主文 被告人を懲役2年に処する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 平成25年12月下旬頃、名古屋市南区(住所省略)「甲」3B号室当時の被告人方において、その頃に被告人が出産した嬰児が死亡しているのを認識したのであるから、その死体を葬祭しなければならない義務があったのに、その死体をタオルで巻いてごみ袋に入れるなどした上で、その頃から平成29年春頃までの間は同所において、平成29年春頃から平成29年9月頃までの間は名古屋市南区(住所省略)「乙」402-L号室当時の被告人方において、平成29年9月頃から令和6年5月12日までの間は名古屋市中区(住所省略)「丙」5A号室において、前記嬰児の死体を放置し、もって死体を遺棄した第2 平成27年頃から平成28年頃までの間に、前記「甲」3B号室当時の被告人方において、その間に被告人が出産した嬰児が死亡しているのを認識したのであるから、その死体を葬祭しなければならない義務があったのに、その死体をタオルで巻いてごみ袋に入れるなどした上で、その頃から平成29年春頃までの間は同所において、平成29年春頃から平成29年9月頃までの間は前記「乙」402-L号室当時の被告人方において、平成29年9月頃から令和6年5月12日までの間は前記「丙」5A号室において、前記嬰児の死体を放置し、もって死体を遺棄したものである。 (弁護人の主張に対する判断) 1 弁護人の主張と裁判所の結論的判断弁護人は、本件各公訴事実について時効が完成しているとして、刑訴法33 7条4号により、判決で免訴の言渡しがなされるべきであると主張する。 しかし、裁判所は、被告人には2人の嬰児に対する不作為による死体遺棄罪が 事実について時効が完成しているとして、刑訴法33 7条4号により、判決で免訴の言渡しがなされるべきであると主張する。 しかし、裁判所は、被告人には2人の嬰児に対する不作為による死体遺棄罪が成立し、本件について時効は完成していないと判断した。すなわち、被告人は、2人の嬰児の母親であった上、誰にも知られることなく妊娠・出産したのであり、各嬰児が死亡したこと自体、被告人にしか分からないことであった。それにもかかわらず、被告人は、各嬰児が死亡した直後から、遺体をごみ袋や段ボール箱などに入れて自宅に置いたまま、警察官らによって発見されるまでの長きにわたり、容易には発見されない場所、状況、方法により、これを放置し続けた。その遺棄行為は排他的支配下での継続的な放置というべきものであり、本件犯行が終了した日、すなわち公訴時効の起算点は、令和6年5月12日、2人の遺体が警察官らによって発見された日である。したがって、令和6年5月31日に公訴が提起された本件について時効は完成しておらず、時効の完成をいう弁護人の主張には理由がない。 以下、補足して説明する。 2 認定事実⑴ 1人目の出産と遺体の放置状況被告人は、性風俗店に勤務し、性に奔放な生活を送る中で、平成25年夏頃、1人目の子を妊娠したことに気が付いた。しかし、子の父親は分からず、金銭的な余裕もなく、実家を飛び出した状態で保険証や身分証なども手元になかったため、家族や友人に打ち明けることも、医療機関を受診することもしなかった。勤務先でも気付かれることのないまま、被告人は、平成25年12月下旬頃、一人暮らしをしていた当時の自宅風呂場で、人知れず1人目の子を出産した。 被告人は、産んだ子をすぐに取り上げられるようにバスタオルを準備し、へその緒を切るためのはさみを手元に置き、また、少し 旬頃、一人暮らしをしていた当時の自宅風呂場で、人知れず1人目の子を出産した。 被告人は、産んだ子をすぐに取り上げられるようにバスタオルを準備し、へその緒を切るためのはさみを手元に置き、また、少しは出産の痛みが和らぐかもしれないなどと考え、湯を張った浴槽の中で出産した。しかし、出産 後程なくして、産んだ子が死んでいることに気が付いた。自分が殺してしまったのではないか、発覚すれば捕まってしまうのではないかと思う一方、おなかを痛めて産んだ子の遺体を捨てることもできず、逡巡した挙げ句、ひとまず遺体を自宅に置いておくしかないとの考えに至った。そして、バスタオルでくるんだ遺体を自宅にあったごみ袋に入れ、さらに段ボール箱に入れ、その箱を部屋の片隅に置いた。自宅に人が来ることはなく、遺体が見つかることはないだろうと思った。その後は、何日かして段ボール箱に消臭剤を入れたことを除けば、中の様子を確認することなどもせず、遺体の入った段ボール箱を部屋の片隅に放置したまま、それまでと同様の奔放な生活を続けた。 ⑵ 2人目の出産と遺体の放置状況そのような生活を続ける中で、被告人は、2人目の子を妊娠したことに気が付いた。1人目のときと同様、子の父親は分からず、金銭的な余裕もなく、保険証なども手元になかった。病院に行けば初産ではないと知られ、そうなれば1人目のことが発覚するかもしれない。そんな考えも加わり、家族や友人に打ち明けることも、医療機関を受診することもしなかった。被告人は、その記憶によれば平成27年か平成28年の秋頃、自宅の風呂場で、誰にも知られないまま2人目の子を出産した。 このときも被告人は、バスタオルを準備し、はさみを手元に置き、湯を張った浴槽の中で出産した。しかし、出産してそのまま意識を失ってしまい、浴槽で溺れかけるようにして意識を まま2人目の子を出産した。 このときも被告人は、バスタオルを準備し、はさみを手元に置き、湯を張った浴槽の中で出産した。しかし、出産してそのまま意識を失ってしまい、浴槽で溺れかけるようにして意識を取り戻したとき、産んだ子はすでに死んでいた。浴槽からすくい上げてやることができず、自分が殺してしまったのだと思った。被告人は、バスタオルを湯の中に入れ、遺体をくるむようにして浴槽からすくい上げると、そのままごみ袋に入れ、さらに段ボール箱に入れた。何日かして消臭剤を入れ、1人目の遺体が入った段ボール箱の隣に並べた。その後は遺体の入った2つの段ボール箱を部屋の片隅に並べたまま、それまでと同様の生活を送っていた。 ⑶ 2度の転居と2人の遺体の放置状況被告人は、平成29年春頃に近くのアパートへ転居し、さらに平成29年9月に別のアパートへと転居した。 1度目の転居先は、勤めていた性風俗店の従業員が借りた部屋であった。転居にさしたる理由はなかった。距離も近く荷物も少なかったので、遺体の入った2つの段ボール箱を含め、荷物はすべて自分で運び出し、それまでと同様、部屋の片隅に置いていた。 2度目の転居は、交際相手と同居するためであった。交際や同居に関しては2人の間に微妙な温度差もあったようであるが、いずれにしても被告人が交際相手の借りる部屋に押し掛けるような形で転居した。それまでの一人暮らしとは異なり、交際相手と同居することには発覚の危険がつきまとう。さりとて遺体が自分の子であることに変わりはなく、被告人としては、2人の遺体を持ち込むのは当然という思いがあった。目につかない場所にさえ置いておけば、分からないだろうとも思った。被告人は、プラスチック製のツールボックスを購入した。そして、2つの段ボール箱から、バスタオルにくるまれ、ごみ袋に入 いう思いがあった。目につかない場所にさえ置いておけば、分からないだろうとも思った。被告人は、プラスチック製のツールボックスを購入した。そして、2つの段ボール箱から、バスタオルにくるまれ、ごみ袋に入った状態の2人の遺体を取り出すと、買ってきたツールボックスに移し替え、ビニールテープで目張りをし、緩衝材でくるんでから別の段ボール箱に入れ替えた。さらに消臭剤を入れ、以上を灰色の日除けシートで覆い、段ボール箱に封をした。その段ボール箱は、交際相手が不在の隙を見計らって運び入れ、転居先の台所収納に隠した。台所であれば、料理をしない交際相手の目に留まることはないだろうと考えた。 同居生活は、源氏名でバーテンダーをしていた交際相手が家に寄り付かなくなり、数か月程度のうちに解消した。この間に遺体が発見されることもなかった。この頃以降、部屋には被告人だけが住むようになり、毎月の家賃は被告人が元交際相手に支払うこととなった。 ⑷ 2人の遺体が発見されるに至った経緯 被告人だけが部屋に住むようになってから6年ほどがたち、2人の遺体は台所の下に隠したまま、誰にも発見されなかった。しかし、被告人の収入は次第に減っていき、令和6年3月、当月分の家賃を支払えなくなったことなどから、被告人は、2人の遺体が入った段ボール箱を残して無断で部屋を立ち去り、インターネットカフェなどで寝泊りするようになった。一方、元交際相手は、家賃が支払われず、被告人と連絡がつかなくなったことから、令和6年4月20日に「解約になりますので、立ち入らないようにお願いします」とのメッセージを送信し、知人に部屋の片付けを依頼した。 令和6年5月12日、依頼を受けて部屋に入った知人が異臭に気付いて警察に通報し、台所収納の段ボール箱から2人の遺体が発見された。2人の遺体は、それぞれバス を送信し、知人に部屋の片付けを依頼した。 令和6年5月12日、依頼を受けて部屋に入った知人が異臭に気付いて警察に通報し、台所収納の段ボール箱から2人の遺体が発見された。2人の遺体は、それぞれバスタオルでくるまれ、ごみ袋に入れられた状態で、テープで目張りしたツールボックスに入っていた。 ⑸ 被告人の供述被告人は、令和6年5月13日に逮捕されたが、以降、捜査公判を通じて事実関係を率直に供述し、本件について次のように振り返っている。すなわち、本来ならば、子どもたちが亡くなったことをきちんと役所などに届け出て、遺体を火葬してあげなければならないことは分かっていた。しかし、妊娠から出産まで病院にも行かず、届出もせず、正当な手続を一切してこなかった子どもたちについて、どのようにすればきちんと弔ってあげられるのか分からなかった。また、届出などをすれば、当然、自分が子どもたちを殺し、その遺体を放置していたことがばれてしまい、警察などに逮捕されてしまうと思うと、それが怖いという気持ちもあった。結局、深く考えることから逃げ、子どもたちの遺体を部屋の中に放置したまま、ずっと生活を続けていた。 正直なところ、遺体を手放して楽になりたいと思ったこともあった。しかし、やはり自分が腹を痛めて産んだ子どもであり、無造作に放棄することまではできなかった。一方で、届け出るなどしてきちんと弔ってあげる勇気も出ず、ず るずると放置し続けてしまった(令和6年5月28日付け検察官調書〔乙4〕)。 以上のとおりである。 3 裁判所の判断⑴ 不作為による死体遺棄罪の成否について被告人は、2人の嬰児の母親であった。そして、妊娠したことを誰にも打ち明けず、一人暮らしの自宅で誰にも知られないまま出産したのであり、2人の嬰児が死亡したこと自体、被告人にしか分 否について被告人は、2人の嬰児の母親であった。そして、妊娠したことを誰にも打ち明けず、一人暮らしの自宅で誰にも知られないまま出産したのであり、2人の嬰児が死亡したこと自体、被告人にしか分からないことであった。したがって、各嬰児を葬祭することは、被告人に最初から全面的にゆだねられていたといえる。それにもかかわらず、前記認定したところからすれば、被告人は、2人の死亡が露見することを恐れ、その葬祭義務に反し、各嬰児の死亡直後から遺体をごみ袋や段ボール箱などに入れて自宅の部屋の片隅に置き、警察官らによって発見されるまでの約7年ないし10年もの長きにわたり、途中2度の転居を伴いながらも、通じて容易には発見されない場所、状況、方法により、その排他的支配下に各嬰児の遺体を放置し続けたものと評価することができる。このような本件事実関係の下では、被告人には不作為による死体遺棄罪が成立すると解するのが相当である。 ⑵ 弁護人の主張について弁護人は、①平成25年12月に1人目の子の遺体を部屋の片隅に隠匿した点、②平成27年9月に2人目の子の遺体を部屋の片隅に隠匿した点、③平成29年9月に2人の遺体をツールボックスに移し替えて転居先の台所収納に隠匿した点、これら3つの隠匿行為について作為犯としての死体遺棄罪が成立し、③の隠匿行為が犯情の最も重いものとして他の2つを吸収して包括一罪になるという。そして、このような作為犯形式により違法性が評価し尽くされているから、検察官が主張するような不作為犯による死体遺棄罪は別途成立せず、本件における公訴時効の起算点は、③の隠匿行為が終了した日である平成29年 9月頃となり、令和6年5月31日に公訴が提起された本件については、すでに時効期間である3年が経過しているため、公訴時効が完成していると主張 算点は、③の隠匿行為が終了した日である平成29年 9月頃となり、令和6年5月31日に公訴が提起された本件については、すでに時効期間である3年が経過しているため、公訴時効が完成していると主張する。 しかし、先に認定評価したとおり、被告人は、人知れず出産した2人の死亡が露見することを恐れ、その遺体をごみ袋や段ボール箱などに入れたまま、2度の転居を伴いながらも自宅に放置し続けたのであり、このような遺棄行為は、死体遺棄罪の保護法益である死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を侵害し続けるものである。弁護人が主張する①ないし③の各隠匿行為が死体遺棄罪の実行行為に該当し得るとしても、この点の評価は左右されず、弁護人の主張は採用の限りではない。 4 結論以上のとおり、被告人には不作為による死体遺棄罪が成立する。その遺棄行為は排他的支配下での継続的な放置というべきものであり、本件犯行が終了した日、すなわち公訴時効の起算点は、令和6年5月12日、2人の遺体が警察官らによって発見された日である。したがって、令和6年5月31日に公訴が提起された本件について時効は完成しておらず、時効の完成をいう弁護人の主張には理由がない。 (量刑の理由)本件は、被告人が、人知れず出産した2人の嬰児の死亡が露見することを恐れ、各嬰児が死亡した直後から、遺体をごみ袋や段ボール箱などに入れて自宅の片隅に置いたまま、警察官らによって発見されるまでの約7年ないし10年もの長きにわたり、これを放置し続けたという死体遺棄の事案である。 遺体を放置していた期間は長く、発見された遺体の状況にも痛ましいものがある。 死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害する程度は大きい。本件の契機は、弁護人がいうようにいわゆる孤立出産にあるが、被告人は、自分の考えで実家を飛び された遺体の状況にも痛ましいものがある。 死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害する程度は大きい。本件の契機は、弁護人がいうようにいわゆる孤立出産にあるが、被告人は、自分の考えで実家を飛び出し、性に奔放な生活を送る中で本件に至ったのであり、家族や友人、医療 機関に一切の相談をしなかった被告人の判断は悔やまれるところである。各犯行の際も、おなかを痛めて産んだ子の遺体を捨てることはできないと逡巡したにせよ、結局は2人の子の死亡が露見することを恐れ、自宅で遺体を放置し続けたのであり、身勝手かつ無責任といわざるを得ない。犯行に至る経緯を大きく酌むことはできない。 もっとも、被告人が事実を認め、身勝手な考えから本件に及んだことを反省していること、保釈中に実家に戻り、2人の遺体を弔う手続を進めていることなど、量刑上、被告人のために有利に考慮すべき事情も認められる。 そこで、前科のない被告人に対しては、主文の刑を定めた上でその刑の執行を猶予し、社会内更生の機会を与えるのが相当である。 (公判出席検察官尾すみれ、弁護人大橋政之)(求刑懲役2年)令和6年12月11日名古屋地方裁判所刑事第3部 裁判官須田健嗣
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