昭和53(う)976 船舶の油による海水の汚濁の防止に関する法律違反被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和54年9月20日 東京高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      本件控訴を棄却する。          理    由  本件控訴の趣意は弁護人山田弘之助、同草鹿浅之介、同三上雅通連名提出の控訴 趣意書、同補充書に記載のとおりであるからここに

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判決文本文3,580 文字)

主    文      本件控訴を棄却する。          理    由  本件控訴の趣意は弁護人山田弘之助、同草鹿浅之介、同三上雅通連名提出の控訴 趣意書、同補充書に記載のとおりであるからここにこれを引用し、記録並びに当審 及び原審取調べの各証拠により以下のとおり判断を示す。  一 所論は、昭和四二年法律第一二七号船舶の油による海水の汚濁の防止に関す る法律(以下単に旧法という)五条一項一号にいう「排出」には過失によるそれを 含まず、かつ、旧法三六条も過失犯の処罰を定める特別の規定ではないとし、これ に基づき原判決が憲法三一条に反する旨主張するものである。  <要旨>1 ところで旧法五条一項は、「船舶……は、次の海域において油を排出 してはならない」と規定して油の</要旨>排出を一律に禁止する一方、同法七条一項 二号においては、右五条一項を適用しない場合として、「船舶の損傷その他やむを 得ない原因による油の排出。ただし、当該油の排出を防止し、又は減少させるため の措置をとつた場合に限る」と定められているものである。これによれば、右五条 一項は、いわば不可抗力的事由を原因とする場合を除くものの、およそ油が船体か ら離れ海上海中に滞留するという物理的状態の発生することを結果自体として一切 禁止するものであつて、その原因の如何を問わない法意であることが明らかであ り、ひつきよう「排出」とは、原因の如何を問わずかかる結果を生ずることそれ自 体を指す概念であると解される。ところで故意・過失は、たしかに責任論の見地か らは責任条件の態様であるが、それとともに因果関係の見地からは原因事実の具体 的態様に外ならず、それゆえ、右に原因の如何を問わないということは、「排出」 の原因が人の行為にある場合に、その故意・過失の如何を問わないことをも含むも のであり、右五条一項にいう「排出」にこ 実の具体 的態様に外ならず、それゆえ、右に原因の如何を問わないということは、「排出」 の原因が人の行為にある場合に、その故意・過失の如何を問わないことをも含むも のであり、右五条一項にいう「排出」にことさら人の過失に基づくものが含まれな いと解すべきいわれはない。  2 次に、旧法三六条に「第五条第一項……の規定の違反となるような行為をし た者」とある規定が、故意にかかる行為をした者の外、過失によつてかかる行為を した者をも処罰対象として含む趣意であるかどうかにつき1に述べた点に加えて種 々の観点から検討してみる。  (イ) まず、旧法五条の法意が前記のごときものであることにかんがみれば、 これと相まつて一個の刑罰規定を構成する旧法三六条は、その文理上、故意による 油の排出に限らず、過失による油の排出をも処罰対象として含むものと解する余地 がある。かような文理上の可能性があるときは、過失犯の処罰をも明記する文言が 条文中に用いられていない場合であつても、当該法令全体の立法の趣旨目的及び関 連法条との関連から特定の罰則規定が明らかに過失犯をも処罰する趣旨であると解 されるかぎり、これをもつて刑法三八条一項にいう「特別の規定」にあたるものと して差支えなく、右のような明記文言の欠如の故に直ちに、故意犯のみを処罰する 規定であると解さなければならないものではない。  (ロ) すすんで旧法の立法の経緯についてみると、船舶の油による海水の汚濁 を防止することは、「一九五四年の油による海水の汚濁の防止のための国際条約」 がわが国についても発効することに備え、これを誠実に遵守する義務の履行として 立法化されたものであるところ、前記条約は、その文言自体から、油の排出につい てはその原因の如何を問わずおよそ排出という物理的事実そのものを禁ずる趣旨で あると解されるから、かかる趣旨の実現を国内 して 立法化されたものであるところ、前記条約は、その文言自体から、油の排出につい てはその原因の如何を問わずおよそ排出という物理的事実そのものを禁ずる趣旨で あると解されるから、かかる趣旨の実現を国内法において刑罰をもつて強制しよう とするものである旧法三六条が、故意の投棄のみを処罰対象とするものであるにお いては、国の憲法上の義務として前記条約を誠実に遵守するうえで、必ずしも十分 でないものがあると認められる。  (ハ) 次に立法府における旧法の審議、制定の過程についてみると、法案の委 員会審議において、旧法案は過失による佃の排出をも処罰対象とするものであつ て、かつ、右の趣旨が、主としては前記「排出」の概念を介し、また前記条約の趣 旨を体して行うものであるところの規制の本旨を通じて、旧法の関連規定上明らか にされており、ことさら明文の規定をおくまでもないとする立案主務官庁の見解か 明示されているのであり、各関連法条がなんらの修正もなく関係委員会の議決を 経、本会議においても可決された以上は、過失による油の排出をも処罰することが まさしく立法府の意図するところであつたものと解するに足りる。  (二) およそ行政取締法規は、行政目的の実現に資するという性格上、行政違 反の客観的状態を事実そのものとして予防禁圧しようとし、それゆえ行政義務の履 行を強制する手段としての行政罰則も多くは過失犯をも処罰対象とすることになる が、とくに問題の行政違反状態が通常は故意によつてではなく、むしろ過失によつ て生ずることが多いような類のものである場合においてはなおさらのことであり、 行政罰則の解釈においては、右の事理を考慮の外におくことはできない。ちなみに 当審における事実調の結果によれば、海上保安庁において昭和四一年から同五一年 にかけて探知しえた船舶を流出源とする油の海上流出についてみる 釈においては、右の事理を考慮の外におくことはできない。ちなみに 当審における事実調の結果によれば、海上保安庁において昭和四一年から同五一年 にかけて探知しえた船舶を流出源とする油の海上流出についてみると、故意になさ れたもの若しくはその疑いのあるもの合計二、五〇九件に対し、過失によると認め られるもの合計三、〇一七件を数えるのであつて、これによつてみても、旧法が意 図する立法目的を実現するうえには、故意の投棄の禁止のみを刑罰によつて履行強 制するにおいては、半ば実効を期しがたいものがあると認められる。  (ホ) 昭和四五年法律第一三六号海洋汚染防止法(以下単に新法という)にお いて設けられた過失による船舶の油流出を処罰する旨の明文規定は、新法において 新たに規制対象に組み込まれることとなつたが一九六九年改正条約の規制外である 船舶の廃棄物並びに海洋施設の油又は廃棄物の各排出等についてその過失犯を処罰 しないこととの対比上、とくに確認的意味合いで設けられたものと解せられ、これ を船舶からの油の排出の過失犯を創設した規定であるとは解しがたく、また、所論 指摘の新法における施行期日の点も前記の新規規制対象の取扱上、政策的に定めら れたものと考えられるから、以上いずれの点も、旧法において過失による油流出を 処罰する趣旨の規定が欠如していたと解することの証左とするには足りないもので ある。  3 以上指摘した1、2の諸点を総合していえば、旧法五条一項、三六条により 一体として構成される刑罰規定は、その内容自体において過失犯をも処罰する法意 であることが同法の関連規定上明らかであり、かつ、こう解釈することが立法目的 の実現にも資するものと解せられる。従つて、これと同一の見解をとる原判決の法 律判断は所論にも拘らず、結局正当であり、憲法三一条違反をいう論旨はその前提 を欠くものであり、こ こう解釈することが立法目的 の実現にも資するものと解せられる。従つて、これと同一の見解をとる原判決の法 律判断は所論にも拘らず、結局正当であり、憲法三一条違反をいう論旨はその前提 を欠くものであり、この点の論旨は理由がない。  二 所論はまた量刑不当をいう。  しかしながら、被告人の過失の態様、油の流出量を考え、旧法が油の流出を禁止 している目的にかんがみれば、幸いに流出油の回収に成功したとの所論事情を充分 考慮しても、所定刑中罰金刑を選択し、その所定額の範囲内で被告人を罰金五〇、 〇〇〇円に処した原判決の量刑をもつて不当に重いものと認めることはできず、こ の点の論旨も理由がない。  三 よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり 判決する。  (裁判長裁判官 時國康夫 裁判官 栗原平八郎 裁判官 柴田孝夫)

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