平成17(ネ)9 損害賠償請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成18年6月8日 大阪高等裁判所 その他 大阪地方裁判所 堺支部 平成12(ワ)1238
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判決文本文22,340 文字)

- 1 -平成18年6月8日判決言渡平成17年(ネ)第9号損害賠償請求控訴事件(原審大阪地方裁判所堺支部平成12年(ワ)第1238号)判決主文 原判決を次のとおり変更する。 (1) 被控訴人らは,控訴人Aに対し,連帯して,金165万円及び内金150万円に対する平成11年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被控訴人らは,控訴人Bに対し,連帯して,金82万5000円及び内金75万円に対する平成11年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 被控訴人らは,控訴人Cに対し,連帯して,金82万5000円及び内金75万円に対する平成11年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (4) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを10分し,その1を被控訴人らの負担とし,その余を控訴人らの負担とする。 この判決は,第1項(1)ないし(3)に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1控訴の趣旨 原判決を取り消す。 被控訴人らは,控訴人Aに対し,連帯して,4233万円及び内金3936万円に対する平成11年9月29日(不法行為日である後記Dの死亡の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被控訴人らは,控訴人Bに対し,連帯して,1991万5000円及び内金- 2 -1843万5000円に対する前同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被控訴人らは,控訴人Cに対し,連帯して,1991万5000円及び内金1843万5000円に対する前同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要等 事案の概要(1) 本件は,D(昭和7年2月27日生。平成11年9 1万5000円及び内金1843万5000円に対する前同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要等 事案の概要(1) 本件は,D(昭和7年2月27日生。平成11年9月29日死亡。当時67歳。)が,大動脈弁閉鎖不全のため被控訴人大学の開設する被控訴人大学医学部附属病院(以下「被控訴人病院」という。)に入院して,平成11年9月28日(以下,特に年の記載がない日付は,平成11年のものである。),被控訴人E(被控訴人大学医学部心臓外科教室の教授)の執刀による大動脈弁置換術(以下「本件手術」という。本件手術の第一助手はF医師〔同教室の助手。原審における分離前の相被告。〕であり,第二助手はG医師〔同教室の講師。〕であった。)を受けた際,大動脈遮断及び心停止状態下において上行大動脈の切開及び大動脈弁の切除をし,上行大動脈の縫合閉鎖をして,大動脈遮断を解除した(遮断時間113分間)後,同縫合部位から出血し,同出血が止まらないため,再度大動脈遮断状態下において人工血管パッチを縫着して,大動脈遮断を解除した(遮断時間110分間)ものの,体外循環から離脱できず,右冠状動脈バイパス術を施行した後に,漸く体外循環から離脱したが(大動脈遮断・心停止時間合計約257分間),結局,上記上行大動脈の縫合閉鎖から約25時間半後に死亡したことについて,Dの遺族である控訴人ら(控訴人AはDの妻。控訴人B及び控訴人CはDの子)が,①被控訴人Eには手術手技上の過失(切開すべきでない上行大動脈切開の右冠状動脈口にごく近い部位まで切開し,また,右側への切開線が弁輪部に極めて近かったため,縫合する部分の幅が狭小となり,上行大動脈の- 3 -縫合が不完全なものとなったこと,並びに手術中に用いた摂子で大動脈を傷つけ,2箇所のスリットを生じさせたこと) 線が弁輪部に極めて近かったため,縫合する部分の幅が狭小となり,上行大動脈の- 3 -縫合が不完全なものとなったこと,並びに手術中に用いた摂子で大動脈を傷つけ,2箇所のスリットを生じさせたこと)があり,同過失により,Dは,大動脈壁から出血が始まって止まらなくなり,大動脈遮断・心停止が長時間に及んだ結果,両心不全により死亡した旨,②Dに大動脈壁の脆弱化はなかったが,仮にこれがあったとすれば,被控訴人病院の医師らには,これを見落とし,そのための注意をしないまま本件手術を行った過失があった旨,③D及び控訴人らは,本件手術の執刀医がDの主治医であったF医師であると理解していたにもかかわらず,被控訴人Eは,自分が執刀することをD及び控訴人らに説明しなかった点,並びに仮にDに大動脈壁の脆弱化があったならば,被控訴人Eを含む被控訴人病院の医師らは,D及び控訴人らに対し,大動脈壁が脆弱であることについての具体的な内容を説明せず,また,大動脈壁が脆弱であることにより,本件手術を施行する際には重大な結果を招来することもあるかもしれない旨を伝えなかった点において,説明義務違反の過失があった旨をそれぞれ主張して,被控訴人Eに対しては不法行為に基づき,被控訴人大学に対しては使用者責任又は診療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償金合計8216万円(逸失利益2372万円,Dの慰謝料3000万円,控訴人らの固有慰謝料2000万円,葬儀費用250万円,弁護士費用594万円)並びに前記遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。 これに対し,被控訴人らは,上記①については,Dの大動脈壁は通常の大動脈と比較して大変薄くて脆弱であったため,縫合部分から出血するとともに,止血に難渋したが,人工血管パッチを縫着することにより,止血に成功したものであり,被控訴人Eには手術手技上の 動脈壁は通常の大動脈と比較して大変薄くて脆弱であったため,縫合部分から出血するとともに,止血に難渋したが,人工血管パッチを縫着することにより,止血に成功したものであり,被控訴人Eには手術手技上の過失はなかったし,心停止時間も,許容時間の範囲内であって,心不全の原因とはなり得ない旨,上記②については,Dの大動脈壁の脆弱性は,切開時に初めて判明したものであり,術前にこれを発見できる可能性はなかったから,見落としはなかった旨,上記③については,本来,心臓外科の手術はチームを組んで行うものであると- 4 -ころ,当初予定されていた執刀者は,G医師であって,F医師ではなく,また,F医師は,D及び控訴人らに対し,誰が執刀者であるかを説明していなかったものであるから,そもそも手術チームの執刀者が交替することを説明すべき義務はないし,Dの大動脈壁の脆弱性は,切開時に初めて判明したものであり,術前にこれを発見できる可能性はなかったから,そのことを説明すべき義務もなかった旨をそれぞれ主張して,控訴人らの請求を争った。 (2) 原審裁判所は,前記①については,本件手術開始後にDの大動脈壁が通常より脆弱であることが判明したため,慎重に切開部位の縫合閉鎖をしたが,大動脈壁が予測を上回って脆弱であったため,予測しないスリットが2箇所発生し,止血困難に陥ったことから,大動脈壁の弱い部分を切除し,大動脈内膜側から人工血管パッチを縫着して止血したものであって,被控訴人Eに手術手技上の過失があったとは認められないし,心停止時間も許容時間の範囲内であった旨,前記②については,大動脈壁の脆弱性は,大動脈壁の張力によって示されるので,生体では測定できない上,同脆弱性の程度を術前あるいは切開部の縫合前に確実に知ることは不可能であるから,被控訴人病院の医師らに控訴人ら主張の 大動脈壁の脆弱性は,大動脈壁の張力によって示されるので,生体では測定できない上,同脆弱性の程度を術前あるいは切開部の縫合前に確実に知ることは不可能であるから,被控訴人病院の医師らに控訴人ら主張の過誤があったと認めることはできない旨,前記③については,当初予定されていた執刀者は,G医師であって,F医師ではなかったから,F医師がD及び控訴人らに対してF医師が執刀するとの前提で説明をしていたとは認められないこと,並びに大動脈壁の脆弱性に関する上記認定・説示によれば,被控訴人病院の医師らに説明義務違反があったとはいえない旨をそれぞれ説示して,控訴人らの請求を全部棄却した。 (3) そこで,これを不服とする控訴人らが本件各控訴を提起した。 なお,控訴人らは,原審においては,Dの大動脈壁が脆弱であったとの被控訴人らの主張を争っていたが,当審においては,これを争わず,Dの大動脈壁が脆弱であったことを前提とする主張に改めた。 また,控訴人らは,当審において,説明義務違反につき,原審における前- 5 -記③の主張を撤回して,後記3(4)のとおりに主張を改めた。 前提事実,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正し,かつ,後記3及び4において当審における当事者双方の各主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄第2「事案の概要」の1ないし3(原判決2頁24行目から21頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (原判決の補正)(1) 原判決9頁11行目から10頁2行目までを削除する。 (2) 原判決10頁10行目から11頁18行目までを削除する。 (3) 原判決16頁2行目の「Dに大動脈壁の脆弱化があったとすれば,」を「Dの大動脈壁は脆弱であったところ,」に改める。 (4) 原判決16頁8行目から19頁23行目までを削除する。 当審におけ (3) 原判決16頁2行目の「Dに大動脈壁の脆弱化があったとすれば,」を「Dの大動脈壁は脆弱であったところ,」に改める。 (4) 原判決16頁8行目から19頁23行目までを削除する。 当審における控訴人らの主張(1) 被控訴人Eの手術手技上の過失についてア上行大動脈切開口を右冠状動脈入口部に近づけすぎた過失について左右の冠状動脈入口部は大動脈弁よりも頭部に近い側にあるところ,大動脈弁置換術における切開は,同入口部よりも更に頭部寄りの上行大動脈に加える。その際,切開を加える場所が大動脈弁から離れすぎると,大動脈弁が見えにくいために,大動脈弁の置換がやりにくい。逆に大動脈弁に近寄りすぎると,冠状動脈入口部に近すぎて,人工弁を弁輪に縫着する際に,同入口部を締め付けすぎ,あるいは縫合部分に同入口部を縫い込んでしまい,同入口部を閉鎖してしまう。本件で起こったことがまさにそれに当たる。ちなみに,カルテ上のスケッチ(乙2の26頁の左下)は,右冠状動脈入口部に近接して縫合したことを窺わせる。 そして,右冠状動脈入口部に近すぎる場所に切開を加えた場合,切開部を閉鎖する際,当然同入口部の血流を十分に保つように注意すべきではあるが,相当な注意を払っても,近位過ぎれば,血流を十分保ちつつ縫合を- 6 -完璧に行なうことは至難の業になる。本件の場合,結果的に上行大動脈切開部位の出血が止まらなかったため,上行大動脈切開口の再縫合閉鎖を行なうことになった。再縫合であるから,上行大動脈の切開部位付近には2本のスリットが生じる(乙2の26頁の右上)など,最初の縫合以上に,右冠状動脈入口部の血流を十分に保って上行大動脈切開口の再縫合閉鎖をすることは,更に困難な状況になっていた。右冠状動脈の血流不全を避けるのが困難になることが十分に予測できるほど近位に最初の切開 に,右冠状動脈入口部の血流を十分に保って上行大動脈切開口の再縫合閉鎖をすることは,更に困難な状況になっていた。右冠状動脈の血流不全を避けるのが困難になることが十分に予測できるほど近位に最初の切開を入れてしまったのは,明らかに被控訴人Eの過失である。 イ上行大動脈切開部位の縫合が不完全であった過失について再縫合が必要になるような縫合不全が発症したことは,被控訴人Eの縫合の際の手技が稚拙であったことに尽きる。 それにもかかわらず,原判決は,切開部位の不適切さの議論に引きずられ,その点を検対していない。 同様の大動脈壁という条件で更に困難であるはずの再縫合においても縫合ができていることからして,大動脈壁が脆弱であったことは,縫合不全の言い訳にはならない。 この点に関して,甲28の1(H意見書)は,切開や縫合との関連,手技との関連を検討した上で,「臨床的にはこのような年齢層の上行大動脈壁縫合には大動脈壁性状の程度に応じて術者は注意を払うのが通例であると考えられ,ほとんどの場合において制御不能の出血を回避しているのが通例であると考える。本例において採用されたフェルトをプレジットとする2層縫合法は脆弱性が考えられる大動脈壁の縫合においても,方法としては通常最も丁寧な縫合法であると考えられる。そのため,仮に動脈硬化性病変に基づく大動脈壁脆弱性があったとしても,そのことが制御不能な出血の原因であったと結論付けることは困難であろうと判断する。」旨述べて(7~8頁),制御不能な出血の原因を大動脈壁の脆弱性に求めるこ- 7 -とを明確に否定している。 同意見書の意味するところは,大動脈壁の性状は様々であるが,その性状に応じて術者は注意を払い,ほとんどの場合制御不能の出血を回避していること,つまり,大動脈壁の性状が理由となって制御不能な出血を起こすこ 書の意味するところは,大動脈壁の性状は様々であるが,その性状に応じて術者は注意を払い,ほとんどの場合制御不能の出血を回避していること,つまり,大動脈壁の性状が理由となって制御不能な出血を起こすことは,通常は術者の注意深い縫合により回避されていること,また,Dの大動脈壁の性状は証拠上不明であるものの,動脈硬化性病変に基づく脆弱性があったとしても,脆弱な大動脈壁に対して最も丁寧な縫合法を本件では採用しているから,平均的能力のある術者が注意深くこの方法で縫合すれば,制御不能な出血は回避できたはずであり,制御不能な出血を起こすことは,手技上の問題であることをそれぞれ指摘するものである。 他方,本件鑑定(原審における鑑定の結果)は,出血傾向と大動脈壁の脆弱性から,縫合方法が適切であっても,制御不能な出血が起きる可能性があるとし,本件では,出血傾向については否定し,もっぱら大動脈壁の異常な脆弱性を根拠に,縫合が適切であっても制御不能な出血が起きたとする。しかし,そもそも,縫合方法が適切であるにもかかわらず制御不能な出血を起こすほどに,Dの大動脈壁が脆弱であったとする証拠は全くない。大動脈弁置換術が必要な年齢の患者で,大動脈壁が健全であるということ自体余り考えられず,通常心臓外科医は健康な大動脈壁よりも脆弱な大動脈壁を有する患者であることを前提に手術を行なう。どの程度脆弱かは,手術におけるバリエーションの範囲であるが,待機手術がそれによってできないという判断をしたのでない以上は,大動脈壁の脆弱さは縫合不全の言い訳にはならない。 (2) 上行大動脈の再縫合直後に右冠状動脈バイパス術の施行を怠った過失(当審における新主張)仮に,原判決認定のとおり,被控訴人E自身が行なった最初の上行大動脈切開の部位が右冠状動脈入口部に接近しすぎていたという事実がなか 直後に右冠状動脈バイパス術の施行を怠った過失(当審における新主張)仮に,原判決認定のとおり,被控訴人E自身が行なった最初の上行大動脈切開の部位が右冠状動脈入口部に接近しすぎていたという事実がなかったと- 8 -しても,上行大動脈切開部を再縫合する際に,前記カルテ上のスケッチ(乙2の26頁の左下)記載の部位まで切開線が至ったとすれば,同切開部を再縫合する際に右冠状動脈の血流を閉塞してしまう危険の強い場所まで切開が及んでしまったことには変わりがない。要するに,それが被控訴人Eの最初の切開によるか,出血後の再縫合前についた切開線の下縁であるかにかかわらず,その部位まで切開線が及べば,あるいは傷口が及べば,再縫合の際に,右冠状動脈の血流を閉塞する危険性が高くなったことは,容易に予測可能である。 そして,上記の条件下で上行大動脈切開部の再縫合を行なう場合,血流不全を避けるべきことを念頭に置いて縫合操作を行なっても,右冠状動脈入口部を事実上閉鎖してしまい,右冠状動脈の血流不全が発生することは,十二分に予見できた。 上記スケッチを見ると,上行大動脈に切開口が入り,切開口は右冠状動脈の基部付近まで及んでいる。そのため,再縫合の際の縫合糸は,右冠状動脈の基部を締め付けるような縫合になっている。この縫合の仕方は,糸1本1本がスプーンのように半円を描いている部分でそれぞれ結び止めをされている縫合方法であって,それだけ厳重な縫合がされている。右冠状動脈の基部の両脇を挟むようにして,縫合糸が締め付けるように縫われている。右冠状動脈が基部で閉鎖され,少なくとも血流が十分に保てなくなったことは,容易に予見できる。 つまり,上行大動脈の最初の切開口が右冠状動脈口に近く,その部位での出血を制御するために再縫合が必要になった。しかも,スリットの発生により,縫合部 が十分に保てなくなったことは,容易に予見できる。 つまり,上行大動脈の最初の切開口が右冠状動脈口に近く,その部位での出血を制御するために再縫合が必要になった。しかも,スリットの発生により,縫合部位は更に右冠状動脈口に近づけざるを得なくなった。切開により痛んでいる血管にさらに再縫合により針を当てていくことで,右冠状動脈口付近の血管が弱り,損傷しないことの方がむしろ幸運なくらいであって,冠状動脈口付近を糸で締め付けることになるから,右冠状動脈基部の血流がそ- 9 -の後十分に保てなくなる。端的に右冠状動脈が血流不全を起こして,心筋梗塞につながることは,この再縫合を終了する時点では予測できたはずである。 したがって,患者の生命を危険にさらすことを最大限避けるためには,この時点で右冠状動脈バイパス術を施行しておくべきであった。 この点に関し,当審提出の甲35(I意見書)は,「最初の大動脈切開が通常より右冠状動脈口に近かったことと,その後の出血を制御するために沢山の追加針が置かれ,切開部の大動脈が損傷を受けていたと想像できることから,再縫合時には右冠状動脈口の損傷が大いに危惧される。パッチ縫合により右冠状動脈の損傷なしに止血が成功すれば,幸運というべきかもしれない。もし右冠状動脈損傷の危険が予想されたのであれば,迷うことなく,即座に右冠状動脈バイパス術を追加すべきであったと思われる。」旨述べる(3頁の(7))。 他方,本件鑑定は,その後にされた右室梗塞の診断とそれに対する右冠状動脈バイパス術の施行は適切であったと評価しているようであるが,その点は全く納得ができない。なぜならば,本件鑑定においても,右室梗塞の原因として,右冠状動脈の閉鎖を指摘している。右冠状動脈口付近の血管を損傷し,同付近で止血のために多くの針傷を当てて,多くの結び止めを施した 納得ができない。なぜならば,本件鑑定においても,右室梗塞の原因として,右冠状動脈の閉鎖を指摘している。右冠状動脈口付近の血管を損傷し,同付近で止血のために多くの針傷を当てて,多くの結び止めを施したのであるから,右冠状動脈を「誤って縫いつぶす」ということは,本件鑑定のいうように,注意深く対応していればほとんど考えられないとしても,結果的に,右冠状動脈口を締め付けて血流不全をおこし,ひいては詰まらせてしまうということは,止血のための再縫合時に予見されていなければならなかったからである。 (3) 再縫合後の管理・観察が不十分であったために右冠状動脈バイパス術の施行時期が遅きに失した過失(当審における新主張)ア仮に再縫合直後に右冠状動脈バイパス術を施行すべきであったといえないとしても,右冠状動脈入口部にごく近接した位置で上行大動脈を再縫合- 10 -したのであるから,右冠状動脈入口部を事実上閉塞してしまい,右冠状動脈の血流不全を発症する危険性があったことは明らかである。 したがって,再縫合の後,右冠状動脈の血流が十分保たれた状態にあることを慎重に管理・観察し,右冠状動脈バイパス術が必要になれば直ちに手術にかかれるように,術後の管理がなされなければならなかったが,本件では,十分な管理・観察がなされなかったために,同バイパス術を施行すべき時機を逸してしまった。 遅くとも,再縫合後,2回目の体外循環を離脱できなかった9月28日午後8時25分には,原因が右冠状動脈の血流不全にあることは明らかであったから,直ちに右冠状動脈バイパス術が施行されるべきであった。 それまでの経過を見れば,午後4時40分に2回目の体外循環が再開されているが,それ以前(午後3時40分から午後4時40分ころまで)の血圧を麻酔経過表で見ると(乙2の30・31頁),収縮期血圧が7 。 それまでの経過を見れば,午後4時40分に2回目の体外循環が再開されているが,それ以前(午後3時40分から午後4時40分ころまで)の血圧を麻酔経過表で見ると(乙2の30・31頁),収縮期血圧が70mmHg台,拡張期血圧が40mmHgしかない。他方,麻酔開始から,1回目の体外循環開始前(午前8時30分から午前11時30分ころまで)の血圧は,収縮期血圧が120mmHg,拡張期血圧が50mmHg(乙2の28頁)であった。つまり,第1回目の体外循環が終了した時点で,すでに血圧はそれ以前の半分にまで下がっていた。この普段の半分の低血圧状態は,当然のことながら循環動態の悪化をもたらし,心臓を含む全身が循環不全状態による虚血状態になり,心筋の疲弊をもたらしていたと考えられる。その状態下で2回目の体外循環が行なわれたということが重要である(甲28の1〔H意見書〕の10頁も同趣旨)。したがって,このように心筋が疲弊している状態で2回目の体外循環下に再縫合手術がなされ,その後体外循環から離脱できるかどうかは,もはや大きな最後の賭けであった。この時点(午後8時25分)で離脱に失敗した以上,再度補助循環を行なって,その後体外循環からの離脱を試みることは,心臓に対して不可逆的な侵襲を- 11 -加えることになると予想される。速やかに,右冠状動脈の血流評価を行なって,右冠状動脈バイパス術を施行することが,救命のための最後のチャンスであった。 その後の経過を見ても,午後10時53分から3回目の体外循環がなされたが,案の定,それ以前の午後8時25分に体外循環からの離脱に失敗してから午後8時33分に体外循環が再開されるまでの間,収縮期血圧が60mmHg,拡張期血圧が40mmHgと,強度の低血圧を示した(乙2の32頁)。その後,午後9時38分から午後9時55分ま に失敗してから午後8時33分に体外循環が再開されるまでの間,収縮期血圧が60mmHg,拡張期血圧が40mmHgと,強度の低血圧を示した(乙2の32頁)。その後,午後9時38分から午後9時55分まで,並びに午後10時32分から午後10時36分までの間,それぞれ送血ポンプが停止されているが,常時収縮血圧60mmHg以下の低血圧状態になっていたのである。 このように考察すると,実際に右冠状動脈バイパス術が開始された午後10時53分より2時間30分程度以前には,すでに固有循環では循環動態を維持出来ない状態にあった(甲28の1〔H意見書〕の10頁)ことが明らかである。 イ再縫合閉鎖により右冠状動脈の入口部を閉鎖した以外に,右心室の動きが低下し,右心室の心筋梗塞が発症する原因は考えられない。なぜならば,右心室の動きが低下するのは,心臓前面の筋肉の働きが落ちたからである。 その原因は,言うまでもなく,唯一心筋に酸素を送り込んでいる血管である右冠状動脈が血流不全になったために,右心室の心筋が酸欠状態に陥ったからにほかならない。 被控訴人が主張するように,周術期に血栓が飛ぶなど偶発的な心筋梗塞が発症する可能性自体は,一般論としては否定できないが,本件の具体的な事実経過からは空論に過ぎない。本件では,右冠状動脈の入口部近くを縫合した事実があり,その直後から,右冠状動脈の虚血状態,すなわち血圧の低下や中心静脈圧の上昇という右冠状動脈の閉鎖不全に伴う症状が発症している。また,本件手術前の冠状動脈造影では右冠状動脈に血栓閉塞- 12 -を示唆する病変はない。この事実からは,明らかに再縫合により開口部を締め付けることで右冠状動脈の血流不全が発症し,周術期心筋梗塞を疑わせるような右冠状動脈の虚血状態が発症したと考える以外にない。さらに,Dの術前の冠状動脈造影 実からは,明らかに再縫合により開口部を締め付けることで右冠状動脈の血流不全が発症し,周術期心筋梗塞を疑わせるような右冠状動脈の虚血状態が発症したと考える以外にない。さらに,Dの術前の冠状動脈造影検査の結果からは,少なくとも右冠状動脈バイパス術が必要なほど右冠状動脈の狭窄所見は認められなかった。術中の操作により,偶発的に不整脈が発症することはあっても,それまでさほど狭窄していなかった右冠状動脈が閉塞し,周術期心筋梗塞を疑われるほど右冠状動脈の血流不全が発症した原因は,本件での上行大動脈切開口の再縫合閉鎖の際,右冠状動脈の入口部付近の再縫合で入口部を締め付けすぎて,閉鎖してしまった以外には考えられない。 その場合,右冠状動脈の入口部で血流を閉鎖してしまったが故の右冠状動脈の虚血状態であるから,虚血は一過性ではなく,虚血の原因である血流不全を取り除かない限り,補助循環をいくら行なおうが回復するものではない。 したがって,血流不全を起こしてしまった右冠状動脈の代わりに右冠状動脈バイパス術を迅速に実行して新たな血流をつける以外に,虚血状態から心臓を救うすべはなかったことは明らかである。 それにもかかわらず,右冠状動脈バイパス術の実行が遅きに失したことは,明らかに被控訴人病院の医師らの過失である。 ウ原判決は,午後9時20分ころ,被控訴人Eが,手術場に戻り,Dの心臓を見て,右室の拡大や右室の動きから,一見して右室梗塞が疑われたとの事実を認定する。 仮にそのような事実があった場合,被控訴人Eに一見して診断できる右室の虚血状態について,それまで手術場にいた他の医師らに診断できなかったとすれば,そのこと自体が視診義務の重大な懈怠である。 また,視診で右室の虚血が疑われたとすれば,その原因は右室に血流を- 13 -運ぶ右冠状動脈の血流不全以外にはなく 他の医師らに診断できなかったとすれば,そのこと自体が視診義務の重大な懈怠である。 また,視診で右室の虚血が疑われたとすれば,その原因は右室に血流を- 13 -運ぶ右冠状動脈の血流不全以外にはなく,既に右室の拡大が一見して認められて人工心肺から離脱できない状態にあったのであるから,直ちに右冠状動脈バイパス術を施行して,右室を虚血状態から解放してやる必要があった。 エ原判決は,被控訴人EがCPK-MB(心筋細胞由来の逸脱酵素)を調べるように指示し,午後9時55分にその検査結果が判明したとの事実を認定しているところ,そのこと自体,常軌を逸しており,信じ難いが,仮にそれが事実であるならば,心臓が露出された状態で目の前にあり,その右室の拡大と動きから,一見して心筋梗塞であるとの視診をしておいて,手術場の中で30分もかけて血液検査の結果を待つという迂遠な方法は,およそ臨床の常識からかけ離れている。右室の機能評価や右冠状動脈の血流評価を更にするとすれば,エコー検査で直ちに評価ができたはずである(甲36の4頁)。 オ原判決は,上記検査結果により,右冠状動脈の閉塞による心筋梗塞以外に考えられないということで意見の一致を見た後,午後10時5分から午後10時25分ころまでの約20分間にわたり,右冠状動脈を触診したとの事実を認定する。 しかし,20分間もかけて触診する意味は何もない。原判決は,冠状動脈の性状,すなわち,動脈硬化の程度,石灰化の有無,心筋内埋没の有無,緊張性の認知,切開部位の決定,バイパス術後の末梢側の血流の程度の判定等のために触診するのが医学的常識に属する旨認定するが,およそ世界の心臓外科医の中で,被控訴人病院の医師以外にこの「常識」を共有する者はいない。右室の虚血を確信した時点で,右冠状動脈は直ちに右冠状動脈口からすっぽりバイパス 的常識に属する旨認定するが,およそ世界の心臓外科医の中で,被控訴人病院の医師以外にこの「常識」を共有する者はいない。右室の虚血を確信した時点で,右冠状動脈は直ちに右冠状動脈口からすっぽりバイパスにその役割を取って代わられる運命にある。右室梗塞を確信した上で,心筋に埋没した右冠状動脈をえぐりながら触診することには,今更何の意味もない。 - 14 -そして,手術準備といっても,既に手術中であるから,麻酔も消毒もされており,人工心肺もスタンバイしており,特別新たに時間をかけて準備すべき器具など存在しない。 したがって,直ちに右冠状動脈バイパス術が施行されるべきであった。 カまた,原判決は,上記触診の結果,右冠状動脈の1番2番の領域では緊張が良く触知できたが,3番4番領域での緊張は不良であり,3番領域の周術期心筋梗塞と診断したとの事実を認定する。 しかし,1番2番の領域では緊張が良く触知できたが,3番4番領域での緊張は不良であったということはあり得ない。 右室梗塞は,右冠状動脈近位部の急性閉塞により,急激に右室収縮能が低下し,右室拍出量が低下することにより起こる(甲39)。すなわち,右室梗塞は,右冠状動脈近位部,1番から2番の領域で閉塞が起こるのであり,遠位部である3番4番の閉塞で起こるのではない。 また,右冠状動脈のうち,4番から遠位は,そもそも右室ではなく,左室を灌流し,左室を栄養している(甲38)。 さらに,Dに対する右冠状動脈バイパス術は,3番の部位に施行された(乙2の27頁)。したがって,バイパスによって置き換えられたのは1番2番の血流である。すなわち,同バイパス術が施行されたことで,上行大動脈からの血流は,1番2番の領域を流れずに,バイパスを流れ,3番に流れるようになった。このことからは,病変部は1番2番であり,3番以降は健全で る。すなわち,同バイパス術が施行されたことで,上行大動脈からの血流は,1番2番の領域を流れずに,バイパスを流れ,3番に流れるようになった。このことからは,病変部は1番2番であり,3番以降は健全であるからこそ生かされたことが明らかである。 したがって,Dの右室の虚血は,右冠状動脈の近位部で発生したものであり,血流不全は右冠状動脈近位部で発症していた。 (4) 説明義務違反についてア大動脈壁の脆弱性及び本件手術の危険性についてDは,平成10年8月ころから,時々前胸部圧迫感などを覚えるように- 15 -なったため,同年9月にJ病院循環器内科を受診したところ,大動脈弁閉鎖不全症と診断されたので,1月25日から2月1日まで,検査のため同病院に入院して,精密検査を受けた結果,大動脈弁狭窄及び大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術が必要であるとの診断を受けた。もっとも,緊急に手術をしなければならないという状態ではなかったので,Dとしてもなかなか手術を受けることに踏み切れなかったが,8月ころ,家族の勧めもあって手術を受けることとし,J病院のK医師に紹介されて,9月20日に被控訴人病院に入院し,本件手術の日を同月28日と決定された。被控訴人病院での主治医は,F医師であったが,F医師からの説明でも,本件手術に大きな危険性があることは告げられなかった。 ところが,被控訴人Eの見解及び本件鑑定によれば,Dには,①加齢,高血圧,大動脈弁閉鎖不全,粘液状弁(floppyaorticvalve)等,大動脈壁の脆弱の原因となる事実がある,②術前のレントゲン写真において,上行大動脈の突出,大動脈弓の円形拡大,下行大動脈の蛇行があり,これらは大動脈壁が弱くなければ起こり得ないことである,③石灰化,粥状変性がなくとも,大動脈が脆弱である場合もある,④胸部CT像で示 ,上行大動脈の突出,大動脈弓の円形拡大,下行大動脈の蛇行があり,これらは大動脈壁が弱くなければ起こり得ないことである,③石灰化,粥状変性がなくとも,大動脈が脆弱である場合もある,④胸部CT像で示された上行大動脈径40㎜×37㎜(2.3cm/㎡)というのは著明な拡大であり,大動脈壁の脆弱性を疑わせる,⑤中膜の退行性変性による大動脈根部疾患で,大動脈径が4.0cmあるいは2.4cm/㎡以上の場合は,大動脈が脆弱なためであるなど,大動脈壁が脆弱であることを示す事実が存在するというのである。 そして,上記の各事実は,粘液状弁を除けば,いずれも本件手術前に明らかとなっていた事実である。 したがって,被控訴人Eは,D及び控訴人らに対し,Dには大動脈壁が脆弱であると考えられる点がいくつかあるので,本件手術を施行するに際しては様々な問題が発生する可能性があり,場合によっては重大な結果を- 16 -招来することもあるかもしれないこと,並びに大動脈壁が脆弱であることについての具体的な内容は上記①ないし⑤記載のとおりであることを説明した上で,それでも本件手術を受けるかとの確認をすべきであった。 被控訴人Eが本件手術前にDの診察をしたことがなかったとしても,被控訴人Eは,被控訴人病院におけるチーム医療の総責任者として,また,実際に本件手術を執刀する者として,上記のような説明義務を免れ得るものではない。 イ執刀医について執刀医が誰であるかは,患者自身が手術を受けるか否かを決定をするにあたっての重要な情報である。 本件の場合,Dは,少なくとも,執刀医が変更になったことを知った上で,再度本件手術に同意するか否かについて考慮する機会を与えられるべきであったのに,その権利を侵害されたものというべきであり,被控訴人Eには,この点でも説明義務違反がある。 当審 ことを知った上で,再度本件手術に同意するか否かについて考慮する機会を与えられるべきであったのに,その権利を侵害されたものというべきであり,被控訴人Eには,この点でも説明義務違反がある。 当審における被控訴人らの主張(1) 右冠状動脈バイパス術の施行時期に関する過失の有無(当審における控訴人らの前記の各新主張)についてカルテ上のスケッチ(乙2の26頁)によれば,右側のスリットは右冠状動脈に近づいているが,まだ余裕があり,右冠状動脈入口部に及ぶものではなかったこと,並びに再縫合時の糸も,同入口部には及んでおらず,右冠状動脈の血流に影響を与えるようなものではなかったことが示されている。 Dが周術期心筋梗塞であったことは,F医師が,控訴人らに対し,手術中にも,霊安室やその後の面談の際にも,説明していた。心筋梗塞という場合の血流障害は,控訴人らが主張するような右冠状動脈の起始部分からの閉塞ではなかったことを前提としている。 また,原判決認定のとおり,心筋梗塞と判断した根拠の一つは,パッチ縫- 17 -合後の右冠状動脈1,2番領域の緊張は良かったが,3,4番領域の緊張は不良であったことである。これは,右冠状動脈口から冠状動脈1,2領域までは良好な血行があり,控訴人が主張するような閉鎖は起きていなかったことを示している。 さらに,右冠状動脈口上部の組織に,パッチを縫合した後で,順行性に右冠状動脈へ心筋保護液を注入していることも,右冠状動脈口に閉鎖がなかったことを裏付けている。 (2) 説明義務違反(大動脈壁の脆弱性)について本件鑑定においては,中膜の性状が決定的な役割を果たすDの大動脈壁の脆弱性は,事前には予見不可能とされている。予見不可能なものについて,説明義務は成立しない。 第3当裁判所の判断 判断の前提となる認定事実は,原判決「 の性状が決定的な役割を果たすDの大動脈壁の脆弱性は,事前には予見不可能とされている。予見不可能なものについて,説明義務は成立しない。 第3当裁判所の判断 判断の前提となる認定事実は,原判決「事実及び理由」欄第3「争点に対する判断」の1及び2(1)(原判決21頁末行から33頁10行目まで)に認定のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決22頁1行目の「63の1・2,」の次に「当審提出の79,85の1,当審証人L医師,」を加える。)。 被控訴人Eの手術手技上の過失の有無について(1) 本件手術において,被控訴人Eが切開すべきでない上行大動脈の右冠状動脈口にごく近い部位まで切開したとは認められないこと,被控訴人Eが行った切開部位について,右側への切開線が弁輪部に極めて近く,縫合する部分の幅が狭小となったとは認められないこと,本件手術開始後にDの大動脈壁が通常より脆弱であることが判明したため,慎重に切開部位の縫合閉鎖をしたが,大動脈壁が予測を上回って脆弱であって,予測しないスリットが2箇所発生し,止血困難に陥ったことから,大動脈壁の弱い部分を切除し,大動脈内膜側から人工血管パッチを縫着して止血したものであること,したがっ- 18 -て,被控訴人Eに手術手技上の過失があったとは認められないことは,いずれも原判決の認定・説示するとおりであるから(原判決33頁17行目から44頁16行目まで),これを引用する。 (2) これに対し,控訴人らは,当審において,最初の切開部が右冠状動脈入口部に近すぎたため,人工弁を弁輪に縫着する際に,同入口部を締め付けすぎ,あるいは縫合部分に同入口部を縫い込んでしまい,同入口部を閉鎖してしまったものであって,カルテ上のスケッチ(乙2の26頁の左下)は同入口部に近接して縫合したことを窺わせるものであり を締め付けすぎ,あるいは縫合部分に同入口部を縫い込んでしまい,同入口部を閉鎖してしまったものであって,カルテ上のスケッチ(乙2の26頁の左下)は同入口部に近接して縫合したことを窺わせるものであり,そのような場所に切開を加えたのは被控訴人Eの過失である旨,並びに再縫合が必要になるような縫合不全が発症したことは,被控訴人Eの縫合の際の手技が稚拙であったことに尽きる旨をそれぞれ主張する。 しかしながら,切開部位についても,縫合についても,被控訴人Eに手術手技上の過失があったとは認められないことは,原判決の説示するとおりである。 そして,カルテ上のスケッチ(乙2の25頁,26頁の左上)には,被控訴人Eが行った当初の切開線や縫合部位は,右冠状動脈入口部を閉鎖するほど同入口部に近接していなかったことが示されていること,並びに大動脈壁が脆弱な場合には,術者に手技上の過失がなくても,出血を繰り返すことがあることは,M意見書(甲27)やI意見書(当審提出の甲35)も認めるところであることに照らしても,控訴人らの上記各主張はいずれも採用することができない。 Dの大動脈壁の脆弱さを見落とした過失の有無について被控訴人病院の医師らについて,Dの大動脈壁の脆弱さを見落とした過失があったとは認められないことは,原判決の説示するとおりであるから(原判決44頁19行目から同頁25行目まで),これを引用する。 また,本件鑑定(補充鑑定書6頁)において,本件では,大動脈に拡大があ- 19 -ることにより,大動脈壁が通常より脆弱であることを予測して,フェルトのプレジェットを使用しての縫合閉鎖を行っている旨の意見が示されていることに照らしても,上記過失があったと認めることはできない。 上行大動脈の再縫合直後に右冠状動脈バイパス術の施行を怠った過失(当審における控 を使用しての縫合閉鎖を行っている旨の意見が示されていることに照らしても,上記過失があったと認めることはできない。 上行大動脈の再縫合直後に右冠状動脈バイパス術の施行を怠った過失(当審における控訴人らの新主張)について控訴人らは,切開部を再縫合する際に,切開線の下縁又は傷口が,右冠状動脈の血流を閉塞してしまう危険の強いカルテ上のスケッチ(乙2の26頁の左下)記載の部位まで至っていたため,再縫合の糸が右冠状動脈入口部を締め付けて,同入口部を事実上閉鎖したことにより,右冠状動脈の血流不全が発生したことを前提として,同再縫合直後に右冠状動脈バイパス術を施行すべきであった旨主張する。 しかしながら,上記カルテ(乙2の26頁)に上記スケッチとともに描かれた別のスケッチ(同頁の右下)には,再縫合の際の糸が,右冠状動脈入口部には及んでいなかったことが示されていること,証拠(乙2の37頁,乙71,81)によれば,同再縫合の際,右冠状動脈口から順行性に心筋保護液が注入されたこと,原判決認定のとおり,その後の触診の際,右冠状動脈1,2番領域の緊張は良かったが,3,4番領域の緊張は不良であったことに照らすと,再縫合の糸が右冠状動脈入口部を締め付けて,同入口部を事実上閉鎖したとの事実を認めることはできない。 なお,控訴人らは,1番2番の領域で緊張が良く触知できたということはあり得ず,右冠状動脈バイパス術が3番の部位に施行されたことからしても,病変部は1番2番であった旨も主張するが,本件全証拠によっても,通常3番領域で閉塞が起こって右室梗塞になることがないとは認められないし,同バイパス術を施行したL医師は,2番と3番の境付近が閉塞している可能性が高いと判断して,3番領域に施行した旨供述している(当審証人L医師の証言,並びに乙79,85の1)ところ,同供述内 れないし,同バイパス術を施行したL医師は,2番と3番の境付近が閉塞している可能性が高いと判断して,3番領域に施行した旨供述している(当審証人L医師の証言,並びに乙79,85の1)ところ,同供述内容に不合理な点は見当たらないから,- 20 -控訴人らの同主張は採用できない。 そうすると,再縫合直後に右冠状動脈バイパス術を施行すべきであった旨の控訴人らの前記主張は,前提を欠くものであって,採用することができない。 再縫合後の管理・観察が不十分であったために右冠状動脈バイパス術の施行時期が遅きに失した過失の有無(当審における控訴人らの新主張)について控訴人らは,再縫合の際に右冠状動脈入口部を事実上閉鎖したことにより,右冠状動脈の血流不全が発生したことを前提として,仮に再縫合直後に右冠状動脈バイパス術を施行すべきであったといえないとしても,その後,右冠状動脈の血流が十分保たれた状態にあることを慎重に管理・観察し,右冠状動脈バイパス術が必要になれば直ちに手術にかかれるように,術後の管理がなされなければならなかったが,本件では,十分な管理・観察がなされなかったために,同バイパス術を施行すべき時機を逸してしまったものであり,遅くとも2回目の体外循環を離脱できなかった9月28日午後8時25分には,右冠状動脈バイパス術が施行されるべきであった旨主張する。 しかしながら,再縫合の際に右冠状動脈入口部を事実上閉鎖したとの事実を認めることはできないことは,上記4のとおりであるから,控訴人らの上記主張は,やはり前提を欠くものであって,採用することができない。 また,本件鑑定(8頁)において,右室梗塞の診断並びにそれに対する右冠状動脈バイパス術の決断と敏速な施行は立派と考える旨の意見が示されていること,視診によって右室の虚血が疑われた場合であっても,更なる診 ,本件鑑定(8頁)において,右室梗塞の診断並びにそれに対する右冠状動脈バイパス術の決断と敏速な施行は立派と考える旨の意見が示されていること,視診によって右室の虚血が疑われた場合であっても,更なる診断のために,血液検査(CPK-MB検査)を行ったり,冠状動脈の触診をするのが一般的であることについては,N意見書(甲42)も認めるところであることに照らしても,右冠状動脈バイパス術施行の時期が遅きに失したと認めることはできないから,その意味でも,控訴人らの主張は理由がない。 なお,仮に右冠状動脈バイパス術があと1,2時間早く施行されていたとしても,Dの死亡という結果を回避できた相当程度の蓋然性があると認めるに足- 21 -りる的確な証拠もない。 説明義務違反について(1) 大動脈壁の脆弱性及び本件手術の危険性についてア被控訴人らは,中膜の性状が決定的な役割を果たすDの大動脈壁の脆弱性は,事前には予見不可能であるから,予見不可能なものについて説明義務は成立しない旨主張し,原判決も同旨の理由により,Dの大動脈壁の脆弱性についての説明義務を否定する。 しかしながら,原判決の認定するとおり,大動脈壁の脆弱性について,臨床的には,大動脈の拡大があれば,大動脈壁が脆弱であるとの推測が可能であるとされていること,大動脈の石灰化や粥状変性がなくとも,上行大動脈中膜の退行性変性があれば,大動脈壁脆弱化の原因となるところ,同退行性変性をきたす要因として,加齢,大動脈弁閉鎖不全,高血圧,粘液状弁(floppyaorticvalve)等があること,大動脈が薄く,脆弱な症例は,高齢者の大動脈弁閉鎖不全,特に上行大動脈が拡大している場合に,かなりの頻度で見られること,大動脈弁置換術の縫合部からの出血は,時に中等度の出血もあり,さらに重度の出血(人工心肺を使 脆弱な症例は,高齢者の大動脈弁閉鎖不全,特に上行大動脈が拡大している場合に,かなりの頻度で見られること,大動脈弁置換術の縫合部からの出血は,時に中等度の出血もあり,さらに重度の出血(人工心肺を使って,縫合部を開放して再点検し,大動脈壁の亀裂等の出血の原因を確認してから止血を行うような出血)も稀にはあるが,これらは,大動脈壁が薄く,中膜の退行性変性があると推測される症例で起こりやすいとされていること,本件手術当時,Dは,高血圧症,脳梗塞,高脂血症の既往症のある67歳の男性であって,大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術が必要であると診断されていたこと,Dに対する術前の胸部レントゲン撮影の結果,右第1弓(上行大動脈)の突出,左第1弓(大動脈弓)の円形拡大,下行大動脈の蛇行が認められ,それらの所見は,Dの胸部大動脈が全体に拡張及び延長していることを示していたこと,DのCT像によると,上行大動脈径が40㎜×37㎜(10番),下行大動脈径が30㎜×30㎜(9番)と,上- 22 -行大動脈で約190パーセント,下行大動脈で約150パーセントに拡大しており,上記胸部レントゲン撮影の所見と一致していたことがそれぞれ認められる上,さらに,原審における被控訴人E本人尋問の結果によると,1月29日にJ病院で実施された心臓カテーテル検査の結果である左室拡張末気圧の数値(乙2の84頁)からみて,Dの左室は相当へたばっており,同時点で既に,心不全の状態にあったと判断できるというのであり,同被控訴人自身,本件手術前のDの大動脈弁閉鎖不全の状態が重症であることを認識していたことが認められる。 上記各事実に照らせば,被控訴人病院におけるチーム医療の総責任者であり,かつ,実際に本件手術を執刀することとなった被控訴人Eには,Dないしその家族である控訴人らに対し,Dの ていたことが認められる。 上記各事実に照らせば,被控訴人病院におけるチーム医療の総責任者であり,かつ,実際に本件手術を執刀することとなった被控訴人Eには,Dないしその家族である控訴人らに対し,Dの上記症状が重症であり,かつ,Dの大動脈壁が脆弱である可能性も相当程度あるため,場合によっては重度の出血が起こり,バイパス手術の選択を含めた深刻な事態が起こる可能性もあり得ることを説明すべき義務があったというべきである。 にもかかわらず,被控訴人らは,被控訴人Eにおいて,大動脈壁の脆弱性について説明したことはなかったことを自認しているものであり,したがって,上記のような説明をしなかった被控訴人Eには,信義則上の説明義務違反があったというべきであって,被控訴人らは,後記の限度において,損害賠償責任(被控訴人Eについては不法行為責任,被控訴人大学については使用者責任)を負うと解するのが相当である。 イこれに対し,被控訴人らは,本件鑑定において,中膜の性状が決定的な役割を果たすDの大動脈壁の脆弱性は事前には予見不可能とされており,予見不可能なものについて説明義務は成立しない旨主張する。 しかしながら,本件鑑定(補充鑑定書6頁)においては,大動脈切開部の出血をきたさないで直接縫合閉鎖できるだけの強度があるかどうかを,術前あるいは縫合前に確実に知ることは不可能である旨の意見が示されて- 23 -いるにすぎず,上記アの説明義務の前提として,Dの大動脈壁が脆弱である可能性が相当程度あり,重度の出血が起こることもあり得ることの予見可能性を否定する趣旨のものではないというべきであるから,被控訴人らの上記主張は,前提を欠いており,採用することができない。 (2) 主治医について控訴人らは,執刀医が誰であるかは患者自身が手術を受けるか否かを決定をするにあたっての いうべきであるから,被控訴人らの上記主張は,前提を欠いており,採用することができない。 (2) 主治医について控訴人らは,執刀医が誰であるかは患者自身が手術を受けるか否かを決定をするにあたっての重要な情報であるから,Dは,執刀医が変更になったことを知った上で,再度本件手術に同意するか否かについて考慮する機会を与えられるべきであった旨も主張する。 しかしながら,チーム医療を行っている大学病院については,患者が執刀医について強い関心を有していることを病院側に伝えていたなどの特段の事情がない限り,病院側に,患者ないしその家族に対して,執刀医が誰であるかや執刀医の変更を説明すべき義務があると認めることはできないから,この点に関する控訴人らの主張は採用することができない。 控訴人らの損害及び相当因果関係について(1) 説明義務違反とDの死亡との間の相当因果関係について原判決認定のとおり,Dは,1月29日,J病院において,心臓カテーテル検査を受けた結果,大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術(本件手術)が必要であると診断された後,同病院のK医師から,同手術を受けるよう繰り返し勧められたことから,9月ころには,同手術を受けることを決心していたこと,Dは,同医師から被控訴人病院の心臓外科を紹介されて,同心臓外科を受診し,そのまま入院して,本件手術を受けることになったことがそれぞれ認められるところ,それらの事実に照らすと,仮にDが被控訴人病院の医師から上記6(1)のような説明を受けたとしても,Dが本件手術を受けることに同意しなかった相当程度の蓋然性があると認めることはできず,逆に,上記説明によって,Dが本件手術をしないことを選択・決定したからといっ- 24 -て,これにより延命の可能性がより高くなったことを認めるべき証拠もないから,上記の説明義 認めることはできず,逆に,上記説明によって,Dが本件手術をしないことを選択・決定したからといっ- 24 -て,これにより延命の可能性がより高くなったことを認めるべき証拠もないから,上記の説明義務違反とDの死亡との間に相当因果関係を認めることはできないというほかない。 (2) 慰謝料及び弁護士費用についてしかしながら,被控訴人Eにおいて,上記のとおりの説明義務を果たしていれば,Dが本件手術に踏み切るか否かについて,より慎重な判断をし,場合によっては,本件手術を遅らせることにより,少しでも延命を図ることへの期待をする可能性がなかったとはいえないから,被控訴人らは,このような患者の自己決定権を侵害したことに対する精神的損害(慰謝料)を賠償する責任があると解されるところ,上記説明義務違反の内容に加え,本件全証拠によっても,Dについて,直ちに本件手術を実施すべき緊急性があったとまでは認められないこと,原判決認定のとおり,本件手術中に,Dは,大動脈壁の脆弱さに起因する重度の出血をきたし,その後,結果として死亡するに至ったことを併せ考慮すると,本件におけるDの慰謝料額は300万円と認定するのが相当である(これを控訴人らの相続割合で割ると,控訴人Aにつき150万円,控訴人B及び控訴人Cにつき各75万円となる。)。 また,被控訴人らに負担させるべき損害としての弁護士費用は,その1割に当たる30万円(控訴人Aにつき15万円,控訴人B及び控訴人Cにつき各7万5000円)と認めるのが相当である。 他方,控訴人らは,損害として逸失利益,葬儀費用及び固有の慰謝料も主張するが,上記(1)のとおり上記説明義務違反とDの死亡との間の相当因果関係が認められない以上,同説明義務違反と控訴人ら主張の逸失利益及び葬儀費用との間の相当因果関係を認めることはできないし,また, 張するが,上記(1)のとおり上記説明義務違反とDの死亡との間の相当因果関係が認められない以上,同説明義務違反と控訴人ら主張の逸失利益及び葬儀費用との間の相当因果関係を認めることはできないし,また,前記認定の事実関係の下においては,控訴人らの固有の慰謝料を認めることも相当でないから,これらの点に関する控訴人らの主張はいずれも採用することができない。 - 25 -(3) そうすると,控訴人らの被控訴人らに対する請求は,控訴人Aにつき,165万円及び内金150万円に対する前記遅延損害金の連帯支払を求める限度で,控訴人B及び控訴人Cにつき,各自82万5000円及び内金75万円に対する前記遅延損害金の連帯支払を求める限度で,それぞれ理由があり,その余の請求はいずれも理由がない。 以上によれば,本件各控訴は上記の限度で理由があり,控訴人らの請求を全部棄却した原判決は,その限度で失当であって,変更を免れない。 よって,原判決を変更し,控訴人らの請求を上記の限度で認容するとともに,その余の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第5民事部裁判長裁判官大和陽一郎裁判官菊池徹裁判官細島秀勝は,転補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官大和陽一郎

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