- 1 -平成19年4月13日判決言渡平成15年第22464号損害賠償請求事件( )ワ判決主文 被告は、原告に対し、1735万9812円及びこれに対する平成15年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の請求を棄却する。 訴訟費用はこれを4分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が1500万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由第1請求被告は、原告に対し、2421万1448円及びこれに対する平成15年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要事案の要旨 原告は、中学2年生の時に両眼円錐角膜症であると診断され、その後、昭和63年5月、A大学医学部附属B病院に入院して右眼角膜移植術を受けた。ところが、手術当夜に眼圧の上昇が見られ、その後は炎症による虹彩と水晶体の癒着防止を目的として散瞳剤の投与を受けていたが、退院後、原告の右眼が不可逆的な散瞳症状態にあることが確認された。その後、原告の右眼虹彩を縫合する手術を受けたが、結局、上記状態を改善する効果は現れなかった。 このことについて、原告は、右眼角膜移植術前に後遺症等の説明がなかった過失があるために同手術を承諾してしまったことや、同手術の麻酔が不十分な- 2 -のに手術を開始した過失、術中の手技上の過失、術後措置が不適切であった過失、散瞳剤の投与量等を誤った過失等により、右眼が不可逆的な散瞳症状態となったものであると主張して、被告に対し、診療契約上の債務不履行に基づき、損害賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成15年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割 逆的な散瞳症状態となったものであると主張して、被告に対し、診療契約上の債務不履行に基づき、損害賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成15年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。 (認定の根拠を()内に示す)前提となる事実。 当事者( ))。 ア原告は、昭和45年3月31日生まれの女性である(争いのない事実イ被告は、A大学医学部附属B病院(以下「被告病院」という)を開設。 運営する学校法人である(争いのない事実。 )C医師(以下「C医師」という)及びD医師(以下「D医師」とい。 う)は、いずれも、被告病院眼科において原告の診察及び手術を担当し。 た医師である(争いのない事実。 ) 診療経過の概略( )原告は、昭和62年5月13日、円錐角膜症のため、被告病院眼科を初めて外来受診した。原告は、被告病院眼科において、昭和63年5月22日、右眼全層角膜移植手術(以下「本件角膜移植手術」という)を、平成6年。 9月16日には右眼虹彩縫合術(以下「本件虹彩縫合術」という)をそれ。 ぞれ受けた。 その余の診療経過の概略は、別紙「診療経過一覧表」記載のとおりである(この「診療経過一覧表」は、平成17年5月12日の本件第12回弁論準備手続期日において両当事者が陳述した内容について体裁を変更したものである。同表の「診療経過(入通院状況・主訴・所見・診断「検査・処)」、置」の各欄の記載は「原告の反論」欄においてこれらに反する事実が記載、されたものを除き、当事者間に争いがない。 。) 争点 - 3 - 本件角膜移植手術における麻酔の方法及び程度の適否( ) 本件角膜移植手術において虹彩を傷つけ出血させた過失の有無( ) 本件角膜移植手術と同時に虹彩切除を行わな 争点 - 3 - 本件角膜移植手術における麻酔の方法及び程度の適否( ) 本件角膜移植手術において虹彩を傷つけ出血させた過失の有無( ) 本件角膜移植手術と同時に虹彩切除を行わなかった過失の有無( ) 本件角膜移植手術後の処置の適否( ) 散瞳剤の投与期間ないし投与量を誤った過失の有無( ) 本件角膜移植手術前の説明義務違反の有無( ) 本件虹彩縫合術における手技上の過失の有無( ) 不可逆的な散瞳症の原因( ) 損害額( )争点についての当事者の主張 別紙「当事者の主張」記載のとおりである(この「当事者の主張」は、平成17年5月12日の本件第12回弁論準備手続期日において両当事者が陳述した「争点整理案」について、その後の当事者の主張をふまえて加除修正したものである。 。)第3事実認定及び本件に関する医学的知見事実認定 前記第2の2の前提となる事実及び証拠等によれば、次の事実が認められる(認定の根拠となった証拠等を()内に示す。直前に示した証拠のページ番号を〔〕内に示す〈鑑定の結果については、鑑定人調書及び同添付の意見の要旨についての通しページ数を示す。また、単位は単位記号で、時刻は24時間。〉制で表記する。以下同じ。 。) 被告病院の受診( )ア原告は、昭和45年3月31日に生まれの女性であるところ、12歳ころから視力低下に気がつき、近医眼科を受診し、その後、中学2年生(13歳)の時、別の近医から、両眼とも円錐角膜症であると診断されたことから、ハードコンタクトレンズを用いて視力を矯正していた。ところが、- 4 -同症が進行し、コンタクトレンズ装用時にレンズがずれるようになったため、上記近医から、角膜移植が必要であると診断され、被告病院(前出のA大学医学 ズを用いて視力を矯正していた。ところが、- 4 -同症が進行し、コンタクトレンズ装用時にレンズがずれるようになったため、上記近医から、角膜移植が必要であると診断され、被告病院(前出のA大学医学部附属B病院を指す)眼科のC医師(前出のC医師を指す)。 。 を紹介してもらい、昭和62年5月13日、被告病院を受診した(第2。 の21 ア、甲A2〔2、乙A1〔2、3)( )〕〕C医師は、原告の角膜等を診察し、原告の視力がコンタクトレンズ装用時で右0.1、左0.2であり、コンタクトレンズ装用の上でメガネレンズを追加しても右0.2、左0.6であったことや、コンタクトレンズをちょうど角膜の上に載せたときには良さそうだが眼球運動をするとレンズがずれるなどするために終日の装用は難しいこと、角膜破裂を起こすかもしれないことから、いずれは角膜移植をした方がよいと判断した。そこで、原告は、C医師と相談の上、翌昭和63年に予定されていた大学受験後に入院して角膜移植術を行うこととし、同月20日、入院及び角膜移植術を申し込み、移植される角膜の順番を待つこととなった(甲A2〔2、乙。 〕A1〔5、6、16、17、B27〔2、証人C医師〔3)〕〕〕イ原告は、昭和62年11月27日に視力検査等を受けた後、昭和63年5月22日、被告病院から、移植角膜が斡旋されたとの連絡を受け、同日12時30分、被告病院眼科に入院した(甲A2〔3、乙A1〔17、〕18、A2〔17、B27〔2、3。 〕〕〕) 本件角膜移植手術等( )ア術前検査等C医師は、原告の入院直後、原告の両眼の状態を検査し、右眼の角膜について手術を行うこととし、他の医師が原告及び原告の両親に対してその旨を説明した上、同日(昭和63年5月22日)に本件角膜移植手術(前出の右眼全層 の入院直後、原告の両眼の状態を検査し、右眼の角膜について手術を行うこととし、他の医師が原告及び原告の両親に対してその旨を説明した上、同日(昭和63年5月22日)に本件角膜移植手術(前出の右眼全層角膜移植術を指す)を実施することとなった(甲A2。 〔3、乙A1〔19~22、B27〔3。 〕〕〕)- 5 -原告に対しては、同日12時40分に縮瞳剤ピロカルピンの点眼が、13時10分にはグリセオールの点滴投与が行われた(乙A2〔17。こ〕)の際に行われた原告の視力検査の結果は、裸眼視力で右が0.02、左が0.01であり、コンタクトレンズ装用時で右が0.1、左が0.2であった(乙A1〔20。 〕)イ本件角膜移植手術の実施原告は、同日13時15分に病室を出て、同20分に手術室に入室した。 本件角膜移植手術前に、2%キシロカイン及び0.5%マーカイン計9及び0.4%ペノキシール0.5を用いて局所麻酔が行われ、眼球mlml固定がされたところ、原告は、眼球固定時に軽度の疼痛を訴えた(乙A。 2〔10、17)〕同日13時50分から、C医師の執刀により、本件角膜移植手術が開始された。本件角膜移植手術中、原告の硝子体圧が上昇したために粘弾性物質オペガンを前房内に注入して前房を作成しながら角膜剪刀で角膜を切開した。また、術中、虹彩から少量の出血が起こった。本件角膜移植手術は14時40分に終了し、同45分に手術室から退室した。退室した際、原告に気分不快はなかったが、緊張した様子を見せていた。この間、原告に対して、麻酔薬が追加投与されたり、麻酔方法が全身麻酔に切り替えられることはなかった(乙A1〔33、A2〔10、17、B27〔3、。 〕〕〕弁論の全趣旨)ウ術後の経過原告は、同日14時50分、病室に帰室した。その際には気分 酔方法が全身麻酔に切り替えられることはなかった(乙A1〔33、A2〔10、17、B27〔3、。 〕〕〕弁論の全趣旨)ウ術後の経過原告は、同日14時50分、病室に帰室した。その際には気分不快は( )アなく、15時には右眼に眼痛はなく、緊張感がほぐれたと述べた。C医師は、原告及び原告の父親に対し、16時50分、病棟オリエンテーションを実施し、原告に対して行った治療内容を説明した(乙A2〔1。 7、18)〕- 6 -17時、原告は、右眼に軽度の眼痛があるが自制内である旨、気分不( )イ快はない旨を述べ、18時30分には、右眼痛が継続しているがなお自制内である旨を述べた。20時には、別の被告病院眼科医師が原告に対してマニトンS・300の点滴投与を開始したところ、原告は嘔吐mlしたが、20時35分に上記点滴を終了した際には、原告には特段の変化が見られず、点滴後にいくらか頭痛が軽減してきたと述べた(乙A。 2〔18)〕ところが、21時には原告が再び嘔吐し、21時15分には、原告が、ナースコールをした上、嘔気はないが頭痛があると述べたことから、眼痛軽減のため、インテバン坐薬25が挿入された(乙A2〔18、mg19、証人D医師〔11、12。 〕〕)21時35分には原告が更に嘔吐し、頭痛もあると述べた。22時40分には、原告と同室の患者が看護室を訪れ、原告が眠れないようだと話したことから、看護師が原告の病室へ赴くと、原告が、嘔気は軽減していること、後頭部痛があるが我慢してみることを述べたことから、アイスノンを貼用した。23時に看護師が巡回した際には、原告は覚醒中で、頭痛が軽減しないと話しており、23時40分に看護師がトイレ誘導した際には、頭痛が軽減して来て少し眠っていたと話したものの、歩行中に吐き気を催し た。23時に看護師が巡回した際には、原告は覚醒中で、頭痛が軽減しないと話しており、23時40分に看護師がトイレ誘導した際には、頭痛が軽減して来て少し眠っていたと話したものの、歩行中に吐き気を催してトイレで嘔吐し、顔色もやや不良であった(乙。 A2〔19、証人D医師〔13、14)〕〕そのため、翌5月23日0時から、D医師が、原告に対し、マニトン( )ウS・300を再び点滴投与し、さらに入眠剤としてハルシオン1錠mlを内服投与した。そうしたところ、0時30分には嘔気及び嘔吐はなくなり、1時に看護師が訪室した際には、原告は、頭痛が軽減してきて少し眠れたと述べた(乙A2〔19、20、証人D医師〔17)。 〕〕その後、看護師が3時及び5時に巡回した際には、原告は睡眠中であ- 7 -った。 6時に看護師が訪室した際には、原告には嘔気、胃部不快及び頭痛はなく、右眼痛が軽度あるのみであった。7時に看護師が原告をトイレに誘導した際には、原告の方向感覚がやや不良であったが、ふらつきも、気分不快もなかった(乙A2〔20)。 〕エ緊急手術の実施及び眼痛等の経過同年5月23日朝8時にC医師が原告を診察した際、前房に出血が認( )アめられ、瞳孔ブロック(虹彩が盛り上がっているために隅角の辺りで前房水が流れなくなっている状態をいう(証人C医師〔26)が認め〕)。 られたことから、眼圧が下がらなければ周辺部虹彩切除をする必要があると判断し、原告の右眼の眼圧を下げて散瞳させるため、担当医を通じて、散瞳剤ミドリンP及びホマトロピンを点眼投与した。また、上記診察後に原告が嘔吐し、8時30分にはマニトンS・300が点滴投ml与されたが、嘔気が持続して右眼痛があり、9時にも原告は嘔吐した。 (乙A1〔34、A2〔20、証人C医師〔9、10 。また、上記診察後に原告が嘔吐し、8時30分にはマニトンS・300が点滴投ml与されたが、嘔気が持続して右眼痛があり、9時にも原告は嘔吐した。 (乙A1〔34、A2〔20、証人C医師〔9、10)〕〕〕その後10時15分にC医師が原告を診察した際、原告の右眼の隅角( )イに瞳孔ブロックを認めたことから、C医師は、視神経に影響が及ぶことを防止するため、右虹彩周辺切除術を行うこととし、10時45分に原告を手術室へ移し、局所麻酔の上で同手術を11時10分から同45分までの35分間で実施した(乙A1〔34、35、A2〔11、2〕1、証人C医師〔12、13。 〕〕)原告が12時45分に病室へ戻った後は、15時20分に嘔吐したの( )ウを除き、同年5月29日に退院するまで嘔吐することはなかった。また、右眼痛及び頭痛についても、同月27日9時に自制内の頭痛が現れたが14時には消失し、同月28日17時にも目を動かすと右眼が軽く痛む旨を述べたが、その余の時間帯においては、原告は、これらの痛みを訴- 8 -えていない(乙A2〔21~27)。 〕 散瞳症の発見( )ア入院中の診察その後、C医師ら担当医は、原告に対して上記右虹彩周辺切除術を行った後、原告が昭和63年5月29日に退院するまで、5月23日、同月24日、同月25日、同月26日、同月27日及び同月29日に原告を診察した。その経過は次のとおりである(乙A1〔36~40)。 〕5月23日( )ア右眼に前房があり、移植片接合部に癒着はなかったが、7時の方向の接合部と前房部が癒着している疑いが見られた。同医師は、抗生剤を少し多めに、長く内服する必要があると判断し、炭酸脱水酵素阻害剤ダイアモックス及びアスパラKを処方した(乙A1〔36、A2〔7。 〕〕) 前房部が癒着している疑いが見られた。同医師は、抗生剤を少し多めに、長く内服する必要があると判断し、炭酸脱水酵素阻害剤ダイアモックス及びアスパラKを処方した(乙A1〔36、A2〔7。 〕〕)5月24日( )イ8時30分の診察時には、充血が見られ、移植片はやや浮腫状であってデスメ膜にしわが見られたほか、前房は正常であるもフィブリンが見られ、瞳孔径は3であり、隅角には癒着がなかったが虹彩後癒着mmを起こしていた。C医師は、抗生剤の内服を続け、かつ、癒着を防止するため、散瞳させて虹彩を動かすことが必要であると考え、ミドリンPによる散瞳を頻回に行うよう指示した(乙A1〔25、証人C医師。 〕〔37)〕18時30分の診察時には、移植片には透明度が確保されていてデスメ膜のしわも微小であった。前房は正常であるが、フィブリンの存在が確認され、上皮は正常であった。癒着は見られず、前房蓄膿もなかった。 (乙A1〔37)〕5月25日( )ウ傷は問題がなく、他方で、前房は深いが、中央ないし周辺領域にフィ- 9 -ブリンが見られた。白内障の所見はなかった。同日から、ミドリンPを右眼に1日6回の割合による投与が開始されたほか、リンデロン、コランチル等も処方された(乙A1〔37、A2〔4、5)。 〕〕同日における2回目の診察の際には、移植片に内皮細胞浮腫が見られ、前房は深いが浮遊細胞の存在が確認された。瞳孔については、虹彩後癒着が起こっており、瞳孔領域にフィブリンの存在が確認された。触診眼圧は左右共に正常範囲内であった(乙A1〔38)。 〕5月26日( )エ移植片の内皮細胞浮腫の存在が確認されており、デスメ膜にしわも見られた。また、角膜後面に沈着物が付着していることが確認され、前房は深いが浮遊細胞が存在していた。原告の瞳 〕5月26日( )エ移植片の内皮細胞浮腫の存在が確認されており、デスメ膜にしわも見られた。また、角膜後面に沈着物が付着していることが確認され、前房は深いが浮遊細胞が存在していた。原告の瞳孔径は4で、癒着のmm程度は軽減し、フィブリン量も低下していることが確認された。眼圧については、触診眼圧は正常範囲内であり、視神経乳頭に問題はなく、黄斑部反射も良好であった(乙A1〔38)。 〕同日における2回目の診察の際には、ホスト側に浮腫がうっすらと存在していたが、移植片上皮浮腫は取れており、前房は深いが浮遊細胞の存在が確認されており、癒着は取れていた。瞳孔については、7時方向の癒着が解消したことが確認された。リンデロン及びコランチルの処方は同月28日まででよいとされたが、ミドリンPの処方量は1日6回のままとされた(乙A1〔39、A2〔5)。 〕〕5月27日( )オホスト側の浮腫は取れてきており、移植片上皮浮腫はほぼなくなった。 前房は深く、浮遊細胞の存在は依然として確認されていたが、瞳孔については、癒着はほぼなく、フィブリン量もごく少量であった。触診眼圧は正常で、視神経乳頭に問題も見られなかった(乙A1〔39、4。 0)〕- 10 -同日における2回目の診察の際には、内皮細胞浮腫は確認され、前房は深いが浮遊細胞は少量となったが、瞳孔には8時及び10時の方向にわずかに癒着があることが確認された(乙A1〔40。 〕)5月29日( )カ移植片にはデスメ膜にしわが見られ、虹彩沈着物様の角膜後面沈着物も確認された。傷口の糸はしっかりしており、7時方向に水疱が2個見られたが、前房は深く、浮遊細胞が見られる状態にあった(乙A1。 〔40)〕C医師らは、フィブリンもとれてきて、虹彩後癒着もほとんどない状態になってき はしっかりしており、7時方向に水疱が2個見られたが、前房は深く、浮遊細胞が見られる状態にあった(乙A1。 〔40)〕C医師らは、フィブリンもとれてきて、虹彩後癒着もほとんどない状態になってきたと判断し、ダイアモックス、アスパラK、リンデロンA等を処方し、さらにミドリンPを1日6回点眼するよう指示してこれも処方した上、原告を退院させた(乙A1〔41。 〕)イ退院後、外来受診時の診察原告の退院後、散瞳症の疑いが生ずるまで、原告は、昭和63年5月31日、6月2日、同月4日、同月8日に被告病院眼科を外来受診し、C医師の診察を受けた。その経過は次のとおりである(乙A1〔42、4。 3)〕なお、C医師は、ミドリンPは作用時間が短く、点眼後3時間も経過すれば散瞳効果が極大時に比べて相当程度減少し、就寝前に点眼しても翌朝には完全に散瞳効果が消滅しているに違いないとの認識に基づき、この間、朝の点眼前に果たして散瞳効果が消滅し、瞳孔径が正常な状態に戻っているか否かを確かめなかったし、原告にこの点に注意するようにとの指示もしなかった(証人C医師〔48、49、63、64。 〕)5月31日( )ア充血はなく、前房も深く、移植片の透明度も確保されていた。前房には浮遊細胞が見られたが、水晶体は透明であり、瞳孔径は6ないし7- 11 -であって、散瞳の状態になっていることが確認できた。同日、内服mm薬の投与が中止された(乙A1〔42)。 〕6月2日( )イ充血はなく、移植片もきれいであったが、上方に虹彩の色素が少し見られた。前房には浮遊細胞が見られたが、瞳孔径は8であって、mm散大してきたとの印象を得た。視神経乳頭は不整であったが、視神経乳頭陥凹は認められた(乙A1〔42)。 〕6月4日( )ウ移植片の充血はわずか 細胞が見られたが、瞳孔径は8であって、mm散大してきたとの印象を得た。視神経乳頭は不整であったが、視神経乳頭陥凹は認められた(乙A1〔42)。 〕6月4日( )ウ移植片の充血はわずかで、前房内には乳腫はないが、浮遊細胞は認められた。瞳孔径は8ないし9で、水晶体は透明であった。同日かmmら、ミドリンPの投与回数が1日3回に変更となった(乙A1〔4。 3)〕6月8日( )エ移植片に問題はなく、浮腫が取れていることが確認された。前房には浮遊細胞が「チラホラ」とあったが、十分に散瞳できていることが確認され、C医師は、一週間後の受診を指示し、リンデロンとトブラシンの処方をしたが、ミドリンPの投与は中止した(乙A1〔43)。 〕ウ6月15日の診察及びそれ以後の経過同日にC医師が診察した際、移植片はきれいであり、前房に浮遊細胞はほぼ認められなかったが、虹彩がわずかに萎縮しており、少し散瞳症を起こしていると判断された。そこで、同医師は、縮瞳剤0.5%ピロカルピンを1日3回点眼するよう指示の上で処方した(乙A1〔44)。 〕以後、原告は、6月22日、7月6日、同月20日、同月29日に受診したが、その間、右眼の瞳孔径は、6ないし8で推移した(乙A1mm。 〔44~48、54)〕エその後、原告の右眼の移植角膜の縫合糸は、昭和63年8月30日及び- 12 -9月9日の外来受診時に、2回に分けて顕微鏡下で抜糸された(乙A1〔48、50。また、同年10月28日の外来受診時に、虹彩付きコン〕)タクトレンズが処方され、これにより右眼は1.0ないし1.2の視力が確保できた(乙A1〔51、原告本人〔39。 〕〕) 左目の手術( )原告の左眼に対する角膜移植術は、平成2年3月26日に原告が被告病院眼科に入院し により右眼は1.0ないし1.2の視力が確保できた(乙A1〔51、原告本人〔39。 〕〕) 左目の手術( )原告の左眼に対する角膜移植術は、平成2年3月26日に原告が被告病院眼科に入院した上、同月27日に行われた。本件角膜移植手術は局所麻酔で行ったが、その際、原告の緊張のため手術の施行が困難であったとのことから、今回の同手術は、全身麻酔によって行われた。同手術の後は、特段の異。 、常所見が見られず、原告は、同月30日に退院した(乙A1〔53~5565、69)〕その後、移植角膜の縫合糸は、同年7月11日、23日及び8月29日の外来受診時に、3回に分けて抜糸され、左眼においてもコンタクトレンズの使用により1.2の視力が確保できた(乙A1〔73、75、77。 〕) 再手術(本件虹彩縫合術)( )ア原告は右瞳孔の散大により羞明感が著しく、上記虹彩付きコンタクトレンズを装用しても効果がないため、虹彩縫合術を行って瞳孔径を縮めることとなり、平成6年9月9日に被告病院眼科に入院の上、同月16日、虹彩縫合術が行われ、同月22日に退院した(乙A3〔3、4。 〕)すなわち、12時方向及び6時方向の角膜透明部を切開し、上方にオペガンを入れて前房を形成した上、虹彩下に進入しようとするも入らず、上下の虹彩を縫合しようとしたが、下方については虹彩が薄かったため断念し、12時方向のみ縫合して終了した。瞳孔の大きさは、術前の9月9日〕、は10、同月10日は8であった(乙A3〔5、9)のに対しmmmm術後は6ないし7となった(乙A3〔15)mm。 〕イ再手術後、平成7年8月21日の外来受診時には、上記縫合糸がほつれ- 13 -て浮き出たことから、同月30日に抜糸するに至った(甲A2〔24、〕乙A4〔24、B27〔6 15)mm。 〕イ再手術後、平成7年8月21日の外来受診時には、上記縫合糸がほつれ- 13 -て浮き出たことから、同月30日に抜糸するに至った(甲A2〔24、〕乙A4〔24、B27〔6。原告の右眼虹彩の直径はその後、約11〕〕)となり、現在に至っている(甲A2〔57。 mm〕)医学的知見関係 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の医学的知見が認められる。 円錐角膜症( )ア定義円錐角膜は10歳代前半から両眼性に発病し、角膜中央部からやや下方が円錐状に突出してきて、強い近視と角膜の不正乱視を来す疾患である(乙B11〔791。一般に20歳代半ばで進行が停止することが多い〕)が、アトピーなどを伴った場合には30歳を過ぎても進行することがあり、円錐角膜症が進行するとデスメ膜が破裂して急激に視力が低下して、急性水腫に至ることもある(乙B12〔112。 〕)イ治療法治療法については、おおむね、次の指摘がある。 コンタクトレンズで矯正が難しくなったときには外科的治療の適応と( )アなるところ、熱凝固により角膜を平坦化させる方法もあるが、根治療法としては角膜移植以外にはない。円錐角膜症についてコンタクトレンズでの視力矯正が難しくなった場合、すなわち、ハードコンタクトレンズの装用を半日以上することが困難となるか矯正視力が0.5未満になった場合には手術の適応となる(B12〔112、B13〔87)。 〕〕角膜頂点部付近の厚さが正常の3分の1以下、角膜中央部付近に濃い( )イ混濁が存在したり、デスメ膜破裂部位に濃い混濁が存在し、矯正視力が0.3以下の場合には全層角膜移植の適応となる。また、ハードタイプのコンタクトレンズのベースカーブが6.40以下のレンズを装mm用している場合や、レンズ装用が不安定で い混濁が存在し、矯正視力が0.3以下の場合には全層角膜移植の適応となる。また、ハードタイプのコンタクトレンズのベースカーブが6.40以下のレンズを装mm用している場合や、レンズ装用が不安定で数時間くらいしか装用ができ- 14 -ない場合も移植の適応となる(乙B11〔797。 〕)10代後半での円錐角膜症に対する治療法としてはコンタクトレンズ( )ウを装用するよりほかなく、それができなければ、角膜移植以外に治療法はない。円錐角膜の場合には、角膜移植後の透明治癒率は、A大学の統計によれば約92%である(証人C医師〔3、4)。 〕ウ治療法に関する説明治療法に関する説明について解説した文献(平成11年2月初版のもの)中には「円錐角膜の程度が重症な場合,視力を回復させるために角、膜移植が必要になってくる.……視力回復には角膜移植後もハードコンタクトレンズを必要とする場合があることをまず説明しておく.次に,円錐角膜に対する角膜移植については,一般的に成績は非常に良いとされていることを説明するとともに,①手術そのもののもつ危険性,②麻痺性散瞳の生ずる危険性,③術後拒絶反応の生ずる可能性,④それを予防するステロイド点眼の重要性,⑤視力回復に要する期間,などを十分に説明しておく「麻痺性散瞳は円錐角膜に対する角膜移植で生ずることがあると報告」、されており,過去には一定の頻度で発生していた.虹彩が手術的侵襲に対して脆弱であるということが関係しているようである」との各指摘があ. る(甲B7〔83。 〕)エ手術円錐角膜症に対する全層角膜移植術は、次の手順で行う(乙B8〔186~194。 〕)麻酔( )ア円錐角膜症に対する全層角膜移植術は、局所麻酔で行う場合には十分な球後麻酔及び瞬目麻酔が必要である(甲B6〔233 角膜移植術は、次の手順で行う(乙B8〔186~194。 〕)麻酔( )ア円錐角膜症に対する全層角膜移植術は、局所麻酔で行う場合には十分な球後麻酔及び瞬目麻酔が必要である(甲B6〔233。 〕)全身麻酔をすれば局所麻酔をする場合に比べて手術操作が容易になるが、麻酔医との十分な打合わせの下に行う必要がある。すなわち、術中、- 15 -特に前房開放中に患者が動くことはきわめて危険であるところ、前房開放中に麻酔深度を深くすることで外眼筋の緊張がとれ、硝子体圧が下がるために手術がより安全に行える(甲B6〔233)。 〕術前にマンニトール25%・50を30分間で静注し、約20分( )イml間、バルーンを術眼に当てることで硝子体圧を低下させる。 ドレープを装着し、トレパン(ドナー及びレシピエント角膜を正しく( )ウ〕)。 、円形に打ち抜くために必要な器具である(乙B9〔81)を用いて移植用角膜ボタンを切り取る。 術眼に開瞼器をかけ、上直筋及び下直筋のそれぞれに4-0絹糸で制( )エ御糸をかけて眼球を固定し、被移植眼の角膜をトレパンで切開する。トレパンを眼球に当てて回転させることで角膜を切り取ることができる。 粘弾性物質を前房内に注入し、角膜剪刀で被移植眼から角膜ボタンを( )オ切り取る。そして、強い炎症を起こす可能性が高い症例では周辺部虹彩切除を行う。 前房を保持し、水晶体及び移植角膜内皮を保護するために、粘弾性物( )カ質を水晶体上と前房隅角に注入し、移植用角膜ボタンをトレパンの台から被移植眼まで移した上、移植角膜を縫合する。 生理食塩水を注入して前房を形成し、必要があれば前房内に残存する( )キ粘弾性物質を洗い流す。創部に虹彩が嵌頓していないこと、縫合不全による房水の漏れがないことをそれぞれ確認した 膜を縫合する。 生理食塩水を注入して前房を形成し、必要があれば前房内に残存する( )キ粘弾性物質を洗い流す。創部に虹彩が嵌頓していないこと、縫合不全による房水の漏れがないことをそれぞれ確認した上、制御糸、開瞼器を外し、局所的に抗生物質及び副腎皮質ステロイド軟膏を塗布して、眼帯等を当てる。 オ手術時間に関する見解円錐角膜症の手術に関し、本件角膜移植手術が50分かかったことについて、C医師は、標準的であり、通常はこの程度かかる旨を述べている(証人C医師〔8。 〕)- 16 - 眼科手術の際の麻酔( )ア球後麻酔球後麻酔は眼窩内の全神経を麻酔する方法であり、これを行うと、外( )ア眼筋が麻痺することによって眼球が不動になる効果や、眼圧が低下する効果、知覚が麻痺する効果、中程度散瞳の効果がそれぞれ起こる(甲B2〔8、乙B4〔20。 〕〕)球後麻酔には、キシロカイン及びマーカインが用いられるのが通常である(乙B4〔18。 〕)球後麻酔については「計画的に球後麻酔を行わなかったり,行った()イ、にもかかわらず十分な無動が得られず,患者の不安から固視不良を生じるようなときはヒドロキシジンの静注が意外に効く」と指摘した文献(平成12年のもの)がある(甲B2〔85。 〕)イ局所麻酔から全身麻酔への切替え手術中に角膜切開していない状態であれば、既に局所麻酔をしていても全身麻酔へ切り替えることができるが、一度角膜切開まで至った場合に全身麻酔に切り替えるには再度の縫合が必要であるし、時間がかかることにより合併症を起こす危険も考えられることから、一度局所麻酔をした後に全身麻酔に切り替えることはしない(証人C医師〔8。 〕) 全層角膜移植手術後の緑内障( )ア術後の緑内障全層角膜移植術後には、眼圧が2 す危険も考えられることから、一度局所麻酔をした後に全身麻酔に切り替えることはしない(証人C医師〔8。 〕) 全層角膜移植手術後の緑内障( )ア術後の緑内障全層角膜移植術後には、眼圧が21以上になる高眼圧状態、すmmHgなわち緑内障が、早期で10ないし100%、慢性的にも10ないし40%の割合で発症する。角膜移植術後の5ないし6時間経過してからの眼痛及び嘔吐は後房圧の上昇が原因であり、隅角閉塞による急性緑内障発作を考えるべきである(乙B5〔72、73、B6〔94)。 〕〕もっとも、角膜移植術後に眼圧を測る際には、機械を用いることはでき- 17 -ず、手で強く押すと角膜移植片の縫合部分に影響を与えるため、手を用いて測ることもできず、眼圧の上昇の程度は、患者の自覚症状で判断するしかない(E鑑定人〔83。 〕)イ虹彩後癒着と緑内障虹彩後癒着とは、虹彩と水晶体とが癒着している状態をいい(証人C医師〔26、これが起こると、後房圧のため、虹彩がアンパン状に膨隆し、〕)その結果、隅角が閉塞し、眼圧が上昇して急性緑内障に至る(甲B15〔155、156、268。 〕)ウ緑内障の症状と予後高眼圧状態が持続している間は、患者が眼痛や頭痛を感じることとなる。 また、高眼圧状態、特に50ないし60の眼圧の状態が数週間続mmHgけば視神経の虚血が生じて視野が急速に狭まり、失明に至る。それほど高眼圧でなくても、網膜の神経繊維の損傷を来たし、そのために視神経に影響が及び、視野欠損が生ずる。視野欠損や視神経の損傷はいずれも回復不能である(E鑑定人〔1、2)。 〕エ緑内障の治療法緑内障が起こった場合には、薬物によって眼圧を一刻も早く正常化し、手術を行うのが治療の原則である。高張浸透圧薬、縮瞳薬、β遮断薬、プロスタグランジ る(E鑑定人〔1、2)。 〕エ緑内障の治療法緑内障が起こった場合には、薬物によって眼圧を一刻も早く正常化し、手術を行うのが治療の原則である。高張浸透圧薬、縮瞳薬、β遮断薬、プロスタグランジン関連薬、炭酸脱水酵素阻害薬の併用を行う。このうち、高張浸透圧薬については、20%マンニトール(マニトン)500をml点滴静注する(甲B14〔138)。 〕隅角閉塞による急性緑内障に対しては、眼圧下降点眼薬、炭酸脱水酵素阻害薬、高浸透圧薬点滴を用いて降圧をはかる(この回数については、マニトンを多数回投与すると脱水症状を起こすことから、せいぜい2ないし3回であると指摘されている(E鑑定人〔86、弁論の全趣旨。房水〕)。)が後房から前房に流れることができなくなり、瞳孔ブロックに至った場合- 18 -のように、改善が認められない場合には直ちに周辺虹彩切除を行う(甲。 B15〔155、156、268、乙B5〔72、73、B6〔9〕〕4)〕もっとも、この点に関し、全層角膜移植術直後に周辺虹彩切除を行うことについては、上記移植術をしたのと同様の場所に改めて手術操作を加えることになるから、周辺虹彩切除術を施行することで移植角膜の状態等に悪影響が及ぶ可能性を考慮する必要があると指摘されている(E鑑定人〔3。 〕) 全層角膜移植手術後の散瞳症( )ア円錐角膜に対する全層角膜移植後、瞳孔が散瞳状態で動かなくなってしまうことがあるところ、その原因としては、文献(平成9年1月のもの)上、いまだ明らかでないとしつつも、手術時に用いたアトロピンの散瞳作用のために起こる周辺部虹彩前癒着と眼圧上昇であるとか、術中の虹彩に対する外傷や水晶体と母角膜間に虹彩が挟まれることによって虹彩内の血管が圧迫され虚血となるため、瞳孔括約筋が障害を受けたこ の散瞳作用のために起こる周辺部虹彩前癒着と眼圧上昇であるとか、術中の虹彩に対する外傷や水晶体と母角膜間に虹彩が挟まれることによって虹彩内の血管が圧迫され虚血となるため、瞳孔括約筋が障害を受けたことであるなどの指摘があることが紹介されている。これに対する予防法として、文献(上記に同じ)上「術中の硝子体容積をできるだけ小さくし眼圧の上昇、を防ぐこと,術中前房をできるだけ早く再形成し,以後前房を消失させず保ち続けることなどが必要と思われる.また,アトロピンなどの散瞳剤の使用は避けるべきである」との指摘がされている(甲B11〔33). 。 〕イ文献(昭和48年2月10日のもの)によれば、円錐角膜に対する角膜移植手術後に不可逆的な散瞳となった症例のうち、術後散瞳薬を用いなかった例における散瞳が始まった時期と症例数は、術後4日が1例、術後3日及び2日がそれぞれ2例、術後1日が2例となっており、術後4日や3日での発症は遅い方で、多くは2日以内に起こり、術後17時間で散瞳状態にあると認められた例の報告がある旨指摘されている。同文献によれば、- 19 -不可逆的な散瞳症状態の原因について、術後散瞳薬の使用とは無関係に発症すると思われるとし、術後のアトロピンの点眼、瞳孔遮断による眼圧上昇、角膜の扁平化による隅角の癒着、手術による虹彩損傷等が指摘されてきたが、それぞれ反証例が示されており、病因としては説得力に乏しいとしながらも、円錐角膜眼に潜在する何らかの瞳孔機能の異常、あるいは虹彩自律神経系の易損傷性が移植手術という外傷を契機として顕在化すると考えられるとした上で、自験した例の臨床所見から、副交感神経終末のアセチルコリン()の作用機序に何らかの障害があるのではなAcetylcholineいかと考えている、と結論付けている(乙B20〔59 られるとした上で、自験した例の臨床所見から、副交感神経終末のアセチルコリン()の作用機序に何らかの障害があるのではなAcetylcholineいかと考えている、と結論付けている(乙B20〔59、60)。 〕 全層角膜移植手術後の炎症の防止と散瞳の必要性( )アC医師は、前房内に炎症があると、虹彩が水晶体に癒着する可能性があり、虹彩が水晶体に癒着すると、白内障を起こしたり眼圧が上がるなどして緑内障を起こしたりする危険性があるため、それを予防するために瞳孔を開いたり閉じたりすることがあるとの認識を有している(証人C医師〔10。 〕)イぶどう膜炎の治療では瞳孔の管理が大切であるところ、前房に炎症所見があれば、毛様体の安静と虹彩後癒着の防止のため、散瞳するのが原則である。この際には、0.5ないし1.0%アトロピンの点眼のみならず、ミドリンM、ネオシネジン、ミドリンP等の点眼を行う。点眼回数は病状に応じて決するものであるところ、前房蓄膿があったり、フィブリンの析出が強く虹彩後癒着が生ずる可能性があるときは1時間ごとの頻回点眼を行う。炎症が消退してくれば、夜間1回のみの点眼でよいとされていた。 (乙B36〔233。昭和61年の文献である)〕。 瞳孔の機能と散瞳剤の薬理作用( )ア瞳孔の機能瞳孔には、散大(散瞳という)又は縮小(縮瞳という)することで眼。 。 - 20 -球内に入る光量を調節し、近くのものを見る際には縮小して焦点深度を深くし、眼底像を明瞭にする機能がある。この運動は、虹彩に分布する瞳孔散大筋と瞳孔括約筋によって行われる。神経支配は主として交感神経及び副交感神経であり、さらに生体内物質や自律神経以外の神経によっても制御される(甲B12〔212。もっとも、睡眠時には生理的に強い縮瞳〕)状態になって って行われる。神経支配は主として交感神経及び副交感神経であり、さらに生体内物質や自律神経以外の神経によっても制御される(甲B12〔212。もっとも、睡眠時には生理的に強い縮瞳〕)状態になっており、その程度は睡眠が深いほど強い(乙B37〔23 。 〕)イ硫酸アトロピンの効能等硫酸アトロピンは、副交感神経の遮断により散瞳をはかる薬剤である(甲B1〔66、弁論の全趣旨。 〕)若年者に1%硫酸アトロピンを1回1滴点眼した際、散瞳効果は点眼後30ないし40分以内に最大となり、その効果が10ないし12日間継続した(効能書上は7ないし10日と記載されている。また、調節麻痺効。)果は点眼後20ないし30分に始まり、数時間後に最大となって、約2週間持続した(甲B8〔12、14)。 〕また、硫酸アトロピンについての医薬品インタビューフォーム中の使用上の注意に関する項目には「長期にわたり散瞳していると虹彩が癒着す、るとの報告がある」と記載されており、同剤の使用が長期にわたった際に、散瞳状態のまま虹彩が癒着して縮瞳しなくなる症例の存在が示されている(甲B8〔11。 〕)ウミドリンP点眼液の効能等ミドリンP点眼液は、検査用散瞳点眼剤であり、1中に5のトmlmgロピカミド及び塩酸フェニレフリンが含まれている。このうち、トロピカミドは、副交感神経抑制剤であり、瞳孔括約筋を弛緩させることにより散瞳を生じさせるとともに、毛様体筋の緊張を抑制して調節麻痺を起こすものであり、塩酸フェニレフリンは、交感神経興奮薬であり、瞳孔散大筋を- 21 -収縮させることにより散瞳を生じさせるものである。ミドリンPの効能・効果は、診断及び診療を目的とする散瞳と調節麻痺とされているが、上記のとおり検査用散瞳点眼剤とされていることもあり、用量として -収縮させることにより散瞳を生じさせるものである。ミドリンPの効能・効果は、診断及び診療を目的とする散瞳と調節麻痺とされているが、上記のとおり検査用散瞳点眼剤とされていることもあり、用量としては散瞳(1回1ないし2滴、又は1回1滴を3ないし5分おきに2回)及び調節麻痺(1回1滴を3ないし5分おきに2ないし3回点眼)についてそれぞれ定められているにすぎず、一定期間継続的に使用する場合を想定した用量は定められていない。また、副作用についても、使用成績調査等の副作用発現頻度が明確となる調査は実施されておらず、副作用が認められた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこととされているにすぎない(甲B9〔1、7、9、11、B20の1・2)。 〕エミドリンP点眼液の作用時間年齢23ないし33歳の健常人を対象とし、0.5%トロピカミド及び0.5%塩酸フェニレフリン含有点眼薬を片眼に1回1滴3分ごとに3回連続投与して近点距離及び瞳孔径の測定を行った結果、瞳孔径は点眼15ないし20分後、調節麻痺は点眼20ないし30分後に最大(約8)mmとなり、その後、緩やかに効果が減退したものの、投与120分後においても瞳孔径は7強を維持していた(甲B9〔17。また、外国のmm〕)統計によれば、ミドリンPの散瞳作用の消失までの時間は約6時間とされている(甲B9〔18、証人C医師〔10。 〕〕)また、同じく片眼に1回1滴3分ごとに3回連続投与した後、さらに1回1滴を20分ごとに3回追加点眼を行ったところ、調節麻痺は点眼終了後5ないし6時間で回復した(甲B9〔18。 〕) 高眼圧状態の虹彩への影響( )眼圧の上昇と虹彩への影響との関係については、文献上、次の指摘がある。 すなわち、高眼圧が続くと瞳孔括約筋が麻痺するところ、眼圧がさら した(甲B9〔18。 〕) 高眼圧状態の虹彩への影響( )眼圧の上昇と虹彩への影響との関係については、文献上、次の指摘がある。 すなわち、高眼圧が続くと瞳孔括約筋が麻痺するところ、眼圧がさらに眼動脈拡張期圧以上に上昇すると、虹彩にははっきりした血流がなくなり、虹彩- 22 -の血流圧は脈絡膜や網膜循環の血流圧よりも低くなって、瞳孔括約筋の壊死が起こる。その結果、眼圧が下がった後も麻痺して縮瞳能力を失い、部分的な虹彩萎縮が起こる。他方、瞳孔散大筋は瞳孔括約筋よりも虚血によっては侵されないため、壊死が起こりにくく、ミドリンPの成分である10%フェニレフリンに反応することとなり、その結果、通常よりひどい散瞳状態となる(甲B13〔103、B14〔136、B18、B21~23、乙B。 〕〕31、B32)第4争点に対する判断判断の順序について 被告病院の診療行為上の過失に関する原告の主張(争点1 ないし7 )の順序( )( )は、時間的経緯に沿ったものであるが、これは判断の順序を拘束するものではないから、当裁判所は、まず、鑑定の結果を踏まえて争点5 (散瞳剤の投与期( )間ないし投与量を誤った過失の有無)及びこれに密接に関連する争点8 (不可( )逆的な散瞳症の原因)を併せて判断することとする。 ( )( ) 争点5 (散瞳剤の投与期間ないし投与量を誤った過失の有無)及び争点8(不可逆的な散瞳症の原因)について 不可逆的な散瞳症の原因についての判断手法( )円錐角膜に対する全層角膜移植術後に生ずる散瞳症については、前記第3の24 のとおり、その原因が医学的に解明されたとはいえない状態にある。 ( )このことを前提とすると、このような散瞳症の原因については、自然科学的な厳密さを要求する限り、常に証明不能といわ 記第3の24 のとおり、その原因が医学的に解明されたとはいえない状態にある。 ( )このことを前提とすると、このような散瞳症の原因については、自然科学的な厳密さを要求する限り、常に証明不能といわざるを得ない。 しかし、訴訟上の因果関係の立証は、このような自然科学的な厳密さが要求されるものではなく、当該事案で明らかにされた事実関係に経験則を当てはめた結果、特定の事実が特定の結果を招来したと一般通常人が疑いを差し挟まない程度に確信し得るものであれば、両者間に因果関係を認定できるのである。これを医療行為とその後に生じた症状との間についてみると、当該- 23 -症状が医療行為の前には見当たらず、医療行為と近接して生じ、医療行為と無関係に生じるものとは認められず、むしろ医療行為によって生ずる可能性も認められる場合には、特段の事情のない限り、当該症状は当該医療行為によって生じたものと認めるのが相当である。そして、当該医療行為が複数の作為又は不作為によって構成されている場合において、それらのうちで当該症状を発症させる可能性があるものを抽出し、それらについていずれも上記のような関係が認められるときには、その一部のみが当該症状の原因となったことが認められない限り、それらのすべてと当該症状との間に因果関係があり、それらのすべてが複合的な原因であると認めるのが相当である。 本件についての検討( )ア上記の判断手法に従って検討すると、まず、本件全証拠によっても、本件角膜移植手術前に原告に散瞳症が生じていた事実は認められない。 そして、原告の右眼については、昭和63年5月22日に行われた本件角膜移植手術中に虹彩から出血を来し、同手術後に高眼圧状態となったために翌23日に虹彩切除術が行われ、その後、炎症が生じたためにミドリンPが1日6回の割合で点眼投 昭和63年5月22日に行われた本件角膜移植手術中に虹彩から出血を来し、同手術後に高眼圧状態となったために翌23日に虹彩切除術が行われ、その後、炎症が生じたためにミドリンPが1日6回の割合で点眼投与されていたところ、同月31日には散瞳の状態となっていることが確認され、同年6月15日には虹彩の萎縮が発見され、不可逆的な散瞳症状態になっていたことが確認されたものである(前記第3の12 及び3 のとおり。 ( )( ))イこのことを前提に、原告の右眼が不可逆的な散瞳症となった原因について検討するのに、出血ないし圧迫等により瞳孔括約筋に虚血状態を来し、これによって不可逆的な散瞳症に至るとの知見も示されているところ(E鑑定人〔78、原告については、本件角膜移植手術中に虹彩から出血を〕)来し、その後にも高眼圧状態となって虹彩を圧迫する状態になったものと認められるから、この機序によって、不可逆的な散瞳症に至ったとの疑いが生ずるところである。 - 24 -しかしながら、散瞳剤の投与なしに不可逆的な散瞳症となるのは、前記第3の24 イのとおり角膜移植手術後2ないし4日後であると認められる( )ところ、昭和63年5月22日に行われた本件角膜移植手術後に原告の右眼が散瞳状態となったのは、記録上、同手術の9日後である同月31日である。 そうすると、筋肉の作用の消失は一度には起こらず、順次漸減するものであるとされていること(F鑑定人〔80)に照らしても、原告につい〕て筋肉の働きの漸減速度が通常よりも小さかった等の事情が認められない限り、上記の瞳孔括約筋の虚血状態の発生のみを以て不可逆的な散瞳症の原因であると断ずることはできない。この点については、被告自身も、原告に視野異常が見られないことから、高眼圧による影響を否定すべきこと、及び手術後に縮 筋の虚血状態の発生のみを以て不可逆的な散瞳症の原因であると断ずることはできない。この点については、被告自身も、原告に視野異常が見られないことから、高眼圧による影響を否定すべきこと、及び手術後に縮瞳していることが確認されていることを根拠に、高眼圧状態の発生は不可逆的な散瞳症の原因ではないと主張している(別紙「当事者の主張」第4(被告の主張)3。これらのことに照らすと、上記の瞳)孔括約筋の虚血状態の発生のみが原因で不可逆的な散瞳症が生じたとはいえず、原告の瞳孔括約筋は、下記のとおりミドリンPが投与されるまではなお機能を保持していたものと認められる。 ウところで、前記第3の24 及び6 において認定したところによれば、円( )( )錐角膜症に対する角膜移植手術中ないし手術直後に散瞳剤アトロピンを点眼投与したことが不可逆的な散瞳症の原因となるとの指摘がされており、しかもアトロピン投与により長期にわたって散瞳状態を継続させると、そのまま虹彩が癒着して縮瞳しなくなる事例も報告されているところ、アトロピンを投与すると、副交感神経を遮断して瞳孔括約筋を麻痺させることによって散瞳状態を引き起こし、その効果は、漸減しながらも7ないし12日間継続するものである。そして、このことを前提に、その間に、周辺部虹彩前癒着が起こったり、眼圧の上昇を来すなどすることにより不可逆- 25 -的な散瞳症状態に至るものと推測されているところである。 他方、前記第3の26 ウのとおり、ミドリンPの成分であるトロピカミ( )ドは、副交感神経を遮断し、瞳孔括約筋を麻痺させて散瞳の効果をもたらす効能を有しているところ、他方で、ミドリンPを1滴投与することによっても、散瞳状態は6時間程度継続するにとどまる。そうすると、点眼投与による作用の機序及び内容は、成分が異なるもの 瞳の効果をもたらす効能を有しているところ、他方で、ミドリンPを1滴投与することによっても、散瞳状態は6時間程度継続するにとどまる。そうすると、点眼投与による作用の機序及び内容は、成分が異なるものの、ミドリンPとアトロピンとで異なるところはなく、単に作用時間が異なるにすぎないのであるから、作用の機序及び内容が同じであれば投与による人体内部における変化の内容も同じなのが通常であることに照らせば、ミドリンPを投与することによっても、作用時間がアトロピンと同様の事態が生ずれば、アトロピンの副作用である不可逆的な散瞳症に至り得るものと推認するのが相当である。その上、アトロピンの作用時間は、上記のとおりミドリンPに比べて著しく長いものの、当該作用時間未満で縮瞳させれば不可逆的な散瞳症が生じないとの知見はなく、ミドリンPの副作用についても明確な調査がされていない。そうすると、少なくともミドリンPを検査用に1、2回使用する程度では不可逆的な散瞳症は生じないものの、どの程度の使用までであれば不可逆的な散瞳症を生じさせないかについては不明といわざるを得ず、使用が相当長期にわたれば、アトロピンの作用時間に及ばなくても不可逆的な散瞳症が生じる可能性もあるといわざるを得ない。 エそして、本件においては、前記第3の13 のとおり、昭和63年5月2( )5日から6月3日まで10日間にわたってミドリンPが1日5ないし6回、すなわち、8時から20時まで約2時間おきに投与されているところ、上記のミドリンPの作用時間に照らすと、毎日8時から翌0時ころまで、約16時間にわたって継続的に散瞳状態にあったものと認められる。そうすると、毎日0時から8時までの間はミドリンPの作用がなく、縮瞳状態になり得るものであったとしても、連日、相当長時間にわたって散瞳状態が- 26 って継続的に散瞳状態にあったものと認められる。そうすると、毎日0時から8時までの間はミドリンPの作用がなく、縮瞳状態になり得るものであったとしても、連日、相当長時間にわたって散瞳状態が- 26 -強制的に継続することになるのであって、このことからすれば、アトロピンの作用時間には至らないまでも、これを投与したのと同様の事態の生ずる状態が作出されていたものというべきである。 これに対し、文献には、散瞳剤の投与が不可逆的な散瞳症の原因となり)、得ることを否定するものもある(前記第3の24 イ、乙B24。しかし( )それは、散瞳症発生の機序と散瞳剤の性質を関連づけて論じたものではなく、他方、散瞳剤が不可逆的散瞳を助長することはよく知られているものと認められ(F鑑定人〔70、鑑定人もこのことを前提に鑑定意見を述〕)べていると認められることに照らすと、上記文献における見解は、いまだ散瞳剤の投与が不可逆的散瞳症の原因となる可能性までを否定するものとはいい難く、このような見解の存在は、上記判断を左右するものではない。 オ以上のほかには、本件角膜移植手術から散瞳状態が確認されるまでの間に不可逆的散瞳症を発症させ得る医療行為等は見当たらない。 カ以上を総合すれば、原告の右眼の不可逆的な散瞳症は、本件角膜移植手術以前には発症しておらず、同手術以前の一連の医療行為と無関係に発症するものとも認め難いし、この一連の医療行為のうちで不可逆的散瞳症の発症の原因となる可能性のあるものは、手術後に生じた高眼圧状態とミドリンPの継続投与に限られるところ、前者については、それによって瞳孔括約筋に一定の障害を生じさせることにより不可逆的な散瞳症の発症に有意に寄与した可能性は否定できないものの、これのみによって同症が発症したとも認め難い。 そうであるとすれば、上 は、それによって瞳孔括約筋に一定の障害を生じさせることにより不可逆的な散瞳症の発症に有意に寄与した可能性は否定できないものの、これのみによって同症が発症したとも認め難い。 そうであるとすれば、上記の不可逆的な散瞳症については、本件角膜移植手術中の出血及びその後の高眼圧状態に起因して瞳孔括約筋に虚血状態が生じ、これによって瞳孔括約筋に一定程度の障害が生じていたもののなお作用は失われていなかったところへ、アトロピンを投与したのに近いミドリンPの連続投与がされたことによって、瞳孔括約筋の麻痺状態が固定- 27 -的となり、散瞳状態が不可逆的なものとなったと認めるのが相当である。 散瞳剤の投与期間ないし投与量を誤った過失の有無( )ア上記2 を前提に、原告の右眼に対するミドリンPの投与期間ないし投与( )量を誤った過失があるか否かを検討するのに、一般に、薬剤は一定の効果により治療効果を上げることを目的として投与されるものであるところ、薬剤には副作用が伴うのが通常であるから、薬剤を投与するか否か、その投与量を決するに当たっては、投与の必要性の有無について吟味する義務があるというべきである。 そして、この点についての医師の判断を助けるものとして、薬剤には能書やインタビューフォーム等の文書が付されているところ、これに記載された用法用量を遵守している限りにおいては、仮に当該薬剤によって予期しない副作用が発生したとしても、これを投与した医師の責任は原則として否定される。しかし、上記文書に記載されている用法又は用量によらず、医師が独自に判断した用法又は用量によって薬剤を投与する場合には、それによって副作用発見の危険がないとの確立した知見がない限り、あるいは、当該薬剤を投与しなければ重篤な結果が生ずるために副作用発生の危険を甘受するほかない 又は用量によって薬剤を投与する場合には、それによって副作用発見の危険がないとの確立した知見がない限り、あるいは、当該薬剤を投与しなければ重篤な結果が生ずるために副作用発生の危険を甘受するほかないといった特段の事情がない限り、当該医師は、当該薬剤の投与を必要最小限にとどめて副作用の発症を防止する注意義務を負うと解すべきであり、このようなことは、医師として心得るべき初歩的な事項というべきである。 イ本件においては、前記のとおり、原告の右眼に対して散瞳剤を投与する目的は、本件角膜移植手術後に虹彩後癒着を防止することにあった。すなわち、散瞳剤を投与すると、瞳孔括約筋が弛緩して虹彩の表面積が減少して散瞳状態となるため、虹彩と水晶体等とが接触し得る面積も減少するし、また、散瞳と縮瞳とが繰り返されることによっても、虹彩の表面積が常に変化するから、いずれにせよ、虹彩と他の部分とが癒着する可能性が減少- 28 -し、虹彩後癒着が防止されることを企図したものであるところ、このような効果を期待することは、インタビューフォームには記載されていないが、一般に是認されている使用法であるということができるから、このような効果を期待してミドリンPを投与すること自体が不合理であるということはできない。そして、角膜移植手術後に炎症が生じる可能性があり、かつ、原告については、炎症を誘発する物質であるフィブリンが見られるなど、実際に炎症が発生する可能性が相当程度あったと認められるから、原告に対し、炎症に基づく虹彩後癒着を防止するため、散瞳剤であるミドリンPを投与する必要性自体はあったものと認められる。 しかしながら、このような目的で用いる場合の用量については、インタビューフォームに何ら記載されていない上、前記第3の26 ウのとおり、( )ミドリンPについては副作用 体はあったものと認められる。 しかしながら、このような目的で用いる場合の用量については、インタビューフォームに何ら記載されていない上、前記第3の26 ウのとおり、( )ミドリンPについては副作用発現頻度が明確となる調査が実施されていないのであるから、1ないし2回の点眼を超える継続的な使用については、副作用が起きないとの確立した知見は存在しなかったし、上記2 ウのとお( )り、ミドリンPと同一の作用機序を有するアトロピンについては、ミドリンPより作用時間がかなり長いものの、これによって不可逆的な散瞳症が発症することが指摘されており、同剤の作用時間を下回りさえすれば同症の発症がないとの知見もまた存在しなかった。しかも、不可逆的な散瞳症は、散瞳状態がまぶしく感じられて生活に不自由であることに照らせば、日常生活が相当程度制限される重篤な状態であるというべきであるから、ミドリンPを継続的に投与する医師は、これによって同症が発症しないとの知見がなく、むしろ継続投与によってこれが発症するおそれがあるとの認識の下に、副作用の発症がないか否かに注意しつつ、使用量を必要最小限にとどめる注意義務があったと認められる。この点については、C医師も、当時、アトロピンが不可逆的な散瞳症の原因となることは認識していたものであるところ、上記において認定説示したとおり、アトロピンとミ- 29 -ドリンPとの作用機序が同じものであることは、能書等によって明らかであるから、ミドリンPの投与によっても、その作用時間如何によっては、アトロピンと同様の副作用が発症し得ることについても、容易に想到し得るものである。そうすると、同医師は、ミドリンPの投与に当たっても、その投与頻度を必要最低限度にすることを考慮する義務があったというべきである。 ウ他方、ミドリンP等の散瞳剤 ても、容易に想到し得るものである。そうすると、同医師は、ミドリンPの投与に当たっても、その投与頻度を必要最低限度にすることを考慮する義務があったというべきである。 ウ他方、ミドリンP等の散瞳剤の投与に関し、E鑑定人は、1時間おきに投与する場合があることを示唆し(E鑑定人〔18、前記第3の25 イ〕)( )のとおり、これに沿うとも考えられる知見も存在するほか、G鑑定人は、1日6回の使用も考えられることであると述べる(G鑑定人〔20。こ〕)れらの意見は、炎症による癒着が生ずる危険を避けるためには散瞳剤を頻回に投与する必要があるというものであり、仮に本件においても、この観点からして頻回投与の必要性が認められれば、散瞳剤の発症の危険を甘受しつつも、より大きな危険を回避するためには、ミドリンPを現に使用した頻度で投与することが許されることとなる。 しかし、原告については、炎症が生ずる危険性はあったと認められるものの、前房蓄膿があったり、フィブリンの析出が強かったとの事情は認められない。その上、上記2 エのとおり、現に行われた投与状況では毎日0( )時から8時までは散瞳効果がなく、縮瞳可能な状態にあることが想定されているところ、前記第3の26 アのとおり、夜間は強い縮瞳状態にあるこ( )とからすると、炎症による癒着を避けるため散瞳させる必要性が高い場合には、夜間にこそ散瞳を図るべきであり、前記第3の25 イのとおり、炎( )症が消退してきても夜間1回は点眼するとされているのも、この趣旨によるものと考えられることからすると、夜間の長時間にわたって縮瞳状態がが生ずることを放置しつつ炎症が徐々に消退した本件においては、元々それほど頻回に散瞳剤を投与する必要性があったとは認められず、他に原告- 30 -に対して頻回に散瞳剤を投与す にわたって縮瞳状態がが生ずることを放置しつつ炎症が徐々に消退した本件においては、元々それほど頻回に散瞳剤を投与する必要性があったとは認められず、他に原告- 30 -に対して頻回に散瞳剤を投与すべきことをうかがわせる事情も認め難い。 そして、上記のとおり、虹彩後癒着の防止は、虹彩の表面積が減少して散瞳状態となっても、散瞳と縮瞳とが繰り返されることによっても達成可能であると考えられるところ、ミドリンPを投与することで散瞳状態を維持するには、上記のミドリンPの作用時間に照らすと、2時間ないし3時間おきの投与が必要であるのに対し、散瞳と縮瞳を繰り返すためには、夜間も含めて約6時間おきの投与で足りるものと認められる(この点について、F鑑定人は、普通は1日2回で、炎症が強くても3回で足りる旨を述べており(F鑑定人〔17、かかる趣旨は上記説示と同様のところにあ〕)ると考えられる。このような投与方法によっている限り、散瞳状態の継。)続がなくなり副作用発症の前提もなくなることとなり、しかも検査のための点眼とほとんど変わらない使用状況となることから、副作用発症の危険は認められないということができ、いわゆる結果回避可能性も認められる。 これらのことに照らせば、原告に対してミドリンPを投与する必要性があったとしても、常に散瞳状態を保持する必要はなかったのであって、そうであるにもかかわらず、上記のとおり、投与頻度を1日当たり6回としてミドリンPを投与したことは、上記義務に違反した行為であると評価せざるを得ない。そして、C医師は、上記のとおり、ミドリンPの薬効が3時間程度で相当程度減少することを前提として上記の投与頻度を定めているところ、同医師には前提において誤りがあったし、比較的投与の必要性のある夜間に投与せず、昼間に必要以上の投与を行っている点で が3時間程度で相当程度減少することを前提として上記の投与頻度を定めているところ、同医師には前提において誤りがあったし、比較的投与の必要性のある夜間に投与せず、昼間に必要以上の投与を行っている点で、薬剤の必要性と投与方法との関係及び薬剤投与による副作用発症の危険性についての配慮を欠いていたものといわざるを得ず、この点において、C医師には、ミドリンPの投与頻度の定めを誤った過失がある。 小括( )以上からすれば、その余の過失の主張について判断するまでもなく、C医- 31 -師を診療契約上の義務の履行補助者として使用した被告に診療契約上の債務不履行責任が生ずることは明らかであるが、念のため、項を改めて他の過失の主張(争点1 ないし4 、6 及び7 )について判断した後、損害額(争点( )( )( )( ) 9 )について判断することとする。 ( )その余の過失の主張(争点1 ないし4 、6 及び7 )について ( )( )( )( ) 争点1 (本件角膜移植手術における麻酔の方法及び程度の適否)について( )( )ア前記第3の12 イにおいて認定したとおり、本件角膜移植手術に当たり、( )原告に対してはキシロカイン及びマーカインの投与によって局所麻酔がされているところ、当該麻酔は、本件角膜移植手術を行うために、一定の効果を得る目的で行われるものであるから、原告の主張するとおりに追加的麻酔措置が必要であるというためには、上記の局所麻酔によってもなお麻酔の目的を十分には達成できず、手術の施行に支障が生ずる場合をいうと解するのが相当である。 ところで、眼科手術における麻酔によって得られる効果は、前記第3の 22 アのとおり、眼球が不動になる効果や、眼圧が低下する効果、知覚( )( )アが麻痺する効果及び 解するのが相当である。 ところで、眼科手術における麻酔によって得られる効果は、前記第3の 22 アのとおり、眼球が不動になる効果や、眼圧が低下する効果、知覚( )( )アが麻痺する効果及び中程度散瞳の効果である。そうすると、本件において、追加的麻酔措置が必要であるというためには、本件角膜移植手術の施行に支障が生ずる程度に眼球が動いたとか、眼球等に痛みを感じたといった事情がうかがわれる必要がある。 イしかしながら、まず、痛みについては、前記第3の12 イのとおり、( )( )ア眼球固定時に軽度の疼痛がみられたことが認められるものの、手術開始後は、終了に至るまで原告が痛みを感じていない。 次に、眼球の動きについて、原告は、手術中に眼球が痙攣したように動き、これに対してC医師が原告に対して眼を動かさないように指示したと主張及び陳述するが(甲A2〔4、仮に眼球が痙攣したように動〕)いて手術を継続できないほどであったとすれば、前記第3の21 エの全( )- 32 -層角膜移植術の手術手順のとおり、トレパンのような切開用の器具を眼球に直接押し当てたり、角膜移植後に縫合するような細緻な作業をなし得たとは考え難い。しかし、本件角膜移植手術後、原告の右眼移植角膜は特段の異常もなく移植が完了しているから、本件角膜移植手術自体は目的を達成しているということができる。このことに照らせば、眼球が痙攣したように動いたとの事実は認め難いといわざるを得ないし、仮に眼球が何らかの動きを見せたとしても、それが本件角膜移植手術の継続の妨げとなったとは認められないのであって、これに反する証拠はないほか、他に麻酔の効果が不十分であることをうかがわせる証拠も見当たらない。 したがって、本件角膜移植手術の施行に支障が生ずる程度に眼球が動( )イいたと れないのであって、これに反する証拠はないほか、他に麻酔の効果が不十分であることをうかがわせる証拠も見当たらない。 したがって、本件角膜移植手術の施行に支障が生ずる程度に眼球が動( )イいたとか、眼球等に痛みを感じたといった事情はうかがわれないから、本件において追加的麻酔措置が必要であったということはできず、この点に関する原告の主張には理由がない。 ウこの点に関し、原告は、本件角膜移植手術後にC医師が、原告の眼球が動いて手術がやりにくかったので、左目の角膜移植を行う際には全身麻酔とする旨を何度も発言した旨主張するが、仮にそのような発言がされたものであったとしても、上記のとおり手術の遂行の妨げとはならなかったものと認められるから、その趣旨は、局所麻酔でも支障なく手術できたが、どちらかというと全身麻酔の方が手術が容易なので、次の手術は全身麻酔で行いたいという程度のものと理解できるのであって、上記判断を左右するものではない。また、前記第3の22 アの指摘からは、追加的投与が( )( )イ必要な場合があり得ることは示唆されるものの、この指摘にいう、眼球の十分な無動が得られず、固視不良が生ずるようなときとは、麻酔が手術の遂行のための手段であることに照らせば、上記認定説示のとおりの趣旨に解するべきものであるから、この指摘の存在も、上記判断を左右しない。 - 33 - 争点2 (本件角膜移植手術において虹彩を傷つけ出血させた過失の有無)( )( )についてア本件において、原告は、本件角膜移植手術中に硝子体圧の減圧に失敗し、そのために虹彩の出血を不可避のものとしたとし、上記手術中に原告右眼の硝子体圧が高かったのは、眼が動くために原告が緊張状態にあったことが原因であると主張する。しかしながら、眼が動くために原告が緊張状態にあっ 虹彩の出血を不可避のものとしたとし、上記手術中に原告右眼の硝子体圧が高かったのは、眼が動くために原告が緊張状態にあったことが原因であると主張する。しかしながら、眼が動くために原告が緊張状態にあったことと硝子体圧の上昇との関連性を裏付ける的確な証拠は見当たらないことに照らせば、原告の主張はその前提を欠く。 イ仮にこの点を措くとしても、手術は、人体に対して何らかの侵襲を加( )アえるものであるところ、人体に何らかの侵襲がされた場合には多かれ少なかれ出血するのが通常であると考えられるから、手術の際に特定の部位を傷つけ、これにより出血が起こること自体は不可避であると考えられる。 そうすると、特定の部位を傷つけることで出血を来したことが義務違反を構成するためには、手術手順に明らかに反し、そのことに正当の理由がない場合であるとか、出血を回避すべきであって、かつ回避手段があり、その手段を容易に取り得たのに、これをしなかった等の事情が認められる必要があるというべきである。 しかしながら、全層角膜移植手術の手順は、前記第3の21 エのとお( )( )イりであるところ、前記第3の12 ア及びイにおいて認定したところによ( )れば、本件角膜移植手術は全層角膜移植手術の手順どおりに行われたものと認められ、これに反する証拠はないから、C医師が行った手技が手術手順に反したものということはできない。 また、虹彩の出血に関し、原告は、出血を防止する方法として硝子体圧の管理を挙げるところ、硝子体圧については、術前に点滴をした上で眼を圧迫等することで柔らかくするとか(F鑑定人〔87、88、術〕)- 34 -中に硝子体圧の上昇がうかがわれた際には、虹彩に触れないように角膜を切開する目的で粘弾性物質を前房内に注入するのが通常の手技であると認められ(証人 か(F鑑定人〔87、88、術〕)- 34 -中に硝子体圧の上昇がうかがわれた際には、虹彩に触れないように角膜を切開する目的で粘弾性物質を前房内に注入するのが通常の手技であると認められ(証人C医師〔17、その他に、硝子体圧の上昇に対する〕)対処法を認めるに足りる証拠はない。 そうすると、原告の主張するように硝子体圧の管理が不十分であったということはできず、この点に関するC医師らの対応は、義務違反を構成しない。なお、全身麻酔にすることは硝子体圧の低下との関係では局所麻酔を選択するよりも効果が得られるものと認められるが(F鑑定人〔88、E鑑定人〔88、このことが直ちに全身麻酔を施行する義〕〕)務を基礎付ける趣旨のものとは解されない。 したがって、結果として虹彩からの出血を来していても、それは、不( )ウ可避的な合併症と認めるべきものであり、手技上の過失を構成するものとは認められず、この点に関する原告の主張には理由がない。 争点3 (本件角膜移植手術と同時に虹彩切除を行わなかった過失の有無)( )( )についてア原告は、不可逆的な散瞳症が虹彩切除術を並行実施すれば避けられること、及び、フィブリンによる炎症が発症しており、その原因が本件角膜移植手術中の出血以外にないことを前提に、これを防止するための方策として虹彩切除術が有効であるとして、同術を本件角膜移植手術と同時に実施する義務があると主張するものであると解される。 イしかしながら、前記第3の21 エにおいて認定したところによれば、( )( )オ全層角膜移植手術の際に虹彩切除術を同時に実施する義務がある場合とは、炎症が強くなることが予想されるときであるとか、前房が浅くなって眼圧の上昇を来すことが予想されるときであるところ、前記第3の12 イのと( ) の際に虹彩切除術を同時に実施する義務がある場合とは、炎症が強くなることが予想されるときであるとか、前房が浅くなって眼圧の上昇を来すことが予想されるときであるところ、前記第3の12 イのと( )おり、原告の場合には、本件角膜移植手術中のいずれかの時間帯において虹彩から出血が少量生じたことが認められるものの、このことが直ちに強- 35 -い炎症の発症であるとか、前房が浅くなるといった事態に発展することを基礎付けるとはいい難く、他にこれらの所見をうかがわせるに足りる証拠は見当たらない。 そうすると、虹彩から出血したことが虹彩切除術を並行実施する義務を基礎付けるとは認められず、原告のこの点に関する主張には理由がない。 争点4 (本件角膜移植手術後の処置の適否)について( )( )アこの点に関する原告の主張は、本件角膜移植手術後に原告に頭痛や眼痛、嘔吐等の症状が生じており、これらの症状が緑内障の発症を疑わせるものであることから、原告の眼圧を正確に把握する検査義務があり、さらに、虹彩切除術の実施が遅きに失したというものである。そこで、これら2点について順次検討する。 イまず、原告に頭痛や嘔吐等の症状が生じた時点で眼圧を正確に計るべきであるとする点については、前記第3の23 ア及びウのとおり、頭痛や嘔( )吐等の症状が緑内障の発症を疑うべき症状であるということができるから、これに対して眼圧を把握することが必要であるというべきものであるが、他方、前記第3の23 アのとおり、角膜移植術後には、機械を用いても手( )を用いても眼圧を測定することはできず、患者の自覚症状によって眼圧の程度を把握するほかないものと認められ、これに反する証拠はない。 そうすると、本件角膜移植手術を実施してから虹彩切除術を実施するまでにおいて、眼圧を正確に計る とはできず、患者の自覚症状によって眼圧の程度を把握するほかないものと認められ、これに反する証拠はない。 そうすると、本件角膜移植手術を実施してから虹彩切除術を実施するまでにおいて、眼圧を正確に計ることは不可能であったものといわざるを得ないから、原告の眼圧を測定する義務はないものというべきであって、この点に関する原告の主張には理由がない。 ウ次に、虹彩切除術の実施時期について検討するのに、緑内障に対する対処法としては、前記第3の23 エのとおり、一般的治療法としては薬物に( )よって眼圧の正常化を図ってから手術を行うのが原則であり、隅角閉塞による緑内障の場合にも、まずは薬物を投与し、これを2ないし3回行って、- 36 -なお改善が認められない場合には手術を行うべきであるとするのが通常であるものと認められ、しかも、全層角膜移植術直後については、同術の効果を阻害する危険性を考慮する必要があるというのである。 そして、前記第3の12 ウ及びエにおいて認定したとおり、原告につい( )ては、昭和63年5月22日20時に初めて嘔吐が見られ、同時刻にマニトンSが点滴投与された後、21時に2度目、同35分に3度目の嘔吐がされた後には嘔吐が収まったものの頭痛があったためにインテバン坐薬が投与され、さらに23時40分に4度目の嘔吐がされた後には再びマニトンSが点滴投与され、これにより一時的に小康を得、原告が眠りにつくことが可能となったものであるところ、翌23日8時に更に嘔吐がされたために、マニトンSの投与がされ、虹彩切除術の実施を視野に入れたという経緯が認められる。 そうすると、担当医師らは、薬物の投与による治療を2ないし3回行い、これによって効果が得られなかったために虹彩切除術に踏み切ったものと評価できるところ、このことは、上記のとおり、隅角閉塞 められる。 そうすると、担当医師らは、薬物の投与による治療を2ないし3回行い、これによって効果が得られなかったために虹彩切除術に踏み切ったものと評価できるところ、このことは、上記のとおり、隅角閉塞による緑内障に対する通常の治療法を採ったということができる。したがって、この点に関する担当医師らの診療行為は何ら義務に違反するものではなく、この点に関する原告の主張にも理由がない。 エこれに対し、原告は、当初の嘔吐に対してマニトンSを投与してもな( )アお効果が出なかった場合には再度マニトンSを投与するのではなく虹彩切除術を実施すべきであると主張するが、この点は、上記の医学的知見に明らかに反するものであるから、採用することができない(なお、原告は、頭痛や眼痛等が激痛であったことから、原告の眼圧が異常に高かったものと推測し、これを前提に、医師の対処が不十分であったと主張しているが、この点に関しては、目の手術において虹彩に何らかの操作が加えられた場合、術後に毛様痛が生ずることがあり、その痛みはかな- 37 -りつらいものとなると認められるから(G鑑定人〔86、87、原告〕)の自覚症状が強烈であったことから直ちに重篤な緑内障であったと推認することはできない。 。)また、原告は、坐薬等の鎮痛剤及び入眠剤ハルシオンを投与したこと( )イが、真実の症状を隠蔽する効果を導くから不適切であると主張するが、これらの薬剤が眼圧上昇に由来する疼痛等を自覚できなくする効果があるものとは認められないから、この点に関する原告の主張は前提を欠く。 争点6 (本件角膜移植手術前の説明義務違反の有無)について( )( )ア一般に、患者は、医師から治療を受けるか否かについて判断するに当たり、自らの病態及び行うべき治療内容等、医療全般に対する正確な知 (本件角膜移植手術前の説明義務違反の有無)について( )( )ア一般に、患者は、医師から治療を受けるか否かについて判断するに当たり、自らの病態及び行うべき治療内容等、医療全般に対する正確な知識を欠くのが通常であるから、医師は、患者の上記判断を適切にすることができるようにするため、患者に対し、患者の病態、治療内容及び治療結果の見込み等について説明をする義務を負うというべきである。 そして、円錐角膜に対する角膜移植に当たっては、前記第3の21 ウの( )とおり、文献上、手術成績がよいことの反面として麻痺性散瞳の合併症があることも十分に説明すべきであるとされており、同文献は本件角膜移植手術のかなり後のものであるが、同文献は上記合併症の説明の根拠として、それらの合併症が過去に一定頻度で生じたことを挙げており、それらの報告は本件角膜移植手術のかなり前からあること(乙B20)からすると、本件当時においても上記説明の必要性に変わりはなかったと認めるのが相当である。 イ本件においては、本件角膜移植手術直前までに、角膜移植後の透明治癒率がよいこと、合併症としては、重篤な症状となるもの、免疫反応、感染症、眼圧の上昇、移植した角膜の不良の可能性があること(証人C医師〔4)について説明がされたにとどまることは当事者間に争いがない。 〕そうすると、被告病院における説明は、合併症としての散瞳の可能性に- 38 -触れていない点で不十分といわざるを得ず、仮に原告に生じた散瞳症が本件角膜移植手術に伴う不可避的な合併症によるものであるとすると、原告には少なくとも自己決定権を侵害されたことによる損害が生じていることになる。 ウしかし、上記2で認定説示したとおり、原告に生じた散瞳症は本件角膜移植手術に伴う不可避的な合併症ではなく、散瞳剤の投与頻度を誤った過 自己決定権を侵害されたことによる損害が生じていることになる。 ウしかし、上記2で認定説示したとおり、原告に生じた散瞳症は本件角膜移植手術に伴う不可避的な合併症ではなく、散瞳剤の投与頻度を誤った過失によるものであり、これに基づく損害賠償義務が肯定される以上、仮に説明義務違反が肯定されるとしても、それ自体を別個に評価する必要はないこととなる。 したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。 争点7 (本件虹彩縫合術における手技上の過失の有無)について( )( )ア原告は、この点に関し、本件虹彩縫合術後に、縫合糸が外れたために、同手術前に比べて瞳孔径がさらに長大化し、損害が拡大したことを前提に、第1に、虹彩の上下ではなく上方しか縫合しなかったことを手技上の過失として、第2に、虹彩の上下2か所を縫合できる時期があったのに、手術時期が遅れたために、虹彩の瞳孔の拡大が進行したことで、虹彩の上下を縫合することが不可能となったことを手術の時機を逸した過失としてそれぞれ主張する。 イしかしながら、前記第3の13 及び5 において認定したとおり、原告( )( )( )アの右眼の瞳孔径は、本件角膜移植手術後、不可逆的な散瞳状態となってからは、6ないし8で推移し、本件虹彩縫合術直前には、特段のmm治療措置がないのに8ないし10となっていたところ、本件虹彩mm、縫合術によって一度瞳孔径が6ないし7となったものの、その後mm となったものである。そうすると、本件虹彩縫合術直前までmmにも、瞳孔径は拡大傾向にあったものといえるから、仮に本件虹彩縫合術を実施しなかったとしても、瞳孔径が拡大し、現在と同じ状態に至っ- 39 -たものと推認でき、これに反する証拠がないことに照らせば、原告の右眼の瞳孔径が拡大したのが本件 るから、仮に本件虹彩縫合術を実施しなかったとしても、瞳孔径が拡大し、現在と同じ状態に至っ- 39 -たものと推認でき、これに反する証拠がないことに照らせば、原告の右眼の瞳孔径が拡大したのが本件虹彩縫合術の失敗によるものということはできず、原告の主張は前提を欠くこととなる。 仮にそうでないとしても、第1の点については、前記第3の15 のと( )( )イおり、白内障手術の際に行う虹彩縫合術とは異なり、原告の右眼には水晶体が存在しているのであるから、必ずしも虹彩の下方を縫合できるとは限らなかったものと認められる。したがって、虹彩の下方を縫合できなかったことから、直ちに手技上の過失を構成すると推認することはできない。そして、第2の点については、虹彩の下方を縫合できなかった原因は原告の右眼に水晶体が存在したことにあって、これに反する証拠はない。そうすると、本件虹彩縫合術の実施時期が早まったことにより虹彩の上下を縫合できるものとは認められないのであって、原告の第2の点はやはり前提を欠くものとなるから、原告の主張は、いずれも採用できない。 原告の損害(争点9 (損害額)について ( ))上記2によれば、被告には、C医師がミドリンPの投与頻度を誤った点で過失がある(これを以下「本件過失行為」という)と認められ(争点5 、これ。 )( )によって原告の右眼が不可逆的な散瞳状態となるという結果が発生したものと)。 認められるから(争点8 、これによって通常生ずべき損害について判断する( ) コンタクトレンズ等の費用210万6539円( )ア原告は、本件角膜移植手術前にもコンタクトレンズを装用していたものであるが、本件過失行為によって、視力矯正のためのコンタクトレンズに加えて虹彩付きのコンタクトレンズの装用を余儀なくされ、 ( )ア原告は、本件角膜移植手術前にもコンタクトレンズを装用していたものであるが、本件過失行為によって、視力矯正のためのコンタクトレンズに加えて虹彩付きのコンタクトレンズの装用を余儀なくされ、しかも、証拠によれば、虹彩付きコンタクトレンズを装用してもなお、散瞳状態に起因する羞明感が失われず、サングラスの装用をしなければならなくなっているものと認められ(甲A2〔46、50、原告本人〔21、これに反〕〕)- 40 -する証拠はない。そうすると、散瞳状態になれば羞明感が生ずるのが通常であると考えられ、かつ、羞明感があれば日常生活ができないに等しく、これを解消するために上記の矯正器具が必要となるのが通常であるとも考えられることに照らせば、上記虹彩付きコンタクトレンズ及びサングラスの購入費用は、通常生ずべき損害であると認められる。 そして、前記第3の13 エのとおり、原告については、本件角膜移植手( )術の約5か月後から虹彩付きコンタクトレンズ及びサングラスの装用が開始されているものの、原告に生じた不可逆的な散瞳状態については、その後も、上記のとおりこれを解消する目的で平成6年に本件虹彩縫合術が行われるなどの治療行為がされ、同縫合術によっても改善しないことが明らかとなり、その後には治療行為が行われないこととなったものと認められる。そうすると、原告の右眼の散瞳状態は、平成6年の時点でいわゆる症状固定の状態となったと判定されたものと認められる。 イこれを前提とし、かつ、弁論の全趣旨によれば、原告のコンタクトレンズ及びそのケア用品並びにサングラスの購入費用は年間11万1600円であること、平成6年当時の原告の平均余命は約59年であることがそれぞれ認められるから、これについて中間利息を控除することとして原告の)。 上記損害額を算定する ラスの購入費用は年間11万1600円であること、平成6年当時の原告の平均余命は約59年であることがそれぞれ認められるから、これについて中間利息を控除することとして原告の)。 上記損害額を算定すると、次の計算式のとおりとなる(1円未満切捨て〔計算式〕111,600×18.8758=2,106,539ウなお、被告は、原告が上記コンタクトレンズの費用を支払っていないと主張し、この点については原告も争っていないものと認められるが、被告のこの主張は、原告が損害賠償請求権を有する一方で、被告が原告に対して診療報酬請求権を有する旨を指摘するにとどまるものであるから、上記損害額の認定判断を左右するものではない。 逸失利益1065万3273円( )ア原告は、上記のとおり虹彩付きコンタクトレンズを装用してもなお、散- 41 -瞳状態に起因する羞明感が失われず、サングラスの装用をしなければならなくなっているものと認められるほか(甲A2〔37~55、原告本人〕〔30~32、証拠によれば、虹彩付きコンタクトレンズの装用をも余〕)儀なくされたことに伴い、右眼について疲労感が強まり、コンタクトレンズを装用できない日もあるなどの事態を甘受せざるを得なくなったと認められ(甲A2〔37~55、原告本人〔39、40、これらの事実に〕〕)照らせば、原告は、結局、一眼の作用をほとんど失った状態に至っており、後遺障害等級12級1号に該当するものということができる。 イこれを前提として原告に生じた逸失利益を算定するのに、原告に上記損害が起こったものと確定したのは、上記のとおり平成6年のことであると認められるところ、その当時において原告は24歳であったから、平成6年賃金センサス学歴別平均女子(全年齢平均)の年収額である433万6900円を基礎年収とし のは、上記のとおり平成6年のことであると認められるところ、その当時において原告は24歳であったから、平成6年賃金センサス学歴別平均女子(全年齢平均)の年収額である433万6900円を基礎年収として、67歳まで43年間就労可能であること、労働能力喪失割合を14%と認めるのが相当であることに鑑み、かつ、中間利息を控除することを考慮すると、逸失利益の額は次の計算式のとおりとなる(1円未満切捨て。 )〔計算式〕4,336,900×0.14×17.5459=10,653,273 慰謝料300万0000円( )原告は、円錐角膜症によって失われていた視力はコンタクトレンズによって矯正可能となり、現在ではコンタクトレンズの装用によって1.0の視力を確保することが可能となったものの、前記のとおり、虹彩付きコンタクトレンズの装用をも余儀なくされたことに伴い、右眼について疲労感が強まり、コンタクトレンズを装用できない日もあるなどの事態を甘受せざるを得なくなったものであり、本件過失行為によって、上記のとおり一眼の機能をほぼ失ったと評価すべき状態に至ったものである。原告は、これにより、羞明感を日常的に感じることによる日常生活上の困難を来しているほか、原告が本- 42 -件角膜移植手術前から希望して選択したデザイン関係の仕事等を遂行するのにも相当程度の困難を感じていることは容易に推認されるところであって、このことに基づく原告の精神的苦痛は相当程度に大きいというべきである。 このような事情に加え、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、原告に生じた精神的苦痛を慰謝する額は、300万円であるとするのが相当である。 弁護士費用160万0000円( )原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任し、弁護士費用を支払う旨を約したところ、その費用のうち 慰謝する額は、300万円であるとするのが相当である。 弁護士費用160万0000円( )原告は、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任し、弁護士費用を支払う旨を約したところ、その費用のうち、上記損害額の1割は通常生ずべき損害であると認められる。 合計1735万9812円( )上記1 ないし4 の損害額を合計すると、上記のとおりとなる。 ( )( )第5 結論 以上によれば、原告の診療契約上の債務不履行に基づく請求については、本件過失行為に基づいて上記の損害が発生したと認められるから、上記第4の4において認定説示したとおりの損害賠償債務が発生したと認められる。 そうすると、原告の本訴請求は、上記第4の45 に掲げた損害金1735万( )9812円とこれに対する本件訴状送達日の翌日である平成15年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合の金員の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余の部分には理由がないからこれを棄却することとし、申立てにより被告に担保を立てさせて仮執行免脱の宣言をすることとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官藤山雅行- 43 -裁判官大嶋洋志裁判官萩原孝基- 44 -(別紙)当事者の主張第1本件角膜移植手術における麻酔の方法及び程度の適否(争点1 )( )()原告の主張本件角膜移植手術においては、局部麻酔の効果が不十分であり、手術中も眼 球が動く状態であったこと 本件角膜移植手術中、硝子体圧が高かったこと( )左眼の手術の際に全身麻酔を選択した理由として、被告自身が「右眼(の)手術中硝子体圧が高かったこと「術中の本人の緊張」を挙げている。 」、このように硝子体圧が高かったというのは、眼瞼の ( )左眼の手術の際に全身麻酔を選択した理由として、被告自身が「右眼(の)手術中硝子体圧が高かったこと「術中の本人の緊張」を挙げている。 」、このように硝子体圧が高かったというのは、眼瞼の筋肉及び眼球を司る筋肉が緊張していたことを示すものである。換言すれば、瞬目麻酔も球後麻酔も効果が不十分であったことを示しているのである。そして、硝子体圧が高いということは眼球を前方(顔から飛び出す方向)に押し出す力が強かったということであるから、当然、虹彩に対して強い力が働いたということであり、虹彩が傷つきやすい状態であったということである。 本件角膜移植手術時に、局所麻酔の効果が不十分で、眼球が動きやすい状態であったとともに、眼の筋肉の緊張度が高く、したがって硝子体圧が高く、虹彩に負担がかかっていた状態であったことが明らかである。 原告の体験( )手術中に、C医師は、原告に対して「動かさないで」と眼球を動かさないように注意した。しかし、原告は、手術の途中から、手術台のライトがあまりにまぶしくて、必死に努力したにもかかわらず、勝手に眼球が痙攣したよ- 45 -うに動いてしまい、困惑、緊張し続けて、大変な苦痛を味わった。 このC医師の注意と、自身の懸命な努力と、まぶしさと、意思に反して眼球が動いたことについては、原告は強烈な印象を有している。あまりの苦痛に、手術直後に、母親に対して「あと30分続いたら気が狂ったと思う」、と率直に訴えたものである。 また、C医師は、原告が緊張のあまり眼を動かしていると勘違いしたらし、、く、緊張を解きほぐすように「お父さんは元気?」など雑談をしてきたが原告は必死になって眼を動かさないように自制していたので、声も出せない状態であった。 ところが、そのように術中に眼球が動いたときに、C医師が「やりにくいな に「お父さんは元気?」など雑談をしてきたが原告は必死になって眼を動かさないように自制していたので、声も出せない状態であった。 ところが、そのように術中に眼球が動いたときに、C医師が「やりにくいなあ」と言ったので、原告は、思わず「ライトがまぶしくて眼が勝手に動、くんです」と答えたのである。 原告としては、手術中に、C医師から「動かさないで」と注意されて、、それに従おうとして努力しながらも眼球が動いてそれを制御するのに大変難渋したこと、きわめて印象が強い忘れることのできない確実な事実である。 一般的にも、原告のような年齢が若い患者の場合には、本件のような場合に、反応が敏感で緊張度も強く、動きやすいことは知られている。 C医師の説明( )手術直後に、C医師は、原告の母親に対して「動かれちゃって大変だっ、た。前にも若いお嬢さんで同じようなことがあった」と発言した。同じ内容の発言は、入院中原告本人も聞いている。また入院中や診察時に度々「次の手術は怖いから全身麻酔にする「全身麻酔でないと嫌だ」とも発言し、こ」、れも、原告の母及び原告として、強い印象を受けたもので、忘れることなどない事実である。 虹彩を傷つけ出血させたことは眼球が動く状態であった事実を裏付けるも( )のであること- 46 -第2被告出血の事実には争いがないが、被告も認めているとおり(後記()1、硝子体圧が高かったため虹彩がせり出し、これを傷つけてしの主張)まったもので、手術時、重要な手術手技である硝子体圧を下げることに成功していなかったことを示すものといえる。 平成2年3月27日の左眼の角膜移植手術は全身麻酔下で行われたこと( )平成2年3月27日の左眼の角膜移植手術が全身麻酔下で行われたことも、本件角膜移植手術における局部麻酔の効果が不十分 る。 平成2年3月27日の左眼の角膜移植手術は全身麻酔下で行われたこと( )平成2年3月27日の左眼の角膜移植手術が全身麻酔下で行われたことも、本件角膜移植手術における局部麻酔の効果が不十分であったことを裏付ける。 左眼の角膜移植手術を受けることとなった当初、被告病院医師が、前回同様の局部麻酔でやる様子だったので、原告及び原告の両親が、C医師から「この次は全身麻酔でないと嫌だ」と言われていたことを説明した結果、被告病院において、確認の上で、全身麻酔に切り替えたものである。 opeなお、入院経過票(乙A1〔69)の附記には「前回局麻で緊張し、〕施行困難だったとの事で全麻となりました」との記述もある。 被告は、本件角膜移植手術時に施した瞬目麻酔と球後麻酔ならびに制御糸( )により、手術中に目が動いたことがなかった旨主張している。 しかしながら、まず、瞬目麻酔は眼球の動きには直接関係しない。球後麻酔は適切な位置に適切な量を施せば眼球の動きが止められるはずであるが、麻酔薬の効果についての個人差や多少とも局所麻酔を入れた位置にずれがあるなどのことで、期待した効果が発揮できないことは珍しくない。したがって、文献(甲B2)上も、効果が不十分な場合の追加投与の必要などについて触れている。 また、制御糸は上下方向の動きは制御できるものの、左右方向の動きを制御する効果はない。 麻酔の効果が不十分な場合、麻酔薬を追加し、あるいは、全身麻酔に切り替 えるなどするべきであったこと本件のような角膜移植手術において、必ず全身麻酔で行うべきということは- 47 -ない。しかし、麻酔は、手術を安全確実に行うためであるから、その目的にしたがって行われる必要がある。具体的には、局部麻酔で行う場合には、麻酔が確実に効果を上げているかどうかを確認して、麻酔が不 -ない。しかし、麻酔は、手術を安全確実に行うためであるから、その目的にしたがって行われる必要がある。具体的には、局部麻酔で行う場合には、麻酔が確実に効果を上げているかどうかを確認して、麻酔が不十分である(本件で言えば眼球が動くなど)ことが分かれば、それが切開前であれば麻酔薬を追加すべきである。切開後であれば静脈麻酔を追加すべきである。それでも、麻酔の効果が不十分な場合には、手術を一旦中止して、全身麻酔に切り替えるべきである。 医師としては、麻酔の効果が不十分だったことを認識し(していなかったとすればそれ自体が過失である、麻酔薬を追加するか、あるいは全身麻酔に切。)り替えるなどして十分な効果を得た上で手術を実施すべきであったのに、それをしなかった。 麻酔の効果が不十分なまま、眼球が動く状態で本件角膜移植手術を実施した ことが過失であること本件では、以上のような処置を行わずに、局部麻酔の効果が不十分で、原告の眼球が動いていることを認識しつつ、漫然と手術を続けて、その結果虹彩に損傷を与えたものである。 ()被告の主張麻酔について 麻酔方法について( )右眼の角膜移植術については、術前に成人量のアタラックスPを投与し、瞬目麻酔、球後麻酔を施行し、十分な量の麻酔薬を注入していることに加え、角膜移植術においては、眼球が動かないよう、上直筋と下直筋の下に制御糸を通して眼球を固定するので、眼球は殆ど動かないのである。すなわち、眼科手術で制御糸をかける場合は上下にかけるのであり、左右にはかけないのであり、上下にかけることで、眼球の動きはほとんど制御できるのである。 なお、文献上で麻酔薬を追加するというのは、既に麻酔薬を注入している- 48 -にもかかわらず、眼球の疼痛がある場合に球後注射の追加を行うことであり、眼球の疼痛が きはほとんど制御できるのである。 なお、文献上で麻酔薬を追加するというのは、既に麻酔薬を注入している- 48 -にもかかわらず、眼球の疼痛がある場合に球後注射の追加を行うことであり、眼球の疼痛がないときには追加は必要とされていない。球後麻酔による球後出血や散瞳などの副作用も考慮に入れなければならないのであり、眼球の疼痛がないにもかかわらず、球後麻酔の追加を行うべきではない。本件では、疼痛を訴えていなかったことからして、麻酔の効果があったことは明らかである。 仮に、眼球がわずかながら動いた場合でも、局所麻酔であり、患者との意思疎通が可能であるから、患者に一点を見つめるように話すことで、手術を進めることが可能であり、眼球の動きを100%固定するためだけに、麻酔薬の追加等を行うべき医学的必要性はない。 実際、手術記録からも、眼球が動いて手術の妨げになったなどという記載はない。 なお、全身麻酔施行例でも不可逆性散瞳症を発症している報告がある。 したがって、麻酔薬の追加などを行うべき注意義務はない。 眼球が動いたとする原告主張の根拠について( )ア硝子体圧が高かったからといって眼球が動くとはいえない。 イ眼科手術の際、まぶしいからといって「眼球が痙攣したように動く」、ということはあり得ない。 また、手術は通常の手術用顕微鏡下で施行されているが、患者がまぶしすぎると述べたり、眼球が動いて手術を進めることが困難であったりした場合には、手術記録に、そのような記載がなされるはずであるが、本件角膜移植手術記録(乙A1〔33)にはそのような記載はない。 〕さらに、C医師は、術中「やりにくいなあ「動かれちゃって大変だっ」、た」などという発言はしていない「次の手術は怖いから全身麻酔にす。 る「全身麻酔でないと嫌だ」との発言もしていない。 」、 さらに、C医師は、術中「やりにくいなあ「動かれちゃって大変だっ」、た」などという発言はしていない「次の手術は怖いから全身麻酔にす。 る「全身麻酔でないと嫌だ」との発言もしていない。 」、ウ手術により虹彩は一時的に傷ついているが、眼球が動いたためではない- 49 -(のとおり。 第2)エ平成2年3月27日の左眼の角膜移植手術が全身麻酔下で行われたのは、右眼の角膜移植手術の際に硝子体圧が高くなっていたこと、そのために虹彩が傷つきやすい状態になったこと、硝子体圧が高くなった原因は緊張にあると考えられたことにある。すなわち、右眼の角膜移植術の際に眼球が動いたから全身麻酔が適当であると判断したわけではない。 出血と不可逆的散瞳について( )アそもそも、眼圧が上昇すれば、不可逆性散瞳症を発症するなどという医学的知見はない。 イまた、虹彩からの出血は、ごく少量であったものである。 このことは「入院経過表」において「術中合併症」は「なし」とされ、、ていることからも裏付けられる(乙A1〔69。すなわち、術中トラブ〕)ルといえる程度には至らない、ごく少量の出血であったために、第2助手は「術中合併症」は「なし」という記載をしたのである。 また、出血がごく少量であったことは、翌5月23日の診察で既に前房の出血は吸収されていることからも裏づけられる(乙A1〔25。 〕)そして、このようなごく少量の出血で眼圧が著明に高まるなどということはできない。 ウもともと前房の浅い高齢者に角膜移植を行う場合に、予防的に周辺部虹彩を切除することがある。それは前房が浅いと、術後に虹彩と角膜の癒着がおきやすいので、前房と後房との間に交通を作ることで、圧を等しくし、前房を深くするためである。 その場合にも出血することが少なくないが、不可逆性散 がある。それは前房が浅いと、術後に虹彩と角膜の癒着がおきやすいので、前房と後房との間に交通を作ることで、圧を等しくし、前房を深くするためである。 その場合にも出血することが少なくないが、不可逆性散瞳に至ることはないのであり、このことからも、虹彩からの出血によって不可逆性散瞳が生じたわけでないことは明らかである。 エ虹彩からの出血のために、不可逆性散瞳症を発症するとすれば、角膜移- 50 -植の際、虹彩切開術を併せて実施することは禁忌と手術書に記載されているはずであるが、手術書には、そのような記載はない。 オなお「フィブリン」という記載が医師記録のなかにみられるが、こ、++れは虹彩周辺切開術後の記載である(乙A1〔25。 〕)第2本件角膜移植手術において虹彩を傷つけ出血させた過失の有無(争点2 )( )()原告の主張過失の内容 原告を緊張状態においたまま手術を続行し、その結果術中の硝子体圧を低く保つという重要な手術手技に失敗し、虹彩を傷つけ出血させたこと自体が過失である。 出血の結果、フィブリンが発生して眼圧が高まり、散瞳症を招いたこと 出血の結果、フィブリンが発生して眼圧が高まったが、このことは原告の散瞳症の発症に寄与したものである。 文献(甲B11)上も、術中の虹彩に対する外傷により、虹彩内の血管が圧迫され虚血となり、瞳孔括約筋が障害を受けると指摘されている(なお、この文献は被告病院医師の執筆によるもので、33頁の図6、7は原告の眼球である。 。)したがって、文献がないとする被告の反論は失当である。 また、被告は、虹彩周辺切除術などで虹彩を切開しても不可逆的散瞳は生じないとして、虹彩を傷つけたことにより不可逆的散瞳症が生じるのであれば、虹彩周辺切除術の手術手技自体が成立しないと主張する。しかし、眼圧を下 は、虹彩周辺切除術などで虹彩を切開しても不可逆的散瞳は生じないとして、虹彩を傷つけたことにより不可逆的散瞳症が生じるのであれば、虹彩周辺切除術の手術手技自体が成立しないと主張する。しかし、眼圧を下げるために行う虹彩切除術と、別の目的で行う手術において本来あるべきでない半端な傷をつけることを同レベルに論じること自体意味がない。 被告は、出血量がきわめて少ないなどとして、本件の出血は合併症の原因となりうるものではないと主張するが、カルテに書き留める程度の出血があったことは明らかであり、原告の症状に影響がなかったはずがない。 - 51 -()被告の主張 手術記録にあるとおり、本件角膜移植手術中に硝子体圧が高くなっている。 この場合、虹彩が前方に盛り上がり、角膜と虹彩とが近くなる(接する)ため(つまり、もともと前房が深い患者でも、角膜が切開され前房が消失する、。)角膜移植術を進めるなかで、虹彩が傷つきやすくなる。そのため、粘弾性物質であるオペガンを前房内に注入し、前房を作成しながら角膜剪刀で角膜を切開したが、それでも結果的には、虹彩に傷がつき、出血したものである。すなわち、本件における虹彩からの出血は右角膜移植術に伴うやむを得ない合併症であり、また、出血イコール過失という原告の主張は、手段債務としての過失の内容を特定したものでもなく、失当である。 術中に硝子体圧が高くなった場合には、1で述べたような手技を行うのが通常であって、硝子体圧を低くするためだけに全身麻酔に切り替えることはない。 既に手術中の場合には、途中で全身麻酔に切り替えることで、操作中に感染するおそれがある。 第3本件角膜移植手術と同時に虹彩切除を行わなかった過失の有無(争点3 )( )()原告の主張不可逆的散瞳症を回避するためには、予防的に、角膜移植と同時に 、操作中に感染するおそれがある。 第3本件角膜移植手術と同時に虹彩切除を行わなかった過失の有無(争点3 )( )()原告の主張不可逆的散瞳症を回避するためには、予防的に、角膜移植と同時に虹彩切除を行うという選択肢もあったものである。本件の場合、これを行わなかったことが、原告の散瞳症の発症に寄与したものである。 本件では、角膜移植手術中に虹彩が傷ついたため、フィブリンが発生し眼圧が上がっており、かつ傷による炎症のリスクもあったのであるから、同時に虹彩切除を行うべきであった。 被告は、高齢者の場合に移植後前房が浅くなるため、眼圧上昇を防ぐために予防的に周辺部虹彩を切開することがあると述べている。 本件のように硝子体圧が高い場合にも、水晶体が虹彩を押し上げて浅前房になりやすく、被告が予防的に同時に虹彩切除を行うとしている場合と同様の状- 52 -況下にあったものである。 ()被告の主張 出血=強い炎症のリスクならば、当然のことながら、なおさら出血を助長する虹彩切除は実施できない。 眼圧が上昇すれば不可逆性散瞳症を発症するなどという医学的知見はないのであるから、虹彩切除術を併せて実施したからといって、不可逆性散瞳症を避け得るわけではない。事実、の報告では虹彩周辺切開した症例でも不可Uribe逆性散瞳を起こしている。 虹彩は血管豊富な組織であり、虹彩切除術は出血のリスクが高い一方、原告の場合には、もともと前房が浅いというわけではなく、あくまで術中に一時的に硝子体圧が上昇したために虹彩が前方に出て、前房が浅くなったというにすぎない。すなわち、もともと前房の浅い高齢者のように術後癒着のリスクが特に高いわけではない。 したがって、虹彩切除術を併せて実施するすべきであるとはいえないし、併せて実施しても不可逆性散瞳 にすぎない。すなわち、もともと前房の浅い高齢者のように術後癒着のリスクが特に高いわけではない。 したがって、虹彩切除術を併せて実施するすべきであるとはいえないし、併せて実施しても不可逆性散瞳症が避けられたとはいえない。 術中にも手術日の翌朝にもフィブリンは発生していない。フィブリンが発生したのは、虹彩切除術後である。 第4本件角膜移植手術後の処置の適否(争点4 )( )()原告の主張原告は、本件角膜移植手術後、眼圧が高く、嘔吐や激痛等の症状も呈してい たこと本件角膜移植手術後、原告の眼圧が高く、嘔吐や激痛の症状を呈していた事実は、記録上明白である。 手術後、原告は、被告病院の手術室から病室に戻されたが、手術後まもなく右眼に異物感、痛み、圧迫感を覚えたが、原告は、術後にはこのような症状があるものと考えて我慢していた。 - 53 -しかし、痛みはますます強くなり、夜になるとベッドの上で転げ回るほどになり、気分が悪く嘔吐もした。この結果、見かねた同室の患者が連絡してくれたりしたが、被告病院医師及び看護師は、マニトンS(眼圧を下げる薬剤、)鎮痛剤、さらにハルシオン(催眠剤)を投与したものの、それ以上の検査、処置はしなかったし、またC医師が診察することもなかった。 この手術による早期の眼圧上昇の原因としては、ヒアルロン酸ナトリウムの残存か若しくは手術による隅角の変形、及び出血によるフィブリンが、房水の流出路を塞いだことが考えられる。 本件では、ヒアルロン酸ナトリウムの残存を示す資料はない。手術がスムーズに進行しなかったために、虹彩に過度の侵襲を与えて隅角が変形したこと、また出血があったことは明らかになっており、それによって発生したフィブリンが房水の流出路を塞ぎ眼圧の上昇を招いたことがその原因と考えられる。 このように、眼圧 に過度の侵襲を与えて隅角が変形したこと、また出血があったことは明らかになっており、それによって発生したフィブリンが房水の流出路を塞ぎ眼圧の上昇を招いたことがその原因と考えられる。 このように、眼圧上昇の原因は特定することができるのであり、これを「不可抗力」とする理由はない。 上記1の症状に対してD医師の採るべき措置と同医師の過失 散瞳症あるいは不可逆的散瞳症は、円錐角膜患者への角膜移植術後に、一定の頻度をもって発症する合併症であると同時に、緑内障発作後、発作中の虚血による瞳孔括約筋の麻痺によって起こるものである。 これを回避するためには、医師としては、眼圧を的確に把握し、高眼圧症状を持続させないための適切な処置をとるべきであり、症状に応じて直ちに虹彩切除術を行うべきである。また、本件の手術後に、嘔吐、眼痛等があれば、その原因として眼圧の上昇による緑内障を疑うべきことは常識である。 本件では、嘔吐後に、20時にマニトンSを点滴したが、その後、21時、21時35分と再び嘔吐があり、異常な眼圧が持続していることが明らかとなった。 当初の嘔吐に対して、一過性の症状の可能性も考慮してマニトンSを点滴し- 54 -て様子を見ることは裁量の範囲内かもしれないが、それで効果が出ずにその後も嘔吐が持続した場合に、漫然とマニトンSを再度投与したことは裁量の範囲を逸脱するものであり、過誤である。 この場合には、眼圧上昇による緑内障の発症を強く疑って、眼圧を測定するとか、保護眼帯を外して眼の状況を調べるべきであった。なお、触診法については、文献(甲B5)的にも「角膜移植の)手術直後には触診法による判定、(に頼るしかない」とされている。 なお、被告は、触診で眼圧を測ることが感染の危険を招くとしているが、誤りである。そもそも、指を消毒した上で、眼瞼の上から触診 移植の)手術直後には触診法による判定、(に頼るしかない」とされている。 なお、被告は、触診で眼圧を測ることが感染の危険を招くとしているが、誤りである。そもそも、指を消毒した上で、眼瞼の上から触診することにより、感染を招くなどということはあり得ない。 D医師は、マニトンSを繰り返し投与したほか、鎮痛剤(20時35分セデス、21時15分インテバン坐薬、入眠剤(0時00分ハルシオン)などを)投与したが、これらの処置では、自覚症状を和らげる(真実の症状をマスクする)ことでしかなく、異常に高い眼圧に対する治療にはならず、実際に、翌日には緊急手術をせざるを得ないほどの状況(緑内障)に至ったのである。 なお、本件のような急性緑内障の場合には、症状発現(昭和63年5月22日20時の嘔吐)から12時間以上経過しての手術はあまりに遅く、この結果として、虹彩が不可逆的なダメージを受けたものである。 D医師も眼科の専門医であり、当直医として、原告の眼痛の訴えや嘔吐などの症状に対して、触診などにより眼圧を測定し、高眼圧症状を把握し、必要な処置をとるべきであった。 しかし、D医師は、この義務を怠り、漫然とマニトンSを投与し続けることに終始し、かつ、症状をマスクするハルシオンの投与をして、原告の高眼圧症状を持続させ、眼圧を正しく把握することを怠ったものである。 仮に、D医師が、眼圧の測定や症状把握について、自ら知識、経験が不足しているという認識を持っていたのであれば、直ちにC医師に連絡すべきであっ- 55 -た。 D医師の上記過失の結果、原告の症状は進行し、そのためC医師は、昭和63年5月23日の診察により、緊急手術をすることになった。 虹彩周辺切除術の時期としては遅きに失したものであり、その結果、原告を散瞳症に至らしめたというべきである。 なお、被告は、眼圧が上 は、昭和63年5月23日の診察により、緊急手術をすることになった。 虹彩周辺切除術の時期としては遅きに失したものであり、その結果、原告を散瞳症に至らしめたというべきである。 なお、被告は、眼圧が上昇すれば、不可逆性散瞳症を発症するという医学的知見はないと主張するが、誤りである。一般に眼圧の上昇、つまり緑内障を経験した目の瞳孔は、瞳孔括約筋の麻痺のため、散瞳する。 原病が円錐角膜であろうとなかろうと、緑内障発作への対応がこれだけ遅れた場合、発作中の虚血のため虹彩括約筋が麻痺し、後遺症として散瞳は残る。 この場合、用語の問題として、緑内障発作に生じた散瞳のことを、不可逆的ではあるものの円錐角膜の手術後に特徴的に現れる『不可逆性散瞳』とは区別して、単に『散瞳』と呼ぶ。被告の上記主張も、円錐角膜手術後に限っての『不可逆性散瞳』を前提としたものと考えられ、失当である。 上記1の症状に対してC医師の採るべき措置と同医師の過失 C医師に連絡が行けば、C医師としては、触診で高眼圧を確認して、虹彩周辺切除の手術(結果として昭和63年5月23日の10時から行われた手術)をすべきであった。 被告の主張に対する反論 被告の反論のうち、マニトンSの投与などにより症状が消失していること、術直後の触診は不確定であり、感染リスクや上皮の損傷、傷の離開のおそれがあることという点は否認する。 また、術後の矯正視力が保たれているから網膜・視神経などに影響を与えるほどの高眼圧になっていなかったとの反論については、そもそも網膜は高眼圧の影響を受ける場所ではないので、主張の趣旨が理解し難い。緑内障の病変は虹彩と視神経に起こるが、このうち、虹彩は明らかに損傷を受けているし、視- 56 -神経に関しては、経過から考えれば当然あるべき当時の視神経の検査データがカルテ上見当たらない 難い。緑内障の病変は虹彩と視神経に起こるが、このうち、虹彩は明らかに損傷を受けているし、視- 56 -神経に関しては、経過から考えれば当然あるべき当時の視神経の検査データがカルテ上見当たらない。 また、術後しばらく(昭和63年5月24日、26日)縮瞳しているから、当時の眼圧によって散瞳が生じていないとする反論も否認する。発作後の麻痺による散瞳は、時間をかけて進行するものだからである。さらに、この両日の縮瞳のデータは、昭和63年5月24日から開始されていた散瞳剤(ホマトロピン及びミドリン)の大量投与に虹彩が反応していなかったことを示すもので、虹彩の運動能力が既に麻痺していたことを裏付ける。 文献上、不可逆的散瞳症の根本的な原因は不明である(短時間の高眼圧を原因とする医学的知見がないという趣旨か)ともいうが、そのようなことと、実際の具体的ケースにおいてどのような医学的処置をとるべきかということは、別のレベルのことであるし、緑内障発作への対応の遅れから来る散瞳の発生経過は、明白である。 ()被告の主張触診、虹彩切除術の実施、ハルシオンの投与について 触診、虹彩切除術の実施について( )眼圧を触診で確認することは一般的ではなく、また、角膜移植直後に触診を行うことは、瞬目麻酔による眼瞼の浮腫により不正確であること、手術部位及びその周囲の感染症を誘発し、上皮の損傷や創の離開などのおそれもあることなどから、本件においては適当でない。 そして、触診や虹彩切除術を行うまでもなく、マニトンSの投与などにより、眼痛や嘔吐などの高眼圧を考えさせる症状は治まっているのであるから、触診や虹彩切除術を行うべきであるとはいえない。 ハルシオンの投与について( )ハルシオンはあくまで睡眠導入剤であり、その投与自体で、嘔気・嘔吐などの症状が消失す は治まっているのであるから、触診や虹彩切除術を行うべきであるとはいえない。 ハルシオンの投与について( )ハルシオンはあくまで睡眠導入剤であり、その投与自体で、嘔気・嘔吐などの症状が消失することはない。 - 57 -主治医への連絡について C医師への連絡について( )D医師も眼科医として、当然のことながら、眼痛や嘔吐などが高眼圧を考えさせる症状であることを認識しており、だからこそ、マニトンSなどの投与を行っているのである。また、眼科医である以上、触診を行う程度の技能があることも当然である。 したがって、他科の当直医であればともかく、眼科当直医として、夜間の診療を任されながら、主治医に連絡を取らねばならない必要はどこにもない。 C医師への連絡と触診、虹彩切除術との関係について( )仮に、C医師に連絡しても、D医師と同様に、直ちに触診、虹彩切除術を実施することは避けたはずであるから、C医師への連絡と触診、虹彩切除術の実施との間に因果関係はない。 虹彩切除術の実施と不可逆性散瞳について 前記のとおりである。 第3また、高眼圧の場合、網膜の神経線維層に影響され視野異常(弓状暗点)が生じる。しかし、原告の最近の右眼角膜移植術から約17年が経過した視野検査(ハンフリー)でも異常は認められないことから、緑内障発作時の影響は視機能に影響されていないというべきである。緑内障発作を起こした場合、瞳孔括約筋が麻痺されれば、縮瞳せず、散瞳したままとなる。術後縮瞳したことは瞳孔括約筋の機能はまだ存在していたことを意味する。 第5散瞳剤の投与期間ないし投与量を誤った過失の有無(争点5 )( )()原告の主張角膜移植手術後に合併症として生じる散瞳症の原因としては、散瞳剤の副作 用があり得るから、散瞳剤の使用は必要最低限にすべ 与期間ないし投与量を誤った過失の有無(争点5 )( )()原告の主張角膜移植手術後に合併症として生じる散瞳症の原因としては、散瞳剤の副作 用があり得るから、散瞳剤の使用は必要最低限にすべきこと角膜移植後に合併症として生じる不可逆的散瞳の原因として、散瞳剤の副作用が疑われており、したがって、防止のために、散瞳剤の使用は避けるべきと- 58 -言われている。仮に、これを使用する必要があったとしても、その使用は必要最小限にすべきで、かつ投与中、正常瞳孔径に戻る時間を与え、縮瞳能力に影響がないか観察しつつ、慎重に投与するべきである。 不可逆的散瞳症は、円錐角膜症に対して角膜移植を実施する場合に一定の頻度をもって発症する合併症であるが、その原因として、散瞳剤の副作用がある。 したがって、散瞳剤の投与は必要最低限にすべきである。 文献(甲B11)上も、散瞳剤の投与との関係は論じられており、根本原因が不明とする被告の主張は失当である。 本件で使用されたミドリンPについて 文献的に、不可逆性散瞳の原因として挙げられている薬剤の多くがアトロピンであることは認める。しかし、ミドリンPとアトロピンとはいずれも散瞳作用があるが、作用時間はアトロピンの方が遙かに長く、このため、不可逆性散瞳の原因として、アトロピンが原因とされることが多い。散瞳作用中の瞳孔径はミドリンPもアトロピンも同じである。したがって、本件のように、1日6回も、また連日投与として連続的にミドリンPを使用すれば、アトロピンの場合以上に不可逆性散瞳をもたらすことに何の不思議もない。 文献上、ミドリンPの散瞳作用自体はアトロピンと全く同じ程度である。ミドリンPの方が散瞳作用が弱いということはない。 ミドリンPとアトロピンとの大きな違いは、作用の継続時間のみである。すなわち、ミドリンPは約 ドリンPの散瞳作用自体はアトロピンと全く同じ程度である。ミドリンPの方が散瞳作用が弱いということはない。 ミドリンPとアトロピンとの大きな違いは、作用の継続時間のみである。すなわち、ミドリンPは約20分で最大径となり、90分それが持続した上で、漸次回復して24時間で元に戻る。これに比して、アトロピンは約30分で最大径になった上で、それが3日間程度持続して、元に戻るのには7ないし10日を要する。なお、ホマトロピンの持続時間は、その中間である。 要するに、ミドリンPとアトロピンとの差は、作用の継続時間のみにあるから、アトロピンではなくてミドリンPを使用するのは、短時間のみ散瞳作用を得たいときである。 - 59 -実際に、ミドリンPの用法では、1回1ないし2滴を点眼するか、若しくは1回1滴を3ないし5分おきに2回点眼するというように、1ないし2回のみの単発の使用とされている。 ところで、被告病院眼科の医師は、5月24日はミドリンPを頻回に投与し、5月25日には、ミドリンPを一日5回とホマトロピンの併用投与を、5月26日以降はミドリンPを一日6回投与をしていたものである。 1日6回の投与ということは、起きている間に2ないし3時間ごとに点眼することであり(実際そのような投与方法であった、そうなれば、ミドリンP)の作用はずっと持続していることとなり、アトロピンを投与した場合と何ら変わりないこととなる。したがって、副作用の発症についても、アトロピン使用の場合と異なるところはない。また、被告が投与の理由とする瞳孔体操が行われる時間もない。 被告病院眼科の医師が継続投与したミドリンPは、その使用量、投与間隔、長期間継続投与により、禁忌とされるアトロピンと同様あるいはそれ以上の散瞳状態をもたらすものであった。 また、ミドリンPに加えて、ホマトロピンも併用 が継続投与したミドリンPは、その使用量、投与間隔、長期間継続投与により、禁忌とされるアトロピンと同様あるいはそれ以上の散瞳状態をもたらすものであった。 また、ミドリンPに加えて、ホマトロピンも併用投与しており、被告病院眼科の医師による散瞳剤の投与は大量投与というべきである。 被告の主張に対する反論 被告はその主張の中で、アトロピンは調節麻痺作用が強くミドリンは弱いという言葉を度々使い、あたかもミドリンは虹彩の麻痺を起こさないような印象を与えているが、これは大変不適切な印象を与える主張である。なぜなら、調節麻痺作用とは、虹彩運動を麻痺させる力ではなく、近見のピント調節を司る毛様体を麻痺させる作用のことで、散瞳とは全く無関係なものだからである。 眼科専門医である被告が麻痺という言葉を自身に有利な方向に誤解させるような主張をしていることには、真実を明らかにせんとする裁判に対する専門家の態度として不信を抱かざるを得ない。 - 60 -()被告の主張投与の適否について ミドリンPの投与は、前房内の炎症による虹彩後癒着の予防、瞳孔体操の継続のためであり、医学的合理性がある。また、炎症があると縮瞳作用が見られる。すなわち、虹彩周辺切除後に前房内にフィブリンが出現したため、虹彩後癒着を起こし、これが白内障の発症、眼圧上昇の原因になるために、これを予防するために本来ならアトロピン点眼をするところを、ミドリンPを点眼してこれらを予防したのである。 また、アトロピンは調節麻痺作用も非常に強力で、かつ散瞳の効果は長く持続するのに対し(回復まで2ないし3週間を要する、ミドリンPは調節麻痺)作用が弱く、散瞳作用時間も短い(回復までわずか2ないし3時間)のであり、そのような薬剤を投与したとしても、不可逆性散瞳症の原因にはならない。しかも、アトロピンは を要する、ミドリンPは調節麻痺)作用が弱く、散瞳作用時間も短い(回復までわずか2ないし3時間)のであり、そのような薬剤を投与したとしても、不可逆性散瞳症の原因にはならない。しかも、アトロピンは、散瞳作用についても、ミドリンPとの比較から分かるように、回復までの時間が非常に長い。ミドリンPを投与した場合の瞳孔径の回復は6時間であるところ、夜間は点眼されていないから、その間にミドリンPによる散瞳作用は回復している。なお、甲B10号証は、点眼後120分以降24時間目までについては測定しておらず、不十分な資料である。すなわち、不可逆性散瞳症を避けるためにミドリンPの投与を中止すべきであるとはいえない。 しかも、アトロピン点眼ですら不可逆性散瞳症の原因とすることには否定的とすべきである。ましてや、アトロピンより、調節麻痺作用や散瞳作用が弱く、作用時間が短いミドリンPが不可逆性散瞳症の原因になるなどということはできない。 したがって、昭和63年6月2日の時点でミドリンPの投与を中止すべきであるとはいえない(前房内の炎症を観察しながら散瞳剤の点眼の回数も決めていた。 。)- 61 -ミドリンPの投与と不可逆性散瞳症について 原告は、ミドリンPの投与を昭和63年6月2日に中止しておれば、不可逆性散瞳症の発症は防ぎ得たと主張する。 しかし、先に述べたとおり、ミドリンPの投与により不可逆性散瞳症を発症したということはできないのであるから、ミドリンPを昭和63年6月2日に中止したからといって、不可逆性散瞳症の発症を防ぎ得たとはいえない。 第6本件角膜移植手術前の説明義務違反の有無(争点6 )( )()原告の主張不可逆性散瞳が生ずることについての説明義務違反 本件において行うべきであった説明内容( )円錐角膜症に対して角膜移植を 植手術前の説明義務違反の有無(争点6 )( )()原告の主張不可逆性散瞳が生ずることについての説明義務違反 本件において行うべきであった説明内容( )円錐角膜症に対して角膜移植を実施する場合、不可逆的散瞳症は、術後緑内障などとともに、一定の頻度をもって発症する合併症であり、このことは、術前に患者に対し説明すべきことである。 なお、被告は不可逆的散瞳症はきわめて稀な合併症と主張するが、この点は否認する。乙B第14号証訳文4ページでは5.8%、乙B第15号証訳文6ページでは7.8%、乙B第17号証187ページでは2ないし18%の確率で起こるとされており、これが『きわめて稀』と呼べる確率ではないことは明らかである。また、C医師自身も後遺症が確定的となった当初、原告及び原告の母に「100人に1人くらいなる「Iで2例、Aで3例目、」、だ」という内容の発言をしており、原告及び原告の母は、よくあることだから仕方がないのだという印象を与えようとされていると認識していたものである。 また、円錐角膜症に対して角膜移植を行う際には、不可逆的散瞳症の発生が避けられないことがあり、本件もその場合だとすれば、被告病院医師としては、事前にそのことを原告に説明し、原告として、それでもなお角膜移植手術を受けるか否かを選択させる義務があった。 - 62 -仮に、合併症としての疾患名を明示しなくとも、少なくとも、術後の高眼圧症状はリスクを伴うこと、痛みがあれば医師に伝えること、という説明はすべきであった。 なぜなら、痛みについては、患者本人にしか自覚できないことであるから、これを医師に正しく訴えるためには、痛みの持続がリスクを伴うものであることを患者が認識、理解している必要があるからである。 被告病院医師は、原告に対し、上記1 の内容を説明しな いことであるから、これを医師に正しく訴えるためには、痛みの持続がリスクを伴うものであることを患者が認識、理解している必要があるからである。 被告病院医師は、原告に対し、上記1 の内容を説明しなかったこと( )( )被告病院医師は、不可逆的散瞳症及び緑内障などの術後合併症についての説明をしなかった。 原告は、術前に何の説明も受けなかったと主張するものではない。角膜移植を行うこと、麻酔は局部麻酔であることの説明は受けたし、拒絶反応が起こる可能性のことや角膜混濁が起こる可能性のことについては記憶がないが説明を受けた可能性はあり、それについて納得して、手術を承諾した。 説明を受けた拒絶反応や角膜混濁については、角膜移植を改めて受ける必要があるかもしれないというレベルのことであり、要するに、現状より悪くなることはないという話であった。 被告病院医師は、術後の高眼圧症状にはリスクがあることや、痛みについての説明をしなかった。 上記1 の内容の説明を受けていれば原告は本件角膜移植手術を受けなかっ( )( )た可能性があることア不可逆性散瞳になるということは、手術を受けた結果、眼の状態が、術前より悪くなることを意味する。 原告としては、手術により、眼の状態がかえって悪くなる可能性が相当あるというのであれば、すなわち、不可逆的散瞳症が円錐角膜症による視力低下に比して軽度の障害などということは言えないのであるから、事前に説明を受けていれば、本件角膜移植手術を思いとどまった可能性が高い。 - 63 -原告が、痛み等の症状にリスクがあることの説明を受けていれば、我慢することなく医師にこれを訴え、処置を求めるなどできたものである。 イ被告は、原告がより重大かつ頻度が高い合併症の説明を受けた上で手術に承諾したなどと主張しているが、重い合併症を説 けていれば、我慢することなく医師にこれを訴え、処置を求めるなどできたものである。 イ被告は、原告がより重大かつ頻度が高い合併症の説明を受けた上で手術に承諾したなどと主張しているが、重い合併症を説明したのだから軽いものは説明しなくてよいというような摩り替えは許されないし、そもそも不可逆性散瞳症は治療不可能な重篤な合併症である。また、術後の自覚症状についてのリスクを説明すべきであったことの反論にはならない。 ウまた、被告は、原告が散瞳症を経験した後の左眼の角膜移植手術を被告病院で希望したことを、説明義務違反がなかったことの根拠としている。 しかし、当時原告は、右眼に生じた結果について、その原因や理由を説明されていなかった。そのため、手術中にまぶしさに耐えかねて眼球が動いたことや、手術当夜に眼圧が上昇したことは、よくは分からないが自身の体質に特異な点があったためで、その結果不可逆性散瞳となったと考えていた。故に右眼の実状、自身が特異であると思っていた体質を理解していない別の病院では、同じことが左眼に起こるかもしれないと恐れた。右眼だけでも十分な不利益となっている障害を左眼にも負うことは、美術家としての将来を失うことであり、何としても避けたいと考え、被告病院での手術を求めたものである。このことが、説明義務違反の反論になるはずがないし、被告の主張は理解に苦しむ。 角膜移植と同時に虹彩切除を行うという選択肢についての説明義務違反 説明すべき内容( )不可逆的散瞳症を回避するためには、予防的に、角膜移植と同時に虹彩切除を行うという方法がある。本件当時も、角膜移植手術中に虹彩切除術を行った場合、不可逆的散瞳症の発症はないとの報告が行われていた。 被告病院医師は、この方法についての説明もしなかった。 因果関係( )- 64 -原告が 件当時も、角膜移植手術中に虹彩切除術を行った場合、不可逆的散瞳症の発症はないとの報告が行われていた。 被告病院医師は、この方法についての説明もしなかった。 因果関係( )- 64 -原告が、前記1の1 に加えてこの説明を受けていれば、不可逆的散瞳症が( )合併するリスク及び仮に不可逆的散瞳症に至った場合に、現に生じている損害(生涯にわたり術前より不便な生活を強いられること)が生ずる可能性を認識できたものであり、虹彩切除術を同時に行うことを希望した。 ()被告の主張不可逆性散瞳症に関する説明義務について 説明義務がないこと( )不可逆性散瞳症はきわめて稀な合併症であり、そのようなきわめて稀な合併症についてまで説明すべきであるとはいえない。 文献(乙B25の1)上も、不可逆性散瞳症は円錐角膜の角膜移植後にみられるきわめて稀な合併症であるとされている。 また、本件当時である昭和63年までの時点においては、円錐角膜移植術後の不可逆性散瞳症の報告は、わずか3編にすぎなかったものである。 しかも、世界的には当時は不可逆性散瞳とアトロピン点眼との関係を示唆する見解があったが(乙B16、本件ではアトロピン点眼の使用は避ける)予定であり、現に使用していなかったものである。 さらに、本件当時以降においても、円錐角膜術後の合併症について、東京大学医学部、東京医科大学、大阪大学医学部などの報告では、不可逆性散瞳症を認めていないのであり、これらの文献には合併症として不可逆性散瞳症に関しての記載すらない(乙B21~23。もし重大な合併症であれば文)献の考案に記載されるはずである。 なお、甲B11号証も、本件角膜移植手術以降のものであり、また「眼、科手術とぶどう膜合併症」の特集号であり、ぶどう膜組織である虹彩、毛様体、脈絡膜の3組織のみに 献の考案に記載されるはずである。 なお、甲B11号証も、本件角膜移植手術以降のものであり、また「眼、科手術とぶどう膜合併症」の特集号であり、ぶどう膜組織である虹彩、毛様体、脈絡膜の3組織のみに関係した角膜移植による合併症を取り上げたものである。すなわち、不可逆性散瞳は、虹彩に関係した合併症であり、これまでに報告があったから記載されたにすぎず、円錐角膜移植後にとりわけ多い- 65 -合併症であるから取り上げられたわけではない。 不可逆性散瞳に関する説明と角膜移植術の実施との関係について( )ア原告は、拒絶反応、感染症や内皮異常による角膜混濁、緑内障などによる視力低下といった重大かつ頻度の高い合併症については説明を受けた上で、角膜移植術の実施を承諾しているのであるから、この説明に不可逆性散瞳の説明が加わると、俄かに承諾しなくなるなどということは到底考えられない。 イ本件角膜移植手術は、医学的見地及び患者の日常生活上の不便などから、実施する必要性がきわめて高く、しかも代替的治療法も存在しない状況であったのであるから、不可逆性散瞳症に関する説明が加わったからといって、同手術の実施を承諾しなくなるとはいえない。 角膜の厚さは正常の1/3程度となっていた(乙A1〔6。 ( )ア〕)、( )イ原告は、昭和62年5月の被告病院初診時から、角膜の突出が強くコンタクトレンズを装用しても、すぐに外れてしまう状態であった(乙A1〔3。 〕)手術直前の裸眼視力は右0.02、左0.01、コンタクトレンズ装( )ウ用下でも右0.1、左0.2であった(乙A1〔20。 〕)角膜熱形成術は、原告の角膜は薄すぎて適応ではない。 ( )エウ原告は、実際に角膜移植術後の不可逆性散瞳を経験した後に、左眼の角膜移植術の実施を承諾しているの 2であった(乙A1〔20。 〕)角膜熱形成術は、原告の角膜は薄すぎて適応ではない。 ( )エウ原告は、実際に角膜移植術後の不可逆性散瞳を経験した後に、左眼の角膜移植術の実施を承諾しているのであるから、不可逆性散瞳に関する説明があったとしても、角膜移植術の実施を承諾したことは明らかである。 特異体質かどうかは医学的な判断であるところ、原告が特異体質であるな( )どと考えた医師はいないし、そのように原告に述べた医師もいない。したがって、原告が特異体質であると思い込むことはあり得ない。また、仮に、特異体質が当該手術によって顕在化したという認識であったというならば、両眼について特異体質が顕在化することの恐怖感を考えれば、同様の手術を受- 66 -けるはずがない。 術後の説明について角膜移植術直後は、高眼圧や縫合糸による刺激がある( )場合も考慮し、同手術が終わった時点で、嘔気、眼痛があったら看護師にいうように伝えている。 虹彩切除術に関する説明義務について 本件において、虹彩切除術を併せて実施するという治療方法は考えられず、そのような治療方法について説明すべき法的義務はない。 第7本件虹彩縫合術における手技上の過失の有無(争点7 )( )()原告の主張第1は、虹彩の上下2か所を縫い合わせることが必要なのに、上部しか縫合しなかったことである。 第2は、仮に、そのような方法をとったのが、すでに症状が進行していたためだとすれば、上下2か所の縫合が可能な時期にこの手術をしなかったことである。すなわち、実施時期が遅すぎたことである。 術前の説明では、虹彩の上下2か所を縫い合わせるということであったが、結果的には上部のみ縫合され、自覚できるような効果はなかった。 しかも、術後約1年で、この縫合部位が破れて、虹彩は術前より広がり 。 術前の説明では、虹彩の上下2か所を縫い合わせるということであったが、結果的には上部のみ縫合され、自覚できるような効果はなかった。 しかも、術後約1年で、この縫合部位が破れて、虹彩は術前より広がり全開の状態となり、現在に至っている。 虹彩縫合術が適確に行われていた場合には、縫合した部位が破れることは通常はあり得ないことであるし、本来あってはならないことである。現に、被告病院において過去に実施した虹彩縫合術において、縫合部位が破れたのは本件のみである。 医療行為において、それが適確に行われてさえいれば通常では起こりえない事態が生じたということは、医師の過失が強く推認されるものであり、本件の場合、医師の縫合技術が未熟であったというべきである。 縫合部位が破れた結果、原告の右眼の虹彩は縫合術前よりも広がり全開状態- 67 -となったものである。 ()被告の主張 虹彩縫合術は、一般的に、外傷性白内障や小瞳孔白内障の水晶体摘出後に行われているものであって、本件のように有水晶体の不可逆性散瞳症の場合の治療としては一般的ではない。 したがって、本件において、虹彩縫合術を実施すべき過失自体を観念し得ず、そのため、同手術をより早期に実施すべき過失も観念し得ない。 なお、本件では、縮瞳剤ピロカルピンの点眼にも反応しなかったため、何とか不可逆性散瞳症を治療できないか、という苦心の末に同手術が行われたものである。 虹彩のすぐ下には水晶体があり、それを損傷させないで縫合することは手技的に大変難しい。特に虹彩の下方を縫合するのは鼻が邪魔になり、有水晶体眼では水晶体を損傷させる危険があったので中止したものである。 したがって、下方を縫合しなかったのは、水晶体を傷つけないよう慎重に手技を行ったためであって、過失には当たらない。 また、下方を縫合しなかった理由 晶体を損傷させる危険があったので中止したものである。 したがって、下方を縫合しなかったのは、水晶体を傷つけないよう慎重に手技を行ったためであって、過失には当たらない。 また、下方を縫合しなかった理由は、鼻が邪魔になったためにすぎないことからも、より早期の手術実施との間の因果関係がないことは明白である。 不可逆性散瞳症のため、物理的に縫合を行っても虹彩は散瞳する方向で力が働き、その一方で、虹彩組織が萎縮し脆くなっていたため、時間的経過に伴い、結果的に、糸が外れてしまったものである。 したがって、縫合部位が術後1年で外れたからといって、過失があるなどということはできない。 なお、被告病院で本件前に行われた虹彩縫合術は、不可逆性散瞳症に対するものではない。 原告は、手術の実施時期、手術手技に関する過失の内容について特定して主張しておらず、法的主張として、失当である。 - 68 -第8不可逆的な散瞳症の原因(争点8 )( )()原告の主張 散瞳症は、円錐角膜患者への角膜移植術後に一定の頻度で生じる合併症であると同時に、緑内障発作後、発作中の虚血による瞳孔括約筋の麻痺によって起こるものである。 原告の場合、麻酔が不十分であったために『動かしてはいけないのに動いてしまっている』という大変な緊張状態のまま手術が続行され、その緊張から硝子体圧が上昇、虹彩が前方に押し出され、角膜後面に密着、圧迫され、虚血となった。また、このときC医師は、原告の虹彩に傷を付け出血させた。このため、フィブリンが発生し、房水の流出路を塞ぎ、手術当夜の緑内障を引き起こした。嘔吐や痛みが著明であったにもかかわらず、処置はマニトンや鎮痛剤、催眠導入剤の投与にとどまり、触診による眼圧の把握もされなかったことから、原告は長時間高眼圧のまま放置され、翌朝緊急手術を要する した。嘔吐や痛みが著明であったにもかかわらず、処置はマニトンや鎮痛剤、催眠導入剤の投与にとどまり、触診による眼圧の把握もされなかったことから、原告は長時間高眼圧のまま放置され、翌朝緊急手術を要する状態となった。この2度にわたる虚血により、原告の虹彩括約筋はただでさえダメージを受けていたものだが、術後長期にわたり慎重な観察を欠いた状態で散瞳剤を投与され、その麻痺に追い打ちをかけられた。 以上の経過が、原告に散瞳症が生じた原因だと考えられる。 ()被告の主張 不可逆性散瞳との因果関係については、右角膜移植術における術中出血はもとより、ミドリンPの投与も、不可逆性散瞳症の原因ではない。 そして、円錐角膜に対する角膜移植術後に不可逆性散瞳症が発症する機序については、今日まで未だ不明である。 ただし、円錐角膜があると瞳孔異常を起こしやすいことからして、原病である円錐角膜のために不可逆性散瞳症が発症した可能性がある(乙B17。そ)のほか、虹彩収縮筋を支配する副交感神経終末に何らかの異常があった可能性(乙B20、虹彩血管の虚血性変化による虹彩筋自身の障害であった可能性)- 69 -(乙B19)などがある。 そもそも、原告は、2つの原因について主張しており、この両者がどのような関係に立つのか、一向に明らかではない。 )、なお、甲B11号証のらの機序は、一つの仮説に過ぎず(乙B17Davis現在まで確立された医学的知見はない。 術中に虹彩が虚血となったという事実はない。フィブリンの形成時期についても事実ではない。保存的療法がなされ症状が治まっており、長時間高眼圧のまま放置された事実もない。本件散瞳剤の点眼が、瞳孔括約筋の麻痺に影響を与えるとの科学的機序も一向に不明であり、理解し難い。 第9損害額(争点9 )( )()原告の主張 おり、長時間高眼圧のまま放置された事実もない。本件散瞳剤の点眼が、瞳孔括約筋の麻痺に影響を与えるとの科学的機序も一向に不明であり、理解し難い。 第9損害額(争点9 )( )()原告の主張コンタクトレンズとそのケア用品及びサングラス費用 317万1448円 虹彩機能喪失と上記費用の出捐との間の因果関係( )虹彩形成手術までの間に装用していた虹彩付きハードコンタクトは、カラーコーティングの分通常のものよりも重く、正面を見ると中央の可視部分が下がってしまい、自然それに合わせうつむいていることが多くなった。正面より上を見る必要があるときには、まぶたを薄く開いてレンズを固定する必要があり、表情としてはやぶにらみの状態になってしまい、これが似合わないサングラスと共に大きなコンプレックスとなった。 虹彩形成手術の失敗後は、現在まで、虹彩付きソフトコンタクトレンズの上に透明のハードコンタクトレンズを重ねて装着している。 しかし、虹彩付きハードコンタクトより視野は安定するものの1つの目に2枚のコンタクトレンズをつけるのは目に負担が重く、長時間の装着はできない。具体的には、ソフトコンタクトレンズのフィッティングに角膜の形状上限界があり、周辺部が浮いた状態でその上にハードコンタクトレンズを重- 70 -ねているため、長時間装用するといつも同じ部分が痛くなる。その状態で診察を受けると、角膜に傷がついていると言われ、数日間コンタクトレンズの使用を禁止される。元来角膜の形状が悪いため、円錐角膜、角膜移植後の患者は眼鏡による矯正が難しいが、左眼は生活の補助となるくらいの視力を眼鏡で得ている。しかし、右眼は虹彩がないためまぶしいということはもちろん、カメラでいう絞りがない状態であるため焦点が合わず眼鏡ではほとんど視力が出ない。そのため、眼鏡も左 補助となるくらいの視力を眼鏡で得ている。しかし、右眼は虹彩がないためまぶしいということはもちろん、カメラでいう絞りがない状態であるため焦点が合わず眼鏡ではほとんど視力が出ない。そのため、眼鏡も左眼だけを矯正するものを使用しており、左右差が大きく疲労してしまい、20分以上の装用は難しい。その結果コンタクトの使用が禁止されれば、そちらの眼は見えない状態で過ごすことになり、その状態で視覚を専門とする仕事をすることは、大変負担が大きい。常に炎症を抑える目薬を携行し、コンディションの調整に心掛けているが、仕事上目を酷使することは多く、痛むことは度々である。また、2枚のレンズの間が曇るなど、通常では起こらない不具合もしばしば起こる。 また、虹彩付きコンタクトレンズには、人間の虹彩のように外部の明るさに応じた調節機能はない。したがって、屋内では暗すぎる一方で、屋外では曇りの日でもまぶしすぎで、サングラスを併用せざるを得ない。 円錐角膜の場合には、一般的にはハードコンタクトレンズのみを装着するし、それで必要かつ十分である。ソフトレンズとハードレンズとを重ねて使用することは一般的ではなく、きわめて例外的である。 原告の場合にも、本件角膜移植手術前には、ずっとハードコンタクトレンズのみの使用であって、ピギーバックレンズを使用したことはなく、それでも不自由はなかった。 そもそも、円錐角膜で角膜の突出が強い場合には、それを治すために眼科的手術をするのである。したがって、その手術をした結果、それまではピギーバックレンズ使用の必要のなかった原告が、逆に、ピギーバックレンズを使用することとなったというのはきわめて異常な結果である。 - 71 -円錐角膜の場合には、ソフトコンタクトレンズでは形状が不安定なので、ハードコンタクトレンズを使うのが一般的であるが、原告の場 を使用することとなったというのはきわめて異常な結果である。 - 71 -円錐角膜の場合には、ソフトコンタクトレンズでは形状が不安定なので、ハードコンタクトレンズを使うのが一般的であるが、原告の場合には、虹彩形成術を受けたものの、ハードコンタクトレンズでは虹彩の欠損部分をカバーしきれない状態であった(ハードコンタクトレンズはソフトコンタクトレンズに比べて小さい)ので、カラーのソフトレンズを使わざるを得なくなったのであるが、しかし、それだけでは必要な視力が得られないのでハードコンタクトレンズを重ねて使用しているのである。すなわち失われた虹彩の機能の代償としてピギーバックレンズを使用しているのである。被告はピギーバックレンズの使用を原告の移植後の角膜状態が悪いためで、虹彩の有無とは無関係だと主張しているが、原告は右眼の移植後、留学中に瞳孔径が広がってしまうまでは、C医師の処方により虹彩付きのハードコンタクトレンズ1枚を使用しており、被告の主張が破綻していることは明らかである。 以上のとおりであるから、原告において、ピギーバックレンズを使用せざるを得ないことと本件の虹彩機能喪失との間には因果関係がある。 具体的出捐額( )原告は、本件医療事故により、終生虹彩機能付きコンタクトレンズの使用を必要とするに至った。コンタクトレンズ及びサングラスは、買い換える必要があり、年間11万1600円を要する。平成6年から平成15年までの10年間と、原告の余命は52年であるので、その将来分とを合わせると、以下のとおり317万1448円となる。 〔計算式〕11万1600×10+11万1600×18.4180=317万1448 1404万0000円逸失利益 原告の症状は、片側の眼球に著しい調節機能障害を残したものであり、後( )遺障害別等級表の1 1600×10+11万1600×18.4180=317万1448 1404万0000円逸失利益 原告の症状は、片側の眼球に著しい調節機能障害を残したものであり、後( )遺障害別等級表の12級1号に該当する。 目の長時間使用ができないこと、一方の目が人工の虹彩を通してものを見るため、左右で認識する色彩が微妙にずれてしまうことなどのために、デザ- 72 -イナーや美術家としての仕事をする上で大きなハンディとなっている。 また、眼にハンディがあるなどというデザイナーが就職試験で進んで採用されるはずもなく、隠して就職するため、眼が痛むときにも周りの人に不審に思われないよう気を遣わねばならず負担は大きい。 原告の稼働残年数は25年を下らない。また、原告の障害は後遺障害別等( )級表の12級に該当する。その労働能力喪失率は14%であるが、原告の職業が眼に依拠する要素が大であることから、20%として計算すべきである。 原告は会社員(Hホテルのデザイン担当)であり、同時に画家でもあって、( )平成14年の年収は469万6395円であることからすれば、逸失利益を算定するに当たっての年収は、平成14年賃金センサス大学卒女子学歴計の額である498万3200円とすべきである。 以上に基づき計算すると、次の計算式のとおり、原告の逸失利益は、14( )04万円となる(1万円未満切捨て。 )〔計算式〕498万3200×14.0939×0.2=1404万6544 500万0000円慰謝料長い間、それを受ければ楽になると心待ちにしていた手術(円錐角膜移植術)によって、より不自由な視覚を得ることになったことへの精神的なショックは甚大なものであった。 原告について支払われるべき慰謝料は金500万円を下らない。 200万0000円弁護士費用 膜移植術)によって、より不自由な視覚を得ることになったことへの精神的なショックは甚大なものであった。 原告について支払われるべき慰謝料は金500万円を下らない。 200万0000円弁護士費用本件で、必要な弁護士費用のうち、上記の1割に相当する金額200万円は、本件医療過誤と相当因果関係のある損害である。 2421万1448円合計()被告の主張後遺障害について 虹彩機能付きソフトコンタクトレンズの装着により矯正可能な障害であり、- 73 -後遺障害には該当しない。 コンタクトレンズについて 円錐角膜の進行患者は、角膜移植の前後を問わず、ハードコンタクトレン( )ズのみで使用できない場合はソフトコンタクトレンズの上にハードコンタクトレンズを重ねている。 そして、虹彩機能付きのソフトコンタクトレンズと通常のソフトコンタクトレンズとで、費用に大きな差があるわけではない。 なお、虹彩付きコンタクトレンズと通常のコンタクトレンズとでは重さは変わらない。 そもそも、原告は、虹彩機能付きのコンタクトレンズ代を被告病院に支払( )っていない。 サングラスについて 虹彩がない場合にまぶしいことも一般的にいえるのであり、すなわち、コンタクトレンズの装着が良くないと涙が多く、まぶしく感じる場合が多いため、円錐角膜の患者はサングラスを購入している者が多い。 - 74 -(別紙)診療経過一覧表※ 「年月日」欄の「」は「昭和「」は「平成」を示す。 SH」、年月日時刻診療経過検査・処置 証拠 原告の反論(入通院状況・主訴・所見・診断)〔ページ〕62.5.13被告病院初診。 乙A1〔3〕S63.5.2212右眼角膜移植目的で被告病院へ乙A1〔22〕手術についての説明の際S:入院。 A2〔 訴・所見・診断)〔ページ〕62.5.13被告病院初診。 乙A1〔3〕S63.5.2212右眼角膜移植目的で被告病院へ乙A1〔22〕手術についての説明の際S:入院。 A2〔17〕に、説明すべき合併症であ同日右円錐角膜移植の手術・麻る不可逆的散瞳についての酔の必要性と内容を説明し、手説明を欠いた。また、本件術承諾書に原告、原告の実父が手術における全身麻酔と局署名をした。 部麻酔との違いについての説明も行われなかった。 13手術開始。術中変化特になし。 乙A2〔10,1局部麻酔であったことと、:7〕麻酔薬の追加が適切に行われず、麻酔効果が不十分であったために、原告が極度に緊張し、意思に反して眼球が動いてしまい、手術が困難であった。医師は手術中に虹彩を傷つけ出血した。 手術記録の経過欄に硝子体圧↑及び出血の記載あり(乙A1〔33。出血少量〕)の記載あり(乙A2 〔1 。 〕)手術台のライトが直視に耐えず、自分の意志に反して眼球が動く。C医師に動かないでと言われ「ライトが、まぶしくて自分の意志に反して動く」と発言するも、手術はその状態のまま続行。大変な緊張と苦痛を経験する。緊張した様子との記載あり(乙A2〔10。 〕)14手術終了。気分不快なし。バイ乙A2〔17〕帰室し、ストレッチャーか:タル著変なし。 らベッドに移される際、原告の体が棒の様に硬直し、- 75 -眼帯をしていない方の目から一筋涙が流れたのを見た原告の母が「何か恐い体験、をしたのだな」と思う。その後、原告も母に対して「まぶしくて目が勝手に動いて困った。あと30分長かったら気が狂ったと思う」と言った。手術後、病室にやってきたC医師が、原告の母に「動かれちゃって のだな」と思う。その後、原告も母に対して「まぶしくて目が勝手に動いて困った。あと30分長かったら気が狂ったと思う」と言った。手術後、病室にやってきたC医師が、原告の母に「動かれちゃって大変だったけど無事済みました。前にも若いお嬢さんで同じことがあった」と発言した。 00術後右眼痛なし。 乙A2〔18〕:16病棟オリエンテーション。父親乙A2〔18〕症状あるいは合併症につい:とともに説明を受け、ともに納て説明は行われなかった。 得する。 17右眼痛軽度あるも自制内。気分乙A2〔18〕:不快なし。 18氷枕を頸に使用右眼痛持続す乙A2〔18〕氷嚢使用:るも自制内00嘔吐あり。右眼痛自制内であるマニトンS乙A2〔18〕:も持続するためマニトンSの点点滴。 滴開始。 35マニトンSの点滴終了。点滴後点滴終了。 乙A2〔18〕頭痛が軽減したとは言えな:いくらか頭痛は軽減したとのこ抜去。セデい。 と。 スを投与セデス一包G21嘔吐あり。吐気消失。 乙A2〔19〕吐気は消失していない:21吐気なくなるも頭痛あり。 インテバン乙A2〔19〕原告の母が帰る。吐いてい:座薬(消炎たので気になったが、完全鎮痛剤)投看護であったので「帰らな、与。 くてはいけないんでしょうね」と看護師に言い「そう、ですね」と言われやむなく帰宅。 インテバン座薬(消炎鎮痛剤25㎎)投与。 21嘔吐あり。 乙A2〔19〕:22同室の患者が原告が眠れないよ乙A2〔19〕原告は記憶がない。痛くて:うであることを看護師に伝え転げ回っていたところを見- 76 -た。吐き気は軽減したが、後頭かねた同室の患者が看護師 同室の患者が原告が眠れないよ乙A2〔19〕原告は記憶がない。痛くて:うであることを看護師に伝え転げ回っていたところを見- 76 -た。吐き気は軽減したが、後頭かねた同室の患者が看護師部痛が著明だが、原告は我慢しを呼んでくれた。翌日、こてみるとのこと。 の時ナースコールをしてくれた隣のベッドの方に「あ、の時はベッドの上を転げ回って痛がっていたのだ」と言われた。 23コールあり、トイレに誘導。頭乙A2〔19〕頭痛が軽減したことはない:痛軽減してきた、少し入眠して(乙A2〔19。 〕)いたと原告話す。トイレで嘔吐、その後吐き気軽減したとのこと。 63.5.2300D医師、マニトンS点滴開始。 マニトンS乙A2〔19〕医師は、マニトンSなどはS:ハルシオン内服。 点滴。 投与したものの、翌朝まで一度も眼圧を計測しなかった。したがって、マニトンS投与の効果についても把握しなかった。 ハルシオンは催眠導入剤である。 00原告から寒いとの訴えあり。吐乙A2〔20〕寒かった。吐き気、嘔吐が:き気、嘔吐なし。 なかったことはない01点滴終了し、抜去。原告より頭乙A2〔20〕頭痛軽減、吐き気、嘔吐な:痛軽減してきたとのこと。吐きしは、症状改善の結果では気、嘔吐なし。 なくハルシオンの作用により症状がマスクされたためである。 3 00~看護師パトロール時入眠中。 乙A2〔20〕入眠は症状改善のためでな:00く、ハルシオンの作用によ:るものである06吐き気、嘔吐、胃部不快感、頭乙A2〔20〕この時点では、疲労感が強:痛なし。右眼痛が軽度残存するく、ぼおっとして覚醒してのみ。 いない状態であり、目も見えなかったので、特定の症状 吐き気、嘔吐、胃部不快感、頭乙A2〔20〕この時点では、疲労感が強:痛なし。右眼痛が軽度残存するく、ぼおっとして覚醒してのみ。 いない状態であり、目も見えなかったので、特定の症状を感じること自体がほとんどできなかった。この朝の状態のことは、手術をしていない左目もコンタクトを入れておらず、視覚がない状態であったことも手伝い、記憶にない。 眼圧の数値はこの間、記載がないが、入院経過表には- 77 -『20p↑』の、入院経過表には『20↑』の記載あり。 (乙A1 〔4,乙A2〕〔3 )〕07トイレ誘導時気分不快なし。 乙A2〔20〕同上:08診察後嘔吐あり。助教授C医師ミドリンP乙A1〔34 ,C医師からそのような内容:〕診察。点滴により眼圧さがらな及びホマトA2〔20〕の説明を受けたことはなかい場合は、周辺部虹彩切除術もロピンを点った。なお、D医師は「こ検討することとする。 眼のままでも治る」と言って上皮浮腫あり手術の必要性を否定していた。 08柳医師マニトンSの点滴開始。 マニトンS乙A2〔20〕:吐き気持続し、右眼痛あり。 点滴。 15C医師診察。虹彩ブロックを認乙A1〔34〕00過ぎ、病院についた原::める。 告の母が、偶然エレベーターで一緒になったC医師から「お嬢さんの眼圧がびっくりするほど高かった。このままだと失明するので、今から手術をします」と言われた。その後、原告の病室がある階に着くと、原告がストレッチャーで運ばれていくところだったので追いかけ「がんばるのよ」と声をかけた。原告は意識がはっきりせず、再手術の決定もこれから手術を受けることも母に声をかけられたことも把握できていなかった。原 ーで運ばれていくところだったので追いかけ「がんばるのよ」と声をかけた。原告は意識がはっきりせず、再手術の決定もこれから手術を受けることも母に声をかけられたことも把握できていなかった。原告の母が病室で待っていると、当直医のD医師が来て「このままでも治るのだが、C先生がお嬢さんが痛がって可哀想だと手術をすることにした」と、C医師とまったく違う説明をした。原告の母は、D医師の話を嘘だと思った。入院中の診察時、C医師から移植手術について「動かれち、ゃって大変だった。以前にも若いお嬢さんで同じよう- 78 -なことがあった。次回は全身麻酔でないといやだ」と言われている。また虹彩切除術について「あのままだったら目がはぜた。ボクはあの手術で疲れちゃって帰って眠っちゃったよ」と言われており、一刻を争う大変な状況だと理解した。 30ラクテックで点滴確保の上、ググリセオー乙A2 〔6 ,:リセオール点滴開始。 ル点滴。 0〕40手術室へ向かう時点。右眼痛あ乙A2〔21〕切除術中、気分不良あり、:り。吐き気は軽減。 緊張強、吐き気は軽度(乙A2〔10 )〕前日と同じ麻酔方法、前日より悪い身体条件にもかかわらず、眼球が動いて困ったという経験はない。 50手術室にて。吐気軽度あり。気セルシン投乙A2〔11〕:分不良あり。緊張強い。 与右眼虹彩周辺切除術開始。 12気分不快なく帰室乙A2〔21〕:20嘔吐あり。嘔吐後すっきりした乙A2〔21,2:とのこと。 2〕17吐き気、嘔吐、頭痛なし。気分乙A2〔22〕:不快なし。 21右眼痛、吐き気なし。 乙A2〔22〕:63.5.24吐き気、気分不快、右眼痛、吐ダイアモッ こと。 2〕17吐き気、嘔吐、頭痛なし。気分乙A2〔22〕:不快なし。 21右眼痛、吐き気なし。 乙A2〔22〕:63.5.24吐き気、気分不快、右眼痛、吐ダイアモッ乙A1〔25〕散瞳は頻回に行う,とあSき気なし。瞳孔は直径3。 クス、アスA2〔5,22〕る。 mm移植片やや浮腫状フィブリンパラK処方あり(3日間)ホマトロピン、ミドリンP点眼63.5.25吐き気、気分不快、右眼痛、吐右眼ミドリ乙A1〔37〕夕方からミドリンPが1時Sき気なし。滅菌状態を解除。上ンP点眼開A2〔5,23〕間ごとになる。触診眼圧で皮浮腫、フィブリンあり始(1日6正常範囲内。 回)夜、C医師より自宅の原告の母に「心配ありません」と電話あり。 63.5.26吐き気、気分不快、右眼痛、吐炎症止めリ乙A1〔38,3Sき気なし。瞳孔4。 ンデロン289〕A2〔24,2mm内皮細胞浮腫ありフィブリン日までで中5〕- 79 -減少止ミドリンは続行63.5.27右眼痛あり、頭痛あり。自制内乙A2〔25〕このときの眼痛は23日と比Sとの訴えあり。夕方柳医師診察べれば、はるかに軽微であし、異常なし。原告は異常なしった。 といわれたら頭痛、右眼痛は消失したとのこと。 63.5.28右眼痛ないが”ちくちくする”乙A2〔26〕洗髪してくれた看護師からS、との訴えあり。座位、立位を取「再手術した朝は何かあっらなければ眼痛はそれほど気にたの?」と聞かれ、看護師ならないとのこと。吐き気、気が把握していないことを不分不快はない。 思議に思った。 63.5.29被告病院を退院。瞳孔6~7乙A1〔40〕,Sm。 A2〔26,27〕m63.5.31被 ないとのこと。吐き気、気が把握していないことを不分不快はない。 思議に思った。 63.5.29被告病院を退院。瞳孔6~7乙A1〔40〕,Sm。 A2〔26,27〕m63.5.31被告病院を退院。瞳孔6~7内服薬中乙A1〔42〕原告は「まぶしい」と訴えSm。 止。 たが、C医師は「特に異常mはない。角膜もきれいである。炎症があるので散瞳している。サングラスをかけなさい。学校に行ってもいい」と述べた。 63.6.2被告病院外来受診。瞳孔8。 乙A1〔43〕通院中、原告は、まぶしいSmmと何度か訴えたが、C医師の回答は毎回上記と同じであった63.6.4被告病院外来受診。瞳孔8~9右眼ミドリ乙A1〔43〕Sm。 ンP点眼1m日3回へ。 63.6.8被告病院外来受診。散瞳中止。 ミドリンP乙A1〔43〕S中止。 63.6.15被告病院外来受診。少し散瞳症乙A1〔43,4「虹彩症」だと言われる。 Sを起こしている。 4〕63.6.22被告病院外来受診。少し散瞳気乙A1〔44〕虹彩症について「100人に1S味。 人くらいなる」と説明される。 63.6.29C医師のクリニックで、金S井医師より「もうちょっと待ってください。今やっているところです」と言われる。 日時ははっきりしないが、被告病院では、散瞳の原因- 80 -について「手術当夜眼圧が上がったときに虹彩を司る器官がダメージを受けたのだろう「対応が早ければ残」らない後遺症であった」との説明を受けた「あなたが。 お嫁に行くまでにはなんとかする」とも言われた。 63.7.6被告病院外来受診。瞳孔8。 乙A1〔45〕Smm63.7.20被告病院外来受診。瞳孔7。 乙A1〔47〕Smm たが。 お嫁に行くまでにはなんとかする」とも言われた。 63.7.6被告病院外来受診。瞳孔8。 乙A1〔45〕Smm63.7.20被告病院外来受診。瞳孔7。 乙A1〔47〕Smm63.7.29被告病院外来受診。瞳孔6~7乙A1〔48〕Sm。 m63.7.30被告病院外来受診。瞳孔6~7顕微鏡下角乙A1〔48〕Sm。 膜抜糸(一m部)63.8.31被告病院外来受診。 乙A1〔49〕S63.9.9被告病院外来受診。 顕微鏡下角乙A1〔50〕S膜抜糸63.9.10被告病院外来受診。C医師診乙A1〔50〕S察。 63.10.28虹彩付レンズを処方(乙A1S〔51 )〕以後、さらに瞳孔径が広がるまでの間、虹彩付レンズは(1枚のハードコンHCLタクトレンズ)であり(乙A1〔53、移植後は虹彩〕)の障害とは関係なくピギーバックレンズが必要であったという事実はない。 63.11.18虹彩付ハードレンズを着S用。レンズの重みのためレンズ中央の可視部分が下がり、下方しか見ることができない。装着するもまぶしさは改善されずサングラスなしでは外を歩けない1.12.8被告病院外来受診。左円錐角膜乙A1〔52〕「前回麻酔で緊張し施Hope移植のための入院予約。 行困難だったとのことで全麻となった」との記載(乙A1〔69 )〕2.3.26被告病院に左円錐角膜移植目的乙A1〔53〕Hで入院。 - 81 -2.3.27左眼角膜移植術施行。 乙A1〔64,6H5〕2.3.29対光反射(乙A1 〔6HOK 9 )〕右眼では対光反射は確認されなかった。 2.3.30被告病院を退院。 乙A1〔69〕H4.夏オランダへの留学にあた H5〕2.3.29対光反射(乙A1 〔6HOK 9 )〕右眼では対光反射は確認されなかった。 2.3.30被告病院を退院。 乙A1〔69〕H4.夏オランダへの留学にあたHり、カルテの携行を申し出たが「見当たらないので探、す」といわれる。以後、証拠保全まで不明のまま。 6.9.9右眼瞳孔散大症に対し、右虹彩乙A1〔40〕H縫合術施行目的で入院。 6.9.16右虹彩縫合術施行。瞳孔サイズ6下方は縫合しにくく無理せH~7となる。 ず(乙A3〔3。下方の縫mm〕)合は虹彩が薄かったため切離する(乙A3〔15。 〕)6.9.22被告病院を退院。 H8.4頃虹彩縫合が破れ、虹彩は全H開となる(平成8年4月18日の受診時には破れていた。 )以後現在までその状態。 12.3.6被告病院コンタクトレンズ外来Hを受診。眼鏡装着時の視力右0.2,左0.7。 - 82 -
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