令和5(う)274 住居侵入、強盗被告事件

裁判年月日・裁判所
令和6年5月22日 名古屋高等裁判所 破棄自判 津地方裁判所
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判決文本文22,616 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役4年に処する。 原審における未決勾留日数中170日をその刑に算入する。 理由 第1 本件事案の概要及び控訴の趣意(略称は基本的に原審の例による。)本件公訴事実の要旨は、被告人が、金品窃取の目的で、令和4年7月26日午後3時頃、三重県松阪市内の被害者方へいずれかの場所から侵入し、金品を物色中、帰宅した当時82歳の被害者に対し、手に包丁を持った状態で「金出して」、「鞄の中は」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、現金7万円を強取した、というものである。 検察官の控訴趣意は事実誤認の主張であり、原判決は、被告人の犯人性について合理的疑いを超える程度まで推認することはできない、として被告人を無罪としたところ、原判決は、事実認定の手法を誤るとともに、論理則、経験則等に反する極めて不合理な判断をし、その結果、当然に被告人は本件犯行の犯人と認められるべきであるのに、犯人性を否定するという判断をしたものであって、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。 第2 原判決の判断の要旨原判決は、本件の争点は犯人性であるとし、検察官は、①被害者方内の床から採取された本件足跡痕が、鑑定の結果、被告人の使用車両から押収された本件靴によって印象された可能性が高いと結論付けられたこと、②被害者方付近の路地を本件直後に通過した人物である被告人が、被害者の供述によれば犯人であると推認できること、③被告人がポリグラフ検査において示した反応から、被告人が犯人等しか知り得ない情報を知っていたと推測されることなどから、被告人が犯人である旨主張しているとした上で よれば犯人であると推認できること、③被告人がポリグラフ検査において示した反応から、被告人が犯人等しか知り得ない情報を知っていたと推測されることなどから、被告人が犯人である旨主張しているとした上で、これらの検察官の主張に対し、次のような判断をした。 1 本件足跡痕について ⑴ 警察本部鑑識課の足痕跡係であり、事件後に被害者方1階トイレ前床面から採取された本件足跡痕(原審甲26号証資料番号8の足跡)の鑑定を行った証人A作成の鑑定書を見ると、まず、本件足跡痕と本件靴の左足用履物底を実物の90%大にしてそれぞれ写真を作成し、その写真上に本件靴の左足用履物底を同倍率で印象して赤色にした対照用フィルムを重ね合わせたところ、爪先部からかかと部の模様と相互に重なり合うのが認められた旨記載されている。 しかしながら、本件足跡痕の写真自体が若干不鮮明で、これと対照用フィルムの爪先からかかと部の模様が重なり合っているのか判然としない。また、本件靴と同種の靴は約2万足販売されている上、同じ金型によって作られた靴は日本だけで約10万足あるというのだから、爪先部からかかと部の模様が相互に重なり合うだけでは、被告人以外の者が本件靴と同型の靴を履いて犯行に及んだ可能性を否定できない。 ⑵ 次に、本件鑑定書には、本件足跡痕及び本件靴底の各かかと部分と前の部分の真ん中あたりの部分において、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性がみられる旨記載されている。しかしながら、一般的に、靴はかかとから着地するので、かかとが一番擦り減ること、その後に前の部分が着くので、前の部分の真ん中あたりが擦り減ることからすれば、前記各部分は、擦り減り方としては通常歩行で履いていると自然に起こる減り方である。そうすると、摩耗によ が一番擦り減ること、その後に前の部分が着くので、前の部分の真ん中あたりが擦り減ることからすれば、前記各部分は、擦り減り方としては通常歩行で履いていると自然に起こる減り方である。そうすると、摩耗によって生じた模様の変形及び消失の状況に共通性がみられるからといって、本件足跡痕が本件靴によって印象されたとはいえない。 ⑶ さらに、本件鑑定書には、本件足跡痕及び本件靴底にある涙型の傷の位置及び形状、その周辺部分における細かい傷の位置及び形状について酷似すると認められた旨記載されている。しかしながら、本件足跡痕の拡大写真が少し薄い状態で写っており、酷似の程度の判断は鑑定人によって変わり得ることからすれば、傷の位置及び形状が「酷似」しているとまではいえない。そして、固いものなどに当たれば、毛羽立ちとか、涙型の傷のようなものが付くことはあり得るのであり、本件 靴のみにしか生じない特殊な使用方法によって生じたものとはいえない。 ⑷ 以上からすれば、本件足跡痕は、本件靴の左足用履物底によって印象された可能性があるというにとどまる。 2 被害者証言について⑴ 被害者の原審公判廷における証言の内容は、要旨次のようなものである。 私は、犯人が逃走してから10秒ぐらいして勝手口から外に出た。自宅車庫付近で、犯人が被害者方敷地からみて、東側の市道を隔てたところに入口がある路地に入っていくのが見えた。自宅の敷地と市道が接しているところまで行った際、左右の道を見たが、誰もいなかった。私が路地の入口付近まで移動したところ、犯人が、その路地を、奥にあるホームセンター方面に進んでいくのが見えた。 犯人は、白Tシャツ、白ズボン及び白い帽子(ベレー帽又は運動用の帽子)、白い運動靴を着用していたが、マスク、眼鏡及び手袋は着用して 、その路地を、奥にあるホームセンター方面に進んでいくのが見えた。 犯人は、白Tシャツ、白ズボン及び白い帽子(ベレー帽又は運動用の帽子)、白い運動靴を着用していたが、マスク、眼鏡及び手袋は着用していなかった。 ⑵ このような被害者証言の信用性について、検察官は、被害者が殊更に虚偽の証言をする理由はないし、供述内容自体も勘違いや記憶違いのおそれが少ない、被害者は犯人の人着等につき、おおよその雰囲気やイメージは十分把握できており、犯人が逃走した後、約10秒の間隔を置いて追いかけたのだから、犯人を誤認するとはおよそ考え難い旨主張する。 ⑶アしかしながら、被告人は、日常的に眼鏡を着用しており、コンタクトレンズは付けないこと、本件当日、ベージュ色ハット及び黒色ハーフパンツ等を着用していたことからすれば、被害者の供述は被告人の人着等と整合しない。 イまた、被害者の説明により作成された被告人の似顔絵をみても、白色帽子のつばの有無が不明であること、被告人は、タオルを所持していたが、被害者の捜査段階での供述及び当公判廷での証言のいずれにおいても、包丁を除く所持品に関して言及がなかったこと(犯人が右手に何か持っていたかはわからなかったこと)からすれば、犯人の人着等を十分把握できていたとはいえない。 ウそして、被害者は、犯人が逃走してから約10秒後に勝手口を出て、自 宅車庫付近に至るまでの間、犯人を一切見ていないから、その間に犯人が逃走を完了し、被害者が被告人を犯人と誤認した可能性は否定できない。 ⑷ 以上からすれば、被害者の供述の信用性が高いとはいえず、被告人こそが犯人であると考えるのが合理的であるとまでは言い切れない。 3 ポリグラフ検査について本件ポリグラフ検査をした技官の検査者としての技術経験に ば、被害者の供述の信用性が高いとはいえず、被告人こそが犯人であると考えるのが合理的であるとまでは言い切れない。 3 ポリグラフ検査について本件ポリグラフ検査をした技官の検査者としての技術経験に何ら不足はなく、検査機器の性能に不審な点はうかがわれない。しかし、ポリグラフ検査の質問を作成する際は、報道で知られている内容についてはなるべく避けるべきところ、本件ポリグラフ検査では、検査実施前の報道に接していればわかるような質問や、報道から単純に連想して推知できるような質問がされており、本件ポリグラフ検査の結果が相当程度信頼できるとはいえず、犯人しか知らないはずの事情について被告人が認識していたことに対する推認力は強くない。 4 以上のとおり、検察官が主張する間接事実の中には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係は見当たらず、被告人の経済状況等を併せ考慮しても、被告人の犯人性について合理的疑いを超える程度まで推認することはできない。 第3 当裁判所の判断原判決の上記判断のうち、被告人に対するポリグラフ検査の結果を被告人の犯人性判断において有意な事情と評価しなかった点は、当裁判所としても是認できる(なお、検察官もポリグラフ検査に対する原判決の評価を争っていない。)。 他方、原判決の判断のうち、本件足跡鑑定に対する評価及び被害者証言に対する評価等については、いずれも是認することができず、被告人の犯人性を認め難いとした判断は、論理則、経験則等に照らして不合理なものといわざるを得ないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。以下詳述する。 1 本件足跡鑑定について⑴ 検察官の主張 本件足跡鑑定は、足跡鑑定の専門家である証人A 響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。以下詳述する。 1 本件足跡鑑定について⑴ 検察官の主張 本件足跡鑑定は、足跡鑑定の専門家である証人Aの豊富な知識と経験に裏打ちされたものであり、消極的な事情も汲み上げて慎重に判断したものでもあって、十分に信用できる。そうであるにもかかわらず、原判決は、鑑定判断について、誤った判断をし、総合評価をすることもなく専門家による鑑定主文を排したもので、極めて不合理である。 すなわち、原判決は、まず、爪先部からかかと部の模様が相互に重なり合うとの鑑定判断について、本件足跡痕の写真自体が若干不鮮明であるという印象を理由に、本件足跡痕と本件靴の模様が重なり合っているのか判然としない、と評価する。しかし、素人目で見ただけでも、本件足跡痕の写真には、比較対照をするに十分な印象が検出されており、対照用フィルムと重ね合わせれば、本件靴の模様や摩耗の具体的特徴が重なり合っていることが明らかである。それのみならず、専門家である証人Aは、本件犯行現場に遺留された多数の現場足跡から、比較対照するに十分な情報がないものを排した上で、足跡鑑定で一般的に用いられる手法を用いて鑑定しているのに、原判決は、本件足跡痕の写真に足跡鑑定をするに十分な情報があるか否かの検討もせず、若干不鮮明との印象のみを理由にして、専門家による鑑定に反する評価をしたものである。 また、原判決は、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性が認められるとの鑑定判断について、擦り減り方としては通常歩行で履いていると自然に起こる減り方であり、模様の変形及び消失の状況に共通性が見られるからといって本件足跡痕が本件靴によって印象されたとはいえない、とする。しかし、足跡痕の鑑定に当たって重要なのは 行で履いていると自然に起こる減り方であり、模様の変形及び消失の状況に共通性が見られるからといって本件足跡痕が本件靴によって印象されたとはいえない、とする。しかし、足跡痕の鑑定に当たって重要なのは、靴の摩耗によって生じる模様の変形や消失の具体的特徴であって、証人Aは、同様の靴を履く者であっても、その身体的特徴や歩き方、地面の材質や使用期間等に応じて具体的な摩耗の状況は異なるという経験則に基づき、本件足跡痕と本件靴の摩耗の形状、大きさ及び位置を精査した上で、上記のとおり鑑定したものである。原判決は、そのような経験則等を正解せず、靴の摩耗の一般的傾向という理由になり得ないものを理由に、専門家による鑑定を排す るという誤った評価をしたものである。 さらに、原判決は、傷の位置及び形状が酷似していると認められるとの鑑定判断について、本件足跡痕の写真が少し薄い状態で写っており、酷似の程度の判断は鑑定人によって変わり得ることからすれば、傷の位置及び形状が酷似しているとまではいえないとし、固いものとかに当たれば、傷みたいなものが付くことはあり得るのであり、特殊な使用方法によって生じたものとはいえない、とする。 しかし、写真が少し薄い状態で写っていることは、傷の位置及び形状が酷似している旨の鑑定を否定する理由にはなり得ず、素人目で見ても、本件足跡痕と本件靴のフィルムの一部とには涙状の突起様のものという共通する特徴があり、位置及び形状が一致していることも明らかである上、証人Aは細かい傷があると思われる場所については顕微鏡の一種である比較投影機を用いるなどして比較してもいるのであり、このようにして鑑定した結果を否定すべき事情は認められない。また、証人Aの証言を前提とすれば、本件については、ほとんどの鑑定人が酷似とい の一種である比較投影機を用いるなどして比較してもいるのであり、このようにして鑑定した結果を否定すべき事情は認められない。また、証人Aの証言を前提とすれば、本件については、ほとんどの鑑定人が酷似という結論になるだろうと解されるし、足跡鑑定は、傷の形状、向き、位置等を比較対照して同一性を鑑定するものであって、傷が付いた原因が特殊な方法であるか否かは問題となるものではない。原判決は、鑑定手法を正解せず、傷の位置及び形状を検討することなく、本件足跡痕の写真が少し薄いという印象のみを理由とし、証人Aの証言等を曲解し、誤解したものである。 ⑵ 検討ア本件鑑定書(原審甲26)及び証人Aの原審公判供述により認められる本件足跡鑑定の要旨は以下のとおり。 被害者方から採取された現場足跡資料は、23個であるところ、このうち、鮮明さに欠けるもの及び捜査機関の靴底によるとみられるものを除外し、また、一つの資料に複数の足跡がある場合はそれぞれ個別に判断対象とするなどして、資料から選出した合計27個の足跡について、被告人の靴の靴底との比較対照鑑定を実施した。そのうち、本件足跡痕(資料番号8)及び資料番号9「あ」の合計二つの足跡 が、被告人の靴によって印象された可能性が高く、そのほか14個の足跡についても、被告人の靴によって印象された可能性があると鑑定される。 比較的印象状態が良いと判断される本件足跡痕について、本件鑑定書等において詳細な内容を報告すると、本件足跡痕の写真と、被告人の所持していた本件靴の左足靴底から作成された対照用フィルムとを重ね合わせると、①若干鮮明さに欠ける部分もあるが、爪先部分からかかと部分の模様と相互に重なり合うのが認められ、②加えて、かかと部分と、各指の付け根下辺りの部分(以下「靴裏前 された対照用フィルムとを重ね合わせると、①若干鮮明さに欠ける部分もあるが、爪先部分からかかと部分の模様と相互に重なり合うのが認められ、②加えて、かかと部分と、各指の付け根下辺りの部分(以下「靴裏前部」という。)のそれぞれに、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性が認められた。③さらに、被告人の左足靴底の土踏まず付近には、被告人が靴を使用したことによってできた使用特徴と判断される涙状の削れたような傷一つと、その横に引っかき傷のような細かい傷六つがあるところ、投影機や顕微鏡を使って比較対照した結果、本件靴から作成された対照用フィルムのうち、これらの傷によって印象された部分の形状と、本件足跡痕の同所の形状とが酷似していると認められた。 以上のとおり、本件足跡痕と本件靴の靴底双方の模様の大きさ、形状等が相互に重なり合っており、また、使用による形状の摩耗、変形及び消失状況に共通性があり、さらに、拡大比較対照の結果、使用特徴である傷の位置及び形状が酷似する結果が得られたため、本件足跡痕は、本件靴によって印象された可能性が高いものと判断した。 もっとも、本件足跡痕が、全体的には写っているものの、少し薄い状態であったこと、被告人の靴には他にも傷があるが、それについてはあまり鮮明に印象されていなかったことなどから、被告人の靴によって印象されたものであるとか、印象された可能性が極めて高いといった判断まではしなかった。 イ原判決の評価に対する検討このような本件足跡鑑定について、原判決は、まず、上記①の鑑定判断について、本件足跡痕自体が若干不鮮明で、これと対照用フィルムの模様とが重なり合っているのか判然としない、という。 しかし、本件足跡痕は、土踏まずのかかと側の部分や、爪先側の小指 が若干不鮮明で、これと対照用フィルムの模様とが重なり合っているのか判然としない、という。 しかし、本件足跡痕は、土踏まずのかかと側の部分や、爪先側の小指に近い部分など、一部不鮮明な部分はあるものの、証人Aも述べるとおり、爪先からかかとまでが全体として印象されているのみならず、靴裏前部には六角形様、かかと部分にはひし形様の、靴底の模様によって印象されたとみられる模様が十分にみてとれる程度に印象されている。そもそも、本件足跡痕が「少し薄い状態」であることについては、証人Aもその鑑定判断において前提としているところ、上記のように同足跡が一見して相応の情報を有するものとみられる上、上記の選別経過に照らしても、鑑定対象としての適格性に問題を有するとはみられないことからすると、このような足跡について「若干不鮮明」とするだけでは、鑑定の前提資料に関する問題点の指摘として不十分である。原判決の上記説示は、不相当なものといわざるを得ない。 また、原判決は、やはり上記①の鑑定判断との関係で、同種の靴が多数製造、販売されている点を指摘するが、これは靴底による足跡鑑定一般について共通する事項であって、足跡鑑定の結果の要証事実に対する証明力を検討する場合であれば格別、およそ個別の鑑定判断の適否を判断するに際して指摘すべき事項ではない。 次に、原判決は、上記②の鑑定判断について、擦り減り方としては通常歩行で履いていると自然に起こる減り方である、などとして、摩耗状況の共通性は、異常な歩行等を前提とするものでない限り、足跡鑑定において意味を持たないかのような説示をする。 しかし、検察官が指摘するとおり、同様の靴を履く者であっても、その身体的特徴や歩き方、使用状況、期間等に応じて具体的な摩耗の状況が異なることは経験則上 おいて意味を持たないかのような説示をする。 しかし、検察官が指摘するとおり、同様の靴を履く者であっても、その身体的特徴や歩き方、使用状況、期間等に応じて具体的な摩耗の状況が異なることは経験則上明らかであり、かかと部分と靴底前部という摩耗箇所が一般的なものであったとしても、その各部分における具体的な摩耗状況や程度は、使用者により、あるいは使用者が同一であってもその使用状況及び期間により、様々である。原判決の説示は、鑑定人の用いた経験則を正解しないものといわざるを得ない。 そして、本件靴は相当に使い古されたものであり、靴裏前部の六角形模様やかかと部分のひし形模様が摩耗により顕著に縮小したり消失したりしているところ、対 照用フィルムにあらわれた本件靴の模様の大きさの変化や消失位置が、上記のように本件足跡痕でみてとれる六角形様、ひし形様の模様のそれとほぼ一致していると認められるのであるから、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性が認められるとの鑑定判断にも誤りはない。 さらに、原判決は、上記③の鑑定判断について、本件足跡痕の該当箇所を拡大した写真が少し薄い状態で写っていること、酷似の程度の判断は鑑定人によって変わり得ることからすれば、傷の位置及び形状が「酷似」しているとまではいえないとし、固いものなどに当たれば、涙型の傷のようなものが付くことはあり得るから、本件靴のみにしか生じない特殊な使用方法によって生じたものとはいえないと説示する。 しかし、上記で説示したとおり、本件足跡痕は、足跡として相応の情報を有するものとみられ、「少し薄い状態」であることについては、証人Aもその鑑定判断において前提としており、鑑定対象としての適格性に問題を有するともみられないのであるから、このよう 跡として相応の情報を有するものとみられ、「少し薄い状態」であることについては、証人Aもその鑑定判断において前提としており、鑑定対象としての適格性に問題を有するともみられないのであるから、このような足跡について、「少し薄い状態」というのみで、前提資料としての問題点を十分に指摘しないまま、鑑定判断を批判する原判決の説示は、不相当なものといわざるを得ない。また、原判決は、酷似の程度の判断が鑑定人によって変わり得ることを理由にして、鑑定判断を論難するが、このような論法は、原判決として、「酷似」という証人Aの鑑定判断に賛同できないとの結論を言い換えるものにすぎないから、証人Aの判断に対する適切な非難になっていない。さらに、原判決が、涙型の傷が特殊な使用方法によって生じたものでない限り、足跡鑑定において意味を持たないかのような説示をする点については、検察官が指摘するとおり、そもそも足跡鑑定は、傷の形状、向き、位置等を比較対照するものであって、傷が付いた原因について考察するものではないから、足跡鑑定にあたり傷を比較対照することの意味を正解しない説示というほかない。敷衍すると、もとより対照資料となる靴底に特殊な使用方法による傷があり、これによって印象された箇所が足跡に認められる場合、それは当該足跡が対照資料である靴によって印象された ものであることを強く推認させる事情となるであろうし、本件の涙型の傷等がそのような傷ではないことは原判決が指摘するとおりである。しかし、特殊な使用方法による傷ではなくとも、使用特徴と認められるようなその靴底固有の傷が認められ、足跡側にそのような傷により印象されたとみられる箇所があるとすれば、その傷及び足跡の状態、傷の数等によりその推認力には差があるにせよ、相応の推認力を有し得る られるようなその靴底固有の傷が認められ、足跡側にそのような傷により印象されたとみられる箇所があるとすれば、その傷及び足跡の状態、傷の数等によりその推認力には差があるにせよ、相応の推認力を有し得るというべきである(証人Aも、原審公判において、今回の鑑定においては、使用特徴が酷似する部分が認められたため、「可能性が高い」という鑑定判断をしたものであり、逆に、使用特徴に関する所見がない場合には、「可能性がある」までの判断しかできない旨述べている。)。原判決の上記説示は、このような鑑定判断の背景にある経験則を正解しないものである。 ウ当裁判所による評価以上のように、本件足跡鑑定に対する原判決の指摘はいずれも的を射たものとはいえず、本件足跡痕は、本件靴の左足用履物底によって印象された可能性があるというにとどまるとした原判決の評価についても、その根拠を欠くものといわざるを得ない。 そこで本件足跡鑑定について当審であらためて検討すると、本件足跡鑑定を行った証人Aは、長年刑事部鑑識課の足痕跡係で勤務し、主に足跡鑑定業務に従事してきたもので、現在までに500件を超える足跡鑑定書を作成したというのであり、足跡鑑定に関する豊富な知識及び経験を有すると認められる上、本件足跡鑑定をみても、鑑定資料及びこれらに対する認識に格別の問題はみられず、用いた鑑定手法も一般的なものと認められる。 具体的な鑑定判断についてみても、本件足跡痕の写真と、被告人の所持していた本件靴の左足靴底から作成された対照用フィルムとを重ね合わせるなどして比較対照した結果、①爪先部分からかかと部分の模様と相互に重なり合うのが認められ、②かかと部分と靴裏前部のそれぞれに、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性が認められるとの判断については、既に説示したとおり、相当 かかと部分の模様と相互に重なり合うのが認められ、②かかと部分と靴裏前部のそれぞれに、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性が認められるとの判断については、既に説示したとおり、相当 なものと認められる。 次に、③本件靴底には、使用特徴と判断される涙状の傷と、その横に引っかき傷のような細かい傷があり、これらの傷によって印象された対照用フィルム部分の形状と、本件足跡痕の同所の形状とが酷似しているとの判断についてみると、このような証人Aの鑑定判断のうち、引っかき傷のような細かい傷に関するものについては、本件鑑定書添付の拡大写真を見ても、本件足跡痕にこれらと酷似した形状があるかは判然としないとはいえ、上記のように豊富な経験を有する証人Aが、顕微鏡の一種である比較投影機を用いるなどしてそのように判断したものであるから、相応に尊重されるべきである。 加えて、証人Aのいう涙状の傷は、一見して、本件靴底の一部が削れ、突起状に隆起した状態になっているものであり、周囲に比べて当該突起部分が濃く印象されると考えられる傷であって、実際に本件靴底から作成された対照用フィルム上も、突起部分は周囲に比べて涙状に濃く印象され、その周囲は一部を除き何も印象されないという形状になっているところ、本件足跡痕にも、対照用フィルムのものと全く同じ位置に、涙状と類似しており、周囲に比べて濃く印象され、周囲に一部を除き何も印象されていないという点で、対照用フィルムのものと形状が一致した部分が認められる。更に本件鑑定においては、上記鑑定要旨のとおり、本件鑑定書等で説明されてはいないものの、本件足跡痕のほかにも、本件靴によって印象された可能性が高いとされた現場足跡が存在するところ、当審の事実調べの結果(検3。本件足跡鑑定 上記鑑定要旨のとおり、本件鑑定書等で説明されてはいないものの、本件足跡痕のほかにも、本件靴によって印象された可能性が高いとされた現場足跡が存在するところ、当審の事実調べの結果(検3。本件足跡鑑定に関する追加報告書)によれば、この現場足跡(資料番号9「あ」)においても、対照用フィルムのものと全く同じ位置に、涙状とまではいえないまでも棒状の、周囲に比べて濃く印象され、周囲に一部を除き何も印象されていないという点で、対照用フィルムのものと形状が一致した部分が認められるのであって、このような足跡の存在も併せ考えれば、使用特徴と判断される涙状の傷によって印象された対照用フィルム部分の形状と、本件足跡痕の同所の形状とが酷似しているとの証人Aの鑑定判断は支持できる。 そして、本件足跡痕と本件靴の靴底とは、単にサイズや模様が同一というだけではなく、使用による形状の摩耗、変形及び消失状況も一致しているところ、本件靴は相当に使い込まれたもので、対照用フィルム等にあらわれた摩耗等が顕著であることを踏まえれば、このような事情は本件足跡痕が本件靴によって印象されたかどうかを検討するにおいて相応の意味を有すると評価できる。これに加えて、本件足跡痕には、使用によってできた傷という本件靴の固有の特徴による対照用フィルム上の印象と、その位置が同一で、形状が「酷似」している印象が存在することも併せ考えれば、本件靴と同種の靴が約2万足販売されており、同じ金型によって作られた靴は日本だけで約10万足あることを踏まえても、本件足跡痕と本件靴との結びつきは相当高いというべきであり、本件足跡痕は本件靴によって印象された可能性が高いとの証人Aの評価は相当である。 ⑶ 弁護人の主張これに対し、弁護人は、本件足跡鑑定には信用性が認 靴との結びつきは相当高いというべきであり、本件足跡痕は本件靴によって印象された可能性が高いとの証人Aの評価は相当である。 ⑶ 弁護人の主張これに対し、弁護人は、本件足跡鑑定には信用性が認められないとし、その根拠として、①本件犯行現場からは警察官の足跡が発見されているから、本件足跡痕の採取過程では適切な採取方法が履践されておらず、本件足跡痕が採取過程で損壊ないし変形した可能性が否定できず、本件足跡鑑定全体の信用性を低下させる事情があるといわざるを得ない、②本件足跡痕及び資料番号9の足跡はいずれも不鮮明であり、対照用フィルムと重ね合わせても模様の重なり合いは確認できない、③顕著な模様の変形及び消失の状況の共通性というが、具体的にどのような共通性が認められるのかさえ明らかではない、④証人Aは、製造特徴と使用特徴の区別について、メーカー又は販売店の協力の下で新品の靴底を撮影した写真と見比べるという方法によっているというが、金型に材料を流し込むときの条件や状況等によって、そのような写真と異なる製造特徴が生じる可能性があるし、本件涙型の傷等があった箇所が損傷しやすいような製造特徴が存在していた場合には、本件靴と同時期に製造された靴は、本件靴と同様の傷が生じやすい可能性もある、⑤本件足跡痕及び資料番号9「あ」は印象が不鮮明であり、傷が存在するのか、存在するとしても大まか な位置しか把握できないし、傷の位置も測定法等を用いて明らかにされておらず、同じ位置と認定できない、⑥証人Aは、鑑定結果について「印象された可能性が高い」としておきながら、被疑者又は被告人以外の第三者の靴で印象された可能性が残るのではないかとの検察官からの質問に対し、「まず考えられない」と答え、本件靴によって印象されたとしか考えら た可能性が高い」としておきながら、被疑者又は被告人以外の第三者の靴で印象された可能性が残るのではないかとの検察官からの質問に対し、「まず考えられない」と答え、本件靴によって印象されたとしか考えられないとの認識を示しており、このような証人Aの主観により、鑑定過程の正確性が失われた可能性がある、⑦本件靴と同じ金型によって靴底が作られた靴は、日本だけで10万足あり、多数の店舗で販売されていたことからすれば、本件犯行時に本件靴と同様の消耗状態の靴を履いていた第三者が犯行現場と同じ市内に存在することは、稀な事象ではない、などと縷々主張する。 しかし、①については、抽象的な可能性を述べるものにすぎない上、仮に不適切な採取方法等により現場足跡の一部が損壊ないし変形してしまったとしても、それは当該足跡が対象資料として意味を持たなくなる、あるいは証明力の一部が損なわれるだけのことであって、いずれにしても、そのような損壊ないし変形の痕跡すらみられない、本件足跡痕の鑑定判断に影響し得るものではない。②及び⑤については、本件足跡痕等が「若干不鮮明」ないし「少し薄い状態」であることが本件足跡鑑定の信用性に影響するものではないことは既に説示したとおりであって、対照用フィルムと本件足跡痕等とに模様の重なり合いは確認できないとか、本件足跡痕等に傷による印象が存在するかわからず、存在するとしても大まかな位置しか把握できないなどといった弁護人の評価には賛同できない。③については、確かに、共通性があると判断したことについての具体的な判断過程については、証人Aから説明がされていないものの、上記で説示したとおり、本件足跡痕と対照用フィルムとを重ね合わせれば、対照用フィルムにあらわれた本件靴の模様の大きさの変化や消失位置が、本件足跡痕でみてとれる六角形様、ひし形様の模様のそ ないものの、上記で説示したとおり、本件足跡痕と対照用フィルムとを重ね合わせれば、対照用フィルムにあらわれた本件靴の模様の大きさの変化や消失位置が、本件足跡痕でみてとれる六角形様、ひし形様の模様のそれとほぼ一致していると認められるのであるから、摩耗によって生じた顕著な模様の変形及び消失の状況に共通性が認められるとの鑑定判断にも誤りはない。④については、抽象的な 可能性を指摘するものにすぎない上、本件靴と同型の靴の生産管理に携わっている証人Bも、原審公判廷において弁護人が指摘するような可能性については述べておらず、かえって、製造過程から涙型の突起のような傷が生じることはほぼなく、経験上、本件靴の涙型の傷は、何かに引っ掛けて付いた傷と思われる旨述べている。 ⑥については、弁護人が指摘するとおり、証人Aの当審公判廷における当該発言は、その内容に照らして本件足跡鑑定についての説明ないし報告から逸脱したものといわざるを得ないが、既に説示したような本件足跡鑑定に対する当裁判所の検討結果に照らせば、本件足跡鑑定自体が、そのような証人Aの認識によって歪められた可能性は認められない。⑦については、上記のとおり靴底による足跡鑑定一般に共通し得る事柄であり、そのような事情を前提としても、顕著な摩耗等の状態や、使用特徴である傷によると思われる部分が酷似していることなどを踏まえ、本件足跡痕が本件靴によって印象された可能性が高いとした本件足跡鑑定の判断が支持できることは上記のとおりである。 本件足跡鑑定には信用性が認められないとの弁護人の主張には理由がない。 2 被害者証言等について⑴ 検察官の主張原判決は、犯人を追いかけて自宅から出た際に犯人が約38m先の本件路地に入っていくのが見えた旨の被害者証言につい 弁護人の主張には理由がない。 2 被害者証言等について⑴ 検察官の主張原判決は、犯人を追いかけて自宅から出た際に犯人が約38m先の本件路地に入っていくのが見えた旨の被害者証言について、被害者の述べる犯人の人着等は被告人のものと整合せず、被害者は犯人の人着等を十分把握できていたとはいえず、被害者が被告人を犯人と誤認した可能性は否定できない、などとして、被害者証言の信用性が高いとはいえないとする。 しかし、そもそも他人の人着等を子細に観察してそれを完全かつ明瞭に記憶し続けていなければ犯人識別証言の信用性が一切否定されるものではない上、本件においては、被告人が本件路地を通過したことは防犯カメラ映像により動かし難い事実であり、被害者は、ちょうどその直前の時間帯に、犯人が本件路地に入っていくのを見た旨証言しているのであるから、被害者が見た者が犯人であるならば、被告人 が犯人であることになる。したがって、本件証拠関係の下で判断されるべきは、本件路地に入った者(被告人)を犯人と思ったという被害者証言が合理的で信用できるかに尽きる。 そして、被害者は、本件路地に入った者(被告人)を犯人と思った根拠として、その後ろ姿を見て、その者(被告人)の服装、身長、体型等の雰囲気が犯人のそれと同様であったことを挙げているところ、被害者は、本件犯行日の犯人の特徴を相応に認知、記憶していた上、その犯人の特徴は、本件路地に入った者(被告人)の服装、身長、体型等の雰囲気と何ら齟齬するところはないから、十分に信用できる。 また、被害者の証言によれば、被害者は、人通りがない中で、被害から時間的に近接した時点で、被害者方と近接した場所において、被害者方から離れる方向に向かう者を見たものであるところ、このような者を見れ また、被害者の証言によれば、被害者は、人通りがない中で、被害から時間的に近接した時点で、被害者方と近接した場所において、被害者方から離れる方向に向かう者を見たものであるところ、このような者を見れば、しかもその者が犯人の雰囲気と同様の者であれば、誰しもがその者を犯人と思うところであって、被害者証言は至極合理的である。 原判決は、重視すべき事情を検討せず、子細な人着等の観察、記憶という重視すべきではない事情を過大評価して、被害者証言の信用性を否定している。 ⑵ 検討ア原判決の指摘ないし評価に対する検討原判決は、犯人が自宅から逃走した後程なくして犯人を追いかけ、自宅車庫付近で犯人が、被害者から約38m先の路地に入っていくのを見た旨の被害者供述の信用性が高いとはいえないと判断した理由として、①被告人は日常的に眼鏡を着用し、ベージュ色ハット及び黒色ハーフパンツ等を着用していたことからすれば、被害者の供述は被告人の人着等と整合しないこと、②被害者の説明により作成された似顔絵の帽子のつばが不明であり、被告人はタオルを所持していたはずであるが、被害者は犯人が右手に何か持っていたかは分からなかったことからすれば、被害者は犯人の人着等を十分把握できていたとはいえないこと、③被害者は犯人が逃走してから約10秒後に家を出て、被告人を目撃するまでの間、犯人を一切見て いないから、被告人を犯人と誤認した可能性は否定できないこと、を指摘する。 しかし、検察官が指摘するとおり、犯人の人着を完全に記憶していなければ、犯人識別供述として適格性を欠くとはいえない上、黒髪、中肉、白Tシャツ、白帽子、白い運動靴などといった110番通報において被害者が述べる犯人の特徴の多くは、関係証拠から認められる当時の被告人の特徴と 人識別供述として適格性を欠くとはいえない上、黒髪、中肉、白Tシャツ、白帽子、白い運動靴などといった110番通報において被害者が述べる犯人の特徴の多くは、関係証拠から認められる当時の被告人の特徴と概ね整合しているのであり、もとよりズボンの色など、原判決が指摘するような違いはあるにせよ、全体的な犯人の特徴に関する識別供述としては、被害者の述べる犯人の特徴と被告人の特徴との間に齟齬はないといえる。念のため付言すると、捜査段階の供述によれば、被害者は当初から、帽子の形について、つば有無不明などと述べていたようにうかがわれ、記憶は曖昧であったと認められるし(なお、この点につき、被害者は原審公判廷において、「何か子供の、子供っていうか、ベレー帽、ベレー帽じゃないけども、普通の運動用の帽子っていうんか、えりのついた、ちゃんとかぶる帽子でした。」と述べているところ、これをして原判決は、同人が「ベレー帽又は運動用の帽子」と供述したものと評価するが、これは不適切である。)、白かベージュかという色の違いを殊更に強調すべきものとは思われないから、被害者の言う白帽子と被告人の着用していたベージュ色ハットとが整合しないとの原判決の評価には賛同できない。 また、被害者は捜査初期から、犯人の顔については記憶がないと述べていたことや、後述のような被害者供述の位置付けからすると、眼鏡に関する被害者の供述を、被害者の犯人の人相に関する識別が不十分であったという以上に、殊更に強調するのも相当ではない。タオルの点についても、仮に犯人がタオルを所持していたとしても、これを犯行時にどのようにして所持していたのかについては様々な可能性が考えられるし、被害者としては包丁に気を取られてその余の所持品が記憶に残らなかったとしても不自然ではないから、被害者供述の信用性を否定する理由とするの うにして所持していたのかについては様々な可能性が考えられるし、被害者としては包丁に気を取られてその余の所持品が記憶に残らなかったとしても不自然ではないから、被害者供述の信用性を否定する理由とするのは相当ではない。 そもそも、本件においては、被告人の人相等により、被告人が犯人であると被害者が識別しているものではない。本件では、被害者が、自宅から逃走し た犯人として追呼した人物が被告人であったことには争いがないところ、被害者において、犯人が被害者方を出るのを見た後、短時間、犯人と思しき人物を目視していなかったことから、この間に犯人を見失い、たまたま目にした被告人を犯人と思い込んだ可能性があるかどうか、あるとしてどの程度あるかが問題になっているのである。 したがって、本件で問題とすべきは、上記のような思い込みの可能性に関する事情であり、犯人の人着に関する被害者供述は、関連性はあるにせよ、原判決が指摘するほど重視すべき事情とはいえない。また、被告人を犯人と誤認した可能性が否定できないとするのみで、可能性の程度も検討しないまま、被害者供述の信用性について消極的な判断をした原判決の説示についても適切とはいえない。被害者供述の評価に関する原判決の説示には賛同できない。 また、後述するとおり、上記のような被害者供述のうち問題なく信用性が認められる部分及び争いのない事実を併せ考えれば、本件では、被告人が、犯行時刻の直後に、被害者方に近接した、犯人として追呼されるような位置にいるなどした事実が認められ、このような事実は犯人性という争点との関係で相当程度の意味を有するものというべきであるのに、原判決は被害者供述の位置付けを正しく理解せず、被害者供述のうち、犯人の人着に関する供述部分に目を奪われた結果、このよ 事実は犯人性という争点との関係で相当程度の意味を有するものというべきであるのに、原判決は被害者供述の位置付けを正しく理解せず、被害者供述のうち、犯人の人着に関する供述部分に目を奪われた結果、このような事実を正しく把握できなかったものと考えられる。 イ当裁判所による評価そこで、被害者の供述も踏まえつつ、被害者が犯人から目を離していた間に犯人を見失い、目にした被告人を犯人と思い込んだ可能性があるかどうか、あるとしてどの程度あるかについて検討する。 まず、被害者の供述によれば、被害者は犯人が被害者方西側にある勝手口を出た後、10秒くらいしてからその後を追って戸外へ出て、被害者方敷地を西から東へと結ぶ通路の東側出口付近で、同所から直線距離で約38m先の地点で、敷地東側を南北に走る市道から東側に伸びる路地の入口付近におり、走って同路地に入ろう とする被告人を背後から見て、これを犯人として認識したものである。そして、被害者方敷地は、南北と西側を、ブロック塀等によって囲まれている上、犯行後の実況見分において上記の被害者方敷地を西から東へと結ぶ通路付近において、犯人が投棄した凶器とみられる包丁が発見されてもいるから、被害者は、犯人が視界からいなくなった後、被告人を見つけるまでの間、犯人が逃走した経路を辿って犯人を追いかけたものと認められる。また、上記逃走経路を前提とすれば、犯人は、上記市道へ出て逃走した可能性が極めて高いところ、被害者は、同市道は、普段日中は人や車が多いが、被害後に犯人を追いかけた際には、犯人と認識した人物のほかには、全く人通りがなかったと述べており、110番通報の内容等も考慮すると、少なくとも、被害者は被告人のほかには犯人と思しき人物を目撃しなかったものと認められる。さらに、被 犯人と認識した人物のほかには、全く人通りがなかったと述べており、110番通報の内容等も考慮すると、少なくとも、被害者は被告人のほかには犯人と思しき人物を目撃しなかったものと認められる。さらに、被害者は、強盗被害に遭った際、犯人との間で、金庫を開けようとする際や金を財布から出す際など、相当の時間にわたってやり取りをし、最後には目の前で犯人が背中を見せて逃走する様子を見てもいたところ、それから短時間の後に被告人を背後から見て、犯人であると認識したというのであるから、原判決が指摘する犯人の人着に関する被害者供述の問題点を踏まえても、犯人と被告人とは、少なくとも背後から見た服装や背格好等について、かなり似通っていたものと認められる。 以上の事情を併せ考えれば、もとより被害者は、約38m先の人物を背後から見て、その服装や背格好等から犯人であると判断したもので、犯人識別供述としての証明力には限度があるとしても、被害者が犯人を見失い、目にした被告人を犯人と思い込んだ可能性は、否定できないものの低いといえるから、被害者の供述等は、相応に被告人が犯人であることを推認させるものというべきである。 ⑶ 弁護人の主張これに対し、弁護人は、被害者供述の信用性に関する原判決の評価には誤りがないとし、①被害者は当初、恐怖心も抱いていない状況で犯人を至近距離で観察していた上で、その特徴について110番通報で話したものであり、この際の供述は犯 行に近接し、防犯カメラ映像を見るなどする前のものであることからすると信用性が高いが、被害者が110番通報で話した犯人の特徴と、被告人の人着とは、身長や年齢、眼鏡、ズボンの色、帽子、所持品(タオル)の点で全く整合しない、②被害者方周辺の状況を前提とすれば、犯人の逃走経路は本件路地 、被害者が110番通報で話した犯人の特徴と、被告人の人着とは、身長や年齢、眼鏡、ズボンの色、帽子、所持品(タオル)の点で全く整合しない、②被害者方周辺の状況を前提とすれば、犯人の逃走経路は本件路地に限られず、被害者方東側の市道を北又は南方向に進んだ可能性もあるし、被害者が本件路地に入る被告人を見たのも、犯人が勝手口を出て10秒が経過し、さらに、被害者が犯人を見たと述べる地点に行くまでの時間が経過した後であることからすると、犯人が逃走を完了するのに十分な時間があるし、被害者が犯人である被告人を追尾したとする防犯カメラ映像によっても、被害者が被告人と同様の地点に到達するまで約3分の時間が経過していることなどからして、被害者は被告人を犯人と誤認した可能性が否定できない、という。 しかし、①については、既に説示したとおり、110番通報において被害者が述べる犯人の特徴の多くは当時の被告人の特徴と概ね整合しており、全体的な犯人の特徴に関する識別供述としては、被害者の述べる犯人の特徴と被告人の特徴との間に齟齬はないといえる。なお、既に原判決の検討において説示した諸点に加え、弁護人は、被害者が110番通報において、犯人が20歳代後半、身長170cmくらいと述べたことについても、被告人は当時35歳、身長180cmであるから整合しないとするが、そのような弁護人の評価には賛同できない。②については、弁護人が述べるとおり、犯人の逃走経路として、本件市道を南北に進むことも十分に考えられるところであり、そのような事情も踏まえると、被害者が犯人を見失い、目にした被告人を犯人と思い込んだ可能性は否定できないものの、既に説示したような事情を踏まえれば、そのような可能性は低いといえることは上記のとおりである。また、被害者が勝手口を出て、被告人を目撃するまでの時間は、 を犯人と思い込んだ可能性は否定できないものの、既に説示したような事情を踏まえれば、そのような可能性は低いといえることは上記のとおりである。また、被害者が勝手口を出て、被告人を目撃するまでの時間は、犯人が逃走を完了するのに十分な時間であるという点については、少なくとも、被告人が、被害直後に犯人を追った被害者から犯人として追呼されるような位置にいたという事実の推認力を何ら減殺するものではないし、被害者方勝手口から本件路地の入口まで は、60m以上の距離を進む必要がある上、途中、車通りの多いという市道を横断する必要もあることからすれば、被害者が目撃した被告人の位置までの距離が、犯人が逃走した距離として不自然であるともいえない。なお、弁護人の指摘する防犯カメラは、本件路地入口から東方向へ約33mの地点に設置されているところ、被害者は被告人に比べてかなり歩行速度が遅く、被告人に気付かれないように追尾していたことも考慮すれば、防犯カメラ映像上の通過時間に約3分の差があることは、被害者供述の信用性を左右しない。 被害者供述の信用性に関する弁護人の主張は、裁判所の上記認定を左右しない。 3 総合判断⑴ 以上の検討を前提に、被告人が本件犯行の犯人であると認められるか否かについて検討する。 まず、本件足跡鑑定の結果によれば、本件足跡痕は本件靴によって印象された可能性が高いと認められるところ、本件足跡痕が被害者方1階トイレ前床面から採取されたことを含めた本件足跡痕及びその他の現場足跡の付着状況や、信用性に疑問を差し挟む余地のない、被害状況に関する被害者供述も踏まえれば、本件足跡痕は、犯人が本件犯行時に被害者方に侵入した際、その履いていた靴によって印象されたものと認められ、他方で、犯行時刻後の防犯ビデオ を差し挟む余地のない、被害状況に関する被害者供述も踏まえれば、本件足跡痕は、犯人が本件犯行時に被害者方に侵入した際、その履いていた靴によって印象されたものと認められ、他方で、犯行時刻後の防犯ビデオカメラ映像等によれば、被告人は本件犯行日において、本件靴を履いていたものと認められる。したがって、本件足跡鑑定の結果等により、被告人が本件犯行時に被害者方に立ち入った犯人である可能性が高いと認めることができる。 これに加え、本件では、本件犯行当日の午後3時3分頃に、被告人が、被害者方東側の路地を被害者方とは逆方向に走って行き、それを被害者が追呼する様子が防犯カメラに映っており、自宅から逃走した犯人を追いかけた被害者が、犯人として追呼した人物が被告人であった事実が争いなく認められるところ、このような事実に、被害者が犯人逃走後程なくして犯人を追いかけたと認められること、被害者が上記のとおり犯人の逃走経路を辿って犯人を追いかけたと認められることなどを併 せ考えれば、本件では、被告人が、被害直後に犯人を追った被害者から犯人として追呼されるような位置、すなわち、犯行時刻の直後に、被害者方に近接した、犯人逃走経路として適合的な位置にいた事実が認められる。 以上の各事実に加え、上記のとおり、被害者は、約38m先の人物を背後から見て、その服装や背格好等から犯人であると判断したもので、犯人識別供述としての証明力には限度があるとしても、被害者が犯人を見失い、目にした被告人を犯人と思い込んだ可能性は低いといえること、更には、関係証拠によれば、被告人は、本件当日、上記のとおり本件犯行直後に被害者方付近の路地を被害者方と逆方向に走って行った後、直ちにその先のホームセンターに駐車してあった車に乗り込み、発車させて、直線距離で 証拠によれば、被告人は、本件当日、上記のとおり本件犯行直後に被害者方付近の路地を被害者方と逆方向に走って行った後、直ちにその先のホームセンターに駐車してあった車に乗り込み、発車させて、直線距離でも6km以上離れた自宅付近へと車を走らせるなど、本件犯行後に犯人として適合的な行為をしていることも併せ考えれば、被告人を、本件犯行の犯人と認めることができる。 ⑵ これに対して弁護人は、①被害者宅の窓や勝手口には警備会社のシールが貼付され、住居侵入等しようとする犯人としては敬遠してしかるべきである、②犯人の侵入経路は不明であるところ、2階だとすれば、被害者方の屋根瓦にずれ等がないことからすると、犯人は瓦に上り慣れている者と考えられ、被告人ではないし、1階だとすれば、鍵を持っていなかった被告人には不可能であるから、犯人は、被害者が鍵を預けていた解体業者の関係者等である可能性がある、③被害者によれば犯人は手袋をしていなかったとのことであるならば、凶器である包丁に指紋等が遺留されていてしかるべきであるが、被告人の指紋と一致したとの証拠は存在しないし、被告人のDNA情報を含む遺留物が遺留されていたとの証拠も存在しない、などと縷々主張して、以上によれば、本件においては被告人が犯人であるとすれば合理的に説明することができない事実関係が存在し、また、第三者の犯行を推認させる具体的な事実関係が存在する、という。 しかし、①については実際に住居侵入、強盗の犯行が発生した本件において意味のある主張ではなく、②については、仮に侵入経路が、本件犯行後に窓が開いたま まとなっていた2階であったとして、屋根瓦にずれ等がないことから犯人は瓦に上り慣れている者であるといった経験則は存在しないし、被害者が鍵を預けていた者等による まとなっていた2階であったとして、屋根瓦にずれ等がないことから犯人は瓦に上り慣れている者であるといった経験則は存在しないし、被害者が鍵を預けていた者等による犯行可能性をいう点も、根拠を伴わない抽象的な可能性を述べるものにすぎない。③については、手袋をしていなかったとしても必ず指紋が残るとは限らないし、被害者方に侵入したからといってDNA情報を含む遺留物が必ず残されるわけでもない。 以上によれば、被告人が犯人であるとすれば合理的に説明することができない事実関係が存在するなどという弁護人の主張には理由がない。 第4 破棄自判以上によれば、事実誤認をいう検察官の主張には理由がある。よって、刑訴法397条1項、382条により原判決を破棄し、同法400条ただし書により直ちに当裁判所において判決することができるものと認め、更に次のとおり判決する。 【罪となるべき事実】被告人は、金品窃取の目的で、令和4年7月26日午後3時頃、三重県松阪市a町b番地所在のC方へ、いずれかの場所から侵入し、金品を物色中、その頃帰宅した当時82歳の同人に対し、手に包丁を持った状態で「金出して」、「鞄の中は」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同人所有の現金7万円を強取した。 【法令の適用】被告人の判示所為のうち、住居侵入の点は刑法130条前段に、強盗の点は同法236条1項にそれぞれ該当するが、この住居侵入と強盗との間には手段結果の関係があるので、同法54条1項後段、10条により1罪として重い強盗罪の刑で処断することとし、なお犯情を考慮し、同法66条、71条、68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し、同法21条を適用して原審における未決勾留日数中170日をその刑に算入し、原 ることとし、なお犯情を考慮し、同法66条、71条、68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し、同法21条を適用して原審における未決勾留日数中170日をその刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法181条1項ただし書を適用していずれも被告人に負 担させないこととする。 【量刑の理由】あらかじめ被害者方に侵入し、帰宅した被害者に対し、至近距離で包丁を示すなどして金品を要求した犯行で、脅迫の程度は強い。安心できるはずの居宅内でそのように脅され、金庫を開けようとさせられたり、執拗に現金を渡すように迫られたりした被害者の恐怖は察するに余りある。金銭的損害についてはもとより、このように強い恐怖を受け、被害に遭った後に引っ越しを余儀なくもされた被害者の精神的被害は大きく、被告人に対し厳しい処罰感情を口にするのも当然である。 被告人は、金銭に窮し、以前に消防士として119番通報により臨場したことのある、裕福そうで、高齢かつ一人暮らしの被害者宅に侵入等することを思い付いたとみられ、その限りで計画的に犯行に及んだものである。しかし、自分は犯人ではないという弁解に終始し、反省はみられない。 以上のほか、被告人に前科がないことなども踏まえ、被告人に対し、主文の刑を科すことが相当である。 (原審検察官の求刑懲役5年)令和6年5月23日名古屋高等裁判所刑事第2部 裁判長裁判官田邊三保子 裁判官細野高広 裁判官海瀬弘章 裁判官細野高広 裁判官海瀬弘章

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