平成20(あ)1518 軽犯罪法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成21年3月26日 最高裁判所第一小法廷 判決 破棄自判 東京高等裁判所 平成20(う)872
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判決文本文3,860 文字)

- 1 -主文原判決及び第1審判決を破棄する。 被告人は無罪。 理由 弁護人前田領の上告趣意のうち,軽犯罪法1条2号(以下「本号」という。)にいう「その他人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」の意義が不明確であるとして違憲をいう点は,上記文言の意義が所論のように不明確であるとはいえないから,前提を欠き,その余は,違憲をいうが,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。 しかしながら,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,次のとおりである。 本件公訴事実は,「被告人は,正当な理由がないのに,平成19年8月26日午前3時20分ころ,東京都新宿区西新宿2丁目9番地先路上において,人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具である催涙スプレー1本をズボンの左前ポケット内に隠して携帯していたものである。」というものであるところ,第1審判決は,上記公訴事実どおりの事実を認定した上,本号を適用して被告人を科料9000円に処し,原判決もこれを維持した。すなわち,原判決及びその是認する第1審判決は,被告人が本件で携帯した催涙スプレー1本(以下「本件スプレー」という。)が,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に当たり,被告人はこれを- 2 -ズボンの左前ポケット内に入れていたのであるから,同号にいう「隠して携帯」(以下「隠匿携帯」という。)に当たり,かつ,被告人が同スプレーを隠匿携帯したことにつき,同号にいう「正当な理由」も認められないと判断した。 所論は, ていたのであるから,同号にいう「隠して携帯」(以下「隠匿携帯」という。)に当たり,かつ,被告人が同スプレーを隠匿携帯したことにつき,同号にいう「正当な理由」も認められないと判断した。 所論は,本件スプレーは,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当せず,また,被告人が,本件当夜,同スプレーを隠匿携帯したことには,同号にいう「正当な理由」があったと主張する。 (1)まず,本件スプレーが,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当するかについて検討する。 原判決が是認する第1審判決の認定によれば,①本件スプレーは,米国の大手専門メーカーが護身用防犯スプレーとして製造したもので,内容量約11g,高さ約8㎝の缶入りであり,その噴射液はCNガス(2-クロロアセトフェノン)を含有し,屋外でも風に影響されにくく水鉄砲のように目的物に向かって噴射することが可能なものである,②CNガスは,催涙性が極めて強く,人間の場合には0.3ppmで眼を刺激し,皮膚の軟弱部位が発赤し,高濃度になると結膜炎により失明することがある,③本件スプレーの広告には,「本製品は護身用の製品です。自己防衛・護身以外の目的で使用しないで下さい。自己の責任において危険なとき護身用としてのみご使用下さい。また,正当防衛が認められる範囲内でご使用下さい。」などの記載があるというのである。 上記①②によれば,本件スプレーが,同③のとおり暴漢等から襲われて身に危険が迫ったときなどに相手方に向けて噴射し,身を守るために使用されることを想定した器具であることを考慮してもなお,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身- 3 -体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当することは明らかであ ,身を守るために使用されることを想定した器具であることを考慮してもなお,本号にいう「人の生命を害し,又は人の身- 3 -体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に該当することは明らかである。 (2)次に,被告人の本件当夜における本件スプレーの隠匿携帯につき,本号にいう「正当な理由」があったかについて検討する。 原判決が是認する第1審判決の認定によれば,①被告人は,その勤務する会社で経理の仕事を担当しており,有価証券や多額の現金をアタッシュケースに入れて,東京都中野区にある本社と新宿区にある銀行との間を電車や徒歩で運ぶ場合があったところ,仕事中に暴漢等から襲われたときに自己の身体や有価証券等を守る必要を感じ,護身用として催涙スプレーを入手しようと考えて本件スプレーを購入した,②被告人は,ふだん,かばんの中に本件スプレーを入れて中野区にある自宅から出勤し,仕事で銀行へ行くときには,同スプレーを取り出して携帯し,自宅に持ち帰った際には同かばんの中に入れたままにしていた,③被告人は,健康上の理由で医師から運動を勧められており,日常,ランニングやサイクリング等の運動に努めていたところ,本件当夜は,その前日である平成19年8月25日の夕方から夜まで寝てしまったため,翌26日午前2時ころ,自宅から新宿方面にサイクリングに出掛けることにしたが,その際,万一のことを考えて護身用に本件スプレーを携帯することとし,前記かばんの中からこれを取り出してズボンの左前ポケット内に入れ,本件に至ったというのである。 思うに,本号にいう「正当な理由」があるというのは,本号所定の器具を隠匿携帯することが,職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上,相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,当該器具の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や日常生活と 本号所定の器具を隠匿携帯することが,職務上又は日常生活上の必要性から,社会通念上,相当と認められる場合をいい,これに該当するか否かは,当該器具の用途や形状・性能,隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係,隠匿携帯の日時・場所,態様及び周囲の状況等- 4 -の客観的要素と,隠匿携帯の動機,目的,認識等の主観的要素とを総合的に勘案して判断すべきものと解されるところ,本件のように,職務上の必要から,専門メーカーによって護身用に製造された比較的小型の催涙スプレー1本を入手した被告人が,健康上の理由で行う深夜路上でのサイクリングに際し,専ら防御用としてズボンのポケット内に入れて隠匿携帯したなどの事実関係の下では,同隠匿携帯は,社会通念上,相当な行為であり,上記「正当な理由」によるものであったというべきであるから,本号の罪は成立しないと解するのが相当である。 そうすると,原判決及び第1審判決は,軽犯罪法1条2号の解釈適用を誤った違法があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決及び第1審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。 よって,刑訴法411条1号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書,414条,404条,336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官甲斐中辰夫の補足意見がある。 裁判官甲斐中辰夫の補足意見は,次のとおりである。 私は,法廷意見に賛成するものであるが,本判決は,飽くまで事案に即した判断を行ったものであり,催涙スプレーの隠匿携帯が一般的に本号の罪を構成しないと判断したものではないことを明確にしておくため,補足して意見を述べる。 被告人は,本件の約1年前に職務上の必要から本件スプレーを入手し,必要に応じて携帯していたが, 帯が一般的に本号の罪を構成しないと判断したものではないことを明確にしておくため,補足して意見を述べる。 被告人は,本件の約1年前に職務上の必要から本件スプレーを入手し,必要に応じて携帯していたが,本件当夜,健康上の理由から深夜のサイクリングに出掛けるに際して,暴漢等との遭遇が考えられないでもない場所を通ることから,万一の事態に備えて防御用として同スプレーを隠匿携帯したものである。さらに,記録を調- 5 -べても,被告人には,本件に至るまで前科・前歴がなく,犯罪とは無縁の生活を送ってきたと考えられるところ,本件スプレーの上記隠匿携帯につき,被告人が,暴漢等から襲われた際に身を守る以外の意図を有していたことをうかがわせる事情は見当たらない。当裁判所は,いわゆる体感治安の悪化が指摘されている社会状況等にもかんがみれば,前記のような事実関係の下における被告人の本件スプレーの隠匿携帯は,本号にいう「正当な理由」によるものであったと判断した。 なお,防犯用品として製造された催涙スプレーであっても,現に,そのようなスプレーを使用した犯罪等も決してまれではないことからすれば,本号により取り締まることの必要性,合理性は明らかであって,犯罪その他不法な行為をする目的で催涙スプレーを隠匿携帯することが,上記「正当な理由」の要件を満たさないことはもとより,これといった必要性もないのに,人の多数集まる場所などで催涙スプレーを隠匿携帯する行為は,一般的には「正当な理由」がないと判断されることが多いと考える。 検察官八幡雄治公判出席(裁判長裁判官甲斐中辰夫裁判官涌井紀夫裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官金築誠志) 井紀夫裁判官 宮川光治裁判官 櫻井龍子裁判官 金築誠志

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