平成15(ワ)18424 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成18年5月18日 東京地方裁判所 棄却
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判決文本文24,222 文字)

- 1 -平成18年5月18日判決言渡平成15年(ワ)第18424号損害賠償請求事件口頭弁論終結の日平成18年2月8日判決主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1請求被告らは,連帯して,各原告に対し,それぞれ1576万5508円及びこれに対する平成13年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,国が設置,運営していた国立病院A医療センター(当時)(以下「医療センター」という。)において,経皮的冠動脈形成術(PTCA)を受け,入院していたBが,平成13年2月20日,心臓カテーテル検査(心臓病の診断,重症度の判定又は治療を目的とする検査であり,血行動態検査と造影検査を組み合わせたものである。以下「本件検査」という。)を受けた際,肺動脈損傷による出血性ショックにより死亡したこと(以下「本件事故」という。)について,原告らが,被告C医師に本件検査の適応を誤った過失があるなどと主張して,被告らに対し,診療契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償及び本件事故の日以降の遅延損害金の支払を求める事案である。 前提となる事実(争いがないか,当事者が争うことを明らかにしない事実)(1)当事者Bは,大正6年8月25日生の女性であり,平成13年2月20日(以下,平成13年については月日のみを記載する。)に死亡した。Dは,Bの- 2 -夫であり,平成15年12月12日に死亡した。原告E,同F及び同Gは,D及びBの子である。 医療センターは,国が設置し,厚生労働省が所掌していたが,平成16年4月1日に独立行政法人国立病院機構が発足した(独立行政法人国立病院機構法)ことに伴い,その権利義務は,国から独立行政法人国立病院機構に承継され, 国が設置し,厚生労働省が所掌していたが,平成16年4月1日に独立行政法人国立病院機構が発足した(独立行政法人国立病院機構法)ことに伴い,その権利義務は,国から独立行政法人国立病院機構に承継され,本件の当事者たる地位も独立行政法人国立病院機構が承継した。 (2)診療経過の概要本件の診療経過のうち,争いがないか,当事者が争うことを明らかにしないものは別紙診療経過一覧表記載のとおりであり,その概要は以下のとおりである。 Bは,2月8日,急性心筋梗塞の疑いと右胸部痛により医療センターを受診し,入院した。被告C医師により心臓カテーテルを使用した冠動脈造影検査が実施され,右冠動脈#3近位部に100%の閉塞,左冠動脈の左前下行枝に75%の狭窄が認められた。そのため,被告C医師は,同日,右冠動脈について経皮的冠動脈形成術を施行し,その結果,10%の狭窄にまで改善した。 その後,同月20日,Bに対して,冠動脈の追跡造影等を目的として,被告C医師により,助手をH医師(本件事故当時の姓はI。以下「H医師」という。)として,本件検査が実施された。本件検査は同日午前10時50分ころ開始されたが,Bは,その途中で喀血し,心停止の状態になった。蘇生措置の実施により心拍が再開するなどしたが,Bは,肺動脈損傷による出血性ショックにより,同日午後2時46分死亡した。 争点及びこれに関する当事者の主張本件の争点は,(1)適応がないにもかかわらず本件検査を実施した過失の有無,(2)本件検査の危険性等について説明を怠った過失の有無,(3)本件検査においてカテーテルの操作等を誤った過失の有無,(4)Bが心停止を起- 3 -こしたときに,本件検査を中止して開胸手術など適切な治療を開始しなかった過失の有無,(5)損害額の5点である。 これらに関する当事者の主張は 等を誤った過失の有無,(4)Bが心停止を起- 3 -こしたときに,本件検査を中止して開胸手術など適切な治療を開始しなかった過失の有無,(5)損害額の5点である。 これらに関する当事者の主張は,次のとおりである。 (1)争点(1)(適応がないにもかかわらず本件検査を実施した過失の有無)について(原告らの主張)心臓カテーテル検査による死亡事故の危険因子として,高齢,高度の動脈硬化病変などがあり,65歳以上の高齢者,特に女性の死亡率が高い。また,非侵襲的な検査によっても詳細な情報を得ることができるので,侵襲性の高い心臓カテーテル検査を実施する必要があるのは,通常,手術適応を判断するときである。そのため,心臓カテーテル検査は,80歳を超える高齢で,高血圧症の既往歴があり,肺動脈などの組織の脆弱性が予想されるなどリスクファクターが大きく,合併症が起こる可能性の高い患者に対しては,行うべきでない。 Bは,83歳という高齢で,高血圧症の既往歴があり,2月13日の心エコー検査で中等度から高度の壁運動低下や大動脈弁,僧帽弁及び上行大動脈の石灰化,心筋梗塞が認められていたのであるから,本件検査により肺動脈を損傷する危険性の高い患者であった。なお,医療センターにおいても,一般的には退院前に80歳以上の患者には心臓カテーテル検査を勧めていない。 また,心電図検査においてST(心室全体の興奮を意味する波形)低下があったものの,ベーターブロッカー(抗不整脈,狭心症予防等の薬剤)の投薬治療が有効であったのであるから,本件検査をする必要性は高くなかった。さらに,測定した楔入圧の記録が残っていないこと,本件検査の前日のカンファレンスにおいて被告C医師がBに本件検査の必要性があるか否かについて諮っていることからすると,被告C医師自身もBには本件検査の必要- 測定した楔入圧の記録が残っていないこと,本件検査の前日のカンファレンスにおいて被告C医師がBに本件検査の必要性があるか否かについて諮っていることからすると,被告C医師自身もBには本件検査の必要- 4 -性がないと考えていた疑いがある。 以上の事情からすると,Bは心臓カテーテル検査により合併症が発生しやすい患者であり,また,それを実施する必要性も高くなかったのであるから,本件検査をすべきではなかった。 また,心臓カテーテル検査は医師やその他の医療従事者の技術・能力によってもその適応及び禁忌が判断される。被告C医師は,日本循環器学会などの認定医,専門医としての資格を有しておらず,本件検査の十分な経験も有していない。こうしたことからすると,被告C医師による心臓カテーテル検査は禁忌であった。 ところが,被告C医師は,これらに反して,Bに対して本件検査を実施した。 (被告らの主張)心臓カテーテル検査は,絶対的禁忌はなく,症例ごとに諸般の事情を考慮してその適応の有無を判断すべきものである。 経皮的冠動脈形成術を実施した患者については,慢性期に再狭窄を起こすことがあるため,退院前に心臓カテーテル検査をするのが通常である。Bについては,心電図検査の結果等から右冠動脈の再狭窄や左前下行枝の虚血が生じていることが疑われたため,退院後の予後の把握や治療方針の樹立のために,本件検査を実施する必要があったのであり,Bが高齢であること等を考慮しても,本件検査の適応があった。 なお,被告C医師は,日本循環器学会などの認定医,専門医としての資格を有しており,本件に至るまで約300例以上のスワン-ガンツカテーテル(バルーン付きの肺動脈カテーテル)による本件検査の経験を有し,十分な技術と能力を有していた。 (2)争点(2)(本件検査の危険性等について説明を怠った過失 約300例以上のスワン-ガンツカテーテル(バルーン付きの肺動脈カテーテル)による本件検査の経験を有し,十分な技術と能力を有していた。 (2)争点(2)(本件検査の危険性等について説明を怠った過失の有無)について- 5 -(原告らの主張)高齢者であるBに対する本件検査は合併症などによる死亡の危険性が高いため,被告C医師は,その危険性について,B及びその家族に対して説明する義務があった。ところが,被告C医師は,「高齢の人もほとんどやっている」などと説明しただけで,危険性について全く説明しなかった。 (被告らの主張)被告C医師は,2月19日,原告Fに対して,Bの症状,本件検査の内容,これによって予想される成果や合併症等の危険性などを詳細に説明しており,また,Bに対しても,Fを通じて必要な説明を尽くした。 (3)争点(3)(本件検査においてカテーテルの操作等を誤った過失の有無)について(原告らの主張)争点(1)で指摘したとおり,被告C医師は,Bの肺動脈が脆弱化していることを認識していたのであるから,肺動脈に不用意に刺激を与えないように,本件検査においてカテーテルの操作等を慎重に行うべき注意義務を負っていた。 しかるに,被告C医師は,右肺動脈内において楔入圧を測定するためにスワン-ガンツカテーテルのバルーンを膨らませるなど不用意に右肺動脈を刺激したため,右肺動脈(上葉動脈分岐部の末梢3㎝の肺底動脈を断裂させて,Bを死亡させた。あるいは,心拍出量を測定するために,又は楔入圧を測定する際にカテーテル先端の凝血を防ぐために,生理食塩水を強く注入(フラッシュ)しすぎて肺動脈の血管を損傷し,血痰を生じさせたとも考えられる。 なお,被告らは,楔入圧を測定したデータ,肺動脈圧の数値,午前10時53分から午前11時13分までの間の心電図データ,術 (フラッシュ)しすぎて肺動脈の血管を損傷し,血痰を生じさせたとも考えられる。 なお,被告らは,楔入圧を測定したデータ,肺動脈圧の数値,午前10時53分から午前11時13分までの間の心電図データ,術中の血圧や体温のデータ,血管造影検査照射に関するデータを消去又は隠匿し,事故後に,都- 6 -合の良い数値を記入して,本件検査の操作に関する原告らの立証を妨害している。 (被告らの主張)被告C医師は,スワン-ガンツカテーテルのバルーンを膨張させ,血流に乗せて右肺動脈に到達させ,上葉枝において楔入圧を測定しようとしたが,楔入圧波形が得られなかった。そこで,いったん,カテーテルを右肺動脈近位まで退避させ,バルーンの空気を抜いて,カテーテルの先端を下葉動脈方向に向けたところで,再度バルーンを膨張させ,その状態でカテーテルを下葉動脈に進め,下葉動脈で楔入圧を測定した。その後,バルーンの空気を抜いて楔入を解除し,肺動脈圧を測定しようとしたところ,Bに急変が生じたのであり,被告C医師のカテーテルの操作等に不適切な点はない。 また,被告C医師は,楔入圧測定後,肺動脈圧を測定した上で心拍出量を測定する予定であったが,肺動脈圧を測定しようとしたところでBが血痰を喀出したため,本件検査を中止した。したがって,そもそも心拍出量を測定する段階には達していない。また,楔入圧測定の際にはフラッシュはしていない。 なお,被告らは,検査データ等を消去,隠匿したことはないし,事故後に都合の良い数値を記入してもいない。 (4)争点(4)(Bが心停止を起こしたときに,本件検査を中止して開胸手術など適切な治療を開始しなかった過失の有無)について(原告らの主張)Bが本件検査中に喀血し,心停止に陥ったのであるから,被告C医師は,血管障害が生じたことを疑って直ちに本件検査を中止し て開胸手術など適切な治療を開始しなかった過失の有無)について(原告らの主張)Bが本件検査中に喀血し,心停止に陥ったのであるから,被告C医師は,血管障害が生じたことを疑って直ちに本件検査を中止して,開胸手術など適切な治療を開始すべきであったのに,心臓マッサージにより心拍再開した後,再び本件検査を行い,適切な治療を怠った。本件検査を継続したことは,医療センターの医療事故報告書(乙B12)の診療経過欄に心停止の記- 7 -載の後に楔入圧の測定の記載があること,心電図記録の午前11時13分30秒ころの波形図(乙A2の248頁)に楔入圧と思われる波形があること,午後0時35分からの診療等の様子について看護師が記載した「入院2号用紙」の午後0時35分の欄に「CALT(冠動脈造影)中喀血」(乙A2の35頁)との記載があることから明らかである。 (被告らの主張)被告C医師は,Bが喀血して心停止した後,直ちに救命チームに連絡して心臓マッサージなどの救命措置をし,午後0時35分にはICU(集中治療室)に移動させた。Bが心停止した後に,本件検査を継続した事実はない。 そもそも,バイタルサインに急激な変化が起こっている状況の中で楔入圧を測定しても,正常なデータを得ることはできないので,本件検査を継続する意味がない。 また,本件では,出血箇所が不明であり,循環状態が不良で,心停止も起こしていたのであるから,そのような状態の高齢患者に対して開胸手術などの侵襲的な手術を施行することは無謀である。 (5)争点(5)(損害額)について(原告らの主張)アBに生じた損害(ア)逸失利益437万1527円(イ)慰謝料2000万円(ウ)弁護士費用402万円イDに生じた損害(ア)慰謝料350万円(イ)葬儀費用150万円(ウ)弁護士費用 害(ア)逸失利益437万1527円(イ)慰謝料2000万円(ウ)弁護士費用402万円イDに生じた損害(ア)慰謝料350万円(イ)葬儀費用150万円(ウ)弁護士費用102万円ウ原告らに生じた損害- 8 -(ア)慰謝料各350万円(イ)弁護士費用各79万5000円エBの損害賠償請求権についてDが2分の1,原告らが各6分の1ずつを相続した。さらに,Dが平成15年12月12日に死亡したので,同人の損害賠償請求権を,原告らが各3分の1ずつ相続した。 (被告らの主張)争う。 第3争点に対する判断 争点(1)(適応がないにもかかわらず本件検査を実施した過失の有無)について(1)証拠(甲B2,4,7,8,乙B1,2,10)によれば,本件検査の適応及び禁忌について,以下の医学的知見が認められる。 ア心臓カテーテル検査は,心臓病の診断,重症度の判定等のために,心内圧測定,各部位の採血と酸素飽和度の測定,心拍出量の測定,心血管造影などをすることを目的とした検査であり,血行動態検査と造影検査を組み合わせたものである。例えば,心不全又は心筋梗塞患者の血行動態の評価のため,心臓手術後の血行動態の評価のため,術後の心機能の評価や手術成績の確認のため,その他右室,左室又は肺動脈などに異常が存在することが強く疑われるときの確認のためなどに,広く行われている。 心臓カテーテル検査のうち右心カテーテル検査は,心不全の有無やその程度の把握に有用である。他方,純粋な狭心症の場合,術前の心エコー検査の結果左室壁運動異常が全くない場合などにおいては,右心カテーテル検査をしても血行動態に異常がみられることはまずないので,この検査による血行動態計測の診断的意義はほとんどない。また,血行動態計測以外の右心カテーテル検査( くない場合などにおいては,右心カテーテル検査をしても血行動態に異常がみられることはまずないので,この検査による血行動態計測の診断的意義はほとんどない。また,血行動態計測以外の右心カテーテル検査(右室や肺動脈の造影検査,血液ガス計測など)は,特殊な病態の場合を除き,虚血性心疾患には不必要である。 - 9 -イ本件検査に絶対的禁忌はないが,心エコー検査など非侵襲的な検査により診断や治療の決定を下すために必要な情報が得られることもあることから,①有熱性疾患を合併している患者,②著明な出血傾向のある患者,③非代償性の心不全で臥位が不可能な患者,④造影剤に対する重篤なアレルギーがある患者,⑤重篤な腎不全がある患者,⑥80歳を越える高齢者など(ただし,④及び⑤は造影検査を行う場合)では,検査によって得られる利益と合併症による不利益とを十分勘案して適応を決める必要がある。 また,心臓カテーテル検査の実施に当たっては,術者の知識や技術の程度,施設等の状況などの医師・病院側の事情も考慮すべきものとされている。 (2)前記前提となる事実及び証拠(乙A1,2,4,被告C本人)によれば,以下の事実が認められる。 Bは,経皮的冠動脈形成術実施後,2月9日にはレントゲン写真の所見として心拡大が認められただけで,胸部症状はなく,不整脈もなかったため,翌10日午後2時30分にICUでの管理から一般病棟での管理となった。 その後,心電図モニター記録上,同日午後3時40分に危険性の高い不整脈が認められ,午後8時42分から45分にかけても頻脈性不整脈が認められた。さらに,午後11時50分ころからは,心房細動を示す波形が現れていることが認められた。被告C医師は,この不整脈に対して昼から内服治療(サンリズムを処方)をし,その結果,Bには,上室性期外収縮の頻発 。さらに,午後11時50分ころからは,心房細動を示す波形が現れていることが認められた。被告C医師は,この不整脈に対して昼から内服治療(サンリズムを処方)をし,その結果,Bには,上室性期外収縮の頻発はあったが心房細動はみられなくなり,同月12日にも上室性期外収縮が頻発したが,臨床的には落ち着いており,バイタルサインにも著明な変化はなかった。 そこで,同月13日からリハビリテーションが開始された。同日のリハビリテーションにおいて,Bには軽度の息切れがあったものの,血圧,心電図- 10 -及び胸部症状に特段の変化はなかった。 同日には,心エコー検査も実施され,その結果,下壁梗塞,左房の拡大,大動脈の石灰化,軽度の弁閉鎖不全が認められ,左心室後壁の軽度の運動低下,左心室下壁の中等度から高度の運動低下がみられた。 翌14日の廊下歩行の負荷をした12誘導心電図検査(胸部にV1ないしV6の6個の電極を付ける。V1は第4肋間胸骨右縁,V2は第4肋間胸骨左縁,V3はV1とV2の中間地点,V4は第4肋間鎖骨中線上,V5は第5肋間前腋窩線上,V6は第5肋間中腋窩線上に付ける。)で,V2ないしV5においてST低下(虚血性心疾患等を疑わせる所見)が認められた。そのため,被告C医師は,「前下行枝領域での虚血の疑いがある。この後も心電図検査において心筋虚血を示唆するST低下が認められる場合には改めて左前下行枝の状態を把握するために冠動脈造影検査をする必要がある。」と考えたが,ひとまずベーターブロッカーを追加投与することにした。 同日午後9時30分ころ,Bから胸部圧迫感の訴えを受けて実施された心電図検査において,ST低下が認められたが,翌15日に実施された室内歩行負荷検査においては,軽度の息切れがみられる程度で,胸部症状はなくST低下も認められなかった。これについ えを受けて実施された心電図検査において,ST低下が認められたが,翌15日に実施された室内歩行負荷検査においては,軽度の息切れがみられる程度で,胸部症状はなくST低下も認められなかった。これについて,被告C医師は,ベーターブロッカーの効果とも考えられ,この後変化が見られるようなら,冠動脈造影検査を行う必要があると考えた。そして,同月16日にリハビリテーションの一環であるシャワー負荷検査を実施したところ,心電図上V4ないしV6のST低下が認められた。 このようなBの症状から,被告C医師は,50ないし75%程度の中等度病変とみていた左前下行枝#7の病変が実は高度病変である可能性や,緊急入院時に治療をした右冠動脈に再狭窄が生じている可能性等を考え,このような点について退院前に評価するために心臓カテーテル検査による冠動脈造影等を実施する必要があると判断し,同月20日,本件検査を実施した。 - 11 -(3)Bの司法解剖の検査記録(甲A14),司法解剖を実施したJの意見書(甲A13。以下「J意見書」という。)及び司法解剖の検査記録や標本等を参考としてBの病理所見等を検討して作成されたKの意見書(乙B11。 以下「K意見書」という。)によれば,以下の事実が認められる。 Bの右肺動脈の上葉動脈分岐部から末梢へ3㎝内外の肺底動脈(直径1. 2㎝内外。下葉動脈の肺底部の肺動脈である。)に,動脈長軸方向の長さ0.5㎝の貫壁性断裂があった。その断端は不整であり,断裂周囲の外膜側に新鮮な出血があった。この断裂部の肺底動脈の内膜には線維性肥厚などが認められた。 また,Bの肺には,陳旧性の肺結核(肺尖部の線維性癒着)及びそれと加齢とが原因であると考えられる中等度から高度の肺気腫が認められた。肺動脈に梅毒性変化はなかった。 そして,証拠(甲A7,甲B10,乙A1,2 の肺には,陳旧性の肺結核(肺尖部の線維性癒着)及びそれと加齢とが原因であると考えられる中等度から高度の肺気腫が認められた。肺動脈に梅毒性変化はなかった。 そして,証拠(甲A7,甲B10,乙A1,2,乙B13)によれば,本件検査中に測定されたBの肺動脈の収縮期圧は50ないし60㎜Hg(標準は15ないし35mmHgである。)であったことが認められるところ,これも併せ考えると,K意見書において述べられているとおり,Bは,陳旧性肺結核及び加齢により生じた肺気腫が原因となって肺高血圧となり,それが長期間続いたために,肺底動脈の内膜に線維性肥厚が起こり,これに加齢も加わって,中膜の粘液腫性変成が惹起され,肺底動脈が脆弱化したものと認められる。この脆弱化の程度について,K意見書においては,通常のスワン-ガンツカテーテルの操作によっても損傷され得る程度のものであることが前提とされている。J意見書においても,肺底動脈損傷の原因について,本件検査の際にバルーンにより内腔拡張を強いられ,肺動脈が脆弱化していたことや肺高血圧の状態にあったこと等が複合的に作用して断裂したものと考えられるとされており,K意見書において前提とされている見解を否定する内容とはなっていない。これらからすると,Bの肺底動脈は,通常のスワン-ガン- 12 -ツカテーテルの操作によっても損傷され得る程度に脆弱化していたものと認めることができる。 (4)上記(1)ないし(3)認定事実に基づいて,争点(1)について検討する。 ア上記(2)で認定したとおり,Bについては,心電図においてST低下が認められており,また,入院期間中,特に2月10日以降の症状やその他の各種検査結果により,左前下行枝#7の病変が高度病変である可能性,右冠動脈の再狭窄が生じている可能性等が疑われたのであるから,退院前 められており,また,入院期間中,特に2月10日以降の症状やその他の各種検査結果により,左前下行枝#7の病変が高度病変である可能性,右冠動脈の再狭窄が生じている可能性等が疑われたのであるから,退院前に心臓カテーテル検査を実施し,その病態を把握する必要性があったものと認められる。 なお,右心カテーテル検査については,上記(1)アのとおり,純粋な狭心症の場合,術前の心エコー検査の結果左室壁運動異常が全くない場合などにおいては,右心カテーテル検査をしても血行動態に異常がみられることはまずないので,この検査による血行動態計測の診断的意義はほとんどないとされているが,本件では,上記(2)のとおり,心エコー検査において左壁運動低下が認められていたのであるから,右心カテーテル検査による血行動態計測の診断的意義がない場合には当たらず,非侵襲的検査である心エコー検査だけで,Bの病態を把握するために十分な情報が得られていたということはできない。 また,原告らは,BにST低下があったが,ベーターブロッカーの効果が認められたのであるから,心臓カテーテル検査までする必要はなかったと主張するが,ベーターブロッカーは病変自体を治癒させるものではない(乙A4)から,これをもって検査をする必要がなかったということはできない。 さらに,原告らは,①測定した楔入圧の記録が残っていないことや,②本件検査の前日のカンファレンスにおいて被告C医師がBに本件検査の必要性があるか否かについて諮っていることをもって,被告C医師自身- 13 -もBには本件検査の必要がないと考えていた疑いがある旨主張する。しかし,上記のとおり,現にBには虚血性心疾患等を疑わせるST低下が認められており,これについて,被告C医師が本件検査の必要性があると考えていたことは,診療録の2月14日の箇所に がある旨主張する。しかし,上記のとおり,現にBには虚血性心疾患等を疑わせるST低下が認められており,これについて,被告C医師が本件検査の必要性があると考えていたことは,診療録の2月14日の箇所に「高令なのでfollowcath(追跡造影)しない予定だったが,明日以降のECG(心電図)でさらにさがるなら,CAG(冠動脈造影)する必要あり」(乙A2の32頁),2月15日の箇所に「今後変化みられるなら,高令だがfollowcath(追跡造影)必要」(乙A2の33頁)と記載されていることからも十分認められるところである。また,上記①の点については,後記3(2)ウにおける認定説示(本件検査開始後10分ほどでBに急変が生じ,救命措置等が施されることになったこと)にかんがみると,楔入圧の記録が残っていないことをもって,測定自体が必要のないものであったということはできない。さらに,上記②の点については,上記(1)認定の心臓カテーテル検査の適応の有無に関する医学的知見,上記(2)認定のBが当時呈していた症状等のほか,Bの年齢等にかんがみると,被告C医師が,Bに対する本件検査の施行について,カンファレンスの場で他の医師の意見を聴取したことは合理性を有するものであったといえるので,本件検査の前日のカンファレンスにおいてBの症例を諮ったことをもって被告C医師が本件検査は必要ないと考えていたということはできない。 イところで,本件検査において合併症が発生する危険性についてみると,Bは,上記(3)で認定したとおり,その肺底動脈が心臓カテーテルの刺激により損傷しうるほどに脆弱化しており,合併症が発生する可能性があったということができる。 しかしながら,この肺底動脈が脆弱化した状態は,解剖の結果認められたものであり,解剖所見の全てが臨床医療において認識し得るも ほどに脆弱化しており,合併症が発生する可能性があったということができる。 しかしながら,この肺底動脈が脆弱化した状態は,解剖の結果認められたものであり,解剖所見の全てが臨床医療において認識し得るものでないことはいうまでもない。本件においても,証拠上,診療過程において,陳- 14 -旧性の肺結核,肺気腫の存在を疑わせる症状等を認めることはできず,そうである以上,被告C医師が,本件検査の実施前に,肺底動脈が上記の程度まで脆弱化していたことを認識するのは困難であったというべきである。そうすると,本件検査の適応の有無の判断に当たり,被告C医師に,この点について合併症の危険性が高いとして,本件検査の実施を回避すべきことまで義務付けることは適当でない。 この点に関し,原告らは,2月13日の心エコー検査でBには中等度から高度の壁運動低下や大動脈弁,僧帽弁及び上行大動脈の石灰化,心筋梗塞が認められたことや,Bに高血圧症の既往があることから,被告C医師は本件検査により肺動脈を損傷する危険を予測できた旨主張するが,心筋梗塞や動脈硬化があることや高血圧の既往があること自体は,上記(1)イで認定した心臓カテーテル検査の適応に関し特に配慮すべき患者として挙げられてはいないし,肺動脈は他の動脈とは成り立ちが異なるため,動脈硬化が強いからといって肺動脈も同様であるということにはならない(被告C本人)ことにかんがみると,上記心エコー検査の結果をもってしても,Bが肺動脈の損傷の危険性が特段に高い状態にあるとして,本件検査を回避すべきであったということはできない。 さらに,原告らは,Bは当時83歳という高齢であり,医療センターにおいても,一般的には退院前に80歳以上の患者に心臓カテーテル検査を勧めてはいない旨主張するが,これは,80歳未満の患者に対して,ほぼ一律に 原告らは,Bは当時83歳という高齢であり,医療センターにおいても,一般的には退院前に80歳以上の患者に心臓カテーテル検査を勧めてはいない旨主張するが,これは,80歳未満の患者に対して,ほぼ一律に心臓カテーテル検査を勧めているのと対比して,80歳以上の患者では個別の症例ごとに施行の要否を検討する扱いであるという趣旨であり,80歳以上の患者に心臓カテーテル検査を勧めないというものではない(被告C本人)。 ウまた,上記(1)イで認定したとおり,心臓カテーテル検査の実施に当たっては,術者の知識や技術の程度,施設等の状況などの医師・病院側の事- 15 -情も考慮すべきものとされている。 そこで,この観点から検討すると,被告C医師及びH医師は日本循環器学会の専門医の資格を有していること(被告C本人,証人H)及び医療センターの性格等にかんがみると,特段の事情につき格別の主張・立証のない本件においては,医師・病院側の事情により本件検査の実施を回避すべきであったと認めることはできない。 エ以上の認定説示を総合的に考察すると,被告C医師が,Bの左前下行枝#7の病変が高度病変である可能性や入院時に治療した右冠動脈の再狭窄の可能性等を疑って,退院前に本件検査を実施する必要があると判断し,これを実施したことには相応の合理性があったということができ,その判断が不適切であったということはできない。したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。 争点(2)(本件検査の危険性等について説明を怠った過失の有無)について(1)証拠(甲B5,6,8,乙B4)によれば,本件検査の合併症について,以下の医学的知見が認められる。 心臓カテーテル検査の合併症としては,バルーンの破裂に伴う傷害,不整脈,肺梗塞,肺動脈の穿孔と破裂,感染等がある。 心臓カテーテル検査 れば,本件検査の合併症について,以下の医学的知見が認められる。 心臓カテーテル検査の合併症としては,バルーンの破裂に伴う傷害,不整脈,肺梗塞,肺動脈の穿孔と破裂,感染等がある。 心臓カテーテル検査に伴う死亡事故の比率については,いずれも外国の心臓血管造影学会による報告であるが,66施設において14か月間にわたって実施した心臓カテーテル検査5万3581件中75件が,また,1984年7月1日から1987年12月31日までの間に実施した冠動脈造影検査22万2553件中218件が死亡例であったというものがあり,これによればおおむね0.1%程度ということになる。また,スワン-ガンツカテーテルに関連した肺動脈破裂の発生率については,これもまた外国の報告ではあるが,大規模民営教育病院における1975年から1991年の17年間の3万2442件を対象に分析したところ,その率は0.031%であった- 16 -とされている。 (2)前記前提となる事実及び証拠(甲A3,6,11,乙A2,4,原告G本人,被告C本人)によれば,以下の事実が認められる。 被告C医師は,2月8日,Bの右冠動脈について冠動脈造影検査を実施するに当たり,原告Fに対して,心臓カテーテル術による検査及び経皮的冠動脈形成術の内容,出血,不整脈,血腫,感染,塞栓症などの併発症が生じる危険性があることについて説明した上で,同人から承諾を得た。 その後,被告C医師は,同月14日にST低下が認められた後に,Bに対して,退院前に本件検査を行うことも考えている旨説明した。Bは,同室者が急変し死亡した様子を見てショックを受けていたこともあり,本件検査を行うことには消極的な様子であった。 被告C医師は,同月19日,原告Gに電話をし,退院前に本件検査を実施した方がよいと思われ,実施するのであれば日程の都合上 ショックを受けていたこともあり,本件検査を行うことには消極的な様子であった。 被告C医師は,同月19日,原告Gに電話をし,退院前に本件検査を実施した方がよいと思われ,実施するのであれば日程の都合上20日の検査の予約をしなければならない旨告げた。原告Gは,退院前に本件検査をすることについては何も聞いていなかったことから,検査の目的等を尋ねた。これに対して,被告C医師は,冠動脈病変の程度などを調べて退院しても安心なものかどうかを確認するためであるとの趣旨の説明をした。これを受けて,原告Gが原告Eや原告Fに電話をして相談したところ,原告Fが,被告C医師に直接会って本件検査について説明を聞くこととなった。被告C医師は,同月19日に医療センターを訪れた原告Fに対し,今回の心臓カテーテル検査の術式は,大腿部からカテーテルを入れた同月8日の検査と異なり,腕から入れるものであるので負担は少ないこと,本件検査の内容,出血,不整脈,血腫,感染,塞栓症などの合併症の危険があるが,その検査に伴う死亡事故は稀であること,退院後発作や急変を起こすおそれがあるので検査を実施した方が安心であることを説明し,原告Fに依頼して,その旨をBにも説明してもらった。被告C医師は,Bに対しても,上記術式について説明をし,原- 17 -告F及びBから本件検査を実施することについて承諾を得た。 なお,被告らは,B及びその家族が2月18日に心臓カテーテル検査のビデオを視聴したと主張し,被告C医師も陳述書にその旨記載する。しかし,被告C医師の陳述書以外にそれを裏付けるものはなく,診療録等にも記載がない。また,同日に心臓カテーテル検査のビデオを見ていたというのであれば,原告らも本件検査の目的等については理解していたはずであり,そうであれば,翌19日に被告C医師から本件検査に関する電話 記載がない。また,同日に心臓カテーテル検査のビデオを見ていたというのであれば,原告らも本件検査の目的等については理解していたはずであり,そうであれば,翌19日に被告C医師から本件検査に関する電話を受けた後の原告らの行動は上記認定とは異なったものとなるのが通常であると考えられる。 こうしたことに照らすと,上記ビデオは,原告Gが陳述するように,退院後の生活についてのビデオであったと認めるのが相当である。 (3)以上の事実によると,原告Fは,少なくとも,2月8日と同月19日の2回にわたり,また,Bは同月19日に,本件検査の内容や危険性について説明を受けていること,その過程で,本件検査に伴い,出血,不整脈,血腫,感染,塞栓症などの合併症の危険性があることに関して情報が提供されていることが明らかである。そうすると,原告Fは,上記(1)で認定した本件検査の合併症について説明を受けているといえるし,また,その際にされた本件検査に伴う死亡事故は稀であるとの説明も,上記(1)認定の統計資料に徴すれば相当であるといえる。なお,2月19日にされた説明は,Bが心臓カテーテル検査に消極的であったことから,同月8日の検査との術式の違いに力点が置かれ,合併症に関しては簡略にされていたものと認められるが,合併症については既に同月8日に説明されていたことにかんがみると,B及び原告Fにおいてその点について理解することは可能であったものと認められる。 こうしたことに,上記(2)認定の,被告C医師によって2月8日の冠動脈造影検査を実施するに当たりされた説明及びST低下が認められた後にBに対してされた説明,本件検査に関して被告C医師から電話を受けた原告Gが- 18 -原告Eや原告Fに電話をして相談し,原告Fが被告C医師に直接会って本件検査について説明を聞くこととなったと 後にBに対してされた説明,本件検査に関して被告C医師から電話を受けた原告Gが- 18 -原告Eや原告Fに電話をして相談し,原告Fが被告C医師に直接会って本件検査について説明を聞くこととなったという経緯,また,前記1で検討した本件検査をBに対して行うことの意義をも併せ考慮すると,被告C医師のB及び原告らに対する説明に注意義務違反を構成するような不十分な点があったということはできない。 争点(3)(本件検査においてカテーテルの操作等を誤った過失)について(1)証拠(甲B4,6,8,9,乙B3,被告C本人)によれば,本件検査,特に右心カテーテル検査を行う際の手技について,以下の医学的知見が認められる。 ア右心カテーテル検査を行う際には,まず静脈を穿刺してシースを挿入し,そのシースを通してバルーンカテーテルを挿入する。カテーテルが血管内に入ったところでヘパリン加生食水を注入する。バルーンカテーテルの先端がシースから出たところで,バルーンを膨張させてこれを血流に乗せてカテーテルを右心房,右心室へ進める。バルーンを膨張させたまま,さらに肺動脈へ進め,バルーンが膨らんだ状態でカテーテルの先端が進まなくなり,楔入圧波形を呈したところで楔入圧を測定する。楔入圧波形を示さないときには,いったん少し引き,向きを変えて進めていく。なお,楔入圧を測定する方法としては,上記のほかに,測定する位置で,徐々にバルーンを膨らませ,肺動脈圧が楔入圧に変わるのが確認されたら,バルーンを膨らますのを中止して測定するという方法もある。 イバルーンを膨らませておくのは必要最小限の時間に限るべきである。楔入圧を測定したらすぐにバルーンをしぼませることが重要で,特に肺高血圧の患者では,できるだけ短時間に限るべきである。バルーンを膨らませたままで放置すると,特にカテー 最小限の時間に限るべきである。楔入圧を測定したらすぐにバルーンをしぼませることが重要で,特に肺高血圧の患者では,できるだけ短時間に限るべきである。バルーンを膨らませたままで放置すると,特にカテーテルの先端が末梢肺動脈にあるときには動脈壁のびらんを起こし,穿孔して大量の喀血をみることがある。 (2)前記前提となる事実及び証拠(乙A1,2,4,5,乙B12,証人- 19 -H,被告C本人)によれば,以下の事実が認められる。 アBは,2月20日午前10時45分ころ,本件検査室に入室し,50分ころ被告C医師らにより本件検査が開始された。 被告C医師は,局所麻酔後,左橈骨動脈,左肘静脈を穿刺し,スワン-ガンツカテーテルを挿入した。スワン-ガンツカテーテルの先端が肩関節を越えた辺りでH医師がバルーンを膨張させ,被告C医師がそのバルーンを血流に乗せて右肺動脈まで進ませた。そして,上葉枝又は中葉枝において楔入圧を測定しようとしたが楔入しなかったため,いったん少し引いて再び進めるなどしたが,1ないし2分経過しても楔入圧の波形が現れなかった。被告C医師は,カテーテルのねじれが原因かも知れないと考え,カテーテル先端を右肺動脈近位までいったん退避させてバルーンの空気を抜いてねじれをとった。そして,スワン-ガンツカテーテルの先端を下葉動脈方向に向け,再度バルーンを膨張させて,それを血流に乗せ下葉動脈へカテーテルの先端を進めたところ,楔入圧波形が現れたので,その測定をした。 なお,最初に楔入圧を測定しようとした場所については,診療録の当該操作過程を記録した箇所には,肺動脈「中葉枝mainから1~1.5㎝くらいdistal(遠位)」(乙A2p34)と記載されているのに対し,被告らは本件訴訟の当初からこの「中葉枝」との記載は「上葉枝」の誤りであると主張して ,肺動脈「中葉枝mainから1~1.5㎝くらいdistal(遠位)」(乙A2p34)と記載されているのに対し,被告らは本件訴訟の当初からこの「中葉枝」との記載は「上葉枝」の誤りであると主張しており,被告C医師も,その本人尋問においてその旨述べ,H医師も透視画面上は上葉枝の辺りと判断された旨述べている。この点について,被告C医師自身は,カテーテルが中葉枝へ入り込んだと考えてその旨を診療録にも記載したというのであるから,本件検査中に透視上で見ていた被告C医師には中葉枝にカテーテルがあったとも見て取れる場所にあったということになるが,そもそもX線透視画面においては上葉枝か中葉枝かは大体の位置しか分からない(証人H)のであるから,本件証拠上- 20 -は,その位置が中葉枝,上葉枝のいずれにあったのかを確定することは困難であるといわざるを得ない。 また,原告らは,楔入圧を測定しようとした際にフラッシュをしたことも考えられる旨主張する。しかしながら,被告C医師及びH医師はその尋問においてこれを否定しており,診療録にもその旨の記載がない。また,フラッシュは,通常,①肺動脈から肺動脈楔入部へカテーテルを進めて楔入させる際にガイドワイヤーを利用した場合に,カテーテル先端を楔入させたままの状態でヘパリン加生食水を注入することが必要であり,また,②操作時間が長くなるとカテーテルが温まりコシがなくなってくるので,冷たい生食水を注入(いったんカテーテルを抜いて生食水につけて冷やすこともある。)して硬くする必要があるので,そのような場合に行われている(甲B4,8,9)ところ,本件においてはそのような事情も認められない。こうしたことに徴すると,楔入圧を測定しようとした際にフラッシュが行われたとは認められない。 イ被告C医師は,楔入圧測定後,肺動脈圧を ,8,9)ところ,本件においてはそのような事情も認められない。こうしたことに徴すると,楔入圧を測定しようとした際にフラッシュが行われたとは認められない。 イ被告C医師は,楔入圧測定後,肺動脈圧を測定しようとしたが,Bから「痰が出る」との訴えがあったため,測定を中止して痰を出させた。すると,Bは,血痰を出し,さらにその1ないし2分後の午前10時55分ころ,大量の喀血をし,午前10時58分ころいったん心停止となったものの,すぐに心拍が再開した。 被告C医師は,連絡を受けてかけつけた救命チームと共にボスミン(強心薬)の投与,輸液,輸血等の救命措置を講じたが,午前11時55分ころ再び心停止となった。Bは,心臓マッサージの施行等により心拍を再開し,出血も鎮静化するなどいったんは状態が安定したが,その後出血が顕著になり,ショック状態になり,午後0時32分ころICUに入室した。 Bは,ICU入室後,再び血圧が低下し,心停止となり,心臓マッサージ,ボスミン投与等を受けたが,ボスミンの効果がなく,心臓マッサージ- 21 -を止めると心拍が停止する状態となり,喀血も継続した。午後0時55分ころから被告C医師が原告らに対して検査中の急変の経緯等を説明をしたところ,原告らから「もう楽にしてあげてください」との申出がされた。 午後2時46分,被告C医師は,Bの死亡を確認した。 ウなお,原告らは,被告らが,楔入圧を測定したデータ,肺動脈圧の数値,午前10時53分から午前11時13分までの間の心電図データ,術中の血圧や体温のデータ,血管造影検査照射に関するデータを消去又は隠匿し,事故後に,都合の良い数値を記入したとして,本件検査の操作に関しての立証を妨害された旨主張する。 しかしながら,そもそも,肺動脈圧,楔入圧などは,機器でモニタリングはするが,当然に記録さ は隠匿し,事故後に,都合の良い数値を記入したとして,本件検査の操作に関しての立証を妨害された旨主張する。 しかしながら,そもそも,肺動脈圧,楔入圧などは,機器でモニタリングはするが,当然に記録されるものではない(被告C本人)。さらに,心電図についても,検査開始から終了まで全て出力しているわけではない(証人H)。そして,Bは本件検査を開始後10分ほどして大量喀血をし,心停止にまで陥り,その結果,検査が途中で中断され,救命措置等が施されることになったのである。そのような緊急の慌ただしい状況の中で,楔入圧や肺動脈圧のデータが出力されないままになり,データが残されていないということ,また,血圧を計測した時間の記載や心電図データの綴りの順序が混乱していること,さらには,当時のBの血圧自体が大きく変動していることは,あながち不自然,不合理とはいえない。 そうすると,被告らが立証を妨害したとの原告らの主張は,採用できない。 (3)上記(1)及び(2)認定事実に基づいて,争点(3)について検討する。 原告らは,本件検査においてカテーテルの操作等を誤った具体的内容として,主として,①右肺動脈内でバルーンを膨らませるなど不用意に右肺動脈を刺激したこと,②楔入圧の測定の際にフラッシュを行い,肺動脈の血管を損傷し血痰を生じさせたことを主張する。しかしながら,被告C医師が- 22 -原告ら主張の時点でフラッシュを行ったと認めることができないことは上記認定のとおりである。そこで,以下,上記①の主張について検討する。 ア最初に楔入圧の測定を試みた箇所は,断裂した肺動脈の部位(下葉動脈)とは異なる上葉枝又は中葉枝であるので,この際の操作が本件の肺動脈断裂の原因となったとは考えがたい。 そこで,以下,楔入圧を測定できずにいったんカテーテルを退避させた後に下葉 動脈の部位(下葉動脈)とは異なる上葉枝又は中葉枝であるので,この際の操作が本件の肺動脈断裂の原因となったとは考えがたい。 そこで,以下,楔入圧を測定できずにいったんカテーテルを退避させた後に下葉動脈において再度楔入圧を測定しようとした際の操作(バルーンを膨張させたか否か)について検討することとする。 イこの点に関し,Bに対する本件検査の状況について被告C医師が記載した「入院2号用紙」の2月20日の欄には「Ballooning(バルーン拡張)するも全くwedge(楔入)せず-PA(肺動脈)波形」との記載(乙A2の34頁。以下「記載①」という。)がある。 しかしながら,乙A2の上記欄には,記載①に続けて,「下葉にてwedge(楔入圧)測定後「たんが出る」→喀血」と記載(以下「記載②」という。)されている。そうすると,記載①は,直接には最初に楔入圧の測定を試みた際のものであり,下葉動脈で測定しようとした際の記載は記載②であると判断される。そして,記載②には,単に上記のとおり記載されているだけで,「Ballooning(バルーン拡張)」との記載はされていない。 ウまた,本件事故後の午後3時35分ころの被告C医師による原告らへの説明の様子を看護師が記載した病状説明用紙(5)の「病状説明内容」欄には,事故原因について,「右本件検査の操作時かPCW(肺動脈楔入)でバルーンをふくらませる時,右冠動脈疾患もあり,肺動脈圧が高いことも一因ではあるが右本件検査の操作が原因であると思う」との記載(乙A2の193頁)がある。 しかしながら,上記記載は,その趣旨自体が必ずしも明瞭ではない上,被告C医師の説明内容を看護師が聞き取り,要約して記載したものであ- 23 -り,逐語的に記載したものではないことに照らすと,上記記載から,現実にバルーンを膨張させた時期 必ずしも明瞭ではない上,被告C医師の説明内容を看護師が聞き取り,要約して記載したものであ- 23 -り,逐語的に記載したものではないことに照らすと,上記記載から,現実にバルーンを膨張させた時期までを認定することは困難であるというべきである。 エさらに,最初に中葉枝又は上葉枝において楔入圧を測定しようとした際には楔入しなかったのであるから,楔入させるためにその部位においてもバルーンを膨張させる操作をすることが考えられるが,その後下葉動脈の部位において測定しようとした際には,楔入して楔入圧の測定もできているのであるから,ことさらバルーンを膨張させる必要があったとは考え難い。 また,本件では,下葉動脈で楔入圧を測定した後にBが喀血をしたのであるから,その原因については,下葉動脈での楔入圧測定に関する操作にあるとまず疑うのが通常と考えられる。ところが,被告C医師は,本件事故直後には,その原因について,最初に楔入圧の測定を試みた際の出来事にあったのではないかと考えていたのである(被告C本人)。このことからしても,最初に楔入圧の測定を試みた際に血管を損傷し得るような操作,すなわち,バルーンを膨張させる操作をしていたことが考えられるが,その後,下葉動脈で楔入圧を測定した際には,血管損傷を想定し得るような操作はしていないものと考えられる。 そして,以上の点は,被告C医師及びH医師共に,下葉動脈で楔入圧を測定した際の操作について,バルーンを膨張させたまま進めただけで,膨らませる操作はしていないと供述していることとも合致するところである。 オ以上の認定説示を総合して考察すると,被告C医師が,断裂した肺底動脈の付近でバルーンを膨張させたことを認めることはできないというべきであり,争点(3)に関する原告らの主張は,その前提において,理由がない。 説示を総合して考察すると,被告C医師が,断裂した肺底動脈の付近でバルーンを膨張させたことを認めることはできないというべきであり,争点(3)に関する原告らの主張は,その前提において,理由がない。 - 24 -なお,念のため付言するに,仮に,被告C医師らが,下葉動脈において楔入圧を測定しようとした際にバルーンを膨張させる操作をしていたとしても,現に楔入圧の測定ができている以上,それにもかかわらずバルーンを膨張させる操作を継続することは通常は考えがたく,また,本件においてそのような操作をしたことを認めるに足りる証拠はない。結果的に,Bの肺底動脈に上記認定のとおりの断裂が生じているが,上記1(3)認定のとおり,Bの肺動脈は通常のスワン-ガンツカテーテルの操作によっても損傷され得る程度に脆弱化していたことにかんがみると,上記断裂の事実をもって,被告C医師らに,上記(1)アで認定した手技に照らして不適切というべきカテーテルの操作等があったものと認めることはできない。 争点(4)(Bが心停止を起こしたときに,本件検査等を中止して開胸手術など適切な治療を開始しなかった過失の有無)について(1)原告らは,①医療センターの医療事故報告書(乙B12)の診療経過欄に心停止の記載の後に楔入圧を測定した記載があること,②心電図記録の午前11時13分30秒ころの波形図(乙A2の248頁)に楔入圧と思われる波形があること,③2月20日午後0時35分からの診療等の様子について看護師が記載した「入院2号用紙」の同日午後0時35分の欄に「CALT(冠動脈造影)中喀血」との記載(乙A2の35頁)があることを主な根拠として,被告C医師は心臓マッサージによりBの心拍が再開した後も本件検査を継続し,また,冠動脈検査を実施した旨主張する。 しかしながら,上記②の心電 血」との記載(乙A2の35頁)があることを主な根拠として,被告C医師は心臓マッサージによりBの心拍が再開した後も本件検査を継続し,また,冠動脈検査を実施した旨主張する。 しかしながら,上記②の心電図記録の午前11時13分30秒ころの波形図に表示されている下から2番目の波形を楔入圧の波形と認めることはできない(被告C本人)。 また,原告らが,上記①の医療事故報告書(乙B12)中に,心停止の記載の後に楔入圧を測定した記載があると主張する根拠は,「12時30分心停止を起こした。」とある後,「良好な波形得られず,肺動脈右下葉動脈に- 25 -進め契入圧(楔入圧)を得た。」と記載されていることにあると考えられる。しかしながら,そもそも,喀血,心停止という重大な事態が生じ救命措置を行ってきた状況の下で,再度検査を続行するとは考え難く,また,当時の状況下ではBのバイタルサインに大きな変化が起こっていることは優に推認でき,そのようなときに診療上意義のある楔入圧が測定できるとも考え難い。加えて,診療録上,喀血や心停止後に楔入圧を計測したことを示す記載はなく,また,原告らが指摘する部分は,12時30分の心停止より前に記載されている「肺動脈楔入圧の波形がモニターに描き出されないため・・・右下葉の肺動脈枝に入れて楔入圧を測定した。」との記載と重複していることに徴すると,原告らが指摘する記載は,単に整理されないまま作成されたために生じた誤記であると考えられる。 さらに,上記③については,上記3(2)で認定説示したBが本件検査中に喀血した後の治療の状況のほか,2月20日の血管造影検査照射録(甲A8の2)の各欄の丸印が「×」印で削除してあることや,被告C医師及びH医師共に,冠動脈造影はしていない旨供述していることを総合的に考慮すると,Bの心停止後に冠動脈造影検 日の血管造影検査照射録(甲A8の2)の各欄の丸印が「×」印で削除してあることや,被告C医師及びH医師共に,冠動脈造影はしていない旨供述していることを総合的に考慮すると,Bの心停止後に冠動脈造影検査を実施したと認めることもできない。上記「入院2号用紙」の記載は,その文章からも明らかなとおり,看護師が本件事故について要約的に記載したものであり,もともと本件検査は冠動脈造影検査をすることも目的としていたこともあり,冠動脈造影を実施したか否かを顧慮することなく検査中という趣旨で記載したとも考えられるのであり,この記載をもって,Bの心停止後に冠動脈造影検査まで行われたと認めることはできない。 そうすると,Bが心停止となった後に,被告C医師が本件検査を継続し,また,冠動脈造影を実施したことを認めることはできない。 (2)以上によれば,被告C医師が心臓マッサージ等によりBの心拍が再開した後に本件検査を継続し,冠動脈造影検査を実施したとの原告らの主張事実- 26 -を認めることはできないが,なお,開胸手術をしなかったことの当否について検討する。 ア前記前提となる事実及び証拠(乙A2,4,被告C本人)によれば,以下の事実が認められる。 Bは,午前10時55分ころ大量の喀血をし,午前10時58分ころすぐに心拍再開したものの一時心停止となった。被告C医師は,救命チームに連絡をした。そして,救命チーム(総勢10名程度)と共に,Bに対し,気管内挿管による呼吸確保,ボスミンの投与などの救命措置をした。 また,出血部位を確認するために,右気管支をファイバースコープで観察したが,確認できなかった。午前11時30分ころからは輸液と輸血を開始したが,午前11時55分ころ再び心停止となった。Bは,心臓マッサージの施行,ボスミンの投与等により心拍を再開し,出血も鎮静化 察したが,確認できなかった。午前11時30分ころからは輸液と輸血を開始したが,午前11時55分ころ再び心停止となった。Bは,心臓マッサージの施行,ボスミンの投与等により心拍を再開し,出血も鎮静化するなどいったんは状態が安定したが,その後出血が顕著になり,ショック状態になり,午後0時32分ころICUに入室した。 Bは,ICU入室後,再び血圧が低下し,心停止となり,心臓マッサージ,ボスミン投与等を受けたが,ボスミンの効果がなく,心臓マッサージを止めると心拍が停止する状態となり,喀血も継続した。午後0時55分ころから被告C医師が原告らに対して検査中の急変の経緯等を説明をしたところ,原告らから「もう楽にしてあげてください」との申出がされた。 午後2時46分,被告C医師は,Bの死亡を確認した。 イ上記ア認定事実によれば,Bが大量に喀血した直後には,10名程度の救命チームが駆けつけ,被告C医師らと共に,Bの救命に当たっており,いったんはBの出血が鎮静化するなど状態も安定したこと,そして,その後再び出血が顕著となり,ショック状態となった際には,ICUにおいて救命措置がとられたことが明らかである。 ウところで,「スワン-ガンツカテーテルに関連した肺動脈破裂」と題す- 27 -る研究報告(乙B4)中には,肺動脈破裂で血胸を併発した場合には,直ぐに開胸術を施行すべきであるとの記載がある。 しかしながら,これは,スワン-ガンツカテーテルに関連した肺動脈破裂で血胸があった患者23例について分析したところ,開胸手術をしていない7例は全例死亡したが,開胸手術をした16例では8例が生存し得たとの統計に基づくものである。確かに,生存のために開胸手術が有効である症例があることは認められるとしても,平成13年2月当時,わが国の臨床医学の水準において心臓カテーテル検 6例では8例が生存し得たとの統計に基づくものである。確かに,生存のために開胸手術が有効である症例があることは認められるとしても,平成13年2月当時,わが国の臨床医学の水準において心臓カテーテル検査中に肺動脈破裂が疑われる血胸患者であれば,その症状のいかんを問わず,全て開胸手術をすべきであるとの知見が確立していたとまでは認めることができないというべきであり,上記研究報告も,そのような趣旨のものとは解されない。 ところで,被告C医師も肺動脈損傷を疑ってはいたものの,右気管支をファイバースコープで観察しようと試みても出血部位を確認することができなかったというのである(乙A4)。また上記3(2)イ及び上記ア認定のとおり,午前10時55分ころ大量喀血をした後のBの呈していた症状は非常に重篤なものであり(午後0時32分ころICUに入室するまでの間に2度心停止を起こしており,入室後も,再び心停止となっている。),それに対し,10名を超える医療チームにより様々な救命措置が施されたにもかかわらず,ICU入室後,心臓マッサージを止めると心拍が停止する状態に至った。こうしたことに加え,当時Bが呈していた以上の症状の下においても,開胸手術が有効であることを裏付ける具体的な証拠が存在しないことをも総合的に検討すると,被告C医師らが開胸手術をしなかったことをもって不相当ということはできないというべきである。 (3)そして,他に,Bが喀血をし心停止を起こした後の被告C医師らの措置が過失を構成するものであることを基礎付ける具体的な主張,立証は存在しない。 - 28 -そうすると,争点(3)における原告らの主張は,採用できない。 以上の次第であるから,被告C医師に上記各過失があったと認めることはできず,原告らの請求はいずれも理由がないから,その余の点について判 そうすると,争点(3)における原告らの主張は,採用できない。 以上の次第であるから,被告C医師に上記各過失があったと認めることはできず,原告らの請求はいずれも理由がないから,その余の点について判断するまでもなくこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官金井康雄裁判官本吉弘行裁判官望月千広

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