平成12(ワ)1794 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年8月28日 名古屋地方裁判所
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判決文本文34,812 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成12年4月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 1項につき仮執行宣言第2 事案の概要本件は,亡Aが,被告の設置する北病院(以下「被告病院」という。)において受けた診察,治療につき,被告病院の医師らには早期に肺癌の確定診断をしなかった注意義務違反があったなどと主張して,被告に対し,診療契約上の債務不履行に基づき損害賠償を求めて訴訟を提起したところ,Aが死亡したため,その唯一の包括受遺者である原告が上記訴訟を承継し,(1)被告病院の医師らには,後記2の争点(1)ないし(5)における原告主張のとおりの注意義務違反があったとして,①主位的には,上記注意義務違反によって死亡したことによる慰謝料2000万円,②上記注意義務違反と死亡との間に因果関係が認められない場合には,予備的に,争点(7)における原告主張のとおりの延命利益の喪失による慰謝料800万円,(2)争点(8)における原告主張のとおりの被告病院の医師がした不適切な説明による慰謝料100万円,及び(3)弁護士費用100万円の合計1000万円(上記(1)の①の場合には計2200万円のうちの一部請求),並びにこれに対するAの死亡した平成12年4月19日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めるものである。 1 前提となる事実当事者間に争いのない事実のほか,摘示した各証拠及び弁論の全趣旨によると以下のとおり認めることができる。 (1) 当事者Aは,昭和15年生まれの男性であり,平成12年4月19日,肺癌を直接死因として死亡した(甲1号証)。原告は,平成4年ころからAと生活を共にしてきたAの内 とおり認めることができる。 (1) 当事者Aは,昭和15年生まれの男性であり,平成12年4月19日,肺癌を直接死因として死亡した(甲1号証)。原告は,平成4年ころからAと生活を共にしてきたAの内縁の妻であり,平成12年4月1日付けのAの自筆証書遺言により唯一の包括受遺者に指定された者である(原告本人)。 被告は,組合員の医療その他生活に有用な協同施設を設置し組合員に利用させる事業等を目的とする生活協同組合であり,名古屋市a区b町c丁目d番地に病床数52床の被告病院を設置している。 (2) 診療経過ア Aは,平成5年ころから被告病院において主として胃潰瘍のため断続的に診察,検査及び治療を受けていた(乙1号証)。 イ平成10年5月7日,Aは,胃潰瘍の内服薬が切れるとムカムカする,胃痛があり調子がよくないということを主訴として被告病院に来院し,被告との間で診療契約を締結し,同日,非常勤医師のB医師の診察を受けた。 B医師は,胃潰瘍の再発と診断し,胃カメラによる検査を同月20日と予定した。 なお,Aには肺雑音はなかったものの,胸部レントゲン検査の結果,左肺にわずかな陰影が認められた。B医師は,以前に撮影した胸部レントゲン写真との比較読影ができなかったため,Aに対し,次回受診時に新旧レントゲン写真の比較診断を受けるよう指導した(乙1号証,4号証の3)。 ウ平成10年5月20日,Aは被告病院で胃カメラの検査を受け,A2段階の胃潰瘍と診断され,その後,同年10月10日までの間は,原告が内服薬の投薬を受けるため被告病院に来院していた(乙1号証)。 エ平成10年10月10日,Aは,2か月前から,めまい,咳,血痰がみられ,胸が息苦しく,頭痛,咽頭痛もあると訴えて,被告病院で受診した。被告病院の常勤医師であり循環器内科を専門とするC医師がAを診察し,以後, 年10月10日,Aは,2か月前から,めまい,咳,血痰がみられ,胸が息苦しく,頭痛,咽頭痛もあると訴えて,被告病院で受診した。被告病院の常勤医師であり循環器内科を専門とするC医師がAを診察し,以後,Aの主治医となった。Aは,肺炎の治療並びに結核及び肺癌の検査のため,同日から平成10年10月24日まで被告病院に入院した(乙1,2,20号証,証人C,原告本人)。 入院中の同月23日,Aに対し気管支鏡検査が実施され,呼吸器内科を専門とする非常勤医師のD医師がこれを担当した。気管支鏡検査の視診の結果,「左上区入口部から上舌区分岐部にかけて強い発赤,縦走ヒダの増高が見られ,一見して粘膜下に強い浸潤があると思われるが,表面には特に腫瘤や,強い狭窄はない。肺癌と末梢の肺炎ではないか。」との所見が得られたが,病理学的診断の結果はいずれも陰性であった(乙2,6号証)。 オ平成10年11月6日,Aは原告とともに被告病院を訪れた。胸部レントゲン検査が実施されたところ,左肺門部に腫瘤影が認められ,徐々に増大していた(乙4号証の8,9)。C医師は,肺癌の可能性を否定できないと判断し,Aに対し,被告病院で可能な検査計画として月に1回の胸部レントゲン検査及び喀痰細胞診検査,並びに3か月に1回の胸部CT検査及び気管支鏡検査を実施することを説明し,当面被告病院で検査治療及び経過観察をすることとした(乙1号証)。 カその後もAは咳が止まらない等と訴えて,平成10年11月20日,同月29日,平成10年12月2日に被告病院で受診し,鎮咳剤などの内服薬の処方を受けた(乙1号証)。 キ平成10年12月7日,Aは被告病院で受診し,咳が続き,左胸の下がごろごろする,食事ができず,内服薬を飲んでも眠れないと訴え,通院による点滴治療を毎日受けることを希望した。C医師が診察すると,左肺雑 平成10年12月7日,Aは被告病院で受診し,咳が続き,左胸の下がごろごろする,食事ができず,内服薬を飲んでも眠れないと訴え,通院による点滴治療を毎日受けることを希望した。C医師が診察すると,左肺雑音,胸膜摩擦音があり,胸部レントゲン検査を実施したところ,以前と変わらず左肺門部腫瘤影を認めたため,C医師は,当面2週間,毎日,気管支拡張剤,ステロイドの点滴をすることとし,Aは平成11年1月7日までほぼ毎日被告病院で点滴を受けた。その間,平成10年12月13日,同月14日,同月18日の各日に,AはC医師の診察を受けた。 ク平成11年1月8日,Aは,気管支鏡検査目的で被告病院に入院し,同日,D医師による気管支鏡検査を受けた。気管支鏡検査の視診では,気管には異常がなく,左主気管支の前壁にやや隆起状の部分があり,色調は蒼白,左上舌区分岐部は開大し,前壁よりに隆起状変化と発赤と蒼白部分が混在して一部血管怒張も見られた。D医師の診断は肺癌又はリンパ腫であった。翌9日,Aは被告病院を退院した(乙3号証)。 ケ平成11年1月22日,C医師は,被告病院に来院したAと原告に対し,気管支鏡検査の病理学的診断の結果,小細胞癌の疑いがある旨告知した(乙1号証)。 コ平成11年2月12日,Aが被告病院で受診し,胸部レントゲン検査の結果,左肺門部腫瘤影の増大と軽度の肺炎が認められたので(乙4号証の14),C医師はAに抗生剤を加えた点滴を行った。 サ平成11年2月24日,Aは,胸が焼けるように痛い,飲水時むせる,のどがかすれる等訴えて被告病院で受診した。胸部にわずかに喘鳴,細かな水泡音があり,胸部レントゲン検査で左肺門部腫瘤影の増大と肺炎が認められたが,頭部CT検査の結果には異常がなかった(乙1号証,4号証の15及び16)。C医師は,肺雑音,レントゲン検査から肺癌 細かな水泡音があり,胸部レントゲン検査で左肺門部腫瘤影の増大と肺炎が認められたが,頭部CT検査の結果には異常がなかった(乙1号証,4号証の15及び16)。C医師は,肺雑音,レントゲン検査から肺癌を強く疑い,むせたり咽喉がかすれたりするのは神経麻痺によるもので胸の痛みは癌性疼痛と診断した。 シ平成11年3月3日,Aの娘が被告病院に来院し,Aの胸部の疼痛が内服でもとれず,息苦しさを訴えて咳が出始めると止まらないことをC医師に伝えた。C医師はAの娘に,癌性疼痛,リンパ節の膨張,反回神経麻痺が出ていることを考えるとかなり厳しい状況である旨説明した(乙1号証)。 ス平成11年3月4日,Aは愛知県がんセンター(名古屋市e区fg番h号所在。以下「がんセンター」という。)で受診し,その後同月8日から平成11年7月10日までの間,がんセンターに入院し,肺小細胞癌との診断の下,抗癌剤,放射線治療を受けた(甲12ないし14,18号証)。 セ平成11年8月13日,Aは,被告病院に来院し,C医師に対し,症状や食欲も改善して,体重も戻り,がんセンターの主治医から肺癌は完治したとの説明を受けた旨報告した(乙1号証)。 ソその後,Aは,平成12年4月17日,本訴を提起し,同月19日,肺癌を直接死因として死亡した(甲1号証)。 (3) 肺癌についてア肺癌の初発症状は,咳,痰,血痰,胸痛,呼吸困難及び発熱などであり,最も頻度の高いのは咳である(甲3号証,19号証の1)。 イ種類及び病期の分類について(甲2,4,26号証,乙8,10,11号証)(ア) 肺癌の基本的な組織型は,腺癌,扁平上皮癌,腺扁上皮癌,大細胞癌及び小細胞癌等から成る。このうち,小細胞癌は,我が国の肺癌全体の15パーセント前後を占めるものであり,他の肺癌と比較して,一般的に進行が非常に速い。 (イ は,腺癌,扁平上皮癌,腺扁上皮癌,大細胞癌及び小細胞癌等から成る。このうち,小細胞癌は,我が国の肺癌全体の15パーセント前後を占めるものであり,他の肺癌と比較して,一般的に進行が非常に速い。 (イ) 肺癌の病期(ステージ)については,平成11年ころまでは,大きく次のとおり分類されていた。 Ⅰ期;癌が発生部位にだけ限局し,近くのリンパ節にも及んでいないもの。 Ⅱ期;癌が発生部位と最も近傍にあるリンパ節にしか及んでいないもの。 Ⅲ期;癌が左右の肺に挟まれた中心部にあるリンパ節にまで及んでいるもの。このうち,同じ側の縦隔リンパ節等に転移している場合をⅢ期a,反対側の縦隔リンパ節等にまで転移している場合をⅢ期bという。 Ⅳ期;遠隔転移があるもの。 ウ診断方法について(甲3,6,7号証,19号証の1,26号証,乙7ないし11号証,15,17,18号証)(ア) 胸部単純レントゲン写真の読影を行い,年齢50歳以上で喫煙指数(1日の本数×喫煙年数)が高い等,患者が肺癌のハイリスクグループに属する場合には喀痰細胞診を併用する。 (イ) 胸部単純レントゲン写真で異常影が認められた場合,胸部CT検査を行い,また,補助診断として腫瘍マーカー検査を実施する。この腫瘍マーカーは,癌細胞がつくる,又は非癌細胞が癌細胞に反応してつくる物質のうちで,癌の存在,細胞の種類とその量を反映する指標となるものであり,肺癌に使用される腫瘍マーカーとしては,CEA,SLX,SCC,NSE及びProGRPがあり,CEA及びSLXは腺癌で,SCCは扁平上皮癌で,NSE及びProGRPは小細胞癌でそれぞれ特異性が高いとされている。 (ウ) 以上の検査によって肺癌であるか否かを推測することはできるが,肺癌が疑われる場合,最終的には,気管支鏡検査を行って組織や細胞を採取し病理学的検査を行う。小 れぞれ特異性が高いとされている。 (ウ) 以上の検査によって肺癌であるか否かを推測することはできるが,肺癌が疑われる場合,最終的には,気管支鏡検査を行って組織や細胞を採取し病理学的検査を行う。小病変や経気道的に適切な組織が得られない場合には,CTガイド下に経皮的肺針生検を行う。 (エ) 以上の検査でも確定診断が得られないが,肺癌を否定することができない場合には,胸腔鏡下肺生検(通常,胸壁を数か所小切開し,胸腔鏡画像をビデオモニターで観察しながら行う肺生検)又は開胸肺生検(開胸手術を行い,肺全体を肉眼的に観察し,必要なだけ検体を採って行う肺生検)を行って病理組織検査を実施する。 2 争点(1) 平成10年5月7日の診察時(以下「本件初診時」という。)及び同日から平成10年10月10日までの間における注意義務違反の有無(原告の主張)ア被告病院の医師らの注意義務被告病院は,Aと被告との間で締結された診療契約及び医療法1条の2に基づき,肺癌の典型的な進行症状が出現する前であっても,当該患者が肺癌に関するハイリスクグループに属する患者であって,少しでも肺癌の初発症状といわれる症状があれば,当該患者に対し肺癌に関する精密検査を実施するか,がんセンターのような専門病院での受診や検査を強く勧告すべき注意義務,及び肺癌の存否,進行状況に関するフォロー義務(追跡検査をしつつ,肺癌の発見やその疑いに対処して,予防・進行阻止・治癒などの適切な診療をする義務)を負う。 イ被告病院の医師らの注意義務違反本件初診時において,Aはハイリスクグループに属する年齢58歳及び喫煙指数の高かったものであったことに加え,①レントゲン写真の肺門部の異常影,②咳き込み,③胸痛(胃潰瘍で被告病院に通院していた平成7年4月26日時点の症状とは異質の痛みと考えられるから,本件 及び喫煙指数の高かったものであったことに加え,①レントゲン写真の肺門部の異常影,②咳き込み,③胸痛(胃潰瘍で被告病院に通院していた平成7年4月26日時点の症状とは異質の痛みと考えられるから,本件初診時にAが訴えた痛みは胸痛である。)という肺癌の初発症状が3つもあったことからみて,肺癌の可能性を掌握することは,被告病院の医師らにとって容易なことであった。しかるに,被告病院の医師らは,レントゲン写真については,前方と横の2方向から撮影すべきであり,また,撮影したレントゲン写真は見落としがないように,1人が写真を見て,更にもう1人がそれを見直すという二重読影を行うべきであるにもかかわらず,これらを怠るという不適切なレントゲン撮影及び読影方法を用い,さらに,肺癌発見の初歩である新旧レントゲン写真の比較すら行わず,専門病院での受診,検査を強く勧告すべき注意義務を怠り,平成10年10月10日にAが再来院するまで何も勧告せずに放置した。 (被告の主張)被告病院の医師らは,本件初診時にAに対して再診察を受けるよう話し,その後も原告に対し,A自身が受診するよう指導していた。本件初診時が初回の診察であったこと,諸症状が深刻でなかったこと,撮影したレントゲン写真自体に肺癌を明確に疑わせるほどの異常影は認められなかったことからすれば,被告病院の医師らは,Aや原告に対して前記指導をしたことで,本件初診時及びそれから平成10年10月10日までの間に診療契約上の義務を尽くしている。なお,本件初診時にAが訴えた痛みは,みぞおちの痛みであって胸痛ではない。 (2) 早期に肺癌の確定診断をしなかった注意義務違反の有無(原告の主張)ア被告病院の医師らは,可及的速やかに肺癌の確定診断をすべき注意義務を負っていたところ,平成10年10月10日から同月24日までの入院期間 癌の確定診断をしなかった注意義務違反の有無(原告の主張)ア被告病院の医師らは,可及的速やかに肺癌の確定診断をすべき注意義務を負っていたところ,平成10年10月10日から同月24日までの入院期間中に,Aの症状を総合し,経皮的針生検あるいは細胞診を行うことで,肺癌の確定診断をすることは十分可能であったし,するべきであった。遅くとも,平成10年11月9日の時点で肺癌の確定診断をすべきであり,その上で,Aや原告にこれを告知し,インフォームドコンセントを得た上で,放射線療法,化学療法などの適切な治療を開始すべきであったのに,被告病院の医師らは前記入院当初から肺炎だけを疑い,前記確定診断をしなかった。 イ肺小細胞癌に特有の有用な腫瘍マーカーとしてProGRPがあるところ,平成11年3月9日の時点で,AのProGRPが349であったことからすれば,平成10年10月の被告病院での入院期間中でも,AのProGRPは100を超える高値を示していた蓋然性が高い。そうすると,組織診,細胞診などから病理学的な確定診断が得られなくとも,ProGRP検査を行い,Aに見られた臨床上の諸症状と合わせて考察すれば,肺癌との診断をすることは容易であり,ヘリカルCTを併用すればさらに確定診断が容易であった。しかるに,被告病院の医師らは,ProGRP検査やヘリカルCTの実施を怠り,確定診断をしなかった。 (被告の反論)ア肺癌の診断について,レントゲンやCTの画像診断,気管支鏡視診,腫瘍マーカーは間接所見にすぎず,確定診断をするためには,細胞診または組織診によって病理学的な確定をする必要がある。ProGRPは,本件当時,肺小細胞癌の腫瘍マーカーとして一般的なものではなく,また,本件ではレントゲン検査や一般のCT検査で肺癌を疑わせる腫瘍を発見できたのであるから,ヘリカルC をする必要がある。ProGRPは,本件当時,肺小細胞癌の腫瘍マーカーとして一般的なものではなく,また,本件ではレントゲン検査や一般のCT検査で肺癌を疑わせる腫瘍を発見できたのであるから,ヘリカルCTを実施する必要もなかった。 イ被告病院においては,平成10年10月10日から同月24日の入院中及び平成10年11月9日の時点において,Aにつき,肺癌であるとの確定診断をするのは,以下の(ア)ないし(ウ)の理由により不可能であった。 (ア) 被告病院では,Aに対し,胸部レントゲン及びCT検査,腫瘍マーカー検査,喀痰細胞診,気管支鏡検査を実施したが,腫瘍マーカーの値は間接所見として癌を強く疑わせるほどのものではなく,平成10年10月23日の気管支鏡検査における細胞診等の結果も陰性であった。 (イ) レントゲン検査,CT検査及び気管支鏡視診等で肺癌の疑いがある以上,さらに開胸肺生検,開胸リンパ節生検を行い,迅速な確定診断をする必要があるが,被告病院には上記の開胸肺生検等の検査を実施する設備がない。また,Aのように左肺門部に病変がある場合,経皮的肺針生検や細胞診は,心臓や大血管を傷つける危険が大きいので,より安全な他の検査方法がある以上,あえて行うべきものではない。 (ウ) 被告病院の医師らは,平成10年11月6日,Aと原告に対し,肺癌の疑いが残るため,がんセンターなどの大病院で精査を受けるよう転医勧告したが,Aと原告は,これを拒否し,被告病院での検査,治療の継続を希望した。 ウ平成11年1月8日に実施した気管支鏡検査においても,生検,擦過細胞診及び気管支洗浄液細胞診とも,陽性の結果は出ず,肺癌の確定診断はできなかった。 エ仮に肺癌の確定診断ができたとしても,被告病院には放射線治療の設備はないから,がんセンター等の専門病院への転医勧告をするほかなか 洗浄液細胞診とも,陽性の結果は出ず,肺癌の確定診断はできなかった。 エ仮に肺癌の確定診断ができたとしても,被告病院には放射線治療の設備はないから,がんセンター等の専門病院への転医勧告をするほかなかった。 (3) 積極的に治療を開始しなかった注意義務違反の有無(原告の主張)病理学上の確定診断を欠くが,臨床的には肺癌が強く疑われる場合,あるいは,肺癌を否定できない場合には,患者本人のインフォームドコンセントを得た上で,積極的に治療を開始すべきである。事実,Aの転医先のがんセンターにおいては,病理組織検査で悪性の証拠が出ていないのに,化学療法及び放射線療法の治療が開始されている。被告病院の医師らが,病理組織検査で悪性の証拠が出ないという理由だけで,無為の時間を過ごしたことは,Aに対して診療契約上の義務を負うものとして到底許されないことである。 (被告の主張)肺癌については,病理組織検査によって確定診断をした上で,治療行為を行うのが基本である。 被告病院が,病床数52床の一般病院であり,癌治療に係る設備を有していないこと,癌の疑いのある患者には転医勧告をするのが通常であること,Aについては肺癌を強く疑い転医勧告していたこと等からすれば,被告病院にて治療を開始しなかったことにつき,過失はない。 がんセンターは,癌治療の専門病院であり,治療設備が整い,専門医がいることから,補助診断で小細胞癌のⅢ期bまで進行していると判断し,確定診断がつかなくても治療に踏み切ったものと推測される。 (4) 転医勧告義務違反の有無(原告の主張)ア被告病院の医師らは,診療の初期(平成10年5月7日,同月20日)において,Aに対し,非専門病院として万全の診療ができないことを告知し,がんセンター等への転医を勧告する義務があったのに,これを怠った上,肺癌の検査勧告をす の初期(平成10年5月7日,同月20日)において,Aに対し,非専門病院として万全の診療ができないことを告知し,がんセンター等への転医を勧告する義務があったのに,これを怠った上,肺癌の検査勧告をすることもなく放置しつつ,同年9月下旬まで対症療法の投薬だけの診療を続けた。 イさらに,平成10年10月10日の再診においても,転医勧告義務を怠り,呼吸器専門医が常住せず,先進的検査設備及び癌治療の設備のないことをAに告知しないまま,非専門医のC医師を主治医としてあてがいつつ,検査入院を勧めて同日に入院させ,その後も,確定診断をつける自信がないまま無為に時間を過ごして,平成11年1月22日まで肺癌疑いの告知を遅らせた。 ウ検査のための入院期間中やその後の診療過程において,AはC医師に肺癌ではないかという疑問を再三投げかけていたのに,C医師はこれを否定し,退院後の平成10年12月14日の外来受診時も,肺癌の可能性の告知や,がんセンターで受診するようにといった明確な助言をしなかった。同月20日ころになって突然同医師から肺癌かもしれないと告知されたが,他の病院を紹介するなどの助言はなかった。 エ C医師がAに「大きい病院かがんセンターはどうか。」と勧めたことはあるが,何ら具体的根拠を示さず,また,同医師が呼吸器疾患の専門医でないことも告げなかった。このように告知の内容が不明確な場合,患者は適切な意思決定をすることができないから,転医勧告がなされたものと評価することはできない。適切な転医勧告がなされていれば,Aは,経済的な問題にかかわらず,専門病院に転医していた。 (被告の反論)C医師は,Aと原告に対し,平成10年11月6日に,肺癌の疑いがあることを告げて,被告病院では実施不可能な精査を受けるために専門病院へ転医するよう勧告し,その後も引き続き勧告し た。 (被告の反論)C医師は,Aと原告に対し,平成10年11月6日に,肺癌の疑いがあることを告げて,被告病院では実施不可能な精査を受けるために専門病院へ転医するよう勧告し,その後も引き続き勧告して転医勧告義務を尽くしている。 (5) 専門病院との連携義務違反の有無(原告の主張)ア医療法1条の4第3項は,医療提供施設において診療に従事する医師らは,医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため,情報提供等の必要な措置を講ずるよう努めなければならない旨定めている。肺小細胞癌のダブリングタイムは平均33日であるから,迅速な確定診断が必要であり,致命的な合併症・有害事象が起こり得ることから,肺癌を疑った時点で,直ちに専門施設と密接な連携の下に診療を進めるべきである。 イ平成10年10月23日の気管支鏡検査の結果,肺癌の疑いが濃厚となったが,Aが地理的経済的理由で被告病院での治療を希望しているならば,呼吸器に関する専門の医師や設備を十分に持っていない被告病院としては,がんセンター等の専門病院と連携して適切な検査,診断,治療を進めるべき義務があったのに被告病院はこれを怠った。 なお,被告病院が前記義務を履行できないのであれば,最初から,Aの治療,入院を受け入れずに,他の専門病院での受診を勧めるべきであったのに,被告病院はこれを怠った。 (被告の主張)医師が自ら適切な治療や検査ができないときには,医師は患者に対して,適当な診療機関に転医すべき旨を説明し,勧告すべき診療契約上の注意義務を負うが,同義務は,転医勧告義務を尽くすことで足り,自己決定権の行使によりそれを拒絶した患者に対し,専門的施設と連携して適切な診療を進めるべき義務を負うことは到底考えられない。被告病院の医師らは,Aに対し,転医勧告をしており,前記の診療契約上の注意義務 定権の行使によりそれを拒絶した患者に対し,専門的施設と連携して適切な診療を進めるべき義務を負うことは到底考えられない。被告病院の医師らは,Aに対し,転医勧告をしており,前記の診療契約上の注意義務は尽くしている。 (6) 因果関係(原告の主張)被告病院ないし同病院の医師らが,前記(1)ないし(5)の注意義務に従い,Aの肺癌を疑って早期に転医勧告,確定診断等の適切な診断治療を行なっていれば,Aの肺癌は,早期に発見され,治療の上治癒した可能性が高い。 しかるに,被告病院の医師らは,前記注意義務を怠り,Aの肺癌(小細胞癌)がⅢ期bまで進行する間,無為に時間を過ごし,その結果,肺癌の早期発見の機会を失わせ,治癒の可能性を喪失させた。 (被告の主張)因果関係に関する原告の主張は争う。 (7) 延命利益の喪失(予備的主張)(原告の主張)被告病院の医師らの前記注意義務違反とAの死亡との間に因果関係が認められないとしても,次のとおり,Aは延命利益を侵害された。 ア本件初診時以降,被告病院の医師らが前記注意義務を遵守して,追跡検査,精密検査等を実施し,平成10年6月又は7月の時点で極めて初期の段階の肺癌が発見されていれば,Aは,90ないし100パーセントの確率でその後5年間は生存できたが,同医師らの注意義務違反により,Aは上記延命利益を喪失した。 イ前記アの時点で肺癌が発見されなかったとしても,平成10年10月の時点で肺癌の確定診断がなされていれば,60ないし70パーセントの確率でその後5年間は生存できたが,被告病院の医師らの注意義務違反により,Aは上記延命利益を喪失した。 (被告の主張)ア原告の前記主張は時機に後れた攻撃方法の提出であるから,民事訴訟法157条1項に基づき却下を求める。 イ原告の前記主張は否認する。 本件初診時以降の受診指導に 利益を喪失した。 (被告の主張)ア原告の前記主張は時機に後れた攻撃方法の提出であるから,民事訴訟法157条1項に基づき却下を求める。 イ原告の前記主張は否認する。 本件初診時以降の受診指導に従わず受診の機会を放棄したのはA自身であり,これに関し被告が責任を負うものではない。また,平成10年10月の時点で,被告病院において肺癌の確定診断をすることは不可能であり,被告病院の医師らは,これを踏まえて,Aに対し,転医勧告義務を尽くしており,被告には診療契約上求められる注意義務の違反はない。 (8) がんセンターへの転医が無意味であるという趣旨の不適切な説明の有無(原告の主張)医療法1条の4第2項は,医師らが医療を提供するに当たって適切な説明を行う義務を定めているから,被告病院の医師らは,患者にいたずらな混乱と苦悩をもたらすような軽率,不用意な発言をすべきでない注意義務を負っていたというべきである。ところが,C医師は,平成11年3月3日に,Aの娘に対し,がんセンターへの転医は無意味で役立たないという趣旨の説明をすることにより,Aに対して大きな精神的苦痛を与えた。 (被告の主張)原告の前記主張は否認する。 C医師は,医学的に判断,推測できる事項をAの娘に説明したものであり,治療をしても意味がないとの趣旨の発言ではない。また,Aに直接説明したものではなく,Aに精神的打撃を与える発言ではない。 (9) 損害(原告の主張)ア被告病院の前記過失により,Aは以下の損害を被った。なお,本訴請求は一部請求である。 (ア) ①上記過失と死亡との間に因果関係がある場合における死亡慰謝料2000万円,②上記因果関係が認められない場合における前記(7)の原告主張のア又はイによる延命利益の喪失に対する慰謝料800万円(イ) 不適切な説明による精神的苦痛に対す る場合における死亡慰謝料2000万円,②上記因果関係が認められない場合における前記(7)の原告主張のア又はイによる延命利益の喪失に対する慰謝料800万円(イ) 不適切な説明による精神的苦痛に対する慰謝料100万円(ウ) 弁護士費用100万円イ原告は,唯一の包括受遺者としてAの地位を単独で承継した。 (被告の主張)原告の前記アの各主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 被告病院におけるAの診療経過等について前記前提となる事実,当事者間に争いのない事実,甲1,3,6,7,11ないし14,18,26号証,乙1ないし3,4号証の1ないし16,5号証の1ないし11,6,7,12及び13号証の各1ないし20,16ないし18,20号証,証人Cの証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 (1) Aは,平成5年ころから被告病院にて主として胃潰瘍のため断続的に診察,検査及び治療を受けており,平成9年10月25日には,発熱,頭痛,胃痛,吐き気等を訴えて被告病院で受診し,感冒及び胃炎と診断されて,平成10年3月19日までの間に,数回,診察や投薬を受けていた(乙1号証)。 (2) 平成10年5月7日,Aは,胃潰瘍の内服薬が切れるとムカムカする,胃痛があり調子がよくないということを主訴として被告病院に来院し,B医師の診察を受けた。Aは,同年4月末から咳は出るが,痰は出ず,熱もないと言い,喫煙量が1日当たり100本であるとB医師に述べた。B医師が胃部及び腹部の聴診及び触診を行ったところ,肺雑音はなかったが,みぞおち辺りに自発痛及び圧痛が認められた。B医師は,胃潰瘍の再発と診断し,成人検診を行うとともに胃カメラによる検査を同年5月20日と予定し,消化性潰瘍治療薬を処方した。胸部レントゲン検査を実施した結果,左肺にわず 痛及び圧痛が認められた。B医師は,胃潰瘍の再発と診断し,成人検診を行うとともに胃カメラによる検査を同年5月20日と予定し,消化性潰瘍治療薬を処方した。胸部レントゲン検査を実施した結果,左肺にわずかな陰影が認められたため,B医師は,異常影か否かを判断するため,平成6年ころに被告病院で撮影したAの胸部レントゲン写真と比較する必要があると考えたが,当日直ちにこれを行うことができなかったので,Aに対し,成人検診の結果を聞きに次回受診した際に,以前のレントゲン写真との比較診断を受けるよう説明し,同時にタバコの量を減らすようにとの指導を行った。そして,カルテに「成人検診の結果とともにcheckお願いします。」と記載して,次回診察を担当する医師に申し送りをした(乙1号証,4号証の1ないし3)。 同月20日,Aは被告病院で胃カメラの検査を受けた。同日は検査のみの予約であったため診察は受けなかった。胃カメラ検査の結果,胃角部上にA2段階の潰瘍が認められた(乙1号証)。 その後,平成10年6月17日,同月27日,平成10年7月6日,同年8月27日,同年10月7日の各日に,原告のみがAの内服薬の投薬を受けるために被告病院を訪れた。被告病院の看護婦は,Aが同年5月7日以後一度も受診していないことから,同年10月7日,投薬を受けに来た原告に対し,次回はA自身が受診するよう指導した(乙1号証)。 (3) 平成10年10月10日,Aは,2か月前からめまい,咳,血痰がみられ,胸が息苦しく,頭痛,咽頭痛もあると訴え,被告病院で受診し,C医師の診察を受けた。聴診の結果,肺雑音は認められなかったものの,Aの症状の激しさや血痰が出ること,たばこを1日100本吸っていること等の事情を総合して,C医師は,肺炎と診断するとともに,肺結核及び肺癌の疑いがあるため,検査が必要であると 認められなかったものの,Aの症状の激しさや血痰が出ること,たばこを1日100本吸っていること等の事情を総合して,C医師は,肺炎と診断するとともに,肺結核及び肺癌の疑いがあるため,検査が必要であると判断した。C医師はAと原告に対し,入院して肺炎の治療並びに肺結核及び肺癌の鑑別診断のための検査を行うよう勧めたところ,Aは,これを了承し,同日から平成10年10月24日まで被告病院に入院した(以下「1回目の入院」という。乙1,2,20号証,証人C,原告本人)。 同月12日,胸部レントゲン検査を実施したところ,左肺門部に気管支空気像を伴う斑状影が認められ,C医師は肺炎によるものと診断した。また,左肺門部に腫瘤影が認められ,リンパ節の腫大か腫瘍が疑われた(乙2号証,4号証の4及び5)。同日実施した胸部CT検査でも,左肺門部に気管支空気像を伴う肺炎像及び左肺門部リンパ節腫大もしくは腫瘍を疑わせる像が認められた(乙2,5号証の1及び2,20号証)。 Aの肺炎については,当初,発熱はないものの激しい乾性咳が出て,のどから胸にかけての痛みや頭痛があり,食事も満足に取ることができない状態であったが,点滴,内服,吸入等の治療により徐々に軽快していった。 同月16日の胸部レントゲン検査では,肺炎像は消退してきているが左肺門部の腫瘤影は残っており,その原因として肺炎後の器質化,肺結核又は肺癌が考えられたため,C医師は,気管支鏡検査を実施する必要があると判断した。同日,C医師はAと原告に対し,「肺炎は軽快してきているが,左肺門部の腫れが残っているため,肺炎後の器質化なのか,肺結核,肺癌によるものなのか調べましょう。気管支鏡検査をしましょう。」と説明したところ,Aはこれを了承した。(乙2,4号証の6,20号証,証人C,原告本人)。 同月11日から同月14日にかけて,A 肺結核,肺癌によるものなのか調べましょう。気管支鏡検査をしましょう。」と説明したところ,Aはこれを了承した。(乙2,4号証の6,20号証,証人C,原告本人)。 同月11日から同月14日にかけて,Aに対しツベルクリン反応検査,喀痰抗酸菌塗抹検査及び喀痰結核菌群核酸増幅同定検査が実施されたが,結果はいずれも陰性であったため,結核の可能性は否定的となった(乙2号証)。また,同月17日に腫瘍マーカー検査を行ったところ,CEAは5.5ng/ml(基準値5.0以下),SCCは1.4ng/ml(基準値1.5以下),NSEは8.3ng/ml(基準値7.7以下),SLXは41ng/ml(基準値38未満)であった(なお,基準値は使用する測定法により異なるが,上記の基準値は乙2号証68頁の検査報告書の記載による)。 同月21日の胸部CT検査では,左肺門部の肺炎像は消退してきているが,左肺門部のリンパ節腫大又は腫瘍を疑わせる像については変化が認められなかった(乙2号証,5号証の3ないし6)。 同月23日,D医師の担当の下で気管支鏡検査が実施された(以下「1回目の気管支鏡検査」という。)。被告病院においては,同検査の結果,癌と診断されれば,Aに告知する方向で検討されていた。同検査の視診では,「左上区入口部から上舌区分岐部にかけて強い発赤があり,縦走ヒダの増高が見られ,一見して粘膜下に強い浸潤があると思われるが,表面には特に腫瘤や,強い狭窄は認められない。」との所見であり,D医師は,肺癌と末梢の肺炎ではないかと診断した。また,同検査では,左上区分岐部及び左上舌区分岐部4か所から生検を採り,その他,擦過細胞診,乾燥細胞診及び吸痰細胞診を実施した(乙2,6,12,20号証)。 同月24日の退院の際,C医師は,Aと原告に対し,気管支鏡検査の結果が届くのに数日かかるため, 所から生検を採り,その他,擦過細胞診,乾燥細胞診及び吸痰細胞診を実施した(乙2,6,12,20号証)。 同月24日の退院の際,C医師は,Aと原告に対し,気管支鏡検査の結果が届くのに数日かかるため,平成10年11月6日の外来診察で結果を説明する旨告げ,その説明に時間をかけるため,同日のAの診察予約を通常の予約1件当たりの時間の2倍の時間を用意することとした(乙2,20号証,証人C)。 同年10月末ころ,1回目の気管支鏡検査の病理学的診断結果が出た。それによると,左上舌区分岐部及び左上区のB1+2,B3の分岐部の生検は4組織とも陰性であり,左上区のB1+2a,B3bの擦過細胞診ではアルペスギルスを思わせる真菌が認められたが病理学的診断は陰性であり,左上区の気管支洗浄液も3検体とも陰性であった(乙2号証)。 (4) 平成10年11月6日,Aは原告とともに被告病院を訪れた。 同日,胸部レントゲン検査を実施したところ,左肺門部に腫瘤影が認められ,以前と比較して徐々に増大していた(乙4号証の8,9)。C医師は,Aについて,胸部レントゲン検査及び入院中の検査結果から,肺結核は否定できるが,肺癌の可能性は否定できず,肺真菌症の有無は経過観察を要するものと診断し,被告病院で実施可能な検査だけではこの時点での肺癌の診断には不十分であり,迅速な確定診断をつけるためにはがんセンター等での精査の必要があると判断した。そこで,C医師は,Aと原告に対し,1回目の入院中の諸検査結果やD医師の所見等について説明し,病理学的診断上は悪性の証拠はないものの肺癌の疑いが残る旨を告げて,がんセンターなど大きな病院で精査を受けることを勧めた。しかし,Aらはこの勧めに応じず,引き続き被告病院での検査,治療を希望したので,C医師は,当面,被告病院でAの検査治療及び経過観察をすることと んセンターなど大きな病院で精査を受けることを勧めた。しかし,Aらはこの勧めに応じず,引き続き被告病院での検査,治療を希望したので,C医師は,当面,被告病院でAの検査治療及び経過観察をすることとし,被告病院で実施可能な検査計画として,月に1回の胸部レントゲン検査及び喀痰細胞診検査と,3か月に1回の胸部CT検査及び気管支鏡検査を実施することとし,その旨Aらに対して説明した(乙1,20号証,証人C)。 (5) 平成10年11月20日,Aは被告病院で受診し,咳が止まらず眠れないと訴えた。胸部に異常音は認められなかったが,胸腹部,背部に小さな紅斑が多数あった。胸部レントゲン検査を実施し,C医師は肺炎後の器質化と肺癌の疑いがあると診断し,鎮咳剤,去痰剤,鎮痛剤,抗潰瘍剤,睡眠剤の内服薬を処方した(乙1号証,4号証の10及び11)。 同月29日,Aはのどの痛み,胸痛,頭痛を訴えて受診し,点滴を受けた(乙1号証)。 平成10年12月2日,Aは,咳,不眠,胸痛等を訴えて受診した。C医師が聴診したところ,左胸背部辺りにわずかに細かい水泡音が認められ,気管支炎と肺癌の疑いと診断した。食事が取れないとの訴えもあったため,食事が取れないなら入院治療も必要であると話し,点滴を実施したが,その間もAの咳込みはひどく,胸が痛いとの訴えもあった(乙1号証)。 同月7日,Aは,咳が続き,左胸の下がゴロゴロする,食事がとれず,内服薬を飲んでも眠れないと訴えて受診し,通院による点滴治療を毎日受けたい旨希望した。 左肺に粗い水泡音,胸膜摩擦音が認められ,胸部レントゲン検査の結果,以前と変わらず左肺門部腫瘤影が認められた。C医師は,胸膜炎が発症しており,引き続き肺癌の疑いがあると診断し,当面2週間,毎日,気管支拡張剤及びステロイドの点滴をすることとした。C医師は,原告に対し,「 変わらず左肺門部腫瘤影が認められた。C医師は,胸膜炎が発症しており,引き続き肺癌の疑いがあると診断し,当面2週間,毎日,気管支拡張剤及びステロイドの点滴をすることとした。C医師は,原告に対し,「入院中とその後のデータ及び経過からは,やはり肺癌が一番考えやすい。専門病院でなく被告病院での治療を希望するので,以前の計画どおりレントゲン検査,気管支鏡検査,痰検査を進めていきましょう。」と説明した(乙1号証,4号証の12及び13)。 その後,平成11年1月7日までほぼ毎日,Aは被告病院で点滴を受けた。その間,平成10年12月13日,同月14日及び同月18日の各日にAはC医師の診察を受けた。同月13日の診察の際,C医師は,平成10年5月7日,同年11月6日及び同年12月7日に撮影した各胸部レントゲン写真を比較したところ,左肺門部の腫瘤影が増大していることが明らかとなったため,平成11年1月に実施予定の気管支鏡検査の日程を具体的に決めることとした。そして,平成10年12月18日,D医師が胸部CT検査を実施したところ,左肺門部の腫瘤影が以前より増大していたほか,前縦隔にも腫瘍を疑わせる陰影が認められ,肺癌の疑いが強まったため,D医師も気管支鏡検査又は開胸リンパ節生検が必要と判断した。そこで,C医師は,Aと原告に計画どおりに気管支鏡検査を実施する旨説明し,同検査を平成11年1月8日に予定するとともに,引き続き2週間点滴をすることとした(乙1号証,5号証の7ないし11,20号証)。 (6) 平成11年1月8日,Aは,被告病院に入院し(以下「2回目の入院」という。),同日,D医師による気管支鏡検査を受けた(以下「2回目の気管支鏡検査」という。)。視診では,気管に異常がなく,左主気管支の前壁にやや隆起状の部分があり,色調は蒼白,左上舌区分岐部は開大し,前 う。),同日,D医師による気管支鏡検査を受けた(以下「2回目の気管支鏡検査」という。)。視診では,気管に異常がなく,左主気管支の前壁にやや隆起状の部分があり,色調は蒼白,左上舌区分岐部は開大し,前壁よりに隆起状変化と発赤と蒼白部分が混在しており,一部血管怒張も見られた。D医師は,悪性の可能性が高く,肺癌かリンパ腫ではないかと診断した。翌9日,Aの退院の際,C医師は,気管支鏡検査の結果を説明をするため同月20日に受診するようAと原告に話した(乙3,20号証)。 2回目の気管支鏡検査の病理学的診断の結果,左上舌区分岐部より3か所の生検の病理組織診断はすべて小細胞癌の疑いで要精査とされたが,左B3aとB3b+cの分岐部より1か所の生検,左上区のB1+2a,B3bの擦過細胞診,抗酸菌塗抹検査はいずれも陰性であり,また,左上区よりの気管支洗浄液についても,細胞診,抗酸菌塗抹検査,抗酸菌培養検査及び一般細菌塗抹検査のいずれも陰性であった(乙3号証)。 (7) 平成11年1月20日,原告のみが2回目の気管支鏡検査の結果を聞きに被告病院を訪れたが,C医師は,A本人も同席の上で検査結果を報告し,今後の対応について相談すべきであると判断し,同月22日に再度来院するよう求めた(乙1,20号証)。 同月22日,Aと原告とが被告病院を訪れた。C医師は,Aと原告に対し,2回目の気管支鏡検査で小細胞癌の疑いとの結果が出たこと,肺癌の確定診断をするためには精査を要すること,今後,より高度の精査となると開胸肺生検も必要となり,かなり侵襲的になること等を説明し,今後の対応について相談した。Aが「そこまでの検査は望まず,今の咳さえ止めてもらえればよい。」旨答えたので,C医師は,被告病院では症状を楽にする努力はするが,被告病院で検査するだけでは調べきれないまま命を亡くすこと 相談した。Aが「そこまでの検査は望まず,今の咳さえ止めてもらえればよい。」旨答えたので,C医師は,被告病院では症状を楽にする努力はするが,被告病院で検査するだけでは調べきれないまま命を亡くすこともあるかもしれない旨説明してAの意思を再度確認したが,Aの意向は変わらなかったため,C医師は,今後も被告病院でAに対し保存的治療を行っていくこととした。また,被告病院では,Aらの経済状態が苦しいことを以前から聞いており,被告病院の診療費にも未払分があったため,同日,被告病院のケースワーカーがAらの経済的な問題を解決するために原告と面談し,その結果,被告病院に対する同月の支払を保留とすることとした(乙1,20号証,証人C)。 (8) 平成11年2月12日,Aは,咳と胸痛を訴えて被告病院で受診した。胸部に雑音はなかったが,胸部レントゲン検査の結果,左肺門部腫瘤影の増大と軽度の肺炎像が認められたため抗生剤を加えた点滴を行った(乙1号証,4号証の14)。 同月24日,Aは,胸が焼けるように痛い,飲水時にむせる,喉がかすれる,胸痛をなんとかしてほしい等と訴えて受診した。咳はひどく,左胸背部にわずかに喘鳴,細かな水泡音があり,胸部レントゲン検査の結果,左肺門部腫瘤影の増大と肺炎が認められた(乙1号証,4号証の15及び16,20号証)。脳に癌が転移している可能性もあることから,念のため頭部CT検査も実施したが,異常はなかった(乙1号証)。C医師は,肺雑音,レントゲン検査結果から肺癌を強く疑い,むせたり咽喉がかすれるのは神経麻痺によるものであり,胸の痛みは癌性疼痛と診断した。C医師は,Aと原告に対し,肺癌が強く疑われる旨告げた上,外来でもよいからがんセンターで受診することを強く勧めたところ,Aがこれを決意したので,同月27日,C医師は,Aの治療経過等を記載し した。C医師は,Aと原告に対し,肺癌が強く疑われる旨告げた上,外来でもよいからがんセンターで受診することを強く勧めたところ,Aがこれを決意したので,同月27日,C医師は,Aの治療経過等を記載したがんセンターへの紹介状を作成し,平成11年3月1日,原告に交付した(乙1,20号証)。 (9) 平成11年3月2日,原告が被告病院を訪れ,看護婦に対し,同年2月24日に処方された2週間分の内服薬を1週間で服用してしまった,Aの一番の訴えは胸の痛みであり何とか楽にさせてやりたい旨訴えたため,看護婦は1日分の内服薬を処方し,翌3日に再び原告に来院してもらいC医師と鎮痛剤等について相談してもらうこととした(乙1号証)。 同月3日,Aの娘が被告病院を訪れ,C医師にAの胸部の疼痛が内服でもとれず,息苦しさを訴えて咳が出始めると止まらない状態であることを話した。C医師は,Aの娘に対し,癌性疼痛,リンパ節の膨張等を考えるとかなり厳しい状況であること,この段階では,入院での最終ステージとしての疼痛コントロールの状況と考えられること,がんセンターへの紹介状も役に立たない段階とも考えられること等を説明し,Aと原告ががんセンターの受診を望んでいることを確認した上で,痛みをコントロールするためには今後入院しかない旨説明した。また,C医師は,Aの娘からAの予後について問われたため,平成10年10月からの検査結果や状態から考えても厳しい病状であり,平成11年4月か5月ころまでの余命ではないかと説明した(乙1号証)。 (10) 平成11年3月4日,Aはがんセンターで受診し,同月8日,がんセンターに入院した。同月12日に実施された気管支鏡検査の結果でも悪性の証拠は認められなかったが,Aの主治医となったがんセンターのE医師は,Aについて,肺小細胞癌のⅢ期bと診断し,同月17 日,がんセンターに入院した。同月12日に実施された気管支鏡検査の結果でも悪性の証拠は認められなかったが,Aの主治医となったがんセンターのE医師は,Aについて,肺小細胞癌のⅢ期bと診断し,同月17日,Aと原告に対しこれを告知した。E医師は,Aと原告に,無治療であれば3か月程度で死亡してしまうが,抗癌剤治療及び放射線治療を行うと5年生存率20パーセントの成果も得られているため,治療する価値があることを説明し,Aらの同意を得て,抗癌剤による化学療法及び放射線治療を施行していく方針をとることにした。その後,平成11年7月10日までの間,Aはがんセンターに入院して治療を受け,退院後は外来で診察を受けた(甲11ないし14号証)。 (11) 平成11年8月13日,Aは被告病院に来院し,C医師に対し,症状が改善し,食欲もあり,体重も戻ってきたこと,がんセンターの主治医から肺癌が完治したとの説明があったことを話した(乙1号証)。C医師は,奇跡そのものだと驚き,回復を喜ぶとともに,再発の可能性もあるのでがんセンターの診察を受けるよう指導した。 (12) Aは,本訴提起後の平成12年4月19日,肺癌を直接死因として死亡した。 2 争点(1)(本件初診時及び平成10年10月10日までの間における注意義務違反の有無)について(1) 本件初診時における注意義務違反の有無について原告は,本件初診時に被告病院の医師らがAについて肺癌の可能性を認識することは容易であったのにこれを認識せず,肺癌に関する精密検査を実施すべき義務又は専門病院での検査等を強く勧告すべき義務を怠ったと主張する。 ア本件初診時におけるAの症状カルテ(乙1号証)によれば,本件初診時のAの主訴は胃の不調であり,肺癌の初発症状である咳及び咳き込みの訴えはあるものの,痰やその他の症状の訴えはなかっ と主張する。 ア本件初診時におけるAの症状カルテ(乙1号証)によれば,本件初診時のAの主訴は胃の不調であり,肺癌の初発症状である咳及び咳き込みの訴えはあるものの,痰やその他の症状の訴えはなかったものと認めることができる。なお,原告は,本件初診時にAが胸痛を訴えていた旨主張するが,乙1,25号証及び証人Cの証言によれば,Aが痛みを訴えたのは,胸部ではなく心窩部と認めるのが相当である。 イ胸部レントゲン写真の陰影について乙1号証,4号証の3によれば,本件初診時の胸部レントゲン検査の結果,左肺門部に陰影が認められ,これについてB医師が異常影の可能性も考慮した事実を認めることができる。しかし,新旧のレントゲン写真の比較読影は次回受診時に行うこととしたB医師の対応,本件初診時の胸部レントゲン写真には肺癌を明確に疑わせるような異常は認められない旨の証人Cの証言,及び,本件初診時と平成6年1月20日の胸部レントゲン写真を比較しても大きな変化は認め難いこと(乙4号証の1及び3,証人C)からすれば,本件初診時の胸部レントゲン写真によって,肺癌を明確に疑わせるような異常影を指摘することはできないものと認められる。 ウ本件初診時の注意義務の内容及びその違反の有無について本件初診時におけるAの主訴が胃の不調であったこと,被告病院におけるAの主たる既往歴が胃潰瘍であったこと,本件初診時前の平成10年3月19日にもAが被告病院で胃潰瘍薬(ネオ・ユモール)を処方されていたこと(乙1号証),同年5月20日の胃内視鏡検査で胃潰瘍が認められたこと等からすれば,本件初診時に,B医師がAについて胃潰瘍の再発と診断したことは適切であったと認めることができる。 そして,本件初診時に訴えのあった咳については,1週間から10日間くらい前に現れたものであって(乙1号証),深刻な B医師がAについて胃潰瘍の再発と診断したことは適切であったと認めることができる。 そして,本件初診時に訴えのあった咳については,1週間から10日間くらい前に現れたものであって(乙1号証),深刻な症状とまでは認めることができず,また,前示のとおり,咳以外に肺癌の初発症状の訴えはなく,レントゲン写真上でも明確な異常影までは指摘できないから,Aが年齢及び喫煙量の点で肺癌発症のハイリスクグループに属すること(甲2,3号証,乙9号証)を考慮しても,本件初診時の段階で,B医師がAに対し直ちに肺癌の発症を疑って,肺癌の検査を開始したり,専門病院の受診を勧告すべき義務まで負うものと認めることはできない。 なお,原告は,本件初診時のレントゲン検査で,B医師が側面写真を撮影しなかったこと,専門家による二重読影を行わなかったこと及びレントゲン写真の比較読影をしなかったことをもって義務違反であると主張する。しかし,本件全証拠によっても,本件当時,病床数52床の一般病院である被告病院が,通常の診察時に,胸部レントゲン写真を正面と側面の2方向から撮るべき義務及び二重読影を行うべき義務を負うものとまで認めることはできず(甲26号証は,肺癌検診の際のレントゲン検査では,2方向からの撮影及び二重読影が行われる旨述べたものにすぎず,乙9号証は,肺癌を疑った場合の診断時には側面写真も撮るべきであることを指摘するにとどまる。),また,前記のとおり,本件初診時のレントゲン写真自体には肺癌を明確に疑わせるような異常影まで指摘することはできないから,本件初診時に直ちに新旧レントゲン写真を比較読影すべき義務まで認めることはできない。 エ以上のとおり,本件初診時におけるB医師の診療行為につき,原告が主張する各注意義務自体を認めることはできないので,本件初診時の診療行為に対する原告 を比較読影すべき義務まで認めることはできない。 エ以上のとおり,本件初診時におけるB医師の診療行為につき,原告が主張する各注意義務自体を認めることはできないので,本件初診時の診療行為に対する原告の前記主張は採用できない。 (2) 平成10年10月10日の受診時までの注意義務違反の有無について原告は,被告病院の医師らが,本件初診時後平成10年10月10日までの間,Aに対し何らの勧告をすることもなく放置したことにつき注意義務違反がある旨主張する。 ア医師ないし医療機関は,一般的に,診療契約に基づき,又は医療の専門家として,患者の状態が診察,検査を続行し,経過を観察する必要があると判断される場合には,患者に対し,診察,検査等の医療行為を受ける必要性について説明し,患者が適切な時期に適切な医療行為を受けるように指導する義務を負うと解するのが相当である。 イ本件における前記指導義務の具体的内容及びその違反の有無前示のとおり本件初診時に認められた肺癌の初発症状は咳のみであって深刻なものとまで認められないこと,レントゲン写真上も明らかな異常影までは指摘できないこと,本件初診時の診察は「初診」として扱われていること(乙1号証)等を考慮すると,本件初診時にAを診察したB医師らがAにすべき指導義務の内容及び程度としては,レントゲン写真上の陰影が異常影か否かを診断する必要性を説明して,次回受診時に新旧レントゲン写真の比較読影による診断を受けるよう指導することで足り,この指導に従わないで受診しないAに対して積極的に働きかけて,繰り返し受診するよう指導すべき注意義務まで負うものではないというべきである。したがって,仮に,本件初診時後平成10年10月10日までの間に,被告病院の医師らから原告に対し受診指導がなされていなかったとしても,この点について被告病院 務まで負うものではないというべきである。したがって,仮に,本件初診時後平成10年10月10日までの間に,被告病院の医師らから原告に対し受診指導がなされていなかったとしても,この点について被告病院の医師らに注意義務違反を認めることはできないというべきである。 これを本件についてみるに,本件初診時のカルテ(乙1号証)に,「恐らく異常を指摘できないか。→ 以前のx-pなし。要followか。→ 次回の結果時にx-pを出して診断してもらって下さい。」との記載があることからすると,B医師は,本件初診時にAに対し,レントゲン写真上の陰影が異常影か否かを判断する必要があることを説明して次回受診時に新旧レントゲン写真の比較読影による診断を受けるように指導をしたものと認めるのが相当である。 そうすると,平成10年10月10日までの被告病院の診療行為に関し,原告の主張する注意義務違反を認めることはできない。 (3) 以上のとおりであるから,争点(1)に関する原告の主張は理由がなく,採用できない。 3 争点(2)(早期に確定判断しなかった注意義務違反の有無)について原告は,1回目の入院期間中に肺癌の確定診断をすることは可能であり,遅くとも平成10年11月9日の時点で肺癌の確定診断をすべきであったと主張する。 (1) 肺癌の診断方法この点については,前記第2の1の(3)ウのとおりであるが,甲3,26号証,乙7ないし11号証によれば,肺癌は,組織型により生物学的特性,発生部位,進展様式,治療法,予後が異なるため,肺癌の診断には,組織型の確定が必須であり,Ⅰ期ないしⅣ期の病期の決定も要求されることを認めることができる。 (2) 1回目の入院期間中又は平成10年11月9日時点における確定診断の可否についてア前記のとおり,C医師は,平成10年10月10日,Aに関し肺 病期の決定も要求されることを認めることができる。 (2) 1回目の入院期間中又は平成10年11月9日時点における確定診断の可否についてア前記のとおり,C医師は,平成10年10月10日,Aに関し肺炎と診断するとともに肺癌を疑い,同日からの1回目の入院期間中に,胸部レントゲン検査,胸部CT検査,ツベルクリン反応検査,喀痰抗酸菌塗抹検査,喀痰結核菌群核酸増幅同定検査,腫瘍マーカー検査及び気管支鏡検査を実施している。そして,甲19号証の1,乙7号証によれば,経皮的肺針生検は,画像検査において肺野型肺癌が疑われ,経気管支的に診断が困難な症例に適応するところ,Aについて疑われていたのは肺門型の肺癌であるから,経皮的肺針生検がAに適応する検査であるとは認められない。また,乙20号証及び証人Cの証言によれば,被告病院には胸腔鏡下肺生検及び開胸肺生検を実施する設備はないから被告病院でこれらの検査を行うことはできない。そうすると,本件では,肺癌の確定診断のために必要とされる検査のうち被告病院で実施可能なものはすべて1回目の入院期間中に行われたものと認めることができる。 なお,原告は,ProGRP検査やヘリカルCT検査を実施すべきであった旨主張するが,甲3,7,26号証,乙7,14,15号証によっても,平成10年当時,肺小細胞癌の腫瘍マーカーとして,ProGRPがNSE以上に有用性のあるものとして一般的に広く使用されていたとまで認めることはできず,その他これを認めるに足りる証拠はない。また,C医師が胸部レントゲン写真及びCT写真の画像所見から既に肺癌を疑っていた以上,ヘリカルCT検査を実施すべき必要性も認められない。よって,原告の前記主張は採用できない。 イ 1回目の入院期間中に実施された諸検査の結果,画像所見では左肺門部に腫瘤影が認められ,腫瘍マーカー 以上,ヘリカルCT検査を実施すべき必要性も認められない。よって,原告の前記主張は採用できない。 イ 1回目の入院期間中に実施された諸検査の結果,画像所見では左肺門部に腫瘤影が認められ,腫瘍マーカー検査では,CEA,NSE及びSLXで陽性値が出ているが,甲3,6,7号証,甲19号証の1,乙7,9,10,15,16号証によれば,画像所見や腫瘍マーカーは,あくまでも間接所見にすぎず,これらの結果のみから肺癌の確定診断をすることはできないことが認められるから,1回目の入院期間中に肺癌の確定診断をすることはできなかったものといわざるを得ない。そして,被告病院で実施した病理学的検査の結果が陰性であった以上,平成10年11月9日の受診時においても,肺癌の確定診断をすることは不可能であったというほかない。 (3) したがって,争点(2)に関する原告の前記主張は,採用できない。 4 争点(3)(積極的に治療を開始しなかった注意義務違反の有無)について(1) 原告は,病理学的な確定診断を欠いていても臨床的には肺癌が疑われる場合,積極的に治療を開始すべきであると主張する。 確かに,臨床的に肺癌が疑われた場合,あるいは肺癌を否定できない場合には,積極的に治療に踏み切るべきであるとの意見もみられる(甲9号証)。しかし,甲2,3号証,乙7,8,10号証によれば,肺癌は,組織型により,特性,部位,進展様式,治療法,予後が異なるため,肺癌の治療には,組織診もしくは細胞診による組織型を確定した診断が必要不可欠であり,肺癌の疑いが持たれた場合は,検査を実施して肺癌の確定診断を行い,組織型を確定した後に局所の広がりや遠隔転移の有無の検査,治療に耐えられる体力の有無の検査等が行われるのが一般的であると認めることができる。また,病理学的な確定診断を得ずに治療を行うことはよほどの 組織型を確定した後に局所の広がりや遠隔転移の有無の検査,治療に耐えられる体力の有無の検査等が行われるのが一般的であると認めることができる。また,病理学的な確定診断を得ずに治療を行うことはよほどの緊急事態を除き不適当であるとの指摘もされている(乙10号証)。 そうすると,いかに画像所見等で肺癌が疑われたとしても,原則的には病理学的な確定診断を得てから治療を開始するものというべきであり,一般的に病理学的な確定診断を欠いても積極的に治療開始に踏み切るべきであるとまでいうことはできない。 (2) 乙20号証及び証人Cの証言によれば,被告病院には常勤の呼吸器専門医がおらず,癌の治療設備もなく,癌と診断された患者はすべて他院へ紹介している実情にあるものと認めることができるところ,本件においてAに対し確定診断を得ずに被告病院で治療を開始すべき緊急事態等の存在を認めるに足りる証拠はないから,C医師が肺癌の確定診断を欠いたままAに対し積極的に肺癌の治療を開始すべき義務まで負うものと認めることはできない。 (3) したがって,原告の前記主張はその前提となる注意義務自体を認めることができないから採用できない。 5 争点(4)(転医勧告義務違反の有無)について(1) 転医勧告義務医師ないし医療機関は,人の生命及び健康を管理する業務に従事するものとして,診療契約に基づき,又はその業務の性質に照らし,患者の症状に応じて善良な管理者の注意をもって,診療当時の医療水準に適合した措置をとるべき義務を負うものと解される。そして,診察の結果等により,重篤な疾病の可能性が予想されるが人的又は物的事情から自らその確定的な診断を下すことが困難な場合には,状況に応じて患者又はその家族等に病状を説明し,必要な情報を与えて,他の専門医又は検査のための設備を有する大病院において精密検査 人的又は物的事情から自らその確定的な診断を下すことが困難な場合には,状況に応じて患者又はその家族等に病状を説明し,必要な情報を与えて,他の専門医又は検査のための設備を有する大病院において精密検査を受けるべきことなどについて,指示ないし指導すべき転医勧告義務を負うものと解される。 (2) 本件においてAに対して転医勧告すべき時期前示のとおり,1回目の気管支鏡検査の病理学的診断結果はすべて陰性であり,肺癌の確定診断はできなかったものの,胸部レントゲン写真及び胸部CT写真上左肺門部のリンパ節腫大か腫瘍を疑わせる像が認められ(乙2号証,4号証の4,6及び7,5号証の1ないし6),これについてC医師は,肺炎症状がおおむね治まった平成10年10月21日の胸部レントゲン写真の陰影が,同年5月7日のものより明らかに大きく,かつ肺炎症状のあった同年10月12日のものとあまり変化がないとの理由から肺癌が疑わしいと判断していたものであり(証人C),D医師も1回目の気管支鏡検査の視診で認められた異常所見の原因については炎症よりも肺癌を疑い(乙2,12号証),また,1回目の入院期間中の腫瘍マーカー検査の結果,CEA,SLX及びNSEが陽性値であったのである(乙2号証)。そうすると,1回目の気管支鏡検査の結果が陰性であったとしても,その後も引き続き,Aについては,肺癌の可能性を否定できないと判断すべき状況にあり,C医師はこれを認識していたものと認めるのが相当である。そして,既に述べたとおり,被告病院においては1回目の入院期間中に行った検査以上の検査を実施して肺癌の確定診断をすることは不可能であるから,1回目の入院期間中の諸検査結果が出た後の平成10年11月6日の診察時には,Aに対し肺癌という重篤な疾病の可能性が予想されるが,被告病院自らはその確定診断ができな 診断をすることは不可能であるから,1回目の入院期間中の諸検査結果が出た後の平成10年11月6日の診察時には,Aに対し肺癌という重篤な疾病の可能性が予想されるが,被告病院自らはその確定診断ができないことが明らかになっていたものと考えられる。したがって,C医師としては同診察時においてAに対し,肺癌の疑いがあることを告げて専門病院等への転医を勧告すべき義務を負っていたものと認めるのが相当である。 これに対し,原告は,平成10年5月7日又は同年10月10日の診察時に転医勧告すべきであったと主張する。しかし,既に述べたとおり,同年5月7日の段階では被告病院の医師らがAに対し肺癌の検査を開始すべき義務を負うものと認めることはできないから,同日に転医勧告すべき義務まで認められないことは明らかである。また,前記のとおり,同年10月10日から同月24日までの1回目の入院は,種々の検査をするためにされたものであり,被告病院において実施可能な検査の中には肺癌の確定診断ができるものも含まれていた以上,検査実施前の平成10年10月10日の段階で直ちに転医勧告すべき必要性を認めることはできない。よって,原告の前記主張は採用できない。 (3) C医師がAに転医勧告をした時期乙1,2号証,証人Cの証言及び原告本人尋問の結果によれば,C医師は,1回目の入院の際及び1回目の気管支鏡検査を実施する際,A及び原告に対し肺癌の疑いがあることを告げ,また,平成10年11月6日の診察時には,肺癌の確定診断はできないが肺癌が疑われる状態であることを説明して大病院かがんセンターへの転医を勧め,その後も転医勧告を継続して行っていた事実を認めることができる。 これに対し,原告は,平成10年12月20日ころまで肺癌の可能性についての告知がなく,がんセンターへの転医といった具体的な助言はなか め,その後も転医勧告を継続して行っていた事実を認めることができる。 これに対し,原告は,平成10年12月20日ころまで肺癌の可能性についての告知がなく,がんセンターへの転医といった具体的な助言はなかったと主張し,「平成10年の間はC医師からがんセンターへの転医勧告はなかった。」,「平成10年11月6日に肺癌の疑いが残るから精密検査の必要があるとは言われていない。」等と述べている(甲18号証,原告本人)。しかし,これとともに原告は,1回目の気管支鏡検査の実施の際及び平成10年11月6日の診察時に,C医師から癌の疑いがあるとの説明を受けた旨の供述をし,また,同日の診察時にC医師から「どこか大きい病院へ行ってみたらどうですか。」と言われたと述べているのである(甲18号証)。こうした原告本人の供述に,カルテの記載(乙1,2号証)及び証人Cの証言を併せ考慮すると,肺癌の可能性の告知やがんセンターへの転医勧告がなかったとの前記原告の供述部分はにわかに採用できず,他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。 (4) C医師の転医勧告方法の適否について原告は,仮に患者が医師から転医勧告を受けても,その内容が不明確な場合は,患者が適切に意思決定をすることができないから転医勧告がなされたものと評価することはできないと主張するので,進んで転医勧告の方法の適否について検討する。 ア転医勧告義務の内容等について前示のとおり,医師は,一定の場合に患者に対し転医勧告すべき義務を負うものであるが,転医するか否かは最終的には患者自身の判断にゆだねられていることによると,転医勧告は,転医するか否かについて患者自らが判断するのに必要な情報を,当該患者やその家族が理解できるような形で提供した上でなされることを要するというべきである。したがって,転医勧告義務には,当該患者 医勧告は,転医するか否かについて患者自らが判断するのに必要な情報を,当該患者やその家族が理解できるような形で提供した上でなされることを要するというべきである。したがって,転医勧告義務には,当該患者ないしその家族に対し,患者の現在の病状及びその原因,転医を必要とする理由及び目的,転医をしない場合に予想される具体的な予後等について説明すべき義務が当然内包されているものと解するのが相当である。 イ本件で行われた転医勧告についての検討(ア) 平成10年11月6日以後のAの病状に関するC医師の認識について乙1,3号証によれば,平成10年11月下旬ころから,Aに胸痛や胸部雑音等が出現し,咳き込みも悪化し,2回目の気管支鏡検査の視診では,1回目の同検査では認められなかった異常所見が認められ,D医師も「やはり悪性を考えたい」との判断を示し,病理学的診断では「小細胞癌の疑い」との結果が出ている。また,証人Cの証言によれば,C医師としても,平成10年11月6日以後,Aの咳が悪化し痰も強くなってきたことを認識していたものと認められ,平成10年12月13日のカルテ(乙1号証)には「5/7→11/6→12/7 不変ではなく,左肺門部の影は増大している!!」旨記載していることによると,上記の影の増大に危惧の念を抱いていたものと推測できる。さらに,平成11年2月27日付けのがんセンターへの紹介状には「臨床的には癌は疑いなく」,「すでに手遅れの感もあります。」旨記載し,同年3月3日には,Aの娘に対し,原告の肺癌が手遅れの段階であると思われる旨話している(乙1号証)。これらの事実を総合すると,2回目の気管支鏡検査の結果が出た後の平成11年1月22日の診察時には,C医師は,Aが肺癌に罹患している可能性が相当高く,肺癌であればかなり進行した段階であると判断していたも らの事実を総合すると,2回目の気管支鏡検査の結果が出た後の平成11年1月22日の診察時には,C医師は,Aが肺癌に罹患している可能性が相当高く,肺癌であればかなり進行した段階であると判断していたものと推認することができる。 (イ) C医師の行った転医勧告の具体的な内容について乙1,2,20号証及び証人Cの証言によれば,C医師は,Aと原告に対し,平成10年11月6日の診察時には通常の2倍の診察時間をかけて,D医師の1回目の気管支鏡検査の所見内容も伝えながら,肺癌の証拠は出ないもののレントゲン写真やCT写真から肺癌の疑いが残ることを説明して大きい病院かがんセンターで精査する方がよいと勧告し,その後も折りに触れて転医を勧告していたものであり,また,平成11年1月22日の診察時には,2回目の気管支鏡検査の結果「小細胞癌の疑い」があること,癌の疑いがあるものの確定診断ができず精査が必要であること,及び,より高度の精査となるとかなり侵襲的になることを説明して転医を勧めたが,現在の咳を止めてもらえればよいとのAの回答を受けて,被告病院では調べきれないまま命をなくす可能性もある旨の説明をした事実を認めることができる。したがって,C医師としては,客観的な検査結果やこれに基づく前記判断に従い,Aに対し,病状及び推定される原因,がんセンター等で精査することの必要性,被告病院から転医しない場合の具体的な予後について説明した上で,転医勧告をしていたものと認めることができる。 (ウ) これに対して,原告は,適切な転医勧告を受けていれば転医していた旨主張し,「C医師はとても親切で,同医師から『癌の疑いはあるけど違う,大丈夫ですよ。』というようなニュアンスで言われて,期待を持たせられてきた。最初から癌の疑いがあるのであればそれなりの対応の仕方や心づもりがあった。」旨 も親切で,同医師から『癌の疑いはあるけど違う,大丈夫ですよ。』というようなニュアンスで言われて,期待を持たせられてきた。最初から癌の疑いがあるのであればそれなりの対応の仕方や心づもりがあった。」旨供述する(原告本人)。 確かに,証人Cの証言によれば,C医師は,Aについてひ弱で心配症のものであるような印象を持っていたため,説明の際には大きなショックを受けないように気を遣っていたものと認められ,実際,1回目の入院時にAに交付した入院診療計画書の病名欄には「肺癌の疑い」を明記していない(乙2号証)。また,1回目の入院時の看護記録(乙2号証)には「DrMT後,『癌じゃなくてよかった。癌だと思って遺言をどうしようかと悩んどった』と妻,Ptともにホッとしている。」,「気が弱くて,癌じゃないかとジメジメしていた。」旨の記載がある。加えて,C医師は,自分が呼吸器内科の専門医でないこと,及び,被告病院には呼吸器内科の常勤の専門医がおらず,癌の治療設備もないことをAや原告に説明しておらず(証人C),また,Aには経済的余裕がないとの事情はあったものの,最終的にはがんセンターに転医,入院し,医療補助を受けてがんセンターに対する支払をしている(原告本人)。これらの事情によると,Aや原告がAの病状を楽観的に受けとめ,転医の必要性を理解していなかったため,平成11年2月24日まで転医を決意しなかったものと解する余地もないではない。 しかし,カルテ(乙1号証)には,平成10年11月20日,同年12月2日,同月7日,同月18日,平成11年1月22日及び同年2月24日の各診察日の欄に,Aについて肺癌の可能性が否定できない旨のC医師の診断内容が記載され,平成10年12月13日欄には左肺門部の陰影が増大している旨の指摘があり,同月7日及び平成11年1月22日の各診察日欄に の欄に,Aについて肺癌の可能性が否定できない旨のC医師の診断内容が記載され,平成10年12月13日欄には左肺門部の陰影が増大している旨の指摘があり,同月7日及び平成11年1月22日の各診察日欄には,A又は原告に対し,肺癌の疑いがあるとの説明をした旨の記載がされていることが認められ,これに乙20号証及び証人Cの証言を考え併せると,前記のとおり,C医師は,平成10年11月6日以降も,Aや原告に対し,肺癌が疑われる旨の診断内容を繰り返し説明していたものと認めるのが相当であり,甲18号証の記載及び原告の供述のみから,C医師がAらに対し,「大丈夫です。」等の安易な説明を続けていたとの事実を認めることはできない。 また,Aや原告がAの病状について楽観的に受けとめていたことをうかがわせる記載は前記1回目の入院時の看護記録(乙2号証)以外には認められない。そして,Aが,平成10年11月6日以後,同月20日,同月29日,平成10年12月2日,同月7日,同月13日,同月14日,同月18日と頻繁にC医師の診察を受け,また,C医師が原告に対し,肺癌が一番考えられやすいとの説明をして,以後毎日点滴を行うこととした平成10年12月7日以降,同11年1月2日までの間,毎日被告病院に通院して点滴を受けていたAの受診態度を考慮すると,Aや原告がAの病状について楽観的に受けとめ続けていたものとは考え難い。加えて,前示のとおり,C医師は,平成10年11月6日以降も折りに触れてAや原告に転医を勧告し,同11年1月20日には1人で検査結果を聞きに来院した原告に対し,A本人も同席の上で結果を報告する旨伝えて同月22日に再度来院するよう求め,これを受けて来院したAと原告に対して,検査結果や病状を告げて転医の必要性や転医をしない場合の具体的な予後について説明していたものであって で結果を報告する旨伝えて同月22日に再度来院するよう求め,これを受けて来院したAと原告に対して,検査結果や病状を告げて転医の必要性や転医をしない場合の具体的な予後について説明していたものであって,Aが転医を決意した同年2月24日にのみ詳しい説明がされたとの事情は本件証拠から認めることができない。 さらに,同年1月22日には「今の咳さえ止めてもらえればよい。」と現在の症状を楽にすることを望んでいたAが,転医を決意した同年2月24日には「胸痛がありなんとかして欲しい。」旨訴えており,その際処方された2週間分の内服薬も胸の痛みのため1週間で服用してしまった事実(乙1号証)からすると,Aが転医を決意した前記平成11年2月24日ころには,Aの病状が被告病院で症状を楽にすることすら困難な程度に悪化していたものと推認できるのであり,これが,Aの転医の決意に大きく影響したことがうかがわれるのである。この点に関し,前示のとおり,Aは,平成10年5月7日の本件初診時において,B医師から,次回受診時に成人検診の結果を聞くとともに以前のレントゲン写真との比較診断を受けるようにとの指導を受けたにもかかわらず,その後約5か月間受診せず,咳,痰,胸の息苦しさ等の症状が現れた同年10月10日に至ってようやく受診しているのであり,また,乙2号証及び証人Cの証言によると,Aは,肺炎の治療並びに肺結核及び肺癌の検査をするための1回目の入院中においてすら,被告病院の看護婦から注意を受けても病室での喫煙を止めず,原告も,Aに対し喫煙について注意していなかったことが認められる。これらの事実からすると,A及び原告は,被告病院の医師らの医学的な見地に基づく指示ないし助言を尊重してこれに従おうとするよりも,Aのその時々の具体的な症状等を重視して行動していたことがうかがわれる。なお, の事実からすると,A及び原告は,被告病院の医師らの医学的な見地に基づく指示ないし助言を尊重してこれに従おうとするよりも,Aのその時々の具体的な症状等を重視して行動していたことがうかがわれる。なお,Aが,がんセンターのE医師から癌の告知並びに予後及び今後の治療に関する説明を受けた際,化学療法により現在の症状(特に咳)が軽減されると聞いて喜んでいた事実(甲12号証)も考慮すると,Aは,咳等の具体的な症状を楽にすることを相当重視していたものと考えられる。 以上のとおりであるから,結局,Aが平成11年2月24日まで転医を決意しなかった理由が,自らの病状や転医の必要性を理解していなかった点にあるとまで認めることはできず,したがって,病状や転医の必要性に関するC医師の説明がAや原告において理解できない不適切なものであったと認めることはできない。 (エ) よって,C医師の転医勧告の内容,方法が前記注意義務に反する不適切なものであったとまで認めることはできず,この点に関する原告の前記主張は採用できない。 (5) 以上のとおり,C医師がAや原告に対し行った転医勧告に関し,注意義務違反があったものと認めることはできないから,この点に関する原告の前記主張は理由がないものといわざるを得ない。 6 争点(5)(専門病院との連携義務違反の有無)について原告は,被告病院には,地理的経済的理由で被告病院での治療を希望しているAに対し,専門病院と連携して適切な検査,診断,治療を進める義務があったと主張する。 前示のとおり,医師ないし医療機関は一定の場合に転医勧告義務を負うものであるが,患者の一般状態が搬送に耐え得ない場合や患者の病状との関連で搬送可能な地域に適切な設備や専門医を配置した医療機関がない場合は格別,転医勧告に従わない患者に対し,専門病院と連携して当該病院で患 るが,患者の一般状態が搬送に耐え得ない場合や患者の病状との関連で搬送可能な地域に適切な設備や専門医を配置した医療機関がない場合は格別,転医勧告に従わない患者に対し,専門病院と連携して当該病院で患者に検査,治療を受けさせるべき義務まで一般的に負うものと解することはできない。 本件においては,被告病院の医師らは,Aに対する転医勧告義務を尽くしているところ,Aについてその病状からがんセンターへの搬送に耐え得ないなどの事情がうかがわれない以上,転医勧告に従わなかったAに対し,被告病院の医師らが専門病院との連携の下で検査や治療を行うべき義務までも負うものと認めることはできない。 よって,争点(5)に関する原告の主張は,その前提を欠くので採用できない。 7 争点(7)(延命利益の喪失)について(1) 被告は,この点に関する原告の主張について,時機に後れた攻撃方法の提出であると主張し,民事訴訟法157条1項に基づく却下の申立てをしているが,原告が証拠調べ期日終了後に前記主張を提出したことにつき,原告に故意又は重大な過失があったとまで認めることはできないから,同条項に基づく被告の前記申立ては理由がない。 (2) 原告は,被告病院の医師らの前記注意義務違反により,延命利益を侵害されたと主張する。しかし,既に述べたとおり,被告病院の医師らのAに対する診療行為につき注意義務違反を認めることはできない。 したがって,争点(7)に関する原告の前記主張は,その余の点を判断するまでもなく採用できない。 8 争点(8)(がんセンターへの転医が無意味であるという趣旨の不適切な説明の有無)について原告は,C医師が平成11年3月3日にAの娘と面談した際に(以下,これを「本件面談」という。),軽率不用意な発言をし,これによってAに対し大きな精神的苦痛を与えた旨主張する。 確 の有無)について原告は,C医師が平成11年3月3日にAの娘と面談した際に(以下,これを「本件面談」という。),軽率不用意な発言をし,これによってAに対し大きな精神的苦痛を与えた旨主張する。 確かに,乙1号証によれば,本件面談時に,C医師がAの娘に対し「手遅れの段階でがんセンターへの紹介状も役に立たない段階とも思われる。」旨の発言をし,Aの余命について「平成11年4月か5月ころまで」と答えたことが認められる。 しかし,本件面談の際に,C医師が,Aの娘からAや原告ががんセンターへ転医する意向を有していることを聞いた上で,症状を軽くするためには入院が必要である旨の助言もしていることを考慮すると,C医師の前記「役に立たない」旨の発言は,がんセンターに転医しても救命は難しいとの見通しを示したものと解することができるのであり,がんセンターへの転医が全く意味がないとまで述べたものと直ちに認めることはできない。そして,平成11年3月にがんセンターで肺小細胞癌のⅢ期bと診断されていること(甲13号証)からすると,本件面談時点での病期も同程度であったものと推測することができ,がんセンターの担当医であるE医師は,平成11年3月17日の時点で,無治療であれば余命3か月程度と判断している(甲12号証)から,余命に関するC医師の前記回答は無治療を前提とすれば不適切とまでいうことはできない。したがって,本件面談の時点でC医師が医学的に判断していたAの予後に関する見通し自体は客観的に不適切なものであったと認めることはできない。 また,乙1号証及び証人Cの証言によると,本件面談において,C医師は,Aの娘に対し,その質問に答えながら,Aの病状及び予後の見通し等について相当詳しい説明をしているが,Aの娘はC医師に対して,説明を聞いた後に礼を述べていることが認められ,C医 談において,C医師は,Aの娘に対し,その質問に答えながら,Aの病状及び予後の見通し等について相当詳しい説明をしているが,Aの娘はC医師に対して,説明を聞いた後に礼を述べていることが認められ,C医師の説明の内容及び説明の仕方がAの娘の感情を害するものであったことは全くうかがわれないのである。その上,C医師が本件面談時に説明をした相手はA本人でなくその娘であり,同人からAに対しC医師の説明内容がどのように伝えられたかは証拠上明らかでないから,C医師がAの予後に関する前記見通しについてAの娘に説明したことにより,直ちにA本人が精神的ショックを受けたものと認めることは困難であるといわざるを得ない。 よって,争点(8)に関する原告の前記主張は理由がない。 9 結論以上のとおりであるから,原告の本訴請求は,その余の主張について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官佐藤真弘裁判官松田敦子

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