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昭和39(う)87 食糧緊急措置令違反および昭和25年政令第325号違反被告事件

裁判所

昭和39年4月27日 名古屋高等裁判所 棄却

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8,564 文字

主文 本件控訴を棄却する。理由 本件控訴の趣意は、弁護人桜井紀作成名義の控訴趣意書の記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は、左記のとおりである(本件は、米穀の供出に関する事件であるが、米穀のいわゆる供出とは、いうまでもなく、法令にもとづく米穀の政府に対する売渡をさす。政府の側よりこれをみれば、米穀の強制買上である)。第1点、原判決の事実誤認等を主張する論旨について論旨は、要するに、「原判決が罪となるべき事実として認定した事実は、原判決が証拠の標目として列挙している各証拠を総合しても認定することができない。原判決には、事実の誤認および証拠にもとづかないで事実の認定をした違法がある」というにある。しかしながら、原判決が「証拠の標目」欄において列挙している各証拠を総合すれば、優に原判決の「罪となるべき事実」欄記載の全部の事実を肯認することができる。次に食糧管理法およびこれにもとづく諸命令にいわゆる「生産者」の意義については、原判決の「弁護人の主張に対する判断」欄第3の記載のように、生産物の供出義務者たる生産者およびこれと共同の事業として事実上生産に従事する家族を総称するという見解がある。ただし、弁護人の所論のように、右の「生産者」とは生産物の所有権の帰属者すなわち供出義務者だけをさすという見解も存在する。そこで前者の見解に従えば、次のような事実誤認の問題を生じないこともちろんである。しかしながら、仮に後者の見解に従えば、原判決が、「罪となるべき事実」欄において、「その大多数が同村居住の農民にして米穀の生産者である……約60名の男女青年団員」という事実を認定しているけれども、その男女青年団員のうち多数の者(正確にいえば、後記のように約60名のうち約8割の者)の中に米穀 が同村居住の農民にして米穀の生産者である……約60名の男女青年団員」という事実を認定しているけれども、その男女青年団員のうち多数の者(正確にいえば、後記のように約60名のうち約8割の者)の中に米穀の供出義務者自身がいたことの証明なきに帰すること後記説示のとおりである。 」という事実を認定しているけれども、その男女青年団員のうち多数の者(正確にいえば、後記のように約60名のうち約8割の者)の中に米穀 が同村居住の農民にして米穀の生産者である……約60名の男女青年団員」という事実を認定しているけれども、その男女青年団員のうち多数の者(正確にいえば、後記のように約60名のうち約8割の者)の中に米穀の供出義務者自身がいたことの証明なきに帰すること後記説示のとおりである。故に原判決には、右の点において事実誤認があるということになるけれども、この事実誤認は、結局において、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認にあたらない(左記第3点についての当裁判所の説示参照)。次に原判決は、「弁護人の主張に対する判断」欄第4において、「演説の時期は昭和26年度産米の供出割当数量割当後であつて」という事実を認定している。もし、その趣旨が各米穀生産者自身に対する割当(いわゆる個人別割当または各戸割当)も終了した後であつたというのであるならば、右の事実認定には、一部分に誤認があるというのほかはない。けだし、原判決挙示の証拠によれば、被告人が原判示の演説をした昭和26年12月18日現在においては、同年産米の供出量につき、A村に対する割当は完了していたけれども、同村居住の各米穀生産者自身に対する割当は、種々の準備中であつて、その割当は、まだ終了していない状態であつたことが明白であるからである。しかし、右の誤認もまた、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認にあたらない(左記第3点についての当裁判所の説示参照)。記録を精査し本件のすべての証拠を検討して考察しても、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認はなく、証拠にもとづかないで事実の認定をした違法もない。なお、記録を調査しても、原審が所論のような予断を抱いて事実認定をしたと認めることはできない。これを要するに、論旨はすべて理由がない。第2点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨に 法もない。なお、記録を調査しても、原審が所論のような予断を抱いて事実認定をしたと認めることはできない。これを要するに、論旨はすべて理由がない。第2点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨について(その1)論旨は、要するに、「原判示の被告人の演説の要旨は、第一に、政府は米の供出の割当をして、その割当量の供出をあなた方のお父さん、お母さんやあなた方に押しつけようとしている。 用の誤を主張する論旨に 法もない。なお、記録を調査しても、原審が所論のような予断を抱いて事実認定をしたと認めることはできない。これを要するに、論旨はすべて理由がない。第2点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨について(その1)論旨は、要するに、「原判示の被告人の演説の要旨は、第一に、政府は米の供出の割当をして、その割当量の供出をあなた方のお父さん、お母さんやあなた方に押しつけようとしている。第二に、政府が皆さんから取り上げたお米を朝鮮に60万トンもただで送つている。第三に、あなた方のたべる米までも供出させるというような供出には反対しなければならぬ、第四に、米の供出をやめるということが戦争をくいとめることになる、というにある。全面的な供出阻止を説いた内容のものではないのである。右のような趣旨の演説は、単に政府の定めた供米制度一般の政治批判にすぎず、言論の自由の範囲内の行為であり、食糧緊急措置令11条所定のせん動行為にあたらない」というにある。案ずるに、一般に、せん動罪にいわゆる「せん動」とは、特定の行為(作為または不作為)を実行させる目的をもつて、文書、図画または言動により、人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える行為をいう(旧衆議院議員選挙法第125条公職選挙法第234条破壊活動防止法第38条第1項第4条第2項等参照)。したがつて食糧緊急措置令11条所定のせん動とは、米穀の供出だけについて定義をすれば、食糧管理法第3条第1項の規定にもとづく命令による米穀の政府に対する売渡をなさない行為(不作為)を実行させる目的をもつて、文書、図画または言動により、人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える行為をいうこととな い行為(不作為)を実行させる目的をもつて、文書、図画または言動により、人に対し、その行為を実行する決意を生ぜしめ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える行為をいうこととなる。本件についてこれをみるに、原判示の被告人の演説の内容は、論旨摘録の第1ないし第4の各発言のほか、「労働者の道もお百姓の道も悩みは一つ。労働者と農民が仲良く手を結んで同じ我々を圧迫する敵を倒すということが必要ではないか」、「お百姓には戦争に必要なお米を供出させる」などという種々の各発言をも包含している。 を生ぜしめ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える行為をいうこととなる。本件についてこれをみるに、原判示の被告人の演説の内容は、論旨摘録の第1ないし第4の各発言のほか、「労働者の道もお百姓の道も悩みは一つ。労働者と農民が仲良く手を結んで同じ我々を圧迫する敵を倒すということが必要ではないか」、「お百姓には戦争に必要なお米を供出させる」などという種々の各発言をも包含している。原判示の被告人の演説の内容、物の言い方、言葉の勢等を総合し、その演説が、多くの米穀の消費者のことを考慮に入れず、少しもこれに言及しないで、米穀の供出を殊更に戦争に結びつけて論及している点、主として聴衆の感情に訴えて中正な理性的判断を失わしめようとしているようにみえる点、演説の時期の点等を参しやくして、演説全体を一体として考察すれば、被告人の右演説は、言論の自由の限界を逸脱したものであつて、米穀の供出を阻害する目的をもつてした右説示の勢のある刺激を与える行為にあたり、同令第11条所定のせん動行為に該当するとみるべきである。原判決引用のすべての証拠を精査点検し、これを総合して熟考すると、なお更そのことを肯定するに十分である。弁護人は、被告人が「あなた方のたべる米までも供出させるというような供出には反対しなければならぬ」と述べた点を特に指摘して、「それは、きわめて合理的な適法当然のことを述べたにすぎない」というような趣旨の主張を極力強調している。しかし、この点に関する当裁判所の見解は、原判決の「弁護人の主張に対する判断」欄第2の記載のとおりである。むしろ右のような物の言い方をしたことこそ、まさに供出阻害のせん動行為にあたるとみるべきである。し、この点に関する当裁判所の見解は、原判決の「弁護人の主張に対する判断」欄第2の記載のとおりである。むしろ右のような物の言い方をしたことこそ、まさに供出阻害のせん動行為にあたるとみるべきである。なお、同令第11条のせん動行為となるためには供出の全面的阻止をせん動すると供出すべき数量の一部の供出の阻止をせん動するとを問わないことは、多言を要しないであろう。したがつて原判決が被告人の本件演説をもつて同令第11条のせん動行為にあたるとみたのは、正当であり、論旨はいずれも理由がない。第3点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨について(その2)論旨は、要するに、「食糧緊急措置令第11条の罪が成立するためには、せん動の相手方は、生産した米穀の所有権の帰属者すなわち生産した米穀の供出義務者であることを要する。 るとを問わないことは、多言を要しないであろう。したがつて原判決が被告人の本件演説をもつて同令第11条のせん動行為にあたるとみたのは、正当であり、論旨はいずれも理由がない。第3点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨について(その2)論旨は、要するに、「食糧緊急措置令第11条の罪が成立するためには、せん動の相手方は、生産した米穀の所有権の帰属者すなわち生産した米穀の供出義務者であることを要する。しかるに本件演説の聴衆は、右の供出義務者ではなかつた」というにある。しかしながら、食糧緊急措置令第11条の罪が成立するためには、せん動の相手方は、必ずしも米穀の供出義務者(本件において昭和26年度米についてみれば、近い将来に割当を受けて具体的に供出義務を負担すべき者)自身であることを要せず、米穀の供出義務者に対し、その義務の履行を阻害するにつき相当の影響を及ぼし得る地位にある者であれば足りる、と解するのが相当である(供出義務者自身ではないけれども、諸種の事情により、供出義務者から現実に供出義務履行の事務の委任を受けている者、当然にその委任を受けることあるべき地位にある者等が右のせん動の相手方たる要件を具備しているとみることができることは、疑のないところであろう。なお、食糧管理法第37条等参照)。そこで右の点に関する本件の事実関係を調査するに、原判決引用のすべての証拠を総合すれば、一、原判示のA村青年団は、同村に居住する とは、疑のないところであろう。なお、食糧管理法第37条等参照)。そこで右の点に関する本件の事実関係を調査するに、原判決引用のすべての証拠を総合すれば、一、原判示のA村青年団は、同村に居住する17歳位から25歳位までの男女青年によつて組織され、その団員の大部分は、米穀の生産に従事する農民であつた。そして昭和26年当時において毎月4回位夜同村小学校にて同団主催の青年学級が開催され、団員数十名がこれに出席して講師より国語、珠算等の諸科目の講義指導を受けていた。一、しかるところ、被告人の再三にわたる交渉懇請により、同年12月18日夜の青年学級の講義指導等の終了後、これに出席していた団員六十数名(男子約40名、女子約23名)のうち、B、C、D、E、F(叙上の5名は、いずれも農民)、G(同村事務吏員、同女方は、農家でなかつた)等合計約60名の有志が居残つて原判示の被告人の演説を聴いたのであつた。 れに出席して講師より国語、珠算等の諸科目の講義指導を受けていた。一、しかるところ、被告人の再三にわたる交渉懇請により、同年12月18日夜の青年学級の講義指導等の終了後、これに出席していた団員六十数名(男子約40名、女子約23名)のうち、B、C、D、E、F(叙上の5名は、いずれも農民)、G(同村事務吏員、同女方は、農家でなかつた)等合計約60名の有志が居残つて原判示の被告人の演説を聴いたのであつた。一、右のように被告人の演説を聴いた約60名の団員のうち、その約8割は、米穀の生産に従事する農民であつた。そして右の約60名の約8割にあたる農民の家庭における農業の概況は、左記のとおりであつた。一、右のB(当時23歳位)は、父母と共に米穀の生産に従事しており、生産した米穀は父の所有に帰属し、したがつてその供出義務者は父であつた。しかしながら、諸種の事情により、実質上は、右Bが米穀生産業の主催者たる立場にあつて、むしろ父母がその助力者たる立場にあるという実情であつた。したがつて生産した米穀の供出事務等は、もつぱらBが実行していた。一、次に右のC(当時21歳位)は、父と共に米穀の生産に従事しており、前同様生産した米穀の供出義務者は父であつた。しかしながら、父が老令のため、右のC1名が中心となつて米穀の生産に従事し、生産した米穀の供出事務等は、Cの実権 )は、父と共に米穀の生産に従事しており、前同様生産した米穀の供出義務者は父であつた。しかしながら、父が老令のため、右のC1名が中心となつて米穀の生産に従事し、生産した米穀の供出事務等は、Cの実権に属していた(右の父は昭和30年に死亡した。母はすでに昭和13年に死亡していた)。一、E、D、F等の四十数名の者は、父母兄弟姉妹等のうちの1名または数名と共に米穀の生産に従事していた。という事実を肯認することができる。被告人の本件演説の聴衆中に米穀の供出義務者自身が1名または数名いたに相違ないと推測することができないわけではない。しかし、この点については確実な証拠がないから、その事実は証明なきに帰するというのほかはない。しかしながら、右認定によつて明らかであるように、右のBおよびCの両名が供出義務者たる父の供出義務の履行を阻害するにつき相当の影響を及ぼし得る地位にある者であつたことは、疑問の余地がない(右の両名は、本件せん動の相手方としては、むしろ供出義務者自身と同視してよいであろう)。 推測することができないわけではない。しかし、この点については確実な証拠がないから、その事実は証明なきに帰するというのほかはない。しかしながら、右認定によつて明らかであるように、右のBおよびCの両名が供出義務者たる父の供出義務の履行を阻害するにつき相当の影響を及ぼし得る地位にある者であつたことは、疑問の余地がない(右の両名は、本件せん動の相手方としては、むしろ供出義務者自身と同視してよいであろう)。そして上記認定の事実関係と本件のすべての証拠とを総合して更に熟考すると、右演説の聴衆たる農民の中には、他にも家庭内において、供出義務者の供出義務の履行等につき右のBまたはCと同様の地位にある者がおり、その他にも供出義務者の供出義務の履行を阻害するにつき相当の影響を及ぼし得る地位にある者が相当多数にいたことを推知することができる。右のとおりであつて、被告人の本件演説の聴衆中には、叙上のような地位にある農民が多数いたのであるから、本件においては、被告人につき同令第11条の罪が成立したといわなければならない。そして右の聴衆に対し被告人が本件演説をしたことによつて、ただちに右の罪が成立し既遂となつたというべきである。故に所論のように団員たる農民が帰宅して 第11条の罪が成立したといわなければならない。そして右の聴衆に対し被告人が本件演説をしたことによつて、ただちに右の罪が成立し既遂となつたというべきである。故に所論のように団員たる農民が帰宅して供出義務者たる父等に右演説の内容を告知したときに右の罪が成立すると解する見解は、とうてい採用することができない。なお、本件演説当時においては、昭和26年度産米につき、所論のように各米穀生産者自身に対する供出割当がまだしてなかつたことは、前記認定のとおりである。しかし、そのことは、本件犯罪の成否に影響を及ぼさない。これを要するに、本件犯罪が成立するためのせん動の相手方の要件については、原判決の見解は、当裁判所の見解と趣を異にするけれども、本件の演説の聴衆中に右の相手方の要件を具備する者が多数いたとみる点において、その両者は見解を同じくするから、原判決に、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤、事実の誤認等はないというのほかはない。右のとおりであるから、論旨はすべて理由なきに帰する。第4点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨について(その3)論旨は、要するに、「本件においては、被告人の演説によつて、米穀の供出を阻害する明白かつ現在の具体的危険が全然発生しなかつた。 多数いたとみる点において、その両者は見解を同じくするから、原判決に、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤、事実の誤認等はないというのほかはない。右のとおりであるから、論旨はすべて理由なきに帰する。第4点、原判決の法令の解釈適用の誤を主張する論旨について(その3)論旨は、要するに、「本件においては、被告人の演説によつて、米穀の供出を阻害する明白かつ現在の具体的危険が全然発生しなかつた。例えば、その演説の聴衆であつたE、C等は、被告人の演説に対して無関心ないし反対意見であつたのである。したがつて被告人につき本件の犯罪は成立しなかつた。けだし、憲法の解釈上、言論の自由を制限し得るのは、右の具体的危険が発生する場合に限定しなければならないからである」というにある。しかしながら、食糧緊急措置令第11条の罪が成立するためには、所論のような米穀の供出を阻害する明白かつ現在の具体的危険が発生したことを必要としないと解するのが相当である。同条も、犯罪 いうにある。しかしながら、食糧緊急措置令第11条の罪が成立するためには、所論のような米穀の供出を阻害する明白かつ現在の具体的危険が発生したことを必要としないと解するのが相当である。同条も、犯罪の構成要件として、そのような具体的危険の発生したことを要件としていない。同条の罪は、前記説示のような相手方に対し同条所定のせん動行為があつたときに、それだけでただちに成立する。そもそも米穀の供出をしないことをせん動するがごときは、その行為自体が憲法第12条後段所定の公共の福祉を害するものであつて同法第21条第1項の保障する言論の自由の限界を逸脱するものである。したがつて食糧緊急措置令第11条は、憲法第21条第1項に違反せず、原判決もまた、これに違反しない。右の点に関して、原判決に破棄の原因となるべき事由は存在せず、論旨は理由がない。叙上のとおりであつて、本件控訴趣意は、すべて理由がない。なお、被告人の控訴申立書には、「原判決は全部不服につき、これに対し控訴の申立をする」旨記載してある。したがつて原判決が、「昭和25年政令第325号違反の点については被告人を免訴する」と言い渡した部分についても、控訴の申立があつたとみるのほかはない。しかしながら、右のような免訴の言渡をした判決に対しては、被告人側より上訴することは許されないと解すべきである。 あつて、本件控訴趣意は、すべて理由がない。なお、被告人の控訴申立書には、「原判決は全部不服につき、これに対し控訴の申立をする」旨記載してある。したがつて原判決が、「昭和25年政令第325号違反の点については被告人を免訴する」と言い渡した部分についても、控訴の申立があつたとみるのほかはない。しかしながら、右のような免訴の言渡をした判決に対しては、被告人側より上訴することは許されないと解すべきである。なお、控訴趣意書も全然右の免訴の言渡に関する事項については論及していない。原判決中免訴の言渡をした部分に対する控訴は、不適法である。以上のとおりであつて、本件控訴は理由がないので、刑訴法第396条により、これを棄却すべく、主文のとおり判決をする。(裁判長裁判官影山正雄裁判官吉田彰裁判官村上悦雄) 主文 これを棄却すべく、主文のとおり判決をする。(裁判長裁判官影山正雄裁判官吉田彰裁判官村上悦雄)

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