主文 1 原告らの訴えのうち,原告らが水俣病である旨の認定の義務付けを求める部分をいずれも却下する。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 (略語呼称等は本文中に掲げるもののほか別紙2「略語呼称対照表」のとおり)第1編請求 1 熊本県知事が平成27年11月30日付けで原告Aに対してした原告Aの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 2 熊本県知事は,原告Aに対し,公健法4条2項に基づき,原告Aがかかっている疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 3 熊本県知事が平成27年11月30日付けで原告Bに対してした原告Bの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 4 熊本県知事は,原告Bに対し,公健法4条2項に基づき,原告Bがかかっている疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 5 熊本県知事が平成27年11月30日付けで原告Cに対してした原告Cの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 6 熊本県知事は,原告Cに対し,公健法4条2項に基づき,原告Cがかかっている疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 7 熊本県知事が平成28年5月12日付けで原告Dに対してした原告Dの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 8 熊本県知事は,原告Dに対し,公健法4条2項に基づき,原告Dがかかって いる疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 9 熊本県知事が平成28年2月12日付けで原告Eに対してした原告Eの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 いる疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 9 熊本県知事が平成28年2月12日付けで原告Eに対してした原告Eの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 10 熊本県知事は,原告Eに対し,公健法4条2項に基づき,原告Eがかかっ ている疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 11 熊本県知事が平成28年2月12日付けで原告Fに対してした原告Fの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 12 熊本県知事は,原告Fに対し,公健法4条2項に基づき,原告Fがかかっ ている疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 13 鹿児島県知事が平成28年2月10日付けで原告Gに対してした原告Gの水俣病認定申請を棄却する旨の処分を取り消す。 14 鹿児島県知事は,原告Gに対し,公健法4条2項に基づき,原告Gがかか っている疾病が,本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をせよ。 第2編事案の概要等本件は,原告Gが鹿児島県知事に対し,その余の原告らが熊本県知事に対してそれぞれ公健法4条2項に基づく水俣病認定申請をしたところ(以下,これらの申請 をまとめて「本件各申請」という。),熊本県知事及び鹿児島県知事が本件各申請をいずれも棄却する処分をしたことについて(以下,これらの棄却処分をまとめて「本件各処分」という。),原告Gが被告鹿児島県に対し,また,その余の原告らが被告熊本県に対し,それぞれ本件各処分の取消しを求めるとともに,原告らが本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを 求めた事案である。 第1章関係法令の定め等第1 関係法令の定め を求めるとともに,原告らが本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを 求めた事案である。 第1章関係法令の定め等第1 関係法令の定め本件に関係する主な法令の定めは別紙3「関係法令の定め」のとおり第2 公健法等の概要 1 目的等 公健法は,事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁(水底の底質が悪化することを含む。)の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償並びに被害者の福祉に必要な事業及び大気の汚染の影響による健康被害を予防するために必要な事業を行うことにより,健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図 ることを目的とし(公健法1条),昭和48年に制定された。 公健法に先立ち,救済法が昭和44年に制定され,公健法の施行に伴って廃止された(公健法附則2条,1条)。救済法は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発した場合において,当該疾病にかかった者に対し,医療 費,医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより,その者の健康被害の救済を図ることを目的とするものである(救済法1条)。(乙A5) 2 第二種地域公健法上,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚 濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域を第二種地域という(公健法2条2項)。また,これらの政令においてはその疾病を定めなければならない(同条3項)。 以 物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域を第二種地域という(公健法2条2項)。また,これらの政令においてはその疾病を定めなければならない(同条3項)。 以上を受け,公健法施行令は,第二種地域として,熊本県の区域のうち,水 俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち,出水市の区域(本件区域) を掲げ,本件区域に係る疾病として水俣病を掲げている(公健法施行令1条,別表第二)。(乙A5) 3 認定及び補償の内容公健法は,第二種地域である本件区域の全部又は一部を管轄する都道府県知事が,本件区域につき水俣病にかかっていると認められる者の申請に基づき, 認定審査会の意見を聴いた上で,水俣病が本件区域に係る水質の汚濁の影響によるものである旨の認定をし,その認定を受けた者に対し,公害医療手帳を交付する旨を定めている(公健法4条2項,同条1項,同条4項)。 また,公健法は,補償給付として,①療養の給付及び療養費,②障害補償費,③遺族補償費,④遺族補償一時金,⑤児童補償手当,⑥療養手当,⑦葬祭料を 定めている(公健法3条)。(乙A5)第2章前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。ただし,書証の枝番号は省略することがある。また,事実の摘示に当たっては,書証の引用部分であっても,旧字を現在の漢字に改め,又は漢数 字を算用数字に改めた箇所がある。以下同じ。)第1 水俣病の概要等 1 水俣病の意義水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀の一種であるメチル水銀を経口摂取することにより起こる中毒性中枢神経系疾患である。 水俣病の原因物質であるメチル水銀は,チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成され,チッ た有機水銀の一種であるメチル水銀を経口摂取することにより起こる中毒性中枢神経系疾患である。 水俣病の原因物質であるメチル水銀は,チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成され,チッソ水俣工場の廃水に含まれて工場外に流出したものであった。水俣病は,このメチル水銀が,水俣湾又はその周辺海域の魚介類に蓄積され,その魚介類を多量に経口摂取した者の体内に取り込まれて,大脳,小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされる中毒性 中枢神経系疾患である。(乙A6,9,11・5頁) 2 水俣病の症候の概要水俣病の主要な症候としては,感覚障害,運動失調,求心性視野狭窄,難聴があり,その他に,平衡機能障害,歩行障害,構音障害,筋力低下,振戦(ふるえ。以下同じ。),眼球運動異常等が確認されている(ただし,その具体的な病像は,後述のとおり,本件の争点である。)。水俣病の患者には重症例から軽 症例まで多様な形態がみられ,病状が重篤なときは死亡するに至る(以下,単に「水俣病」という場合には水俣湾又はその周辺海域で発生したメチル水銀中毒症をいい,新潟県阿賀野川流域で発生したメチル水銀中毒症を指す場合には「新潟水俣病」という。)。(乙A11・53頁,弁論の全趣旨)第2 当事者等 1 原告ら原告らは,昭和28年▲月から昭和35年▲月までの間に出生し,第二種地域である本件区域に含まれる水俣湾周辺を含む不知火海沿岸地域に居住し又はかつて居住していた者である。(乙C1の16,乙C2の14,乙C3の5,乙C4の8,乙C5の6,乙C6の5,乙C7の1) 2 被告ら被告らは,公健法に基づき,第二種地域である本件区域の全部又は一部を管轄する県である。 3 チッソチッソは,明治39年,日本窒素肥 ,乙C5の6,乙C6の5,乙C7の1) 2 被告ら被告らは,公健法に基づき,第二種地域である本件区域の全部又は一部を管轄する県である。 3 チッソチッソは,明治39年,日本窒素肥料株式会社(設立当初の称号は曾木電氣 株式会社,明治41年に株式会社日本カーバイト商会と合併。)として設立され,水俣において石灰窒素法による肥料工場として発足し,硫安を製造販売していたが,大正14年に合成アンモニア及び硫安の工場を建設し,昭和7年にはアセトアルデヒドの生産を開始し,各種化学製品を製造してきたものであり,昭和25年,同会社の工場等の設備を承継した新日本窒素肥料株式会社が設立 され,その後,昭和40年1月にチッソ株式会社と商号変更し,現在に至って いる。(甲A18,乙B235)第3 水俣病の発見の経緯及びその概要 1 チッソによるメチル水銀の排出チッソは,昭和7年からチッソ水俣工場においてアセトアルデヒドの製造を始め,その製造過程において,有機水銀の一種であるメチル水銀が生成された。 チッソは,このメチル水銀を,昭和7年から昭和33年8月まではチッソ水俣工場の南西方向に位置する百間水門(排水口)を経由して水俣湾に排出し,昭和33年9月から昭和34年10月まではチッソ水俣工場の北方向に位置する八幡プールを経由して水俣川河口から八代海に排出し,その後,昭和43年5月にアセトアルデヒドを製造中止するまで,再び百間水門を経由して水俣湾に 排出した(別紙4-1「水俣市概要図」(以下,単に「別紙4-1」という。),別紙4-2「不知火海沿岸図」(以下,単に「別紙4-2」という。)参照))。 (乙B1・52,53頁,B2・2,21,26頁) 2 水俣病の公式発見の日水俣市の不知火海に面する沿岸地域に,原因不 別紙4-2「不知火海沿岸図」(以下,単に「別紙4-2」という。)参照))。 (乙B1・52,53頁,B2・2,21,26頁) 2 水俣病の公式発見の日水俣市の不知火海に面する沿岸地域に,原因不明の中枢神経疾患患者が昭和 28年頃から散発的に発生しており,昭和31年5月1日,チッソの水俣工場附属病院から,水俣保健所に対し,脳症状を主とする原因不明の患者が4名発生して入院した旨の報告がされた(なお,同日を「水俣病の公式発見の日」という。)。(甲A20・2頁,乙A11・3,4頁,乙A34)そして,上記報告を受け,水俣保健所等が調査をしたところ,昭和28年頃 から同様の症候を呈する患者が発生していたこと,昭和32年1月の時点で54名の患者が発生し,うち17名が死亡していたことが判明した。(甲A14,乙A34) 3 原因究明の取組み昭和31年5月28日には「水俣奇病対策委員会」が結成され,同年8月に は「熊大医学部水俣病研究班(以下「熊大研究班」という。)」が組織されるな どし,前記疾患の原因究明の取組みが組織的に開始された。 昭和31年11月開催の熊大研究班の研究報告会において魚介類との関係が一応疑われるとの報告がされ,昭和32年1月25日開催の国立公衆衛生院での国や被告熊本県の関係者も参加した合同研究発表会において,重金属による中毒とみなされ,中毒物質としてはマンガンが最も有力視され,魚介類の摂取 が原因であるとの一応の結論に達した。被告熊本県は,水俣市の住民に対して水俣湾の魚介類を摂取しないように呼び掛けるとともに,湾内での漁業を自粛するよう,地元の漁協に申し入れた。このような行政指導の結果,昭和31年12月以降,しばらくの間は,新たな患者の発生がみられなくなった。(甲A10,甲A12,甲A16 るとともに,湾内での漁業を自粛するよう,地元の漁協に申し入れた。このような行政指導の結果,昭和31年12月以降,しばらくの間は,新たな患者の発生がみられなくなった。(甲A10,甲A12,甲A16,甲A20・4頁,21,乙A34) 4 漁業自粛の申入れ昭和33年8月,新たな水俣病患者の発生が確認された。この患者は,水俣湾の魚介類を自ら捕獲して,多量に摂取したものであった。被告熊本県は,水俣湾の魚介類を摂取しないことを周知徹底させるべく,住民に対して改めて広報活動を行うとともに,地元の漁協に対し水俣湾海域での漁業を絶対に行わな いように指導通達した。(甲A16,19,20) 5 チッソの排水の放出経路の変更昭和33年9月,チッソは,チッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設からの排水の放出経路を,水俣湾内にある百間港から湾外の水俣川河口付近へと変更した。その結果,昭和34年3月以降,水俣湾外の海域で漁獲された魚介 類を多食していた者についても水俣病の発症が確認され,湾外の魚介類も危険視されることになった。(乙A11・11,153頁) 6 熊大研究班の報告等熊大研究班は,昭和34年7月に開催された研究班会議において,水俣病の症状が有機水銀中毒の症状(いわゆるハンター・ラッセル症候群)と一致する などの理由から,水俣病は,現地魚介類中に含まれているアルキル水銀化合物 (有機水銀の一種)の中毒症であり,無機水銀中毒症と異なった有機水銀中毒症であるとの見解を発表した。(乙A11・7,8頁,乙B7・21頁) 7 原因の確定等⑴ チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造中止チッソは,昭和43年5月,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの 製造を中止した。(甲A32・195頁)⑵ 国によ 原因の確定等⑴ チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造中止チッソは,昭和43年5月,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの 製造を中止した。(甲A32・195頁)⑵ 国による政府見解の発表国は,昭和43年9月,水俣病はチッソ水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成され工場排水に含まれていたメチル水銀が原因で発生したものである旨の政府見解を発表した。(乙A11・157頁) 第4 水俣病に関連する報道等の状況等 1 水俣湾周辺地域の概況⑴ 昭和31年同年11月4日,熊大研究班が中間報告会を開催し,ある種の重金属による中毒と考えられ,その中毒物質としてはマンガンが最も疑われ,人体への 侵入は主として魚介類によるものであろうと発表した。同日以降,被告熊本県衛生部は,魚介類の摂取が危険である旨を現地住民に対して指導するようになった。(甲A20・3頁)⑵ 昭和32年ア同年1月になると,水俣の奇病として新聞等で繰り返し報道されるよう になり,同年3月には,各種報道機関の報道により,水俣の漁業が停止状態にされたため,患者家族の生活問題,水俣市内の旅館,市場,一般家庭に対する二次的影響が現れて,社会問題化してきた。(甲A20・4頁,甲B72,弁論の全趣旨)イ同年3月25日頃,熊本県葦北郡津奈木村(以下「津奈木村」又は「津 奈木町」という。)における猫の狂死事件と操業自粛警告 同日頃,当時患者が発生していなかった津奈木村において,猫の狂死(少なくとも15匹)が発生した。その原因は,「津奈木村福浜地曳網業(加工兼業)e1」が,同年「3月23日水俣市袋湾において地曳網を操業。片口小羽いわし…を漁獲」し,その片口小羽いわしを近隣の猫が摂食したことによるものであった。 因は,「津奈木村福浜地曳網業(加工兼業)e1」が,同年「3月23日水俣市袋湾において地曳網を操業。片口小羽いわし…を漁獲」し,その片口小羽いわしを近隣の猫が摂食したことによるものであった。 これを受けて,被告熊本県芦北事務所長は,調査後,各町村並びに各漁協長あて,危険区域での操業を自粛するよう警告するとともに今後の注意事項等文書をもって指示した。そして,「今後の処置」として「水俣市の竒(ママ)病の今後の進展如何によっては水俣市以北の海域も危険区域として想定されるので危険区域での操業自粛は勿論津奈木村以北での操業を 奨める。」と指摘した。 上記調査では,「水俣市沿岸の魚類の状況並びに漁民の要望」として,「袋湾口及び水俣市地先のいわし類は,恰も人間が酒に酔ったようにしている。偶々回遊群を見付けても曽根の上で網が張れない」,「ボラ,コノシロ,いわしの回游が減った」,「今のところ被害は水俣市だけであるが今後 潮流の関係で津奈木村地先海岸にも汚染海水が北上する惧れがあり漁場は狭隘となる」,「地先海岸で獲った魚でも販売所へもっていくと芦北のものといえば二足三文でしか買ってくれないのではじめは天草のものといって売っていたが,いまでは信用してくれない」などと報告されている。(乙A28) ウ同年3月25日水俣漁協から周辺漁協への自主的な操業禁止要請水俣漁協が,周辺漁協に対し,「当地区に発生致しました水俣奇病に関しまして(中略)発病の諸条件からして一応明神鼻内まてがた(判決注記:湾口の通称)を中心とし,恋路島を以て囲まれた沿岸が想定危険海域と認定せざるを得ない状態に立ち到りました。ここに於て奇病発生の防止 と世間の風評による魚価の低下を避けるため本組合と致しましても自主的 に操業を禁止する事と致し 沿岸が想定危険海域と認定せざるを得ない状態に立ち到りました。ここに於て奇病発生の防止 と世間の風評による魚価の低下を避けるため本組合と致しましても自主的 に操業を禁止する事と致しました。最近に於ては本組合員が操業を中止して居る間隙に乗じ,上記海域で操業する漁業者が少なくありません。爾今本組合と致しましては前記理由により水俣警察署を通じ厳重に取り締まる事に致し既に手配を完了致しました。」として,自主的な操業禁止を求めた。(乙A40) ⑶ 昭和33年被告熊本県から各漁協に対する操業自粛の通知及び指導被告熊本県経済部長は,同年8月21日,水俣湾沿岸の各漁協組合長に対し,従前からの操業自粛の申合せを遵守するよう通知するとともに,熊本県内各漁協組合長,熊本県漁協連合会会長及び九州各県の水産主務部長らに対し,水俣湾内での操業を行わないよう指導するように,想定危険海域(別紙 4-4「水俣市地先漁場図」のとおり,「第三案線」で囲まれた範囲に加え,明神岬の沖合付近〔おおむね「火共38」ないし「火共41」を囲む範囲〕)の図面を添付して通知した。(甲B72・134頁,乙A29)⑷ 昭和34年ア同年2月 同年2月,水俣川河口付近である船津の漁師が発病し,その後,同年9月にかけて同付近で5人の発症が続き,水俣湾外で採取された魚介類も危険であるとのおそれが生じた。(乙A11・11頁)イ同年6月16日想定危険海域の拡大水俣漁協は,前記⑶で述べた想定危険海域を,津奈木村勝崎から恋路島 外端,鹿児島県と熊本県境を結んだ線(別紙4-6「水俣地先の操業自粛区域設定圣過図」(以下,単に「別紙4-6」という。)の最も外側の線で囲まれた範囲。同図右下の操業自粛区域設定圣過年月「34.7」のもの)まで拡大した 県境を結んだ線(別紙4-6「水俣地先の操業自粛区域設定圣過図」(以下,単に「別紙4-6」という。)の最も外側の線で囲まれた範囲。同図右下の操業自粛区域設定圣過年月「34.7」のもの)まで拡大した。(甲B72・136頁,乙A30)ウ同年7月30日水俣市鮮魚小売商組合による不買決議 同年7月30日には,「最近まだ袋湾よりずっと北側の水俣川沖合で3, 4ヵ月前まで操業していた漁夫が水俣病にかかり,市民にはいよいよ“魚は恐い”という潜入意識が強くなり,(中略)魚市場に水揚げされる魚介類のうち,たとえそれが,鹿児島,天草のものでも市民には一応疑惑の念がもたれている」ことから,水俣市鮮魚小売商組合は,水俣漁協の漁獲した魚介類につき,天草,鹿児島などを除く水俣近海で獲れた魚は,たとえ それが禁漁区外のものであっても,同年8月1日以降,一切取り扱わない旨決議し,同年7月31日に水俣漁協に通告した。これにより,水俣「湾内の水揚げはゼロになった」。(乙A31の1・2,乙A32・4頁)エ同年9月18日葦北沿岸漁業振興対策協議会の申入れ「吉田葦北町長はじめ同郡各町村長,山石,高木,田中漁業調整委員ら 葦北沿岸漁業振興対策協議会の代表十四人」が,「水俣病の影響により葦北郡内でも最近ネコがどんどん死に,死魚や仮死状態の浮遊魚が増え,漁民はもちろん仲買商の魚の売れ行きがガタ減り,郡民の不安はつのるいっぽうなので,善処してほしい。」などとして,チッソ工場に陳情をした。 (乙A31の3) オ同月18日水俣川下流域や河口付近の住民が水俣病と診断水俣市(住所省略)(水俣川下流域)に居住するH,同市(住所省略)(水俣川河口)に居住するIを含む3名が水俣病と診断された。(乙A31の3)カ同月23日水俣市以外 付近の住民が水俣病と診断水俣市(住所省略)(水俣川下流域)に居住するH,同市(住所省略)(水俣川河口)に居住するIを含む3名が水俣病と診断された。(乙A31の3)カ同月23日水俣市以外の地域で初めて水俣病患者発生 津奈木村において1人目の水俣病患者が発生した。この出来事は,水俣市以外の地域で発生した初めての患者であったため,危険水域が予想よりも広範であったことを示唆するものとして,新聞各紙で報道され(乙A31の4・5・6),被告熊本県水産課(当時)作成に係る記録においても,「危険海域拡がるとして新な(ママ)波紋」と評された。(乙A32・9 枚目) また,後の同年11月8日には,「患者を出したこの九月から村(判決注記:津奈木村)の漁師がとった魚は売れなくなった」と報じられた。 (乙A31の2)キ同年9月25日葦北郡湯浦町福浦(通称女島)地区のJが発病同日,水俣保健所の伊藤所長らから,総合診察の結果,女島地区のJに ついて,確証はつかめていないが,水俣病の疑いがあると発表された。 (乙A31の8)ク同月26日津奈木村長の請願同日,津奈木村長が,上記カの水俣病患者発生に伴い,その対策について水俣病対策特別委員会に請願した。(乙A32・9枚目) ケ同月28日津奈木漁協が会合を開催同日,津奈木村漁協が,津奈木公民館に組合員を集めて会合を開き,近くチッソ工場と団体交渉し,被告熊本県当局にも働きかけることを申し合わせた。(乙A31の9)コ同年9月30日津奈木村漁民総決起大会 同日,津奈木村漁協が,水俣病に関し,漁民総決起大会を開催した。 (乙A32・10枚目)サ同年10月1日葦北沿岸漁業振興対策協議会開催同日,葦北郡の各町村長,議長,漁協長,漁業調 同日,津奈木村漁協が,水俣病に関し,漁民総決起大会を開催した。 (乙A32・10枚目)サ同年10月1日葦北沿岸漁業振興対策協議会開催同日,葦北郡の各町村長,議長,漁協長,漁業調整委員で組織する葦北沿岸漁業振興対策協議会が開催され,各漁協ごとに開催された漁民決起大 会の決議事項等が報告されるとともに,同月3日には,同協議会が県庁を訪問し,漁民の実情を訴えるなどすることが決まった。(乙A31の10)シ同月2日葦北郡津奈木村婦人会が緊急役員会「いまでは一隻の漁船も出動していない状態で余分の貯えもない漁民は収入の道を断たれその日の米にもことか」いていることから,同日,葦北 郡津奈木村婦人会が緊急役員会を開催し,漁民の窮状を救うため,米一合 以上の拠出運動を展開することを決めた。(乙A31の11)ス同月6日津奈木村水俣病対策村民大会津奈木村公民館で,地元選出の福永一臣代議士と田中県議会議員を招いて,水俣病対策村民大会が開かれた。(乙A32・10枚目)セ同月8日チッソ工場長らに陳情 同日,葦北沿岸漁業振興対策協議会関係者など12人がチッソ工場長らに現状を訴え,「同市八幡(水俣川河口)の工場排水の即時中止を要望した」。また,同月9日には「村内はもちろん,葦北郡下に大きな波紋を投げた。とくに津奈木村漁民は魚の販路を絶たれ,生活は極度に苦しくなった」と報じられた。(乙A31の7) ソ同月14日不知火海水質汚濁防止対策委員会開催同日,熊本県漁連会長,宇城,八代,葦北沿岸,天草の各部会長ら17名が出席し,同月17日に漁民約1500人を集めて熊本県漁民総決起大会を開催し,チッソ工場へ「浄化設備の完成まで八幡(水俣川口)の排水中止」などを求めることを決めた。(乙A31の 草の各部会長ら17名が出席し,同月17日に漁民約1500人を集めて熊本県漁民総決起大会を開催し,チッソ工場へ「浄化設備の完成まで八幡(水俣川口)の排水中止」などを求めることを決めた。(乙A31の12) タ同月14日津奈木村で2人目の患者同日,津奈木村で更に1名が水俣病と診断された。(乙A31の13)チ同月17日 1500人規模のデモ上記ソの決定を受けて,同日,漁民総勢1500人が,チッソ工場からの排水の即時中止などを求めてデモ行進し,「熊本県漁民総決起大会」を 開催,チッソ水俣工場へ申し入れを実施した。(乙A31の14・15)この出来事は「第2次漁民紛争はじまる」と評されている。(乙A33)ツ同年11月2日 2000人規模のデモ同日,葦北など不知火海沿岸漁民が2000人規模のデモを実施し,100人余りの負傷者が出た(なお,同年11月2日の熊本日日新聞では, 4000人規模のデモとされている。)。(乙A33,31の16) テ同月21日津奈木村で更なる水俣病患者の確認同日,津奈木村福浜字福浦の児童が水俣病と診断された。(乙A31の17)ト同月22日女島地区の住民男性入院同日,女島地区の住民男性が水俣市立病院に入院した。上記住民男性の 自宅は,上記テの児童宅から北に約2㎞の地点であった。(乙A31の8・17)ナ同月25日女島地区の住民男性総合診断水俣市立病院において,熊大第一内科の徳臣医師らによる「総合診察」の結果,女島地区の住民男性は「意識不明であり種々の臨床検査に対して 反応がないため水俣病との確証はつかめない。ただ同人の家族から発病状況と経過を聞いてみると水俣病の疑いは濃厚」と判断された。(乙A31の8)ニ同月27日及び28日女島地 検査に対して 反応がないため水俣病との確証はつかめない。ただ同人の家族から発病状況と経過を聞いてみると水俣病の疑いは濃厚」と判断された。(乙A31の8)ニ同月27日及び28日女島地区と津奈木村の住民男性死亡同月27日,女島地区の住民男性が,また,同月28日,津奈木村の住 民男性がそれぞれ死亡した。なお,住民男性の遺体は,即日,解剖され,水俣病り患の有無が確定するのは2か月後とされた。(乙A31の18)ヌ同年12月14日同日の新聞では,「水俣病広がる波紋」,「本渡もノイローゼ」と題して,本渡市(現天草市。)においても,「水俣病の映画,テレビニュースがあっ ていらい本渡市では子供たちの間に魚に対する不安の声がひろがり,本渡市北小学校では父兄たちが心配し十六日医師を招いて専門の立場から水俣病と魚の説明をきこうということになっているほど」となっており,本渡漁協で緊急幹部会を開催し声明を出す事態となっていると報じられた。また,魚の売れ行きについても,「水俣病のあおりを食らって本渡市漁協経 営の魚市場まで売れ行き不振に悩んで」おり,昭和34年に入ってから水 揚げが落ち,同年「12月に入ってその傾向が目立っており,この分だと4割減」などと報じられた。(乙A31の19) 2 原告らの居住地域及びその周辺地域の漁獲高の推移⑴ 水俣漁協作成の昭和32年1月17日付け要望書には,「昭和二十九年秋頃から魚類の回游(ママ)は減少し介(ママ)藻類の繁殖は止り昭和三十年 以降に至っては其の損害は特に甚だしく介(ママ)藻類は斃死し魚類の回游(ママ)も亦激減して,この優秀な漁場を唯一の生活源として来た漁民は其の生活の根拠を失うに至り,事漸く重大な社会問題化する段階に立ち至りました。」と記載されている。(乙 ママ)藻類は斃死し魚類の回游(ママ)も亦激減して,この優秀な漁場を唯一の生活源として来た漁民は其の生活の根拠を失うに至り,事漸く重大な社会問題化する段階に立ち至りました。」と記載されている。(乙A36・1枚目)昭和32年の水俣市漁獲高調によれば,水俣市茂道の漁獲高は,昭和25 年から昭和28年までの4年間の平均が4万0416貫(151.56トン)であったのに対し,昭和29年には2万9620貫(111.075トン。 上記4年間の平均の73%に相当する。),昭和30年には1万4004貫(52.515トン。同35%に相当する。),昭和31年には5449貫(20.43375トン。同13%に相当する。)と,激減していた。(乙A 37・366~369頁)第5 水俣病の補償事業等の概要及び経緯 1 佐々委員会の報告内容等昭和44年8月に財団法人日本公衆衛生協会が厚生省から研究の委託を受けて佐々貫之を委員長として設置した佐々委員会によって,公害に係る健康被害 の救済制度の確立と円滑な運用に資するため,制度の対象とする疾病の名称,続発症,検査項目等について検討がされた結果,有機水銀関係について,政令に織り込む病名としては「水俣病」を採用するのが適当であること,水俣病の定義は「魚貝類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」とすること等,概ね,別紙5「補償事業等における通知等の内容」(以 下,単に「別紙5」という。)記載1の意見が取りまとめられ,かかる佐々委 員会の意見を受けて,救済法施行令別表に「水俣病」が規定されるに至った。 (乙A6,9,弁論の全趣旨) 2 昭和46年事務次官通知環境庁事務次官は,昭和46年8月7日,救済法の趣旨とするところを明らかにし,健康被害救済制度の円滑な運 「水俣病」が規定されるに至った。 (乙A6,9,弁論の全趣旨) 2 昭和46年事務次官通知環境庁事務次官は,昭和46年8月7日,救済法の趣旨とするところを明らかにし,健康被害救済制度の円滑な運用を期するものとして,昭和46年事務 次官通知を発出した。昭和46年事務次官通知には,運用に当たって留意すべきこととして,別紙5記載2のとおりの事項が挙げられている。(乙A7) 3 救済法から公健法への切り替え昭和48年に制定された公健法が翌年に施行されたことにより救済法は廃止され(公健法附則2条),公健法施行の際に救済法3条1項に基づく認定の申 請をしている者に対しては,従前の例によりその認定をすることができるものとされた(公健法附則4条1項)。 また,公健法は,救済法に比べて給付内容を拡充し,同法において規定された疾病に2種類のものがあることを法文上整理してその要件を各別に定めるなどしたほかは,ほぼ同法の内容を引き継ぎ,認定の効力についても,公健法の 施行時までに救済法上の認定を受けた者及び公健法の施行時までにした救済法上の認定の申請に基づきそれ以後に従前の例による認定を受けた者を,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けた者とみなす(公健法附則3条,4条2項)などするもので,救済法による救済措置は,公健法による救済措置に連続性をもって切り替えられた。 4 昭和52年通知及び昭和52年判断条件環境庁企画調整局環境保健部長は,水俣病の認定業務において参考にすべき後天性水俣病の判断条件をとりまとめ,昭和52年7月1日,昭和52年通知として発出した。同通知に記載された昭和52年判断条件は,別紙5記載3のとおりである。(乙A3,7) 5 昭和53年事務次官通知 環境庁事務次官は,昭和 月1日,昭和52年通知として発出した。同通知に記載された昭和52年判断条件は,別紙5記載3のとおりである。(乙A3,7) 5 昭和53年事務次官通知 環境庁事務次官は,昭和53年7月3日,公健法の趣旨に照らし留意すべき事項を整理し,再度明らかにするものとして,昭和53年事務次官通知を発出し,その内容は,別紙5記載4のとおりである。(乙A12) 6 昭和56年通知環境庁企画調整局環境保健部長は,昭和56年7月1日,小児水俣病の判断 条件を取りまとめたとして,昭和56年通知を発出し,その内容は,別紙5記載5のとおりである。(乙B135) 7 平成7年政治的解決⑴ 平成7年12月15日,当時の与党3党(自由民主党,日本社会党,新党さきがけ)が,被害者団体,被告熊本県,関係省庁等の関係当事者間の合意 を踏まえ,国が行う施策を定めた最終解決策を閣議決定するとともに,水俣病問題の解決に当たっての内閣総理大臣談話を発表した。 ⑵ これを受けて,水俣病総合対策事業の継続及び申請受付再開が決定され,平成8年1月12日,同対策実施要領(環保企第14号)が公布された。同実施要領によれば,同対策は,「水俣病発生地域において,過去に通常のレ ベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性がある者に対し,健康診査等を実施する」こと(以下「健康管理事業」という。),また,「水俣病にもみられる四肢末端の感覚障害を有すると認められる者に対して,療養費,はり・きゅう施術費及び療養手当を支給し」,もしくは,「水俣病にもみられる神経症状を有すると認められる者(四肢末端優位の感覚障害を有すると認め られる者を除く。)に対してはり・きゅう施術・温泉療養費等を支給する」こと(以下「医療事業」という。)により,当該地域における健康 を有すると認められる者(四肢末端優位の感覚障害を有すると認め られる者を除く。)に対してはり・きゅう施術・温泉療養費等を支給する」こと(以下「医療事業」という。)により,当該地域における健康上の問題の軽減・解消を図ることが目的とされていた。 ⑶ 医療事業の対象地域は,「通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露の可能性があり,水俣病患者が多発した地域として関係県知事が定める地域」とさ れ,医療手帳の交付の対象は,「昭和43年12月31日以前に,対象地域 に相当期間居住しており,かつ,水俣湾若しくはその周辺の水域の魚介類を多食したと認められる者」又は「その他昭和43年12月31日以前に,水俣湾若しくはその周辺の水域の魚介類を多食したと認められる者」の「いずれかに該当することにより通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性がある者であって水俣病にもみられる四肢末端の感覚障害(その原因 が明らかであるものを除く。以下「特定症候」という。)を有すると認められるもの」であるとされた。 また,保健手帳の交付の対象は,「医療手帳の交付を申請し,医療手帳の交付を受けられなかった者のうち」,上記の「いずれかに該当することにより通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があるものであっ て,別に定める水俣病にもみられる神経症状(その原因が明らかであるものを除く。以下「指定症状」という。)を有すると認められるもの」とされている。なお,指定症状については,「全身同程度の感覚障害又は触覚・痛覚のいずれかに四肢末梢優位の障害が認められ,かつ,しびれ・ふるえ・めまい・視野狭窄等のうち1項目でも有する」こととされた。 ⑷ 平成7年政治的解決による医療手帳の交付申請は,平成8年1月22日から同年7月1日までにしな が認められ,かつ,しびれ・ふるえ・めまい・視野狭窄等のうち1項目でも有する」こととされた。 ⑷ 平成7年政治的解決による医療手帳の交付申請は,平成8年1月22日から同年7月1日までにしなければならないとされた。 (以上につき甲A48,乙B47,48) 8 水俣病総合対策医療事業⑴ かつて水俣湾周辺地域に居住し,後に関西地方に移り住んだ者らが,自ら が水俣病にり患したと主張して,国,被告熊本県及びチッソに対して国家賠償法1条1項及び不法行為に基づく損害賠償請求をした事案において,最高裁判所は,平成16年10月15日,国及び被告熊本県の責任を認めた大阪高等裁判所の判断を是認する旨の判決をした(関西訴訟最高裁判決)。これを受け,政府は,水俣病総合対策医療事業を拡充することとし保健手帳(水 俣病総合対策医療事業の新保健手帳)の申請交付を再開した。 ⑵ 前記⑴の水俣病総合対策医療事業の新保健手帳の交付申請は,平成17年10月13日から再開され,平成22年7月31日に受付を終了した。(弁論の全趣旨,顕著な事実) 9 特措法⑴ 平成21年7月15日,特措法が制定された。特措法は,関西訴訟最高裁 判決を機に新たに水俣病問題をめぐって多くの者が救済を求めており,その解決に長期間を要することが見込まれることから,公健法に基づく判断条件を満たさないものの救済を必要とする者を水俣病被害者として受け止め,その救済により地域における紛争を終結させ,水俣病問題の最終解決等を図ることを目的として制定されたものである(特措法前文及び1条)。特措法は, 政府において,過去に通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性があり,かつ四肢末梢優位の感覚障害を有する者及び全身性の感覚障害を有する者その他の四肢 及び1条)。特措法は, 政府において,過去に通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性があり,かつ四肢末梢優位の感覚障害を有する者及び全身性の感覚障害を有する者その他の四肢優位の感覚障害を有する者に準ずる者を早期に救済するため,一時金,療養費及び療養手当の支給に関する方針を定めることとし(特措法5条),これを受け,平成22年4月16日に特措法の救 済措置の方針が閣議決定された。 ⑵ 特措法に基づく被害者手帳の交付申請は,平成22年5月1日から平成24年7月31日までにしなければならないとされた。 (以上につき,甲A26,乙B49,弁論の全趣旨) 10 平成25年最高裁判決及び総合的検討通知 最高裁判所は,平成25年4月16日,救済法又は公健法に基づく水俣病認定申請を棄却する処分を受けた者が,その処分の取消しと本件区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定等の義務付けを求める2件の訴訟について,原審が上記処分の取消しと義務付けを求める請求をいずれも認容すべきとした事件については上告を棄却する旨の判決を,また,原審が上記処分の 取消しを求める請求を棄却し,義務付けを求める請求を却下すべきとした事件 については原判決を破棄し,これを原審に差し戻す旨の判決をした(平成25年最高裁判決)。 平成25年最高裁判決は,公健法4条2項に基づく水俣病の認定においては,「裁判所において,個々の経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し,個々の具体的な症状と原因物質との間の個別的な 因果関係の有無等を審理の対象として,申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に判断すべきものと解するのが相当である。」として,「昭和52年判断条件は,水俣病にみられる各症状が 間の個別的な 因果関係の有無等を審理の対象として,申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に判断すべきものと解するのが相当である。」として,「昭和52年判断条件は,水俣病にみられる各症状がそれぞれ単独では一般に非特異的であると考えられることから,水俣病であることを判断するに当たっては,総合的な検討が必要であるとした上で,上記症候の組合せが認められる場合には,通常 水俣病と認められるとして個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要がないとするものであり(中略),他方で,上記症候が認められない場合についても,経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を具体的に検討した上で,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等に係る個別具体的な判断により水俣病と認定する余地 を排除するものとはいえないというべきである。」と判示した。 これを受け,環境省総合環境政策局環境保健部長は,平成26年3月7日,昭和52年判断条件に示された症候の組合せが認められない場合における総合的検討のあり方を整理した総合的検討通知を関係各都道府県知事及び政令市市長に対して発出した。総合的検討通知には,別紙5記載6のとおりの事項が掲 げられている。(乙A4,顕著な事実)第6 水俣病の病理・症候及び本件に係る医学的知見水俣病の病理・症候については,以下で摘示する点の限度で当事者間に争いがなく,又は掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる。 1 メチル水銀について ⑴ 水銀及びその化合物 水俣病の原因物質がメチル水銀化合物であることは前記第1の1のとおりであるところ,水銀は,地球に普遍的に存在する元素の一つであり,水銀及びその化合物は,その化学的性質によって の化合物 水俣病の原因物質がメチル水銀化合物であることは前記第1の1のとおりであるところ,水銀は,地球に普遍的に存在する元素の一つであり,水銀及びその化合物は,その化学的性質によって分類すると,金属水銀,無機水銀化合物及び有機水銀化合物の3種類に分けられ,メチル水銀は,このうちの有機水銀化合物中のアルキル水銀の一種と分類される。 ⑵ 金属水銀,無機水銀化合物及び有機水銀化合物の毒性ア金属水銀金属水銀は,消化管からの吸収がほとんどないため,経口毒性をほとんど持たないが,経気的に取り込まれると肺胞でその一部が血液に移行し,金属水銀蒸気が脳に達すると一過性の精神障害,神経障害を惹起する。 イ無機水銀化合物無機水銀化合物は,経口及び経気毒性として,歯齦炎,口内炎,嘔吐,腹痛,下痢,腎障害等の症候がみられ,主として肝臓や腎臓に蓄積されるが,神経障害や精神障害は惹起しない。 海水中の無機水銀については,海水中の塩類の作用によりメチル水銀化 が抑制されることが知られている。 ウ有機水銀化合物有機水銀化合物は,その毒性が一様でなく,アルキル水銀化合物の中でもメチル水銀は,血液脳関門機構を通過して脳内に侵入し,神経細胞を障害して感覚障害や運動失調などを引き起こす。 (以上につき,乙A11・21頁,19・149頁以下) 2 ハンター・ラッセル症候群イギリスのハンター,ボンフォード及びラッセルらが行ったメチル水銀中毒症に関する報告において,メチル水銀中毒症の三徴候は,①運動失調,②言語障害及び③視野狭窄であるとされ,これがハンター・ラッセル症候群と呼ばれ ていたが,現在では,これに④感覚障害及び⑤難聴を含めて(場合によっては, 言語障害は運動失調に含めて),典型的な水俣病 視野狭窄であるとされ,これがハンター・ラッセル症候群と呼ばれ ていたが,現在では,これに④感覚障害及び⑤難聴を含めて(場合によっては, 言語障害は運動失調に含めて),典型的な水俣病の症状を示すものとして,ハンター・ラッセル症候群と呼ばれている。(乙A11・41頁,18) 3 水俣病の主要な症候の概説⑴ 四肢末端(末梢)優位の感覚障害人の感覚は,視覚,聴覚等の特殊感覚や内臓感覚を除くと,大きく分けて, ①表在感覚(触覚,痛覚,温度覚等の皮膚あるいは粘膜の感覚),②深部感覚(関節位置覚,振動覚,圧痛覚等の骨膜,筋肉,関節等から伝えられる感覚)及びこれら表在感覚や深部感覚の情報を解釈し意味づけする③複合感覚がある。(乙B7・42頁,乙B22・95~105頁)これら①ないし③の感覚のいずれかが障害されることを感覚障害又は知覚 障害と呼ぶ。 水俣病に見られる感覚障害は,両側性で左右対称に四肢の末端部ほど強く現れ,表在感覚,深部感覚及び複合感覚が低下(鈍化)すること(四肢末端(末梢)優位の感覚障害)が知られており,大脳頭頂葉の中心後回領域,脊髄の後索,末梢の感覚神経の障害に起因し,これら症候が生じると考えられ ている(なお,中心後回領域以外の末梢神経等が障害されるか否か及びその程度については後述のとおり争いがある。)。(乙B7・32~34,42,43頁)⑵ 運動失調ア人体には数多くの筋肉があり,運動を円滑に遂行するには,これらの筋 肉が連携,調和を保って作用することが必要である。この調和を維持する機能の障害を運動失調と呼び,運動の命令を出す大脳の中枢,それを伝える神経及び運動の原動力である筋肉のいずれにも異常がなく,振戦などの不随意運動もないにもかかわらず,意図した運動が円滑にできず,運 機能の障害を運動失調と呼び,運動の命令を出す大脳の中枢,それを伝える神経及び運動の原動力である筋肉のいずれにも異常がなく,振戦などの不随意運動もないにもかかわらず,意図した運動が円滑にできず,運動の方向や程度が変わってしまうという障害(以下「協調運動障害」という。), 体位や姿勢を保持するのに必要な,随意的あるいは反射的な筋の収縮が損 なわれることによる起立時,座位時の姿勢の異常や歩行障害等(以下「体幹運動失調」という。)として出現する。(乙B22・143~158頁)運動失調は,多くの筋肉が協調して機能することが必要とされる起立,歩行,言語の状態をよく観察することのほか,ジアドコキネーシス(拮抗運動反復試験。以下同じ。),指鼻試験,膝踵試験等の診察方法で確認 する。 水俣病に起因する運動失調は,主として平衡機能を維持する機能がある小脳の障害に起因するものであるところ,一側に偏位することなく両側性,つまり体の右側と左側とで同程度に現れる。(乙B7・33,45~47頁) イ協調運動障害の有無を判断するためには,以下のないし等の検査を行う。(乙A1・21,22頁,11・46頁,乙B126・3頁,127,207)ジアドコキネーシス前腕を前方へ出し,手を速やかに外向きや内向きに回させる試験であ る。小脳障害ではこの運動が遅く,かつ,不規則になり,この障害を反復拮抗運動障害(アジアドコキネーシス。以下同じ。)という。 指鼻指試験(鼻指鼻試験。以下同じ)指鼻指試験とは,被検者の前40㎝ないし50㎝に検者の示指を置き,同指と被検者の鼻の頭を被検者の示指で交互に繰り返し触れさせる検査 である。自分の鼻先や検者の指先にうまく触れられない場合をジスメトリーといい,行き過ぎる場合をハイパ 0㎝に検者の示指を置き,同指と被検者の鼻の頭を被検者の示指で交互に繰り返し触れさせる検査 である。自分の鼻先や検者の指先にうまく触れられない場合をジスメトリーといい,行き過ぎる場合をハイパーメトリア,目標に達しない場合をハイポメトリアという。 膝踵試験仰向けになり,一方の踵を他方の膝に乗せ,むこうずねに沿って足背 まで滑らせる試験である。小脳障害では,踵が膝にうまく乗らず,足を 滑らせるときにも左右に激しく動揺する。 ⑶ 平衡機能障害ア身体の平衡は,内耳,目,各関節の感覚受容器からの体の傾きや動きに関する情報を脳幹,小脳等が受け,体の各部位の筋肉の緊張を調節するという機構によって保持されている。(乙A11・46頁,乙B28の1・ 39,40頁)水俣病に起因する平衡機能障害は,上記機構のうち,主として平衡機能の中枢である小脳が障害され,調節機能が低下することで生じる。 イ平衡運動障害の有無を判断するためは,以下のないし等の検査を行う。(乙A1,乙B126,127,207) 歩行観察試験歩行状態を観察する。運動失調があるときには,重心をとるために足を大きく開くなどの特徴がある。手の振り方,歩行中に回れ右を命じた際の様子や,つぎ足歩行時の様子を観察することとなる。 ロンベルグ試験 両足を揃えて立ち,閉眼させて体の動揺(ふらつき)の程度をみる試験である。閉眼により身体の動揺が著明となり,倒れれば陽性と判断する(ロンベルグ陽性(徴候))。開眼状態で立つことができたにもかかわらず,閉眼すると立つことができなくなるというのは,視覚による補正がなくなったことにより,起立状態を保つのに必要な情報が収集できな くなったこと,すなわち深部感覚が障害されていることを意味する らず,閉眼すると立つことができなくなるというのは,視覚による補正がなくなったことにより,起立状態を保つのに必要な情報が収集できな くなったこと,すなわち深部感覚が障害されていることを意味するとされる。 マン試験一直線上で後ろ足のつま先が前足の踵に接するようにして起立させ,閉眼させたときに動揺するかをみる試験。閉眼により身体の動揺が著明 となり倒れれば陽性と判断する。 ⑷ 求心性視野狭窄外界から眼に入ってくる光線は,角膜,瞳孔,水晶体を経て,硝子体に入り,網膜の視細胞を刺激する。この網膜の視細胞に与えられた刺激は視神経を経て大脳後頭葉に達して初めて視覚を生じる。(乙B29)視野とは,視線を固定した状態で見える全範囲,いわゆる視覚の広がりで ある。この視覚の広がりを単なる平面的な広さとして把握するのではなく各部位の視覚感度分布を調べることによって詳細な情報を得ることができ,これを量的視野という。眼の中心部と周辺部とでは視覚感度が異なり,中心部は視覚感度がよく,周辺部は悪い。(乙B30)水俣病に起因する視野の異常は,視野の周辺部が見えなくなる求心性視野 狭窄であり,両側性に出現し,中心部の視力はよく保たれる。この症候は,大脳後頭葉の鳥距野のうち前半部がより強く障害されることに起因する。 (乙B7・32,33頁,30・34,36頁)その検査方法には次の3種類の方法がある。(甲B69,弁論の全趣旨)ゴールドマン検査 ゴールドマン視野計という検査機器を用いて,光源の大きさ及び光の強さが異なるいくつかの視標を,被検者に眼を動かさないようにさせて,それが見える限界の点を調べる試験である。なお,この限界の点を結んでできたものをイソプター(等感度曲線)という。 アイカップ検査 なるいくつかの視標を,被検者に眼を動かさないようにさせて,それが見える限界の点を調べる試験である。なお,この限界の点を結んでできたものをイソプター(等感度曲線)という。 アイカップ検査 お椀型のアイカップを被検者の片目の前にあてがい,ペンライト等で光を当てることにより,その光の確認できた位置を被検者の応答に基づいて調べ,ゴールドマン検査同様のイソプターを作成する試験である。 対座法被検者と向き合って座り,被検者の一方の眼を軽く手で覆わせて,見 える方の眼で検者の相対する眼を注目するように指示した上で,検者が 両手を自分の視野いっぱいに広げ,指を動かして左右どちらが動いたかを指摘させる試験である。 この対座法については,「器械を使わずに簡便にできる視野のスクリーニング法」であるとされ,「視野計を用いた精密視野測定の前に,対座法でおおよその視野異常を知っておくと効率的に検査ができて便利」 であり,「半盲などの視野異常は,対座法で診断がつくことが多い。」とされているものの,「検者の視野を利用した大まかなテストであり,わずかな視野の縮小,マリオット暗点の拡大などは診断できない。疑わしいときは視野計や定量視野計による正確な検査が必要である。」とされている。 ⑸ 眼球運動障害視線を右から左,あるいは,上から下へ移動させると,左右の両眼球はほぼ平行して同方向に移動する。このような眼球運動を共同性眼球運動という。 共同性眼球運動には,滑動性追従運動(滑動性眼球運動(SPM)。以下同じ。),衝動性眼球運動(衝動性運動(SM)。以下同じ。)などがある。滑動 性眼球運動は,滑らかに動く視標を追従する,比較的遅く滑らかな連続性の眼球の動きであり,衝動性眼球運動は,急速な視線の変更に伴う瞬間的,急速 衝動性運動(SM)。以下同じ。)などがある。滑動 性眼球運動は,滑らかに動く視標を追従する,比較的遅く滑らかな連続性の眼球の動きであり,衝動性眼球運動は,急速な視線の変更に伴う瞬間的,急速な眼球の動きである。(乙B31・2~4頁)水俣病に起因する眼球運動障害には,眼球が視標の動きにつれて滑らかに動かず,小刻みに動いたり,ある一点で停止して,しばらくしてから大きく 動くといった滑動性眼球運動障害と,急速に視線を移したときに眼球の動きが行き過ぎたり,行き足りなかったりする衝動性眼球運動障害があり,いずれも,左右対称性(左右両方向の運動異常が出現すること)かつ左右共同性(右眼と左眼に同じような異常が出現すること)の眼球運動障害である。この症候は,大脳の眼球運動中枢及び小脳の障害に起因する。(乙B7・53 頁,32・435,437頁) ⑹ 後迷路性難聴聴覚には,音を振動として伝える系(伝音系)と,伝音系で伝えられた振動を電気的な信号に換え神経を介して聴覚中枢に伝える系(感音系)があり,前者の障害による難聴を伝音性難聴,後者の障害による難聴を感音性難聴と呼ぶ。 さらに,感音性難聴は,迷路(内耳)が障害されることによって起こる迷路性(内耳)難聴(以下,単に「内耳性難聴」という。)と,内耳で物理的な刺激から電気的な信号へ変換された聴覚情報を中枢へ伝達する聴神経,及びそれを認識する中枢(横側頭回)までのいずれかの部位の障害によって起こる後迷路性難聴とに区別される。水俣病に起因するとされる難聴は,後迷 路性難聴であり,大脳側頭葉の側脳溝に面する横側頭回の障害に起因するものとされている。(乙A11・50頁,乙B28の2・84~88頁)⑺ 構音障害話し言葉を発するには,口腔咽喉の諸器官を活用して, 難聴であり,大脳側頭葉の側脳溝に面する横側頭回の障害に起因するものとされている。(乙A11・50頁,乙B28の2・84~88頁)⑺ 構音障害話し言葉を発するには,口腔咽喉の諸器官を活用して,適切な語音を構成する。この「語音の構成」のことを略して,構音又は構語という。 構音には大脳の中心前回下部より下位の諸機構(大脳半球白質,大脳基底核,間脳,脳幹,小脳,脳神経及び筋肉)が関与しており,そのいずれかの障害により構音が適切になされないものを(神経学的な)構音障害という。 (乙B35・210頁)水俣病に起因する構音障害は,上記機構のうち,主として小脳が障害され, 構音に関わる筋肉が適切に協調しないことによる小脳性運動失調の一つとして生じる。(乙B7・53,54頁)第7 公健法に基づく水俣病認定手続の概要被告らにおける水俣病の認定申請から処分に至るまでの手続の概要は,次のとおりである。(乙A1,2,22,23) 1 申請の受付 公健法4条2項の認定を受けようとする者(認定申請者)は,申請書を被告らに提出し,これを受けた被告らは,申請書及び診断書等の添付書類について形式的審査を行った上,不備がなければこれを受理するとともに,申請者に対して受理通知を行う。 2 居住歴等の調査及び医学的検査 次に,被告らは,申請者に対し,居住歴,職業歴,家族歴,魚介類の摂取状況,発症時期等の調査(疫学調査)及び検診(公的検診)を行う。 ⑴ 疫学調査居住歴,職業歴,家族歴,魚介類の摂取状況及び発症時期等については,被告らの職員が原則として申請者本人に対し,聞き取りにより調査を行う。 ⑵ 被告熊本県における公的検診及び検査項目等検査及び専門医師による診察は,神経内科,眼科,耳鼻咽喉科で行い,そ ,被告らの職員が原則として申請者本人に対し,聞き取りにより調査を行う。 ⑵ 被告熊本県における公的検診及び検査項目等検査及び専門医師による診察は,神経内科,眼科,耳鼻咽喉科で行い,その検査項目及び検査方法(並びにその意義)は,次のとおりであるとされている(ただし,原告Gを除く原告らにこれらの検査が実施されたかどうか,及びその結果の評価については後述のとおり争いがある。)。 ア神経内科学的診察神経内科では,神経内科学的及び精神医学的検査並びに診察を行う。具体的には,以下の各検査項目に従って,感覚障害,運動失調,構音障害,振戦,筋力低下,精神症状及び対座法による視野狭窄等の症候の有無を確認する。(乙A1) 精神状態意識状態,知能,計算,見当識(時間,場所,人及び現在の状況を正しく了解する能力),記憶,記銘力(新しい事柄を取り込む能力),性格変化,情動などをおおまかに調べる。その方法として,一般には,日常会話の中で,住所や現在受診している病院の名称を尋ねたり,簡単な計 算等を行わせる。(乙A1・8頁) 脳神経脳神経は,末梢神経の中でも視覚,聴覚,言語等に関連した重要な感覚・運動神経である。(乙A1・8頁)a 視野公的検診の神経内科学的診察では,対座法による診察を行う。(乙 A1・9頁)b 眼球運動共同性眼球運動に障害があるか否かを検査するために,神経内科学的診察の段階で行う検査は,被検者に片眼を遮眼子で覆わせ,眼前50㎝くらいに置いた指標(ペンライト)を水平方向に動かし,内方視, 外方視の位置で更に指標を上下に動かし,その際の被検者の眼球運動を確認するというものである。次に,両眼視(両眼を開けた状態)で上記同様に検査を行う。その際,複視(ものが二重 動かし,内方視, 外方視の位置で更に指標を上下に動かし,その際の被検者の眼球運動を確認するというものである。次に,両眼視(両眼を開けた状態)で上記同様に検査を行う。その際,複視(ものが二重に見えること)があれば,どこで最も強くなるかを診る。また,正中で上下方向に指標を動かして垂直方向の注視麻痺(両眼を動かすことができないこと) がないかどうかを診る。最後に輻輳(寄り眼)をさせる。これらの検査において眼球運動に何らかの異常があれば記載する。 なお,障害の有無を確認するため,眼科学的診察においては,専用の検査機器を用いて眼球運動を電気的に記録することにより,後述のとおり,滑動性追従運動,衝動性運動,前庭動眼反射(VOR)の検 査が実施される。(乙A1・11,50,51頁)c 聴力聴力の神経学的検査においては,音叉を振動させて,その先端を耳の側に置き,検者の聴力と比して明らかに障害されていないか,聴力に左右差がないかを確認する(気導聴力の診察)。気導聴力に問題が ある場合には,振動させた音叉の柄を耳たぶの後ろの固い部分(乳様 突起と呼ばれる)に当てて,骨を通じた振動によって音が聞こえるかどうかを確認する(骨導聴力の診察)。(乙A1・13頁)d 言語構音については,通常の会話に問題がなければ正常とし,障害を認めた場合には,更に詳細な検査を行う。神経学的診察では構音器官 (口唇,舌,口蓋などの筋肉やそれらを動かす神経)の障害の有無を調べる。例えば,口唇を使うバ行,パ行,マ行等や,舌を使うラ行,タ行,ダ行等を発音させ,何らかの異常があれば「+」,異常がない場合には「-」と記載する。(乙A1・15頁)頸部 頸部を他動的に前屈,後屈させ,運動制限,硬直,疼痛,異常音,スパーリン 行,ダ行等を発音させ,何らかの異常があれば「+」,異常がない場合には「-」と記載する。(乙A1・15頁)頸部 頸部を他動的に前屈,後屈させ,運動制限,硬直,疼痛,異常音,スパーリング徴候(頭を横に曲げ,上から圧迫した際に,肩への放散痛が起こる現象)の有無を見る。頸部の運動制限,疼痛,スパーリング徴候などは,頸部脊椎症を示唆する所見である。頸部脊椎症は水俣病との直接の関連はないが,脊髄や神経根を圧迫して感覚障害や脱力などの原因 となるので,感覚障害や運動機能の障害の判断に当たって留意が必要である。(乙A1・16,35頁)四肢運動系(筋力)a 筋萎縮・脱力筋萎縮が体幹に近い肩甲部や骨盤部などの近位筋部あるいは手足の 遠位部にあるか否かを見る。また,筋萎縮がある場合,神経支配に沿った体節性のものか単独の筋だけの孤立性のものか,全身にわたるび慢性のものかを見る。さらに,筋萎縮にしばしば伴う筋の部分的な自発的収縮である線維束性攣縮があるか否かを見る。 脱力があれば,それに伴って当然運動が障害されるので,協調運動 障害や平衡障害の判断に際しては,脱力の有無に十分留意すべきであ る。また,脱力があるときには同時に筋萎縮・線維束性攣縮も見られることがあるので,その存在の確認は重要である。(乙A1・16頁)b 筋トーヌス(筋緊張)他動的に関節を動かして,その抵抗により筋トーヌスを見る。筋トーヌスの亢進がある場合には硬直(鉛管様あるいは歯車様に被動運動 時全てに抵抗が見られる。)あるいは痙縮(被動運動の初期にのみ抵抗が見られる。)などがあるかを見る。また,筋トーヌスの著明な低下があるか否かを見る。(乙A1・16頁)振戦(ふるえ)静止時振戦,体位振戦(ある姿勢,体位に保つときに見 動運動の初期にのみ抵抗が見られる。)などがあるかを見る。また,筋トーヌスの著明な低下があるか否かを見る。(乙A1・16頁)振戦(ふるえ)静止時振戦,体位振戦(ある姿勢,体位に保つときに見られるもの) 及び企図振戦(運動時に起こり,目標に近づくほど増強するもの)の有無を見る。振戦は,不随意運動(意思とは無関係に自動的に生じる運動)の一種で,以下の特徴を持っている。(乙A1・20頁)a ある筋群とその拮抗筋群の交代性収縮によって起こる律動的運動(規則正しい運動)である。このような規則正しい運動は他の不随意 運動ではほとんど見られない。 b 四肢遠位部,特に上肢に多く見られる。口唇,顔面,頸部にも起こり得る。 c 速度は速いものは10~20㎐,緩徐なもので4~7㎐である。 d 精神的緊張で増強する。 協調運動水俣病では,小脳障害によって協調運動障害や体幹運動失調が見られることがある。運動失調を見るために,多くの筋肉が協調して機能することが必要とされる起立,歩行,言語の状態をよく観察することのほか,以下のような検査を行う。もっとも,以下の検査は,小脳性の運動失調 に限らず,脱力や疼痛,加齢等の影響によっても,異常となり得るため, その評価に当たっては留意が必要である。(乙A1・20~22,36,37頁)a ジアドコキネーシス前記第6の3⑵イのとおりであり,具体的には,被検者に前腕を素早く回内回外(ドアノブを回したり,電球をはめたりするような前 腕の運動)させたり,膝頭を手掌と手背で素早く交互に打つといったリズミカルで素早い運動をさせ,リズムの乱れ,速度の減少,全体の調和がとれていない状態(アジアドコキネーシス)が見られる場合には,異常あり(+)と記載する。 b 指鼻 背で素早く交互に打つといったリズミカルで素早い運動をさせ,リズムの乱れ,速度の減少,全体の調和がとれていない状態(アジアドコキネーシス)が見られる場合には,異常あり(+)と記載する。 b 指鼻指試験又は指鼻試験 正常である場合,被検者の示指はぶれることなく円滑に被検者の鼻の頭に到達するが,小脳障害がある場合,目標に円滑に到達できずに何度か止まってぎくしゃくした動きをしたり,行き過ぎてまた戻るといった運動を繰り返したりして,ようやく目標に到達する。適宜検者の指の位置を変えると,より負荷が大きくなり,より軽微な測定異常 や運動分解を検出しやすくなる。円滑で調和の取れた動きができなければ異常あり(+)と記載する。 他方,指鼻試験とは,示指を鼻につけた後,真横を示すように腕をいっぱいまで伸ばすという運動を被検者に繰り返させて,異常の有無を確認する検査である。 c 膝踵試験(踵膝試験)被検者を仰臥位にさせ,一側の踵を反対側の膝頭に乗せた後に,すねに沿って踵を数回上下させるという試験である。円滑で調和の取れた動きができなければ異常あり(+)と記載する。(乙A1・22頁)d 脛叩き試験 坐位又は仰臥位にて,一側の踵で他側の脛の同じ所を繰り返したた かせる。また,膝から脛に沿って足背まで等間隔で数か所たたかせるという試験である。円滑で調和のとれた動きができなければ異常あり(+)と記載する。(乙A1・22頁)平衡障害水俣病においては,小脳障害に起因して平衡障害が生じると考えられ ている。以下,神経内科における平衡障害検査について説明する。小脳障害に起因する平衡障害がなくても異常となり得ることは,前記と同様である。(乙A1・23~25,37~41頁)a 両足起立試験直立させ, ,神経内科における平衡障害検査について説明する。小脳障害に起因する平衡障害がなくても異常となり得ることは,前記と同様である。(乙A1・23~25,37~41頁)a 両足起立試験直立させ,直立姿勢の保持が可能であるか否かを見る。 b 片足起立試験片足で立ってバランスをとることができるかどうかを見る試験である。片足立ちができないか,閉眼時に体幹の動揺が激しくなる場合は陽性(+)となり,動揺がないか,開眼時と閉眼時の結果があまり変わらない場合は陰性(-)となる。 c ロンベルグ試験前記第6の3⑶イのとおりである。著明な動揺がないか,開眼時と閉眼時の結果があまり変わらない場合はロンベルグ徴候陰性(-)となる。 d 歩行試験 自由に歩かせて,安定度,歩幅,手の振り,両足の開き具合い,垂足の有無,動揺性などを見る。 e つぎ足歩行試験一直線上を後足のつま先に前足の踵が接するようにして歩かせて,体幹の動揺の程度を見る試験である。動揺がない場合は陰性(-)と なる。 ラセーグ(Lasegue)徴候仰臥位で一側の下肢を伸展したまま挙上させた時,70度以下で大腿の裏側の神経に沿って痛みを訴えるものを陽性とする。起立・歩行障害の原因の一つになる坐骨神経痛(水俣病との関係はない。)の検査である。(乙A1・44頁) 膝関節痛起立・歩行障害の原因の一つになる膝関節痛(水俣病との関係はない。)の有無を調べる。(乙A1・44頁)感覚a 表在感覚 ⒜ 触覚筆や綿などで体の様々な部位に軽く触れ,触れられたことを認識したらその旨伝えてもらう。これで著明な感覚低下のある部位の見当をつける。次に,感覚低下の領域を決めるため,感覚が正常な部位から四方へゆっくりと筆 どで体の様々な部位に軽く触れ,触れられたことを認識したらその旨伝えてもらう。これで著明な感覚低下のある部位の見当をつける。次に,感覚低下の領域を決めるため,感覚が正常な部位から四方へゆっくりと筆を皮膚に沿って走らせ,感覚が鈍くなっ てきたらその旨回答してもらう。感覚の障害には,感覚鈍麻,感覚消失,感覚過敏,異常感覚(自発的に生ずる異常な自覚的感覚),錯感覚(外界から与えられた刺激とは異なって感ずる他覚的感覚)がある(乙B22・97頁)。異常があれば,人体図に障害部位及び異常の種類を記載する。 ⒝ 痛覚先端がさほど鋭利でない針等で,体のいろいろな部位を刺激し,痛みを感じるかどうかを回答してもらう。痛覚の異常には,痛覚鈍麻,痛覚脱失,痛覚過敏などがある(乙B22・98頁)。異常があれば,人体図に障害部位を記載する。 ⒞ その他 検診録等に,表在感覚について「〇/10」の記載がされた場合,これは感覚鈍麻の程度を示すもので,健常部の感覚と比較して10分の〇程度の触痛覚が認められたことを示す意味となる(乙B51・103頁)。 b 深部感覚 ⒜ 振動覚通常,128㎐の音叉を振動させて,その柄を鎖骨,胸骨,脊椎棘突起,腸骨棘,膝蓋骨,尺骨外果,脛骨外果などに当て,振動を感じなくなるまでの時間を計る。検者と比較して振動を感じなくなるまでの時間が短縮していたら振動覚低下とする。 公的検診では,おおむね上下肢ともに10秒感じていれば,正常と判断している。(弁論の全趣旨)⒝ 関節位置覚検者が,被検者に見えないように被検者の手や足の指を屈曲・伸展し,被検者にどちらに曲げているかを答えさせる。 検診録等に,関節位置覚について「〇/10」等の記載がされた場合,これは,検者が被検 が,被検者に見えないように被検者の手や足の指を屈曲・伸展し,被検者にどちらに曲げているかを答えさせる。 検診録等に,関節位置覚について「〇/10」等の記載がされた場合,これは,検者が被検者の指等を被検者に見えないようにしながら他動的に動かした後,被検者が動いた方向(上または下)を答える検査を10回実施したところ,「〇」回正答であったことを示す意味である。(弁論の全趣旨) (以上につき,乙A1・34,35,42~44頁)反射反射は,ある一定の刺激に対して一定の反応を示す現象である。反射には,表在反射,臓器反射,深部腱反射及び病的反射がある。 表在反射は,粘膜や皮膚に刺激が加わって筋肉の反射的収縮が起こる 反応である。臓器反射は,自律神経を介した筋肉の収縮を主体とする反 応である。深部腱反射は,腱や骨の突端をハンマーで叩打すると,筋肉が急に伸展され,これが刺激となって起こる反応である。 水俣病においては,特異的に見られる反射所見はないとされる。 a 深部腱反射(深部反射)深部腱反射は,頭から足の方へ向かって,左右を比較しながら診察 する。下顎反射,二頭筋反射,三頭筋反射,腕橈骨筋反射,膝蓋腱反射,アキレス腱反射の順に検査する。判断は,正常(+),消失(-),減少(±),亢進(++),異常亢進(+++)と記載するが,深部腱反射は個人差が大きいため,深部腱反射の結果のみをもって神経障害の有無を判断することはできないとされる。 b 病的反射病的反射が出現した場合は何らかの中枢神経障害が示唆される。ただし,水俣病では,急性期の重症例を除いて病的反射は認められないとされている。そのため,バビンスキー反射やチャドック反射が出現した場合には,他の中枢神経障害,特に脳血管障害等による錐体 唆される。ただし,水俣病では,急性期の重症例を除いて病的反射は認められないとされている。そのため,バビンスキー反射やチャドック反射が出現した場合には,他の中枢神経障害,特に脳血管障害等による錐体路障 害のあることが推測される。なお,ホフマン反射,トレムナー反射,ワルテンベルグ反射は正常人でも見られることがある。 ⒜ ホフマン反射検者の拇指で患者の中指末節を押し上げて急に離す。拇指が屈曲すれば陽性(+)とする。(乙A1・30頁) ⒝ トレムナー反射手を軽く背屈,手指も軽く屈曲させる。検者は左手で患者の中指の中節を支え,右の中指又は薬指で,患者の中指の先端手掌面を強くはじく。これにより拇指が内転するのを陽性(+)とする。(乙A1・31頁) ⒞ ワルテンベルグ反射 指を軽く曲げさせ,その上に検者の指を置き,それを叩打する。 拇指末節の屈曲が起これば陽性(+)とする。(乙A1・31頁)⒟ バビンスキー反射下肢を伸展させ,足底外側部を踵から足指の方へ刺激する。拇指の背屈があれば陽性(+)とする。(乙A1・32頁) チャドック反射外果の下方を後から前へ擦る。拇指の背屈が起こるのを陽性(+)とする。(乙A1・32頁)(以上につき,乙A1・26~33,42頁,乙B185)イ眼科学的診察 眼科学的診察として,視力検査(裸眼視力及び必要に応じた矯正視力検査),視野検査(ゴールドマン視野計等を用いて求心性視野狭窄の有無等を調べる検査),眼球運動検査,眼底検査等の検査及び診察を行う。また,視覚に影響を与える視器の病気(角膜混濁,前房混濁,水晶体混濁,硝子体混濁,網膜色素変性症等の眼底疾患,緑内障など)の有無を確認する。(乙A 1・48~66頁)視力遠方視力と近 た,視覚に影響を与える視器の病気(角膜混濁,前房混濁,水晶体混濁,硝子体混濁,網膜色素変性症等の眼底疾患,緑内障など)の有無を確認する。(乙A 1・48~66頁)視力遠方視力と近方視力について,裸眼視力と矯正視力の程度を検査する。 視力は,2点又は2線を識別できる最小分離閾を利用して規定している。 裸眼視力が1.0に満たない場合は,適切なレンズを用いて矯正し,矯 正視力を括弧内に記載する。右眼,左眼についてそれぞれ記載する。 視野視感度は,網膜の黄斑部より周辺に行くに従い低下し,次第に見えにくくなっていく。同一指標が網膜の黄斑部から周辺に向かってどこまで見えるかの限界点を,指標を動かすことによって得ることができる。その 限界点の内側は指標が見え,外側は指標が見えないことを表している。 指標の大きさと明るさを変えることで刺激の強さが変わり何種類かの限界点が得られる。ゴールドマン視野計には,指標の大きさ(0が最小,Ⅴが最大)及び指標の明るさ(4が最強,1が最弱)を変えて,種々の指標を設定できる。最も大きく,最も明るい指標を用いれば(V4),最も広い視野がわかる。視野検査はこのような視野が正常とどのように異 なるのか,そのパターンによって障害部位を判断しようとするものであり,強い刺激V4によって視野狭窄を,弱い刺激Ⅰ4によって視野沈下を検査する。(乙A1・52~54頁,乙B43・94~97頁)視野狭窄の有無は,年齢別正常人対象群のV4の視標による検査結果から決定された正常値を基準として,鼻側視野57度以上,耳側視野80 度以上であれば正常と判定している(60歳以上では,鼻側視野54度が正常となる)。(乙A1・58頁)視野沈下の有無及びその程度は,「I4」の視標がその判定に用いられ 度以上,耳側視野80 度以上であれば正常と判定している(60歳以上では,鼻側視野54度が正常となる)。(乙A1・58頁)視野沈下の有無及びその程度は,「I4」の視標がその判定に用いられる。視野沈下は,老視,高度の近視及び遠視,白内障手術を施行した眼,角膜白斑,白内障など透光体混濁を来す疾患,加齢等によって異常所見 が出現しやすいとされているが,水俣病との関係は「V4」の指標による視野狭窄ほど明らかではない。「I4」の正常値等は,審査会資料説明書(総論)(乙A1・58頁)記載のとおりである。 眼球運動水俣病に起因する眼球運動障害は,左右対称性かつ左右共同性の中枢性 の眼球運動障害であるとされ,検査ではこのような眼球運動障害の有無を確認している。具体的には,以下の3つの検査により,主に大脳,小脳障害で見られる滑動性追従運動等の異常所見の有無に着目して,中枢性障害(大脳,小脳,脳幹)か,末梢前庭性の障害かを判断する。(乙A1・54頁) a 滑動性追従運動検査 滑動性追従運動とは,対象物が動くのと同じ速度で固視を保ちながら追い続ける動きである。振子状に動く指標を追従させることにより,その眼球の動きを眼電図に記録する。眼電図は,眼の耳側と鼻側に皮膚電極をおくことにより眼球の静止電位を記録するものである。正常者では円滑に追従運動が行われ正弦波となるが,中枢性の障害のある患者では, 追従運動がうまくいかず階段状などになる。 b 衝動性運動衝動性運動とは,視野内にある対象物を速い目の動きでとらえ,それを中心窩で固視するための動きである。二点間に交互に指標を出して,それを目で捕捉する動きを繰り返させて,眼電図に記録する。正常者で は円滑に急速な運動が行われ矩形波となるが,中枢性の障害 それを中心窩で固視するための動きである。二点間に交互に指標を出して,それを目で捕捉する動きを繰り返させて,眼電図に記録する。正常者で は円滑に急速な運動が行われ矩形波となるが,中枢性の障害のある患者では,運動の行き過ぎや不足を繰り返す。 c 前庭動眼反射前庭動眼反射とは,頭部や身体の回転方向と反対方向にスムーズに眼球を動かして,中心窩で固視できるようにする動きである。静止した正 面の指標を固視させながら被検者の体を一定の回転速度で左右に60度往復回転させて,内耳に回転刺激を与えることによって起こる眼球運動の状態を検査し,眼電図に記録する。この運動は反射運動であり,本人の理解,協力が十分でなくとも,比較的良好に解発し記録できる。 ウ耳鼻咽喉科学的診察 耳鼻咽喉科学的診察として,難聴や耳鳴り,めまい等の検査を行う。聴力に影響を及ぼすような耳疾患の有無を確認し,聴力検査,眼振,視運動性眼振検査等の平衡機能の検査を行う。 水俣病に見られる難聴は,感音性難聴のうちの後迷路性難聴であるとの考えを前提にして,認定申請者の高齢化に伴い,同様の症候を呈する老人性難 聴等との鑑別が重要であることから,難聴が認められる被検者については, 後迷路性難聴とそれ以外の難聴との鑑別を行う。具体的には,純音聴力検査,語音聴力検査,自記オージオメトリーによって伝音性難聴と感音性難聴の鑑別(オージオメーター等を用いて難聴の程度及び鑑別を行う検査),さらに感音性難聴の場合,内耳性難聴であるか内耳よりも中枢の障害に起因する後迷路性難聴であるかの鑑別を行う。 なお,平衡機能検査は,電気眼振図を用いた視運動性眼振検査(中枢性平行機能障害の鑑別に有用な検査)等を行う。(乙A1・67~89頁)純音聴力検査125㎐か 難聴であるかの鑑別を行う。 なお,平衡機能検査は,電気眼振図を用いた視運動性眼振検査(中枢性平行機能障害の鑑別に有用な検査)等を行う。(乙A1・67~89頁)純音聴力検査125㎐から8000㎐までの7種類の周波数の音域(純音)を用い,それぞれの周波数の音域の強さを変化させて,気導及び骨導聴力別に, どのくらいの強さの音まで聴こえるか,すなわち可聴域値を,オージオメーターを用いて測定する。その測定結果を記録したものを純音オージオグラムと呼んでいる。気導聴力は,空気中から外耳,中耳を経て内耳に伝わる音を聴き取る能力を反映し,骨導聴力は骨を振動させることにより内耳に直接音を伝え,内耳がどのくらいの音を聴き取ることができ るかを反映している。 純音オージオグラムによって難聴の有無と程度を調べ,難聴が認められる場合,気導聴力と骨導聴力の関係から,伝音性難聴か感音性難聴かを判別する。水俣病にみられる後迷路性難聴は,感音性難聴のパターンを示す。(乙A1・70,71,77~79頁) 語音聴力検査語音聴力検査は「ことば」をどれだけ聞き取ることができるかを調べる検査である。「ことば」は,純音と異なり複雑な周波数の重なりから成っており,その聞き取りには中枢神経が関与している。 適当な語音を一定の強さで録音しておき,それを再生して増幅器を通し, 受話器に入れて聞かせ,被検者にそれを書き取らせて,その正解の数を パーセントで表す。再生出力を任意の大きさに変え,それぞれの大きさにおいて何パーセントの正解があるか検査する。最も高い正答率を最高明瞭度といい,これを語音弁別能という。(乙A1・72,80,81頁)自記オージオメトリー発信器並びに減衰器,記録紙をモーターで連動することにより,検査音 か検査する。最も高い正答率を最高明瞭度といい,これを語音弁別能という。(乙A1・72,80,81頁)自記オージオメトリー発信器並びに減衰器,記録紙をモーターで連動することにより,検査音 の周波数及び音の強さを自動的に変化させるオージオメーターを使用した検査法である。被検者が検査音を聴取すると同時にスイッチを閉鎖すると,減衰器が反転して音が減弱し,音感覚の消失と同時に開方すると再び音が増強するという操作を繰り返すと,可聴閾値の最大値と最小値が鋸歯状の谷と山となって現れる。刺激音の断続音と連続音のそれぞれ の閾値曲線を比較する。 公的検診で用いるべケシー型オージオメーターによる難聴型分類(ジャガー(Jerger)分類)は,次のとおりである。(乙A1・72~74,81,82頁)Ⅰ型:断続音及び持続音が重なり合う。正常又は伝音性難聴に見られる。 Ⅱ型:中音及び高音域において,持続音曲線が断続音曲線よりも5ないし20dB低下するもので,高音域において持続音の振幅の縮小を見る。内耳性難聴に見られる。 Ⅲ型:固定周波数の場合に持続音曲線が断続音曲線よりも40ないし50dB以上低下するもので,後迷路性難聴の場合に高率に見られ る。 Ⅳ型:Ⅱ型に類似するが,持続曲線の低下が500㎐以下の低音域でも見られるもので,後迷路性難聴に見られる。 連続音で時間とともに域値レベルが上昇して音が聞こえなくなる場合があり,これを聴覚疲労現象(TTS現象)という。上記ジャガー分類の Ⅲ型及びⅣ型に当てはまる場合,聴覚疲労現象陽性(TTS現象陽性) と判断される。聴覚疲労現象陽性の場合は,内耳性の障害ではなく,聴神経(第Ⅷ脳神経)から中枢側の障害が示唆される。しかしながら,自記オージオメトリーに不慣れな被検者が (TTS現象陽性) と判断される。聴覚疲労現象陽性の場合は,内耳性の障害ではなく,聴神経(第Ⅷ脳神経)から中枢側の障害が示唆される。しかしながら,自記オージオメトリーに不慣れな被検者が聴覚疲労現象陽性様の描記曲線を示すことはよく経験されることであり,その所見の判定に当たって留意が必要である。 平衡機能検査(眼振)水俣病では,小脳を中心とする中枢性障害によって平衡機能の障害が生じると考えられており,眼振及び視運動性眼振の異常も平衡機能障害の判断に用いられている。 眼振は,眼球振盪ともいい,規則的,持続的に振れ動く眼球の往復運動 をいう。自発眼振(注視眼振,非注視眼振)と誘発眼振(頭位眼振,頭位変換眼振)を認めたときは病的であることを意味する。めまいが主観的経験であるのに対し,眼振は客観的に出現する症状であり,被検者の意思で変えたり,作り出したりすることはできない。(乙A1・83~89頁) a 注視眼振被検者の眼前50㎝の位置に指標を置いた後に指標を動かし,正面,右30度,左30度,正面,上30度,下30度の点で視線を止め,その際の眼振の有無,種類を見る。 b 非注視眼振 被検者の眼前50㎝の位置に置いた指標を見つめさせ,頭を動かさずに,上下,左右に動く指標を眼で追わせる。このとき起こる眼振を観察する。眼振の方向(急速相の方向),方向的性状(水平性,回旋性,垂直性など),振幅(小打性,中打性,大打性),頻度,持続時間を調べる。 c 頭位眼振 被検者の頭部の位置をゆっくり仰臥位,左向き,右向き,懸垂頭位に 移動させ,眼振の有無を検査して記録する。眼の動きを拡大して観察を容易にするために,凸レンズと電球がついたフレンツェル眼鏡という特殊な眼鏡をかけさせて検査を行う 向き,右向き,懸垂頭位に 移動させ,眼振の有無を検査して記録する。眼の動きを拡大して観察を容易にするために,凸レンズと電球がついたフレンツェル眼鏡という特殊な眼鏡をかけさせて検査を行う。 d 頭位変換眼振頸部の回転及び伸展により眼振が起こるかを調べる。頸性めまいの場 合,臥位で頸部を捻転する際に頭位眼振が誘発され,頭部と体幹を一体にして側臥位をとった場合は眼振が誘発されない。 e 視運動性眼振検査(OKP)等間隔に線条を描きこんだユンク型ドラムを用い,それらの線条を半円筒型のスクリーンの内面に投影し,それを回転させ,被検者に頭を固 定させたまま回転している眼前に現れる1本1本の線条を注視させることにより眼振を誘発させる。その眼振を眼振計で記録し,視運動性眼振パターン(OKP)を調べる。ドラムを水平方向と垂直方向に回転させて検査する(ドラムの回転は等加速減速刺激法で行う。)。 中枢性障害では,眼振の強い抑制,欠損などが起こる。特に水俣病で は,左右上下すべてが障害されることが多いとされる。ただし,中枢性疾患を意味する所見が見られるからといって,直ちに小脳・脳幹障害の存在が疑われるものではなく,かかる所見は心因的要素によっても生じ得ることを念頭におく必要がある。また,視運動性眼振検査に異常が見られても,他の所見との間に矛盾がある場合には,水俣病に見られる平 衡機能障害か否か,他疾患や加齢の影響ではないかなど,その判断に当たっては慎重を期さなければならない。(乙A1・85頁,乙B44)エ臨床検査X線検査脊椎は,32ないし34個の脊椎骨から成る(頸椎7個,胸椎12個, 腰椎5個,仙椎5個,尾椎3ないし5個)。頸椎,胸椎,腰椎はそれぞ れ独立しており,椎間板によって縦に X線検査脊椎は,32ないし34個の脊椎骨から成る(頸椎7個,胸椎12個, 腰椎5個,仙椎5個,尾椎3ないし5個)。頸椎,胸椎,腰椎はそれぞ れ独立しており,椎間板によって縦に連結し,通常一塊である仙椎,尾椎とともに,脊椎を形成して体幹を支えている。内部は縦に長い空間(脊柱管)を作り,中に脊髄が通っている。脊髄は脳から連なる中枢神経の一部であり,脊髄は固い脊椎によって保護されている。上下の脊椎骨の間には椎間孔があり,脊髄から出た神経根の通路となる。神経根は 運動を伝える前根と感覚を伝える後根よりなるが,両者は一緒になって末梢神経となり,体幹,四肢へ達し,それぞれの運動を生じさせ,感覚を脳に伝える。 公的検診では,神経症状を惹起させる脊椎病変の有無を判断するため,Ⅹ線検査を行い骨変化の状態を確認する。水俣病の主要症候の1つであ る感覚障害の鑑別に必要な検査である。(乙A1・90~93頁)a 頸椎X線検査椎管狭窄,先天性椎管狭窄傾向,椎間狭小化,不安定性,後方すべり,後方骨棘,後縦靭帯骨化,黄色靭帯骨化,前方骨棘,ルシュカ関節変形等の所見があれば記載する。 b 腰椎X線検査分離症,分離すべり症,偽すべり症,圧迫骨折,椎間狭小化,椎弓根部変形,側弯,側方骨棘,椎間関節変形,骨硬化等の所見があれば記載する。 尿検査 腎臓疾患,糖尿病,肝臓疾患のスクリーニングのため,尿糖,尿蛋白,ウロビリノーゲンの検査を行う。 尿糖は20mg/dl以下の場合,尿蛋白は20㎎/日から120㎎/日(なお,異常となるのは高値の場合のみ)の場合,ウロビリノーゲンは疑陽性(±)の場合,それぞれ正常となる。(乙A1・94頁) ⑶ 被告鹿児島県における公的検診及び検査項目等 検査及び専 異常となるのは高値の場合のみ)の場合,ウロビリノーゲンは疑陽性(±)の場合,それぞれ正常となる。(乙A1・94頁) ⑶ 被告鹿児島県における公的検診及び検査項目等 検査及び専門医師による診察は,神経内科,眼科,耳鼻咽喉科で行い,その検査項目及び検査方法(並びにその意義)は,次のとおりであるとされている(ただし,原告Gにこれらの検査が実施されたかどうか,及びその結果の評価については後述のとおり争いがある。)。(乙A22)ア神経内科学的診察 神経内科では,神経内科学的診察及び検査を行う。具体的には,以下の各検査項目に従って,精神機能,錐体路系,知覚系,錐体外路系,小脳系,自律神経系等の検査を実施し,感覚障害,運動失調,構音障害,振戦,筋力低下,精神症状,対座法による視野狭窄等の症候の有無を確認する。そのほか,頸椎及び腰椎のエックス線検査,尿検査等を行う。 (乙A22・8~34頁)一般内科的所見体格,頭部,頸部,胸部,腹部,四肢,栄養,奇形,血圧,尿一般検査などについて一般内科的検査を行いその異常を記載する。 神経学的所見 a 精神状態意識状態,知能,計算,見当識(時間,場所,人及び現在の状況を正しく了解する能力),記憶力,記銘力(新しい事柄を取り込む能力),性格変化,情動などをおおまかに調べる。入室して来るときの様子,病歴を説明するときの態度,そのときの表情,説明の仕方,集中力, 記憶の正確さの有無,注意力その他の精神機能の細部について自然な態度,検者との応対の成り行きからその状態が把握される。必要に応じて,質問を行い,またある種の行為を行わせて,その応答から障害の有無,種類,程度などを判断する。 b 髄膜刺激徴候 髄膜炎,脳炎,くも膜下出血などの髄膜を刺 の状態が把握される。必要に応じて,質問を行い,またある種の行為を行わせて,その応答から障害の有無,種類,程度などを判断する。 b 髄膜刺激徴候 髄膜炎,脳炎,くも膜下出血などの髄膜を刺激する病変が存在する ときに認められる。頸部硬直,ケルニッヒ徴候などの徴候を調べる。 c 頭部,顔面及び表情頭部と顔面の形状の異常,表情の異常などを診る。 d 脳神経脳神経は,末梢神経の中でも視覚,聴覚,言語等に関連した重要な 感覚・運動神経であり,嗅神経,視神経以外の10対の脳神経の診察により,中脳,橋,延髄の脳幹の機能を把握することができる。 ⒜ 嗅神経嗅神経の機能である嗅覚を調べる検査であり,被検者にタバコの臭いなどを嗅がせてそれが感知できるかどうかを答えさせる方法に よるが,この機能については,詳しい検査を行っていない。 ⒝ 視神経視力,視野及び眼底等について,視力障害が単眼に起こっているか,両眼に起こっているか,視野に暗点があるか,両耳側半盲があるか,同名半盲があるか,求心性視野狭窄があるか,眼底に病変 (視神経萎縮,鬱血乳頭,眼底出血,眼底動静脈閉塞,網膜色素変性症など)があるかなどを調べる。 ⒞ 動眼神経,滑車神経及び外転神経動眼神経,滑車神経及び外転神経はいずれも外眼筋といわれる眼球を動かす,すなわち眼球運動を行う筋肉を支配している。 眼球運動の検査は,検者が自らの指尖(示指を立ててその指尖を用いる)を指標として,被検者に注視させて,この視標を動かして追従させその時の眼球運動を観察し,かつその指が一本に見えるか否かなどを答えてもらう方法による。眼球運動に制限があるかどうか,どの方向への運動に障害があるか,また,円滑に動いているか 不円滑であるかなどを調べる。正常 観察し,かつその指が一本に見えるか否かなどを答えてもらう方法による。眼球運動に制限があるかどうか,どの方向への運動に障害があるか,また,円滑に動いているか 不円滑であるかなどを調べる。正常者は水平方向に滑らかに移動し ている目標を追視するときに,眼球は円滑な水平方向への運動を行う。小脳失調症があると,水平方向への眼球運動は目標よりも先走りする行き過ぎと,追従の遅れとが入り乱れて生じ,ガタガタとひっかかるような動きをする。 また,この検査と併用して,上下左右の方向を凝視させたときに, 眼振があるかないかも検査する。 瞳孔については,形,大きさ,対光反応及び輻輳反応について調べる。瞳孔の観察は散瞳があるか縮瞳があるか,両側の瞳孔の大きさは同大か,光刺激による瞳孔反応(対光反応ともいう)は正常か,輻輳(近くを注視させること)によって起こされる瞳孔反応(輻輳 反応という)は正常かなどを調べる。(乙A22・10頁)⒟ 三叉神経三叉神経とは,眼神経,上顎神経,下顎神経の三枝に分かれ,知覚,運動をつかさどる神経である。検査としては咬筋,側頭筋の発達の具合,萎縮の有無,左右差等を視診,触診により調べる。開口 させて下顎が左右いずれかに偏位しないかをみる。一側障害の場合は,三叉神経の麻痺した側へと開口時に下顎は偏位する。三叉神経の感覚神経の方は顔面,頭部の皮膚及び口腔粘膜に分布している。 これらの部位に温,痛,触の刺激を与えて,それを強く感じるか,弱く感じるか,また,その異常を上記の部位のどの部位に感じるか を相手の感じるまま,その返答によって知る。 ⒠ 顔面神経前額(前頭)筋,眼輪筋及び口輪筋の検査を行う。左右差を診たり,個々の筋が麻痺しているかどうか,スパスム(不随意で律動的な素早い筋の収縮 を相手の感じるまま,その返答によって知る。 ⒠ 顔面神経前額(前頭)筋,眼輪筋及び口輪筋の検査を行う。左右差を診たり,個々の筋が麻痺しているかどうか,スパスム(不随意で律動的な素早い筋の収縮弛緩)を起こしているかどうか,額の皺が消失し ていないかどうか,眼瞼裂が広くなっていないかどうか,口の閉ま りが悪く流涎を来しているかなどを,自然の表情やある強制させた表情などで検査する。 また,味覚については,砂糖,塩を用いて舌前3分の2の顔面神経支配領域の味覚検査を実施する。 ⒡ 聴神経 聴力に関する感覚神経である聴神経(蝸牛神経)について検査する。通常,C音叉(振動させると128㎐の音を出す音叉。以下同じ。)を用いて,被検者に空気伝導音(気導音)を聴取させ,左右の耳のいずれに弱く感じるか(聴力低下があるか)を尋ねる。 ウェーバー試験では,頭部の正中矢状面上において骨導音を聞か せた上で,左右のどちらに強く感知されるかを尋ねる。これらの検査は聴力障害が伝音系障害(中耳の病変)によるものか,感音系障害(内耳及びそれより中枢側の病変)によるものかのおよその見当をつけるために行う。例えば,右耳で気導音の聴力低下(右耳の難聴)がある場合に,ウェーバー試験を行って,右方偏位(右側で大 きく感知される)の場合は,右耳に伝音系障害があり,左方偏位(左側の方で大きく感知される)の場合は,右耳に感音系の障害があると判断される。 ⒢ 舌咽神経,迷走神経及び舌下神経舌咽神経及び迷走神経は,咽喉頭筋の運動,すなわち,嚥下や発 声,発語の機能に関係している。迷走神経は声帯を支配しているため,これが冒されると,嗄声や無声の状態になる。咽喉頭筋の左右どちらか一側のみに麻痺や筋萎縮が生じている場合は,これらの神経の 声,発語の機能に関係している。迷走神経は声帯を支配しているため,これが冒されると,嗄声や無声の状態になる。咽喉頭筋の左右どちらか一側のみに麻痺や筋萎縮が生じている場合は,これらの神経の末梢神経か,脳内(詳しくは脳幹部)の神経細胞のいずれかに障害が存することを意味している。脳幹内の舌咽神経細胞や迷走神 経細胞を,更に上位(中枢側)から支配している神経系の障害では, このような一側性のみの障害は通常起こらない。 中枢神経の障害が咽喉頭筋に麻痺を来すのは,左右両側の中枢部に病変が存在するときのみであり,その場合も筋萎縮は伴わない。 このため,軟口蓋の形が左右対称的であるか,発声時に運動するかどうか,萎縮がないかどうかを観察する。 舌下神経は舌の運動に携わっている。発声された音が言葉としての基本的要素である単音(ア,イ,ウなど)を構成するためには,口を開閉し(三叉神経),唇を動かし(顔面神経),咽喉頭筋を動かし(舌咽神経,迷走神経),舌を動かす(舌下神経)ことによって発音されるから,いずれの神経が冒されているかを診るために「ア ー,アー,アー」とか「カカカカカ」などと,単音を反復させて検査し,その障害の有無を調べる。鼻に抜けるような鼻声であれば,軟口蓋の麻痺又は筋萎縮が考えられ,構語に関する錐体路系の運動神経が障害されることにより,このような言語障害が生じる。 また,単語を有機的に発音するためには,小脳系,錐体外路系の 協調がなければならない。これらの協調が破綻すると,言葉として調子外れになったり,早口で不明瞭になったり,あるいは,逆にゆっくりとした発音になったり,発音の合間に関係ない音が挿入されたりして,言語は障害される。特に,小脳失調症による言語は特徴的で,音量のコントロールが障害されや 口で不明瞭になったり,あるいは,逆にゆっくりとした発音になったり,発音の合間に関係ない音が挿入されたりして,言語は障害される。特に,小脳失調症による言語は特徴的で,音量のコントロールが障害されやすく,大きく発音したかと 思うと小さく発音する。音程も高く発音したかと思うと低く発音する。これらの音量,音程の変化は一つ一つの文章の中で不規則に入り乱れて生じる。(乙A22・14頁)⒣ 副神経胸鎖乳突筋と僧帽筋を支配し,頭の運動(廻旋,前屈など)や肩 胛骨の運動を行わせる作用があるため,これらの筋の筋力,筋萎縮 の有無などを診る。 e 頸部被告熊本県における公的検診と同じく(前記⑵ア),頸部の運動制限や運動痛の有無を確認し,それらがある場合には,前後左右いずれの方向の運動で生じるかを調べる。 また,完全に力を抜いた筋肉を被動的(受動的)に動かしたときに正常よりも抵抗の大きい場合は,固縮と呼ばれる現象か,痙縮と呼ばれる現象を来している。前者は錐体外路系の運動障害に伴い,後者は錐体路系の運動障害に伴う。固縮と痙縮は,被動運動に対する抵抗の様式にそれぞれ特徴があり,その特徴によって鑑別される。(乙A2 2・18頁)f 上肢運動系上肢の運動障害の有無に係る検査は,錐体路系,錐体外路系,小脳系及び感覚系の障害によって生じる運動障害を確認し,それぞれを鑑別するために行う。 ⒜ 不随意運動不随意運動とは,意思に反して無意識的に体が運動することであり,上肢に最も多く見られるのは振戦である。 ⒝ 筋萎縮錐体路系の運動神経の二次ニューロンの障害や筋肉疾患によって 筋萎縮が生じる。運動神経二次ニューロンとは,脊髄前角にある運動神経細胞と,それから末梢の筋肉にまで延びている神経線維と 筋萎縮錐体路系の運動神経の二次ニューロンの障害や筋肉疾患によって 筋萎縮が生じる。運動神経二次ニューロンとは,脊髄前角にある運動神経細胞と,それから末梢の筋肉にまで延びている神経線維とを称している。これに対して,一次ニューロンとは,大脳皮質から脊髄前角に至るまでのより上位の神経である。一次ニューロン,二次ニューロンはそれぞれ障害されると麻痺を来すが,後者は筋萎縮を 来すのに,前者は原則的には筋萎縮を来さない。 ⒞ 筋トーヌス被告熊本県の公的検診と同様である(前記⑵アb)。 ⒟ 筋力検査者と力比べをする形で,筋肉の力を検査する。主として近位筋と遠位筋のどちらに脱力が存するか,あるいは,どの神経支配の 筋群に脱力があるかを明らかにする目的で行う。なお,被検者が充分に力を入れてくれなければ,無意味な検査となる。 指微細運動・協調運動指の微細運動とは,拇指と示指との各指頭で離開・合致の対向運動を可能な限り速く反復して行わせるものである。指は四肢の中で は最も素早く動かせる部分であるが,錐体路,錐体外路,小脳などの障害で動きが遅くなる。 また,運動転換(前腕回内回外交互運動変換)とは,前腕を,その長軸を軸にして回転させ,内向きの回内運動と外向きの回外運動とを交互に素早く反復させるものであり,麻痺(特に頸性を伴った 麻痺),小脳障害及び錐体外路障害で障害される。このうち,小脳失調症によるものは,拮抗関係にある筋肉(相反する作動効果を持つ筋群,拮抗筋群という。)である回内筋と回外筋とが行う収縮と弛緩が素早く協調して行えないことが特徴的で,回内運動,回外運動の回転運動量が一定せず,大きく回転したかと思うと小さく回転 する。また,回転のスピードも一定せず,速く回転したかと思うと 収縮と弛緩が素早く協調して行えないことが特徴的で,回内運動,回外運動の回転運動量が一定せず,大きく回転したかと思うと小さく回転 する。また,回転のスピードも一定せず,速く回転したかと思うと遅く回転し,回内回外運動の回転のリズムがバラバラである。また,両上肢を同時に行わせるとき,左右の運動が同期せず,固定させておくべき前腕の長軸(回転軸)が動揺する。 指指試験とは,被検者が両手の示指をそれぞれ左右の遠方から接 近させて,両指頭を合致させる運動である。両指頭が狙いどおりに 上手く合致するかどうか,また,遠方にある手が終着点の両指の会合点に至るまでの運動開始から運動停止までの全行程において,その動作が迅速,正確,円滑かつ無駄のない動きで行われているかどうかを観察する。 指鼻指試験は,被告熊本県の公的検診と同様である(前記⑵ア b)。 小脳失調症がある場合には,指指試験及び指鼻指試験において,測動異常症(dysmetria),運動方向感の障害(missdirection),運動分解(decomposition),終末振戦(terminaltremor)など特有な性状を呈する。 測動異常症とは,運動距離の測定障害ともいうべき徴候である。 両指頭が正確に会合し,鼻尖と検査者の指頭に正確に触れ得るためには,それぞれの指標への距離を認識して正確にそこまで指尖を伸ばし,目標のところで正確に停止しなければならない。この感覚と動作が狂うと,指は行き過ぎたり,目標まで行きつかずその手前で 止まってしまう。行き過ぎる場合を測動過大(hypermetria)といい,手前で止まる場合を測動過少(hypometria)という。小脳障害における測動過大は,目標に接近し到達する直前から動作が加速されて速く通り過ぎてし 場合を測動過大(hypermetria)といい,手前で止まる場合を測動過少(hypometria)という。小脳障害における測動過大は,目標に接近し到達する直前から動作が加速されて速く通り過ぎてしまうことが多い。動作を反復して行わせると,一定の測動異常症を呈するのではなく,その都度程度が異なってい るのが特徴である。 運動方向感の障害は,目標物への方向を誤らずに近づくことができないことである。正常では目標物に向かって方向を誤らずに一直線に指は進行して指尖が目標物に合致するのであるが,小脳失調症の場合は,目標への軌道修正をしようとして,過大修正して反対方 向へ行き過ぎたり,全くの方向違いの方へ導いたり,上下,左右へ と試行錯誤しながら揺れ動く。動作を反復して行わせると,目標を逸れる方向はその都度異なっているのが特徴である。 運動分解とは,たとえ測動異常症,運動方向感の障害を示していなくとも,この検査に関与する上肢全体の動作を見た場合に,上肢の全機能が動作の目的を達成させるために相協調し,合目的な正確, 迅速円滑かつ無駄のない動作を行っていない場合をいう。 終末振戦とは,目標物に近づくにつれて前腕が震え出し,震えも激しくなることである。 一点叩き試験は,検診票に描かれたサークルの内部に,被検者がボールペンでペン先を,軽くインクが印される程度で,かつ一定の 強さで叩きつけるようにして点を付ける。この動作を10回,一連のものとして続けざまに行う。運動方向感の障害があると,点は円の外に付けられることが多い。円内に上手く叩打しようと狙えば狙うほど外れる。また,測動異常症のうち測動過大がある場合は目標物の紙面を通り抜ける位に強く叩打されるために,紙面に強く印さ れる。このような測動過大の程度もその都度 上手く叩打しようと狙えば狙うほど外れる。また,測動異常症のうち測動過大がある場合は目標物の紙面を通り抜ける位に強く叩打されるために,紙面に強く印さ れる。このような測動過大の程度もその都度異なるので,紙面に印された黒点の大きさとかインクの濃さとか,紙の凹み具合などが異なる。このように,その点の一つ一つの程度に相違があるのが特徴とされる。 書字検査では,被検者に自己の氏名を書かせる。小脳失調症の場 合,書字は乱れ,真直ぐに線を引けずに歪み,概して画線が行き過ぎて「大書症」となる。 g 躯幹脊柱,躯幹筋,躯幹失調,不随意運動について,脊柱の変形,疼痛がないか,躯幹筋(大胸筋,肩胛筋,背筋,腹筋)の萎縮の有無,筋 力,筋トーヌス等を調べる。 躯幹失調とは,小脳障害で生じるもので,人が布団から起き上がる,腰掛けから立ち上がる,腰掛ける,立位で向きを変える,急に立ち止まる,歩きながら急に方向を変えるなどの全身の動作を行うときに体がグラリと揺れてバランスを失い,場合によっては転倒する状態や,体がユラユラ揺れて坐位とか立位の姿勢を保っておれない状態をいう。 姿勢の平衡状態を維持することが困難になるため,バランスをとろうとして上肢を広げたり,下肢を広げたり,更には視線の配りも不安定姿勢を反映させ,患者は無意識的に転倒しないように防御的姿勢をとるものである。(乙A22・24頁)h 下肢運動系 ⒜ 不随意運動,筋萎縮,筋トーヌス,筋力については,上肢運動系と検査対象とする筋肉が異なっているだけで,検査の手技・意義はいずれも上記fと同様である。 ⒝ 協調運動については,踵膝叩き試験,踵膝脛試験,趾指試験,空中描円試験,肢位試験等を行う。これらの検査は,ベッド上に仰臥 した姿勢で行う。 手技・意義はいずれも上記fと同様である。 ⒝ 協調運動については,踵膝叩き試験,踵膝脛試験,趾指試験,空中描円試験,肢位試験等を行う。これらの検査は,ベッド上に仰臥 した姿勢で行う。 ⒞ 踵膝叩き試験は,踵でもって他側の伸展位をとっている下肢の膝を反復して一定のリズムで叩かせる検査である。小脳失調症があると正確に膝を叩けず,目標が左右上下に外れ,叩くリズムもバラバラに乱れる。 ⒟ 踵膝脛試験は,両下肢伸展位から始め,一側の踵を空中高くに一度拳上して,そこから他側の膝に狙い誤たずに正確に下ろし,さらにその脛の上を足首の方へと滑らせるものである。小脳失調症がある場合には,始めから踵が膝に正確に触れられず,動作が行き過ぎて膝よりも上の大腿部に下ろしたり,あるいは膝よりも下の脛の方 へ下ろしたり,あるいは全く脚から外れてベッドに下ろしたりする。 さらに,それを正確に膝に乗せ直そうと何回も反復試行するが,なかなか狙いどおりに上手く行かず,踵膝叩き試験のような結果を生ずるが,踵を滑らせる段取りになると正常者の如くに一直線に動かせずに,軌道修正を繰り返しながらジグザグにつっかかりひっかかりするようにして脛の上をなぞっていく。 i 括約筋膀胱直腸筋の機能を調べるものであるが,実際に検査するのではなく,症状を聴取するのみのことが多い。頻尿,排尿困難,尿失禁,便失禁などを聴取する。 j 反射 ⒜ 反射検査には,深部反射(腱反射)と表在反射(皮膚粘膜反射)と病的反射がある。なお,膝間代,足間代,ラセーグ徴候は,いずれも反射ではないが,被告鹿児島県の「水俣病検診記録」では便宜的にこの項目に記載されている。 ⒝ 深部反射と表在反射は,腱とか皮膚・粘膜などに刺激を加えて, それぞれ反射に関与 徴候は,いずれも反射ではないが,被告鹿児島県の「水俣病検診記録」では便宜的にこの項目に記載されている。 ⒝ 深部反射と表在反射は,腱とか皮膚・粘膜などに刺激を加えて, それぞれ反射に関与する筋の収縮が生じるものをいう。反射の求心路,反射中枢,遠心路,効果器官が反射弓(反射の経路)を構成している。これらの反射経路のどこかが障害されると,反射は減弱ないし消失する。反射の求心路は感覚系,遠心路は錐体路系の運動神経の二次ニューロンである。この反射弓を上位からコントロールす る系があり,これが障害されると深部反射は亢進し,表在反射は減弱ないし消失する。この上位からコントロールしているのは,錐体路系の一次ニューロンである。 ⒞ 病的反射は正常者にはみられず,錐体路系の一次ニューロンに障害のある者に出現するものである。バビンスキー,チャドック,ロ ッソリモの各徴候がある。 ⒟ 膝間代,足間代も錐体路系の一次ニューロンの障害でおこる病的徴候である。ラセーグ徴候は,坐骨神経に障害のある場合に出現する徴候である。 ⒠ このように,錐体路系の運動神経のうち,一次ニューロンが障害されると深部反射の亢進,表在反射の減弱・消失,病的反射出現, 膝間代,足間代の出現などが見られる。二次ニューロンの障害では,深部反射の減弱・消失が起こる。 k 感覚系⒜ 表在覚表在感覚については,毛髪の毛先で触覚を,ピン-ホイールで痛 覚を,試験管内に温湯や冷水を入れたもので温度覚を調べ,感覚障害がどの部位に存在するかを明らかにする。 ⒝ 深部覚関節位置覚は,閉眼させた状態で一肢に被動的にある肢位をとらせ,他側肢にそれと同じ肢位を真似させる方法で調べる。関節位置 覚が冒されると,どのような肢位をとっているかを自覚 。 ⒝ 深部覚関節位置覚は,閉眼させた状態で一肢に被動的にある肢位をとらせ,他側肢にそれと同じ肢位を真似させる方法で調べる。関節位置 覚が冒されると,どのような肢位をとっているかを自覚し得ないので他肢の肢位を模倣できない。また,閉眼させた状態で,指趾,特に足趾を検者が触り,それがどの趾であるかを当てさせたり,あるいはその趾を被動的に動かしてどちらの方向に動かされたかを当てさせて検査する。 振動覚の検査は,通常,肩峰,上肢では肘頭,橈骨茎状突起と,腸骨陵,下肢では膝蓋骨,脛骨内果あるいは腓骨外果などの皮膚上から容易に骨を触知し得るような部位を選び,皮膚を通してその骨面にC音叉の底部を当てて振動を感知させ,その感知し得る時間を測ることによって行う。感知し得る時間が10秒以下の場合を振動 覚の減弱と評価している。 ⒞ 複合覚複合覚の検査としては閉眼させて,手掌にストップウォッチとか,鉛筆,筆とか,消しゴムとかの日常用品を触らせ,あるいは握らせてその物品名を当てさせること(立体覚)や,指頭に細い棒(マッチ棒など)で数字を書いて当てさせる(書字識別覚)ことや,指尖 の腹側にキャリパスで5mm程度の間隔の2点同時刺激を与えたり,1点刺激を与えたりしてそれが一点であるか二点であるか当てさせる(二点識別覚)ことによって検査する。 l 動作その他上記gの躯幹で述べたとおり,自然な動作として行われている坐位, 立位,椅子からの起立,歩行などを観察する。 また,負荷をかけた動作として,しゃがみ立ち,片足立ち,爪先立ち(両足,片足),ロンベルグ試験,マン試験,つぎ足歩行を観察する。ロンベルグ試験及びつぎ足歩行の検査方法は,被告熊本県と同様(前記⑵アc,e)である。 しゃがみ立ち,片 足立ち,爪先立ち(両足,片足),ロンベルグ試験,マン試験,つぎ足歩行を観察する。ロンベルグ試験及びつぎ足歩行の検査方法は,被告熊本県と同様(前記⑵アc,e)である。 しゃがみ立ち,片足立ち,爪先立ちは字句どおりの行為をさせてそのふらつき具合を診る。 m レ線所見脊椎のうちでも頸椎と腰椎は病変を来しやすい部位である。 頸椎は,内部の脊柱管内を脊髄が貫通しており,頸髄(頸部脊髄) が障害されると,頸部以下に運動と感覚の障害が引き起こされる。腰椎には,その上半部(第2腰椎)までは脊髄があるが,それ以下は神経根があり,これらの障害で腰以下の運動と感覚の障害を来す。このため,レントゲン検査において,この頸椎と腰椎の形態的変化を診断する。 n 神経伝導速度検査 神経伝導検査とは,末梢神経に電気刺激を与え,惹起された電気的興奮(神経インパルス)を離れた部位から記録して,刺激・記録点間の神経伝導性を評価する生理学的検査であり,これによって末梢神経機能を評価するものである。 多発性神経炎などによって末梢神経が冒されると神経伝導速度が低 下する。運動神経伝導速度は,運動神経である後脛骨神経の近位側を電気刺激し,遠位側の筋肉(拇趾外転筋)で記録する。感覚神経伝導速度は,感覚神経である腓腹神経の近位側(腓骨外果の上方約14cm)を電気刺激し,遠位側の腓骨外果の後方で記録する。これらの刺激から反応に要する時間を求め,これを距離(刺激部位と反応測定部 位との間)で除したものが,伝導速度である。運動神経伝導速度,感覚神経伝導速度の遅延及び波形の著明な変化のあるものを異常とする。 (乙A22・33頁,乙B87)o 尿中B2ミクログロブリン尿細管から再吸収される低分子量蛋白質で,尿細管障害で尿中に増 ,感覚神経伝導速度の遅延及び波形の著明な変化のあるものを異常とする。 (乙A22・33頁,乙B87)o 尿中B2ミクログロブリン尿細管から再吸収される低分子量蛋白質で,尿細管障害で尿中に増 量する。正常値は,253㎍/ℓ以下である。(乙A22・34頁)イ眼科学的診察眼科学的診察として,視野,視力,眼球運動,瞳孔及び眼底等の検査を行う。また,視覚に影響を与える視器の病気(角膜混濁,前房混濁,水晶体混濁,硝子体混濁,網膜色素変性症等の眼底疾患,緑内障など)の 有無を確認する。(乙A22・39~41頁,弁論の全趣旨)視野視野はゴールドマン型の視野計を用いており,その検査方法,判定方法は,被告熊本県と同様である(前記⑵イ)。 視力及び眼球運動 被告熊本県と同様(前記⑵イ,),遠方視力と近方視力について, 裸眼視力と矯正視力の程度を検査し,また,眼球運動について,EOG(眼球電図)において滑動性追従運動検査及び衝動性運動を診ている。 瞳孔瞳孔の大きさ,形,左右差を見る。次に,ペンライトの光を一側の瞳孔に当て,瞳孔の迅速な収縮が起きるかどうかを見る(直接対光反射)。 このとき反対側の瞳孔にも収縮が起きるかも見る(間接対光反射)。収縮があれば正常とする。 細隙灯顕微鏡検査細隙灯顕微鏡検査で,光細隙(スリット)の幅や長さを調節し,光学的に前眼部から眼底までを観察し,異常があれば記載する。 眼底検査細隙灯顕微鏡と眼底鏡を使って,硝子体網膜,視神経等の異常の有無を確認する。 ウ耳鼻咽喉科学的診察耳鼻咽喉科学的診察として,難聴や耳鳴り,めまい等の検査を行う。聴 力に影響を及ぼすような耳疾患の有無を確認し,聴力検査,眼振,視運動性眼振検査等の平衡機能 する。 ウ耳鼻咽喉科学的診察耳鼻咽喉科学的診察として,難聴や耳鳴り,めまい等の検査を行う。聴 力に影響を及ぼすような耳疾患の有無を確認し,聴力検査,眼振,視運動性眼振検査等の平衡機能の検査を行う。 聴力検査被告熊本県と同様(前記⑵ウないし),純音聴力検査,自記オージオメトリー,語音聴力検査を実施している。 加えて,被告鹿児島県では,鼓膜の可動性を調べるティンパノメトリーを実施している。鼓膜が可動性を示し,鼓室圧が外界と同じ場合(正常な場合)は,A型のティンパノグラムが描かれる。これに対して,鼓室が陰圧の場合はC型,鼓室に多量の貯留液のある症例や鼓室の癒着している症例ではB型が示される。 これらの検査によって伝音性難聴,感音性難聴,混合性難聴の鑑別, さらに,感音性難聴の場合,内耳性難聴であるか内耳よりも中枢の障害に起因する後迷路性難聴であるかの鑑別を行う。(乙B76)平衡機能検査(眼振)被告熊本県と同様(前記⑵ウ),眼振検査(注視眼振,非注視眼振,頭位眼振,頭位変換眼振)を実施している。なお,非注視眼振検査にお いても,固視機能を取り除くために,被検者にフレンツェル眼鏡を装着させる。(乙B76)加えて,被告鹿児島県においては,重心動揺計検査(中枢性平行機能障害の鑑別に有用な検査)を実施しているところ,この検査では,直立姿勢の状態で体の揺らぎ(動揺)を,開眼・閉眼それぞれの状態で 検査するもので,その結果を肉眼的観察ではなく,他覚的に記録することができるものである。(乙B77) 3 認定審査会での審査⑴ 設置の根拠・構成公健法は,前記第1章のとおり,認定等の行政処分そのものは都道府県知 事が行うとしているが,処分を行うに当たって都道府県知事は認定 乙B77) 3 認定審査会での審査⑴ 設置の根拠・構成公健法は,前記第1章のとおり,認定等の行政処分そのものは都道府県知 事が行うとしているが,処分を行うに当たって都道府県知事は認定審査会の意見を聴かなければならず(公健法4条1項後段,2項後段),認定審査会は,医学,法律学その他公害に係る健康被害の補償に関し学識経験を有する者のうちから,都道府県知事が任命する委員をもって組織し,組織,運営その他審査会に必要な事項については,条例で定めるものとしている(同法4 5条1,3項)。 被告熊本県では熊本県公害健康被害認定審査会条例(昭和49年条例第47号。乙A2)を,また,被告鹿児島県では,鹿児島県公害健康被害認定審査会条例(昭和49年条例第50号。乙A23)を制定している。(乙A2,23) ⑵ 審査方法 ア被告らの職員及び認定審査会委員等は,前記2⑴及び⑵もしくは⑶の調査及び検診で得られた結果(病理所見や医療機関調査結果が加わる場合もある。)を,認定審査会資料として整備する(申請者の生活歴等に関する部分は県職員が,検診結果に関する部分は認定審査会委員等が,それぞれ整理して記載(要約転記)する。)。 知事は,認定審査会資料が整備された認定申請者について,認定審査会に諮問する。 イ諮問を受けた認定審査会では,各認定審査会委員等に認定審査会資料が配布される。 審査は,認定審査会資料に沿って,まず,担当の県職員が前記2⑴で述 べた調査の結果を説明し,次いで,神経内科,眼科,耳鼻咽喉科等の認定審査会委員等が各科の検査所見を説明する。その後,上記各説明及び認定審査会資料等により,認定審査会で討議を行い,水俣病に関する医学上の知見に照らして,認定申請者が水俣病にり患しているか否かを医学 定審査会委員等が各科の検査所見を説明する。その後,上記各説明及び認定審査会資料等により,認定審査会で討議を行い,水俣病に関する医学上の知見に照らして,認定申請者が水俣病にり患しているか否かを医学的に総合判断する。 被告熊本県の認定審査会では,総合判断の結果を,①「公健法で定める水俣病に合致する」,②「公健法で定める水俣病に合致しない」,③答申保留(再検査が必要な場合等)に分けて判定し,また,被告鹿児島県の認定審査会では,総合判断の結果を,①認定相当,②棄却相当,③答申保留(再検査が必要な場合等)に分けて判定し,それぞれ,①,②の場 合には,その内容に従って知事に答申(意見)する。 ⑶ 審査基準認定審査会では,昭和52年判断条件及び総合的検討通知に基づいて審査が行われている。 4 知事による処分 前記3⑵イの答申(意見)を受けた知事は,前記3⑵イ各①の答申の場合に は水俣病と認定する旨の処分,同各②の答申の場合には水俣病認定申請を棄却する処分を行う。なお,同各③の場合には,処分を保留して認定の申請又は棄却に必要な再検査等を行う。 5 公健法に基づく認定処分等に対する不服申立制度⑴ 不服審査会の設置 公健法は,認定又は補償給付の支給に関する処分がある場合には,その処分をした都道府県知事等に対し行審法の規定により異議申立てをすることができることとし(公健法106条1項),更にその決定に不服がある場合には,不服審査会に対して審査請求をすることができるとしている(同条2項)。 不服審査会は,認定又は補償給付の支給に関する処分に不服のある者が行う審査請求事案を取り扱うために環境大臣(平成13年度以前は環境庁長官)の所轄の下に設置された機関で(公健法111条),人格が高潔であって,公 ,認定又は補償給付の支給に関する処分に不服のある者が行う審査請求事案を取り扱うために環境大臣(平成13年度以前は環境庁長官)の所轄の下に設置された機関で(公健法111条),人格が高潔であって,公害問題に関する識見を有し,かつ,医学,法律学その他公害に係る健康被害の補償に関する学識経験を有する者のうちから,両議院の同意を得て環境 大臣が任命する委員6名で組織されている(公健法112,113条)。 そして,公健法の認定又は補償給付の支給に関する処分の取消しの訴えについては,当該処分に対する審査請求に対する不服審査会の裁決を経た後でなければ提起することができないとされ(公健法108条),不服申立て前置主義が採用されている。 ⑵ 不服審査会による審理手続不服審査会による審査請求の手続は,書面主義(行審法25条)ではなく,当事者主義を採用し,原処分をした行政庁と審査請求人当事者の出席による審理により行うこととされている(公健法107条,127条以下)。 また,被害者の迅速な救済の観点から,行審法の規定を一部補正している (同法107条2項)ほかは,不服審査に関しては行審法の規定がそのまま 適用される。 第8 本件各申請の状況等 1 本件各申請の状況原告らは,平成14年から平成17年にかけて,熊本県知事又は鹿児島県知事に対し,本件各申請をした。 原告らは,平成26年から平成28年にかけて,本件各申請に係る公的検診を受けた。 これに対し,熊本県知事は,原告A,原告B及び原告Cに対して平成27年11月30日付けで,原告Dに対して平成28年5月12日付けで,並びに原告E及び原告Fに対して同年2月12日付けで,鹿児島県知事は,原告Gに対 して同月10日付けで,本件各処分をした。 各原告に係る前提 付けで,原告Dに対して平成28年5月12日付けで,並びに原告E及び原告Fに対して同年2月12日付けで,鹿児島県知事は,原告Gに対 して同月10日付けで,本件各処分をした。 各原告に係る前提事実は,別紙6-1ないし7の各第1の1に記載のとおりである。 2 その他の経緯等原告らは,平成19年10月11日,国家賠償法上の違法等を理由に国, 被告熊本県及びチッソに対し,損害賠償等を求める訴えを提起し,1審は原告A及び原告Gの請求を一部認容し,その余の請求を棄却したが,控訴審では1審を変更され,いずれの請求も棄却された。(顕著な事実)原告らは,平成26年7月ないし同年9月,阪南中央病院にそれぞれ2日ないし5日入院して,内科医師である三浦医師らの診察を受けた。また,三浦医 師らは,平成27年1月17日,水俣市内の熊本学園大学水俣学現地研究センターに赴いて,原告らを診察した。(甲B1,2,甲C1の3,甲C2の3,甲C3の3,甲C4の1,甲C5の2,甲C6の2,甲C7の3)なお,原告Aは,平成26年に,総合的検討通知の取消の義務付け等を求めて国等に対して訴えを提起したが,同訴えは却下され,上告申立て等を経て, その旨の判決が確定している。(弁論の全趣旨) 3 本件訴訟提起原告らは,平成27年10月15日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)第3章争点等及び争点等に関する当事者の主張第1 争点等本件の主要な争点は,原告らが水俣病にり患しているか否かである。 しかし,その判断の前提となる事実関係等について当事者間に種々の争いがあり,原告らに共通する部分も多く含まれる。そこで,まず原告らに共通する判断事項として,⑴原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する共通事項及び⑵原告らが水俣病に について当事者間に種々の争いがあり,原告らに共通する部分も多く含まれる。そこで,まず原告らに共通する判断事項として,⑴原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する共通事項及び⑵原告らが水俣病にり患しているか否かに関する共通事項を判断し,次に,原告らの個別の判断事項として,⑶原告らが水俣病にり患しているか否か について判断することとする。 1 原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する共通事項(争点1) 2 原告らが水俣病にり患しているか否かに関する共通事項⑴ 水俣病の病像等(争点2)ア水俣病の病像論(争点2-1) イ水俣病の発症閾値論等(争点2-2)ウ感覚障害のみの水俣病の有無及びその評価(争点2-3)エメチル水銀ばく露が終了してから相当期間経過後の発症の有無(争点2-4)オ長期微量汚染型水俣病(争点2-5) ⑵ 原告らが水俣病にり患しているか否かについての判断枠組(争点3)ア基本的な判断枠組(争点3-1)イ三浦医師らの診断及び検診の信用性(争点3-2)ウ公的検診録の信用性(争点3-3)エ所見の変動の許容性(争点3-4) オ他の原因の可能性(争点3-5) 3 原告らが水俣病にり患しているか否か(争点4)⑴ 原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度(争点4-1)⑵ 原告らの各症候(争点4-2)⑶ 原告らの各症候がメチル水銀ばく露に起因するか(争点4-3) 4 公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付けの可否(本案前の答弁) 第2 争点等に関する当事者の主張 1 原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する共通事項(争点1)不知火海のメチル水銀の汚染状況等(原告らの主張)ア地理的(空間的)な汚染の広がり 等に関する当事者の主張 1 原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する共通事項(争点1)不知火海のメチル水銀の汚染状況等(原告らの主張)ア地理的(空間的)な汚染の広がり メチル水銀に汚染された地域は水俣湾及びその周辺海域にとどまるものではなく,不知火海沿岸各地域に及んでいる。 公健法上の行政認定患者又は特措法による一時金対象者の分布状況,さらに,各地域に水俣病にみられる症候を発現する者が高い割合で存在することは,不知火海沿岸各地域に汚染が拡がっている事実を裏付ける。 イ昭和44年以降の不知火海沿岸の汚染状況について調査報告から,メチル水銀化合物を含むアセトアルデヒド廃水の排出の停止から30年以上を経過した時点においてなお,水俣湾の海底堆積物は高濃度の水銀を含んでおり,この堆積物は不知火海各地に流出,拡散しているといえる。そのため,この堆積物中のメチル水銀が食物連鎖を 通じて不知火海の魚介類を汚染している実態が明らかとなった。 平成16年において,水俣湾の魚類の含有総水銀値は,国の暫定規制値0.4ppm(1gにつき100万分の0.4g含有していること。)を上回る汚染状況にある。その汚染のメカニズムとして,水俣湾の底質及び底生生物の水銀値は対照地区と比較して有意に高く,そのため生体濃縮 により魚類の汚染が蓄積されることが考えられる。 さらに,水俣湾海底の堆積物は不知火海に流出,拡散している事実からすると,不知火海各地でも同様に,底質から底生生物,そして魚類へという汚染のメカニズムが形成され,食物連鎖の上位に位置する魚類の汚染が蓄積される現象が起きていることが想定される。 ウ昭和44年以降に不知火海沿岸地域に出生等した住民の健康状況 チッソ水俣工場がアセトアルデヒ が形成され,食物連鎖の上位に位置する魚類の汚染が蓄積される現象が起きていることが想定される。 ウ昭和44年以降に不知火海沿岸地域に出生等した住民の健康状況 チッソ水俣工場がアセトアルデヒドの製造を中止した昭和43年5月以降に不知火海沿岸地域に出生又は転入した住民は,同月以降のばく露しか受けていないところ,こうした住民も水俣病にみられる症候を発現していることから,同月以降も,不知火海沿岸地域はメチル水銀により汚染されていることが明らかである。 エ長期微量汚染について水俣湾等では,「公式発見の日」以前から相当の高濃度のメチル水銀による環境汚染が続いていた。しかも,海水が汚染されたため,魚介類への汚染の影響の広がりは甚大なものであった。海水への汚染物質放出を停止したからといって,即座に海水が浄化されるわけではないから,ア セトアルデヒドの製造中止時点が人体のばく露停止の時点ではない。 実際,昭和43年にチッソ水俣工場がアセトアルデヒド工程の稼働を停止したが,その約6年後の昭和49年,被告熊本県が水銀汚染魚の拡散防止のため,全長4400mの大型仕切り網(水俣湾口を網で仕切って湾内に水銀汚染魚を封じ込めるもの。以下,単に「仕切り網」という。) を設置している。それから20年以上が経過した平成9年に安全宣言がなされた。ただし,袋湾海底泥土や八幡プールのカーバイド残渣置き場の水銀は,現在に至るも未処理で放置されたままである。 また,国水研は,水俣湾の環境調査を行い,年報を通して毎年研究成果を公表している。平成24年度版の年報では「717カットの底質試料 の総水銀濃度平均値は6.2ppmで,表層のみの平均値は3.2ppmであ った」と報告され(甲B38の1・115頁),また,「東京湾底質中の総 版の年報では「717カットの底質試料 の総水銀濃度平均値は6.2ppmで,表層のみの平均値は3.2ppmであ った」と報告され(甲B38の1・115頁),また,「東京湾底質中の総水銀濃度が0.43㎍/gであるのに対し,水俣湾底質中では3.7㎍/gと他海域よりも高い値である」と報告されている。このことから,今なお水俣湾の底質総水銀濃度は東京湾の8倍以上高濃度で蓄積されていることが確認されている(甲B38の2・128頁)。 そうすると,昭和25年前後に出生した原告らは,胎児期より濃厚ばく露を受け,出生後も汚染された魚介類を喫食し,しかもそのばく露は,濃度が低下したとはいえ,現在まで続いていることとなる。したがって,原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度を検討する前提として,こうした長期間にわたる汚染の人体に与える影響を検討する必要がある。 オ以上の不知火海の汚染の地理的(空間的)拡がり,時間的拡がりの中に原告らの成育歴,居住歴等を位置づけると,原告らは水俣病を発症する程度のメチル水銀ばく露を受けていることが十分に推認できる。 カ原告らが公健法における指定地域で居住することからの推認公健法における地域指定の考え方 公健法上,「『第二種地域』とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域をいう。」と定められて おり,この地域指定の要件は,①当該地域で相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じていること,②その影響による疾病が地域住民全体にわたり,対照地 定める地域をいう。」と定められて おり,この地域指定の要件は,①当該地域で相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じていること,②その影響による疾病が地域住民全体にわたり,対照地域と比較すると有意に多発していること,の2点である。 これを水俣病についてみると,水俣病に対応する第二種地域は,相 当範囲にわたるメチル水銀による著しい水質の汚濁が生じていること, さらに,メチル水銀の影響による疾病(水俣病)が地域住民全体にわたり,対照地区と比較すると有意に多発していることを意味するところ,原告らが出生,成長し,居住する地域は第二種地域に含まれていることから,この事実だけからでも,原告らはメチル水銀の濃厚なばく露を受けていることが推認できる。 (被告らの主張)アチッソ水俣工場からのメチル水銀の排出状況水俣病の原因物質であるメチル水銀は,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド製造工程において生成され,昭和7年から昭和33年7月までと,昭和34年10月から昭和43年5月のアセトアルデヒド生産停 止までの36年余りの間は,百間水門を経由して,382㏊の水俣湾に排出され,昭和33年9月から昭和34年10月までの1年余りの間は,百間水門より数㎞北方に位置する八幡プールを経由して水俣川河口へ排出されていた(別紙4―2参照)。水俣湾へ排出されたメチル水銀化合物の量は,3395㎏ないし5281㎏と推定され,他方,水俣川河口へ 排出されたメチル水銀化合物の量は304㎏ないし613㎏と推定されている(乙B1,2)。 イ不知火海におけるメチル水銀の汚染状況の経時的変化水俣湾及び八代海におけるメチル水銀の汚染の状況は,魚介類の総水銀値又はメチル水銀値,住民の毛髪の水銀濃度等から明らかとなる。 B1,2)。 イ不知火海におけるメチル水銀の汚染状況の経時的変化水俣湾及び八代海におけるメチル水銀の汚染の状況は,魚介類の総水銀値又はメチル水銀値,住民の毛髪の水銀濃度等から明らかとなる。 魚介類の総水銀値及びメチル水銀値a 水俣湾の魚介類の総水銀値及びメチル水銀値水俣湾における魚介類中の総水銀値は昭和36年以降減少し,昭和44年8月には,暫定的規制値(総水銀値0.4ppmかつメチル水銀値0.3ppm)と同程度になり(乙B2),メチル水銀中毒症を発症さ せるおそれのあるメチル水銀濃度の魚介類はほとんどみられなくなっ た(乙B2,3)。 b 水俣湾外の八代海の魚介類のメチル水銀値水俣川河口へのメチル水銀の排出は,前記第2章第3の1のとおり,昭和33年9月から昭和34年10月までの1年余りであり,推定流出量も304㎏ないし613㎏であり,水俣湾への推定メチル水銀排 出量の5.76%ないし18.06%にとどまる。しかも,排出先である水俣川河口から広がる八代海の面積は,382㏊の水俣湾に対し12万㏊と広大であり,閉鎖的な水域である水俣湾における海水のメチル水銀濃度に比べ,八代海における海水中のメチル水銀濃度は,大量の海水により希釈されることから,排出先である水俣湾や水俣川河 口から遠ざかるにつれ相当程度低くなるし,魚介類のメチル水銀値も逓減すること(藤木教授は「距離減衰」と表現する)に留意する必要がある(乙B4)。 そして,昭和44年8月の水俣湾における魚介類のメチル水銀値が暫定的規制値と同程度に低下していることからすれば,水俣湾よりも 排出されたメチル水銀化合物が少ない八代海産の同時期の魚介類のメチル水銀値は,暫定的規制値よりも相当程度低いはずである。 実際,昭和47年11月 度に低下していることからすれば,水俣湾よりも 排出されたメチル水銀化合物が少ない八代海産の同時期の魚介類のメチル水銀値は,暫定的規制値よりも相当程度低いはずである。 実際,昭和47年11月の水俣川河口沖の魚類中のメチル水銀値は暫定的規制値(0.3ppm)の1/5程度である0.068ppm以下となっている(乙B2)。 なお,昭和48年度の八代海産魚類中の総水銀濃度の調査結果には,総水銀値の暫定的規制値(0.4ppm)を超えたものが,2684検体のうち60検体(約2%),最高で2.6ppmないし2.8ppmに及ぶ総水銀濃度の魚類が1検体見られるが,暫定的規制値を超えていても,暫定的規制値は後記のように1/10という安全率を見込んで算 出されたものであり,また立て続けにこれらの魚類を喫食するとは考 え難く,仮に八代海産の魚類を毎日喫食するとしても,その場合は,八代海産の魚類の総水銀濃度の平均に収れんする(乙B2,4)。 住民の毛髪水銀濃度から認められるメチル水銀ばく露の状況a 住民の毛髪水銀濃度からして,水俣湾及び八代海沿岸住民のメチル水銀ばく露は,昭和44年以降,チッソ水俣工場から排出された メチル水銀の影響のない地域と同程度であること人体内に摂取されたメチル水銀は,腸管より吸収され,大部分が糞便中に,そして一部が毛髪中に排泄される。メチル水銀の人体内の量(以下「体内蓄積量」という。)と毛髪におけるメチル水銀濃度とは相関関係にあり,メチル水銀の取り込み量に応じて毛髪メチル水銀値 は高くなり,メチル水銀の取り込みが止まれば毛髪メチル水銀値は減少する。なお,総水銀濃度は,メチル水銀を含む水銀化合物の濃度であり,上記同様,毛髪の総水銀濃度とメチル水銀濃度にも相関関係がある。 水俣湾及び八 チル水銀の取り込みが止まれば毛髪メチル水銀値は減少する。なお,総水銀濃度は,メチル水銀を含む水銀化合物の濃度であり,上記同様,毛髪の総水銀濃度とメチル水銀濃度にも相関関係がある。 水俣湾及び八代海沿岸住民の毛髪の水銀濃度と,チッソ水俣工場か ら排出されたメチル水銀の影響を受けていないと考えられる対照地区(八代市,河内,長洲,熊本市等)の住民の毛髪の水銀濃度とを比較すると,対照地区の毛髪総水銀値が50ppm以内に止まるのがほとんどであるのに対して,昭和35年及び昭和36年の水俣湾及び八代海沿岸住民の毛髪総水銀値は50ppmを超える者が相当数いたが,昭和 37年には50ppmを超える毛髪総水銀値の者の人数はかなり減少している。また,漁業従事者は,それ以外の職業の者に比較して,日常の食生活に占める魚介類の割合が高く,魚介類からのメチル水銀の取り込みが多いことから,それ以外の職業の者に比較して毛髪の水銀濃度も高くなる傾向にあるところ,昭和44年の水俣地区の漁業従事者 の毛髪総水銀値は,最高値,最低値,平均値とも,東京都や福岡県の 住民のそれと大差なくなった(乙B2,5)。 この点からも,水俣湾及び八代海沿岸住民がメチル水銀中毒症を生じさせるようなメチル水銀ばく露は,このころには終了したと認められる。 b 昭和25年ないし昭和45年の出生児の臍帯のメチル水銀濃度の変 遷からも,上記aの汚染状況は裏付けられることばく露を受けた母体からのメチル水銀は胎盤を介して胎児に移行することが明らかとなっているが,保存されている臍帯のメチル水銀濃度を測定することにより,出生時のメチル水銀ばく露を評価することができる。 環境省は,日本の一般健康人における臍帯中メチル水銀値は0.1㎍/g乾燥重量(=0.1pp いる臍帯のメチル水銀濃度を測定することにより,出生時のメチル水銀ばく露を評価することができる。 環境省は,日本の一般健康人における臍帯中メチル水銀値は0.1㎍/g乾燥重量(=0.1ppm)としている(乙B6)。 水俣市周辺で昭和22年から昭和45年までの出生児57人の臍帯のメチル水銀濃度(乾燥重量)は,昭和30年に最高値(2.258ppm)を記録して以降,昭和34年から徐々に低下し,基本的には昭 和43年から昭和45年にかけては,メチル水銀値が0.1ppm未満の者や検出されていない者(0ppm)しか見当たらない。以上から,水俣市周辺の住民のメチル水銀ばく露は,少なくとも昭和44年以降には,水俣病を生じさせるようなメチル水銀ばく露があったとは認められない(乙B2)。 ウこのように,水俣湾及び八代海の魚介類の総水銀値及びメチル水銀値,水俣湾及び八代海沿岸住民の毛髪水銀濃度等からして,昭和44年以降,水俣湾及び八代海沿岸においては,チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀の影響のない地域と比較して,よりメチル水銀汚染があったとは認め難い。したがって,同年以降は,チッソ水俣工場から排出されたメチル水 銀を原因とする水俣病が発症する危険性はなかった。 エ有機水銀に対するばく露については,まず,申請者から,申請者が有機水銀に汚染された魚介類を多食したことにより有機水銀にばく露したとしている時期(以下「ばく露時期」という。)並びに申請者のばく露時期の食生活(摂食した魚介類の種類,量,時期を含む。)及び魚介類の入手方法を確認し,その上で,これらの事項と①申請者の体内の有機水銀濃度, ②申請者の居住歴,③申請者の家族歴及び④申請者の職業歴(漁業等への従事歴)に掲げる事項について総合的に勘案すること の入手方法を確認し,その上で,これらの事項と①申請者の体内の有機水銀濃度, ②申請者の居住歴,③申請者の家族歴及び④申請者の職業歴(漁業等への従事歴)に掲げる事項について総合的に勘案することにより,申請者が,指定地域において魚介類に蓄積された有機水銀をどの程度経口摂取し,ばく露したのか,またそれがどの程度確からしいと認められるかを確認することとなる。 原告らが引用する「逐条解説公害健康被害補償法」(甲A28)には,原告らのいうように,水質汚濁の影響による疾病が「地域住民全体にわた」るなどとはされていないのであって,原告らの主張は,公健法上の第二種地域に対する誤った評価を前提とするものであって,前提において理由がない。 また,水俣病認定患者が多数発生した時期及び地域に居住したことのみをもって,当該個人のメチル水銀のばく露の事実やその程度を推測することはできず,当該個人の具体的な摂食状況を踏まえて慎重に検討する必要があるし,ある地域において患者が多発した,つまり発症し得る程度のメチル水銀ばく露を受けている者が多数いるとしても,その地域に 居住している全ての者について同程度のメチル水銀ばく露があったということもできない。 そうすると,公健法上の第二種地域に居住していた事実のみをもって,メチル水銀の濃厚なばく露を受けたことが推認できるなどという原告らの上記主張に理由がない。 オそして,原告らにばく露が認められるか否かについては,平成25年最 高裁判決の判断を前提とする総合的検討通知の内容に沿って行うべきである。 昭和30年前後の原告らの地域住民の認識及び喫食状況(原告らの主張)ア原告らの地域住民の喫食状況について 水俣湾沿岸の地域住民の喫食状況について訴訟で認定 行うべきである。 昭和30年前後の原告らの地域住民の認識及び喫食状況(原告らの主張)ア原告らの地域住民の喫食状況について 水俣湾沿岸の地域住民の喫食状況について訴訟で認定を受けた水俣湾沿岸の住民らの証言等(甲A6~8,甲C全2,3,12,証人山下善寛)からすれば,水俣湾沿岸の地域住民は,被告熊本県,水俣市等の行政当局から,水俣湾の魚介類を食べると危ないという情報を得ておらず,住民の間で魚が危ないのではないかという 漠然とした噂をしていたにとどまる。したがって,地域住民は,水俣湾の魚介類の危険性について認識していたとはいえない。 仮に,水俣湾沿岸の地域住民が,魚が危険であると理解していたとしても,Kらの陳述(甲A9),水俣保健所の当時の伊藤所長等の証言(甲A10),被告熊本県公衆衛生課長の証言(甲A11)からすれば, すべての魚介類が危険であるという理解ではなく,浮遊魚又は死魚など,一見して異常であると分かる魚介類が危険であって,通常に生息する魚介類は無害であるという理解であり,地域住民は,通常に生息する魚介類を安全であると考え多食していたといえる。 このことは,徳臣医師らの水俣湾沿岸住民の魚介類摂取の状況に関す る報告や行政文書等によっても裏付けられている。水俣湾沿岸の地域住民は,生活の困窮のため食料は近場で獲れる魚介類に依存せざるを得ず,水俣湾の魚介類を捕獲し摂取していた。控えていたとしても,それは昭和31年末頃から昭和32年初め頃にかけてのごく一時的な期間にすぎず,それ以降は,従来通りの捕獲,摂食を続けた。 水俣湾の周辺海域沿岸の地域住民 訴訟で認定を受けた水俣湾の周辺海域沿岸の住民の証言や昭和34年代に水俣湾の外側以北の沿岸住民に水俣病患者が発生したこと等か ,摂食を続けた。 水俣湾の周辺海域沿岸の地域住民 訴訟で認定を受けた水俣湾の周辺海域沿岸の住民の証言や昭和34年代に水俣湾の外側以北の沿岸住民に水俣病患者が発生したこと等からすれば(甲A17~20),水俣湾の外側以北の沿岸住民は,危険なのは水俣湾内の魚介類であると理解し,水俣湾外の魚介類を漁獲,摂取していたといえる。 また,水俣川河口以北の沿岸住民の大多数は,患者発生の事実を知らなかったため,不知火海沿岸一帯の魚介類が危険であると考えず,同沿岸の魚介類の漁獲,摂取を継続していた。 昭和27年以降から昭和31年にかけて,患者が続発しており,同年以降も発病する者が相次いでいたのが実態である。 水俣川河口以北の津奈木町,湯浦町,芦北町に患者が発生した事態になっても,その発生は人数,期間,地域がきわめて限定的なものであったため,これら地域住民の大多数はその患者発生の事実を知らず,当然,不知火海沿岸一帯の魚介類が汚染され危険であることを認識していなかった。実際にはそれら海域の魚介類も汚染されており,死魚 や浮遊魚など異常な魚介類がみられたのであるが,地域住民らは,一見異常だとわかる魚介類は除いて,通常に生息する魚介類は無害であると考え摂取し続けたといえる。 イ被告熊本県等が行った行政指導等について被告熊本県及び水俣保健所が行ったとする地域住民に対する魚介類摂取 の自粛に関する行政指導は,組織をあげて周知徹底させる方法をとっていないこと,通常に生息する魚介類の摂取は黙認することを前提としていること,漁獲禁止という強制力を持っていないこと等,実効が不十分なものである。担当行政官自らも,このような行政指導には限界があり,地域住民が魚介類の摂取を中止していない実情を自認している。 いること,漁獲禁止という強制力を持っていないこと等,実効が不十分なものである。担当行政官自らも,このような行政指導には限界があり,地域住民が魚介類の摂取を中止していない実情を自認している。 ウ頭髪水銀値の調査報告について 頭髪水銀値(メチル水銀の排泄の一経路として人の頭髪中に含まれる水銀量を意味する。同水銀値は,「毛髪水銀値」等とも呼称されるが,以下,引用部分を除き,「頭髪水銀値」という。)の調査報告によれば,水俣地区住民は昭和34年の時点で濃厚なばく露を受けているのをはじめ,水俣地区及び水俣湾以北の不知火海沿岸地域住民のメチル水銀ばく露は, 昭和37年に至るもなお継続しており,これは,同沿岸の地域住民が汚染された魚介類の摂取を継続していたことによるものである。 エ特措法との関係特措法の疫学条件を満たす判定結果によれば,昭和35年以降,魚介類を多食したと認められた者が3940人に上り,水俣湾及びその周辺海 域の沿岸住民が同年以降に魚類を多食していたことが裏付けられる。 また,特措法の疫学条件の期間条件が「昭和43年12月31日以前」とされていることからすれば,同期間まで水俣湾及びその周辺海域の沿岸住民が昭和35年以降に魚類を多食していたといえる。 (被告らの主張) 原告らの居住地域の喫食状況についてア水俣湾沿岸(湯堂地区,茂道地区を含む)の地域住民について昭和31年11月頃には,水俣湾の魚介類が危険であるとの情報に接しており,遅くとも昭和32年2月頃までには,水俣湾の魚介類が危険であるとの認識が広まっていた。 そのため,水俣湾沿岸の地域住民は,同月以降,水俣湾の魚介類の摂取を控え,特に子供には摂取させないようにした。 イ水俣湾の周辺海域沿岸(小津奈木,津奈木町,女 るとの認識が広まっていた。 そのため,水俣湾沿岸の地域住民は,同月以降,水俣湾の魚介類の摂取を控え,特に子供には摂取させないようにした。 イ水俣湾の周辺海域沿岸(小津奈木,津奈木町,女島地区を含む)の地域住民について早ければ昭和31年頃から遅くとも昭和34年10月には,水俣湾及び その周辺海域の魚介類が危険であるとの認識を広く共有していた。 そのため,水俣湾の周辺海域沿岸の地域住民は,同月以降,水俣湾及びその周辺海域の魚介類の摂取を控え,特に子供には摂取させないようにした。 2 原告らが水俣病にり患しているか否かに関する共通事項⑴ 水俣病の病像等(争点2) ア水俣病の病論(争点2-1)(原告らの主張)水俣病の責任病巣について水俣病の責任病巣については,主に大脳皮質に由来するとする中枢神経由来説と末梢神経に由来するとする末梢神経由来説とが唱えられてい るが,水俣病の責任病巣は中枢神経であって,末梢神経は障害されない。 仮に末梢神経が障害されるとしても,中枢神経への障害とは比較にならないほど軽微なものである。したがって,末梢神経は障害されていないのだから,外部から与えられた刺激は脳へと伝わっているが,中枢神経が障害されているため,これを感じとることに障害が生じる。大脳感覚 野のホムンクルスの図からは,全身の感覚が低下し,中でも手足,顔面,舌の感覚野は相対的に広いので,他部位と比べ障害密度は高くなり,口周囲と四肢末端の感覚が相対的に強く侵され,表在的には四肢末端優位の知覚障害パターンを呈することが説明できる。さらに,一次感覚野では,表在感覚(3b野),深部感覚(3a野),識別感覚(1,2野)における 機能部位は,感覚野のホムンクルスの図とは異なることから,障害部位 ターンを呈することが説明できる。さらに,一次感覚野では,表在感覚(3b野),深部感覚(3a野),識別感覚(1,2野)における 機能部位は,感覚野のホムンクルスの図とは異なることから,障害部位や障害の度合に応じて異なる感覚障害の出現,異なる組み合わせの感覚障害が起きても不自然ではない。このことは,障害別の症例報告の感覚障害出現態様がすべて一律に出現するものではないことと一致する。 そして,感覚障害が末梢神経由来のものであるか中枢神経由来のもの であるかについては,両側に出ているか,腱反射は落ちていないか,神 経伝導速度は落ちていないか,二点識別覚検査に異常はないかといった複数の所見を総合的に判断することとなる。 感覚乖離について水俣病によって生じる四肢末端優位の感覚障害は,表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下するものではない。水俣病は大脳皮質 が障害されることにより生じる疾患であるところ,大脳皮質に病変が生じたとしても,位置覚や立体覚などの複合感覚が保たれることがある。 調査報告等をみても,水俣病患者ないし同認定患者の検査結果からは,表在感覚の低下のみのものもあれば,複合感覚のみの低下というものもあるなど,ばらつきがあり,いずれもが低下した症例は実証されていな いことは明らかである。また,公的検診においてはそもそも複合感覚に関する検査は行われていない。したがって,本件においても,これら3つの感覚の全てが低下(鈍化)していないことをもって,水俣病り患を否定する根拠とはならない。 感覚障害の出現態様について 水俣病における中核的症候は感覚障害であり,両側四肢末端優位のパターンは,水俣病特有のものである。他の疾患により現れる四肢末端の感覚障害は,通常は末梢性のものであり,障害さ 現態様について 水俣病における中核的症候は感覚障害であり,両側四肢末端優位のパターンは,水俣病特有のものである。他の疾患により現れる四肢末端の感覚障害は,通常は末梢性のものであり,障害された部位に対応する部分,片側に現れる。水俣病は中枢性のものであるため,両側に感覚障害が出現するのである。よって,単に感覚障害のみに着目すれば,非特異 的な症候ともとれるが,水俣病の場合は,両側の四肢末端優位に発現するので,このようなパターンでの発現は,特異的な症候であるといえる。 このような症候は,加齢による脊柱管狭窄等を原因とする足のしびれや,変形性頚椎症等を原因とする手にしびれとは鑑別可能である。 四肢末端優位の感覚障害は,水俣病や糖尿病を除けば優位にその発生 頻度は低いから,ばく露歴がある場合には,当該感覚障害が他の原因に よるものであることを疑わせる事情が存しない場合には,当該感覚障害はメチル水銀の影響によるものである蓋然性が高いということができるのである。 また,水俣病による感覚障害が左右差を示したりすることもあることからすると,単に,体の半身のみに感覚障害が現れたり,四肢の長軸に 直行するように境界部位が引かれたからといって,それが器質性の感覚障害ではないとはいえないというべきである。水俣病によって生じ得る四肢末端優位の感覚障害のパターンは様々であり,左右差を示したり,片側にのみ障害が出現したりすることもある。 これと同様に,たしかに水俣病に見られる運動失調の典型的なものは 両側性であるが,水俣病患者の有機水銀ばく露量は区々で,その重症度も様々である。臨床的に見ると,左右上下肢均一に運動失調が生じていない水俣病患者も多数存在する。 症候の変動について一般の慢性疾患においてさえ,改善,増悪 有機水銀ばく露量は区々で,その重症度も様々である。臨床的に見ると,左右上下肢均一に運動失調が生じていない水俣病患者も多数存在する。 症候の変動について一般の慢性疾患においてさえ,改善,増悪があり,症候の変動がある ことに何の疑問はなく,ましてやメチル水銀により大脳皮質の神経細胞は脱落・減少している水俣病患者の症候に変動があって当然である。過去の症候診断がどうあれ,水俣病を診断する医師はその時点において,自覚症,生活歴,病歴の聴取と神経内科的検査によって症候を確認し,他の検査結果を含めて総合的に自らの診断するのであるから,症候の変 動は参考値に過ぎない。 また,大脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が日によって,また,時間によって変動することは,国内外の医学文献に記載されており,医学上の通説とされているところである。つまり,所見の変動は大脳皮質障害の場合は当然起こることであり,まさにこの所見の変動が大脳皮質 障害の特徴なのである。したがって,原告らの過去のある時点での診断 では,感覚障害,とりわけ触・痛覚障害の所見が確認されていないことをもって,原告らの感覚障害が大脳皮質障害,すなわち水俣病に起因するものであることを否定する根拠とはならない。 行政認定患者において感覚障害の所見が大きく変動した例が多数みられ,また,それを根拠付ける医学的知見もある。 胎児性水俣病被告らは,先天性水俣病患者(胎児性水俣病患者)について,精神障害,運動失調,歩行障害,言語障害,咀嚼・嚥下障害の発現頻度が100%とされているのに対し,表面知覚異常が不明とされていることなどの調査結果を援用している。しかし,被告らの指摘は重症例患者に関す るものであり重症例ではない患者には妥当しない。 (被告らの主張) れているのに対し,表面知覚異常が不明とされていることなどの調査結果を援用している。しかし,被告らの指摘は重症例患者に関す るものであり重症例ではない患者には妥当しない。 (被告らの主張)責任病巣について経口摂取されたメチル水銀は主に腸管から体内に吸収されるが,体内に取り込まれたメチル水銀は,体内の様々な組織を一様に障害するので はなく,主に中枢神経系を中心とする神経系の特定部位(一か所とは限らない。),すなわち,大脳につき主に,後頭葉の鳥距野前半部(周辺部視野の中枢),頭頂葉の中心後回領域(感覚の高次中枢),前頭葉の中心前回領域(随意運動の中枢)及び側頭葉の横側頭回領域(聴覚の中枢)が,小脳(運動の円滑さや身体の平衡をつかさどる部位である。)につ き虫部及び半球が,さらに,脊髄末梢神経につき知覚神経(末梢の感覚受容器から中枢方向へ刺激を伝える。)が障害されることが病理解剖学的に確認されている。なお,障害の程度は,症例により異なり,同一人の中でも部位ごとに多少の差があり,一定したものではない。 水俣病の症候としては,①頭頂葉の中心後回,脊髄末梢神経の知覚 神経の障害に対応するものとして,表在感覚,深部感覚及び複合感覚の いずれもが低下(鈍化)し,それが四肢末梢ほど強く表れる感覚障害(四肢末端優位の感覚障害),②主として小脳の障害に対応するものとして,運動失調,平衡機能障害,眼球運動障害及び構音障害,③後頭葉の鳥距野の障害に対応するものとして,求心性視野狭窄,④側頭葉の横側頭回(聴神経から先の中枢神経障害)の障害に対応するものとして, 後迷路性難聴がある。このように病理学的に確認された水俣病の特徴的な障害部位は,それぞれが水俣病の特徴的な症候を来し得る部位と一致している。 以上を 神経障害)の障害に対応するものとして, 後迷路性難聴がある。このように病理学的に確認された水俣病の特徴的な障害部位は,それぞれが水俣病の特徴的な症候を来し得る部位と一致している。 以上を前提とする水俣病の主要症候やその内容は次のとおりである。 a 四肢末端優位の感覚障害 水俣病に見られる感覚障害は,両側性で左右対称に四肢の末端部ほど強く現れ,表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)するものであり,大脳頭頂葉の中心後回領域,脊髄の後索,末梢の感覚神経の障害に起因し,これら症候が生じると考えられている。 ただし,これら症候は,例えば変形性脊椎症など,水俣病以外の原 因でも上記の部位の全部又は一部が障害されれば生じ得るものであって,原因には多種多様なものが存在し,更には心理的な要因等,神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る。したがって,メチル水銀への濃厚なばく露は,上記のような症候を来す種々様々な原因の一つの可能性にすぎず,症候の存在から直ちに原因を特定するこ とはできない。 他方で,水俣病にみられる感覚障害の典型は,表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下するものであり,表在感覚については触覚及び痛覚などの全てが,また,深部感覚については振動覚及び関節位置覚の全てが低下するのが,水俣病の典型的な病像であり,立津 教授らや内野医師らの報告によっても感覚乖離が水俣病において一般 的であるとはいえない。したがって,そのような特徴がみられない場合,すなわち,感覚の乖離が認められる場合には,水俣病の典型的な病像と整合しないため,水俣病である蓋然性を低下させる。 また,大脳皮質の器質的損傷について,複合感覚のうち特に二点識別覚が障害されることが特徴であるとはいえず, められる場合には,水俣病の典型的な病像と整合しないため,水俣病である蓋然性を低下させる。 また,大脳皮質の器質的損傷について,複合感覚のうち特に二点識別覚が障害されることが特徴であるとはいえず,二点識別覚検査の結 果をもって,大脳皮質の器質的損傷の有無を判断することはできない。 b 運動失調四肢末梢の感覚障害と同様に,運動失調も,例えば腫瘍,多発性硬化症などの脱髄性疾患,各種中毒,血管障害,各種の変性疾患など,小脳が障害されれば生じ得るし,また,小脳以外にも脊髄等の障害に よっても生じ得る。さらに,心理的要因など神経系の障害以外によっても生じ得る。したがって,症候の存在から直ちに原因を特定することはできない。 仮に,原因部位が小脳性であると判断されたとしても,小脳性の運動失調や平衡機能障害を呈する疾病は,腫瘍,多発性硬化症などの脱 髄性疾患,各種中毒,血管障害,各種の変性疾患など多彩なものがあり,小脳性運動失調は水俣病に限った特異的疾患ではないから,その診断に当たっては総合的な判断が必要とされる。 c 平衡機能障害前述の各症候と同様に,平衡機能障害も,水俣病に限らず,脳幹や 小脳が障害されれば生じ得るし,平衡機能を維持する機構の脳幹や小脳以外の部分,すなわち体の傾きや動きに関する情報を得る各種感覚器や,その情報を小脳及び脳幹に伝える過程に関わる各部位の異常によっても生じ得る。さらに心理的な要因等,神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る。したがって,症候の存在から直ちに 原因を特定することができない。 d 求心性視野狭窄求心性視野狭窄についても,要因にかかわらず大脳後頭葉の鳥距野が障害されれば生じ得るし,白内障や緑内障等の眼科的異常,視神経が視覚情報を大脳皮質へ伝 ができない。 d 求心性視野狭窄求心性視野狭窄についても,要因にかかわらず大脳後頭葉の鳥距野が障害されれば生じ得るし,白内障や緑内障等の眼科的異常,視神経が視覚情報を大脳皮質へ伝える過程の異常,心理的な要因等,神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る。したがって,症候 の存在から直ちに原因を特定することができない。 e 眼球運動障害眼球運動の異常についても,要因にかかわらず大脳の眼球運動中枢や小脳が障害されれば生じ得るし,眼科的異常,心理的な要因等,神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る。したがって, 症候の存在から直ちに原因を特定することができない。 f 後迷路性難聴感音性難聴のうち後迷路性難聴が存在する場合に絞っても,当該難聴は要因にかかわらず,内耳より中枢側(聴神経,横側頭回等)のいずれかの部位が障害されれば生じ得るし,心理的な要因等,神経系の 障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得ることがある。したがって,症候の存在から直ちに原因を特定することができない。 後迷路性難聴は,水俣病の症候の一つであるが,患者の高齢化に伴い,同様の症候を呈する老人性難聴との鑑別が重要である。老人性難聴は,主として内耳毛細胞の退行変性とラセン神経節より聴中枢に至 るまでの神経細胞の減少による機能低下(内耳性及び後迷路性難聴)によるものであるが,50歳以上を対象にした調査で,半数以上に難聴の所見がみられた。このように,老人性変化のみによっても水俣病類似の症状を来すことがあり,診断に当たっては,その他の各所見も十分考慮した上で総合的な判断を下さなければならない。 g 構音障害 構音障害は要因にかかわらず大脳半球白質,大脳基底核,間脳,脳幹,小脳,脳神経又は っては,その他の各所見も十分考慮した上で総合的な判断を下さなければならない。 g 構音障害 構音障害は要因にかかわらず大脳半球白質,大脳基底核,間脳,脳幹,小脳,脳神経又は筋肉が障害されれば生じ得るし,構音器官(口唇,舌,その他)の解剖学的異常(口唇裂,巨舌など)や心理的な要因等,神経系の障害以外でも症候を示し得る。また,声帯など発声に必要な機構が障害されれば,発声自体が障害され,構音障害と見分け 難い症候を示し得る。したがって,症候の存在から直ちに原因を特定することができない。 自覚症状について水俣病にり患した者が訴える自覚症状には,手足の痺れ感,手足の感覚が鈍い,手足が思うように動かない,周囲のものがよく見えない,耳 が遠いといった水俣病の主要症候と関連する可能性がある自覚症状と,頭痛,腰痛,筋肉のからす曲がり(こむら返り又は筋クランプと同義。 以下同じ。),めまい感,頭重感といった主要症候との関連が乏しいものに分かれる。もっとも,いずれの類型のものであっても,これらの症状は,例えば前者であれば加齢に伴うなどして,メチル水銀にばく露し ていない者においてもよく見られる症状であり,メチル水銀ばく露以外の原因によって一般的に生じるものである。このため,これらの自覚症状は,それのみをもって直ちに水俣病と診断することができるものではなく,また,仮に水俣病認定患者がこれらの自覚症状を呈したとしても,その自覚症状が,果たしてメチル水銀ばく露に起因するものか,加 齢や栄養状態等他の原因に起因するものかを鑑別することが必要となるものである(乙B60)。このため,これらの自覚症状は,それのみをもって直ちに水俣病と診断することができるものではなく,また,仮に水俣病認定患者がこれらの自覚症状を呈し かを鑑別することが必要となるものである(乙B60)。このため,これらの自覚症状は,それのみをもって直ちに水俣病と診断することができるものではなく,また,仮に水俣病認定患者がこれらの自覚症状を呈したとしても,その自覚症状が,果たしてメチル水銀ばく露に起因するものか,加齢や栄養状態等他 の原因に起因するものかを鑑別することが必要となるものである。 このような自覚症状の性質を踏まえると,水俣病のり患の有無を検討するに当たっては,基本的には,主要症候の発現という事実を起点として検討するほかなく,自覚症状は,真に当該症状が生じているか否かという点を検証した上で,主要症候との関連が認められる場合に限って,主要症候の発現時期の観点から,これを考慮することができるにすぎな い。そして,その際には,自覚症状の存在やその具体的内容に係る事実認定が,原告本人やその家族等の供述に依拠せざるを得ないことから,供述の信用性を吟味する必要がある。 また,主要症候との関連性の検討において考慮されるべき事項を具体的に見ると,まずは,当該自覚症状が,生理的な範囲内にとどまるもの か,病的な症状であるかという点を検討する必要がある。肩こりやめまい,耳鳴りといった自覚症状は健常者にも時にみられるものであるから,まずはそれらが病的なものか否かを検討する必要がある。一般的には,例えば,それらの症状が一過性で継続性のない症状である場合には,生理的な範囲内のものであると評価されることとなる。 さらに,水俣病の主要症候との関連性を検討するに当たって最も重要となるのは,水俣病の主要症候が,対応する解剖学的部位の損傷によって生じるものであることから,当該自覚症状が,当該主要症候に関連する解剖学的部位の損傷によって生じたものであるかという点を検討 も重要となるのは,水俣病の主要症候が,対応する解剖学的部位の損傷によって生じるものであることから,当該自覚症状が,当該主要症候に関連する解剖学的部位の損傷によって生じたものであるかという点を検討することである。 以上のとおり,水俣病り患の有無の検討において,自覚症状を用いる場合には,真に当該症状が生じているか否かという点を検証した上で,客観的な所見に基づく主要症候との関連について上記のような観点から吟味する必要がある。 水俣病発生後の自然経過 公健法上の水俣病認定患者についての臨床的報告等からすれば,水俣 病の症状は,不変ないし改善の傾向にある。 器質性疾患としての整合性過去の感覚検査と比較して一貫性があるかという所見の経時的な評価,所見が解剖学等の観点から説明可能かという特定時点における評価,所見が日常生活動作などの外部事情と整合するかなどの観点から脳の不可 逆的な器質的損傷の特徴と矛盾する所見が認められる場合は,当該感覚障害が脳の器質的損傷によるものである蓋然性を減殺させる。 胎児性水俣病胎児性水俣病は,母親によって摂取されたメチル水銀が胎盤を介して直接胎児の脳に取り込まれ,発育過程の胎児の中枢神経系に強い障 害を与えて,脳の神経組織の発育を停止あるいは破壊することによって脳性小児麻痺様の症状を呈するものである(乙A11)。 そして,胎児性水俣病の臨床症状は,脳の非進行性病変に基づく永続的な運動及び肢位の異常並びに精神障害が中心であり,より具体的には,身体発育の遅延,高度の精神障害を伴った運動機能の発育遅延, 筋緊張の異常,運動失調によると思われる運動能力の不全及び運動の円滑さの欠如である(乙B123)。 また,臨床報告からすれば,四肢末端優位の感覚障害は,胎児性 害を伴った運動機能の発育遅延, 筋緊張の異常,運動失調によると思われる運動能力の不全及び運動の円滑さの欠如である(乙B123)。 また,臨床報告からすれば,四肢末端優位の感覚障害は,胎児性水俣病では,後天性の水俣病のように高い確率で生じる臨床症候とはされていない(乙B123,124)。 イ水俣病の発症閾値論等(争点2-2)(原告らの主張)被告らの主張する「発症・閾値論」は,動物に対する一回投与実験を基礎とする古典的中毒論であり,毒物は発症閾値を超えなければ,何回毒物が体内を通過しても発病しないとする考え方である。 準臨床的量(Subcritical)のメチル水銀が脳に長期間にわたり取り 込まれ続けたら,障害される神経細胞の数は累積増加するはずであり,限界蓄積量よりも,障害された神経細胞数に比例する脳機能破綻の発症閾値が重要である。 なお,頭髪水銀値はあくまでも水銀摂取が定常状態となった時点におけるばく露状態を示すもので,過去の水銀ばく露状態を示す指標ではな い。ましてや脳内蓄積水銀量を推定できないことは,病理解剖例の測定結果から明らかである。 もっとも,本件において発症閾値を問題とする実益はない。原告らが,どの時点で,どれくらいのメチル水銀を摂取したか,具体的にはどれくらい汚染されているどれくらいの大きさの魚介類をどれくらい食べ て,それがどの程度蓄積し,また,自然に排泄されていったのかは,測りようがないからである。 さらに,被告らの主張する「発症」が何を指すのか,具体的には四肢末端優位の感覚障害の発症か,昭和52年判断条件の組合せを具備した状況の発症かなど,明確ではない。 また,新潟義務付け高裁判決では,この値はクライテリアにおいても「評価の不確かさを反 四肢末端優位の感覚障害の発症か,昭和52年判断条件の組合せを具備した状況の発症かなど,明確ではない。 また,新潟義務付け高裁判決では,この値はクライテリアにおいても「評価の不確かさを反映している」とされ,クライテリアが国際機関の決定又は公式見解を必ずしも表すものではないとされていること,昭和40年6月の一斉検診において公健法上の認定を受けた者にも頭髪水銀値が50ppm 未満であった者が4割近く存在したこと等により,「毛髪 水銀値50ppm を下回るメチル水銀の曝露であっても水俣病を発症することはあり得る」としている。 体内蓄積量が排泄等によって半分まで減少する時間(生物学的半減期。以下「半減期」という。)についても,「脳に侵入したメチル水銀は,一度蓄積すると出にくいため,10年近く経過しても,なお,組織 内に残留すること,この残留した微量メチル水銀により,長時間に徐々 に影響を受けた場合には,緩徐な病変の進行性により,病理学的には典型例にみるような局在,病理変化を示すまでには至らないが,末梢神経の障害によると考えられる症状が遅れて発症することがあり得るとの医学的説明がされていることが認められる」とし,結局,クライテリアの指摘や武内教授の見解等から,約8年後の発症につき「医学的にも説明 できないとはいえない」としている。 したがって,被告らの水俣病に係る発症閾値論が依拠するクライテリア101の発症閾値に関する見解は根拠のあるものとはいえない。むしろ逆に,毛髪水銀濃度が50ppm 以下でも,水俣病あるいは水俣病にみられる症候を発症した症例が多数報告されている。 (被告らの主張)水銀化合物は自然界に幅広く分布するが,メチル水銀の毒性は,他の水銀化合物,特に無機水銀化合物とは全く異なる 水俣病にみられる症候を発症した症例が多数報告されている。 (被告らの主張)水銀化合物は自然界に幅広く分布するが,メチル水銀の毒性は,他の水銀化合物,特に無機水銀化合物とは全く異なる。すなわち,有機水銀のうち,メチル水銀とエチル水銀だけが脳に到達でき,特にメチル水銀は,脳を含む神経系を障害する作用があるため,濃厚なばく露があると 神経系疾患にり患し得ることとなる。 もっとも,生体に摂取された化学物質は,体内に吸収され,その一方で分解,排泄される。多くの有害物質について,新たな取り込みがない場合には,体内蓄積量は時間とともに減少していくのであり,半減期は,生物種,化学物質ごとにほぼ決まっている。経口摂取されたメチル水銀 も,大部分は排泄され,一部は神経組織を障害しない無機水銀の形に変換されるのであって,その半減期はほぼ70日とされている。 以上を踏まえると,一定量のメチル水銀を継続的に摂取する場合,最初は吸収量のうち半減期から算出し得る一定割合のものが排泄され,その余は体内に残留するが,次にメチル水銀を摂取した場合は,この残量 と新たに吸収した量を合算した量に同じ割合を乗じたものが排泄され, その残量が体内に残留することになり,以後メチル水銀が摂取されるたびに同様のことが繰り返されることになる。そうすると,体内に残存するメチル水銀量は当初徐々に増加し,それに伴って排泄量も増加していくが,体内蓄積量が一定量に達し,それに対応する排泄量が吸収量と等しくなるまでに至ると,それ以降はその一定量のメチル水銀を幾ら吸収 しても体内蓄積量は増加しないことになる(一般的には,半減期の5倍(メチル水銀の場合は約350日)を経過した場合には,体内蓄積量は頭打ちになる。)。 つまり,一定量を摂取し続けて を幾ら吸収 しても体内蓄積量は増加しないことになる(一般的には,半減期の5倍(メチル水銀の場合は約350日)を経過した場合には,体内蓄積量は頭打ちになる。)。 つまり,一定量を摂取し続けても人体に蓄積されるメチル水銀量には限界があり,その量(これを「蓄積限界量」という。)は継続的に摂取 されるメチル水銀の平均摂取量によって定まり,1日平均吸収量が小さい場合の蓄積限界量は,1日平均吸収量が大きい場合に比較して小さいものとなる。 生体が化学物質にばく露した場合,それがどれだけ微量であっても必ず反応を示すというわけではなく,その種類ごとに何らかの反応を示す 最小量,すなわち化学物質の反応閾値(なお,その反応が疾病の症候として捉えられる場合は特に「発症閾値」という。)がある。これをメチル水銀についてみると,昭和48年7月23日環乳第99号厚生省環境衛生局長通知(乙B13)において示された魚介類の水銀の暫定的規制値(当該数値を超える魚介類を市場から排除すれば,国民のほとんどが 今までどおり魚介類を摂食しても水銀による人体への健康被害を生じない安全性の目安として,国が発出したものである。)を踏まえれば,1日当たり平均して,0.3ppmのメチル水銀に汚染された魚介類であれば約100g(国民栄養調査による魚介類平均最大摂取量である。)の10倍に当たる1㎏の量を,又は3ppmの魚介類であれば上記魚介類平 均最大摂取量である約100gの量を,それぞれ蓄積限界量に達する約 350日の間,連続して摂取したとしても,基本的に水俣病を発症することはないということになる。なお,この暫定的規制値は,新潟水俣病で発症閾値が最も低い値を示した患者,すなわちメチル水銀に対する感受性が最も強い患者の頭髪水銀濃度に基づくととも 的に水俣病を発症することはないということになる。なお,この暫定的規制値は,新潟水俣病で発症閾値が最も低い値を示した患者,すなわちメチル水銀に対する感受性が最も強い患者の頭髪水銀濃度に基づくとともに,メチル水銀の測定上の問題を考慮しつつ,さらに10分の1という十分な安全率を見込 んで算出されたものであり,その値を超えるメチル水銀濃度の魚介類を摂食したとしても直ちに水俣病を発症するというものではないし,また,当然のことながら,連続摂取している間に魚介類を食べなかったり,メチル水銀を含有しないか,又はメチル水銀濃度の低い魚介類を食べたりした場合には,メチル水銀の体内蓄積量が減少するので,水俣病を発症 する可能性はより一層低くなるし,暫定的規制値算出の基準となった50㎏よりも体重が大きい場合にも発症する可能性は低くなる。 以上のとおり,単にメチル水銀に汚染された魚介類を継続して摂取すれば水俣病を発症するというものではなく,メチル水銀の蓄積限界量や発症閾値等に関する科学的知見に基づけば,高濃度に汚染された魚介類 を,大量に摂取しなければ,水俣病を発症することはない。 ウ感覚障害のみの水俣病の有無及びその評価(争点2-2)(原告らの主張)水俣病による症候のうち四肢末端優位の感覚障害のみを呈する患者は数多く存在しており,水俣病認定患者に感覚障害のみを呈する患者が少な いのは被告らが昭和52年判断条件により感覚障害のみを呈する水俣病患者を認定してこなかったからに過ぎない。 急性劇症型の水俣病を発症するような超高濃度のメチル水銀ばく露があった場合には,被告らが主張するような複数の症候の組み合わせが認められることが多いが,それより低濃度のばく露が長期間続いた場合には, 症候は非定型化し,水俣病に見られる症候の ル水銀ばく露があった場合には,被告らが主張するような複数の症候の組み合わせが認められることが多いが,それより低濃度のばく露が長期間続いた場合には, 症候は非定型化し,水俣病に見られる症候の一部のみ(例えば感覚障害 のみ)を生じる者が大量に発生する。 よって,四肢末端優位の感覚障害以外の症候(運動失調等)が認められない者が水俣病の可能性が低いなどとはいえない。 (被告らの主張)メチル水銀ばく露を受けた場合,神経系の特定の部位が一定のパター ンに従って損傷されることが病理学的に確認されており,症候もこれに対応して,一定のパターン,すなわち,一定の組み合わせをもって認められることが原則である。このため,四肢末端優位の感覚障害のみを呈する水俣病は,非典型的なものであって,その可能性は低いものと考えられており,このことは,病理解剖の結果や,毒性学の観点,臨床医学 的知見によっても裏付けられている。 他方,水俣病に見られる四肢末端優位の感覚障害は,非特異的な症候である。四肢末端優位の感覚障害は,水俣病の主要症候の一つであるが,それと同様の感覚障害を呈する原因として,水俣病以外にも多発神経炎のような別の疾病や心因性のもの(感覚検査が被検者の主観的応答に依 拠するため,心因性が感覚障害の原因に混入する可能性は避け難い。)があり,これらに加えて原因不明のものも多いことが知られている(乙B61,62)。このため,四肢末端優位の感覚障害以外の症候が認められない場合には,被検者に生じたとされる症候がメチル水銀ばく露に起因する可能性は,決して高くはなく,四肢末端優位の感覚障害があるだけ では,必ずしも水俣病にり患している蓋然性が高いと評価されるべきものではないことに留意する必要がある。 したがって,四肢末端優 る可能性は,決して高くはなく,四肢末端優位の感覚障害があるだけ では,必ずしも水俣病にり患している蓋然性が高いと評価されるべきものではないことに留意する必要がある。 したがって,四肢末端優位の感覚障害以外の症候が認められない場合に,その感覚障害の原因を検討する際には,他原因との蓋然性を比較検討する以前に,まずは当該感覚障害の性状等が器質性疾患として説明で きるような特徴をきちんと備えているか,水俣病の臨床像と矛盾するよ うな特徴が見られないか等感覚障害の所見自体をより慎重に検討する必要があり,このような考え方は平成25年最高裁判決の判示にも沿う。 エメチル水銀ばく露が終了してから相当期間経過後の発症の有無(争点2-4)(原告らの主張) 遅発性神経毒性は,神経毒性学において国際的に常識化した概念である。遅発性水俣病とは,メチル水銀ばく露終了後,メチル水銀による神経症候が遅発し悪化するものであり,多くの内外の症例報告によりその実在が確認されている。 椿教授は「追跡検診していくうちに,川魚を食べなくなって数ヶ月, 時には年余を経て患者の症状が悪化したり,また症状が出現する例があることがわかった」(甲B31・531頁)と,新潟水俣病に関し,初めて遅発性水俣病の存在を指摘した。 白川教授は,遅発性水俣病を「新潟水俣病の発生の1965年当時,全く自覚症状のなかったもの,あるいは全身倦怠,頭痛,めまい,筋 痛,関節痛などの訴えだけで他覚所見のなかったものに,新たなメチル水銀の侵入がないにもかかわらず,数年の経過で他覚的にとらえられる水俣病症状が明らかになったものをいう」(甲B32・752頁)と定義し,頭髪水銀量200ppm以上を示した7症例を示してその実在を根拠付けた。 また, ず,数年の経過で他覚的にとらえられる水俣病症状が明らかになったものをいう」(甲B32・752頁)と定義し,頭髪水銀量200ppm以上を示した7症例を示してその実在を根拠付けた。 また,白川教授は,遅発性水俣病の発生機序を,「組織内に長期残留する水銀が遅発性水俣病発症の重要な因子で,これによる緩徐な病変の進行性が遅発性水俣病という特定な発症様式をとったと考えられる」(甲B33)とした。また,その根拠として,「10年以上経過してもなお早期の体内蓄積水銀に対応する水銀量が残留している」(甲B3 3・334頁等)ことを挙げている。 原田医師は,自らが診察した多数の臨床事例を分析して,「慢性水俣病に共通なことは,その症状や発現や増悪が,水俣病が一般に終わったとされた1960年以降であること,その症状の発現や進行が3~10年ときわめて徐々であることがあげられる」と指摘した(甲B34・306頁等)。そして,「残留水銀の遅発効果や加齢のほかに,長 期にわたる比較的少量の水銀の影響も慢性水俣病の発生機序を考える上で重要である」と述べ,3つの発生機序仮説(遅発性水俣病,加齢性水俣病,長期微量汚染水俣病)の中で,チッソ水俣病に妥当する説として長期微量汚染の問題を取り上げている。この長期微量汚染による慢性微量中毒の水俣病という考え方は,「かつて濃厚汚染を受けてい るから,現在の症状を長期微量汚染の結果であると実証することは難しい。熊本,鹿児島で遅発性水俣病を論ずるとすれば県外転出者しかない」と考え,昭和47年からその調査を開始している。 井形教授は,昭和46年から昭和49年に行われた鹿児島県の水俣病一斉健康調査で集約された278人の3次精密検診受診者を対象に, 「多変量解析による水俣病診断」を報告した( を開始している。 井形教授は,昭和46年から昭和49年に行われた鹿児島県の水俣病一斉健康調査で集約された278人の3次精密検診受診者を対象に, 「多変量解析による水俣病診断」を報告した(甲B37・409頁)。 井形は,この数理統計学的手法を踏まえ,新たに認定された鹿児島水俣病患者36例の症状悪化度を分析し,「県外移住者の発症例や遅発例中に過去の毛髪水銀値が必ずしも高値でない例があり,この場合は長期微量汚染が大きな因子をなしている可能性が強い」と,遅発性水俣 病の存在を認めている。 また,武内教授は慢性水俣病の多数の病理解剖例を提示して,「加齢現象が加わり,水俣病の間引き神経細胞の脱落に老人性消耗性変化による神経細胞の消耗が加重して水俣病症状が顕在化したもの」を加齢性水俣病と定義し,「水俣病の慢性発症は,単に蓄積水銀値の積み重ね で起こるだけでなく,水銀による神経細胞のsinglecellneurosis (単一細胞壊死)の累積にも起因するであろうと考えられる」(甲B40)と指摘している。 以上のように,転居により完全にメチル水銀ばく露が終了してから1年以上が経過した後に水俣病を発症する者が存在するなど,メチル水銀ばく露が終了したと考えられる時期以降に水俣病症状が出現した り,あるいは症状が悪化したりするという症例が,新潟,熊本,鹿児島で報告され水俣病として認定されているという動かし難い実態がある。このことから,遅発性水俣病が存在することは明らかである。 (被告らの主張)水俣病は,発症閾値を超える量まで体内に蓄積したメチル水銀が神経 系を障害することによって生じるから,その発症時期はおおむねメチル水銀の体内蓄積量が発症閾値を超えた時期から,そのメチル水銀が神経系を障害し,そ を超える量まで体内に蓄積したメチル水銀が神経 系を障害することによって生じるから,その発症時期はおおむねメチル水銀の体内蓄積量が発症閾値を超えた時期から,そのメチル水銀が神経系を障害し,それによる異常が症候として現れるまで経過した時期と考えられる。メチル水銀の体内蓄積量は継続的な取り込みがなければ漸次減少していくから,上記メチル水銀の体内蓄積量が発症閾値を超えた時 期はメチル水銀ばく露が終了した時期より遅くなることはなく,異常が症候として現れるまで経過した時期は,一定の個人差はあり得るものの,通常1か月前後,長くとも1年程度が是認し得る限度であって,メチル水銀ばく露終了から発症までの期間が長ければ長いほど水俣病である蓋然性は低くなるというべきである。そして,どんなに長くとも,関西訴 訟最高裁判決の原判決である大阪高裁平成13年4月27日判決が認め,関西訴訟最高裁判決が是認したメチル水銀ばく露終了後4年間を超えることは考え難い。 体内に取り込まれたメチル水銀は半減期約70日で体外に排出されるのであるから,その機序に照らして,メチル水銀ばく露が終了し,症 候がピークに達した後は軽快していくものと考えられる。 また,公健法上の水俣病認定患者に係る複数の追跡調査等においても,公健法上の水俣病認定患者に生じた水俣病の症候は,発現後,不変ないし改善の傾向にあるとされている。 このため,メチル水銀ばく露終了後,相当期間が経過した後になって,新たな症候が発現し,又は,既存の症候が突如として消失し,ある いは,症候が増悪と改善を繰り返すなどということは,医学的には通常考えられない。 したがって,このような水俣病の予後に反する経過をたどった場合には,そのことは,水俣病にり患している可能性を低下させる消極 症候が増悪と改善を繰り返すなどということは,医学的には通常考えられない。 したがって,このような水俣病の予後に反する経過をたどった場合には,そのことは,水俣病にり患している可能性を低下させる消極事情として考慮する必要がある。 オ長期微量汚染型水俣病(争点2-5)(原告らの主張)前記1⑴の原告らの主張アからエのとおり,水俣湾等では,「公式発見の日」以前から相当の高濃度のメチル水銀による環境汚染が続いていた。しかも,海水が汚染されたため,魚介類への汚染の影響の広が りは甚大なものであった。海水への汚染物質放出を停止したからといって,即座に海水が浄化されるわけではないから,アセトアルデヒドの製造中止時点が人体のメチル水銀ばく露停止の時点ではない。 そして,こうした長期間にわたる汚染の人体に与える影響を検討する必要があるところ,チッソの排水停止の昭和43年以降の認定患者にお いてすら,長期微量汚染によると考えられる遅発症例が実在する(このような症例を「長期微量汚染型水俣病」という。以下同じ。)。 武内教授は,「現在の水俣病には,1)急性発症の後遺症,2)慢性発症の後遺症が存在し,慢性発症には,本来の慢性発症と椿のいう遅発性発症や武内のいう加齢性発症などが含まれる。この慢性発症には アルキル水銀ばく露期間が数年,ときには十数年に及んでおり,比較 的少量のメチル水銀を比較的長期にわたって摂取し,一定の潜伏期を経て発症するものであるため,この潜伏期間の長期に及ぶものを慢性発症とみ,その発症が緩徐である」(甲B39)と指摘し,また,若宮は,昭和60年までに診察を行った水俣病認定申請者中,資料が入手できた熊本県水俣病認定申請者3303名(内認定者1254名)の うち,四肢末端のしびれの部位と 」(甲B39)と指摘し,また,若宮は,昭和60年までに診察を行った水俣病認定申請者中,資料が入手できた熊本県水俣病認定申請者3303名(内認定者1254名)の うち,四肢末端のしびれの部位と発症時期が明確に記載されている水俣病認定患者740例を対象とする発症時期と人数についての相関関係につき,熊本水俣病認定患者は「汚染魚の摂取をやめていない可能性が考えられ,遅発性を検討するには適当な集団ではないことがわかった」としている(甲B41)。 この点,新潟義務付け高裁判決では,白川教授の報告や水俣市立総合医療センター神経内科科長であった佐藤宏による研究においても,認定時以降に症状が悪化した例があったこと,水越鉄理教授らの報告においても増悪傾向が認められていること等により,「水俣病の症候は,不変又は改善傾向のものが多いとはいえ,長期間経過後に症状が増悪 した例も一定割合で起きているから,水俣病は一般的に長期間経過後に症状が増悪する疾患ではないとまでいうことはできないとしている。 また,胎児性水俣病についても,「出生後のメチル水銀の曝露が認められるから,胎児性水俣病単独の症候や所見ではなく,胎児性水俣病と後天性小児水俣病が共存した場合である小児水俣病の症候や所見に ついて検討すべき」であり,「出生から数年以上経過後に臨床症候が現れる」としている(甲52・82頁)。 また,新潟義務付け高裁判決では,「脳に侵入したメチル水銀は,一度蓄積すると出にくいため,10年近く経過しても,なお,組織内に残留すること,この残留した微量メチル水銀により,長時間に徐々に影響 を受けた場合には,緩徐な病変の進行性により,病理学的には典型例に みるような局在,病理変化を示すまでには至らないが,末梢神経の障害によると考えら ル水銀により,長時間に徐々に影響 を受けた場合には,緩徐な病変の進行性により,病理学的には典型例に みるような局在,病理変化を示すまでには至らないが,末梢神経の障害によると考えられる症状が遅れて発症することがあり得るとの医学的説明がされていることが認められる」とし,結局,クライテリアの指摘や武内教授の見解等から,約8年後の発症につき「医学的にも説明できないとはいえない」とし,約8年後の発症を認めている(甲B52・97 頁)。 以上のとおり,現実には,濃厚なばく露が終了した後も長期間にわたる微量の有機水銀ばく露が継続したことが原因と考えられる発症例が多数存在する。 (被告らの主張) 前記1⑴の被告らの主張ア,イのとおり,昭和43年5月にチッソ水俣工場でアセトアルデヒドの生産が停止されメチル水銀の排出がなくなった後,すなわち昭和44年以降は,水俣湾及び八代海に水俣病を発症し得る程度のメチル水銀の汚染はなく,水俣病を発症する危険性がなかったのであるから,長期のメチル水銀の微量汚染を前提とする原告の主張は失当である。 ⑵ 原告らが水俣病にり患しているか否かについての判断枠組(争点3)ア基本的な判断枠組(争点3-1)(原告らの主張)平成25年最高裁判決に従えば,感覚障害があり,一定程度のメチル水銀ばく露事実が認められれば,当該感覚障害がもっぱら,具体的な 他原因によるものであるという疑いが相当程度の蓋然性をもって主張立証されない限り,水俣病り患の事実を認定すべきである。 三浦医師らの見解によれば,水俣病の基本症候は求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩行障害を含む)難聴,感覚障害(異常感覚などの自覚症を含む)である。これらの症候のいずれかが確認され,その症 候が総合的な 解によれば,水俣病の基本症候は求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩行障害を含む)難聴,感覚障害(異常感覚などの自覚症を含む)である。これらの症候のいずれかが確認され,その症 候が総合的な鑑別診断により他疾患によるものではないと証明できれば, 水俣病と診断できる。 メチル水銀のばく露の有無及び程度については,メチル水銀の汚染環境に長年居住し,汚染魚介類を摂食し続けた事実が関連する状況証拠によって証明されればよい。汚染地域の証拠としてその地域の住民の中に頭髪水銀や臍帯水銀が異常高値を示す者がいたことや,周辺海域の魚介 類が非汚染地域の魚介類水銀の基準値や規制値を超えていたことが確認されればよい。 もっとも,家族内や近隣親族に水俣病認定患者がいる場合は状況証拠となるが,家族内の認定患者の有無は診断の要件とはならない。家族内でもさまざまな理由から魚介類摂取状況は異なること,また家族内で水 俣病症候を持つ者がいても,現行認定制度のもとで棄却され,あるいは社会経済的理由で申請しなかったために家族内に認定患者が存在しないことは多々あるためである。もっとも,同居親族内に各種救済制度の対象者がいることについては,その余の証拠と相俟って,高度のメチル水銀ばく露を推認させる事情になる。 また,頭髪水銀値および臍帯メチル水銀値は客観的な人体ばく露指標であるが,その時点の人体ばく露状態を表すもので,過去のばく露状態やその後のばく露状態を示すものではない。 公健法等において,水俣病の認定に必要な水俣病の可能性の程度に関しては,これまで認定申請棄却処分取消訴訟及び認定義務付け訴訟に おいて判例の蓄積がある。それらの判例を概観すれば,50%以上の可能性で認定すべきであるという考え方が確立している。そして,この5 は,これまで認定申請棄却処分取消訴訟及び認定義務付け訴訟に おいて判例の蓄積がある。それらの判例を概観すれば,50%以上の可能性で認定すべきであるという考え方が確立している。そして,この50%以上の可能性で認定すべきという考え方は,公健法等の立法趣旨に合致する。 したがって,公健法等における水俣病の認定判断について,当該申請 者の水俣病り患の可能性が50%以上であれば水俣病と認定すべきであ り,具体的には,①メチル水銀に対するばく露歴等の疫学的条件を具備すること,②メチル水銀ばく露歴に相応する四肢末端優位の感覚障害が認められること,③当該感覚障害が他の原因によるものであることを疑わせる事情が存しないこと,という3つの要件を充足する場合には,水俣病の可能性が50%以上と判断できるので,水俣病と認定すべきであ る。 (被告らの主張)昭和46年事務次官通知は,典型的な水俣病の症状であるハンター・ラッセル症候群の全ての症候が揃わない場合でも水俣病の範囲に含まれるとしており,これは,その時点における医学的研究の成果を取り入れ たものである。また,症状の発現に有機水銀が一部関与している場合でも水俣病の範囲に含むとしている点,及び当該症状の出現に関し,有機水銀の影響によるものであることが否定し得ない場合も影響が認められる場合に含むとしている点は,昭和46年事務次官通知が,救済法の趣旨に鑑み,医学的研究の成果に基礎を置いた上で,医学的に見て水俣病 が否定できない者を含め広く患者を救済しようとしたものといえる。 しかし,昭和46年事務次官通知は,①摘示した症状のうちいずれか一つの症状でもあれば水俣病として必ず認定すべきとしているかのような誤解,②わずかでも有機水銀の影響による可能性があれば「有機水銀 しかし,昭和46年事務次官通知は,①摘示した症状のうちいずれか一つの症状でもあれば水俣病として必ず認定すべきとしているかのような誤解,②わずかでも有機水銀の影響による可能性があれば「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」に該当するかのよう な誤解を生んだ。すなわち,①については,昭和46年事務次官通知は,同通知が取り入れた当時の医学的知見においては,いずれか一つの症候で水俣病と確実に診断できるという結論は得られていなかった(このことは現在においても同じである。)。また,②昭和46年事務次官通知は,申請人の呈する健康障害とメチル水銀の影響との因果関係の医学的判断 について,水俣病とほぼ確実に診断し得るという,いわば確定診断のレ ベルを示したものではなく,相応の医学的検査を尽くしたにもかかわらず,医学的根拠をもって水俣病である可能性が水俣病でない可能性を上回ると判断し得るぎりぎりのレベルを採用することによって,医学を基礎とした上で可能な限り救済の間口を広げたものである。したがって,昭和46年事務次官通知にいう「否定し得ない」とは,わずかでも可能 性があれば「否定し得ない」ものとして認定すべきであるという意味ではなく,医学的な根拠があることを当然のこととして,医学的根拠をもって水俣病である可能性が他疾患である可能性よりも優位であるといえることを要する。そして,その判断は,審査会の水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基づく医学的判断に委ねられているのである。 そこで,環境庁は,広くコンセンサスがある医学的知見に基礎を置きつつ,昭和46年事務次官通知をより具体化することとし,昭和50年に,被告熊本県,被告鹿児島県,新潟県及び新潟市の認定審査会の委員等,水俣病に関して造詣の深い各分野の スがある医学的知見に基礎を置きつつ,昭和46年事務次官通知をより具体化することとし,昭和50年に,被告熊本県,被告鹿児島県,新潟県及び新潟市の認定審査会の委員等,水俣病に関して造詣の深い各分野の専門家17名からなる水俣病認定検討会を設置し,水俣病又はその疑いがあると考えられる症候の組合 せを整理し,臨床上の診断基準に当たる具体的な水俣病の判断条件を定め,その結果を昭和52年判断条件として示し,さらに認定業務促進の観点から昭和53年事務次官通知が発出された。 昭和52年判断条件にいう症候の組合せを整理して図示したものが,次表である(〇は「認められる」の意味であり,△は「疑いがある」の 意味である。)。水俣病と診断し得るか否かは単純な当てはめだけでは決まらず,総合的な検討を行うべきであるし,いずれの場合もメチル水銀のばく露歴が前提となり,他の原因が明らかなものは除かれる。 表水俣病の範囲に考えられる症候の組合せ症候の組合せ感覚障害運動失調平衡機能障害求心性視野狭窄中枢性障害(眼科)中枢性障害(耳鼻科)その他の症候の組合せア○○ イ⑴○△○ イ⑵○△ ○ ウ⑴○ ○○ ウ⑵○ ○ ○ エ○△ ○水俣病は,メチル水銀が神経系を障害することにより,主要症候として掲げた各種の神経症状を呈する疾患である。これらの主要症候がみられる場合に,直接に生検(生体から採取した組織を基に標本を作成して病理診断すること)などの方法によってメチル水銀による障害を証明できれば,水俣病の診断は明確であるが,障害部位が主とし 主要症候がみられる場合に,直接に生検(生体から採取した組織を基に標本を作成して病理診断すること)などの方法によってメチル水銀による障害を証明できれば,水俣病の診断は明確であるが,障害部位が主として中枢神経系 (脳)であるという性質上,生存中にそのような検査を行うことは実際上不可能である。さらに,主要症候は,それぞれ単独では非特異的であり,他の疾患によってもそれらの症候を来す場合が多い。したがって,水俣病の診断については,メチル水銀ばく露の存在という事実を基礎としつつ,メチル水銀によって引き起こされる各種の症候の存在からメチ ル水銀による神経系の障害を推定するという症候群的診断が重要となる。 もっとも,メチル水銀による中枢神経系の障害では,障害を受けた部位に対応する症候が必ずしも全て出現するとは限らないのであるから,前記の主要症候のすべてが揃うことを求めることも相当ではなく,どのような症候の組合せがあればメチル水銀の影響が推定できるかが検討 されなければならない。 また,水俣病の症候には,検者,被検者の心理状態によって,その実態を伴わなくともあたかも存在するかのように認識されてしまう可能性が十分考えられるものが多い。例えば,知覚障害,視野障害,聴力障害(特に難聴の型の鑑別に係る検査をしない場合)の診察においては,通 常,被検者が「感じない」「見えない」「聞こえない」と答えれば,そのとおり判断せざるを得ない。しかし,可能か不可能かという観点でいえば,刺激を感じながらそれを「感じない」「見えない」「聞こえない」と 報告することは当然可能である。さらに,被検者が自身に特定の症候があると思い込んでいたり,検者が何を求めているのかを独自におもんばかったりして,結果として医学的実態と乖離した申告をしてし 報告することは当然可能である。さらに,被検者が自身に特定の症候があると思い込んでいたり,検者が何を求めているのかを独自におもんばかったりして,結果として医学的実態と乖離した申告をしてしまうことは,十分に考え得ることである。また,申告の内容が曖昧であったり,控え目であったりすれば,それをどう捉えるかは検者の解釈に依存する から,診察の結果は検者の心理的な状況にも影響される。同様に,運動失調や平衡機能障害の有無や程度も,被検者が自身の症候について特定の思い込みをしていないかや,どれだけ指示に従って運動・歩行等を行おうと努めるかに影響されるし,それを「滑らかでない」「不安定」等と判断するか否かは検者の心理状態からの影響を免れない。 したがって,これらの所見を解釈する上では,それが医学的実態を反映していない可能性について十分な考慮が必要であり,取り分け,検者や被検者において,特定の先入観等があったり,平穏とは言い難い心理状態があったりすることが想定される場合等には注意が必要である。なお,かかる留意点は,現在の症候を診察により把握する場合のものであ るが,過去の主観的な症候を被検者の記憶に基づいて把握する場合にも同様に妥当するものである。 このように,水俣病の症候の有無の判断が被検者の主観に左右されやすいものであることから見ても,症候の組合せを原則とする昭和52年判断条件は,合理的な診断基準であるということができる。 昭和52年判断条件は,症候の組合せが認められる場合,当該申請者のメチル水銀ばく露歴については,疫学条件の調査により判明した事実から特に疑問の存する場合を除いて,水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露歴が一応存在するものと仮定して,更に発症閾値を超える濃厚なメチル水銀ばく露があれば現 は,疫学条件の調査により判明した事実から特に疑問の存する場合を除いて,水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露歴が一応存在するものと仮定して,更に発症閾値を超える濃厚なメチル水銀ばく露があれば現れるという臨床的な症候の有無に基づ いた医学的な総合判断によってメチル水銀の影響の有無を判断するとい う取扱いをしているが,以下で述べるとおり,かかる取扱いは次のような理由に基づく。 すなわち,疫学条件とは,要するに,メチル水銀に汚染された魚介類を大量に摂取したことをうかがわせる間接事実のことである。水俣病は,メチル水銀に汚染された魚介類を多食することにより発症する中毒疾患 であるから,当該多食の事実は,水俣病り患のための必要条件であり,り患の有無を判断する上でかかる疫学条件の検討は不可欠である。しかし,疫学条件から推測されるメチル水銀ばく露歴を水俣病の診断に用いることについては,メチル水銀に対する感受性に個人差があることから限界があり,疫学条件を過度に重視し,臨床症候の乏しい者までも直ち に水俣病と判断するのは相当でない。また,メチル水銀ばく露歴については,その正確な把握が困難であることにも注意が必要である。すなわち,メチル水銀ばく露歴というのは,本人の魚介類を多食していた旨の供述のみによって判断することがほとんどであるが,その供述は長期間経過した後の極めて曖昧な記憶に基づくものである。その上,魚介類の 汚染状況は,時期により,魚種により,あるいは漁獲場所によって大きく異なるものである。加えて,ある地域において水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露を受けた者が多数存在したとしても,そのことから直ちに,その地域に居住している全ての者について同程度のメチル水銀ばく露があったということはできない。以上のと 水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露を受けた者が多数存在したとしても,そのことから直ちに,その地域に居住している全ての者について同程度のメチル水銀ばく露があったということはできない。以上のとおり,水俣病の診断 において,メチル水銀ばく露は必要条件ではあるが,これを水俣病の診断に用いることには限界がある。 以上のとおり,メチル水銀ばく露歴を水俣病の診断に用いることには限界があることから,症候の組合せが認められる場合には,疫学条件の調査により判明した事実から特に疑問の存する場合を除いて,水俣病を 発症し得る程度のメチル水銀ばく露歴が一応存在したものと仮定した上 で,更に発症閾値を超える濃厚なメチル水銀ばく露があれば現れるという臨床的な症候の有無に基づいた医学的な総合判断によってメチル水銀の影響の有無を判断すべきであり,昭和52年判断条件は,このような総合的判断を求めるものである。 これに対して,症候の組合せが認められない場合には,医学的に見て 水俣病を発症している蓋然性は低いといわざるを得ないから,このような場合には,総合判断の在り方として,メチル水銀ばく露歴をより厳密に検討しなければならない。 平成25年最高裁判決は,公健法に基づく認定について,総合的検討の重要性を指摘した。また,平成25年最高裁判決は,昭和52年判断 条件について,昭和46年通知における水俣病の認定要件を,具体化及び明確化したものであって,そうした意味において昭和52年判断条件は合理性を有するものと理解しているし,同一の理解の下に昭和53年通知も発出されているとしているのである。そして,平成25年最高裁判決は,昭和52年判断条件が,単一症候のみであったとしても総合的 検討により水俣病と認定することを排除するもので に昭和53年通知も発出されているとしているのである。そして,平成25年最高裁判決は,昭和52年判断条件が,単一症候のみであったとしても総合的 検討により水俣病と認定することを排除するものではないことを確認するものである。 そして,環境省は,平成25年最高裁判決で総合的検討の重要性が指摘されたことを受け,昭和52年判断条件のうち,「水俣病であることを判断するに当たっては,高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検 討する必要がある」とされているところについて,これまでの認定審査の実務の蓄積等を踏まえ,昭和52年判断条件に示された症候の組合せが認められない場合における同条件にいう総合的検討の在り方を整理し,その結果をまとめた総合的検討通知を発出した。 平成25年最高裁判決が判示したとおり,昭和「52年判断条件に定 める症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病 が存在しないという科学的な実証はない」ことからすれば,昭和52年判断条件を前提にしても,昭和52年判断条件に挙げられた症候の組合せが認められない場合,すなわち,四肢末端優位の感覚障害以外の症候が発現していないような場合についても,「そのことのみで水俣病と認定する余地を排除するものとはいえない」ということができる。そして, 平成25年最高裁判決は,その場合の認定方法について,「経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討した上で,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等に係る個別具体的な判断」を経るべきであると判示するものである。かかる判示は,昭和52年判断条件に定める症候の組合せが認められる場合には,通常水俣病 と認められるという「一般的な知見を前提としての推認」が可能であるため,「個別的な と判示するものである。かかる判示は,昭和52年判断条件に定める症候の組合せが認められる場合には,通常水俣病 と認められるという「一般的な知見を前提としての推認」が可能であるため,「個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要がない」との理解を前提とするものである。これを換言すれば,平成25年最高裁判決は,四肢末端優位の感覚障害のみが発現している場合に,これが水俣病といえるかどうかについては,飽くまで本則に立ち返って,医学的経 験則に基づき,諸般の事情と関係証拠を十分に検討した上で,個別具体的な判断を行うことを要請するものといえる(当然のことながら,平成25年最高裁判決は,四肢末端優位の感覚障害が発現していれば直ちに水俣病であると判断してよいとしたものではない。)。このような平成25年最高裁判決の判示は,四肢末端優位の感覚障害などの水俣病にみ られる個々の症候が,それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられ,その一つの症候がみられることのみをもって水俣病である蓋然性が高いと判断するのは困難であるという,水俣病の病像に対する正当な認識を前提とするものであり,もっともな判断であるということができる。 このような平成25年最高裁判決の判示を前提に,総合的検討通知は, 四肢末端優位の感覚障害など単一の症候のみが発現している場合の総合 検討の在り方として,着目すべき具体的な判断要素(平成25年最高裁判決の判示でいえば,医学的経験則に基づいて検討すべき諸事情等に当たるもの)を挙げたものである。したがって,総合的検討通知は,平成25年最高裁判決のいわば延長線上にあるものとして位置づけることができる。その上で留意すべきは,水俣病に関する医学的経験則を前提と する限り,四肢末端優位の感覚障害など単一の症候の 通知は,平成25年最高裁判決のいわば延長線上にあるものとして位置づけることができる。その上で留意すべきは,水俣病に関する医学的経験則を前提と する限り,四肢末端優位の感覚障害など単一の症候のみの水俣病については,その存在を否定し得ないとしても,その頻度は高くないと考えるのが合理的だということである(水俣病の病理所見として,大脳,小脳,脊髄及び脊髄末梢神経の病変が症状の軽重にかかわらず一定の障害パターンとして認められることなどからみて,医学的には,個体差により特 異的な反応が生じることはあり得るとしても,一般論としては,単一の症候のみを呈する水俣病の存在は考え難いと理解されていたところである。)。また,他方で,平成25年最高裁判決の判示にも表れているように,水俣病に見られる症候については,いずれも非特異的な症候であって多くの他疾患によっても同様の症候を呈することもまた事実である。 このため,医学的経験則に基づき諸事情を総合的に検討する場面においては,上記のような各事情を判断の基礎に置く必要がある。すなわち,単一の症候のみを呈する水俣病であるか否かが問題となる場合には,申請者に生じたとされる症候がメチル水銀ばく露に起因する蓋然性と,他の疾患等に起因する蓋然性とを慎重に比較検討するという視点を持つこ とが不可欠であり,そのような観点を含めて,申請者の有機水銀に対するばく露,申請者の症候,ばく露と症候との間の因果関係などの個別具体的な事情について総合的に検討する必要があるというべきである。 さらに,敷衍すると,平成25年最高裁判決を踏まえた上で,公健法4条2項に基づく水俣病り患の有無を認定判断するためには,毛髪や臍 帯の水銀値といった当該原告の体内の有機水銀濃度,各原告の居住歴と 当該地域の汚 最高裁判決を踏まえた上で,公健法4条2項に基づく水俣病り患の有無を認定判断するためには,毛髪や臍 帯の水銀値といった当該原告の体内の有機水銀濃度,各原告の居住歴と 当該地域の汚染状況,各原告及びその家族の漁業等への従事歴など魚介類の入手及び摂食状況及び同居親族の頭髪水銀値や公健法ないし救済法上の水俣病認定状況などといった事情,並びに症候の経過や程度など症候の具体的内容に関わる事情,症候に関する所見の信頼性に関わる事情及び原因となり得る他の疾患のり患の有無及び程度などといった事情等 の各事情について,種々の疫学的な知見や調査の結果等を踏まえそれぞれ総合的に検討した上で,メチル水銀のばく露経験を有し,そのばく露の程度が高度であると認められる者であって,四肢末端優位の感覚障害を始めとする水俣病を示唆する症候が認められ,その症候の原因となり得る他の疾患のり患の有無及び程度を考慮してもなお,その症候がメチ ル水銀ばく露に起因するものであるといえる場合には,当該症候はメチル水銀ばく露に起因する,すなわち,その者は水俣病にり患していると判断するのが相当である。 原告らは,水俣病の可能性が50%以上であれば水俣病と認定すべきであるなどと主張する。 しかしながら,一般に,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の行政訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なるものではなく,高度の蓋然性を必要とするものと解されており,このことは,その概念自体に発症の機序を内在している水俣病 (魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経性疾患)にり患していることの立証の程度についても同様である。 また,公健法 は,その概念自体に発症の機序を内在している水俣病 (魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経性疾患)にり患していることの立証の程度についても同様である。 また,公健法等においても,水俣病の認定に関し,要件事実の厳格な立証を必要としないものとする旨の規定は存在せず,公健法の制定経緯や目的のほか,その規定ぶりをみても,同法が,水俣病等の認定に関 し,行政訴訟における因果関係の立証の程度を緩和していると解釈する こともできない。 したがって,上記原則のとおり,本件訴訟における水俣病にり患していることの立証についても高度の蓋然性を必要とすることは明らかである。このことは,平成25年最高裁判決を受けて発出された総合的検討通知からも看取することができる。 したがって,このような原告らの上記主張は理由がない。 原告らは,同居親族内に行政認定患者が存在することから,当該原告が水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露を受けたと推認することができ,また,各種救済制度の対象者がいることから,他の事実と相まってメチル水銀ばく露を受けたと推認することができると主張する。 しかしながら,魚介類の摂取量は,一般に,個人の嗜好や年齢等により差があると考えられる上,特定の個人が発症閾値を超えてどの程度摂取すれば水俣病を発症するかという点については個人の感受性による差があるから,同居親族内に水俣病認定患者がいることをもって直ちに当該原告が水俣病を発症し得る程度に魚介類を摂食していたと認めること はできない。 また,平成7年政治的解決において,医療手帳及び保健手帳の交付対象となったのは,いずれも「過去に通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があ」る者であって,その判定に当たり,水俣病 い。 また,平成7年政治的解決において,医療手帳及び保健手帳の交付対象となったのは,いずれも「過去に通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があ」る者であって,その判定に当たり,水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露を受けたか否かは問題とされておら ず,水俣病総合対策医療事業の新保健手帳の判定要件も同様である(乙B48)。 特措法を受けて制定された「救済措置の方針」における救済対象者は,公健法「に基づく判断条件を満たさないものの救済を必要とする方々」であって(特措法前文),同法に基づいて被害者手帳の交付を受 けた者についても,水俣病を発症し得る程度のメチル水銀ばく露を受け たかどうかは不明である。 したがって,原告らの主張には理由がないイ三浦医師らの診断及び検診の信用性(争点3-2)(原告らの主張)三浦医師らの診断基準等 a 三浦医師らは「メチル水銀の曝露歴があり,四肢末端優位の感覚障害が見られる場合に,当該感覚障害が他の疾患又は原因によるものであることを疑わせる事情が認められない場合は,水俣病にり患していると認められる」との考え方に立っており,この考え方は,平成25年最高裁判決の趣旨を具体化したものである(甲B1の1)。 b また,三浦医師らは,糖尿病,頸部変形性脊椎症をはじめ,個別原告らがり患する疾病の中で感覚障害の原因となる可能性のある疾病を対象として,鑑別を行っている。 c 所見の変動は大脳皮質障害の場合は当然起こることであるから,原告らの過去のある時点での診断では,感覚障害,とりわけ触・痛覚障 害の所見が確認されていないことをもって,原告らの感覚障害が大脳皮質障害,すなわち水俣病に起因するものであることを否定する根拠とはならない。 d また, では,感覚障害,とりわけ触・痛覚障 害の所見が確認されていないことをもって,原告らの感覚障害が大脳皮質障害,すなわち水俣病に起因するものであることを否定する根拠とはならない。 d また,三浦医師らは,基準について,「基準値(基準範囲)は健常者の測定結果を集計し,基準値=平均値±2標準偏差とし,健常者の 95%が含まれる範囲をいう。」という考え方を原則としている。しかし,定量針痛覚計による痛覚検査については,被検者に対して与える刺激を,血液検査のように連続的な数量として表示することが困難であるため,基準値を「平均値±2標準偏差」とするのは妥当ではないことから,コントロール群での平均痛覚閾値としており,概略的5 段階評価と比較して客観化に成功している。また,同コントロール群 と原告らに密接な関係もなく,コントロール群での結果が不適当ということもない。 三浦医師らの検診方法阪南中央病院の検診では,まず,神経学的診察において,以下の検査を行い,感覚障害の分布状況及び型を判定した。 痛覚については,歯車を用いて,最も敏感であろうと思われている前胸部と全身の部位とを交互に刺激し,前胸部と当該検査部位との間で,同じ刺激に対する感じ方に差があるかどうか,また,どの程度差があるかを調べた。この感じ方に差があるほど(前腕部に比べて痛みの感じ方が鈍いほど)その部位では感覚の低下の程度が強いことになる。 また,針痛覚計を用いて,全身にわたる各部位について,数種類の重さの刺激を与え,被検者が痛いと感じる刺激の強さ(重さ,g数)を調べた。この被検者が痛いと感じる刺激の強さの値が大きいほどその部位では感覚の低下の程度が強いことになる。この作業に当たっては,各部位において,その部位の中の1か所につき1㎝四方 さ(重さ,g数)を調べた。この被検者が痛いと感じる刺激の強さの値が大きいほどその部位では感覚の低下の程度が強いことになる。この作業に当たっては,各部位において,その部位の中の1か所につき1㎝四方内の異なる3点を調 べ,次に,この場所から3㎝から4㎝離れた4又は5か所につき同様に1㎝四方内の3点を調べるという具合に,各部位での被検者が痛いと感じる刺激の強さを,1点ではなく広範囲にわたって調べた。 このような2種類の方法の検査を併せて実施することにより,全身における痛覚低下の程度の強弱及び連続性(グラデーション)を把握し, その上で,感覚障害の分布状況及び型(四肢末端型+口周囲型,全身型(四肢末端優位)等)を判断した。 a 定量負荷・針痛覚計を用いた痛覚検査⒜ 三浦医師らは,ユフ精器株式会社製の手動式定量型知覚計を用いて,痛覚検査を行った。同知覚計には任意の重量の重りを設置する ことができ,これにより,知覚計による刺激を定量化することが可 能である。竹串や針等を用いた場合には,被検者に与えた刺激の強さを数値化できないし,刺激の強さを安定させられないが,同知覚計を用いることでこれらが可能となる。 また,三浦医師らの痛覚検査では,検査部位によって,加える刺激の順番を昇順,降順,ランダム,さらに,これらを適宜組み合わ せた順番にするなどの方法を採用するなどしており,検者及び被検者の事情に対して,その主観を排除するための十分な工夫と配慮がされており,通常の痛覚検査に比べて信頼性の高い。 さらに,三浦医師らは,恣意的に操作することができないコントロール検診によって得られた基準値を,いわば目安とし,正常/異 常の判定を行っており,その際には,検査所見(数値)だけを判定材料としたのではなく,問診や神 恣意的に操作することができないコントロール検診によって得られた基準値を,いわば目安とし,正常/異 常の判定を行っており,その際には,検査所見(数値)だけを判定材料としたのではなく,問診や神経内科的診察により得られた被検者の理学的所見を併せて判定している。 ⒝ 被告らは,基準値より低い値の刺激での検査を実施しないというのは,当然,基準値を上回る検査所見しか出ないことになり, 異常を見つけ出すことに主眼を置いた検査であると主張する。 しかし,1回目の検査所見において,6g以下の刺激では「痛くない」と答えた場合,この検査結果からすれば,仮に2gより軽い刺激での検査を実施したとしても「痛くない」と答えるのは自明であるから実施する意味はない。 問題は,被告らの主張が妥当であるといえるためには,上記の可能性があるのに,三浦医師らが2gより軽い刺激での検査を行わず,口周囲の所見が2gであることをもって,基準値1.9gを上回るから異常であると判定した場合に限られるが,三浦医師らは原告らの検査所見をもとに,口周囲の痛覚に異常は認められ ないと判定した以上,被告らの主張は前提を欠き成り立たない。 ⒞ 確かに,阪南中央病院の針痛覚計を用いた検査では,多数回の刺激を長時間にわたって加えたことは否定できないが,三浦医師らの設定した方法で本人の反応を確認しながら,また,矛盾した反応を示したときには疲労の有無を問いながら検査を行っており,予定した時間より長時間を要したが,被検者の恣意的な反応の余 地を排除するためには必要な作業であるから,検査結果の正確性を期するためにはやむを得ない。 b フォンフライ触覚計を用いた触覚検査⒜ 酒井医療株式会社製のモノフィラメント知覚テスターを用いて,触覚検査を行った。同知 要な作業であるから,検査結果の正確性を期するためにはやむを得ない。 b フォンフライ触覚計を用いた触覚検査⒜ 酒井医療株式会社製のモノフィラメント知覚テスターを用いて,触覚検査を行った。同知覚テスターには様々な太さのフィラメント (毛髪や歯ブラシのブラシの1本のような形状)が設置されている。 これを用いることで刺激を定量化することが可能である。筆やティッシュペーパーを用いた同種の検査が行われる場合もあるが,その場合には,被検者に与えた刺激の強さを数値化できないし,刺激の強さを安定させられない。刺激を定量化するためには,同知覚テス ターの利用が有用である。 ⒝ 三浦医師らが基準値に用いたWeinsteinの圧覚閾値は,神経心理学の成書(甲B2の1の13)に引用されており,触覚の正常/異常を判定するにあたり十分参考となるデータであるし,また,三浦医師らは,同圧覚閾値だけでなく,酒井医療株式会社の「取扱い説 明書」(甲B2の1の14)における数値も参考にして異常であると判定しており,その正常/異常の評価判定の方法に誤りはなく,原告らにおける閾値の設定においても,検査時の被検者の応答の様子等を知る者を交え,総合的な検討を行った結果,原告らの感覚検査の閾値を決めている。 また,三浦医師らは,触覚障害の正確な把握のために予定の時間 を超過せざるを得なかったが,検査が長時間に及ぶに当たっては,検者が被検者に対して声掛けをしながら疲労を加味しつつ,検査結果に集中力の欠如や疲労の影響が出ないよう最大限の配慮を行った。 c 音叉・リオン振動覚計を用いた振動覚検査音叉及びリオン株式会社製振動感覚測定器(型式AU-02A)を 用いて振動覚検査を実施した。 d 二点識別覚検査表在感覚,特に触覚が障 た。 c 音叉・リオン振動覚計を用いた振動覚検査音叉及びリオン株式会社製振動感覚測定器(型式AU-02A)を 用いて振動覚検査を実施した。 d 二点識別覚検査表在感覚,特に触覚が障害されているといっても,軽い触覚が健在である場合(触れられているかどうかを認識することは可能である場合,触覚・圧覚は低下していることはあっても消失していない 場合)には,各部位の閾値の判定が可能となり,正確な検査結果が得られ,二点識別覚検査が有用,有意義である。 ⒝ 三浦医師らは,原告らに対し,プラスチックノギス及び医療用ノギスを用いて,二点識別覚検査を行った。 三浦医師らは,二点識別覚検査が異常である場合,大脳皮質性の 感覚障害であると確定するためには,触覚,末梢,脊髄,視床のいずれかの部位に障害がある可能性があるため,表在感覚では触覚・圧覚が消失していないこと,末梢,脊髄,視床の伝達経路に異常がないことが証明される必要があるという見解を前提として,原告らについて,二点識別覚の異常を認め,さらに,神経内科的検査を行 い,頸椎MR・脳MRを撮影することにより,触覚・圧覚が消失していないこと,末梢から視床に至る経路に異常がないことを確認した結果,大脳皮質性の感覚障害があると認めた。 ⒟ 舌先の二点識別覚検査は水俣病り患の有無の判断において有用,有意義であることは判例上確立している。三浦医師らは,舌先の二 点識別覚の所見の評価において,大脳皮質障害以外の要素が関与し ていないことを確認している。 ⒠ また,三浦医師らは,二点識別覚検査の結果の評価に当たり,同検査所見と基準値との比較,理学的所見,日常生活での支障等を総合的に検討して判断している。 さらに,三浦医師らは,二点識別覚の基準値の設定について 浦医師らは,二点識別覚検査の結果の評価に当たり,同検査所見と基準値との比較,理学的所見,日常生活での支障等を総合的に検討して判断している。 さらに,三浦医師らは,二点識別覚の基準値の設定について,複 数の医学文献や,上記コントロール検診での対照群の検査結果等を参考にするなどして基準値を設定した。 ⒡ 三浦医師らは,二点識別覚検査が長時間に及ぶに当たっては,検者が被検者に対して声掛けをしながら疲労を加味しつつ,検査結果に集中力の欠如や疲労の影響が出ないよう最大限の配慮を行った。 e 腱反射三浦医師らは,原告らの呈する感覚障害が頸部変形性脊椎症あるいは糖尿病性神経障害によるものかどうかを鑑別するに際し,単に腱反射及び神経伝導検査の所見のみではなく,他の神経学的検査,画像検査等を考慮しながら総合的に判断している。 f 神経伝導速度検査神経伝導速度検査により,潜在病変を含む末梢神経障害の有無や病変が脱髄か軸索変性かの鑑別などが可能となる。特に,糖尿病性末梢神経障害の確定診断には,神経伝導速度検査の結果が重視されている。 すなわち,糖尿病患者,糖尿病発症前の潜伏期の患者のいずれでも, 神経伝導検査における神経伝導速度の低下,潜時の遅延,誘発活動電位の低下を詳細に検討することにより,高い確率・頻度で,その末梢神経障害(脱髄,軸索変性)の可能性を指摘することができる。また,それ以外の末梢神経疾患が疑われる疾患すべてにおいて,特に中毒性,代謝性,感染性,遺伝性などの各種のニューロパチーについて,運動 神経,感覚神経伝導速度の測定は適応がある。 また,三浦医師らは,原告らの呈する感覚障害が頸部変形性脊椎症あるいは糖尿病性神経障害によるものかどうかを鑑別するに際し,単に腱反射及び神経伝導検査 神経伝導速度の測定は適応がある。 また,三浦医師らは,原告らの呈する感覚障害が頸部変形性脊椎症あるいは糖尿病性神経障害によるものかどうかを鑑別するに際し,単に腱反射及び神経伝導検査の所見のみではなく,他の神経学的検査の所見,当該原告の症状の進行状況及び治療状況等を考慮して総合的に判断している。 神経伝導検査の結果の評価については,正門文献(甲B45)からすれば,神経伝導速度が正常下限値を下回っていても,75%未満に低下していなければ「問題のない範囲」であるし,正常上限値を上回っていても,130%を越えて上昇していなければ末梢性神経障害があるとはいえないし,また,馬場論文(甲B46)からすれば,振幅 計測値の変動可能性に関し,誘発電位振幅の左右差は50%以上の違いがあったときに有意差と認定するという経験的ルール,ある電位を別の機会に記録すると振幅は50%~200%までの幅で変動するという経験則,又は倍半分の法則(以下,これらを併せて「50%ルール」という。)を適用し,複合筋活動電位(CMAP)及び感覚神経 活動電位(SNAP)の振幅について,正常下限値の50%を下回る低下でなければ,著しい低下ということはできないとされることから,これらの見解に沿って,三浦医師らが,原告B,原告D及び原告Eの神経伝導検査の結果から,同人らの末梢神経において,節性脱髄又は軸索変性をきたしているとは考えられないと判断したことは正当であ る。 さらに,正中神経感覚神経伝導検査において,その伝導速度は順行性であろうと逆行性であろうとほぼ同じであって,振幅の値が異なり得るとしても,この振幅の値については,基準値そのものが出典によって大きく異なるなどの問題があり,神経伝導速度の値においては, 順行性か逆行性かは であろうとほぼ同じであって,振幅の値が異なり得るとしても,この振幅の値については,基準値そのものが出典によって大きく異なるなどの問題があり,神経伝導速度の値においては, 順行性か逆行性かは問題とならない。 g その他の検査三浦医師らは,「指合わせテスト」,「IPU巧緻動作検査」,「立体識別覚検査=コイン識別検査」,「触覚定位置覚(手指・足指の位置識別)検査」を行っているが,いずれも神経内科のテキストに記載されているなど,その検査の意義があり,正当なものである。 診断書及び診断意見書にその結果が記載されていないのは,対照群(基準値)と比較して有意な差が認められなかったためであり,診断に当たりこれらの検査結果を検討していないのではなく,不当なことではない。 ⒜ 阪南中央病院のタッピング検査は,丸田和夫の報告(甲B48) をもとに実施したものであり,単純に「回数の低下」のみを考慮しているのではなく,神経内科的診察とタッピング検査の所見を総合して小脳性運動失調の有無を判断している。 ⒝ IPU巧緻動作検査については,神経内科の専門書に記載がないとしても,上肢の巧緻動作の簡便な検査方法として開発され,有用 性が評価されているペグボードテストを活用することは,原告らの巧緻機能評価にとって有意義である。また,三浦医師らは,神経内科的診察により,他の運動障害,パーキンソン病,脊髄小脳変性症との鑑別を行なっている。 ⒞ 肢節運動失行というべき巧緻運動機能障害(大脳性感覚障害によ る運動失調)及び協調運動障害の有無を評価する検査として「指合わせ試験」を行った(甲B2の1の35)。 これは,運動の拙劣さや緩慢さ等の状態を観察し,その他の検査結果を総合して頭頂葉病変としての大脳性感覚障害の有無を判定 障害の有無を評価する検査として「指合わせ試験」を行った(甲B2の1の35)。 これは,運動の拙劣さや緩慢さ等の状態を観察し,その他の検査結果を総合して頭頂葉病変としての大脳性感覚障害の有無を判定する検査の一つである。この検査により,日常生活での巧緻運動機能 障害の目安でもある,箸が使えない,字が下手になった,小銭がつ かみにくい,ボタンがかけられない,ひもが結びにくいなどの症状を把握することができる。 ⒟ 通常,小脳性構音障害の有無を判定するのは発語によるが,この方法では検者の主観的経験的な判断に依拠することになるため,客観性に欠けることから,ICレコーダー「健口くん」を用いて,反 復拮抗運動(オーラル・ディアドコキネーシス)を評価項目とし,発語の速度,明瞭性を録音分析しており,構音障害の簡便なスクリーニング・テストとして利用している。 h その他三浦医師らの検診録等に,実施していない検査について,診断書等 において『異常なし』と評価されていることや,全く同じ記載内容の2枚の人体図が存在することに関してはいずれも誤りである。 以上のとおり,三浦医師らは,原告らについて,全身における感覚障害の分布状況及び型を把握し,さらに,全身の各部位の痛覚及び触覚の閾値を定量的に測定して感覚低下の分布ないし範囲を把握するこ とにより,全身における感覚障害の有無を正確に判定しており,また,三浦医師らが設定した水俣病の診断基準並びに原告らに対して行った各種検査及びその評価は,医学的に正当かつ根拠のあるものであり,いずれも信用に値するものである。 (被告らの主張) ある神経学的検査の結果,水俣病の病像と整合する所見が認められたとしても,水俣病によって生じる症候の多くは,患者の自発的な反応を医師 いずれも信用に値するものである。 (被告らの主張) ある神経学的検査の結果,水俣病の病像と整合する所見が認められたとしても,水俣病によって生じる症候の多くは,患者の自発的な反応を医師が解釈・評価するという方法で確認されるものである。このため,その所見の客観性には一定の限界があるため,そこから直ちに被検者が水俣病であると断定できるものではなく,それ以前に,まずは神経学的 所見の信頼性自体を慎重に評価する必要がある。 三浦医師らの診断基準等についてしかし,三浦医師らの診断は,四肢末梢優位の感覚障害の所見の存在を重視し,鑑別の対象疾病を糖尿病と頸部変形性脊椎症に限定するなど,十分な医学的根拠に基づかない診断基準を自ら定立し,その前提となる検査は,同基準に合致するような所見が得られるよう,医学的な意 義を無視するような内容の検査方法を設定したり,医学的に逸脱した方法で実施されたものである。しかも,阪南中央病院で実施した検査結果を基本に,原告らの過去の検査所見及び診断については,水俣病である可能性を高める事情のみを断片的かつ選択的に取り上げて自らの診断結果の信用性を高める事情として援用し,他方で,水俣病と診断する上で 障害となるような事情については取り上げることなく,殊更に排除しようとするものであって,検査初見の評価を誤っている正当性が認められないものである。 三浦医師らの検診方法三浦医師らの診断の前提となった各種検査をみても,検査方法が医学 的に正当なものでなく,また個別検査項目についての評価判定も医学的に正当なものでなく,その他にも,実施していない検査について「異常なし」と評価したり,記載内容が全く同じ2枚の人体図が別々の医師により作成されたものとして存在する。 a 人の感 の評価判定も医学的に正当なものでなく,その他にも,実施していない検査について「異常なし」と評価したり,記載内容が全く同じ2枚の人体図が別々の医師により作成されたものとして存在する。 a 人の感覚は,被検者自身であってもコントロールすることが困難な 性質のものであり,医学的に通常行われる検査方法によったとしても,被検者個人の応答のみに頼って診断することはできない性質のものであり,まして,医学的に通常行われていない特異な検査方法による場合には,その検査方法の内容自体を慎重に吟味する必要がある。 b 定量負荷・針痛覚計を用いた検査の問題点 ⒜ 三浦医師らの採用する定量負荷・針痛覚計を用いた検査は①針痛 覚計を用いることで刺激を定量化し,②所見を当てはめる基準値を設けることによって,「可能な限り感覚障害の客観化」を図ったとされる独自の検査手法である。 ⒝ しかしながら,三浦医師らが客観したとする上記①及び②は,いずれも検者側の事情(上記①は検者が与える刺激の量,同②は検者 が知覚した被検者の応答を異常と判断するかどうかの基準)にすぎず,被検者側の事情については何ら対策が講じられていない。かえって,刺激を定量化し,基準値を設定して,得られた所見を機械的に基準値に当てはめて,正常か異常を判断することは,誤った判断に陥る可能性が高い。 また,三浦医師らは,コントロール検診(平成26年8月)で得られた「平均痛覚閾値」を基準値としているが,そもそも,平均から離れた者を異常と評価するのであれば,コントロール検診を受けた者のうち約半数が異常であったことになり,平均値をもって基準値(閾値)とすることは基準の客観化として不適切である。また, 同コントロール検診については,その実施方法等の詳細が明らかにさ けた者のうち約半数が異常であったことになり,平均値をもって基準値(閾値)とすることは基準の客観化として不適切である。また, 同コントロール検診については,その実施方法等の詳細が明らかにされておらず,第三者が,その正確性について,疫学的な観点から検証することができず,基準値としての適格性を欠く。さらに,同コントロール検診では,同病院の患者や職員という三浦医師らと関係が深い集団を対象としており,選択バイアスを排除できず(乙B 85),対象集団の選定方法が適切でない。 ⒞ また,三浦医師らの診療録のうち針痛覚計検査の結果を記載した部分を見ると,最も軽い刺激は「2g」とされ,それより軽い刺激での検査は実施されておらず,三浦医師らが基準値とする1.9gを下回る可能性があるにもかかわらず,そのような検査が実施され ていないのであって,一般的な医師の判断とは異なり,原告らに異 常があるとの先入観をもって,異常を見つけ出すことに主眼を置いて実施されたものであり,個別検査項目についての正常/異常の評価判定を誤ったものである。このことは,三浦医師らが,2回の検査結果が大きく異なった場合にその理由等の検討や,再検査していないことからも明らかである。 ⒟ さらに,三浦医師らは,針痛覚計検査が被検者の集中を要する検査であるにもかかわらず,多数回の痛みを伴う刺激を長時間にわたって加えて同検査を行っており,一般的な方法とは異なる方法で実施されたものといわざるを得ず,また,他にも長時間に及ぶ検査が行われていることも考慮すれば,検査方法が医学的に正当なものと はいえない。 c フォンフライ触覚計を用いた検査の問題点⒜ 三浦医師らは,昭和43年に示されたWeinstein の圧覚閾値を基準値として,これに原告ら5 査方法が医学的に正当なものと はいえない。 c フォンフライ触覚計を用いた検査の問題点⒜ 三浦医師らは,昭和43年に示されたWeinstein の圧覚閾値を基準値として,これに原告ら5名のフォンフライ検査の結果を当てはめて,同人らの痛覚の正常/異常を判定したようであるが,①フォ ンフライを用いることで刺激の量を定量化し,②所見を当てはめる基準値を設けたものにすぎず,主観に依存するという点では通常の触覚検査と違いはなく,現在のところ,臨床上,フォンフライを用いた触覚検査は普及していない(乙B80)。 また,Weinstein の圧覚閾値は「男子の圧覚閾」であり,かつ, 圧覚閾値の対象となった「男子」の年齢等が明らかでないものであるにもかかわらず,原告らに当てはめている。 このように,三浦医師らの採用するフォンフライ触覚計を用いた検査に係る正常/異常の評価判定の方法は医学的に特異であり,かつ判断を誤る危険を包含するものであって,個別検査項目について の評価判定が医学的に正当なものとはいえない。 ⒝ 感覚検査では被検者の疲労を考慮することが不可欠であり,長時間にわたって検査を実施することは検査結果の正確性を損なうものであるところ,三浦医師らによるフォンフライ検査は多数回の刺激を長時間にわたって加えるもので,一般的な方法とは異なる方法で実施されたものといわざるを得ず,検査結果の正確性の確保に対す る配慮を明らかに欠いており,検査方法が医学的に正当なものとはいえない。 d 一般的な方法による触痛覚検査の問題点三浦医師らの一般的な方法による触痛覚検査においては,医学的にみて,個別検査項目についての評価判定に誤りがある。 e 二点識別覚検査の問題点⒜ 二点識別覚検査とは2点を同 検査の問題点三浦医師らの一般的な方法による触痛覚検査においては,医学的にみて,個別検査項目についての評価判定に誤りがある。 e 二点識別覚検査の問題点⒜ 二点識別覚検査とは2点を同時に刺激し,それが2点として感じられるかどうかを検査するものである(乙B78)。 そもそも,仮に二点識別覚検査で異常な値があったとしても,「離れた二点で触覚刺激が受容され,その信号が末梢神経,脊髄を 経て視床に至り,さらに大脳皮質で統合されて別の二点の触覚刺激であると認識されるという長いプロセスのどこかに障害があることを示すに過ぎ」ないから,直ちに大脳皮質の障害と認めることはできない(乙B80,88)。したがって,二点識別覚検査の結果が異常であったとしても,それが大脳皮質性の障害であるかどうかを 判別するためには,刺激が伝わる過程に障害がないこと等を調べるための更なる検査が必要になるのであるから,それのみで判別できるとする三浦医師らの上記見解はいずれも誤りである。 また,触覚の異常が認められても軽い触覚が健在である場合には二点識別覚検査が有用,有意義であるという原告らの主張は,医学 的に正当なものといえず,原告らの挙げるパッテン,内野医師及び 岡嶋らの文献の記載も,このような原告らの主張を裏付けるものとならない。 また,二点識別覚検査は,表在感覚等の一次感覚を前提とした高次の感覚である複合感覚の異常の有無を見るものであるから,前提となる表在感覚自体が障害されている場合には,二点識別覚検査に おいて異常所見が認められたとしても,それが中枢神経の障害を反映したものか,一次感覚異常を反映したものか明らかでなく,複合感覚の異常について正確な所見をとることはできない(乙B84)。 二点識別覚検査の通常の検査 められたとしても,それが中枢神経の障害を反映したものか,一次感覚異常を反映したものか明らかでなく,複合感覚の異常について正確な所見をとることはできない(乙B84)。 二点識別覚検査の通常の検査部位や正常/異常を判断するための 基準として用いるための二点識別覚正常閾値が検証されて成書に記されている部位に舌先はなく(乙B78,92,93),このような神経内科学の状況に照らせば,三浦医師らによって実施された舌先の二点識別覚検査は,医学界において承認を得られた検査方法ではなく,その客観的かつ標準的な検査方法が確立しているとはいえ ない。また,舌の感覚は三叉神経に支配されており,三叉神経は中脳より舌に至るのであるから,舌,中脳及び大脳皮質の間の神経伝導路に,脳血管障害,脳腫瘍,脳炎などの病変があれば,メチル水銀による大脳皮質障害がなくても,舌の複合感覚検査に異常が出現し得る(乙B95)。また,舌先の複合感覚については,神経伝達 路の異常以外にも,他の原因により異常な検査結果を生じ得る(乙B94)。そうすると,舌先の複合感覚検査の水俣病診断における有用性には疑義がある。 ⒝ 二点識別覚検査は,被検者の集中を要するものであり,この点について十分な配慮をしたとしても,感覚検査の一種である二点識別 覚検査は,被検者の応答に頼らざる得ないものであることから,正 確性の担保には自ずから限界がある。このため,その評価に当たっては,文献等で示された正常閾値との比較という観点だけでなく,被検者の日常生活動作の障害の有無やその程度,他の検査所見との整合性等を十分に検討し,正常/異常を判定する必要がある。 しかし,三浦医師らの評価方法を見ると,三浦医師らは,書字覚 (数字識別)検査,サンドペーパーを用いた触覚識別検 程度,他の検査所見との整合性等を十分に検討し,正常/異常を判定する必要がある。 しかし,三浦医師らの評価方法を見ると,三浦医師らは,書字覚 (数字識別)検査,サンドペーパーを用いた触覚識別検査,コインを用いた立体識別覚検査などを実施したが(甲B2の1),これらの検査結果が診断に当たって評価された形跡や,二点識別覚検査の結果との整合性が検討された形跡はいずれもなく(乙B80),三浦医師らの二点識別覚検査に関する正常/異常の評価判定について は,評価判定に当たって検討すべき事項についての検討を欠いたものである。 また,三浦医師らは,Weinstein の二点弁別閾値を基準値としたり,舌先の二点識別覚検査の基準値を阪南中央病院で実施されたコントロール検診によって閾値を設定するという手法によっており, 同コントロール検診の対象集団の抽出方法等に問題があり,加えて,このような基準値の設定により判断を誤る危険も包含するものであるので,個別検査項目についての評価判定が医学的に正当なものとはいえない。 ⒞ 二点識別覚検査とは2点を同時に刺激し,それが2点として感じ られるかどうかを検査するものであるところ,与えられた刺激が1点か2点かを識別することができるためには,表在感覚,特に触覚が正常に機能していることが前提となるのであって(乙B78号),触覚が障害されている場合は,触れられているかどうかの認識自体が困難なのであるから,このような者に対し,二点識別覚検 査を行うことが無意味である。したがって,二点識別覚検査につい て,何かが触れたことが分かれば足り,重度の末梢神経障害が認められるような場合でない限り,大脳皮質性の障害か否かを鑑別できるとすることはできず,これに反する原告らの主張は誤りである。 て,何かが触れたことが分かれば足り,重度の末梢神経障害が認められるような場合でない限り,大脳皮質性の障害か否かを鑑別できるとすることはできず,これに反する原告らの主張は誤りである。 また,二点識別覚検査において正確な検査結果を得るためには,被検者の集中が必要であって,検査の結果,2点刺激であると認識 できる距離が多少延長していたとしても,被検者の集中や体調の状況によっては直ちに障害と判定すべきではない。また,三浦医師らは,数多くの刺激を与えて検査を行っており,二点識別覚検査も被検者の主観に依存するものであることからすれば,疲労の観点からも,信頼性に大いに疑問がある(乙B80)。 このように,三浦医師らによる二点識別覚検査は,検査結果の正確性の確保に対する配慮を明らかに欠いており,検査方法が医学的に正当なものとはいえない。 ⒟ また,原告らは,二点識別覚の異常を認め,さらに,神経内科的検査を行い,頸椎MR・脳MRを撮影することにより,触覚・圧覚 が消失していないこと,末梢から視床に至る経路に異常がないことを確認した旨主張するが,頸椎MR・脳MRを撮影することが末梢から視床に至る経路に異常がないか否かを判断するための補助診断として一般的といえず(乙B173),異常の有無についても具体的な証明がなされていない。 f その他の感覚検査の問題点⒜ 三浦医師らが実施した各種感覚検査のうち,「指合わせテスト」,「IPU巧緻動作検査」,「立体識別覚検査=コイン識別検査」,「触覚定位置覚(手指・足指の位置識別)検査」の内容は,いずれも神経内科の代表的な専門書に見当たらず(乙B7 8,86,92,96,97),医学的に確立された手法とは認 められない。 ⒝ 三浦医師らは,複合感覚や深 検査」の内容は,いずれも神経内科の代表的な専門書に見当たらず(乙B7 8,86,92,96,97),医学的に確立された手法とは認 められない。 ⒝ 三浦医師らは,複合感覚や深部感覚等の異常の有無や,それが大脳性のものであるかどうかを確認するために,サンドペーパーを用いた触覚識別検査,コインを用いた立体識別覚,触覚定位置覚(手指・足指の位置識別)検査,関節位置覚(被動覚)検査の 各検査を検査項目として設定して実施したが,原告らの診断書及び診断意見書には,その結果が一切記載されておらず,その他,各診断書及び診断意見書において診断に当たって評価された形跡は見当たらない。このような診断書及び診断意見書の記載状況は,三浦医師らが選択した上記各検査項目が,水俣病にり患して いるか否かの判断に当たって必要ないものであったことを自認するものであり,このような検査項目の設定方法には疑義があるといわざるを得ない。 また,三浦医師らは,これらの検査所見に明らかな異常が認められなかったために,あえて診断に当たって考慮しなかったとす るが,後述のとおり,検査所見の評価が医学的に正当なものとはいえない。 深部反射,神経伝導速度の検査の問題点a 深部反射の検査所見の評価が医学的に正当なものでないこと三浦医師らは,四肢末端優位の感覚障害が認められる場合には,対 象となる鑑別疾患は,糖尿病性神経障害,頸部変形性脊椎症及び当該患者のり患疾患に限定するので足り,このうち,糖尿病性神経障害の鑑別は神経伝導速度及び腱反射,頸部変形性脊椎症の鑑別は腱反射の検査のみによりそれぞれ可能であるとするが,鑑別を要する疾患が上記3種類に限定されるとの見解が誤りである。また,腱反射のみで頸 部変形性脊椎症を鑑別することが可 部変形性脊椎症の鑑別は腱反射の検査のみによりそれぞれ可能であるとするが,鑑別を要する疾患が上記3種類に限定されるとの見解が誤りである。また,腱反射のみで頸 部変形性脊椎症を鑑別することが可能かという点及び,腱反射と神経 伝導速度の検査の結果のみで糖尿病性神経障害を鑑別することが可能かという点を検討してみても,これらの検査結果のみによって上記2つの疾患を鑑別することはできないから,いずれにしても,三浦医師らの上記見解は誤りであって,当該見解に基づく診断は,検査所見の評価を誤ったものであって信用できない。 b 「神経伝導速度」の検査の問題点⒜ 神経伝導検査神経伝導検査は,末梢神経に電気刺激を与え,惹起された電気的興奮(神経インパルス)を離れた部位から記録して,刺激・記録点間の神経伝導性を評価する生理学的検査である(乙B87)。神経 伝導検査では,有髄神経(末梢神経は,有髄神経と無髄神経に分類され,直径ごとに機能が分かれる(乙B91)。感覚神経は,大径神経繊維(有髄)と承継神経繊維(有髄・無髄)を含み,前者は,圧触覚,振動覚,位置覚を伝導し,後者は,痛覚や温度覚の刺激を伝導する)の中でも直径10㎛以上のAα繊維(運動神経繊維)や Aβ繊維(触感覚繊維)といった大径有髄神経線維の活動のみが記録されるから,無髄神経や細い有髄神経が原因で生じている疾患については,神経伝導検査は有効ではない。このため,神経伝導検査で異常所見が示されれば大径有髄神経に障害が生じているということはできるが,同検査で正常所見が示されたからといって,末梢神 経障害がないとはいえない。 神経伝導検査は,①運動神経伝導検査(F波検査を含む)と,②感覚神経伝導検査に大別され,数値化された結果や波形変化の評価によって末梢 されたからといって,末梢神 経障害がないとはいえない。 神経伝導検査は,①運動神経伝導検査(F波検査を含む)と,②感覚神経伝導検査に大別され,数値化された結果や波形変化の評価によって末梢神経機能を客観的に評価することができるものである(乙B91・117頁)。このうち,①運動神経伝導検査は,運動 神経繊維に電気刺激を与え,支配筋に生じた複合筋活動電位を記録 するものであり,②感覚神経伝導検査は,感覚神経繊維に電気刺激を加え,複合感覚神経活動電位を直接記録するものである(乙B87)。 神経伝導検査の評価項目は,運動神経では,複合筋活動電位,遠位潜時,運動神経伝導速度,最小F波潜時が用いられ,感覚神経で は,複合感覚神経活動電位,感覚神経伝導速度が用いられる(乙B87)。 糖尿病性神経障害は,末梢神経障害のうち,遠位性軸索変性の代表的な疾患である(乙B87)。糖尿病性神経障害では,多くの場合,神経伝導検査で記録可能な大径有髄神経が障害されるが,糖尿 病の病初期や特殊な病態では,小径神経繊維が比較的選択的に障害されることがあり,これらの場合には神経伝導検査は正常となる。 糖尿病性神経障害のスクリーニングで頻用される神経と検査項目は,次のとおりである。また,糖尿病性神経障害では,最も早期に認められる異常は後脛骨神経F波潜時の軽度延長であるとされ,有 髄神経の病理学的変性が進むにつれて振幅系指標の異常が明らかになることから,進行度を把握するためには振幅系指標を確認することが重要とされている糖尿病性神経障害は,血液検査の指標(血糖値やHbA1c)によって前提となる糖尿病ないし耐糖能異常の有無が確認される必要 があることはもちろんであるが,糖尿病の病初期や特殊な病態では,神経伝導検査が正 経障害は,血液検査の指標(血糖値やHbA1c)によって前提となる糖尿病ないし耐糖能異常の有無が確認される必要 があることはもちろんであるが,糖尿病の病初期や特殊な病態では,神経伝導検査が正常となることもあることから,同検査が正常であっても直ちに糖尿病性神経障害がないとはいえず,同検査のみから糖尿病性神経障害を鑑別することはできない。また,糖尿病性神経障害は,運動神経伝導速度及び感覚神経伝導速度という2つの 評価項目だけでスクリーニングできるものではなく,その余の評価 項目,特に,F波潜時や振幅系指標を評価することが重要であるとされているところである。したがって,神経伝導検査のうち,運動神経伝導速度及び感覚神経伝導速度という2つの評価項目が正常であることをもって,糖尿病性神経障害をスクリーニングできるとする三浦医師らの上記見解は医学的正確性を欠くものであり,検査所 見の評価が医学的に正当なものとはいえない。 ⒝ 三浦医師らは,藤原哲司「節電図・誘発電位マニュアル」(金芳堂・1999年)に掲載されている「表6 運動神経伝導速度の正常値(成人)」記載の基準値(以下「藤原基準値」という。甲B44)を用いて,原告らの神経伝導検査について,いずれも正常と判 断したようであるが,検査所見が基準値から外れている場合にも,この点について何ら考慮することなく,所見を「基準範囲」(正常)と判断しており,自ら設定した基準値に準拠せず,自己矛盾を生じており,個別検査項目についての正常/異常の評価判定を誤ったものといわざるを得ない。 次に,三浦医師らは,原告らの検診における神経伝導検査では,逆行性測定法による検査を実施しているが(これは,阪南中央病院の診療録(甲C1の3)の「知覚検診・定量刺戟判定表」の感覚神 い。 次に,三浦医師らは,原告らの検診における神経伝導検査では,逆行性測定法による検査を実施しているが(これは,阪南中央病院の診療録(甲C1の3)の「知覚検診・定量刺戟判定表」の感覚神経伝導速度の項に「逆行法」との記載があることから裏付けられる。),三浦医師らは,原告らの検診における神経伝導検査では, 順行性測定法の基準値を当てはめている。逆行性測定法と順行性測定法の各測定方法による検査数値の相違については,逆行性測定法で記録される神経活動電位は順行性のものより一般的に高振幅であるから,順行性測定法よりも逆行性測定法の方が高値を示すものであり,三浦医師らは逆行性の検査で得られたより高い数値(阪南中 央病院で得られた検査結果)を,より低い順行性の基準値(三浦医 師らが設定した基準値)に当てはめる誤りを行っており,山本医師も同趣旨の指摘をしている(証人山本17,18及び20頁)。 また,原告らの依拠する正門文献は,「MCVの低下や遠位潜時の延長」があれば,「脱髄の存在を疑うべき所見」と述べた上で,「MCVが正常下限値の75%未満に低下しているか,もしくは遠 位潜時が正常上限値の130%を超えている場合」には「脱髄が生じているものと考えられる」(甲B45)と述べているのであって,運動神経伝導速度(MCV)が正常下限値を下回っている場合に,正常下限値の75%未満に低下していなければ,脱髄の存在は認められないと述べるものではないし,正門文献が「MCVが正常 下限値の75%未満に低下しているか,もしくは遠位潜時が正常上限値の130%を超えている場合」でなければ末梢神経障害はないなどと述べる趣旨の記載でない。さらに,正門文献には,具体的な神経伝導速度の基準値は示されておらず,原告らの用いている藤原 位潜時が正常上限値の130%を超えている場合」でなければ末梢神経障害はないなどと述べる趣旨の記載でない。さらに,正門文献には,具体的な神経伝導速度の基準値は示されておらず,原告らの用いている藤原基準値においても正門文献における上記の記載に言及する記載はな い。したがって,原告らの正門文献に基づく主張は,前提を誤った独自の評価方法に過ぎず,失当である。 また,馬場論文は,実測値について「5㎶」以下を異常と判定することを基本としつつも,振幅計測値の変動可能性を考慮して,実測値に50%ルールを適用し,変動幅の最大値(200%)及び最 小値(50%)を踏まえた上で,健常者平均値(10㎶)及び下限値(5㎶)からの逸脱の程度を評価し,異常性の程度(「異常性がある」,「さほど問題がない」,「高度の異常性」などの評価を行っている。)を分析するものと解することができるところ,原告らの神経伝導検査の評価方法は,50%ルールを適用して振幅計測値 の変動可能性を考慮する際,変動幅の最小値を一切考慮することな く,最大値(検査結果の200パーセントの値)が藤原基準値の正常下限値を上回っていれば異常値とはいえないとするものであり,馬場論文の趣旨に反する独自の評価方法といわざるを得ない。したがって,三浦医師らによる原告B,原告D及び原告Eの神経伝導検査結果の評価は,独自の評価方法によるものであって,誤りであ る。 水俣病であることを高めるその余の事情に係る検査の問題点a 三浦医師らは,小脳性運動失調の有無を確認するため,タッピング検査を実施しているが,その基準値について,コントロール検診の結果を用いている点に誤りがあり,また,基準値を設けたことで,本来 確認しなければならない事項の確認が欠落し,検査の意義自体 ピング検査を実施しているが,その基準値について,コントロール検診の結果を用いている点に誤りがあり,また,基準値を設けたことで,本来 確認しなければならない事項の確認が欠落し,検査の意義自体を失わせているのであるから,個別検査項目についての評価判定及び検査所見の評価が医学的に正当なものとはいえない。 b 三浦医師らは,IPU巧緻動作検査を検査項目としているが,当該検査で異常所見が示されたとしても,小脳性運動失調以外にも,運動 障害,認知障害など様々な障害が原因となる可能性があり,当該検査は,水俣病の診断に特異的な検査とはいえず,神経内科の代表的な専門書にも見当たらないから,医学的に確立された手法ではない。なお,三浦医師らは,診断に当たって検査結果を評価していない。 c 三浦医師らは,指合せ試験が,運動の拙劣さや緩慢さの状態を観察 し,その他の検査結果を総合して頭頂葉病変としての大脳性感覚障害の有無を判断する検査の一つであるとするが,神経内科の代表的な専門書に記載されておらず,医学的に確立した検査方法ではない。また,三浦医師らは,自ら設定した基準に照らして異常と評価できなかった検査結果を診断書及び診断意見書に記載しておらず,異常といえ ない検査結果を殊更に排除した可能性があり,この検査所見の評価が 医学的に正当なものとはいえない。さらに,三浦医師らが設けた基準値が上記のコントロール検診を基準とする点で誤りがあり,このような基準値を設けたことで,本来確認しなければならない事項の確認が欠落し,検査の意義自体を失わせており,個別検査項目についての評価判定及び検査所見の評価が医学的に正当なものとはいえない。 d 三浦医師らは,ICレコーダー「健口くん」という機器を用いて,構音障害の有無を確認して を失わせており,個別検査項目についての評価判定及び検査所見の評価が医学的に正当なものとはいえない。 d 三浦医師らは,ICレコーダー「健口くん」という機器を用いて,構音障害の有無を確認しているが,このような手法が神経内科の教科書に取り上げられることもなく,また,小脳性失調の検査機器として評価が定まっているものでもない。また,発語に関係する構音器官の麻痺がないにもかかわらず,口唇や舌の運動が円滑さを欠くために起 こる失調性言語では,ゆっくりした,不明瞭な,滑らかさを欠くいわゆる断綴性言語が多いため(乙A24),小脳性失調による構音障害であるかどうかを評価するのであれば,発語と発語の間のリズム(断綴音)を評価すべきであるが,この機器では発語の速度や明瞭性を録音分析するとされており(甲B2の1),そもそも小脳性失調による 構音障害について判断できるものではない。よって,このような検査は,医学的に正当なものとはいえない。 e 三浦医師らは,心因性が指摘されている原告について,「Zungうつ病自己評価尺度」という検査を実施しているが,上記結果を考慮した形跡は見当たらず,検査所見の評価を誤っている可能性がある。 三浦医師らの診断及び検査の信頼性を低下させるその余の事情また,三浦医師ら,実施していない検査について,診断書等において「異常なし」と評価する,全く同じ記載内容の2枚の人体図が存在する,糖尿病の診断に係る誤りがあるなど,三浦医師らの診療行為ないし診療態度は,医師として信頼性に欠ける。 三浦医師らの診断書及び診断意見書は,その作成の経緯化から,先 入観なく客観的に行われたものといえるかについては,慎重に検討する必要があるというべきである。 その上で,三浦医師らの検査ないし診断の過 断書及び診断意見書は,その作成の経緯化から,先 入観なく客観的に行われたものといえるかについては,慎重に検討する必要があるというべきである。 その上で,三浦医師らの検査ないし診断の過程をつぶさに検討すると,以上のとおり,三浦医師らが依拠した診断基準は医学的正当性を欠き,このような基準によって水俣病り患の有無を判別することはできな いし,三浦医師らの診断は,水俣病である可能性を高める事情(積極事情)のみを断片的かつ選択的に取り上げ,水俣病と診断する上で障害となるような事情(消極事情)については殊更に排除しようとする恣意的な評価を行うなどしており,検査所見の評価が医学的に正当なものであるとはいえない。また,同医師らが実施した各種検査を個別に見ても, それらの検査方法が医学的に正当なものでなく,また,個別検査項目についての正常/異常等の評価判定も医学的に正当なものでない。 したがって,三浦医師らの診断は,医学的に正当な診断を行うための前提条件を欠くものであって,これをもって,原告らが水俣病にり患していると認めることはできない。 ウ公的検診録の信用性(争点3-3)(原告らの主張)被告らの公的検診には,次の通り,各検査について種々の問題があることに加え,被告熊本県は,公的検診において二点識別覚に関する検査や神経伝導検査を実施しておらず,さらに,被告らの検診録には 判定結果のみが記載され,そのもととなるデータが記載されておらず,判定結果の妥当性が検証できず,本件において被告らが証拠提出した検診録には検診医の氏名がマスキングされており,そもそも同検診録には証拠価値が認められない。 痛覚及び触覚に関する検査について 公的検診における触覚又は痛覚の異常の有無を調べる検査の方法は, 診医の氏名がマスキングされており,そもそも同検診録には証拠価値が認められない。 痛覚及び触覚に関する検査について 公的検診における触覚又は痛覚の異常の有無を調べる検査の方法は, 筆又は針を用いた刺激を加え,感覚が正常部であると思われる部位(対照部位)での被検者の応答(触っているのがわかる,痛みを感じる)を基準として,その他の部位での被検者の応答(触っているのがよくわからない,痛みをあまり感じない)との有意差をみることにより,当該部位では触覚及び痛覚が低下していると判定するものである。しかし,こ の検査方法では,触覚及び痛覚の異常の有無を正確かつ客観的に把握することはできない。 第1に,感覚が正常であると思われる部位として対照部位とされるのは,通常,胸部であるところ,この胸部自体に感覚障害がある場合,胸部と四肢末端との比較では,被検者の反応に有意差がみられないため, 一見,胸部にも四肢末端にも感覚障害が認められないとする結果が生じ,感覚障害の把握が正確なものとはならない。 第2に,痛覚検査において,検査者が針を用いて被検者の各部位に刺激を与える際,その刺激の強さは検査者の感覚に委ねられる。検査者がどの程度の強さで針を押し当てたかによって,ある部位につき,痛覚障 害があると判定されたり,逆に,ないと判定されたりすることとなり,痛覚障害の把握が客観的なものとはならない。 また,痛覚及び触覚の検査結果の検診録への記載方法は,両手関節及び両足関節より遠位部以外の部位について,どの程度の感覚の低下がみられたのか不明であり,触覚及び痛覚の異常の有無を正確に把握したと はいえない。 大脳皮質の体性感覚野が障害された患者においては,単純な感覚刺激を感じ取ることはできるが,その刺激の強度や性状を理解 のか不明であり,触覚及び痛覚の異常の有無を正確に把握したと はいえない。 大脳皮質の体性感覚野が障害された患者においては,単純な感覚刺激を感じ取ることはできるが,その刺激の強度や性状を理解し判断する力が低下するため,刺激に対する反応が遅かったり,鈍かったり,また,感じた刺激を的確に表現できないという特徴が生じる。したがって,水 俣病患者の感覚検査において,正確な所見の把握のために,大脳皮質が 障害された患者の上記特徴を念頭に置いて実施することが不可欠である。 しかし,被告らは,水俣病にみられる感覚障害は中枢神経と末梢神経の両者が障害されるという理解をしており,検診医は,水俣病の感覚障害が大脳皮質性の感覚障害であることを念頭に置かず検査しており,検診医が水俣病の感覚障害は末梢神経障害であるという前提に立って検査 するため,被検者が感覚刺激に対して,反応が遅かったり,鈍かったりした場合,検診医は,これらの反応につき,虚偽の回答である,あるいは心因性によるものと判断したり,偽患者であるという予断と偏見を持って乱暴で杜撰な検査を行うなど弊害が生じている。 また,公的検診においては,感覚障害の検査は,認定審査会において 再検査が必要と判断された場合を除き,原則として1回であり,複数回の経時的な検査は行っていない。そうすると,この原則として1回のみの検査では,そもそも感覚障害の検査結果が経時的に一貫しているかどうかを検討することは不可能であり,感覚障害が器質性疾患によるものか非器質性疾患によるものかの鑑別を行うことも不可能である。したが って,被告らが,公健法における水俣病の認定判断の第1の要件として「器質性疾患の特徴との整合性」を設定していることと,公的検診では感覚障害に関する検査を原則1回しか実 も不可能である。したが って,被告らが,公健法における水俣病の認定判断の第1の要件として「器質性疾患の特徴との整合性」を設定していることと,公的検診では感覚障害に関する検査を原則1回しか実施していないこととは矛盾する。 二点識別覚に関する検査について被告熊本県は,公的検診において二点識別覚をはじめとする複合感覚 に関する検査を行っていない。公健法による認定制度の運用上,公的検診において複合感覚に関する検査を実施していないことは,誤った判断を招く可能性が多大にある。 また,被告らは,認定申請者にみられる感覚障害が器質性疾患によるものであることを認定要件として設定しているところ,感覚障害が非器 質性疾患によるものであることを示す事情として,「全表在性感覚鈍麻 があるのに,複合感覚が正常であること」,「あらゆる皮膚知覚が消失している患者では,立体感覚と皮膚書画感覚(判決注記:複合感覚に属する感覚)がテストされるべきである。非器質的疾患の患者は,たとえ,一次知覚型式が機能していないことになっているにもかかわらず,小さな物や数を認識することができる。」ことをあげており,当該感覚障害 が器質性疾患によるものという要件を充足するか否かを判断するためには,複合感覚に関する検査を行うことが前提となるが,被告らは,複合感覚に関する検査を実施していない以上,この要件の充足性に関する判断を行うことは不可能である。 さらに,被告らは,認定申請者にみられる感覚障害につき,3つの感 覚全低下を認定要件として設定しているが,複合感覚に関する検査を実施していない以上,この要件の充足性に関する判断を行うことは不可能である。 神経伝導検査について原告らの感覚障害が中枢神経障害によるものか末梢神経障害によるも ,複合感覚に関する検査を実施していない以上,この要件の充足性に関する判断を行うことは不可能である。 神経伝導検査について原告らの感覚障害が中枢神経障害によるものか末梢神経障害によるも のかの鑑別において,神経伝導検査が有用,有意義であるが,被告熊本県は,公的検診において,神経伝導速度検査を実施しておらず,公健法に基づく水俣病り患の有無の認定判断においては,神経伝導速度検査の結果は考慮に入れていない。 その他の問題点 その他,公的検診の検診録には判定結果のみが記載され,そのもととなるデータが記載されておらず,判定結果の妥当性が検証できないし,被告らが証拠提出した検診録には検診医の氏名がマスキングされており,そもそも同検診録には証拠価値が認められない。 (被告らの主張) 医師の診察の結果が記載された診療録(検診録)には,神経学検査 も含め,当該所見が存在することについて一般的な信用力が認められ,公的検診における触覚及び痛覚に関する検査方法は,客観的に知覚の状況を把握できるものであり,二点識別覚検査や神経伝導検査の不実施にも合理的な理由があるのであるから,判定結果のもととなるデータが記載されていない点などを考慮しても,その信用性は否定されな い。 医師が作成する診療録については,記載内容が虚偽にわたることのないよう,罰則等により厳格に規制されており,その結果,一般的・制度的に,医師の作成する診療録の内容が真正であることが担保されているといえる。このことは,診療録を写しとして証拠提出するに当 たり,医師名をマスキングするか否かという,言わば外在的な事情によって左右されない。 また,感覚障害の所見の有無,その範囲,程度等は,その検査方法の性質上,基本的に被検者の主観的な応 当 たり,医師名をマスキングするか否かという,言わば外在的な事情によって左右されない。 また,感覚障害の所見の有無,その範囲,程度等は,その検査方法の性質上,基本的に被検者の主観的な応答に頼らざるを得ないという限界があり,感覚検査はそもそも神経疾患の検査の中でも客観性に乏しく, 最も難しい検査の一つであるが,神経内科を専門とする医師であれば,そのような特質について,当然に意識した上で診察に臨むべきものといえ,診察の過程で実像をとらえるよう,細心の注意を払うことになるところ,原告らを診察した医師はすべて神経内科医の認定を受けている医師である。 原告らが公的検診の診療録について指摘するのは,単に診療録に記載された内容が真実かどうか分からないという一般的な疑問にすぎず,公的検診の結果の信用性を疑わせるものではない。 公的検診の検診録は,様式に記載された検診項目に沿って,一般的な記載方法に従って検査所見を記入しており,異常が認められた場合に は,障害の分布範囲が斜線等により記載されることになる。そのため, 「記載されていない」箇所,すなわち,斜線等が知覚図に示されていない箇所は,検査の結果,正常であるとの所見が得られた部位を示すのであって,手足以外の部位の検査結果が公的検診録に明記されていないことをもって「どの程度低下しているのか不明」などとする原告らの主張は,失当というほかない。 水俣病のような器質性疾患は,所見が大きく変化することはないとされているところ,公的検診は,非器質性疾患の診断を行うためのものではなく,水俣病以外の個別具体的な疾患の診断を行うものでもないことからすると,常に複数回の検査を行うことが求められるものではない。 水俣病にみられる感覚障害は,典型的には,表在 を行うためのものではなく,水俣病以外の個別具体的な疾患の診断を行うものでもないことからすると,常に複数回の検査を行うことが求められるものではない。 水俣病にみられる感覚障害は,典型的には,表在感覚,深部感覚及 び複合感覚の三つが低下するものであるが,複合感覚検査は,表在感覚及び深部感覚が正常であることを前提とするものであるところ,表在感覚及び深部感覚が正常である場合には,水俣病にり患している蓋然性は非常に低いことになるため,水俣病り患の有無を判断する上では,複合感覚検査をあえて実施する意義は小さい。 エ所見の変動の許容性(争点3-4)(原告らの主張)大脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が,日あるいは時間によって変動することは,国内外の文献に明確に記載されている。すなわち,所見の変動は大脳皮質障害の場合は当然起こることであり,まさにこの所見 の変動が大脳皮質障害の特徴なのである。 大脳皮質が障害された者は,自らが障害されていることを自覚できない。 そのため,訴えが拙劣であるうえ,中心後回に障害のある者は,感覚検査の際,刺激に対する反応(感じるまでに要する)時間が遅い。加えて,感覚検査の際,障害された部位に注意を集中することがすぐに困難にな る(疲れやすい)し,シャープな刺激を与えても,それが鈍い痛みとし て甘受されたりもする。このように,大脳皮質を障害された患者が,自分の異常を的確に表現できないことは学問的に周知の事実である。 このような事情から,時期や日によって,所見の内容に違いが生じるのは当然のことであり,所見に違いがあることをもって,原告らの感覚障害が存在しないということにはならない。 また,検査者の検査手法等によっても感覚障害があると判定されたり,ないと判定されたりす は当然のことであり,所見に違いがあることをもって,原告らの感覚障害が存在しないということにはならない。 また,検査者の検査手法等によっても感覚障害があると判定されたり,ないと判定されたりすることがある。 (被告らの主張)水銀中毒症を含む大脳皮質性の感覚障害については,所見が大きく変化することはない。まず中毒性疾病の観点からは,中毒性疾患は中毒 物質のばく露により神経系に器質的な障害を与えるものであるから,中毒物質のばく露が終了した時点から,ある程度の期間が経過し,症状がピークを越えた時点で症状は徐々に軽快していくものであり,ばく露終了後,数十年を経て,症状が急に出現,消失又は増悪していったりするということは,中毒学的にみて考えられない(乙B105)。また,水 俣病のような大脳皮質の中心後回領域(体性感覚野)等の器質的損傷による疾病については,新たな器質的病変が発生しない限り,症候の増悪方向の変動が考えられない。(乙B99,105~112)原告らは,複数の文献を列挙した上で,大脳皮質性の感覚障害が所見の変動を特徴とする旨主張するが,いずれの文献も,感覚検査の最中に 不安定な反応がみられることがあるため,感覚障害の程度を正確に把握することが容易ではないことを指摘するにすぎず,器質性疾患において感覚障害が消失するなど所見の大きな変化が起こり得ることの根拠となるものではない。 以上によれば,メチル水銀中毒症を含む大脳皮質性の感覚障害につい て,所見の変動が特徴であるとする原告らの主張は,医学的知見等の根 拠を欠くものである。 感覚検査は,その性質上,被検者の応答に頼らざるを得ない主観的な検査であるため,神経系の組織の損傷によるものであったとしても,心身の疲労等による所見の信頼性の低 拠を欠くものである。 感覚検査は,その性質上,被検者の応答に頼らざるを得ない主観的な検査であるため,神経系の組織の損傷によるものであったとしても,心身の疲労等による所見の信頼性の低下や検査上の誤差として,正常部と異常部の境界部分に当たる辺縁部分が若干変化することはあ り得る。しかながら,辺縁部分の変化を超えて大きく変化したり,症候自体が消失してはまた出現を繰り返すということはないし,神経の支配領域が異なる以上,左右が反転することも考えられない。 したがって,左右の感覚障害が逆転する場合,上肢,下肢,体幹,口周囲にみられた感覚障害が,別の診察時には完全に消失する場合,感覚 障害の分布の変化が,四肢の大きな関節(上肢では手首・肘・肩関節,下肢では足首・膝・股関節)二つ以上をまたぐ場合,並びに振動覚検査における音叉の秒数が,同一部位で5秒未満の値と10秒以上の値を示す場合には,心身の疲労等による所見の信頼性の低下や検査上の誤差では説明がつかないため,脳の不可逆的な器質的損傷によって生じたもの と解することはできない(乙B113)。 このように,所見の大きな変化など脳の不可逆的な器質的損傷の特徴と矛盾する所見が認められる場合には,当該感覚障害が脳の器質的損傷によるものである蓋然性は決定的に減殺され,大脳皮質性の感覚障害という前提を欠くため,水俣病にり患している蓋然性を決定的に 低下させる。 特にばく露終了後,検査所見が正常と判断された部位がある場合には,そのことは,少なくともその部位に対応する脳に器質的損傷があることを否定すべき決定的な事情である。 オ他の原因の可能性(争点3-5) (原告らの主張) 被告らは,反証として,当該症候がもっぱら他原因によるのではないかとの 傷があることを否定すべき決定的な事情である。 オ他の原因の可能性(争点3-5) (原告らの主張) 被告らは,反証として,当該症候がもっぱら他原因によるのではないかとの疑いを抱かせる程度の立証をしなければならない。しかしながら,被告らは,糖尿病など一部例外を除き,抽象的に他原因による可能性を指摘するにとどまり,原告らの具体的症状を網羅的に説明できる具体的な他原因を掲げていない。これでは,「もっぱら他原因による」という疑 いを抱かせる程度の立証すらできていない。 (被告らの主張)水俣病に見られる症候は,水俣病にしか見られない特異な症状ではない。これら症候は,水俣病以外の原因でも大脳頭頂葉の中心後回領域,脊髄の後索,末梢の感覚神経の全部又は一部が障害されれば生じ得るも のであって,原因には多種多様なものが存在し,更には心理的な要因等,神経系の障害以外でもそれと見分け難い症候を示し得る。したがって,メチル水銀への濃厚なばく露は,前記⑴アで主張したような症候を来す種々様々な原因の一つの可能性にすぎず,症候の存在から直ちに原因を特定することはできない。 感覚障害がある場合であっても,客観性が高い検査である上に,偽陽性も少ない神経伝導検査において異常が認められる場合には,末梢神経が障害されている蓋然性が極めて高く,末梢神経が障害されていることが強く推認されるところ,脳の不可逆的な器質的損傷の特徴と矛盾する所見があれば,他の疾患により合理的な説明も可能であって,より水俣病 にり患している蓋然性は低くなる。 3 原告らが水俣病にり患しているか否か(争点4)原告らが水俣病にり患しているか否かに係る当事者双方の主張は,別紙6‐1ないし7の各第1の2に記載のとおりである。 4 公健法4条2項 くなる。 3 原告らが水俣病にり患しているか否か(争点4)原告らが水俣病にり患しているか否かに係る当事者双方の主張は,別紙6‐1ないし7の各第1の2に記載のとおりである。 4 公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付けの可否(本案前の答弁) (原告らの主張) 前記3における主張のとおり,原告らはいずれも水俣病患者であるから,本件各処分はいずれも取り消されるべきものであり,被告らの知事に公健法上の水俣病認定を義務付けるべきである。 (被告らの主張)前記3における主張のとおり,被告らはいずれも水俣病患者と認められない から,本件各処分はいずれも適法である。本件各処分が取り消されるべきものには当たらない以上,原告らの義務付けの訴えは,いずれも行訴法37条の3第1項2号の要件を欠くものであり,不適法であるから却下されるべきである。 第3編当裁判所の判断第1章水俣病に関する基本的事実の経過等 本件で原告らが問題とする不知火海沿岸におけるメチル水銀ばく露に関する一般的な事情や原告らに共通する事実の経過等に関して,前記前提事実,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 第1 水俣湾及び不知火海周辺の地理的条件等 1 水俣湾及び不知火海周辺の概要は,別紙4-1及び同4-2のとおりであり, 水俣湾の面積は約2㎢,不知火海全体の面積は約1200㎢である。(甲A32・189頁,乙A11・13,19,20頁,27) 2 不知火海における潮流の概況は,別紙4-3「不知火海の定常流及び不知火海における下げ潮の最盛期」のとおりであり,定常流及び下げ潮ともに,概ね北部への方向よりも南部への方向に流れるものが多く,八代付近を境として北 上する潮流はほとんどない。この潮流からみると 火海における下げ潮の最盛期」のとおりであり,定常流及び下げ潮ともに,概ね北部への方向よりも南部への方向に流れるものが多く,八代付近を境として北 上する潮流はほとんどない。この潮流からみると,八代以北への水銀汚染の拡がりは考え難い。(甲B28,乙A19,乙B4・37頁)第2 メチル水銀化合物の性質等 1 メチル水銀化合物の性質等有機水銀化合物(前提事実第6の1⑴)は,結合する有機化合物の化学構 造によって分類され,アルキル化合物の炭素原子と水銀原子とが結合した化 学構造であるアルキル水銀化合物などがある。メチル水銀化合物は,アルキル水銀化合物の一つであり,その中でも,血液脳関門機構を通過して脳に侵入し,神経細胞を傷害して感覚障害や運動失調などを引き起こすものであり,胎盤を通過することにより,母胎から胎児に移行する特性をも有している。 (乙A11・21頁,乙B1・2頁,乙B2・2頁) 2 メチル水銀化合物の生物濃縮水中に存在するメチル水銀化合物は,魚介類の体表面(特にエラ)から取り込まれてその体内に蓄積されるところ,その濃縮倍率は,水中のメチル水銀濃度に対して1万倍から10万倍とされている(乙B2・7頁)。魚介類には,蓄積量は魚種や生息海域によって様々であるものの,一般的にメチル 水銀が蓄積されており,食物連鎖の高い位置を占める魚種(マグロ,メカジキ,サメ等)においては,4ppmを超える高濃度のメチル水銀の蓄積が見られることもある。魚介類中のメチル水銀は,その魚介類が死んだ場合には,たんぱく質の分解に伴って水中に移行し,その魚介類が捕食された場合には,捕食者の体内に移行する(乙B2・7頁)。(乙A11,乙B2,3,9) 魚介類の摂食を通じてヒトの体内にメチル水銀が取り込まれた場合 解に伴って水中に移行し,その魚介類が捕食された場合には,捕食者の体内に移行する(乙B2・7頁)。(乙A11,乙B2,3,9) 魚介類の摂食を通じてヒトの体内にメチル水銀が取り込まれた場合,消化管から95%から100%が吸収される。ただし,生体は,体内に取り込んだメチル水銀化合物をいつまでも生体内に保有しているのではなく,代謝機能により分解したり,排泄したりする。ヒトの場合,メチル水銀の主な排泄経路は,糞便,尿及び頭髪であり,糞便への排泄が主であるとされる。(乙 A11,乙B2,7・24頁,9) 3 メチル水銀の検出方法昭和40年代に入るまでは,総水銀に占めるメチル水銀の割合がおよそ4分の3であったので,総水銀を調査して,メチル水銀の値を算出していた。(乙B4・10頁,64・71頁) 昭和40年代に入り,GC法が確立されてからは,微量のメチル水銀を検出 することができるようになり,GC法が主流となった。GC法とは,クロマトグラフィー(混じり合った物質から,分析の対象となる物質を,平面上や筒の中で移動させ,その速さの違いによって分離する方法)の1つであり,移動相(上記の移動を起こすために流す液体や気体をいう。)にキャリアーガスと呼ばれる気体を用いる方法の総称であり,迅速性,高感度検出等が特長であると されている。国では,メチル水銀を含むアルキル水銀の測定法につき,GC法を公定法(国が定めた測定法)としている。(乙B6・28頁,64・69頁以下,弁論の全趣旨)第3 水俣病に関する報道及び水俣湾周辺の漁獲及び水俣病患者を巡る経緯 1 水俣漁協の申入れ 昭和32年1月17日頃,水俣漁協は,チッソに対し,水俣奇病のそのほとんどが百間まてがた周辺を主漁場として操業する漁民に限られていること 漁獲及び水俣病患者を巡る経緯 1 水俣漁協の申入れ 昭和32年1月17日頃,水俣漁協は,チッソに対し,水俣奇病のそのほとんどが百間まてがた周辺を主漁場として操業する漁民に限られていること,被告熊本県の学会を含め注目していることを前提に,チッソ水俣工場から汚水の排出を中止し,排水に当たっては浄化装置を設置して無害化することを要望した。(乙A36,37) 2 水俣漁協の被告熊本県に対する陳情昭和32年2月22日,水俣漁協は,被告熊本県に対し,同日付け陳情書を提出し,漁民の救済を求めた。同陳情書には,「既に新聞,ラジオその他世間の風評等で御存じの事と拝察致しますが…沿岸漁民の間に…所謂水俣奇病が散発致し」,「今以て解決の目処も立たないまま遂に2月4日付西日本新聞,2月 14日付熊本日日新聞紙上に大々的に取り上げられるに及んで,網漁業者は其の網子を失って操業は出来ず,一般漁業者といへども魚価の低下に禍されて一部の者を除いては漁業は殆んど不可能な状態となって,今や生存の権利さえも剥奪されんと致しております。」などの記載がされていた。(乙A37) 3 熊大研究班の第2回研究報告会及び被告熊本県の対応 昭和32年2月26日,熊大研究班は,第2回研究報告会を開催し,奇病 への対策に関しては,「少くとも水俣湾内の漁獲を禁止する必要がある」とした。(甲A20・4頁)この頃,被告熊本県においては,水俣漁協等に対して水俣湾内での漁獲の自粛を求めるとともに,周辺住民に対し,水俣市衛生課や医師会を通じるなどして,湾内の魚介類が危険であることの広報宣伝に努めた。(甲A10) 4 被告熊本県の水俣奇病に関する連絡打合せ昭和32年3月4日,被告熊本県は,水俣奇病に関する連絡打合せを行い,その対策を立 湾内の魚介類が危険であることの広報宣伝に努めた。(甲A10) 4 被告熊本県の水俣奇病に関する連絡打合せ昭和32年3月4日,被告熊本県は,水俣奇病に関する連絡打合せを行い,その対策を立てるため,県副知事を中心に,県衛生部,県民労部,県土木部及び県経済部の関係各部並びに課による水対連(熊本県水俣奇病対策連絡会)を設置することとし,第1回会合を開催した。 同会合においては,奇病の原因究明をめぐる状況につき,「結論としては,発生地域,中毒症状及び魚介類の分析結果よりみて,新日窒水俣工場に関係があるのではないかということに傾いてきている。」,「湾内の潮流の調査をしたところ,工場の廃水口から月浦,湯堂にかけて廃水の流れがはっきりしており,又湾内の水は湾外の水と殆んど交流していない。」などの報告がさ れるとともに,被告熊本県による対応の状況につき,「湾内の魚介類を採捕摂取しない方が良かろうという指導をしているが,地区内住民の80%位は生活保護の対象となっている程貧困で,こっそりとって鹿児島方面に売っている模様である。」などの報告がされた。 そして,協議決定事項として,漁業法による漁獲禁止は困難であるため, 行政指導により,「魚介類が媒介の危険ありとの建前から,現地においては魚介類をなるべく食はないよう指導する(現在も指導)。」,「漁業については漁場の転換について指導する。」,「地元漁業者の自主的な申し合せによる自粛をなすよう指導」し,これを広報宣伝して社会不安を除去させることを決定した。 (以上につき,甲A14,21) 5 水俣市議会の開催昭和32年3月18日,水俣市議会が開催された。同議会においては,水俣漁協の組合長でもあった淵上末記議員から,「ほとんど百間地区の恋路島にわたると 4,21) 5 水俣市議会の開催昭和32年3月18日,水俣市議会が開催された。同議会においては,水俣漁協の組合長でもあった淵上末記議員から,「ほとんど百間地区の恋路島にわたるところの海域の問題については,あるいは海藻であるとか,あるいはビナ,あるいはこのナマコ,あるいはカキと,こういうふうなものが非常に激減して おると,ほとんど死滅しておらないというような状態になっておりまして,これが何のためにこういうふうな現象が出ておるかということが,まだこれもはっきりいたしておらんのでございます。」などの発言がされた。 また,水俣市商工課長から,漁獲量について「昭和29年度が7万4000貫,昭和30年度が4万6000貫,昭和31年度が2万5000貫というよ うな推計が出た」,水光社(チッソの購買部)の魚部の売上げとして「29年度では1283万5000円の売り上げがありまして,30年度は1171万9000円,31年度は1225万1000円でありまして,この数字から見ました時分は,やはり市民の中では相変わらず魚を食べているのじゃないかというような数字が出ております。」などの発言がなされた。(甲A15) 6 水俣漁協による周辺漁協に対する通知昭和32年3月25日,水俣漁協は,前提事実第4の1⑵ウのとおり,周辺漁協に対し,自主的に操業を禁止することとした旨通知した。(乙A37,40) 7 芦北事務所長による報告 昭和32年4月4日,県芦北事務所長は,県経済部長に宛てて「水俣市における奇病(猫)に関する調査について」と題する書面で,津奈木村における猫の狂死事件の報告を行った。(乙A28)前記の書面には,次のアないしウの各記載等がされていた。(乙A28)ア前記の調査の結果として,「津奈木村福 いて」と題する書面で,津奈木村における猫の狂死事件の報告を行った。(乙A28)前記の書面には,次のアないしウの各記載等がされていた。(乙A28)ア前記の調査の結果として,「津奈木村福浜地曳網業(加工兼業)e1 は本年1月以降打続く巾着網並びに地曳網の地先海岸における不振のため, 3月23日水俣市袋湾において地曳網を操業。片口小羽いわし…を漁獲,…翌日に至り,水俣市における奇病と同一症状により附近の猫が次々に死亡,現在その数15匹を数えている。…今のところ被害は水俣市だけであるが,今後潮流の関係で津奈木村地先海岸にも汚染海水が北上する惧れがあり漁場は狭隘となる。…地先海岸で獲った魚でも販売所へもっていくと 芦北のものといえば,二束三文でしか買ってくれないので,はじめは天草のものといって売っていたがいまでは信用してくれない。」イ 「当所の措置」として,「各町村並びに各漁協長あて,危険区域での操業を自粛するよう警告するとともに今後の注意事項等を文書をもって指示した。…水俣市の奇病の今後の進展如何によっては水俣市以北の海域も危 険区域として想定されるので危険区域での操業自粛は勿論津奈木村以北での操業を奨める。」ウ 「所見」として,「現行漁業法で操業禁止ができないことを利用して生活が苦しくなれば故意に危険区域での漁獲物を販売の用に供する業者もでる惧れがあるので各漁協長あて警告方要望します。」 8 水俣市鮮魚小売商組合の漁業補償契約前提事実第4の1⑷ウの不買決議によって打撃を受けた水俣漁協は,昭和34年8月6日,チッソに対し,漁業補償1億円,ヘドロの除去及び優秀な廃水浄化装置の設置を要求し,交渉を続けたところ,一度は決裂したものの,同月29日,水俣市長らで構成する斡旋委員会の斡旋により 和34年8月6日,チッソに対し,漁業補償1億円,ヘドロの除去及び優秀な廃水浄化装置の設置を要求し,交渉を続けたところ,一度は決裂したものの,同月29日,水俣市長らで構成する斡旋委員会の斡旋により,①チッソ水俣工場に よる漁業補償及び漁業振興資金として3500万円の支払,②同工場が工場廃水浄化装置を翌年3月までに設置すること等の条件で,漁業補償契約が締結された。(甲A20,乙A11・154頁,32) 9 更なる患者の発生昭和34年9月23日,葦北郡津奈木村岩城に住む漁民Lが水俣病と診断さ れ,同月10月14日,Lの父であるMが水俣病と診断された。この時点にお いて,水俣病と診断された患者は76名となり,うち29人が同時点までに死亡していた。(甲A18,乙A31の13)第4 チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド製造中止までの状況 1 人に関するデータ等頭髪水銀値 ア喜田村教授らの調査(昭和34年12月~昭和35年1月)喜田村教授らは,昭和34年12月から昭和35年1月にかけて,水俣病患者らを含む水俣地方の住民の頭髪水銀値(通常の食事を摂っている人の場合,頭髪に含まれる総水銀のうち無機水銀は10%以下であり,総水銀として測定される水銀の大部分がメチル水銀と考えられている。) 等の調査を行った。その結果,水俣病患者25名の頭髪(又は爪)水銀値は2.46から705ppm(発病後間もない者ほど頭髪水銀値が高い傾向にある。)であり,水俣地区においては,健康者であっても,対照地区の健康者(最高値7.49ppm,最低値0.14ppm)に比して頭髪水銀値が高かった(最高値191.0ppm,最低値0ppm)ことが判明した。 (甲A23)イ被告熊本県衛生研究所の調査(昭和35年~昭和37 49ppm,最低値0.14ppm)に比して頭髪水銀値が高かった(最高値191.0ppm,最低値0ppm)ことが判明した。 (甲A23)イ被告熊本県衛生研究所の調査(昭和35年~昭和37年)被告熊本県衛生研究所は,昭和35年,不知火海沿岸地域の住民の頭髪水銀値の調査を行い,その後,昭和36年及び昭和37年にも同調査を行った。その結果は,別紙4-5「県衛生研究所による頭髪水銀値調査 結果」(以下,単に「別紙4-5」という。)のとおりであり,上記の昭和37年度の調査結果において,水俣地区民の水銀含有量は一般に昭和35年以降,年を追って減少しつつあるものの,まだ相当量(50ppmから100ppm)の水銀を含有する者もいることなどから,いまだ根絶に至っていないことや,津奈木村の地区における漁民の頭髪水銀量は,同年 度より昭和36年度にかけては著しく減少したが,昭和37年に至って は,増加の傾向を示しており,未だ全く終息するに至っていないことなどが記載されている。(甲A25)臍帯メチル水銀値ア藤木教授らの調査(昭和22年~昭和45年)藤木教授らは,昭和22年から昭和45年までの間に水俣地方に出生し た新生児57名の臍帯の提供を受け,臍帯メチル水銀値の調査を行った。 その結果,全体としてみると,昭和22年から徐々にメチル水銀値が上昇し,昭和30年から昭和34年にかけて最高域に達し,その後徐々に減少する傾向を示していることが確認された(なお,藤木教授が調査を行ったのは昭和47年である。)。また,調査の対象となった新生児57 名には,4名の胎児性水俣病患者(昭和46年までに水俣病認定された者)が含まれており,その臍帯メチル水銀値は,それぞれ2.26ppm,1.07ppm,1.05ppm及び 象となった新生児57 名には,4名の胎児性水俣病患者(昭和46年までに水俣病認定された者)が含まれており,その臍帯メチル水銀値は,それぞれ2.26ppm,1.07ppm,1.05ppm及び0.91ppmであった。また,臍帯メチル水銀値が0.90ppmを超えた者は57名中10名であり,出生年でみると昭和22年から昭和39年の間に出生した者であった。(乙A19) イ森一郎らの調査(明治42年~昭和49年)森一郎らは,明治42年から昭和49年までの間に鹿児島県内の水俣病発生地域近辺で出生した新生児239名の臍帯メチル水銀値(乾燥重量)の調査を行った。その結果,全期間の臍帯メチル水銀値の平均値は0. 106ppm(最大値0.621ppm,最小値0.010ppm)であり,昭和 23年から昭和30年にかけて鹿児島県出水市で出生した者の臍帯メチル水銀値が最大で0.6ppmを超える高い数値を示したものの,昭和43年以降は,同市においても,最大でも0.2ppm程度の数値となり,山間地区とほぼ同程度となっていることが確認された(なお,上記結果が発表されたのは昭和52年であった。)。(乙B5) ウ一般健康人における臍帯メチル水銀値 日本の一般健康人における臍帯メチル水銀値は0.1ppm(乾燥重量当たり)前後とされており,正常上限値は,0.4ppm前後と推定されるとされている。(甲B1の1の40・954頁,乙B6・9頁) 2 魚介類に関するデータ等魚介類の含有水銀値等 ア喜田村教授らの調査(昭和34年)喜田村教授らは,昭和34年頃,水俣湾及び不知火海の魚介類の含有水銀値の調査を行い昭和35年3月に結果を発表した。これによると,固定生棲する水俣湾内のヒバリガイモドキからは11.4ppmから3 )喜田村教授らは,昭和34年頃,水俣湾及び不知火海の魚介類の含有水銀値の調査を行い昭和35年3月に結果を発表した。これによると,固定生棲する水俣湾内のヒバリガイモドキからは11.4ppmから39.0ppmの水銀(乾燥重量当たり),不知火海のヒバリガイモドキからは1. 42ppmから10.65ppmの水銀が検出された。また,魚類については,水俣湾のイシモチから8.4ppmから14.9ppm,水俣川河口のスズキから16.6ppm,同チヌから26.3ppm,同ボラから10.6ppm,芦北のボラから3.0ppm,田浦のボラから3.36ppm,湯浦のボラから0.03~0.44ppm,津奈木のボラから3.6ppm,同タチウオから 3.28~7.50ppm,樋島のグチから3.64ppm,同タチウオから1.09~13.4ppmなどの水銀が検出された。 上記結果により,喜田村教授らは,「衰弱して漂流中あるいは容易に捕捉しえた魚ではやはり著しく多量の水銀を検出するが,湾内一般魚類ではその多寡は常ならず,…八代海域で獲った底棲魚も地区を問わず多寡 まちまちである…。しかしながらこれらの魚類は対照地区の魚に比較しては明らかに水銀量が多いのであり,この点も魚類の廻遊その他に関し詳細の検討を必要とするところであらう。」としていた。(甲A23)イ入鹿山教授らの調査(昭和35年~昭和46年)熊本大学医学部衛生学教室の入鹿山教授らは,昭和35年から昭和46 年までの間,水俣湾及びその周辺海域の魚介類中の総水銀値の調査を行 った。その結果,貝類については,同湾沿岸の月浦の緑海岸に固定生棲するヒバリガイモドキの水銀量は,昭和35年1月に85ppm(乾燥重量当たり総水銀。以下同じ。)であったものが,昭和38年10月ころに 。その結果,貝類については,同湾沿岸の月浦の緑海岸に固定生棲するヒバリガイモドキの水銀量は,昭和35年1月に85ppm(乾燥重量当たり総水銀。以下同じ。)であったものが,昭和38年10月ころには12ppmに減少していること,他方,同地区のアサリ貝の水銀量は,昭和40年まで30ppm前後,昭和41年10月には84ppmであり,その 後減少したものの,昭和43年3月まで10ppm以上,同年6月においても8ppmであって,同年8月以降に至ってようやく4ppm以下となったこと,また,水俣川河口付近の大崎のアサリ貝については,同年6月までは5ppm前後であることが多く,同年7月以降になってようやく1ppm以下となったこと,さらに,魚類については,昭和35年以降,10 ppm前後の高度の水銀の蓄積が確認された魚もあり,これが概ね1ppm以下に減少するのは昭和41年以降であったことが確認された。(乙A19,乙B2,225・136頁)ウ魚介類の回遊範囲(昭和36年)魚介類の回遊範囲については,西海区水産研究所が昭和36年に行った 調査によると,水俣湾の百間港内で放流したサバ類が,長島の南方の天草灘で再捕されるという結果が示されている。(乙A19・141頁)水俣湾及び不知火海における漁獲状況(昭和32年8月~昭和39年7月)ア水俣漁協は,昭和32年8月から昭和39年5月までの間,別紙4-6のとおり,幾度か規制区域を変更しながら,水俣湾内における操業を自主 規制しており,この自主規制は同年6月に解除された。(乙B2・36頁)イ前提事実第4の1ウのとおり,昭和34年8月から昭和37年4月頃までの間,水俣市鮮魚小売商組合は,水俣漁協が漁獲した魚介類について,天草,鹿児島などを除く水俣近海でとれた魚は,たと 36頁)イ前提事実第4の1ウのとおり,昭和34年8月から昭和37年4月頃までの間,水俣市鮮魚小売商組合は,水俣漁協が漁獲した魚介類について,天草,鹿児島などを除く水俣近海でとれた魚は,たとえそれが禁漁区外でとれたものであっても,一切取り扱わない旨を決議し,これを実施してい た。(甲A20,乙A33) ウ水俣湾内においては,船舶の航路に泥がたまって航行が困難になることが多く,被告熊本県は,しばしば航路の浚渫を行っていたところ,昭和39年7月8日,被告熊本県と水俣漁協とは,水俣港湾改修事業に際して漁業補償協定を妥結し,このころ以降,被告熊本県による水俣港湾の浚渫工事が開始され,昭和44年度まで行われた。上記アのとおり,水俣漁協の 自主規制は昭和39年6月に解除されたものの,翌7月からは被告熊本県による上記漁業補償が実施されるようになり,水俣漁協が水俣湾内において操業することはなかった。(乙B2・36頁) 3 環境に関するデータ等喜田村教授らの調査(昭和35年) 喜田村教授らは,昭和35年3月,水俣湾内及び不知火海の海底泥土中の水銀量の調査結果として,チッソ水俣工場の排水口付近が2010ppm(湿重量当たり)と極めて多量であり,そこから離れるにつれて減少していくものの,水俣湾内では12.2ppmから133ppm程度であり,他方,水俣川河口付近では0.4ppmから3.4ppm程度であった,また,不知火海全域の調 査の結果,茂道付近の海域で2.30ppm,鹿児島県長島北東部で7.06ppmであったほかは,0.06ppmから0.57ppmであった旨報告した。(甲A23・117頁,甲B1の1の6・334~336頁,乙B5)⑵ 入鹿山教授及び藤木教授らの調査(昭和38年)入鹿山教授及び藤 たほかは,0.06ppmから0.57ppmであった旨報告した。(甲A23・117頁,甲B1の1の6・334~336頁,乙B5)⑵ 入鹿山教授及び藤木教授らの調査(昭和38年)入鹿山教授及び藤木教授らは,昭和38年10月,水俣湾内の海底泥土中 の水銀濃度に関する調査を行った。その結果,検出された総水銀値は28ppmから713ppm(乾燥重量当たり)であり,全体としては,百間港に近いほど高い数値を示す傾向にあったことが確認された。(乙A19・135頁) 4 アセトアルデヒド廃水の排出終了前提事実第3の7⑴のとおり,昭和43年5月,チッソは,チッソ水俣工場 におけるアセトアルデヒドの製造を中止し,これ以降,チッソ水俣工場からメ チル水銀化合物が排出されることはなくなった。 第5 チッソ水俣工場から排出されたメチル水銀量の推定値 1 チッソ水俣工場は,昭和7年から昭和34年までの間に,順次,第1期から第7期までアセトアルデヒドの生成装置を建設し,徐々にその生産規模を拡大した。チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの生産実績は,昭和7年は約 209トン,昭和20年には約2263トンであったが,昭和30年には約1万0632トンまで増え,昭和35年には約4万5244トンと最大になった。 2 藤木教授は,昭和51年1月,喜田村教授らの実験結果に基づき,昭和7年から昭和43年までの間チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒドの生産に伴って生成されたメチル水銀量を14.6ないし22.8トン(生成率0.00 32%~0.0050%)であると推定した上,チッソ水俣工場で生成されたメチル水銀化合物のうちどの程度の量が水俣湾及び不知火海に排出されたかにつき,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド廃水の排水路の変遷に応じた 50%)であると推定した上,チッソ水俣工場で生成されたメチル水銀化合物のうちどの程度の量が水俣湾及び不知火海に排出されたかにつき,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド廃水の排水路の変遷に応じたメチル水銀の除去効果を推定しつつ,魚介類や住民に関する水銀量のデータの年次的変化と排水状況とを対比させるなどして算出する試みを行った。この藤 木教授の試算によるメチル水銀排出量の推定値は次のとおりであり,上記期間において,合計約3.7ないし5.9トンのメチル水銀が水俣湾及び一部は八幡沖の海域に流出したものとされた。 昭和7年から昭和20年までの間,アセトアルデヒド廃水は特段の処理をされることなく百間排水溝から水俣湾に排出されており,この間のメチル水 銀の流出量は1647㎏から2560㎏となる。 昭和21年から昭和33年8月までの間,アセトアルデヒド廃水は専ら鉄屑槽を通過して百間排水溝から水俣湾に排出されており,鉄屑槽による除去率を20%と仮定すると,この間のメチル水銀の流出量は1710㎏から2661㎏となる。 昭和33年9月から昭和34年10月までの間,アセトアルデヒド廃水は 八幡プールを経て八幡中央排水溝から水俣川河口へ排出されていたが,鉄屑槽の前記除去率に加えて,八幡プールでの除去率(沈殿率)を50%と仮定すると,この間のメチル水銀の流出量は304㎏から613㎏となる。 昭和34年10月に酢酸プールが完成し,同年11月までの間,アセトアルデヒド廃水は鉄屑槽から酢酸プール,八幡プールを経て,その上澄水がア セチレン発生装置へ逆送されるようになったため,この期間中は,メチル水銀はチッソ水俣工場外には流出しなかったと推定される。 昭和34年12月からは,酢酸プールを通過したアセトアルデヒド廃水は セチレン発生装置へ逆送されるようになったため,この期間中は,メチル水銀はチッソ水俣工場外には流出しなかったと推定される。 昭和34年12月からは,酢酸プールを通過したアセトアルデヒド廃水はサイクレーターに送られ,一部はそこで沈殿し,その余がサイクレーターを通して百間排水溝から水俣湾に排出されるようになった。サイクレーターを 通して百間排水溝から水俣湾に排出されていた同月のメチル水銀の流出量は,サイクレーターでの除去率(沈殿率)が不明であるが,仮に,チッソの報告にある50%と仮定すると,6㎏から11㎏であると推定される。 昭和35年1月,アセトアルデヒド廃水のアセチレン発生装置への逆送が停止され,同月から同年7月頃までの間は,アセトアルデヒド廃水は酢酸プ ール,サイクレーター排泥ピット,八幡サイクレーター排泥プールを経て,サイクレーターを通して百間排水溝から水俣湾に排出されていた。酢酸プールの除去率を80%,八幡サイクレーター排泥プールの除去率(沈殿率)を50%,サイクレーターでの除去率(沈殿率)も50%と仮定すると,同年1月から同年7月までのメチル水銀の流出量は32㎏から49㎏となる。 昭和35年8月,精ドレン排水は系内を循環するようになったため,これ以降は,事故の場合以外はメチル水銀は流出しなくなった。また,昭和41年7月からアセトアルデヒドの生産が停止される昭和43年5月までの間は,完全循環式により廃水を系内で循環させたため,同様に事故の場合以外は流出しなくなった。そのため,昭和35年8月から昭和43年5月までの間, 正常運転がなされたと仮定すると,同期間のメチル水銀の流出はなかったこ ととなる(ただし,魚介類中の水銀値からすれば,昭和39年後半においてもメチル水銀が流出してい 月までの間, 正常運転がなされたと仮定すると,同期間のメチル水銀の流出はなかったこ ととなる(ただし,魚介類中の水銀値からすれば,昭和39年後半においてもメチル水銀が流出していたことが推察されるが,その量は不明である。)。 (以上につき,甲A32・159頁以下,乙B1・36頁以下)第6 いわゆる第三水俣病騒動までの状況(昭和43年5月~昭和48年) 1 人に関するデータ等 頭髪水銀値ア入鹿山教授らの調査(昭和43年~昭和45年)入鹿山教授らは,昭和43年,水俣市の住民201名(水俣病患者57名,漁業従事者65名及び一般住民79名)の頭髪水銀値に関する調査を行った。その結果,水俣病患者の平均値は10.6ppm(最高値 64.9ppm,最低値1.5ppm),漁業従事者の平均値は9.2ppm(最高値73.8ppm,最低値2.6ppm),一般住民の平均値は8.1ppm(最高値16.1ppm,最低値2.6ppm)であった。 その後,入鹿山教授らによる昭和44年の調査結果によれば,漁業従事者38名の平均値は5.99ppm(最高値18.3ppm,最低値1. 2ppm),一般住民25名の平均値は5.48ppm(最高値12.0ppm)であり,昭和45年の調査結果によれば,漁業従事者21名の平均値は4.52ppm(最高値8.8ppm,最低値1.2ppm)と減少していた。 (以上につき,乙B2・31頁,5・11,45頁,225・139頁)イ一般人における頭髪水銀値(昭和47年) 頭髪水銀値について,昭和47年における東京都の一般男性104名の平均値は6.9ppm(最大値17.7ppm,最小値2.6ppm),一般女性87名の平均値は3.8ppm(最大値7.8ppm,最小値1.0ppm),魚 て,昭和47年における東京都の一般男性104名の平均値は6.9ppm(最大値17.7ppm,最小値2.6ppm),一般女性87名の平均値は3.8ppm(最大値7.8ppm,最小値1.0ppm),魚類多食男性84名の平均値は19.3ppm(最大値64.7ppm,最小値4.7ppm)であった。また,同年における福岡県住民178名のうち,男性の 平均値は4.35ppm,女性の平均値は3.94ppmであった。(乙B5・ 45頁)臍帯メチル水銀値(昭和43年以降)藤木教授らによる調査(前記第4の1ア)結果によれば,昭和43年以降,アセトアルデヒド廃水の排出終了後における新生児の臍帯メチル水銀値については,その最大値は0.074ppmであった。(乙B5・12頁) 2 魚介類に関するデータ等魚介類の含有水銀値(昭和46年~昭和47年)藤木教授らは,昭和46年及び昭和47年,水俣湾及びその周辺海域の魚介類中のメチル水銀値及び総水銀値の調査を行った。 その結果,水俣湾内の魚介類のメチル水銀値は0.062ppmから0.4 16ppm,水俣湾外で0.182ppmから0.440ppm,水俣川河口沖で0. 048ppmから0.068ppm,御所浦で0.004ppmから0.019ppm,牛深で0.003ppmから0.049ppmなどであった。 上記結果を踏まえ,藤木教授らは,「水銀を含む泥土は不知火海には拡がらなかったのに対し,海水に溶解した水銀は不知火海南部に流出し,魚介類 を汚染した。」などとした。(乙A19,乙B225・140頁)魚介類の摂取状況(昭和47年~昭和48年)ア熊大医学部公衆衛生学講座の野村教授らは,昭和47年から昭和48年にかけて,不知火海沿岸漁民の生活実態を明らかにするため,津 B225・140頁)魚介類の摂取状況(昭和47年~昭和48年)ア熊大医学部公衆衛生学講座の野村教授らは,昭和47年から昭和48年にかけて,不知火海沿岸漁民の生活実態を明らかにするため,津奈木町の一つの漁家(同居家族7名)を調査対象として,その生活状況の調査を行 った。その結果,調査対象家庭における男子の魚介類の摂取量が極めて多く,夏季3日間の平均値は世帯主で410g,長男で333gであり,年間で最も摂取量が少ないとされる2月でも,3日間の平均値は世帯主で286g,長男で361gであった(なお,他方で,上記漁家においては,世帯主の配偶者の上記平均値は夏季で69g,2月で103g,長女の上記平均 値は夏季で43g,2月で84gであり,男性に比べ,女性の魚介類摂取量 が顕著に少ない傾向がみられる。)。 イ上記結果を踏まえて,野村教授らにおいて,「暫定的規制値設定の基礎資料として昭和43年国民栄養調査に基づく階層別の全国平均値が使用されたが,それによれば,魚介類の摂取量は…漁民といえども200gをこえることはないであろうとの説明がされたようである。…不知火海沿岸漁 家の事例においては…いずれも食品衛生調査会の予測をはるかに上回る量が摂取されているということである。本調査に先立つ,昭和47年2月の水俣地方,海辺部の漁家・非漁家4世帯についての自己記入法による予備調査の段階においても,非漁家でも200g/日前後の魚介類の摂取をみた事例が認められた。これらの成績から,漁家世帯を中心とする魚介類の流 通系統に従って,魚介類の摂取状況の再検討が必要である。」などの考察がされた。(甲B28・34~45頁) 3 環境に関するデータ等(昭和44年7月~昭和46年7月)水俣湾内の海底泥土中の水銀濃度入 従って,魚介類の摂取状況の再検討が必要である。」などの考察がされた。(甲B28・34~45頁) 3 環境に関するデータ等(昭和44年7月~昭和46年7月)水俣湾内の海底泥土中の水銀濃度入鹿山教授及び藤木教授らは,昭和44年7月,昭和45年6月及び昭和 46年7月,水俣湾内の海底泥土中の水銀濃度の調査を行った。その結果,総水銀値は8ppmから908ppm(乾燥重量当たり)であった。また,昭和38年時点の調査結果(前記第4の3⑵)と併せ検討しても,メチル水銀は最大の地点でも0.011ppm(湿重量当たり)であった。なお,上記調査における藤木教授らのメチル水銀の検出方法は,GC法であった。(乙A19, 乙B225・134頁)不知火海南部の海底泥土中の水銀濃度入鹿山教授及び藤木教授らは,昭和46年,不知火海南部10地点の海底泥土中の水銀濃度を調査した。その結果,総水銀は0.16ppmから0.87ppm(湿重量当たり)であり,メチル水銀はいずれの地点からも検出され なかった。(乙A19,乙B225・139頁) 4 熊大二次研究班による一斉検診及び調査(昭和46年8月~昭和48年3月)一斉検診(昭和46年8月21日~昭和48年3月14日)立津教授ら熊大医学部公衆衛生学教室及び同神経精神医学教室(原田医師及び二塚医師らを含む。)は,昭和46年8月21日から昭和48年3月14日までの間,不知火海沿岸住民(水俣市の月浦,出月,湯堂及び天草郡御 所浦町の各住民)を調査対象として,合計2688名の一斉検診を実施した(以下「熊大二次研究班調査」という。)。 その際,立津教授らは,当時メチル水銀にばく露していないと考えられていた有明海沿岸(天草郡有明町赤崎,須子及び大浦。以下「有明地区」という。) を実施した(以下「熊大二次研究班調査」という。)。 その際,立津教授らは,当時メチル水銀にばく露していないと考えられていた有明海沿岸(天草郡有明町赤崎,須子及び大浦。以下「有明地区」という。)住民を対照として調査することとしたが,同調査の結果,有明地区に おいても,「水俣病と区別の出来ない状態の者が8人,被検住民の約1%に,見出された。」と報告した。(甲B28・48頁以下)頭髪水銀値の調査(昭和47年2月~昭和48年3月)熊大二次研究班調査の結果を受けて,立津教授らは,不知火海の水銀汚染が未だに住民の健康に影響を及ぼしているのではないかとの懸念を生じたこ とから,熊本市の住民を対照として,水俣地区及び御所浦地区の住民について,昭和47年2月から昭和48年3月までの期間に得られた資料につき,頭髪水銀値の測定を行った。 その結果,男性については,熊本市住民の平均値が5.21ppm(最高値10.00ppm,最低値2.46ppm),水俣地区住民の平均値が5.51ppm (最高値19.40ppm,最低値1.89ppm),御所浦地区の平均値が7. 50ppm(最高値19.69ppm,最低値3.06ppm)であり,また,女性については,熊本市住民の平均値が2.68ppm(最高値4.38ppm,最低値0.91ppm),水俣地区住民の平均値が2.76ppm(最高値6.31ppm,最低値0.94ppm),御所浦地区の平均値が2.80ppm(最高値8.88 ppm,最低値1.10ppm)であった。 上記結果を踏まえて,立津教授らは,「頭髪水銀量は同一の性について比較する限り地区間に著明な差は認められない。地区間の差よりむしろ性間の差が大きい。」と考察した。(甲B28・78頁)魚介類の総水銀濃度の調査(昭 ,立津教授らは,「頭髪水銀量は同一の性について比較する限り地区間に著明な差は認められない。地区間の差よりむしろ性間の差が大きい。」と考察した。(甲B28・78頁)魚介類の総水銀濃度の調査(昭和47年2月~昭和48年3月)立津教授らは,昭和47年2月から昭和48年3月までの期間に得られた 魚介類中の総水銀濃度についても調査を行った。 その結果,水俣湾産魚介類18検体の平均値(湿重量当たり。以下同じ。)が0.475ppm(最高値3.50ppm,最低値0.013ppm。なお,最高値3.50ppmを示したヒバリガイモドキ以外では,0.65ppmが最高値であった。),水俣湾を除く九州西岸産魚介類9検体の平均値が0.060ppm (最高値0.173ppm,最低値0ppm),天草東岸産魚介類18検体の平均値が0.066ppm(最高値0.331ppm,最低値0ppm),天草西岸産魚介類16検体の平均値が0.033ppm(最高値0.096ppm,最低値0ppm)であった。(甲B28・79頁以下)第7 いわゆる第三水俣病騒動及び暫定的規制値の設定(昭和48年~昭和49年) 1 熊大二次研究班の報告(昭和48年5月)熊大二次研究班は,昭和48年5月,前記第6の4の調査結果等を記載した,熊大二次研究班報告を発表し,有明地区にも水俣病類似患者が見いだされたことが指摘されていたところ,その指摘は,その後新聞各紙によって報道された。 これらの報道に端を発し,いわゆる第三水俣病騒動が全国に広がり,同時期に 水銀等による海洋汚染の問題が全国的に噴出したことと相俟って,全国的に「水銀パニック」といわれる状況となった。(甲B28,227,甲C全15・52頁) 2 国による調査等(昭和48年~昭和49年7月)魚介類及び海底泥土中水 的に噴出したことと相俟って,全国的に「水銀パニック」といわれる状況となった。(甲B28,227,甲C全15・52頁) 2 国による調査等(昭和48年~昭和49年7月)魚介類及び海底泥土中水銀量の調査 国は,前記1の状況を受けて,昭和48年,全国の水銀汚染の可能性があ る水域について,その魚介類及び海底泥土中水銀量の一斉調査を行った。その結果は,次のとおりであった。 ア魚介類の総水銀値不知火海全域から得られた魚介類2684検体のうち,総水銀値が暫定的規制値0.4ppm(後記3参照)を超えたものは60検体(約 2%),そのうち42検体が水俣湾から得られたものであって,総水銀値が1.0ppmを超えたものは5検体(全て水俣湾から得られたもの)あり,また,総水銀値の最大値は,水俣湾から得られたもので2.80ppm,その他の不知火海域から得られたものでは0.90ppmであった。(乙B2・26頁) イ海底泥土中の水銀値水俣湾内の海底泥土中の水銀値(総水銀乾重量当たり)は10ppmから20ppm程度であり,不知火海の海底泥土中の水銀値は大部分が0.5~1.0ppmであった。(乙B2・42頁・図13)健康調査(昭和48年~昭和49年7月) さらに,国は,昭和48年5月,熊大二次研究班報告を受けて,有明海沿岸住民を対象とする健康調査を行った。その結果,第三水俣病騒動に関しては,チッソ水俣工場の関係者であり魚介類を多食していたと認められる者1名を除き,水俣病と診断された者はいなかった。(乙B5・24頁,227) 3 厚生省による暫定的規制値の設定(昭和48年5月30日~同年7月23日) 厚生省は,前記1のような状況を受けて,昭和48年5月30日,「魚介類の水銀に関する専門 5・24頁,227) 3 厚生省による暫定的規制値の設定(昭和48年5月30日~同年7月23日) 厚生省は,前記1のような状況を受けて,昭和48年5月30日,「魚介類の水銀に関する専門家会議」を設置し,魚介類に含まれる水銀の暫定的基準につき,同会議において検討をすることとした。 魚介類の水銀に関する専門家会議は,同年6月24日,次の結論を得るに至ったとして,厚生省に意見を提出した。 アメチル水銀の暫定的摂取量限度 以下のないしにより,「成人(体重50㎏)に対し1週メチル水銀0.17㎎」とする。 「FAO/WHO合同食品添加物専門家委員会(1972年開催)において…メチル水銀の暫定的摂取許容量は0.2㎎/人/週としている。 ただし,これは外国人の平均体重60㎏に対しての数値であるので,日 本人の平均体重を50㎏とすれば0.17㎎/人/週(0.025㎎/人/日)となる。」前記1等の「水俣病患者等についての研究結果によれば」,新潟水俣病の発症者のうち最も症候が軽いとされた患者の頭髪水銀値50ppmからの算出によって,「1日摂取量は0.25㎎が最低発症量と推定して おり,その1/10である1人1日摂取量は0.025㎎(0.5㎍/㎏)が無作用レベルと推定している。これは0.175㎎/人/週となる。」「メチル水銀の慢性毒性についての…サルの実験があり,2年間投与(現在なお実験継続中)で30㎍/㎏/日で発症がみられておらず,その50倍の安全率をとると0.6㎍/㎏/日となり,これを成人(50㎏) に換算すれば30㎍/人/日を摂取許容量にみることができる。これは0. 21㎎/人/週となる。」イ上記アの基準は,十分な安全率を考慮したものであるが,次の点に留意する必要がある。 ) に換算すれば30㎍/人/日を摂取許容量にみることができる。これは0. 21㎎/人/週となる。」イ上記アの基準は,十分な安全率を考慮したものであるが,次の点に留意する必要がある。 「妊婦の場合は,胎児のメチル水銀に対する感受性が比較的高いの で基準の運用に当たっては,より厳格な運用が必要である。」「乳幼児の場合は成人の基準値に準ずるが,メチル水銀に対する乳幼児の感受性が未だ明らかでないので,食生活指導の実際において慎重に配慮されねばならない。」ウ 「水銀汚染魚介類の安全性の確保のためには,…流通過程における魚介 類を一定の濃度以下とすることが妥当である」ところ,以下のないし を前提として「理論的計算を行なえば,メチル水銀として0.17㎎(週間許容摂取量)÷762.3g(108.9g×7週間最高摂取量)=0. 223ppmとなる。これを総水銀量として見直せば,平均0.4ppmが妥当である。メチル水銀として実際に適用する場合にあっては,測定技術上の問題もあるのでメチル水銀0.3ppmとすることも認めることとした」。 「日本人の魚介類の摂取量は,その安全率を見込んで平均最大摂食量1日108.9gを採用した。」「メチル水銀の定量には測定技術上の問題もあることを考慮して,実際的な基準は総水銀量で定める。」「メチル水銀量から総水銀量への換算に当たっては,実測値のデー タ等から妥当と考えられる比率とした。」厚生省は,同年7月23日,前記の意見に示された暫定的規制値を行政上の指導指針として運用することとし,魚介類の水銀の暫定的規制値を,総水銀としては0.4ppmとし,参考としてメチル水銀0.3ppmとする(ただし,マグロ類及び内水面水域の河川産の魚介類については適用しな 導指針として運用することとし,魚介類の水銀の暫定的規制値を,総水銀としては0.4ppmとし,参考としてメチル水銀0.3ppmとする(ただし,マグロ類及び内水面水域の河川産の魚介類については適用しない。)旨 を定めた(暫定的規制値)。この内容は,同日,同省環境衛生局長により,都道府県知事等に対して通知(環乳第99号)された。 (以上につき,乙B2・12頁,13)第8 仕切り網設置及び汚泥処理事業の間の状況(昭和49年~平成9年) 1 仕切り網の設置(昭和49年1月) 被告熊本県は,熊大二次研究班報告に起因する社会不安及び漁価暴落を沈静化させるため,昭和49年1月,水俣湾口を網で仕切って同湾内に水銀汚染魚を封じ込める仕切り網を設置した。(甲A36,乙B2・47頁) 2 水俣湾汚泥処理事業(昭和52年10月~平成2年3月)被告熊本県は,水俣湾に堆積した汚泥を処理し,環境復元を図るため,昭 和52年10月,海底泥土の除去基準を総水銀値25ppm以上と定め,水俣 湾汚泥処理事業を開始した。 水俣湾汚泥処理事業は,概要,水俣湾内のうち,水銀値の高い湾奥部(約58万㎡)を仕切って埋立地とし,比較的水銀値の低い区域(約151万㎡)の汚泥を浚渫して埋立地に投入し,その上部を表面処理した後に山土で覆い,水銀を含む汚泥を封じ込めるというものであった。(甲A36・27頁) 同年12月26日,水俣湾汚泥処理事業の開始直後,一部住民により,工事差止めを求める仮処分の申請がされたため,国及び熊本県は,同事件の係属中は同事業を進めないこととし,昭和55年4月16日,上記申請の却下後,同事業を再開した。その後,被告熊本県は,平成2年3月をもって,水俣湾汚泥処理事業を完了した。(甲A36・27頁) 3 人に関 業を進めないこととし,昭和55年4月16日,上記申請の却下後,同事業を再開した。その後,被告熊本県は,平成2年3月をもって,水俣湾汚泥処理事業を完了した。(甲A36・27頁) 3 人に関するデータ等頭髪水銀値(藤木教授らの調査(昭和57年))藤木教授らは,昭和57年,水俣市の住民352名(漁業従事者71名及び一般住民281名)の頭髪水銀値の調査を行った。その結果,漁業従事者の平均値は6.15ppm(最高値24.1ppm,最低値1.4ppm),一般住民 の平均値は3.78ppm(最高値11.8ppm,最低値0.8ppm)であった。 なお,対照地区とされた東京都の住民154人の平均値は4.29ppm(最高値14.0ppm,最低値0.7ppm)であった。(乙B2・31頁)臍帯メチル水銀値ア森山医師は,昭和52年から昭和62年までに水俣市で出生した新生児 の臍帯メチル水銀値の調査を行った。その結果,臍帯メチル水銀値の平均値は,昭和52年に0.0423ppmを記録したが,その後は,いずれも0.012ppmから0.017ppmで推移していた(なお,結果の発表は昭和63年である。)。(乙B5・12頁)イ他方,藤野医師及び医療法人芳和会神経内科リハビリテーション協立ク リニックの医師である高岡医師が平成23年に発表した「慢性水俣病の臨 床疫学的研究」と題する論文によれば,チッソ水俣工場からのアセトアルデヒド廃水の排出が終了した昭和44年以降に出生した新生児の臍帯17点のメチル水銀値については,最高値が0.362ppm(昭和52年生まれ),最低値が0.049ppm(平均値0.175ppm)とされている。(甲A42・45頁) 水俣病認定患者の分布(昭和58年11月30日現在)昭和5 が0.362ppm(昭和52年生まれ),最低値が0.049ppm(平均値0.175ppm)とされている。(甲A42・45頁) 水俣病認定患者の分布(昭和58年11月30日現在)昭和58年11月30日時点における水俣病認定患者の分布は,水俣湾周辺地域が最も人数が多いものの,概ね不知火海沿岸一帯に分布していた。 (乙A39・8頁) 4 魚介類に関するデータ等 魚介類の含有水銀値(昭和52年)被告熊本県は,昭和52年に水俣湾汚泥処理事業を開始して以降,同事業が終了する平成2年までの間,年に4回,水俣湾外の3水域で魚介類中の水銀値のモニタリング調査を行った。その結果,これらの魚介類中の総水銀又はメチル水銀の暫定的規制値を超過したことはなかった。(乙B2・47頁, 227)水俣湾及び不知火海における漁獲状況等(昭和48年5月~平成9年10月15日)ア前記第7の1の第三水俣病騒動を受けて,水俣漁協は,被告熊本県の指導により,昭和48年5月から昭和50年3月31日までの間,再び水俣 湾内での操業を自主規制しており,また,同年4月1日から平成2年3月31日までの間(公害防止事業の実施期間)は,被告熊本県との間で漁業補償協定を締結して,水俣湾内での漁獲を行っていなかった。その後,同年4月から平成7年3月までの間も,水俣湾内での操業は行われなかった。 そして,同年4月から仕切り網が撤去された平成9年10月までの間 は,暫定的規制値を超える魚種の市場への流通防止を図るため,チッソ において,水俣漁協組合員が採捕した魚介類を買い上げる措置がとられ,同時に他の魚介類についても,市場性がないとの理由から同様に買い上げられる措置がとられていた。(乙B2・38頁,227,弁論の全趣旨)イまた 漁協組合員が採捕した魚介類を買い上げる措置がとられ,同時に他の魚介類についても,市場性がないとの理由から同様に買い上げられる措置がとられていた。(乙B2・38頁,227,弁論の全趣旨)イまた,被告熊本県及び水俣市は,昭和50年9月から平成9年10月までの間,暫定的規制値を超える魚種の判別・処理が徹底しないこと等を考 慮し,一般遊漁者に対して,水俣湾内での釣り行為を自粛するよう指導を行うなどしていた。(乙B2・38頁) 5 環境に関するデータ等海底泥土中の水銀濃度ア被告熊本県による調査(昭和60年及び昭和62年) 水俣湾汚泥処理事業に伴い,被告熊本県は,水俣湾内の海底泥土中の水銀値の調査を行った。このうち,浚渫前の昭和60年時点の調査の結果,水俣湾内610か所の調査地点の総水銀値は0.04ppmから553ppmであった。 また,浚渫後の昭和62年時点の調査の結果,水俣湾内84か所の調査 地点の総水銀値は0.06ppmから12ppm(平均4.65ppm)に減少していた。(甲A36・27頁)イ冨安教授らによる調査(平成8年3月)鹿児島大学理学部の冨安教授らは,平成8年3月,不知火海南部62地点の海底泥土中の水銀濃度の調査を行った。その結果,不知火海の背景 水銀濃度(汚染のない本来の水銀濃度)の平均値は0.059ppmであるが,各地点の海底泥土中の水銀濃度は0.086ppmから3.46ppmであり,水俣市近海の6地点で1.0ppmを超え,水俣市からの距離とともに減少していた。 冨安教授は,上記調査結果を踏まえて,「水銀で汚染された廃水の排出 が停止して30年が過ぎたが,水銀汚染に関連した表層堆積物は安定し ておらず,あきらかにまだ移動している」とし,沈殿物中の総水銀の大 結果を踏まえて,「水銀で汚染された廃水の排出 が停止して30年が過ぎたが,水銀汚染に関連した表層堆積物は安定し ておらず,あきらかにまだ移動している」とし,沈殿物中の総水銀の大部分は無機水銀であり,有機水銀濃度は0.2%から1.9%(平均値0.76ppm)であるものの,「有機水銀は非常に少量でも,水生生物に容易に吸収され,魚の中で有意水準に達する水中食物連鎖に蓄積されるかもしれない。」と結論付けた。(甲A34,甲B72) 海水中の総水銀値(昭和52年~平成10年1月)ア被告熊本県は,昭和52年に水俣湾汚泥処理事業を開始して以降,同事業が終了する平成2年までの間,同事業の監視計画に従い,水俣湾内の海水中の総水銀値につき,毎年3600検体から4404検体の調査を行った。その結果,いずれの検体中の総水銀値も,当時の定量限界値(検出可 能な最少量であり,0.0005ppmであって,これは国が定める環境基準でもあった。)未満であった。 イまた,被告熊本県は,水俣湾汚泥処理事業が終了した平成2年以降も,平成9年10月まで,毎月,水俣湾内の4地点で採取された海水中の総水銀値の調査を行っていた。その結果,いずれの検体中の総水銀値も,定量 限界値(0.0005ppm)未満であった。(乙B227) 6 仕切り網の撤去(平成9年10月14日)被告熊本県は,それまで3年間連続して,水俣湾内の全ての魚介類の水銀値が暫定的規制値を下回ったことを受けて,平成9年7月29日,当時の県知事により「水俣湾の安全宣言」を発し,同年10月14日,水俣湾内の仕 切り網を全面撤去した。 仕切り網撤去直後の平成9年10月ないし11月に行われた水俣湾内の魚介類中の水銀値調査においても,全ての魚種が暫定的規制値を下回った 同年10月14日,水俣湾内の仕 切り網を全面撤去した。 仕切り網撤去直後の平成9年10月ないし11月に行われた水俣湾内の魚介類中の水銀値調査においても,全ての魚種が暫定的規制値を下回った。 (以上につき,甲A36・55頁,乙B227)第9 仕切り網撤去後の状況(平成10年~平成31年) 1 人に関するデータ等 臍帯メチル水銀値についてア環境省は,平成16年3月,日本の一般人における臍帯メチル水銀値は乾燥重量当たり0.1ppm(㎍/g)前後と考えられているとする一方,水俣病発生当時出生した児では臍帯中メチル水銀値が数ppm(㎍/g)にも達したことが報告されていると公表した。(乙B6・9頁) イ原田医師によれば,水俣地方において昭和25年から昭和44年に収集された臍帯に係るメチル水銀値を,昭和50年頃以降に分類したところ,「臨床症状と臍帯メチル水銀値の関係では,当時,胎児性水俣病と診断された者(脳性マヒ型)25例では平均1.60±1.00ppm(0. 15-4.65ppm)であった。小児性水俣病(後天性水俣病)と診断さ れた者13例では0.72±0.65ppm(0.054-1.81ppm),知的障害児と診断された20例では0.74±0.64ppm(0.13-1.96ppm)であった。さらに,他疾患とされた者や正常とみられた者にもメチル水銀値の高い者がいた(0.02-0.95ppm)。」とされた。 (甲B5,65・18頁) ⑵ 賴藤医師らによる研究ア岡山大学の賴藤医師らは,昭和35年に行われた不知火海沿岸住民の頭髪水銀値調査の結果と,昭和46年に行われた熊大二次研究班調査における神経学的所見の結果とを組み合わせ,双方で調査対象となった120名の不知火海沿岸住民につき,頭 5年に行われた不知火海沿岸住民の頭髪水銀値調査の結果と,昭和46年に行われた熊大二次研究班調査における神経学的所見の結果とを組み合わせ,双方で調査対象となった120名の不知火海沿岸住民につき,頭髪水銀値と神経学的所見との量-反応関係 の分析を行い,平成21年,「毛髪中総水銀濃度と神経学的所見:水俣からの歴史的データ」と題する論文として発表した。 イその結果によれば,対象者は,頭髪水銀濃度(0-10,10-20,20-50,50以上㎍/g)によってカテゴリ化され,「有病割合は一貫して,高濃度グループが高かった…両側感覚障害,失調,構音障害は高 濃度曝露群で半数以上に見られた。年齢と性別を調整した後,量反応関係 が口周囲の感覚障害に見られた…弱い量反応関係は両側感覚障害,失調,構音障害に認められた。」などとされている。この結果を踏まえて,賴藤医師らは「内部比較では量反応関係はいくつかの神経症状では明瞭ではなかったが,きれいな量反応関係が毛髪水銀濃度と口周囲の感覚障害の間に見られた。この神経学的所見は,曝露カテゴリ(20-50㎍/g),つま り,現在のWHOの制限以下でもかなり上昇していた。…メチル水銀濃度測定はボランティアを対象に行われ,より症状を持つ人が参加した可能性もある。また,神経学的診察を行った医師もよく知られるこの中毒を知っていた。その為,この二種類のバイアスがこの違いを説明するのかもしれない。しかしながら,有病割合はかなり異なり,また診察方法の妥当性も 保たれていた為,これらの結果はメチル水銀曝露が50㎍/g以下でも生じるということを更に示している。…メチル水銀の半減期は70日であり毛髪サンプルは一度のみしか測定されていない為,1960年の水銀濃度がメチル水銀の蓄積曝露を反映出来ていな 露が50㎍/g以下でも生じるということを更に示している。…メチル水銀の半減期は70日であり毛髪サンプルは一度のみしか測定されていない為,1960年の水銀濃度がメチル水銀の蓄積曝露を反映出来ていない可能性もある。…歴史的データによる避けられない欠点を考慮しても,メチル水銀曝露による慢性曝露 はWHOの基準値以下でも感覚障害,特に口周囲の感覚障害を引き起こすということは明白であろう。」と考察している。 (以上につき,甲A46・2~5頁) 2 魚介類に関するデータ等水俣湾内における調査(昭和53年~平成16年) 昭和53年から平成16年までの間,環境省の調査結果によれば,水俣湾内の魚介類の総水銀濃度を調査した結果,暫定的規制値を上回った例が報告されていた。もっとも,当該個体が暫定的規制値を超過する程度についても,仕切り網が設置された後の昭和53年以降の期間においては分析対象となった魚種において,その平均総水銀値が1ppm未満であり,仕切り網撤去後の 平成10年以降,その平均総水銀値は0.4pm程度であった。(甲A38, 甲B38の2)⑵ 厚生労働省における調査(平成17年)厚生労働省は,平成17年11月2日,「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項の見直しについて」と題する公表の中で,魚介類に含まれる水銀の調査結果の公表を行った。 同調査結果は,平成14年から平成16年3月までに国内で実施された調査の各データ(魚介類の種類385,検体数9712)を集計し,総水銀について,それぞれ検体数,最小値,最大値,平均値を算出したものである。 同調査結果によれば,国内において,マグロ類を除いても,その最大値において,暫定的規制値である0.4㎍/gを超えるものが複数認められた。 (乙B3 小値,最大値,平均値を算出したものである。 同調査結果によれば,国内において,マグロ類を除いても,その最大値において,暫定的規制値である0.4㎍/gを超えるものが複数認められた。 (乙B3)⑶ 東京都における調査東京都が平成30年4月から平成31年3月に行った食品汚染対策としての平成30年度魚介類等の水銀汚染調査結果において,都内で流通していた規制対象魚のうち,暫定的規制値を上回る魚介類が数匹発見された。(乙 B229) 3 環境に関するデータ等海底泥土中の水銀濃度ア九州大学による調査(平成14年11月~同年12月)九州大学の矢野らは,平成14年11月から同年12月にかけて,水俣 湾内の海底泥土の輸送構造の調査を行った。矢野らは,この調査に基づく「水俣湾における底泥動態の現地観測」と題する論文において,「未浚渫の海域(特に最湾奧部の袋浦)における底泥中には5ppm以下の微量水銀(自然界のバックグラウンド濃度:0.06ppm程度)が残留し…ていることが確認されている」とし,調査結果による「まとめ」として,「水俣 湾内から八代海へ向かう方向の底泥輸送が支配的であることが分かった」 としている。(甲A35)イ被告熊本県による調査(平成31年)被告熊本県は,平成4年以降,水俣湾内3地点の海域において,底質中の総水銀値の調査を行った。その結果,平成31年に至るまで,平成10年における一つの地点を除き総水銀濃度が10ppmを超えることはなく, おおむね5ppm前後ないしそれ以下の水準で推移していた。(乙B228)海水中の総水銀値ア被告熊本県による調査(平成9年以降)被告熊本県は,仕切り網を撤去した平成9年以降も,現在まで水俣湾及び不知火海の海水中の総水銀値の調査 で推移していた。(乙B228)海水中の総水銀値ア被告熊本県による調査(平成9年以降)被告熊本県は,仕切り網を撤去した平成9年以降も,現在まで水俣湾及び不知火海の海水中の総水銀値の調査を行っている。その結果,これまで の間,国が定める環境基準(0.0005ppm)を超える数値が検出されたことはない。(乙B227・41頁,弁論の全趣旨)イ冨安教授らの調査(平成14年10月~平成17年4月)冨安教授らは,平成20年,水俣湾の海底堆積物から海水への水銀の溶出量を測定するため,平成14年10月及び平成17年4月に水俣湾内 の海底泥土付近から採取された海水中の総水銀値及びメチル水銀値について研究を行った。冨安教授らは,調査結果を踏まえて「海水中総水銀の濃度の変化は明らかに見ることができる。海底堆積物の近くで最も高く,それから徐々に低下していく。海底におけるメチル水銀濃度も高い。 総水銀の24-54%はメチル水銀だった。したがって,堆積物から水 中に溶出する際の水銀の多くはメチル水銀である。総水銀中のメチル水銀のパーセンテージは,堆積物中より浮遊堆積物中のほうが低かった。 したがって海底堆積物からの浮遊と移動を通じて堆積物から巻き上がる水銀量は総水銀,メチル水銀で各々毎年0.46㎏と0.11㎏と推定される。」としている(ただし,この研究中で示されている海水中の総水 銀値の平均値は,最大値0.00000939ppm,最小値0.0000 0105ppmであり,いずれも国が定める環境基準値(0.0005ppm)以下である。)(甲A37の1,37の2・3頁,甲B72,乙B235・23頁) 4 認定患者の現状など平成28年4月末日時点における公健法に基づく水俣病(熊本県及び鹿児 島県)の被認定 )以下である。)(甲A37の1,37の2・3頁,甲B72,乙B235・23頁) 4 認定患者の現状など平成28年4月末日時点における公健法に基づく水俣病(熊本県及び鹿児 島県)の被認定者は2280名であると報道されている。(甲C全18) 5 その他熊本学園大学の花田教授は,朝日新聞社と協力して,水俣病公式確認60年アンケート調査を行い,平成31年2月に最終報告書を作成した。(甲C全13,18,証人花田27頁) 同調査の対象者は,水俣病の患者団体である13団体において,水俣病患者として登録されていた者であり,原告らも調査対象に含まれていた。また,同アンケートの方式は無記名式であり,医学調査として行われたものではなかった。(証人花田33,45頁)第10 原告らの検診状況等 1 神経伝導検査について原告らの受けた検査項目の一般的な内容は,前提事実第7の2⑵,⑶のとおりであるが,神経伝導検査について詳述する。 ⑴ 神経伝導検査の意義及び基準値神経伝導検査を含む生理学的検査の特徴は,生体の活動を電気現象として 捉え,客観化,定量化,分析の対象とすることにあり,運動と感覚,認知機能に関わる高次神経機能を継時的,量的に把握することができることから,末梢神経機能の検査法として,症候の理解に極めて有用な役割を果たす。特に,感覚機能検査の方法としては,最も客観的な方法であって,病理学的所見との対比も確立していることから,現時点では神経伝導検査に優る検査方 法はないとされている。神経伝導検査は特異度が高く偽陽性が少ないことか ら,異常所見が見られる場合には末梢神経障害がある可能性が高い一方,神経伝導検査によって評価されるのは主に大径神経線維であって小径神経線維の異常までは検出できないため 性が少ないことか ら,異常所見が見られる場合には末梢神経障害がある可能性が高い一方,神経伝導検査によって評価されるのは主に大径神経線維であって小径神経線維の異常までは検出できないため,異常所見が見られない場合に末梢神経障害がないとはいえない。 このうち,運動神経伝導速度検査では,目的とする運動神経線維を数か所 で刺激し,誘発された複合筋活動電位の振幅と潜時を記録し,複合筋活動電位,遠位(終末)潜時,運動神経伝導速度等を評価する。 また,感覚神経伝導速度検査では,遠位部の指神経に刺激を加えて感覚神経活動電位を近位部から導出する順行性記録法と,神経幹を近位部で刺激して指神経の電位を導出する逆行性記録法とがあり,感覚神経活動電位,感覚 神経伝導速度を評価する。 末梢神経障害は,軸索変性(細胞体又は軸索の障害による軸索の変性・消失)及び脱髄(軸索の連続性は保たれるが,髄鞘だけが髄節単位で不規則に変性・消失)が病態の基本であり,病態ごとにその特徴に応じた速度,振幅,波形などの異常が認められる。(乙B112・3,4頁) 神経伝導検査の正常値は,皮膚温や年齢,用いる機器や電極の違い等の検査条件によってわずかに変動し,文献においては,藤原基準値のほか,平山惠造編「臨床神経内科学〔改訂5版〕」記載の基準値(以下「平山基準値」という。),木村淳ら著「神経伝導検査と節電図を学ぶ人のために」記載の基準値(以下「木村基準値」という。)及び荒木栄一編「糖尿病性神経障害 基礎から臨床のすべて」記載の基準値(以下「荒木基準値」という。)等がある。 しかしながら,一般的な基準としては,別紙8-8「神経伝導検査の基準値等一覧」(以下,単に「別紙8-8」という。)記載の山本医師による基準値欄と同様に,正中神経の運動神経につい う。)等がある。 しかしながら,一般的な基準としては,別紙8-8「神経伝導検査の基準値等一覧」(以下,単に「別紙8-8」という。)記載の山本医師による基準値欄と同様に,正中神経の運動神経について,伝導速度MCV(手首-肘) 51-65m/s,遠位潜時(手首)3.15-3.83ms(正常上限4. 2msであり,4.0以上であるときは手根管症候群を疑う必要があるとされている。),振幅(肘)4.6-19.0mV,振幅(手首)4.0-10. 0mV(正常下限は3.5),正中神経の感覚神経について,伝導速度SCV(手首-肘)53.2-71.2m/s,伝導速度(手指-手首)50. 4-62m/s(正常下限は44であり,45以下であるときは手根管症候 群を疑うものとされている。),潜時(手首)2.5-3.18ms(正常上限は3.5),振幅(肘)0.8-19.2㎶,振幅(手首)22.9-54.1㎶(正常下限は19であり,60歳以上の場合の下限は15),腓腹神経の感覚神経について,伝導速度(外踝-腓腹)41.3-60.9m/s,振幅(腓腹部)10㎶以下は病的な可能性を指摘でき,5㎶以下は確実 な病的低下であるとされている。 なお,振幅は測定条件によって±50%のばらつきがあるものの,健常人では一定の数値以下になることはなく(例えば,腓腹神経の感覚神経活動電位では「>10㎶」の数値以下になることはない。),上記基準値はこれを踏まえたものである。また,末梢神経障害は原因が特定できないこともある (慢性特発性感覚性多発神経障害等の病態の存在も指摘されている)。 (以上につき,甲B57,乙B111,112,116,119,証人山本12~16頁)⑵ 神経伝導検査の評価に係るその他の文献等正門文献 正門文献に 病態の存在も指摘されている)。 (以上につき,甲B57,乙B111,112,116,119,証人山本12~16頁)⑵ 神経伝導検査の評価に係るその他の文献等正門文献 正門文献には,「神経伝導検査での特徴的な異常」の項において,「MCVの低下や遠位潜時の延長は脱髄の存在を疑うべき所見である。被検神経において,MCVが正常下限値の75%未満に低下しているか,もしくは遠位潜時が正常上限値の130%を超えている場合,脱髄が生じているものと考えられる。」との記載があるほか,「軸索変性におけるMC Vの低下は脱髄ほど顕著ではなく,正常範囲内,あるいは低下したとし ても軽度に留まる」との記載があり,また,正門文献には,具体的な神経伝導速度の基準値は示されていない。(甲B45)馬場論文馬場論文(甲B46・145~147,149頁)には,糖尿病「患者はやせ形から肥満体まで皮下組織の厚さが千差万別となる疾患であるか ら,腓腹神経SNAP振幅は健康人以上にばらつく可能性があ」り,「腓腹神経SNAP振幅低下では,その所見を裏付ける別所見の有無をチェックする必要に迫られる」,「SNAPが5μⅤ未満であるにもかかわらず,他神経を含めた速度系因子異常が全くみられない場合には,記録電極貼付位置や刺激部位不適正による偽陽性所見の可能性が浮上するので, 今一度記録・刺激両電極位置の適正性を確認する必要があ」る,「振幅を中心にした診断法にあたっては,『振幅計測の50%ルール』を念頭に置くこと」との記載があるほか,「SNAP正常者であっても,速度系因子の遅延がみられない場合とみられる場合とでは,前者を完全正常者=神経障害なし,後者を軽度軸索障害あり=軽度障害者,と規定することは 可能と考えられる。速度系因子と 正常者であっても,速度系因子の遅延がみられない場合とみられる場合とでは,前者を完全正常者=神経障害なし,後者を軽度軸索障害あり=軽度障害者,と規定することは 可能と考えられる。速度系因子としては,SCV,MCV,遠位潜時,F波最小潜時に同じ価値を与えるべきである。」との記載がある。 また,馬場論文では,50%ルール(誘発電位振幅の左右差は50%以上の違いがあったときに有意差と認定するという経験的ルール)で5㎶のSNAPについて考えた場合,「SNAPは記録条件によっては2.5 ㎶から10㎶で記録される可能性が考えられる。つまり,5㎶という数値は,健常者平均値である10㎶を超えることはなく,場合によって2. 5㎶という明らかな障害を推定させる場合もあり得る故に異常性があるとみなされる」と記載されている。 他方,「糖尿病性神経障害基礎から臨床のすべて」(乙B116,甲B 47)のうち,馬場論文の著者である馬場正之及び上條美樹子の共著部 分である「3章糖尿病性神経障害の診断的検査」中の「神経伝導検査」の項において,「CSAPおよびCMAPの振幅は測定条件によって±50%のばらつきがある。」,「ただし,健常人では④(判決注記:④の表には,腓腹神経CSAP(㎶)は「>10」と記載されている。)の数値以下になることがない」,「腓腹神経CSAP(引用者注:感覚神経活動電 位振幅)は5~10㎶が低下の疑い,5㎶以下が確実な病的低下である。」との記載がある。(甲B46,47,乙B116) 2 三浦医師らによる検診及び診断⑴ 検診方法ア検査方法等 定量負荷・針痛覚計を用いた痛覚検査ユフ精器株式会社製の手動式定量型知覚計を用いて,痛覚検査を行う。 同知覚計には任意の重量の重りを設置することができ ⑴ 検診方法ア検査方法等 定量負荷・針痛覚計を用いた痛覚検査ユフ精器株式会社製の手動式定量型知覚計を用いて,痛覚検査を行う。 同知覚計には任意の重量の重りを設置することができ,これにより,知覚計による刺激を定量化することが可能である。 また,三浦医師らの痛覚検査では,検査部位によって,加える刺激の 順番を昇順,降順,ランダム,さらに,これらを適宜組み合わせた順番にするなどの方法を採用する。 三浦医師らは,阪南中央病院で得られたコントロール検診によって得られた基準値を,いわば目安とし,正常/異常の判定を行っている。 (甲B2の1・9頁) フォンフライ触覚計を用いた触覚検査酒井医療株式会社製のモノフィラメント知覚テスターを用いて,触覚検査を行う。同知覚テスターには様々な太さのフィラメント(毛髪や歯ブラシのブラシの1本のような形状)が設置されている。これを用いることで刺激を定量化することが可能である。 三浦医師らは,Weinsteinの圧覚閾値を,触覚の正常/異常を判定す るにあたり基準値としている。(甲B2の1・11頁)音叉・リオン振動覚計を用いた振動覚検査音叉及びリオン株式会社製振動感覚測定器(型式AU-02A)を用いる。(甲B2の1・17頁)二点識別覚検査 三浦医師らは,原告らに対し,プラスチックノギス及び医療用ノギスを用いて,舌先も含め,二点識別覚検査を行う。 三浦医師らは,二点識別覚の基準値の設定について,複数の医学文献や,前記コントロール検診での対照群の検査結果等を参考にするなどして基準値を設定した。(甲B2の1・13頁) 腱反射(前提事実第7の2記載の方法に同じ)神経伝導速度検査(前提事実第7の2⑶ア記載の方法に同じ)三浦 の検査結果等を参考にするなどして基準値を設定した。(甲B2の1・13頁) 腱反射(前提事実第7の2記載の方法に同じ)神経伝導速度検査(前提事実第7の2⑶ア記載の方法に同じ)三浦医師らは,基準値は健常者の測定結果を集計した平均値に標準偏差の2倍をそれぞれ加え,又は減じることで,上限値と下限値を設定し,健常者の95%が含まれる範囲をいうとし,藤原基準値が用いた。(甲 B57の1)タッピング検査右手の示指で計数機を叩いた回数と叩く際の指の位置,正確さ,運動の稚拙さ,振戦の有無等を見て,対照群の回数との比較で,協調運動の正確性さ・能力を判断した。(甲B2の1・24頁) IPU巧緻動作検査ペグボードテストといって,合計20本のペグ棒(半分が赤色に着色されているもの)を,赤色の部分を上にした状態で,4列5本ずつを検査盤の右側に並べて置き,被検者に右手だけを用いて,ペグ棒を左側に上下逆に入れ替えて差すようにさせる。また,右手だけを用いて,元に 戻す作業を行わせる。左手でも同様の検査を行い,それぞれかかった時 間の平均値をコントロール検診の基準値を用いて評価する。(甲B2の1・28頁)立体識別検査1円から500円硬貨を見て触れてもらい,袋の中からこれらの硬貨を指示票に基づいて順番に取り出させる。これを10回行い,正答率で 判断する。(甲B2の1・22頁)指合わせ試験第1指と第2指から第5指まで順番に指を合わせる動作を10秒間に何回合わせることができるか調べる。(甲B2の1・26頁)構音障害検査 「タ」を,連続で5秒間発音させ,ICレコーダー「健口くん」(竹井機器工業株式会社製)で測定し,1秒間の平均回数を記載し,これを3回繰り返し,平均値を出して 1・26頁)構音障害検査 「タ」を,連続で5秒間発音させ,ICレコーダー「健口くん」(竹井機器工業株式会社製)で測定し,1秒間の平均回数を記載し,これを3回繰り返し,平均値を出して文献やコントロール検診による基準値と比較する。「パ」,「カ」においても実施する。(甲B2の1・25頁)イ平成26年の阪南中央病院における検査 原告A及び原告Dは平成26年7月25日及び同月26日に,原告E及び原告Fは,同年8月1日及び2日に,並びに原告B,原告C及び原告Gは同月8日及び9日に,それぞれ阪南中央病院に2日間入院することで三浦医師らの検査を受けた。 同入院期間の阪南中央病院での検査項目は,定量負荷・針痛覚計を 用いた痛覚検査,フォンフライ触覚計を用いた検査,音叉・リオン振動覚計を用いた振動覚検査,二点識別覚検査,腱反射,神経伝導速度検査,指合わせテスト,IPU巧緻動作検査,立体識別覚検査,触覚定位置覚,眼科検査,頭部MR,頸椎MR,胸部レントゲン,血液尿検査,心電図,及び簡易聴力検査等である。 検査時間については,スケジュール上,原告毎に異なっていたとこ ろ,特に,定量負荷・針痛覚計を用いた痛覚検査は30分から60分,フォンフライ触覚計を用いた検査は20分から30分,音叉・リオン振動覚計を用いた振動覚検査は15分,二点識別覚検査は40分から65分とされ,これらの検査は入院2日目に集中していた。 原告らの入院期間における検査は,全ての検査項目の全ての検査時 間に三浦医師らが立ち会うのではなく,身体への侵襲を伴いうる検査である針痛覚検査,フォンフライ,二点識別覚検査及び振動覚検査は三浦医師らが行うものとし,それ以外の検査は検査技師や看護師等が行った。 他方で,三浦医師らが検査者と はなく,身体への侵襲を伴いうる検査である針痛覚検査,フォンフライ,二点識別覚検査及び振動覚検査は三浦医師らが行うものとし,それ以外の検査は検査技師や看護師等が行った。 他方で,三浦医師らが検査者として関わっていない場合であっても,三浦医師らは,実施状況を時々確認する等の方法をとっていた。(甲C1 の3,甲C2の3,甲C3の3,甲C4の1,甲C5の2,甲C6の2,甲C7の3,証人村田110,111頁)ウ平成27年1月17日の検診原告らは,平成27年1月17日にかけて,水俣学現地研究センターにおいて,三浦医師らの検診をそれぞれ受けた。 検査項目は,定量負荷・針痛覚計を用いた痛覚検査,フォンフライ触覚計を用いた検査,音叉・リオン振動覚計を用いた振動覚検査,二点識別覚検査,腱反射及びその他の神経学的検査等である。 検査時間については,スケジュール上,定量負荷・針痛覚計を用いた痛覚検査は20分,フォンフライ触覚計を用いた検査は20分,二点 識別覚検査は40分とされた。(甲C1の3,甲C2の3,甲C3の3,甲C4の1,甲C5の2,甲C6の2,甲C7の3)⑵ 診断方法三浦医師らは,メチル水銀ばく露によって中枢神経は障害されるが,末梢神経は障害されないという考えの下,「メチル水銀の曝露歴があり,四肢末 端優位の感覚障害が見られる場合に,当該感覚障害が他の疾患又は原因によ るものであることを疑わせる事情が認められない場合は,水俣病にり患していると認められる」との考え方に立ち,平成26年7月ないし9月及び平成27年1月の診察に基づき,原告らについていずれも水俣病にり患していると診断した。 また,神経伝導検査の結果の評価に当たっては,別紙8-8の「三浦医師 らによる異常値」欄のとおり,藤原 び平成27年1月の診察に基づき,原告らについていずれも水俣病にり患していると診断した。 また,神経伝導検査の結果の評価に当たっては,別紙8-8の「三浦医師 らによる異常値」欄のとおり,藤原基準値の下限値の20%減の数値を下回るか,又は,50%ルールを適用するなどした上で,異常があるかどうか判断する手法をとり,いずれの原告も神経伝導検査の結果は正常であると判断した。(甲B1,2,57の1,甲C全8,9・50頁,甲C1の3,5,6,甲C2の3,5,6,甲C3の3,5,6,甲C4の2~4,甲C5の 2,4,5,甲C6の2,4,5,甲C7の5~7,証人三浦38~50頁,証人村田110,111頁) 3 本件各申請に伴う公的検診⑴ 原告らは,平成26年から平成28年にかけて,被告らの実施する本件各申請に係る公的検診をそれぞれ受けた。その検査項目は,前提事実第7の2 記載のとおりである。 ⑵ 被告熊本県においては,公的検診の検診医は,検診医の能力が一定水準以上にとなるよう,豊富な臨床経験を有する医師を選任することとしており,具体的には,大学や公的医療機関等に検診医にふさわしい医師の推薦を依頼し,検診医を選任している。その選任に当たっては,被告熊本県の審査課の 職員が,候補者を訪問して,審査会資料説明書等を用いてどのような検診を行ってもらうか説明している。(証人三輪9頁)原告Gを除く原告らを検診した検診医の5名はいずれも医学部卒業,神経内科を専門とする科に入局し,もっぱら神経内科の診察に従事しており,そのうち3名は神経内科専門医の資格を有し,原告Gを除く原告らの検診時に おける臨床経験年数は10年以上の者であって,そのほか2名は神経内科専 門医の資格は有しないが,同臨床経験年数は30年以上の者であ 専門医の資格を有し,原告Gを除く原告らの検診時に おける臨床経験年数は10年以上の者であって,そのほか2名は神経内科専 門医の資格は有しないが,同臨床経験年数は30年以上の者であった。 なお,被告熊本県では,検診録に基づいて審査会が水俣病り患の有無を検討することとなるという性質上,様式に従って,検査を行い,検査所見を検診録に記録する際には,明確かつできる限り詳細に記録することになっており,各診療科において必要な診療技術を備える医師である限り,誰が検診を 担当したかを問題にする余地はなく,また,過去には,検診医に対する抗議運動があったことなどを前提に,氏名を公表しないことを条件に検診医の選任依頼を行っており,検診医の氏名は明かさないこととしており,原告Gを除く原告らを検診した検診医の5名の指名も公表されておらず,どの検診医がどの原告らのうち誰の検診を行ったかは明らかではない。(乙A25,2 6,乙C1の9~12,乙C2の7~11,乙C3の7~9,乙C4の10~14,乙C5の8~10,乙C6の7~9,乙C7の1,証人内野11~13頁,証人三輪9,11頁)第11 水俣病又は有機水銀中毒の疫学的研究等 1 ハンター・ラッセル症候群 ハンター,ラッセル及びボンフォードは,昭和15年にイギリスの種子殺菌剤製造工場でメチル水銀化合物の製造に従事していた労働者の中毒事故について,メチル水銀にばく露した16名の労働者のうち,中毒症状を示した4名の症候は,運動失調,言語障害及び視野狭窄の3つであると報告した。この3症候は,「ハンター・ラッセルの三徴候」と呼ばれるようになり,後に,感覚障 害及び難聴を加え,一般的には言語障害を運動失調に含めて,感覚障害,運動失調,視野狭窄及び難聴の4症候が,典型的なメチル水 は,「ハンター・ラッセルの三徴候」と呼ばれるようになり,後に,感覚障 害及び難聴を加え,一般的には言語障害を運動失調に含めて,感覚障害,運動失調,視野狭窄及び難聴の4症候が,典型的なメチル水銀中毒症の症候を示すものとして「ハンター・ラッセル症候群」と呼ばれるようになった。(甲B1の1の1・28,29頁,甲B1の1の2,弁論の全趣旨) 2 初期の急性発症例に関する徳臣医師らの研究 熊大医学部第一内科の徳臣医師は,昭和35年,同年までに発症した成人の 水俣病患者34名についての症例分析を行った。その結果によれば,患者にみられる症候の出現頻度は,「視野狭窄」及び「知覚障害(表在,深部)」がいずれも100%,運動失調のうち,「アジアドコキネーシス」が93.5%,「ジスメトリー」が80.6%,「ロンベルグ徴候」が42.9%,「言語障害」が88.2%,「聴力障害」が85.3%,「歩行障害」が82.1%,「振戦」 が75.8%,「軽度の精神障害」が70.6%などとされている。(甲B1の1の5・51頁,弁論の全趣旨)その後,10年後に,徳臣医師らがこれらの患者のうち23名の水俣病患者を診察した結果によれば,症候の出現頻度は,「アジアドコキネーシス」が87.0%,「ジスメトリー」が73.9%,「ロンベルグ徴候」が57.1%, 「言語障害」が73.9%,「聴力障害」が69.6%,「歩行障害」が56. 5%,「振戦」が65.2%,「精神障害」が17.2%であり,その主要症状はその頻度及び程度はいずれも軽減しているものの,10年という歳月を考慮すると,余りにも遅々且つ微々たるものであると考察している。(甲B1の1の7・72,73頁) さらに,20年後に,徳臣医師がこれらの患者のうち13名の水俣病患者を診察し, という歳月を考慮すると,余りにも遅々且つ微々たるものであると考察している。(甲B1の1の7・72,73頁) さらに,20年後に,徳臣医師がこれらの患者のうち13名の水俣病患者を診察し,求心性視野狭窄は3名が陰性となり改善があったこと,難聴の割合は70%であり,言語障害の割合は85%と増加していたが,その程度は初期より非常に軽快していたこと,協同運動障害は全員にみられ,程度は変わっていないこと,普通歩行の障害は著しく改善がみられたことを公表した。(甲B1 の1の8) 3 熊大二次研究班調査熊大二次研究班は,昭和46年以降,最も水俣病患者が多発した水俣地区(月浦,出月,湯堂),汚染の影響が疑われた御所浦地区(嵐口,越地,外平),汚染の可能性が小さいため対照地区と考えられた有明地区の住民を対 象として,同年8月から昭和47年1月までと,同年7月から昭和48年3 月までの2回にわたり,一斉検診を実施した(熊大二次研究班調査)。 受診者の合計数は,水俣地区で住民1120名中965名(86.1%),御所浦地区で住民1845名中1723名(93.4%),有明地区で住民1165名中901名(77.3%)であった。(甲B28・48~51頁・表3) その結果,何らかの神経・精神症候が認められる者は,水俣地区では573名(59.4%)である一方,御所浦地区では476名(27.6%),有明地区では282名(31.3%)であり,水俣地区の有病率が,御所浦及び有明地区に比べて高くなっていた。(甲B28・48~51頁)立津教授らは,検診の結果を踏まえて,水俣地区の275名(28. 5%),御所浦地区の34名(2%),有明地区の8名(0.9%)を水俣病であると診断し,水俣地区の38名(3.9%),御所浦 立津教授らは,検診の結果を踏まえて,水俣地区の275名(28. 5%),御所浦地区の34名(2%),有明地区の8名(0.9%)を水俣病であると診断し,水俣地区の38名(3.9%),御所浦地区の31名(1.8%),有明地区の2名(0.2%)を水俣病疑いと診断した。(甲B28・56~58頁)ア立津教授らによって水俣病と診断された水俣地区の275名のうち,先 天性水俣病(胎児性水俣病)と診断された6名を除く269名に関する神経学的所見の割合は,「知覚障害」が261名(97%)であり,詳細な検査を行った217名のうち,知覚障害の部位についての割合は,(延べ人数)「四肢末端」が206名(95%),「口周囲」が117名(54%),「全身」が70名(32%)であった。 また,知覚障害の内容毎の割合等は,「痛覚」が213名(98%),「触覚」が209名(96%),「振動覚」が187名(86%),「位置覚」が128名(59%)などとされている。さらに,「失調」が252名(93.7%),「視野狭窄」が160名(59.5%),「難聴」が226名(84%)であった。 イ立津教授らによって水俣病と診断された御所浦地区の34名に関する神 経学的所見については,「知覚障害」が34名全員にみられたとされ,知覚障害の部位については,(延べ人数)「四肢末端」が34名全員,「口周囲」が24名,「全身」が8名などとされている。 また,知覚障害の内容については,「痛覚」が30名,「触覚」が25名,「振動覚」が13名,「位置覚」が2名などとされた。さらに,「失調」が 27名,「視野狭窄」が26名,「難聴」が14名にみられたなどとされた。 ウ立津教授らによって水俣病と診断された有明地区の8名に関する神経学的所見の割合 2名などとされた。さらに,「失調」が 27名,「視野狭窄」が26名,「難聴」が14名にみられたなどとされた。 ウ立津教授らによって水俣病と診断された有明地区の8名に関する神経学的所見の割合は,「知覚障害」が8名全員にみられ,知覚障害の部位については,(延べ人数)「四肢末端」が8名全員,「口周囲」が4名,「全身」が2名などとされた。 また,知覚障害の内容については,「痛覚」が8名全員,「触覚」が7名,「振動覚」が7名,「位置覚」が2名などとされた。さらに,「失調」が8名全員,「視野狭窄」が7名,「難聴」が5名にみられたなどとされた。 エ自覚症状を訴えた者は,水俣病と診断された水俣地区の者で255名,同御所浦地区の者で32名,同有明地区の者で8名であり,これらのうち 比較的詳細に調べられたとされる合計215名の自覚症状の割合は,「手足のしびれ」が82%,「からす曲がり」が71%,「疲れ易い」が68%,「耳鳴」が51%などであった。 立津教授らは,これらの症候を踏まえて,水俣病と診断された患者にみられる症状の中で,出現頻度が高く,かつ比較的限定された神経系の障害によ って起こるものとして,例えば,知覚障害,失調,知能障害,聴力障害,構音障害,求心性視野狭窄などであり,これら症状の組合せの種類はきわめて多数(19種)であり,6症状の揃っている場合と1症状(知覚障害)だけの例があることも指摘した上で,最も頻度の高いのは6症状が揃っている場合であるなど検討結果を報告している。(甲B28・66,67頁) 4 原田医師らによる湯堂・茂道地区調査 原田医師らは,昭和52年7月から同年8月にかけて,同年度で延べ62名の医師が参加した水俣病の実態調査活動の一環として,水俣病多発地域である袋湾沿岸 医師らによる湯堂・茂道地区調査 原田医師らは,昭和52年7月から同年8月にかけて,同年度で延べ62名の医師が参加した水俣病の実態調査活動の一環として,水俣病多発地域である袋湾沿岸の湯堂地区及び茂道地区において,昭和36年から昭和48年までに生まれた者142名を対象とした検診を行った。これら142名のうち93名(65.4%)の家族は認定患者がおり,うち34名(23.9%) の母親は水俣病の認定を受けていた。(甲C4の8・④,弁論の全趣旨)その結果,これらの2地区で受診した合計142名のうち,自覚症状については,「頭痛」が47名(33%),「疲れやすい」が42名(29.5%),「立ちくらみ・めまい」が29名(20.4%),「からすまがり(こむら返り)」が16名(11.2%),「しびれ感」が10名(7%)にみられるな ど,何らかの自覚症状がみられた者は合計68名(47.8%)であり,対象者の約半数に多彩な自覚症状がみられ,「一般的にこの小児にみられる自覚症状は,成人の水俣病とは異なり,非特異的なものであった」。 また,神経学的所見については,「軽度運動失調」が9名(6.3%),「感覚障害」が5名(3.5%),「構音障害」が5名(3.5%),「眼球運 動異常」が4名(2.8%)にみられ,何らかの神経学的所見がみられた者は合計19名(13.3%)であり,「成人と異なって,神経,精神症状も軽微であった。…いずれにしても,これらの症状は軽く,中心となる症状は自律神経症状(36名,25.3%)」であった。(甲C4の8・④)原田医師らは,上記調査結果につき,今回の対象者にみられる症状は,従 来の水俣病の概念では包括することはできず,現時点では,原因を決めつけるだけの十分な根拠はないかもしれないが,有機水 )原田医師らは,上記調査結果につき,今回の対象者にみられる症状は,従 来の水俣病の概念では包括することはできず,現時点では,原因を決めつけるだけの十分な根拠はないかもしれないが,有機水銀汚染と関係あるという考え方が妥当な気がすると同調査結果をまとめた。(甲C4の8・④) 5 原田医師らによる野川・長崎地区調査⑴ 原田医師らは,昭和53年8月,水俣病の実態調査活動の一環として,延 べ21名の医師により,山間地区である野川・長崎地区(水俣市中心から約 4㎞。大部分が農業に従事しており,チッソ及びその関連企業で働く者が多かった。)において,同地区の住民を対象として,その健康調査を行い,100名(44.8%)が受診した。 ⑵ その結果,これらの2地区で受診した合計100名のうち,神経学的所見については,「感覚障害」が35名(うち18名が「四肢末端優位の感覚障 害」),「聴力障害」が29名,「筋力低下」が25名,「振戦」が1名,「運動失調」が10名,「構音障害」が7名,「視野狭窄」が5名,「脳性小児麻痺様症状」が2名,「高度知能障害」が1名にみられ,「症状は海岸に近い濃厚汚染地区に比較して軽い。…この結果からみると,一部有機水銀の影響と考えられるものがあるが,海岸近くと比較すると,神経精神症状の出現は少な い。…この地区は,漁業が専業でないために,水俣病事件が起こったとき,直ちに魚を買うのを止めることができたのである…しかし,症状のある者は,家族性に出現しており,その家族は,濃厚汚染地区の患者と血縁関係があって,汚染魚流入のルートが明確なことは注目される」とされた。(甲C3の9・373,374頁) 6 内野医師らによる慢性水俣病の臨床像に関する研究(以下「内野慢性水俣病研究」という。) て,汚染魚流入のルートが明確なことは注目される」とされた。(甲C3の9・373,374頁) 6 内野医師らによる慢性水俣病の臨床像に関する研究(以下「内野慢性水俣病研究」という。)熊大医学部の内野医師らは,昭和58年,昭和55年から昭和58年にかけて認定された水俣病認定患者100名(平均66歳。最年少者22歳,最年長者89歳。うち,いわゆる先天性水俣病6名,後天性水俣病80名,剖 検による認定14名)の神経症候,特に感覚障害のパターンの分析を行い,発生当初の急性水俣病の症例との比較検討を行った。(甲B1の1の32)その結果,前記の水俣病認定患者100名のうち,「視野狭窄」が41名,「視野沈下」が53名,「聴力障害」が67名,「言語障害」が5名,「アジアドコキネーシス」が34名,「指鼻試験障害」が27名,「ロンベルグ徴 候陽性」が18名,「表在感覚障害」が95名,「深部感覚障害」が51名に みられた。(甲B1の1の32・表1)感覚障害については,上記のとおり,95%と高頻度に何らかの「表在感覚障害」がみられたものの,その分布は,四肢末端に感覚障害がみられた者が55名(うち障害される感覚の乖離がみられる者が7名),上肢及び下肢の全体に感覚障害がみられた者が12名,上肢及び臍付近から下全体に感覚 障害がみられた者が10名,全身の感覚障害がみられた者が16名(うち障害される感覚の乖離が一部にみられる者が12名),半身の感覚障害及び反対側の上下肢末端に感覚障害がみられた者が2名と多彩であり,かつ,感覚障害の分布や程度の変動がみられた者も多かった(複数回の神経内科的診察を受けた77名のうち63名にみられた。)。(甲B1の1の32・表2) また,上記「深部感覚障害」は振動覚障害を意味し 覚障害の分布や程度の変動がみられた者も多かった(複数回の神経内科的診察を受けた77名のうち63名にみられた。)。(甲B1の1の32・表2) また,上記「深部感覚障害」は振動覚障害を意味し,振動覚の検査結果が記載されていた72名のうち,著明な振動覚低下がみられた者が13名,軽度の振動覚低下がみられた者が38名(合計51名)であり,ほぼ正常と考えられる者が21名であった。(甲B1の1の32・236頁)内野医師らは,これらの結果を踏まえて,急性水俣病の症例では,ほぼ1 00%近く認められた求心性視野狭窄や,80%に認められた聴力障害,約70%に認められた小脳症候等の出現頻度が低下しているとともに,最も高頻度にみられた感覚障害も,左右対称性の多発神経障害のパターンと合致しないようなものがみられ,臨床症候のみでは水俣病か否かの判定が困難な例が増加していることが明らかになったなどと考察した。(甲B1の1の3 2・238頁)⑷ 内野医師は,水俣病による全身の感覚障害がみられるのは特殊な場合であり,その程度は,高度なもので,全身性に痛覚が脱失したりする状態で日常生活を送るのは困難な程度である旨証言した。(証人内野35,55頁) 7 藤野医師らによる慢性微量汚染の研究(以下「藤野慢性微量汚染研究」とい う。) 藤野医師らは,昭和61年,メチル水銀の慢性微量汚染の影響の有無を明らかにするため,①熊本県及び鹿児島県の居住歴がなく,チッソ水俣工場からの排水停止(昭和41年5月)以降に非汚染地区から水俣湾周辺地域に転入した者4名,②不知火海には面していないが熊本県又は鹿児島県の居住歴があり,チッソ水俣工場操業停止(昭和43年5月)以降に水俣湾周辺地域 に転入した者2名,③チッソ水俣工場からの排水停止の 転入した者4名,②不知火海には面していないが熊本県又は鹿児島県の居住歴があり,チッソ水俣工場操業停止(昭和43年5月)以降に水俣湾周辺地域 に転入した者2名,③チッソ水俣工場からの排水停止の約半年前に,非汚染地区から水俣湾周辺地域に転入した者1名,合計7名について,その疫学・自覚症状調査及び神経・精神医学的診察等の調査を行った。 その結果,7例全てに昭和61年6月時点においては「四肢末梢性感覚障害」を,4例に「口周囲の感覚障害」を認め,これらの所見は水俣湾周辺地 域に転入後,早い者で5年,大半は8年から16年,遅い者で20年の後に確認されているとされ,「現在の微量のメチル水銀を含む水俣湾内外の魚介類摂食が新たに水俣病を発生せしめていると考えられた。」などと総括された。なお,藤野医師らは,併せて,水俣湾周辺地域で漁業を営んでいるある水俣病認定患者の頭髪水銀値は,昭和50年から昭和61年まで,概ね12 ppm前後で推移していることを報告した。(甲A41・52,58,59頁) 8 藤野医師らによる不知火海沿岸地域住民の調査報告(昭和62年)藤野医師らは,昭和46年から昭和61年の15年間に2回の診察を受け,この間に水俣湾周辺に居住し,魚介類を摂食し続けていた510名を対象として,臨床症状の推移を比較検討した。 対象者の居住分布は,水俣市206名,津奈木町38名,芦北町25名,田浦町63名,御所浦町35名,出水市100名,東町34名などである。また,居住歴は,不知火海沿岸で生まれ引き続き居住している者425名,途中で都会などの非汚染地へ出たことがある者64名,非汚染地から結婚などで転入して来た者17名,その他4名である。 その結果,自覚症状では,全身倦怠感(初回-2回目:94.9%-99. 会などの非汚染地へ出たことがある者64名,非汚染地から結婚などで転入して来た者17名,その他4名である。 その結果,自覚症状では,全身倦怠感(初回-2回目:94.9%-99. 2%),しびれ感(同:87.7%-95.1%),こむら返り(同:69. 0%-86.7%),頭痛(同:65.5%-54.9%),めまい(同:58. 9%-65.8%)などだった。 神経症状では,何らかの感覚障害(初回-2回目:90.9%-97. 1%),四肢末梢性感覚障害(同:79.8%-91.1%),難聴(同:44. 0%-42.5%),運動失調(同:25.7%-40.3%),視野狭窄(同:19.6%-12.3%)などがみられた。 さらに,神経症状の組合せなどから水俣病と診断できるものは,初回調査395名(77.5%),2回目調査467名(91.5%)で,新たに81名(16.0%)が水俣病と診断され,逆に水俣病と診断できなくなったものは 9名(1.8%)であった。 藤野医師らは,上記調査結果を踏まえ,著明な自覚症状,神経症状の出現頻度の増大,ひいては水俣病の発症について,メチル水銀の慢性微量汚染の影響である可能性が強く疑われた旨結論付けた。(甲A30,弁論の全趣旨) 9 衞藤医師らによる水俣病の感覚障害に関する研究 ⑴ 衞藤医師及び岡嶋医師は,平成6年11月,剖検例から見た感覚障害の考察の報告を行った。同報告における検索対象は,熊本県の認定審査会に申請し,いったん棄却された後再申請していた者で,死後,昭和50年12月から平成3年11月までに熊大医学部病理学教室(98例)又は京都府立医科大学病理学教室(3例)において剖検された101例のうち,四肢末端優位 の感覚障害のみを示した21例であった。 その結果,メチル水銀 11月までに熊大医学部病理学教室(98例)又は京都府立医科大学病理学教室(3例)において剖検された101例のうち,四肢末端優位 の感覚障害のみを示した21例であった。 その結果,メチル水銀に対するばく露歴があり,臨床所見として四肢末端優位の感覚障害のみを呈する21例のうち,大脳,小脳及び末梢神経にメチル水銀による一定の障害パターン(鳥距野,中心後回,中心前回,横側頭回の選択的神経細胞脱落,深部小脳顆粒細胞脱落,脊髄知覚神経優位変性病変) を示したものは21例中2例(9.5%)のみであり,脊髄及び末梢神経で は,感覚神経優位の病変を認めるとされた。もっとも,この2例についても,昭和52年以降に出現あるいは進行した感覚障害がメチル水銀によるものであるかも疑問があるとされた(以下,この報告を「衞藤剖検研究」という。)。 (甲B67・60,61,68頁)⑵ その後,衞藤医師は,武内医師とともに,平成11年,熊大医学部病理学 教室の約450例に及ぶ剖検例で得られた所見から,成人における水俣病の病理所見の特徴として,大脳,小脳,末梢神経の組み合わせという一定のパターンがみられ,具体的には,①大脳のうち,鳥距野の前位部,中心前回,中心後回,横側頭回といった特定の部位に神経組織の変性(神経細胞の脱落)が起こる,②小脳皮質(小脳の最も外側の層)において,プルキンエ細胞及 び顆粒細胞という2種類の神経細胞が組織から消失する,並びに③感覚神経(末梢神経)において,神経線維の減少と,発症後長期間を経た結果としての再生神経(傷害された後に自然に修復されたことが分かる神経組織)が認められるとした。(乙B17・4頁,95)また,衞藤医師は,これらの剖検における病理所見は,肉眼及び顕微鏡に よる病理学的観察による形態学 れた後に自然に修復されたことが分かる神経組織)が認められるとした。(乙B17・4頁,95)また,衞藤医師は,これらの剖検における病理所見は,肉眼及び顕微鏡に よる病理学的観察による形態学によるべきであって,定量的解析は,病変が軽い場合などに病気の徴候を見逃す等の問題がある研究分野の手法であって,臨床病理診断において用いられることはほとんどないとする。(乙B21・18頁,95)斎藤医師らによる新潟水俣病の長期経過後の調査(以下「斎藤新潟水俣病調 査」という。)斎藤医師らは,平成18年,新潟水俣病の発生前後に頭髪水銀値10ppm以上を示した母親から出生した113名(調査時点では40歳前後)を対象として,日常生活の情報や医学的既往歴等につき,対面方式でアンケートを行うという方法で調査を行い,うち40例の協力を得て,21例では母親及 び対象者と,19例では母親のみと面接を行い,対象者の承諾を得られた2 2名に対しては,更に神経学的所見の診察を行った。調査に当たり,斎藤医師らは,対象者を母親の当時の頭髪水銀値に応じて4つのグループに分け,頭髪水銀値50ppm以上をグループA,25ppm以上50ppm未満をグループB,10ppm以上25ppm未満をグループC,頭髪水銀値不明をグループDとした。(甲B20・34,35頁) 上記調査の結果,自覚症状を訴えた対象者の割合は,「こむら返り」が62.5%,「転びやすい」が50%,「頭痛」が47.5%,「四肢のしびれ」が43.6%,「めまい」が42.5%などであった。 また,グループAにおいて,①38歳になって初めて四肢のしびれを訴え,四肢の感覚障害及び二点識別覚の延長がみられた例や,②四十四,五歳頃か ら,寒いとき,めまいのあるときなどに四肢 あった。 また,グループAにおいて,①38歳になって初めて四肢のしびれを訴え,四肢の感覚障害及び二点識別覚の延長がみられた例や,②四十四,五歳頃か ら,寒いとき,めまいのあるときなどに四肢のしびれを感ずるようになり,また,立ちくらみも多くなったところ,49歳の診察時点で感覚障害は認められないものの,二点識別覚の延長がみられた例,③幼少期はからす曲がりのみがみられ,20歳を過ぎてから頭痛や肩こりが,生理のときになお強くみられた例があった。さらに,グループBにおいては,④幼少期は落ち着き のなさやからす曲がりのみがみられ,学業成績も良い方であったが,22歳のころから両手先のしびれがあり,33歳時点の診察で四肢末端優位の感覚障害や平衡障害がみられた例があり,グループCにおいても,⑤38歳ころから四肢のしびれ感を訴え,その後感覚障害及び二点識別覚の延長(口周囲2㎜,指先4㎜)がみられた例や,⑥20歳ころから四肢のしびれ感を訴え, その後口周囲の二点識別覚の延長(7㎜)がみられた例があった。 そして,これらの調査結果により,「汚染を受けてから20年から40年近くたって感覚障害の出る例がある。」と報告された。なお,小児期の感覚障害がなくなった例が2例(グループAとグループBに各1名ずつ)あったことについても報告された。(甲B20・36,46頁) 11 WHOによるレポート WHOは,平成16年,クライテリア101を参考文献として掲載した上で,ヒトにおけるメチル水銀の傷害部位に関して,中枢と末梢の両方の神経系が傷害されるとした内容を含む報告を行った(WHOテクニカルレポートシリーズNO.922。以下「WHOレポート」という。)。(乙B17,21,95) 12 対照(非汚染地域)のみの調査・研究 害されるとした内容を含む報告を行った(WHOテクニカルレポートシリーズNO.922。以下「WHOレポート」という。)。(乙B17,21,95) 12 対照(非汚染地域)のみの調査・研究 徳臣医師らによる対照地区の調査ア徳臣医師らは,昭和51年頃,メチル水銀汚染のない熊本県山間部(球磨郡多良木町,阿蘇郡阿蘇町及び上益城郡御船町)に定住する50歳以上で,日常生活において他人の介助を必要とせず,かつ特に医療を受けていない91名及び熊本市内の老人ホームの入所者22名を対象として,調査 を行った(以下,前者を対象とする調査を「一般高齢者検診」,後者を対象とする調査を「施設高齢者検診」という。)。調査方法は,一般高齢者検診については問診及び神経学的診察等であり,施設高齢者検診では神経学的診察であった。 イその結果,自覚症状については,一般高齢者検診では「物忘れ,計算力 や,思考力の低下」が64名(70.3%),「肩こり,腰痛」が48名(52.8%),「視力低下」が47名(51.7%),「聴力の低下」が37名(40.7%),「しびれを現在も感じる」が20名(22%)にみられるなど,全ての対象者において何らかの自覚症状の訴えがあった。 また,神経学的所見については,一般高齢者検診では「眼球運動異常」 が24名(26.4%),「聴力障害」が52名(検査し得た79名中の65.8%),「アジアドコキネーシス」が27名(脳卒中後遺症者を除いた89名中の30.3%),「指鼻試験障害」が15名(脳卒中後遺症者を除いた89名中の16.9%),「マン試験陽性」が22名(被検者90名中の24.4%),「表在感覚障害」が10名(11%。うち四肢 全ての表在感覚障害は1名),「深部感覚障害」が18名(19.8%), .9%),「マン試験陽性」が22名(被検者90名中の24.4%),「表在感覚障害」が10名(11%。うち四肢 全ての表在感覚障害は1名),「深部感覚障害」が18名(19.8%), 「振動覚低下」が46名(検査し得た87名中の52.9%)にみられ,施設高齢者検診では「滑動性眼球運動障害」が14名(63.6%),「聴力低下」が12名(54.6%),「アジアドコキネーシス」が10名(45.5%),「マン試験陽性」が6名(27.3%)にみられたが,表在感覚障害を証明し得た者は4名のみであり,いずれも片側性のもの であった。 ウ徳臣医師らは,上記結果を踏まえて,「老人においては,視野狭窄を除くすべての水俣病の個々の症状が少なからず出現するものである。しかも,…対象とした一般老人は,一応健康と見做されている老人であることは重要で,老人性変化のみで水俣病類似の症状が起り得ることが明らかになっ たと考える。従って,過去くり返し述べてきたところであるが,水俣病の診断は個々の症状から為されるべきでなく,症状の組み合わせが重要であることを改めて強調するものである。」などと考察した。(乙B34)熊本医師による対照地区の調査ア熊大医学部第一内科の熊本医師は,平成元年から2年7か月をかけて, メチル水銀汚染のない熊本県内の標準的農村地帯の27地区の在宅高齢者(60歳から100歳の者)を対象として,日本神経内科学会認定医による調査を行い,1270名(対象の83%)が受診した。調査の方法は,全受診者に対して,神経症状の有無,現病歴,家族歴等の詳細な問診及びベッドサイドでの神経学的診察を行うというものであった。 イその結果,自覚症状については,「腰痛」が566名(44.6%),「肩こり」が417名(32.8 現病歴,家族歴等の詳細な問診及びベッドサイドでの神経学的診察を行うというものであった。 イその結果,自覚症状については,「腰痛」が566名(44.6%),「肩こり」が417名(32.8%),「手足のしびれ」が319名(25. 1%),「耳鳴り」が213名(16.8%),「頭痛」が187名(14. 7%),「こむら返り」が145名(11.4%),「視力障害」が142名(11.2%)にみられるなど,何らかの自覚症状がみられた者は受診者 の89.1%に及び,神経症状の多くは年齢と正の相関を示した。 また,神経学的所見については,「滑動性追従眼球運動障害」が454名(35.7%),「聴力障害(両側)」が369名(29%)にみられるなど,何らかの他覚所見がみられた者は受診者の94.4%に及んだものの,「四肢末梢性の感覚障害」は3名(0.2%)にみられたのみであった。 ウ熊本医師らは,上記結果を踏まえて,「多くの神経症状および徴候の出現率は年齢に相関して増加したが,水俣病の主要徴候のうち,求心性視野狭窄,四肢協調運動障害(とくに,指鼻試験,膝踵試験),四肢末梢性の表在感覚障害は比較的加齢の影響は受けにくいと判断された」などと考察した。(甲B1の1の36) 納教授らによる対照地区の調査ア鹿児島大学医学部の納光弘教授らは,平成3年から平成4年にかけて,「水俣病の中核症状である神経症状における加齢の影響を明らかにする目的」で,鹿児島県の離島でメチル水銀汚染のない海浜地区に近接するある町の60歳以上の住民1850名を対象として,神経内科認定医による神 経学的検診を行い,421名が受診した。 イその結果,ほとんどの神経症候は加齢とともにその頻度は明らかに増加するとされ,また,感覚障害について 850名を対象として,神経内科認定医による神 経学的検診を行い,421名が受診した。 イその結果,ほとんどの神経症候は加齢とともにその頻度は明らかに増加するとされ,また,感覚障害については,そのパターンは根性分布(各神経根に対応した分布)をとるものが多く,その他のパターンは頻度が少なかったとされ,「四肢末端優位の感覚障害」についても,1%(正確な人 数は不明)にみられたのみであった。(甲B1の1の37)第2章水俣病の病像等に関する事実本件で原告らが問題とする水俣病の病像等に関して,前記前提事実,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 第1 水俣病の病像について 1 水俣病の病理所見 ⑴ 一般的な病理所見魚介類を介して経口摂取されたメチル水銀は,その大部分(約95%から100%)が消化管から体内に吸収され,血液を通じて体内に広く分布し,神経系のみならず,一般臓器組織の細胞にも広範囲に沈着する。体内に取り込まれたメチル水銀は,全身諸臓器組織に当初はほぼ均等に分布す るが,これによる障害部位は特異的であり,主として神経系に限定され,重症者を除いて,一般臓器の障害はほとんどみられない。(乙B2,7)神経系のうち,最もメチル水銀による障害を受けやすい部位は,大脳の後部で視覚を司る後頭葉であり,そのうち,視力・視野の中枢である鳥距野(うち,視野の周辺部分を司る前位部に強い病変が認められる。)が特 に障害されやすい。また,感覚の中枢である頭頂葉の中心後回や,運動機能の中枢である中心前回がこれに次いで障害されやすく,さらに,聴力機能の中枢である側頭葉の横側頭回も障害されやすい部位である。(乙B7・32頁)平衡機能を維持する機能のある小脳については,小脳皮質病 中枢である中心前回がこれに次いで障害されやすく,さらに,聴力機能の中枢である側頭葉の横側頭回も障害されやすい部位である。(乙B7・32頁)平衡機能を維持する機能のある小脳については,小脳皮質病変が主な変 化であり,顆粒細胞の減少がみられるのに対し,大型のプルキンエ細胞等の障害は比較的軽く,また,急性発症例では躯幹を支配する小脳の虫部(中心部)の顆粒細胞の障害が目立つが,一般には四肢を支配する小脳の周辺部(半球)の顆粒細胞も障害を受けるとされる。(乙B7・33頁)また,末梢神経については,運動神経よりも感覚神経(後根)に病変が 見られるとされるが,その程度は軽度であるとされている(乙B20・486頁)。なお,末梢神経(感覚神経)は障害を受けても修復の可能性があるため,その障害は可逆的なものであり,ある時点においで認められた感覚障害の所見が後日消失すること等があり得る。(乙B7,113)(以上につき,乙B2,4,5,7,17,113) ⑵ 成人における水俣病の病理解剖所見の特徴 前提事実及び前記第1章第11の9に認定説示したとおり,成人における水俣病の病理解剖所見の特徴は,①大脳のうち,鳥距野の前位部,中心前回,中心後回,横側頭回といった特定の部位に神経組織の変性が起こる,②小脳皮質において,プルキンエ細胞及び顆粒細胞という2種類の神経細胞が組織から消失する,③感覚神経(末梢神経)において,神経線維の減 少と,発症後長期間を経た結果としての再生神経が認められる,という所見の組合せがみられることであるとされ,この障害パターンは,程度の差はあっても,重症者から軽症者まで全てにみられるとされている。 このように症状の軽重にかかわらず一定のパターンで特定の部位に病変を認めるのが一般的であることに るとされ,この障害パターンは,程度の差はあっても,重症者から軽症者まで全てにみられるとされている。 このように症状の軽重にかかわらず一定のパターンで特定の部位に病変を認めるのが一般的であることに加え,メチル水銀が血液の循環に従って 脳に障害を与えることから障害を受ける部位は基本的には左右対称性であり,上記のうち1か所だけが選択的に又は左右一方のみが障害されるということはない(そのような剖検例は報告されていない。)とされている。 もっとも,損傷の程度は一定しておらず症例により異なるほか,同一人の中でも部位ごとに多少の差がある。神経細胞の障害の態様は,程度によっ て,全て消失して海綿状態を呈する場合から,程度に応じて間引き脱落している場合等がある。そして,中枢神経には再生能力がないことから,これが器質的に障害された場合にはその障害は不可逆的であって当該部位に永続的に損傷が存続し,したがってこれに対応する症候も永続的に存続する。運動神経系においては,病原が限局性の場合は訓練によって,障害を 免れた健全な脳部分がその機能を代償して機能が回復する場合があるが,感覚神経系には訓練による代償は確認されていない(乙B224)。 (以上につき,乙A11,13,乙B2,4,5,7,17,20,21,92,95,195・50,58頁,224,弁論の全趣旨) 2 感覚障害 ⑴ 感覚の意義及び種類等 ア感覚とは,光・音・機械的刺激などを,それに対応する感覚受容器に受けたときに発せられる情報をいい,人の感覚は,嗅覚,視覚,聴覚及び味覚等の特殊感覚,内臓感覚並びに体性感覚に分類され,体性感覚には,表在感覚,深部感覚及び複合感覚がある。頭頂葉の中心後回は体性感覚を司り,各器官に対応する領域がそれぞれ形成され(体性機能局 覚及び味覚等の特殊感覚,内臓感覚並びに体性感覚に分類され,体性感覚には,表在感覚,深部感覚及び複合感覚がある。頭頂葉の中心後回は体性感覚を司り,各器官に対応する領域がそれぞれ形成され(体性機能局 在),その大部分を手足,口唇や舌に対応する各領域が占めている。(甲B1の1の30,乙A11,乙B22,113,149,194,195)イこのうち,表在感覚とは,皮膚又は粘膜の感覚であって,触覚,痛覚及び温度覚がこれに含まれる。皮膚感覚は感覚点の密度によって感度が 異なり,手足,口唇や舌などは各感覚点が集中し刺激に対して敏感である。(甲B1の1の14,乙A11・42頁,乙B22・104頁,113,195)深部感覚とは,筋肉や関節等の身体の内部から伝えられる感覚であって,関節位置覚(関節がどんな位置にあるか,どういう方向に動いたか の感覚),振動覚(振動を感じるかどうかの感覚)及び圧痛覚(圧迫を加えたときに深部に感じる痛み)等が含まれる。また,複合感覚とは,二点識別覚(皮膚の2点を同時に触れて,これを識別できる感覚)や立体覚(閉眼した状態で使い慣れた物体を手に触れさせて,その物品名を当てることができる感覚)などをいう。(乙A11・42頁) ウ複合感覚のうち二点識別覚は,皮膚上の2点に加えられた刺激がそれぞれ末梢神経,脊髄,視床を経て頭頂葉に至り,頭頂葉(皮膚感覚を司る中心後回の3b野)に集まった情報が分析,統合され,2点間の距離が認知されるものと考えられているが,その仕組みは全容が解明されているとはいえない。複合感覚について,刺激部位の表在感覚がほぼ正常 であるのに識別等ができないときには,視床より上,殊に頭頂葉の病変 が示唆されるとされている。(乙B22・101頁,69,88,14 感覚について,刺激部位の表在感覚がほぼ正常 であるのに識別等ができないときには,視床より上,殊に頭頂葉の病変 が示唆されるとされている。(乙B22・101頁,69,88,149,197)エなお,大脳皮質の障害によって感覚障害を生じる場合は,深部感覚のうちの振動覚がよく保たれていることが特徴の1つであるとされる。 (以上につき,甲B11,乙A11,乙B22,88,149) ⑵ 水俣病にみられる感覚障害水俣病にみられる感覚障害は,典型例では,表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)することを特徴とするものであり,表在感覚については,触覚,痛覚及び温度覚の全てが低下するのが一般的であるとされる。(乙A11・43頁) また,上記表在感覚の低下が左右対称に四肢の末端ほど強くみられ,口周囲又は舌先にみられることもあり,表在感覚低下の程度は,ほとんど感覚がなくなってしまうものから,正常人との区別が困難なごく軽微なものまで様々である。(乙A11・42頁)他方で,糖尿病等の末梢神経障害に基づく多発神経障害においては, 表在感覚のうち,痛覚,触覚及び温度覚の全部又は一部が障害され,振動覚の有無はまちまちであるとされている。(乙B7,223)⑶ 四肢末端優位の感覚障害について感覚障害が四肢又は両下肢に対称性に生じ,遠位部に強く近位部に向かって弱くなるものを「多発神経炎型」,「多発神経障害」又は「多発性 ニューロパチー」と称することがあるところ,四肢末端優位の感覚障害は,水俣病り患者において出現頻度が高いものであるが,メチル水銀中毒症においてのみ出現する特異なものではなく,様々な原因によって出現し,その原因の明らかでない場合も少なくないとされている。 このような四肢末端優位の感 いて出現頻度が高いものであるが,メチル水銀中毒症においてのみ出現する特異なものではなく,様々な原因によって出現し,その原因の明らかでない場合も少なくないとされている。 このような四肢末端優位の感覚障害は,外因性のものを除くと,糖尿病 性ニューロパチーによるものが比較的頻度が高いとされており,頸部変形 性脊椎症によるミエロ・ニューロパチーでもみられることがあるなどとされている。(乙B149)(以上につき,乙A11,乙B52・522頁・図7,61・600頁,103,128,145,149)⑷ 感覚障害の診察方法 ア表在感覚については,触覚では柔らかな毛筆等を,痛覚では針等を,温度覚では温湯や冷水を入れた試験管等を使用し,被検者の応答をみて所見をとる。また,深部感覚については,関節位置覚では閉眼した状態で四肢の関節のいずれか1つを屈曲させて被検者にその位置を言わせるなどし,振動覚では音叉を足首や手首等の骨に近い皮膚の上に当てて振 動を感じるかどうかを応答させるなどし,圧痛覚では筋や肩等に強い圧迫を加えたときに被検者が感じる痛みをみるなどして,その障害の有無を診察する。 さらに,複合感覚については,二点識別覚検査(皮膚に同時に加えられた2つの刺激を鑑別できるかどうかをみる試験)を実施したり,閉眼 した状態で使い慣れた物体を被検者に触らせてその物品名を当てさせたり,皮膚書字試験で皮膚に書いた数字を当てさせたりして,その障害の有無を診察する。(乙A11・67頁,乙B22・97頁以下,96)イ感覚障害の診断における一般的な留意事項等神経内科領域の診察においては,検者である医師は,医師や患者の思 い込み等の心理的な影響を受けやすいことを意識し,先入観や患者に暗示を与えるような言動を排し の診断における一般的な留意事項等神経内科領域の診察においては,検者である医師は,医師や患者の思 い込み等の心理的な影響を受けやすいことを意識し,先入観や患者に暗示を与えるような言動を排し,標準化された身体診察の方法を用いて,被検者の態度を注意深く観察し,その応答をできる限り正確に把握する等,系統的,網羅的,他覚的,客観的な診察をするよう努めている。具体的には,定型化された網羅的な手法により診察を行い,以前の診察で 得られた所見と大きく異なる,解剖学的に説明がつかない所見である, 診察時の症候と日常生活動作が明らかに乖離している等の場合には,同じ診察を繰り返す,別の診察手法を試みるなどして一貫性,再現性を確認し,これが確認できないような所見は信頼性が低いか有用性が小さいものとして扱う。器質性疾患が原因であるとすれば説明し得ない徴候が存在することは,非器質性疾患を疑う事情となる。 日本の神経内科医及び神経学研究者を会員とする臨床系医学会である日本神経学会は,日本神経学会専門医制度を設け,一定の申請資格を有し資格審査及び試験により水準に達した医師を日本神経学会認定神経内科専門医として認定している。また,日本神経学会では,神経内科領域の診察手法を客観化するため「神経学的検査チャート」を作成している。 神経疾患の検査の中でも,感覚障害の検査は最も難しいものの1つであるとされている。すなわち,感覚障害の所見の有無,その範囲及び程度等の判断については,その検査方法の性質上,基本的に被検者の主観的な応答に依存せざるを得ず,客観性,正確性に乏しい。同一人でも感度の分布は一様ではなく,応答は被検者の精神状態にも左右され,暗示 を受けやすい,長時間又は反復的検査による疲労などによって反応が低下する等の現 るを得ず,客観性,正確性に乏しい。同一人でも感度の分布は一様ではなく,応答は被検者の精神状態にも左右され,暗示 を受けやすい,長時間又は反復的検査による疲労などによって反応が低下する等の現象が見られる一方,検者の側の先入観,神経学に係る習熟度等も検査結果を左右する。したがって,感覚検査は比較的短時間で簡単に実施して再現性のある結果を引き出すのが肝要であり,実施時間は1回5分程度にとどめるべきであるとする文献もある。また,感じやす さについては,個人差が大きく(職業,年齢,皮膚の厚さ等も影響する。),検査結果の比較も容易ではない。このようなことから感覚障害の程度の数量化,定量化,基準値の設定等には限界があり,神経伝導検査等を除き,基本的にはその方法は一般に確立していない。むしろ,診断に至るためにはどこに確実に感覚障害があるかを確認することが重要で あり,細かい段階的な評価には意味がないという見方もある。(甲B2 の1,2の1の1,乙B81~83,112,194,195)ウなお,井形教授は,四肢の知覚症状や小脳症状は,客観性に乏しく,時間を変えて診察すると所見に差が出てくる場合が少なくないことから,客観的徴候を確認すべきである旨証言する。(乙B108)⑸ 二点識別覚検査について 前記⑴ウのとおり,二点識別覚については,皮膚上の2点に加えられた刺激が,それぞれ末梢神経,脊髄,視床を経て頭頂葉に至り,頭頂葉で統合されるとされているところ,川井医師によれば,二点識別覚の異常は,このプロセスのどこかに異常があることを示すものにすぎないとしていることが認められ(乙B88,120・401頁),神経学の教科書 である「神経症候学」(乙B120・401頁,197)においても,二点識別覚を含む「『識別 あることを示すものにすぎないとしていることが認められ(乙B88,120・401頁),神経学の教科書 である「神経症候学」(乙B120・401頁,197)においても,二点識別覚を含む「『識別感覚障害』は,主に,頭頂葉連合野での感覚統合機能障害によるものである。しかし,そこに至る感覚の投射系の損傷によって感覚情報が十分にもたらされない時は統合機能が十分に発揮されない。…識別感覚障害の病変は頭頂葉の感覚連合野を念頭に置きつつも, そこへ至る投射系(脊髄その他)の病変も考慮する必要がある。」と記載されている。 さらに,二点識別覚のメカニズムそのものの全容が解明されているわけではなく,二点識別覚検査自体の標準的な手法や,正常値が必ずしも医学的に確立されていないとの指摘もある。(乙A13) また,二点識別覚の正常閾値について,「ベッドサイドの神経の診かた」においては,「2点識別能は身体の各部で大きな相異があり,口唇などでは2~3㎜の短い距離を識別できるし,背中では4~5㎝離れていても識別できないことがある。普通に検査する部位と,そこでの2点識別の最短距離…はつぎのごとくである。」として,指尖3~6㎜,手掌及び足 底15~20㎜,手背及び足背30㎜,脛骨面40㎜と記載されている が(乙B155・99頁),舌先の二点識別覚閾値に関する記載はなく,また,「最短距離が多少延長しているときは2点識別の障害と判断するには慎重を要する。」「この検査は検者にも患者にもかなり負担となり疲労しやすいので,他の検査に続けて行うときにはなかなか正確な成績は得られないので注意を要する。」と記載されている(乙B155・99,1 00頁)。他方,二点識別覚を含む触覚閾値は,体の部位によって異なり,また加齢により高くなる(乙B9 はなかなか正確な成績は得られないので注意を要する。」と記載されている(乙B155・99,1 00頁)。他方,二点識別覚を含む触覚閾値は,体の部位によって異なり,また加齢により高くなる(乙B93)。 そのほか,新潟リハビリテーション大学院大学の櫻井晶らは,平成21年,新潟歯学会誌において,18歳から23歳の20名の若年群及び67歳から78歳の17名の高齢群に関し,舌先について水平方向及び矢 状方向の二点識別覚検査を行い,その結果,二点識別覚閾値として,若年群においては水平方向3㎜±1.09㎜,矢状方向5.83㎜±1.52㎜であり,高齢群においては,水平方向4.47㎜±0.96㎜,矢状方向7.04㎜±1.96㎜で高齢群が有意に高く,加齢に伴い,舌先の二点識別覚は低下する旨報告した。(甲B2の1の20) また,高岡医師が,平成12年から平成13年にかけて,水俣周辺地域居住歴のない20~79歳の熊本市及び周辺住民について,二点識別覚閾値の正常値について調査した結果によれば,二点識別覚閾値の正常値の上限は,①20~30歳代では右示指2.65㎜,左示指3.02㎜,②40~50歳代では右示指3.61㎜,左示指3.31㎜,③60~ 70歳代では右示指4.36㎜,左示指4.25㎜などとされている。 なお,高岡医師は,平成18年,舌先の二点識別覚検査のために2㎜前後の圧力をかけることとした。(甲B2の1の22)(以上につき,甲B2の1の22,乙A13,乙B88,93,120・401頁,155,197) 3 運動失調 ⑴ 意義身体の運動が円滑に行われるためには,それぞれの動きを担当する筋肉が一定の目的に向かって収縮・弛緩等を行いながら調和を保って働くこと(協調運動)が必要であるが,運動器(筋,腱, ⑴ 意義身体の運動が円滑に行われるためには,それぞれの動きを担当する筋肉が一定の目的に向かって収縮・弛緩等を行いながら調和を保って働くこと(協調運動)が必要であるが,運動器(筋,腱,骨,関節)に異常がなく,脱力,筋トーヌス(緊張)の亢進や振戦等の不随意運動も認め られないにもかかわらず,意図した運動(随意運動)を円滑に行うことができない場合を運動失調という。 運動失調は,協調運動障害(四肢の運動時に認められることから四肢失調ないし動的失調とも呼ばれる。)と平衡機能障害(起立,歩行時に認められることから,体幹失調ないし静的失調とも呼ばれる。)に分類される。 また,その障害部位によって,大脳性(前頭葉性),小脳性(小脳虫部型,小脳半球型,全小脳型),脊髄性(脊髄後索性)及び迷路性(前庭性)に分類される。(乙A11・45頁,乙B8,17,22・155頁)。 ⑵ 水俣病における運動失調水俣病においては,小脳(全小脳)の障害により運動失調(言語障害 を含む。)が生じると考えられている。運動失調には,四肢運動時に認められる四肢失調と,起立・歩行時に認められる躯幹失調(平衡障害)がある。小脳性運動失調の判定においては,日常諸動作,起立・歩行の観察に神経学的検査結果を加えて運動障害の原因を知ることが基本である。 運動障害の原因として,他の因子(運動器障害,脱力・麻痺などの筋力 低下,筋トーヌス亢進及び低下,振戦などの不随意運動,心因反応)が除外される場合には,運動障害の現れ方を検討し,小脳性,脊髄性,前庭迷路性,大脳性のいずれであるかを判断することになる。 水俣病にみられる運動失調は,主として小脳の障害に起因する小脳性運動失調であり,小脳半球の障害で協調運動障害が生じ,小脳虫部の障 害で平衡障害が生じ 性のいずれであるかを判断することになる。 水俣病にみられる運動失調は,主として小脳の障害に起因する小脳性運動失調であり,小脳半球の障害で協調運動障害が生じ,小脳虫部の障 害で平衡障害が生じるとされている。 また,小脳全体の障害による運動失調では,四肢の随意運動の協調性に関する機能と起立,歩行などの姿勢をとる機能の両方が侵されるため,協調運動障害及び平衡機能障害の双方がみられる。 四肢失調は,アジアドコキネーシス,ジアドコキネーシス(測定障害,随意運動を目標のところで正確に止めることができず,目標に達しない 場合や行き過ぎの場合がある。)等として出現し,単に緩徐であるのみでは小脳性運動失調であるとはいえない。 また,躯幹失調は,起立・歩行の検査結果,すなわち,片足立ち試験,普通歩行,つぎ足歩行,ロンベルグ試験,マン試験の所見などから判断される。小脳性の躯幹失調では,立位,座位での躯幹の動揺が著明であ る。ロンベルグ試験及びマン試験は,失調が小脳の障害と脊髄の障害のいずれに起因するものかを鑑別するために行われ,結果が陽性であれば小脳性である可能性は低いと判断される。ロンベルグ試験では,閉眼時でも開眼時と比較して躯幹の動揺に著明な増強は見られない。歩行は,躯幹の動揺がひどく両足を広く開いて起立,歩行し,直線的に歩けず, 左右に酔っ払いのようにふらふらする。 また,水俣病においては,小脳・脳幹の障害により平衡機能障害が生じると考えられている。(乙A1,11,乙B8,22,126,164)⑶ 診断方法ア協調運動障害及び平衡運動障害については,前提事実第6の3記 載のとおりの検査を行う。 イ運動失調の見分け方については,まず,感覚のうちの深部感覚(振動覚や関節位置覚)の障害の有無を確 協調運動障害及び平衡運動障害については,前提事実第6の3記 載のとおりの検査を行う。 イ運動失調の見分け方については,まず,感覚のうちの深部感覚(振動覚や関節位置覚)の障害の有無を確認し,これが障害されており,ロンベルグ試験が陽性であれば,温度覚及び痛覚の検査を行う。そして,これらの感覚が正常であれば,脊髄後索性の運動失調であるとさ れ,障害があれば,末梢神経障害による運動失調であるとされる。ま た,深部感覚が正常である場合には,小脳性又は前庭性の運動失調であるとされ,前庭性の運動失調は平衡機能障害のみであり,四肢には運動失調を認めないとされる。(乙B22・157頁)平衡機能障害についての判断は,起立・歩行についての神経内科学的所見に加え,眼振,視運動性眼振検査によりされる(前提事実第6 の3⑵,⑶)。 ウ診断における一般的な留意点運動失調とされる場合,それが小脳性のものか,小脳以外の脊髄性又は前庭迷路性のものか否かを鑑別する必要があり,特に,ロンベルグ試験及びマン試験は,運動失調が小脳の障害に起因するものか脊髄の障害 に起因するものかを鑑別するために行われ,結果が陽性であれば,小脳性の運動失調である可能性は低いとされる。 ただし,マン試験は,高齢者などでは正常人でも異常が出やすい性質の検査であり,その結果を過度に重視することは相当ではないとされる。 また,四肢及び体幹の筋力低下があると,失調様に見えたり,失調所見 を増強したりする可能性があるため,運動失調に関する検査の所見については,被検者の検査に対する理解の度合い,身体状況及び年齢等を総合して考慮し,関節痛などの身体症状がある場合には,それを前提とする必要があり,また,特に高齢者では年齢の影響を十分に考慮する必要がある は,被検者の検査に対する理解の度合い,身体状況及び年齢等を総合して考慮し,関節痛などの身体症状がある場合には,それを前提とする必要があり,また,特に高齢者では年齢の影響を十分に考慮する必要があるとされている。(乙A1,11,乙B7,75・93,94頁) 4 視野狭窄⑴ 視野の異常視野の異常は,視野の一部が点状あるいは斑状に欠ける暗点視野(中心暗転),視野の半分が見えなくなる半盲(視野欠損)及び視野の広さが狭くなる狭窄の3種類に大別される(なお,視野は狭くないものの,全 体としての視覚感度が低下した状態を視野沈下という。) 視野狭窄には,視野全体が狭くなる求心性視野狭窄と,視野が不規則に狭くなる不規則性視野狭窄があり,前者は心因性のほか,網膜色素変性症の末期や緑内障の末期などにみられるとされ,後者は,網膜剥離,網膜静脈分枝閉塞症,網膜動脈分枝閉塞症,緑内障などにみられるとされる。(乙A11,乙B29,30,75) 鳥距野の病理的変化は両側同程度に認められることから,両眼に同程度の求心性視野狭窄が出現する。視野狭窄の有無は,年齢別正常人対象群の検査結果から,鼻側視野は,57度以上(60歳以上は54度以上)が正常,50度以上57度未満(60歳以上は50度以上54度未満)がごく軽度の狭窄,40度以上49度未満が軽度の狭窄,30度以上39度未満 が中等度の狭窄,30度未満が高度の狭窄とし,耳側視野は,80度以上が正常,80度未満は狭窄ありとし,狭窄の程度分類は鼻側視野の程度で行うこととされている。なお,アイカップによる検査所見が正常でゴールドマン視野計による結果が狭窄となる場合もあるが,これら及び対座法による検査の結果,一度でも正常視野が見出されれば視野は正常と判断され る。求心性視野 ,アイカップによる検査所見が正常でゴールドマン視野計による結果が狭窄となる場合もあるが,これら及び対座法による検査の結果,一度でも正常視野が見出されれば視野は正常と判断され る。求心性視野狭窄の判断に当たっては,まず,視野が全周性に狭窄を示しているか否かを確認する。また,上方は上眼瞼の影響のため測定誤差が大きいことから,水俣病における検診では,鼻側及び耳側視野の2か所の測定点の値をもって判定している。(乙A1・58頁,11,22・39~41頁) ⑵ 水俣病における視野の異常水俣病にみられる視野の異常は狭窄に該当し,その中でも視野の周辺部分が見えなくなる求心性視野狭窄であるとされる。また,水俣病における視野狭窄は,大脳の後頭葉のうち視中枢である鳥距野に病変が認められるとされ,視野狭窄が著しい場合であっても,中心部分の視力は末 期まで保たれる傾向にあるとされている。(乙A1,11・48頁) ⑶ 診断方法ア視野検査の方法及び種類は,前提事実第7の2イのとおりである。 イ診断における一般的な留意点視野の検査は,被検者が視標が見えるか否かを自身で判断し,応答することによって初めて成立する自覚的検査法であるため,故意に検査成 績を変え得るし,故意ではなくとも,感覚,認識,判断に影響を与える全ての因子が,視野の結果を変え得るものである。そのため,検者は被検者の精神的・肉体的状況を良く把握し,必要に応じて適切な注意を喚起したり,疲労がみられる場合には休息を設けたりしながら検査を行う必要がある。(乙A11,乙B75・97頁) 5 難聴⑴ 水俣病にみられる難聴ア水俣病にみられる難聴は,大脳の聴覚を司る部分である側頭葉横回領域の神経細胞が脱落することにより起こるものであり,後迷路 11,乙B75・97頁) 5 難聴⑴ 水俣病にみられる難聴ア水俣病にみられる難聴は,大脳の聴覚を司る部分である側頭葉横回領域の神経細胞が脱落することにより起こるものであり,後迷路性難聴に分類されると一般に理解されている。(乙A11) イ熊大医学部耳鼻咽喉科学教室の佐藤武男教授らは,BないしCランクと認定された水俣病認定患者15名を対象として聴覚の調査を行なった結果,難聴の認められた13名(26耳)については,いずれも感音性難聴であり,検査結果から障害部位による難聴型を推測すると,後迷路性難聴3耳,後迷路性か内耳性か判別困難なもの8耳,内耳性 難聴と思われるもの15耳であった旨報告した。(甲B3)ウ熊大医学部耳鼻咽喉科において,上記水俣病認定患者の所見の追跡を行った結果によれば,これらの者にみられる難聴については,「有機水銀中毒症の聴力障害は皮質性難聴を始まりとし,症状の進行とともに第八脳神経根部にまで至る後迷路性障害が本態である」とされてお り,メチル水銀中毒による「聴力障害はまず内耳性難聴像を示すもの が多く,…軽度障害に始まったものは,その多くが途中何らかの聴力改善がみられ,そのままほとんど正常に復するものも少なくない。一方,途中正常に復したものが再び悪化し,そのうち特に後迷路障害の所見を示すものが非常に多い」ともされた。(甲B28・108頁,乙A1,11,乙B33,157・1368頁) エまた,猪初男らは,新潟水俣病において水俣病と認定された患者144名中32名に内耳性難聴を示唆する補充現象陽性との所見が得られ,他方,自記オージオメーターを用いた聴力検査では,31名に後迷路性難聴が示唆されていた(後迷路性難聴8名,後迷路性難聴疑い23名)旨報告し,水俣病患者 性難聴を示唆する補充現象陽性との所見が得られ,他方,自記オージオメーターを用いた聴力検査では,31名に後迷路性難聴が示唆されていた(後迷路性難聴8名,後迷路性難聴疑い23名)旨報告し,水俣病患者における内耳障害の所見については, 二次的な内耳血管の異常によるものか,中毒による内耳感覚細胞の異常によるものかはいまだ不明であるとしている(甲B4・445頁)。 オ熊大医学部耳鼻咽喉科学教室の野坂教授は,猫にメチル水銀を投与した実験の結果として,中毒性内耳障害をきたす薬物の場合,程度の差はあれコルチ器等に変化をきたすが,この実験ではそのような病理組織学 的変化はみられなかったとして,「水俣病のように慢性有機水銀中毒症の場合,直接水銀が内耳の障害をきたさないとしても,何らかの二次的な変化を内耳におよぼすのではないかということは推測できる。しかしながら,この実験からいえることは,有機水銀の急性中毒の場合,有機水銀による内耳の病理組織学的変化(光学顕微鏡下)はみられなかった ということである。」としている。(甲B28・119頁)カ加えて,野坂教授らは,昭和47年1月から昭和49年3月にかけて,認定審査会の判定群別に514名の聴力検査の結果を比較分析した。判定群の内訳は,「判定1:水俣病である(244名)」,「判定2:水俣病の可能性がある(81名)」,「判定3:水俣病を否定できな い(123名)」,「判定4:水俣病ではない(66名)」であり,野坂 教授らは,そのうち自記オージオメトリーで,後迷路性難聴を示すジャガー分類Ⅲ型又はⅣ型に当たるものが,判定1群において50%以上(62例中33例)みられ,判定2群,判定3群となるにつれて,ジャガー分類I型又はⅡ型に当たるものの増加が目立ち,判定4群では,ジャガ ガー分類Ⅲ型又はⅣ型に当たるものが,判定1群において50%以上(62例中33例)みられ,判定2群,判定3群となるにつれて,ジャガー分類I型又はⅡ型に当たるものの増加が目立ち,判定4群では,ジャガー分類Ⅲ型に当たるものは約10%(38例中4例)であ るとした上で,「これらの結果は,最も判定と平行した聴力検査成績であり,信頼性の高い検査法と思われる」と述べ,また,内耳障害を疑わせる検査所見のある症例も数多くみられることについては「これが有機水銀の内耳に対する直接的影響なのか,あるいは血管系障害に次ぐ2次的な内耳障害によるものか,まったく無関係に存在していたも のかは,臨床的に判断できない」,「(±)の症例も各群に多くみられ,内耳障害の有無については断言を避けたい。」と述べている。(甲C6の18)キ土生医師は,「長期経過水俣病の神経耳科学的所見ならびに神経内科的所見の推移の相関について」(乙B157。以下「土生第1報告」と いう。)において,昭和31年前後に発症した水俣病患者12名を対象として発症時である同年前後から昭和53年にかけての所見の推移を検討し,また,「水俣病患者における神経耳科学的所見の経時的変動について」(甲C6の14。以下「土生第2報告」という。)において,昭和31年前後に発症した水俣病患者16名を対象として,同年から 平成5年にかけての所見の推移を検討した。 その結果,土生医師は,土生第1報告においては,「発症時内耳性難聴型を示したものが12/20(60.0%),判定不明の感音難聴6/20(30.0%),正常4耳,その他2耳であったが,これら難聴耳が経過中正常所見を示したものが13/18(72.2%)と高率にみ られた。ところが1978年の検査では正常所見を示したもの7/18 0%),正常4耳,その他2耳であったが,これら難聴耳が経過中正常所見を示したものが13/18(72.2%)と高率にみ られた。ところが1978年の検査では正常所見を示したもの7/18 耳(38.9%)となり,後迷路性あるいは疑いのもの8/18耳(44.4%),内耳性1/18(5.6%),不明2/18(11.2%)であった。」とし,発症時から昭和53年までの検査時における難聴型の推移につき分析がされ,当初,内耳性難聴であったとしても途中正常化するか,あるいは,正常化の後再び悪化し後迷路性難聴に移行する 例が非常に多いとし,これらの現象は,水俣病の急性期や亜急性期に強くみられる血管系の病変に基づく内耳への影響がまず初期の段階に現れたものであろうと推察するとともに,水銀の内耳への直接的侵襲を否定する材料も乏しいことなどを指摘した。(乙B157・1368,1369頁) また,土性医師は,土生第2報告において,難聴型の推移につき,「1965年まで半数を占めていた内耳性難聴が1969年以降激減し,正常耳が増加する一方,後迷路性難聴(疑)が増加している。」と指摘し,難聴型は年齢に関係なく発症から10年までは内耳性難聴を示すものが多く,その後は激減し,正常耳と「後迷路性難聴(疑)耳」 が増加したと結論付けた。(甲C6の14・97,102頁)(以上につき,甲B4,28,乙A1,11,乙B33,157,甲C6の14,18)⑵ 診断方法ア聴力の測定に当たっては,一般的に標準純音聴力検査(純音による 気導骨導検査)が行われる(なお,気導とは,音が外耳道を通り,中耳の鼓膜及び耳小骨を介して内耳に伝わることをいい,骨導とは,音が体表あるいは直接骨を介して内耳に伝わることをいう。)。 気導骨導検査は,オ 導検査)が行われる(なお,気導とは,音が外耳道を通り,中耳の鼓膜及び耳小骨を介して内耳に伝わることをいい,骨導とは,音が体表あるいは直接骨を介して内耳に伝わることをいう。)。 気導骨導検査は,オージオメーターという聴力測定装置を用い,純音(ジーという変化のない音)を検査音として,気導又は骨導により, 左右それぞれの耳の聴力を測定して,その結果をオージオグラムとい う記録用紙に記入するものである。気導骨導検査においては,伝音性難聴では骨導聴力は正常で,気導聴力が低下するのに対し,感音性難聴では,気導聴力及び骨導聴力がほぼ一致して低下することになるため,この検査により,伝音性難聴と感音性難聴とを区別することができる。(乙B75・50頁) イしかし,気導骨導検査では,感音性難聴を内耳性難聴と後迷路性難聴とに区別することは困難であり,これらを区別するためには,語音弁別聴力の検査,自記オージオメーター(自動的に気導純音の強さが変化し,被検者が聴き取れれば弱まり,聴き取れなくなれば再び強くなる装置で,これを繰り返し,その結果を記録していく装置)を用い る補充現象(音の強さの変化に伴う音の大きさの変化が,正常な耳に比べて異常に大きい現象(甲B66,乙B33)をいう。)の測定などが必要となる。(乙B75・50頁)後迷路性難聴には,純音聴力は正常であっても,語音弁別聴力が非常に悪いものもあり,これを確認するために語音聴取閾値検査(数字 を使った語音聴力検査)及び語音弁別検査(言葉を使った語音聴力検査)を行い,また,自記オージオメトリーでは,持続音を用いた場合と断続音を用いた場合とで,難聴の種類によりそれらの鋸歯状曲線のパターンが異なることから,これを利用して感音性難聴の鑑別診断が可能であるとされている。 ,自記オージオメトリーでは,持続音を用いた場合と断続音を用いた場合とで,難聴の種類によりそれらの鋸歯状曲線のパターンが異なることから,これを利用して感音性難聴の鑑別診断が可能であるとされている。(乙B75・50頁) (以上につき,甲B66,乙A11,乙B33,34,69,75)⑶ 難聴の原因(診断における一般的な留意点)アまず,「従来の疫学調査によれば,出生1,000人に1人の割合で高度難聴児が生まれてくるとされているが,疫学調査によればこのうち少なくとも50%は遺伝子が関与しているものと推測されている」 とされたり(乙B158・7頁),また,「高度難聴児の出現率は1, 500~3,000の出生に対して1人という報告が多い」が,先天性難聴児の大半は原因不明であるともされている(乙B159・203頁,乙C6の15)。 イ伝音性難聴,内耳性難聴及び後迷路性難聴のいずれについても,病因の1つとして「遺伝性」が挙げられており,特に,伝音性難聴及び 内耳性難聴については,「遺伝性」の頻度が最も高いとされている。 (乙B158~160)ウ難聴の患者の病歴を聴取する際には,「小さいときに高熱が続いたから」などと,難聴の原因が患者から申告されることが多いが,このような「原因で難聴を起こした可能性はあるが,実際には疫学調査が示 すように遺伝子の関与する難聴が最も多いと考えられて」いる。そして,「遺伝子が関与する難聴のうち,最も頻度の多いのが非症候群性難聴のうちの70%を占める常染色体劣性遺伝形式をとる難聴である」とされている。(乙B158・8頁)エ内耳性難聴の原因としては,内耳炎,メニエール病,内耳の障害 (白血病,糖尿病,動脈硬化等),騒音性難聴,突発性難聴,老人性難聴,先天性聾など ある」とされている。(乙B158・8頁)エ内耳性難聴の原因としては,内耳炎,メニエール病,内耳の障害 (白血病,糖尿病,動脈硬化等),騒音性難聴,突発性難聴,老人性難聴,先天性聾などがあり,これらの疾患との鑑別が必要であり,また,難聴のうちには,原因の明らかでないものも多数存在する。 (以上につき,乙A11・99頁,乙B158~160,乙C6の15) 6 その他の他覚所見 水俣病に認められるその他の他覚所見として,次の事実が認められる。 ⑴ 眼球運動障害水俣病にみられる眼球運動障害には,眼球が視標の動きにつれて滑らかに動かず,跳躍運動が多数混入するといった滑動性眼球運動障害と,急速に視線を移したときに眼球の動きが行き過ぎたり,ためらいながら 動くなどといった衝動性眼球運動障害とがあり,一般的には,両眼で同 様にみられる眼球運動の乱れであるとされる。(乙B31,32・435頁,乙A1,11)⑵ 構音障害ア水俣病にみられる典型的な構音障害は,小脳性運動失調の一つとして生じるものであるとされ,発声・構音に関わる筋肉が協調しないため, 言葉をすらすらと話すことができずに途切れがちになったり,声量が一定しなかったりするとされる。 イなお,言語障害と難聴との関係について,難聴がある小児の場合,言語発達のため,補聴器の早期聴能教育が勧められることから,難聴児は特殊な訓練をしない限り言語が発達しないと考えられる。 (以上につき,乙A11・53頁,乙B7,35,127,159,乙C6の15)⑶ 反射ア深部反射(腱反射)は,腱や骨の突端を急に叩くことによる筋の伸長が刺激となって引き起こされるものである。一般に,腱反射の亢進 は,反射の中枢より上の部分に障害があることを )⑶ 反射ア深部反射(腱反射)は,腱や骨の突端を急に叩くことによる筋の伸長が刺激となって引き起こされるものである。一般に,腱反射の亢進 は,反射の中枢より上の部分に障害があることを示し,減弱又は消失は,反射弓に障害があることを示す。もっとも,腱反射は,健常者においても亢進ないし消失することがあり,また,個人差,年齢差があるため,診断においては他の所見との整合性を検討する必要があり,腱反射の結果のみをもって二者択一的な判断をすることはできない。 著明な亢進があっても左右対称的でバビンスキー反射などの病的反射がなければ心因性である可能性がある。両側に病的反射がある場合には錐体路の両側性障害が示唆される。他方,片側性の亢進又は両側性だが左右差がある場合には,病的意義を有することが多い。また,減弱又は消失が両側性に認められ感覚障害を伴っている場合は,多発性 末梢神経障害である可能性が高く,多発神経炎ではアキレス腱反射の 低下が最も多い。 イ病的反射は,筋肉の伸長や皮膚表面の刺激により引き起こされるものであり,健常者では原則として認められない。このうち手指屈筋反射は,正常な反射であるが,健常者では出にくいため病的反射として扱われており,両側に陽性の場合には必ずしも病的とは限らないが, ホフマン反射,トレムナー反射,ワルテンベルグ反射等が一側に陽性の場合には錐体路障害を疑う。 ウ水俣病においては,深部反射の異常に一定のパターンはない(なお,末梢神経障害による腱反射の減弱の影響に比して,中枢神経障害による亢進の影響が同等又は大きい場合には,結果として腱反射が正常で あり又は亢進することもあり得る。)。すなわち,病的反射が出現すれば何らかの中枢神経障害が示唆されるが,急性期の重症例を除けば る亢進の影響が同等又は大きい場合には,結果として腱反射が正常で あり又は亢進することもあり得る。)。すなわち,病的反射が出現すれば何らかの中枢神経障害が示唆されるが,急性期の重症例を除けば水俣病では病的反射は見られないとされている。 (以上につき,甲C2の27~29,乙A1・42頁,13,乙B98,154,168,185) 7 自覚症状水俣病患者が訴える自覚症状には,①手足のしびれ感,手足の感覚が鈍い,手足が思うように動かない,周囲のものがよく見えない,耳が遠いなどの水俣病の主要症候との関連性を認め得るものと,②頭痛,腰痛,からす曲がり,全身倦怠感,めまい,頭重感などの主要症候との関連性が乏しい又は必ずし も明らかではないものに分けられる。(乙A11,乙B7・54頁)⑴ 自覚症状に係る調査結果自覚症状については,熊大二次研究班調査(前記第1章第11の3)など,メチル水銀汚染のあった地域に多くみられることを示す調査結果がある。 ⑵ 自覚症状の一般性 上記の自覚症状は様々な原因によって発生し,臨床の場でよく訴えられるとされている。例えば,からす曲がりの原因には,動脈性末梢循環障害,下肢静脈瘤,代謝性疾患,脊髄疾患などがあるとされ,健常者の90%以上が経験しているものである。(乙A11・54頁,乙B69,240) 8 小児水俣病 ⑴ 概要小児水俣病とは,メチル水銀ばく露を受けた母体から,胎盤を介してメチル水銀が胎児に移行することにより起こる胎児性水俣病と,出生後にメチル水銀を経口摂取することにより起こる後天性水俣病とから成る。 小児水俣病においては,通常,上記の及びの両疾患が共存している 可能性が大きく,また,これらの疾患の関与を厳密に解明することも困難 を経口摂取することにより起こる後天性水俣病とから成る。 小児水俣病においては,通常,上記の及びの両疾患が共存している 可能性が大きく,また,これらの疾患の関与を厳密に解明することも困難であるため,両疾患を合わせて小児水俣病とするものであるとされる(昭和56年通知(前提事実第5の6)参照)。 ⑵ 胎児性水俣病ア胎児性水俣病は,母親が摂取したメチル水銀が胎盤を介して直接胎 児の脳に取り込まれ,障害を起こすことによって発症する。母体には臨床症状を呈するに至らない程度のメチル水銀でも,胎児においては排泄が悪いために母体より濃縮・蓄積しやすく,発育過程の胎児の中枢神経系(中枢神経系(大脳,間脳,中脳,橋,小脳,延髄,脊髄)は,胎児期にその構造が完成され,出生後,新生児期から乳児初期に かけて目覚ましく成長・成熟する。)に強い障害を与えて,脳の神経組織の発育を停止又は破壊することによって脳性小児麻痺様の症状を出現させる。(乙A11・61頁)水俣病多発地域では,主に昭和30年頃から昭和34年の間に胎児性水俣病にり患した児が多数出生した。なお,胎児性水俣病は,成人 の水俣病と症候が異なっている上,脳性小児麻痺との鑑別も極めて困 難であるため,昭和36年以降に複数の剖検例を経た後にその存在が確認されることとなった。 イ胎児性水俣病は,成人の水俣病と比較してはるかに重症である。 胎児性水俣病に特有の症状や病態の報告はない。典型的な病像は,知能障害に加えて,脳性麻痺の混合型(錐体路系の障害を中心とした痙直 型,基底核病変によるとされるアテトーゼ型,小脳障害を中心とした失調型の混合)を合併し身体に種々の程度の運動障害が見られるというものである。生後3か月頃から,笑わない,目の様子がおかしいなどとし 型,基底核病変によるとされるアテトーゼ型,小脳障害を中心とした失調型の混合)を合併し身体に種々の程度の運動障害が見られるというものである。生後3か月頃から,笑わない,目の様子がおかしいなどとして気づかれ始め,さらに,生後6ないし7か月頃から,首が座らない,お座りをしないなどの,主に運動機能の発達の遅れが見られる。また, 咀嚼,嚥下障害がほとんど全ての患者に見られ,言語障害,精神発達障害などの知能障害,流涎,尿失禁,異常脳波などが高率に発現し,過半数に,痙攣,舞踏病・アテトーゼ様運動,線維性攣縮等不随意運動を認めるとされる。これらは,胎児期又は出生前後に起こった脳の広範な障害によるものとされている。他方で,感覚障害は認められない例もある とされている。なお,胎児性水俣病の症状については,新たな汚染が加わらない限り一般に非進行性であるとされている。構音障害は治りにくく言語表現力が低下しているため,知能の程度については実際より低い評価を受けることがあり,また,視野狭窄や難聴等は,精神神経障害が高度であるため検査が困難な場合が多々ある。(乙B124) 水俣病認定者の入所施設である明水園の園長を務めた森山医師は,明水園に入所している胎児性水俣病患者について,痛覚障害は認めず,むしろ過敏であり,症状の悪化はなく新しい症状が遅れて現れたこともないとする(乙B124)。 なお,原田医師は,成人の水俣病の患者のうち重症な者については末 梢神経も障害されていたと考えられるが,現在問題となっているような 患者や胎児性水俣病患者については末梢神経が障害されていないと考えられることから,末梢神経障害に係る症状は水俣病に由来するものではないとする。また,成人の水俣病の病像に関する研究はそれなりの進展があったが,胎 水俣病患者については末梢神経が障害されていないと考えられることから,末梢神経障害に係る症状は水俣病に由来するものではないとする。また,成人の水俣病の病像に関する研究はそれなりの進展があったが,胎児性水俣病の病像に関する研究はほとんど進展がなく,その全貌はいまだ十分に明らかになっておらず,今後の問題であるとい わざるを得ないとする。(甲B65)(以上につき,甲B65,乙A11,7,乙B5,36,123,124,135)⑶ 乳児の母乳を介したメチル水銀ばく露諸外国における報告においては,母体のメチル水銀の相当量が母乳に移 行するとするものと,ほとんど移行しないとするものがある。もっとも,母乳を介したメチル水銀ばく露の中枢神経系への影響は,胎児期ばく露に比較すればそれほど深刻ではないとされ(脳の発達の相当程度が胎児期に終了することによるものと考えられる。),また,母乳中の総水銀におけるメチル水銀の割合は血中のそれよりも低いことが指摘されており,母親が 摂取するメチル水銀が暫定的耐容週間摂取量以下であれば母乳を介して乳児が受けるメチル水銀も暫定的耐容週間摂取量以下になること等から,乳児はハイリスクグループの対象とされていない。(乙B122の1・2)第2 水俣病の発症閾値論等について 1 化学物質による中毒症の発症機序等の一般的特徴について 重金属は自然界に普遍的に存在し,人体を含む動植物にも微量に含まれている。生体には,重金属を含む化学物質に対して反応閾値があり,これを超えた濃度のばく露を受け又は体内蓄積濃度が閾値を超えることがない限り,反応を起こさない。すなわち,ある物質が有害作用を示すかどうかは全てその量に依存しており(用量-反応関係),有害な物質と無害な物質が存在し ているわけではない。感 閾値を超えることがない限り,反応を起こさない。すなわち,ある物質が有害作用を示すかどうかは全てその量に依存しており(用量-反応関係),有害な物質と無害な物質が存在し ているわけではない。感受性の高い個体は低い用量から反応し始め,感受性 の低い(抵抗力の強い)個体は高い用量になって初めて反応するため,用量に対する反応の頻度は,最も多くの個体が反応する平均的な用量を中心に,常に一定の変動幅を持っており,用量の低い側から反応した個体の累積数を積み上げていくとシグモイドカーブを描くとされ,いずれの個体もまだ反応しない最大濃度をNOAEL(無毒性量)といい,もっとも感受性の高い個 体が初めて反応するときの用量をLOAEL(最小毒性量)という。なお,どのようなエンドポイント(評価項目)によって用量と生体影響との関係を評価するかによって,用量ごとの生体影響の発生頻度は異なってくる。(乙B2,10,45・4,5頁)また,中毒症の原因となる化学物質は,病原微生物などと異なり,外部か らの新たな取込みがない限り生体内で自然に増殖することはなく,かつ,生体は摂取した化学物質を分解排泄する作用を有するため,時間の経過によって体内蓄積量は減少する。ある生物の体内の化学物質が半減する期間,すなわち生物学的半減期は,化学物質及び生物により一定している。生物に摂取された化学物質は,最初は急速に増加し,1半減期で蓄積限界量(摂取量と 排泄量が平衡状態に達したときの体内蓄積量)の50%にまで達するが,増加速度は次第に鈍化し,3半減期を経過すれば87.5%,4半減期で93. 8%,5半減期で96.9%とほぼ限界に達し,その後は10半減期で99. 9%になり,ほぼ平衡状態となる。このように,5半減期以降は,日々取り込まれる量とほぼ同量の すれば87.5%,4半減期で93. 8%,5半減期で96.9%とほぼ限界に達し,その後は10半減期で99. 9%になり,ほぼ平衡状態となる。このように,5半減期以降は,日々取り込まれる量とほぼ同量の化学物質が排泄されることとなるため,吸収と排泄 のバランスがとれた状態となり,体内蓄積量はほぼ頭打ちになって,その後いかに長期間にわたって同一量を摂取しても,体内蓄積量は増加しないこととなる。これを前提に,同一量の特定の化学物質を長期間にわたって摂取し続ける場合の蓄積限界量は「蓄積限界量=1日当たりの(平均)摂取量×生物学的半減期×1.44」の計算式によって算出することが可能であるとさ れている。(乙B2・8頁以下) なお,喜多村教授は,メチル水銀の人体蓄積に係る知見は諸種の有害物質の中で最も研究成果が集約されていると評価する。(乙B8)(以上につき,乙B2,8,9,10,45,64・38頁以下) 2 メチル水銀の生体内における分解排泄速度について人体におけるメチル水銀の生物学的半減期につき,藤木教授及び喜多村教 授は,それぞれ,アベルグらによる実験(放射性同位元素の水銀から作られたメチル硝酸水銀を3名が任意に服用し,経日的に人体の放射能を測定した人体実験)及びミッテネンらによる実験(男女合計16名による同様の人体実験)により,いずれも70日前後の結果が得られたことなどを根拠として,これを70日であるとし,IPCSのクライテリア101は,「生物学的半 減期は魚を食べる者で39~70日(平均50日)である。」とする。(乙B2・8頁,8,9・34頁,64) 3 メチル水銀中毒症の発症閾値について⑴ WHO及び厚労省の見解等WHO(世界保健機関)は,環境汚染物質(又は物理的,化学的因子) する。(乙B2・8頁,8,9・34頁,64) 3 メチル水銀中毒症の発症閾値について⑴ WHO及び厚労省の見解等WHO(世界保健機関)は,環境汚染物質(又は物理的,化学的因子) へのばく露と人間の健康に関する最新の情報を評価し,かつ健康保護にかなったばく露限度設定のガイドラインを示すことを目的として,世界最高水準の専門家委員の最新の知見に基づき,汚染物質ごとに,環境保護基準文書として環境保健クライテリアを策定している。IPCSは,WHO,UNEP及びILOの共同事業であり,人の健康及び環境に対して化学物 質が与える影響の評価を行い,その評価を広く知らしめることを主な目的とするところ,平成2年に「クライテリア101」を刊行した(乙B9・2頁)。クライテリア101においては,メチル水銀の成人に対する影響に関し,「協調運動に関連する脳領域(特に小脳)とともに知覚,視覚,聴覚の機能が最も影響を受けやすい」ほか,「大量曝露では,メチル水銀 は末梢神経系に影響を与える」とした上で(乙B9・55頁),成人がメ チル水銀ばく露を受けた場合の危険性について,メチル水銀の一日摂取量が0.48㎍/㎏体重(WHO,1986b)では,いかなる検知可能な悪影響ももたらさないが,毎日3ないし7㎍/㎏体重を摂取すると,パレステジア(感覚障害)の発生率が約5%増加するという神経系への悪影響が出現するかもしれず,このレベルの摂取量では,頭髪濃度が約50ない し125㎍/gになると考えられる等とされ(乙B8・85頁),結論として,一般人口集団ではメチル水銀による有意な健康影響の危険性は見られず,魚を多食する人口集団では頭髪水銀値が50ppmに達するかもしれないが,成人では神経学的障害の危険性は低いとされている(乙B8・8 般人口集団ではメチル水銀による有意な健康影響の危険性は見られず,魚を多食する人口集団では頭髪水銀値が50ppmに達するかもしれないが,成人では神経学的障害の危険性は低いとされている(乙B8・87頁)。なお,同内容は,新潟水俣病で神経症候が見られた者のうち最も 頭髪水銀値が低かった者の数値(52ppm)や,イラクにおいて発生した中毒事件におけるそれ(120ppm)などの報告を踏まえたものである。 他方,胎児に関しては,イラク,カナダ及びニュージーランドにおける各研究結果を踏まえ,母親のピーク時頭髪水銀レベルが70㎍/g以上になると胎児の神経学的障害が高い比率(30%以上)で現れ,イラクのデー タを慎重に解釈すると,母親のピーク時頭髪水銀レベルが10㎍/gないし20㎍/gで障害の現れる危険性が5%あるかもしれないことが示唆されるとされている(乙B9・87頁)。(乙B5,9,230)WHOは,1日のメチル水銀摂取量0.3㎎/人(2㎎/人/週),頭髪水銀値50ppmを前提に,最も軽い症候を示す(パレステジアの発生率 が約5%増加するという神経系への悪影響が出現するかもしれない)蓄積限界量を30㎎としてこれを発症閾値とした。(乙B13・529頁)そして,厚生省は,クライテリア101と同様の知見を前提に,安全率10分の1を考慮してメチル水銀の暫定的摂取量限度を0.17㎎/人(体重50㎏)/週とし,魚介類の摂取量を更に安全率を見込んで平均最 大摂取量1日108.9gとして,魚介類の水銀の暫定的規制値を総水銀 0.4ppm,参考としてメチル水銀0.3ppmとし,妊婦の場合は,胎児のメチル水銀に対する感受性が比較的高いので基準の運用に当たっては,より厳格な運用が必要である(前記第1章第7の3)とし,また,食品安 ppm,参考としてメチル水銀0.3ppmとし,妊婦の場合は,胎児のメチル水銀に対する感受性が比較的高いので基準の運用に当たっては,より厳格な運用が必要である(前記第1章第7の3)とし,また,食品安全委員会は,その後,平成17年8月4日付けで,厚労省に対し,妊婦についてメチル水銀の耐容週間摂取量を2.0㎍/㎏体重/週とすることを通 知した(乙B122の1)。 なお,FAO/WHO合同食品添加物専門家会議は,平成18年,メチル水銀の暫定耐容週間摂取量(ヒトが一生涯にわたって毎日摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される一週間当たりの摂取量)を,安全率を考慮して,胎児及び妊婦に関して1.6㎍/㎏体重/週とし,それ以外 の成人に関して3.3㎍/㎏体重/週とした。(乙B231,232)(以上につき,乙B2,4,5,8,9,13,122,230~232,弁論の全趣旨)⑵ 滝澤教授による調査結果秋田大学の滝澤教授により,マグロ,メカジキ等の海洋産大型魚類には 比較的高濃度(平均0.252ppm)のメチル水銀が含まれているところ,これらを継続的に多食したと考えられる我が国のマグロ漁船員121名(頭髪水銀値は最高で69ppmであり,30ppmを超える者も25名存した。)に水俣病像を示す者は1名もおらず,大韓民国のマグロ漁船員62名,サモア独立国の缶詰工場勤務者45名についても神経症状や知覚障害 を示す者は認められていないとの調査結果等が紹介され(乙B12・18頁),国立衛生試験所川崎靖主任研究官らによるサルを用いた実験(雄ザル5頭の動物群に対する52か月にわたる塩化メチル水銀の投与実験)では,高濃度のメチル水銀を継続投与したサル群には中毒徴候が認められたが,低濃度のメチル水銀を継続投与したサル群は,全期間を通じて ザル5頭の動物群に対する52か月にわたる塩化メチル水銀の投与実験)では,高濃度のメチル水銀を継続投与したサル群には中毒徴候が認められたが,低濃度のメチル水銀を継続投与したサル群は,全期間を通じて,ほと んど何らの臨床上の徴候も示さず生存し,神経系を含めて病理組織学的変 化は見いだされなかったとされており(乙B11),これらの調査・実験結果は,長期間の微量摂取によっては,その総摂取量又は摂取期間にかかわらず中毒は発症せず,メチル水銀の毒性作用に発症閾値が存在することを示唆するものである。(乙B12)⑶ その他の見解,調査等 原田医師は,クライテリア101で検討された前記イラク,カナダ及びニュージーランドの症例に係る各報告について「いずれも胎児に関していえば母親の毛髪水銀値が50ppmを下回っていても胎児に影響がでる可能性を示している。現在の魚類中の日本のメチル水銀値の安全基準値0.3ppm,毛髪水銀50ppmは胎児性有機水銀中毒のことは考慮せずに決められ たものである。」「母親の頭髪水銀値と胎児との関係については議論があるとしても,暫定的な頭髪水銀値の安全基準50ppmは胎児にとってはもちろん,成人にとってももはや,安全の基準とはならないというのが世界的な傾向となってきている。」等とする(甲B65・15,17頁)。 第3 感覚障害のみの水俣病の有無及びその評価について 1 椿教授の研究発表椿教授は,昭和42年,昭和40年1月から同年7月にかけて新潟水俣病発生地区において調査を行った結果,26名の患者を見いだしたところ,これらの者の頭髪水銀値は56.8ppmないし570ppmであったものの,症例の中には知覚障害のみの者も含まれていた。(甲B1の1の9,1の1の1 0・296頁) 患者を見いだしたところ,これらの者の頭髪水銀値は56.8ppmないし570ppmであったものの,症例の中には知覚障害のみの者も含まれていた。(甲B1の1の9,1の1の1 0・296頁)また,椿教授は,昭和53年に発表した論文においては,昭和40年6月から8月に頭髪水銀値が40ppmないし59.9ppmを示した新潟大学脳研究所神経内科を受診している44名を対象として検討した結果,「様々な汚染程度の人が含まれているが,末梢性知覚障害は最も高頻度に認められる症状 である。また,100ppm以下の人達では小脳症状,視野狭窄の頻度は格段 に低下する印象をうける。高水銀値を示しながら症状に乏しい例もあり,感受性に個体差のあることもうかがえる。しかし,臨床症状は水銀量とよく対応していることも確かで,汚染度により神経症状のパターンに差があるとはいえ知覚障害を底辺とする神経症状は連続したものとして把握するのが自然で,かなり低レベルの汚染者まで影響を及ぼしていると考えられる。」とし (甲B1の1の11・119頁),知覚障害のみを示す例が7例あったことを指摘したが,結論としては,「比較的低水銀汚染者群の一番の特徴は末梢神経障害による知覚障害が最も高率に認められ,…知覚性末梢神経が最も障害されやすいとする所見に一致し,軽症例の剖検所見でも最も強い変化が知覚性末梢神経に認められている。」(甲B1の1の11・120頁)などとし て,上記7名のように,メチル水銀によるポリニューロパチーに該当するものと考えてよいと思われる場合があるが,詐病や心因性因子の関与などはまた別の問題であるなどとした(甲B1の1の11・120頁)。(甲B1の1の11,弁論の全趣旨)さらに,椿教授は,発表時期不明の論稿において,ハンターらの紹介した ,詐病や心因性因子の関与などはまた別の問題であるなどとした(甲B1の1の11・120頁)。(甲B1の1の11,弁論の全趣旨)さらに,椿教授は,発表時期不明の論稿において,ハンターらの紹介した 例では,定型例,非定型例,不全型例の間に連続性があり,ピラミッド型に不全型が多くなるはずであるとの見解に反する事実が示されている旨指摘する一方,バキル(Bakir)らの報告によれば,水銀の体内蓄積量が増加するに従い,パレステジア,運動失調,言語障害,聴力喪失,死亡の頻度が,この順で次第に増加することが示されており,このことはパレステジアのみ を呈する症例の存在を示唆するなどとも指摘しつつも,発生初期の患者と同程度の疫学的条件を満たし神経症状も同程度であるような例は現在ほとんど存在しないなどとした。(甲1の1の14) 2 立津教授の研究発表立津教授は,昭和48年に発表した論文において,熊大二次研究班調査の 結果として,不知火海沿岸の一部地区の住民3555名(水俣地区928名, 御所浦地区1723名,有明地区904名)中に四肢末端の知覚障害のみの見られた者が合計54名いたが,水俣地区と他の地区の住民との間に有意差は見られなかったとして,知覚障害のみの場合にはメチル水銀の影響も考えられるが,他の原因の混入も考慮されなければならない等とし,さらに,水俣病と診断された患者311名(水俣地区269名,御所浦地区34名,有 明地区8名)中に知覚障害のみを示す者が2名いたことを報告した上,症状の組合せの類型のうち構成症状の種類の多いものほど出現頻度が高く,少ない類型ほど頻度が低いとした。(甲B1の1の26,1の1の27,28) 3 水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見昭和60年10月15日付け「水俣病の判断 の多いものほど出現頻度が高く,少ない類型ほど頻度が低いとした。(甲B1の1の26,1の1の27,28) 3 水俣病の判断条件に関する医学専門家会議の意見昭和60年10月15日付け「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議 の意見」(祖父江逸郎(座長),荒木教授,井形教授,椿教授他による。なお,参考人として武内教授,原田医師。)では,水俣病については,ほとんどの症例で四肢の感覚障害が他の症候と併存しつつ出現するが,感覚障害のみが単独で出現することは現時点では医学的に実証されていないとされ(甲B1の1の46,乙A11・173,174頁),平成3年11月26日付け中 公審答申においては,疫学的には「水俣病発生地域において,水俣病認定者以外にも四肢末端の感覚障害を有する者が多くみられるかどうかについては,多いことを示唆する調査がある一方,必ずしも多くはないとする調査結果も示されている。」とされ,臨床医学的には上記医学専門家会議の意見を踏まえ,「メチル水銀の影響により,四肢末端の感覚障害のみを来す例があるか どうかについては,臨床医学的にはそのような例の存在は実証されていない。 疫学的にも,メチル水銀のばく露と四肢末端の感覚障害の関係は明らかにはされていないが,当時のメチル水銀ばく露に関する資料が不足していること等から,完全に否定されるには至っていない。」などとされた。(甲1の1の46,乙A11・175,183頁) 第4 メチル水銀ばく露が終了してから相当期間経過後の発症の有無について 1 遅発性水俣病に係る初期の臨床的報告等平成3年度研究報告書(I)(なお,同報告に係る事業実施担当者(水俣病問題調査検討委員会)には,井形教授,喜田村教授,武内教授,藤木教授及び二塚教授らが含まれている。)は,「白川 期の臨床的報告等平成3年度研究報告書(I)(なお,同報告に係る事業実施担当者(水俣病問題調査検討委員会)には,井形教授,喜田村教授,武内教授,藤木教授及び二塚教授らが含まれている。)は,「白川ら(1972)が,昭和40年の調査で頭髪総水銀濃度の高かった者(200ppm以上)7名を追跡調査し た結果,曝露を受けた後数年の期間をおいて他覚症状が出現することを報告している」等過剰なばく露停止後一定期間を経過してから水俣病が発症する現象が臨床医学的に指摘されているとする(乙B5・18頁)。 また,平成3年度研究報告書(Ⅰ)については,上記「白川ら(1972)が発症遅延例と判断した者には,調査時(曝露が停止したと思われる前後) 既に自覚症状を訴えている者,曝露停止直後に感覚障害が出現している者があり…,白川らの指摘する発症の遅延例とは初発症状出現の遅延ではなく,水俣病の症状が揃って水俣病と診断された時期の遅延と考えられ,厳密な意味での発症の遅延例には相当しないとも考えられる。」として(乙B5・19頁),「過剰なメチル水銀曝露停止後,数年の後に水俣病が発症する現象が 臨床医学的に観察されている。この際,水俣病の発症時期を初発症状の出現した時期でとらえるか,水俣病と診断し得る症状が揃った時期でとらえるかという点で混乱があり,厳密な意味で発症の遅延とはいえない例も含まれているものと考えられる。」と指摘しており(乙B5・20頁)),立津教授も,紹介例に係る各発症時期は「患者自身の陳述が中心であるから,思い違いも あるであろう。」等とする(甲B1の1の26・51頁)。 また,立津教授は,昭和17年から昭和46年にかけて水俣病を発症した例を紹介する。(甲B1の1の26・53頁,1の1の27)さらに,斎藤新潟水俣病調査(第3編 する(甲B1の1の26・51頁)。 また,立津教授は,昭和17年から昭和46年にかけて水俣病を発症した例を紹介する。(甲B1の1の26・53頁,1の1の27)さらに,斎藤新潟水俣病調査(第3編第1章第11の10)でも「汚染を受けてから20年から40年近くたって感覚障害の出る例がある」と報告さ れているが,主として対象者からのアンケート調査の結果に基づいている上 に(甲B20・35頁),「「水俣病」患者に多い自覚症状に加え,四肢の感覚障害の認められた例」についてメチル水銀中毒の診断が可能であるとの前提に立っている(甲B20・45頁)。 2 メチル水銀ばく露中止から発症に至るまでの期間についての見解等メチル水銀はその摂取を中止すると体内蓄積量が急速に減少していくため (前記第2の1),メチル水銀中毒症の発症時期は,国際的には,ばく露後短期間,具体的には数週間から数か月程度とされ(乙B8,63~66),クライテリア101においては「曝露中止後の潜伏期間は,1年くらいまでになる可能性がある」とされ(乙B9・71頁),「数年にわたる長い潜伏期は,症状を修飾する心理的な表層因子や老化因子によって顕在化するかもし れない臨床水準以下の病変によって部分的に説明できるかもしれない。しかし,メチル水銀がゆっくりと脳に蓄積することでは説明できない。」としている(乙B9・58,59頁)。 日本においては,平成3年度研究報告書(Ⅰ)において「初発症状の出現が遅延したと思われる者についても,患者の記憶に基づくため客観的に発症 時期を特定することが難しいこと,軽症例にみられる非特異的な症状を初発症状であると診断する上での困難さ等が指摘されており,…臨床医学的に観察された発症が遅延する現象をメチル水銀の代謝・排泄及び体内蓄 時期を特定することが難しいこと,軽症例にみられる非特異的な症状を初発症状であると診断する上での困難さ等が指摘されており,…臨床医学的に観察された発症が遅延する現象をメチル水銀の代謝・排泄及び体内蓄積に関する知見並びに発症閾値に関する知見から説明することは困難であるが,いずれにしても過剰な曝露停止から発症までの期間は現実的には数年以内にとど まるものと考えられる。」とされ(乙B5・20,21頁),いわゆる遅発性水俣病の患者においては,水俣湾又はその周辺海域の魚介類の摂取を中止してから4年以内に水俣病の症状が客観的に現れるとされた例が存在する(関西訴訟最高裁判決)。 3 加齢説 椿教授は,新潟水俣病に関し,「追跡検診をしていくうちに,川魚を食べ なくなって数カ月,時には年余を経て患者の症状が悪化したり,また症状が出現する例があることがわかった。…この理由はよくわかっていないが,高齢者にそのような例が多いことから,老化現象に関係があるかもしれない。」とし(甲B31・531頁),武内教授らは,剖検例について「60才を越えるようになって加令現象が加わり,水俣病の間引き神経細胞の脱落に老人 性消耗性変化による神経細胞の消耗が加重して水俣病症状が顕在化してきたものと考えられ」(甲B28・163頁),このような「加令遅発性水俣病」は「初老~老人期へ入る前後に不顕性水俣病に加重されて惹起され」,「特有な水俣病の神経系病変に加うるに老人性の消耗性変化が神経細胞に認められる。」(甲28・165頁),「年令を加えることにより,老化現象の一つとし て脳皮質神経細胞の消耗減数がある。メチル水銀中毒でもその脱落現象があるが,それは或る程度の好発部位がある。したがって,中毒で特定部位の神経細胞の脱落減数があって,それが軽いた 象の一つとし て脳皮質神経細胞の消耗減数がある。メチル水銀中毒でもその脱落現象があるが,それは或る程度の好発部位がある。したがって,中毒で特定部位の神経細胞の脱落減数があって,それが軽いために,その際は症状が現れないのに,老化現象の始まる時期に加令による神経細胞の脱落が加重して,水俣病症状が発現する。」(甲B1の1の22・672頁)等とする。(甲B39, 40)さらに,浴野医師は,平成10年に,メチル水銀による脳細胞の障害と老化による脳細胞の減少とが相俟って,ある閾値に達すると神経学的所見として観察されると供述している。(甲B12・60頁)これらは,その内容に若干の違いはあるものの,「加齢説」などと称され ている。(弁論の全趣旨) 4 魚介類多食集団の住民に係る臨床的報告明水園の園長を務めた三嶋医師は,平成元年(当時,入所者の平均年齢73歳),慢性の患者の約300例を検討してきたところ,検診を受けて認定審査会で認定された際に記録された所見と,三嶋医師らが詳しく診て得た所 見を比較すると,その間10年から20年の相当期間は経過しているが,大 部分の患者は症状が軽くなっていると思う,また,昭和30年代のいわゆる初期の患者は,じんじん感,ぴりぴり感といった異常知覚を,口周囲又は四肢末端において初めから訴えるが,この症状は比較的早く治り,また,手の震えや,言語障害,足のふらつき,歩行障害などの症状は比較的早く改善していく傾向がある旨供述した。(乙B234・13丁) また,平成3年度研究報告書(Ⅱ)でも,「水俣病認定者の病状が,過剰なメチル水銀曝露が停止してから長期間を経てどのように変化していくのか,認定者において加齢の影響はいかなる病状の変化をもたらすのかを明らかにする方法として極めて )でも,「水俣病認定者の病状が,過剰なメチル水銀曝露が停止してから長期間を経てどのように変化していくのか,認定者において加齢の影響はいかなる病状の変化をもたらすのかを明らかにする方法として極めて重要である」として,水俣病認定者の追跡調査による知見を総括した結果,「認定者の発症(または認定)当初と長期経過後の神 経所見を比較した報告例について,①水俣病発生初期の典型的な水俣病患者は全体的には症状が改善する傾向である。②一部の水俣病認定者については,症状の改善が見られない者,症状が増悪する者が認められる。とまとめられよう。症状の改善が見られない者や症状が増悪する者については,一般の高齢者においても同様の神経症状が出現することは指摘されており,…認定者 の認定時の症状やその後の経過に加齢による影響が加味されていることが予測されるが,結論を得るには至っていない。」,「胎児性水俣病の症状の悪化はみられない。症状の改善の程度は症状によってさまざまであるが,症状が消失するまでには至らない。」とされている。この他,水俣病の症状の一般的経過としては,不変ないし改善傾向にあるとされている。(乙B36・3 3~39頁)第3章原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する共通事項(争点1)について第1 不知火海の汚染状況について 1 原告らの主張 原告らは,①不知火海沿岸地域においては,メチル水銀による汚染は地理 的に広がっており,不知火海産魚介類を多食した住民にメチル水銀ばく露の可能性があり,かつ,②昭和30年前後から昭和40年代初頭にかけて濃厚汚染にばく露し,昭和43年以降は残留したメチル水銀による長期低濃度汚染にばく露した旨主張する。これに対し,被告らは,①水俣湾から離れるにしたがって,高濃度のメチ 後から昭和40年代初頭にかけて濃厚汚染にばく露し,昭和43年以降は残留したメチル水銀による長期低濃度汚染にばく露した旨主張する。これに対し,被告らは,①水俣湾から離れるにしたがって,高濃度のメチル水銀にばく露する可能性は低減する旨主張し, かつ,②昭和43年以降においては,メチル水銀中毒症を発症するほどの汚染はないし,長期微量汚染もない旨主張している。 そこで,個々の原告らのメチル水銀ばく露の程度を判断するに先立って,以下,不知火海の汚染状況について検討する。 2 メチル水銀汚染の範囲についての判断 ⑴ 人に関するデータ前記第1章第4の1(別紙4-5)に認定説示したとおり,昭和35年時点における不知火海沿岸住民の頭髪水銀値の調査結果によれば,不知火海沿岸地域一帯で頭髪水銀値が50ppmを超える者が約7%から50%,10ppmから50ppmを示した者も約50%程度存在しており,昭和36 年の熊本市住民の頭髪水銀値の平均値が12.3ppmであったことと比較すれば,不知火海沿岸地域一帯のメチル水銀汚染が極めて高度であったことが認められる。前記結果に加えて,頭髪水銀値の最高値は,水俣地区では172ppm,津奈木地区では191ppm,御所浦地区では920ppmであったことからすれば,水俣湾付近に限らず,不知火海沿岸地域一帯 が同様にメチル水銀汚染を受けていたものと認めるのが相当である。 そして,昭和36年及び昭和37年の頭髪水銀値の調査結果によっても,水俣地区とその他の不知火海沿岸地域で明確な差があるとは認められないのであって(別紙4-5),人に関するデータからみる限り,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド製造中止までの期間(昭和35年から昭和 43年)に関しては,水俣湾からの距離に応じて,メチル水銀汚 であって(別紙4-5),人に関するデータからみる限り,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド製造中止までの期間(昭和35年から昭和 43年)に関しては,水俣湾からの距離に応じて,メチル水銀汚染の程度 が低下し,メチル水銀ばく露の可能性が低減するという状況ではなかったというべきである。 ⑵ 魚介類に関するデータア前記第1章第4の2に認定説示したとおり,昭和34年及び昭和35年時点における魚介類中の水銀値の調査結果(前記第1章第4の2 ア~ウ)によれば,水俣湾及び不知火海の魚介類には全体として高い含有水銀量が認められ,貝類や底魚については,水俣湾に近いものほど含有水銀量が高い傾向がみられたが,回遊魚については,水俣湾から遠く離れた地点でも発見されるものがあり,高い含有水銀値を示すものがあった。 イまた,水俣湾内における漁獲については,水俣漁協は昭和39年5月まで操業を自粛し(前記第1章第4の2ア),その後も昭和44年まで操業を行っておらず(同ウ),昭和34年8月から昭和37年4月頃までの間は,水俣市鮮魚小売商組合による不買決議もなされていたものの(同イ),水俣湾外の不知火海沿岸地域では,従前どおり漁獲がな されていたものと認められることからすれば,メチル水銀を蓄積した魚介類を採捕・摂食する機会は,水俣湾周辺地域の住民よりも不知火海沿岸地域の住民の方が多かったということができる。 ウこのような魚介類に関するデータからみても,水俣湾付近に限らず,不知火海沿岸地域一帯が同様にメチル水銀に汚染された状況にあったも のと認められ,水俣湾からの距離に応じてメチル水銀汚染の程度が低下し,メチル水銀ばく露の可能性が低減するという状況にはなかったというべきである。 小括以上によれば,昭和 況にあったも のと認められ,水俣湾からの距離に応じてメチル水銀汚染の程度が低下し,メチル水銀ばく露の可能性が低減するという状況にはなかったというべきである。 小括以上によれば,昭和35年以降,昭和43年5月にチッソ水俣工場にお けるアセトアルデヒド製造中止(前記第1章第4の4)までの間は,不 知火海沿岸地域一帯について,メチル水銀中毒症を発症させる可能性がある程度の汚染が継続していたものと認められる。 このことは,水俣病認定患者が概ね不知火海沿岸地域一帯に分布していること(前記第1章第8の3)からも裏付けられる。 3 メチル水銀汚染の期間について ⑴ 人に関するデータ前記第1章第4ないし第9に認定説示したとおり,昭和43年から昭和45年までの水俣市における頭髪水銀値の調査結果によれば,平均値で10ppm未満であり,非汚染地区である東京都及び福岡県の住民の頭髪水銀値と有意な差がみられない程度にまで減少していた(前記第1章第6 の1)。この傾向は,その後,熊大二次研究班調査の後に行われた昭和47年から昭和48年の水俣地区及び御所浦地区の頭髪水銀値の調査結果(前記第1章第6の4),昭和57年の水俣市における頭髪水銀値の調査結果(前記第1章第8の3)においても同様である。 また,臍帯メチル水銀値については,日本の健康一般人における数値は 0.1ppm前後である(前記第1章第4の1⑵ウ)ところ,水俣地方に出生した新生児の臍帯メチル水銀値の調査結果によれば,昭和43年5月のチッソ水俣工場からのメチル水銀排出停止後は,その多くが0.1ppm前後にとどまっている(前記第1章第4の1,第6の1,第8の3)。 このように,人に関するデータからは,チッソ水俣工場におけるアセト からのメチル水銀排出停止後は,その多くが0.1ppm前後にとどまっている(前記第1章第4の1,第6の1,第8の3)。 このように,人に関するデータからは,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド製造中止後において,水俣湾及び不知火海沿岸地域の住民が,他の地域の住民に比べて高濃度のメチル水銀のばく露を受けていたものと認めることはできない。 ⑵ 魚介類に関するデータ ア暫定的規制値 厚生省は,昭和48年,魚介類の水銀の暫定的規制値を総水銀として0.4ppmと定めた(前記第1章第7の3)。この暫定的規制値は,同値を超える魚介類を市場から排除すれば,日本国民のほとんどが今までどおり魚介類を摂食しても水銀による人体への健康被害は生じないとするものである。その算定方法は,各研究結果を前提に,1日摂取量は0. 25㎎が最低発症量と推定し,魚介類の摂取量を昭和46年度の日本人の平均最大摂食量1日108.9gと仮定した場合に,メチル水銀蓄積量が上記最低発症量に達する量を算出した上で,安全率を見込んでその10分の1としたとする(同3⑵)。 そして,後述する第4章第2の3における検討結果のとおり,健常な 成人については,メチル水銀中毒症の発症閾値は頭髪水銀値で50ppmであると認められ,暫定的規制値は,上記のとおり10倍の安全率を見込んでいるものであり,日本の暫定的規制値自体は厳格であるといえる。 加えて,本件で長期低濃度ばく露として問題となっている時期(昭和43年5月以降)において,原告らは既に出生しており,最も出生の遅 い原告Gにおいても8歳に達しているものである。そうすると,原告らが受けたメチル水銀ばく露の有無及び程度を判断するに当たって,暫定的規制値を1つの考慮とすることは相当であると ,最も出生の遅 い原告Gにおいても8歳に達しているものである。そうすると,原告らが受けたメチル水銀ばく露の有無及び程度を判断するに当たって,暫定的規制値を1つの考慮とすることは相当であるというべきである。なお,昭和47年から昭和48年頃の不知火海沿岸住民においては,漁民で1日当たり300gから400g,漁民以外で200g程度の魚介類を摂食 するという調査結果(前記第1章第6の2)もあるものの,上記のとおり,暫定的規制値は10倍の安全率を見込んでいるものであることからすれば,このことによって上記判断は左右されない。 イこれを前提として魚介類に関するデータ(前記第1章第4,第6)をみるに,昭和46年から昭和47年の水俣湾及び周辺海域の魚介類中 のメチル水銀値の調査結果によれば,対照地域に比べて高い水銀値がみ られたものの,最大でも0.4ppmをやや超える個体が存した程度であり,大多数は暫定的規制値の範囲内に収まっていた。 しかしながら,前記第1章第6の4⑶に認定したとおり,同年ないし昭和48年の調査結果によれば,水俣湾外では暫定的規制値を超える個体はないものの(ほとんどが0.1ppm以下),水俣湾内においては,1 8検体の平均値が約0.475ppmと暫定的規制値を超えており,最大で3.5ppmを含有する個体(ヒバリガイモドキ)がみられた。ただし,同年,国が第三水俣病騒動を受けて行った調査結果によれば,不知火海全域の2684検体のうち,暫定的規制値0.4ppmを超えたものは60検体(約2%),1.0ppmを超えたものは5検体(最大値は2.80 ppm)みられたものの,水俣湾内を含め,不知火海において暫定的規制値を著しく超える個体が多くを占めるという状況ではなかった(前記第1章第7の2⑴ア)。 超えたものは5検体(最大値は2.80 ppm)みられたものの,水俣湾内を含め,不知火海において暫定的規制値を著しく超える個体が多くを占めるという状況ではなかった(前記第1章第7の2⑴ア)。 上記のとおりの魚介類の汚染状況に加えて,通常の海域においても,4ppm程度のメチル水銀を含有する魚介類がみられる(前記第1章第2 の2)ことや,昭和52年以降の調査結果において,水俣湾外における魚介類が暫定的規制値を超過したことがないこと(前記第1章第8の4⑴)をも考慮すれば,昭和43年5月,チッソ水俣工場におけるアセトアルデヒド製造中止以降,水俣湾を除く不知火海の魚介類について,メチル水銀中毒症を発症し得るほどのメチル水銀汚染があったとは認め られない。 他方,水俣湾内の魚介類については,昭和47年ないし昭和48年の調査結果においても,暫定的規制値を超える水銀を含有する魚介類が一定数みられており(前記第1章第6の2⑴,第7の2⑴),この時点においても,メチル水銀中毒症を発症する可能性を完全には否定できない 程度のメチル水銀汚染があったといわざるを得ない。 しかしながら,同年5月以降,第三水俣病騒動を受けて水俣湾内における漁獲が再び自粛され,昭和49年1月から平成9年10月までは,水俣湾に仕切り網が設置されており(前記第1章第8),水俣漁協が漁獲した魚介類が市場に流通するようになったのは仕切り網の撤去後であって,遅くとも仕切り網が設置された昭和49年1月以降,水俣湾内の 魚介類が多量に摂食される状況にあったとは認められない。 したがって,同月以降は,水俣湾内に暫定的規制値を超える水銀を含む魚介類が存在したとしても,これらが沿岸住民に多量に摂食される可能性があったとはいえず,これ以降は,水俣湾を含 たとは認められない。 したがって,同月以降は,水俣湾内に暫定的規制値を超える水銀を含む魚介類が存在したとしても,これらが沿岸住民に多量に摂食される可能性があったとはいえず,これ以降は,水俣湾を含む不知火海沿岸住民につき,新たにメチル水銀中毒症を発症するほどのメチル水銀ばく露が あったとはいえない。 以上のとおり,魚介類に関するデータによれば,昭和43年5月以降のメチル水銀ばく露につき,仕切り網が設置される昭和49年1月までの間に水俣湾内の魚介類を摂食したと認められる者については,同月までメチル水銀中毒症を発症する可能性を完全には否定できない程度のメ チル水銀ばく露があったといえるものの,上記のとおり水俣湾の魚介類を摂食したと認められない者については,昭和43年5月以降,メチル水銀中毒症を発症するほどのメチル水銀ばく露があったとはいえない。 ⑶ 小括前記⑴及び⑵の検討結果によれば,メチル水銀中毒症を発症する可能性 のあるメチル水銀ばく露があった期間は,原則として,昭和43年5月,チッソ水俣工場でのアセトアルデヒド製造中止時までであったものと認めるのが相当である。もっとも,同月以降も昭和49年1月までの間に水俣湾内の魚介類を摂食したと認められる者については,同時点までは,メチル水銀中毒症を発症する可能性を完全には否定できない程度のメチ ル水銀ばく露があったといえるものと認められる。 ⑷ その他の原告らの主張についてア公健法上の第二種地域からの演繹的主張について原告らは,公健法上の第二種地域などから,メチル水銀の汚染が推認される旨主張するが,第二種地域に含まれていること等から直ちに汚染の事実を推認できると認めるに足りる客観的な根拠はない上に,同地域 の指定等には政策的判断も含まれ どから,メチル水銀の汚染が推認される旨主張するが,第二種地域に含まれていること等から直ちに汚染の事実を推認できると認めるに足りる客観的な根拠はない上に,同地域 の指定等には政策的判断も含まれているから,原告らの主張は採用できない。 イ魚介類に関するデータ等について原告らは,仕切り網の設置後にも水俣湾内で一部暫定的規制値を超過する個体がみられたこと(前記第1章第9の2)をもって,汚染が継 続していた旨主張する。 しかしながら,そのような個体が一部に存在したとしても,直ちに原告らにおいてそれを摂取した可能性があるとまでは認め難いことは前記⑵のとおりであるし,当該個体が暫定的規制値を超過する程度についても,仕切り網が設置されていた期間においても平均総水銀値が1ppmを 超えず,その後は平均総水銀値にして0.4pm程度にとどまること(前記第1章第9の2)からすれば,前記⑶の判断を左右するものではない。 ウ環境に関するデータ等について原告らは,平成8年以降の不知火海の海底泥土中の総水銀値ないし有 機水銀値の高さ(前記第1章第8の5,第9の3)などから,メチル水銀汚染は継続していた旨主張する。 しかしながら,環境に関するデータは,不知火海の汚染状況を間接的に示すものとして,補助的な役割を果たすとはいえるものの,海水中の無機水銀については,海水中の塩類の作用によりメチル水銀化が抑制さ れることが知られていること(前記第2編第2章第6の1⑵)からすれ ば,海底泥土中に通常より多くの総水銀が含まれていたとしても,その大部分は無機水銀であるから(前記第1章第8の5イ),直ちに水俣病が発生しうる程度のメチル水銀が海水を汚染し続けていたということはできない。また,有機水銀値についても,あ まれていたとしても,その大部分は無機水銀であるから(前記第1章第8の5イ),直ちに水俣病が発生しうる程度のメチル水銀が海水を汚染し続けていたということはできない。また,有機水銀値についても,あくまで海底泥土中に含まれているにとどまり,海水中の水銀濃度が環境基準を下回り続けたこと (前記第1章第8の5,第9の3ア)からすれば,海底泥土中の有機水銀値の高さをもって同汚染が継続していたということもできないというべきである。 エ以上のとおり,原告らのこれらの主張は採用できない。 第2 原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度に関する判断方法 1 原告らについては,当時の頭髪水銀値の測定結果等は残されておらず,原告A,原告B及び原告Dを除いて,臍帯メチル水銀値の測定結果も残されていないから,本件においては,メチル水銀ばく露の有無及び程度に係る直接証拠は存在しない。 2 そして,前記第1の判断からすれば,原告らがメチル水銀ばく露を受けた可 能性のある時期は,各原告の出生前,胎児期から昭和43年頃,または一部の者については昭和49年1月頃までになると解されるところ,原告らのメチル水銀ばく露の経路が魚介類の摂食であることから,原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度については,上記期間における魚介類の摂食(ただし,出生前から乳児期は母親による摂食である)状況を含む生活状況等,すなわち,居住 歴(汚染海域との距離等,汚染魚介類の入手容易性),日常の食生活の状況(魚介類の摂食状況),家族の状況(魚介類の摂食状況,水俣病り患の有無等)及び近隣の状況(同上)等を総合考慮して判断すべきこととなる。 なお,水俣病の各種救済制度のうち公健法上の水俣病認定を除くものは,確定的な水俣病り患の事実を必要としないものであるから,平成7年 等)及び近隣の状況(同上)等を総合考慮して判断すべきこととなる。 なお,水俣病の各種救済制度のうち公健法上の水俣病認定を除くものは,確定的な水俣病り患の事実を必要としないものであるから,平成7年政治的解決 により救済を受けた者,特措法を受けて制定された救済の措置の方針における 救済対象者は,水俣病り患の有無の前提となるメチル水銀ばく露歴があるか否かについて審査を経たわけではない。したがって,これらの者が同居親族内にしたとしても,そのことをもって,当該対象者のメチル水銀ばく露の有無や程度を推認することはできない。 なお,原告らは,被告らが,本件処分時に,原告A,原告B,原告E,原告 F及び原告Gについてメチル水銀のばく露歴を肯定していたにもかかわらず,本件訴訟においてこれらの者のメチル水銀ばく露を否定する主張をすることは,禁反言の原則,信義則に反するから禁じられる旨主張するが,このような被告らの主張が,訴訟上の禁反言又は信義則や,行政訴訟におけるいわゆる処分理由の差替えの観点からも制限されるものとはいえず,本件訴訟の争訟制度の仕 組み,公平性の観点及び迅速な救済という公健法の趣旨等を考慮しても,かかる原告らの主張は採用できない。 3 以上を前提として,後述のとおり,個別の原告らのメチル水銀ばく露の有無及び程度について検討する。 第4章水俣の病像等(争点2)について 第1 水俣病の病像論(争点2-1)について 1 水俣病の病理所見について⑴ 責任病巣についての判断前記第2章第1の1で認定説示した水俣病の病理所見からすれば,水俣病(メチル水銀中毒症)においては,メチル水銀により主には中枢神経が 障害を受けると認められ,末梢神経が障害を受けることも否定はできないものの,相対的にその障 水俣病の病理所見からすれば,水俣病(メチル水銀中毒症)においては,メチル水銀により主には中枢神経が 障害を受けると認められ,末梢神経が障害を受けることも否定はできないものの,相対的にその障害の程度は軽いと認められる(ただし,小児水俣病については,前記第2章第1の8のとおりである。)。 ⑵ 原告らの主張についてこれに対し,原告らは,末梢神経が障害されることを否定するが,水俣 病にり患した者の剖検において,一様に,末梢神経のうち主に感覚神経の 障害を病理学的に確認したとされていること(前記第1章第11の9),クライテリア101では「大量曝露では,メチル水銀は末梢神経系に影響を与える。」とされ(前記第2章第2の3⑴),WHOレポートにおいても,中枢と末梢の両方の神経系が障害されるとしていること(前記第1章第11の11)からすると,末梢神経も障害されると認めるのが相当である。 さらに,原告らは,衞藤剖検報告は,前根と後根を比較すると,運動神経である前根よりも感覚神経である後根の方の病変の方が大きいとされたものであって,前根と後根と比較するような手法がとられていることから不適切であり,解きほぐし繊維分析を行っていないなどとして,末梢神経が障害を受けることを裏付ける医学的証拠はないなどの理由から,水俣病の責任病巣 は中枢神経であって,末梢神経ではない旨主張する。確かに,衞藤剖検報告において,解きほぐし法がなされたと認めるに足りる証拠はないが,それをもってしても,形態学に基づいた病理所見の結果や,その後の剖検例も含めた報告内容の信用性を覆すには足りないというべきである。 よって,メチル水銀によって中枢神経のみが障害されるとの原告らの主張 は採用できない。 2 感覚障害について⑴ 臨床症候におけ めた報告内容の信用性を覆すには足りないというべきである。 よって,メチル水銀によって中枢神経のみが障害されるとの原告らの主張 は採用できない。 2 感覚障害について⑴ 臨床症候における問題についての判断ア最もメチル水銀による障害を受け易い部位で,感覚に関係するのは,感覚の中枢である中心後回及び末梢神経であるから,水俣病の感覚障害はそ れらの障害に起因するものと考えられる(前提事実第6の3,前記第2章第1の2,)。しかし,末梢神経についてはメチル水銀による障害の程度は比較的軽微であることに加え,修復の可能性があること(前記第2章第1の1,)等に照らすと,想定されるばく露終了時点から相当期間が経過し,また,昭和52年判断条件の定める症候の組合せが見られ ないような場合に,感覚障害の原因としての可能性を検討すべきであるの は,主として中心後回の障害であると考えられる。 イこれに対し,原告は水俣病における全身性の感覚障害の存在を指摘するところ,メチル水銀が血液の循環に従って中心後回を障害し感覚障害を惹起するという機序に照らせば,感覚障害が四肢に限らず全身に及ぶ場合があることは否定されないものと考えられる。 しかし,基本的に被検者の主観的な応答によらざるを得ない等,前記第2章第1の2⑷で認定説示した感覚検査の性質等に加え,メチル水銀による障害には一定のパターンがあり,障害されやすい特定の部位のうちの一か所のみが選択的に障害されることはないこと(前記第2章第1の1)や,水俣病において感覚障害が通常四肢末端優位に現れること(前 提事実第6の3)等に照らすと,特に,感覚障害以外の症候が見られないような場合等,メチル水銀による障害の程度が相対的に軽度である場合に,全身性の感覚障害 が通常四肢末端優位に現れること(前 提事実第6の3)等に照らすと,特に,感覚障害以外の症候が見られないような場合等,メチル水銀による障害の程度が相対的に軽度である場合に,全身性の感覚障害(四肢末端優位の場合とそうでない場合の両方が想定される。)が,メチル水銀による中心後回の障害を原因として生じたといえるのかについては,慎重な検討を要するといえる。 内野慢性水俣病研究においては,全身の感覚障害がみられた認定患者の存在が指摘される(前記第1章第11の6)が,内野医師も全身の感覚障害がみられるのは特殊な場合である旨述べることに加え(前同),これらの患者の具体的詳細は明らかではないことからすれば,慎重な検討を要する例というべきである。 ウまた,感覚乖離について,メチル水銀が血液の循環に従って中心後回を障害し神経細胞の脱落等が生じて感覚障害を惹起するという機序に照らせば,その程度には様々なものがあるにしても,表在感覚,深部感覚及び複合感覚は一様に低下ないし鈍麻するのが通常であり,表在感覚も,触覚,痛覚及び温度覚の全てが低下するのが一般的であって(前記第2章第1の 2⑵),神経学的にはメチル水銀による中心後回の障害に起因する感覚障 害について感覚乖離が生じることは考え難い。 しかし,上記感覚検査の性質等に鑑みれば,上記感覚の全てが障害されている場合であっても現象的には感覚乖離が生じているような病像を呈することもあり得るのであって,感覚乖離を示す所見があったとしても真に感覚乖離があるかは慎重に検討すべきであり(なお,メチル水銀ば く露によって末梢神経障害が生じている場合も抽象的には想定し得る。),感覚乖離を示す所見があることがメチル水銀を経口摂取したことによって感覚障害が生じたことを否定する決 り(なお,メチル水銀ば く露によって末梢神経障害が生じている場合も抽象的には想定し得る。),感覚乖離を示す所見があることがメチル水銀を経口摂取したことによって感覚障害が生じたことを否定する決定的な事情になるとはいえない。 内野慢性水俣病研究において指摘された感覚乖離が見られる認定患者の存在(前記第1章第11の6)も,これらの患者の詳細は明らかではな く,上記のような慎重な検討を要する例というべきである。 エさらに,所見の変動についても,前記第2章第1の2⑴,前記ウで記載したメチル水銀による感覚障害の発生の機序に照らせば,感覚障害の所見は,一貫性,再現性をもって認められるはずであり,しかも,中枢神経には再生能力がなく,運動神経系においては訓練により機能回復の可能性が あるが,感覚神経系には訓練による代償が確認されていないこと(前記第2章第1の1⑵)からすると,メチル水銀ばく露終了後に代償作用(障害を受けた部分の機能を健常な部分が補う作用)等により症状が多少改善すること等はあり得ても,短期間に変動すること等は理論的には考え難い(仮に,メチル水銀によって脳神経が障害された直後に,脳の可塑性によ り,機能回復が行われるとしても,感覚障害は回復するのみであり,感覚障害が悪化したり,悪化若しくは回復又は出現若しくは消失を繰り返したりすることは説明できない。)。 他方で,上記感覚検査の性質等に鑑みれば,臨床的には所見に変動が見られることはあり得るから,所見の変動が見られることから直ちにメチ ル水銀による感覚障害が生じたことを否定することにはならないが,変 動の内容が,消失又は出現を繰り返す,障害の分布が大きく変化するなど著しく安定性に欠け,感覚検査に通常伴う不安定さを超えるようなものである場合には, とを否定することにはならないが,変 動の内容が,消失又は出現を繰り返す,障害の分布が大きく変化するなど著しく安定性に欠け,感覚検査に通常伴う不安定さを超えるようなものである場合には,当該感覚障害が中枢神経系の器質的病変によるものとは考え難く,メチル水銀を経口摂取したことによるものであることを否定する方向が示唆される。 井形教授の前記証言内容(前記第2章第1の2⑷ウ)も,上記感覚検査に伴う不安定さによって所見が変動することについて述べたものと理解でき,また,内野慢性水俣病研究において指摘された感覚障害の所見に変動が見られる患者の存在も(前記第1章第11の6),これらの患者の具体的詳細は明らかではなく,慎重な検討を要する例というべきである。 ⑵ 診察方法における問題についての判断ア二点識別覚検査の意義について被告らは,二点識別覚検査は,表在感覚(特に触覚)が正常に機能していることが前提であるから,同感覚が障害されている場合には,同検査を行うことは無意味である旨主張する。 しかし,前記第2章第1の2⑴,⑷の各事実に照らせば,表在感覚に障害がある場合があっても触覚の感覚低下にとどまる場合には,二点識別覚検査の結果が意味を持たないとまではいえないものの,表在感覚が正常である者に関する基準(二点識別覚の正常閾値)がそのまま妥当するとはいえないと解する。 イ二点識別覚の正常閾値についてまず,指先の二点識別覚の正常閾値については,前記第2章第1の2⑸の認定事実のとおり,一般的な神経学の教科書とされる「ベッドサイドの神経の診かた」に上限6㎜とされており,高岡医師の調査結果等(前記第2章第1の2⑸)を踏まえても,これを上回る結果はほぼない ことからして,慎重にみても6㎜が一応の上限で れる「ベッドサイドの神経の診かた」に上限6㎜とされており,高岡医師の調査結果等(前記第2章第1の2⑸)を踏まえても,これを上回る結果はほぼない ことからして,慎重にみても6㎜が一応の上限であると解される。 この点に関し,被告らは,舌先の二点識別覚検査については,検査箇所として医学的にコンセンサスが得られたものではない旨主張する。 確かに,舌先の二点識別覚検査については,上記教科書に記載がないものの(前同),上記のとおり一定の調査結果があることに照らせば,直ちにその有用性ないし意義を否定することは相当でなく,参考値とし ての意味合いを否定することはできないというべきである。 ウ小括水俣病の感覚障害は中心後回の障害及び末梢神経の障害に起因するものと考えられるところ,このうち末梢神経の障害がないものと仮定したとしても,上記機序に照らせば,中心後回が障害を受け複合感覚に障害が 見られる場合には,表在感覚にも障害が生じているものと考えられ(前記⑴ウ),この場合には二点識別覚検査をしても正確な所見を得ることはできない上,二点識別覚検査の結果に異常が見られたとしても,末梢神経,脊髄,視床,頭頂葉のいずれかに障害が存在する可能性が示唆されるのみであり(前記第2章第1の2⑸),直ちに中心後回が障害されてい るということにはならない。したがって,二点識別覚検査は,メチル水銀を経口摂取したことによって感覚障害が生じたか否かに関し,患者の状態をできる限り把握しようとする手段の一つになり得るとしても,その判断に当たり決定的な意味を有するものとはいえない。 3 運動失調について 前記第2章第1の3で認定説示したメチル水銀の影響による運動失調が生じる機序及び検査方法からすれば,これらの複数の検査において異 定的な意味を有するものとはいえない。 3 運動失調について 前記第2章第1の3で認定説示したメチル水銀の影響による運動失調が生じる機序及び検査方法からすれば,これらの複数の検査において異常所見が出現し,検査結果のばらつきも少なければ,程度が軽微であっても小脳性運動失調,平衡機能障害の存在が確認できる場合があるといえ,逆に,個々の検査に異常所見が見られても,所見間に矛盾が見られたり,日常動作との間に明らかな矛 盾があったりする場合には,総合的に見て,小脳性運動失調,平衡機能障害の 存在を認めるのは困難であるといえる。 4 視野狭窄について前記第2章第1の4で認定説示したとおり,各検査の結果を踏まえた上で求心性視野狭窄が認められる場合には,当該症候は水俣病にり患していることを推認させる事情であるといえる。 5 難聴について⑴ 水俣病にみられる難聴(前記第2章第1の5⑴)において述べたとおり,後迷路性難聴が水俣病の特徴的な症候の一つであることは当事者間にも特に争いがないが,内耳性難聴をどのように評価すべきかについては争いがある。 ⑵ 前記第2章第1の5⑴イないしキの各調査結果においては,内耳性難聴 も,後迷路性難聴と同程度以上,水俣病にみられるものであることが示唆されているが,内耳性難聴に至る機序等が具体的に不明であることに加え,水俣病によるとされる内耳性難聴に関しては改善の傾向や,後に後迷路性難聴の所見が認められることが臨床的にみられ,更には内耳性難聴の原因が複数ありうることからすれば,内耳性難聴がメチル水銀の影響によって 特異的に出現する所見であるとはいえず,内耳性難聴,特に長期間にわたってその状態が継続しているものについては,水俣病を積極的に根拠付ける特徴的な所見であると認める がメチル水銀の影響によって 特異的に出現する所見であるとはいえず,内耳性難聴,特に長期間にわたってその状態が継続しているものについては,水俣病を積極的に根拠付ける特徴的な所見であると認めることは困難である。 ⑶ したがって,長期間にわたって内耳性難聴の状態が継続する場合は,当該難聴が水俣病にり患していることを推認させる事情とはいえない。 6 自覚症状について前記第2章第1の7で認定説示したとおり,自覚症状については,非特異的な症候といえ,これらが水俣病り患を決定的に示すものとはいい難い。もっとも,医学的機序は必ずしも明らかではないものの,前記第2章第1の7の自覚症状がメチル水銀ばく露の影響によって生じる可能性もあるものといえる。し たがって,水俣病のり患の有無を判断するに当たって考慮すべき要素の1つと なる。 第2 水俣病の発症閾値論等(争点2-2)について 1 化学物質による中毒症の発症機序等の一般的特徴について前記第2章第2の1の認定事実からすれば,一般的には,化学物質による中毒症には,当該化学物質が当該生体に対して毒性を発揮するのに必要な程度 すなわち発症閾値があり,生体は,発症閾値を超えたばく露を受けるか,当該化学物質の体内蓄積量(継続的に摂取される平均摂取量によって定まる蓄積限界量)が発症閾値を超えない限り,中毒症を発症することはないと認められる。 2 メチル水銀の生体内における分解排泄速度について 前記第2章第2の2の認定事実からすれば,健常者におけるメチル水銀の生物学的半減期は約70日であると認められる。 3 メチル水銀中毒症の発症閾値について前記第2章第2の3の認定事実からすれば,現在における一般的な医学的知見によれば,成人のメチル水銀中毒症の発症閾値(感覚 減期は約70日であると認められる。 3 メチル水銀中毒症の発症閾値について前記第2章第2の3の認定事実からすれば,現在における一般的な医学的知見によれば,成人のメチル水銀中毒症の発症閾値(感覚障害の発生リスクが 5%増加する可能性のある値。以下同じ。)は,頭髪水銀値にして50ppmであると認められる。 なお,賴藤医師らの研究(前記第1章第9の1)については,頭髪「水銀濃度がメチル水銀の蓄積曝露を反映出来ていない可能性もある」と考察されているとおり,調査研究対象となった例において,ばく露時期と頭髪水銀値測定 時期との間に時間的間隔があり,ばく露時点に比べて測定時点の頭髪水銀値が低下していた可能性が高いと考えられ,これらの調査研究から,成人のメチル水銀中毒症の発症閾値が頭髪水銀値50ppmを下回るとは直ちにはいえない。 その他,成人のメチル水銀中毒症の発症閾値が頭髪水銀値50ppmを下回る数値であることを根拠付ける的確な知見は見当たらない。 したがって,成人のメチル水銀中毒症の発症閾値は,頭髪水銀値にして50 ppmである。 第3 感覚障害のみの水俣病の有無及びその評価(争点2-3)について 1 昭和52年判断条件に定める症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在することを否定し得る科学的な実証はない(平成25年最高裁判決参照)。 2 しかしながら,前記第2章第3の認定事実のとおり,初期の頃の研究発表等の内容は,当時,メチル水銀ばく露を受けた者で感覚障害のみを示す者が一定数存在したことを示唆するものではあるものの,それらがすべてメチル水銀ばく露による中心後回の障害に起因する感覚障害であると認めるに足りる証拠はなく,また,どの程度の割合で含まれているかを特定することも 存在したことを示唆するものではあるものの,それらがすべてメチル水銀ばく露による中心後回の障害に起因する感覚障害であると認めるに足りる証拠はなく,また,どの程度の割合で含まれているかを特定することもできない。 そして,現在に至るまでの調査研究によっても,結局,四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病にり患した者がどの程度の割合で存在するのかについての疫学的・臨床医学的根拠は存在せず,実態が明らかではないといわざるを得ない。 また,当初は症候の組合せが見られていたが時間の経過によって他の主要症候が軽快又は消失し四肢末端優位の感覚障害のみを示すようになったという症 例の存在(甲B1の1の58)も,臨床的に明らかとはいえない。 そうすると,メチル水銀のばく露を前提としたとしても,感覚障害のみの症候が認められることをもって,直ちに水俣病であると推認することはできない。 第4 メチル水銀ばく露が終了してから相当期間経過後の発症の有無(争点2-4)について 1 遅発性水俣病の意義前記第2章第4の1のとおり,水俣病の「発症の遅延」といわれるものの中には,メチル水銀へのばく露終了から長期間を経過して症状が最初に現れたものではなく,いわゆる「発見の遅延」といわれるものが含まれている可能性があり,平成3年度研究報告書(Ⅰ)や斎藤新潟水俣病調査においても,このよ うな問題が十分に考慮されていなかったということができる。 そして,特に胎児期から幼少期にメチル水銀ばく露を受けた者は,感覚障害等の症状の存在自体を認識することが困難であると考えられるから,客観的な症候の発現時期が特定できない場合があり得る。もっとも,医師による神経症候に関する検査の結果「異常なし」との所見が記録された場合には,同時点において症候は存在してお であると考えられるから,客観的な症候の発現時期が特定できない場合があり得る。もっとも,医師による神経症候に関する検査の結果「異常なし」との所見が記録された場合には,同時点において症候は存在しておらず,同時点以前においても症候の発現はなかったも のと認めるのが相当である。 2 発症時期についての現在における一般的な医学的知見前記1の考えを前提に,前記第2章第4の1,2までの認定事実からすれば,メチル水銀中毒症におけるばく露停止から発症までの潜伏期間は,数か月からせいぜい数年という考え方が現時点における医学上の一般的な見解であり,そ れを上回る潜伏期間の後にメチル水銀中毒症を発症することを根拠付けるコンセンサスの得られた医学的知見を認めることはできないというべきである。 3 加齢説について加齢説は,そもそも仮説として提唱されているにすぎないものであり,仮説としての意義は否定し得ないものの(クライテリア101においても,前記第 2章第4の2のとおり,一定の理解を示しているが,「部分的には説明できるかもしれない。」とする程度である。),メチル水銀ばく露によって脳神経細胞が障害を受けたものの症状を発するに至っていなかったが,加齢に伴う老化現象と相俟って症状を発するに至ったものであることを医学的に実証する実験例や臨床例等はなく,現時点において,加齢説が一般的にコンセンサスの得られ た医学的知見であると認めることはできない。 また,前記第2章第4の4の認定事実のとおり,水俣病の症状の一般的な自然経過や発症閾値を超える量のメチル水銀にばく露し続けている魚介類多食集団の追跡調査の結果によれば,全体的には症状が改善するとされ,一部には症状が増悪する者が認められるが,その原因が何かについて結論は得られていな いのであ ル水銀にばく露し続けている魚介類多食集団の追跡調査の結果によれば,全体的には症状が改善するとされ,一部には症状が増悪する者が認められるが,その原因が何かについて結論は得られていな いのであるから,加齢説とは整合しないものというべきである。 したがって,水俣病の発症時期を検討するに当たって,加齢説を根拠とする主張は採用できない。 4 小括以上によれば,メチル水銀中毒症におけるばく露停止から発症までの潜伏期間は,数か月から数年であるというべきである(なお,関西訴訟最高裁判決は 前記第2章第4の2のとおり4年程度と判断した。)。 第5 長期微量汚染型水俣病(争点2-5)について 1 原告らは,チッソ水俣工場がアセトアルデヒド製造を中止した昭和43年以降,昭和52年から平成2年にかけて水俣湾汚泥処理事業が実施されたが,同事業は水俣湾の一部,しかも水銀濃度にして25ppm以上の海底汚泥を対象と したものであったため,水俣湾には依然高濃度の水銀が堆積されており,その堆積物が不知火海沿岸に流出しており,この流出した堆積物に含まれるメチル水銀は食物連鎖を通じて魚介類を汚染し,さらに,この汚染された魚介類を摂取した沿岸住民は水俣病にみられる症候を発現しているから,昭和44年以降,水俣病を発症する程度の汚染は終了しておらず,発症の危険性はなくなってい ない旨主張する。 2 しかし,化学物質による中毒症は,その蓄積限界量が当該化学物質に対する生体の発症閾値を超えない限り当該生体において発症することはなく,成人のメチル水銀中毒症の発症閾値は一般に頭髪水銀値にして50ppmであり,一般人口集団では同水準に達することは通常なく,魚を多食する集団では同水準に 達することはあり得るが,成人では神経学的障害を生ずる危 銀中毒症の発症閾値は一般に頭髪水銀値にして50ppmであり,一般人口集団では同水準に達することは通常なく,魚を多食する集団では同水準に 達することはあり得るが,成人では神経学的障害を生ずる危険性は低く,長期にわたるメチル水銀の摂取があっても体内蓄積量が発症閾値を超えなければ健康影響はないものとされており,実際,魚介類多食集団の住民を対象とする複数の調査等においては,長期間の微量摂取によっては中毒を発症しないことが確認されている(前記第2章第2の3)。 3 藤野慢性微量汚染研究は,水俣湾内外において昭和43年5月以降も微量の 汚染が継続していることを前提に,非汚染地区から,昭和40年以降に水俣湾周辺地区に転入してきた者7名について,昭和61年の時点で最長20年の潜伏期間の後に四肢末端優位の感覚障害等が認められたとするものである(前記第1章第11の7)が,前記第3章第1の3のとおり,不知火海沿岸地域一帯について,メチル水銀中毒症を発症させる可能性がある程度の汚染が継続して いたのは基本的には昭和43年5月までであったというべきである上に,上記研究の各対象者が,転入後どの程度のメチル水銀に継続的にばく露したかや,メチル水銀ばく露により上記症状を呈するに至ったかについては必ずしも明らかではないといわざるを得ないから,昭和44年以降も水俣病を発症する程度の汚染が継続していたことの根拠として認めることはできない。 4 以上によれば,現在のところ,長期微量汚染型水俣病の可能性を根拠付ける医学的知見は存在しないというべきである。 第5章原告らが水俣病にり患しているか否かについての判断枠組(争点3)以上のとおり,当裁判所が認定説示してきた事実等を前提に,原告らが水俣病にり患しているかについての判断枠組を示す きである。 第5章原告らが水俣病にり患しているか否かについての判断枠組(争点3)以上のとおり,当裁判所が認定説示してきた事実等を前提に,原告らが水俣病にり患しているかについての判断枠組を示す。 第1 基本的な判断枠組(争点3-1)について 1 救済法等は,水俣病がいかなる疾病であるかについては特段の規定を置いていないところ,前記第4章第1の1のとおり,水俣湾周辺地域において発生した疾病が,チッソ水俣工場から水俣湾や水俣川河口付近に排出されて魚介類に蓄積されたメチル水銀が,その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれ て大脳,小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされるものとして捉えられたものであることに加え,救済法施行令別表を定めるに当たり参照された前提事実第5の1の佐々委員会の意見の内容や同3のとおり救済法と公健法とは連続性を有していることに照らせば,救済法等にいう水俣病とは,魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経 系疾患をいうものと解するのが相当であり,このような現に生じた発症の機序 を内在する客観的事象としての水俣病と異なる内容の疾病を救済法等において水俣病と定めたと解すべき事情はうかがわれない。 救済法等が定める疾病の中には,発症の原因となる特定の汚染物質が証明されていない慢性気管支炎,気管支ぜん息等のいわゆる非特異的疾患と,発症の原因とされる汚染物質との間に特異的な関係があり,その物質がなければ発症 が起こり得ないとされている水俣病,イタイイタイ病等のいわゆる特異的疾患があるところ,前提事実第5の1,3のとおり救済法と連続性を有する法律として制定された公健法は,非特異的疾患については大気の汚染と疾病との間の因果関係をその機序を含めて証 イ病等のいわゆる特異的疾患があるところ,前提事実第5の1,3のとおり救済法と連続性を有する法律として制定された公健法は,非特異的疾患については大気の汚染と疾病との間の因果関係をその機序を含めて証明することは不可能に近いことなどから,4条1項において,当該疾病に「かかっていると認められる」ことに加え,申請の 当時当該第一種地域の区域内に住所を有し,かつ,申請の時まで引き続き当該第一種地域の区域内に住所を有した期間が一定期間以上であることなど類型的に当該第一種地域における大気の汚染による影響を相当程度受けていたことの徴表となる要件を定め(同項1号から3号),これを満たす者の申請に基づき,当該第一種地域における大気の汚染とかかっている疾病との間の個別的な因果 関係の有無を問うことなく,当該疾病が当該第一種地域における大気の汚染の影響によるものである旨の認定を行う制度的な手当てを新たに設けるに至ったものと解される。他方,公健法は,特異的疾患については,大気の汚染又は水質の汚濁と疾病との間の因果関係をその機序を含めて証明することは,一定の困難を伴うものであるにしても本来的には可能であって,当該疾病に「かかっ ていると認められる」ことがこれに内在する発症の機序が認められることを含むものであることから,同条2項において,非特異的疾患のような制度的な手当てを新たに設けることはしておらず,個々の患者について,諸般の事情と関係証拠に照らして,当該第二種地域につき,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなけ ればかかることがない疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当 該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定 ,当該物質によらなけ ればかかることがない疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当 該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行うこととしているものと解される。 そして,救済法においては,水俣病等の公健法において第二種地域に係る疾病として指定されたものに相当する疾病につき大気の汚染又は水質の汚濁との因果関係の認定について特段の制度的な手当ては何ら設けられていなかったの であるから,上記のような救済法と連続性を有する公健法の仕組みに照らしてみると,上記疾病については,個々の患者について,諸般の事情と関係証拠に照らして,当該指定地域につき,当該指定された疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行うこととしていたものと解するのが 相当である(平成25年最高裁判決同旨)。 そして,個々の具体的な症候が水俣市及び葦北郡の区域において魚介類に蓄積されたメチル水銀という原因物質を経口摂取することにより起こる神経系疾患によるものであるという個別的な因果関係が諸般の事情と関係証拠によって証明され得るのであれば,当該症候を呈している申請者のかかっている疾病が 水俣市及び葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による特異的疾患である水俣病である旨の認定をすることが法令上妨げられるものではない(平成25年最高裁判決同旨)。 2 また,救済法等において指定されている疾病の認定に際し,都道府県知事が,公害被害者認定審査会又は公害健康被害認定審査会の意見を聴いて申請に係る 疾病が指定された地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるかどうかの認定を行うことになるが,この場 が,公害被害者認定審査会又は公害健康被害認定審査会の意見を聴いて申請に係る 疾病が指定された地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるかどうかの認定を行うことになるが,この場合において都道府県知事が行うべき検討は,大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるかどうかについて,個々の患者の病状等についての医学的判断のみならず,患者の原因物質に対するばく露歴や生活歴及び種々の疫学的な知見や調査の結果等の十分な考 慮をした上で総合的に行われる必要があるというべきであるところ,救済法等 にいう水俣病の認定に当たっても,上記と同様に,必要に応じた多角的,総合的な見地からの検討が求められるというべきである。 そして,上記の認定自体は,前記1のような客観的事象としての水俣病のり患の有無という現在又は過去の確定した客観的事実を確認する行為であって,裁判所において,経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠 を総合的に検討し,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等を審理の対象として,申請者につき水俣病のり患の有無を個別具体的に判断すべきものと解するのが相当である。(平成25年最高裁判決同旨)。 3 したがって,個々の具体的な症候が水俣市及び葦北郡並びに出水市の区域において魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系 疾患によるものであるという個別的な因果関係については,経験則に照らして個々の事案における諸般の事情と関係証拠を総合的に検討すべきであり,具体的には,個々の申請者の病状等についての医学的判断のみならず,申請者のメチル水銀に対するばく露歴や生活歴及び種々の疫学的な知見や調査などを十分に考慮した上で,総合的に判断するのが相当である。 的には,個々の申請者の病状等についての医学的判断のみならず,申請者のメチル水銀に対するばく露歴や生活歴及び種々の疫学的な知見や調査などを十分に考慮した上で,総合的に判断するのが相当である。 4 昭和52年判断条件に定める症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はないところ,昭和52年判断条件は,水俣病に見られる各症候がそれぞれ単独では一般に非特異的であると考えられることから,水俣病であることを判断するに当たっては,総合的な検討が必要であるとした上で,上記症候の組合せが認められる場合には, 通常水俣病と認められるとして個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係についてそれ以上の立証の必要がないとするものであり,いわば一般的知見を前提としての推認という形を採ることによって多くの申請について迅速かつ適切な判断を行うための基準を定めたものとしてその限度での合理性を有するものであったといえる。他方で,上記症候の組合せが認められない場 合についても,経験則に照らして諸般の事情と関係証拠を総合的に検討した上 で,個々の具体的な症候と原因物質との間の個別的な因果関係の有無等に係る個別具体的な判断により水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないというべきである。昭和53年事務次官通知が,水俣病の範囲に関する昭和46年事務次官通知の趣旨は,申請者が水俣病にかかっているかどうかの検討の対象とすべき全症候について,水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基づい て総合的に検討し,医学的にみて水俣病である蓋然性が高いと判断される場合には,その者の症候が水俣病の範囲に含まれるというものであるとし,昭和52年判断条件はこの趣旨を具体化及び明確化するために示されたもの 的に検討し,医学的にみて水俣病である蓋然性が高いと判断される場合には,その者の症候が水俣病の範囲に含まれるというものであるとし,昭和52年判断条件はこの趣旨を具体化及び明確化するために示されたものであるとしているのも,上記と同一の理解に立つものであると解される(平成25年最高裁判決同旨) 5 そうすると,前記症候の組合せが認められない場合における判断に当たっては,メチル水銀中毒症におけるばく露停止から発症までの潜伏期間は数か月から数年(4年程度)であること(前記第4章第4の2)や,長期にわたって微量のメチル水銀にばく露することによって症候が発現することは考え難いこと(前記第4章の第5)等現在における一般的な医学的知見を前提とすべきであ り,また,前記4のとおり,水俣病に見られる各症候がそれぞれ単独では一般に非特異的であると考えられることから,当該症候が他疾患によるものである可能性がある場合には,それが医学的に排斥されない限り,当該症候がメチル水銀ばく露により起こる神経系疾患によるものである可能性が減殺されるというべきである。 6 これに対し,原告らは,公健法等における水俣病の認定判断について,申請者の水俣病り患の可能性が50%以上であれば水俣病と認定すべきであり,具体的には,メチル水銀ばく露についての疫学的条件を具備し,四肢末端優位の感覚障害があり,かつ,他の原因によるものであることを疑わせる事情がなければ,当該50%以上に当たると判断できるから,そのような枠組みで水俣病 を認定すべきと主張する。 しかし,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において,被処分者がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なる しかし,行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において,被処分者がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なるものではなく,高度の蓋然性の立証が必要であると解するのが相当である。そして,公健法上には特別の定めがないことからすれば,原告らの主張を採用することはできない。 第2 三浦医師らの診断及び検診の信用性(争点3-2)について 1 三浦医師らの水俣病の診断基準等についてア三浦医師らは,前記第1章第10の2⑵記載のとおり,メチル水銀ばく露によって中枢神経は障害されるが,末梢神経は障害されないという考えの下,「メチル水銀の曝露歴があり,四肢末端優位の感覚障害が見られる場 合に,当該感覚障害が他の疾患又は原因によるものであることを疑わせる事情が認められない場合は,水俣病にり患していると認められる」との考え方に立ち,平成26年7月ないし9月及び平成27年1月の診察に基づき,原告らについていずれも水俣病にり患している旨診断する。 イしかしながら,前記第4章第1の1で認定説示したとおり,水俣病にお いて末梢神経が障害を受けることは否定できないのであるから,原告らの上記アの主張は,その前提を欠くというべきである上に,前記第1のとおり,ばく露歴の程度や四肢末端優位の感覚障害の有無及び程度やその他の症候等を個別具体的に検討する方法によって水俣病にり患しているかどうかを判断するのが相当であり,三浦医師らの上記考え方は独自の見解であ って到底採用できず,このような診断から,原告らが水俣病にり患していることを推認することはできない。 2 三浦医師らの感覚検査等について三浦医師らの診断に当たり行われた各種感覚検査(前記第1章第10の2) 用できず,このような診断から,原告らが水俣病にり患していることを推認することはできない。 2 三浦医師らの感覚検査等について三浦医師らの診断に当たり行われた各種感覚検査(前記第1章第10の2)には,感覚障害の診断における一般的な留意事項等(前記第2章第1の2⑷) を十分に踏まえず,検査時間が長時間にわたり,又は,短時間に極めて多数回 の刺激を与える態様によっているなど検査結果の正確性の確保に対する配慮を欠くこと,数量化,定量化及び基準値の設定等の試みについて,一般的に指摘される神経学的検査が被検者の主観に影響されるなどの限界を克服したものとはいえず,かえって被検者の感覚障害の有無及び程度についての評価を誤りかねないものとなっていること,触痛覚の検査結果の記録において両者の区別が されていないなど記録の仕方,保存方法が適切でないこと,検査主体が三浦医師らでなく,不明確であること等の問題がある。この他,前記第1章第10の2⑴で認定した硬貨を用いた立体識別覚検査,触覚定位置覚検査,感覚検査以外にもICレコーダー「健口くん」を用いた検査,指合せ検査等一般的に確立した方法以外の方法によった検査については,その結果を適切に評価すること は困難である(なお,山本医師も同様の指摘をする(証人山本4~12頁)。 また,三浦医師ら自身,立体識別覚検査及び触覚定位置覚検査は,実施はしてみたものの原告らと健常人との間に差が生じなかったことから,検査方法が確立されておらず参考として行ったにすぎないとして結果は重要視していない等とする(甲C全9・42~44頁)。 なお,三浦医師らによって行われた検査のうち,足踏検査は,回転角度,移行距離,移行角度を測定し,左右44度以内の回転角度を正常,45度ないし90度を移行帯,91 甲C全9・42~44頁)。 なお,三浦医師らによって行われた検査のうち,足踏検査は,回転角度,移行距離,移行角度を測定し,左右44度以内の回転角度を正常,45度ないし90度を移行帯,91度以上を異常とみなすものとされており,前後への偏倚は通常範囲であれば異常とは考えられていない(乙B112・12頁)。また,重心動揺計検査は,直立時の偏位と立ち直りによる身体動揺の総合的な指標を 提供するものであるが(前提事実第7の2⑶ウ),他の平衡機能検査,神経学的検査の結果を総合して評価しなければならないものとされている点に留意する必要がある(乙B193・3頁)。 3 三浦医師らの神経伝導検査についてア神経伝導検査の意義 前記第1章第10の1に述べた神経伝導検査の内容及び特性からすれば, 被検者の検査を基準値と比較し,何らかの症候を具体的に推認させるほどの値を示す場合(たとえば,振幅(腓腹部)5㎶以下の場合等)を除き,異常が疑われる場合には,当該異常に係る疾患がある可能性を推認させるものであるものの,当該疾患があることまでを推認させるものとまではいえない。 また,基準値については,多数の文献によって異なる数値が記載されてい るものの,基本的に当該異常に係る疾患がある可能性を推認させる程度の神経伝導検査の役割からすれば,あえて基準値や正常範囲を1つの対照群等に限定する必要はないと解する。 イ三浦医師らによる神経伝導検査の評価について三浦医師らは,神経伝導検査の評価において,藤原基準値を用いつつも, さらに異常かどうかの判断に当たっては,正門文献や馬場論文を根拠として,正常範囲の下限値を操作するなどしているものの,神経伝導検査の意義は,前記アで述べたとおりであることに加え,正門文献や馬場論文も さらに異常かどうかの判断に当たっては,正門文献や馬場論文を根拠として,正常範囲の下限値を操作するなどしているものの,神経伝導検査の意義は,前記アで述べたとおりであることに加え,正門文献や馬場論文も,その記載内容からして,原告らの主張する判断手法を述べているとは解されないこと,さらには,腓腹部の検査においては,逆行性の神経伝導検査が行われている にもかかわらず,判定のための基準値は順行性の表を用いるなどしている点等からすれば,三浦医師らの神経伝導検査の結果に対する判定を直ちに信用することは困難である(なお,山本医師も同様の指摘をする(証人山本17~20頁)。)。 4 小括 以上から,三浦医師らの検査結果及び診断をそのまま直ちに採用することはできないというべきである。 もっとも,原告らに実際に行われた三浦医師らによる検査の方法や結果は原告毎に異なることからすれば,その内容の評価については,個別具体的に判断すべき事項である。したがって,前記2,3の判断を踏まえて,三浦医 師らの検査の方法,結果及びその適否については,後述の第6章で,個別に 検討することとする。 第3 公的検診録の信用性(争点3-3)について 1 原告らの主張について原告らは,いずれも公健法に基づくいわゆる公的検診を受け,その結果が公的検診録に記載されているが,感覚検査方法が不適切であることや,被告 熊本県においては,二点識別覚検査や神経伝導検査がなされておらず,さらには検診医の氏名が明らかにされていないことなどから,同検診録には証拠価値が認められない旨主張する。 しかし,感覚検査の方法や意義は前提事実第7の2に記載のとおりであり,かかる方法が医学的に不適切とはいえない。また,二点識別覚検査は表在感 覚に異常がない場合に 値が認められない旨主張する。 しかし,感覚検査の方法や意義は前提事実第7の2に記載のとおりであり,かかる方法が医学的に不適切とはいえない。また,二点識別覚検査は表在感 覚に異常がない場合に行う検査であり,神経伝導検査は末梢神経の障害を検討するための検査であるところ,これまで述べてきたとおり,これらの検査を被告熊本県が水俣病の公的検診において行っていないことが,その他の検査項目を含む公的検診の信用性を一般的に減殺するものとはいえない。さらに,担当した検診医の名前が後発的に匿名化されることによって,行われた 検診内容の信用性が一般的に減殺されるものではない。 2 もっとも,前記第2の4で述べたのと同様に,原告らに実際に行われた検診の方法及びその結果の評価については,原告らの供述や検診録の記載等を考慮して個別に判断すべきものであり,実際に行われた検診の方法及びその結果の評価は,後述の第6章で個別に検討することとする。 第4 所見の変動の許容性(争点3-4)について 1 当裁判所の理解所見の変動については,前記第4章第1の2⑴アないしエのとおり,メチル水銀による感覚障害の発生の機序に照らせば,感覚障害の所見は,一貫性,再現性をもって認められるはずであるが,上記感覚検査の性質等に鑑みれば, 臨床的には所見に変動が見られることはあり得るから,変動の内容が,消失 又は出現を繰り返す,障害の分布が大きく変化するなど著しく安定性に欠け,感覚検査に通常伴う不安定さを超えるようなものである場合に当たるか等について個別に判断することとなる。 2 原告らの主張水俣病(メチル水銀中毒症)の感覚障害を発症させる主たる病変(責任病変) は中枢神経にあるとされるところ,原告らは,感覚障害の所見の変動は大脳皮質障害 判断することとなる。 2 原告らの主張水俣病(メチル水銀中毒症)の感覚障害を発症させる主たる病変(責任病変) は中枢神経にあるとされるところ,原告らは,感覚障害の所見の変動は大脳皮質障害の場合当然起こることであり,まさにこの所見の変動が大脳皮質障害の特徴であるとして,感覚障害の所見に変動があることは,大脳皮質障害の蓋然性を高めるものと主張し,その根拠として,①「ハリソン内科書(第10版)」(甲B6),②山鳥重の「神経心理学入門」(甲B7),③ビンケン (P.J.VINKEN)の「臨床神経学ハンドブック・第2巻」(甲B8),④タルマージ(Talmage)らの「臨床神経学のための神経解剖学的基礎(第3版)」(甲B9),⑤レイモンド(Raymond)らの「神経学の原理(第6版)」(甲B10),⑥アルフ・ブローダルの「神経学の基礎と臨床」(甲B11)の各記載を挙げる。(甲B6~11,甲C1の6) しかし,原告らが主張の根拠として挙げる各文献の記載は,いずれも,感覚検査の最中に被検者に不安定な反応が見られることがあるため,感覚障害の程度を正確に把握することが容易でないことを指摘するものであり,検査をする日によって感覚障害の部位が変動し得るなどと指摘するものではなく,感覚障害の所見に変動があることをもって大脳皮質障害である蓋然性が高いことを客 観的に裏付ける証拠とはなり得ない。 むしろ,神経内科医の山本医師は,その意見書において,「感覚検査は心身の疲労やその他の要因により結果が不安定となり,狭い範囲での変動が見られることは感覚検査全てにおいていえることである。所見が変動することはすべての感覚検査で見られ得る生理的な現象であり,所見の変動があるから大脳皮 質性の障害であるということは全く言えない。」(乙B55・ 感覚検査全てにおいていえることである。所見が変動することはすべての感覚検査で見られ得る生理的な現象であり,所見の変動があるから大脳皮 質性の障害であるということは全く言えない。」(乙B55・3頁)と述べてい ることなどを併せ考慮すると,上記所見の変動があれば大脳皮質障害を積極的に疑うとする原告らの主張を採用することはできない。 第5 他の原因の可能性(争点3-5)について水俣病の主要症候のうち,特異的な求心性視野狭窄を除く,感覚障害,運動失調,視野狭窄及び難聴は,その一つ一つをとると,いずれも一般に(特に高 齢者では)ありふれた神経症状(非特異的な症候)であるから,当該症候とメチル水銀ばく露との相当因果関係が認められるためには,類似する症状を呈する他疾患との鑑別が必要であり,当該症候が他疾患によるものである合理的な疑いがある場合には,相当因果関係を認めることはできない。 また,ある患者が水俣病であるとともに他疾患にり患しているということは 十分にあり得るが,四肢末端優位の感覚障害が認められる者についての剖検結果で水俣病固有の病理所見が認められたのがわずか9.5%に過ぎなかったことに照らすと(前記第1章第11の9⑴),当該症候が他疾患によるものである合理的な疑いがある限り,相当因果関係を認めるのは妥当ではない。 そして,他疾患の合理的な疑いがあるか否かは,対象者の症候をもとに,医 学的知見に基づく指摘やそれを否定する診断等があるか等を総合考慮して個別に判断することとなる。 第6章原告らが水俣病にり患しているか否か(争点4)について以上を前提とする原告らが水俣病にり患しているかについての個別の判断は,別紙6-1ないし6-7の各第2のとおりである。 よって,原告らは,いずれも水俣病にり患 いるか否か(争点4)について以上を前提とする原告らが水俣病にり患しているかについての個別の判断は,別紙6-1ないし6-7の各第2のとおりである。 よって,原告らは,いずれも水俣病にり患しているとは認められない。 第4編結論以上によれば,その余について判断するまでもなく原告らの請求は理由がなく,本件各処分を取り消すべき理由はないから,被告らに対し公健法4条2項の認定処分の義務付けを求める部分はいずれも訴訟要件を欠き不適法であり,これらを却下 し,その余の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。 熊本地方裁判所民事第2部 裁判長裁判官佐藤道恵 裁判官塚田久美子 裁判官河原崇人
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