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主文 原判決中被告人A1、同A2に関する部分を破棄する。被告人A2を懲役三月に処する。但し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。原審訴訟費用中、証人B1、同B2、同B3、同B4、同B5、同B6、同B7に各支給した分及び当審訴訟費用中、証人B8、同B9に各支給した分は全部被告人A2の負担とする。本件公訴事実中、被告人A2がC株式会社車輌課長Dから金三、〇〇〇円を収賄したとの点につき、同被告人は無罪。被告人A1は無罪。被告人A3の本件控訴はこれを棄却する。理由 本件控訴の趣意は被告人三名の弁護人中村又一、被告人A1、同A2の二名の弁護人森虎男、被告人A2の弁護人加久田清正各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これ等をここに引用し、これ等に対し次のとおり判断する。森弁護人の論旨一、被告人A1についての部分第一点、中村弁護人の論旨第二、A1関係一、二、被告人A1に対する原判決認定の事実即ち同被告人がその職務に関しEから金一万円の賄賂を収受した旨の事実はその挙示する証拠によつてこれを認めうるが如くである。而して各所論は原判決援用の(一)A1被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、(二)Eの司法警察員に対する昭和二八年一一月三〇日附第二回供述調書は何れも任意性の認められないものである旨主張するので、この点につき先ず按ずるに、(一) A1被告人の司法警察員に対する昭和二九年一月一五日附第二回供述調書には同被告人がEから金一万円の供与を受けた事実のみならず、同人とキヤバレー、クラブIへ数回同道して饗応を受けた事実をも供述されているのであるが、金一万円の趣旨についてそれは仕事の関係で頼まれて貰つた訳ではないか Eから金一万円の供与を受けた事実のみならず、同人とキヤバレー、クラブIへ数回同道して饗応を受けた事実をも供述されているのであるが、金一万円の趣旨についてそれは仕事の関係で頼まれて貰つた訳ではないからその事については後日詳細供述する旨の供述記載であつて、金一万円を収賄したものである事実を自白しているものではないのである。 のであるが、金一万円の趣旨についてそれは仕事の関係で頼まれて貰つた訳ではないか Eから金一万円の供与を受けた事実のみならず、同人とキヤバレー、クラブIへ数回同道して饗応を受けた事実をも供述されているのであるが、金一万円の趣旨についてそれは仕事の関係で頼まれて貰つた訳ではないからその事については後日詳細供述する旨の供述記載であつて、金一万円を収賄したものである事実を自白しているものではないのである。この供述記載自体から考えてもA1被告人の右供述は取調官B10の暴行脅迫等の拷問その他の強制によつて止むなく供述したものを録取したものでないことが容易に看取しうるのであるが、なお原審第七回(昭和三〇年九月三〇日)公判調書中、証人B10、同B11、同B12の各供述記載によれば、A1被告人の右司法警察員供述調書はA1被告人の任意の供述を録取したものであり且つ変造等為されたものでないことを十分肯認するに足りるのである。A1被告人の原審公判廷における供述及び昭和三〇年一一月一六日附上申書中夫々所論に符合する部分は到底信用するに足らないものである。他に所論事実を認めるに足りる証拠は存在しない。そこで進んで、A1被告人の検察官に対する供述調書の任意性について判断するに、所論は同被告人の検察官に対する供述は司法警察員に対する供述が暴行脅迫等による強制の自白であるところ、これを基礎にして司法警察員等の立会監視の下に為された非任意のものである旨主張するのであるけれども、前説示の如くA1被告人の司法警察員に対する供述調書は何等強制誘導によるものでなく任意性の十分存するものであるから、所論は巳にその前提を失うものであるが、なおA1被告人の検察官に対する各供述調書を逐一仔細に検討すれば、これらは何れも同被告人が読み聞かされて相違ない旨を認めて署名押印をしたものであり、その形式内容の双方から見れば、任意の供述を録取したものであることを十分認め する各供述調書を逐一仔細に検討すれば、これらは何れも同被告人が読み聞かされて相違ない旨を認めて署名押印をしたものであり、その形式内容の双方から見れば、任意の供述を録取したものであることを十分認めうるのである。A1被告人の司法警察員、検察官に対する供述調書は何れも任意性の存するものと認められ、所論の如く非任意のものとは到底認められないのである。(二) そこで進んで、原判決挙示のEの司法警察員に対する昭和二八年一一月三〇日附自白調書(謄本)の任意性につき判断するに、Eに対するF医師の昭和二九年二月一六日附診断書、原審第四回(昭和三〇年六月一七日)公判調書中、証人B13の供述記載の外、原審第一〇回(昭和三〇年一二月一六日)公判調書中、証人B14、第一二回(同年三月二四日)公判調書中、証人B15原審第六回公判調書中証人B16の各供述記載、当審における証人B13、同B15、同B16の各公判供述を綜合すると、Eは、昭和二八年八月一九日賍物故買等の事件について逮捕され、引続いて練馬警察署の留置場に勾留せられるに至つたものであり、同人に対しては賍物故買、公文書偽造、贈賄等の数多の被疑事実があつて、その取調に相当の日数を必要とする事情のあつたことを窺知し得るのであるが、他方同人は右の逮捕勾留された当初から、大動脈弁閉鎖不全症なる心臓疾患で相当重篤な状態にあつたが、医師の診断の結果、なお一、二箇月位の勾留には堪え得るものと認められる状況にあつたところ、その後同年九月七日頃から更に病状は悪化し、到底勾留には堪え得ないのみならず、その侭勾留を継続するにおいては、尿毒症を併発する等如何なる病変を来すかも測り知れない容態となり、ために生命に危険を及ぼすおそれが強大となつたに拘らず、その後も依然勾留を継続せられ、遂に昭和二九年二月一九日前記留置場で、右の疾 あつたが、医師の診断の結果、なお一、二箇月位の勾留には堪え得るものと認められる状況にあつたところ、その後同年九月七日頃から更に病状は悪化し、到底勾留には堪え得ないのみならず、その侭勾留を継続するにおいては、尿毒症を併発する等如何なる病変を来すかも測り知れない容態となり、ために生命に危険を及ぼすおそれが強大となつたに拘らず、その後も依然勾留を継続せられ、遂に昭和二九年二月一九日前記留置場で、右の疾 、尿毒症を併発する等如何なる病変を来すかも測り知れない容態となり、ために生命に危険を及ぼすおそれが強大となつたに拘らず、その後も依然勾留を継続せられ、遂に昭和二九年二月一九日前記留置場で、右の疾病のため病死するに至つた事実が認められるのである。而して、Eが司法警察員に対し自白をしたのは、昭和二八年一一月三〇日であり、その時は同人が<要旨第一>勾留に堪え得ない状況に立到つてから既に五〇余日を経過しているのであつて、右のように病状の悪化してい</要旨第一>る者に対し、更に五〇余日も勾留を継続することは、たとい事件の取調上勾留を必要とする事情があつたとしても、斯る勾留は不当に長い勾留と解するのが相当である。然も、Eは右のような重病人の身でありながら、勾留後は司法警察員から連日のように取調をうけていたのであつて、その間同人は弁護人B15に対し贈賄の事実については身に覚えのないことを訴えていたこと、並に同弁護人において同人の病状を憂え昭和二八年一〇月末頃前記病状を明かにした診断書を添え保釈申請をしたが、採用されるに至らなかつたことを夫々認め得るのである。然らば、かかる重病人の身で連日のように取調をうけ、然も保釈が許されないとすれば、たとい直接暴行、脅迫等の強制をうけなかつたとしても、取調官の意に副う供述をしなければ、到底拘禁を解かれないであろうという心理的圧迫をうけることは自ら免れないところと認められるのであつて、このことを前記の如く贈賄の事実の存しないことを弁護人に訴えていたこととを対比して考察すると、同人の前記自白は少くとも不当に長い勾留によるものか否かが明かでない場合に該当するものと認めざるを得ないのである。<要旨第二>ところで憲法第三八条第二項、刑事訴訟法第三一九条第一項にいわゆる不当に長い抑留又は拘禁後の自白と</要旨第二 よるものか否かが明かでない場合に該当するものと認めざるを得ないのである。 、このことを前記の如く贈賄の事実の存しないことを弁護人に訴えていたこととを対比して考察すると、同人の前記自白は少くとも不当に長い勾留によるものか否かが明かでない場合に該当するものと認めざるを得ないのである。<要旨第二>ところで憲法第三八条第二項、刑事訴訟法第三一九条第一項にいわゆる不当に長い抑留又は拘禁後の自白と</要旨第二 よるものか否かが明かでない場合に該当するものと認めざるを得ないのである。<要旨第二>ところで憲法第三八条第二項、刑事訴訟法第三一九条第一項にいわゆる不当に長い抑留又は拘禁後の自白と</要旨第二>は、不当に長い抑留又は拘禁による自白であることが明かな場合すなわち自白の原因が不当に長い抑留又は拘禁によることの明かである場合のみならず、不当に長い抑留又は拘禁によるか否かが明かでない自白の場合すなわち自白の原因が不当に長い抑留又は拘禁であるか否かが不明である場合をも包含するものと解するのが相当である(昭和二三年六月二三日最高裁判所判決参照)。してみればEの前記司法警察員に対する自白は、憲法及び刑事訴訟法の右法条にいわゆる不当に長く抑留又は拘禁された後の自白に当るものといわざるを得ない。しからば、原判決が証拠に採用したEの司法警察員に対する昭和二八年一一月三〇日附供述調書は、審法第三八条第二項、刑事訴訟法第三一九条第一項の規定に照し正に証拠とすることのできないものと言うべきであつて、これを証拠に採用した原判決は所論の如く訴訟手続法令に違背するものと云うべきである。而して、右Eの供述調書はA1被告人の本件収賄事実の自白を補強しうる原審取調証拠中唯一のものである。尤も当審証人B17の当公判廷における供述によれば、昭和二七年一〇月中A1、E、自分の三人が四ツ谷の陸運事務所で一緒になり、K附近で酒の立ち飲みをした後三人がEの自家用車で新橋駅附近迄行き自分はそこで下車して別れたから、その後の二人の行動は知らないと云うのであるところ、この供述はA1被告人の司法警察員に対する昭和二九年一月一五日附供述調書中、昭和二七年一〇月か一一月四ツ谷のGでE、B17、Hと酒を飲みそれからEの車でJに行き下車して店の名を忘れたが、酒屋で酒を飲み店の表に出ると 人の司法警察員に対する昭和二九年一月一五日附供述調書中、昭和二七年一〇月か一一月四ツ谷のGでE、B17、Hと酒を飲みそれからEの車でJに行き下車して店の名を忘れたが、酒屋で酒を飲み店の表に出るとすぐEが私のポケツトに千円札を四ツ折にした裸のままのものをだまつて入れたのでこれを受取り、これをクラブIに行つてから出して見ると千円札一〇枚あつた旨の供述又検察官に対する昭和二九年二月四日附供述調書中、Eから一万円貰つたのは昭和二七年一〇月中J交叉点附近路上である旨の供述中、昭和二七年一〇月中A1被告人がEと四ツ谷Gで酒を飲みEの自動車でK方面に行き下車して酒を飲んだ旨の部分は両者において符合しているのである。 ケツトに千円札を四ツ折にした裸のままのものをだまつて入れたのでこれを受取り、これをクラブIに行つてから出して見ると千円札一〇枚あつた旨の供述又検察官に対する昭和二九年二月四日附供述調書中、Eから一万円貰つたのは昭和二七年一〇月中J交叉点附近路上である旨の供述中、昭和二七年一〇月中A1被告人がEと四ツ谷Gで酒を飲みEの自動車でK方面に行き下車して酒を飲んだ旨の部分は両者において符合しているのである。酒を飲んだ場所が一方はK、他方はJであつて、KもJも東京都内においては相近接した地点ではあるが、異る場所なのである。しかもB17証人の証言中にはA1被告人とEとの間に金銭の授受があつたか否かについては何等触れるところはないのである。ところで、自白を補強する証拠は一個の犯罪事実の全部に亘つてもれなくこれを裏付けるものである必要はなく、要するに自白の真実性を保障しうる程度のものであれは足りるとすることは最高裁判所判例(昭和二五年(あ)第九三号、昭和二五年一〇月一〇日第三小法廷判決参照)の存するところであるけれども、B17証人の右供述程度では未だA1被告人の収賄事実の自白を裏付け補強し、その自白の真実性を保障するに足りるものとは認め難いのである。そして本件記録中には前述の如く他に被告人A1の自白を裏付けるに足りる補強証拠は存在しないのであるから、原判決はA1被告人の本件収賄の公訴事実を結局同被告人の自白のみによつてこれを認定したことに帰するのである。原判決のこの過誤は元より判決に影響を及ぼすものであるから、各論旨は理由があり、原判決中 、原判決はA1被告人の本件収賄の公訴事実を結局同被告人の自白のみによつてこれを認定したことに帰するのである。原判決のこの過誤は元より判決に影響を及ぼすものであるから、各論旨は理由があり、原判決中、A1被告人に関する部分は同被告人に関する爾余の論旨について判断を為す迄もなくこの点において破棄すべきものとする。(その他の判決理由は省略する。)(裁判長判事山本謹吾判事渡辺好人判事石井文治)
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