平成13(う)41 傷害致死被告

裁判年月日・裁判所
平成14年2月21日 仙台高等裁判所
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判決文本文13,431 文字)

○酒乱の兄を押さえ込んだ行為につき正当防衛に当たるとして傷害致死罪の成立が否定された事例平成14年2月21日判決宣告仙台高等裁判所平成13年(う)第41号傷害致死被告事件 (原審盛岡地方裁判所平成11年(わ)第155号,平成11年11月8日判決宣告) 主文 原判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由 第1 本件控訴の趣意は,弁護人川原眞也が提出した控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。 控訴趣意の第1は,事実誤認を主張し,要するに,原判決は,被告人が兄Aに対し,「背後から両腕で同人の頸部付近を圧迫する暴行を加え,よって,・・・(略)・・・ 同人を頸部圧迫による遷延性窒息により,死亡させたものである。」と認定しているが,被告人が背後から両腕でAの頸部付近を圧迫する暴行を加えたことはなく,また,Aが頸部圧迫による遷延性窒息により死亡したとの証明は十分でないから,原判決には事実誤認がある,というのである。 控訴趣意の第2は,事実誤認を主張し,要するに,仮に被告人による頸部圧迫行為がAの死因となっているとしても,被告人の当該行為は,暴れるAを制圧するためなされたもので,防衛の程度を越えるものではなく,かつ,被告人に防衛の程度を越えるものとの認識もなかったのであるから,正当防衛を否定して過剰防衛の成立を認めたにとどまる原判決には事実誤認がある,というのである。 第2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 1 事実関係等(1) 原審及び当審で取り調べた関係各証拠によれば,以下の事実関係が認められる。 被告人と兄Aは,実母Bとともに,原判示 ,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 1 事実関係等(1) 原審及び当審で取り調べた関係各証拠によれば,以下の事実関係が認められる。 被告人と兄Aは,実母Bとともに,原判示の岩手県水沢市内の住宅に一緒に住んでいたものであるが,Aは,酒癖が悪く酒乱で,日ごろから酔っては家で暴れ,物を壊すなどしていたが,平成11年8月25日夕方ころから,家で缶ビールや日本酒を飲み,その後外出して,同市内の飲食店等で飲酒した上,翌8月26日午前零時過ぎころ,相当酔って帰宅した。Aは,帰宅すると,台所にあった体重計を持って振り回して,廊下の窓ガラスを割るなどし,物音で起きてきたBに大声で怒鳴り散らした上,体重計を持ち上げて投げようとしたり,更にはなだめるBの胸ぐらや肩をつかむなどした。被告人は,仕事を終えた後,食堂で飲酒して帰宅し,居間で酒を飲んでいたが,BとAの揉めている声が聞こえ,Bの助けを求める声がしたので,台所の方へ行き,BをつかんでいるAを認めると,Aの肩をつかんでBから引き離し,更に足をかけて倒したところ,今度はAが被告人につかみかかってきたので,二人は廊下において倒れた状態で取っ組み合いとなった。被告人は,まもなくAから離れて立ち上がり,仰向けに倒れているAを,背後からその着ているTシャツの襟首の後ろをつかんで引っ張り,廊下から居間内まで約2メートルほど引きずっていった。被告人は,更に仰向けになったまま手足をばたつかせているAを押さえつけるため,ひざまづいてその肩等を押さえたが,Aが,手足をばたつかせながら,押さえようとする被告人から逃れるように,後ずさりして居間内を移動し,部屋角の壁に接したところで起きあがり,被告人に立 まづいてその肩等を押さえたが,Aが,手足をばたつかせながら,押さえようとする被告人から逃れるように,後ずさりして居間内を移動し,部屋角の壁に接したところで起きあがり,被告人に立ち向かってくる態度を示した。そのため被告人は,Aの顔面を3回ほど殴った(以下「顔面殴打行為」という。)が,なおもAが向かってくる態度を示したので,被告人は,Aの背後に回ると,左手でAの左手首を,右手でその右手首をつかみ,自己の腕とAの腕を共にAの胸で交差させて抱きかかえるようにし,二人で右側を下にして横倒しになったが,Aが更に足をばたつかせるなどしたため,自己の左右の足をそれぞれAの左右の足に絡めて,抱きかかえたまま横倒しになり,押さえていたところ(この自己の両手でAの両手をつかみ,自己の腕とAの腕を共にAの胸で交差させて抱きかかえ,更に足を絡めて,抱きかかえたまま横倒しとなって押さえた一連の行為を,以下「両腕による押さえ込み行為」という。),動いていたAが,体から急に力が抜けるように動かなくなった。被告人は,Aが寝たものと思い,その場に横倒しにしたまま放置し,Bも共にそれぞれ自分の部屋に入り就寝した。同日午前5時ころ,被告人は,用足しに起きた際,居間をのぞくと,Aが就寝前と同じ姿勢のままでいるのに気づき,Aが既に死亡しているのが発見された。 (2) ところで,起訴状の公訴事実には,「A(当時54年)に対し,その顔面を手拳で殴打し,背後から両腕でその頸部付近を圧迫するなどの暴行を加え,」とあり,検察官の冒頭陳述では,「Tシャツの襟をつかんで,茶の間に引きずって行った後の行為として,被告人はAの顔面を殴打して,公訴事実記載の犯行に及んだ」とされ,原審 行を加え,」とあり,検察官の冒頭陳述では,「Tシャツの襟をつかんで,茶の間に引きずって行った後の行為として,被告人はAの顔面を殴打して,公訴事実記載の犯行に及んだ」とされ,原審第9回公判では,検察官の主張として,「一被告人は,自己の両手が被害者の前頸部で交差する状態で被害者の前頸部を圧迫した。二被告人は,被害者の両手首を掴んだ上,被害者の前頸部で自己の両手を交差させ被害者の頸部を圧迫しているので,被告人と被害者の手が一体となって被害者の前頸部を圧迫したものと考える。三被害者の頸部圧迫状況は,単に被告人が両手で被害者の両手首を被害者の前頸部で押さえたに止まらず,自己の両手を手前に引いて被害者の頸部を圧迫したと考える。」と釈明され,検察官の論告でも,被害者の頸部筋肉の出血を生じさせた頸部圧迫としては,被害者を背後から押さえた際に,被告人の両手が被害者の頸部を圧迫したということであると主張され,それを受けて弁護人の弁論においても,Tシャツの後ろ襟首をつかんで引っ張った行為は,起訴の対象外であることを前提に主張が展開され,原判決も,罪となるべき事実の中において,Tシャツの後ろ襟首をつかんで引っ張った行為を特に掲げず,「同人(A)の顔面を手拳で3回殴打した上,背後から両腕で同人の頸部付近を圧迫する暴行を加え,」と判示しているのである。こうした原審での検察官の主張及び審理経過からして,上記(1)の事実関係の中で,本件公訴事実として起訴の対象となっているのは,Tシャツの後ろ襟首部分をつかんで引っ張り,廊下から居間内にAを移動させた後の,居間内における顔面殴打行為と両腕による押さえ込み行為であると認められる。そこで,以下の検討において るのは,Tシャツの後ろ襟首部分をつかんで引っ張り,廊下から居間内にAを移動させた後の,居間内における顔面殴打行為と両腕による押さえ込み行為であると認められる。そこで,以下の検討においても,それを前提とする。 2 頸部圧迫の事実の有無について所論は,被告人がAの頸部を圧迫した事実はない旨主張し,被告人も,原審及び当審公判で,両腕による押さえ込み行為をしたが,自己の腕やAの腕が首に当たることはなく,Aの頸部を圧迫するような事実はなかった旨供述する。 しかしながら,原審で取り調べたC作成の鑑定書,同人の検察官に対する供述調書(平成11年11月2日付け)及び同人の原審公判での供述によれば,Aの死体については,その前頸部には,細長い作用面を有する鈍体の擦過・圧迫等によって生じたと考えられる帯状の表皮剥脱,すなわち索痕があり,それを生じさせた索条としては,比較的幅が狭く表面が少しく粗慥なものが考えられること,下顎底にも同一の索条により生じたと考えられる表皮剥脱があること,前頸部右側に細長い作用面を有する鈍体の圧迫等により生じたと考えられる皮下出血があること,一方,浅頸筋筋腹の出血があり,これは上記の索条の作用によるよりも,前頸部から右側頸部に対する鈍体の圧迫等により生じたものと考えられること,右胸鎖乳突筋付着部の出血は,頸部の圧迫により同部が牽引されあるいはうっ血が生じたことによると考えられることが認められる。また,当審で取り調べたD作成の鑑定書及び同人の当審公判での供述によっても,前頸部左側の下顎底頸移行部及び下顎底頸移行部に表皮剥脱がそれぞれあり,これらは帯状形態を有し,頸部を水平あるいは上方に走っている索溝と判断でき,軟性の索条による圧迫によって生じたものと考 部左側の下顎底頸移行部及び下顎底頸移行部に表皮剥脱がそれぞれあり,これらは帯状形態を有し,頸部を水平あるいは上方に走っている索溝と判断でき,軟性の索条による圧迫によって生じたものと考えられること,前頸部右側に暗紫赤色変色があり,これは形状が三日月状で印象損傷的要素の変色であること,右胸鎖乳突筋筋腹前面及び右胸鎖乳突筋付着部前面にそれぞれ筋肉内出血があり,これらの出血は,索条による圧迫ではなく幅広い鈍体による圧迫の可能性が高いことが認められる。そして,上記認定される1(1)の事実関係の下で,両腕による押さえ込み行為を行った際,Aの胸上で交差状態になった被告人の腕あるいはAの腕が,Aの頸部に当たってそれを圧迫するということは,十分考えられる状況であり,それが上記C及びD各作成の鑑定書並びに両名の公判供述で指摘されている鈍体による圧迫に該当するものといえる。 したがって,被告人が両腕による押さえ込み行為を行った際,Aの胸上で交差状態になった被告人の腕あるいはAの腕がAの頸部を圧迫するという事実があったものと認めることができる。論旨は理由がない。 3 Aの死因について所論は,原判決認定のように,Aが頸部圧迫による遷延性窒息により死亡したとの証明は十分でない旨主張する。 そこで,原審及び当審で取り調べた証拠から検討する。 (1) 上記C作成の鑑定書においては,死因として,「本屍にはいくつかの損傷があるが,これらは損傷自体としては比較的軽微であって,総合しても死因たりえず,損傷死したとは考えられない。病死も否定的である。薬物スクリーニング検査の結果も陰性であった。一方,本屍の前頸部には帯状の一部断続する表皮剥脱を認め,浅頸筋にも比較的顕著な出血が認めら したとは考えられない。病死も否定的である。薬物スクリーニング検査の結果も陰性であった。一方,本屍の前頸部には帯状の一部断続する表皮剥脱を認め,浅頸筋にも比較的顕著な出血が認められた。これらのことは前頸部に対する機械的圧迫があったことを示唆している。すなわち本屍は頸部圧迫により窒息した可能性が考えられる。本屍には眼瞼結膜に溢血点があり,下顎や上胸部に溢血点(点状出血)が認められるが,顔面のうっ血はほとんどなく,心臓血も凝血を含んでおり,全体としては窒息の所見は著明とはいえない。これらは必ずしも窒息を否定するものではなく,頸部圧迫の作用時間が比較的短く死亡前にその圧迫が解かれていたこと,あるいは窒息の過程が遷延性に進んだこと等がその理由として考えられる。以上を要するに本屍は頸部圧迫による窒息により死亡したとするのが妥当である。」とする。また,同人は,原審公判において,「顔面のうっ血がなく,心臓血に凝血が含まれているなど,急性窒息死を表す三徴候は著明ではないが,眼瞼結膜の溢血や上胸部の溢血があり,頸部への索条による圧迫と浅頸筋に出血が生じるほどの鈍体による強い頸部圧迫が認められ,鈍体による強い頸部圧迫は頸動脈を閉塞する可能性があるので,索条による圧迫と鈍体による圧迫の両者が作用して遷延性窒息死に至ったと考えられる。」旨供述する(以上のC作成の鑑定書及び同人の原審公判供述を併せて,以下「C鑑定」という。)。 (2) 当審で取り調べた上記D作成の鑑定書においては,「本屍には頸部に索溝がみられ,索条による頸部圧迫を受けたことは明らかであるが,心臓内血液に軟凝血がやや多く含まれていることから,一般的にいわれている窒息死を含めた急死の典型像では ては,「本屍には頸部に索溝がみられ,索条による頸部圧迫を受けたことは明らかであるが,心臓内血液に軟凝血がやや多く含まれていることから,一般的にいわれている窒息死を含めた急死の典型像ではなく,単純に頸部を索条で圧迫し続けたことによって惹起された窒息死とは考えにくい。」「本屍の場合,索溝所見は比較的明瞭にもかかわらず,頭部・顔面に現れたうっ血・溢血の頸部圧迫を示す所見が弱いか無く,軟凝血塊がやや多量とあって典型的な急死例とは言い難く,索条による頸部圧迫は比較的短時間であったと考えられ,それだけでは死に至らなかったものである。」とした上,他の致死的要因を考慮する必要があるとして,「前頸部右側の暗紫赤色変色,右胸鎖乳突筋筋腹の出血,右胸鎖乳突筋付着部前面の出血,下顎部皮膚に多数散在する皮膚溢血点(点状出血),上胸部右側で鎖骨上窩から肩部に多数散在する溢血点から,右側頸部から下顎部を中心として比較的広範囲な作用面を持つ鈍体による頸部圧迫が示唆される。」「主として右側頸部から下顎部を中心として比較的広範囲な作用面を持つ鈍体による頸部圧迫の場合,右頸動脈の閉塞による脳虚血に加えて,気道閉塞・狭窄も窒息の発生機転になりうる。窒息の状態は,途中の中断があったとしても,先の索条による頸部圧迫が続いていることになるため,線維素融解物質活性化物質も一気の放出とならず,軟凝血塊の形成は説明が可能である。索条による頸部圧迫の時間は比較的短時間としか述べることができなかったが,その後の鈍体による頸部圧迫もまた,その時間経過を具体的に数値を上げて示すことは困難である。ただし,脳底部の動脈硬化症並びに脳軟化巣の存在から,脳の酸素欠乏は起こりやすい状態にあった が,その後の鈍体による頸部圧迫もまた,その時間経過を具体的に数値を上げて示すことは困難である。ただし,脳底部の動脈硬化症並びに脳軟化巣の存在から,脳の酸素欠乏は起こりやすい状態にあったものと考える。更に中等度酩酊状態も,脳の覚醒を亢進し酸素供給を増加させるため,エタノールもまた脳の酸素欠乏を増強させる因子として働く可能性が高い。従って,索条による頸部圧迫時点で一度脳の酸素欠乏・虚血が進行すれば,いったん頸部圧迫が中断されたとしても,その後比較的短時間内に主として右側頸部から下顎部を中心とした頸部圧迫が再度起これば,脳の酸素欠乏・虚血状態は十分に回復していないため,普通,窒息で死に至るに必要な3~5分といった時間をかけない圧迫でも,死の可能性は十分にあろう。」「まとめると,索条による頸部圧迫後に加えられた,あるいは生じたであろう致死的要因を考えたときに,下顎部の皮膚点状出血・表皮剥脱,右胸鎖乳突筋の出血,前頸部右側の変色の存在から,右側頸部から下顎部を中心とした比較的広範囲な作用面をもつ鈍体による頸部圧迫の可能性が示唆された。剖検所見上,他に致死的原因がないことを併せ考えると,索条による頸部圧迫後に,主として右側頸部から下顎部を中心とした頸部圧迫による窒息により死亡した可能性が考えられる。この場合,索条による頸部圧迫で生じた脳の酸素欠乏・虚血に加え,エタノール・脳動脈硬化症も死に関与していると考えられる。」とする。 しかし一方で,同鑑定書は,被告人が本件時の状況について供述する中で,揉み合いの最中に急に虚脱状態となったと述べている点について着目し,この虚脱状態は,上記の頸部圧迫による窒息でも説明はつくが,自律神経系のアンバラン 人が本件時の状況について供述する中で,揉み合いの最中に急に虚脱状態となったと述べている点について着目し,この虚脱状態は,上記の頸部圧迫による窒息でも説明はつくが,自律神経系のアンバランスによってそういう死が引き起こされた可能性について考察する必要性があるとし,「揉み合いや格闘中あるいはその後若干の時間を経て,致死的損傷がないにもかかわらず,急死を引き起こすことがあり,これは交感神経の異常興奮により心機能が異常亢進し,更に致死的不整脈に移行して死に至る,という考え方で説明されている。具体的には,格闘などの際に生じた外傷受傷に伴う疼痛や激しい身体的興奮・精神緊張が交感神経の働きを高め,心臓に分布している交感神経は直接心臓に作用し心機能を亢進させ,また,交感神経の働きが副腎にも作用し,副腎から血液中にアドレナリンやノルアドレナリンといった神経伝達物質が放出され,これが心拍数の増加,心拍出量の増加といった心機能を一層亢進させ,心筋に酸素需要を増大させ,極端な場合に医学的には不整脈と表現されるように心臓の動きに異常が生じ,そのまま死に至ると考えられている。心疾患を有する場合や飲酒によるエタノールの影響がある場合には,かかる交感神経の異常興奮による急性循環不全で急死を引き起こす可能性が高くなり,外傷による疼痛や身体的興奮,精神的緊張が強ければ,それだけその可能性が高くなると考えられる。」とする。その上で,同鑑定書は,交感神経の異常興奮による急性循環不全は,状況を考慮し,更に他の死因が除外できるとき初めて診断されるべきものあるが,本屍では,死体所見からは頸部圧迫による窒息と説明できるものの,それは,頸部圧迫に伴う所見が弱いか無いため断定的 状況を考慮し,更に他の死因が除外できるとき初めて診断されるべきものあるが,本屍では,死体所見からは頸部圧迫による窒息と説明できるものの,それは,頸部圧迫に伴う所見が弱いか無いため断定的にいえるものではなく,他の致死的原因が無いという条件が付いているものであることからすると,死因診断は死体からという原則があるにせよ,交感神経の異常興奮による急性循環不全を死因から除外できないとし,結論として,「本屍は,身体所見から考えると,索条による頸部圧迫後に,主として右側頸部から下顎部に対しての圧迫による窒息により死亡した可能性が考えられた。 この場合,索条による頸部圧迫時点で生じた脳の酸素欠乏・虚血に加え,エタノール・脳動脈硬化症もまた,本屍の死に関与しているものと考えられた。しかし状況を死因判断の際の根拠に加えた場合,交感神経の異常興奮による急性循環不全による死亡の可能性があり,この場合,交感神経の異常興奮による急性循環不全に対して頸部圧迫による窒息を真の死因として優先することはできなかった。」とする。 また,Dは,当審での証人尋問において,「本件では,窒息という判断は,条件を設定した上での判断であって,一般の頸部圧迫のケースに比べて特殊なケースであり,一方で,もみ合っている最中にふっと力が抜けたと供述が一貫しているので,その供述する状況からは,交感神経の異常興奮による急性循環不全が考えられ,交感神経の異常興奮による急性循環不全は,機能的な死因なので遺体に所見はなく,他に説明がつけられる死因があれば普通考えないが,窒息死自体も特殊な状況の積み重なった上での判断であるので,本件の場合考える必要がある。窒息と交感神経の異常興奮による急性循環不 ,他に説明がつけられる死因があれば普通考えないが,窒息死自体も特殊な状況の積み重なった上での判断であるので,本件の場合考える必要がある。窒息と交感神経の異常興奮による急性循環不全との関係は,どちらか優先がつけられるならば,それを採るが,どちらも優先できなかった。」,「被告人の供述では,変わらない一貫した部分で,ふっと力が抜けるという独特な表現をしているのが気になった点であり,これは窒息の過程でも起こりうるが,例えば痙攣を起こすとかもなくして,ふっと力が抜けるという,そこは一貫していると判断した。」,「実際に大部分の場合は,遺体の所見だけから死因の説明は可能であるが,本件の場合,ずっと絞め続けるというのと違って,頸部圧迫が2つのステップがあり,所見も弱いということから,他に本当に死因がないかどうかを考えるわけで,状況から交感神経の異常興奮による急性循環不全でも説明が可能であると判断するに至った。」旨述べ,また,「交感神経の異常興奮を起こす原因としては,一般論としては肉体的興奮あるいは精神的興奮が考えられる。」,「(被告人の暴行と交感神経の異常興奮による急性循環不全との因果関係はどうかとの質問に対し)非常に難しいところで,遺体所見にそういったことを示す所見がない以上,なかなか因果関係として結びつけることは難しいわけですけれども。高い蓋然性をもってという意味で。」,「(暴行と交感神経の異常興奮による急性循環不全との因果関係が考えられるのではないかとの質問に対し)証明はできないが,暴行が加えられたということを加味すれば,より起こりやすくなるわけですから,そういったもみ合い等を考慮した方が非常に考えやすいということです。」,「(交感神 質問に対し)証明はできないが,暴行が加えられたということを加味すれば,より起こりやすくなるわけですから,そういったもみ合い等を考慮した方が非常に考えやすいということです。」,「(交感神経の異常興奮による急性循環不全に対する外力の影響度はどの程度かとの質問に対し)やはりある程度押さえて絞めつけた,殴ったとか,そういった状況があれば,それだけ起こしやすいわけです。私の前の鑑定のケースも,やはりけんかとかそういった状況下で起こっていますので,ある程度防御反応,それは精神的な要素も加わるかもしれませんが,第三者から外力作用を加えたときには,やはりそういった状況というのは,起こしやすいことは間違いないと思います。」,「(外力と交感神経の異常興奮による急性循環不全との間には因果関係があるということになるのかとの質問に対し)因果関係という表現が果たして適当なのかどうか。要するに,起こしやすい,起こす条件がそろっているという意味です。」,「(すうっと力が抜けたという状況を遷延性窒息に当てはめて説明するのは,難しいのかとの質問に対し)先に脳虚血が強く起これば,すうっと力が抜けるということはあると思います。ただ,窒息の過程を見ると,その間にけいれんを起こしたりとか,あえぎの呼吸が出てきたりとかいうことが文献上知られています。ただ,実際に窒息死の場合,どの程度のパーセンテージでけいれんを起こすかまでは分かりません。」,「(被告人の供述する力が抜けたという状況は,窒息死で説明することは難しいとの考えかとの質問に対し)完全に脳が短時間で虚血が起こるということは,例えば椎骨動脈とか,そういった大部分の血管が閉塞狭窄することが必要ですので,果たして右側頸 死で説明することは難しいとの考えかとの質問に対し)完全に脳が短時間で虚血が起こるということは,例えば椎骨動脈とか,そういった大部分の血管が閉塞狭窄することが必要ですので,果たして右側頸部とあとは気道の狭窄閉塞で,ふっと脳の虚血が一瞬の間に来るかどうかというのは,非常にちょっと疑問が残るところです。」旨供述する(以上のD作成の鑑定書及び同人の当審公判供述を併せて,以下「D鑑定」という。)。 (3) C及びDの両鑑定が指摘する鈍体による頸部圧迫は,上記のとおり,両腕による押さえ込み行為によると認められ,また,同じく索条による頸部圧迫は,上記認定される1(1)の事実関係に照らして,Tシャツの後ろ襟首をつかんでの引きずり行為(以下「Tシャツによる引きずり行為」という。)によるものと認められるところ,C鑑定では,死因として,両腕による押さえ込み行為により遷延性窒息死を引き起こしたと考えられるとし,D鑑定では,両腕による押さえ込み行為によって窒息が生じた可能性はあるものの,他に交感神経の異常興奮による急性循環不全の可能性が考えられ,両者のいずれが死因として優先するか断定できないとするので,D鑑定における交感神経の異常興奮による急性循環不全の妥当性についてなお考える。 被告人の捜査官に対する供述状況を見ると,「私が後ろから兄を押さえつけて二,三分したときに,兄の力が急にぬけたのです。私はこの時,兄は抵抗するのをあきらめて寝たものと思いました。又,母もこの様子を見て,寝たようだから今のうちに寝るべと言って,二人とも自分たちの部屋に行き,兄はそのままの状態にして休んだのです。・・・(略)・・・ この位のことで死ぬはずもないと思いましたし,・・・ 見て,寝たようだから今のうちに寝るべと言って,二人とも自分たちの部屋に行き,兄はそのままの状態にして休んだのです。・・・(略)・・・ この位のことで死ぬはずもないと思いましたし,・・・(略)・・・兄は,夜に急に動かなくなった格好のまままったく動いていなかったのです。」(平成11年10月18日付司法警察員に対する供述調書)「今まで暴れていた兄がグッタリと力が抜けたので,兄が寝たと思ったのです。」(同月21日付司法警察員に対する供述調書)「今まで思いっきり抵抗していた兄の力が急にぬけた状態になったことから,私は,兄が寝たと思ったのです。」(同月26日付司法警察員に対する供述調書)「私が背後から両手で兄の両手首を押さえつけていると,兄の体からスーと力が抜けていきました。私は兄が抵抗をやめ,寝たのだと思い,手を離しました。・・・(略)・・・ 私がトイレに行った際,茶の間をのぞくと,兄が私や母が寝る前に見たときと同じように横向きに寝ていました。」(検察官に対する供述調書)と供述し,被告人の供述にも,同じ居間にいて被告人とAの様子を見ていた母親のBの供述にも,押さえ込まれたAが息苦しい動きやけいれん等の致死を予想させる予兆というべき様子が何ら述べられておらず,D鑑定において交感神経の異常興奮による急性循環不全の可能性を指摘する前提となった状況が存在したことは否定できないこと,また,C鑑定においても,定型的な窒息死の所見はないものの,他の死因の所見も見られないので,遷延性窒息死と考えるのが妥当であるというものであることからすると,D鑑定における交感神経の異常興奮による急性循環不全という判断が妥当性を欠くものということはできず,死因として交 ので,遷延性窒息死と考えるのが妥当であるというものであることからすると,D鑑定における交感神経の異常興奮による急性循環不全という判断が妥当性を欠くものということはできず,死因として交感神経の異常興奮による急性循環不全の可能性を否定することはできないといえる。 したがって,Aはその頸部を圧迫されたことにより遷延性窒息によって死亡したといまだ認定することはできないので,公訴事実には,背後から両腕で頸部付近を圧迫する暴行を加え,その頸部圧迫による遷延性窒息により死亡させたとあるが,両腕による押さえ込み行為によって頸部を圧迫する事実があったことは認められるものの,その両腕による押さえ込み行為によって頸部圧迫による遷延性窒息を生じさせて死亡させたとの証明はないものといわねばならない。論旨は理由がある。 4 正当防衛の成否について所論は,被告人の頸部圧迫行為については正当防衛の成立が認められる旨主張する。 上記のとおり,公訴事実にある遷延性窒息死させたとの点については証明はないものの,被告人による顔面殴打行為及び両腕による押さえ込み行為の存在は認められるので,これらの行為についての正当防衛の成否について検討する。 上記1(1)の認定される事実関係のとおり,Aは,母親Bの胸ぐらをつかむなどの乱暴な振る舞いをし,母親から引き離そうとした被告人に対してもつかみかかり,倒されても組みついてきて取っ組み合うなどし,さらに,引きずっていかれた居間内においても,被告人が押さえようとするのに対し,手足をばたつかせたり,後ずさりして室内を移動し,立ち向かってくる態度を示すなどしており,そのまま放置すれば,Aが被告人及び同じ居間にいた母親に乱暴をする可能性があったのであ とするのに対し,手足をばたつかせたり,後ずさりして室内を移動し,立ち向かってくる態度を示すなどしており,そのまま放置すれば,Aが被告人及び同じ居間にいた母親に乱暴をする可能性があったのであるから,Aの不正の侵害は現在したといわねばならない。それに対し,被告人は当初から,Aの母親への暴行,更には自己への暴行を防止するため終始行動していたものであり,居間においての顔面殴打行為及び腕による押さえ込み行為はいずれも,そうしたAの暴行を抑え,自己及び母親の身体を防衛するためなされたもので,防衛のための行為として行われたことは明らかである。そこでさらに,両行為の防衛行為としての相当性について判断すると,顔面殴打行為は,回数も3回程度であり,Aの顔面に顕著な傷害を生じさせるほどの強度のものではなく,Aの暴行を抑えるために必要な限度を超えたものとは認められない。両腕による押さえ込み行為については,それは意図的に頸部を絞めることを目的としたものではなく,上記のとおり,背後から両手でそれぞれAの手をつかみ,二人の腕を共にAの胸で交差させて抱きかかえるようにし,更に足を絡めて抱きかかえたまま横倒しになったというものであり,加えられた力の圧迫の程度については,なるほど筋肉内出血を生じさせているが,長時間気道閉塞を生じさせあるいは両側の頸動脈を閉塞ないし狭窄させたとまで認められず,さらに,それによって頸部を圧迫して遷延性窒息ないしは交感神経の異常興奮による急性循環不全を生じさせたとしても,D鑑定にあるように,それら遷延性窒息ないしは交感神経の異常興奮による急性循環不全自体が,先行したTシャツによる引きずり行為による脳の酸素欠乏・虚血,更には飲酒によるエタノール及び脳動脈硬化症の影響も加わ それら遷延性窒息ないしは交感神経の異常興奮による急性循環不全自体が,先行したTシャツによる引きずり行為による脳の酸素欠乏・虚血,更には飲酒によるエタノール及び脳動脈硬化症の影響も加わって生じたことは否定できないのであって,腕による押さえ込み行為による頸部圧迫の関与の程度が明確に大きいとまでいえないのであり,腕による押さえ込み行為が,それ自体で死を招く危険性が高い強いものとまでは認めることはできない。加えて,被告人自身も,二人の腕をAの胸の上で交差させ抱きかかえて押さえていたが,腕による押さえ込み行為が頸部を圧迫して,遷延性窒息あるいは交感神経の異常興奮による急性循環不全を引き起こす可能性がある程度のものとの認識があったかは多分に疑問といえる。そうすると,被告人の顔面殴打行為及び腕による押さえ込み行為は,Aの暴行から自己及び母親の身体を防衛するため相当な範囲を逸脱したものとはいまだいえない。 したがって,被告人の顔面殴打行為及び腕による押さえ込み行為は,正当防衛の範囲内の行為と認められる。正当防衛を否定し,過剰防衛を認めるにとどまった原判決には事実誤認があり,論旨は理由がある。 5 結論以上のとおり,被告人の腕による押さえ込み行為による頸部圧迫によって,Aが遷延性窒息により死亡したと認定することはできず,かつ,被告人の顔面殴打行為及び腕による押さえ込み行為については正当防衛が成立するから,遷延性窒息による死亡を認定し,かつ正当防衛の成立を否定した原判決は,事実を誤認したものといわざるを得ず,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 第3 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に次のとお ものといわざるを得ず,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 第3 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に次のとおり判決する。 本件公訴事実に関しては,上記のとおり,遷延性窒息により死亡させたとの事実についてはいまだその証明がなく,また,Aの顔面を手拳で殴打し,背後から両腕で同人の頸部付近を圧迫した行為は,正当防衛に当たるので,本件公訴事実についてはいまだ犯罪の証明がないことに帰するから,刑訴法404条,336条により,被告人に対し無罪の言渡しをすることとし,主文のとおり判決する。 平成14年2月21日仙台高等裁判所第1刑事部裁判長裁判官松浦繁裁判官卯木誠裁判官春名郁子

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