令和6(わ)272 危険運転致死傷、道路交通法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年5月27日 熊本地方裁判所
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判決文本文6,032 文字)

令和7年5月27日熊本地方裁判所刑事部宣告令和6年(わ)第272号、第347号危険運転致死傷、道路交通法違反被告事件判決 主文 被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中220日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は、第1 令和6年6月15日午前4時16分頃、普通乗用自動車(軽四輪。以下「被告人車両」という。)を運転し、熊本市a 区bc 丁目d 番地付近の片側一車線道路を同区be 丁目方面から同区fg 丁目方面に向かい、先行するB運転の準中型貨物自動車に追従して時速約40ないし50kmで進行中、同車両後部に被告人車両前部を追突させ、前記B運転車両リアバンパーを損壊(損害額14万8500円相当)する交通事故を起こしたのに、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった第2 その頃、前記第1のとおり追突事故を惹起して同所から逃走しようとし、同区fg 丁目方面から同区be 丁目方面に向け、あえて自車線上を時速約70ないし74kmで後退逆走させて運転操作に支障が生じるおそれがある状態で被告人車両を運転し、もってその進行を制御することが困難な高速度で自動車を後退走行させ、よって、その頃、約242m進行した同区bh 丁目i 番地j 付近道路に至って進路を保持することが困難な状態に陥って被告人車両を道路左側歩道に逸走させ、その後さらに、操縦不能の状態の被告人車両を道路右側歩道に滑走させ、同区be 丁目k 番地付近の道路右側歩道に設置された変圧器に被告人車両左側前部を衝突させて、その衝撃により被告人車両を反転させて同歩道 上を更に逸走させ、同日午前4時17分頃、同歩道を歩行していたA(当時27歳)に被 側歩道に設置された変圧器に被告人車両左側前部を衝突させて、その衝撃により被告人車両を反転させて同歩道 上を更に逸走させ、同日午前4時17分頃、同歩道を歩行していたA(当時27歳)に被告人車両前部を衝突させるとともにC(当時27歳)に被告人車両前部を衝突させたまま同所設置の信号柱に衝突させ、よって、Aに加療約2週間を要する右膝部打撲皮下血腫の傷害を負わせ、前記Cに脳挫傷等の傷害を負わせ、即時同所において、同人を死亡させた第3 酒気を帯び呼気1リットルにつき、0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、同日午前4時17分頃、同区be 丁目k 番地付近道路において、被告人車両を運転したものである。 (事実認定の補足説明) 1 争点本件の争点は、判示第2について危険運転致死傷罪の成否であり、具体的には、①後退進行という運転方法に伴う諸要素が、「進行を制御することが困難な高速度」の判断要素に含まれるか否か、②争点①の検討結果を前提として、被告人の運転行為がそのような高速度に達しているか否かである。 2 争点①について自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条は、生命・身体に対する危険性が類型的に高い運転行為を危険運転行為として規定しており、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」(同条2号)はそのうちの一つの類型である。そして、「進行を制御することが困難な高速度」とは、速度が速すぎるため自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度をいい、具体的には、そのような速度での走行を続ければ、道路の形状、路面の状況、車両の構造、性能等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドル又はブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させる ような速度での走行を続ければ、道路の形状、路面の状況、車両の構造、性能等の客観的事実に照らし、あるいは、ハンドル又はブレーキの操作のわずかなミスによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性があると認められる速度のことをいうと解されるところ、このような実質的危険性を生じさせる速度は前進であると後退であるとにかか わらず生じ得るものである。また、同号は単に「走行」と規定するところ、国語的な意味においても「走行」には前進と後退の双方が含まれるのが通常であるから、「走行」から後退進行のみを除外する合理的理由は見出せない。そして、後退進行した場合においては、それに伴う前記客観的事実を判断要素に含めて検討すべきことは当然の帰結というべきである。弁護人は、後退進行に伴う諸要素を判断要素に含めた場合、徐行を超える速度であれば制御困難な高速度となりかねず、「後退走行」という新たな危険運転行為の類型を創設するに等しい結果となり罪刑法定主義の観点から許されないと主張するが、後退進行という運転方法に伴う諸要素をも踏まえて検討することが直ちにそのような結果となるものではない。 3 争点②について⑴ 前提となる事実関係ア本件事故現場付近、被告人車両の状況熊本市a 区bc 丁目d 番地付近道路(以下「本件後退進行開始地点」という。)から同区be 丁目k 番地付近道路(以下「本件事故現場」という。)までは、南北に通じる片側一車線の直線道路(以下「本件道路」という。)であり、その間の距離は約350m、幅員は各車線が2.7m、東西の各歩道が1. 5m、各歩道と外側線の各道路余地は0.5mである。本件道路の制限速度は時速40kmと定められていた。 被告人車両の左右の幅は147cmである。 イ被告人車両 m、東西の各歩道が1. 5m、各歩道と外側線の各道路余地は0.5mである。本件道路の制限速度は時速40kmと定められていた。 被告人車両の左右の幅は147cmである。 イ被告人車両の走行状況被告人は、本件後退進行開始地点で追突事故を発生させたが、飲酒運転などが発覚するのを免れるべく逃走しようと考え、アクセルペダルを目いっぱい踏んで、自車線上(西側車線上)の後退走行(南進)を開始した。被告人車両は、本件後退進行開始地点から約242m後退走行した時点で、時速約70.6kmに達しており、その頃センターラインを越えて反対車線(東側車線)にやや逸脱したものの、自車線内に戻り、さらに同区bh 丁目i 番地j 付近道路に至って左側車輪を西側歩道上に乗り上げた(以下「西側歩道への逸走」という。)。そして、被告人車両は、別紙のとおり東側に進路を転じ、同区be 丁目l 番地付近道路から本件事故現場にかけて、後退進行の状態で本件道路を滑走・横断した末、東側歩道に進入(以下「東側歩道への進入」という。)した。西側歩道上から本件道路上に戻った時点における速度は時速約74.2kmであった。被告人車両は、東側歩道への進入後間もなく、同歩道に設置されていた変圧器に左側前部が衝突するなどした。 ⑵ 自動車の後退走行等に関する知見自動車工学等の研究者である証人D(以下「D証人」という。)の供述によれば、自動車の後退走行等に関し、以下の知見が認められる。すなわち、被告人車両は、前輪が駆動輪及び操舵輪であるFF車であるところ、FF車のステアリング特性として、後退走行する際に、ハンドルの操作量を車両の動作量が上回り、旋回が内に切れ込むオーバーステアという現象が生じやすい。そして、後退走行時におけるオーバーステアは、車両の速度が徐行 アリング特性として、後退走行する際に、ハンドルの操作量を車両の動作量が上回り、旋回が内に切れ込むオーバーステアという現象が生じやすい。そして、後退走行時におけるオーバーステアは、車両の速度が徐行を超えると徐々に出現し始め、速度の増加に応じて旋回がより内に切れ込む。 ⑶ 検討ア前記⑴のとおり、被告人車両は、西側歩道への逸走後、東側に進路を転じ、後退進行で本件道路を横断していることから、西側歩道への逸走後、ハンドルは右回り(時計回り)に操作されたと考えるほかない。また、被告人の供述によれば、ハンドルは時計でいう「2」と「10」の位置に両手を置いて握り続けており、ハンドルを切った覚えはないというのであるから西側歩道への逸走後、両手で握っていたハンドルをわずかに右回りに動かしたものと推認できる。このように、ハンドルの操作量がわずかであったにもかかわらず、被告人車両は別紙のとおり内側に大きく切れ込んで東側に進路を転じていることからすると、その原因はオーバーステアが生じたことによるものと合理的に認められ、このことは、被告人車両がハンドルの操作のわずかなミ スによって、自車を進路から逸脱させて事故を発生させる実質的危険性がある速度であったことを基礎付けるものといえる。さらに、被告人は、後退進行中、逃げるのに必死で焦っており、速度やハンドル操作、車線を細かく確認できていなかったものの(被告人供述)、前記⑴のとおり、センターラインを越えた後、自車線内に戻っていることから、意識の程度の問題はあれ、車線を保持しようとしていたことが見て取れる。本件道路の状況や被告人車両の構造にも鑑み、後退進行の場合であっても、一定程度の速度であれば車線を保持することは十分可能と考えられるが、被告人車両が自車線内に戻って間もなく西側歩道への逸走が れる。本件道路の状況や被告人車両の構造にも鑑み、後退進行の場合であっても、一定程度の速度であれば車線を保持することは十分可能と考えられるが、被告人車両が自車線内に戻って間もなく西側歩道への逸走が生じたことは、ここに至って速度が速すぎて車線を逸脱してしまったものとみざるを得ない。 そうすると、本件において被告人が本件道路を後退走行させた時速約70ないし74kmという速度は、速すぎるため自車を道路の状況に応じて進行させることが困難な速度であり、「進行を制御することが困難な高速度」と認められる。 イ弁護人の主張について弁護人は、東側歩道への進入の原因について、被告人が西側歩道への逸走後、急制動措置をとったことで、被告人車両のタイヤがロックし、ハンドル操作が不能となった旨を主張する。しかし、西側歩道への逸走の際のタイヤ痕は制動によるものではないし、仮に急制動措置がとられたとしても、右回りにハンドル操作がされることなく東側に大きく進路を転じたとは考え難く、わずかなハンドル操作によってオーバーステアが生じたとの認定を妨げるものとはならない。 弁護人は、時速約70kmであったことで、徐行の場合と比べ、オーバーステアの程度がどれだけ増加したかは不明であることを指摘し、後退走行時にはオーバーステアが生じ、視界も狭くなるし、徐行以上の速度で後退走行をした経験を通常の運転者が有しないこと等に照らすと、本件で被告人車両 が制御困難に陥った主たる原因は、後退走行という走行方法にあり、速度が原因とは言い切れない旨主張する。確かに、D証人によっても、被告人車両の速度に応じた後退時のハンドルの操作量とオーバーステアの程度の関係は不明である。しかし、前記説示のとおり、被告人供述を踏まえた被告人車両の走行状況や、後退時の速度の増加 証人によっても、被告人車両の速度に応じた後退時のハンドルの操作量とオーバーステアの程度の関係は不明である。しかし、前記説示のとおり、被告人供述を踏まえた被告人車両の走行状況や、後退時の速度の増加に応じてオーバーステアの影響が増加するという知見を考慮すれば、わずかなハンドル操作で被告人車両が東側歩道に逸走したのは、単に後退走行をしたことが原因なのではなく、被告人車両の速度が速すぎたことにより強力にオーバーステアが発生したためであると考えるのが合理的であるから、弁護人の上記主張は採用できない。 4 結論以上によれば、被告人には、判示第2のとおり、危険運転致死傷罪が成立する。 (量刑の理由)酒気を帯びた状態で被告人車両を運転していた被告人は、前方車両への追突事故を起こし、同事故や酒気帯び運転等の発覚を免れるため現場から逃走しようと考え、被告人車両を後退走行させた末、歩道上の被害者2名に衝突させて1名を死亡させ、1名を負傷させた。 量刑の中心となる判示第2の罪についてみると、被告人は、直線道路を時速約70ないし74kmもの高速度で約350mにわたり後退逆走する無謀な運転に及んでおり、被告人の運転行為の危険性は高い。 このような無謀かつ危険な運転の結果、将来ある命を突然絶たれた被害者の無念は察するに余りある。かけがえのない家族を突然亡くしたことによる遺族の悲しみは深く、厳しい処罰感情を抱くのは至極当然である。また、傷害を負った被害者の受傷の程度は、辛うじて加療約2週間程度のものにとどまったが、目の前で発生した凄惨な事故で同僚を亡くしたことによる精神的苦痛は大きい。 ホストとして勤務していた被告人は、自動車で通勤することは禁じられていたにもかかわらず自動車で出勤し、飲酒を断ることができたにもかかわらずその場の雰 囲気に流 よる精神的苦痛は大きい。 ホストとして勤務していた被告人は、自動車で通勤することは禁じられていたにもかかわらず自動車で出勤し、飲酒を断ることができたにもかかわらずその場の雰 囲気に流されて飲酒し、飲酒後、代行運転に依頼するなどして運転を回避できたにもかかわらず軽い気持ちで運転を開始し、各犯行に及んだ。このように、被告人が正しい選択をしていれば事故発生を回避できたはずの機会が何度もあったのであるから、判示第2の死傷結果は、被告人の身勝手な考えが積み重なった結果、発生したものといえる。殊に、追突事故や飲酒運転等の発覚を免れようとして無謀な運転に及んだ意思決定は強い非難に値する。 以上によれば、本件は、歩行者を被害者とする危険運転致死傷罪の中でも比較的重い部類に属する事案というべきである。 更に一般情状についてみると、被告人に前科はなく、被告人は、死亡した被害者の遺族に宛てて謝罪文を送り、本件直後は、飲酒の有無や経緯について虚偽の供述をしていたものの、当公判廷においては概ね自己の記憶に従って供述し、反省の弁や、被害者ら及びその遺族に対する謝罪の言葉を述べている。なお、死亡した被害者の遺族に対しては、被告人車両に付された対人賠償無制限の任意保険によって適正な賠償がなされることが見込まれるが、同保険は被告人が契約したものではなく、被告人のために酌むべき事情とはいえない。 以上を踏まえ、被告人に対しては、主文の刑を科すのが相当であると判断した。 (求刑懲役12年)令和7年5月30日熊本地方裁判所刑事部 裁判長裁判官中田幹人 裁判官鈴木和彦 裁判官若松亮太 中田幹人 裁判官鈴木和彦 裁判官若松亮太

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