平成16年2月16日判決言渡平成15年(ハ)第12983号慰謝料等請求事件判決 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告らは,原告に対し,連帯して,90万円を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告は,被告ら医師は①診断書の交付義務があるにもかかわらずこれを交付しなかった。②診断書に記載の事項について修正又は再交付を求めたがこれを拒否した等と主張し,被告らに対し,医療契約に基づく債務不履行による損害賠償及び被告らの行為による精神的苦痛に対する慰謝料を請求した事案である。 1 争いのない事実(1)原告は,平成13年8月2日,A病院において,医師である被告Bの診察(以下「初診」という。)を受け,診断書の交付を求めたが,被告Bは交付しなかった。 (2)原告は,その後,平成13年8月23日及び同年9月6日に被告Bの,同年12月4日及び平成14年4月2日にC医師(以下「被告C」という。)の診察を受けたが,いずれの診察に際しても,被告らに対し,上記診断書の不交付についての説明や診断書の交付を求めることはしなかった。 (3)同月9日,原告は,被告Cの紹介により,D病院においてE医師の診察を受けたが,同医師に診断書の交付請求はしなかった。なお,原告が同病院で診察を受けたのはこの日一度だけである。 (4)同月26日,原告は,A病院に赴き,外来担当のF医師に診断書の交付請求をしたが,F医師からは「これまで自分は診察していないので責任は持てない。」と診断書の交付を断られた。 (5)同年5月16日,原告は,被告Bの診察を受けた際,被告Bに対し「当初の全治見込み,受傷原因,受傷箇所,治療方法,現在の状況,治癒の見込み」を いので責任は持てない。」と診断書の交付を断られた。 (5)同年5月16日,原告は,被告Bの診察を受けた際,被告Bに対し「当初の全治見込み,受傷原因,受傷箇所,治療方法,現在の状況,治癒の見込み」を記載した診断書の交付を請求した。これに対し,被告Bは,カルテに基づく診断経過と原告の自覚症状を記載した診断書(乙4号証)を作成し原告に渡した。 (6)同月23日,原告は,被告Bに対し,上記(5)の診断書には自分が求めた事項の記載がされていないと修正又は再交付を求めたが,被告Bはこれを拒否した。その後被告Bに替わって原告に対応した被告Cも,上記(5)の診断書に記載された以上のものは書けないと原告の請求を拒否した。 (7)原告は,自ら主張する暴行を受けたことにより,A病院及び(3)のD病院での受診以外に,他の病院を受診したことはない。 2 原告の主張(1)医師は,医療契約及び医師法(19条2項)に基づき,患者からの診断書の交付請求に応じる義務があるにもかかわらず,被告Bは,初診の際の原告からの診断書交付請求に対し,何らの説明もなくこれを拒否した。また,翌年5月16日の診断書の交付請求に対しては,「警察署に提出する診断書には書式があるから出せない。」と最初は拒絶し,原告の執拗な請求により結局交付はしたものの,その診断書には,原告が求めていた事項について記載されていなかった。 (2)そこで,原告は,同月23日,被告Bに対して,「原告が要求した記載事項は弁護士と相談したものであって,それが記載されていないのは診断書として不適切なものである。」と修正又は再交付を求めたが,被告Bは「この診断書でどこも問題はない。通常の診断書の内容だ。」と,原告要求に応じようとしなかった。 (3)この時,被告Bに代わって原告との対応に当たった被告Cも,上記(2)記載の原告の修正 たが,被告Bは「この診断書でどこも問題はない。通常の診断書の内容だ。」と,原告要求に応じようとしなかった。 (3)この時,被告Bに代わって原告との対応に当たった被告Cも,上記(2)記載の原告の修正又は再交付の求めに対して,要求を一切聞き入れようとはせず,「警察署等に提出する診断書は書式が定められている。診断書を個人で持たれては困る。これ以上言うのなら受付でやってくれ。」等と述べ,原告の要求を拒否した。 (4)被告らの上記不当な対応や言動により,原告の精神状態は極度に悪化し,外出はおろか,家族との会話や接触も避けるようになったのみならず,面談までこぎ着けていた転職先予定の会社との交渉も,自ら打ち切らざるを得ないほど日常生活や社会生活に支障を来すようになった。 (5)よって,医療契約上の債務不履行に基づく損害賠償及び被告らの不法行為に基づく精神的慰謝料として,90万円の支払を求める。 3 被告らの主張被告らの診断書交付の拒否には,次のとおり正当事由がある。 (1)初診時の被告Bの診断書不交付について原告は,被告Bに対し,「左母指及び左大腿部打撲,頸椎捻挫」等と明記した診断書の交付を求めた。しかし,被告Bは,原告の「昨日殴られた。左手親指,左足もも,首に痛みがある。」という訴えに対して,レントゲン検査,圧通テストなど慎重に検査をしたが,異常も他覚症状もまったく認められなかったので,診断結果の事実と異なる診断書は作成できないため,原告の請求を拒否した。 (2)平成14年5月16日の診断書交付に至る経緯及び同月23日の診断書の修正又は再交付の拒否について上記16日,被告Bは,原告から,「暴行により,手や腿や首に後遺症が残った。」と記載された診断書の交付を求められたが,被告Bは,検査結果や診察所見からは自覚症状以外には異常が認められないので,医師と 上記16日,被告Bは,原告から,「暴行により,手や腿や首に後遺症が残った。」と記載された診断書の交付を求められたが,被告Bは,検査結果や診察所見からは自覚症状以外には異常が認められないので,医師としては虚偽の診断書は書けないために,原告の自覚症状(以下「主訴」という。)を記載した診断書を交付したものである。 また,上記23日,被告B及び原告に対応するため同Bと交替した被告Cは,上記と同じ理由により「事実と異なる診断書は書けない。弁護士,裁判所,警察から書面で依頼があればその旨を回答する。」と述べて修正又は再交付の要求を拒否したものである 4 争点(1)被告らに対する,医療契約に基づく債務不履行による損害賠償請求の成否(2)被告らの不法行為責任の成否(診断書の不交付又は訂正拒否に正当事由があるか)第3 争点に対する判断 1 争点(1)について証拠(乙1の1及び2,3の1及び2,4,7,8)及び弁論の全趣旨によれば,被告らはG健康保険組合(以下「G健保組合」という。)が経営するA病院に勤務する医師であり,本件医療契約は,原告と原告が診療を受けたA病院を経営する上記G健保組合との間で締結されたものであることが認められる。したがって,本件医療契約に基づく債務不履行責任については,被告ら個人がその責任を負うものではない。 よって,原告の被告らに対する医療契約に基づく債務不履行による損害賠償請求は,その余について判断するまでもなく理由がない。 2 争点(2)について(1)被告B関係①初診時の対応についてア証拠(乙1の2,7,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。この認定に反する部分は,これを採用しない。 ⅰ 原告は,初診の際,被告Bに,「暴行を受けたので警察に提出するため,暴行により受傷した旨を記載した診断書が 趣旨によれば,次の事実を認めることができる。この認定に反する部分は,これを採用しない。 ⅰ 原告は,初診の際,被告Bに,「暴行を受けたので警察に提出するため,暴行により受傷した旨を記載した診断書が欲しい。」と申し出た。 ⅱ これに対し,被告Bは,原告の体には,検査及び診察の結果,特に異常も他覚症状も認めることはできず,症状は原告の訴える自覚症状のみであって,その程度も所見としては3日で完治すると判断した。 ⅲ そのため,被告Bは,原告は自分の立場を有利にするために診断書を求めていると推測し,また,このような患者に対しては,診察の結果特に異常は認められず自覚症状のみである旨を記載した診断書を交付しても納得しないであろうと推測した。 ⅳ そこで,被告Bは,「出せない。」と診断書の交付を拒否した。これに対し,原告は,「そんなはずはないんですが・・・・」と言ったが看護師から「まあ,そういうことですから。」と言われ,それ以上は何も言わずに退席し,その後,特に病院の窓口や責任者に対し苦情を述べることもなく,また,他の病院で診察してもらうこともしなかった。 イところで,医師法19条2項では,「診察・・・をし・・・た医師は,診断書の交付の求があった場合には,正当の事由がなければ,これを拒んではならない。」と規定しており,その趣旨は,診察をした医師には,医療契約の内容として,診断書の交付要求に対して応じる義務があるというべきところ,診断書が詐欺,脅迫等不正目的で使用される疑いが客観的状況から濃厚であると認められる場合,医師の所見と異なる内容等虚偽の内容の記載を求められた場合,患者や第三者などに病名や症状が知られると診療上重大な支障が生ずるおそれが強い場合など特別の理由が存する場合に場合に限って,拒否すべき正当事由が存在するとして交付義務を免れることがで められた場合,患者や第三者などに病名や症状が知られると診療上重大な支障が生ずるおそれが強い場合など特別の理由が存する場合に場合に限って,拒否すべき正当事由が存在するとして交付義務を免れることができると解するのが相当である。そして,本件事案のように,検査に異常が認められず他覚症状も認められない場合には,その旨を患者に説明し,それでも診断書の交付を求める者に対しては,本人の訴える自覚症状(主訴)及び検査,診察の結果,医師としての判断した結果を記載した診断書を交付すべき義務があり,交付自体を拒否することはできないと解するのが相当である。 ウ上記認定した事実及び上記医師法19条2項の趣旨に照らせば,被告Bが,医師としての経験則上,不正目的で使用される虞があることを考慮して交付を拒絶したのだとしても,これはあくまでも推測に基づくものであり,正当事由があると信ずるには過失があるから,医師法19条2項の正当事由の存在は認められない。 被告Bは,診断書不交付の正当事由として「原告は,左母指及び左大腿部打撲,頸椎捻挫等と明記した診断書の交付を求めたので拒絶した。」と虚偽記載を要求されたことを主張するが,この事実を認めるに足る証拠はなく,他に,被告Bの診断書不交付についての正当事由を認めるに足りる証拠はない。 他方,原告は,警察等に提出する診断書には特に定められた様式がないにもかかわらず,被告Bは,「様式があるから出せない。」と虚偽の事実を告げて拒絶した違法があると主張するが,この主張事実を認めるに足りる証拠はない。 エしかしながら,原告の主張する暴行の事実については,原告本人の供述のみであり他にこれを認めるに足りる証拠がない本件事案において,上記アのⅱ乃至ⅳ,第2の1の(2),(3),(7)等原告の初診時及びその後の状況等に照らすと,被告Bは 事実については,原告本人の供述のみであり他にこれを認めるに足りる証拠がない本件事案において,上記アのⅱ乃至ⅳ,第2の1の(2),(3),(7)等原告の初診時及びその後の状況等に照らすと,被告Bは,この時の原告の診断書の交付要求の状況はそれほど切実なものではなく,原告は交付してもらえないことに納得したものと理解して,特にそれ以上の説明をせずに交付しないで済ませたことには,一応の合理性が認められる。 したがって,被告Bの診断書の不交付及び説明義務懈怠は,原告に対して不法行為に基づく慰謝料の支払いを以て償わなければならないほどの精神的苦痛を生じさせた違法性があるとまでは認められない。 ②平成14年5月16日の対応についてア弁論の全趣旨によれば,被告Bは,初診時の拒否と同様の理由でいったんは診断書の交付を拒否した事実が認められるが,結局,原告の要求に応じて診断書を交付したのであるから,不交付の責任は認められないし,この拒否した事実についても,被告Bに対し,不法行為の成立要件である違法性があるとまでは認められない。 原告は,「被告Bは,警察等へ提出する診断書は書式があるから出せない。」と不当な理由で拒否した旨主張するが,原告本人尋問以外にこれを認めるに足りる客観的証拠はなく,仮に,そのような発言があったとしても,交付しない方がよいと信じていた被告Bが,「虚偽記載はできない。」等と言って拒否するよりも穏便に事を済ませようと,いわゆる方便としての発言であると推認することができ(原告本人,弁論の全趣旨),診断書の交付要求を断る理由としては相当であるとはいえないが,不法行為を構成するまでの違法性があるとまでもいえない。 イ診断書の記載事項及び内容については,公判期日変更申請用診断書,死亡診断書など法令,規則等により定められている場合は格別,本件診 えないが,不法行為を構成するまでの違法性があるとまでもいえない。 イ診断書の記載事項及び内容については,公判期日変更申請用診断書,死亡診断書など法令,規則等により定められている場合は格別,本件診断書については,その様式,記載事項,記載内容等はすべて医師の判断に委ねられているものであるから,原告の具体的な記載事項の提示はあくまでも希望の域を出ないものであって,これに医師が応じる義務はない。 したがって,被告Bが,原告の修正又は再交付に応じなかったことには,何ら違法性は認められない。 ③平成14年5月23日の対応について被告Bが,原告の修正又は再交付の要求に応じるか否かは,上記②のイ記載のとおり医師としての被告Bの判断にすべて委ねられていることである。 ましてや,記載内容が納得できないと,医師の診断結果と異なる内容の記載を求めることは,医師に虚偽私文書作成罪の犯罪行為を強いるものであり,被告Bがこれを拒絶したことには,正当事由がある。 原告は,「記載内容については,一切言及していない。」と主張し,原告本人尋問においてこれに沿った供述をするが,この供述は,上記認定した(1)の①のアのⅰの事実及び原告本人尋問における「なんともない,異常は認められない,という診断書では納得しません。」という供述に照らすと信用できず,他に原告の上記主張する事実を認めるに足りる証拠はない。 したがって,被告Bの対応には何ら違法性は認められない。 (2)被告C関係① 証拠(乙8)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。 原告の被告Bに対する要求と同様の診断書の修正又は再交付の要求に対し,「診断結果と異なる内容の診断書は書けない。弁護士,裁判所,警察から書面で依頼があれば回答する。」と回答した。 原告は,警察等に提出する診断書には特に定められた書式が無いにもかか 交付の要求に対し,「診断結果と異なる内容の診断書は書けない。弁護士,裁判所,警察から書面で依頼があれば回答する。」と回答した。 原告は,警察等に提出する診断書には特に定められた書式が無いにもかかわらず,被告Cは「警察等に出す診断書には書式があるから出せない。診断書を個人で持っていられては困る。」と虚偽の理由で拒絶した違法があると主張し,原告本人尋問においてこれに沿った供述をするが,原告本人の供述以外にこれを裏付ける客観的証拠がないこと,被告Cは,当時,整形外科の責任者であり,医師と患者間にトラブルが生じた場合にはその適切な対応に当たる立場にあった者であること等からすると,原告の上記供述は採用しない。他に原告の上記主張する事実を認めるに足りる証拠はない。 ② 上記認定した事実によれば,被告Cの原告に対する対応は,医師としての説明義務を尽くしているものと認めることができ,原告の修正又は再交付の要求に応じなかったことは,上記(1)の③と同様の理由により,医師として当然のことであるから,何ら違法性は認められない。 3 結論以上の次第であるから,その余について判断するまでもなく,原告の被告らに対する請求はいずれも理由がない。 東京簡易裁判所民事第3室裁判官永田一元
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