平成9(ワ)1623 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成13年12月13日 札幌地方裁判所
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判決文本文19,715 文字)

主文 1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は、原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告らに対し、それぞれ3677万6494円及びこれに対する平成9年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言第2 事案の概要等本件は、亡Aの死亡は被告の医療上の過誤によるとして、Aの相続人である原告らが、被告に対し、診療契約の債務不履行又は不法行為に基づいて、損害賠償及びこれに対する民法所定の遅延損害金(始期は訴状送達の日の翌日である。)を請求する事案である。 1 争いのない事実等(1) 当事者原告BはAの父、原告CはAの母であり、両原告とAの夫であったDがAの相続人である。 被告は、北海道大学医学部附属病院(以下「被告病院」という。)を設置している。 (2) Aは、昭和60年3月27日、Dと婚姻した。 Aは、妊娠しないため、平成3年1月31日、被告病院産婦人科を受診し、同年7月25日に被告病院に入院し、翌26日、全身麻酔下で腹腔鏡検査(ラパロスコピー)を受けた。 腹腔鏡検査とは、腹壁を穿孔して腹腔内に炭酸ガス(二酸化炭素)を送り込み、これによってできた空間を利用して、腹腔鏡を用いて子宮、卵管等の臓器を精査するものであり、その際、癒着剥離等の必要があればその治療も行うことができる。 Aは、腹腔鏡検査及び腹腔鏡を用いた癒着剥離術を受けているときに、循環不全、呼吸不全を起こし、その結果、低酸素脳症に陥った。 Aは、その後意識を回復することなく、平成3年12月4日に、被告病院において死亡した。 (3) Aの腹腔鏡検査は、被告病院産婦人科のE医師(当時被告病院助手)とF医師(当時北海道大学医学部大学院生。以下E医師とF医師をあわせて「産婦人科 3年12月4日に、被告病院において死亡した。 (3) Aの腹腔鏡検査は、被告病院産婦人科のE医師(当時被告病院助手)とF医師(当時北海道大学医学部大学院生。以下E医師とF医師をあわせて「産婦人科担当医」という。)、被告病院麻酔科のG医師(北海道大学医学部助手。)、H医師(当時北海道大学医学部講師。)とI医師(医員、研修医。以下G医師とI医師をあわせて「麻酔科担当医」という。)により行われた。立会看護婦はJ看護婦であった。 2 争点(1) 産婦人科担当医の注意義務違反の有無(原告らの主張)ア Aが循環不全、呼吸不全を起こし低酸素脳症に陥ったのは、腹腔鏡検査時に、炭酸ガスあるいは空気による肺のガス塞栓をおこしたことによる。Aが肺のガス塞栓を起こしたのは、腹腔鏡検査の際、産婦人科担当医が、炭酸ガスの圧力を高くしすぎた状態で手術を行ったか、血管のどこかを通常以上に損傷したか、あるいはその双方による。 産婦人科担当医は、Aの血管内に炭酸ガスを混入させないために、炭酸ガス圧を適正に保ち、また過度に血管を損傷しないようにすべき注意義務があるのに、これを怠った過失がある。 イ卵管の癒着剥離の方法について、Aは、腹腔鏡検査前日まで、開腹手術によるか腹腔鏡検査時に行うかを検討する機会をもてなかった。産婦人科担当医は、Aに対し、腹腔鏡検査がどのような検査でどのような危険があり、さらにその効用はどのようなものかを十分に説明しなかった。 (被告の主張)ア(ア) Aが循環不全、呼吸不全を起こした原因は不明である。産婦人科担当医がその発生を予見することは不可能であった。 (イ) 仮に、Aが循環不全、呼吸不全を起こした原因が、炭酸ガス塞栓によるものだとしても、産婦人科担当医は、Aの腹腔鏡検査の機器操作及び手術の実施に際し、腸管や血管を損傷した事実はない。このこ た。 (イ) 仮に、Aが循環不全、呼吸不全を起こした原因が、炭酸ガス塞栓によるものだとしても、産婦人科担当医は、Aの腹腔鏡検査の機器操作及び手術の実施に際し、腸管や血管を損傷した事実はない。このことは、術中、術後の血液検査において貧血状態などが認められなかったことからも明らかである。産婦人科担当医の機器操作に何ら過誤はない。また、Aの腹腔鏡検査時に使用した気腹装置は、自動式であり、設定した内圧を常時保つ構造になっていて、欠陥はなく、正常に作動していたから、腹腔内に適正内圧を超える炭酸ガスが流入した事実もない。 イ産婦人科担当医は、Aに対し、腹腔鏡検査、治療の入院期間は2、3日に過ぎないこと、全身麻酔下で行われるため苦痛はないこと、検査のほかに治療として比較的小規模の癒着剥離術は行うこと、二酸化炭素使用による検査は安全であるが、稀には5000件に1例という事故があること等はすべて説明したうえで、Aから腹腔鏡検査と簡単な剥離術実施の承諾を得た。 ウ以上のとおり、産婦人科担当医には何らの注意義務違反はなく、過失はない。 (2) 麻酔科担当医の注意義務違反の有無(原告らの主張)ア Aは、腹腔鏡検査中の午前10時25分、動脈血中の酸素飽和濃度(以下「SaO2 」という。)が97パーセント(以下単位は省略する。)に低下した。これは、動脈血中の酸素の取り込みが悪くなったことを示しているから、麻酔科担当医としては、麻酔薬の投与を中止し、純酸素にして経過を見て、改善の兆しがみられない場合には、産婦人科担当医に対して手術を中止して炭酸ガスを排出するよう指示すべきであった。 イ Aは、腹腔鏡検査中の午前10時30分、呼気中の二酸化炭素濃度(以下「ETCO2 」という。)が20台前半㎜Hg(以下単位は省略する。)に低下した。この時点で、Aに異常事態が発 すべきであった。 イ Aは、腹腔鏡検査中の午前10時30分、呼気中の二酸化炭素濃度(以下「ETCO2 」という。)が20台前半㎜Hg(以下単位は省略する。)に低下した。この時点で、Aに異常事態が発生していることは明白であり、麻酔科担当医としては、肺のガス塞栓の発生を疑い、直ちに産婦人科担当医に対して、手術を中止して炭酸ガスを排出すべきことを指示すべきであった。 ウ Aは、腹腔鏡検査中の午前10時35分、SaO2 及びETCO2 の低下傾向が決定的になった。麻酔科担当医としては、当然、肺のガス塞栓を疑うべきであり、産婦人科担当医に対して直ちに手術を中止し、炭酸ガスを排出するよう指示すべきであった。 エ産婦人科担当医が炭酸ガスを排出したのは、午前10時42分から43分のことである。炭酸ガスの排出が著しく遅延した結果、Aの血管及び心臓内に大量の炭酸ガスが気体の状態で蓄積してゆき、ガス塞栓が進行した。 したがって、麻酔科担当医は、産婦人科担当医に対して手術を中止し、炭酸ガスを排出するよう指示すべきであったにもかかわらず、指示をしなかったという過失がある。 (被告の主張)ア午前10時25分ころ、SaO2 が99から97に低下したが、97は正常な変動幅の範囲内であり、血圧、脈拍数も正常で、麻酔科担当医が特段の異常を認めることはできなかった。本件手術当時、腹腔鏡検査時のガス塞栓事故は極めて稀な事故と報告されていて、単にSaO2 が97に低下したとの理由だけで、肺のガス塞栓を起こすほどの大量のガス吸引があることを直ちに疑うことは不可能であったから、直ちに産婦人科担当医に対して手術を中止して炭酸ガスを排出すべきことを指示することまでは要求されない。 I医師は、SaO2 が97に低下したので、念のため上級医の来室を求め、麻酔指導医であるL医師が午前10 婦人科担当医に対して手術を中止して炭酸ガスを排出すべきことを指示することまでは要求されない。 I医師は、SaO2 が97に低下したので、念のため上級医の来室を求め、麻酔指導医であるL医師が午前10時30分ころ来室して2、3分間患者を診察したが異常は認めなかった。この時点に麻酔科担当医の注意義務違反はない。 イ午前10時30分にAのETCO2 が20台前半まで低下した事実はない。午前10時30分ころのETCO2 は33である。20台前半まで低下したのは午前10時35分の後であり、これ以前の時点で用手換気を行いながら慎重に観察を継続していたI医師に、肺動脈のガス交換機能の異常やガス塞栓の発生を疑う余地は全くなかった。したがって、この時点に麻酔科担当医の注意義務違反はない。 ウ午前10時35分にG医師が来室し、その時点のAの血圧は最大110、最低55、脈拍数は72であり特別の異常は認められなかった。その直後にETCO 2 が20台前半まで低下するという異常事態が生じた。産婦人科担当医はAの異常を察知して午前10時37分ころに炭酸ガスを排出した。麻酔科担当医は、麻酔薬、笑気ガスの投与を素早く中止し、純酸素による換気を行い、エフェドリン、アトロピン等の投与を行った。 麻酔科担当医は、直ちに十全の救命蘇生措置を行っていて、何ら注意義務違反はない。 (3) 損害額(原告らの主張)ア逸失利益 3796万2988円慰謝料 2500万円葬儀費用 100万円弁護士費用 959万円合計 7355万2988円イ原告らは、原告らとDとの遺産分割協議により、Aの被告に対する損害賠償請求権をそれぞれ2分の1ずつ相続した。 Dが被告に対しAの事故に関する損害賠償請求権を放棄したという被告の主張は、否認する イ原告らは、原告らとDとの遺産分割協議により、Aの被告に対する損害賠償請求権をそれぞれ2分の1ずつ相続した。 Dが被告に対しAの事故に関する損害賠償請求権を放棄したという被告の主張は、否認する。Dは、被告に対する損害賠償請求権を放棄したのではなく、D自身が被告に対して訴訟を提起しないという意思を表明したのであり、訴訟の追行を他の相続人に任せたにすぎない。 仮に、Dが損害賠償請求権を放棄するという意思表示をしたとしても、それは担当医に過失がなかったことを前提にしていて、その前提は虚偽であり、被告がDの無知に乗じて自己の保身のために一方的に被告に有利な意思表示をさせたものであるから、公序良俗に反し無効である。 (被告の主張)ア損害額については不知。 イ Dは、平成4年5月20日、被告に対し、Aの事故に関する自己固有の損害賠償請求権及びAの死亡により相続した損害賠償請求権のいずれも放棄する旨の意思表示をした。 したがって、原告らが取得した損害賠償請求権は、原告らの法定相続分である3分の1である。 第3 争点に対する判断 1 前記争いのない事実に、証拠(各項末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨をあわせると、以下の事実が認められる。 (1) 腹腔鏡検査開始までア Aは、昭和60年5月に流産し、同年10月に子宮外妊娠のため右卵管摘出手術をし、昭和61年10月に流産した。その後、妊娠しないため、昭和62年11月から函館のM産婦人科病院、平成元年8月から旭川医科大学医学部附属病院婦人科、同年9月から八雲総合病院産婦人科を受診し、ホルモン療法を受けていたが妊娠が成立しなかった。(乙2の3ページ、5ないし7ページ、10ページ)イ Aは、体外受精を希望し、平成3年1月31日、八雲総合病院産婦人科の紹介により被告病院産婦人科を受診した。(以下、特に年 が妊娠が成立しなかった。(乙2の3ページ、5ないし7ページ、10ページ)イ Aは、体外受精を希望し、平成3年1月31日、八雲総合病院産婦人科の紹介により被告病院産婦人科を受診した。(以下、特に年の記載がない日付けは平成3年中を示す。)同日Aを診察した被告病院産婦人科K医師は、続発性不妊症と診断し、Aの不妊の原因は左卵管の癒着による捕捉障害の可能性が高いと判断して、今後、腹腔鏡検査を施行して癒着剥離を試みるか、初めから体外受精を行うかのいずれかになるだろうと診察した。(乙2の4ないし6ページ、12ページ)ウ Aは、4月3日に体外受精にむけた準備をすることとなったが、7月1日、被告病院で子宮卵管造影検査を受けた結果、左卵管(右卵管は子宮外妊娠時に摘出されている。)が、疎通性は悪いが、完全閉塞の状態ではないことが分かったため、体外受精の実施を見送ることにして、癒着の状態を調べるため、腹腔鏡検査を行うことにした。ただし、癒着剥離については、Aの希望により、腹腔鏡検査時に引き続いて行うことはしないことにした。 このとき、Aは、腹腔鏡検査について、腹腔の中にガスをいれて腹を強くふくらませた状態で操作鉗子等を使って行うこと、2泊3日の入院で可能なこと、身体に対する侵襲度の低い簡単な検査であることなどの一般的な説明を受けた。(乙2の13ページ、証人E医師)エ Aは、7月25日の午前10時ころ被告病院産婦人科に入院した。F医師は、同日夕方、Aに対し、翌日の腹腔鏡検査の説明をした。F医師は、その際、卵管の癒着剥離については開腹による根治的治療を行わないことの確認をした。Aは、このとき、できれば開腹による根治的治療をしてほしいと要望したが、Dが開腹を希望していないことや、開腹手術をすれば入院期間が長期化することになり、Aは7月27日に退院予定で長期の 確認をした。Aは、このとき、できれば開腹による根治的治療をしてほしいと要望したが、Dが開腹を希望していないことや、開腹手術をすれば入院期間が長期化することになり、Aは7月27日に退院予定で長期の入院はできないことなどから、翌日は腹腔鏡検査のみを行い、開腹手術は行わないことにした。このとき、F医師は、腹腔鏡検査下でも、軽度の癒着であれば剥離術を行うことができることを説明し、Aは、検査時の所見により癒着剥離術も行うことで納得した。(甲25の13ないし26ページ、乙3の1の5ページ、乙3の2の13ページ、証人F医師)オ Aは、7月26日午前8時50分ころ手術室へ入室した。午前9時に麻酔導入を開始、午前9時10分ころ気管内挿管を行った。麻酔導入を行ったのは、麻酔科のH医師とI医師である。午前9時20分ころH医師は退室した。その後は、G医師とI医師が呼吸管理を行ったが、常時Aのそばにいて呼吸管理をしていたのはI医師であった。G医師は手術室近くの麻酔センターにいて、他の2つの手術室とあわせて見回っていた。I医師は医師免許を取得して2か月だった。(乙3の1の8ページ、乙5、乙8、証人I医師、証人G医師)(2) 産婦人科担当医の診療行為ア産婦人科担当医は、午前9時15分ころ、Aの体位を仰臥位から截石位(寝ている状態で足だけを高くする状態)に変換し、午前9時30分に、手術(腹腔鏡検査及び腹腔鏡検査下に付随して行われる治療を意味する。以下「本件手術」という。)を開始した。執刀医はF医師であり、助手はE医師であった。 産婦人科担当医は、Aの腹部1か所に直径約1センチメートル、他の2か所に直径約5ミリメートルの穴をあけ、腹腔鏡、外套管、操作用鉗子を挿入し、自動気腹装置によって、炭酸ガスを注入した。 自動気腹装置は、注入圧を20㎜Hgと40㎜Hgの2段階 1センチメートル、他の2か所に直径約5ミリメートルの穴をあけ、腹腔鏡、外套管、操作用鉗子を挿入し、自動気腹装置によって、炭酸ガスを注入した。 自動気腹装置は、注入圧を20㎜Hgと40㎜Hgの2段階に設定でき、設定した内圧を常時保つ構造となっていて、内圧が過剰となればアラームが作動してガス注入が自動的に停止し、内圧が減少すれば内圧に至るまでガスが自動的に補給される。なお、注入圧を40㎜Hgに設定した場合の実際の注入圧は38㎜Hg、20㎜Hgに設定した場合の実際の注入圧は18㎜Hg程度である。 産婦人科担当医は、自動気腹装置の注入圧の設定をまず40㎜Hgにして注入を開始し、腹腔内に十分な視野が得られた段階(腹腔内圧が10㎜ Hg程度になった段階であり、炭酸ガスの注入量は約3リットル)で気腹装置のスイッチを切って炭酸ガスの注入を止めた。その後は、必要に応じて、自動気腹装置の注入圧を20㎜Hgにして炭酸ガスを注入し、腹腔内圧を10㎜Hg程度に保った。炭酸ガスを注入したり止めたりするのは、医師が、医師の手元にある腹腔鏡注入部のバルブによって行うことも可能である。(甲30の43ないし46ページ、甲32の69、70ページ、乙3の1の8ページ、乙5、乙6、乙8、証人E医師、証人F医師、証人I医師)イ産婦人科担当医は、腹部の直径約1センチメートルの穴に硬性鏡を挿入し、午前9時35分にAの体位を骨盤高位(截石位から頭を低くした状態)に変換し、手術室の一部を消灯、腹部の直径約5ミリメートルの穴2か所にそれぞれ鉗子を挿入した。午前9時45分ころ腹水を吸引し、午前9時50分ころからの骨盤内観察により膀胱子宮窩腹膜に膜状の付着物、右広間膜後葉に子宮内膜症の病変と思われる点状出血、左卵管采と左卵巣の癒着を認めた。 産婦人科担当医は、午前10時5分ころから癒着剥離術 50分ころからの骨盤内観察により膀胱子宮窩腹膜に膜状の付着物、右広間膜後葉に子宮内膜症の病変と思われる点状出血、左卵管采と左卵巣の癒着を認めた。 産婦人科担当医は、午前10時5分ころから癒着剥離術を開始し、午前10時15分ころまでに、左卵管采と左卵巣の癒着を剥離した。剥離の際、卵巣側に微量の出血があったが、止血の必要はない程度であった。 産婦人科担当医は、続いて、卵管采開口術を行った。このとき、先端が開閉できる鉗子を使用し、卵管口から鉗子を挿入して開口部を広げることを試みたが、卵管の中に鉗子が入ったことは確認できなかった。卵管采開口術を行っている間、卵管の通過性を確かめるため、子宮口から注入していた通水カテーテルにつなげた注射器を手で押して通気を2、3回、注射器に色素水(インジオカルミン)を入れて押す通色素を行っていた。 産婦人科担当医は、通色素により通過性は確認できたが弱く、卵管采開口術によっても効果があらわれないため、腹腔鏡検査下での操作では著明な効果はあらわれないであろうと判断し、午前10時25分ころ開口術を終了した。 本件手術の間、骨盤腔内に明らかな出血はなかった。 (甲30の46ないし61ページ、甲31の67、68ページ、甲32の70ないし78ページ、乙3の1の6ないし8ページ、証人E医師、証人F医師)ウその後、産婦人科担当医は、鉗子を電気メスに変えて右広間膜後葉の点状出血の電気凝固を行おうとしたところ、麻酔科担当医の様子からAの状態に異変があることに気付き、午前10時40分ころ、手術操作を中断して、手元の腹腔鏡注入部にあるバルブによって炭酸ガスを排出し、午前10時40分過ぎに腹腔鏡、外套管と鉗子を抜去した。(甲30の50ないし52ページ、甲32の79ないし83ページ、乙3の1の7ないし9ページ、証人E医師、証人F医師)エ って炭酸ガスを排出し、午前10時40分過ぎに腹腔鏡、外套管と鉗子を抜去した。(甲30の50ないし52ページ、甲32の79ないし83ページ、乙3の1の7ないし9ページ、証人E医師、証人F医師)エ本件手術時のAの出血量は50ミリリットル強であった。また、午前11時ころと午後0時ころのヘモグロビン(血色素量。標準値は12ないし15である。)はそれぞれ15.4と18.7であった。(乙5、証人E医師)(3) 麻酔科担当医の診療行為等ア午前10時25分ころまで、Aの指先に装着していたパルスオキシメーター(SaO2 を測定する装置。正常値は97ないし100。)の値はおよそ99、カプノメーター(ETCO2 を測定する装置。正常値は35ないし45。麻酔下では30から45を示す。)の数値は35を示していた。 午前10時25分のAの血圧は最大128、最低64、脈拍数は82であった。 そのころ、AのSaO2 が97に低下した。午前10時28ないし30分ころ、AのSaO2 は97であり、ETCO2 は33に低下した。午前10時30分のAの血圧は最大118、最低62、脈拍数は72であった。 午前10時30分過ぎ、I医師は、AのSaO2 とETCO2 が低下したことから、J看護婦に対し、手術室から麻酔センターに通じているインターホンでG医師に来室を求めるよう連絡をとることを依頼した。 午前10時35分ころ、G医師が手術室に来室した。午前10時35分のAの血圧は最大110、最低54、脈拍数は73であり、顔面、上半身にチアノーゼが見られた。G医師は、人工呼吸器をはずして手押しで換気するバックを押したり、聴診器をあてる等してAの状態を確認した。 午前10時38分ころ、AのETCO2 が20台前半まで低下、SaO2 が次第に低下し、麻酔科担当医は、G医師の判断により、麻酔 で換気するバックを押したり、聴診器をあてる等してAの状態を確認した。 午前10時38分ころ、AのETCO2 が20台前半まで低下、SaO2 が次第に低下し、麻酔科担当医は、G医師の判断により、麻酔薬(イソフレン)、笑気の投与を中止し、100パーセント酸素による換気を行った。 午前10時40分ころ、Aの血圧は最大68、最低18であり、脈拍数は92に上昇した後急激に低下しはじめた。麻酔科担当医は、昇圧薬(エフェドリン)と脈拍数上昇薬(アトロピン)を点滴ルートから投与した。 午前10時45分ころ、Aの脈拍数は32であり、非観血的血圧測定(カフによる血圧測定)は不能となった。麻酔科担当医は、強心昇圧薬(ボスミン)、昇圧薬(ノルアドレナリン)、不整脈治療薬(キシロカイン)を点滴ルートから投与した。 このころまでに、手術室に、被告病院産婦人科L医師をはじめ5、6名の麻酔科医が集まっていて、午前10時45分に体外式心マッサージを開始した。 午前10時55分ころ、L医師がAの右頸部の内頸静脈から、G医師が左大腿部の大腿静脈から、合計して50ミリリットル程度の気体を吸引した。 午前11時5分ころ、麻酔科担当医は、右内頸静脈に中心静脈カテーテルを挿入した。 午前11時17分ころ、心室細動(心臓が無秩序に興奮、収縮し、心臓から血液が拍出されなくなり、心停止と同じ状態になること)を生じたため、午前11時20分電気的除細動を行った。その結果、心拍が再開し、血圧も回復した。 午前11時25分に腋窩動脈を触知、以降、麻酔科担当医は脳浮腫、腎機能障害などの予防、治療のため、脳圧降下剤(マンニトール)、血液の酸性化を補正する薬(メイロン)、抗ショック剤(ソルメドロール)、ショックの進行を抑圧する薬(ミラクリッド)、利尿剤(ラシックス)等を投与した。 午前11時35分、Aの血 下剤(マンニトール)、血液の酸性化を補正する薬(メイロン)、抗ショック剤(ソルメドロール)、ショックの進行を抑圧する薬(ミラクリッド)、利尿剤(ラシックス)等を投与した。 午前11時35分、Aの血圧は最大165、最低98、脈拍170まで回復し、午前11時45分には自発呼吸が出現した。 その後、麻酔科担当医は投薬治療を継続しながら経過観察を行った。 (甲21、甲31の77ないし91ページ、甲45、乙3の1の8ないし10ページ、乙5、乙8、証人I医師、証人G医師)イ Aは、午後1時10分に手術室を退室した。午後1時30分から午後2時50分まで高圧酸素療法施行、午後3時に脳CT検査施行、午後3時30分にICUに入室した。(乙3の1の10ページ) 2 1の認定のうち、①ETCO2 が33に低下した時刻、午前10時30分のETCO2の数値、②G医師を呼んだ時刻、G医師が来室した時刻、③ETCO2 が20台前半に低下した時刻、④炭酸ガスを排出した時刻について、原告ら及び被告は、1の認定と異なる主張をするので、以下検討する。 (1) 午前10時30分ころまでのETCO2 の推移についてア原告らは、麻酔記録及びカルテの記載等を根拠として、午前10時25分に33に低下し、午前10時30分に20台前半に低下したと主張する。これに対して、被告は、午前10時30分に33に低下し、午前10時35分以降に20台前半に低下したと主張する。 イ麻酔記録(乙5)には、午前10時30分の位置付近に、SaO2 97、ETCO233との記載がある。 麻酔記録は、I医師が本件手術中に、カプノメーター等で数値を確認した直後に記載したものである(証人E医師、証人I医師)から、その記載は信用することができる。 このSaO2 97、ETCO2 33との記載位置は、午前10時 術中に、カプノメーター等で数値を確認した直後に記載したものである(証人E医師、証人I医師)から、その記載は信用することができる。 このSaO2 97、ETCO2 33との記載位置は、午前10時30分の位置のわずかに左側(午前10時側)にあるが、午前10時25分の位置よりは明らかに右側(午前10時30分側)であって、ほとんど午前10時30分の位置近くにあるから、これが午前10時25分の位置に記載されたものとは認められない。麻酔記録の記載によれば、ETCO2 が3 3であったのは、午前10時30分あるいはその直前、すなわち、午前10時28ないし30分であると認められる。 ウカルテ(乙3の1の8ないし10ページ)には、午前10時25分の段落にSaO299→97%に低下、10時30分の段落にETCO2 低下との記載がある。 カルテのうち本件手術の経過についての記載は、F医師が本件手術の直後に関係者の話や他の記録等の情報を総合、整理して記載したものであり、当時もっとも客観的事実に沿うと判断したことが記載されているのであり、ほぼ正確なものと認められる。ただし、このカルテの記載は、午前10時25分から午前11時までの間、5分刻みで記載されていることから、当該時刻の段落に記載された事項は、当該時刻の前後に起きた事実が記載されているものであって、それぞれ記載された事実がその時刻に起きたとは限らないというべきである。 そうすると、カルテの記載からは、SaO2 が午前10時25分前後に低下し、ETCO2 が午前10時30分前後に低下したことになる。 エ J看護婦が作成した看護記録の午前10時30分の欄にはAのバイタルサインの定期的記載事項が記載されていてその数値に異常はなく(乙8)、J看護婦は、午前10時30分ころ、それまでと同様に、 なる。 エ J看護婦が作成した看護記録の午前10時30分の欄にはAのバイタルサインの定期的記載事項が記載されていてその数値に異常はなく(乙8)、J看護婦は、午前10時30分ころ、それまでと同様に、通常のとおり手術に立ち会っていることが窺える。また、Aに大きな異変があれば、本件手術を施行していたF医師やE医師が変化に気づかないはずがないと考えられるが、同医師らが、午前10時30分ころ、とくに異変に気づいた様子はない。 そうすると、午前10時30分の時点で、Aに、ETCO2 が20台に低下するような大きな異変が起こっていたとは考えにくい。 オ以上によれば、午前10時25分ころにSaO2 が97に低下し、午前10時28ないし30分ころにETCO2 が33に低下したものと認められる。カルテの午前10時30分の段落にあるETCO2 低下の記載は、33に低下したことを指すものであり、20台に低下したことを意味するとは認められない。病状説明会のときに被告病院麻酔科がAの親族に対して経過を説明するために作成した麻酔経過表(甲45)の10時30分呼気炭酸ガス分圧低下との記載も、同様である。 (2) G医師を呼んだ時刻、G医師の来室時刻についてア被告は、午前10時25分ころAのSaO2 が97に低下したときに、I医師がJ看護婦を通じてG医師に来室を求めたが、このときG医師は麻酔センターにおらず、午前10時30分前後にL医師が来室し、午前10時35分にG医師が来室したと主張する。他方、原告は、G医師は午前10時40分ころに来室したと主張する。 イ J看護婦は、8月20日の病状説明会において、I医師からG医師を呼ぶように依頼されたが、その前にAの状態を確認したときには何ら異常はなく、I医師に依頼されてから事態が急変し(甲33の4、5ページ)、手術室 婦は、8月20日の病状説明会において、I医師からG医師を呼ぶように依頼されたが、その前にAの状態を確認したときには何ら異常はなく、I医師に依頼されてから事態が急変し(甲33の4、5ページ)、手術室へ来室を求める連絡の後はすぐに人が集まったと述べている(甲33の10ページ)。J看護婦の病状説明会における供述は、本件手術直後のものであって信用性が高いというべきであり、そうすると、G医師を呼んだ時刻は、G医師ら他の医師が来室した時刻(原告らと被告の間で争いがあるが、早くとも午前10時35分ころ)からそれほど前ではなかったことになる。また、J看護婦の上記供述によれば、J看護婦がI医師にG医師を呼ぶように依頼された後に、事態が急変してAに明らかな異変がおきたのであるから、J看護婦がI医師にG医師を呼ぶよう依頼されたのは、J看護婦がAのバイタルサインを確認してもAに特段の異常を認めなかった午前10時30分(看護記録(乙8)の記載から認められる)よりも後であると認められる。 以上から、J看護婦がI医師にG医師を呼ぶよう依頼され、G医師を呼んだのは、午前10時30分の後のことであると認められる。 なお、カルテの午前10時25分の段落には、「SaO2 99→97% に低下し/DrI麻酔センターに上級医の応援依頼」との記載があり(乙3の1の8ページ)、I医師もまた午前10時25分に上級医の応援を呼んだと証言する。そして、I医師は、その後L医師が来室したと証言し、G医師もまたI医師の応援依頼に応じたのはL医師であると証言する。しかし、これらの証言は、J看護婦がI医師に呼ばれた後にすぐ人が集まったというJ看護婦の供述と合致しない。G医師の証言によれば、J看護婦以外の看護婦が手術室からのインターホンでG医師を呼んだというのであるが、誰がどのような事情で呼んだ 医師に呼ばれた後にすぐ人が集まったというJ看護婦の供述と合致しない。G医師の証言によれば、J看護婦以外の看護婦が手術室からのインターホンでG医師を呼んだというのであるが、誰がどのような事情で呼んだのか不明であることや、I医師自身、8月20日の病状説明会において、I医師がAに異変を認めたのは午前10時30分過ぎのことで、すぐにG医師を呼んだことを前提に説明していると窺われる(甲32の36ページ)ことからすると、I医師がG医師を呼んだ時刻に関するI医師及びG医師の証言を採用することはできない。そして、カルテのこの部分は、F医師が、本件手術後に、麻酔科担当医から得た情報を記載したのであるから、カルテのこの部分の記載が事実に基づくと認めることはできない。 ウ次に、G医師の来室時刻に関しては、カルテの午前10時35分の段落には、最初に、G医師来室との記載があり、I医師、G医師もG医師の来室時刻は午前10時35分であった旨の証言をする。前記のとおり、J看護婦は、G医師を呼んでからすぐに人が集まってきたと述べている。 また、麻酔記録(乙5)によれば、麻酔科担当医は、午前10時38分ころ、麻酔薬、笑気の投与を中止して、100パーセント酸素による換気を行ったことが認められるが、この処置は、すでに来室していたG医師の指示に基づくことは、I医師の証言からも明らかである。 したがって、G医師が来室したのは、午前10時35分前後であると認められる。看護記録には午前10時40分にG医師来室との記載があるが、採用することができない。 (3) ETCO2 が20台前半に低下した時刻についてア原告らは、ETCO2 が20台前半に低下した時刻について、午前10 時30分ころと主張していることは前記のとおりである。 しかし、午前10時30分ころには、ETCO2 が 下した時刻についてア原告らは、ETCO2 が20台前半に低下した時刻について、午前10 時30分ころと主張していることは前記のとおりである。 しかし、午前10時30分ころには、ETCO2 が20台前半に低下するような大きな異変はなく、同時刻ころのETCO2 は33であったことは前記のとおりである。 イ G医師の来室時刻は午前10時35分ころであると認められることは前記のとおりである。G医師は、AのETCO2 が異常であると感じる程度まで悪化したのは入室後であると証言する。F医師もまた、G医師が来室後にいろいろなチェックをしていた記憶があり、G医師の入室後4分前後経過した時点で麻酔科医の様子をきっかけにAの異変に気付いたと証言している。そうすると、G医師が来室したときにAの状態がすでに明らかな異変をおこしていたとは認められない。AのETCO2 が20台前半に低下して異変が明らかになったのはG医師の来室後数分が経過してからであり、午前10時38分ころであると認められる。このことは、麻酔科担当医が、患者の異変に際してまずとるべき処置である、麻酔薬、笑気の投与の中止、100パーセント酸素による換気を行ったのが前記のとおり午前10時38分ころのことであることとも合致する。 (4) 炭酸ガスを排出した時刻についてア原告らは、腹腔鏡を抜去した午前10時42分ころであると主張する。 イ確かに、E医師は、炭酸ガスは外套管を抜去して排出したと証言していて、外套管を抜去したのは午前10時40分過ぎである。しかし、実際に炭酸ガスを排出したのは執刀医であるF医師であり(証人F医師)、F医師は、カルテに、10時35分の段落に「硬性鏡(腹腔鏡)より炭酸ガス排出」、10時40分の段落に「硬性鏡(腹腔鏡)、鉗子抜去」と記載しているし(乙3の1の9ページ) るF医師であり(証人F医師)、F医師は、カルテに、10時35分の段落に「硬性鏡(腹腔鏡)より炭酸ガス排出」、10時40分の段落に「硬性鏡(腹腔鏡)、鉗子抜去」と記載しているし(乙3の1の9ページ)、平成3年8月20日(本件手術の25日後)に行われた病状説明会において、手元のスイッチにより炭酸ガスを排出し、炭酸ガスを排出した後に機械を抜いたと述べている(甲32の83ページ)。そして、カルテは、F医師が、本件手術後に各種の情報を総合し、おこった出来事を整理して客観的事実の確定に努め、その集大成として産婦人科のカルテに残すべき事実を記載したものと認められるうえ、炭酸ガス排出や硬性鏡抜去の事実はF医師自身が行い、経験したことであるから、炭酸ガス排出や硬性鏡抜去に関するカルテの記載は、F医師が記載当時もっとも客観的事実に沿うと判断したことが記載されていて、他のメモ類の記載よりも正確なものと認められる。また、本件手術の25日後のF医師の前記供述は、鮮明な記憶に基づいていて、自分が行った動作に関する供述であり、正確なものであると認められる。これに対し、E医師の証言は、本件手術後7年が経過していることもあり、細部の記憶が不正確であるといわざるを得ない。 以上の点を総合すると、F医師は炭酸ガスを手元のバルブにより排出し、その後腹腔鏡を抜去したと認められ、炭酸ガスを排出した時刻は、午前10時40分ころであると認められる。 ウ原告らは、産婦人科担当医が炭酸ガスを排出したのは、Aの心拍数が低下してからであるから午前10時40分の後であるとも主張する。しかし、午前10時40分ころには既に、Aに昇圧薬(エフェドリン)とともに脈拍数上昇薬(アトロピン)が投与されていることからすると、そのころには脈拍数の低下が始まっていたと認められる。したがって、F医師がAの心 時40分ころには既に、Aに昇圧薬(エフェドリン)とともに脈拍数上昇薬(アトロピン)が投与されていることからすると、そのころには脈拍数の低下が始まっていたと認められる。したがって、F医師がAの心拍数低下を現認してから炭酸ガスを排出したからといって、炭酸ガスの排出が午前10時40分の後であると認めることはできない。そして、F医師が、カルテに、午前10時35分の段落に「硬性鏡(腹腔鏡)より炭酸ガスを排出」、午前10時40分の段落に「HR(心拍数)73→30に急激に低下」と記載し、午前10時40分の心拍数の低下の前に炭酸ガスを排出したと記載していて、カルテにはF医師が記載当時もっとも客観的事実に沿うと判断した事実が記載されていると認められることは前述のとおりであるから、F医師は同記載の順番に措置を行ったと認められる。 (なお、F医師が、平成3年8月20日の病状説明会で、午前10時40分の後に炭酸ガスを排出したと述べたのは(甲32の83ページ)、混乱したものと思われ、この供述がカルテの記載よりも正確なものと認めることはできない。)エ前記のとおりG医師が手術室に来室したのは午前10時35分のことであり、F医師は、炭酸ガスを排出したのはその4分後のことであると証言する。 オ以上のことからすると、炭酸ガスの排出時刻は午前10時40分ころと認められる。 3 争点(1)について以上認定した事実を前提に、産婦人科担当医の注意義務違反の有無を検討する。 (1) まず、産婦人科担当医の具体的処置に注意義務違反が認められるか検討する。 前記認定した事実のとおり、本件手術の際、産婦人科担当医は、腹腔鏡から骨盤腔内を観察していて明らかな出血を認めていないし、出血総量が50ミリリットル強と少量であり、ヘモグロビンの値をみても貧血状態ではない。したがって、産婦 本件手術の際、産婦人科担当医は、腹腔鏡から骨盤腔内を観察していて明らかな出血を認めていないし、出血総量が50ミリリットル強と少量であり、ヘモグロビンの値をみても貧血状態ではない。したがって、産婦人科担当医は、通常腹腔鏡検査時に想定される出血量を超えた出血をおこすような処置を行っていないと認められる。 また、炭酸ガスの注入は、自動気腹装置により行われているから、設定圧を超えて注入することはない。Aの異変が生じたのは炭酸ガス注入後1時間近くが経過してからのことであるから、手術開始時の炭酸ガスの注入が不適切であったと認めることはできない。その他に、手術中の炭酸ガスの注入の際、産婦人科担当医が、通常の腹腔鏡検査に比して妥当を欠くような圧を加えたことを窺わせる事情は認められない。 したがって、産婦人科担当医の具体的処置が、本件手術当時、腹腔鏡検査を行っていた医療機関の医療水準に比し、不適切で妥当を欠いたものと認めることはできず、産婦人科担当医に注意義務違反は認められない。 (2) 原告らは、Aにガス塞栓が発生したことを前提に、ガス塞栓発生の結果から、産婦人科担当医が炭酸ガスの圧力を高くしすぎたり、血管を通常以上に損傷した事実が認められると主張するので、この点について検討する。 アガス塞栓の発生についてAは、本件手術中に循環不全、呼吸不全を起こしているところ、その原因は、ガス塞栓によるものであると考えられることは、以下のとおりである。すなわち、証拠(乙12)によれば、ETCO2 が20台まで低下する原因としては、①換気量増加、②二酸化炭素産生量の低下、③肺血流量の減少が考えられるが、全身麻酔中であったAのETCO2 が20台まで低下する原因として考えられるのは肺血流量の減少のみであること、肺血流量の減少の原因として考えられるのは、①心拍出量(心 肺血流量の減少が考えられるが、全身麻酔中であったAのETCO2 が20台まで低下する原因として考えられるのは肺血流量の減少のみであること、肺血流量の減少の原因として考えられるのは、①心拍出量(心臓から駆出される血液量)の減少、②肺動脈の閉塞があるが、AのETCO2 が20台に低下したころである午前10時35分の血圧や脈拍数からみると心拍出量の減少が原因であるとは考えられないこと、そうすると、肺血流量の減少の原因として最も考えられるのは肺動脈の閉塞であることが認められる。そして、Aが循環不全、呼吸不全に陥ったのが、二酸化炭素を用いた気腹中であることや、午前10時55分ころに麻酔科医2名が、少なくとも大腿静脈からガスを吸引したと考えられることからすれば、Aにガス塞栓による肺動脈の閉塞が発生したと認めるのが相当である。 イガス塞栓に関する産婦人科担当医の注意義務違反についてそこで、Aにガス塞栓による肺動脈の閉塞が発生した結果から、産婦人科担当医の注意義務違反が認められるかについて検討する。 証拠(乙11)によれば、腹腔鏡検査時にガス塞栓が起きるほど血管内にガスが流入する経緯として、血管を穿刺したままガス注入を行うか、腹腔内圧が高くなりすぎて破れた血管にガスが流入する場合があげられ、毛細血管の損傷によるガス塞栓の発生の可能性は皆無とはいえないが極めて低いことが認められる。 本件手術において、明らかな出血がなかったことは前記(1)のとおりであるから、血管を穿刺したままガス注入を行ったり、腹腔内圧が高くなりすぎて破れた血管にガスが流入したという事実は認められない。また、毛細血管の損傷や腹腔内圧が高すぎることによりガス塞栓が起きる可能性は、皆無とはいえないが極めて低いという程度であることからすると、本件では考えられない。Aにガス塞栓が起こった原 められない。また、毛細血管の損傷や腹腔内圧が高すぎることによりガス塞栓が起きる可能性は、皆無とはいえないが極めて低いという程度であることからすると、本件では考えられない。Aにガス塞栓が起こった原因は、医学的に解明できないといわなければならない。 以上のことからすると、産婦人科担当医が毛細血管を損傷したり、腹腔内圧を高くしすぎたと認定することはできない。仮に、毛細血管の損傷が原因でAにガス塞栓が起こったのだとしても、毛細血管の損傷によりガス塞栓を起こす可能性が、皆無とはいえないが極めて低いという程度であることからすると、産婦人科担当医が、自己の処置により毛細血管を損傷してガス塞栓が起こることを具体的に予見することは不可能である。 したがって、産婦人科担当医に注意義務違反は認められない。 (3) 産婦人科担当医の、Aに対する本件手術の説明について注意義務違反があるか検討する。 前記認定の事実によれば、産婦人科担当医は、Aに対し、腹腔鏡検査について一般的な説明をして、AとDが腹腔鏡検査を受けることを決めるために必要な説明をしたことが認められる。腹腔鏡検査によりガス塞栓等が起きる可能性があることの説明までしたとは認められないが、証拠(乙10)によれば本件手術当時に腹腔鏡における合併症として、心停止が1000例あたり0.2、不整脈が1000例あたり0.4、肺塞栓が1000例あたり0.2の確率で発症するとされていて、極めて稀な発症率であることが認められる。そして、被告病院においても本件手術までそのような例がなかったことからすると、その説明をしなかったことが不適切であるとまでいうことはできない。 また、Aは、手術の前日、癒着剥離の方法には、開腹術による方法と腹腔鏡検査下に行う方法があることを理解していなかったことが認められるが、F医師の説明により、 不適切であるとまでいうことはできない。 また、Aは、手術の前日、癒着剥離の方法には、開腹術による方法と腹腔鏡検査下に行う方法があることを理解していなかったことが認められるが、F医師の説明により、Aが腹腔鏡検査に引き続いて腹腔鏡検査下で癒着剥離術を行うことに納得したのであり、産婦人科担当医の説明に不適切さは認められない。 したがって、産婦人科担当医の、Aに対する本件手術の説明に関する注意義務違反は認められない。 4 争点(2)について前記2で認定した事実を前提に、麻酔科担当医の注意義務違反の有無を検討する。 (1) 原告らは、AのSaO2 が97、ETCO2 が33に低下した時点での、麻酔科担当医の注意義務違反を主張するので、この点を検討する。 証拠(乙12)によれば、SaO2 97は正常値の範囲内であり、ETCO2から33への低下は臨床上よく見られる変化であり、とくに問題とする低下ではないことが認められる。 そうすると、それまでSaO2 はほぼ99、ETCO2 は35を保っていたことを前提としてもなお、SaO2 が97、ETCO2 が33に低下した直後である午前10時30分のAの血圧と脈拍数が正常値の範囲内にあることからすれば、特別な処置を行わずに経過を観察することとした麻酔科担当医の判断が不適切であったと認めることはできない。 したがって、AのSaO2 が97、ETCO2 が33に低下したときに、麻酔科担当医の注意義務違反は認められない。 (2) 原告らは、AのETCO2 が20台前半に低下したのは午前10時30分であることを前提に、麻酔科担当医の注意義務違反を主張する。しかし、前記のとおり、ETCO2 が20台前半に低下したのは午前10時38分ころであると認められるから、原告らの主張の前提は事実に反する。なおこの点を措くとして、 科担当医の注意義務違反を主張する。しかし、前記のとおり、ETCO2 が20台前半に低下したのは午前10時38分ころであると認められるから、原告らの主張の前提は事実に反する。なおこの点を措くとして、原告らは、麻酔科担当医が上記低下の時点まで経過観察を続けたことや産婦人科担当医に対して炭酸ガスの排出を指示しなかったことが不適切であると主張するので、その点についても検討しておく。 前記認定の事実によれば、確かに、麻酔科担当医は、AのSaO2 が97、ETCO2 が33に低下した後10分以上の間、特別な処置を行わずに経過を観察していたことが認められる。しかし、午前10時30分の時点ではJ看護婦や本件手術を施行していたF医師とE医師がAになんら異常を感じていないこと、午前10時35分の脈拍、心拍数は正常値の範囲内であり、ETCO2 は麻酔下において臨床上みられる値であったこと、気腹開始後1時間近くが経過していて、産婦人科担当医が顕著な出血をおこす処置を行っていないなど、ガス塞栓発生を認識できる事情はなかったことからすると、午前10時38分ころまで経過観察を続けたことは、注意義務違反と評価できるほど不適切なものであったとは認められない。 さらに、前記のとおり、ガス塞栓が発生した原因が医学的に解明できない本件において、いつの時点で炭酸ガスを排出していれば、結果発生を回避できたかどうかも不明であることからすれば、麻酔科担当医が経過観察を止め、何らかの処置をすることによって結果発生が回避できたのか不明であるといわなければならない。 また、炭酸ガスの排出に際し、麻酔科担当医が産婦人科担当医に対して排出を指示しなかったのは、Aの異変に気づいた産婦人科担当医が自らの判断で炭酸ガスを排出したからであり、麻酔科担当医が指示をしなかったことが不適切であるとはいえ 麻酔科担当医が産婦人科担当医に対して排出を指示しなかったのは、Aの異変に気づいた産婦人科担当医が自らの判断で炭酸ガスを排出したからであり、麻酔科担当医が指示をしなかったことが不適切であるとはいえない。 したがって、麻酔科担当医に注意義務違反は認められない。 5 結論以上によれば、原告らの請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結の日平成13年9月21日)札幌地方裁判所民事第3部 裁判長裁判官中西茂裁判官川口泰司裁判官戸村まゆみ

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