昭和48(行ウ)2 所得税課税処分取消請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和51年3月31日 神戸地方裁判所 租税
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判決文本文16,028 文字)

○ 主文原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。○ 事実第一、当事者の求めた裁判一、請求の趣旨 1 被告が、それぞれ昭和四七年五月二六日付所得税の更正通知書及び加算税の賦課決定書をもつて、(一) 原告Aに対してなした、同人の昭和四六年分所得税について、申告納税額を金一二七万七三〇〇円(更に納付すべき本税の額金三〇万八一〇〇円)と更正し、過少申告加算税金一万五四〇〇円を賦課した処分(二) 原告Bに対してなした、同人の昭和四六年分所得税について、申告納税額を金六三万六〇〇〇円(更に納付すべき本税の額金三八万八二〇〇円)と更正し、過少申告加算税金一万九四〇〇円を賦課した処分はいずれもこれを取消す。2 訴訟費用は被告の負担とする。二、請求の趣旨に対する答弁主文同旨第二、当事者の主張一、請求原因 1 原告らは夫婦であるが、原告らの昭和四六年分所得税の確定申告をなすに当り、原告Aの所得金額を、配当所得金一一六万五六〇〇円、不動産所得金一七二万〇五六九円、給与所得金五九七万五〇〇〇円、合計金八八六万一一六九円、原告Bの所得金額を、配当所得金五二万六七〇〇円、不動産所得金一七二万〇五六九円、給与所得金六七万円、合計金二九一万七二六九円とした。ところで、原告Bの右配当所得及び不動産所得(以下両者を資産所得という)は訴外亡Cから相続により承継した資産から生じた所得であるから、後記三の通り所得税法第四章第一節に規定された資産所得の夫婦合算はなされるべきではない。そこで、原告Aの申告納税額金九六万九二〇〇円(源泉徴収税額金一六二万〇七一〇円)、同Bの申告納税額金二四万七八〇〇円(源泉徴収税額金一二万一一〇五円)を納入した。ところが被告は、昭和四七年五月二六日、原告Bの前記資産所得を原告Aのそれに合算のうえ税額を算出し、原 〇七一〇円)、同Bの申告納税額金二四万七八〇〇円(源泉徴収税額金一二万一一〇五円)を納入した。 資産所得の夫婦合算はなされるべきではない。そこで、原告Aの申告納税額金九六万九二〇〇円(源泉徴収税額金一六二万〇七一〇円)、同Bの申告納税額金二四万七八〇〇円(源泉徴収税額金一二万一一〇五円)を納入した。ところが被告は、昭和四七年五月二六日、原告Bの前記資産所得を原告Aのそれに合算のうえ税額を算出し、原 〇七一〇円)、同Bの申告納税額金二四万七八〇〇円(源泉徴収税額金一二万一一〇五円)を納入した。ところが被告は、昭和四七年五月二六日、原告Bの前記資産所得を原告Aのそれに合算のうえ税額を算出し、原告Aにつき申告納税額を金一二七万七三〇〇円(更に納付すべき本税の額金三〇万八一〇〇円)と更正し、過少申告加算税金一万五四〇〇円を賦課する旨の決定を、同Bにつき申告納税額を金六三万六〇〇〇円(更に納付すべき本税の額金三八万八二〇〇円)と更正し、過少申告加算税金一万九四〇〇円を賦課する旨の決定をそれぞれなし、同月二八日原告らに通知した。2 そこで、原告らは同月三〇日被告の右処分について異議を申立て、同年六月一五日被告はこれを棄却する決定をなし、右決定謄本は同月一七日原告らに送達された。これに対し、原告らは同年七月一日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、同所長は同年一二月一五日これを棄却する裁決をなし、同月一八日その旨を原告らに通知した。3 しかしながら、被告の前記更正並びに賦課処分は、次の通り違法である。(一) 所得税法(昭和四〇年法律第三三号、以下、現行所得税法という)第四章第一節に規定されている「世帯員が資産所得を有する場合の税額の計算の特例」(以下、単に資産所得合算制度という)は、昭和三二年の税制改正の際、旧所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下、単に旧所得税法という)に加えられたものであるが、当時右制度は、所得税法の個人課税の原則、更には憲法の個人主義の原則等に抵触するとの強い反対論があつた。それにもかかわらず敢てこれが強行されたの、資産所得は名義変更が容易であり、単なる名義変更により所得税負担を不当に軽減することが考えられるので、かかる租税回避行為を封じようとの趣旨に基づくのである。そうであるとするならば、資産所得合算につ 、資産所得は名義変更が容易であり、単なる名義変更により所得税負担を不当に軽減することが考えられるので、かかる租税回避行為を封じようとの趣旨に基づくのである。 つた。それにもかかわらず敢てこれが強行されたの、資産所得は名義変更が容易であり、単なる名義変更により所得税負担を不当に軽減することが考えられるので、かかる租税回避行為を封じようとの趣旨に基づくのである。そうであるとするならば、資産所得合算につ 、資産所得は名義変更が容易であり、単なる名義変更により所得税負担を不当に軽減することが考えられるので、かかる租税回避行為を封じようとの趣旨に基づくのである。そうであるとするならば、資産所得合算についての所得税法の規定の解釈は、右立法趣旨に適合するよう厳格になされなければならない。ところが、夫婦の中で、資産所得以外の所得金額がより少い者の有する資産所得が相続によつて承継した資産から生じたものである事が明らかな場合は、その資産の名義人は婚姻と係りなく確定的であり、前記のような租税回避行為が存在しなかつた事が明白であるから、前記立法趣旨からみて、かかる場合にまで資産所得を合算する必要性は全くない。しかも、相続財産は、夫婦共同体とは全く無関係に生じる資産であるから、それから生じた所得につき夫婦合算して課税すべき合理的根拠は見出しえない。従つて、かかる場合には資産所得の夫婦合算についての規定は適用なきものと言わなければならない。これにも適用ありとする論は、法律の立法趣旨にも、その具体的妥当性にも目をつむつており、あまりにも文字解釈に過ぎるとの批難を免れない。被告の本件各処分は、右の誤つた解釈の下になされた違法なものである。(二) 仮に右のような解釈ができないとすれば、左記理由により所得税法の第四章第一節中夫婦の資産所得合算の部分は憲法違反であり、無効のものであるから、本件各処分は、無効の法律に基づいてなされた違法がある。(1) 日本国憲法一三条、二四条二項は個人主義の原理を宣明している。個人主義とは、いうまでもなく人間社会における価値の根元が個人にあるとして、何にもまさつて個人を尊重しようとする原理であるが、それに当然に、各個人がすべて人間として平等な価値をもつことを前提として、すべての人間を自主的な人格として平等に尊重しようとするものであ るとして、何にもまさつて個人を尊重しようとする原理であるが、それに当然に、各個人がすべて人間として平等な価値をもつことを前提として、すべての人間を自主的な人格として平等に尊重しようとするものである。 人にあるとして、何にもまさつて個人を尊重しようとする原理であるが、それに当然に、各個人がすべて人間として平等な価値をもつことを前提として、すべての人間を自主的な人格として平等に尊重しようとするものであ るとして、何にもまさつて個人を尊重しようとする原理であるが、それに当然に、各個人がすべて人間として平等な価値をもつことを前提として、すべての人間を自主的な人格として平等に尊重しようとするものである。日本国憲法一四条、二四条二項は、法の下の平等の原理を宣明するが、右のように個人主義の原理と法の下の平等の原理とは不可欠のものである。従つて、何をもつて法の下の平等の原理に反するとするかは、憲法の個人主義の見地から決定されなければならない。(2) 右の憲法の個人主義の原理は、従来我国に存した「家」制度を、これに矛盾するものとして否定した。しかし、男女の自由な結合たる夫婦を基礎とする家庭共同体は個人主義と矛盾するものではなく、これに立脚したものである。民主々義社会は、むしろかかる個人主義的家庭共同体によつてはじめて実現されると言える。日本国憲法においては、西ドイツ基本法六条一項のような婚姻保護の明文はないが、それが徹底した民主々義社会の実現を指向するものである以上、個人主義に立脚した夫婦共同体ないし夫婦を基礎とする家庭共同体を保護することは、憲法の前記諸原理に合致することである。この点は、憲法解釈に際し、充分に考慮されなければならない。(3) ところで、所得税法第四章第一節の資産所得の夫婦合算制は、高度の累進税率を前提として考えれば、結婚生活を送る者を独身者より不利益に取扱つている事が明らかである。そして、資産が相続財産である場合には、前記(一)記載の通り、かかる資産について税負担の公平のため夫婦の資産所得を合算するというのは成立ちえない論であり、その他に課税上夫婦単位で考える合理的理由は存在しない。従つて、右夫婦合算制は不合理な差別であつて、憲法一四条、二四条二項の法の下の平等の原理に反すると言わなければならない。しかも、右差別は、 り、その他に課税上夫婦単位で考える合理的理由は存在しない。従つて、右夫婦合算制は不合理な差別であつて、憲法一四条、二四条二項の法の下の平等の原理に反すると言わなければならない。しかも、右差別は、民主々義的社会の不可決の前提として、現行憲法上擁護さるべき夫婦共同体を構成する者を然らざる者より不利益に取扱うものであり、個人主義に立脚した夫婦共同体に対し妨害的に作用する。 ばならない。しかも、右差別は、 り、その他に課税上夫婦単位で考える合理的理由は存在しない。従つて、右夫婦合算制は不合理な差別であつて、憲法一四条、二四条二項の法の下の平等の原理に反すると言わなければならない。しかも、右差別は、民主々義的社会の不可決の前提として、現行憲法上擁護さるべき夫婦共同体を構成する者を然らざる者より不利益に取扱うものであり、個人主義に立脚した夫婦共同体に対し妨害的に作用する。これは個人主義に対する直接的挑戦である。4 以上の通り、いずれにしても、所得税法第四章第一節の資産所得の夫婦合算の規定によつてなされた本件処分は違法であるから、取消されるべきものである。二、請求原因に対する認否 1 請求原因第1項の事実中原告Bの資産所得が亡Cから相続により承継した資産から生じた所得であるとの点は不知同項のその余の事実は認める。2 同第2項の事実は認める。3 同第3項の主張は争う。三、被告の主張 1 (資産所得合算制度とその立法趣旨)資産所得合算制度は、生計を一にする所得税法九七条一項に掲げる親族の中に資産所得(利子所得、配当所得、不動産所得)を有する者がいる場合には、これらの者の中で資産所得以外の所得が最も多い者(主たる所得者)が、自己の所得のほかその他の親族(合算対象世帯員)の資産所得を有するものとみなして計算した所得金額に、一般の税率を適用して所得税額を算出し、これを主たる所得者の所得金額及び合算対象世帯員の資産所得額に応じて按分した金額を、それぞれの納付すべき税額として課税するものである。そして、その立法趣旨は、原告主張のように資産所得の名義変更による税負担の軽減を防止することだけにあるのではない。資産所得合算制度は、担税力に応じて所得税を負担するという見地から、その必要性ないし合理性が導き出されてきたのである。即ち、資産所得は、給与所得等の 税負担の軽減を防止することだけにあるのではない。資産所得合算制度は、担税力に応じて所得税を負担するという見地から、その必要性ないし合理性が導き出されてきたのである。即ち、資産所得は、給与所得等の他の所得と違つて、その性質上名義を分散することによつて税負担の軽減をはかることが容易であり、しかも、通常は、その名義のいかんにあまり関係なく世帯主の意思によつてその管理処分がなされている場合が多いということを考慮したうえで、資産所得それ自体ご世帯単位の課税に適合する性質をもち、合算して課税する方が担税力に応じた負担の実現になるとの考えにたつて認められたものである。 る。即ち、資産所得は、給与所得等の他の所得と違つて、その性質上名義を分散することによつて税負担の軽減をはかることが容易であり、しかも、通常は、その名義のいかんにあまり関係なく世帯主の意思によつてその管理処分がなされている場合が多いということを考慮したうえで、資産所得それ自体ご世帯単位の課税に適合する性質をもち、合算して課税する方が担税力に応じた負担の実現になるとの考えにたつて認められたものである。このことは、資産所得合算制度の創設を提案した昭和三一年一二月の臨時税制調査会の答申及び第二六回国会衆議院大蔵委員会の政府委員の答弁によつても明らかである。従つて、原告らの前記請求原因3(一)の主張は何ら理由がなく失当であることは明らかである。2 (憲法違反について)(一) 原告らの憲法違反の主張は、要するに立法政策の当否を争うものにほかならず、憲法八一条の違憲審査権の範囲外にある。即ち、憲法は、租税について、その三〇条で国民の一般的な納税義務を宣言し、八四条で租税法律主義の原則を規定しているだけであり、どのような租税制度により租税を賦課、徴収するか、即ち納税義務者、課税対象、税率、納付手続等については法律の定めるところに委ねている。そして、現代国家において租税は国家の財政需要の充足を目的とするばかりではなく、所得又は財産の再分配といつた社会政策の目的、産業の保護・育成、消費の抑制といつた経済政策の目的等のいろいろな政策目的に活用されているのであり、国家の政策と極めて密接な関連を有するものである。又国が租税政策を定立するについて基本になる原則として租税原則があるが、それはあくま つた経済政策の目的等のいろいろな政策目的に活用されているのであり、国家の政策と極めて密接な関連を有するものである。又国が租税政策を定立するについて基本になる原則として租税原則があるが、それはあくまでも国が租税政策を定立するについての指針となるにすぎず、現実に租税法を制定するについて、課税単位を個人とするか世帯とするか、何を課税標準とし、課税最低限や税率をどれ程とするか、徴税の方法はどうするか等その選択の順は極めて広く、決して一義的なものではない。要するに、租税体系は、景気の動向、経済の構造、国民所得の分配の状況、国民生活の状況、その時々の産業政策等多数の不確定要素を総合考慮してはじめて樹立しうるものであり、極めて流動的な要素を持つものである。 、現実に租税法を制定するについて、課税単位を個人とするか世帯とするか、何を課税標準とし、課税最低限や税率をどれ程とするか、徴税の方法はどうするか等その選択の順は極めて広く、決して一義的なものではない。要するに、租税体系は、景気の動向、経済の構造、国民所得の分配の状況、国民生活の状況、その時々の産業政策等多数の不確定要素を総合考慮してはじめて樹立しうるものであり、極めて流動的な要素を持つものである。従つて、どのような租税体系を組むかは、一応立法府の合目的な裁量に委されており、その判断は当不当の問題として政治問題となることはあつても、直ちに違憲の問題を生ずることはない。ただ、担税力の皆無の者に課税する等裁量権の限界をこえた場合、或は裁量権を濫用した場合であることが明白な場合に限つてそれが司法審査の対象となるにすぎない。尚、最高裁判所大法廷昭和三〇年三月二二日判決(民集九巻三号三三六頁)は租税立法について立法府の裁量権を認めている。原告が本件で問題にする資産所得合算制度は、右に述べた課税単位の問題であり、理論的には担税力に応じた課税(公平の原則)をするためには、課税単位を個人とするのがよいか、それとも夫婦あるいは世帯とするのがよいかといつた問題と関連するのである。担税力とは、個々の納税義務者が税を負担し得る経済的な能力をいい、それは所得の多寡、所得の種類、家族構成、家族の生活状況等を総合して測らるべきものである。しかしながら、担税力は個々の納税義務者によつて異なるものであり、担税力に応じた課税 得る経済的な能力をいい、それは所得の多寡、所得の種類、家族構成、家族の生活状況等を総合して測らるべきものである。しかしながら、担税力は個々の納税義務者によつて異なるものであり、担税力に応じた課税を完全に実施することは不可能である。従つて、課税単位は、担税力に応じた課税を基本としながら、実行可能な簡単な税制の要請、さらには前記の政策的要請等をも勘案したうえで決められるものであり、課税単位を個人とするか、夫婦とするか、或は世帯とするかは各国の立法例が分かれているように、一概には決められない問題であつて我国の所得税法が資産所得合算制度を採用したことには、立法府の裁量権を濫用したとみられるものは存しない。(二) 所得税法の資産所得合算制度は、憲法のいかなる条項にも違反しない。原告らは、累進税率の下では、資産所得合算制度は婚姻生活をする者を独身者より不利益に扱うものであり、憲法一四条、二四条に違反する旨主張する。 か、或は世帯とするかは各国の立法例が分かれているように、一概には決められない問題であつて我国の所得税法が資産所得合算制度を採用したことには、立法府の裁量権を濫用したとみられるものは存しない。(二) 所得税法の資産所得合算制度は、憲法のいかなる条項にも違反しない。原告らは、累進税率の下では、資産所得合算制度は婚姻生活をする者を独身者より不利益に扱うものであり、憲法一四条、二四条に違反する旨主張する。しかしながら、憲法一四条の法の下の平等は、決して、あらゆる場合にあらゆる点で絶対に平等であることを要求するものではなく、各法が各法の法目的に照らして合理的に規制することを禁止するものではない。そして、資産所得合算制度の立法趣旨は、前記1記載の通り、資産所得それ自体ご世帯単位の課税になじむ性格をもつことから、合算して課税する方が担税力に応じた負担の実現になるとの考えに基づくものであり、同額の資産所得者について、同制度の対象になる者とそうでない者との間に租税負担額の差を生じたとしても、それは合理的な理由を有するのであり、何ら憲法一四条に違反するものではない。又憲法二四条は、家庭生活における個人の尊厳と両性の平等とを要求し、封建的家族制度における家のため、男子のための拘束から、個人特に婦人を解放することを目的としているのであつて、婚姻生活 のではない。又憲法二四条は、家庭生活における個人の尊厳と両性の平等とを要求し、封建的家族制度における家のため、男子のための拘束から、個人特に婦人を解放することを目的としているのであつて、婚姻生活をする者と独身者間の平等については何ら規定していないのである。又同法は、西ドイツ基本法六条一項のように婚姻や家庭に国家的・社会的意義を認め、これを維持、保護しようとするものではない。以上の通り、いずれにしても、原告らの憲法違反をいう主張は何ら理由がなく失当である。第三、証拠(省略)○ 理由一、請求原因1の事実中、原告Bの昭和四六年分の資産所得が亡Cから相続した資産から生じたものであるとの点を除くその余の事実及び請求原因2の事実は何れも当事者間に争いはない。二、原告らは、資産所得合算制度は資産の分散による租税回避行為の防止を目的として立法せられたものであるところ、原告Bの昭和四六年度の資産所得は、亡父Cから相続によつて承継した資産から生じたものであるから、租税回避行為のなかつたことは明らかであり、従つて右制度の立法目的から考え、原告Bの右資産所得には右制度の適用はない旨主張するので、以下右の点に付て検討する。 原因2の事実は何れも当事者間に争いはない。二、原告らは、資産所得合算制度は資産の分散による租税回避行為の防止を目的として立法せられたものであるところ、原告Bの昭和四六年度の資産所得は、亡父Cから相続によつて承継した資産から生じたものであるから、租税回避行為のなかつたことは明らかであり、従つて右制度の立法目的から考え、原告Bの右資産所得には右制度の適用はない旨主張するので、以下右の点に付て検討する。(一) 原告Bの昭和四六年度資産所得に付て。成立に争いのない甲第三号証の一ないし三と原告A本人尋問の結果とによると、原告Bの昭和四六年度資産所得は、原告Aが代表取締役である中野証券株式会社(以下単に中野証券と云う)の株式の配当所得、大阪市<以下略>所在の土地、建物(賃借人中野証券)、同市<以下略>所在の土地(賃借人訴外D)の各賃貸料所得であることが認められる。次に、成立に争いのない甲第二号証の一、二、第四ないし第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一ないし八、第一〇号証、第一一号証の一、第一二号証の一ないし三、第一三、第一四号 ることが認められる。次に、成立に争いのない甲第二号証の一、二、第四ないし第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一ないし八、第一〇号証、第一一号証の一、第一二号証の一ないし三、第一三、第一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三、第一七号証、原告A本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、 1 原告Bは昭和八年三月一三日訴外C、同人の妻訴外Eの養子となり、原告Aは昭和一八年一〇月二〇日原告Bと婿養子縁組をして右両訴外人の養子となつたこと、訴外Cは昭和三七年七月一五日死亡し、その相続人は原告両名と訴外Eだけであつたこと、2 原告BはCの死亡により同人の所有していた中野証券の株式のうち九万株を相続し、従前有していた同社の株式と合せて一一万三五三〇株を所有することとなつたこと、なお原告Aは四万一八三〇株を相続し、従前の所有株式と合せて二三万四二三〇株となつたこと、原告B所有の右株式は、その後株式配当、増資、贈与によつて合計七万二一四五株増え、他方売却等によつて合計五万四〇〇〇株減り、昭和四五年九月三〇日から昭和四六年九月三〇日までの間の株数は一三万一六七五株であつたこと、 3 訴外Cの死亡により、原告両名及び訴外Eは、大阪市<以下略>所在の宅地及び同市<以下略>所在の八筆の宅地を相続により共有することとなつたこと、右の山王町の宅地は昭和四六年当時も原告両名及び訴外Eの共有として訴外Dに賃貸していたこと、しかし北泉尾町の八筆の宅地は相続開始当時訴訟が係属していたこともあり、昭和三七年一二月に紛争の相手方に合計七五三万円で売却し(手取約五七〇万円)、その代金に原告両名及び訴外Eが各自預金等から調達した資金を加えて、約九〇〇万円で昭和三八年七月頃寝屋川市の三筆の土地を買い右三名の共有としたこと、その後昭和四一年一二月に、原告両名、 和四六年当時も原告両名及び訴外Eの共有として訴外Dに賃貸していたこと、しかし北泉尾町の八筆の宅地は相続開始当時訴訟が係属していたこともあり、昭和三七年一二月に紛争の相手方に合計七五三万円で売却し(手取約五七〇万円)、その代金に原告両名及び訴外Eが各自預金等から調達した資金を加えて、約九〇〇万円で昭和三八年七月頃寝屋川市の三筆の土地を買い右三名の共有としたこと、その後昭和四一年一二月に、原告両名、 七〇万円)、その代金に原告両名及び訴外Eが各自預金等から調達した資金を加えて、約九〇〇万円で昭和三八年七月頃寝屋川市の三筆の土地を買い右三名の共有としたこと、その後昭和四一年一二月に、原告両名、訴外E及び中野証券の四名は一億一〇〇〇万円を以て大阪市<以下略>所在の土地三筆と地上建物を購入し、三筆の土地のうち一筆は中野証券の単独所有、残り二筆は原告両名と訴外Eの共有(持分各三分の一)、建物は右四名の共有(中野証券の持分一一〇分の四七、他の三名の持分は各一一〇分の二一)としたこと、右買受代金中二五〇〇万円は原告両名と訴外Eが連帯借主となつて富士銀行から、一八〇〇万円は原告Aが大和銀行から、それぞれ借受けて調達したものであること(その余の五八〇〇万円の調達方法については原告Aの供述のみであつて他にこれを裏付ける証拠はない。)その後昭和四二年八月に原告両名及びEは前記寝屋川の土地を代金三一六九万三〇〇〇円で売却し、これを右各銀行からの借入金の返済にあてたこと、原告両名及び被告Eは昭和四二年二月、右建物を右三名共有の二筆の土地とを中野証券に賃貸して昭和四六年に至つたこと、以上の通り認められる。右各事実によれば、昭和四六年度の課税の対象となつた原告Bの資産所得の内で、原告ら主張のように、亡Cから相続した資産から生じたと明確に言い得るのは、前記山王町の不動産からの所得だけであつて、他の資産所得については、転売の結果得た不動産からの所得であつたり、又相続後約一〇年の間にかなり増減のあつた中野証券の株式からの所得であるなど、相続によつて得た資産からの所得であると言えるかは相当の疑問があると言わざるを得ない。又亡Cの相続人は原告夫婦と訴外Eとであつて、右三名が生計を一にしていたことは原告A本人尋問の結果によつて明らかであるところ、この様な場合相続に あると言えるかは相当の疑問があると言わざるを得ない。 、転売の結果得た不動産からの所得であつたり、又相続後約一〇年の間にかなり増減のあつた中野証券の株式からの所得であるなど、相続によつて得た資産からの所得であると言えるかは相当の疑問があると言わざるを得ない。又亡Cの相続人は原告夫婦と訴外Eとであつて、右三名が生計を一にしていたことは原告A本人尋問の結果によつて明らかであるところ、この様な場合相続に あると言えるかは相当の疑問があると言わざるを得ない。又亡Cの相続人は原告夫婦と訴外Eとであつて、右三名が生計を一にしていたことは原告A本人尋問の結果によつて明らかであるところ、この様な場合相続によつて承継した財産から生ずる資産所得については租税回避行為の存在する余地がないと断定することは出来ないのである。従つて原告Bの前記株式及び不動産が総て亡Cから相続によつて承継したものと言えるとしても、そのことから直ちに、右資産から生じた資産所得について租税回避行為の存しないことが明白であるとは言えない。(二) 資産所得合算制度の立法目的について。1 現行所得税法の資産所得合算制度は、生計を一にする親族のうち、(イ)、夫と妻、(ロ)、父又は母と子、(ハ)、祖父又は祖母と孫との間で、これらの者の中に資産所得を有する者がいる場合に、主たる所得者(資産所得以外の所得が最も多い者、総所得金総から資産所得の金額を控除した金額のある者がいないときは資産所得の金額が最も大きい者)の所得に、五万円以上の資産所得を有する親族(合算対象世帯員と云う)の資産所得を合算し、これに一般の累進税率を適用して税額を算出した上、これを主たる所得者の総所得金額と合算対象世帯員の資産所得金額とに按分し、そのそれぞれの税額を以て主たる所得者及び合算対象世帯員各個人の税額(但し合算対象世帯員に付ては、資産所得以外の所得に付て別に計算した税額が合算される。)とする、と云うことを骨子とするものであり、主たる所得者の総所得金額と合算対象世帯員の資産所得との合計額から右の者らにかかる雑損控除、医療費控除をした後の残額が五〇〇万円以上(昭和四六年度の場合)である者にのみ適用される制度である。2 右資産所得合算制度は、昭和三一年一二月二五日の臨時税制調査会の答申に基づいて旧所得税法に制定せら 費控除をした後の残額が五〇〇万円以上(昭和四六年度の場合)である者にのみ適用される制度である。2 右資産所得合算制度は、昭和三一年一二月二五日の臨時税制調査会の答申に基づいて旧所得税法に制定せられ、現行所得税法に引き継がれたものであるが、同答申は右制度の採用を勧告する理由として大要次の通り述べている。 右資産所得合算制度は、昭和三一年一二月二五日の臨時税制調査会の答申に基づいて旧所得税法に制定せら 費控除をした後の残額が五〇〇万円以上(昭和四六年度の場合)である者にのみ適用される制度である。2 右資産所得合算制度は、昭和三一年一二月二五日の臨時税制調査会の答申に基づいて旧所得税法に制定せられ、現行所得税法に引き継がれたものであるが、同答申は右制度の採用を勧告する理由として大要次の通り述べている。即ち、現在の所得税制は個人を課税の単位としているが、只個人が世帯で生活している事実を配慮して、(1)、個人が事業を営み、生計を一にする配偶者等が右事業から給与等を得ていても、右給与等の所得は事業主個人の所得に合算して課税することにしているが、これは右の如き事業を営む主体は個人よりもむしろ世帯自身であると云う状況に着目してとられた制度である。(2)、扶養親族について認められる扶養控除も個人が世帯で生活を営んでいることに着目してとられているものであり、これは消費単位としての世帯に着目し、世帯の状況による担税力の差異を考慮した制度である。ところで右の如く個人を所得税の課税単位として取扱うことについて、担税力に応じて所得税を負担すると云う見地から、次の点に問題がある。(ア) 一つの世帯に所得者が一人の場合と二人以上の場合とでは、世帯の所得の総額が同じでも、累進税率の構造上所得税総額は後者の方が前者よりかなり少額となり、担税力と云う見地から見る場合後者の負担が軽過ぎると認められる場合が多い。夫婦共稼ぎの場合はそれに伴う特別の出費もあり、生活の不便も多いこと等を考慮しなければならないが、資産所得の場合は斯る特別の担税力の減退もないから、斯様な所得税負担の差異が適当であるか疑問である。(イ) 個人単位課税の所得税制では、実体が同じであつても法的構成を変え所得者を多数とすることによつて合法的に所得税負担を軽減することが出来ると云う不合理がある。世帯 差異が適当であるか疑問である。(イ) 個人単位課税の所得税制では、実体が同じであつても法的構成を変え所得者を多数とすることによつて合法的に所得税負担を軽減することが出来ると云う不合理がある。世帯員の資産所得は、名義のいかんを問わず通常世帯主が自由に処分出来るのが我国の実情であつて、単に名義を分割することによつて負担を軽減出来るのは不合理である。 税負担を軽減することが出来ると云う不合理がある。世帯 差異が適当であるか疑問である。(イ) 個人単位課税の所得税制では、実体が同じであつても法的構成を変え所得者を多数とすることによつて合法的に所得税負担を軽減することが出来ると云う不合理がある。世帯員の資産所得は、名義のいかんを問わず通常世帯主が自由に処分出来るのが我国の実情であつて、単に名義を分割することによつて負担を軽減出来るのは不合理である。これらの矛盾をいかにして解決するかが、負担の公平の見地から特に問題とすべきである。以上の如く述べ、問題の検討として、所得税の累進課税の単位として個人をとるか世帯をとるかは所得税制の基本に関する問題であるところ、所謂動労所得に付ては従前通り個人単位の課税をするのが適当であるが、資産所得に付ては世帯を課税単位とする方が生活の実施に即した課税となると考える、と述べている。3 以上の如き資産所得合算制度の立法経過からすると、我国の所得税制が個人を課税の単位として捉えているとは言え、担税力の測定の面では個人の消費単位である世帯の状況を無視することは出来ず、むしろ世帯単位に担税力を考える方が生活の実感に合致すること、殊に世帯員の中に資産所得を有する者がいる場合と然らざる場合とで当該世帯に属する個人の担税力に相違があること、又資産所得はその名義を世帯の者に分散することによつて税負担の軽減をはかることが容易であり、個人単位の課税に徴すると却つて税負担の不公平感を生ずること、従つて資産所得については世帯単位的な課税方法を採用する方が生活の実態に則した課税をすることが出来、担税力に応じた税負担と云う面ではより適切であること、等の理由から前記の如き内容の資産所得合算制度が採用されるに至つたものと認められるのである。そうとすれば、右制度は租税回避行為の防止をその目的の一としたことは明らかであるが、同時に担税力に応じ と、等の理由から前記の如き内容の資産所得合算制度が採用されるに至つたものと認められるのである。そうとすれば、右制度は租税回避行為の防止をその目的の一としたことは明らかであるが、同時に担税力に応じた税負担と云う面も考慮された結果採用されたものと言うべきである。(三) 以上、(一)、(二)に検討したところからすると、冒頭掲記の原告らの主張は到底採用し難いものと言わねばならない。三、そこで、資産所得合算制度が憲法違反であるとの主張について判断する。 度が採用されるに至つたものと認められるのである。そうとすれば、右制度は租税回避行為の防止をその目的の一としたことは明らかであるが、同時に担税力に応じた税負担と云う面も考慮された結果採用されたものと言うべきである。(三) 以上、(一)、(二)に検討したところからすると、冒頭掲記の原告らの主張は到底採用し難いものと言わねばならない。三、そこで、資産所得合算制度が憲法違反であるとの主張について判断する。1 租税は、国家の営む諸活動の財政的基盤をなすものであつて、租税体系は国の財政需要の状況、社会・経済の構造、国民生活の状況、国民所得の分配の状況、その時代の社会・産業政策等の多数の不確定な要素を総合的に考慮してはじめて樹立しうるものである。従つて、いかなる租税体系を組むかは、主として国民経済・財政政策の問題として、立法府の合目的、立法政策的な裁量判断にまつほかはないと言うべきである。けだし、ある税制を定立し、その内容を決定するに当つては、国民経済の実態についての正確な基礎資料をもとにして、具体的な租税法規が現実の国民経済の安定と成長にどのような役割をはたし、又どのような影響を及ぼすかを洞察し、これに関連する社会的・経済的諸条件についての適正な評価と判断をすることが必要不可欠であるところ、このような評価と判断の機能はまさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能を果たす適格を具えた国家機関というべきであるからである。従つて、裁判所はその裁量判断を尊重するのを建前とするが、租税法規と言えども憲法を頂点とする法秩序体系の一環をなすものであるから、それは憲法の予定する諸原則に背反するものであつてはならないことは勿論である。それ故、裁判所は、当該租税法規の適用の結果が、憲法の諸原理に照らし 法を頂点とする法秩序体系の一環をなすものであるから、それは憲法の予定する諸原則に背反するものであつてはならないことは勿論である。それ故、裁判所は、当該租税法規の適用の結果が、憲法の諸原理に照らして、その許容されるべき合理的限界をはるかに超えるなど、立法府がその裁量権を逸脱し、当該租税法規が著しく不合理であることが明白である場合に限つて、これを違憲としてその効力を否定することがきるが、右の制度に至らない場合には、当該租税法規は憲法上許容されるものと言うべく、政治的問題としてその当、不当が問題となることはあつては、直ちに違憲無効の問題を生ずることはないと解するのが相当である。 の諸原理に照らして、その許容されるべき合理的限界をはるかに超えるなど、立法府がその裁量権を逸脱し、当該租税法規が著しく不合理であることが明白である場合に限つて、これを違憲としてその効力を否定することがきるが、右の制度に至らない場合には、当該租税法規は憲法上許容されるものと言うべく、政治的問題としてその当、不当が問題となることはあつては、直ちに違憲無効の問題を生ずることはないと解するのが相当である。2 ところで、今資産所得合算制度について考えてみるに、現行の累進課税体系のもとにおいては、資産所得合算制度の対象とされる夫婦は、対象とされない独身者よりも不利益に扱われていることが明らかである。然しながら、資産所得合算制度は、前記の通り、世帯員の中に資産所得を有する者がいる場合と然らざる場合とで、当該世帯に属する個人の担税力に差異があるとの判断の下に、両世帯員たる各個人にそれぞれの担税力に応じた負担をさせる為に制定せられたものであるところ、右前提となる判断は、立法府によつて国民の生活実態その他前記1に掲げた諸要素を考量の上なされたものであつて、特にこれを不合理とする理由の存しない本件では、裁判所は右立法府の判断を尊重すべきものである。そうするとすれば、資産所得合算制度の対象となる夫婦の夫又は妻が、右制度の対象とならない独身者たる個人より多額の所得税を負担することとなつたとしても、それは担税力に応じた負担を実現する為の制度を適用した結果であつて、右差別は合理的な理由に基くものと云うべきであつて、これを以て憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものと云うことは出来な しても、それは担税力に応じた負担を実現する為の制度を適用した結果であつて、右差別は合理的な理由に基くものと云うべきであつて、これを以て憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものと云うことは出来ない。又原告らは、憲法一三条、一四条及び二四条二項の個人主義法の下の平等の原理は、西ドイツ基本法六条一項の婚姻保護の原理を含むものであるとの前提のもとに、前記資産所得合算制度は婚姻生活を営む夫婦者を独身者より不利益に扱うもので憲法の右各条項に違反する旨主張するが、憲法二四条は、家庭生活に於ける個人の尊厳と両性の平等とを宣言し、封建的家族制度に於ける、家の為、男子の為の拘束から、個人特に婦人を解放することを規定したものであつて、婚姻生活を送る夫婦者と独身者との間の平等については規定したものではないし、又同条二項は西ドイツ基本法六条一項のように婚姻や家庭に国家的、社会的意義を認めて、これを維持、保護すべきことを規定したものではない。 条項に違反する旨主張するが、憲法二四条は、家庭生活に於ける個人の尊厳と両性の平等とを宣言し、封建的家族制度に於ける、家の為、男子の為の拘束から、個人特に婦人を解放することを規定したものであつて、婚姻生活を送る夫婦者と独身者との間の平等については規定したものではないし、又同条二項は西ドイツ基本法六条一項のように婚姻や家庭に国家的、社会的意義を認めて、これを維持、保護すべきことを規定したものではない。従つて原告らの右主張は到底採用し難いものである。四、以上の通りであるから、被告のした本件課税処分は適法であつて、その取消を求める原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。(裁判官林義一棚橋健二佃浩一)

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