主文 被告人を罰金15万円に処する。 その罰金を完納することができないときは、5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 被告人から30万円を追徴する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和元年7月21日施行の第25回参議院議員通常選挙に際し、広島県選出議員選挙の選挙人であり、かつ、同選挙に立候補する決意を有していたAの選挙運動者であるが、同人に当選を得しめる目的をもって、同人への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、平成31年4月3日、広島市B区C丁目D番E号(建物名及び部屋番号省略)被告人選挙事務所において、前記Aの配偶者であるFから、現金30万円の供与を受けた。 (証拠の標目)省略(事実認定の補足説明)第1 争点Fが被告人に対し現金30万円を渡したこと、その現金が、第25回参議院議員通常選挙の広島県選出議員選挙(以下「本件選挙」という。)において、Fの妻であるAに当選を得しめる目的をもってAへの投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬を含むものであったことは争いがなく、証拠上も優に認定できる。 本件の争点は、被告人において、①Fから受領したものが現金であると認識していたか、②現金であると認識していたとして、Aに当選を得しめる目的をもってAへの投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬を含むもので あると認識していたか、③本件公訴提起が公訴権を濫用してなされたものとして、公訴を棄却すべきかである。なお、②に付随して、被告人がAの選挙運動者に当たるかも争われている。 第2 当裁判所の判断 1 認定事実(1)被告人の立場やFとの関係性等ア被告人は、平 て、公訴を棄却すべきかである。なお、②に付随して、被告人がAの選挙運動者に当たるかも争われている。 第2 当裁判所の判断 1 認定事実(1)被告人の立場やFとの関係性等ア被告人は、平成27年、広島市B区から広島市議会議員選挙に立候補して初当選し、広島市議会議員となり、広島県選出の参議院議員であるGが幹事長を務めるなどしていたH会系のI党・Jに属し、Gの選挙を応援するなどした。他方、Fは、被告人の選挙区である広島市B区を含む広島県第三選挙区選出の衆議院議員であり、I党広島県第三選挙区支部支部長であった。 イ被告人は、広島市議会議員になる前の平成17年頃から、Fの衆議院議員選挙に際し、旗を持ってFやその支援者らと共に道路を歩いたり、Fの個人演説会の応援弁士をしたりした。 被告人は、広島市議会議員になってから本件までの間に、夏と冬、Fの事務所に呼び出され、Fから合計4回にわたり、封筒に入った現金10万円を渡されたが、始めの2回は、領収証の発行を求められることもなく趣旨が不明であることから事後に返金し、後の2回は、領収証の発行を求められるなどしたため、I党広島県第三選挙区支部からの寄附金として、被告人の政治団体の収支報告書に計上した。なお、Fが、本件までの間に、被告人の事務所を訪れたことはなかった。また、被告人は、広島市B区に甚大な被害をもたらした平成30年の豪雨災害等に関し、国に対する要望をFを通じて伝えるなどしていたことなどから、Fとの関係を大切にしていた。 (2)本件選挙をめぐる状況等令和元年7月4日公示、21日施行の本件選挙に関し、I党本部は、前年の平成30年7月頃、I党広島県支部連合会(以下「広島県連」という。)の公認申請を 経て、当時現職のGを本件選挙の公認候補者とすることを決定した。同年11月終わ 選挙に関し、I党本部は、前年の平成30年7月頃、I党広島県支部連合会(以下「広島県連」という。)の公認申請を 経て、当時現職のGを本件選挙の公認候補者とすることを決定した。同年11月終わり頃、I党本部は、二人目の公認候補者の擁立について広島県連の意見を求めたが、同年12月、広島県連はこれに反対した。にもかかわらず、I党本部は、平成31年3月13日、Aを二人目の公認候補者として擁立することを決定し、Aは、同月20日、本件選挙への立候補を表明した。この時点で、当時現職の参議院議員であったGら2名を含む複数の候補者が本件選挙への立候補を表明していた。広島県連は、二人目の公認候補者の擁立というI党本部の決定に反発し、同月中旬から下旬頃にかけて、本件選挙においてはGのみを支援し、Aの支援は行わない方針を決定した。 このような状況は、平成30年12月頃から平成31年3月下旬頃まで、新しい情報が出回るごとに新聞に掲載された。 また、被告人は、平成31年3月中旬頃、被告人の政治団体の事務担当者であるKから本件選挙にAが立候補することを伝えられた。 (3)本件金銭交付の状況被告人は、2期目の当選を目指し、平成31年3月29日告示、4月7日施行の広島市議会議員選挙の選挙運動期間中である平成31年4月3日の夕方、Fから被告人の選挙事務所で訪問を受けた。被告人は、事前に事務員を通じて、Fから、挨拶のために被告人の選挙事務所を訪問したいとして都合の良い時間を尋ねられたが、その日は午後7時から立て続けに3件個人演説会が予定されており、開始時刻前に会場入りして支援者等と話をしたいと考えていたことから、午後5時であれば大丈夫であると回答したが、Fから、午後6時にしてほしいと打診があったため、Fからの依頼ということもあり、これに応じた。しかし、Fは当 りして支援者等と話をしたいと考えていたことから、午後5時であれば大丈夫であると回答したが、Fから、午後6時にしてほしいと打診があったため、Fからの依頼ということもあり、これに応じた。しかし、Fは当日の午後6時になっても被告人の選挙事務所に現れず、被告人は、個人演説会の会場から催促の電話を複数回受けるなどし、焦りや怒りを感じつつ、Fの訪問を無視することもできず、Fを待ち続けた。Fは、午後6時半過ぎに被告人の選挙事務所を訪れ、被告人に頑張ってますねなどと言い、被告人が個人演説会に行くために選挙事務所を出ようとす ると、被告人の腕を引っ張るようにして、被告人を選挙事務所の横断幕の奥に連れて行き、現金30万円入りの封筒を被告人に差し出した。被告人は、この封筒を右手で受け取り、左側にいた妻に手渡し、選挙事務所から出て個人演説会の会場に向かった。 Fが被告人に手渡した封筒は、縦約18cm、横約9cmの白色封筒であり、1万円札30枚を入れると約3.53mmの厚みがあった。 なお、被告人は、受領の際やその後に、FやFの事務所関係者との間で、その現金30万円の趣旨や領収証に関して、何らのやりとりもしていない。 (4)その後の被告人の行動等被告人は、平成31年4月下旬頃、被告人の妻から、Fから渡されたものであるとして、現金30万円入りの封筒を渡された。なお、被告人の妻は、Fから受領した現金30万円を既に費消し、代わりの30万円を封筒に入れ、被告人に渡したが、被告人は当時そのことを認識していなかった。被告人は、Kに相談した上、選挙運動資金の収支報告書を提出済みであったことなどから、自らの政治団体の収支報告書に、I党広島県第三選挙区支部からの寄附金として、それを計上することとし、令和2年3月30日、その旨記載された収支報告書を提出した。被告 告書を提出済みであったことなどから、自らの政治団体の収支報告書に、I党広島県第三選挙区支部からの寄附金として、それを計上することとし、令和2年3月30日、その旨記載された収支報告書を提出した。被告人は、結局、令和2年3月中旬頃まで、その現金30万円入りの封筒を事務所の引き出しに保管した。 被告人は、本件選挙の公示の約1か月前の令和元年6月7日、Aの個人演説会に出席し、I党の2議席取得に向けた応援の言葉を述べ、その際、Fの乗る車に案内され、Fから封筒のようなものを渡されそうになったが、このような時期にこういうものは頂けませんなどと述べて受領しなかった。 被告人は、その後、令和3年2月9日、現金30万円を、Fの事務所に宛てて郵送した。 2 判断(1)被告人の認識について ア ①現金の認識について認定事実によると、被告人は、これまで被告人の選挙事務所を訪れたことのなかったFから、自らの選挙期間内の忙しい時期に、急きょ訪問したいとの意向を受けてFと面会することになった上、Fと面会した僅かの時間に、Fから事務所の奥に誘導されて封筒を手渡されている。しかも、その封筒は1万円札より僅かに大きい程度で、1万円札30枚を入れると相応の厚みになり、封筒内に相応の現金が入っていることは容易に想像がつく状態であった。加えて、被告人は、Fから、それまでにも複数回現金10万円入りの封筒を手渡された経験を有していた。これらによると、被告人は、Fから渡された封筒に相当金額の現金が入っていることを認識したことは明らかというべきである。 これに対し、被告人は、自身の個人演説会の予定が差し迫っていたことから、Fから受領したものが何か認識していなかった旨供述する。 被告人が二期目を目指す大事な選挙期間中であったことやFのために個人演説会に遅 、被告人は、自身の個人演説会の予定が差し迫っていたことから、Fから受領したものが何か認識していなかった旨供述する。 被告人が二期目を目指す大事な選挙期間中であったことやFのために個人演説会に遅れそうになっていたことなどからすると、被告人が当時焦りや怒りを強く感じていたことは理解できる。しかし、被告人は、焦りや怒りを感じつつも、Fとの関係から待ち続けた末、ようやく訪問してきたFが、挨拶程度のやりとりしかしていない中で、事務所の奥に誘導して直接封筒を手渡してきたのであるから、Fの訪問目的に直結する事柄について、封筒の中身につき何らの関心もなく認識もしていないなどというのは到底考え難い。その上、被告人は、Fから封筒を受け取った認識すらないなどとも供述しており、その供述は不合理極まりない。 被告人の供述は信用できない。 また、弁護人は、(ア)被告人は、平成31年4月下旬頃に、妻からFから渡された物があると告げられ、初めてFから渡された物が現金であると認識し、その後、Kと相談してそれを寄附金として処理することとし、Fが支部長を務めるI党広島県第三選挙区支部からの寄附金として政治資金収支報告書に記載して提出したこと、(イ)被告人は、令和元年6月7日のAの個人演説会に参加した際、Fから封筒を 渡されそうになったが明確に拒絶したことから、被告人は、本件封筒の受領時、現金の認識はなかった旨主張する。 しかし、(ア)についてみると、被告人が妻から告げられた時点で受領した現金の金額を明確に認識したとしても、受領時に現金と認識したこととは矛盾しない。 また、Kへの相談や収支報告書への記載は、現金の取扱いに苦慮した被告人が、何らかの形で適法な金銭の授受として処理できないかと考えて行ったものともみ得る。 (イ)についてみると、被告人は、本件の金銭交付 また、Kへの相談や収支報告書への記載は、現金の取扱いに苦慮した被告人が、何らかの形で適法な金銭の授受として処理できないかと考えて行ったものともみ得る。 (イ)についてみると、被告人は、本件の金銭交付の際には、自身の選挙期間中にFから突然現金を渡され、その時期等からAの当選に向けた選挙運動の報酬としての趣旨を感じ取りながらも、自身の個人演説会の会場入りが差し迫っていたことから、毅然とした対応ができなかった一方で、その後令和元年6月7日に封筒を差し出された際には、本件選挙の公示日の約1か月前でAの個人演説会に参加した機会の金銭の交付であり、あからさまな買収行為であると感じたことから、これを拒否したとも考えられる。弁護人のこれらの指摘を踏まえても、前記認定は揺るがない。 イ ②現金の趣旨の認識について認定事実によると、Aの本件選挙への立候補表明は他の候補者に比べて遅く、定員2名の選挙区に、現職議員が2名とも再選を目指して立候補を表明している中で、AがI党から二人目の公認候補者となった一方、広島県連からAへの支援は期待できない状態であり、本件選挙におけるAの選挙情勢には厳しいものがあった。そして、本件選挙におけるAの立候補や広島県連の方針等に関する一連の経過は、新しい情報が出回るごとに新聞等で報道されていた。また、被告人は、I党所属の広島市議会議員として、I党の公認候補者への支援を期待される立場にあったところ、これまでは同じ派閥に属するGの選挙を支援していた一方、Aの配偶者であるFとの関係を大切にしたいとも考えていたのであるから、本件選挙に関するAの動向や情勢は、被告人にとっても利害を有し関心を寄せるべき事柄であった。 加えて、被告人は、平成31年3月中旬、Kから本件選挙にAが立候補する旨を伝えられていた。 このようなAの立候 の動向や情勢は、被告人にとっても利害を有し関心を寄せるべき事柄であった。 加えて、被告人は、平成31年3月中旬、Kから本件選挙にAが立候補する旨を伝えられていた。 このようなAの立候補に関する一連の報道や被告人の置かれた立場、Kからの伝達内容に照らすと、被告人は、Fから現金を受領した当時、少なくとも、本件選挙においてAが厳しい情勢に立たされるであろうといった程度のことは当然に認識していたといえる。また、被告人の選挙区はFの選挙区に含まれていることや被告人がこれまでFの選挙の支援をしてきたことなども考慮すると、被告人は、本件選挙において妻であるAの当選に向けて活動するFから、Aの当選に向けた支援を依頼される可能性が十分にあることも、当然認識していたといえる。 そのような中で、被告人は、Aが本件選挙に立候補を表明してから約2週間という間もない時期に、これまで被告人の選挙事務所を訪れたことのなかったFから、突如訪問したいとの連絡を受けてFと面会し、Fから事務所の奥に誘導されて現金入りの封筒を手渡されている。そうすると、その現金に、本件選挙においてAの当選に向けて選挙運動をすることの報酬が含まれていることも当然認識していたというべきである。被告人が、過去には領収証を求められず趣旨不明との理由でFから手渡された現金を後日返還するなどしながら、今回受領した現金については、事後的にすら、F側にその趣旨や領収証の要否を尋ねるなどしておらず、この点も被告人が現金の意味を理解していたことを裏付けている。 被告人のこのような認識は、被告人が本件選挙よりも目の前の自らの選挙に関心が向いていたとしても否定されるものではない。 ウ以上によれば、被告人において、①Fから受領したものが現金であると認識しており、かつ、②それがAに当選を得しめる目的を りも目の前の自らの選挙に関心が向いていたとしても否定されるものではない。 ウ以上によれば、被告人において、①Fから受領したものが現金であると認識しており、かつ、②それがAに当選を得しめる目的をもってAへの投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬を含むものであると認識していたことが優に認められる。なお、これらの被告人の認識やFの認識を前提にすれば、被告人がAの選挙運動者に該当することも明らかである。 (2)③公訴権濫用について弁護人は、本件公訴提起までの過程に、㋐取調べ担当検察官による自白法則違反、㋑取調べ担当検察官による違法な司法取引、㋒東京地検特捜部による訴追裁量を逸 脱した不起訴、起訴猶予権限の不適正行使、㋓Fの公判担当検察官による異常な供述誘導による偽証、㋔東京地検特捜部による検察審査会の起訴相当議決への誘導、㋕検察審査会議決後の取調べ担当検察官による自白法則違反、㋖東京地検特捜部による訴追裁量を逸脱した起訴といった、重層的かつ重畳的な裁量の逸脱があり、その逸脱の程度は著しく、本件公訴提起は、公訴権を濫用した違法な起訴であるとして、公訴棄却すべきである旨主張する。 関係証拠によると、検察官は、不起訴を前提として被告人を取り調べ、被告人は、不起訴となることを期待して検察官の意に沿う供述をした上、Fの公判廷においても、検察官の意に沿う証言をしたことは否定できない。しかし、検察官はその後被告人に対する本件事件につき不起訴(起訴猶予)処分をし、検察審査会はその検察官の不起訴の判断は不当であり被告人を起訴するのが相当であるとの議決をし、本件公訴提起はその検察審査会の判断を踏まえてなされたものである。しかも、本件公訴提起は、被告人が異議がない旨述べたことから、略式命令の請求も同時になされている。このような本 当であるとの議決をし、本件公訴提起はその検察審査会の判断を踏まえてなされたものである。しかも、本件公訴提起は、被告人が異議がない旨述べたことから、略式命令の請求も同時になされている。このような本件公訴提起に至る経緯に照らすと、本件公訴提起が公訴を棄却すべきほどの違法性を有するとはいえない。 弁護人の主張には理由がない。 3 結論以上のとおり、被告人において、①Fから受領したものが現金であると認識しており、かつ、②それがAに当選を得しめる目的をもってAへの投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬を含むものであると認識していたことが認められる。また、③本件公訴提起が公訴権を濫用したものとして、公訴棄却すべきであるとはいえない。 (法令の適用)罰条公職選挙法221条1項4号、1号刑種の選択罰金刑を選択労役場留置刑法18条 追徴公職選挙法224条後段(被告人が取得した現金30万円は、公職選挙法224条前段の収受した利益に該当するが、既に費消してその全部を没収することができないので、その価額を追徴する。)(量刑の理由)本件は、当時現職の市議会議員であった被告人が、任期満了に伴う次期の選挙運動期間中に、国政選挙である参議院議員選挙に際して、選挙買収のための現金の供与を受けた事案である。 供与金額は30万円と高額で、本件は選挙の公正を害するおそれの高い犯行である。 被告人は、自身の個人演説会に間に合わなくなるかもしれない切迫した状況の中、選挙区を同じくする現職の衆議院議員であるFからの現金供与を拒みにくかったとの心情があったこともうかがえる上、本件供与によりAの支援をしたとまではいえず、積極的に選挙の公正を害したとはいえない。しかし、被告人は、市議会議員を務 議員であるFからの現金供与を拒みにくかったとの心情があったこともうかがえる上、本件供与によりAの支援をしたとまではいえず、積極的に選挙の公正を害したとはいえない。しかし、被告人は、市議会議員を務め、再選に向けた選挙運動を続けるなど、公職選挙法の遵守が強く求められる立場にあったのであるから、その意思決定には相応の非難がされるべきである。被告人の刑事責任は軽視できない。 これらに加え、被告人が、本件発覚後に受領した金額と同額の現金をF側に送付したり、検察審査会の議決を受けて、自らの意思で市議会議員を辞めたこと、さらには、Fから金銭を供与された他の地方議会議員らとの均衡、正式裁判請求前になされた略式命令の内容も考慮し、被告人に対しては、主文の罰金刑に処するのが相当であると判断した。 よって、主文のとおり判決する。 (検察官の求刑-罰金15万円、主文同旨の追徴)令和5年10月31日 広島地方裁判所刑事第2部裁判長裁判官後藤有己 裁判官櫻井真理子 裁判官林宏樹
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