主文 被告人を懲役8年6月に処する。 未決勾留日数中220日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は第1大阪市a区bc丁目d番e号メゾン甲f号室A方で,次女であるB(当時9歳)及びAとともに居住していたものであり,平成21年3月中旬ころ以降,Aとともに,同児に対し,殴打して,必要十分な食事を与えないなどの虐待を加えていたものであるところ,同年3月末ころには,同児が極度に衰弱し,身動きも不自由な状態になったのを認めたのであるから,その生存を確保するため,医師の診察などの医療措置を受けさせるなどの保護を加えるべき責任があったにもかかわらず,A及び被告人が同児に上記の虐待を加えていたことが発覚するのをおそれたことなどにより,Aと共謀の上,そのころ以降,同児に医師の診察などの医療措置を受けさせず,わずかな飲食物を与えるのみで,同室の玄関土間あるいは同室のベランダにおいて,寝具を用いずに就寝させるなどし,よって,同年4月5日午後3時過ぎころ,同室のベランダにおいて,同児を衰弱により死亡させ第2A及びCと共謀の上,同月6日午後10時40分ころ,Bの死体を,A方から毛布にくるんで運び出し,普通乗用自動車の後部座席に積み込んで,奈良市g町h番地・i番地(合地)所在のj共同墓地まで運搬し,同月7日午前零時ころ,同所に深さ約73センチメートルの穴を掘り,その死体を裸にして穴の中に埋め,もって死体を遺棄したものである。 (証拠の標目):省略(事実認定の補足説明) 争点等判示第1の保護責任者遺棄致死の公訴事実について,被告人は,当公判廷で,「当時,Aの虐待によりBが衰弱していたことは分かっており,母親としてBを病院に連れて行くなどの保護をすべきではあったが,Bを保護しないことをAと共謀したつもりはなく,Aの虐待を何度も止め 判廷で,「当時,Aの虐待によりBが衰弱していたことは分かっており,母親としてBを病院に連れて行くなどの保護をすべきではあったが,Bを保護しないことをAと共謀したつもりはなく,Aの虐待を何度も止めようとしたが,止めきれなかった。Bを病院に連れて行かなかったのは,虐待の発覚をおそれていたからではない。Bに与えていた食事量も十分とはいえないが,Aの機嫌を損なわない程度には与えており,Bが死亡するほど衰弱しているとは思わなかった。」と弁解し,弁護人も,被告人がBの母親という立場にあったことから,Aの虐待行為を止められず,Bの生存に必要な保護をしなかったことにつき保護責任者遺棄致死罪が成立すること自体は争わないものの,上記のような被告人の弁解供述に依拠するなどして,<ア>被告人はAの虐待行為を何度も必死に止めようとしており,Bに対し,虐待という先行行為に基づく保護義務は負っていない,<イ>被告人がBに医療措置を受けさせなかったのは,被告人において,Bの保護の必要性がさほど高くないと思っていたことや,児童虐待からの救援についての認識が足りなかったことが主な原因であり,虐待の発覚をおそれたからではない,<ウ>被告人は,Bの生存に必要な保護をしないこと(不保護)につきAと共謀したことはない,<エ>Bの死因は十分に解明されていない,と主張している。 そこで,当裁判所が,判示第1のとおりの事実を認定した理由について,以下,補足して説明する。 本件に至る経緯及び本件犯行状況等について(1)関係者らの供述内容等関係各証拠によれば,①被告人は,平成9年6月1日に前夫Dと結婚し,同人との間に平成11年1月14日に長女E,平成12年2月24日に次女B及びその双子の妹である三女Fをもうけたが,その後,Dと不仲になったこと,②平成20年9月ころ,被告 6月1日に前夫Dと結婚し,同人との間に平成11年1月14日に長女E,平成12年2月24日に次女B及びその双子の妹である三女Fをもうけたが,その後,Dと不仲になったこと,②平成20年9月ころ,被告人は,飲食店で,客同士としてAと知り合い,交際を始め,同年10月中旬ころ,B及びFを連れて大阪市a区内のD方を出て,判示A方で,A及びAの実子であるGと5人で生活を始めたこと,③同年11月7日,被告人がDと協議離婚したこと,が認められる。この事実関係を前提とした上,以下では,その後本件に至るまでの経緯や本件犯行状況等について,判示第2の犯行の共犯者であるC,本件当時Bが在学していたH小学校(3年2組)の担任教諭であったI,大阪府a警察署の警察官であるJ及び被告人ら,本件関係者らが捜査段階及び公判段階で供述するところから認定できる事実について検討することとする。 ア平成21年3月10日までの状況(ア)被告人がAと同居を開始した当初は,Bらも一緒に同じ食事をとり,同じ部屋で布団を敷いて寝るなど仲の良い生活を送っていた。 しかし,平成20年12月ころにAがBらの勉強の面倒をみるようになってから,Aは,BやFが勉強を怠けた場合などに,激しく叱責したり,その顔面を平手打ちしたりするようになり,ときには部屋の中やベランダに立たせたり,食事をさせないようになった。 (イ)BとFは,平成21年1月8日の3学期の始業式の日にIが担任を務めているクラスに転入してきた。 同月15日,Iは,Bの左頬に青く内出血したような線状の痣2本があるのを発見し,BやFに事情を尋ねたところ,Bらは,D方でご飯を食べに行ったことなどで,Aから叩かれた旨答えた。IはBに対する虐待が疑われたことから学年主任の教師と,養護教諭に報告した。 痣2本があるのを発見し,BやFに事情を尋ねたところ,Bらは,D方でご飯を食べに行ったことなどで,Aから叩かれた旨答えた。IはBに対する虐待が疑われたことから学年主任の教師と,養護教諭に報告した。翌16日,学年主任と養護教諭がB及びFから事情を聞いたところ,両名は,宿題が終わるまで夕食を抜かれることがある,寝かせてもらえないことがある旨の話もした。そして,Iが事情を聞くためにA方に電話を掛けたところ,被告人が電話口で応対し,「Bの顔の痣は,新しいお父さんから叩かれそうになり,よけようとしてぶつけたものである,食事や睡眠については,Bたちはよく嘘をつく。妄想癖もある。」などと言って,事実を否定した。 (ウ)同月中旬ころ,FはAに叱られたことからA方を出てDと共に生活するようになった。Bは,Dの家に戻ることを望まず,引き続きA方で生活したが,その後も,Aは,Bが勉強をさぼったとして,長時間説教をしたり,夕食を食べさせない,ベランダや玄関に立たせるといった行為を行っていた。 もっとも,同年3月10日までの間は,Iが観察する限り,Bの外見や体調等に特段異常な点はみられなかった。 イ平成21年3月11日から同月末ころまでの状況(ア)同月11日,被告人は,小学校にBに発熱があるので学校を休ませる旨連絡した。同日ころ,CがA方を訪ねたところ,Bは平日なのに在宅しており,その頬につねったような跡があったので,そのために登校させられないのだと考えた。 その後も,被告人は,体調不良等を理由にBに学校を休ませるとの連絡を何回かし,Aは,同月18日か19日ころ,Iからの問合せの電話に対して,「(Bは)和歌山のおばあちゃんに面倒を見てもらっている。 終業式にも出させられない。」などと説明した。Bは,同月11日 の連絡を何回かし,Aは,同月18日か19日ころ,Iからの問合せの電話に対して,「(Bは)和歌山のおばあちゃんに面倒を見てもらっている。 終業式にも出させられない。」などと説明した。Bは,同月11日以降,同年4月5日に死亡するまでの間,通学することは一度もなかった。 (イ)同月12日ころ,被告人は,Aの説教によりご飯を抜かれて空腹の状態にあるBにチョコレートを与えたが,これを知ったAは勝手にしろと言って怒り,以後,しばらくの間,Bを構わなくなった。そのため,数日間は,Bは,Aから暴力を振るわれることはなく,皆と同じご飯を自分でよそって食べていた。 (ウ)同月15日ころ,Bが漢字の勉強を怠けたことについて被告人に嘘を言ったことからAがBを叱り,このころから,Aは,Bの頬をつねったりするほか,Bの顎を手拳で殴打したり,同児の足を蹴ったりするといった各種暴行を加えるようになった。そのため,同月20日ころには,Bの頬や顎は,それまでに見たことがないくらい赤黒く腫れあがり,そのころA方を訪れたCは,Bの両足の付け根から膝までの範囲全体が,内出血で赤紫色に変色しているのを認めた。Aが説教の途中でBの髪の毛を掴んで,顔を引き上げさせるなどもしたため,Bの頭頂部の髪の毛が抜けて,地肌が見えるようになった。このころ,被告人もBの頬をつねったことがあった。 また,同月15日ころ以降は,AがBをベランダに出して放置する時間が徐々に長くなり,Bが一晩中ベランダに出されることもあった。被告人は,外が寒いことからBを室内に入れてあげたいとは思ったが,Aから,「お前は甘い。」と言われたりするのが嫌であり,AがBを許すまではAの怒りも静まらないので,AがBに入っていいと言うまでそのままにしていた。そして,遅くとも同日ころ以降は,Bは, 思ったが,Aから,「お前は甘い。」と言われたりするのが嫌であり,AがBを許すまではAの怒りも静まらないので,AがBに入っていいと言うまでそのままにしていた。そして,遅くとも同日ころ以降は,Bは,玄関土間や台所に敷かれたレジャーシート上で生活し,同月22日ころ以降は,ベランダや玄関土間に敷かれたレジャーシート上で布団や毛布を一切用いずに寝ることを余儀なくされるようになった。 (エ)同月15日の数日後,AがBに対する説教の途中で折り畳み式のナイフを持ち出したことがあり,その刃が開いた状態であったため,被告人は,Aに殺意は感じなかったものの,Bをかばったところ,これにAは腹を立て,「二人で出て行け。」と怒鳴り,被告人はAにひたすら謝って,同居を継続させた。 (オ)同月中旬ころ以降,Aは被告人に指示するなどしてBに皆と同じものを食べさせないようになり,Bの食事は,1日当たり,大き目のおにぎり1個となり,その後は,バナナ1本ないし3本くらいになった。 (カ)同月22日深夜から翌23日未明にかけて,Aは,Bが以前ベランダに出されていた際に籐かごの中に小便をしたことについて嘘をついたことに激怒し,Bの胸ぐらか両肩を掴んで,その身体を何度もドアにたたき付けた。また,木製のまな板でBの頭部を叩いたところまな板が二つに割れ,包丁を持ち出してBに振り上げたりもした。被告人は,その際,ドアにはめ込まれているガラスが割れそうになったので,二人とも大怪我をすると思って,Aを止め,さらに,Aが包丁でBを刺すような雰囲気までは感じなかったものの,Aから包丁を取り上げた。 この騒ぎにより近隣住民が110番通報し,間もなく警察官がA方を訪問したところ,被告人が玄関先で応対し,Aの指示に従い夫婦げんかなので心配ない,主人の名前は の,Aから包丁を取り上げた。 この騒ぎにより近隣住民が110番通報し,間もなく警察官がA方を訪問したところ,被告人が玄関先で応対し,Aの指示に従い夫婦げんかなので心配ない,主人の名前は「●●●●●●●」である旨嘘の説明をして警察官を帰らせた。 (キ)同月25日,Gの保育園での卒園式からの帰宅後,AがBに対して,Gの描いたBを含む家族4人の絵を見せ,感想を求めたところ,Bが「じょうずに描けている。」と答えたことに,Aは求めている答えが違うと怒り,Bを平手打ちして,Bに「私も描いてくれてありがとう。」と言わせた。 (ク)同月下旬ころには,Bは,無気力で動作が緩慢になり,しばしば失禁するようになった。Aが,立っているBの足のすねの辺りを蹴り付けたり,座っているBの太ももを体重を掛けて踏み付けたりするようになったためか,自力で立ち上がることも難しくなっていた。Aが夜間にBを玄関ドアの外に追い出した際に,被告人がしばらくしてドアを開けると,Bは,三角座りをするようにしてしゃがんだ姿勢のまま,両手で地面を漕ぐようにして,家の中に入ってきたこともあり,このころのBは,足に力が入りにくい様子であった。被告人は,Bを風呂に入れたときにBが痩せてしまったことに気付いて驚いた。また,被告人は,動作が緩慢で度々失禁するBの体を抱き上げて,何度もトイレに連れて行き,便座に座らせてやるなどするようになり,介護老人の世話をするような気分でBの世話をしていた。 ウ平成21年3月末ころから同年4月5日までの状況(ア)同年4月初めには,Bは入浴するためA方の風呂場まで這って移動する状態になった。 同月2日にCがA方を訪ねた際は,Bは,かなり衰弱した状態で服や髪の毛が小便で濡れたまま,玄関土間のレジャーシート 初めには,Bは入浴するためA方の風呂場まで這って移動する状態になった。 同月2日にCがA方を訪ねた際は,Bは,かなり衰弱した状態で服や髪の毛が小便で濡れたまま,玄関土間のレジャーシートの上に横たわっていた。外出先から帰ってきたAは,こうした状態のBに対して「邪魔,またお漏らししやがって。」と怒鳴って殴った後,居間の方に行った。 後から入った被告人も,くつをシューズボックスの上に置こうとした際に,Bに対して「そこ邪魔。」「どいて。」などと言い,Bは横になったまま,端の方にゆっくりと移動した。その後,Aは,玄関にいるBの方に行き,「お前,またしょんべんしやがって。」などと怒鳴りつけてBを叩いた。CがAに「やり過ぎだ。」と言ったところ,Aは「あいつはもう死んだらいい。」などと言ったが,これに対し,被告人は何も言わず,Aを止めなかった。 (イ)同年3月末以降も,被告人及びAは,Bに医師の診察などの医療措置を受けさせることは一切なく,食事も,同年3月27日に被告人が俵型のおにぎり2,3個と,トンテキ,野菜などのおかずを与えたところ,Bはトンテキをだるそうに食べたが,口内炎が痛いというので,それ以降は,おかずをきざんで混ぜ込んだ雑炊を子供用のサラダボウル様の器に入れて,朝晩一杯程度Bに与えるだけであった。また,Bの就寝時も,それまでと同じく,玄関やベランダで布団なしの状態であった。 (ウ)同年4月4日の夕方,被告人,A,G及びCが外食に出掛けようとした際,Bが,台所と玄関の間のドアを開けて,手に自分の靴を持ち,四つん這いの状態で台所に入ってきた。Bは,一緒に出掛けたい様子であり,横になりながら靴を履こうとしたが,履けない状態であり,それを見たAは「お前が行けるわけないやろ。」などと言ってBを足で踏み付け,被告人も 状態で台所に入ってきた。Bは,一緒に出掛けたい様子であり,横になりながら靴を履こうとしたが,履けない状態であり,それを見たAは「お前が行けるわけないやろ。」などと言ってBを足で踏み付け,被告人も「あんたが行けるわけないやん。」などといい,Bを一人残して外食に出掛けた。 同日午後10時30分ころ,被告人らが帰宅した際,Bがトイレの前の板床で横になったまま失禁していることなどにAが激怒し,Bに自分で掃除するように言った。Bは,上体をかろうじて起こして被告人から受け取ったぞうきんで床を拭き始めたが,その手は,前後数センチの範囲内を行ったり来たりするだけであり,首は真下にうなだれていた。AはBを罵り,被告人が何か言ったことに対して,被告人の胸ぐらを掴んだりもしたので,Cが止めに入った。Aは,立ち上がれないBの腕をつかんで居間まで引きずり,Bに対し「これからどうするねん。」と怒った口調で質問すると,Bが「みんなと一緒にいたい。」と答えたことにさらに激怒し,Bを思い切り平手打ちし,テレビのリモコンでBの頭を殴りつけたり,木刀でBの手を叩いたりした。CはAがBを殴ろうとしたとき,身体をBとの間に入れてAを止めようとしたが,その場に居た被告人はかばおうとはしなかった。さらに,Aは,居間のテーブル越しにBの首を絞めようとしたが,このときは,Cと被告人がAをBから引きはがした。そして,Bが最終的に「施設に行く。」と言ったところ,Aは,「今すぐ出て行け。」と怒鳴ってBを玄関土間まで引きずって行き,その太ももを思い切り4,5回くらい踏み付けたので,CがAとBの間に割って入った。Aが刃を出した状態の折り畳み式ナイフを握ってBの方へと近寄って行った際は,CがAの前に立ちはだかり,被告人がCの後方でBをかばった。その後,AがBを玄関の外やマンショ がAとBの間に割って入った。Aが刃を出した状態の折り畳み式ナイフを握ってBの方へと近寄って行った際は,CがAの前に立ちはだかり,被告人がCの後方でBをかばった。その後,AがBを玄関の外やマンション出入口付近に追い出したため,そのたびにCは,被告人にBを連れ戻させた。 なお,Aは,ナイフを持ち出したことについては,Cに止められた後,少し冷静になったようであり,被告人に謝ってきたので,被告人は,Aに,止められた理由が分かってるならいい,などと言った。 (エ)同月5日午前1時ころ,Aは,下着の上に薄手のスウェットの上下を身に付けただけの裸足の状態のBをベランダに追い出した。同日午前2時ころ,被告人は,Aに言われて雑炊一杯をBに渡し,Bはゆっくりとこれを食べ終えた。また,被告人は,子供用のコートをBに手渡したが,Bはこれに袖を通さないままだった。その後,被告人らは,Bに食事を追加して与えたり,Bを室内に入れようとすることはなかった。 エ平成21年4月5日以降の状況(ア)Bは,同月5日午後3時過ぎころに死亡したが,その前後ころ,Cは,Aから,Bが息をしていないみたいなので,死んだかどうか確認しに来てくれと電話で言われたため,同日午後4時すぎころ,A方に赴き,Bの死亡を確認した後,A及び被告人と善後策について相談したところ,Aは「このままやったら葬式を出されへん。」「捨てるか埋めるかしかないな。」などと言い,奈良に土葬の墓地があることを口にした上,Cに死体処分の手伝いを依頼した。被告人も,一時は「そのへんにポイと捨てるんやなくて,少しでも成仏できるようにしてあげて。」などと言っていたものの,中島の工業団地に捨てることや,Bの体の虐待の跡が分からなくなるまで焼くことを自ら提案した。その後,3人はGとともに居酒屋で飲食 くて,少しでも成仏できるようにしてあげて。」などと言っていたものの,中島の工業団地に捨てることや,Bの体の虐待の跡が分からなくなるまで焼くことを自ら提案した。その後,3人はGとともに居酒屋で飲食をし,カラオケボックスに行ったが,カラオケボックスでAが被告人に「何でお前はそんなに平然としてられるねん。」と言ってその足を蹴飛ばし,「お前は俺とどないしたいんや。」と尋ねたところ,被告人は「ずっと一緒にいたい。」などと答えた。その後,Cは,被告人及びAを車に乗せて中島の工業団地を探したが,見付けられず下見を断念した。 (イ)同月6日朝,Aが被告人に,Bが家出をしたという虚偽の捜索願を提出することを指示した。 Cは,同日午前11時ころにA方を訪れ,その後,Cに同行してもらったAは,捜索願を提出する際に用いるため,家電量販店でデジタルカメラに保存してあったBの写真を現像し,ホームセンターで,Bの死体をベランダに置いた際に周囲から隠すためのすだれを購入して,これをA方ベランダに取り付けるなどした後,奈良の墓地の下見をした。また,AとCは,ホームセンターでスコップと鍬様の道具を購入した。その後,被告人と居酒屋で食事をしつつCが墓地の様子の説明をしている際,Aが,生前失禁ばかりしていたBの下着がほぼ捨てられていたため,捜索願を提出した場合に室内を警察官に見られて下着があまりに少ないと不審に思われるなどと言ったため,被告人が子供用の下着を購入するなどした。 A方に帰宅した後は,A,被告人及びCの間で,虚偽の捜索願の内容に信憑性を持たせるために,翌日,Bが被告人に叱られたことに反発して家出をしたと見せかける芝居をするなどの話合いがなされ,翌7日,被告人がBがいなくなったと警察に虚偽の捜索願を提出した。 (2)前記(1 性を持たせるために,翌日,Bが被告人に叱られたことに反発して家出をしたと見せかける芝居をするなどの話合いがなされ,翌7日,被告人がBがいなくなったと警察に虚偽の捜索願を提出した。 (2)前記(1)の関係者らの各供述内容の信用性等ア前記(1)にみられる関係者らの各供述内容は,前記に掲げた限りにおける被告人の供述を含め,いずれも具体的かつ詳細であって不自然不合理な部分は見当たらず,また,他の検察官請求証拠ともよく整合するか少なくとも矛盾するところもなく,信用性に特段の疑いを容れるべき点は見出せない。 イ(ア)もっとも,被告人は,当公判廷において,①平成21年1月15日にIから電話があった記憶はなく,「妄想癖」という言葉は,同月8日のBらの転入時にBらが嘘をつくのを注意してほしいという趣旨で用いたものである,②同年4月4日にAがテレビのリモコンでBの頭を殴りつけたり,木刀でBの手を叩いたりした際に居合わせたことはない,と供述するので,この供述をも踏まえて,I(前記(1)ア(イ))及びC(前記(1)ウ(ウ))の前記各公判供述部分の信用性等についてさらに検討する。 (イ)Iの前記公判供述部分についてみると,①同人は,同年1月15日に被告人と電話で応対した際に感じた印象について,「被告人から前記のような説明を受けたが,Bがよけようとしてぶつけたのであれば頬骨の付近に痣ができるのが自然であり,痣が頬骨より下のところにあったことから,ぶつけた痣としては不自然であるとその場で感じた」旨,具体的な理由を挙げつつ供述しており,学校から保護者に教え子の顔の傷に関して直接電話を掛けることがそれほど頻繁になされるものではないと考えられることからしても,Iにおいて,同日の被告人との対応に関して何らかの記憶の混同が生じているとは考え難いこと,②B 子の顔の傷に関して直接電話を掛けることがそれほど頻繁になされるものではないと考えられることからしても,Iにおいて,同日の被告人との対応に関して何らかの記憶の混同が生じているとは考え難いこと,②Bらが夕食を抜かれることがあり,寝かせてもらえないことがあるなどと話したことから,被告人に事情を尋ねたところ,被告人から「妄想癖」などという発言があったという内容は,流れが極めて自然である上,Iにとっても特異で印象的な出来事であったと考えられること,③IはBらの元担任教諭であるが,ことさら被告人に不利な虚偽の供述をする動機は見出せないことなどからすれば,Iの供述内容には高い信用性が認められる。 (ウ)Cの前記公判供述部分についてみると,①Cは,A方居間での状況について,A,被告人及びBの具体的な位置関係を指摘するなどしつつ,その際Bをかばった動作についても具体的かつ詳細に供述していること,②Cは,本件死体遺棄事件については被告人とAの共犯者ではあるものの,その証言時には既に懲役2年6月,執行猶予4年の判決が確定していたことや,本件に至るまでの間,Bのことで被告人に助言するなどしていたことに照らすと,自己の刑責を軽くするなどのために本件でことさら被告人に不利な虚偽の供述をする動機があったとは考え難いこと,③その供述内容は,被告人に有利な部分も随所に含んでいるのみならず,弁護人の詳細な反対尋問によってもほとんど揺らぐことなくほぼ一貫している上,その供述態度も淡々としており,ことさらに虚偽の事実を述べ,あるいは事実を誇張しようとする姿勢は見受けられないことなどからすれば,Cの供述内容にも高い信用性が認められる。 (エ)これに対し,前記(1)に掲記したところと矛盾する被告人の弁解供述については,①Bらの転入時の初対面の段階で担任教 れないことなどからすれば,Cの供述内容にも高い信用性が認められる。 (エ)これに対し,前記(1)に掲記したところと矛盾する被告人の弁解供述については,①Bらの転入時の初対面の段階で担任教諭に対し特段の必要もないのにいきなり我が子について悪印象を抱かれかねない「妄想癖」という言葉を用いるのは相当に不自然であること,②平成21年4月4日にAがBに対して暴力を振るった以降の記憶についてははっきりしないと述べるなど,曖昧な部分も多くみられることに加え,③平成21年3月11日からBが学校を休むようになった理由について捜査段階から二度の変遷がみられる(捜査段階では,「3月11日から学校を休むようになったきっかけは,どうしても思い出せません。」と供述していたが,公判段階では,当初,「前日のAからの説教によりBが寝不足の状態であり,Bの方から休みたいと言ったからである」旨供述し,さらに,その後裁判所からの補充質問に対し,説明を変更した。)など,当公判廷では,捜査段階に比べても防御的な供述にほぼ終始していることなどからすれば,基本的に信用性に乏しいというべきである。 ウ以上によれば,本件に至る経緯及び本件犯行状況等については,前記(1)に掲記した関係者らの各供述内容に沿って事実を認定するのが相当である。 被告人による先行行為(弁護人主張<ア>),不保護の動機(同<イ>),及びAとの不保護の共謀(同<ウ>)について(1)前記2の認定事実に基づく検討ア前記2で認定したところによれば,遅くとも平成21年3月中旬ころ以降のAによるBに対する各種暴力や食事及び睡眠の与え方等については,おしなべて「しつけ」の範疇からおよそ逸脱したものであり,虐待と評価すべきものである。 そして,被告人は,この間B及びAと終始同居し るBに対する各種暴力や食事及び睡眠の与え方等については,おしなべて「しつけ」の範疇からおよそ逸脱したものであり,虐待と評価すべきものである。 そして,被告人は,この間B及びAと終始同居していながら,AがBの身体に傷跡を残す危険性の高い暴力に出ようとした際などにはこれを制止しようとしてはいたものの,その他の日常的な暴行については一切止めようとすることがなく,また,AがBの食事を極端に制限することや,寝具も与えずにベランダでBを寝かせることについても反対することはほとんどなく,Bが日々衰弱していくことに気付きながら自ら十分な量の食事を与えようとすることもなかった。そればかりか,関係各証拠によれば,同月23日午後3時33分にAから送信された「バカ(注:Bのことを指す。)昼休み見たら生きてはった(笑)爆睡中やって」とのメールに対して,「バカはホンマにバカや,寝るとは思ってたけれど」などとメールで返信し,同年4月1日午後零時50分にAから送信された「このバカ知らんで,ションベンたれて怒られてるのに,目はなしたら大の字で寝てはる!ションベンの掃除もしてないで,アホらしくてできるかぁ~。」とのメールに対して,「バケツと雑巾渡してもせーへんねや」と,同日午後零時56分にAから送信された「それ以前の話し,してないてか言い張ってるねん,ズボンも床も濡れてるのに。」とのメールに対して,「どこまでバカやねん感覚すらないんか?」とそれぞれメールで返信するなど,Aによる虐待に同調するような言動にまで及んでいる。 イ被告人がAによる日常的な虐待を単に黙認したばかりではなく,かえってこれに同調するような言動にまで及んだ理由についてみると,前記2で認定したとおり,被告人は,Iから電話を受けた平成21年1月15日以降,Aの暴力その他の虐待状況やBの 認したばかりではなく,かえってこれに同調するような言動にまで及んだ理由についてみると,前記2で認定したとおり,被告人は,Iから電話を受けた平成21年1月15日以降,Aの暴力その他の虐待状況やBの健康状態等に関して小学校側に度々虚偽内容の申告をし,同年3月23日にはBに対する虐待の最中に近隣住民からなされた通報により駆けつけた警察官に対し,夫婦げんかであるなどと虚偽の説明をして警察官を帰らせ,Bが死亡した後に,AからBの死体を遺棄するとの提案をされても遺棄自体には何ら異議を述べなかった上,自らBの死体を遺棄・損壊する方法等を提案したりもするなど,一貫して虐待の事実の発覚を防止するための言動に終始しており,Bに虐待を加えていたことが発覚するのをおそれていたことが認められる(なお,被告人自身,当公判廷において,同年3月11日以降Bに小学校を休ませる連絡をするに際して小学校に虚偽の申告をした理由について,当時Bの身体に生じていた傷から虐待の事実が発覚しないようにするためであった旨を最終的に認めている。)。 また,同年3月中旬ころにAから「二人で出て行け。」と怒鳴られた際,ひたすら謝って同居を許してもらったこと,Bの死亡当日のうちに,Aに対して「ずっと一緒にいたい。」と述べたこと,被告人において,再婚禁止期間が過ぎればAと結婚する気持ちには最後まで変化はなかったことなどにもよれば,被告人はA方でAと一緒に生活することにより自らの居場所を確保することを相当に重視していたとみることができる。 そして,被告人が,上記アでみたBを侮蔑するようなメールの文面をAがBを激しく虐待している時期に相前後して繰り返し送っていることや,同年4月2日に,服や髪の毛が小便で濡れたまま玄関土間のレジャーシートの上に横たわっているBに「そこ邪魔。」 ようなメールの文面をAがBを激しく虐待している時期に相前後して繰り返し送っていることや,同年4月2日に,服や髪の毛が小便で濡れたまま玄関土間のレジャーシートの上に横たわっているBに「そこ邪魔。」などと言い放ち,同月4日には被告人らと外出したがっているBに「行けるわけないやん。」と申し向けていること,同月5日に誰もいないA方にBの死体を放置して居酒屋等に外出していることに加え,Cが,当公判廷において,「被告人には,母親としての愛情を示すような発言や仕草などはなかった。」と供述していることをも併せれば,当時,被告人は,Bに対する実母としての愛情が著しく稀薄になっていたとみるのが相当である。 以上の諸事情のほか,被告人がBの養育について相談するため,同月3日に児童相談所に電話を掛けており,その学歴や生活歴からしても被告人には公的機関に対する児童の養育支援体勢等についてそれ相応の知識が備わっていたことが看て取れるにもかかわらず,被告人がそうした支援等を真剣に活用することを怠っていることにも鑑みれば,被告人は,虐待の発覚をおそれ,Bを保護することよりも,自らの居場所を確保するため,AによるBの虐待に同調し,これを容認していたものと強く推認することができる。 ウこれに対し,被告人は,当公判廷において,①Aを何度も止めようとしたが,止めきれなかった。②Bは気力が低下しているだけであると思っており,死亡するほどに衰弱しているとは考えていなかったため,病院に連れて行かなかった。③Bに十分な量の食事を与えていなかったのは,Aに表面上調子を合わせることで,Aの虐待をエスカレートさせないためであったなどと供述し,弁護人も同旨の主張をする。 しかしながら,①の点については,上記アのとおり,被告人が止めようとしたのは主にAがBの身 わせることで,Aの虐待をエスカレートさせないためであったなどと供述し,弁護人も同旨の主張をする。 しかしながら,①の点については,上記アのとおり,被告人が止めようとしたのは主にAがBの身体に傷跡を残す危険性の高い暴力に出ようとした際だけであり,被告人が平素からAの虐待を真剣に止めようとしたというには,いかにも不十分な対応であるといわざるを得ない。また,被告人自身がAから暴力を振るわれることはほとんどなく,Aは,平成21年4月4日の時点を除き,被告人が制止した際はいったんは暴力を止めていたことなどにも照らすと,むしろ,被告人こそが,ほぼ確実にAの暴力を止めることができる立場にあったと認めるのが相当である。 ②の点については,平成21年3月末ころのBは,無気力で動作が緩慢になり,自力で立ち上がることもできず,しばしば失禁して頭髪等が尿で濡れても横たわったまま動こうとしないなど,同児が極度に衰弱した状態になっていたことは明らかである。そして,被告人は,Bと同居し毎日接していたほか,日中にBが失禁していたことについてもAから知らされており,また,Bを風呂に入れたときに同児が痩せてしまっていることに気付いて驚き,介護老人の世話をするような気持ちでBの世話をしていたというのであるから,被告人が上記のBの状態を認識していたことも優に認められるというべきである。 ③の点については,Aに表面上調子を合わせていただけであれば,被告人がAの目を盗むなどして,Bにさらに飲食物を与えるなどすることは十分可能であったと考えられるのに,被告人が平成21年3月中旬ころ以降,そうした行動に出ようとした形跡は一切窺われない。また,上記アでみた被告人のメールの文面や,上記イの被告人のBに対する言動などは,単にAに表面上調子を合わせていただけ が平成21年3月中旬ころ以降,そうした行動に出ようとした形跡は一切窺われない。また,上記アでみた被告人のメールの文面や,上記イの被告人のBに対する言動などは,単にAに表面上調子を合わせていただけというにしては,あまりにそぐわないものといわざるを得ない。 したがって,前記の被告人の供述及び弁護人の主張はいずれも採用することができない。 (2)小括ア前記2で認定したとおり,本件でBに対する虐待を主体的に行っていたのはAであるが,被告人はこれに明示ないし黙示の態度で同調していたものである。そして,Bの実母として被告人がAを止めることができる立場にあったことなどにも照らせば,被告人が同調することにより,Aによる虐待が助長された側面を優に看て取ることができる。加えて,被告人自身も,虐待の発覚をおそれ,Bの保護よりも,自らの居場所を確保することを重視して,Aによる虐待行為を容認し,これを受け入れた上,自らもBに対して十分な量の食事を与えようなどとはしなかったということができる。そうすると,被告人は,平成21年3月中旬ころ以降,Aと意思を通じ合って,判示の虐待を加えていたと評価するのが相当であり,被告人は,この先行行為によっても,Bに対する保護義務を負っていたというべきである。したがって,弁護人主張<ア>の点は採用できない。 イまた,同年3月末ころには,Bは極度に衰弱した状態にあり,その生存を確保するためには医師の診察などの医療措置を受けさせるなどする必要があったということができるが,被告人らは,このようなBの容態を熟知しながらそのような行為に出なかったばかりか,そのころ以降,①1日当たり雑炊2杯程度(Kの公判供述によれば,それは合計で500キロカロリー程度であり,8,9歳の児童の生命維持に最低必要な基礎代謝量1 しながらそのような行為に出なかったばかりか,そのころ以降,①1日当たり雑炊2杯程度(Kの公判供述によれば,それは合計で500キロカロリー程度であり,8,9歳の児童の生命維持に最低必要な基礎代謝量1040キロカロリーの半分以下と認められる。)といった,常識的にみて,熱量及び栄養の面で,極度に衰弱した9歳児であるBの生存の確保のためには極めて不十分な食事しか与えておらず,②睡眠確保の点についても,いまだ気温の低い時期に玄関や屋外であるベランダ(なお,平成21年4月4日午後10時から翌5日午前7時までの大阪市の気温は概ね摂氏10度から11度の間で推移しており,同日午前6時には一時的に最低気温摂氏9.6度を記録している。)で,布団などもなしに(とりわけB死亡の前夜には裸足のままで)寝かせていたものであり,Bにおいて寒さを気にすることなしに十分な睡眠がとれる状況でなかったことは明白であって,被告人らがBの生存に必要な保護をしなかったこと(不保護)は明らかである。 そして,上記アで述べたとおり,被告人の同調によりAによる虐待が助長される一方で,被告人自身も,虐待の発覚を免れるとともに自らの居場所を確保することを重視して適切な医療を受けさせず,Aによる虐待を容認し,受け入れた上,自らもBに対して十分な量の食事を与えようなどともしなかったというべきことからすれば,被告人とAとの間には,Bの上記不保護についての共謀があったと認めることができる。したがって,弁護人主張<イ>及び<ウ>の各点も採用できない。 Bの死亡原因(弁護人主張<エ>)について(1)Bの死体を司法解剖したL医師は,当公判廷において,①発見された際のBの死体は,身長は130センチメートルで,体重は発見時の土が付着した状態で25.5キログラムと体重面では9歳の健康児 (1)Bの死体を司法解剖したL医師は,当公判廷において,①発見された際のBの死体は,身長は130センチメートルで,体重は発見時の土が付着した状態で25.5キログラムと体重面では9歳の健康児の平均と比較してやや少ない状態にあり,特に脂肪は1センチもない状態で非常に少なく,肋骨は少し浮き上がり,眼窩はかなり凹んで栄養状態が悪かった,②衰弱時に萎縮する器官である胸腺が小さくなっており,これは被虐待児症候群の児童にみられる特徴である,③Bの心臓内の血液が流動性が少なく凝血していたことなどから,急性死ではないことが推測される,④Bの死体は腐敗していて,損傷は見にくかったが,大きな損傷はなく,死因となるような皮下出血や頭部のくも膜下出血はなく,硬膜下血腫は認められるものの,死因になるような大きさではない,⑤窒息死や凍死の所見もないなどとして,Bの死因が衰弱死であると考えられる,と供述する。 また,生前におけるBの主治医であったM医師は,当公判廷において,Bはてんかんの持病を有していたものの,その症状は軽いものであった上,Bの死体にはてんかんに起因する窒息死の所見もみられないことなどからして,Bがてんかんの発作で死亡した可能性は考え難い,と供述する。 (2)L医師及びM医師の経歴やBの診察ないし司法解剖等に携わった経験などに照らして,両名の証人としての適格性には疑いを容れる余地はないし,その供述内容にも論理性・合理性を疑わせたり経験則に反したりするような箇所は見当たらず,その各公判供述には高度の信用性が認められる。 したがって,本件でBは衰弱死したとみるのが相当であり,また,前記2で認定した事実経過によれば,Bの衰弱死の原因が被告人らによる不保護にあることも優に推認することができる。したがって,弁護人主張<エ>も採用で 本件でBは衰弱死したとみるのが相当であり,また,前記2で認定した事実経過によれば,Bの衰弱死の原因が被告人らによる不保護にあることも優に推認することができる。したがって,弁護人主張<エ>も採用できない。 結論 以上で説示したところにより,判示第1のとおりの事実を認定した。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為は刑法60条,219条(218条)に該当するので,同法10条により同法218条所定の刑と同法205条所定の刑とを比較し,重い傷害致死罪の刑により処断することとし,判示第2の所為は同法60条,190条に該当するところ,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中220日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由) 本件は,被告人が,内縁の夫であるAとともに,平成21年3月中旬ころ以降,大阪市内の同人方において,当時9歳の次女Bに対し,殴打して,必要十分な食事を与えないなどの虐待を加えていたところ,同児が極度に衰弱し,身動きも不自由な状態になったのを認めたことから,同児の生存を確保するために保護を加えるべき責任があったにもかかわらず,Aと共謀の上,医療措置を受けさせず,わずかな飲食物を与えるのみで,玄関土間あるいはベランダにおいて,寝具を用いずに就寝させるなどして死亡させたという保護責任者遺棄致死(判示第1),A及び知人男性と共謀の上,Bの死体をA方から運び出して車で奈良市内の共同墓地まで運搬し,同所に穴を掘り,Bの死体を裸にして穴の中に埋めて遺 るなどして死亡させたという保護責任者遺棄致死(判示第1),A及び知人男性と共謀の上,Bの死体をA方から運び出して車で奈良市内の共同墓地まで運搬し,同所に穴を掘り,Bの死体を裸にして穴の中に埋めて遺棄したという死体遺棄(判示第2)の各事案である。 本件では,検察官は,懲役12年を求刑し,他方,弁護人は,懲役3年に執行猶予を付した刑が相当であると主張している。 3(1)そこで検討すると,保護責任者遺棄致死(判示第1)の犯行に至る経緯及び本件犯行状況等については,前記(事実認定の補足説明)で詳細に認定したとおりであるが,被告人とAは,平成21年3月中旬ころ以降,当時9歳と幼少のBに対し,頬や顎が赤黒く腫れあがるほどその顔面を殴打する,その足を蹴り付けて両足の付け根から膝まで全体を内出血で赤紫色に変色させる,頭髪が多数本抜けるほど強く引っ張るなどの暴行を加えた上,食事も1日当たり大きめのおにぎり1個あるいはバナナ1本ないし3本という極めて少ない量のものしか与えず,いまだ夜間の気温が低い時期にベランダや玄関土間に敷かれたレジャーシート上で布団や毛布を一切与えずに寝かせるなど,日常的に強烈かつ冷酷な虐待を繰り返すようになった。その結果,Bは急速に気力及び体力を低下させ,同月末ころには自力で立ち上がることもできず,しばしば失禁するなど極度に衰弱した状態になったにもかかわらず,被告人らは,何らの医療措置を受けさせようとすることもなく,その後もBが死亡するまで上記とほぼ同様の虐待を加え続けたのであって,その犯行態様は,同児の人格を一顧だにしない,卑劣で悪質なものというほかはない。 Bに暴行を加えていたのはほとんどの場合Aであるが,被告人は,Bの実母であることからしても同児を保護する重い責任があったといえるところ,同年3月中旬ころ以降は,Bに 質なものというほかはない。 Bに暴行を加えていたのはほとんどの場合Aであるが,被告人は,Bの実母であることからしても同児を保護する重い責任があったといえるところ,同年3月中旬ころ以降は,Bに対する母性的な愛情をほとんど示すこともなくなり,Aによる虐待を容認してこれに同調し,その指示に盲従して自らBに十分な食事を与えようともせず,Bを夜間ベランダに放置するなどしたものであって,さらに,前記(事実認定の補足説明)で説示したとおり,被告人はAの虐待を容易に止めさせることができる立場にあったことなども併せれば,被告人が本件で果たした役割は決して小さくないというべきである。 (2)本件で生じたBの死亡という結果がそれ自体重大であることはいうまでもないが,自らはなすすべもないまま,半月余りに亘る苛烈な虐待を受け続けている最中,同児が変わらぬ愛情を抱きかつ唯一頼るべき存在であった被告人からも,「邪魔。」「あんたが(食事に)行けるわけないやん。」などという冷淡で非情な言葉を浴びせられたことによって同児が受けたであろう衝撃と絶望感は察するに余りある。Bの実父は,Bの突然の死がその姉及び双子の妹の心に与えた深い傷などにも言及しつつ被告人に対する厳しい処罰を求めているが,その心情も十分に理解することができる。 (3)Aは,当初こそは,Bが勉強を怠けようとした際等に暴力を振るうなどしていたものの,次第にこれをエスカレートさせ,遅くとも平成21年3月末ころには,Bを自宅から追い出そうと考えて虐待に及んでいたものと認められるが,被告人は,Bの身体に生じていた傷から虐待が発覚することをおそれ,Bを保護することよりも,Aとの生活という自らの居場所を確保することを優先し,当時,Bに対する愛情を著しく希薄化させていたことと相俟って,Aによる虐待を容認し,むしろ ら虐待が発覚することをおそれ,Bを保護することよりも,Aとの生活という自らの居場所を確保することを優先し,当時,Bに対する愛情を著しく希薄化させていたことと相俟って,Aによる虐待を容認し,むしろこれに同調するなどしていたものであって,その自己中心的かつ身勝手な犯行動機に酌量すべき点は全くない。 なお,被告人の上記のような動機の形成過程に関して,弁護人は被告人の生育歴等に酌むべきものがあるかのような指摘をするところ,たしかに被告人の実父は家庭よりも仕事を優先させてきたことなどから,従前被告人に示してきた愛情は必ずしも十分なものとみることはできないが,被告人に経済的な不自由を味わわせることはなく,また,被告人が長じるまでは身近に被告人の実母が存在しているなど,その家庭環境は,被告人が健全で常識的な価値判断を行うに足る人格や能力を十分に涵養することができるものであったと考えられることからすれば,弁護人の指摘は,上記で説示したところを左右するものではない。 (4)さらに,被告人が,犯行の前後を通じて,Bの通っていた小学校に対して同児が学校を休む理由等について虚偽の連絡をしたり,警察に同児が家出したとの虚偽の捜索願を提出するなど,終始虐待等の事実を隠蔽するための行動に出ていることも軽視することはできない。 死体遺棄(判示第2)の犯行についてみると,Bの死体が発見されにくいと思われる奈良市内の土葬の墓地を死体遺棄の場所として選定し,共犯者らにおいて,現場の下見をするなどした上,身元が発覚しないようBの死体を裸にして土中に埋めるなどしているのであって,計画的で悪質な態様というべきである。死体遺棄を直接実行したのは共犯者らであるが,被告人も,死体を遺棄することについて一切異議を唱えなかったばかりか,我が子の死体を焼却することや死体遺棄に あって,計画的で悪質な態様というべきである。死体遺棄を直接実行したのは共犯者らであるが,被告人も,死体を遺棄することについて一切異議を唱えなかったばかりか,我が子の死体を焼却することや死体遺棄に適する場所を自ら提案するなどしているのであって,その関与の程度も小さくない。また,判示第1の犯行を隠蔽するためという身勝手な犯行動機にも,酌むべき点は全くない。 以上によれば,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任はかなり重いというべきであり,本件で被告人に対する刑の執行を猶予することはおよそ相当とはいえない。 他方において,被告人の量刑に当たっては,以下の事情も斟酌すべきである。 すなわち,BとともにAと同居することを選択したのは被告人であるとはいえ,Bに対する暴行を開始し,食事の制限やベランダ等での就寝も含めて同児の虐待を主導していたのはAであり,Aによる上記のような暴行等がなければBの死という事態は生じていなかったということができる。そして,被告人の再犯可能性についてみると,被告人は,自己が保護責任者遺棄致死罪に問われること自体は争わず,Bに対する謝罪の弁を述べるなどしているものの,当公判廷における供述態度や供述内容等をみる限り,本件に対する反省が必ずしも十分に深まっているとはいえないことは遺憾であるが,被告人が相当年数に亘って幼少の年子3人を抱えるなどしながら懸命に働いて真面目に社会生活を営んできたことや,前科がなく元来犯罪的な傾向は窺われないこと,現在,実父との関係が修復され,同人は,被告人が社会復帰した後の生活の場や就業先を確保するなど,更生環境を整える努力をしていることなどからすれば,特段の事情がない限り,今後,被告人が再犯に及ぶ可能性は乏しいということができる。以上の諸事情に加え,同種事案における量刑傾向をも参酌すれば,検察 更生環境を整える努力をしていることなどからすれば,特段の事情がない限り,今後,被告人が再犯に及ぶ可能性は乏しいということができる。以上の諸事情に加え,同種事案における量刑傾向をも参酌すれば,検察官の求刑は重きに失するというべきである。 以上のとおり,被告人の行為責任及び更生可能性についての事情等を踏まえ,慎重に評議を遂げた結果,被告人に対しては,主文の刑をもって臨むのが相当であるとの判断に至った。 よって,主文のとおり判決する。 平成22年7月21日大阪地方裁判所第3刑事部裁判長裁判官樋口裕晃裁判官小野寺明裁判官木戸口由佳
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