平成23(わ)558 傷害致死(予備的訴因 自動車運転過失致死),道路交通法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成24年3月16日 大阪地方裁判所
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判決文本文15,197 文字)

主文 1 被告人を罰金5万円に処する。 未決勾留日数のうち,その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分を,その刑に算入する。 2 本件公訴事実中,平成24年2月13日付け訴因変更請求書記載の公訴事実第1(傷害致死)及び同日付け予備的訴因変更請求書記載の公訴事実第1(自動車運転過失致死)の点については,被告人は無罪。 理由 (犯罪事実)被告人は,平成23年1月22日午後11時46分頃,大阪市中央区内の路上で普通乗用自動車を運転中,Aを轢過して同人に外傷性くも膜下出血兼脳挫傷などの傷害を負わせる交通事故を起こしたものであるが,交通事故を起こしたことを認識していたにもかかわらず,その事故発生の日時,場所など法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。 (証拠)省略(平成24年2月13日付け訴因変更請求書記載の公訴事実第1(傷害致死)及び同日付け予備的訴因変更請求書記載の公訴事実第1(自動車運転過失致死)について)第1 公訴事実の要旨平成24年2月13日付け訴因変更請求書記載の公訴事実第1(以下「傷害致死被告事件」ともいう。)の要旨は,「被告人は,平成23年1月22日午後11時45分頃,普通乗用自動車を運転中,大阪市中央区内の交差点の南詰停止線から南方約27.7m付近で信号待ちのため先行車両に追従して一旦停止後,その交差点を南から北に発進・進行する際,自車運転席側ドアノブをつかむなどしながら自車右側方を併走しているA(当時39歳)に対し,自車の 走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと思いながら,あえて,自車を走行させた上,自車進行方向に停止していた車両の側方を通過するために左転把した後に右転把して時速約37 走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと思いながら,あえて,自車を走行させた上,自車進行方向に停止していた車両の側方を通過するために左転把した後に右転把して時速約37㎞に加速しつつ走行させる暴行を加え,その交差点内でAを路上に転倒させた上,Aの身体を自車右後輪で轢過して,Aに外傷性くも膜下出血兼脳挫傷などの傷害を負わせ,その結果,同月25日午前7時58分頃,大阪市中央区内の病院において,Aを前記傷害により死亡させた。」というものである。また,平成24年2月13日付け予備的訴因変更請求書記載の公訴事実第1(以下「自動車運転過失致死被告事件」ともいう。)の要旨は,「被告人は,平成23年1月22日午後11時45分頃,普通乗用自動車を運転し,大阪市中央区内の交差点の南詰停止線から南方約27.7m付近で信号待ちのため先行車両に追従して一旦停止後,その交差点を南から北に発進・進行するに当たって,自車の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にはAがいないと思っていたものであるが,それに先立ち,Aが,自車を運転中の被告人からクラクションを鳴らされて立腹し,自車右側方を併走しながら,自車のガラス窓を手で叩き,自車運転席側ドアノブをつかむなどしていたことを認識していたのであるから,自車右側方を目視するなどして自車の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかどうかを確認し,もしその位置にいるのであればAの動静を注視してその安全を確認しながら発進・進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,その場から走り去ることに気を取られ,自車右側方を目視等により注視することなく,Aが自車運転席側ドアノブをつかむなどしながら併走していることに気付かず,自車を走行させた上,自車進行方向に停止していた車両の側方を 去ることに気を取られ,自車右側方を目視等により注視することなく,Aが自車運転席側ドアノブをつかむなどしながら併走していることに気付かず,自車を走行させた上,自車進行方向に停止していた車両の側方を通過するために左転把した後に右転把して時速約37㎞に加速しつつ走行させた過失により,その交差点内でAを路上に転倒させた上,Aの身体を自車右後輪で轢過して,Aに外傷性くも膜下出血兼脳挫傷などの傷害を負わせ,その結果,同月25日午前7時58分頃,大阪市中央区内の 病院において,Aを前記傷害により死亡させた。」というものである。 第2 争点等本件の争点は,①傷害致死被告事件及び自動車運転過失致死被告事件に共通して,Aが被告人が運転している普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)に轢過されて死亡したと認められるか,②傷害致死被告事件に関して,被告人に暴行の故意が認められるか,③被告人に暴行の故意が認められなかった場合には,自動車運転過失致死被告事件に関して,被告人に,自動車の運転に関し過失が認められるか,④傷害致死被告事件及び自動車運転過失致死被告事件に共通して,被告人の行為が正当防衛といえるかの4点である。 当裁判所は,上記各争点について,①については,Aは被告人車両に轢過されて死亡したと認められる,②については,被告人に暴行の故意があったとは認められず,傷害致死罪は成立しない,③については,被告人には過失が認められる,④については,正当防衛が成立する,とそれぞれ判断し,被告人は無罪であると判断した。以下,詳述する。 (なお,以下では,大阪市中央区内の駐車場(別紙①)を①駐車場,大阪市中央区内の路上(別紙②)を②地点,大阪市中央区内の路上(別紙③)を③地点,大阪市中央区内の交差点(別紙④。公訴事実記載の交差点とは別の交差 下では,大阪市中央区内の駐車場(別紙①)を①駐車場,大阪市中央区内の路上(別紙②)を②地点,大阪市中央区内の路上(別紙③)を③地点,大阪市中央区内の交差点(別紙④。公訴事実記載の交差点とは別の交差点である。)を④交差点,大阪市中央区内の交差点南方約27.7m手前付近(別紙⑤)を⑤地点,同交差点(別紙⑥。公訴事実記載の交差点である。)を⑥交差点とそれぞれ呼称する。)第3 Aが被告人車両に轢過されて死亡したかについて 1 証人Bは,法医学の専門家で司法解剖の経験も豊富であるが,Aの死因に関する証言は,遺体の顔面の状況や頭部及び胸部の骨折や出血の状況など司法解剖の結果を踏まえたものであり,専門的知見に基づく極めて合理的なものである。したがって,B証言は信用でき,同証言によれば,Aの遺体の顔面にタイヤマークと呼ばれる皮下出血が明らかに認められることなどから,Aは,走行 する自動車のタイヤによって右前胸部,右側頭部及び右顔面部分を轢過され,外傷性くも膜下出血兼脳挫傷などの傷害を負い,死亡したことが認められる。 また,防犯カメラの映像,証人Cの証言や遺留品の状況等の関係各証拠によれば,被告人車両は,⑥交差点に進入する直前から加速し,その際,Aは,被告人車両運転席ドアノブ付近をつかむなどしながら少し前傾姿勢となり,駆け足のような状態で同車両運転席側付近を併走していたこと,Aの身体は,⑥交差点中央付近で浮いたように見える状態となった後,ちょうど被告人車両右後輪が通過している辺りの路上に落下し,その後,回転しながら⑥交差点北東角付近まで移動して停止したこと,Aの身体が⑥交差点北東角付近に移動して停止する直前に⑥交差点内を走行していた車両は被告人車両のみであったことが認められる。以上の各事実を併せて考えると,Aは,被告人車両運転席ドアノブ付 したこと,Aの身体が⑥交差点北東角付近に移動して停止する直前に⑥交差点内を走行していた車両は被告人車両のみであったことが認められる。以上の各事実を併せて考えると,Aは,被告人車両運転席ドアノブ付近をつかんで併走していたものの,その後,被告人車両の右後輪が通過している辺りの路上に落下し,その際に,右前胸部,右側頭部及び右顔面部分を被告人車両の右後輪に轢過され,その後回転しながら⑥交差点北東角付近まで移動して停止したと認められる。 なお,C証人は,Aの身体によって被告人車両右後輪ホイールが見えなかった旨証言しているが,轢過が一瞬の出来事であることや,Aの轢過されていない身体部分の動きを考えると,上記証言は,前述した認定と矛盾するものではない。 2 弁護人は,以上の点に関し,被告人車両右後輪がAを轢過することは不可能であるとして,種々主張する。 そこで検討すると,まず,被告人車両右後輪の前部に位置する風切板に轢過の痕跡がない点は,Aの身体が被告人車両と路面との間に入る際の体勢や動き,両者の位置関係については様々な可能性が考えられるところ,風切板が設置された位置に照らすと,Aの身体が風切板と接触しないで,Aの右前胸部,右側頭部及び右顔面部分が被告人車両右後輪に轢過された可能性は十分に考えら れるから,この点は,前記認定と矛盾するものではない。次に,自動車に轢過された人体が,轢過後に進行方向に移動することはないとする点や,1秒に満たないごくわずかな時間で轢過することはできないとする点であるが,この点に関する証人Dの証言は,轢過地点等に関する前記認定事実と異なる事実を前提にしていたり,轢過前後のA及び被告人車両の動きや体勢,双方の位置関係等について様々な可能性が考えられるにもかかわらず,考えられる一つの仮説にすぎない状況を前提事実 る前記認定事実と異なる事実を前提にしていたり,轢過前後のA及び被告人車両の動きや体勢,双方の位置関係等について様々な可能性が考えられるにもかかわらず,考えられる一つの仮説にすぎない状況を前提事実として轢過が不可能であると主張するものであって,合理的な説明とはなっておらず,したがって,いずれの主張も採用することはできない。そして,弁護人のその余の主張も,轢過地点等の前提事実が前記認定事実と異なっており,いずれも採用できない。 3 以上によれば,Aは,被告人車両の右後輪により轢過されて死亡したと認められる。 第4 被告人に暴行の故意が認められるかについて 1 検察官は,被告人は,⑤地点から発進,進行する際,被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと思いながら被告人車両を走行させていたから,暴行の故意が認められると主張する。それに対し弁護人は,被告人は,⑥交差点手前において,Aらが被告人車両付近にいないと認識していたから,暴行の故意は認められないと主張する。 2 防犯カメラの映像によると,Aは,⑥交差点南側停止線付近において,被告人車両の運転席側第2列席ドアの右側のすぐ近くを,被告人車両の運転席側ドアノブ付近に右手を伸ばしてつかみながら,上半身をやや前傾した姿勢で少なくとも数秒間被告人車両と併走していたことが認められる。このような状況に照らすと,常識的に考えて,まず,被告人は,⑥交差点に進入する時点では,被告人車両右側方を併走するAを現実に認識していたのではないかという可能性が考えられる。 そこで検討するに,④交差点を左折した直後の時点から,被告人車両の運転 席側ドアミラーは前方に倒れ,後部を確認できない状態になっていた。そうすると,⑤地点付近を被告人車両が発進し,⑥交差点に進入する 検討するに,④交差点を左折した直後の時点から,被告人車両の運転 席側ドアミラーは前方に倒れ,後部を確認できない状態になっていた。そうすると,⑤地点付近を被告人車両が発進し,⑥交差点に進入する頃,Aが運転席側ドアノブ付近をつかんで被告人車両の右直近にいたとしても,Aが,上記のような併走状態であったとすると,運転席にいる被告人が身体をねじって右後方を確認しない限り,Aを認識できない状況にあった可能性が十分にある。 次に,被告人車両が④交差点を左折した直後の時点では,Aは被告人車両の運転席側ドアノブ付近をつかむなどして運転席のすぐ横におり,被告人は,そのAを認識していたといえるが,その後,Aが,⑤地点直前までの間,そのような状態のまま被告人車両の直近を併走し続けていたと認めることには,合理的な疑問が残る。すなわち,④交差点の左折直後の地点及び⑥交差点南側停止線付近の状況については防犯カメラの映像で分かるものの,両地点の間の状況については証拠上明らかでない。そして,両地点の間の距離やその間の所要時間,両地点における被告人車両の速度及びAの併走状況等を考えると,被告人車両は,④交差点を左折した後に加速し,その結果,Aが一旦被告人車両から離れた合理的な可能性は否定できないといえる。 さらに,その後Aは,遅くとも⑥交差点南側停止線手前付近では,被告人車両に追いついているが,その時点でのAの怒号や被告人車両への殴打あるいはドアノブをガチャガチャする等Aが被告人車両に追いついたことを被告人が認識できるような状況は,証拠上明らかではない。 これらからすると,被告人が,⑤地点付近から発進し,⑥交差点に進入する際,Aが被告人車両のドアノブ付近をつかんで被告人車両の右側方を併走していたことを現実に認識していたと認めるには,合理的な疑問が残 これらからすると,被告人が,⑤地点付近から発進し,⑥交差点に進入する際,Aが被告人車両のドアノブ付近をつかんで被告人車両の右側方を併走していたことを現実に認識していたと認めるには,合理的な疑問が残るといわざるを得ない。 3(1) 次に,被告人車両が④交差点を左折した後の加速時間はその距離から考えて短時間であり,その後,被告人車両は減速し,⑤地点付近でほぼ停止状態となったと考えられるから,Aが再度被告人車両に追いつくことは可能であ り,現に,Aは,遅くとも⑥交差点南側停止線付近では,被告人車両に追いつきその右側を併走する状態となっている。そして,被告人は,④交差点左折後もAが被告人車両直近を併走していることを知っており,自車の走行状況も把握していたから,自身が公判廷で供述し,また被告人がクラクションを鳴らし続けていたことから明らかなとおり,Aが被告人車両を追いかけ,このままでは再度被告人車両に追いつくかもしれないと切迫した心理状態になっていたことが認められる。そうすると,被告人は,それまでの状況から,⑤地点付近において,被告人車両の近くにAがいるかもしれないと考えていたと認めることができる。 (2) ところで,本件は,追いかけるAから遠ざかろうとして被告人車両が走行していたという特徴があるが,そのような場合,被告人車両の走行に際して被告人に暴行の故意が認められるには,理論的に考えて,単に車の近くにAがいるかもしれないという認識では足りず,自車の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないという認識が必要となる。 しかしながら,被告人が前述のとおり被告人車両の近くにAがいるかもしれないと思っていたとしても,それは,⑤地点付近において,このままではAに追いつかれてしまうという意味で幅のある近い位置であって, しかしながら,被告人が前述のとおり被告人車両の近くにAがいるかもしれないと思っていたとしても,それは,⑤地点付近において,このままではAに追いつかれてしまうという意味で幅のある近い位置であって,それ以上に,被告人においてAが具体的にどのような位置にいると考えていたか,その位置が自車の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置なのかといったことは,証拠上認定することはできないといわざるを得ない。 この点に関し,検察官は,被告人が,(1)Aが③地点で被告人車両に追いついて以降④交差点に至るまで,「降りてこい。」などと怒鳴りながら,被告人車両運転席側窓ガラスを殴打したり,運転席ドアノブを引っ張ったりするなどして被告人車両の走行によって傷害を負わせるような近い位置にいたこと,及び(b)被告人車両が④交差点を左折した直後も,Aは,被告人車両運転席側ドアノブ付近をつかんでその直近におり,被告人車両の走行態様 によっては傷害を負うような近い位置にいたことを,それぞれ認識していたことを指摘する。 しかしながら,前述のとおり,被告人車両が④交差点を過ぎた後に急加速して,Aが一旦被告人車両から離れた合理的可能性は否定できないから,被告人車両が③地点から④交差点左折直後まで走行した際の状況が,そのまま⑤地点付近まで継続していたとはいえない。また,被告人車両が④交差点を左折し加速した後に,Aの怒号や被告人車両への殴打あるいはドアノブをガチャガチャするといった,被告人においてAが被告人車両に追いついたことを具体的に認識できるような状況は証拠上認められない。したがって,被告人が上記(a),(b)を認識していたとしても,被告人が,⑤地点付近において,被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと考えていたとするには 。したがって,被告人が上記(a),(b)を認識していたとしても,被告人が,⑤地点付近において,被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと考えていたとするには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。 なお,検察官は,タクシーの後ろで止まったときにAに追いつかれ,その際,Aは被告人車両運転席横にいて怒鳴っていたとする証人Eの証言から,被告人も,⑤地点でAが被告人車両運転席横にいることに気付いたとも主張するが,同証人が,個々の出来事のあった地点については明確に覚えていない旨証言していることや,同証人が被告人車両運転席横にいるAに気付いたとしても,そこから直ちに被告人もAに気付いたとはいえないことからすれば,同証言をもって,被告人が,⑤地点で,Aが被告人車両運転席横にいることに気付いたと認めることはできない。 4 以上によれば,証拠上,被告人が,被告人車両と併走するAを現実に認識していたとは認められないし,被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと思っていたことも認められないから,被告人に暴行の故意があったとは認められず,傷害致死罪は成立しない。 第5 被告人が被告人車両を運転する際に過失があったといえるかについて 前述のとおり,Aは,⑥交差点南側停止線付近では,すでに被告人車両の運転席側第2列席ドアの右側のすぐ近くを,運転席側ドアノブ付近に右手を伸ばしてつかみながら,上半身をやや前傾した姿勢で少なくとも数秒間は被告人車両と併走していたことが認められる。 ところで,被告人は,③地点から④交差点を左折した直後までは,Aが徐行のような状態で進む被告人車両の直近で,被告人車両を殴打したり,車内にいる被告人らに対して罵声を浴びせるなどしながら併走し ところで,被告人は,③地点から④交差点を左折した直後までは,Aが徐行のような状態で進む被告人車両の直近で,被告人車両を殴打したり,車内にいる被告人らに対して罵声を浴びせるなどしながら併走していたことを認識しており,また,④交差点を左折し加速したことによってAが被告人車両から離れたと思った後も,加速できた距離や時間から,Aに追いつかれるとの切迫した心理状態になっていたことが認められる(現に,その不安は的中し,Aはその後被告人車両に追いついている。)。 そのような被告人の認識あるいは心理状態を考えると,⑤地点付近を発進し加速し⑥交差点に進入する時点で,被告人は,Aが,被告人車両の右側直近を併走していること,あるいはAが被告人車両の走行によって傷害を負わせるような近い位置にいることは,十分に想定することが可能であったといえる。 そして,そのようなことを想定すれば,自ら右側方及び右後方を確認するなり,同乗者に確認させるなりして,被告人車両右側方を併走しているAを認識することができたと認められ,Aを認識すれば,Aがそれまで被告人車両を殴打したりし,内部にいる被告人らに暴行を加える気勢を示していたとしても,車内にいる被告人が,被告人車両直近を併走するAに対する危険が生じないあるいはより危険が少ない速度や方法で運転することは可能であったといえ,そのような行動を取ることができない特段の事情は認められない。 そうすると,被告人には,⑤地点付近を発進し⑥交差点に進入するまでの地点で,自らの右側方及び右後方を確認するなどして被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかどうかを確認し,そのAの動静を注視してその安全を確認しながら発進,進行すべき自動車運転上の注意義 務があったと認められる。そして被告人が よってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかどうかを確認し,そのAの動静を注視してその安全を確認しながら発進,進行すべき自動車運転上の注意義 務があったと認められる。そして被告人が,右側方及び右後方を確認することなく,被告人車両運転席ドアノブ付近をつかむなどしながら併走しているAに気付かず,被告人車両を発進,進行させた上,⑥交差点付近において,時速約37㎞に加速しつつ走行させた行為は,上記注意義務に違反した行為ということができる。 第6 正当防衛が成立するかについて 1 当事者の主張検察官は,①被告人は,Aが近い位置にいるとは思っていなかったから,Aに対して何らかの行為に出ることが正当化される緊急状態ではなく,②被告人がAに対して行った行為は,やむを得ず身を守るためにしたものとして相当な範囲を超えているとして,正当防衛も過剰防衛も成立しないと主張する。それに対し,弁護人は,①被告人は危険が差し迫っていると認識していたから,緊急状態であったといえるし,②被告人がAに対して行った行為の程度も,上記相当な範囲を超えていたとはいえないとして,正当防衛が成立すると主張する。 2 当裁判所の判断(1) 認定事実関係各証拠や前記第3ないし第5の検討によれば,以下の事実が認められる。 ア被告人は,被告人車両を運転して①駐車場を出発して左折し,そのまま直進していたところ,同車両の前をAの関係者であるFが歩行していたので,クラクションを鳴らし,②地点において,道路の脇に移動して立ち止まったFやAらを追い抜いた。その後,Aは,被告人車両を追いかけ,被告人車両が③地点で停止した頃,被告人車両に追いついた。 Aは,低速で走行する被告人車両とともに移動しながら,大声で「殺すぞ。」,「降りてこい。」,「出てこ 。その後,Aは,被告人車両を追いかけ,被告人車両が③地点で停止した頃,被告人車両に追いついた。 Aは,低速で走行する被告人車両とともに移動しながら,大声で「殺すぞ。」,「降りてこい。」,「出てこい。」などと怒鳴りながら,被告人車両運転席側窓ガラスを何度も手拳で殴打したり,運転席ドアノブを引っ 張ったり,運転席側のドアを蹴ったり,被告人車両の運転席側で路上にあった自転車を胸の辺りまでかつぎ,ドア付近に下ろす感じで当てようとするなどしており,被告人も,これらの事実をおおよそ認識していた。その後,Gも被告人車両に追いつき,同様に怒鳴ったり,被告人車両を損壊しようとしたりしており,この頃,被告人車両のリアワイパーは引きちぎられた。Aは,④交差点で被告人車両から一旦離れたにもかかわらず,被告人車両が④交差点を左折した直後には被告人車両運転席側ドアノブ付近をつかんでその直近におり,それまでと同様,運転席側のドアを殴ったり,大声で怒鳴ったりしており,被告人も,これらの事実をおおよそ認識していた。 イ被告人車両は,④交差点左折後に短時間加速したが,その後,⑥交差点進行方向の信号機が赤色表示となっており,また,被告人車両前方にはタクシーが走行していたことから減速し,⑤地点付近でほぼ停止状態となった。この頃,被告人は,Aが被告人車両を追いかけており,このままでは再度被告人車両に追いつくかもしれないと切迫した心理状態になっており,追いかけるAから遠ざかるために被告人車両を走行させる進路を確保しようとして,クラクションを鳴らし続けていた。 この頃,⑥交差点進行方向の信号機が青色表示となり,被告人車両の2台前を走行する黄色タクシーが左折し,その直後を走行する黒色タクシーが被告人車両に進路を譲るために⑥交差点内で右側に寄って停止したこ この頃,⑥交差点進行方向の信号機が青色表示となり,被告人車両の2台前を走行する黄色タクシーが左折し,その直後を走行する黒色タクシーが被告人車両に進路を譲るために⑥交差点内で右側に寄って停止したことなどから,被告人車両の前方の空間があいた。被告人車両は,⑤地点付近でのほぼ停止した状態から発進,進行して加速し,時速約18㎞で⑥交差点に進入し,黒色タクシーをかわすなどするため多少左右に転把しながら時速約37㎞まで加速して走行した。Aは,少なくとも⑥交差点南側停止線手前付近では,被告人車両運転席ドアノブ付近をつかんで併走していたが,その後,⑥交差点内において,被告人車両の右後輪が通過している 辺りの路上に落下し,その際に,右前胸部,右側頭部及び右顔面部分を被告人車両の右後輪に轢過された。 (2) 被告人に,生命や身体などに対する差し迫った危険があることを認識し,それを避けようとする心理状態,すなわち,刑法上の防衛の意思がなかったといえるかについて前記のとおり,Aらは,被告人車両が③地点から④交差点左折直後まで進行する間,執ように,被告人らに対して「殺すぞ。」,「降りてこい。」などと怒鳴ったり,被告人車両の運転席側窓ガラスを殴る,運転席側ドアノブをガチャガチャするなどして,窓ガラスやドアノブ等を損壊して被告人らを引きずり出そうとしたりしていた。したがって,被告人車両が④交差点を左折した直後までの時点においては,被告人らへの生命や身体に対する危険が現に存在し,被告人がAに対して何らかの行為に出ることが正当化される緊急状態であったといえる。そして,被告人車両が④交差点を左折した後に加速し,その結果,Aが一旦被告人車両から離れたとしても,その加速時間は短時間で,その後,被告人車両は減速し,⑤地点付近でほぼ停止状態となっており,遅 る。そして,被告人車両が④交差点を左折した後に加速し,その結果,Aが一旦被告人車両から離れたとしても,その加速時間は短時間で,その後,被告人車両は減速し,⑤地点付近でほぼ停止状態となっており,遅くとも⑥交差点南側停止線手前付近では,現に,Aは,被告人車両に追いついていて,被告人車両運転席側ドアノブ付近をつかんで併走していた。また,Aは,③地点から④交差点に至るまで執ように攻撃等を継続しており,④交差点で被告人車両が左折した際に被告人車両から一旦離れた際にも,すぐに被告人車両に追いついて攻撃等を継続していた。したがって,⑤地点付近においても,Aが被告人車両を追いかけ,追いつけば以前と同じような行動を再開することは十分に考えられる。そうすると,客観的にみると,⑤地点付近においても,被告人らの生命や身体に対する危険が差し迫り,被告人がAに対して何らかの行為に出ることが正当化される緊急状態は終了したとはいえず,なお継続していたといえる。 そして,被告人も,③地点から④交差点左折直後までのAの上記の行動を おおよそ認識していたし,前記第4の3のとおり,⑤地点付近で被告人は,Aがいる具体的な位置については分からなかったものの,Aが近い位置にいるかもしれず,Aは被告人車両を追いかけ,このままでは再度被告人車両に追いつくかもしれないと考えていたのである。その上で,被告人は,追いかけるAから遠ざかるために,被告人車両を走行させる進路を確保しようとしてクラクションを鳴らし続け,⑤地点付近から被告人車両を発進,進行させたのである。 そうすると,被告人には,生命や身体などに対する差し迫った危険があることを認識し,それを避けようとする心理状態,すなわち,刑法上の防衛の意思があったと認められる。 (3) 被告人の行為が,やむを得ず身を守るため には,生命や身体などに対する差し迫った危険があることを認識し,それを避けようとする心理状態,すなわち,刑法上の防衛の意思があったと認められる。 (3) 被告人の行為が,やむを得ず身を守るためにしたものとして相当だと考えられる範囲を超えていたかについてアまずAらの被告人らに対する行為を検討する。 Aらは,証拠上,クラクションを鳴らされたこと以外に原因が認められないにもかかわらず,被告人車両が③地点から④交差点左折直後まで進行する間,被告人らに対して「殺すぞ。」,「降りてこい。」などと怒鳴り,被告人車両の運転席側窓ガラスを殴る,運転席側ドアノブをガチャガチャするなどして,窓ガラスやドアノブ等を損壊して被告人らを被告人車両から引きずり下ろそうとしており,これらの行為は相当執ように続いた。確かに,客観的に見ると,被告人らは自動車内におり,引きずり出される可能性は必ずしも高かったとはいえないものの,Aらの行為は,車内にいた被告人らが生命や身体に相当に恐怖を感じる危険なものであった。また,Aは,遅くとも⑥交差点南側停止線手前付近では,被告人車両に追いついており,被告人車両運転席側ドアノブ付近をつかんで併走しているし,被告人も,⑤地点付近においても,Aが被告人車両を追いかけており,このままでは再度被告人車両に追いつくかもしれないと考えていた。 イこれに対する被告人の行為やその認識を検討する。 (ア) 前記第4のとおり,被告人は,⑤地点付近を発進し⑥交差点に進入する際,被告人車両の直近を併走しているAを認識していたとはいえないし,また,被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような位置にAがいるかもしれないと考えていたとも認められない。このような被告人の認識を前提にすると,被告人が⑤地点付近から被告人車両を加速させ⑥ ,また,被告人車両の走行によってAに傷害を負わせるような位置にAがいるかもしれないと考えていたとも認められない。このような被告人の認識を前提にすると,被告人が⑤地点付近から被告人車両を加速させ⑥交差点に進入した行為は,追いかけてきているがまだ追いついていないAから,さらに被告人車両を遠ざけようとする行為であって,Aの身体に具体的な危険が生じるような行為とはいえない。また,被告人は,Aが被告人車両を追いかけ,このままでは再度被告人車両に追いつき,攻撃してくるかもしれないという切迫感を感じていたのであるから,さらに加速して⑥交差点に進入し,時速約37㎞で通過したことも,追いかけてきたAから逃げようとしている者が取る行動として十分にあり得る行動である。このように被告人の認識を前提にして考えると,被告人の行為は,やむを得ず身を守るためにしたものとして相当な範囲を超えていたということはできない。 (イ) ところで,被告人が⑤地点付近から被告人車両を加速させ⑥交差点に進入した行為は,Aがドアノブ付近をつかむなどして直近を併走している状況下で,被告人車両を短時間のうちに時速約18㎞,時速約37㎞へと加速させ,左右に多少転把したものであって,そのような速度で進行する自動車の威力を考えると,客観的には身体や生命に対する危険性が高い行為である。そして前記第5で検討したとおり,被告人には,被告人車両運転席ドアノブ付近をつかむなどしながら併走しているAに気付かずに被告人車両を走行させた点に過失が認められる。そこで,本件において,客観的な危険性の高さと過失の点を考慮して,被告人の行為を,やむを得ず身を守るためにした行為として相当なものではないと いうことができるかについて検討する。 本件におけるAらの被告人車両に対する攻撃は,前記認定のとおりで 考慮して,被告人の行為を,やむを得ず身を守るためにした行為として相当なものではないと いうことができるかについて検討する。 本件におけるAらの被告人車両に対する攻撃は,前記認定のとおりであって,やはり尋常ではなかったといわざるを得ない。そして,それに対する被告人の行為は,③地点から⑥交差点までの間一貫してAから遠ざかるために被告人車両を走行させたというだけで,Aらに直接的に向けた攻撃を一切加えていない。にもかかわらず,Aは,被告人車両に攻撃を加え続け,④交差点左折後に引き離された後も追いかけ追いつき,走行する被告人車両のドアノブ付近から手を離さず併走したのであって,自ら危険な状況に飛び込んだ,あるいはそのような危険な状況を自ら作出したといえる。 これらの事情を考えると,本件ではAの行動そのものが大きな原因となっているといえるから,客観的な危険性の高さや過失の内容を理由に,被告人の行為がやむを得ず身を守るためにしたものとして相当だと考えられる範囲を超えていたということはできない。 ウ以上によれば,被告人の行為が,やむを得ず身を守るためにしたものとして相当だと考えられる範囲を超えていたと認めることはできない。 (4) よって,自動車運転過失致死罪には正当防衛が成立するため,無罪であると判断した。 第7 結論以上によれば,平成24年2月13日付け訴因変更請求書記載の公訴事実第1(傷害致死)については犯罪の証明がないことになり,同日付け予備的訴因変更請求書記載の公訴事実第1(自動車運転過失致死)については,罪とならないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に無罪の言渡しをする。 (道路交通法違反被告事件に関する争点に対する判断) 1 前述したように,Aの右前胸部,右側頭部及び右顔面部分は,被 ないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に無罪の言渡しをする。 (道路交通法違反被告事件に関する争点に対する判断) 1 前述したように,Aの右前胸部,右側頭部及び右顔面部分は,被告人車両の 右後輪により轢過されたことが認められる。そして,証拠によれば,Aの胸板の厚みは15㎝程度あり,頭部もそれなりの厚みがあることが認められるから,Aを轢過した際,被告人は,右後輪の衝撃から,それなりの大きさの物体を轢過したと認識したことが認められる。そうすると,Aの身体を轢過した際,被告人には,少なくとも物を損壊したかもしれないという認識があったということができるから,交通事故の認識があったと認められる。そして,関係各証拠によれば,被告人は,Aの身体を轢過した後,警察官に対し,交通事故が発生した日時,場所など法律の定める事項を報告しなかったことが認められるから,被告人には,道路交通法違反の罪(報告義務違反)が成立する。 2(1)もっとも,前述したように,被告人は,Aが被告人車両に併走していたことを認識していたとは認められないし,自車の走行によってAに傷害を負わせるような近い位置にAがいるかもしれないと思っていたとも認められない。 そして,被告人が,Aから遠ざかる方向に被告人車両を発進させ,それなりの速度まで加速して走行させていたことからすれば,右後輪からの衝撃を感じても,被告人が,Aを轢過したかもしれないと思わなかったとしても不自然とはいえない。また,被告人車両は,進路前方に存在したわけでない高さ15cm程度の轢過対象を右後輪のみで轢過したのであり,交通事故としてはかなり特異な態様であるから,被告人が,右後輪の衝撃だけで,人を轢過したかもしれないと思ったと認めるには,合理的な疑問が残るといわざるを得ない。 なお,被告人の 轢過したのであり,交通事故としてはかなり特異な態様であるから,被告人が,右後輪の衝撃だけで,人を轢過したかもしれないと思ったと認めるには,合理的な疑問が残るといわざるを得ない。 なお,被告人の検察官調書には,被告人が⑥交差点で人の足の甲か自転車のタイヤのような高さと柔らかさのものを踏んだと思った旨の記載があり,また,Eらに対して人の足を轢いたかもしれない旨話したところ,Eが自業自得であると答えた旨の記載がある。しかし,いずれも多義的な評価のできる供述であって,前者は,検察官調書作成時点で本件前後の状況に関する被告人の勘違いが影響している可能性があるし,後者についてもEの認識が必 ずしも被告人の認識とはつながらないから,いずれの記載を踏まえても,被告人がAを轢過したことを認識していたとは認められない。 (2) 以上によれば,被告人が,人を轢過したかもしれないと認識していたと認めるには合理的疑問が残り,自己の運転に起因する人の死傷があったことの認識があったとは認められないから,被告人には道路交通法上の救護義務違反の罪は成立しない。 (法令の適用)省略(結論)よって,主文のとおり,判決する。 (求刑:懲役5年)平成24年3月16日大阪地方裁判所第1刑事部 裁判長裁判官遠藤邦彦 裁判官近道暁郎 裁判官野口晶寛

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