平成16(わ)152 非現住建造物等放火,現住建造物等放火

裁判年月日・裁判所
平成17年4月21日 山口地方裁判所 岩国支部
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判決文本文14,990 文字)

主文 被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中70日を刑に算入する。 理由 (犯罪事実)第1被告人は,平成15年5月10日午前4時ころ,現に人が住居として使用せず,かつ,現に人がいない山口県柳井市大字a(現柳井市a)字bc番地d所在のA所有の木造トタン葺平家建て倉庫に放火しようと考え,同倉庫内において,同所に置いてあったかますに所携のライターで点火して放火し,これを同倉庫等に燃え移らせ,よって,同倉庫等(床面積約186.9平方メートル)を全焼させて焼損した。 第2被告人は,前記日時ころ,Bが現に住居として使用している同市大字a(現同市a)字be番地所在の自己所有の木造瓦葺平家建て建物に放火しようと考え,同建物北側付近において,同所に置いてあった樹脂袋の中の木ぎれに所携のライターで点火して放火しこれを同建物に燃え移らせよって同建物床,,,(面積約283平方メートル)を全焼させて焼損した。 第3被告人は,前記日時ころ,現に人が住居として使用せず,かつ,現に人がいない同市大字a(現同市a)字bf番地g所在のC所有の木造瓦葺平家建て倉庫に放火しようと考え,同倉庫西側付近において,同所に置いてあった布きれ様の物に所携のライターで点火して放火し,これを同倉庫に燃え移らせ,よって,同倉庫(床面積約64.3平方メートル)を全焼させて焼損した。 なお,被告人は,本件各犯行当時,心神耗弱の状態にあったものである。 (弁護人の主張に対する判断) 弁護人は,本件各犯行当時被告人は是非弁別能力及びそれに従って行動する能力を著しく欠く状態,すなわち心神耗弱の状態にあった旨主張するので,以下検討する。 まず,検察官が提出した2通の鑑定書の内容は次のようなものである。 医師D作成の鑑定書(甲84)は,本件各犯行当時の被告人の精神状態は,も わち心神耗弱の状態にあった旨主張するので,以下検討する。 まず,検察官が提出した2通の鑑定書の内容は次のようなものである。 医師D作成の鑑定書(甲84)は,本件各犯行当時の被告人の精神状態は,もうろう状態にあったため,是非弁別能力及びそれに従って行動する能力は強く障,,,害されていたがなお完全に失われてはいなかったとしておりその根拠として被告人は犯行時の状態について覚えがない,半信半疑などの供述を一貫して行っており,これはもうろう状態の際起こる健忘といわれる状態であるところ,被告人は,本件各犯行当時重症のうつ病に罹患しており,不安焦燥状態が極期に達していたのであり,このような激しい不安焦燥が心因性のもうろう状態をもたらしたと推測され,また,統制の弱まった時点で衝動行為を起こしやすいという性格特性が犯行を助長した可能性もあり,さらに,軽い寝ぼけが生じて意識障害をさらに増悪させた可能性も否定できないなど,被告人には意識障害を起こしうる状況がお互いに絡み合うように存在しており,その結果生じた意識障害下で衝動的に火をつけてまわるという行為を繰り返したと考えられるとしている(以下「D鑑定」という。 。)また,医師E作成の精神鑑定書(甲85)は,被告人を直接診察することなく作成されたものであるが,捜査記録をもとにD鑑定の内容について検討した上,被告人に真に健忘があるのであれば,本件各犯行当時,もうろう状態にあった可能性はあり,その場合でも,記憶が断片的に残っていることなどから,是非善悪を弁別し,それに従って行動を制御する能力はある程度障害されていたものの完全には失われていなかったと思われる一方,仮にもうろう状態でなかったとすれば,これらの能力は完全に保たれていたとしている(以下「E鑑定」という。 。) 検察官は,D鑑定については ていたものの完全には失われていなかったと思われる一方,仮にもうろう状態でなかったとすれば,これらの能力は完全に保たれていたとしている(以下「E鑑定」という。 。) 検察官は,D鑑定については,被告人の犯行時の状況について覚えがない,半信半疑などの供述が信用できることを前提として,もうろう状態の際に起こる健忘といわれる状態があったとしているが,被告人の前記供述の真偽は精神医学的にも確定できないから,D鑑定の結果を重視することはできず,むしろ,着火物等の犯行時の状況について詳細に供述していることなどから,被告人が本件各犯,。 行時完全責任能力を有していたことは明白である旨主張するので以下検討する(1)被告人の犯行前後の状況について関係証拠(ただし,被告人の供述のみを根拠とする事実に関しては,供述の変遷がないものに限る)によれば,次の事実が認められる(なお,以下ので。 ,,,。)。 きごと等は特に断りのない限りいずれも平成15年におけるものであるアB家は,A家との間では,その先祖が第二次世界大戦中の食糧の配給の関係で戦後裁判沙汰になるなどのいさかいがあったが,最近では家族間の交流もあり,少なくとも表向きは良好な関係であった。また,C家とは何らの対立もなかった。 イ被告人は,農業経営の不振,コイン精米機事業の失敗等により,妻であるB名義のものも含めて約2500万円の借金を抱え,3月ころから自己破産を検討していたが,家を手放すことや世間体を苦にし,破産申立てに踏み切ることができず苦悩していた。 ウ被告人は,4月28日,山口県柳井市にあるF病院のG医師の診察を受けた。この日が初診であった被告人は,G医師に対し「妻との夫婦喧嘩が絶,えない「借金が重なり自転車操業状態である「農機具が故障して農。」,。」,作業が進まない あるF病院のG医師の診察を受けた。この日が初診であった被告人は,G医師に対し「妻との夫婦喧嘩が絶,えない「借金が重なり自転車操業状態である「農機具が故障して農。」,。」,作業が進まないそれらのことを考えるといらいらして眠れない夜。」,「。」,「寝ても,午前3時ころには新聞配達のバイクの音等で目が覚めてしまうことが続き,最近三,四か月は,午前1時ころには目が覚めて,その後は眠れない状態が続いている」などと訴えた。G医師は,不眠症とうつ病であり,。 うつ病については軽度に近い中程度の状態であると診断し,被告人に対し,抗うつ剤と睡眠薬10日分を処方した。しかし,被告人は,処方された睡眠薬を飲んでもあまり眠れず,抗うつ剤の効果も乏しかった。 エ被告人は,本件各犯行前日の5月9日の夜,近隣のH方を訪れ,同人に対し,自治会長を代わってくれと頼み,理由を尋ねられたのに対し「もうで,きん,頭がおかしい。うちは破産じゃけー「コイン精米機を4台設置し。」,。 。 。」たが全部赤字だ精米機は1台400万円する借金が今2000万円あるなどと答えた。 オ被告人は,本件各犯行以前には,A方倉庫には入ったことがなかった。 カ被告人は,本件各犯行の翌日である5月11日午前10時前ころ,被告人の作業場の事務所において,見舞いに訪れた知人のI及びBに対し,突然,「わしは今から警察に行こうと思っている。なぜやったのか分からないが,わしがやったと思う。死のうと思っちょったが久しぶりにあんたの声を聞いて警察に行こうと思った」と,落ち着いた真剣な様子で話した。そして,。 Bに対し「お前には苦労をかけたのお。お前には迷惑かけたのお。お前元,気でやれの」と言い残して事務所を出て警察に行った。被告人は自車で柳。 ,,「。」井警察署に赴き同行し た。そして,。 Bに対し「お前には苦労をかけたのお。お前には迷惑かけたのお。お前元,気でやれの」と言い残して事務所を出て警察に行った。被告人は自車で柳。 ,,「。」井警察署に赴き同行したIから奥さんに何か伝えることはないですかと言われたのに対し「元気でやってくれと言ってくれ」と言った。 ,。 キ被告人は,同日午前10時ころ,柳井警察署を訪れ,同署員に対し「自,分がやったかもしれない,自首に来た」旨申し立てたため,同署において。 被告人の取調べが行われた。取調べにおいて,被告人は「わしがやっぱり,やったんじゃないかと思って来た」などと供述したが,警察官の「どのよ。 うにやったのか」との問いに対し「覚えていない,思い出せない」と供。 ,。 述し,その後,昼食を挟んで午後6時40分まで行われた取調べの間,終始取調べには応じる言動をしつつも,本件各犯行の状況については「思い出せません「本当にやったんじゃろうか」などという供述を繰り返した。 。」,。 ク被告人は,6月24日,本件放火により逮捕され取調べを受け,7月10日から8月11日まで鑑定留置された後,不起訴処分を受けたが,遅くとも平成16年6月8日より前に,検察審査会で議決がなされた。 (2)被告人の本件各犯行についての供述内容についてア関係証拠によれば,被告人は,7月10日に鑑定留置されるまでの間,次のとおりの供述をしていたことが認められる。 (ア)被告人は,本件各犯行の前日ころ,近隣のH方に行き,被告人が居住していたa字b地区の自治会長の交代を頼んだことがあった。 (イ)被告人は,A方倉庫及び自宅に対する放火につき,犯行を認めるとともに,A方倉庫については,入口近くの角の部分に,むしろで作った袋であるかますがだいたい10枚くらい,1メートル20センチくらい (イ)被告人は,A方倉庫及び自宅に対する放火につき,犯行を認めるとともに,A方倉庫については,入口近くの角の部分に,むしろで作った袋であるかますがだいたい10枚くらい,1メートル20センチくらいの高さに置かれてあり,その下側に,かがみ込んだ状態で,持っていた百円ライターで1か所だけ火をつけ,火が立ち上ったのを見届けて同所を出た,自宅については,木ぎれを入れたPP袋(ナイロン製の袋)が10個くらい,高さ1.5メートルくらいに積み重ねてあり,その一番下あたりの1つに火をつけたなどと,放火の具体的な態様について供述をした(乙6ないし8。これに対し,C方倉庫への放火については,7)月8日の検証(甲74ないし76)以前の取調べにおいては,放火しているのは間違いないように思うが,この時の光景がよく思い出せない旨供述し(乙9,同検証後の取調べにおいて,一番初めにA方倉庫に放)火したことを思い出したことを供述し(乙10,検証に行って現場を)見て「あー,ここにあった布きれに火を付けたんだ」と思い出したと,。 して,具体的な供述を始め,各放火の具体的な態様についても,図を描くなどして以前よりさらに詳細な供述をするに至った(乙12。 )(ウ)被告人は,本件各犯行以前にA方倉庫には入ったことがなく,本件各犯行直前に自宅から屋外へ出て,A方へ行くまでの状況,同方から自宅に戻るまでの状況,その後C方へ赴いた状況については,前記・のとおり,検証の際,A方から被告人方へ向かう際に通った道のことを思い出したこと,これによって,A方倉庫に一番始めに放火したことを思い出したほかには,それ以上に具体的な供述をしておらず,自宅で便所に行ったことと本件各犯行との先後関係等についても,それが放火する前なのか後なのかについてはよく思い出せない旨供述した。 (エ) 思い出したほかには,それ以上に具体的な供述をしておらず,自宅で便所に行ったことと本件各犯行との先後関係等についても,それが放火する前なのか後なのかについてはよく思い出せない旨供述した。 (エ)動機を含めた本件各犯行に至る心理状態については,被告人は,次のような供述をした。 a借金については直接の原因ではない。仕事が上手くいかなかった,イ,,ライラして眠ることもできなかった煙草を吸ってもうまくなかったし何とかしてこのいらだちを形に出そうとして,うっ憤晴らしという気持ちだった(乙3)。 bA方への放火については,悪い感情もあったかも知れないが,自宅に放火したときと同じように,どうにもならないいらだちから衝動的になって,うっ憤晴らしのために放火している(乙6)。 c農作業がはかどらないことや借金,自己破産のことで,イライラした状態が続いて布団の中に入っていても寝付かれず,どうしようもない気持ちになり,こうなったら放火してうっ憤を晴らそう,そうしたら少しは気持ちが収まるかも知れないと思い,放火することを決めて布団から出た(乙9)。 d私方倉庫に火をつけようと思ったのは,Aさん方に火をつけたすぐ後位だったように思う。その当時どういう思いであったかは良く思い出せないが,今考えてみると,もうどうにでもなれ,という自暴自棄的な気持ちと,もうAさん方も燃やしたんだという気持ちから,もっと燃やしてうっ憤を晴らそうという思いから,私方倉庫も燃やそうとしたものと思う(中略)なぜC方倉庫まで火をつけようと思ったかについては,。 ,,,むしゃくしゃしていたそしてAさん方や私方に火をつけたついでにといった気持ちだったと思う(乙10)。 ,,,e多額の借金自己破産を考えたこと稲作が捗らないことの不安からいつもイライラした くしゃしていたそしてAさん方や私方に火をつけたついでにといった気持ちだったと思う(乙10)。 ,,,e多額の借金自己破産を考えたこと稲作が捗らないことの不安からいつもイライラした気持ちが続いて気持ちもふさぎ,夜も眠れない状態になった(中略)そんな中,5月10日の午前4時ころに,眠りたく。 ても心配で眠れない,気持ちがふさぎ込んでどうしようもない,どうにかしてそのうっ憤を晴らせないか,という思いになったとき,近所の家の倉庫にでも放火したら,少しはうっ憤が晴れるかも知れないと思って放火することを思い立った(中略)最初にA方に放火したのは,Aに。 対して良い感情を持っていなかったことから,パニックになってうっ憤を晴らそうとした時に,まず同人方の倉庫に火をつけようと思っているものと思う(中略)私方倉庫に火をつけた理由は,Aさん方倉庫に火。 ,,。 をつけた後もうどうにでもなれという自暴自棄に陥ったためである破産すれば自分の家ではなくなる,農業もうまくいかないという気持ちもあった(中略)C方倉庫に火をつけた理由は,A方,私方倉庫に火。 をつけた後のことで,こうなったらもうついでにうっ憤晴らしのためにやってしまおうと思って放火している。今考えると本当にパニックになっていたと思う(乙11)。 イ被告人は,D医師が鑑定を行った際の面接の過程で,7月21日以前の段階においては,以下のとおりの供述をした。 (ア)本件各犯行の前日,自治会長を代わってくれとH方に行ったかということは,覚えていない。 (イ)放火行為の具体的な態様について,半信半疑,うすうす覚えているなど,,という留保を付しながらA方倉庫及び自宅に対する放火をした旨供述しまた,C方倉庫に対する放火行為についても,少しは記憶があったような気もする旨述べ,本件 て,半信半疑,うすうす覚えているなど,,という留保を付しながらA方倉庫及び自宅に対する放火をした旨供述しまた,C方倉庫に対する放火行為についても,少しは記憶があったような気もする旨述べ,本件各犯行につき,大変なことをした,大勢の人に迷惑をかけて申し訳ないことをしたなどと供述した。 (ウ)本件各犯行直前に自宅から屋外へ出て,A方へ行くまでの状況,同方から自宅に戻るまでの状況,その後C方へ行った状況,自宅で便所に行ったのと本件各犯行との先後関係等について,判らない,覚えていないなどと供述した。 (エ)動機を含む本件各犯行に至る心理状態につき,眠れないので煙草でも吸おうと思って外へ出たが,煙草を吸ったのかどうかは判らない,A宅になぜ火をつける気になったか判らない,昔からの恨みがあったんじゃろうと思っている,そうでもなけりゃ思い当たらない,その後自宅に火をつけたのは,片方つけたから自分のところもと思ってしたのだろうと供述し,自宅に放火した動機が保険金目当てであったかどうかという点については明確に否定した。 ウなお,被告人は,D医師が鑑定を行った際の面接の過程で,7月22日以降においては,本件各犯行につき,自分がやったのかやらないのか半信半疑の状態である,考えていると自分がやったんじゃないと思う,自分がする理由がないなどと,犯行を否認する供述に転じた。 ,,,エ被告人はD鑑定終了後の8月12日付け検察官調書においては一転して本件各犯行を認める旨の供述をし,詳しい事情については既に警察で説明し,調書に記載されているとおり間違いない旨供述した。 オ被告人は,前記(1)ク認定のとおり,本件各犯行につき一旦不起訴処分を受けた後,検察審査会で議決がなされてから行われた検察官の取調べにおいては,以下のとおり供述した。 (ア)A方倉庫,自 した。 オ被告人は,前記(1)ク認定のとおり,本件各犯行につき一旦不起訴処分を受けた後,検察審査会で議決がなされてから行われた検察官の取調べにおいては,以下のとおり供述した。 (ア)A方倉庫,自宅及びC方倉庫に対する放火の具体的な態様については,ほぼ従前の取調べに際しての供述と同様の供述をしつつ,放火をしようと考えて自宅を出てA方倉庫まで行く間のこと,そこで火をつけてから自宅に戻るまでのこと,自宅からC方倉庫に行く間のこと,そこで火をつけてから自宅に戻るまでの間のことについては,いずれもあまり覚えていない,火をつけた前後に自宅のトイレに入ったというのも確かな記憶ではないし,いつのことだったかも記憶にない旨供述した(乙16)。 (),。 イ動機を含めた本件各犯行に至る心理状態については次のように供述したイライラが募って,火をつけてうっ憤を晴らそうと思った。当初は,自宅に火をつけようと考えたが,自宅だけに火をつければ,私が借金返済に困っていたことから,すぐに私が疑われると考えた。そこで,以前トラブルもあったA方倉庫にも火をつけた。もっとも,自宅とA方だけに火をつけてみると,Aとトラブルがあったことは部落の者もよく知っており,やはり,私が疑われてしまうと考えて,C方にも火をつけて私への疑いをごまかそうと思。 ,。 ,ったなぜ最初にA方倉庫に放火したのかについては覚えていないなお自宅に放火した動機は保険金目当てではない(乙15,18)。 (ウ)捜査当初の心理状態については,次のように供述した。 捜査の当初は,処罰が怖くて正直に話すことができず,やっていないなどとうそをついたが,何度か警察に呼ばれる間に全てを話してけじめを付けようと考え,覚えていることを正直に話して供述調書(乙3)を作ってもらった。その後逮捕されてからも すことができず,やっていないなどとうそをついたが,何度か警察に呼ばれる間に全てを話してけじめを付けようと考え,覚えていることを正直に話して供述調書(乙3)を作ってもらった。その後逮捕されてからも動揺し,特に何の恨みもないC方に火をつけたことについては,全く言い訳もできないことであり,正直に話すことが辛かったことから,C方の件については覚えていないなどと言い訳をした。C方に火をつけたのは覚えていたが,詳しいことを忘れていたことも事実だったので,すべて覚えていないかのように話したが,現場に行って大変なことをしたと後悔し,現場で思い出したことも多かったので詳しい話をして供述調書(乙10ないし12)を作ってもらった(乙16)。 カ被告人は,公判においては,ライターで火をつけたこと,火をつけた場所など,事件のことはだいたい覚えている,火をつけた理由については,いらいらしていたのだろうかどうだろうかと自分でも理解できず納得がいかない,ただし保険金目当ての犯行ではない旨供述している。 (3)検討確かに,被告人は,前記(1)エのとおり,本件各犯行の前日にH方を訪れ自治会長の交代を依頼しており,前記(2)ア(ア)のとおり,捜査官に対してはそのことを供述していたのに対し,同イ(ア)のとおり,D医師に対してこの点は覚えていないと供述し,同ア(エ)aのとおり,捜査官に対して,放火直前にイライラして眠れなかったために煙草を吸ったがうまくなかったなどと供述しながら,同イ(エ)のとおり,D医師に対しては煙草を吸ったかどうかは判らないなどと供述したほか,前記(2)ア(イ,エ,オ(ア)のとお)り,捜査官に対しては,放火の手段を具体的に供述しながら,同ウのとおり,D医師には,一時,自分がやったんじゃないと思うなどと供述するなど,D医師に対して記憶がないことを強 イ,エ,オ(ア)のとお)り,捜査官に対しては,放火の手段を具体的に供述しながら,同ウのとおり,D医師には,一時,自分がやったんじゃないと思うなどと供述するなど,D医師に対して記憶がないことを強調しすぎている面が窺われるほか,D鑑定によれば,ロールシャッハテストの際の検査態度では,自己の回答を覆す発言が見られ,また,被告人の娘であるJは,D医師に対し,被告人は,都合が悪くなるとわしは知らん,聞いとらんと言うのが常道である旨を説明していたことが認められ,記憶がない旨の被告人の供述中には,信用し難い部分が存在することは事実である。 しかしながら,被告人は,前記(1)カ,キのとおり,Iに対し,突然,自分がやったと思うから警察に行こうと思っている旨述べた上,実際に警察に出頭していること,前記(2)ア(イ,イ(イ,エ,オ(ア)のとおり,被告))人は,捜査官に対しても,D医師に対しても,本件各犯行当時イライラしていたこと,ライターを持って自宅を出たこと,被告人がA方倉庫,被告人宅及びC宅に火をつけたことは認めているなど,自己の罪責を免れるために故意に記憶がない旨を供述しているとまで断定し難い側面が多々見受けられる。 また,被告人は,前記(2)ア(ウ)のとおり,A方倉庫において検証を行った際に,当日の光景を思い出したとして,同検証後に放火の順番等の具体的な内容を供述するようになったことが認められるところ,前記(1)オのとおり,被告人が本件各犯行前にA方倉庫の中に入ったことがなかったことを考慮すれば,現場の生の光景に接してようやく記憶を喚起できたように感じることがあったとしても,あながち不自然とはいえない。 さらに,被告人は,前記(2)ア(エ)e,同イ(エ)のとおり,捜査官及びD医師に対して,A方倉庫に火をつけた動機に関し,Aに対して良い感情を じることがあったとしても,あながち不自然とはいえない。 さらに,被告人は,前記(2)ア(エ)e,同イ(エ)のとおり,捜査官及びD医師に対して,A方倉庫に火をつけた動機に関し,Aに対して良い感情を持っていなかったことがその動機であるかのような供述をしたが,前記(1)アのとおり,Aとの間で本件各犯行当時に深刻ないさかいがあったわけではないことや,この点に関する被告人の供述が「Aに対しては,それまでによい,感情を持っていなかったことから,パニックになってうっ憤を晴らそうとした,。」(),時にまずA方の倉庫に火をつけようと思っているものと思います乙11「Aさんとは過去のわだかまりがあったので,私としてはすぐにAさんの家の倉庫に火をつけて恨みを晴らしたいという気持ちになったのかも知れませんでした(乙15,また,D医師の,なぜA宅かという問いに対して「昔から。」),の恨みがあったんじゃろうと思っている。そうでもなけりゃ思い当たらん」。 などというものであったことを考慮すれば,A方とのいさかいがA方倉庫に対する動機である旨の被告人の供述は,被告人が本件各犯行後の捜査段階において本件各犯行を振り返り,後から推測して理由を付けたにすぎず,本件各犯行当時の自己の心理状況を記憶喚起してなされたものではないのではないかという疑いが生じ,D医師の鑑定書(甲84)によれば,被告人には,統制の弱まった時点で衝動行為を起こしやすいという性格特性が存在したことと併せ考慮すれば,動機について思い出せないとする被告人の供述を,あながち信用することができないとはいえないものと考えられる。 そうすると,被告人が現実に3件もの放火を実行するなど,もうろう状態であったと具体的に認定することには躊躇を感じさせるような事情が存在するものの,放火に至った経緯や,実 はいえないものと考えられる。 そうすると,被告人が現実に3件もの放火を実行するなど,もうろう状態であったと具体的に認定することには躊躇を感じさせるような事情が存在するものの,放火に至った経緯や,実際に火を放った後の行動経過等のうちの多くの部分について,被告人に健忘があったのではないか,ひいては,少なくとも犯行を決意して行動を開始した当初においては,もうろう状態にあったのではないかという合理的疑いを払拭することはできないといわざるを得ない。 したがって,検察官の前記主張は採用することができない。 ,,,, 検察官はD鑑定は被告人が本件各犯行当時重症のうつ病に罹患しており不安焦燥状態の極期にあり,こうした不安焦燥状態が心因性のもうろう状態をもたらしたと推測しているが,前記3(1)ウのとおり,G医師は,被告人は軽度に近い中程度のうつ病と診断していたにすぎないのであって,被告人には完全責任能力があった旨主張する。 しかしながら,前記3(1)ウのとおり,G医師は,被告人からは「自転車,操業状態である」と聞かされていただけで,自己破産をも検討しているとは聞。 かされた形跡がなく,また,妻との夫婦喧嘩や農機具の故障など,愚痴ともとれる訴えを並列的に聞かされているにすぎないこと,被告人は,G医師から抗うつ剤を処方され服用していたにもかかわらず,その効果は乏しく,G医師の診察と投薬を受けてから10日以上経った本件各犯行前日にも,前記3(1)エのとおり,H方に赴いて自治会長の交代を頼み「もうできん,頭がおかしい。うちは,破産じゃけー」などと訴えるなど,依然として強い不安焦燥状態にあったこと。 が窺われることを考慮すれば,G医師の前記診断よりは,うつ病の程度が進行していたのではないかという合理的な疑いが生じる。 こうしたことに,前記3(1) など,依然として強い不安焦燥状態にあったこと。 が窺われることを考慮すれば,G医師の前記診断よりは,うつ病の程度が進行していたのではないかという合理的な疑いが生じる。 こうしたことに,前記3(1)イのとおり,被告人が,自己破産を検討せざる,(),を得ないまでに経済的に追い込まれた状態にあったこと前記3 のとおり統制の弱まった時点で衝動行為を起こしやすいという性格特性や,前記3(1)ウのとおり,G医師から睡眠薬を処方されるなど睡眠不足の状態にあったことを考慮すれば,うつ病の進行により,これに関連する睡眠不足も相まって,不安焦燥状態が心因性のもうろう状態をもたらしたのではないかという合理的疑いは残るのであって,その限度で,D鑑定はあながち信用することができないとはいえない。 したがって,検察官の主張は採用することができない。 検察官は,①被告人が,犯行の細部はともかく,着火物等については詳細に供述していること,②本件自宅以外の倉庫2件の放火の動機が「自己の犯行発覚を防止するため」であったこと,③犯行時,就寝中のはずの妻を気遣い,妻を一旦自宅から離れた場所まで避難させたこと,④犯行直後,付近住民に対し「どう,にもならない」などと話したり,消火活動を手伝おうとしていたことなど被告人が犯行結果の重大性を十分に認識していたこと,⑤避難時に,荷物を持って避難していた妻に対し,荷物を捨てろと指示し,被告人一家が予め火事を予想していたと疑われる,すなわち犯人と疑われることを防止しようとしたこと,⑥現在では捜査当初覚えていない旨供述していた理由を「処罰をおそれ,また,無関係,なCさんにも迷惑をかけたので正直に言えなかった」旨供述していることなど。 の諸事情にかんがみれば,被告人が,本件各犯行時,完全責任能力を有していたことは明白であ を「処罰をおそれ,また,無関係,なCさんにも迷惑をかけたので正直に言えなかった」旨供述していることなど。 の諸事情にかんがみれば,被告人が,本件各犯行時,完全責任能力を有していたことは明白である旨主張する。 しかしながら,①の点については,捜査段階において,被告人が,本件各犯行の着火物等につき詳細な供述をしていることは事実であるものの,被告人に,本件各犯行当時の状況について部分的に健忘があったのではないかという合理的疑いを払拭することができないのは,前記説示のとおりであり,火をつけた箇所や火をつけた方法など,犯意が生じてしまった後の生々しい光景について鮮明に記憶しているということと,犯意を生じさせ行動を開始した時点において,行動制御能力に問題が生じていたということは両立するものと解される。②の点については,確かに,被告人は,前記3(2)オ(イ)のとおり,検察審査会で議決がなされてから行われた検察官の取調べにおいて,当初は自宅に火をつけようと考えたが,自分の家に火をつければ,私が借金返済に困っていたことから,すぐに私が疑われると思ったので,A方倉庫にも火をつけようと思い,A方,次いで自宅と火をつけたが,自宅とA方だけが燃えれば,Aといざこざのあった私が疑われるかも知れないという思いが強くなったので,C方にも火をつけて私への疑いをごまかそうと思った旨供述しているものの,前記3(2)ア(エ,イ(エ,))エのとおり,かかる動機は,不起訴処分以前の捜査段階においては一切述べられず,検察審査会で議決がなされてから行われた検察官の取調べにおいて初めて述べられているものであるところ,この供述の変遷について,納得のできる理由は見当たらないことに照らせば,本件自宅以外の倉庫2件の放火の動機が「自己の犯行発覚を防止するため」という明確な目的に導かれ 述べられているものであるところ,この供述の変遷について,納得のできる理由は見当たらないことに照らせば,本件自宅以外の倉庫2件の放火の動機が「自己の犯行発覚を防止するため」という明確な目的に導かれたものであったのかどうかについては疑問を差し挟む余地がある。また,③ないし⑤の点については,被告人が本件各犯行の一部については詳細に記憶し供述していることに加え,前記D鑑定においても,本件各犯行直後に被告人が自宅に戻った段階ではもうろう状態は終了していたとされていることからすれば,本件各犯行後において③ないし⑤のような行動が見られたからといって,被告人が本件各犯行当時に心神耗弱状態にあったという合理的疑いが否定されることはないというべきである。⑥の点については,確かに,被告人は,捜査当初の心理状態について,検察官調書(乙1)()(),,() において前記3 オウのとおり述べているがその一方で同アのとおり,同じ検察官調書において,本件各犯行の経緯の一部について,覚えていない旨明確に供述しているのであるから,この点によっても,被告人に本件各犯行当時部分的に健忘があったのではないかという合理的疑いは否定されない。 したがって,検察官の主張は,採用することができない。 もっとも,前記3(2)ア(イ,同イ(イ,同オ(ア)のとおり,被告人))が,捜査段階を通じて,ほぼ一貫して,A方倉庫及び自宅に対する放火の具体的な態様について詳細に記憶し,供述していることにかんがみれば,被告人は,本件各犯行当時,心神喪失状態にまでは至っていなかったと認められる。 なお,E鑑定についてみると,同鑑定は,被告人を直接診察することなく,捜査記録等の書面のみを鑑定資料として行われたものであって,その判断の信用性には,同鑑定においても述べ なかったと認められる。 なお,E鑑定についてみると,同鑑定は,被告人を直接診察することなく,捜査記録等の書面のみを鑑定資料として行われたものであって,その判断の信用性には,同鑑定においても述べられているとおり限界があるといわざるを得ない。 しかしながら,同鑑定も,被告人の覚えていないなどの供述が真実である場合,被告人がもうろう状態にあった可能性も,それ以外の可能性もある,仮に被告人にもうろう状態が存在していたとすれば,記憶は断片的には残っており,火をつけたことそのものは覚えていることなどから,是非善悪を弁別し,それに従って行動を制御する能力はある程度障害されていたものの,完全には失われていなかったというものであり,D鑑定と矛盾するものではないし,被告人に健忘があったのではないかという合理的疑いを払拭することができないという前提に立つ限り,当裁判所の結論と符合するものであるといえる。 以上のとおりであるから,被告人は,本件各犯行当時,心神耗弱の状態にあったとの合理的疑いが払拭できないのであって,心神耗弱でないことは検察官の立証責任に属することを踏まえれば,弁護人の主張のとおり,被告人は,本件各犯行当時,心神耗弱の状態にあったと認定せざるを得ない。 (量刑の事情) 本件は,被告人が,近隣の2軒の倉庫等非現住建造物(判示第1及び第3の犯)()。 行及び現住建造物である自宅判示第2の犯行に放火したという事案である 犯行態様は,いずれも所携のライターを用い,短時間のうちに3回にわたり,次々と,近接した木造建物に対し,燃え易い媒介物を見つけてこれに点火し,各建物に燃え移らせるという危険なものである。被害建物はいずれも全焼し,焼損面積は起訴されたものだけでも合計534.2平方メートルに及んでいる。犯行時刻は未明であり,判示第2 見つけてこれに点火し,各建物に燃え移らせるという危険なものである。被害建物はいずれも全焼し,焼損面積は起訴されたものだけでも合計534.2平方メートルに及んでいる。犯行時刻は未明であり,判示第2の現住建造物である自宅には妻が就寝しており,その他の非現住建造物についても,被害者らが就寝していた居宅と隣接しており,判示第1の犯行においては,現実に居住に供されていた居宅に延焼したことが窺われることを考慮すれば,人的被害が生じる危険が高かったもので,被害者らに与えた恐怖は大きい。また,本件各犯行現場は田園地帯であるが,付近には他の住宅も存在していたのであり,平穏な田園地帯において敢行された突然の凶行に,。 ,より近隣住民に与えた社会的不安も大きかった被告人方を除く財産的被害は倉庫等及びその所蔵物の合計で400万円を超えている。さらに,判示第2の犯行により全焼した被告人の自宅は現在に至るまで放置されており,その残骸により近隣住民に財産的被害を生じさせている。被害者らには,何らの落ち度も見当たらないのであり,各被害者のうち,判示第1及び第3の犯行の被害者らの被害感情は,当然ながら,厳しいものである。しかるに,被告人自身は何らの被害弁償を行っていない。 他方,前記のとおり,本件各犯行は,心神耗弱の状態での犯行であること,いずれも偶発的犯行であること,幸いにして人的被害は生じなかったこと,判示第3の犯行の被害建物である倉庫については250万円の火災保険金が支払われる見込みであり,また,判示第1及び第3の延焼家屋についても火災保険金が支払われ,あるいは支払われる見込みであること,被告人は,本件各犯行について反省の態度を示し,大変なことをして申し訳ない旨述べるとともに,年金から可能な範囲で被害弁償を行う旨,また,前記のとおり放置されている自宅の は支払われる見込みであること,被告人は,本件各犯行について反省の態度を示し,大変なことをして申し訳ない旨述べるとともに,年金から可能な範囲で被害弁償を行う旨,また,前記のとおり放置されている自宅の残骸についても妻と2人で解体作業を行う旨誓っていること,被告人の妻及び娘が情状証,,,人として出廷し今後の監督と被害弁償等の努力を誓っていること被告人には昭和42年の業務上過失傷害による罰金前科以外には前科・前歴ともないこと,判決言渡し時の年齢は73歳であることなどの被告人にとって有利な,あるいは酌むべき事情も認められる。 これらの事情を総合考慮して,主文の刑を量定した。 (求刑懲役6年)平成17年4月21日山口地方裁判所岩国支部裁判長裁判官和久田斉裁判官山下美和子裁判官大村泰平

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