群等を発症するとの情報も提供され,さ らに,テグレトールと飲酒等の併用の危険性も指摘されていた。 したがって,被告C医師は,テグレトールを投薬するに当たり,その処方により生じる副作用のリスク,リスクが生じた場合の対処方法,飲酒やグレープフルーツ等との併用の危険等を説明すべき注意義務があった。 ところが,被告C医師は,原告に対し,テグレトールの副作用等に関する説明を全く行わなかった注意義務違反がある。 (被告らの主張)最も標準的な精神医学の教科書では,テグレトール(カルバマゼピン)の副作用として「眠気,めまい感,発疹,一過性の白血球減少症などがある」とだけ記載されている(乙B2・236頁)。実際の臨床では,一般的に,悪性症候群やハイパーセンシティビティシンドロームのように極めて稀な副作用について説明することはない。 したがって,被告C医師において,原告が主張するような注意義務違反はない。 飲酒やグレープフルーツとテグレトールの併用がハイパーセンシティビティシンドロームを起こしたとはいえない。 (4)損害(原告の主張)合計1794万8650円ア入通院慰謝料(入院152日,通院2年38日)257万円 とテグレトールの併用がハイパーセンシティビティシンドロームを起こしたとはいえない。 (4)損害(原告の主張)合計1794万8650円ア入通院慰謝料(入院152日,通院2年38日)257万円原告は,平成13年6月4日から同年11月2日まで152日間入院し,同月16日から平成15年12月15日まで2年間と38日通院した。このような入院約5か月,通院約5か月(換算)による入通院慰謝料としては257万円が相当である。 イ駐車場代3万8650円原告は,入通院時の駐車場代として合計3万8650円を支払った。 ウ慰謝料(生死をさまよったことにつき)300万円 原告は,平成13年6月4日及び同月25日に治療に伴う生命の危険を指摘され,自分の生命が間もなく終了するかもしれないという精神的な負担を負ったのであり,この精神的負担についての慰謝料300万円は,アとは別の慰謝料として認められるべきである。 エ後遺症慰謝料1000万円原告は,①入院中及び退院後3年くらいまでの間の筋力低下,白内障,もうろう状態等の後遺症,②学会における信用の喪失,③原告の妻,母,子供たちにかけた負担の思い・罪の意識等の精神的損害を被ったのであり,その金額は1000万円を下回らない。 オ弁護士費用(1から4の合計約1560万円の15%)234万円(被告らの主張)争う。 第3当裁判所の判断 争点(1)(診断ミス)について(1)原告は,被告C医師が,診療契約に基づいて原告の病状について的確に診察し,正しい診断に基づく処置を行う注意義務があるところ,原告がうつ病にも躁うつ病にも罹患していないのに,原告をうつ病あるいは躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断した注意義務違反があると主張する。 (2)前記争いのない事実等に加え,証拠(各掲記の他,甲A11,乙A5 病にも躁うつ病にも罹患していないのに,原告をうつ病あるいは躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断した注意義務違反があると主張する。 (2)前記争いのない事実等に加え,証拠(各掲記の他,甲A11,乙A5,原告,被告C医師)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。 ア1月22日(乙A1・2ないし4頁)1月22日,原告は,被告診療所で,初めて,被告C医師の診察を受けた。 原告が,同日被告C医師の診察を受けたのは,①数年間体調不良を感じ,いくつかの病院で検査を受けたが特に異常がみつからずにいたところ,平 成12年10月か11月に長女が持ち帰った「うつ病診断テスト」という簡単な心理テスト(60点満点で点数が高くなるほど重症)を試してみたら,26ないし27点で「医師の助力を必要とする程度に重い中度のうつ病状態」という結果であったこと,②同年12月25日,父が高名な医学教授である教え子が研究室を訪問したことから,信頼できる精神科医の紹介を依頼したところ,教え子の父から,P大学医学部精神学科教授である被告C医師の紹介を受けたことによるものであった。 1月22日の予約時間は午前11時30分であったが,実際に診察を受けたのは,午前11時55分ころであった。 原告は,被告C医師に対し,①昨年暮,娘が持ってきたうつ病診断テストで60点中27点であり,うつっぽいということでは符合するかもしれないと思われる事柄がしばらく前からあり,しかもここ1,2年その程度が増していること,②家庭医学書を見てもうつ病の症状があったので,教え子の勧めで受診をしたこと,③怠け癖があり,仕事をするのに努力を要し,原稿がたまるため,原稿をキャンセルすることがあること,④原告が労働組合の委員長をしていた7年前に子供の不登校があったこと,⑤元来短時間睡眠で夜型である ,③怠け癖があり,仕事をするのに努力を要し,原稿がたまるため,原稿をキャンセルすることがあること,④原告が労働組合の委員長をしていた7年前に子供の不登校があったこと,⑤元来短時間睡眠で夜型であること,⑥調子が落ちると肥ること,⑦睡眠時無呼吸症候群の症状があり,虎の門病院で治療を受けたことがあること,⑧ストレス等により入眠が困難であるが,他方,講義中に寝てしまうこともあること,⑨現在,学生に会うことは苦にならないが,嫌な人には会いたくない状態であり,それは初めての経験であること,⑩東京都のリストラ策等により勤務するT大学内でもいろいろな問題が生じていることなどを話した。 被告C医師は,原告をうつ病と診断し(被告C医師反訳書3・32頁),さらに,原告が肥満型の体型であり,不調のときは肥る傾向があることや会話がスムーズであることから,クレッチマーの分類でいうところの「循 環気質」(社交的で人当たりがよくて友達もたくさんできるようなタイプで活動的な面と繊細な面を持つ。)であると判断した(被告C医師反訳書1・2頁,反訳書3・9,33,34頁)。 このようなやり取りの後,被告C医師は,原告に対し,被告診療所に通院を継続する意思があるか尋ねたところ,原告は,その必要があるか確かめるため,逆に,被告C医師に対し,自分がうつ病であるかどうかを尋ねた。これに対し,被告C医師は「うつでしょうな」と回答し,次回の診察は,原告の希望もあり7日後となった。 被告C医師は,同日,原告に対し,当時,一番新しく期待がもて,かつ1日1回で済む,SSRI系抑うつ薬であるパキシル10mgを1日1回2錠で7日分処方したが,薬の名前や投薬の理由,リスク,副作用については説明しなかった(原告反訳書2・13頁,被告C医師反訳書3・35頁)。 被告C医師は,同日の診察の結果, シル10mgを1日1回2錠で7日分処方したが,薬の名前や投薬の理由,リスク,副作用については説明しなかった(原告反訳書2・13頁,被告C医師反訳書3・35頁)。 被告C医師は,同日の診察の結果,原告を軽症のうつ病であると診断したが,循環気質であることを考慮して,抑うつだけでなく,躁的にもなり得る躁うつ病のうつ病相を疑い,診療録には「MDI」(躁うつ病)と記載した。 イ1月29日(乙A1・5頁)1月29日,原告は,被告C医師の診察を受け,同人に対し,①パキシルを服用して2日位嘔気があったこと,②朝目が覚めても起きづらく起きてもずっと眠くて調子が悪いこと(被告C医師は,診療録には「日中の眠気で日中も寝がちであった」と記載している。乙A1・5頁),③ただし,大学ではやや調子がよいこと,④教科書の原稿はまだできていないことを話した。 被告C医師は,眠気を考慮して,パキシルを1日1錠に減量し,4週間分投与した。 ウ2月26日(乙A1・5頁)2月26日,原告は,被告C医師の診察を受け,同人に対し,①睡眠は昨日以外は良好であったが,朝が起きづらいこと,②日中も眠気が残り,倦怠感があること,③仕事に取りかかれないこと,④薬を変えてほしいことなどを訴えた。 被告C医師は,診察において,原告に勢いがないことから,パキシルの投与を中止し,三環系の抑うつ薬であるアモキサン25mgカプセルを1回3錠で1日3回服用として2週間分処方した(乙A1・5頁,被告C医師反訳書1・4,5頁)。その際,被告C医師は,原告に対し,薬を変えること,1日3回服用することを話したが,薬の名前等については説明しなかった(原告反訳書2・16頁)。 エ3月5日(乙A1・5頁)アモキサン服用後,原告には,徹夜の後でも眠気を催さず,元気に仕事ができてしまう状態が出現した。 話したが,薬の名前等については説明しなかった(原告反訳書2・16頁)。 エ3月5日(乙A1・5頁)アモキサン服用後,原告には,徹夜の後でも眠気を催さず,元気に仕事ができてしまう状態が出現した。そこで,原告は,3月5日午前9時ころ,被告C医師に電話をして,①前回の診察の際に処方されたアモキサンを服用した後,何晩でも徹夜で仕事ができてしまうこと,②全く眠れないことを話し,アモキサンの減量を申し入れた。 そこで,被告C医師は,原告に,初診時に疑ったとおり,軽躁状態が現れたと判断して,躁うつ病の確定診断をし,軽躁の治療と気分の安定及び不眠の改善を目的に気分安定薬であるテグレトール200mgを1日1回1錠及び睡眠導入剤であるロヒプノール1mgを1日1回1錠を7日分処方し,原告に対しては,①アモキサン25mgカプセルは,1日1回1錠を朝に服用すればよいこと,②不眠があるので睡眠導入剤を処方すること,③睡眠導入剤は必要を感じたときに就寝1時間くらい前に服用すること,④睡眠導入剤は,都合の良い日に取りに来ればよいことを説明した(原告反訳書2・20頁)。しかし,原告は,3月12日まで,処方されたテグ レトールとロヒプノールを取りに行かなかった(原告反訳書2・18頁)。 オ3月12日(乙A1・5頁)3月12日,原告は,被告C医師の診察を受けた。被告C医師は,原告に対し,なぜ3月5日に処方した薬を取りに来なかったのか尋ね,必要がないのであれば処方を取り消す旨の発言をした。これに対し,原告は,①薬は取りに来られなかったこと,②3月5日以後,アモキサンを1日1回1錠にしたところ睡眠は改善したこと,③睡眠導入剤は眠れない時のためにもらっておく旨の回答をし,薬が2種類あるが,両方とも睡眠導入剤であるのか,安全な薬であるのかを尋ねた。被告C医師は,大きい 1回1錠にしたところ睡眠は改善したこと,③睡眠導入剤は眠れない時のためにもらっておく旨の回答をし,薬が2種類あるが,両方とも睡眠導入剤であるのか,安全な薬であるのかを尋ねた。被告C医師は,大きい方が精神安定剤であり,小さい方が睡眠導入剤であること,両方とも安全な薬であり,依存性や習慣性はないこと,眠れない時に,頓服として飲む薬であることを説明した(原告反訳書2・20ないし22頁)。テグレトールの副作用のリスク,リスクが生じた場合の対処方法については説明しなかった(乙A5)。 そこで,同日,原告は,同月5日に処方されたテグレトールとロヒプノールを受け取ったほか,アモキサン25mgを1日1回1錠で4週間分を処方され,持ち帰った。 原告は,同月下旬ころ,眠れない時に,テグレトールとロヒプノールを頓服として服用するようなった(原告反訳書2・22頁)。 カ4月21日(乙A1・6頁)4月21日,原告は,被告C医師の診察を受け,同人に対し,①整理は相変わらず悪いが,少し動きやすくなっていること,②原稿の校正をすべき封筒を開かないことがあること,③不眠時にロヒプノールとテグレトールを服用したところよく眠れたことを話した。 そこで,被告C医師は,アモキサン25mgを1日1回1錠で4週間分処方し,テグレトール(200mg)とロヒプノール(1mg)を1日1 回各1錠で4週間分を頓服薬として処方した。 キ5月19日(乙A1・6頁)5月19日,原告は,被告C医師の診察を受け,同人に対し,①症状はあまり変わらないこと,②睡眠は不安定であること,ロヒプノールは2分の1錠で済む場合があることを話した。 被告C医師は,原告の状態が,多少上向きであると判断し,アモキサン25mgを1日1回1錠か2錠で4週間分処方し,テグレトール(200mg)とロヒプノール(1 分の1錠で済む場合があることを話した。 被告C医師は,原告の状態が,多少上向きであると判断し,アモキサン25mgを1日1回1錠か2錠で4週間分処方し,テグレトール(200mg)とロヒプノール(1mg)を1日1回各1錠4週間分を処方した。 同日が被告診療所での最後の診察となった。 (3)うつ病との診断について以上を前提に,まず,被告C医師が,1月22日の初診時に,原告をうつ病と診断したこと(被告C医師反訳書1・2頁)が,注意義務違反となるか否かにつき検討する。 アうつ病の診断基準被告らは,うつ病の診断につき,DSM-ⅣやICD-10のように症状の数だけで診断するべきではなく,症状,発症経過,家族の負因,状況因子,性格,治療への反応性など,多くの因子に基づいて総合的に診断すべきであると主張し,被告C医師も,うつ病は,症状のみで判断できるものではなく,その原因となる遺伝的要素,性格,養育環境,治療歴等を総合的に考慮して判断するものであるとの供述をする(被告C医師反訳書3・32,33頁)。 そして,症状の数だけで診断する操作的診断を機械的に行うことには根強い批判が存すること(弁論の全趣旨),症状の数がそろわなくとも,実際の診療の現場では治療を開始しなければいけない場面も存すること(被告C医師反訳書3・33頁)が窺われるところである。 しかしながら,総合的診断の内容が抽象的であり,あいまいであること から,操作的診断基準ではあるにせよ,米国精神医学会による「精神疾患の分類と診断の手引き」であるDSM-Ⅳ(甲B8),WHOの診断基準である「疾患国際診断基準第10版」(ICD-10)の診断基準(甲B55・129ないし131頁)が策定され,精神医学界で一般的に認められていることからすれば,うつ病と診断するに当たっては,DSM-Ⅳの「大うつ 国際診断基準第10版」(ICD-10)の診断基準(甲B55・129ないし131頁)が策定され,精神医学界で一般的に認められていることからすれば,うつ病と診断するに当たっては,DSM-Ⅳの「大うつ病の診断基準」又はICD-10の診断基準を満たすか,あるいは少なくともこれらの診断基準に照らして,その診断経緯を合理的に説明ができる必要があるものと解するのが相当である。 イDSM-Ⅳ該当性DSM-Ⅳの診断基準では,①その人自身の言明か,他者の観察によって示される,ほとんど1日中,ほとんど毎日の抑うつ気分,②ほとんど1日中,ほとんど毎日の,すべて,またはほとんどすべての活動における興味,喜びの著しい減退,③食事療法をしていないのに,著しい体重減少,あるいは体重増加,またはほとんど毎日の食欲の減退または増加,④ほとんど毎日の不眠または睡眠過多,⑤ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止,⑥ほとんど毎日の疲労感または気力の減退,⑦ほとんど毎日の無価値観または過剰であるか不適切な罪責感,⑧思考力や集中力の減退または決断困難がほとんど毎日認められる,⑨死についての反復思考,特別な計画はないが反復的な自殺念慮または自殺企図,または自殺するためのはっきりとした計画,のうち5つ以上の症状が同じ2週間の間に存在し(ただし,①または②を含むこと),病前の機能から変化を起こしていること等を要件としている(甲B8・137ないし139頁)。 そして,前記(2)認定の各事実によれば,原告には,被告C医師の診察を受けた1月22日当時,仕事をするのに努力を要することや原稿がたまりキャンセルするようなことがあったことから,抑うつ気分が見られたほか(①),入眠が困難であるとする睡眠障害(④),仕事をするのに努力 を要するという疲労感又は気力の減退が認められ(⑥),精神 りキャンセルするようなことがあったことから,抑うつ気分が見られたほか(①),入眠が困難であるとする睡眠障害(④),仕事をするのに努力 を要するという疲労感又は気力の減退が認められ(⑥),精神運動性の焦燥(⑤)があったことが認められる(これらの点は,原告も特に争わない。)。これに加え,原告は,調子が落ちると肥るとも話しており,これが体重増加(③)に該当すると考えられ,5つ以上の基準を満たしていることが認められる。さらに,これらの状態が2週間の間継続しているかどうかも問題となるが,前記(2)の事実によれば,原告は,被告C医師に対し,うつに符合するかもしれない症状がしばらく前からあり,しかもここ1,2年はその強度が増している旨説明したものと認められるから,この条件は満たしているものと解するのが相当である。 ウICD-10該当性ICD-10の診断基準では,軽症うつ病エピソードの診断ガイドラインとして,「①抑うつ気分,②興味と喜びの喪失,③活力の減退による易疲労性」のうち少なくとも2つ,さらに「a集中力と注意力の減退,b自己評価と自信の低下,c罪責感と無価値感,d将来に対する希望のない悲観的な見方,e自傷あるいは自殺の観念や行為,f睡眠障害,g食欲不振」のうちの少なくとも2つが存在し,エピソード全体が少なくとも約2週間持続することを要件としている(甲B55・129ないし131頁)。 そして,この点につき,被告C医師は,嫌な人に会いたくなくて社交性が狭まっていることから「②興味と喜びの喪失」があると考え,原稿執筆の遅れから「③易疲労性」があると考え(被告C反訳書3・20,21頁),さらに,原稿のキャンセルから「a集中力と注意力の減退」,入眠困難から「f睡眠障害」があると考えていた(被告C反訳書3・21,22頁)ことが認められるところ, 考え(被告C反訳書3・20,21頁),さらに,原稿のキャンセルから「a集中力と注意力の減退」,入眠困難から「f睡眠障害」があると考えていた(被告C反訳書3・21,22頁)ことが認められるところ,前記(2)認定の各事実によれば,被告C医師の上記判断はICD-10の軽症うつ病エピソードの診断基準に照らして合理的であるということができる。 エそうであれば,被告C医師がうつ病と診断した時点における原告は,D SM-Ⅳの「大うつ病の診断基準」を満たし,また,その診断はICD-10の軽症うつ病エピソードの基準に照らしても合理的であったと認められ,よって,被告C医師が原告をうつ病と診断したことに注意義務違反は認められない。 これに対し,原告は,本人尋問で,初診時ころ,講義のできがよくないときや学内の問題があったときなどに一過的に憂うつになることがあったものの沈み込んだり滅入ったりする抑うつ状態はあまりなかったこと(原告反訳書2・2,3頁),平成12年に相当数の論文を書いたり(甲A12),頻繁にメールの授受をし(甲A16,18),ファックス送信していること(甲A19)などからして,興味,喜びの喪失はなかったこと(原告反訳書2・3ないし5頁),初診当時,食欲が落ちたり体重が減ったことは全くなかったこと(同6頁),寝付きが悪かったり夜中に何度も目が覚めたり朝早く目が覚めることはときどきあったが月4回程度であったこと(同7頁),静かに座っていられないとか足踏みをする,手首を回す,衣類等を引っ張ったりする,会話や思考が遅い等の精神運動性の焦燥は全くなかったこと(同7,8頁),若いころに比べるとしばしば疲れやすくなっていると感じることはあったものの,初診時ころ,非常に疲れやすくなったという時期はなかったこと(同8頁),自分が価値のない人間であると感 こと(同7,8頁),若いころに比べるとしばしば疲れやすくなっていると感じることはあったものの,初診時ころ,非常に疲れやすくなったという時期はなかったこと(同8頁),自分が価値のない人間であると感じたり罪悪感を感じたことは全くないこと(同8頁),若いころに比べたら集中力も落ち,原稿の期限を守れないことが増えたと話したことはあるが,無価値感や疲れやすくなったということではないこと(同9頁),生まれてから一度も自殺を考えたことはないこと(同10頁),したがって,DSM-Ⅳの診断基準の各要素は一つも満たさず(同3,10頁),被告C医師からは,各項目毎に尋ねられたこともないこと(同10頁)を供述する。 しかしながら,原告が本人尋問で供述していることは,原告自身の自己 評価にほかならず,原告が,1月22日の診察において,C医師に対して話した内容の骨子は,前記(2)アに記載のとおりであったと認められることに照らせば,被告C医師が,それを元に,原告の症状がうつ病の診断基準に該当すると判断したことに不合理な点が認められないことは前記イ,ウで認定したとおりであって,原告の供述は採用できない。 また,原告は,被告C医師が,診察の際,原告に対し,うつ病の診断基準についての各項目毎に,個別の質問をしなかった点を問題とする。しかしながら,原告は,被告C医師の診察を受ける際,被告C医師が質問しなくても,自ら必要な情報について,一方的に詳細に話をし,原告の話す時間は,全体の95%以上あったと認められるから(原告反訳書4・5頁),被告C医師は,これを聞いて,診断することが可能であったと推認され,被告C医師が個別に質問しなかったからといって,被告C医師の判断の合理性についての上記認定が左右されるものではない。 (4)躁うつ病との診断について次に,被告C医師が, が可能であったと推認され,被告C医師が個別に質問しなかったからといって,被告C医師の判断の合理性についての上記認定が左右されるものではない。 (4)躁うつ病との診断について次に,被告C医師が,3月5日,原告を躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断したことに注意義務違反があるか検討する。 アDSM-Ⅳ該当性DSM-Ⅳによる双極Ⅱ型障害の診断基準は,「①1回以上の大うつ病エピソードの存在,②少なくとも1回の軽躁病エピソードの存在,③躁病エピソードあるいは混合エピソードが存在しない,④基準①と②の気分症状は分裂感情障害ではうまく説明されず,また,精神分裂病,分裂病様障害,妄想性障害,または特定不能の精神病性障害に重畳するものではない,⑤その症状は,臨床的に著しい苦痛又は社会的,職業的あるいは他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」ことである(乙B5・267頁)。 このうち,③及び④は消極的基準であり,原告がこれに該当しているこ とは当事者間に争いがない。 そこで,原告が,さらに①,②,⑤の基準を満たすかについて,検討する。 ①は,うつ病の診断基準に該当するエピソードの存在であるところ,原告が,1月22日の初診時,被告C医師に対し,これに該当する症状を訴えたものであることは前記(3)で認定したとおりである。 また,⑤についても,前記(2)で認定したとおり,原告は,少なくともうつ病により,原稿をキャンセルせざるを得なかったり,講義中に寝てしまうこともある等社会的,職業的機能障害を引き起こしていたと認められるから,原告は⑤の基準に該当していたと認められる。 そこで,原告に,さらに②の軽躁病エピソードが認められたかが問題となる。 前記(2)エ認定のとおり,原告は,3月5日,被告C医師に電話をして,アモキサン服用後,何晩でも徹夜で仕事 いたと認められる。 そこで,原告に,さらに②の軽躁病エピソードが認められたかが問題となる。 前記(2)エ認定のとおり,原告は,3月5日,被告C医師に電話をして,アモキサン服用後,何晩でも徹夜で仕事ができてしまうこと,全く眠れないことを訴えたことが認められる。そして,前記(2)ア,エ認定のとおり,被告C医師は,初診時において,原告に,数か月持続する軽症の抑うつ症状を認め,うつ病と診断したが,原告が肥満型で精力的だが,なめらかな対人接触をもつ循環気質であることから,躁的にもなり得る躁うつ病のうつ病相を疑って,カルテに「MDI(躁うつ病)」と記載したこと,3月5日,原告が,徹夜で仕事がこなせる状態であると説明したことから,軽躁状態を確認し,双極性Ⅱ型障害であると判断したことが認められる。 そして,原告に現れた上記の症状は,少なくとも数日間続く軽度の気分高揚,気分と活動性の亢進,睡眠欲求の減少として,軽躁病の状態と矛盾しないこと,原告が肥満型で,精力的であること(弁論の全趣旨),原告の気質が循環気質であると判断した被告C医師の判断にも不合理な点は認められないことに照らせば,3月5日,被告C医師が,原告に軽躁状態を 認め,双極性Ⅱ型障害と判断したことは,DSM-Ⅳの診断基準に照らして合理性を有していたと認めることができる。 原告は,この点につき,アモキサン服用後の状態は,アモキサンの激烈な作用によって作り出された睡眠障害に驚き苦しんだ時期に過ぎず,3月5日以降,不眠は,アモキサンの減量により解消したのであるから,これをもって軽躁状態ということはできないと主張する。 そして,確かに3月5日以降,アモキサンの服用を1日1回にしたら,睡眠が改善したことが認められる。 しかしながら,単なるアモキサンの副作用による不眠であれば,眠れなくなって辛いだけ ないと主張する。 そして,確かに3月5日以降,アモキサンの服用を1日1回にしたら,睡眠が改善したことが認められる。 しかしながら,単なるアモキサンの副作用による不眠であれば,眠れなくなって辛いだけで,その間仕事ができるような状態ではないのが通常であるところ,原告は,3月5日当時,いくらでも仕事ができるような状態になったことが認められるから,この点はアモキサンの影響だけで説明できるものではなく,活動性の亢進で躁状態が発生したものとする被告C医師の判断(被告C医師反訳書3・36頁)には合理性が認められる。 そうであれば,3月5日に原告が被告C医師に対し,徹夜で仕事ができるようになったと話したことをもって,被告C医師が,原告において軽躁状態が発生したと考えたことが誤りであるとはいえない。 なお,原告は,双極性障害の特徴である躁局面(「気分の著しい高揚」「怒りっぽい」「誇大性,誇大妄想」「寝ないでも平気」「口数が多くしゃべりやまない」「いろいろな考えが頭の中にあふれてくる」「すぐに気が散る」「活動的になる,じっとしていられない」「借金してまでの買い漁り,性的無分別などの問題行動」)を経験したことはなく,家族や職場その他親しい者からそのような指摘を受けたことはないと主張し,躁局面を示す状況はなかった旨供述をする(原告反訳書2・18,19頁)。 しかし,3月5日における原告の症状として,「怒りっぽい」「誇大性,誇大妄想」「口数が多くしゃべりやまない」「いろいろな考えが頭の中に あふれてくる」「すぐに気が散る」「じっとしていられない」「借金してまでの買い漁り,性的無分別などの問題行動」を認めることはできないものの,「気分の著しい高揚」「寝ないでも平気」「活動的になる」等の症状はあったものと認められるのであり,軽度ではあるものの,躁局面はあったも 漁り,性的無分別などの問題行動」を認めることはできないものの,「気分の著しい高揚」「寝ないでも平気」「活動的になる」等の症状はあったものと認められるのであり,軽度ではあるものの,躁局面はあったものと認められるから,原告の供述は採用できない。 イICD-10該当性ICD-10では,躁状態を,「軽躁状態」「精神病症状を伴わない躁状態」「精神病症状を伴う躁状態」の3つの型に分類し,軽躁病の診断基準を「躁病の程度の軽いもので,気分と行動上の異常があまりに持続的で明瞭なため,気分循環症に含めることはできないが,幻覚や妄想を伴わないもの」で,少なくとも数日間続く軽度の気分高揚,気分と活動性の亢進,著しい健康感と心身両面の好調感が存在し,社交性増大,多弁,過度のなれなれしさ,性的活力の亢進,睡眠欲求の減少をみるが,仕事面での破綻はなく,社交上忌避されない範囲のものと規定したうえ,少なくとも2回以上の躁病か軽躁病とうつ病のいずれかの病相の反復があれば躁うつ病としている(乙B4・1281頁)。 そして,原告には,初診時,うつ病の病相に適合する訴えがあり,3月5日に軽躁病と判断されるエピソードがあったと認められることは前記認定のとおりである。 この点につき,原告は,躁局面とうつ局面の反復はない旨主張する。 確かに,前記認定事実によれば,原告は,うつ局面であったものが,その後躁局面のエピソードが現れたにとどまり,反復したとまではいえないことが認められる。しかしながら,両局面が現れたと合理的に判断できる以上,躁うつ病との診断がICD-10の診断基準に照らして不合理であったということはできない。 ウ以上の認定に対し,原告の協力医であり,平成16年3月8日から平成 18年10月16日まで原告が通院し,診察を受けた杵渕彰医師は,意見書により,原告を,うつ であったということはできない。 ウ以上の認定に対し,原告の協力医であり,平成16年3月8日から平成 18年10月16日まで原告が通院し,診察を受けた杵渕彰医師は,意見書により,原告を,うつ病や躁うつ病ではなく,「適応障害」と診断していることが認められる(甲A21,甲A22の1)。 しかしながら,同意見書は,被告診療所における診療経過について,原告本人の陳述を前提に判断しているし,原告の平成16年3月8日以降の診療経過や,原告がハイパーセンシティビティシンドロームに罹患しステロイドパルス療法を受けたのちの状況も踏まえて判断しているものであって,同意見書により,平成13年1月から5月における被告C医師の診断についての前記認定が左右されるものではない。 (5)よって,被告C医師が原告をうつ病あるいは躁うつ病(双極性Ⅱ型障害)と診断したことに,注意義務違反があったと認めることはできない。 争点(2)(投薬ミス)について(1)原告は,テグレトールは,抗てんかん薬であり,2次的に躁病の適応があるものの,うつ病には適応がないのに,被告C医師が原告にテグレトールを処方したことが注意義務違反であると主張する。 (2)そこで検討するに,テグレトールは,気分安定化作用があり,てんかんに伴う精神症状の改善に役立つとともに,感情障害に対しても,躁状態改善作用,躁うつ病相予防効果をもつこと(甲B15,乙B2・236頁),能書にも躁うつ病の躁状態に用いられることが明記されていること(甲B4,6,22)が認められる。 そして,前記1認定のとおり,被告C医師は,原告にテグレトールを処方した3月5日の時点において,原告が双極性Ⅱ型障害の軽躁状態であると診断して,躁状態に適応のあるテグレトールを処方したことが認められ,その診断自体が誤りでないことは前記1で 原告にテグレトールを処方した3月5日の時点において,原告が双極性Ⅱ型障害の軽躁状態であると診断して,躁状態に適応のあるテグレトールを処方したことが認められ,その診断自体が誤りでないことは前記1で認定したとおりであるから,よって,被告C医師によるテグレトールの処方が注意義務違反であるとは認められない。 (3)原告は,アモキサンの減量によって睡眠障害も改善していたから,軽躁状態に対する処方は必要なかったと主張する。しかしながら,被告C医師は,睡眠障害の改善のためだけにテグレトールを処方したのではなく,躁うつ病で有効な機能を有し,躁状態の治療薬であり,再発防止の維持薬でもあることからテグレトールを処方したのであること(被告C医師反訳書1・4頁),テグレトールの処方に際しては,アモキサンの減量のみで症状の改善が不十分な場合に,頓服として服用するよう指示していたこと(前記1(2)エ)に照らせば,原告の主張は採用できない。 (4)よって,被告C医師が原告にテグレトールを処方したことに,注意義務違反があったと認めることはできない。 争点(3)(説明義務違反)について(1)原告は,被告C医師が,テグレトールを投薬するに当たり,その処方により生じる副作用のリスク,リスクが生じた場合の対処方法,飲酒やグレープフルーツ等との併用の危険等を説明すべき注意義務があったのに,この説明を全く行わなかった注意義務違反があると主張する。 (2)確かに,前記1(2)エ,オに認定のとおり,被告C医師は,平成13年3月5日にテグレトールを処方した際,原告に対しては,不眠があるので睡眠導入剤を処方すること,睡眠導入剤は必要を感じたときに就寝1時間くらい前に服用することを説明,指示し,同月12日,原告が,薬が2種類あるが,両方とも睡眠導入剤であるのか,安全な ,不眠があるので睡眠導入剤を処方すること,睡眠導入剤は必要を感じたときに就寝1時間くらい前に服用することを説明,指示し,同月12日,原告が,薬が2種類あるが,両方とも睡眠導入剤であるのか,安全な薬であるのか尋ねたのに対し,被告C医師が,大きい方(テグレトール)が精神安定剤であり,小さい方(ロヒプノール)が睡眠導入剤であり,両方とも安全な薬であり依存性や習慣性がないことを説明したのみで,それ以外に副作用のリスク,リスクが生じた場合の対処方法等について説明をしていないことが認められる。そして,平成12年6月26日発行の書籍(甲B1),平成15年11月1日発行の書籍(甲B2)や同年3月13日付のホームページ(甲B3)などでは,ハイパ ーセンシティビティシンドロームの原因薬剤として,テグレトールがあることが指摘されており,原告が,被告C医師から処方されたテグレトールを服用したことにより,その後,原告にハイパーセンシティビティシンドロームという副作用が発生したことが認められる。 (3)そこで検討するに,投薬に際し,医師は特別な事情がない限り,投薬の目的,効果及び副作用等について,患者に説明すべき義務を負うというべきであり,そのことは,精神科の患者であっても,その診察や治療の妨げとなることがない限り,異なることはないというべきである。 しかしながら,医師は,投薬に際し,その副作用の重篤性,発生頻度に照らして,重要と考えられるものを説明すれば足りるものであって,当該投薬により発生することが極めて稀な副作用についてまで,全て説明しなければならない注意義務が発生するとまではいえない。 (4)そこで,テグレトールの副作用について検討するに,①標準的な精神医学の教科書では,テグレトール(カルバマゼピン)の副作用としては,「眠気,めまい感,発疹,一 義務が発生するとまではいえない。 (4)そこで,テグレトールの副作用について検討するに,①標準的な精神医学の教科書では,テグレトール(カルバマゼピン)の副作用としては,「眠気,めまい感,発疹,一過性の白血球減少症などがある」とだけ記載されていること(乙B2・236頁),②能書には,その他の副作用として過敏症が挙げられているもののハイパーセンシティビティシンドロームは特に指摘されていないこと(甲B4,6,22),③薬物過敏症症候群(DIHS)は,皮膚科学会でもその分野の専門家の間で1998年(平成10年)から言われ出した比較的新しい概念であり(甲B24,乙B3),平成12年7月当時確立された診断基準がないと指摘され(甲B1・181頁),平成15年11月1日付け日本医師会雑誌における橋本公二教授による「drug-inducedhypersensitivitysyndrome」でも「なぜ特定の薬剤が原因となっているのか,また,薬疹においてどのような機序でHHV-6の再活性化が引き起こされるのかなどDIHSでは不明なことが多く,その研究は端緒についたばかりといわざるをえない」とされていること(甲B2・1245頁), ④被告C医師がこれまでテグレトールを用いて重篤な副作用が出たことは本件以外になく,テグレトールの服用でハイパーセンシティビティシンドロームに罹患した例は自らの経験でも,他の医師から聞いたこともないこと(被告C医師反訳書1・4頁,反訳書3・34頁)が認められる。 以上によれば,被告C医師が原告にテグレトールを処方した平成13年3月5日当時,テグレトールからハイパーセンシティビティシンドロームが発症する危険性は極めて少ないと理解されていたものといわざるを得ない。 そして,実際の臨床では,一般的に,悪性症候群やハイパーセンシティ 5日当時,テグレトールからハイパーセンシティビティシンドロームが発症する危険性は極めて少ないと理解されていたものといわざるを得ない。 そして,実際の臨床では,一般的に,悪性症候群やハイパーセンシティビティシンドロームのように極めて稀な副作用について説明することはないこと(乙A5)に照らせば,被告C医師が,テグレトールの投薬に際し,ハイパーセンシティビティシンドロームの副作用についてまで説明すべき注意義務があったと認めることはできない。 (5)なお,原告は,テグレトールの投薬に当たり,他の副作用のリスク,リスクが生じた場合の対処方法,飲酒やグレープフルーツ等との併用の危険性についても説明すべきであると主張する。 しかしながら,精神医学の教科書で指摘されている眠気,めまい感,発疹,一過性の白血球減少症など(乙B2・236頁)や,飲酒やグレープフルーツ等との併用の問題は,必ず説明しなければならない重篤な副作用とまではいえないことからすれば,これを説明しなかったことが,直ちに注意義務違反に該当するということもできない。 (6)よって,被告C医師に,説明義務違反があったと認めることもできない。 以上によれば,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部 裁判長裁判官秋吉仁美裁判官渡邉隆浩裁判官佐藤哲治は,転官のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官秋吉仁美
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