【DRY-RUN】主 文 原判決を破棄する。 被告人を科料九百円に処する。 右科料を完納することができないときは、三百円を一日に換算した期間 被告人を労役場に留置する。 押
主文 原判決を破棄する。 被告人を科料九百円に処する。 右科料を完納することができないときは、三百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 押収してある新聞紙「A」一枚(東京高等裁判所昭和三三年押第一九三号)はこれを没収する。 原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由 本件各控訴の趣意については、弁護人ならびに検察官がそれぞれ差し出した各控訴趣意書の記載を引用する。 (以下各論点に対する当裁判所の判断を示すにあたり、論理にしたがいまず判断を必要と認めたものから始め必ずしも控訴趣意書記載の順序によらない。)弁護人の控訴趣意第二点は、まず原判決が認定した事実中、被告人がその発行にかかる旬刊新聞「A」の昭和三〇年八月一二日付紙上に「BタイムスのC君選挙妨害で起訴さる」と題して掲載した記事の中で「Bタイムスは天下の公器だ等とタンカをきれば、オモチヤのピストルを本物であると自ら認めることになる。もつともこの種の新聞は、ある候補の悪口を書くときは、それと対立する候補から相当の金をもらつて罰金覚悟で悪口を書くので、二万五千円ぐらいの罰金で済むなら大いにタンカをきつて男を売ることを考えるかも知れない。」と事実を摘示して名誉を毀損し、とある点は、法律的に事実摘示がないと解すべきもの(右のうち事実摘示と認め得るものがありとすれば、わずかに「もつともこの種の新聞は……書くので」の個所に過ぎず、その余は仮定的な前提の上の論理および筆者の推測を記載したに過ぎない。右の強いて言えば事実摘示とみられる個所も、本来右記事を全体として新聞人のあり方などについての評論とみるべきで、Bタイムスを一例としてとり上げ新聞が利欲あるいは虚名を博するために他人の悪口を書くことの の強いて言えば事実摘示とみられる個所も、本来右記事を全体として新聞人のあり方などについての評論とみるべきで、Bタイムスを一例としてとり上げ新聞が利欲あるいは虚名を博するために他人の悪口を書くことの非を論じたに過ぎず、その評論の中に合して事実摘示としての意味を失つており、法律的に事実摘示がないと解するのを相当とする。)を事実の摘示ありと認定したもので、右は判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認であると言い、また検察官の控訴趣意第一点は、本件公訴事実は、被告人がその編集兼発行人である前記昭和三〇年八月一二日付新聞「A」紙上に別紙記載のような記事を掲載しそのころ右新聞約千五百部を上田市、小諸市およびその隣接町村ならびに東京都内に頒布しもつて公然事実を摘示してCの名誉を毀損したものであるというのであるが、原判決は右のうちわずかに「Bタイムスは天下の公器だ等とタンカをきれば……男を売ることを考えるかも知れない。」との事実のみを摘示したことを認めたにとどまり、それ以外の事実を看過し、不可分な事実の一部のみを分割して認定した誤がある。仮に右新聞記事の記載を分割して検討するとしても、原判決が認めなかつた左の四点は少くとも明白に被害者の社会的評価を侵害する事実の摘示であるといわなければならない。 (一) Bタイムスが、新聞倫理綱領に照らしても、東西の新聞論者の定義に見ても、「社会的正義を守り、真実を報道する」新聞でないことは衆知のとおりである。 (二) D氏は、Bタイムスに選挙妨害をされたと思つても、Bタイムスが果して妨害するほどの力があるかどうか?巷間聞くところによれば、Bタイムスに提灯記事を書かれれば、マイナスになり、悪口を書かれれはかえってその人の信用を増すといわれている。 (三) 選挙の際など候補者の多くは、C君を敬遠して「お金はやるから提 ところによれば、Bタイムスに提灯記事を書かれれば、マイナスになり、悪口を書かれれはかえってその人の信用を増すといわれている。 (三) 選挙の際など候補者の多くは、C君を敬遠して「お金はやるから提灯記事は書かないでくれ」と頼むそうであるが、D氏がBタイムスて悪口を書かれるということは、かえつてD氏には有利であるという人々が決して少くない。 (四) a市会議員のE氏が、Bタイムスでしばしば中傷記事を書かれても、「かえつて信用が高まる」と言つて、悪徳新聞粛正の意味で名誉毀損で訴えろ!という多くの人々の勧告をしりぞけ平気でいたこともある。 (右(一)の記事は単なる抽象的観念の表示ではなく、新聞倫理綱領に照らしても東西の新聞論者の定義に見ても「社会正義を守り……新聞」でないという経験的な具体的事実についての判断である。したがつてそれは名誉を毀損する事実の摘示というべきである。(二)の記載は「Bタイムスに提灯記事を書かれれば……信用を増す」という具体的経験的な事実を摘示したもので、伝聞の内容をなす事実が摘示されたものである。それが伝聞であるからといつて名誉毀損の罪を免れることはできない。(三)についても同様で伝聞の内容たる事実がすなわち名誉を毀損する事実である。(四)が事実の摘示であることは今さら説明を要しないところである。)しかるに原判決は右(一)ないし倒を名誉を毀損する「事実の摘示」と認めず、(二)、(三)の一部分を抽出してこれを侮辱と認定したもので、明らかに事実の認定を誤つたものというべく、しかもこの事実誤認によつて公訴事実を不当に小さく認定したのであるから、右は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認であると主張する。 しかしながら従来判例の示すところによれば、刑法第二三一条所定の侮辱罪が事実を摘示しないで他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己 たのであるから、右は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認であると主張する。 しかしながら従来判例の示すところによれば、刑法第二三一条所定の侮辱罪が事実を摘示しないで他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己の抽象的判断を公然発表することによつて成立するものであるのに対し、同法第二三〇条第一項所定の名誉毀損罪は他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を公然告知することによつて成立するものであつて、ともに人の社会的地位を侵害する罪である点においてはその性質を同じうするものとされている(大審院大正一五年七月五日判決大審院刑事判例集五巻三〇三頁登載、同大正一五年一〇月七日判決等参照)、にかかわらず、一は侮辱罪、他は名誉段損罪としてそれぞれ罪名を分けてその処罰に軽重を設けた所以は、ひつきよう右の侵害が具体的な事実上の根拠を示すことによつてなされる場合とそうでなくして単に抽象的な人の意見判断自体によつてなされる場合とでは、その間一般に社会に訴える力の相違が認められるので、その侵害の危険換言すれば一般第三者が被害者の社会的地位に対し不利益な判断をするおそれの大小について両者おのずから差があり、ひいてこれに対する刑法上保護の必要の程度をも異にすべきものと考えられるため、犯罪の構成要件上「事実摘示」の有無にしたがつて両者の罪を区別するのを相当としたからであると解しなければならない。したがつて名誉毀損罪を構成する要件としての「事実摘示」の意味内容はよろしく上に述べた立法の趣旨に基いてこれを定むべきもので、判例の説くところもまたこれと同一の軌に出たものとして理解すべきであると考える。(事実とは何か、その概念は相対的なもので、この言葉を用いる目的の異るによつて相違し、一概にこれを定めることはできない。具体的といい抽象的という言葉の内容についても同様である。しかし あると考える。(事実とは何か、その概念は相対的なもので、この言葉を用いる目的の異るによつて相違し、一概にこれを定めることはできない。具体的といい抽象的という言葉の内容についても同様である。しかして名誉毀損罪と侮辱罪との区別について前者を他人の客観的、外部的な社会的名誉を害する罪、後者を他人の主観的、内部的な名誉感情を傷つける罪として両者その保護法益を異にするものであるとする有力な学説があり、かような見地から名誉毀損罪における事実摘示の意義を論ずるとすれば、あるいは別個の結論を生ずるかも知れない―小野清一郎著「刑法における名誉の保護」三一五、三一六参照―が、両者の罪の差を単に「事実摘示」の有無に求める判例の立場に立つかぎり、当然本文説示のように問題を理解するの<要旨>が相当であろう。なお刑法第二三〇条の二が名誉毀損罪にかぎつて特定の場合にいわゆる真実の証明を許して</要旨>いることは、まさに同罪について事実摘示がその構成要件とされていることに対応するもので、したがつて右の事実とは、単なる人の意見判断ではなくしていわゆる真実の証明に適するような具体的事実―それ自体が他人の社会的地位を害するに足るべき―でなければならないと考えることもできるわけである。)いまかような観点に立つて所論の当否を検討すると、検察官指摘の(一)の点はもちろん、弁護人が「強いていえば事実摘示とみられる個所」としている点さえも、結局本件被害者の発行にかかる新聞のもつ一般的性格(社会正義を守り真実を報道する新聞でないとか、またこの種の新聞はある候補の悪口を書くときはそれと対立する候補から相当の金をもらつて罰金覚悟で書くものだとか)についての被告人の意見判断を示したに過ぎず、したがつてそれは判例のいわゆる他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己の抽象的判断を発表したにほかならな 候補から相当の金をもらつて罰金覚悟で書くものだとか)についての被告人の意見判断を示したに過ぎず、したがつてそれは判例のいわゆる他人の社会的地位を軽蔑する犯人自己の抽象的判断を発表したにほかならないもので他人の社会的地位を害するに足るべき具体的事実を告知したものでないから、名誉毀損罪の構成要件としての「事実摘示」があつた場合にあたらないといわなければならない。また検察官指摘の(二)のうち「巷間聞くところによれば云々」、同(三)および(四)の各点は、いずれも風聞ないし他人の言動を引用したもので、その風聞等の存在は一の事実であるにしても、その内容は本件被害者の発行する新聞の報道記事に対する関係者自身の不信の意見を表明しまたはこれを反映したものに過ぎないと認められるので、社会的評価に及ぼす影響、換言すればどの程度他人の社会的地位を侵害するおそれがあるかどうかという見地からみれば、それはまさに前述の犯人自身の意見判断と同等に取り扱うのが至当であつて、これまたいわゆる「事実摘示」があつた場合にあたらないというべきである。なお「事実摘示」があつたものとして原判決において判示し、または検察官から指摘された点ですでに説明済の部分を除く残余については、いずれも弁護人のいうように、仮定的な前提のうえの論理ないし単なる推測の域を出ない性質のものでいわゆる「事実摘示」にあたらないことは、あらためて説明をまつまでもないと考える。これを要するに、問題となつている新聞記事全文を通読すれば、その趣意は、「Bタイムス」という新聞を発行しているCが選挙妨害の評論を掲載した号外新聞を発行したかどで起訴された事実を報道するに際し、これに関し、「果して犯罪は成立するか?C君の出方如何が見もの」との表題の下に、右「Bタイムス」はCの生活のための手段であり武器に過ぎず、社会正義を 聞を発行したかどで起訴された事実を報道するに際し、これに関し、「果して犯罪は成立するか?C君の出方如何が見もの」との表題の下に、右「Bタイムス」はCの生活のための手段であり武器に過ぎず、社会正義を守り真実を報道する新聞ではないとけなしたうえ、同新聞の報道は世間に信用がないから選挙妨害の評論を掲載したからといつて果して現実に選挙を妨害するほどの力があつたかどうか疑問であるとして、風聞、他人の言動等を引用して右Cを皮肉にあざけりさらに同人が右起訴に対しどのような態度に出るかその出方が見ものであるとして、いろいろの場合を仮定推測して、同人個人のとるべき行動に関し揶揄軽侮の論評を加えるにあたつたものと認められるのである。結局被告人の所為は単に侮辱罪を構成するにとどまり、名誉毀損罪を構成しないものといわなければならない。しからば、原判決の認めない点について名誉毀損の事実摘示ありと認むべきであると主張する検察官の論旨は理由がないことになるが、事実の範囲は別としてともかく名誉毀損罪の成立を認めた原判決は、事実誤認というよりは(証拠によつて認定すべき事実すなわち本件において問題の新聞記事の内容は動かないのである)、むしろ事実に対する法律的評価を誤つたもの、換言すれば判決に影響を及ぼすこと明らかな法令適用の誤を犯した違法があることに帰するのであつて、この点において理由こそ異れ結果において弁護人の論旨は理由があることになり、原判決は破棄を免れない。 なお弁護人は控訴趣意第二点の中で、「本件記事は、被告人が、(1)Cが書いた記事が公明選挙運動を妨げるおそれがあり、かつ(2)Cの検挙によつて当時問題になつていた新聞弾圧のキツカケを作る危険があるので、新聞人としてのCの行為を批判し新聞が正しく運営される気運を醸成することにあつたのであり、C個人に対する攻撃 、かつ(2)Cの検挙によつて当時問題になつていた新聞弾圧のキツカケを作る危険があるので、新聞人としてのCの行為を批判し新聞が正しく運営される気運を醸成することにあつたのであり、C個人に対する攻撃は意図するところでなかつた。本件記事の公表は公益上必要欠くべからざるものであつたのであり、選挙、言論の自由なる公共の利害につき、もつぱら公益を図るに出たことが認められる。……本件のような公益に資する評論のため必要と筆者が考える範囲で個人的スキヤンダルを取り上げた記事の公表は正当業務として違法性はないもはといわなければならない。」と主張するのであるが、問題の新聞記事の表題、内容、論調等からみれば、その趣意は、前述のように、C個人の起訴問題に関して同人に対する侮辱的論評を加えるにあつたものと認めざるを得ない(むしろその記事自体が、Cの発行にかかる新聞が新聞とみることのできないようなもので選挙妨害の力があるかどうか疑わしいとし、新聞記者気どりのCがあたかもおかしい存在であるかのようにしなして、これらをほとんど問題にしていないことを物語つている。)から、それは社会の必要とする事実の報道とこれに対する公正な批判という新聞本来の使命を逸脱するものであることはもちろんで、論旨は理由がないといわなければならない。 以上述べた理由により、弁護人ならびに検察官の各控訴趣意中その余の論点に対する判断は、右各論点が原判決において名誉毀損罪を認定したことに関するものと認められるため、すでにその必要がなくなつたか、または無意味と考えられるので、これを省略し、ただちに刑事訴訟法第三九七条により原判決を破棄し、なお同法第四〇〇条但書の場合に該当すると認められるから、当裁判所においてさらに判決することとする。(名誉毀損の事実摘示があつたと認むべきかどうかに関し、検察官が原判 三九七条により原判決を破棄し、なお同法第四〇〇条但書の場合に該当すると認められるから、当裁判所においてさらに判決することとする。(名誉毀損の事実摘示があつたと認むべきかどうかに関し、検察官が原判決を非難攻撃した点についてその理由がないと認めたことは前述のとおりであり、この点と結局弁護人の論旨理由ありとして原判決の誤を認めた点とは、事実上一応別個の関係に属するけれども、原判決はこれらの点を合一して一個の名誉毀損罪を認定したもので、この一個の不可分の判決に対し弁護人ならびに検察官の双方から控訴の申立があり、一の控訴につき理由ありとして原判決を破棄する以上その破棄が当然原判決のすべてに及ぶことはいうまでもなく、したがつて他の控訴について理由がないとしても、同じ判決に対し別個の控訴棄却を言い渡すべきではないと解する。けだし、控訴の目的は原判決の当否の審査判断を求めるもので、個々の控訴理由は単にその審査判断を求めるためのいわば条件に過ぎず、控訴審は審査の結果原判決を正当とするときは控訴棄却、これを不当とするときは原判決破棄のいずれか一の裁判をしなければならない立場にあるにとどまるものと考えるからである。)(罪となるべき事実)被告人は旬刊新聞「A」の編集兼発行人であるが、昭和三〇年八月一二日発行の同紙上に、新聞「Bタイムス」を発行しているCが選挙妨害の評論を掲載した号外新聞を発行したかどで起訴された事実を記事として報道するに際し、これに関し、「果して犯罪は成立するか?C君の出方如何が見もの」と題し、「右Bタイムスが社会正義を守り真実を報道する新聞でないことは衆知のとおりで、記者はBタイムスはC君の生活のための手段であり武器だとしか思つていないが云々」とけなしたうえ、「しかし犯罪が成立するためには可能的条件がなくてはならない。たとえばピス でないことは衆知のとおりで、記者はBタイムスはC君の生活のための手段であり武器だとしか思つていないが云々」とけなしたうえ、「しかし犯罪が成立するためには可能的条件がなくてはならない。たとえばピストルで殺されると思つてもそれがオモチヤでは殺されるはずはない。D氏は、Bタイムスに選挙妨害をなされたと思つても、Bタイムスが果して妨害するほどの力があるかどうか?」と述べてから別紙傍個所(一)記載のように、風聞、他人の言動等を引いて右Cを皮肉にあざけり、さらに同人が右起訴に対しどのような態度に出るかその出方が見ものであるとして、別紙傍点個所(二)記載のように、いろいろ場合を仮定推測して右C個人のとるべき行動等に関し揶揄軽侮の論評を加えた文章を掲載し、そのころ右新聞約千五百部を上田市その他において一般に配布し、もつて公然Cを侮辱したものである。 (証拠の標目)一押収してある新聞紙「A」一枚(東京高等裁判所昭和三三年押第一九三号)一検察官作成のFの供述調書(法令の適用)被告人の判示所為は刑法第二三一条に該当するから所定刑中科料刑を選択し、罰金等臨時措置法第二条第二項にしたがい、所定金額の範囲内で被告人を科料九百円に処し、刑法第一八条により右科料を完納することができないときは、三百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置すべきものとし、なお押収してある新聞紙「A」一枚(東京高等裁判所昭和三三年押第一九三号)は、同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、訴訟費用中原審において生じたものは、刑事訴訟法第一八一条を適用して被告人に負担させることとする。 (裁判長判事加納駿平判事足立進判事山岸薫一)(別紙)”Bタイムス”のC君選挙妨害で起訴さる果して犯罪は成立するか? C君の出方如 させることとする。 (裁判長判事加納駿平判事足立進判事山岸薫一)(別紙)”Bタイムス”のC君選挙妨害で起訴さる果して犯罪は成立するか? C君の出方如何が見もの上田市でBタイムスと云うのを発行しているC君が、公職選挙法違反で上田地検から起訴された。適用条文は同法一四八条の二で「何人も当選を得、もしくは得しめ、または得しめない目的をもつて新聞または雑誌に対する編集その他の経営上の特殊の地位を利用して、これに選挙に関する報道および評論を掲載し、または掲載させることができない」と規定されており、これに違反した者は二年以下の禁錮、または二万五千円以下の罰金に処せらるることになつている。C君は過般の衆院選で、候補者のD氏を当選せしめぬ目的で評論を書き、号外を発行したと云うのである。Bタイムスが新聞倫理綱領に照らしても、東西の新聞論者の定義に見ても「社会正義を守り、真実を報道する」新聞でないことは衆知の通りで、記者は、BタイムスはC君の生活のための手段であり、武器だとしか思っていないが、公職選挙法が対象とする新聞紙は、選挙公示前六ヵ月以来、毎月三回以上発行するもので、第三種郵便物の認可をとつてあるものを云うのであつて、新聞紙の本質よりも形式主義に重きをおいているからBタイムスも新聞としての取扱いを受けることになる。 しかし、犯罪が成立するためには可能的条件がなくてはならない。例えばピストルで殺されると思っても、それがオモチヤでは殺される筈はない。D氏は、Bタイムスに選挙妨害をされたと思つても、Bタイムスが果して妨害するほどの力があるかどうか?(一)巷間聴くところによればBタイムスに提灯記事を書かれればマイナスになり、悪口を書かれれば却つてその人の信用を増すと云われている。選挙の際など、候補者の多くは て妨害するほどの力があるかどうか?(一)巷間聴くところによればBタイムスに提灯記事を書かれればマイナスになり、悪口を書かれれば却つてその人の信用を増すと云われている。選挙の際など、候補者の多くはC君を敬遠して、「お金はやるから、提灯記事は書かないでくれ」と頼むそうであるが、D氏が、Bタイムスで悪口を書かれると云うことは、却つてD氏には有利であると云う人々が決して少くない。かつてa市会議員のE氏がBタイムスで、しばしば中傷記事を書かれても「却つて信用が高まる」と云つて、悪徳新聞粛正の意味で、名誉毀損で訴えろ!と云う多くの人々の勧告を斥け平気でいたこともある。(二)若しC君が証人を挙げて斯る事実を証明したならば、執行猶予位いで済むかも知れないが、新聞記者気取りで「Bタイムスは天下の公器」だ等とタンカをきれば、オモチヤのピストルを本物であると自ら認める事になるので、刑罰は重いことになる。尤もこの種の新聞は、或る候補の悪口を書くときは、それと対立する候補から相当の金をもらつて、罰金覚悟で悪口を書くので、二万五千円ぐらいの罰金で済むなら、大いにタンカをきつて男を売ることを考えるかも知れない。かつてa市会副議長の通称「鬼G」と云われたG氏を半歳に亘つて中傷したBタイムス同類の某新聞発行H氏が、G氏に名誉毀損で訴えられ、H氏の新聞の平素の編集ぶりから罰金では済まないで、体刑を喰らう危険ありと知るや「若しGが訴えたら、法廷で彼の一代の罪業をあばいてやる」と豪語していた彼も、法廷に立つ早早、自分の不徳の致すところとひたすら陳謝これ努むると云つた醜態を演じたことがあるが、C君のD氏に対する悪口は少々悪どすぎるので、或は禁錮と云うことにならないとも限らない。C君がH氏の轍を踏んで弱腰になるかそれとも体刑覚悟でD氏顔負けのタンカをきるかは見ものである。われ とがあるが、C君のD氏に対する悪口は少々悪どすぎるので、或は禁錮と云うことにならないとも限らない。C君がH氏の轍を踏んで弱腰になるかそれとも体刑覚悟でD氏顔負けのタンカをきるかは見ものである。われわれ新聞人は、飽迄報道評論の自由を守るために闘わなければならないが、然しそれは飽迄「正義と真実を守る」ためであつて、C君の生活を守るための手段であり武器であるBタイムスを、法が形式主義から新聞として取扱つても、われわれは本質論から新聞と見ることは出来ない。C君はBタイムスを自分の生活のための手段であり武器であると自認するなら、H氏のように素直に手を挙げて、ひたすら情状酌量を哀願すべきであり、若しBタイムスを天下の公器であると自負するなら、正義と真実のためにやった論拠を明かにし、報道と評論の自由を守るために堂々と闘い、われわれに訓うるところがあつて然るべきであろう。その点ヘタをすれば、体刑も免れないことになるので、法廷では単なるタンカやコジツケは禁物である。尤も体刑覚悟で大言壮語に快味を感ずると云うなら、それはC君の好みで大いに結構である。
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