平成13(わ)276 業務上過失傷害被告

裁判年月日・裁判所
平成14年3月18日 水戸地方裁判所
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判決文本文7,471 文字)

主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実本件公訴事実は,「被告人は,平成12年2月14日午後6時10分ころ,業務として大型貨物自動車を運転し,茨城県○○郡△△町××番地先の交通整理の行われていない交差点を成田方面から玉造町方面に向かい右折進行するに当たり,同交差点手前には一時停止の道路標識が設置され,交差する左右道路は優先道路であったから,同交差点手前の停止位置で一時停止して左右道路の安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,同交差点手前の停止位置で一時停止したが,左方道路の安全を確認しないで時速約10キロメートルで右折進行した過失により,自車を左方道路から進行してきた乙(当時40年)運転の普通貨物自動車に衝突させ,よって,同人に入院加療約3か月間を要する右脛骨高原骨折等の傷害を負わせたものである。 」というのである。 第2 前提事実公訴事実記載の日時・場所において,被告人が,大型貨物自動車(車長約11. 96メートル,車幅約2.49メートル,車高約2.84メートル。以下「被告人車両」という。)を運転し,同記載の交差点を成田方面から玉造町方面に向かい右折進行中,左方道路から進行してきた乙運転の普通貨物自動車と被告人車両が衝突する交通事故が発生し,同人が公訴事実記載の傷害を負ったことは明らかであり,弁護人も,この点は争っていない。 ところで,検察官は,公訴事実において,本件事故は,被告人が交差点を右折進行する際,交差点手前の停止位置で一時停止したものの,左方道路の安全を確認しないで進行したという被告人の過失によって発生した旨主張し(なお,検察官は,後記のとおり,論告において,これとは別の過失によって本件事故が発生 前の停止位置で一時停止したものの,左方道路の安全を確認しないで進行したという被告人の過失によって発生した旨主張し(なお,検察官は,後記のとおり,論告において,これとは別の過失によって本件事故が発生したとも主張している。),これに対して,弁護人は,交差点を右折進行する際,被告人は,交差点手前の停止位置で一時停止した上,左方道路の安全を確認して進行したのであるから,過失はなく,被告人は無罪である旨主張するので,以下,証拠によって,本件事故の状況等を明らかにした上,被告人の過失の有無について,検討を加えてゆくこととする。 被告人の当公判廷における供述,司法警察員作成の実況見分調書(差戻前第一審における証拠等関係カード記載の証拠番号甲2,10),当裁判所の検証調書,差戻前第一審の第2回公判調書中の証人乙及び同丙の供述部分等の関係各証拠によれば,以下の事実を認めることができる(以下,別紙図面第2記載のA地点ないしF地点及び<×>地点を,<A>点ないし<F>点及び<×>点と表記する。)。 1 本件事故現場付近の道路状況等本件事故現場は,茨城県行方郡北浦町内宿1072番地先の,大洋村方面から玉造町方面に至る国道354号線(以下「国道」という。)と北浦町成田方面から国道に通じる町道(以下「町道」という。)がほぼ直角に接する,交通整理の行われていない丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)であり,その位置関係及び周囲の状況は別紙図面第1及び第2記載のとおりである。 国道は,歩車道の区別がある片側1車線の道路で,追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止の規制があり,最高速度は50キロメートル毎時に制限されている。そして,大洋村方面から玉造町方面に向けて進行した場合,本件交差点の手前約145メートル付近からやや右にカーブし(以下「本件カーブ」という 規制があり,最高速度は50キロメートル毎時に制限されている。そして,大洋村方面から玉造町方面に向けて進行した場合,本件交差点の手前約145メートル付近からやや右にカーブし(以下「本件カーブ」という。),本件交差点を越えてからは,逆にやや左にカーブしている。なお,本件カーブから本件交差点までは若干下り勾配となっている。国道には,道路に沿って,玉造町方面から大洋村方面に向かう車線側にガードレールが,その反対車線側には,車道と歩道の間に幅約19センチメートル,高さ約25センチメートルの縁石がそれぞれ設置されているが,前記ガードレールは本件交差点の北西角でとぎれている。国道の幅員は,本件交差点付近において,路側帯を含め約8.7メートルである。なお,当裁判所の検証時において,前記ガードレールの南東端(本件交差点の北西角に当たる部分)には,車両等が接触したことに由来すると考えられる凹損及び塗装はげが認められた。また,町道は,歩車道の区別がない道路で,その幅員は,本件交差点付近において,約4.3メートルである。なお,本件事故当時,町道の南東角から約60センチメートル離れた駐車帯上にあるC点には一時停止の道路標識が設置されていた。 2 本件交差点付近の見通し状況等間に視界を遮るものがないため,本件交差点入口付近の町道上にある<A>点からは,本件カーブ付近まで(その間約135メートル)良好に見通せるが,本件カーブ以遠は,国道脇に建つ民家等に遮られて見通すことができない。なお,本件事故は日没後に発生しているが,本件交差点からは,日没後でも,前照灯を点灯させて本件カーブを曲がって進行してくる車両を視認することは容易である。 3 本件車両の装備等被告人車両は,前述のとおりの大型貨物自動車で,本件事故当時は,積載車両等が荷台に登るためのいわゆる「あゆ 本件カーブを曲がって進行してくる車両を視認することは容易である。 3 本件車両の装備等被告人車両は,前述のとおりの大型貨物自動車で,本件事故当時は,積載車両等が荷台に登るためのいわゆる「あゆみ」が車体尾部に設置されていた。また,照明装置としては,前照灯等のほか,荷台前部壁面に作業灯が,車側部に車幅灯がつけられていた。 なお,乙が運転していた車両は,車長約4.11メートル,車幅約1.63メートル,車高約1.85メートルの普通貨物自動車(以下「乙車」という。)であった。 いずれの車両についても,本件事故当時,ブレーキ,前照灯などの機具に故障等があったとの事情は認められない。 4 本件事故の状況等(1) 切り返しの有無前述のとおり,本件の争点は,被告人が本件交差点を右折進行するに当たり,左方道路の安全を確認したか否かということにあるが,検察庁における取調べ以来,被告人は,左方道路の安全を確認して右折進行した旨一貫して供述しており,また,差戻前第一審の審理が開始された以降は,左方道路の安全を確認して右折進行したにもかかわらず,右折開始時点では視界に入っていなかった乙車と衝突して本件事故が起きたのは,本件交差点北西角のガードレール端や,<C>点にある一時停止の道路標識が気になって,いったん切り返しをし,再度進行するのに時間がかかったからであるという趣旨の供述をしている(なお,被告人の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書中には,被告人が切り返しをした旨の記載は全くないが,平成12年6月6日に行われた上記取調べの際,被告人が,上記同様の供述をしたことは疑いがない。)。 本件事故状況等を明らかにするためには,上記切り返しの有無を確定しなければならないので,以下,この点について判断する。 本件事故直後に茨城県麻生警察署交通課巡 の供述をしたことは疑いがない。)。 本件事故状況等を明らかにするためには,上記切り返しの有無を確定しなければならないので,以下,この点について判断する。 本件事故直後に茨城県麻生警察署交通課巡査部長丁が実施した実況見分の際にも,また,本件事故の2日後に行われた同巡査部長による取調べの際にも,被告人が上記のような切り返しの事実を述べていないことは明らかである。 上記実況見分の際に切り返しの事実を述べなかった理由について,被告人は,差戻前第一審の公判では,「事故の相手がけがをして気が動転していて伝えるのを忘れた。」と,失念によるものである旨,また,当公判廷においては,「気が動転していたこともあるが,警察官に,『交差点を右折する際に一時停止をし,左右を確認した。』旨言ったところ,『車は空から飛んできたわけではあんめ。』などと言われて弁解を聞いてもらえなかったので,聞いてもらえないと思い,切り返しのことも話さなかった。」旨,主に弁解しても無駄であるとの気持ちによるものである旨それぞれ供述する。 上記各供述は,それ自体相矛盾し,一見すると信用性に乏しいようにも思われるが,当公判廷における言動等からすると,被告人は,気弱で,自己主張がうまくできず,多少強く出られただけでも,安易にこれに迎合するような態度を取る傾向があることが認められるから,上記各供述は,本件事故により前記乙が大けがをしたことに被告人が動揺したことと,警察官から上記のように言われ,これに対して,とっさに十分な反論ができなかった被告人が気後れしたことにより,自己に有利な切り返しの事実について供述できなかったことを述べたものとして十分理解できるところである。このことは,事故の2日後に行われた警察での事情聴取においても何ら変わりがないといえるから,被告人が,その際にも,上記同様の について供述できなかったことを述べたものとして十分理解できるところである。このことは,事故の2日後に行われた警察での事情聴取においても何ら変わりがないといえるから,被告人が,その際にも,上記同様の理由により切り返しの事実を述べなかったことも首肯できるところである。そして,その後,雇い主らからの助言もあって,被告人がようやく切り返しの事実を述べ始めたとしても何ら不自然ではなく,このような変遷があるからといって,被告人の上記供述が直ちに信用性に欠けるものということはできない。むしろ,切り返しを行ったという被告人の前記供述は,被告人車両がその車体尾部に前記「あゆみ」を有し,狭い場所では障害物と接触しないように右左折することが困難な全長約12メートルの大型貨物自動車であること,被告人が本件車両を運転してしばしば通るという本件交差点は,その北西角のガードレール端に被告人車両のような大型車両が右左折した際の接触によって生じたと思われる凹損及び塗装はげが見られることからもうかがえるように,大型車両の円滑な通行がやや困難な場所で,被告人も,本件車両を運転して本件交差点を右左折する際はそれなりに慎重になっていたと思われること,さらに,本件事故当時は,<C>点に,大型車両がすみやかに右左折する妨げとなるような一時停止の道路標識が設置されていて,大型車両が円滑に右左折することは更に困難であったと考えられること等の客観的な事情とよく整合しているというべきであり,また,当裁判所の検証の際に被告人が再現した切り返しの状況によれば,被告人車両の衝突部位が衝突地点とされる<×>点のほぼ直上を通過していることが明らかであるから,これも被告人の前記供述と整合する事実といえる。加えて,証人丙は,被告人車両が切り返しをしていたのを目撃した旨明確に供述しており(差戻前第一 る<×>点のほぼ直上を通過していることが明らかであるから,これも被告人の前記供述と整合する事実といえる。加えて,証人丙は,被告人車両が切り返しをしていたのを目撃した旨明確に供述しており(差戻前第一審の第2回公判調書中の同証人の供述部分),これによっても被告人の前記供述が裏付けられているというべきである。検察官は,前記丙供述は信用できない旨主張するが,同供述の信用性に疑問を抱かせるような事情は全く見出せない。そもそも,丙は,被告人とは何の利害関係もないのであるから,このような立場の同人が,被告人にその刑責を免れさせるため,あえて公判廷において偽証をするとは考え難く,何らの裏付けもないまま,その供述の信用性に疑問を差し挟むことは困難というべきである。 以上の検討から明らかなように,被告人は,本件事故前において切り返しを行ったと認めるのが相当である。 (2) 当裁判所が認定する本件事故の状況等上記のとおり,切り返しに関する被告人の供述は信用するに足りるから,その前後の運転の具体的状況に関する被告人の供述も信用するに足りるというべきである。そして,これらの証拠によると,本件事故の状況は以下のとおりであったと認められる。すなわち,被告人は,被告人車両を運転し,前照灯,作業灯,車幅灯を点灯させて,町道を北浦町成田方面から本件交差点へ向けて進行し,本件交差点入口付近の一時停止線付近(被告人車両の運転席の位置は<A>点)で一時停止して左右の国道の安全を確認した後,ハンドルを右に切りながら徐行して本件交差点に進入し,国道南西側の縁石付近まで進行していったん停止し(その時の被告人車両の運転席の位置は<D>点,被告人車両の最前部の位置は<E>点),切り返しのためゆっくりと後退してもう一度停止し(<F>点),右方の安全を確認しながら再度ハンドルを右に ん停止し(その時の被告人車両の運転席の位置は<D>点,被告人車両の最前部の位置は<E>点),切り返しのためゆっくりと後退してもう一度停止し(<F>点),右方の安全を確認しながら再度ハンドルを右に切りながら右折進行を始めたところ,被告人車両の左側部(車両最前部から後部に向けて約6. 38メートル付近の部位)が<×>点上に来たところ,同部位と乙車の右前部が衝突した。他方,乙は,乙車を運転し,前照灯を下向きに点灯させ,国道を大洋村方面から玉造町方面へ向けて時速約65キロメートル(秒速約18メートル)で進行し,本件カーブを曲がった後,本件交差点上に,国道をいっぱいにふさいでいる被告人車両があるのを認めたため,急制動の措置を講じたものの間に合わず,<×>点上において,乙車右前部と被告人車両左側部とが衝突した。なお,乙がどの地点において被告人車両を発見したかは,乙自身の供述からは明らかではないが,本件事故現場に残された乙車のスリップ痕(右前後輪のものは約18.6メートル,左前後輪のそれは約13.7メートル)を前提に,空走時間を約0.8秒として計算すると,乙が被告人車両を発見したのは,<×>点から約33メートル大洋村寄りの地点であったと認められる。 第3 被告人の過失の有無について 1 本件公訴事実における被告人の過失の有無について以上の事実を前提に,被告人の過失の有無について検討すると,乙車は,本件カーブに差しかかってから約6秒走行してようやく被告人車両を発見し,急制動により減速しつつも一,二秒で<×>点に至ったことになる。他方,当裁判所の検証調書によれば,被告人車両が<A>点から発進し,途中で一度切り返しをして本件交差点を右折進行した場合,同車前部が<E>点に至るまでに約9.7秒を要し,その後,切り返しを開始して衝突部位が<×>点に至るま によれば,被告人車両が<A>点から発進し,途中で一度切り返しをして本件交差点を右折進行した場合,同車前部が<E>点に至るまでに約9.7秒を要し,その後,切り返しを開始して衝突部位が<×>点に至るまでに約24秒を要しているが,上記の経緯で被告人車両と乙車とが<×>点で衝突したことからすると,被告人車両は,乙車が<A>点上の被告人車両運転席から視認可能な位置に到達する20秒以上も前に右折を開始したことになるから,一時停止した際に,被告人が,国道左方の安全等を確認したとしても,乙車との衝突を回避することはおよそできなかったというほかない。 ところで,当裁判所の検証の際に計測したところによると,被告人車両と同型の大型貨物自動車を運転して本件交差点を切り返しをせずに右折進行した場合でも,同車が<A>点から出発して<×>点付近に至るまでには約16秒を要していることからすると,この場合にも乙車を視認する前に被告人車両が右折を開始しなければ,被告人車両が乙車と<×>点で衝突し得ないのであるから,このような両車両の位置関係や衝突に至るまでの動きからすれば,切り返しの有無にかかわらず,被告人が,一時停止位置で左方道路の安全確認義務を果たしたとしても本件事故は回避できなかったことになる。 以上のとおり,被告人は,本件交差点手前の停止位置で一時停止し,左右の国道上の安全を確認して本件交差点に進入して右折進行したのであるから,被告人は,本件交差点手前で一時停止した上左右道路の安全を確認すべき注意義務を尽くしたと認められるばかりか,被告人が前記注意義務を果たしても本件事故を回避することはできなかったと認められるから,被告人に前記注意義務を怠った過失はなかったというほかない。 2 論告において新たに主張された被告人の過失についてなお,検察官は,論告において 事故を回避することはできなかったと認められるから,被告人に前記注意義務を怠った過失はなかったというほかない。 2 論告において新たに主張された被告人の過失についてなお,検察官は,論告において,被告人車両が切り返しをしなかったことを前提に,被告人車両が一時停止位置<A>点から進行を開始して約7秒後に中央線を越え,その約9秒後に衝突部位が<×>点上に達するところ,被告人車両から乙車が見通せるようになるのは,同車が本件交差点南東側入口に達する約8秒前であるから,被告人車両が中央線を越える前に被告人が左方道路の安全を確認していれば,乙車を発見でき,本件事故を回避できた旨主張しているが,前認定のとおり,被告人が,本件事故前に切り返しをした事実が認められるから,検察官の新たな主張はその前提を欠いており,採用できない。 第4 結論以上のとおり,本件公訴事実について被告人に過失があったとの証明はなく,結局,犯罪の証明がないといわざるを得ないから,刑事訴訟法336条により,無罪の言渡しをする。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年3月18日水戸地方裁判所刑事部裁判長裁判官鈴木秀行裁判官下津健司裁判官日野浩一郎別紙図面第1及び第2 <省略>

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