令和7年10月2日宣告令和5年(わ)第553号住居侵入、殺人未遂被告事件判決 主文 被告人を懲役5年に処する。 未決勾留日数中450日をその刑に算入する。 大津地方検察庁で保管中の唐鍬1 本(令和5年領第2129号符号1)を没収する。 理由 【罪となるべき事実】被告人は、元妻のB及びその父親のAを殺害する目的で、令和5年7月20日午前7時1分頃から同日午前7時18分頃までの間に、当時のA方敷地内に侵入し、その頃、 1 A方において、A(当時68歳)に対し、殺意をもって、手に持った唐鍬(全長約60.9センチメートル、重量約524グラム。大津地方検察庁令和5年領第2129号符号1。)をその面前で振り上げ、その身体めがけて振り下ろした 2 B(当時33歳)に対し、殺意をもって、A方2階南側洋室に逃げ込んだBを同室まで追跡した上、同室床上に尻餅をついたBの面前で前記唐鍬を振り上げ、その身体めがけて振り下ろそうとしたが、B及びAに抵抗されたため、Aに約2週間の安静を要する左側腹部打撲、右上腕切創等の傷害を、Bに全治約2週間を要する左下腿切創等の傷害をそれぞれ負わせたにとどまり、Aらを殺害する目的を遂げなかったものである。 【争点に対する判断等】 第1 事実認定について 1 被告人は、A及びBに対する各犯行時の記憶がないと述べる一方で、証拠に照らして、A及びBを殺害しようとした事実はないなどと述べ、弁護人も公判段階では事実関係を争うと主張している。 2 証人Aは、自宅1階において、突然、被告人から振り上げた唐鍬を振り下ろされ、これを取り上げようとしたところもみ合いになり、2階にいたBに逃げろ、と叫ぶなどしたが、被告人がAを振りほどいて2階に向かい、B は、自宅1階において、突然、被告人から振り上げた唐鍬を振り下ろされ、これを取り上げようとしたところもみ合いになり、2階にいたBに逃げろ、と叫ぶなどしたが、被告人がAを振りほどいて2階に向かい、Bに対しても襲い掛かろうとしたので、2階南側洋室において再び被告人ともみ合いになり、こうした一連の動きの中で負傷したと証言し、証人Bも、自宅2階にいたところ、Aの叫び声が聞こえ、様子を見に行くと階段のところで被告人と目が合い、2階南側洋室に逃げ込んだが、同室に押し入ってきた被告人が、唐鍬を振り上げて攻撃しようとしてきたので、仰向けに倒れた状態で被告人の足を蹴るなどして抵抗し、こうした際に負傷したと証言する。 A及びBの各証言には大きく矛盾する点や不自然な点はなく、各証言の核心部分の信用性に疑問を生じさせる事情も見当たらない。 この各証言は、被告人がBを逆恨みしていたこと、凶器の唐鍬を買ってBの住むA宅に行っていること、事件直後、警察官が、被告人を2階南側洋室で発見していること等とも整合する。被告人は、A及びBが証言するように被告人と長時間もみ合うことは時間的に不可能であるから、Aらの証言は事実ではないなどと指摘するが、被告人から襲われたAらがその時間を実際よりも長く感じることは十分にあり得ることであるし、襲った被告人が当時の記憶がほとんどないというのだから、襲われたAやBにも驚愕、狼狽、あるいは証言時までの時間の経過等により多少の記憶の混乱等があっても不自然ではない。A及び Bの各証言はいずれも大筋においては十分に信用できる。 3 以上を踏まえ、唐鍬の形状や信用できるA及びBの各証言から認められる犯行態様からすれば、判示認定の被告人の行為はA及びBを死亡させる危険が相応に高いものであったことは明らかであるし、A及びBの負ったけが 踏まえ、唐鍬の形状や信用できるA及びBの各証言から認められる犯行態様からすれば、判示認定の被告人の行為はA及びBを死亡させる危険が相応に高いものであったことは明らかであるし、A及びBの負ったけがが判示のようなものであったことも診断書等の証拠から認定できる。また、被告人が自ら唐鍬を購入してレンタカーを運転してA方に赴き、その唐鍬を手にしてA及びBに襲い掛かっている以上、被告人が各犯行時に自己の行為を認識し、その危険性を理解していたことに疑いを容れる余地はなく、被告人にはA及びBに対する殺意が認められる。 4 小括被告人には判示のとおりA及びBに対する殺人未遂罪が成立する。 第2 責任能力について 1 本件の主な争点は責任能力の有無及びその程度であり、弁護人は、本件犯行当時の被告人が、うつ病及び服薬の影響により、自己の行為について、してもよいことなのか悪いことなのかを判断する能力やその判断に従って行動をコントロールする能力を失っていた(心神喪失)か、少なくともこうした能力が著しく低下していた(心神耗弱)と主張するのに対し、検察官は、本件犯行当時の被告人が気分変調症を患っていたものの、心神喪失及び心神耗弱のいずれの状態にもなかったと主張する。 2 証拠によれば、被告人は、Bとの離婚騒動の最中にプロ棋士を引退するなどその生活を一変させ、その後Bに対する名誉毀損で逮捕、起訴されて有罪判決を受け、その判決が確定した12日後に本件犯行に及んでいる。本件は被告人がBらに対する恨みを募らせた逆恨み的犯 行であることは明らかといえるが、そのような犯行動機は十分に理解できる。本件犯行に現れた被告人のBらに対する攻撃性も、前件名誉毀損等で見られたBに対するそれと変わることなく、本件犯行が被告人のもともとの人格と著しく異なるものではない ような犯行動機は十分に理解できる。本件犯行に現れた被告人のBらに対する攻撃性も、前件名誉毀損等で見られたBに対するそれと変わることなく、本件犯行が被告人のもともとの人格と著しく異なるものではない。 また、証拠によれば、被告人は、当時住んでいた福岡県から新幹線で京都駅まで移動し、同駅前で事前に予約していたレンタカーを借り、滋賀県内のホームセンターで唐鍬や鉈を購入した翌日、自らレンタカーを運転してA方に向かい、A方のカーポート内で様子をうかがうなどしており、この時点までの記憶も残っているという。その後、被告人はAと遭遇したことでパニックに陥ったというものの、最終的にはBを追いかけてA方2階まで行き、恨みを抱いていたBにも襲い掛かったと認められる。被告人が考えて実行した犯行は杜撰あるいは稚拙というべき点もあるが、一貫して被告人なりの目的に沿って行動しているといえ、何の考えもなく衝動的に犯行に及んだものではない。 そして、被告人が犯行直前まで記憶を有しており、意識状態も正常であったと思われるから、自己の行動の認識に欠ける点はなく、A及びBを殺害しようとする行為が違法であることも当然に理解していたと認められる。 さらに、被告人の病名が気分変調症であれ、うつ病であれ、本件前頃の被告人の生活状況や前記認定の本件犯行前の一連の行動をみても、本件犯行時に被告人に深刻な精神障害があったことをうかがわせる事情は見当たらないし、被告人が犯行前日に処方されていた薬剤を通常より多く飲んでいたとしても、本件は一時の衝動に駆られての犯行ではないから、これにより被告人の衝動性が亢進されていたなどとも考えられない。もとより、被告人の生い立ちが本件時の責任能力に影響 するなどとは考え難い。 そうすると、被告人の精神障害(薬物の過剰摂取の点も含む。)が本 の衝動性が亢進されていたなどとも考えられない。もとより、被告人の生い立ちが本件時の責任能力に影響 するなどとは考え難い。 そうすると、被告人の精神障害(薬物の過剰摂取の点も含む。)が本件犯行に及ぼした影響が大きいとはいえず、本件犯行時に被告人が完全責任能力を有していたことに疑いはない。 3 本件で実施された被告人の精神鑑定(いわゆる起訴前鑑定)について、担当精神科医の証言するところは、その細部においては、例えば、被告人が小学校の頃から将棋中心の特殊な生活であったから一般的な社会経験を積んだことがないとする点など、必ずしも受け入れ難い点も散見されるが、その判断手法や判断内容等の大枠に誤りはなく、結論として被告人の精神障害が本件犯行に及ぼした影響は限定的である旨の証言しており、専門家の見解としてその限度では十分に採用できるものであるから、これと一致する前記の判断は同医師の証言によっても支えられているといえる。 【量刑の理由】被告人は、Bから名誉毀損で告訴されたことなどに対するいわば報復として、A及びBに対して逆恨み的に本件犯行に及んだと認められる。被告人がBとの離婚騒動で生きがいであった将棋の世界から身を引くことになり、精神的にも落ち込む日々が続いていたことは、犯行の背景事情として多少は考慮すべきものといえるし、Bの言動にも問題となる点はあったかもしれないが、だからといって襲われても仕方のないような落ち度がBらにあるとは認められず、その犯行動機自体に酌量の余地はない。 あらかじめ準備した凶器を持って自宅に押し入り、これを用いてAやBを殴打しようとした犯行が、同人らの生命を脅かす危険で悪質なものであったことに疑いはない。ただ、凶器の唐鍬は、その形状や重量等に照らし、同種事案でよく用いられる包丁等と比べて必ずしも殺傷能力 AやBを殴打しようとした犯行が、同人らの生命を脅かす危険で悪質なものであったことに疑いはない。ただ、凶器の唐鍬は、その形状や重量等に照らし、同種事案でよく用いられる包丁等と比べて必ずしも殺傷能力が高いも のとまではいえず、事前準備の点も、計画的犯行というには場当たり的で杜撰なものである。これらの点に照らせば、被告人に必ずAやBを殺してやろうといった強い殺意があったとか、本件に高い計画性があったとまではいえない。 被告人の振り上げた唐鍬がAやBに直撃したことはなく、そのけがは結果的には軽いもので済んだ。ただ、これはA及びBが必死に抵抗したからにすぎないともいえるし、同人らが本件により被った精神的苦痛は大きかったといえる。なお、被告人は、Aに抵抗された際に唐鍬を取り上げられて反撃され頭部や左眼瞼部を負傷しているが、本件直後に脳神経外科の医師により治療を受けた際の診療記録等によると、被告人の負傷の程度は被告人自身が述べているほどには重くはなく、いわゆる特別防衛に係る法の趣旨にも照らし、その負傷からうかがわれるAの反撃が、突如自宅に押し入られて襲われたAらにおいて、恐怖、狼狽のある中で応戦したものとしてやりすぎであったともいえない。 以上からすると、検察官が量刑の核心として指摘していると思われる、唐鍬が高い殺傷能力を持つことを前提とした犯行態様の危険性の高さや被告人の殺意の強さ、本件の計画性の高さはいずれも支持できず、全体としての被害結果は軽視できるものではないものの、本件による被害者2名の負傷自体はいずれも軽い部類であることをも踏まえれば、懲役10年という検察官の求刑はいささか重すぎるとの観を否めない。 その他の事情を見ると、被告人がBに対する名誉毀損で令和5年6月に執行猶予付きの判決を受けながら、1か月もしないうちに、そ えれば、懲役10年という検察官の求刑はいささか重すぎるとの観を否めない。 その他の事情を見ると、被告人がBに対する名誉毀損で令和5年6月に執行猶予付きの判決を受けながら、1か月もしないうちに、その猶予期間中であるのに本件犯行に及んでいる点は重く見るべき事情といえる。被告人は反省や謝罪の言葉を述べておらず、Bらに対する考えを改めない限りは再犯の可能性も高いと評価せざるを得ない。他方、被告人が本件審理の 過程における臨床心理士との面談等を通じて服薬や入院治療を受けるという選択肢に気付けたこと、被告人の母親の支えにも一定の期待を持てることなど、今後の更生を期待させる事情も認められる。こうした事情に加え、前記執行猶予が取り消され、本件と併せて服役することが見込まれることも併せれば、被害者2名の事案ではあるけれども、法定刑の下限である主文の刑期を定め、併せて、本件起訴前鑑定や公判前整理手続の経過等をも踏まえ、主文の未決勾留日数を算入することが相当であると判断した。 (検察官荒神直行及び德谷正明、国選弁護人関口速人(主任)及び鈴木司各出席)(求刑―懲役10年、主文同旨の没収)令和7年10月7日大津地方裁判所刑事部裁判長裁判官畑口泰成 裁判官德井隆一 裁判官松倉梨香
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