平成17(わ)1298 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
平成18年4月6日 札幌地方裁判所
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判決文本文10,789 文字)

- 1 -(事案の要旨)被告人が,同居して介護に当たっていた認知症の被害者(被告人の実姉)の反抗的態度に立腹し,被害者に対し,無理やり寝かせようと考えて,被害者の左脇腹付近に自分の右膝を乗せて圧迫するなどの暴行を加え,死亡させた事案主文被告人を懲役3年6月に処する。 未決勾留日数中90日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は,平成17年8月2日午後2時ころ,北海道江別市a町b番地のcA(当時71歳)方において,自己が介護に当たっていた実姉である同女の反抗的態度に立腹し,同女に対し,同女が布団から起きあがろうとするや,無理やり寝かせようと考え,その両肩付近を両手で押さえ付け,その左脇腹付近に右膝を押し付けるなどして同女を押し倒し,さらに,同女の両肩付近を両手で押さえ付けたまま,同女の左脇腹付近に右膝を乗せて圧迫するなどの暴行を加え,同女に肋骨多発骨折の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同女を上記傷害に基づく動揺胸郭及び外傷性気胸による窒息並びに筋肉内出血による出血性ショックにより死亡させたものである。 (証拠の標目)省略(事実認定の補足説明)第1 争点 弁護人は,被告人は,両手で被害者の両肩を押さえ付けたが,これは被告人が介護する立場上,被害者におとなしく寝ていてもらいたいとの一心から行ったものであって,不法な暴行には該当しない,そして,被告人は他に暴行を加えておらず,仮に両肩を押さえる以外の暴行があったとしても,故意がないの- 2 -で過失致死罪が成立するにすぎず,本件公訴事実(判示事実と同旨)について被告人は無罪であると主張する。被告人は,捜査段階においては,公訴事実に沿う自白をしていたが,公判においては,布団の上で上半身を起こした被害者の両肩を押して,被害者を倒したことはあるが,その後,暴行を 告人は無罪であると主張する。被告人は,捜査段階においては,公訴事実に沿う自白をしていたが,公判においては,布団の上で上半身を起こした被害者の両肩を押して,被害者を倒したことはあるが,その後,暴行を加えた記憶はないと,弁護人の上記主張に沿う供述をしている。 第2被害者の死亡経過の概要及び死因 被告人の捜査段階の供述のうち任意性に争いのない部分及び被告人の公判供述,被害者の死亡に関する客観的証拠によれば,以下の事実は明らかである。 被告人は,平成15年4月から,認知症・舞踏病に罹患していた被害者と2人で同女方に住み,その介護をしていた。 本件当日の平成17年8月2日の午後2時ころ,被害者は自宅の自分の布団が敷いてある部屋で,冬物のカーディガンを着ていた。被告人は,被害者が夏なのに冬服で外を歩いたりすれば近所の人に笑われるなどと思い,被害者にカーディガンを脱ぐように言った。しかし,被害者がこれに従わなかったことから,両手で被害者の両手首を掴んでひねり上げ,被害者が両腕を振るって抵抗すると,左手を放して被害者のカーディガンを掴んで引っ張り,これを無理やり脱がせた。被害者は,その反動で布団の上に倒れたが,そのころ「ひどいね。」などと言った。被告人がそのカーディガンをしまって,再び被害者を見ると,被害者は,上半身を起こそうとしていた。そこで,被告人は,被害者に寝ていて欲しいなどと思い,「寝ときっ。」と言って,両手で被害者の両肩を押して被害者を布団の上に倒した(この押し倒した態様や,その後右膝を乗せて圧迫したことなどについて争いがある。)。 その後,被告人は,被害者が布団の上でおとなしくなったことから,被害者に掛布団を掛け,被害者のおむつを買いに出かけた。被告人は,帰宅後の同日午後4時半過ぎころ,被害者に声をかけたが返事がなかったため,被害者の 告人は,被害者が布団の上でおとなしくなったことから,被害者に掛布団を掛け,被害者のおむつを買いに出かけた。被告人は,帰宅後の同日午後4時半過ぎころ,被害者に声をかけたが返事がなかったため,被害者の様- 3 -子を見ると,被害者は,被告人が買い物に出かけたときと同じく,上記布団を掛けた状態で横になっていた。被告人は,さらに被害者の顔を叩くなどしたが,反応がなかったため,救急車を呼び,被害者は病院に搬送されたが,その後死亡していることが確認された。 被害者の死体の鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)及び同鑑定を行った医師Bの警察官調書によれば,①被害者の死亡推定時刻は,平成17年8月3日午後3時17分の解剖開始前約24時間前後であること,②死因は,左右側胸部打撲ないし圧迫によって肋骨多発骨折を来たし,その結果生じた,動揺胸郭及び外傷性気胸による窒息並びに広範囲の筋肉内出血による出血性ショックであること,③上記肋骨多発骨折が生じた原因は,同死体には外部所見として,左側胸部後に19cm×8cmの変色が,右側胸部にも同様の変色が存在したことから,胸部の左右やや後からのある程度の面を持った物体による打撲ないし圧迫であることが認められる。そして,上記1の被害者が死亡した経緯を併せて検討すれば,上記肋骨多発骨折は,被告人が本件当日午後2時ころ,被害者を上記のとおり布団の上に倒したときから被害者がおとなしくなるまでの間に生じたものと認めることができる。 第3自白の任意性及び信用性について 被告人の自白の内容被告人は,平成17年9月27日から同年10月3日まで任意の取調べを受け,同日付け警察官調書において,以下のように被害者に対する暴行を自白した。 すなわち,「当時,姉に抵抗されたことや文句を言われたことで頭に来ていて,静かにさせて,昼寝を 月3日まで任意の取調べを受け,同日付け警察官調書において,以下のように被害者に対する暴行を自白した。 すなわち,「当時,姉に抵抗されたことや文句を言われたことで頭に来ていて,静かにさせて,昼寝をさせるため無理矢理布団に押し倒した時,自分の足が姉の胸辺りを押し付けていることは間違いなく,自分の83キロの体重が姉の胸にのしかかり,起き上がれないようにしたことも間違いないのです。」「(カーディガンをしまった後)姉を見ると布団の上で上半身を起こし私に向- 4 -って『ひどいねえ。』と言う言葉を言って来ました。」「上半身を起こした姉は,真っすぐ正面を向いていたか,立ち上がろうとして,少し右側を向いていたように思います。私は姉の左側の腹辺りから胸にかけ,右膝もしくは両膝からすねの辺りを押し付けて,うるさい姉を押し倒しました。その時,両手で姉の体を押していると思います。当然,私の膝からすねに私の体重がかかり,つまりは姉の腹から胸にかけて,私の83キロの体重が思いっきり,かかっています。腹が立っていたので30秒程はそういう状態で押し付けていました。(その後,被害者がおとなしくなり,掛布団を掛けてその部屋を出た。)」というものである。 被告人は,同月4日午前零時55分に通常逮捕され,警察官・検察官の各弁解録取及び勾留質問でも,被疑事実(被害者に,左胸付近を膝で強く押し付ける等の暴行を加えて死亡させた旨)を認めた。その後の供述調書も,犯行状況に関するもの(同月11日付け警察官調書,同月18日付け検察官調書はほぼ同趣旨であるが,乙7号証(同月18日付け検察官調書)では,要旨「ひどいねと非難されとても腹が立った。今はおとなしく寝ててほしい,起き上がってこないで欲しいと思った。そこで,起き上がろうとしている姉に対し,前屈みの姿勢をとり,両手で姉の両肩付近 書)では,要旨「ひどいねと非難されとても腹が立った。今はおとなしく寝ててほしい,起き上がってこないで欲しいと思った。そこで,起き上がろうとしている姉に対し,前屈みの姿勢をとり,両手で姉の両肩付近を押さえ,自分の右膝を姉の左の脇腹辺りに押し付け,布団の上に押し倒した。『今は,おとなしくしてて。起きてこないで。』という一心で,両肩付近を両手で押さえつけ,右膝を左脇腹付近に乗せて,そのまま姉の上に乗っかり,10秒から30秒位布団に押さえ付けた。」と述べている。 弁護人の主張弁護人は,被告人の上記10月3日付け警察官調書の自白部分につき,任意性・信用性がないと主張する。すなわち,取調べ担当のC警察官は,本件鑑定書等から暴行態様を想定した上,記憶がないという被告人の供述を聞き入れず,婦人警察官を被害者役にして被告人に再現を求め,「違う。もうちょっとこっ- 5 -ちだ。もうちょっと左わきのほう。うんそうそう。」などと暗に指示したり,納得の合図を出したりした。被告人は,C警察官の誘導に迎合して体位を再現し,自白調書の作成に応じたというのである。弁護人は,その後の上記検察官調書等についても,訴えを取り合ってもらえない被告人が絶望感,無力感に陥って供述したもので,同様であると主張する。被告人も,公判において,これらの主張に沿う供述をしている。 任意性について(1) 証人Cの公判供述,被告人の公判供述等の関係証拠によれば,10月3日に被告人が犯行を自白する前の経緯は,以下のとおりである。 被告人は,平成17年9月27日から10月2日まで,毎日,D警察署に出頭してC警察官から取調べを受けた。被告人は,被害者ともめごとになり,カーディガンを脱がせた反動で,被害者が布団の上に倒れたことを認め,一時は,被害者を蹴ったとも供述したが,そのほかの暴行は 署に出頭してC警察官から取調べを受けた。被告人は,被害者ともめごとになり,カーディガンを脱がせた反動で,被害者が布団の上に倒れたことを認め,一時は,被害者を蹴ったとも供述したが,そのほかの暴行は否定し(C証言),あるいは,被害者の肩を押して倒したが,あとは分からない(被告人供述)と供述していた。C警察官は,同月1日,本件鑑定書等による情報に基づき,被害者の肋骨が多数折れていたことを説明して,被告人を問い質した。このころ,被告人は自宅で自殺を図っている。同月2日夜,被告人は,被告人の次女のEとの電話で「全部正直に話して。」などと言われ,同女に対し,「ママもそれが原因でそうなったと始めは思っていなかったんだ。警察の人から話を聞いて,あれが原因でお姉ちゃんが死んだということが分かった。」などと話した(Eの警察官調書)。次女との電話の後,被告人は,自宅近くにいた捜査員に対し,「踏ん切りがついた。明日はちゃんと話しますので,担当の刑事さんにお伝え下さい。」などと述べた(捜査報告書)。 そして,被告人は,同月3日午前10時50分ころから,D警察署で再び取調べを受けた。 (2) C警察官は,被告人が自白した経緯について,以下のとおり証言する。 - 6 -10月1日に肋骨骨折について説明したときは,被告人は,怖いと言って泣いていた。2日には,肋骨骨折のことを聞いて,あっと思うようなことがあるが,それについては言えないと述べていた。3日の取調べでは,被告人は,服を脱がせて倒れた後,被害者を寝かそうとしたときに,左側の脇腹を(右膝だけか両膝かはあいまいだったが)膝で押さえつけたということを最初に言った。 Cは,解剖医から,「左あるいは前からの暴行があったのであれば,右あるいは後ろからも暴行があった可能性がある。」と聞いていたので,被告人が左側から膝を押 )膝で押さえつけたということを最初に言った。 Cは,解剖医から,「左あるいは前からの暴行があったのであれば,右あるいは後ろからも暴行があった可能性がある。」と聞いていたので,被告人が左側から膝を押し付けただけというのは納得がいかず,何度も右側に回り込んでいないかなどと質問したが,左側だけからという点は一貫していた。そこで,婦人警察官に取調室の壁を右側にして仰向けに寝てもらい,被告人に再現させたところ,被告人は,同警察官の左の腰の辺りに位置して,しゃがみ込むように右膝を脇の方に当てるようにした。被告人は,すんなりその姿勢を取っており,被告人に指示したことはなかった。この日,被告人は,両手を被害者の両肩にあてがって,後ろに押し込むようにしたとも供述したが,中腰で前かがみになることがつらそうだったので,壁に両手を突いて再現させた。 (3) このC証言は,その内容に格別不自然な点はなく,上記(2)認定の経緯(解剖所見の説明,被告人と娘との電話,被告人の自宅近くの捜査員に対する発言)にもよく符合する合理的なものである。上記10月3日付け警察官調書中の,要旨「自分が原因であることは間違いないため,大変なことになってしまったという気持ちもあって,正直な説明ができなかった。蹴ったので死んだのではないかと嘘を話していた。自殺しようとしたが死ねなかった。昨日,娘と電話で話して,『知っていることは話して。』と泣いて言われ,吹っ切れたという気持ちと,これ以上嘘を付くこともできないと思った。」という供述記載(同意部分)も,C証言及び上記経緯に沿うものである。 弁護人は,取調官は鑑定書等から暴行態様を想定して誘導したと主張するが,本件鑑定書は,肋骨多発骨折の原因は直達力による骨折と介達力による骨折の- 7 -二通りが考えられる,介達力による場合,前方と後方から広 取調官は鑑定書等から暴行態様を想定して誘導したと主張するが,本件鑑定書は,肋骨多発骨折の原因は直達力による骨折と介達力による骨折の- 7 -二通りが考えられる,介達力による場合,前方と後方から広い面による力によって生じたことが考えられる,左右胸部に対する打撲ないし圧迫が考えられるなどと述べるにとどまっており,このような記載から,具体的な暴行態様を想定し,まして特定することは困難である。また,被告人は,公判において,婦人警察官が右側を壁にして仰向けになり,C警察官がこういう姿勢だったらどうやって乗るかと聞いてきたので,婦人警察官の左側のおなか辺りに膝を掛けたなどと供述するが,被害者の左側に位置して被害者を押さえ付けたという点は,被告人が公判でも供述している上,前記のとおり,C警察官は,解剖医の説明をもとに,被害者の右側にも回り込んでいないかと質問したが,被告人は供述を変えなかったと述べているのであって,被告人の位置についてC警察官が誘導したとは考えられない。 一方,被告人の公判供述に従えば,被告人は,10月2日夜,次女との電話の後,自宅付近にいた捜査員に対し,「明日はちゃんと話します」と言ったにもかかわらず,翌3日の取調べにおいても,自発的には何ら新しい供述をしなかったことになる。また,被告人は,公判において,前夜,何を話そうと考えたのかと質問されても,「もう死ぬものも何もないもんですから。」などと言うのみで合理的な答えをしていない。 (4) 以上によれば,C証言の信用性は高いということができ,同警察官が何らの示唆も暗示もしなかったとはいえないにしても,上記自白部分がいずれも誘導に迎合したものであるという被告人の公判供述は,到底信用することができない。したがって,被告人は自発的に上記の暴行態様を供述・再現したものと認められる。その他 いにしても,上記自白部分がいずれも誘導に迎合したものであるという被告人の公判供述は,到底信用することができない。したがって,被告人は自発的に上記の暴行態様を供述・再現したものと認められる。その他の点でも任意性を疑わせる事情は窺われず,上記10月3日付け警察官調書の自白部分の任意性は肯定することができる。その後の上記検察官調書等についても同様である。 信用性について(1) 上記認定のとおり,被告人は,10月2日夜,次女から「全部正直に- 8 -話して。」と言われて,捜査員には「明日はちゃんと話します」と告げ,翌3日に上記暴行の態様を自白して再現し,弁解録取及び勾留質問においても,被疑事実を認め,その後も同様の暴行態様を自白していた。これらの自白内容は,後に,より詳細ないし明確になった部分はあるが,基本的に一貫している。こうした被告人の自白経過は,その信用性を強く裏付けるものである。 (2) 自白に係る暴行の態様について,鑑定を担当したB医師は,被告人の暴行再現写真のように,倒れた被害者役がやや右に体を傾けた状態のところに,被告人の右膝が被害者役の左側胸部に当たって,全体重を掛ければ,肋骨に多発骨折が生じうること,敷き布団が圧力によってつぶれて薄くなり,さらに被害者の左側胸部に乗った際の被告人の膝部分が前後,左右に動くなどのぐらつく状態で全体重をかけたならば,左側胸部のほか右側胸部にも変色及び骨折が生じうると供述しており(警察官調書),上記自白は死体の客観的状況と整合している。 (3) ところで,弁護人は,被害者(元教師であった。)は被告人にとって先生の立場であり,被告人は被害者に口答えしたことはなく,被害者に腹が立ったとしても,おとなしくさせるために,全体重を乗せて圧迫するようなことを故意に行うことは不自然不合理であると主張し, にとって先生の立場であり,被告人は被害者に口答えしたことはなく,被害者に腹が立ったとしても,おとなしくさせるために,全体重を乗せて圧迫するようなことを故意に行うことは不自然不合理であると主張し,被告人も,公判において,私がいつも生徒でしたなどと供述している。 しかし,被害者方の隣のアパートに住んでいた証人Fは,平成17年6月ころから,被害者方から,「どうしてできないの。」などという怒鳴り声や,ほおを平手で打つような音が聞こえ,平成17年6月ころから1か月位はそれぞれ4日に1回くらい,その後は毎日のように聞こえてきた,子供が虐待されていると思い,下宿のおばさんに相談したと証言している。被害者方の隣家に住む証人Gも,平成16年夏ころから,被告人が「早くパジャマ着替えろ。」「早く歯磨け。」などとヒステリックに怒鳴っている声をしょっちゅう聞くようになり,平成17年春から,ますます酷くなったと証言している。被害者が- 9 -通っていたデイケアサービスの職員らは,以前から被害者の身体に多数のあざができていたことに気付いていた(証人Hの証言等)。そして,被告人は,警察官調書において,平成16年4月ころ,ときどき被害者が被告人に体当たりをしたり,叩いてきたりしてきたので,大声で怒鳴ったり,頭に来て思い切り平手で顔を殴ったりしたことがあったこと,平成17年6月からは,大声で「何するの」「何でできないの」などと怒鳴ることが多くなり,口答えしたりする被害者に苛立って,言うことを聞かせるために被害者を叩くようになり,竹製の物差しで五,六回,平手で10回位叩いたこと,同年7月30日(公判では31日と訂正)には,被害者が体当たりしてきたので,物差しで叩いたことを供述している。 上記各証拠のほか,被害者の死体に多数のあざが存在したこと,被告人が救急車が来る前 と,同年7月30日(公判では31日と訂正)には,被害者が体当たりしてきたので,物差しで叩いたことを供述している。 上記各証拠のほか,被害者の死体に多数のあざが存在したこと,被告人が救急車が来る前にそれらのあざの上から何枚も湿布を貼っていることなどを総合すれば,被害者が服用していた血栓をできにくくするバイアスピリン錠の副作用により,皮下出血が生じやすく,消えにくい状態にあったこと(担当医Iの警察官調書)を考慮しても,被告人は,以前から被害者の言動に腹を立てて,大声で怒鳴りつけることが少なくなく,少なくとも平成17年6月ころからは,しばしば被害者の顔や体を叩いていたことが認められる。被告人は,公判において,平成16年秋に1回と平成17年7月31日に叩いただけであると供述しているが,上記各証拠に照らして採用できない。したがって,被告人の被害者に対する接し方は,弁護人が主張するようなものではなかったといえる。 (4) そこで,あらためて本件の経緯をみると,被害者の左手首からやや肘関節寄りの位置には捻転骨折があり,これは被告人が被害者の左手首を握りながら,被害者のカーディガンを無理やり脱がせた際に生じたものと認められ,このとき被告人は相当に強い力を出し,被害者もかなり強く抵抗したものと認められる。このような出来事の中で,上記自白にあるように,被告人が被害者に腹を立て,さらに被害者に「ひどいね。」と言われて,ますます腹を立てた- 10 -こと,そして,立腹した被告人が,手荒な方法を使ってでも,力ずくで被害者を寝かせておこうとしたことは,当時の被告人の被害者に対する乱暴な接し方にも照らすと,被告人の心情及び行動として決して不自然不合理とはいえず,十分ありうるものであったといえる。 (5) 他方,被害者の両肩を両手で押して倒した後,被害者がおとなし 害者に対する乱暴な接し方にも照らすと,被告人の心情及び行動として決して不自然不合理とはいえず,十分ありうるものであったといえる。 (5) 他方,被害者の両肩を両手で押して倒した後,被害者がおとなしくなって掛布団を掛けるまでの間について記憶がないという被告人の公判供述については,それ自体不自然であることは否定できない上,捜査段階の自白経過について述べたところからすれば,到底信用できないものである。 (6) 以上によれば,被告人の上記自白の信用性を肯定することができる。 第4 結論 以上に検討した,被害者の死亡経過の概要及び死因並びに任意性・信用性の肯定できる暴行態様についての被告人の自白によれば,被告人が被害者に対し故意に判示の暴行を加え,判示の傷害により死亡させた事実を認めることができる。そして,被告人の判示行為は,被害者を押し倒した点も含め,被害者の介護にとって必要なものではなく,行使された有形力の程度に照らしても,それが違法な暴行に当たることは明らかである。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法205条に該当するところ,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中90日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由) 被告人は,認知症等に罹患していた実姉である被害者の介護のために,平成15年4月から同居を始め,週3回のデイケアサービス以外のときは,被害者の介護を一人で行っていた。被害者の認知症が進行するに従い,被告人は,被害者を大声で叱るようになり,遅くとも平成17年6月ころからは,言うこ- 11 -とを聞かせるために,被害者の顔や体を手や物差しで叩くなどの暴行を加えるようになっていた。そして,犯行当日,以前にも何度か 大声で叱るようになり,遅くとも平成17年6月ころからは,言うこ- 11 -とを聞かせるために,被害者の顔や体を手や物差しで叩くなどの暴行を加えるようになっていた。そして,犯行当日,以前にも何度か注意していたのに,被害者が冬物のカーディガンを着ていたことから,近所の人に笑われるとの思いもあって,これを強引に脱がせて転倒させ,その際被害者に抵抗されたり,「ひどいね。」と言われたことから立腹し,起き上がろうとしていた被害者を無理やり寝かせておこうと考えて,本件犯行に及んだものである。 被告人は,介護に当たる者として,冬物のカーディガンを着るなどの被害者の行動が認知症に影響されたものであることを十分に心得た上で対処すべきであったのに,いたずらに立腹して冷静さを失い,あえて寝かせておく必要もないのに,無理やり寝かせようとして,本件犯行に及んだものである。しかも,被告人は,以前から,被害者が病気であることを忘れ,感情に流されて,姉であり高齢の被害者に対して,しばしば暴行を含む手荒な扱いをしてきたものであり,本件はこうした被告人の不適切な介護態度に由来するものである。 犯行の態様は,体重約49kgの被害者の脇腹付近に膝を押しつけるなどして押し倒し,その脇腹付近に膝を乗せた状態で,体重約83kgの被告人がその体重をかけて圧迫し,肋骨多発骨折の傷害を生じさせたというもので,乱暴で危険なものである。被害者に大きな苦痛を与えた上,その尊い生命を奪ったという本件の結果が重大であることはもちろんである。加えて,被告人は,救急車を呼んでいるものの,その前に被害者のあざの上に湿布を貼って,これまでの自己の暴行を隠蔽しようとし,その後も,周囲に対して被害者の死亡への関与を否定し,公判においても不合理な弁解を重ねている。こうした被告人の犯行後の態度もあって,被害 ざの上に湿布を貼って,これまでの自己の暴行を隠蔽しようとし,その後も,周囲に対して被害者の死亡への関与を否定し,公判においても不合理な弁解を重ねている。こうした被告人の犯行後の態度もあって,被害者の他の妹2名の被害感情には厳しいものがある。 一方,本件における暴行は,殴打や足蹴といった本来的な暴行ではなく,被害者に再び変わった行動をとって欲しくないと考えて,寝かせようとした行為が,立腹もあって,行き過ぎたものになったというべきである。従来,被告人は,被害者を真面目に介護しようという姿勢はあったものと認められ,被害- 12 -者に対するかつての暴行や大声による叱責も,被害者を虐めようという気持ちから出たものとは認められない。したがって,本件は,積極的な加害の意図で暴行を加えた事案や,もともと被介護者・被養育者に対して悪意をもって虐待していた者がそれと同様の暴行を行って死に至らせた事案とは質的に異なるものであり,本件の量刑に当たっては,この点に留意することが必要である。 また,被告人は,公判において,被害者が死亡した原因が自分にあることは認めており,それについて謝罪の気持ちを表している。被告人に前科前歴はない。 上記2のとおり本件の結果は重大であり,被告人に不利な情状は少なくないが,他方で,上記3の諸点も総合考慮して,主文の刑を定めたものである。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役6年)平成18年4月6日札幌地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官半田靖史裁判官多田裕一裁判官網田圭亮

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