平成15(行ウ)8 療養費不支給処分取消(通称 地公災基金東京都支部長療養補償等不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成16年1月29日 東京地方裁判所
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判決文本文15,410 文字)

主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告が原告に対して平成13年3月1日付けでした療養補償及び休業補償不支給決定処分並びに同月2日付けでした療養補償不支給決定処分をいずれも取り消す。 第2 事案の概要本件は,原告が,被告に対し,地方公務員災害補償法(昭和42年法律第121号,以下「地公災法」という。)による療養補償及び休業補償を請求したところ,被告が同法63条所定の消滅時効が完成していることを理由に,平成13年3月1日付け及び同月2日付けで不支給決定処分をしたので,原告が,上記各処分の取消しを求めた事案である。 1 争いのない事実(1) 原告(昭和○年○月○日生)は,下記(2)の被災時,東京消防庁指導広報部広報課(以下「広報課」という。)の音楽隊に勤務する消防吏員であった。 (2) 原告は,平成元年3月15日,演奏会場に向かうバスに乗車していたところ,同車内において,同僚職員が左手に持っていた大型ドライバーの先端が原告の歯部に当たり,受傷した(以下,この災害を「本件災害」という。)。 (3) 原告は,各医療機関を受診したところ,右上2~左上2歯牙脱臼の疑い,右下2~左下2歯牙脱臼の疑い(一部歯牙破折の疑い),嚥下障害の疑い,頸椎捻挫,頸腕症候群,視力調節障害,内耳振盪症,蝸牛性耳鳴及び緊張性頭痛と診断された。 (4) 原告は,平成元年11月12日,東京消防庁を経由して被告に対し,上記各傷病について,公務災害認定請求をしたところ,被告は,これらの傷病のうち,右上2~左上2歯牙脱臼,右下2~左下2歯牙脱臼(一部歯牙破折)及び嚥下障害(以下「歯牙脱臼等」と総称する。)については公務上の災害と,その余の傷病については公務外の災害とそれぞれ認定し,その旨を平成4年8月5日 歯牙脱臼,右下2~左下2歯牙脱臼(一部歯牙破折)及び嚥下障害(以下「歯牙脱臼等」と総称する。)については公務上の災害と,その余の傷病については公務外の災害とそれぞれ認定し,その旨を平成4年8月5日付けで原告に通知した。 (5) 原告は,上記(4)の認定を不服として,平成4年10月1日付けで地方公務員災害補償基金東京都支部審査会(以下「支部審査会」という。)に対し審査請求したところ,支部審査会は,平成7年3月28日付けで公務外の災害と認定された傷病のうち,頸椎捻挫,頸腕症候群及び視力調節障害(以下「本件傷病」と総称する。)については処分を取り消す旨の裁決をした。 (6) 被告は,上記(5)の支部審査会裁決に基づき,本件傷病について公務上の災害と認定し,その旨を平成7年4月25日付けで原告に通知し,原告は,当該認定通知書(乙8の1)を同年5月10日に受領した。 (7) 原告は,上記(5)の支部審査会裁決を不服として,公務外の災害と認定された内耳振盪症及び蝸牛性耳鳴(以下「内耳振盪症等」と総称する。)について,平成7年5月12日付けで地方公務員災害補償基金審査会(以下「審査会」という。)に対し再審査請求をしたところ,審査会は,平成8年9月18日付けでこれを取り消す旨の裁決をしたので,被告は,この裁決に基づき,内耳振盪症等について公務上の災害と認定し,その旨を同年11月6日付けで原告に通知した。 (8) 原告は,平成10年10月22日以降,被告に対し,逐次本件傷病に係る療養補償請求書及び休業補償請求書を提出したが(以下,この請求を「本件各請求」という。),被告は,原告の療養補償及び休業補償を受ける権利は時効により消滅しているとして,療養補償及び休業補償を不支給と決定し,その旨を平成13年3月1日付け及び同月2日付けで原告に通知した。 原告が提出した療養補 原告の療養補償及び休業補償を受ける権利は時効により消滅しているとして,療養補償及び休業補償を不支給と決定し,その旨を平成13年3月1日付け及び同月2日付けで原告に通知した。 原告が提出した療養補償請求書及び休業補償請求書において,原告が主張する本件各請求に係る請求内容等は,別紙1療養補償及び休業補償請求一覧表記載のとおり(ただし,「補償を受ける権利が発生した日」及び「時効により補償を受ける権利が消滅した日」欄を除く。)である。 (9) 原告は,上記(8)の決定を不服として,平成13年5月30日付けで支部審査会に対し審査請求をしたが,支部審査会は,平成14年1月11日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。原告は,支部審査会の裁決を不服として,平成14年2月28日付けで審査会に対し再審査請求をしたが,審査会は,同年10月2日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。 (10) そこで,原告は,東京地方裁判所に対し,前記(8)の決定の取消しを求めて訴訟を提起した。これが本件である。 2 争点及び当事者の主張(1) 原告の補償を受ける権利の時効消滅の有無(争点1)(被告の主張)ア地公災法63条によれば,補償を受ける権利は,2年間(障害補償及び遺族補償については,5年間)行わないときは,時効によって消滅すると規定しているが,同法は時効の起算点については規定していない。したがって,地公災法上の補償を受ける権利の消滅時効の起算点は,民法166条1項に基づき,「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」と解するのが相当であるところ,「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは,原則として権利を行使することに対する法律上の障害がなくなった時を意味するものであるとされている。そうだとすると,療養補償については療養の費用の支払義務が確定した日から,休業補償については療養のため勤務することがで 行使することに対する法律上の障害がなくなった時を意味するものであるとされている。そうだとすると,療養補償については療養の費用の支払義務が確定した日から,休業補償については療養のため勤務することができず給与を受けない日から,それぞれ時効が進行する。しかし,療養補償,休業補償を受ける権利の時効期間の経過前に,公務上の災害の認定を請求している場合においては,認定請求者が被告から公務災害認定通知を受けた日に「法律上の障害」がなくなったということができ,当該補償の消滅時効の起算点は,前記通知を受けた日と解するのが相当である。 これを本件についてみるに,平成10年10月22日から平成12年11月29日まで6回なされた療養補償請求の消滅時効の起算点は別紙2療養補償請求明細表の「補償を受ける権利が発生した日」欄記載の日であるところ,同表「時効により補償を受ける権利が消滅した日」欄記載のとおり,原告が被告に対し請求をした時には上記請求に係る補償を受ける権利は時効の完成により消滅していた。また,平成10年10月26日になされた休業補償請求,療養補償請求(休業補償請求にかかる文書料)の消滅時効の起算点は,別紙1療養補償及び休業補償請求一覧表の「補償を受ける権利が発生した日」である平成7年5月10日であるところ,2年が経過した後である原告が被告に対し請求をした時には上記請求に係る補償を受ける権利は時効の完成により消滅していた。 イ東京消防庁の人事部職員課(以下「職員課」という。)は平成6年10月3日に,広報課は同年12月5日に,それぞれ,原告に対し,療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を交付しており,現に,本件各請求は,その際に交付された請求用紙を用いてなされているのであって,原告が,本件傷病について,療養補償及び休業補償の請求をすることに何ら障害はなかった。また 冊(100枚)を交付しており,現に,本件各請求は,その際に交付された請求用紙を用いてなされているのであって,原告が,本件傷病について,療養補償及び休業補償の請求をすることに何ら障害はなかった。また,本件傷病については,本件災害が発生してから6年以上が経過して公務上の災害と認定されたものではあるが,そうであるからといって,消滅時効完成前に本件各請求をすることが不可能であったとはいえない。 (原告の主張)ア療養補償及び休業補償を受ける権利の消滅時効は,原告が補償請求用紙の交付を受け(平成9年9月2日),かつ,原告の任命権者たる東京消防庁が,原告に対して,原告の診療報酬明細書等に係る資料提供について協力をした時点(平成10年10月)から進行するものと解すべきである。したがって,本件傷病の療養補償及び休業補償を受けるページ(1)権利の消滅時効の起算点は平成10年10月30日である。 イ本件傷病については,本件災害が発生してから6年以上が経過して公務上の災害と認定されたところ,このように災害発生から公務上災害の認定までに長期間を要した場合には,診療録等の保存期間の経過等により,診療担当者の証明(地方公務員災害補償基金業務規程(甲2)10条2項,12条2項参照)を受けることが不可能となるか,そうでなくとも,上記証明を受けるまでに極めて長い時間を要することとなるのであり,療養補償及び休業補償を受ける権利の消滅時効の起算点を定めるに当たっては,このような事情も考慮すべきである。 (2)被告による消滅時効の援用が権利濫用に当たるか否か(争点2)(原告の主張)原告の任命権者である東京消防庁は,原告が本件傷病について療養補償及び休業補償の請求をするに際し,原告に対する協力を怠ったばかりか,かえって,以下のとおり,原告の権利行使を妨害した。このため,原告は,本 告の任命権者である東京消防庁は,原告が本件傷病について療養補償及び休業補償の請求をするに際し,原告に対する協力を怠ったばかりか,かえって,以下のとおり,原告の権利行使を妨害した。このため,原告は,本件傷病について療養補償及び休業補償の請求をすることができなかったところ,被告は,原告がこのような状況にあることを熟知していたのであるから,被告が,本件において,消滅時効を援用することは,権利の濫用に当たり許されない。 すなわち,原告は,平成7年5月10日,本件傷病について,公務上の災害と認定する旨の通知を受けたため,その直後に,東京消防庁の職員課を訪れ,療養補償請求用紙の交付を求めたが,同課の主任であるaから,本件傷病に係る療養費と内耳振盪症等に係る療養費とを分けて請求するよう医師に話すように告げられた上で,療養補償請求用紙の交付を拒否された。その後,原告は,平成8年11月6日に,内耳振盪症等について,公務上の災害と認定する旨の通知を受けたため,再度,職員課を訪れ,療養補償請求用紙の交付を求めたが,a主任から,「渡せないといったら渡せないんだ」などと怒鳴られ療養補償請求用紙の交付を拒否され,平成9年9月まで,療養補償請求用紙の交付を受けることができなかった。 (被告の主張)争う。 第3 争点に対する判断 1 認定事実(1)前記争いのない事実に加え,証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア原告は,平成元年11月12日,東京消防庁を経由して被告に対し,本件災害について,公務災害認定請求書(乙12)を提出した。任命権者である東京消防庁は,被告に対し,当該公務災害認定請求について,「本件は調査の結果,災害の発生状況から歯牙(肉)部の負傷については公務上の災害と認められるものの,他の症状については判断困難のため, 者である東京消防庁は,被告に対し,当該公務災害認定請求について,「本件は調査の結果,災害の発生状況から歯牙(肉)部の負傷については公務上の災害と認められるものの,他の症状については判断困難のため,貴職において精査願います」旨任命権者としての意見を述べた。(乙12)イ原告は,平成4年8月5日付けで,被告から、歯牙脱臼等について,公務上の災害との認定を受け,その旨の通知を受けたが,その際,「公務(通勤)傷病で今後継続して受診する際は,療養補償請求書に必要事項を記入して,毎月医療機関の窓口へ提出して下さい。」,「請求書用紙等は所属にあります。」等の記載がある「お知らせ」と題する文書(乙7の4)も併せて交付された(乙7の1ないし4)。 ウ原告は,被告に対し,歯牙脱臼等について,平成5年4月15日付け及び同年8月5日付けで療養補償の請求をしたが,被告は,平成6年3月28日,原告に対し,上記各療養補償請求について不支給決定処分をした。なお,原告は,東京地方裁判所に対し,上記不支給決定処分の取消しを求める訴えを提起し,同裁判所は,平成15年1月23日,上記不支給処分を取り消す旨の判決をし,同判決は確定した。(甲23の1及び2,乙1の1及び2,弁論の全趣旨)エ原告は,平成5年8月20日ころ,東京消防庁を経由して被告に対し,歯牙脱臼等について,8枚の療養補償請求書(乙2の1ないし8)を提出し,被告は,これを同年10月15日付けで受け付けた。しかし,原告の提出した診療費請求明細の記載が不十分であったため,被告は,「本請求内容については,自己負担分の請求と思われますが,診療明細の内容が不十分です。療養補償を実施するうえで公務災害認定傷病名に対して正当な診療内容であるか審査することが出来ない状況です。よって,お手数ですが,当該歯科医院にて補正をお願いします。」と ,診療明細の内容が不十分です。療養補償を実施するうえで公務災害認定傷病名に対して正当な診療内容であるか審査することが出来ない状況です。よって,お手数ですが,当該歯科医院にて補正をお願いします。」との意見を付し,追記として,「歯列弓等の矯正治療については,先般,α歯科分について補償対象外となりましたが,本件についても同治療内容がありましたらあらかじめ削除のうえ再請求されますようお願いします。」との付箋(甲11,22)を付して,原告に返却した。(甲11,22,乙2の1ないし8,証人a【20,21頁】)オ原告は,平成6年10月3日,東京消防庁の職員課を訪れ,同課のa主任に対し,上記療養補償請求書8枚が受領されなかったことについて抗議をした。a主任は,原告に対し,不備を補正した上で再度提出するよう指導するとともに,平成6年4月1日から補償請求用紙の大きさがB5判からA4判に変更となっていたこともあって,療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)及び移送費明細書の用紙数枚を交付した。また,原告は,平成6年12月にも,原告が所属していた広報課のb主任を経由して,更に療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を受領した。なお,療養補償請求用紙は,歯牙脱臼等と本件傷病のいずれの傷病についても共通して使用することができるものである。(乙10【3,4頁】,14,15,証人a【4ないし11,33,34頁】)カ原告は,平成7年4月25日付けで,本件傷病について,公務上の災害との認定を受け,同年5月10日,その旨の通知を受けたが,その際,災害補償のしおり(乙4と同様のもの)を併せて受領した。上記災害補償のしおりの表紙裏面には,「請求書等の様式の請求,手続,内容等に関する疑問点につきましては,所属団体又は基金支部へお気軽にお問い合わせください。」との記載が,また,「補償を受 て受領した。上記災害補償のしおりの表紙裏面には,「請求書等の様式の請求,手続,内容等に関する疑問点につきましては,所属団体又は基金支部へお気軽にお問い合わせください。」との記載が,また,「補償を受ける権利の時効」と題する項目には,「療養補償については,療養の費用の支払義務が確定した日の翌日から,休業補償については,療養のため勤務することができず,給与を受けない日の翌日から,2年以内に請求しないと,時効により補償を受ける権利が消滅して補償を受けることができないこととなるので,補償が受けられることとなったときには,速やかに任命権者を経由して基金支部へ請求手続を行ってください。」との記載がされていた。(乙4,8の1ないし3,弁論の全趣旨)キ原告は,平成7年5月10日に被告から本件傷病について公務上の災害と認定する旨の通知を受けてから平成9年に至るまでの間,自ら,職員課を訪れ,補償請求用紙の交付を求めたことはなかった(乙10【4頁】,証人a【3,4頁】,原告本人【40頁】)。 ク東京消防庁の職員課長は,平成9年5月,広報課長に対し,「公務災害補償の手続について」と題する書面を送付した。上記書面には,原告の内耳振盪症等について,平成8年11月6日付けで公務上災害との認定がされたにもかかわらず,6か月間,原告から療養補償の請求がされないため,手続を促す旨の内容の記載があったが,その趣旨が広報課において原告に対して伝えられることはなかった。なお,本件傷病については,上記書面と同様の書面が職員課長から広報課長に対して交付されたことはなかった。(乙10【6,7頁】,証人a【30,31頁】,弁論の全趣旨)ケ東京消防庁の広報課庶務担当は,平成10年7月27日付けで,原告について,「問題ある職員の処遇について」と題する書面(甲6)を作成した。その後,原告は,平成 証人a【30,31頁】,弁論の全趣旨)ケ東京消防庁の広報課庶務担当は,平成10年7月27日付けで,原告について,「問題ある職員の処遇について」と題する書面(甲6)を作成した。その後,原告は,平成10年8月1日付けで,音楽隊から広報調整担当係員に配置換えとなった。広報調整担当係員の仕事は,主として東京消防庁の広報活動のうち音楽隊の演奏活動の日程調整などを行うというものであった。(甲6,7,19【1頁】,原告本人【1頁】)コ原告は,平成5年8月20日ころに歯牙脱臼等について療養補償請求書を提出した後は,全く療養補償及び休業補償の請求をしていなかったが,平成10年10月22日以降,本件傷病について,療養補償及び休業補償の請求をするようになった。原告がその際に使用した療養補償請求用紙(乙3)は,平成6年2月10日に改正された書式に従い同ページ(2)月に印刷されたものであった。なお,平成10年11月22日ころ,原告と同じ広報課所属の職員が,平成6年9月29日に改正された書式に従い平成7年2月に印刷された療養補償請求用紙(乙13)を使用して,被告に対し,療養補償の請求をしている。(乙3,13,弁論の全趣旨)サ原告は,平成10年10月30日,広報課長に対し,東京都職員共済組合に対して診療報酬明細書等の提供を求めるよう依頼する旨の依頼書(甲16)を提出した。これを受けて,東京消防庁は,平成10年11月9日付けで,東京都職員共済組合に対し,原告に係る診療報酬明細書等の資料提供を求めたところ,原告は,同年12月4日,東京都職員共済組合から,東京消防庁人事部厚生課を経由して,原告に係る診療報酬明細書等の内容の開示を受けることができた。もっとも,平成元年3月分から平成5年12月分までの診療報酬明細書等の内容については,時間経過によりマイクロフィルムが見つから を経由して,原告に係る診療報酬明細書等の内容の開示を受けることができた。もっとも,平成元年3月分から平成5年12月分までの診療報酬明細書等の内容については,時間経過によりマイクロフィルムが見つからないとの理由で,開示されず,平成6年1月分から平成10年8月分までの診療報酬明細書等の内容のみが開示された。(甲16,18,弁論の全趣旨)シなお,原告は,遅くとも平成6年ころまでには,療養補償及び休業補償を受ける権利が,2年間で時効により消滅することを認識していた(原告本人【41,42頁】)。 (2)この点,原告は,平成6年10月3日及び同年12月に療養補償請求用紙の交付を受けたことはないと供述する(甲19【6,7頁】,原告本人【8ないし11頁】)。しかしながら,原告の供述は,例えば,本件傷病が公務上の災害と認定された後,療養補償請求用紙の交付を受けた時期について,当初は,平成9年9月と供述していたが(甲19【11,12頁】,原告本人【12ないし14頁】),その後,本件各請求に係る療養補償及び休業補償を受ける権利について消滅時効が完成する前である同年3月までには交付を受けていたと供述を変え(原告本人【29ないし33,36頁】),また,当初は,平成6年以降に地方公務員災害補償基金東京都支部の補償課を訪れたところ,基金に出向していたa主任から,療養補償請求書の受領を拒否されたと陳述していたところ(甲19【5,6頁】),当時,a主任が,基金に出向していなかったことを指摘されると,そうであれば人違いかもしれないと供述するなど(原告本人【21ないし24頁】),全体として,極めて曖昧なものといわざるを得ず,このことに加え,平成6年10月3日に療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を交付したとする証人aの証言(乙10【3,4頁】,証人a【4ないし11頁】)及びこれ て,極めて曖昧なものといわざるを得ず,このことに加え,平成6年10月3日に療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を交付したとする証人aの証言(乙10【3,4頁】,証人a【4ないし11頁】)及びこれを裏付ける同人作成に係るメモ(乙14)の記載内容と対比すると,原告の上記供述及び陳述書の記載は,採用することができない。なお,原告は,平成6年当時,歯牙脱臼等については,既に療養補償の請求が完了しており,他方,本件傷病については,いまだ公務上の災害との認定がされていなかったのであるから,そのような時期に療養補償請求用紙が交付されるわけがないと主張するが,前記(1)オで認定したとおり,平成6年10月3日,原告が,職員課を訪れ,同課のa主任に対し,歯牙脱臼等について提出した療養補償請求書8枚が受領されなかったことについて抗議をしたところ,a主任は,不備を補正した上で再度提出するよう指導しているのであって,その際に原告に対して療養補償請求用紙が交付されることは何ら不自然なことではない。また,原告は,平成6年に原告に対して療養補償請求用紙が交付されているのであれば,平成9年に再度交付されるはずがないとも主張するが,平成6年10月及び同年12月に療養補償請求用紙が交付されていたとしても,原告が,平成9年に交付を求めた場合には,再度交付されることも当然あり得ることであって,何ら不自然なことということはできない。 (3) そして,他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。 2 争点1(原告の補償を受ける権利の時効消滅の有無)について(1) 地公災法63条は,補償を受ける権利は,2年間(障害補償及び遺族補償については,5年間)行わないときは,時効によって消滅すると規定しているところ,地公災法にはこの消滅時効の起算点に関する規定はない。したがって,民法上の原則に従い,同法16 年間(障害補償及び遺族補償については,5年間)行わないときは,時効によって消滅すると規定しているところ,地公災法にはこの消滅時効の起算点に関する規定はない。したがって,民法上の原則に従い,同法166条1項により,「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」が地公災法上の補償を受ける権利の消滅時効の起算点となり,「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは,権利を行使することに対する法律上の障害がなくなった時をいうと解するのが相当である(大判昭和12年9月17日・民集16巻21号1435頁)。そうだとすると,原則として,療養補償については療養の費用の支払義務が確定した日をもって,休業補償については療養のため勤務することができず給与を受けない日をもって,各補償を受ける権利が法律上発生し,その行使が可能になるものというべきであるから,療養補償を受ける権利については療養の費用の支払義務が確定した日の翌日が,休業補償を受ける権利については療養のため勤務することができず給与を受けない日の翌日が,それぞれ,消滅時効の起算日となるというべきである(地公災法64条,民法140条)。しかし,療養補償,休業補償を受ける権利の時効期間の経過前に,当該補償に関し公務上の災害の認定を請求している場合においても,前記原則を貫くことは相当ではない。なぜなら,このような場合には,現実には公務上の災害認定が認定請求者に通知されてはじめて権利行使が可能になるという側面があるからである。このようなこともあってか,被告は,昭和48年12月18日付け地基補第585号理事長通知によって,「補償を受ける原因となった災害について,補償の種類に応ずる時効の期間の経過前に,基金に公務上の災害又は通勤による災害の認定を請求した場合における当該補償に係る時効の起算日は,基金が当該災害を公務上の災害又は通勤による災害と認定した いて,補償の種類に応ずる時効の期間の経過前に,基金に公務上の災害又は通勤による災害の認定を請求した場合における当該補償に係る時効の起算日は,基金が当該災害を公務上の災害又は通勤による災害と認定したことについて,当該認定請求者が知り得た日の翌日」として長年運用してきている。 これらの事情を考慮すると,療養補償,休業補償を受ける権利の時効期間の経過前に,公務上の災害の認定を請求している場合における当該補償を受ける権利の消滅時効は,認定請求者が被告から公務災害認定通知を受けた日に「法律上の障害」がなくなったということができるので,その翌日をもって当該補償を受ける権利の消滅時効の起算日とするのが相当である。 (2) 以上の基準を本件に当てはめてみると,次のとおりとなる。すなわち,原告は,別紙1療養補償及び休業補償請求一覧表記載のとおり,平成10年10月22日から平成12年11月29日まで6回にわたり,平成元年3月22日から平成10年11月26日までの間に支出した診療費,移送費を,被告に対し,療養補償として請求したが,これらの権利は,いずれも別紙2療養補償請求明細表の「時効により補償を受ける権利が消滅した日」欄記載の日が経過したことにより消滅時効が完成したというべきである(ちなみに,地公災法上の療養補償を受ける権利の消滅時効は,公法上の時効であり,地方自治法236条2項の趣旨に照らし,権利の絶対的消滅原因と解するのが相当であり,被告による消滅時効の援用を待たずに,療養補償請求権は時効により消滅した。)。また,原告は,別紙1療養補償及び休業補償請求一覧表記載のとおり,平成10年10月26日,被告に対し,平成2年12月8日から平成3年6月4日までの間の休業補償を請求しているが,この権利の消滅時効の起算日は,本件傷病について公務災害認定が被告に通知された平成7年 ,平成10年10月26日,被告に対し,平成2年12月8日から平成3年6月4日までの間の休業補償を請求しているが,この権利の消滅時効の起算日は,本件傷病について公務災害認定が被告に通知された平成7年5月10日の翌日であるところ,2年を経過した平成9年5月10日の経過をもって,療養補償を受ける権利の消滅時効と同様に被告の援用を待たずに時効により消滅したことが認められる(そうすると,本件各請求中,休業補償を請求するため必要な医師の証明に係る文書料についても,療養補償の対象として認められる診断書等の文書料は,地公災法27条により「療養上相当と認められるもの」とされ,補償の実施に必要な文書に限り認められるものと解されるところ,上記のとおり,当該休業補償を受ける権利が時効により消滅している以上,当該文書を補償の実施に必要な文書であると認めることはできず,この点の原告の請求も理由がないこととなる。)。 (3) これに対し,原告は,療養補償及び休業補償を受ける権利の消滅時効は,原告が補償請求用紙の交付を受け,かつ,原告の任命権者たる東京消防庁が,原告に対して,原告の診療報酬明細書等に係る資料提供について協力をした時点である平成10年10月30日から進行するものと解すべきであると主張する。しかしながら,原告が主張する上記事情,すなわち,原告に対する補償請求用紙の交付の有無,あるいは,診療報酬明細書等に係る資料提供の有無といった事情は,原告が療養補償及び休業補償を受ける権利を行使することに対する法律上の障害となり得るものとは解されないから,これにより,原告の療養補償及び休業補償を受ける権利について,消滅時効の進行が妨げられることはなく,原告の主張は独自の見解であるというべきであって,これを採用することはできない。 ページ(3)また,原告は,本件傷病については,本件 補償を受ける権利について,消滅時効の進行が妨げられることはなく,原告の主張は独自の見解であるというべきであって,これを採用することはできない。 ページ(3)また,原告は,本件傷病については,本件災害が発生してから6年以上が経過して公務上の災害と認定されたところ,このように災害発生から公務上災害の認定までに長期間を要した場合には,診療録等の保存期間の経過等により,診療担当者の証明を受けることが不可能となるか,そうでなくとも,上記証明を受けるまでに極めて長い時間を要することとなるのであり,療養補償及び休業補償を受ける権利の消滅時効の起算点を定めるに当たっては,このような事情も考慮されるべきであると主張する。しかし,本件傷病について,公務上の災害と認定されるまでに長期間を要したことにより,原告が主張するような不都合が生じ得るとしても,そのことをもって,原告が療養補償及び休業補償を受ける権利を行使することに対する法律上の障害があると解することはできず(なお,原告としては,公務上の災害であるとの認定を受ける前であっても,診療担当者の証明を受けておくことは可能であったものと考えられるし,原告が,平成7年5月10日以降,療養補償,休業補償の請求に必要な診療担当者の証明書等の収集に努めた形跡は,本件証拠上認められない。),これにより,原告の療養補償及び休業補償を受ける権利について,消滅時効の進行が妨げられることはなく,原告の上記主張も理由がない。 3 争点2(被告による消滅時効の援用が権利濫用に当たるか否か)について(1) 原告は,原告の任命権者である東京消防庁は,原告が療養補償及び休業補償の各請求をするに際し,原告に対する協力を怠ったばかりか,かえって,原告の権利行使を妨害したため,原告は,本件傷病について,療養補償及び休業補償の各請求をすることができなか 原告が療養補償及び休業補償の各請求をするに際し,原告に対する協力を怠ったばかりか,かえって,原告の権利行使を妨害したため,原告は,本件傷病について,療養補償及び休業補償の各請求をすることができなかったところ,被告は,原告がこのような状況にあることを熟知していたのであるから,被告が,本件各請求について,消滅時効を援用することは,権利の濫用に当たり,許されないと主張する(なお,地公災法上の療養補償,休業補償を受ける権利の消滅時効は,先に述べたとおり,公法上の時効であり,被告の援用を待つことなく期間の経過により完成するため,被告において消滅時効を援用することは観念することができない。 そうだとすると,被告が消滅時効を援用したことを前提とする原告の権利濫用の主張は主張自体失当というべきであるが,原告の当該主張は被告が消滅時効を主張することは禁反言ないし信義則違反であり許されないとの主張と善解できないことはないので,そのような主張であると善解して検討することにする。)。 (2) そこで検討するに,原告は,東京消防庁による原告の権利行使に対する妨害の具体的内容として,原告が,平成7年5月10日ころ及び平成8年11月6日ころに,職員課を訪れ,療養補償請求用紙の交付を求めたところ,同課のa主任からその交付を拒絶され,その後,平成9年9月まで,療養補償請求用紙の交付を受けることができなかったと主張するが,原告本人の供述によっても,原告は,平成7年4月25日付けで本件傷病について公務上の災害との認定がされ,同年5月10日にその旨の通知を受けてから平成9年までの間,職員課を訪れて療養補償請求用紙の交付を求めたことはなく,また,本件各請求のいずれについても時効期間が経過する前である平成9年3月までには,療養補償請求用紙の交付を受けたというのであって(原告本人【29ないし3 て療養補償請求用紙の交付を求めたことはなく,また,本件各請求のいずれについても時効期間が経過する前である平成9年3月までには,療養補償請求用紙の交付を受けたというのであって(原告本人【29ないし33,36,40頁】),原告の上記主張事実に沿う証拠は全くない。 もっとも,原告は,平成7年5月10日ころ及び平成8年11月6日ころ,原告が所属する広報課を通じて,療養補償請求用紙の交付を求めたが,その交付を受けられなかった旨供述し(原告本人【11,40頁】),原告が作成した各種書面(甲5,8,9,14,15)中にも同旨の記載がある。しかしながら,そもそも,原告の供述は,全体として極めて曖昧なものであることは前記1(2)で述べたとおりである。これに加え,①前記1(1)ウないしオで認定した事実によれば,原告は,歯牙脱臼等について公務上の災害との認定を受けた後,療養補償請求用紙の交付を受け,平成5年4月15日付け及び同年8月5日付けで療養補償請求書を提出し,また,同月20日ころにも,療養補償請求書8枚を提出しているほか,平成6年10月及び12月にも,それぞれ,療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を受領しているのであって,このような経過にかんがみると,本件傷病についてのみ,療養補償請求用紙の交付を拒否されるというのは極めて不自然であること,②原告が供述するとおり,所属する広報課を経由して療養補償請求用紙の交付を求めてもその交付を受けられなかったのであれば,平成9年に至るまで,一度も原告自身が職員課を訪れてその交付を求めていないことは不自然であること,⑧本件全証拠を検討するも,原告が平成9年までの間に本件傷病について療養補償及び休業補償を請求しようとしたことを裏付けるに足りる客観的証拠が全く存在しないこと,④証人aが,平成7年5月10日から平成9年5月10日 検討するも,原告が平成9年までの間に本件傷病について療養補償及び休業補償を請求しようとしたことを裏付けるに足りる客観的証拠が全く存在しないこと,④証人aが,平成7年5月10日から平成9年5月10日までの間,原告本人自ら,あるいは,原告の所属である広報課の庶務担当を経由して,補償請求用紙が足りない旨の抗議を受けたことはない旨証言していること(乙10【6頁】,証人a【14,33頁】)の諸点に照らすと,原告の上記供述及び上記各書面の記載を採用することはできない。 そして,他に,東京消防庁が原告の療養補償及び休業補償の請求を妨害したとの事実を認めるに足りる証拠はない(原告は,①原告が本件災害について提出した公務災害認定請求書(乙12)に東京消防庁が付した任命権者の意見の内容,②平成9年5月に東京消防庁の職員課長から広報課長に対して内耳振盪症等についての療養補償の請求を促す旨の書面が送付されたにもかかわらず,その趣旨が原告には伝えられていないこと,③東京消防庁の広報課においては,原告について,「問題ある職員の処遇について」と題する書面(甲6)が作成され,その後,原告は,平成10年8月1日付けで,音楽隊から広報調整担当係員に配置換えとなったこと等の東京消防庁の原告に対する対応に照らすと,東京消防庁が原告の本件各請求に係る療養補償及び休業補償を受ける権利の行使を妨害していたことが推認されると主張するが,上記各事実を総合しても,東京消防庁が原告の権利行使を妨害したことを認めるに足りない。)。 かえって,前記1(1)オで認定した事実によれば,東京消防庁は,平成6年10月及び同年12月の2回にわたり,療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を交付していること,また,原告の供述によっても,東京消防庁は,本件傷病について公務上の災害との認定がされた後,時効期間が経過する 及び同年12月の2回にわたり,療養補償請求用紙の綴り1冊(100枚)を交付していること,また,原告の供述によっても,東京消防庁は,本件傷病について公務上の災害との認定がされた後,時効期間が経過する前である平成9年3月までには,更に療養補償請求用紙を交付したほか,平成10年10月ないし11月には,原告の依頼に応じて,東京都職員共済組合に対し,原告の診療報酬明細書等に係る資料提供を依頼するなどしていることが認められるのであって,そうだとすると,東京消防庁は,原告が療養補償及び休業補償の請求をするについて,原告に協力したものと認めるのが相当である。 (3) 以上によれば,被告が消滅時効を援用することが権利濫用に当たり許されないとする原告の主張は,これを被告が消滅時効を主張することが禁反言ないし信義則に違反するとの主張であると善解しても,理由がなく,採用することはできない。 第4 結語以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第36部裁判長裁判官難波孝一裁判官増永謙一郎裁判官世森亮次ページ(4)

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