平成21年(ワ)第5667号損害賠償請求事件判決主文 被告は,原告X1に対し,1002万5000円及びこれに対する平成17年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告X2に対し,587万5000円及びこれに対する平成17年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告らのその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを5分し,その2を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告X1に対し,2498万8623円及びこれに対する平成17年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告X2に対し,1587万5174円及びこれに対する平成17年7月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要等 事案の概要本件は,腹痛によって被告が設立,運営する被告病院の救急外来に救急車で搬送されたAが,消化管穿孔による穿孔性腹膜炎により死亡したことについて,Aの相続人である原告らが,被告病院医師には消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行うべき義務を怠った過失があると主張して,被告に対し,診療契約の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求める事案である。 前提事実(証拠を掲記しない事実は争いがない)(1)当事者アAは,昭和3年○月○日生まれの男性であり,平成17年7月6日に死亡した(甲C1の1)。 原告X1は,Aの妻であり,原告X2は,Aの子である(甲C1の1,2)。 イ被告は,被告病院を開設する地方公共団体である。 (2)事実経過の概略(なお 7年7月6日に死亡した(甲C1の1)。 原告X1は,Aの妻であり,原告X2は,Aの子である(甲C1の1,2)。 イ被告は,被告病院を開設する地方公共団体である。 (2)事実経過の概略(なお,以下特に断らない限り,月日は平成17年のものである。)アAは,7月4日午後6時55分ころから,自宅において腹痛を訴えるようになり,救急車で被告病院へと搬送された(乙A2の1・17頁)。 イ同日午後7時33分ころ,Aは被告病院救急外来に到着し,救急外来を担当していた内科の医師による診察を受けた。 Aの状態は,体温が35.3℃,心拍が毎分76回,SPO2が96%,収縮期血圧が165㎜Hg で,同日午後7時38分ころに緊急で採血を実施して血液検査及び生化学検査を行い,同日午後7時53分ころ,腹部単純X線撮影として,臥位の写真が1枚撮影された。 このとき,この担当医師によって,腹部について「hard?(力が入ってる)」,「腸音弱い」との所見がカルテに記載されている。 血液検査の結果は,CRPが0.23,WBCが6600と炎症反応はみられなかった(乙A2の1・7頁,21頁)。 担当医師は,ラクトリンゲルの点滴を指示し,今夜は絶飲食でフォローとするとの方針とした。 ウ同日午後8時13分ころ,頭部単純CT撮影が実施された。 エ同日午後8時40分には,Aには左下腹部痛があり,グリセリン浣腸が実施されたところ,少量の便が排出された。 担当医師は,Aの口の中が茶色いような状態であったことを確認したが,ラクトリンゲルを500ml/2時間の速度で点滴し,生理食塩水100mlにガスター1Aを加えたものを点滴に混注した。 オAは,近いうちに消化器科を受診するよう指示を受け,同日午後10時50分ころ,原告らとともに, 0ml/2時間の速度で点滴し,生理食塩水100mlにガスター1Aを加えたものを点滴に混注した。 オAは,近いうちに消化器科を受診するよう指示を受け,同日午後10時50分ころ,原告らとともに,自宅に戻ることとなった(乙A3・18頁)。 原告らは,帰宅しようとしたものの,Aの状態が苦しそうであったため,同日午後11時15分ころ,被告病院救急外来に再度赴き,担当医師にその旨訴えた。 担当医師は,原告X2に対してAの入院を勧めたところ,原告X2は「今は考えたい」と述べ,その後,Aを救急外来で朝まで待たせたい旨申し出て,待機することとした。 その結果,Aは,救急外来のベッドで,ラクトリンゲルの点滴を朝まで2本受けることになり,朝になったら消化器内科を受診する予定となった。 カその後,Aは,口腔から茶褐色のものを少量出し,どこが痛いかを聞かれてもすべてうんと答えて,うなっているような状態が続いた。(乙A3・20頁)キ7月5日午前7時ころ,救急外来担当医師が,Aを観察し,茶褐色の吐物を確認し,一晩中うーうーとしているとの経過を踏まえて,緊急で採血が行われたところ,白血球数が1100まで激減していることが判明し,同日午前7時30分ころから,抗菌薬であるカルベニンの点滴が開始された(乙A2の1・8頁)。このころ,被告病院消化器内科医がAを診察し,腹部が膨隆し,腹部が硬くなっている疑いがあったことから,腹部から骨盤にかけて単純CT撮影の実施を指示した。 ク同日午前8時6分ころに撮影された同CTでは,腹水とフリーエアが確認されたため,消化管穿孔による腹膜炎の疑いで,外科にコンサルトが実施され,Aを診察した被告病院外科医は,消化管穿孔と診断した。 ケAは,同日午前10時30分,被告病院救急外来から同外科に緊急入院と たため,消化管穿孔による腹膜炎の疑いで,外科にコンサルトが実施され,Aを診察した被告病院外科医は,消化管穿孔と診断した。 ケAは,同日午前10時30分,被告病院救急外来から同外科に緊急入院となった。Aは,入院時点で,全身状態が既に不良であったため,開腹手術の適応はないと判断され,抗菌薬等による保存的治療が行われたが,7月6日午前8時11分に死亡が確認された。 Aの直接死因については,穿孔性腹膜炎とされている。 (3)本件に関する医学的知見(甲B2ないし5,甲B14)急性腹症の鑑別についてア腹痛を主訴として患者が受診した場合には,まず緊急開腹手術を要する状態であるか否かを迅速に判断する必要があり,消化管穿孔による腹膜炎は,緊急手術を要する疾患の中でも代表的なものの1つとされている。 イ腹痛を主訴とする患者に対しては,急性腹症か否かの鑑別のために,問診,バイタルサインのチェック,腹部理学的所見の把握,緊急血液検査,緊急画像診断(X線撮影,超音波,CTなど)が必要となる。 ウX線撮影については,少なくとも臥位と立位正面を撮影する必要があるとされており,立位になれない場合には,左側臥位正面像を撮影するとされている。これは,鑑別に極めて重要な腹腔内遊離ガスの有無の確認には,立位正面や左側臥位正面が有用な場合が多いことによるものである。 エまた,腹部CT検査も,腹腔内遊離ガスの有無の確認に有用な場合が多いとされている。 争点 (1)消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行わなかった注意義務違反の有無(2)因果関係の存否(3)損害 争点に対する当事者の主張(1)争点(1)(消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での 撮影を行わなかった注意義務違反の有無(2)因果関係の存否(3)損害 争点に対する当事者の主張(1)争点(1)(消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行わなかった注意義務違反の有無)について【原告らの主張】ア腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行うべき注意義務について(ア)Aは,単なる腹痛患者ではなく,腹痛を最も顕著な主訴として救急車で搬送されてきたものであり(被告が主張する頭頂痛の主訴はなかった),また,被告病院搬送後も,意識が不清明で,発語が困難で意思疎通ができず,すべて「うん」あるいは「うー,うー」と発語し,担当医師の触診によって腹部が硬くなっている疑いがあることが確認された上に,茶褐色状の液体を口から出していた。 これらの重症感を窺わせる身体所見からは,Aは明らかに異常な状態であり,緊急手術が必要な疾患を疑うべき状態であったといえる。 (イ)かかる症状を呈していたAについては,消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性をも念頭において,鑑別を進める必要があるが,急性腹症の患者の腹部X線撮影においては,少なくとも臥位と立位正面を撮影する必要があるとされている。仮に,Aが腹痛等のために立位を保持することが困難だったのであれば,遊離ガスを鋭敏に描出可能な検査である腹部CT検査か,せめてX線撮影の際に,左側臥位正面像をも撮影して,消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の鑑別のために必要となる診療情報を得る必要があった。 (ウ)一般にCTは腸管の性状,微量の遊離ガス,周囲脂肪織の観察ができるため,消化管穿孔の診断のみならず,その穿孔部位の診断においても極めて有用であるとされている。 実際の臨床現場においても,消化管穿孔症例の85%で,CT画像上で遊離ガスが検出 囲脂肪織の観察ができるため,消化管穿孔の診断のみならず,その穿孔部位の診断においても極めて有用であるとされている。 実際の臨床現場においても,消化管穿孔症例の85%で,CT画像上で遊離ガスが検出されたことが報告されている。また,穿孔部位別の検出率については,上部消化管穿孔及び大腸穿孔において非常に高い率で遊離ガスが検出され,小腸穿孔においては比較的検出率が低めとなっているとの報告があるが,小腸穿孔は大変稀な症例であるとされている。 (エ)また,Aは,一旦自宅に戻ることになって病院を離れた直後に,被告病院救急外来を再受診し,その後も苦しそうな状態が続いていた。 (オ)以上によれば,被告病院医師は,本来であれば7月4日午後7時53分に臥位でX線撮影を行った時点で,消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性も考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行い,あるいは,せめて同日午後11時15分ころに再度受診した際に,同様の鑑別を行うべき注意義務があった。 イ被告病院医師の義務違反被告病院医師は,Aの腹部X線写真を撮影するにあたり,仰臥位正面像しか撮影を行わず,その後,腹部CT撮影や,立位ないし左側臥位正面像での腹部X線撮影を行わなかった。 ウ被告の主張(下記ウ)に対する反論原告X2は,入院病棟に移っても医師の目が届かなくなってしまうのではないかと危惧し,救急外来に留まることを選択したのであり,担当医師もAが救急外来に留まることを了承した。 そして,救急外来待機中も,Aは医師から帰宅を指示されたこともないし,現実に被告病院看護師によって観察された病状が診療録に記載されるとともに,ガスター投与などの医学的処置がされているのであって,かかる処置が,診療契約に基づいて実施されていることは明らかである。 以上により,Aと被告との って観察された病状が診療録に記載されるとともに,ガスター投与などの医学的処置がされているのであって,かかる処置が,診療契約に基づいて実施されていることは明らかである。 以上により,Aと被告との間の診療契約は,Aが死亡するまで継続していたというべきである。原告X2が救急外来に留まることを選択した時点において,被告病院医師はAの腹痛の原因鑑別が終わっておらず,診療契約上の義務は十分に履行されていないが,この点からも,診療契約が終了しているとは到底評価し難いといわざるをえない。 【被告の主張】ア救急外来時の診察,検査及び診断について医師は,救急外来患者を診察する場合,不十分な情報の中で,可能な限り早く,可能な範囲で正確に,診断を下し,患者に対する必要な治療を開始するが,すべての検査を救急外来時に行うことまで求められるものではない。 すべての患者の訴えに対して,時間的にも限られた救急外来で検査を行わなければならないとすれば,医療従事者に不可能を強いるものであり,かつ過剰診療そのものである。 イ救急診療時の診療について担当医師は,Aが高齢者であり,片麻痺,車椅子で,救急外来時以前からコミュニケーションが困難で,「うー,うー」としか発語できない常態であるとして診断した上,血液検査データの数値は正常範囲にあり,腹部触診においても腹部に力が入っていたため,Aの腹部の所見ははっきりせず,腹部が硬くなっている疑いがあるような状態ではなかったため,この時点で,消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を疑い,さらに左側臥位X線撮影及び腹部CT撮影を行う必要はなかった。 また,Aは,立位がとれず,左側臥位X線撮影を行うための姿勢がとれなかったので,左側臥位X線撮影を行うことは不可能であった。 そして,担当医師は,救急外来患者であるA 部CT撮影を行う必要はなかった。 また,Aは,立位がとれず,左側臥位X線撮影を行うための姿勢がとれなかったので,左側臥位X線撮影を行うことは不可能であった。 そして,担当医師は,救急外来患者であるAに対して,腹部触診,血液検査,仰臥位正面像を撮影し,なすべき診療を尽くしているといえるから救急診療時の診療に過失はない。 ウ再受診時の対応についてAは,原告らの判断によって,救急外来に留まることすなわち,入院しないことを選択したのであるから,そもそも,入院を伴う診療契約の締結は当事者間ではなされていない。 そして,物理的に救急外来に留まっているだけで,診療契約が終了しない,あるいは,継続的に入院を伴う診療契約と同等の注意義務が発生すると解するのは不合理である。 したがって,患者が外来で待機している間には,そもそも経過観察義務は生じず,あるいは,生ずるとしても,その程度は軽減されるものである。 本件では,7月5日午前7時の血液検査の結果,白血球数が1100と急激に悪化したという変化が見られたため,同日午前8時6分ころにCT検査を行ったのであり,被告病院医療従事者らの処置は具体的な患者の変化に対応し,適切になされた。 (2)争点(2)(因果関係の存否)について【原告らの主張】ア消化管穿孔による腹膜炎は,一晩放置したまま経過すると,十分に救命可能性が失われうる,緊急性のある疾患である。他方で,早期診断・早期治療が行われれば十分に治療できる疾患でもあり,手術までの経過時間等が予後に大きな影響を与えるとされている。 イAの消化管穿孔部位は特定されていないが,上部消化管穿孔であれば比較的予後は良好とされている。また,仮に下部消化管穿孔であったとしても,Aが腹痛を訴え始めたのは7月4日午後7時ころのことで イAの消化管穿孔部位は特定されていないが,上部消化管穿孔であれば比較的予後は良好とされている。また,仮に下部消化管穿孔であったとしても,Aが腹痛を訴え始めたのは7月4日午後7時ころのことであり,消化管穿孔はおおむねこの時期に発症したものと考えられるところ,Aは同日午後7時33分には被告病院を受診しており,一旦帰宅することとなった後に再度受診したのは同日午後11時15分ころのことであるから,下部消化管穿孔治療のゴールデンタイムとされる発症から10時間以内という条件を十分に充たすタイミングで,被告病院において確定診断に至り得たはずである。また,この受診時点におけるAの白血球数は6600であったことが確認されており,死亡例の集中する5000以下という状態には未だ至っていなかった。また,この時点における収縮期血圧は165㎜Hg であり,やはり死亡例の集中する術前のショック状態合併という病状には至っていなかった。 このようなAの全身状態からすれば,同日午後7時53分に臥位でX線撮影を行った時点で,腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行い,穿孔性腹膜炎としての治療を開始していれば,あるいは,せめて同日午後11時15分ころに再度受診した際に,同様の鑑別が行われていれば,緊急手術の機会を失することはなく,救命できたといえる。 ウ被告の主張に対する反論穿孔性腹膜炎の症例においては,白血球数が基準値内の症例も相当程度あり,診断時の白血球数が正常であっても,穿孔性腹膜炎の診断がなされている。したがって,血液検査が正常である場合は画像診断できないという被告の主張は,医学的根拠を欠くものである。 エ以上により,被告病院の注意義務違反とAの死亡との間には因果関係がある。 【被告の主張】アAの血液検査の結果が正常値であ 画像診断できないという被告の主張は,医学的根拠を欠くものである。 エ以上により,被告病院の注意義務違反とAの死亡との間には因果関係がある。 【被告の主張】アAの血液検査の結果が正常値であったこと及び仰臥位正面像から穿孔所見がなかったことによれば,仮に,その時点でさらに左側臥位正面像,腹部CT検査を行っていたとしても,消化管穿孔を疑うような所見は得られなかった。 したがって,原告らが主張する時点で,消化管穿孔と診断することは不可能であるから,当該時点で外科的手術を行うことはありえない。 イなお,Aの消化管穿孔は,7月5日午前7時の血液検査結果を契機としたCT検査によって判明したのであり,当該時点で手術を行っても救命しえなかった。 ウ以上により,原告ら主張の注意義務違反とAの死亡との間に因果関係はない。 (3)争点(3)(損害)について【原告らの主張】アA本人の損害(ア)逸失利益 163万3797円(イ)慰謝料 3000万0000円(ウ)葬儀費用 150万0000円(エ)相続Aの相続人は妻である原告X1,長男である原告X2及び次男であるところ,上記損害賠償請求権について遺産分割協議が成立し,原告X1が8分の5,原告X2が8分の3の割合で取得するとの合意をした。 イ近親者固有の慰謝料各200万0000円ウ弁護士費用(ア)原告X1 228万0000円(イ)原告X2 145万0000円エ合計(ア)原告X1 2498万8623円(イ)原告X2 1587万5174円【被告の主張】争う。 第3当裁判所の判断 争点(1)(消化 エ合計(ア)原告X1 2498万8623円(イ)原告X2 1587万5174円【被告の主張】争う。 第3当裁判所の判断 争点(1)(消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行わなかった注意義務違反の有無)について(1)本件では血液検査データ及び仰臥位正面X線撮影結果では,異常がなかったという点に争いはないから,問題はAの臨床症状等から腹部の急性,重大な病気の可能性を疑うべきであったといえるか否かである。 (2)急性腹症の鑑別ところで,前記前提事実によれば,腹痛を訴えている患者が急性腹症であるか否かの鑑別には,問診,バイタルサインのチェック,腹部理学的所見の把握,緊急血液検査,緊急画像診断が必要となる。証拠(甲B3)によれば,問診では,疼痛の発症時期,部位や痛みの程度,嘔吐や悪心の有無及び既往症等を確認し,腹部理学的所見では,膨隆の有無,腹壁緊張の有無,腸雑音の亢進又は消失,腹水の波動等に注意すべきであるが,画像診断による腹腔内遊離ガスの有無の確認が重要であることが認められる。 そして,前記前提事実によれば,腹腔内遊離ガスの有無の確認のためには,腹部CT撮影が有用であり,レントゲン撮影の場合には,少なくとも臥位と立位正面を撮影する必要があり,立位になれない場合には,左側臥位正面像を撮影する必要がある。証拠(甲B2)によれば,レントゲン撮影において撮影姿勢が重要な理由は,立位の場合には腹腔上部に,左側臥位正面の場合には肝臓表面に,それぞれ遊離ガスが移動して,判読しやすくなるからであり,そのためには撮影前に10分以上同じ姿勢を保持する必要があることが認められる。 (3)救急外来でのAの状況まず,B救急隊活動記録票(乙A2の1・1 遊離ガスが移動して,判読しやすくなるからであり,そのためには撮影前に10分以上同じ姿勢を保持する必要があることが認められる。 (3)救急外来でのAの状況まず,B救急隊活動記録票(乙A2の1・17頁)の「19時5分前位から腹痛」との記載,外料診療録(乙A2の1・7頁,乙A2の2)の「腹痛(+)」との記載及び診療録のその他の記載によれば,Aの主訴が腹痛であったと認定することができる(主訴が頭痛であったとする被告の主張は採用できない。)。 また,前記前提事実及び証拠(甲B16,乙A2の1,2,乙A3)によれば,Aが救急搬送されてきた患者であること,搬送後も意識が不清明で,発語困難であり「うー,うー」としか発語していなかったこと,腹部に力が入っていて固い感じで,保持介助しても座位の姿勢がとれない状態で,口から茶褐色様のものを出していたことが認められる。 (4)腹部CT撮影をすべき注意義務の有無以上認められるAの臨床症状等によれば,問診による疼痛の状況の聴取は不能であって,強い疼痛が発生している可能性は否定できず,嘔吐している疑い及び腹部が緊張している疑いもあるといえる。そうすると,被告病院医師は,当初の救急外来診察時点において,Aが腹部に関する何らかの急性,重大な病気に罹患している可能性が否定できないことを認識できたというべきであるから,この時点で消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性をも念頭において,鑑別を進める必要があったところ,Aの場合には,体勢を保持できないため仰臥位正面像のみの撮影であるから,それだけから腹腔内遊離ガスがないと判断することはできない。 そうだとすると,Aについて,当初の救急外来診察で行った診察や検査結果のみでは,腹部に関する何らかの急性,重大な病気に罹患していた可能性を排除できていないので,被告病院医 ることはできない。 そうだとすると,Aについて,当初の救急外来診察で行った診察や検査結果のみでは,腹部に関する何らかの急性,重大な病気に罹患していた可能性を排除できていないので,被告病院医師としては,当初の外来診察が終了するまでの間に(原告らが救急外来を再受診し,救急外来に留まることを選択した時点ではない),急性腹症の診断に有用である腹部CT検査をすべき注意義務があったといわざるをえない。 なお,左側臥位正面像については,左側臥位の姿勢を10分以上保持してから撮影を行う必要があり,当時のAの状態からすれば,左側臥位正面の撮影を行うための姿勢保持がとれなかったことが推認されるから,被告病院医師が左側臥位正面像を撮影しなかったことは注意義務違反となるものではない。 (5)被告の主張についてアこれに対し,被告は,救急外来を担当する医師は,多数の患者に対し,限られた時間及び不十分な情報の中で診断を下し,必要な治療をしなければならないから,すべての検査を救急外来時に行うことまで求めるのは医療従事者に不可能を強いるものである旨主張する。 確かに,救急外来においては通常の診療と比較して時間及び情報等に制約があること及び被告病院の時間外患者が相当数いること(乙B1)は否定できない。 しかしながら,救急外来を担当する医師は,与えられた情報に基づいて可能な範囲で正確に診断を下さなければならないところ,本件においては,前記のごとく,Aが腹部に関する何らかの急性,重大な病気に罹患していた可能性が否定できていないのであるから,被告主張の事情は,前記認定判断を左右するものではない。 イ次に,被告は,Aが日頃から発語困難で,体も不自由であったから,当該時点でも腹痛から来る発語困難や姿勢がとれない状態であると理解することができなかった旨主 前記認定判断を左右するものではない。 イ次に,被告は,Aが日頃から発語困難で,体も不自由であったから,当該時点でも腹痛から来る発語困難や姿勢がとれない状態であると理解することができなかった旨主張する。 確かに,証拠(乙A4ないし7)によれば,Aは,平成14年時点において,脳出血の後遺症のため,体幹機能障害により立位困難で,四肢の筋力が低下し,食事等に介助が必要で,発語も容易でなく,意思疎通の困難さが頻繁にみられる状態であったことが認められる。しかし,Aが上記のごとく腹痛を主訴として搬送されている以上,被告病院医師としては,当該時点におけるAの発語状況や姿勢の状況が,普段のそれとどれほど異なるのかということを居合わせた原告らに聞くなどして,発語困難等の原因につき腹痛を念頭において注意深く探るべきであったといえるから,仮に腹痛の痛みの程度は軽いと判断したとすれば,その判断はやや慎重さを欠くものであったと言わざるをえず,前記認定の過失の判断に影響するものではない。 (6) 結論 本件において,被告病院医師が当初の外来診察が終了するまでの間に腹部CT検査をしていないことは明らかであるから,被告病院医師には前記注意義務を懈怠した過失があるというべきである。 争点(2)(因果関係の存否)について(1)被告は,当初の外来診察の時点では,腹部CT画像を撮ったとしても,消化管穿孔と診断できたかどうかは不明である旨主張する。 しかし,前記認定事実を総合すれば,事後的に見た場合,Aは当初の腹痛を訴えた時点から間もないころ,すなわち被告病院の外来診察の時点までに,消化管穿孔を発症していた可能性が高いことが認められる。 また,前記本件に関する医学的知見及び各種医学文献(甲B5ないし7,甲B13ないし15)によれば,腹部CT検査は腹腔内の遊離ガスを検出 でに,消化管穿孔を発症していた可能性が高いことが認められる。 また,前記本件に関する医学的知見及び各種医学文献(甲B5ないし7,甲B13ないし15)によれば,腹部CT検査は腹腔内の遊離ガスを検出する能力が高く,中京病院において平成12年1月から平成20年1月までの消化管穿孔症例180例を調査した結果では,腹部CT検査で遊離ガスが検出された割合は,上部消化管で97%,小腸で56%,大腸で78. 6%であり,遊離ガスがみられた場合には消化管穿孔が原因である可能性が最も高いこと,消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎は発症より手術までの経過時間が長いほど予後が悪いことが認められる。 そうだとすると,被告病院医師が,当初の外来診察が終了するまでの間に腹部CT検査を行えば,腹腔内に遊離ガスがあることが判明し,Aが消化管穿孔である旨の診断を行うことができた可能性が高く,かつ,当該時点ではAが消化管穿孔を発症してからそれほど時間が経過していなかったことも併せて考えると,当該時点で緊急手術が行われればAを救命できた可能性が高いというべきである。 (2)なお,本件においてAの消化管穿孔部位は特定されていないところ,上記認定事実によれば,小腸穿孔の場合は遊離ガスの検出率が低いことが認められ,その場合には腹部CT検査を行っても消化管穿孔と診断できない可能性が高かったことになるが,消化管穿孔の中で小腸穿孔は稀であるから,消化管穿孔である旨の診断を行うことができた可能性にはほとんど影響しないというべきである。 (3)以上により,被告病院医師に前記注意義務違反がなければ,Aが現実に死亡した時点においてなお生存していた高度の蓋然性を認めるのが相当である。 争点(3)(損害)について(1)A本人の損害ア逸失利益ゼロ甲C2及び弁論の全趣旨によれば,Aは死 に死亡した時点においてなお生存していた高度の蓋然性を認めるのが相当である。 争点(3)(損害)について(1)A本人の損害ア逸失利益ゼロ甲C2及び弁論の全趣旨によれば,Aは死亡当時76歳であり,32万8362円の年金収入を得ており,死亡していなければ,平均余命9年間にわたって同額の年収を得られたと認められる一方,介護を要する状態で客観的な労働能力はなく,年金額は少額であるので,生活費として費消される可能性が高かったといえる。そうすると,逸失利益を認めることはできない。 イ慰謝料1200万円Aが死亡したこと,本件における過失の内容,Aが既に健康体ではなく家族等の介護が必要な状態であったこと及びその他本件に顕れた一切の事情を総合的に考慮すると,慰謝料としては1200万円が相当と判断する。 ウ葬儀費用100万円弁論の全趣旨によれば,Aの死亡によって,相当額の葬儀費用を原告らが支出したものと認められるところ,葬儀費用として100万円を損害と認める。 エ相続原告らは,相続及び遺産分割協議(甲C3)によって,原告X1については8分の5の割合である812万5000円の,原告X2については8分の3の割合である487万5000円の損害賠償請求権をそれぞれ取得した。 (2)近親者固有の慰謝料原告らにとって,Aを失った精神的苦痛の程度は重大なものがあり,その他本件に顕れた一切の事情を総合的に考慮すると,原告ら固有の慰謝料として,原告X1について100万円,原告X2について50万円を認めるのが相当である。 (3)弁護士費用弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人弁護士に依頼し,相当額の費用を支払う旨約したと認められるところ,本件の事案の性質・内容,審理の経過,認容額等に鑑 (3)弁護士費用弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人弁護士に依頼し,相当額の費用を支払う旨約したと認められるところ,本件の事案の性質・内容,審理の経過,認容額等に鑑みれば,弁護士費用として,原告X1について90万円,原告X2について50万円を損害と認める。 (4)合計額ア原告X11002万5000円イ原告X2587万5000円 結論 以上の次第で,原告らの請求は,被告に対し,原告X1が1002万5000円及び原告X2が587万5000円並びにこれらに対するA死亡の日である平成17年7月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官永野圧彦裁判官渡部美佳裁判官小野啓介
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