令和2(ワ)329 損害賠償等請求事件

裁判年月日・裁判所
令和6年5月27日 静岡地方裁判所 浜松支部
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判決文本文38,683 文字)

1 主 文 1 被告は、原告に対し、1650万円及びこれに対する令和2年7月18日から 支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担と 5 する。 4 この判決は、第1項に限り、本判決が被告に送達された日から14日経過した ときは、仮に執行することができる。ただし、被告が1480万円の担保を供す るときは、その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 10 第1 請求 被告は、原告に対し、3300万円及びこれに対する令和2年7月18日から 支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、平成8年法律第105号による改正前の優生保護法(昭和23年法律 15 第156号。以下「旧優生保護法」という。)に基づく不妊手術(以下、単に「優 生手術」ということがある。)を受けさせられたとする原告が、旧優生保護法が 憲法13条及び14条に反する違憲なものであるにもかかわらず、①これを立法 した国会議員の立法行為が違法である、②厚生労働大臣が優生手術を実施したこ と又は優生手術を停止しなかったことが違法であると主張して、被告に対し、国 20 家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害賠償請求として33 00万円(慰謝料3000万円、弁護士費用相当額300万円の合計額)及びこ れに対する令和2年7月18日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで平成29 年法律第44号による改正前の民法(以下、単に「民法」という。)所定の年5分 の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 25 2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易 2 に認められる事実) (1) という。)所定の年5分 の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 25 2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易 2 に認められる事実) (1) 旧優生保護法の定め 旧優生保護法のうち、優生手術に関する規定(以下「本件各規定」という。) の概要は、以下のとおりである。(乙A1の1) ア 目的(1条) 5 この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母 性の生命健康を保護することを目的とする。 イ 定義(2条1項) この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にす る手術で、命令で定めるものをいう。 10 ウ 同意による優生手術(3条1項1号、2号) 医師は、①本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しく は遺伝性奇形を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているも の、②本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、 遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有して 15 いるものに該当する者に対して、本人の同意並びに配偶者があるときはその 同意を得て、優生手術を行うことができる。 エ 審査を要件とする優生手術 (ア) 医師は、診断の結果、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、顕著な遺伝性精 神病質、顕著な遺伝性身体疾患又は強度な遺伝性奇形の疾患に患っている 20 ことを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止する ため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優 生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなけれ ばならない。(4条) (イ) 都道府県優生保護審査会は、上記申請を受けたときは、優生手術を受け 25 るべき者にその旨を通知するとともに、 査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなけれ ばならない。(4条) (イ) 都道府県優生保護審査会は、上記申請を受けたときは、優生手術を受け 25 るべき者にその旨を通知するとともに、4条に規定する要件を備えている 3 かどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定し、その結果を申 請者及び優生手術を受けるべき者に通知する。(5条1項) なお、上記決定に異議のある者は公衆衛生審議会に対する再審査を申請 し、また、公衆衛生審議会による決定に不服のある者は、その取消しの訴 えを提起することができるとされていた。(6条から9条まで) 5 (ウ) 医師は、遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者につ いて、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第12 3号)第20条(後見人、配偶者、親権を行う者又は扶養義務者が保護者 となる場合)又は同法21条(市町村長が保護者となる場合)に規定する 保護者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行 10 うことの適否に関する審査を申請することができる。(12条) (エ) 都道府県優生保護審査会は、上記申請を受けたときは、本人が遺伝性の もの以外の精神病又は精神薄弱にかかっているかどうか及び優生手術を 行うことが本人保護のために必要があるかどうかを審査の上、優生手術を 行うことの適否を決定し、その結果を申請者及び上記同意者に通知する。 15 (13条1項) (2) 優生手術の術式 旧優生保護法施行規則(昭和27年8月4日厚生省令第32号)1条は、優 生手術のうち、女性に対する手術の術式について、以下の規定をしていた。(乙 A1の3) 20 ア 卵管圧ざ結さつ法(マドレーネル氏法) 卵管をおよそ中央部では持し、直角又は鋭角に屈曲させて、その両脚を圧 ざ 、女性に対する手術の術式について、以下の規定をしていた。(乙 A1の3) 20 ア 卵管圧ざ結さつ法(マドレーネル氏法) 卵管をおよそ中央部では持し、直角又は鋭角に屈曲させて、その両脚を圧 ざかん子で圧ざしてから結さつするものをいう。 イ 卵管間質部けい状切除法 卵管峡部で卵管を結さつ切断してから子宮角にけい状切開を施して間質 25 部を除去し、残存の卵管断端を広じん帯又は腹膜内に埋没するものをいう。 4 (3) 旧優生保護法の改正 旧優生保護法は、平成8年6月18日に成立した平成8年法律第105号に よって改正され(以下「平成8年改正」という。)、その題名が母体保護法に改 められるとともに、目的から、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する 旨の文言が削除され、「優生手術」の文言が「不妊手術」に改められ、遺伝性 5 疾患等の防止のための優生手術及び精神病者等に対する本人の同意によらな い優生手術に関する規定(旧優生保護法3条1項1号及び2号、4条から13 条まで)等が削除された。平成8年改正法、同年6月26日に公布され、同年 9月26日に施行された。 (4) 当事者等 10 原告は、昭和▲年▲月▲日生まれの女性であり、昭和49年2月に現在の夫 と婚姻し、同年▲月▲日には第一子である長女、昭和52年▲月▲日には第二 子である次女をそれぞれA産婦人科(現在は「B病院」に名称を変更。以下で は、単に「A産婦人科」という。)で出産した(原告が次女の出産後に優生手 術を受けたか否かには争いがある。)。(甲43、原告本人) 15 原告は、小学校4年生頃から視力が低下し始め、その頃、夜盲症との診断を 受けた。その後も視力・視野異常が進行し、次女を出産した頃にはほぼ視力を 失っており、昭和62年5月には、網膜色素変性症を原因とする両目視力低下 ( 年生頃から視力が低下し始め、その頃、夜盲症との診断を 受けた。その後も視力・視野異常が進行し、次女を出産した頃にはほぼ視力を 失っており、昭和62年5月には、網膜色素変性症を原因とする両目視力低下 (光覚)・視野狭窄の視覚障害があるとして、障害等級1級の認定を受けた。 (甲2、3、43) 20 (5) 訴訟提起 原告は、令和2年7月3日、本件訴訟を提起し、同月17日、被告に訴状等 が送達された。 3 争点 (1) 原告が優生手術を受けたか否か(争点1) 25 (2) 国賠法上の違法性の有無(争点2) 5 ア 旧優生保護法の違憲性(争点2-1) イ 旧優生保護法の立法行為の違法性(争点2-2) ウ 厚生労働大臣(厚生大臣)が優生手術を実施したこと又は優生手術の実施 を停止しなかったことの違法性(争点2-3) (3) 相当因果関係のある損害の発生及びその額(争点3) 5 (4) 民法724条後段の適用の可否(争点4) 4 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(原告が優生手術を受けたか否か)について (原告の主張) ア 原告は、学生時代から視力が低かったところ、昭和42年に一般企業の事 10 務職に就職したが、同年に遠州病院及び復明館眼科医院で、白内障と診断さ れた(なお、昭和62年5月8日の確定診断は網膜色素変性症である。)。白 内障には先天性のものがあり、うち25%程度は遺伝によるとの医学的知見 がある。 イ 原告は、昭和49年2月に婚姻し、その後、長女を出産し、昭和52年に 15 は次女を妊娠した。原告は、浜松市内のA産婦人科に入院して、同年▲月▲ 日に次女を出産し、同院の個室に入った。個室内には婦長、B医師の妻、看 護師数名がいたところ、婦長が、原告に対し、「2人産んだから、3人目は 遺伝しないとは限らない。ここでやめな に入院して、同年▲月▲ 日に次女を出産し、同院の個室に入った。個室内には婦長、B医師の妻、看 護師数名がいたところ、婦長が、原告に対し、「2人産んだから、3人目は 遺伝しないとは限らない。ここでやめなさい」等と言った。原告は、男の子 が欲しいと考えていたが、目の障害に負い目を感じていたことから、これに 20 逆らうことはできなかった。 その後、原告は、旧優生保護法3条1項1号又は4条に基づき、全身麻酔 で卵管結紮手術を受けた(以下「本件手術」という。)。 ウ 原告が本件手術を受けたことは、原告の下腹部に2.5センチメートルく らいの横方向の傷があり、これは卵管結紮手術を受けた傷痕であることが推 25 定されること、まだ目が見えていた長女出産時には優生手術を勧められなか 6 ったものの、視力が悪化していた次女出産時には、婦長から上記イのような 趣旨のことを言われ、優生手術を勧められたこと、後日、原告が子宮摘出手 術を受けた際、担当医師が「縛ってある。」という趣旨の発言をしたことに照 らし、明らかである。 (被告の主張) 5 不知。 (2) 争点2-1(旧優生保護法の違憲性)について (原告の主張) ア 憲法13条違反 子どもを産むか産まないかは人としての生き方の根幹に関わる決定であ 10 り、子どもを産み育てるかどうかを自らの自由な意思によって決定すること は、幸福追求権としての自己決定権として憲法13条により保障されている。 また、生殖能力を持ち、子どもを産むか産まないか、いつ、何人産むかを 自らの自由な意思で決定することは、人としての生き方の根幹にかかわるも ので、自己決定権の中のリプロダクティブ権として憲法13条により保障さ 15 れている。 審査を要件とする優生手術は、本人の同意なく強制的に実施されるもので あり、憲法1 の生き方の根幹にかかわるも ので、自己決定権の中のリプロダクティブ権として憲法13条により保障さ 15 れている。 審査を要件とする優生手術は、本人の同意なく強制的に実施されるもので あり、憲法13条で保障された自己決定権及びリプロダクティブ権を侵害す ることは明らかである。 また、本人の同意による優生手術も、その対象者が、国から不良な子孫を 20 産む対象とみなされ、優生上の見地による人口政策という国家的政策推進の ために、優生手術への同意が求められる立場にあったことに照らすと、その 同意は自由な意思決定による真の同意ではなく、形式的なものに過ぎなかっ たというべきである。そうすると、本人の同意による優生手術も、憲法13 条で保障された自己決定権及びリプロダクティブ権を侵害するものである。 25 イ 平等原則(憲法14条1項)違反 7 旧優生保護法は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するという目 的のため、遺伝性疾患、精神障害、ハンセン病等を有する者に対して、一定 の要件の下で優生手術及び人工妊娠中絶を実施することができるとしてい た。これは、特定の疾患や障害を有していることを理由として、その者を不 良とみなし、優生手術及び人工妊娠中絶の対象とするものであって、到底正 5 当化できるものではなく、憲法14条1項に違反する。 (被告の主張) 争う。 (3) 争点2-2(旧優生保護法の立法行為の違法性) (原告の主張) 10 国会議員の立法行為は、その立法の内容又は立法不作為が、国民に憲法上保 障され、又は保護されている権利利益を違法に侵害するものであることが明白 な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要 の立法措置を取ることが不可欠であり、かつそれが明白であるにもかかわらず、 国会が正当な理由なく長期にわ するものであることが明白 な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要 の立法措置を取ることが不可欠であり、かつそれが明白であるにもかかわらず、 国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などは、国会議員の立法 15 又は立法不作為は、国賠法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるもの というべきである。 前記のとおり、旧優生保護法は、憲法13条で保障される自己決定権、リプ ロダクティブ権を侵害するとともに、憲法14条1項に違反することが明白だ ったのであるから、国会議員による旧優生保護法の立法行為は、国賠法1条1 20 項の適用上、違法である。 (被告の主張) 争う。 (4) 争点2-3(厚生労働大臣(厚生大臣)が優生手術を実施したこと又は優生 手術の実施を停止しなかったことの違法性)について 25 (原告の主張) 8 ア 本件手術の当時、旧優生保護法を所管していた厚生省の長である厚生大臣 は、国家公務員として憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っていた。旧優 生保護法が重大な人権侵害を生じさせる立法当初から違憲な法律であり、そ のことは明白でもあったことに鑑みれば、厚生大臣は、優生手術が実施され ないように、所管する厚生省に命じて旧優生保護法の改正原案を作成して内 5 閣に提出することにより、優生条項を削除し、優生手術が実施されないよう にすべき義務があった。 しかし、厚生大臣は、優生手術の実施を停止しないどころか、優生政策実 現のために主体的に優生手術の実施を継続した。 イ なお、厚生大臣は、厚生省の長として国会が制定した旧優生保護法を執行 10 したにすぎず、法執行の結果として国民の権利を侵害したとしても、個別の 国民に対して負担する職務上の法的義務に違反したとはいえないから、国賠 法上違法とはいえな 国会が制定した旧優生保護法を執行 10 したにすぎず、法執行の結果として国民の権利を侵害したとしても、個別の 国民に対して負担する職務上の法的義務に違反したとはいえないから、国賠 法上違法とはいえないとの反論もあり得るが、このような見解は不適切であ る。すなわち、国務大臣において違憲無効な法律により国民の基本的人権を 害するとの判断に至ったとしても、法執行を停止できないとなれば、それは 15 憲法尊重擁護義務の自己否定に他ならないから、厚生大臣の負う憲法尊重擁 護義務は、国会が制定した法律の合憲性を不断に審査して法執行すべき義務 を課しているものと解すべきである。 そして、この違憲無効な法律の執行を停止する義務は、個別の国民に対す る職務上の法的義務というべきである。なぜなら、このように解さなければ、 20 違憲無効な法律の執行により国民の基本的人権が侵害されたとしてもその 救済が認められないことになり、かかる結論は憲法17条に反するからであ る。 (被告の主張) 争う。 25 (5) 争点3(相当因果関係のある損害の発生及びその額)について 9 (原告の主張) 本件手術は、多大な身体的侵襲を伴い、対象者が持って生まれた身体の完全 性を後天的に損なわせるもので、原告に与えた身体的・精神的苦痛は大きい。 その上、原告は第三子が欲しいとか、男の子が欲しいという夢を有していたが、 優生手術によって生殖機能を奪われたためにそれらの夢も奪われた。原告は、 5 優生手術によって人生を変えられてしまったものであり、これによって被った 精神的苦痛は未だ癒されていない。 このような原告の身体的・精神的苦痛の慰謝料として、3000万円を下回 ることはない。 また、弁護士費用は、300万円が相当である。 10 (被告の主張) 不知。 (6) 争点4(民 ない。 このような原告の身体的・精神的苦痛の慰謝料として、3000万円を下回 ることはない。 また、弁護士費用は、300万円が相当である。 10 (被告の主張) 不知。 (6) 争点4(民法724条後段の適用の可否)について (被告の主張) ア 民法724条後段の規定の性質 15 民法724条後段の規定が除斥期間を定めたものであることは、最高裁判 所の判断として確立されている。同条は、不法行為をめぐる法律関係の速や かな確定を意図するものであり、同条後段の20年の期間は、被害者側の認 識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請 求権の存続期間を画一的に定めたものである。 20 民法724条後段が消滅時効を定めたものであるとする原告の主張は、上 記のとおり確立した判例理論に反するものであって、失当である。 イ 民法724条後段所定の期間の起算点 民法724条後段所定の20年の除斥期間の起算点が「不法行為の時」で あることは、その規定の文言上明らかである。 25 この「不法行為の時」の解釈に当たっては、加害行為時とする見解と損害 10 発生時とする見解が対立しているが、本件では、原告主張の損害はいずれも 原告主張の加害行為である優生手術の実施時(昭和52年9月3日)に発生 したものであるから、上記いずれの見解に立ったとしても、上記優生手術の 実施時が除斥期間の起算点となる。そうすると、本件訴訟提起時(令和2年 7月3日)において既に除斥期間が経過していることは明らかであるから、 5 原告主張の損害賠償請求権は消滅している。 なお、この点に関し、原告は、本件における権利侵害は、優生手術による 身体的機能に対する侵襲によるもののみに限定されるものではなく、旧優生 保護法の下、一方的に「不良」と認定され、非人道的かつ いる。 なお、この点に関し、原告は、本件における権利侵害は、優生手術による 身体的機能に対する侵襲によるもののみに限定されるものではなく、旧優生 保護法の下、一方的に「不良」と認定され、非人道的かつ差別的な烙印を押 された状態に置かれ、個人の尊厳が著しく損なわれたことも、違法な立法行 10 為による権利侵害を構成するものであり、そのような違法な侵害は、平成8 年改正の施行日前日の平成8年9月25日まで継続していたとして、「不法 行為の時」を平成8年9月25日と解する大阪高等裁判所令和4年2月22 日判決にも言及する。しかしながら、国会議員の立法行為又は立法不作為が 国賠法1条1項の適用上違法とされるのは、国会議員の立法過程における行 15 動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したといえる場合で なければならないところ、旧優生保護法の本件各規定が存在するだけでは、 国民一般について、一般的、抽象的な権利侵害のおそれがあるだけであって、 個々の国民に対する関係で権利侵害があったとみることはできない。また、 原告との関係では、旧優生保護法の適用は一回的な行為であり、継続的な適 20 用がされているものではない。そうすると、旧優生保護法の適用によって原 告に生じる権利侵害は、優生手術の実施時に発生したとみるべきであって、 優生手術の実施時以外の時点を除斥期間の起算点と解することはできない。 さらに、原告は、民法724条後段所定の期間が除斥期間を定めたものであ ったとしても、その起算点は、損害の性質上、被害者にとって客観的に権利 25 行使が可能になる程度に損害が顕在化した時であると解すべきであるとも 11 主張する。しかしながら、原告が上記主張の根拠として挙げる裁判例と本件 とでは事案が異なっており、原告の主張には根拠がない。 ウ 民法724条後段の 顕在化した時であると解すべきであるとも 11 主張する。しかしながら、原告が上記主張の根拠として挙げる裁判例と本件 とでは事案が異なっており、原告の主張には根拠がない。 ウ 民法724条後段の効果制限に関する原告の主張に理由がないこと 原告は、期間経過を理由に損害賠償請求権を消滅せしめることが正義・公 平の理念に反すると認めるべき特段の事情がある場合には、民法724条後 5 段の適用が正義・公平の理念及び条理により制限される旨を主張する。 しかしながら、民法724条後段の期間経過による権利消滅の効果を主張 することが、信義則違反や権利濫用に当たって許されないとする主張は、除 斥期間の経過による権利消滅の効果が、法律関係を画一的に確定させるため、 一定の時の経過により当然かつ絶対的に生じるものであり、当事者による援 10 用は不要なものであることに照らし、主張自体失当である。 また、原告が民法724条後段の効果が制限されるべきとする主張の根拠 として挙げる最高裁平成10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号 1087頁(以下「平成10年判決」という。)及び最高裁平成21年4月 28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁(以下「平成21年判決」 15 という。)の射程は、いずれも極めて限定的であり、本件に当てはまらない ことは明らかである。すなわち、上記両判決は、いずれも、①民法158条 1項又は160条のような明文の規定と、これらの規定において定められた 時効停止事由に相当するような、権利者が権利消滅の効果を受けることを免 れるため、権利行使又は時効中断の措置を執ることが不能又は著しく困難と 20 いえるような客観的な事由があり、かつ、②権利消滅という不利益を債権者 に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合 に限って 中断の措置を執ることが不能又は著しく困難と 20 いえるような客観的な事由があり、かつ、②権利消滅という不利益を債権者 に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合 に限って、時効停止事由を定めた民法規定の法意を参照することによって、 民法724条後段の除斥期間の効果が生じないとしたものである(以下、上 記①及び②をそれぞれ「基準①」、「基準②」という。)。原告の主張するよう 25 に、一般的に、正義・公平の観点から、被害者及び加害者の事情を考慮して 12 同条後段の効果を制限すべきか否かを判断すべきとしたものではない。 本件では、基準①に相当する客観的事由は存在しない。原告主張のように、 民法724条後段の効果を、一般条項や条理の名の下に直截に価値判断によ って左右することは、法的安定性を失わせ、除斥期間の制度を設けた民法の 趣旨を没却することになり、許されない。また、除斥期間の経過による権利 5 消滅の効果が、権利者側の認識のいかんを問わず、一定の時の経過という客 観的事実によって生じるものである以上、その効果の制限を権利者側の認識 又は認識可能性といった主観的な事由に係らしめることも認められるべき ではない。 また、本件では、基準②の特段の事情も認められない。原告主張のように、 10 被害の重大性といった事情を除斥期間の経過による効果を制限する事由と して考慮することは、民法724条後段の趣旨に明らかに反するものであり、 相当ではない。また、被告の行った施策によって優生手術の対象者に対する 偏見・差別が社会に浸透したと評価できるほどの根拠はなく、また、本件に おいて、原告が自己に実施された手術が優生手術であることを認識する機会 15 がなかったとはいえず、被告において、原告が優生手術に係る国家賠償請求 訴訟の提起をできない状 どの根拠はなく、また、本件に おいて、原告が自己に実施された手術が優生手術であることを認識する機会 15 がなかったとはいえず、被告において、原告が優生手術に係る国家賠償請求 訴訟の提起をできない状況を意図的・積極的に作出したこともない。 エ 本件に国賠法4条及び民法724条後段の規定を適用することが憲法1 7条に違反する旨の原告の主張に理由がないこと 原告は、本件に国賠法4条及び民法724条後段を適用することは憲法1 20 7条に違反すると主張する。 しかしながら、憲法17条は、大日本帝国憲法下での国家無答責の原則を 廃して、公務員の不法行為について国や公共団体が不法行為責任を負うこと を定め、公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負う かを立法府の政策判断に委ねたものであり、行為の態様や違法性の強弱等の 25 個別事情に応じた異なる規律を設けることまでは要請していない。そして、 13 憲法17条の上記要請を受けてこれを具体化するものとして国賠法が制定 されているのであるから、仮に原告の指摘する事情が認められるとしても、 国賠法4条、民法724条後段の憲法17条適合性については、一般的な法 令違憲の審査を行えば足りるのであって、適用違憲の審査を行う意味はない というべきであり、この点で、原告の主張は失当というべきである。 5 また、国賠法4条、民法724条後段は、国賠法1条、2条及び4条と併 せて一つの国家賠償制度を構成しているのであって、これは上記のような憲 法17条の要請を満たすものである。したがって、国賠法4条、民法724 条後段は、国賠法に基づく損害賠償請求権の制限規定ではなく、むしろ、同 法1条1項等とともに憲法17条が立法政策に委ねた趣旨を反映したもの 10 であり、同条所定の「法律」そのものである。したがって、国賠法 は、国賠法に基づく損害賠償請求権の制限規定ではなく、むしろ、同 法1条1項等とともに憲法17条が立法政策に委ねた趣旨を反映したもの 10 であり、同条所定の「法律」そのものである。したがって、国賠法4条、民 法724条後段が、憲法17条に違反するとはいえない。 なお、仮に、国賠法4条、民法724条後段が国賠法に基づく損害賠償請 求権を制限する制約規定であると解したとしても、民法724条後段の目的 の正当性及びその目的達成の手段としての相当性からすれば、国賠法4条が 15 民法724条後段を適用することによって国賠法に基づく損害賠償請求権 を制約することは、必要かつ合理的なものであって、憲法17条に違反する とはいえない。 原告の主張は、一般的合憲性の認められる国賠法4条、民法724条後段 が当然に適用を予定している場合の一部につき、個別の事情を考慮して、そ 20 の適用を違憲であると主張するものであって、主張自体失当である。 (原告の主張) ア 民法724条後段の規定の性質 民法724条後段は、同条の立法経緯や平成29年法律第44号による改 正後の民法において20年を消滅時効とすることが明記されたこと等から 25 すれば、消滅時効を定めたものであると解すべきである。また、本件で、被 14 告が民法724条後段の適用を主張することは権利濫用に当たる。 なお、最高裁平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2 209頁(以下「平成元年判決」という。)は、①同条前段が3年の短期の 時効を規定し、更に同条後段で20年の長期の時効を規定していると解する ことは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨に 5 沿わず、②むしろ同条前段の3年の時効は被害者側の主観的な事情によって その完成が左右されるが、同条後段の20年の期間は被 る ことは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨に 5 沿わず、②むしろ同条前段の3年の時効は被害者側の主観的な事情によって その完成が左右されるが、同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいか んを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存 続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるとの理由から、民法7 24条後段所定の期間を除斥期間であると判示した。しかしながら、①につ 10 いては、同条後段が時効を定めていると解しても、同条前段の規定によって は被害者が損害等を知らない限り時効期間の進行が開始しないところ、同条 後段によれば被害者の認識に関わらず、行為の時から時効期間が進行するこ とになるのであるから、法律関係の速やかな確定に寄与するものと評価する ことができる。また、②については、何をもって請求権の存続期間を画一的 15 に定めたものと解するのが「相当」であるかが示されていない。平成元年判 決が民法724条後段を除斥期間と判示した根拠は不合理かつ説得的では ない。 また、民法724条後段所定の期間を除斥期間と解する見解は、その理由 として、相手方の保護や、それ以外の取引関係者等の法的地位の安定、その 20 他公益上の必要等を挙げる。しかしながら、権利者の期間徒過を理由として、 その徒過について責めるべき事由のある相手方まで画一的に保護するとい うのは不当であって、不法行為の究極の目的にも沿わない。取引関係者の地 位の安定、その他公益上の必要という理由も、不法行為に基づく損害賠償請 求権については考えることができない。したがって、同条後段所定の期間を 25 除斥期間と解すべき合理的理由はないというべきである。 15 イ 民法724条後段所定の期間の起算点 仮に民法724条後段が除斥期間を定めたもので い。したがって、同条後段所定の期間を 25 除斥期間と解すべき合理的理由はないというべきである。 15 イ 民法724条後段所定の期間の起算点 仮に民法724条後段が除斥期間を定めたものであるとしても、優生手術 は、旧優生保護法に基づいてなされたものであって、被害者の損害は、身体 の侵襲だけではなく、同法により不良との認定を受け、非人道的かつ差別的 扱いをされて、個人の尊厳を損なわれ続けていたことも含むというべきであ 5 る。そして、このような違法な状態の継続が終了したのは、一時金支給法が 施行されて、毀損された個人の尊厳が回復に向かうことになったときという べきであるから、除斥期間の起算点は、早くても平成31年4月24日であ るというべきである。また、身体的侵襲を伴う本件手術を受けたことが損害 であるとしても、当時は旧優生保護法が存在しており、また、平成8年改正 10 以降も、被告は優生手術が適法だったと主張し続けていたものであり、その 不法行為該当性が顕在化していなかったのであるから、最高裁平成16年4 月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁(以下「平成16年判 決」という。)等に照らし、除斥期間の起算点は、不法行為該当性が明らか になった時点とすべきである。そして、原告にとって、本件手術が憲法違反 15 であることを明白に認識することは著しく困難な状況が続いており、このよ うな状況が解消されたといえるのは、被告が優生手術が憲法に違反すること を認めたときか、最高裁判所の判決で憲法違反であることが明示されたとき のいずれか早い時期になるというべきである。 ウ 民法724条後段の効果の適用制限 20 仮に上記ア・イの主張が認められないとしても、被害者やその相続人によ る権利行使を客観的に不能又は著しく困難とする事由があり、その事由が加 害 である。 ウ 民法724条後段の効果の適用制限 20 仮に上記ア・イの主張が認められないとしても、被害者やその相続人によ る権利行使を客観的に不能又は著しく困難とする事由があり、その事由が加 害者の違法行為に起因している場合のように、除斥期間の適用が著しく正 義・公平の理念に反する特段の事情があるときは、条理にもかなうよう時効 停止の規定(民法158条から160条)の法意等に照らして、例外的に除 25 斥期間の経過による効果が制限されるというべきである。なお、平成10年 16 判決及び平成21年判決は、正義・公平の理念に反する特段の事情があると きは、除斥期間経過の効果が制限されるとしたものであって、民法158条 の時効停止規定などの明文の根拠規定の存在が必要であるとはしていない。 本件では、原告は、違憲な立法に基づく本件手術により、リプロダクティ ブ権を奪われるという甚大な被害を被っているのであり、被告が私人間を規 5 律する民法の除斥期間の適用を主張することによって、自らの賠償責任を免 れるとするのは、その権利等の制約を財産権以上に過酷なものとする効果を もたらすのであって、除斥期間の制度趣旨を考慮しても、個人の尊厳を基本 原理とする日本国憲法が到底容認するものではなく、除斥期間の形式的適用 は最高法規である日本国憲法の基本原理に支配されるべき私法秩序(正義・ 10 公平の理念)に著しく反する。また、被告が旧優生保護法を制定し、同法を 改廃しなかったこと、被告は、旧優生保護法の制定当初から、教育の場でも 優生思想を普及させるなど、積極的に優生施策を推進して障害者への差別・ 偏見を正当化・固定化し、助長してきたこと、被告には、優生手術に当たっ て、その法的根拠や理由を十分に理解できる程度に説明や通知をすべき責任 15 があったのに、これを怠り、むしろ て障害者への差別・ 偏見を正当化・固定化し、助長してきたこと、被告には、優生手術に当たっ て、その法的根拠や理由を十分に理解できる程度に説明や通知をすべき責任 15 があったのに、これを怠り、むしろ有効性を担保する書面による同意を合理 的な理由なく不要としたり、欺罔等の手段を用いることも容認したりしてお り、原告についても、本件手術を受ける法的根拠や理由を十分に理解できる ような説明がなされなかったことからすれば、このような被告の帰責性のあ る行為により、原告において、本件手術が旧優生保護法に基づく優生手術で 20 あることに加えて、同法が原告の憲法上の権利等を違法に侵害することが明 白であることの認識を妨げられたということができる。そして、被告が、平 成8年改正以降も、旧優生保護法の目的や優生条項が違憲であることを認め ず、被害の実態調査や被害者への補償も行っていないこと、原告が本件手術 当時から全盲であり、情報取得可能性が非常に低いことも考慮すれば、原告 25 の権利行使を著しく困難とする状況が現在も解消されたとはいえない。 17 そのため、被告が、優生条項を憲法の規定に違反していると認めた時又は 優生条項が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の判決により確定 したときのいずれか早い時期から6か月の間は、除斥期間の適用が制限され るといえる。 エ 本件に国賠法4条及び民法724条後段の規定を適用することが憲法1 5 7条に違反すること 人間としての根幹に関わる重要な人権を侵害し、権利行使を妨害した場合 にまで、民法724条後段によって国家賠償責任を消滅させる国賠法4条は、 憲法17条に反する。すなわち、本件は、障害者や特定の疾患を有し、また、 不良な者あるいは社会生活上他人より劣る者として差別されてきた者が、優 10 生手術によりリプロダクティ 滅させる国賠法4条は、 憲法17条に反する。すなわち、本件は、障害者や特定の疾患を有し、また、 不良な者あるいは社会生活上他人より劣る者として差別されてきた者が、優 10 生手術によりリプロダクティブ権が侵害されて、事後的な被害回復が不可能 になったものであるところ、これは被告が旧優生保護法を立法し、優生施策 を積極的に推進したことによって行われたものである。そして、国賠法4条 は、不法行為制度と国家賠償制度に共通点があることから、両制度を同じよ うに考えてもよい点があり、不法行為規定を適用すれば足りる部分について 15 まで、国賠法の中に規定を設けることが煩瑣であるために、立法技術上、民 法の規定による旨を設けたものであるところ、その目的が正当であるとして も、上記のような国の憲法違反の立法による人権侵害のような場合にまで、 除斥期間を適用することの共通点を見出すことはできず、民法724条後段 を適用することに国賠法4条の目的達成手段としての必要性も合理性もな 20 い。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実(前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認めら れる。) (1) 旧優生保護法の成立及び優生施策の経緯等 25 ア 旧優生保護法は、昭和23年に議員立法として提出されたものであり、戦 18 後の人口増加により食糧が不足する状況のなか、「先天性の遺 病者の出生 を抑制することが、国民の急速なる増加を防ぐ上からも、亦民族の逆淘汰を 防止する点からいっても、極めて必要である」(同年6月19日第2回通常 国会参議院厚生委員会会議録第13号)との理由で制定された法律である。 (争いがない) 5 イ 旧優生保護法は、昭和27年法律第141号により、審査を要件とする優 生手術の対象を、非遺伝性疾患を理由とするもの(同法12条、13条)に も拡 理由で制定された法律である。 (争いがない) 5 イ 旧優生保護法は、昭和27年法律第141号により、審査を要件とする優 生手術の対象を、非遺伝性疾患を理由とするもの(同法12条、13条)に も拡大することなどを内容とする改正がなされた。また、当該改正において は、同意による優生手術に関し、同法3条1項所定の要件と同条による優生 手術であることが明記された同意書の徴収及び保存に関する規定を廃止し、 10 同意書の形式及びその保存期間を限定せず、医師が適宜これを行うようにす ることとされた。また、このように手続を簡素化するにあたって、厚生省(現 在の厚生労働省)は、対象者等から優生手術に対する自由な意思に基づく同 意を得るために、従前、同意書に記載しなければならないとされていた事項 について、医師に対し、対象者等へ十分に説明するよう指示することもなか 15 った。(乙A18[32頁]、弁論の全趣旨) ウ 厚生事務次官は、昭和28年、各都道府県知事宛てに、旧優生保護法の解 釈について、同法4条の「『公益上必要であると認められるとき』とは、優 生上の見地から不良な子孫の出生するおそれがあると認められるとき、すな わち、法の別表に掲げる疾病にかかっていることが確認され、且つ、産児の 20 可能性があると認められるときを言うものであって、単に狂暴又は犯罪等に よって公共に危険を及ぼすだけでは、これに当たらないこと」、「審査を要件 とする優生手術は、本人の意見に反してもこれを行うことができるもの」で あり、「この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度 のものでなければならないので、なるべく有形力の行使はつつしまなければ 25 ならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度に 19 おいて身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用 なければならないので、なるべく有形力の行使はつつしまなければ 25 ならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度に 19 おいて身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場 合があると解しても差し支えないこと」等が記載された通知を発出した(厚 生省発衛第150号。ただし、平成2年3月20日厚生省発健医第55号に よる改正後のもの。)。(乙A18[24頁]) エ 厚生省は、各都道府県に対し、旧優生保護法に基づく優生手術の実施件数 5 を増やすことや速やかな実施をすることを求める通知を発出した。(弁論の 全趣旨) オ 昭和44年から昭和47年頃に、文部省(現在の文部科学省)検定済みと なった高等学校の保健体育の教科書には、「国民優生」という項目が設けら れ、 「国民優生とは優生学に基づいて国民の質の向上に努める」ものであり、 10 「そのために、劣悪な遺伝実質をもっている人びとに対しては、できるかぎ り受胎調節を進め、必要な場合は、優生保護法により、受胎・出産を制限す ることができる。また、国民優生思想の普及により、人びとがすすんで国民 優生政策に協力し、劣悪な遺伝病を防ぐことがのぞましい。」、「劣悪な遺伝 は社会生活を乱し、国民の健康の水準を低下させる。」、「劣悪な遺伝を除去 15 し、健全な社会を築くために優生保護法」がある等の記載がされていた。ま た、当該教科書は、優生結婚についても触れており、そこには「優生結婚と は、遺伝学的にみて素質の健全なものどうしの結婚をすすめ、・・・・・・ 遺伝性疾患の素質が結婚によってあらわれるのを防ぐことである。」、「すぐ れた才能の人が正しい結婚によって優秀な子孫をもうけた例は少なくない。 20 逆に、悪質の遺伝によって精神病者や犯罪者を出した例もある。」等と記載 されていたこと われるのを防ぐことである。」、「すぐ れた才能の人が正しい結婚によって優秀な子孫をもうけた例は少なくない。 20 逆に、悪質の遺伝によって精神病者や犯罪者を出した例もある。」等と記載 されていたことに加え、遺伝病の発生を防いだり、幸福な家庭を築いたりす るためには、結婚に際して、自らの家系及び配偶者の家系の遺伝病患者の有 無を確かめなければならない等と記載されていた。(甲48の1ないし4) (2) 実施件数(乙A34、44) 25 ア 昭和24年から平成8年までの間に実施された本人の同意による優生手 20 術のうち遺伝性疾患を理由とする優生手術(旧優生保護法3条1項1号及び 2号)の件数は、合計6967件(令和2年10月2日時点の調査)だった。 イ 昭和24年から平成8年までの間に実施された審査を要件とする優生手 術は、遺伝性疾患を理由とする優生手術(同法4条)が1万4566件、非 遺伝性疾患を理由とする優生手術(同法12条)が1909件だった。なお、 5 昭和24年から昭和51年の間に静岡県内で実施された遺伝性疾患を理由 とする優生手術(同法4条)の件数は、501件であった(乙A17)。 ウ 優生手術の実施件数は、別紙1「表3 男女別・根拠規定別優生手術の実 施件数の推移」のとおり、昭和24年から昭和30年まで毎年増加し、同年 の1982件をピークにその後は減少傾向となり、昭和55年以降は100 10 件を下回る状況が続き、男女比としては各年において女性の割合が高かった。 また、本人の同意による優生手術(同法3条1項)については、上記別紙 1及び別紙2「表4 第3条の規定に基づく優生手術(母体保護を目的とし た手術を含む。)の各号別実施件数の推移」のとおり、増減があるものの、 昭和30年の620件をピークに減少傾向となり、昭和50年以降は100 1 「表4 第3条の規定に基づく優生手術(母体保護を目的とし た手術を含む。)の各号別実施件数の推移」のとおり、増減があるものの、 昭和30年の620件をピークに減少傾向となり、昭和50年以降は100 15 件を下回っていた。遺伝性疾患を理由とする優生手術(同法4条)について は、上記別紙1のとおり、昭和30年の1260件をピークに減少傾向とな り、昭和48年以降は100件を下回り、平成2年以降は実施されておらず、 非遺伝性疾患を理由とする優生手術(同法12条)についても、上記別紙1 のとおり、昭和29年の160件をピークに、その後は50から100件程 20 度で推移していたが、平成2年以降は平成4年の1件を除き実施されなかっ た。 (3) 本件手術の実施(甲43、原告本人) ア 原告は、小学校4年生頃から視力が低下し始め、その頃に受診した眼科に おいて夜盲症と診断された。中学校までは裸眼で過ごすことができていたも 25 のの、高校に進学した頃には、矯正が必要になるほど視力が低下していた。 21 原告は、この頃、眼鏡を使用してみたものの、見えづらさが解消することが なかったため、眼鏡による矯正をあきらめた。高校卒業後、原告は、昭和4 2年に鉄工所に就職し、昭和49年に第一子を妊娠したことをきっかけに退 職するまで、事務員として就労していた。 原告は、昭和42年及び昭和52年頃に病院を受診した際、白内障と診断 5 された。その後、昭和55年ないし昭和56年頃に白内障の手術をしようと 病院を受診したところ、原告の疾患は、白内障ではなく、網膜色素変性症(旧 優生保護法の別表に掲げられている疾患)であるとの確定診断を受けた。 なお、先天性白内障のうち、約25%は遺伝性とされている。(甲47) イ 原告は、昭和49年▲月に、A産婦人科において、長女である第一子を の別表に掲げられている疾患)であるとの確定診断を受けた。 なお、先天性白内障のうち、約25%は遺伝性とされている。(甲47) イ 原告は、昭和49年▲月に、A産婦人科において、長女である第一子を出 10 産した。原告は、当時はまだ視力が残っていたが、A産婦人科の妊婦健診の 際に、同産婦人科の医師に対して、白内障を患っていること、原告の両親が いとこ同士であること、原告の妹も目が悪いことを伝えた。もっとも、第一 子の出産前後において、同産婦人科の医師や看護師から、不妊手術に関する 話はされなかった。 15 ウ その後、原告は、視力の低下が進行し、次女である第二子を妊娠した頃に は、ほとんど目が見えない状態になっていた。 原告は、昭和52年▲月▲日、A産婦人科において次女を出産した。出産 後、原告は、同産婦人科の個室に入院していたところ、出産の数時間後に同 産婦人科の婦長から、二人の子供を産んでいること、三人目は原告の目の疾 20 患が遺伝する可能性があること等を指摘されて、不妊手術を受けることを勧 められた。また、その際、手術について、「縛ればいい」、「簡単なものです ぐ終わる」、「縛れば、後わずらわしいことがなくなる」等と言われたが、そ の手術が旧優生保護法に基づく優生手術であることは説明されなかった。 原告は、第一子も第二子も女児であったことから、次は男の子を産みたい 25 という希望を持っていたものの、学校や社会におけるそれまでの経験から、 22 視力が弱いことで社会生活上の様々な場面で人に迷惑をかけているという 引け目を感じており、そのような中で、婦長から、上記のように目の疾患が 子供に遺伝する可能性を指摘されたことから、不妊手術を受けることをはっ きりと断ることができなかった。 原告は、翌2日又は3日の午後、原告は、同産婦人科において、全 、婦長から、上記のように目の疾患が 子供に遺伝する可能性を指摘されたことから、不妊手術を受けることをはっ きりと断ることができなかった。 原告は、翌2日又は3日の午後、原告は、同産婦人科において、全身麻酔 5 で本件手術(卵管結紮手術)を受けた。なお、原告は、本件手術に積極的に 同意した記憶は有していない。 また、原告は、本件手術を受けたことを原告の夫以外の者には話さなかっ た。 (4) 平成8年改正に向けた検討等 10 ア 昭和58年、自由民主党内において、旧優生保護法の改正を推進する立場 の生命尊重国会議員連盟と改正に慎重な立場の母性の福祉を推進する議員 連盟がそれぞれ結成され、同党の意見をまとめるために同党政務調査会社会 部会に「優生保護法等検討小委員会」が設置された。同小委員会は、中間報 告として同年5月18日付け「優生保護法の取扱いについて」と題する文書 15 を取りまとめ、公表したところ、同文書には、同法の目的規定等を具体例と して挙げて、その立法趣旨の根底に人口政策や民族の逆淘汰の防止という思 想が存在しており、この点で「今日の社会思潮と医学水準等に照らして法の 基本面に問題がある」こと、同法を維持し何らの改正や検討を必要としない とするのは少なくともかなりの問題があるという大方の認識が形成されつ 20 つあることが記載されていた。(乙A20[9頁]) イ 旧優生保護法を所管する厚生省保健医療局精神保健課は、医学の進歩や社 会情勢の変化に伴い、各方面から旧優生保護法の目的や優生手術の必要性等 について問題点が指摘されていることを踏まえ、昭和61年10月6日付け 「優生保護法の改正について(案)」と題する、全面的な改正を5年で行う 25 場合の手順・計画の概略を作成した。(乙A21) 23 ウ 厚生大臣の諮問機関である公衆衛生審議会優 10月6日付け 「優生保護法の改正について(案)」と題する、全面的な改正を5年で行う 25 場合の手順・計画の概略を作成した。(乙A21) 23 ウ 厚生大臣の諮問機関である公衆衛生審議会優生保護部会は、昭和62年3 月27日の会議において、旧優生保護法の目的、優生手術の必要性及び同法 の掲げる遺伝性疾患の適切性等の問題点を議論した。(乙A20) エ 厚生省内では、昭和63年8月頃に、旧優生保護法の検討が行われ、優生 思想の排除、同意を要件とする優生手術の取扱い、審査を要件とする優生手 5 術の是非等を検討事項とする書面が作成された。また、母子保健法を所管す る厚生省児童家庭局母子衛生課においても、旧優生保護法の改正が母子保健 法に与える影響を考慮して、旧優生保護法の改正についての検討が行われた。 (乙A23ないし26) (5) 平成8年改正前の旧優生保護法改正の要望等 10 平成7年頃から、DPI(障害者インターナショナル)女性障害者ネットワ ーク、財団法人全国精神障害者家族会連合会、各界女性有志代表、優生思想を 問うネットワーク及び日本障害者協議会が、厚生大臣や国会議員に対して、旧 優生保護法が、障害者を不良な生命と断定する法律であり、同法に基づく優生 手術がリプロダクティブ権を侵害するものであること等を指摘して、同法の見 15 直しや撤廃等を要望する旨の書面を提出した。(乙A27、28、35、36、 38ないし40) (6) 平成8年改正及びその後の動向 ア 優生保護法の一部を改正する法律(平成8年法律第105号)は、平成8 年6月18日に成立し、旧優生保護法の目的その他の規定のうち不良な子孫 20 の出生を防止するという優生思想に基づく部分が障害者に対する差別とな っていること等に鑑み、前提事実(3) のとおり改正された。(乙A29) 、旧優生保護法の目的その他の規定のうち不良な子孫 20 の出生を防止するという優生思想に基づく部分が障害者に対する差別とな っていること等に鑑み、前提事実(3) のとおり改正された。(乙A29) イ 厚生省保健医療局精神保健課長は、同年6月25日に開催された公衆衛生 審議会優生保護部会において、平成8年改正の経緯に関して、昭和56年か ら国連障害者の10年が始まり、障害者問題について国民の関心が高まって 25 きた結果、平成5年に障害者基本法が成立したこと、精神障害者についても 24 福祉の重要性が求められるようになった結果、平成7年に精神保健法が精神 保健及び精神障害者福祉に関する法律に改正され、精神障害者を病気の対象 ではなく、福祉の対象としてみるようになったこと、同年頃から旧優生保護 法の改正を求める精神障害者の方々からの要望が大きくなったこと、平成6 年にカイロで行われた国連人口開発会議において、旧優生保護法の問題が取 5 り上げられ、時代遅れの法律の存在を世界的に公表されたこと、平成7年に 北京で行われた女性会議でも同法を改正すべきという強い意向が示された こと等を説明した。(乙A19[117、118頁]) ウ 平成9年頃にスウェーデンにおける強制不妊手術の問題が日本でも報道 されたことをきっかけに、強制不妊手術に対する謝罪を求める会(平成11 10 年に優生手術に対する謝罪を求める会に名称変更。以下「謝罪を求める会」 という。)が結成され、同年9月、厚生省に対し、①旧優生保護法の下で強 制的に不妊手術をされた者及び不良な生命と規定されたことで誇りと尊厳 を奪われたすべての障害者に対する謝罪を行い、補償を検討すること、②旧 優生保護法による被害の実態を検証すること、③障害を持つ女性への違法な 15 子宮摘出について早急に調査を行い、二度と繰り返 尊厳 を奪われたすべての障害者に対する謝罪を行い、補償を検討すること、②旧 優生保護法による被害の実態を検証すること、③障害を持つ女性への違法な 15 子宮摘出について早急に調査を行い、二度と繰り返させない対策、被害者を 総合的に救済する対策を講じることを求める要望書を提出した。 (乙A33) これに対し、厚生省は、旧優生保護法の下では優生手術は合法であったこ と、旧優生保護法が現代社会にそぐわない法だったとしてもすでに改正され ていること、子宮摘出は同法にも反するものであり、もし法によらずに本人 20 の同意を得ない手術があったなら教えてほしいことを回答した。謝罪を求め る会は、同年11月に緊急集会を開催し、3日間の強制不妊手術被害者ホッ トラインの開設を発表し、平成10年6月には、厚生省に対し、ホットライ ンに寄せられた7件の結果を提出して、再度交渉を行ったが、厚生省は、調 査はできない旨を回答した。(同) 25 エ 自由権規約委員会は、平成10年11月、日本政府の第4回報告書に対す 25 る最終見解を採択したが、これには、「委員会は、障害を持つ女性の強制不 妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受け る権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられること を勧告する。」との見解が含まれていた。(乙A43) 日本政府は、平成18年12月、第5回報告書を自由権規約委員会に提出 5 したところ、同報告書には、旧優生保護法は、平成8年改正により改正され、 本人の同意を得ない優生手術に係る規定等は削除されたが、旧優生保護法に 基づき適法に行われた手術については、過去に遡って補償することは考えて いないこと等が記載されていた。(争いがない) 日弁連は、平成19年12月、上記第5回報告書を受けて、国に対し、国 10 法に 基づき適法に行われた手術については、過去に遡って補償することは考えて いないこと等が記載されていた。(争いがない) 日弁連は、平成19年12月、上記第5回報告書を受けて、国に対し、国 10 は、ハンセン病療養所への強制隔離については補償を実施する方向のようで あるが、強制不妊措置については、補償はおろか実態調査も行っていないこ と、日本国内では障害の有無にかかわらず、女性の意に反する強制不妊措置 が、女性の性的意思決定権の重要な一部であるリプロダクティブ・ライツに 対する重大な侵害であるという認識が不十分であることを指摘した上で、① 15 国は、過去に行われたハンセン病患者をはじめとする障害を持つ女性に対す る強制不妊措置について政府としての包括的な調査と補償を実施する計画 を早急に明らかにすべきこと、②国は、今後の同種被害発生防止のため、リ プロダクティブ・ライツを含む女性の性的意思決定権尊重のための人権教 育・ジェンダー教育を随時実施すべきことを提言した。(争いがない。) 20 自由権規約委員会は、平成20年10月、上記第5回報告書に対する最終 見解を採択したが、これには、委員会は、上記第4回報告書の「審査後に出 された勧告の多くが履行されていないことに懸念を有すること」、 「締約国は、 委員会が今回及び前回の総括所見において採択した勧告を実施すべきであ る」との見解が含まれていた。これに対し、日本政府は、平成24年に第6 25 回報告書を同委員会に提出したものの、旧優生保護法に関する報告はなく、 26 同委員会は、上記第6回報告書に対する最終見解として、上記同様の勧告を 行った。(争いがない) オ 日弁連は、平成27年3月、「女性差別撤廃条約に基づく第7回及び第8 回日本政府報告書に対する日本弁護士連合会の報告書~会期前作業部会に よって作 として、上記同様の勧告を 行った。(争いがない) オ 日弁連は、平成27年3月、「女性差別撤廃条約に基づく第7回及び第8 回日本政府報告書に対する日本弁護士連合会の報告書~会期前作業部会に よって作成される質問表に盛り込まれるべき事項とその背景事情について」 5 において、旧優生保護法に基づく強制不妊手術を受けた者への補償について、 未だ何らの施策がとられていないこと、上記平成10年の自由権規約委員会 からの勧告後も、課題が進展していないこと等を指摘した。(争いがない) 国連女性差別撤廃委員会は、平成28年3月、日本政府の第7回及び第8 回合同定期報告に関する最終見解を採択したが、これには「委員会は、締約 10 国が優生保護法に基づき行った女性の強制的な優生手術という形態の過去 の侵害の規模について調査を行った上で、加害者を訴追し、有罪の場合は適 切な処分を行うことを勧告する。委員会は、さらに、締約国が強制的な優生 手術を受けた全ての被害者に支援の手を差し伸べ、被害者が法的救済を受け、 補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため、具体 15 的な取組を行うことを勧告する。」との見解が含まれていた。(争いがない) カ 日弁連は、平成29年2月16日付けの「旧優生保護法下において実施さ れた優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な 措置を求める意見書」を公表し、国は、同法に基づく優生手術及び人工妊娠 中絶が、対象者の自己決定権及びリプロダクティブ・ヘルス/ライツを侵害 20 し、遺伝性疾患、ハンセン病、精神障害等を理由とする差別だったことを認 め、被害者に対する謝罪や補償等の適切な措置を速やかに講じるべきである こと、上記優生手術及び人工妊娠中絶に関連する資料を保全し、これらの実 態調査を速やかに行うべきこと等の意見を述 差別だったことを認 め、被害者に対する謝罪や補償等の適切な措置を速やかに講じるべきである こと、上記優生手術及び人工妊娠中絶に関連する資料を保全し、これらの実 態調査を速やかに行うべきこと等の意見を述べた。(甲38) キ 平成30年1月30日、旧優生保護法に基づき優生手術を強制されたとす 25 る者が、仙台地方裁判所に対し、国を被告として、国家賠償法1条1項に基 27 づく損害賠償を求める訴えを提起した(以下「仙台訴訟」という。)。なお、 仙台訴訟まで、優生手術に関する損害賠償請求訴訟が提起されたことはなか った。(乙A33) (7) 旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関 する法律(以下「一時金支給法」という。)の制定(乙A44) 5 平成31年4月24日、一時金支給法が成立し、同日に公布・施行された。 一時金支給法は、その前文において、「昭和23年制定の旧優生保護法に基 づき、あるいは旧優生保護法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病 や障害を有すること等を理由に、平成8年に旧優生保護法に定められていた優 生手術に関する規定が削除されるまでの間において生殖を不能にする手術又 10 は放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。こ のことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深 くおわびする。今後、これらの方々の名誉と尊厳が重んぜられるとともに、こ のような事態を二度と繰り返すことのないよう、全ての国民が疾病や障害の有 無によって分け隔てられることなく相互に人格と個性を尊重し合いながら共 15 生する社会の実現に向けて、努力を尽くす決意を新たにするものである。ここ に、国がこの問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚し、この法 律を制定する。」とした上で、旧優生保 いながら共 15 生する社会の実現に向けて、努力を尽くす決意を新たにするものである。ここ に、国がこの問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚し、この法 律を制定する。」とした上で、旧優生保護法が存在した間に優生手術等を受け た者(ただし、母体保護のみを理由に同法3条1項の優生手術を受けた者を除 く。)に対し、一時金320万円を支給する旨を定めている。 20 (8) 本件訴訟提起に至る経緯(甲43、原告本人) ア 原告は、子宮筋腫が大きくなったため、平成7年頃、A産婦人科において、 半身麻酔で腹式子宮全摘出手術及び片側付属器切除術(以下「本件摘出手術」 という。)を受けた。本件摘出手術の際、同手術を執刀した医師が、卵管が 縛ってある旨を述べた。(甲1) 25 イ 原告は、視力をほぼ失った後は、普段の生活では、文字に書いたものを親 28 族に読んでもらったり、ラジオを聴いたり、視覚障害者総合ネットワークと いうサイトで配信されていたサピエ図書館(1冊の本を点字に訳してデータ 化されており、ダウンロードすると点字データを言語で読み上げるサービ ス。)にある本のデータをダウンロードして、音声を聞いたりして情報に接 していた。 5 なお、原告は、盲導犬を使用しているため、盲導犬に関する会には入って いたことがあるが、その他の障害者団体には入っていない。 ウ 原告は、令和元年6月頃、サピエ図書館で配信されていたデータをダウン ロードし、「強制不妊 旧優生保護法を問う」という本を音声で聴いた。こ の本には、旧優生保護法のもと、国が推進して障害者に強制不妊手術を受け 10 させていたこと、同手術を受けさせられた被害者が国に対する損害賠償請求 の裁判をしていることが書かれており、このとき初めて旧優生保護法や優生 手術の存在を知った。 エ 原告は、上記の内 を受け 10 させていたこと、同手術を受けさせられた被害者が国に対する損害賠償請求 の裁判をしていることが書かれており、このとき初めて旧優生保護法や優生 手術の存在を知った。 エ 原告は、上記の内容が自身の受けた本件手術と同じであると感じたことか ら、同月頃、旧優生保護法ホットラインに電話をかけ、同法による被害を受 15 けた者を支援する弁護団に所属する弁護士に本件手術を受けたことに関す る相談をした。原告は、同年9月2日、A産婦人科から本件手術と平成7年 の子宮摘出手術の記録を取り寄せようとしたが、既に廃棄されており、入手 することができなかった。 オ 原告は、上記記録を入手できなかったことから、静岡県焼津市内にある医 20 療法人社団安津会前田産婦人科医院の医師と面談し、同医師に令和2年3月 3日付けの意見書(以下「本件意見書」という。)を作成してもらった。本 件意見書の要旨は、以下のとおりである。(甲1) (ア) 原告の腹部には、臍と恥骨の間に13.5㎝の正中縦切開の手術痕(以 下「縦切開痕」という。)と、縦切開痕の最上部に2.5㎝の横切開の手 25 術痕(以下「横切開痕」という。)がある。 29 (イ) 縦切開痕は、13.5㎝と相当に大きいことから、本件摘出手術の手術 痕であると考えられる。 横切開痕については、子宮全摘出の術後の合併症等における二次手術の 場合にこのような手術痕が生じる可能性はないことから、本件摘出手術の 術後についたものとは推定しにくい。また、横切開痕が、本件摘出手術前 5 にされた手術の際についた手術痕であるとした場合でも、卵巣や子宮に対 する手術痕としてはあまりに小さく、この手術痕で考えられる通常の婦人 科手術はない。そうすると、横切開痕は、卵管不妊手術の手術痕以外のも のであるとは考えにくい。 出産直後には子 も、卵巣や子宮に対 する手術痕としてはあまりに小さく、この手術痕で考えられる通常の婦人 科手術はない。そうすると、横切開痕は、卵管不妊手術の手術痕以外のも のであるとは考えにくい。 出産直後には子宮がまだ相当に大きく、出産翌日には卵管が臍の高さに 10 あるため、卵管不妊手術を行う際には切開創は臍の高さの直下となる。原 告が次女の出産翌日に受けた手術が卵管不妊手術であったと考えれば、横 切開痕の位置は適切な位置にあるといえ、これが卵管不妊手術の手術痕で あるとの推論と矛盾しない。また、本件摘出手術の際に医師がしたという 「卵管が縛ってある。」旨の発言は、卵管結紮を受けた後の卵管の姿を指 15 すと考えれば極めて合理的である。 以上の事実から、原告が昭和52年に受けた手術は、卵管不妊手術だっ た可能性が極めて高い。 カ 原告は、令和元年の冬頃には、訴訟を提起することを決心し、前提事実(5) のとおり、令和2年7月3日、当裁判所に対して本件訴訟を提起し、同月1 20 7日に被告に訴状等が送達された。 2 争点1(原告が優生手術を受けたか否か)について 原告が本件手術を受けたことについては、前記1⑶のとおり認定したところ、 この点について被告は不知と答弁していることから、以下で認定理由を補足して 説明する。 25 原告は、陳述書及び本人尋問において、A産婦人科において次女を出産した日 30 の翌日か翌々日である昭和52年9月2日か3日ころ、同病院において不妊手術 を受けたと供述するところ、同供述は、原告の腹部に、手術痕が残っていること (前記1⑻オ)と整合しており、信用性が高いというべきである。また、産婦人 科の医師が作成した本件意見書によれば、上記手術痕のうち横切開痕は、優生手 術である卵管不妊手術によるものと合理的に推認できる。さらに、原告が昭和 合しており、信用性が高いというべきである。また、産婦人 科の医師が作成した本件意見書によれば、上記手術痕のうち横切開痕は、優生手 術である卵管不妊手術によるものと合理的に推認できる。さらに、原告が昭和5 5 2年当時に白内障と診断されており、これが遺伝する可能性のある疾患であるこ と(同⑶ア)、第二子を出産した当時、原告は視力をほとんど失っており、第二 子の出産後、A産婦人科の婦長から、目の疾患が遺伝する可能性等を指摘されて 不妊手術を勧められ、手術については「縛ればいい」等と言われたこと(同ウ) も、原告が優生手術である本件手術を受けたことを推認させる事情である。 10 以上によれば、原告は、昭和52年9月2日又は3日に、優生手術である本件 手術を受けたことが認められる。 3 争点2-1(旧優生保護法の違憲性)について (1) 憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸 福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その 15 他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているところ、自己の 意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受け ない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、同条によっ て保障されていることは明らかであり(最高裁令和5年10月25日大法廷決 定・判例タイムズ1517号67頁参照)、また、子をもうける自由が、子を 20 産み育てることを希望する者にとって幸福の源泉となるものであることに鑑 みると、これをリプロダクティブ権と称するかはともかく、人格的生存に関わ る重要な権利として、同じく同条によって保障されていることも明らかである というべきである。 (2) 旧優生保護法の本件各規定は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止す 25 ることを目 存に関わ る重要な権利として、同じく同条によって保障されていることも明らかである というべきである。 (2) 旧優生保護法の本件各規定は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止す 25 ることを目的として、特定の障害や疾患を有する者に対して、同意による優生 31 手術や審査を要件とする優生手術を行うことを定めているところ、優生手術が 卵管を結紮したり、一部を切断したりする手術であり、身体への強度な侵襲を 伴うものであることからすると、これが身体への侵襲を受けない自由への重大 な制約に当たることは明らかである。また、優生手術が、生殖機能により子を もうけることを不可能又は著しく困難にするものであることからすると、本件 5 各規定が子をもうける自由への重大な制約に当たることも明らかである。 そして、旧優生保護法の本件各規定が、特定の障害や疾患を有する者を「不 良」とみなした上で、これらの者から「不良」な子孫が出生することを防止す るという、差別的で不合理な目的で定められていることからすると、身体への 侵襲を受けない自由や子をもうける自由に対し上記のような重大な制約を課 10 す必要性や合理性はおよそ見出し難い。 以上によれば、本件各規定は、憲法13条に違反するものというべきである。 (3) また、本件各規定は、上記のとおり、差別的な思想に基づく不合理な理由で、 特定の障害や疾患を有する者に対して、身体への侵襲を受けない自由や子をも うける自由への重大な制約となる優生手術を行うという不合理な扱いをする 15 ものであるから、憲法14条1項が定める法の下の平等に反することも明らか である。 (4) よって、本件各規定は、憲法13条及び憲法14条1項に違反する。 4 争点2-2(旧優生保護法の立法行為の違法性)について (1) 国賠法1条1項は、国又は公共 することも明らか である。 (4) よって、本件各規定は、憲法13条及び憲法14条1項に違反する。 4 争点2-2(旧優生保護法の立法行為の違法性)について (1) 国賠法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の 20 国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えた ときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものであ る。したがって、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法とな るかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職 務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法 25 不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立 32 法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の 立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしな がら、立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に 侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行 使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり、そ 5 れが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを 怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法行為又は立法不作為は、国賠法 1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである。(最高 裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、最高 裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照) 10 前記3のとおり、本件各規定は、その内容に照らして、憲法13条及び14 条1項によって国民に保障された権利・自由を侵害するものであることが明白 であるから、それにもかかわ 号2087頁参照) 10 前記3のとおり、本件各規定は、その内容に照らして、憲法13条及び14 条1項によって国民に保障された権利・自由を侵害するものであることが明白 であるから、それにもかかわらず本件各規定を含む旧優生保護法を立法した国 会議員の立法行為は、旧優生保護法の本件各規定に基づいて優生手術である本 件手術を受けた原告との関係で、国賠法1条1項の適用上違法の評価を受ける 15 というべきである。 また、本件各規定が違憲であることはその内容から明らかである以上、立法 当時の社会状況等を考慮したとしても、本件各規定を立法した国会議員には過 失があると認められる。 (2) したがって、被告は、原告に対し、違法な本件各規定を立法したことによる 20 権利侵害について、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきで ある。 5 争点2-3(厚生労働大臣(厚生大臣)が優生手術を実施したこと又は優生手 術を停止しなかったことの違法性)について 原告が本件手術を受けた当時の厚生大臣は、憲法尊重擁護義務(憲法99条) 25 を負っていたのであるから、前記のとおり憲法13条及び14条1項に反するこ 33 とが明白な優生手術を実施しないようにすべき注意義務を負っていたというべ きである。それにもかかわらず、当時の厚生省は、昭和27年に審査を要件とす る優生手術の対象を非遺伝性疾患に拡大し、手続の簡易化のために同意書の徴収 及び保存に関する規定を廃止した上、各都道府県に対し、旧優生保護法に基づく 優生手術の実施件数を増やすことや速やかな実施をするように求めたり、同法の 5 解釈に関する通知を発出したりするなどして(前記1⑴)、本件各規定に基づく 優生手術が実施されないようにすることを怠るどころか、優生手術の実施を推進 したものであって、これが上記注意義 り、同法の 5 解釈に関する通知を発出したりするなどして(前記1⑴)、本件各規定に基づく 優生手術が実施されないようにすることを怠るどころか、優生手術の実施を推進 したものであって、これが上記注意義務に違反するのは明らかである。 そして、当時の厚生大臣が、上記注意義務に違反し本件各規定に基づく優生手 術を停止しなかったばかりか、むしろこれを推進する施策を進めた結果、原告に 10 対する本件手術が行われたと認められるから、当時の厚生大臣の上記注意義務違 反は、原告との関係で、国賠法1条1項の適用上違法であると認められるという べきである。 したがって、被告は、原告に対し、当時の厚生大臣が優生手術を実施したこと 又はこれを停止しなかったことによって、原告に対し本件手術がされたことによ 15 る権利侵害について、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきで ある。 6 争点4(民法724条後段の適用の可否)について 本件事案の性質に鑑み、争点3について検討する前に、争点4について検討す る。 20 (1) 民法724条後段の法的性質について 国賠法4条が準用する民法724条後段の規定は、不法行為をめぐる法律関 係の速やかな確定を意図して、被害者側の認識のいかんを問わず、一定の時の 経過によって法律関係を確定させるため、請求権の存続期間を画一的に定めた ものであって、不法行為による損害賠償請求権について除斥期間を定めたもの 25 であると解される(平成元年判決等参照)。 34 (2) 除斥期間の起算点について ア 民法724条後段は、除斥期間の起算点について、「不法行為の時から」 と規定しているところ、これは加害行為の時をいうものと解される。 本件における原告に対する直接的な加害行為は、本件各規定の立法行為や 当時の厚生大臣の上記作為又 の起算点について、「不法行為の時から」 と規定しているところ、これは加害行為の時をいうものと解される。 本件における原告に対する直接的な加害行為は、本件各規定の立法行為や 当時の厚生大臣の上記作為又は不作為によって原告に対し行われた、原告の 5 身体を侵襲し、生殖機能を不可逆的に侵害する本件手術である。 そうすると、本件における除斥期間の起算点は、遅くとも、本件手術が行 われた昭和52年9月3日である。 イ この点、原告は、除斥期間の起算点は、一時金支給法が施行されて、毀損 された被害者の個人の尊厳が回復に向かうことになった平成31年4月2 10 4日又は本件手術の不法行為該当性が明らかになった時点である旨を主張 する。 しかしながら、上記の通り、原告の身体を侵襲し、生殖機能を不可逆的に 奪うという侵害は、本件手術によってもたらされたものであるから、原告に 対する加害行為は、本件手術時に終了したと言わざるを得ない。原告が本件 15 手術後も個人の尊厳を著しく損なわれたことによる精神的苦痛に長い間苦 しんできたことは十分に認められるものの、これは本件手術による甚だしい 人権侵害によってもたらされた苦痛が未だ癒えずに続いているものであっ て、原告に対する加害行為やこれによる損害の発生が未だ続いているものと 評価することは困難である。 20 この点に関する原告の主張は採用できない。 (3) 除斥期間の適用制限について ア 民法724条後段の規定は、上記⑴のとおり、除斥期間を定めたものであ り、これは不法行為をめぐる法律関係を長期間不確定の状態にした場合、証 拠資料の散逸により、加害者でない者が反証の機会を失って、訴訟上加害者 25 とされることもあり得ることから、被害者側の認識を問わずに一定の時の経 35 過により法律関係を確定させることで、被害者の 料の散逸により、加害者でない者が反証の機会を失って、訴訟上加害者 25 とされることもあり得ることから、被害者側の認識を問わずに一定の時の経 35 過により法律関係を確定させることで、被害者の保護とその加害者とされる 者の利害調整を図ったものである。このような制度目的・趣旨に照らせば、 被害者側の固有の事情を考慮して除斥期間の適用を制限する例外を認める ことは、基本的に相当ではない。 しかしながら、上記のように被害者の保護と加害者とされる者の利害調整 5 を図った民法724条後段の制度目的・趣旨に照らすと、除斥期間が一切の 例外を許容しないと解するのも相当ではないというべきである。①不法行為 の被害者が当該不法行為を原因として心神喪失の状況にあるのに法定代理 人を有しなかった場合(平成10年判決)や、②被害者を殺害した加害者が、 被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知りえない状況を殊更に作 10 出し、そのために相続人がその事実を知ることができず、相続人が確定しな いまま上記殺害から20年を経過した場合(平成21年判決)など、被害者 やその相続人による権利行使を客観的に不能又は著しく困難とする事由が あり、その事由が、加害者の不法行為に起因している場合のように、除斥期 間の適用を認めると、著しく正義・公平の理念に反する特段の事情があると 15 きは、条理及び時効停止の規定(民法158条から160条)の法意に照ら し、除斥期間の規定の効果が制限される場合があると解するのが相当である。 イ 上記特段の事情の有無について (ア) 原告は、前記1の認定事実のとおり、本件手術を受けた際に、その手術 の具体的内容やこれが旧優生保護法に基づく優生手術であることについ 20 て十分な説明を受けておらず(前記1⑶ウ)、本件手術を受けたことを原 告の夫以外に打ち明 とおり、本件手術を受けた際に、その手術 の具体的内容やこれが旧優生保護法に基づく優生手術であることについ 20 て十分な説明を受けておらず(前記1⑶ウ)、本件手術を受けたことを原 告の夫以外に打ち明けていなかったため(同)、本件手術を受けたことに ついて第三者に相談する機会も非常に限られていたと推認される。また、 原告は、本件手術を受けたころには既にほとんど視力を失っており、情報 に接する機会や手段が非常に限られていたことから、令和元年6月頃に 25 「強制不妊 旧優生保護法を問う」という本を音声で聴くまで、旧優生保 36 護法や優生手術の具体的内容を知らなかった(同⑻ウ)。 前記のとおり差別的な思想の下で旧優生保護法が立法され、長い間、こ れに基づく優生施策が特段の疑問も呈されることなく進められていたこ とや、昭和24年から平成8年までに、同法に基づく優生手術が、合計約 1万6000件以上実施されてきたにもかかわらず、仙台訴訟の提起に至 5 るまで、優生手術に係る国家賠償請求訴訟の提起が一切なかったこと(同 ⑹キ)に照らすと、本件手術が行われた後、長い期間にわたって、優生手 術の対象である特定の疾患や障害を有する者に対する社会的な差別や偏 見が一般の国民の意識に当たり前のように根付いている状態が続いてお り、そのような中で、原告ら優生手術の対象者やその家族の意識・心理に 10 も同様の認識が内面化されていたことがうがかわれる。このような社会 的・心理的な状況下では、原告やその家族において、優生手術を受けたこ とを話題に出したり、第三者に相談したりすることも、非常に困難であっ たことは想像に難くない。 以上によれば、原告は、令和元年頃まで権利行使の前提となる情報や相 15 談機会へのアクセスが著しく困難な状態にあり、原告がこのような状態に あったことに 非常に困難であっ たことは想像に難くない。 以上によれば、原告は、令和元年頃まで権利行使の前提となる情報や相 15 談機会へのアクセスが著しく困難な状態にあり、原告がこのような状態に あったことについては、上記のような社会の客観的な状況や環境も強く影 響していたことが認められる。 (イ) 他方で、原告の視覚障害は被告の違法行為によって生じたものではなく、 また、優生手術の対象である特定の疾患や障害を有する者に対する社会的 20 な差別・偏見は、歴史的要因等の様々な要因により形成されるものであり、 被告において、原告による権利行使を著しく困難にする状況を意図的・積 極的に作出したと認めることはできない。 しかしながら、被告は、前述のとおり、優生思想に基づき特定の疾患や 障害を有する者を不良とみなして、その子孫の出生を防ぐことを目的に掲 25 げた明らかに憲法13条及び14条1項に違反する本件各規定を立法し、 37 これに基づき優生手術の実施等の優生施策を推進してきたものであり、こ れにより昭和24年から平成8年頃まで1万6000件以上もの優生手 術を実施してきたものである。このような被告による立法と優生施策の推 進は、上記の者に対する差別・偏見を正当化・固定化し、更にはこれを助 長したものということができる。このことは、昭和44年から昭和47年 5 頃に学校教育の場で用いられる高等学校の教科書においても、優生思想と いう差別的な思想が、遺伝病の防止や社会等のために正当なものとして記 載されていること(同⑴オ)からも明らかであり、被告による立法や優生 施策は、優生思想を広く国民に広めたというほかない。 また、被告は、前記の通り、優生手術の対象者に必要な情報を与える目 10 的で定められていた所定の事項が記載された同意書の徴収やその保存に 関する規定を廃 優生思想を広く国民に広めたというほかない。 また、被告は、前記の通り、優生手術の対象者に必要な情報を与える目 10 的で定められていた所定の事項が記載された同意書の徴収やその保存に 関する規定を廃止した上、これに代わる適切な説明をすることを医師等に 指示することも怠っており、このような被告の施策も、原告を含めた優生 手術の対象者らが、自身の受けた手術が旧優生保護法に基づく優生手術で あることを認識するのを困難にしたものといえる。 15 以上によると、原告が、本件手術を受けたことを周囲に打ち明けて、権 利行使をするために必要な情報を得ることを困難とする国民の意識や環 境の形成に、被告は大きな影響を与えたということができる。 (ウ) 以上のとおり、被告の優生施策によって、優生手術の対象者らが、自身 の受けた手術が旧優生保護法に基づく優生手術であることを認識するこ 20 とが困難になったことに加え、被告が明らかに違憲な法律を立法しただけ でなく、優生施策を推進したことで、特定の疾患や障害を有する者に対す る社会的な差別・偏見を正当化・固定化し、更にはこれを助長してきたと 認められ、これに起因して、原告が、本件手術が旧優生保護法に基づく優 生手術であることを認識し、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのア 25 クセスが著しく困難な状況になっていたことからすれば、原告について、 38 除斥期間の適用をそのまま認めることは著しく正義・公平の理念に反する 特段の事情があるというべきである。したがって、本件では、権利行使を 不能又は著しく困難とする事由がある場合に、その事由が解消されてから 6か月を経過するまでの間、時効の完成を延期する時効停止の規定の法意 に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困 5 難とする状況が解消されてから6か月を経 由が解消されてから 6か月を経過するまでの間、時効の完成を延期する時効停止の規定の法意 に照らし、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困 5 難とする状況が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の効 果が制限されるものと解するのが相当である。 ウ 本件における除斥期間の適用制限について (ア) 前記1の認定事実のとおり、原告は、令和元年6月頃に、本の音声を聴 いたことにより、旧優生保護法や優生手術の存在を知り(同⑻ウ)、その 10 後、旧優生保護法の弁護団をしている弁護士に本件手術を受けたことなど に関する相談をするようになり、同年9月2日には、本件手術を受けたこ となどを証明するのに必要な記録を取り寄せようとしたものの、既に廃棄 されており、入手することができなかった(同エ)。そのため、原告は、 産婦人科医院の医師に本件手術を受けたことなどの裏付けとなる意見書 15 の作成を相談しているところ、原告の腹部の横切開痕が本件手術の手術痕 の可能性が高い旨が記載された本件意見書を入手することができたのは、 令和2年3月3日頃のことであった(同オ)。 以上の事情に照らすと、原告が令和元年の冬頃に本件訴訟の提起を決心 していることを考慮しても、客観的にみれば、本件意見書を取得できたこ 20 とによって、原告が旧優生保護法に基づく優生手術を受けた可能性が高い と判断でき、その被害について国家賠償請求訴訟を提起できる状態になっ ているのであるから、訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセス が著しく困難とする状況が解消されたのは、早くとも令和2年3月3日で あるというべきである。 25 (イ) そうすると、原告は、令和2年7月3日に、当裁判所に対して本件訴訟 39 を提起している(同カ)から、上記著しく困難な状況が解消されてから6 年3月3日で あるというべきである。 25 (イ) そうすると、原告は、令和2年7月3日に、当裁判所に対して本件訴訟 39 を提起している(同カ)から、上記著しく困難な状況が解消されてから6 か月以内に本件訴訟を提起したと認められ、条理及び時効停止の規定の法 意に照らし、本件では除斥期間の効果が制限されると解するのが相当であ るから、原告の被告に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権は消 滅したということはできない。 5 エ 被告の主張について 被告は、特段の事情による除斥期間の適用制限について、平成10年判決 及び平成21年判決の射程は極めて短いものであり、時効の停止等その根拠 となる規定が存在し(基準①)、基準①に係る客観的事由が債務者の不法行 為に起因するため、除斥期間を適用すると、著しく正義・公平の理念に反す 10 る事案である場合(基準②)に限られる旨を主張する。 しかしながら、平成10年判決及び平成21年判決は、除斥期間の制度趣 旨である法律関係の速やかな確定の要請を考慮しても、正義・公平の理念に 照らして例外的に除斥期間の適用が制限される場合があることを示したも のであるが、基準①及び基準②を満たす場合以外にはかかる例外が一切認め 15 られないことまで判示したものとは解されない。 よって、この点に関する被告の主張は採用できない。 (4) なお、原告は、国賠法4条の準用する民法724条後段が、憲法17条に違 反する旨も主張するが、上記のとおり、本件では除斥期間の効果が制限される から、この点については判断を要しない。 20 7 争点3(相当因果関係のある損害の発生及びその額)について 原告は、障害を有することを理由に、このような「不良」な形質を受け継ぐ子 供が生まれないようにするという差別的で、原告の人格を否定する理由で、 点3(相当因果関係のある損害の発生及びその額)について 原告は、障害を有することを理由に、このような「不良」な形質を受け継ぐ子 供が生まれないようにするという差別的で、原告の人格を否定する理由で、身体 に対する強度の侵襲を伴い、生殖機能を不可逆的に奪う優生手術を受けさせられ たものであり、これによって原告が大きな精神的・肉体的苦痛を受けたことは明 25 らかである。そして、かかる事情に加え、原告が本件手術によって憲法上保障さ 40 れた権利を侵害されたことや、証拠(甲43、原告本人)及び弁論の全趣旨によ れば、原告は、第一子及び第二子が女児であったこともあり、男の子が授かるこ とを期待し3人目の子供も産みたいという希望や夢を抱いていたところ、これを 差別的な理由で理不尽にも奪われてしまったことなど、本件に顕れた一切の事情 に照らすと、原告の被った苦痛は甚大なものであるというべきであり、これを慰 5 謝するには、1500万円を相当と認める。 また、本件事案の内容等の諸般の事情を考慮し、相当因果関係のある損害とし て弁護士費用150万円を相当と認める。 8 まとめ 以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、1650万円及びこれに対する令 10 和2年7月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求 める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求を棄却することとし、 本件事案の性質に鑑み、本判決送達の日から14日間の猶予期間を設けるととも に、第1項につき1480万円の担保を条件とする仮執行免脱宣言を付した上で 仮執行宣言を付すこととして、主文のとおり判決する。 15 よって、主文のとおり判決する。 静岡地方裁判所浜松支部民事部 裁判長裁判官 佐 藤 卓 20 裁判官 山 主文のとおり判決する。 15 よって、主文のとおり判決する。 静岡地方裁判所浜松支部民事部 裁判長裁判官 佐 藤 卓 20 裁判官 山 形 一 成 裁判官藤﨑彩菜は、差支えのため、署名押印することができない。 25 41 裁判長裁判官 佐 藤 卓

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