令和1(わ)970 傷害致死,窃盗,死体遺棄

裁判年月日・裁判所
令和2年7月13日 名古屋地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-90417.txt

判決文本文19,822 文字)

主 文被告人Aを懲役2年8月に,被告人Bを懲役2年に処する。 被告人両名に対し,未決勾留日数中各300日を,それぞれその刑に算入する。 被告人両名に対し,この裁判が確定した日から4年間,それぞれその刑の執行を猶予し,その猶予の期間中被告人両名を保護観察に付する。 本件公訴事実中,令和元年6月14日付け起訴状記載の第1の傷害致死の点については,被告人両名は無罪。 理 由(罪となるべき事実)第1 被告人両名は,Cと共謀の上,平成31年2月4日,D(当時31歳)の死体を,名古屋市a区bc丁目d番e号fg号当時の被告人A方(以下単に「被告人A方」という。)から運び出して同所付近に駐車した自動車内に積み込んだ上,愛知県豊田市hi番jの東方約300メートルの山林まで運んで投棄し,もって死体を遺棄し第2 被告人両名は,共謀の上,貯金の正当な払戻権限がないのに,同月15日午前9時35分頃,同区kl丁目m番n号日本郵便株式会社E郵便局において,同局に設置された現金自動預払機に,株式会社ゆうちょ銀行発行のD名義の総合口座通帳を挿入して同機を作動させ,同機から同局局長F管理の現金13万円を引き出して窃取したものである。 (争点に対する判断)第1 傷害致死罪について 1 傷害致死の公訴事実本件傷害致死の公訴事実は,「被告人両名は,共謀の上,平成31年2 月1日頃,名古屋市a区bc丁目d番e号fg号において,Dに対し,その顔面を膝蹴りするなどの暴行を加え,よって,同人に硬膜下血腫,脳腫脹等の傷害を負わせ,同月2日頃,同所において,同人を前記傷害に基づく外傷性脳障害により死亡させた」というものである。なお,検察官は,第5回公判期日において,上記暴行の日時について,平成31年2月1日 の傷害を負わせ,同月2日頃,同所において,同人を前記傷害に基づく外傷性脳障害により死亡させた」というものである。なお,検察官は,第5回公判期日において,上記暴行の日時について,平成31年2月1日午後9時2分頃から同日の終日までの間と釈明したほか,論告において,死因ないし因果関係に関し,「2月1日の夜頃の被告人両名の暴行により外傷性脳障害が生じた又はそれを悪化させたと認められる」と述べて公訴事実の主張を付加した上,予備的主張として,「共謀が認められないとしても,同時傷害の特例により,被告人両名に傷害致死罪が成立」すると主張したが,前記因果関係に関する主張及び同時傷害の特例の適用の主張については,公判前整理手続において主張されていなかったものである。 2 傷害致死に関する争点と結論傷害致死に関する争点は,①被告人両名の間に共謀が認められるか,②被告人両名による前記公訴事実記載の暴行が認められるか,③②の暴行とDの死亡との間に因果関係が認められるか,である。 前記②の争点について,検察官は,被告人Bの公判供述を直接証拠として,公訴事実記載の暴行があった旨主張するのに対し,被告人Aの弁護人は,平成31年2月1日夜に被告人Aが帰宅した後は,被告人両名は公訴事実記載の暴行を加えていない旨主張し,被告人Bの弁護人は,被告人Bが同日にDの顔面を膝蹴りしたこと自体は争わないが,その程度は検察官主張のそれとは異なる旨主張する(Dの腹を踏み付ける暴行を加えたことは認めており,それによる傷害結果について,傷害罪の成立自体は争っていない。)。 当裁判所は,②の事実について,検察官の有罪立証が依拠している被 告人Bの公判供述の信用性に疑問が残り,被告人両名が同日に暴行を加えた事実を合理的疑いを超えて認定することができないから,被 当裁判所は,②の事実について,検察官の有罪立証が依拠している被 告人Bの公判供述の信用性に疑問が残り,被告人両名が同日に暴行を加えた事実を合理的疑いを超えて認定することができないから,被告人両名に傷害致死罪が成立しないと判断した。以下,その理由を詳述する。 3 当裁判所が認定した前提となる事実関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ⑴ 平成31年1月31日までの事実経過(以下,特記のない限り,日時は平成31年(令和元年)を指す。)ア Dは,平成30年9月頃,被告人A方において,被告人A,同被告人の長男であるC(当時中学1年生,以下「長男」という。)及び次男であるG(当時小学6年生,以下「次男」という。)と同居するようになった。 被告人Aは,Dと同居している間,Dの仕事での態度等について立腹し,Dに対し,手拳で殴ったり蹴ったりする等の暴行を加え,顔面にあざを作ったり,大根を足に挟んで正座させるなどの暴行を加え,被告人A,長男又は次男がその様子を携帯電話で撮影するなどしていた。 イ 1月15日,被告人Bも被告人A方で同居するようになった。同日以降2月2日までの間に,被告人Aは,Dとの金銭問題等で,被告人Bは,Dから,当時被告人Bが好意を持っていた男性Hについての話題を出されたこと等によって立腹し,それぞれDに対し,暴行を加えたり, Dをベランダに出したり,浴室で摂氏60度の湯を掛けたりした。 また,被告人両名及び長男は,Dの手足をひもで縛ったり,Dの首にひもをつないだりしていた。また,Dがひもを歯で噛みちぎることがあってからは,針金で縛ったり固定することもあった。 さらに,被告人両名以外にも,J,長男及び次男もDに対して暴 行を加えることがあった。 た,Dがひもを歯で噛みちぎることがあってからは,針金で縛ったり固定することもあった。 さらに,被告人両名以外にも,J,長男及び次男もDに対して暴 行を加えることがあった。 ウ Dは,1月28日に被告人A及び次男と共に外出しており,この日以降,Dが被告人A方から外出した形跡はない。 エ被告人Aは,1月31日午前1時33分から午前1時40分にかけて,携帯電話で「火傷に効く市販クスリ」,「熱傷の初期治療について」等について検索した。 ⑵ 2月1日の事実経過ア被告人Aは,2月1日午前2時35分から午前2時45分にかけて,携帯電話で「いきなり気を失った息はしてるなぜ?」,「失神ストレス」等について検索した。 イ 2月1日朝,Iが被告人A方を訪れた際,Dは,リビングのテーブルに両手をもたれかからせるようにして体を支えて座り,足をロープのようなもので縛られており,口を開けてうつろな様子で,朝食もとれない状態であった。Iは,Dに挨拶をしたが,Dからの返答は聞こえてこなかった。 ウ被告人Aは,2月1日午前9時55分頃から午後3時48分頃の間,長男及び次男とともに,同人らの学校の用事等のために外出した。 エ被告人Aは,2月1日午後4時29分,コンビニエンスストアで恵方巻5個等を購入し,帰宅後,被告人両名,長男及び次男は恵方巻を食べたが,Dは恵方巻を食べることができなかった。 オ被告人Bは,2月1日午後6時14分,コンビニエンスストアで貼るタイプのカイロを購入した。 カ被告人Aは,2月1日午後7時27分頃に外出し,午後9時2分頃に帰宅した。この間,被告人Aは,午後8時34分から午後8時35分にかけて,携帯電話で「食べ物が受け付けないなにを食べれ カ被告人Aは,2月1日午後7時27分頃に外出し,午後9時2分頃に帰宅した。この間,被告人Aは,午後8時34分から午後8時35分にかけて,携帯電話で「食べ物が受け付けないなにを食べれ ばいいの?」などと検索しており,午後8時54分,ドラッグストアで清涼飲料水,ゼリー飲料,靴下に貼るカイロ,風邪薬等を購入した。 キ被告人Aは,2月1日午後9時2分頃に帰宅し,その後,Dに対し,購入したゼリー飲料等を飲ませた。 ク被告人Aは,2月1日午後9時39分から午後9時46分にかけて,「ヘパリン類似物クリーム火傷にも使える?」,「やけど・傷跡を治す漢方処方,紫雲膏(軟膏)」,「プロペト火傷に効く?」等について検索した。 ケ被告人Aは,2月1日午後4時31分頃からIが来訪した同日午後10時40分頃までの間の在宅中に,Dに火傷の薬を塗った。 ⑶ 2月2日の事実経過ア 2月2日午前5時頃,Iが被告人A方を訪れ,シャワーを浴びてリビングに向かうと,Dは寝転んだ状態で,首をIの方へ向けて,聞き取りづらいほどの小さな声で「おはよう」と言った。 イ 2月2日午前8時11分頃,Jが被告人A方を訪れた際,Dはリビングで横になっていた。同日午前8時31分頃までの間に,被告人Aは,Jに対し,Dにカイロを貼るのを手伝ってほしい旨依頼し,JがDの後ろに回って,壁に手をついて左足でDの背中を支え,被告人AもDの体を支えながら,Dの背中にカイロを貼った。その際,Jは,Dに対し,「おはよう」と声を掛けたところ,耳を近付けなければ聞こえないような小さい声で「おはよう」と返ってきたように受け止めた。 ウ被告人Aは,2月2日午前8時37分から午前8時38分にかけて,携帯電話で「体の温め方あかちゃん」,「新生児の手 れば聞こえないような小さい声で「おはよう」と返ってきたように受け止めた。 ウ被告人Aは,2月2日午前8時37分から午前8時38分にかけて,携帯電話で「体の温め方あかちゃん」,「新生児の手足が冷たい!?赤ちゃんの手足の冷えの原因と対処法」について検索した。 エ 2月2日午後0時50分頃,被告人A及び長男が帰宅し,Dが死亡していることに気付いた。 ⑷ Dの遺体の状態ア遺体の発見状況被告人Bは,2月24日午前0時14分頃,愛知県K警察署に電話連絡し,死体遺棄の事実を申告し,同日,被告人Bの案内により,判示第1記載の山林内において,Dの遺体が発見された。Dの遺体には,頭部にビニール袋が被せられ,上半身に黒色毛布が絡まり,着用していた長袖シャツには,左右腋窩部に1つずつ,背面に4つ,カイロが貼られていた。両下腿部には,膝蓋部下部から足底部に至るまで,白色キッチンペーパー様のものが巻き付けられていた。 イ司法解剖の結果2月25日に行われた司法解剖において,Dの左後頭部の皮下には拇指頭面大の皮下出血が認められ,頭蓋内の硬膜下には半手掌面大の凝血の膠着がみられ,また,脳に腫脹がみられた。 Dの顔面は,前頭部左側,左右の眼窩部,左口角付近に鈍体による打撃によって惹起されたと考えられる皮下出血がみられた。 Dの頸部には,水平方向に,索状物による圧迫あるいは擦過によって生じたと考えられる長さ12センチメートル,17センチメートルの索溝2か所のほか,長さ7センチメートルの浅い線状表皮剥脱も認められた。手首にも帯状の表皮剥離が認められた。 Dの胸部,腹部,背面,両下肢には,変色斑,皮下出血,火傷ないし鈍体での擦過・圧迫によるものとみられる表皮剥離が トルの浅い線状表皮剥脱も認められた。手首にも帯状の表皮剥離が認められた。 Dの胸部,腹部,背面,両下肢には,変色斑,皮下出血,火傷ないし鈍体での擦過・圧迫によるものとみられる表皮剥離が複数箇所認められ,左下腹部には2倍手掌面大の皮下出血が認められた(なお,腹部には皮下出血が生じにくいことから,これは相当強い外力により惹起されたものと考えられる。)。 Dの両下腿部には,膝蓋骨下から足背部にかけて,断定は困難であるが,火傷と考えられる表皮の剥離がみられ,真皮が露見していた。 ⑸ 被告人A方の検証結果2月24日から同月27日までの4日間,被告人A方の検証が実施された。被告人A方のリビング北側壁面及び東側壁面等にはDの血痕の飛沫が広範囲に付着していた。また,被告人A方のリビングで発見された焼肉プレートが入った箱(内容物であるプレートも含めた総重量は約900グラム)には,Dの血液及び毛髪が付着しており,円状のへこみがあり,内容物のプレートには変形が認められた。 ⑹ I及びJの各証言の信用性前記⑵イ及び⑶アの事実に関するIの証言は,それぞれの日について,Dの状態等をDや自身の前後の言動と関連付けて具体的に供述しており,2月1日朝にはIが被告人A方にいなかったとの被告人Aの弁護人の主張を踏まえても,その内容についても特段不自然な点はなく,前記⑵イについては被告人Aらが学校に出かけた日(前記⑵ウ)の出来事,前記⑶アについてはDが死亡した日の出来事として,それぞれの日のDの状態等を明確に区別して証言していること,Iがこれらの事実について敢えて虚偽の供述をする強い動機はないことなどから,信用することができる。 前記⑶イに関するJの証言は,Dの状態や,Dに対する被告人A及びJ して証言していること,Iがこれらの事実について敢えて虚偽の供述をする強い動機はないことなどから,信用することができる。 前記⑶イに関するJの証言は,Dの状態や,Dに対する被告人A及びJの言動等についてその内容が具体的であり,カイロを貼った位置などもDの遺体に貼られていたカイロの位置と一致していること,Jについてもこの事実について敢えて虚偽の供述をする強い動機はないことなどからすると,Dの死亡に至る経過に照らし,Dが「おはよう」と明確に返答できていたという点に若干疑問が残るとはいえ,信用す ることができる。 4 Dの死因について⑴ 各医師の証言Dの遺体を司法解剖したL医師,神経病理学を専門とするM医師,救急医療医学を専門とするN医師は,いずれも,Dの頭蓋内には,外傷性の急性硬膜下血腫及び脳腫脹がみられ,これらがDの死亡の原因となっており,その外傷の原因としては,自為,他為,転倒等の事故のいずれでもあり得る旨証言する。 上記3名の医師の証言は,外傷性脳障害から死亡までの機序につき,脳ヘルニアが生じていると確定的に判断できるかや,脳障害に加えて低体温症等も死因として挙げるかなどについて見解の相違があるものの,相互の証言内容についてその可能性を否定するものではなく,少なくとも外傷性脳障害によってDが死亡したという点では一致している。 したがって,Dは,外傷性の硬膜下血腫及び脳腫脹に伴う外傷性脳障害によって死亡したことが認められる。 ⑵ 脳障害が生じた時期前記3名の医師の証言によれば,一般的に,外傷性脳障害を負った場合,短い場合は二,三時間以内,長い場合は数日後に死亡する。そして,脳障害を負うと,意識障害,食欲不振,低体温症等の症状が現れる,というのである。 言によれば,一般的に,外傷性脳障害を負った場合,短い場合は二,三時間以内,長い場合は数日後に死亡する。そして,脳障害を負うと,意識障害,食欲不振,低体温症等の症状が現れる,というのである。 上記3⑵の前提事実をも踏まえれば,Dは,1月31日から2月1日にかけての深夜に意識を消失しており,2月1日朝には食事をとれず,うつろで,支えなしで座るのは困難な状態であったこと,同日夕方にも恵方巻を食べられず,ゼリー飲料を飲んだこと,体の冷えによりカイロを必要とする状態であったことが認められる。 したがって,2月1日午後9時頃までには,Dには脳障害の症状と矛盾しない,意識障害,食欲不振,低体温症等の症状が現れており,既に脳障害が発生していた可能性が否定できない状態にあった。 5 被告人Bの公判供述について⑴ 被告人Bの公判供述の要旨被告人Bは,当公判廷において,1月16日,同月23日,同月30日,2月1日の4回,被告人Aと共にDに暴行した旨供述している。 それぞれの暴行態様についての要旨は以下のとおりである。 ア 1月16日の暴行1月16日は,被告人Bが,被告人Aに対し,同日の日中の清掃の仕事の場面で,Dが,被告人Bが好意を持ち,被告人Aの知人でもあるHに,その前日に被告人らにベランダに出されたことを話したと告げ,被告人両名がそのことに立腹し,被告人AがDに対して殴ったり蹴ったりし,被告人Bも1回膝蹴りをした。 イ 1月23日の暴行1月23日は,被告人A,長男及び次男が外出中,被告人Bが手を縛られたDから「逃げたい」と言われたことにつき,被告人Aの帰宅後,被告人Bが被告人Aに対して告げ口をした。被告人Aが立腹し,Dに対し,どうして被告人Bに対してそのようなこ が外出中,被告人Bが手を縛られたDから「逃げたい」と言われたことにつき,被告人Aの帰宅後,被告人Bが被告人Aに対して告げ口をした。被告人Aが立腹し,Dに対し,どうして被告人Bに対してそのようなことを言うのかなどと問いかけると,Dは「怖いから」,「Oさんのところに逃げたい」などと答えたため,被告人Aは立腹して強い力でDに対して膝蹴りをした。また,被告人Bも,H関係のことでDに腹を立てていたことを思い出し,Dに膝蹴りをした。長男及び次男もほうきでDの肩や足を叩いた。 ウ 1月30日の暴行1月30日は,被告人Aが金銭関係のことでDに立腹して二,三 回膝蹴りをし,それを見ていた被告人Bも,H関係のことで腹が立ってきて,Dに対して1回膝蹴りをした。その後,被告人B及び長男でDを浴槽に入れて摂氏60度設定の湯をかけた。 エ 2月1日の暴行2月1日は,被告人A,長男及び次男が外出中,再びDに小さな声で「逃げたい」と言われたが,それに応じると自分が被告人Aに同じ目に遭わされると考え,また,Dに従前の自身らの暴行を警察に被害申告されると思い,Dの要求を断った。 午後9時頃に被告人Aがゼリー飲料を購入しに行き,Dがそれを飲んでいる場面は見ていないが,そのごみがテーブルの上にあったのを見た。その後,被告人Aに対し,Dが逃げたいと述べたことを告げ口したところ,被告人Aは,Dに対し,どうして被告人Bに逃げたいと言ったのかと問い詰めたのに対し,Dは話せない状態であり,小さい声で何か言っていたようにも思うが,何も答えなかった。 被告人Aは,Dに対し,座って足を前に出したDの前に立って1回膝蹴りをし,Dは後ろに倒れたが,その際,床に頭をぶつけてはいないと思う。Dは自力で起き上がることができなかったの が,何も答えなかった。 被告人Aは,Dに対し,座って足を前に出したDの前に立って1回膝蹴りをし,Dは後ろに倒れたが,その際,床に頭をぶつけてはいないと思う。Dは自力で起き上がることができなかったので,被告人Aが両手でDの片手を引っ張ってDの体を起こし,手を持ったまま,更に3回程度膝蹴りをした。 その後,被告人Bも,H関係のことでDに腹が立っていたことを思い出し,Dに対して1回膝蹴りし,Dは倒れたが,その際,床に頭をぶつけることはなかった。その後,Dに対して風呂に入るように言い,Dは這うようにして風呂場に行こうとしたが,途中までしか行けず,戻ってきた。被告人Bは,さらに膝蹴りをし,その後,仰向けのDの腹の上に乗って2回ジャンプしたり,Dの太腿の上に乗ったりした。被告人両名の暴行は,午後10時40分頃にIが来訪 するまでに行われた。 被告人Bが被告人Aに告げ口をした理由は,被告人Aから外出中の出来事を報告するように言われており,後で報告しなかったことが発覚したら怖いと思ったからである。告げ口することにより,被告人Aは怒ってDに問い詰めるだろうとは思ったが,Dはもう話すことができず食事もとれない状態であったので,暴力までは振るわないだろうと思った。 ⑵ 被告人Bの公判供述の信用性ア信用性を肯定ないし高める事情 2月1日夜の暴行に関する供述経過被告人Bは,3月4日以降,捜査官に対し,2月1日の夜に自身及び被告人AがDに暴行を加えた旨供述している。また,被告人Bは,3月17日には,被告人AがDに暴行を加える態様は膝蹴りが多く,それが行われた場面は被告人Aが子ども二人を連れて学校等に外出した2回であった旨供述しており,後に,それが1月23日及び2月1日であることが 7日には,被告人AがDに暴行を加える態様は膝蹴りが多く,それが行われた場面は被告人Aが子ども二人を連れて学校等に外出した2回であった旨供述しており,後に,それが1月23日及び2月1日であることが判明したから,その面でも2月1日に膝蹴りをしたことは被告人Bの記憶に基づく供述である可能性が高い。 また,被告人Bは,傷害致死の事実で逮捕された5月22日まで,Dの死因は被告人BがDの腹の上でジャンプしたことによる内臓破裂であると考えていたところ,実際の死因が外傷性脳障害であることを捜査機関に知らされる前から,自身の腹の上でのジャンプの暴行に加え,自身及び被告人AがDに膝蹴りしたことを申告していることを踏まえると,膝蹴りに関する供述は真実味が感じられ,敢えて虚偽の供述をして被告人Aを巻き込もうとしたものと考えにくい。 他の日の暴行について1月16日夜の暴行については,3月14日から,1月16日と日付を特定して被告人Aが膝蹴りをした旨供述しており,暴行の動機となった出来事も具体的で,被告人Aも同様の出来事によって1月16日から17日にかけての夜に暴行したことは認めていることとも一致する。 1月23日夜の暴行については,被告人Aが長男及び次男と学校等の用事で外出した日として特定しているところ,従前から手足等を縛られて行動が制限され,暴行を加えられていたDが,同日,被告人Aらの外出中に「逃げたい」と述べることは自然であり,また,被告人Aが,それを被告人Bから報告され,怒ってDに対して膝蹴りの暴行を加えたという供述も具体的であること,長男も,日時は特定しないものの,Dが逃げようとしたことが被告人Aに発覚したときに,被告人Aが激しい膝蹴りを行った旨供述していることとも一致してい 膝蹴りの暴行を加えたという供述も具体的であること,長男も,日時は特定しないものの,Dが逃げようとしたことが被告人Aに発覚したときに,被告人Aが激しい膝蹴りを行った旨供述していることとも一致している。 また,1月30日夜の暴行後に摂氏60度の湯を掛けたことについては,前記3⑴エのとおり,被告人Aが,1月31日午前1時33分から午前1時40分にかけて「熱傷の初期治療について」等と検索していることとも整合する。 なお,被告人Aは,2月1日午後9時2分頃に被告人Aが帰宅した後,同日午後10時40分頃にIが被告人A方に帰宅するまでの間に,被告人AがDに対してゼリー飲料を飲ませたり,火傷の薬を塗ったり,火傷の治療法について検索したり,LINEのやりとりをしたり,入浴したりしていた旨供述するが,それらの事実があったことを前提としても,被告人Bが供述する被告人A自身の暴行は膝蹴り三,四回のみであり,さほど時間を要するも のではないから,犯行の機会は十分にあったといえる。 以上によると,被告人Bの公判供述は,相応の信用性を有する。 イ信用性を疑わせたり,減退させたりする事情他方,被告人Bは,まず,前記4回の被告人両名の暴行の内容について,1月16日は,被告人AがDに対し殴る蹴るしたが,自分は1回だけ膝蹴りしたと述べたが,同月23日,同月30日及び2月1日は,いずれも座っているDに対して立った状態で頭部ないし顔面を膝蹴りしたと述べ,その回数や強度についても,被告人Aの方が多く(おおむね被告人Aが三,四回で,被告人Bが一,二回),かつ,強いと述べて自分の責任を軽く受け取られるような割と似通った供述をするなど,被告人Aが述べる暴行態様に比して,その方法・程度について具体性に乏しい上 告人Aが三,四回で,被告人Bが一,二回),かつ,強いと述べて自分の責任を軽く受け取られるような割と似通った供述をするなど,被告人Aが述べる暴行態様に比して,その方法・程度について具体性に乏しい上,被告人Bが暴行を振るった動機をみても,1月16日の暴行を除いては,その場面でHについてDから何も言われたわけではないのに,Hの関係で怒っていたなどとして自分も暴行に及んだなどと述べるが,後付けの理由で余り納得のいかないものであって,暴行の原因・内容についての被告人Bの公判供述は具体性,迫真性に欠けているといわざるを得ず,被告人Bが軽度知的障害を有することからも,それぞれの場面を適切に区別し,自身の明確な記憶に基づいて事実をありのまま供述しているのかについて疑問を払拭することができない。 特に,2月1日夜の被告人Aの暴行の態様については,捜査段階(6月7日付け検察官調書)では,被告人Aの膝蹴りの際,床に倒れたDが自力で何度も起き上がっていたこと,膝蹴りによってDが床に頭を打ち付けたこと,暴行の前後で被告人両名とDとの間の会話があったこと,被告人両名の暴行後,長男及び次男も暴行していたこと等を供述しており(なお,この内容は公判における1月23 日の暴行に関する供述内容とほぼ一致する。),これらの暴行態様に密接に関わるDの衰弱状況や被告人Aとのやり取りなど重要な点について,被告人Bの公判供述は無視できない程度に変遷している。 被告人Bは,この変遷の理由として,捜査段階では,パニック障害により,誤って2月1日の場面と1月23日の場面を混同して供述してしまった旨供述するが,6月11日付け検察官調書においても,両場面を区別し,2月1日の場面について話すとした上で,Dが自力で起き上がった内容等を供述しており,また,一 23日の場面を混同して供述してしまった旨供述するが,6月11日付け検察官調書においても,両場面を区別し,2月1日の場面について話すとした上で,Dが自力で起き上がった内容等を供述しており,また,一時的に場面を混同することがあったとしても,捜査段階において,被告人Aが手を引っ張って起き上がらせた旨の供述を行わず,事件から約1年5か月経過した現在において,このような態様を具体的に供述するというのは不自然といわざるを得ない。 ウ以上のとおり検討したところからすると,被告人Bの公判供述は,相応の信用性が認められるものの,2月1日夜の暴行についての供述は,その態様が膝蹴りではなかった可能性や,別の日の暴行の場面を供述している可能性が否定できず,被告人Bの公判供述が本件傷害致死の実行行為をなす暴行及び共謀を立証する唯一の直接証拠(ただし,共謀については,「逃げたい」とのDの弁を告げ口し暴行に至った旨の事実を証する重要な間接証拠となる。以下同じ。)であることを踏まえれば,同供述が揺るぎのない全幅の信用性があると評価するには躊躇を覚えざるを得ない。 6 被告人Aの公判供述について⑴ 被告人Aの公判供述の要旨被告人Aは,2月1日午後9時2分頃の帰宅後は,10分から15分くらいかけてDに購入してきた清涼飲料水(ポカリスエット)及びゼリー飲料を飲ませ,15分くらいかけてDに火傷の薬を塗って靴下 を履かせ,カイロを貼り,午後9時39分から午後9時46分頃までの間,火傷の治療に関して検索し,その後,次男と一緒に40分から50分くらい入浴し,洋間にいたところ,午後10時40分頃にIが来訪したのであり,この間,自身はDに暴行を加えておらず,被告人Bの暴行も見ていない旨供述する。 1月15日から2月2日までの間 0分くらい入浴し,洋間にいたところ,午後10時40分頃にIが来訪したのであり,この間,自身はDに暴行を加えておらず,被告人Bの暴行も見ていない旨供述する。 1月15日から2月2日までの間の自身の暴行については,1月16日から17日にかけての夜,同月18日,同月19日,同月24日,同月28日に行ったが,その後はDに暴行を加えていない旨供述する。 また,1月31日の夜には,被告人BがDの腹の上に乗っていた旨供述する。 また,被告人Aは,1月31日の夜に,Dがベランダに出されており,被告人Aが鍵を開けて,Dが室内に入ってこようとした際に前のめりに転倒し,ベランダ内の地面部分に頭をぶつけていた旨供述する。 また,被告人Aは,その後,Dが入浴しようとした際,脱衣場からドンという音が聞こえ,見に行くと,Dが浴室と脱衣場の間の段差のところに頭部がある状態で転倒しており,声を掛けると「大丈夫」と返答したものの,その後の入浴中,Dがうとうとしており,被告人A及び長男でDを浴槽から引き上げてリビングに運んだが,Dは目をつぶって気を失っていた旨供述する。 ⑵ 被告人Aの公判供述の信用性ア長男及び次男の供述との整合性 長男及び次男の供述の要旨長男は,2月24日から6月10日までの間の事情聴取において,概ね,3日間連続で,被告人B,長男及び次男がDに暴力を振るい,4日目にDが体調が悪くなって寝たきりになり,被告人Aがゼリー飲料を飲ませたり,カイロを貼ったりし,5日目にD が死亡した旨供述している。 次男は,2月24日から6月7日までの間の事情聴取において,被告人Aや被告人BがDを何回も蹴り,Dが床に倒れたことがあったが,それがいつ頃かは覚えていないこと,Dが死亡する数日前 。 次男は,2月24日から6月7日までの間の事情聴取において,被告人Aや被告人BがDを何回も蹴り,Dが床に倒れたことがあったが,それがいつ頃かは覚えていないこと,Dが死亡する数日前に,被告人BがDの腹を何回も踏んづけ,被告人A,長男及び次男もDを殴ったり蹴ったりしたこと,Dが風呂場で寝ていたことがあり,そのときから寝たきりとなって起き上がらなくなり,その一,二日後に死亡したこと,死亡する前日に被告人AがDにカイロを貼っていたこと等を供述する。 長男及び次男の供述の信用性長男及び次男の供述は,暴行の日付及びそれぞれの暴行を行った人物や態様等につき,変遷があったり記憶が明確ではないことがある上,いずれも被告人Aの子であり,供述当時の年齢や同人らもDに対し暴行をふるっていたことがうかがわれることから,特に被告人Aの暴行に関する供述については,その信用性を慎重に吟味しなければならない。 もっとも,長男及び次男の供述内容は,Dが死亡する前日にDの状態が悪化して寝たきりになり,被告人AがDにゼリー飲料を飲ませたりカイロを貼ったりしたと供述している点について,前提事実と整合している。そして,長男及び次男は,被告人Bについては,死亡の2日前までの暴行については,Dの死因が被告人BがDの腹を踏んだ暴行にあることを念頭に置いて積極的に供述しているところ,D死亡の前日については,長男及び次男のいずれも,被告人Aのみならず,被告人Bによる暴行についても述べていないことからすると,死亡の前日には被告人両名とも暴行を加えていないことの信用性は否定することができない。 したがって,長男及び次男の上記供述内容は,2月1日のDの状況及び2月1日夜には暴行を加えていないという点で,被 も暴行を加えていないことの信用性は否定することができない。 したがって,長男及び次男の上記供述内容は,2月1日のDの状況及び2月1日夜には暴行を加えていないという点で,被告人Aの公判供述を一応裏付けているともいえる。 イ 2月1日夜までにDに外傷性脳障害が発生していた可能性があること前記4⑵のとおり,Dが2月1日夜までの間に,死因となる外傷性脳障害が生じ,それに伴う症状が生じ始めていた可能性があり,2月1日夜に暴行が行われなくとも,2月2日の遅くとも午後0時50分頃までにDが死亡することは医学的にみても不自然ではないことからすれば,被告人Aが供述するように,2月1日夜に暴行が行われなかった可能性は排斥できない。 ウ Dの転倒に関する公判供述について 1月31日夜のベランダ内での転倒について被告人A方のベランダは,窓から柵までの幅が約120センチメートルであるところ(甲79),仮に柵に近い位置で座っていたとしても,中腰辺りまで立ち上がった状態から前のめりに転んだ場合,頭部はベランダの窓のサッシか,それを超えて室内に当たる可能性が高く,ベランダ内の地面に頭をぶつけたという転倒の態様自体が不自然である。また,被告人Aは,捜査段階では,この転倒の態様につき,Dが後ろに2回転んだ旨供述しており,目の前で転倒の場面を見ていたとするにもかかわらず,転倒の向き及び回数について全く違う供述を行うことは不自然である。ベランダでの転倒に関する被告人Aの公判供述については疑問がある。 1月31日夜の脱衣場での転倒について脱衣場での転倒については,捜査段階では供述が録取されていないこと,脱衣場は幅が約85センチメートルで,さらにそこに 。 1月31日夜の脱衣場での転倒について脱衣場での転倒については,捜査段階では供述が録取されていないこと,脱衣場は幅が約85センチメートルで,さらにそこに 棚等が置かれているような狭い場所であることからすると,被告人Aが供述するような態様で転倒することについては不自然さがあり,その信用性についても問題があるが,その一方,前記3⑵アのとおり,被告人Aが,2月1日午前2時35分から午前2時45分にかけて,「失神」等について検索していたことからして,Dが意識を失ったことがうかがわれる上,前記のとおり,長男及び次男の供述の信用性については慎重に吟味する必要があるが,Dが1月31日の夜に入浴中に意識を失っていたことや,被告人Aと長男でリビングに連れて行ったことについては長男及び次男の供述とも一致している。 したがって,少なくとも,1月31日にDが転倒した旨の被告人Aの公判供述がすべて虚偽であるとして信用することができないと評価するのは相当とはいえない。 エ小括以上のほか,被告人Aは,Dの死亡から遠い時期については,自身の暴行についてもある程度具体的に供述しているものの,Dの死亡に近い時期については,自身に不利益な供述は避け,Dの首をひもなどで絞めたのは1月19日の1回のみと述べたり,1月30日に熱い湯を掛けた話について否定するなど,客観的証拠に照らすと不自然な供述も数多く行うなど,全般的にみて,その信用性が高いとはいえない。 もっとも,2月1日夜についての公判供述は,長男及び次男の供述と一致し,具体的で客観的事実と矛盾する点はなく,明らかに不自然な点は見当たらない。したがって,2月1日夜の暴行を否定する公判供述を虚偽として排斥することはできない。 述は,長男及び次男の供述と一致し,具体的で客観的事実と矛盾する点はなく,明らかに不自然な点は見当たらない。したがって,2月1日夜の暴行を否定する公判供述を虚偽として排斥することはできない。 7 結論 ⑴ そこで,被告人Aの公判供述の信用性を踏まえ,本件傷害致死の唯一の直接証拠となる被告人Bの公判供述に上記事実を認定するに耐え得るだけの信用性を有するかどうか今一度検討する。 まず,前記のとおり,2月1日夜を含めた暴行内容に関する被告人Bの公判供述には,具体性や迫真性に問題がある。 また,同日夜の被告人両名による暴行について,床に頭を打ち付けていないなどと供述を変遷させて自らの刑責を軽減させようとしたばかりか,同日の暴行のきっかけとなった会話の内容等については,被告人両名及びDの間で度々口論があったことから,他の場面と混同し得ることはあるにしても,被告人B自身が暴力を振るう理由としては必ずしも納得のいくものではなく,変遷後の供述の合理性に疑問がある上,暴行の際にDが会話のできる状態であったことや,自力で起き上がることができたことは,暴行の場面におけるDの状態として重要な事実であり,また,Dの手を引っ張って起き上がらせ,手を引っ張りながら膝蹴りするという暴行の態様等は正に犯行の核心部分であるから,これらについて変遷が生じていることは,被告人Bの公判供述の信用性に合理的な疑いを生じさせるのに十分である。 さらに,同日夜に,Dが食べ物を受け付けないことについて検索して,Dにゼリー飲料を購入して与えたり,火傷の治療のために薬を塗ったり,火傷に効く薬について検索したりするなど,Dのための行動をしている被告人Aが,同じ時間帯に,そのような体調のすぐれないDに対して被告人両名で合計五,六回も顔面に膝 ,火傷の治療のために薬を塗ったり,火傷に効く薬について検索したりするなど,Dのための行動をしている被告人Aが,同じ時間帯に,そのような体調のすぐれないDに対して被告人両名で合計五,六回も顔面に膝蹴りをするにとどまらず,被告人Bが仰向けのDの腹の上に乗って2回ジャンプしたと強度の暴行を加えたというのも,被告人B自身が,Dが逃げたいと述べたことを被告人Aに告げ口したが,Dの体調を考えると被告人Aが暴力を振るうとは思わなかったと述べていることに照らすと,にわかに 理解し難い。 以上によれば,被告人両名の暴行及び共謀についての唯一の直接証拠である被告人Bの公判供述は上記のとおり看過できない疑問点が存在しており,その他,2月1日の行動に関する被告人Aの公判供述を虚偽として排斥できないこと,その他の関係証拠などを総合的に考慮すると,被告人Bの公判供述のみによっては,検察官において2月1日の被告人両名の暴行(被告人Bが傷害罪の成立を争わないDの腹の踏み付け行為も含む。)及び共謀を合理的な疑いを容れない程度に証明ができたとは評価することができない。 ⑵ ところで,前記3記載の前提事実によれば,被告人両名は,Dに対し,日常的に,その身体に多数のあざを生じさせるような苛烈な暴行を加えていたものと認められ,そのほか,手足や首を縛りつけたり,熱い湯をかけて広範囲に真皮が暴露するような火傷を負わせたり,真冬の夜にベランダに出すなどの扱いをしていたこと,Dはめまい症等を有しているものの,本件当時,外傷性脳障害を誘発するような内因性の疾患を抱えていたとはうかがえない上,前記6⑴,⑵ウの被告人Aが供述する態様での転倒だけでは死因となるほどの衝撃を与える外傷性脳障害を生じさせることは考え難いこと,一定の供述の信用性が認められる長男も, 抱えていたとはうかがえない上,前記6⑴,⑵ウの被告人Aが供述する態様での転倒だけでは死因となるほどの衝撃を与える外傷性脳障害を生じさせることは考え難いこと,一定の供述の信用性が認められる長男も,死亡直前の3日連続の暴行の後,Dが寝たきりになって死亡した旨供述していること,1月28日以降,Dが外出した形跡はないことからすると,同日以降,被告人両名など被告人A方に在室していた者がDに対し暴行を加え,Dに外傷性脳障害を生じさせて2月2日に同障害により死亡させたとみるのが自然であり,被告人両名がDの死亡結果について責任を負うべきと考えるのが素直である。 しかし,その行為者,暴行の時期や態様,Dに外傷性脳障害が発生した時期等については,当裁判所が取り調べた証拠からは必ずしも明ら かではなく,当裁判所は,そのような不明確な事実(合理的疑いを超えて立証されているとはいえない事実)で被告人両名に傷害致死の責任を負わせるのは法の許すところではないと判断した。 この点に関し,検察官は,捜査を遂げた結果として,立証構造も2月1日夜の暴行について被告人Bの供述が唯一かつ直接の証拠とするものであることから,本件傷害致死の公訴事実における暴行の日時を2月1日頃と特定した上で(暴行の日時につき,検察官は,被告人Bの被告人質問がおおむね終了した後に2月1日の午後9時2分頃から同日の終日までと釈明した。),検察官及び弁護人において,公判準備を進め,当公判廷において主張立証を尽くしたところであるが,その経過及び結果をみると,検察官は,自ら設定した現在の公訴事実(訴因)を前提とする限り,捜査及び公判を通して,被告人Bの供述の信用性を十分に確保した捜査や訴訟活動ができているとはいえず,本件暴行がされたとされる時期(2月1日夜)より前にDが外傷性脳障害 事実(訴因)を前提とする限り,捜査及び公判を通して,被告人Bの供述の信用性を十分に確保した捜査や訴訟活動ができているとはいえず,本件暴行がされたとされる時期(2月1日夜)より前にDが外傷性脳障害を負っていた可能性が生じてきたこととも相まって,被告人Bの公判供述の信用性に疑義が生じてしまっており,結局のところ,検察官において,訴因設定(法律構成)を含め,有罪立証に向けた捜査や公判準備に万全さを欠いたため,訴因として設定した2月1日夜の被告人両名による暴行の立証に失敗してしまったといわざるを得ない。よって,「疑わしきは被告人の利益に」の刑事訴訟法の大原則にのっとり,本件公訴事実(訴因)を前提とする限り,被告人両名に対し傷害致死罪の罪責を負わせることはできない。 さらに,検察官が公判前整理手続で主張しなかった事実を論告で初めて主張した点について若干付言する。前記のとおり,当裁判所は,2月1日夜の被告人両名による暴行があったとは認められないことを理由に無罪としたので,幸い訴訟手続上の問題は生じていないが,仮 に,上記暴行の事実が認められた場合,①共謀の点につき立証不十分ということになれば,同時傷害の特例の適用が問題となるが,同時傷害の特例の適否の主張立証構造を考えるとき,訴因変更はともかく,少なくとも暴行の主体を特定した上で,当事者のその構造を踏まえた主張立証の機会を与える必要があり(行為者の特定がされていない現在の公訴事実(訴因)に鑑みれば,訴因変更が必要と考えるべきであろう。),検察官の考えているように何等の手続的な措置をしないまま判決をすることが許され得るものではないし,②また,共謀が認定できても,因果関係につき,2月1日夜の暴行によって,その時に既に生じていた外傷性脳障害を悪化させたと認め得るかについて,前 をしないまま判決をすることが許され得るものではないし,②また,共謀が認定できても,因果関係につき,2月1日夜の暴行によって,その時に既に生じていた外傷性脳障害を悪化させたと認め得るかについて,前記医師らの証言は一応あるものの,弁護人らがこの点を踏まえて主張立証を尽くしていたか疑問が残るところであって,これまた弁護人らに反論の機会を十分与えないままに判決をするのも躊躇を覚えるところであるから,検察官が論告に至って初めてそのような主張をしたのは,半ば不意打ちを与えるような相当性を欠くものとの指摘は免れない。 ⑶ したがって,傷害致死に関する本件公訴事実については,犯罪の証明がないことに帰すため,刑事訴訟法336条により,被告人両名に対し無罪の言渡しをせざる得ない。 第2 死体遺棄罪について被告人Aは,Dの死体の投棄に関する外形的事実は争わないものの,それが罪になるとは思っていなかった旨供述し,被告人Aの弁護人は,本罪の「遺棄」の概念が曖昧であることに加え,火葬等の方法以外に社会通念上の埋葬を一切認めないという宗教的感情は存在しないから,被告人Aの行為は本罪の構成要件に該当せず,本罪による処罰の必要性も乏しい旨主張する。 しかし,弁護人の「遺棄」に関する主張は独自の見解を述べるもので あって採用できないことはもとより,Dの死体を人気のない山林内の坂下に運び込んで投棄した被告人らの本件行為が,社会通念上の埋葬とは認められないような態様での死体の投棄である「遺棄」に当たることは明らかであり,被告人Aにおいてかかる事実の認識に欠けるところはないから,被告人A及び弁護人の主張には理由がない。 したがって,判示第1の所為につき,被告人Aについても,死体遺棄罪が成立する。 第3 窃盗罪について被 実の認識に欠けるところはないから,被告人A及び弁護人の主張には理由がない。 したがって,判示第1の所為につき,被告人Aについても,死体遺棄罪が成立する。 第3 窃盗罪について被告人Aは,Dの口座からの払戻しの外形的事実は争わないものの,Dから通帳及び金銭の管理を委託されていたから,その払戻しについて窃盗罪が成立するとは考えていなかった旨供述し,被告人Aの弁護人は,これに加え,金融機関は,口座名義人ではない者の払戻しも一般的に容認・黙認しており,経済的な損失を負うことも想定し難いのであるから,被告人Aの行為は窃盗罪を構成しない旨主張する。 しかし,Pの証言によれば,ゆうちょ銀行は,口座名義人が死亡した場合において,同人の相続人でない人物が,その貯金口座から現金を払い戻すことについて,同行の規定上必要とされている手続を経ずにすることを許容していない。これは後に正当な相続人との間の無用な紛争を生まないためであり,金融機関において当然保護されるべき利益であるから,判示第2の払戻しがゆうちょ銀行から委託を受けた銀行代理業務を行う郵便局長の意思に反する占有移転に当たることは明らかである。 また,被告人A自身,Dの死後については金銭等の管理を委託されていないことを認めているほか,Dが亡くなっているのに貯金を払い戻していいのかなと半信半疑だったとも供述しており,被告人Aにおいて,本件払戻しが郵便局長の意思に反していることの認識,すなわち窃盗の故意を有していたこともまた明らかである。 したがって,判示第2の所為につき,被告人Aについても,窃盗罪が成立する。 (法令の適用)被告人両名いずれも罰条第1の所為につき刑法60条,190条第2の所為につき刑法60条,235条刑種の 所為につき,被告人Aについても,窃盗罪が成立する。 (法令の適用)被告人両名いずれも罰条第1の所為につき刑法60条,190条第2の所為につき刑法60条,235条刑種の選択第2の罪につき懲役刑を選択併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条刑の執行猶予刑法25条1項保護観察刑法25条の2第1項前段訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由)被告人両名は,被告人A方で居住していたDが,同所において死亡したことに気付くと,従前の両名によるDに対する暴行等が発覚することを恐れ,遺体を山中に投棄し,その後,被告人A方の家賃の支払に充てるため,Dの貯金口座に振り込まれた障害年金13万円を現金自動預払機から引き出した。 これら一連の犯行経緯に酌量の余地は全くない上,窃盗の被害額は少額とはいえず,死体遺棄の態様についても,人気のない山中を選んで遺体を投棄しており,死者の尊厳を害する程度は大きく悪質である。 本件各犯行について,被告人Aは遺体を運ぶための車を用意し,自身の子らにも死体遺棄に関与させたほか,窃盗について,自身が防犯カメラに映るのを避けるため,被告人Bに現金自動預払機から現金を引き出させ, その全額を自己の家賃に充てているなど,いずれの犯行についても狡猾で,主導的・中心的な役割を果たしている。他方,被告人Bにおいても,現金自動預払機から現金を引き出し,遺体を直接運搬・投棄するなど本件各犯行について不可欠かつ重要な役割を担っているが,窃盗については,被告人Aの指示に従い,引き出した現金を全額被告人Aに交付してい 現金自動預払機から現金を引き出し,遺体を直接運搬・投棄するなど本件各犯行について不可欠かつ重要な役割を担っているが,窃盗については,被告人Aの指示に従い,引き出した現金を全額被告人Aに交付しているなど,被告人Aに従属的であったことがうかがわれる。 以上を踏まえ,被告人両名に前科がないこと,被告人Bについては死体遺棄について自首が成立し,本件各犯行についていずれも罪を認めて反省の弁を述べていることなど,被告人らに有利な事情を考慮し,それぞれ主文の刑を定めた上,今回に限りその刑の執行については猶予することとしたが,被告人両名のこれまでの生活状況や適切な監督者がうかがえないこと等に照らすと,その更生のためには,猶予の期間中被告人両名を保護観察に付して,保護観察所の指導・支援に服させるのが相当であると判断した。 (求刑被告人Aにつき懲役12年,被告人Bにつき懲役8年,被告人Aの弁護人の意見・無罪)令和2年7月20日名古屋地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官山田耕司 裁判官岩見貴博裁判官岩谷彩

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る