平成14(ネ)466 損害賠償請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成15年11月5日 名古屋高等裁判所 棄却 名古屋地方裁判所 平成9(ワ)4993
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判決文本文28,643 文字)

主文 1 1審原告ら及び1審被告らの控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は各自の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 1審原告ら(1) 原判決を取り消す。 (2) 1審被告らは,1審原告ら各自に対し,連帯して6083万9788円及びこれに対する平成8年10月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告らの負担とする。 2 1審被告ら(1) 原判決中1審被告ら敗訴部分を取り消す。 (2) 上記取消しにかかる1審原告らの請求を棄却する。 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告らの負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は,平成8年10月9日に肺癌で死亡したAの妻である1審原告BとA・1審原告B夫婦の長女である1審原告Cの両名が,Aが死亡したのは,当時1審被告病院に勤務し,Aの診療を担当した医師である1審被告Dが早期に適切な診療を行わなかったためであるとして,1審被告Dに対しては不法行為に基づく損害賠償を,1審被告新潟県に対しては診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償をそれぞれ求めた事案である。 原審は,1審被告Dの不法行為責任及び1審被告新潟県の債務不履行責任を認めた上,1審原告ら各自に対する1950万円及び遅延損害金(1審被告DにつきAが死亡した日,同新潟県につき訴状送達の日の翌日から支払済みまで)の連帯支払を命じる一部認容判決をしたことから,当事者双方が控訴した。 2 争いのない事実(証拠により容易に認められる事実を含む。),争点及び当事者の主張(要旨)は,以下に当審主張を付加するほか,原判決の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。 3 1審原告らの当審主張(1) る事実を含む。),争点及び当事者の主張(要旨)は,以下に当審主張を付加するほか,原判決の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。 3 1審原告らの当審主張(1) 1審被告Dが平成6年9月に経過観察したことの誤りについて1審被告Dは,平成6年9月の段階で,Aは肺癌であると診断すべきであったのに,以下のとおり,肺癌であると診断することなく,経過観察をした過失がある。 ア 1審被告Dの診断の誤り1審被告Dは,診断において,以下6点の初歩的,かつ重大な誤りを犯し,肺癌であるのに誤って結核腫と診断し,経過観察をした。 (ア) 平成6年9月2日のX線写真(乙第3号証)の誤読平成6年9月2日のX線写真について,1審被告Dは,石灰化があると判読したが,同被告が石灰化と見間違えたものは「画像のアーチファクトによる結節内の高吸収域」であり,この誤読は初歩的なミスである。石灰化は,結核特有の散布巣であり,この誤判が,1審被告Dを「結核腫の疑い」と診断させた大きな要因である。 本件では,結核の臨床症状は一切なく,結核菌陽性所見もなく,試験的抗結核薬投与の根拠が全くなかった。 (イ) 平成6年9月2日の胸部断層写真(甲第50号証の1~3)の無視当審証人Eは,平成6年9月2日の胸部断層写真について,この写真には「むら」があり「98%まで肺癌を考えてます」等と証言している。 しかし,1審被告Dは,肺癌であると診断しなかった。 (ウ) 平成5年7月のX線写真(甲第15号証の2)を取り寄せなかったこと過去の胸部X線写真と比較し,経時的観察をすることは肺癌の診断に不可欠である。しかし,1審被告Dは,過去のX線写真の取寄せをしなかった。 (エ) 平成6年 )を取り寄せなかったこと過去の胸部X線写真と比較し,経時的観察をすることは肺癌の診断に不可欠である。しかし,1審被告Dは,過去のX線写真の取寄せをしなかった。 (エ) 平成6年9月14日のCT写真(乙第4号証)の誤読平成6年9月14日のCT写真については,放射線科のF医師のみならず,1審被告Dを除く全ての医師が肺癌を疑うという所見が認められると判読している。 しかし,1審被告Dは肺癌を疑うという所見を認めなかった。 (オ) 院内のカンファレンス(ミーティング)の欠落放射線科のF医師は,平成6年9月14日のCT写真について,肺癌の疑いがあることを指摘している。このような放射線の専門家の意見は尊重すべきである。 ところが,1審被告Dは,放射線科の医師はいつも肺癌と報告するので信用できないとして,F医師と全く協議しなかった。 (カ) 平成6年9月20日の気管支鏡検査の成功率評価の誤り本件のように,末梢小型腫瘍に対する気管支鏡検査の成功率については「ほとんどない」(当審証人E)。文献(乙41)でも,「1.1㎝以下の症例は診断不能であったという」と記載されている。 結核と癌細胞の両方が検出されなかった事実からすれば,確定診断方法としては失敗であり,やらなかったと同じ評価をしなければならず,再度実施するか,直ちに他の診断方法をとる必要があったといわざるを得ない。 1審被告Dは,病巣を確実に擦過したと考え,放射線科の医師が癌の疑いを指摘しているにもかかわらず結核腫と診断し,癌の可能性の疑いをもたなかった。 イこのように,本件では,肺癌の特徴は数多く存在する一方,結核の特徴は何一つ存在しなかった。 それにもかかわらず,1審被告Dが誤診した根本は,K意見書(甲35)に指 の疑いをもたなかった。 イこのように,本件では,肺癌の特徴は数多く存在する一方,結核の特徴は何一つ存在しなかった。 それにもかかわらず,1審被告Dが誤診した根本は,K意見書(甲35)に指摘されているように,「画像のアーチファクトによる結節内の高吸収域」を石灰化と判断するという初歩的なミスと,10㎜以下の末梢の腫瘤にはほとんど有効でない気管支鏡検査で癌細胞が検出されなかったことで癌の疑いを持たなくなったという初歩的なミス,院内カンファレンスや過去のファイルを見なかったという怠慢に加え,患者の32歳という年齢,ツベルクリン陽性反応及び血液検査という確定診断には全く役立たない条件に惑わされたというほかない。 なお,ツベルクリンの陽性反応は日本ではBCGによるものであるため,結核でなくとも反応が現れ,血液検査では末期の癌だけに現れるものである。 したがって,1審被告Dの診断には誤りがある。 (2) 1審被告Dが平成7年2月に経過観察としたことの誤りについて1審被告Dが平成6年9月に経過観察としたことが誤りではなかったとしても,以下のとおり,1審被告Dは,平成7年2月の段階では,Aは肺癌であると診断すべきであったのに,経過観察をしたものであるから,1審被告Dには過失がある。 ア 1審被告Dが,平成7年2月の時点で,Aに対し7月に来院することを指示したのは,陳旧化した結核腫であって,肺癌ではないという確定的な判断をしたためである。 しかし,陳旧化した結核腫という確定診断を下すには,陳旧化した結核腫の所見がなければならないのに,経過観察期間中には一切確認されていない。 一方,肺癌については,これを否定する根拠は何一つ無く,逆に肺癌の所見は上記(1)のとおり数多くあり,平成6年9月から平成7年2月までの間に肺癌を否 いのに,経過観察期間中には一切確認されていない。 一方,肺癌については,これを否定する根拠は何一つ無く,逆に肺癌の所見は上記(1)のとおり数多くあり,平成6年9月から平成7年2月までの間に肺癌を否定する根拠はなかった。 イ 1審被告Dは,経過観察とした理由に腫瘍が増大していなかったことをあげる。 しかし,平成6年9月から平成7年1月ないし2月までの間に,腫瘍影が顕著に(はっきりと)増大(拡大)していたか否かは重要な問題ではない。重要なのは,腫瘍影が少しでも増大傾向にあったり,縮小傾向が読み取れない場合には,肺癌の疑いは少しも払拭されないと判断する必要があることである。肺癌は決して一定の速度で増大するものではなく,気管など太い部位の瘤は,次第に大きくなるが,肺の末梢部の小型の腺癌の場合,ある程度の大きさまでスムースに増大するものの,たとえば1センチ前後のときは,空気の圧力で押さえられ,半年か1年は余り大きくならず,その後急に大きくなるという特徴があり,これは肺癌のレントゲン写真を見る者にとって常識である(当審証人E,甲1の4,乙24)。 本件は,抗結核薬を投与していたのであるから,結核腫であるなら通常ある程度の縮小が期待されるのに,顕著ではないが増大傾向にあり,少なくとも縮小傾向には全くなかった。このことが重要なのである。 ウ放射線科のF医師は,平成7年1月10日のCT写真については,肺癌であるという確定的な判断を示していた。そして,1審被告Dも,平成7年1月23日の診察日に到って,「今回のHRCTでは石灰化不明」と判断している。 エこのように陳旧化した結核腫の所見はなく,抗結核薬を投与していたのに腫瘤は縮小しない反面,F医師が肺癌であるという判断を示し,1審被告Dも,結核腫の疑いの根拠とした石灰化を認めなかったので エこのように陳旧化した結核腫の所見はなく,抗結核薬を投与していたのに腫瘤は縮小しない反面,F医師が肺癌であるという判断を示し,1審被告Dも,結核腫の疑いの根拠とした石灰化を認めなかったのであるから,1審被告Dとしては,肺癌の疑いを強め,開胸手術等の措置を採るべきであった。 しかしながら,1審被告Dは,6か月の経過観察とする誤りを犯したものである。 (3) 説明義務違反について1審被告Dは,平成6年9月28日の段階でAに対し,肺癌の可能性があり,肺癌を否定する材料が得られてないため,肺癌でないとする確定診断を下すことができないこと,確定診断への道筋等を説明すべき注意義務があった。 しかし,1審被告Dは,肺癌の疑いについて,「心配ありません」と明確に述べ,「結核の残骸みたいなものですよ」「結核腫の疑いということで診断書に書いておきました」と説明した。 また,平成7年1月23日の時点では,肺癌であることの確定診断がなされているべき時期であり,肺癌の治療について説明がなされるべきであった。 しかし,1審被告Dは,肺癌であるとの確定診断をせず,肺癌の治療について説明をしなかった。 したがって,1審被告Dには説明義務違反がある。 (4) Aの生存可能性について原判決は,野口分類のタイプDが低分化型腺癌であるとされているのに対して,Aの癌が中分化型腺癌と診断されているとはいえ,平成7年1月あるいは2月の段階でリンパ節へ転移していた可能性及び野口分類による予後の悪いタイプであった可能性を否定できないとした。 しかし,原判決は以下のとおり誤りがある。 アリンパ節への転移の有無(ア) 平成6年9月2日から平成7年2月20日までのすべてのX線写真及びCT写真の診断用紙にもリンパ節腫大の指摘はない。 ま 決は以下のとおり誤りがある。 アリンパ節への転移の有無(ア) 平成6年9月2日から平成7年2月20日までのすべてのX線写真及びCT写真の診断用紙にもリンパ節腫大の指摘はない。 また,鑑定人Gは,平成6年9月も平成7年2月も,リンパ節腫大はないと鑑定している。そして同鑑定人は,証人尋問において,鑑定と同じようにリンパ節腫大はないと証言した。なお,G鑑定人は,リンパ節に癌が転移している可能性については,想像でしかないが,7月にリンパ節が大きくなっているという経過を見ると,顕微鏡的転移はあったのではないのか,そうでなければ理屈に合わないと思う旨を証言しているが,何故に「そうでなければ理屈に合わない」のか不明であるから,同証言部分は信用できない。 (イ) 確かに,臨床(画像上)では,リンパ節への転移が認められなくても,手術して病理学的検査(細胞診,組織診)をしてみると,リンパ節への転移が認められるケースがある。しかし,文献(乙28)では,手術後に病理病期Ⅰ期と診断された症例の中で,潜在性の微小転移巣が検出されたのは27.3%とされ,決して高率ではない。しかも,本件では,手術をして病理学的検査をしていないのであるから,本件が上記の27.3パーセントに該当するとはいえない。 また,ある時点(本件では平成6年10月頃と平成7年2月頃)での微小転移の有無は,その時点で,病理学的検査をしなければ分からないことである。後日,縦隔リンパ節が急激に増大していたことをもって,過去のある時点での転移を想定することは,科学的な態度とはいえない。本件のように,若年者のケースは,特にそうである。 本件で,1審被告Dの過失がなければ,平成6年10月頃又は平成7年2月頃において縦隔リンパ節の病理学的検査が実施されていたはずであり,その検査が実 件のように,若年者のケースは,特にそうである。 本件で,1審被告Dの過失がなければ,平成6年10月頃又は平成7年2月頃において縦隔リンパ節の病理学的検査が実施されていたはずであり,その検査が実施されていないのは,1審被告Dの過失によるのである。それにもかかわらず,患者側にリンパ節への転移がなかったことの確証がないこと,即ち,リンパ節への転移の可能性を否定できないことを根拠とし,患者側に不利益を負わせることは極めて不公平であり,許されない。 肺癌であるとほぼ確信していた放射線医及びG鑑定人が,画像を検討した上で「リンパ節腫大なし」と診断し,病理学的検査をしていない以上,全く確認しようもないリンパ節への転移の可能性を持ち出して議論を混乱させることを許さず,平成7年1,2月時点でのリンパ節への転移はなかったものとすべきである。 イ Aの肺癌と野口分類Aの肺癌は,平成7年8月11日の病理学的検査(細胞診,組織診)によれば中分化腺癌と判定されている(乙1)。どのような肺癌であったかを鑑別するには,病理学的検査によらなければならない。野口分類のタイプを特定する場合も,CT画像所見では鑑別が困難な場合が多いため,病理学的検査が実施されて初めて,特定されるものである(乙31,34,41)。 本件では,中分化腺癌と判定されているだけで,それを越えて,1審被告らが主張するように,Aの肺癌を野口分類のD型以上であったと判断できる根拠はない。 即ち,野口分類のD型は「充実破壊性に増殖する低分化腺癌」とされている(乙31)。したがって,中分化腺癌であるAの癌はD型ではない。また,Aの癌は,E型,F型の特徴を呈していない。 1審被告らの主張は,上記の中分化腺癌とする病理組織検査を意図的に無視しており,また,この点に関するG鑑定人の証言も 癌であるAの癌はD型ではない。また,Aの癌は,E型,F型の特徴を呈していない。 1審被告らの主張は,上記の中分化腺癌とする病理組織検査を意図的に無視しており,また,この点に関するG鑑定人の証言も,中分化腺癌という判定を見落していることによる間違った証言である。 以上のとおり,本件の肺癌は病理学的検査で中分化腺癌と診断されていること,A型は高分化腺癌,D型は低分化腺癌であること,及び本件でE型,F型の特徴的所見が認められていないことから,D型以上であるとする根拠はない。 したがって,Aの肺癌について,病理学的検査を実施していない以上,野口分類を適用すること自体が間違いであり,Aの肺癌が,野口分類のD型以上であったとすることは論外である。 ウ早期発見の重要性と可能性,5年生存率肺癌の予後は,腫瘍の大きさ(T),リンパ節転移(N),遠隔転移(M)分類により決定されるが,「これらの分類に作用する最も大きい要因は腫瘍の発見時期である」とされ(乙33),そのほかに腫瘍の発育の速度,浸潤性とがあるとされている。 このように,予後の良悪の決め手は,腫瘍の発見時期であって,「発見時期が遅れても,予後は基本的に変わりがない」との1審被告らの主張は明らかに誤りである。文献(乙37)には,「若年者でも,肺癌の可能性を十分に念頭に置いて,いたずらに経過をみるべきではない」と警告されている。 本件の肺癌は,極めて早期に発見することが可能であったし,1審被告らの主張によれば,腫瘍の陰影は増大傾向になく,発育の速度も速くなかったというのであるから,早期治療が極めて有効なはずであった。また,浸潤性も窺われなかった。したがって,1審被告らの診察義務違反がなければ,早期に手術を実施し,その手術においては,転移巣の有無にかかわらず,リンパ節も除去 早期治療が極めて有効なはずであった。また,浸潤性も窺われなかった。したがって,1審被告らの診察義務違反がなければ,早期に手術を実施し,その手術においては,転移巣の有無にかかわらず,リンパ節も除去されていたであろうから,手術をして病理組織検査の結果リンパ節への転移があったとしても,予後は非常に良好であったと思われる。 具体的にAの肺癌の発見及び診断の経緯を見るならば,検診発見例であり,極めて早期の受診であり,再発ではなく,腺癌の大きさはⅠ期の中でも小さかった。平成6年9月2日の単純X線で長径1.2ミリ,短径0.7ミリ(乙2号),同年9月14日のCTで最大割面で12ミリ(実測換算)であった。CT画像上,リンパ節転移がない。 Ⅰ期で,リンパ節転移なしのケースは,5年生存率は80%を越える(乙42)。 若年者の肺癌においても,文献(乙37,44)では,40歳未満の若年者肺癌切除例12例のうち,Ⅰ期の2例は再発なく生存中であり,また,若年者肺癌15例のうち,Ⅰ期の6例において死亡は1例で,残る5例は生存中であり,この生存中の5例のうち4例がAと同じ中分化型である。低分化型の肺癌1例は死亡しているが,Aの肺癌は中分化型であり,低分化型と同視してはならない。 ましてや,D型以上に予後の悪いタイプとすることは完全に間違いである。 エまとめ以上により,本件においては,縦隔郭清を含めた肺葉切除手術をすれば,予後は良好であったはずであり,Aは5年生存者80%の中に入ったはずである。 仮に,野口分類の適用を考えた場合,Aの肺癌は中分化型であることから,低分化型とされるタイプDより予後は良いはずである。タイプDの5年生存率が52.4%であるから,Aの肺癌はそれ以上の生存率であり,救命の可能性が十分にあったとして逸失利益を認めるべきである。 ,低分化型とされるタイプDより予後は良いはずである。タイプDの5年生存率が52.4%であるから,Aの肺癌はそれ以上の生存率であり,救命の可能性が十分にあったとして逸失利益を認めるべきである。 4 1審被告らの当審主張(1) 1審被告Dの無過失についてア 1審被告病院では,気管支鏡検査と経皮的肺生検で確定診断がつかない症例のうち,①画像所見で肺野末梢発生の腺癌に特徴的な画像所見を呈するもの(高分化腺癌としての特徴を指している),あるいは,②経時的に増大傾向を認める症例に限って開胸肺生検を考慮していた。 なお,1審被告病院では平成6,7年当時,CTガイド下経皮的肺生検は採用しておらず(胸腔鏡も同様である),X線透視下の経皮的肺生検が行われていたが,本件には適応はないと考えていた。 本件では,1審被告Dは,Aの所見が平成7年2月までの間に上記基準にあてはまらなかったから,開胸肺生検を実施しなかった。 具体的には,①本件は,確実にヒットしたと思われる気管支鏡検査では確定診断がつかなかった,②本症例に経皮的肺生検の適用はない,③高分化腺癌に特徴的な画像所見はない,④経時的に増大傾向を示さなかったからである。 イ 5か月の抗結核剤の投与によって陰影の縮小をみない場合であっても,結核でないとはいえない(医学的事実。乙52)。なぜなら,「結核性の浸潤病巣がもう少し時間がたって被包乾酪巣となれば,4か月のRFP,INH療法で不変のことはしばしばある。この病巣が結核性であったとすれば浸潤よりやや時間が経った被包乾酪巣と考えられる。石灰が沈着するまでにはなお長時間を要するので,石灰化のない被包乾酪巣はかなりしばしば認められる結核性変化である」からである。 ウ平成7年1,2月の時点で再度気管支鏡検査の再度の実施義務はない。G鑑 着するまでにはなお長時間を要するので,石灰化のない被包乾酪巣はかなりしばしば認められる結核性変化である」からである。 ウ平成7年1,2月の時点で再度気管支鏡検査の再度の実施義務はない。G鑑定人も気管支鏡検査を繰り返さない場合もありえることを述べている。また,I意見書(乙52)でも,同様の意見が述べられている。 エ以上のとおり,1審被告Dは,Aの症状が1審被告病院の開胸肺生検の基準に該当しなかったので,開胸肺生検を行わなかったものであり,その判断に誤りはなく,また再度気管支鏡検査を実施しなかったことが誤りであったともいえないから,1審被告Dに過失があったとはいえない。 (2) 経過観察を否定した原判決についてア原判決は,平成7年1,2月の時点で開胸肺生検を医師の義務とし,経過観察というもう一方の選択枝の存在を原則として否定した。 しかし,1審被告病院では,開胸肺生検の基準を気管支鏡検査と経皮的肺生検で確定診断がつかない症例のうち,①画像所見で肺野末梢発生の腺癌(高分化型)に特徴的な画像所見を呈するもの,あるいは,②経時的に増大傾向を認めるものに限っていた。 本件は,平成6年9月の時点でも平成7年1,2月の時点でも開胸肺生検を考慮しなければならない上記の基準を満たしてはいない。この基準に該当しないから1審被告Dは開胸肺生検の選択肢を採らなかっただけのことである。 特に,平成7年1,2月の時点では,9月初旬から起算すればそれまで約半年間陰影を追いかけても目立った陰影の増大傾向がみられなかったのであるから,その時点で,なおさら1審被告Dが開胸肺生検を実施しなければならない必要性は存しない。 それにもかかわらず,原判決は,1審被告病院の上記開胸基準の当否自体については何ら触れないまま開胸肺生検を実施すべきだと ,なおさら1審被告Dが開胸肺生検を実施しなければならない必要性は存しない。 それにもかかわらず,原判決は,1審被告病院の上記開胸基準の当否自体については何ら触れないまま開胸肺生検を実施すべきだとしたものである。 結局,原判決が開胸肺生検義務を認めたのは,約5か月間抗結核剤を投与しながらも陰影の縮小をみなかった以上は1審被告DはAの肺癌を積極的に疑うべきだったということが根拠となっている。 しかし,結核腫を疑い,抗結核剤を投与してみて陰影の縮小をみなかった場合には,肺癌を疑うべきであるとの考えは一切存在しない。経過観察において肺癌かどうかを決める唯一の基準は,(結核腫が疑われ抗結核剤の投与がなされたケースか否かを問わず)経時的に陰影が増大するかどうかという点だけである。 なお,抗結核剤を投与したにもかかわらず結核腫の陰影が縮小しないことが多いのはいわば常識に属することであり,このことは,文献(乙27)の「結核腫は閉鎖性治癒とされる完全・不完全被包乾酪巣状態であり化学療法のレ線上の効果はさほど期待できないが,6か月間のINH,RFPは投与をした方がよい。(なお,「レ線上効果が少ない」とは陰影が縮小しないことを意味する)」との記述や,Iの意見書(乙52)やG鑑定人の鑑定書及び証言からも認められる。 イ原判決は,平成7年1,2月の時点で1審被告Dの開胸肺生検義務を認めた前提として,Aの肺癌の可能性をどの程度とみたのか不明であるが,もともと経過観察という手法がとられるのは,「陰影が増大するか否か」をチェックするためであるから,陰影の増大傾向がみられれば積極的に肺癌を疑うことになる。 したがって,原判決が開胸肺生検義務を認める前提として,ひとつには平成6年9月から平成7年2月までの経過観察の中で,陰影に増大傾向があったとの事実認 向がみられれば積極的に肺癌を疑うことになる。 したがって,原判決が開胸肺生検義務を認める前提として,ひとつには平成6年9月から平成7年2月までの経過観察の中で,陰影に増大傾向があったとの事実認定がなされる必要がある。しかし,原判決はこの点は否定的に認定しているのである。むしろ,陰影が増大傾向を示さなかったのは,肺癌の可能性が低いことを裏付ける有力な事情である。経過観察の期間を例えば3,3,6,6か月という具合に徐々に延ばしていくのもこのような考え方に基づいている。 ウ原判決は,一方で開胸肺生検を義務としながら,他方で経過観察という選択肢を採るにしてもその期間は1か月が限度であるという趣旨のことを述べている。 患者側の承諾が必要かどうかは別として,経過観察という選択肢が許されないというためには,次の経過観察を許容する医学的知見に関する各証拠を否定するだけの立証がなされなければならないはずである。 しかし,本件では,この点の立証はなされていないといわざるを得ない(1審被告病院の放射線科医の画像上「肺癌を疑う」との意見の存在も経過観察を行う根拠とはなりえても,直ちに開胸肺生検を義務付ける根拠とはなりえない)。 エ原判決は,1審被告Dが経過観察としたことは誤りであり,開胸肺生検等の侵襲的検査に踏み切るべき注意義務があるとした。 しかし,開胸肺生検に踏み切るべき注意義務があるとしても,肺癌の確定診断がなされているわけではない以上,手術自体のリスクのみを説明すればよいというわけではなく,肺癌でない可能性があることを説明して患者に手術を拒否する余地(言い換えれば経過観察を行う余地)を残さざるを得ないはずである。 そうすると,要は開胸肺生検の勧め方の強弱にかかわる問題であって,例えば医師がほぼ癌に間違いないと考えたとしても, を拒否する余地(言い換えれば経過観察を行う余地)を残さざるを得ないはずである。 そうすると,要は開胸肺生検の勧め方の強弱にかかわる問題であって,例えば医師がほぼ癌に間違いないと考えたとしても,癌の告知と同様の結果が生じることを懸念して肺癌が強く疑われることの説明自体を控えることもありうることを考えれば,開胸肺生検のみを唯一の選択肢とすることは誤りである。 オ以上のとおり,経過観察を否定した原判決には誤りがある。 (3) 説明義務違反についてア 1審被告Dは,平成6年9月の時点で,肺癌の可能性について説明を行っている。 その説明の内容は,乙25号証記載のとおりであり,具体的には「CTでは,肺癌などの肺腫瘍と肺結核腫などの炎症が考えられ,気管支鏡検査を行ったが,癌細胞は検出されませんでした。内部の医師の検討でも,肺癌よりは,肺結核腫などの炎症が考えられるのではないかという意見でした。様子をみていくようにしませんか。ただツベルクリン反応が強陽性であり,最近結核菌に感染した可能性が疑われるので,治療したほうがよいのではないかと思います。」と説明した。 確かに平成6年9月29日の外来診療の場では,(入院診療のように十分な時間はないこともあって)説明用紙を用意して,この用紙に説明したことを記載し本人に渡してはいない。 また,その時点では,1審被告Dは,指導医のJ医師らとの検討結果を踏まえて肺癌よりは肺結核などの炎症性疾患を考えており,肺結核の治療薬を投薬するつもりであったから,説明は肺癌の可能性を強く示唆するものではなかったことは事実である。 この点が,1審原告Bが,「肺癌についてまったく聞かなかった」と主張する理由と推定される。 要は,説明の仕方であって,そもそも,成功したと考えられた気管支鏡検査で癌細胞が検出され は事実である。 この点が,1審原告Bが,「肺癌についてまったく聞かなかった」と主張する理由と推定される。 要は,説明の仕方であって,そもそも,成功したと考えられた気管支鏡検査で癌細胞が検出されなかったのに,医師が癌に関する立ち入った説明をすることは考えにくい。それは,患者に対していたずらに不安を与え,無用な侵襲的検査に誘導してしまうからである。 医師によっては,説明義務違反の責任を問われるのを恐れて,少しでも癌の可能性があればきちんと説明することも考えられるが,それはインフォームド・コンセントが強調されるようになった最近の状況であって,平成6年当時は,同じ肺癌の可能性に関する説明であっても,医師によって強弱があることは止むを得ないというべきである。 このような医師の説明の仕方の個人の差は当然許容されるべきである。 また,平成7年1,2月の時点では,約5か月間の経過観察を経ても陰影の増大傾向が認められなかったのであるから,いっそう癌の可能性について主治医が言及することはありえない。開胸肺生検を勧める理由は,平成6年9月の時点に比較して,より少ないものといわなければならないからである。 したがって,1審被告Dには説明義務違反があったとした原判決には誤りがある。 イ本件で,平成7年1,2月の時点で経過観察という選択肢がありうること(かつ,経過観察の期間は1か月とは限られない)を否定する立証は何らなされていないといわなければならない。 したがって,本件で1審被告Dには,肺癌の診断のための手段として開胸肺生検と経過観察というふたつの選択肢があったとみるのが正しい。 そして,医師としては侵襲的検査の方を選択するなら,癌の可能性は低いが否定できないこと,侵襲的な検査の内容,検査のリスク,他に経過観察という方法がありうることを明 択肢があったとみるのが正しい。 そして,医師としては侵襲的検査の方を選択するなら,癌の可能性は低いが否定できないこと,侵襲的な検査の内容,検査のリスク,他に経過観察という方法がありうることを明確に説明して患者の承諾を得なければならない。 これに対し,医師が経過観察の方を選択した場合には,癌の可能性が低いこと及び侵襲的な検査のリスクや必要性が低い(経過観察で十分なこと)ことなどを説明してもしなくても,結果的に癌であることがわかったなら,経過観察という選択肢は誤りであった,あるいは,癌の可能性と開胸肺生検の方法を教えられていたなら開胸肺生検を選択していたはずだとして訴えられることは避けられず,それを避けようとすると,選択のための説明は結局は侵襲的な検査に患者を誘導する結果となってしまう。 したがって,医師が無駄な侵襲を回避すべきであると考え,経過観察が妥当と考える場合においては,患者側に選択権を保障するための説明というのはありえない。侵襲的検査を選択するときは説明が必要となるのは当然であるが,それ以上に本件において患者に選択させるための説明義務というものは想定することができない。 (4) 損害についてア原判決は本件での救命可能性を否定しながら,他方で「G鑑定人の証言によっても肺癌を早期に発見して治療に努めればそれだけ患者の生存率が高まることが認められるのであるから,平成7年1月あるいは同年2月の段階でさらなる検査が行われ,Aの肺癌に対する治療が開始されていれば,Aは現実に死亡した平成8年10月9日よりは相当程度延命することができたものと認めるのが相当である。」とし,合計3600万円もの慰謝料額を認めた。 しかし,どのような癌についても,最近では予後の悪い癌はもともとごく初期の段階ですでに転移(骨など遠隔転移を含めて) きたものと認めるのが相当である。」とし,合計3600万円もの慰謝料額を認めた。 しかし,どのような癌についても,最近では予後の悪い癌はもともとごく初期の段階ですでに転移(骨など遠隔転移を含めて)が成立していると考えられている(原審証人G,乙46等)。 本件では肺癌が判明した平成7年7月の時点では縦隔リンパ節の転移巣の方が著しく腫大していたことから,平成7年1,2月の時点ですでに転移していたと推定される。 転移があれば手術をすることによって癌細胞を全身に散らしてしまうことや,身体の抵抗力を弱めることによってかえって予後を悪くすることすらある。 また,I意見書(乙52)にもあるように,腺癌にあっては発見時の腫瘤の大きさは関係がない。すなわち,文献(乙42)では2センチ以下の腫瘍とそれ以上の大きさの腫瘍とでは生存率に有意差がないとされ,術後の生存率を左右する因子(病理病期,手術根治度,リンパ節転移,血管侵襲,リンパ管侵襲)のうち,リンパ節転移にかぎっていえば,2センチ以下の末梢部小型肺腺癌のうちリンパ節転移陽性例の5年生存率は11%であるとされる。そして,本件は,Aが若年者であり,若年者肺癌の場合手術成績は不良であり在院死亡例すらみられること(乙37),転移性のしかも転移巣の増大スピードが異常に早い腺癌であったことを考慮すれば,「平成7年2月(あるいは3月)時点で手術をしていれば5年以上生存していたはずだ」とは絶対に言えないはずである。 イ原判決は,1審被告Dの注意義務違反とAの延命利益との間に相当因果関係があるとした。 しかし,開胸肺生検に踏み切るべき注意義務があるとしても,肺癌の確定診断がなされているわけではない以上,手術自体のリスクのみを説明すればよいというわけではなく,肺癌でない可能性があることを説明して患者に手術を 肺生検に踏み切るべき注意義務があるとしても,肺癌の確定診断がなされているわけではない以上,手術自体のリスクのみを説明すればよいというわけではなく,肺癌でない可能性があることを説明して患者に手術を拒否する余地(言い換えれば経過観察を行う余地)を残さざるを得ないはずである。特に本件では,確定診断のために開胸肺生検とはいえ肺癌の摘出術と同様の本格的な肺葉切除(左上肺葉切除)となる(乙62)。 したがって,担当医師としては,ほぼ癌であると考えても癌の告知と同じになってしまうことをおそれ,可能性が大きいことは説明してもほぼ癌であるという説明を控えることも予想される。 そうすると,患者が手術を承諾するかどうかはケースバイケースといわざるを得ず,もう少し様子をみさせて欲しいと希望する患者に対して担当医師がそれ以上開胸肺生検を強制することはできないはずである。 原判決は,1審被告Dが開胸肺生検を勧めれば,Aが開胸肺生検をほぼ承諾するであろうということを前提としているが,この前提自体が間違っている。 ウ原判決は,平成7年1,2月の時点で開胸肺生検等を検討していれば,直ちに手術をしていたはずであり,そうすれば相当期間の延命利益があったとする。 しかし,肺癌の確定診断が下されているわけではない本件において,手術をするにしても,その時期を何時にするかは患者の意思を尊重せざるを得ないから,すぐに手術を行うべき注意義務があったとはいえない。したがって,手術の時期が4,5月ころまで延びた可能性も十分ある。 そして,本件においては,平成7年1,2月の時点でリンパ節へ微小レベルの転移が生じていたことが強く推定されることを考慮すると,統計的な5年生存率は,14パーセント程度となる。 エ以上のとおりであるから,Aが相当程度延命していたということを前提に3 へ微小レベルの転移が生じていたことが強く推定されることを考慮すると,統計的な5年生存率は,14パーセント程度となる。 エ以上のとおりであるから,Aが相当程度延命していたということを前提に3600万円の損害賠償を認めた原判決には誤りがある。 なお,仮に1審被告Dに説明義務が肯定されるとしても,説明義務違反と悪しき結果との間に因果関係を認めることはできないので,せいぜい,説明義務違反自体の慰謝料の支払に留められるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,1審原告らの請求は,1審被告ら各自に1審原告ら各自に対し1950万円及び遅延損害金の支払を命じる限度で理由があるものと判断するが,その理由は,以下のとおり原判決を付加訂正し,当審主張に対する判断を付加するほか,原判決の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。 2 原判決の付加訂正(1) 原判決14頁10行目の「行わなかった。」の次に「また,1審被告Dは,平成5年度のAの胸部X線写真を取り寄せることはしなかった。」を付加する。 (2) 原判決14頁21行目の「病巣部拡大は」を「病巣部が約18×14ミリメートル程度に拡大したのは」と改める。 (3) 原判決16頁8行目の「CTガイド」から同9行目の「おらず,」までを,「X線透視下の経皮的肺生検は行われていたが,Aの場合には,胸壁から腫瘍までの前後方向での距離が7.5センチメートルあり,針の長さ(7センチメートル)を考慮すると,X線透視下の経皮的肺生検を行っても成功する可能性は低かった。また,CTガイド下の経皮的肺生検は当時1審被告病院では実施されてなく,」と改める。 (4) 原判決16頁21行目の「診断をした。」の次に「なお,左肺上葉のS3の区域の腫瘤の大きさは約15×12ミリ ,CTガイド下の経皮的肺生検は当時1審被告病院では実施されてなく,」と改める。 (4) 原判決16頁21行目の「診断をした。」の次に「なお,左肺上葉のS3の区域の腫瘤の大きさは約15×12ミリメートル程度であった。」を付加する。 (5) 原判決19頁7行目から8行目にかけてある「リンパ節腫大出現」の次に「(約20×20ミリメートル程度)」を付加する。 (6) 原判決19頁23行目の「リンパ節の腫大が著しい」の次に「(約30×30ミリメートル程度)」を付加する。 (7) 原判決21頁9行目の「Aの」から同12行目の「したがって」までを以下のとおり改める。 「肺癌を疑う所見はあり,抗結核薬の投与によっても陰影の大きさは縮小せず,結核腫を疑った根拠の一つであった石灰化が認められないということになったものである。したがって,肺癌の可能性は否定できない一方,肺結核又は結核腫の可能性は相対的に低くなったのであるから」(8) 原判決22頁23行目から同24行目にかけて「行うべき」とあるのを「行うべきもの」と改める。 (9) 原判決23頁8行目冒頭から同13行目末尾までを削除する。 3 1審原告らの当審主張について(1) 当審主張(1)(1審被告Dが平成6年9月の段階で経過観察したことの誤り)についてア 1審原告らは,1審被告Dは,平成6年9月の段階で,Aは肺癌であると診断すべきであったのに,肺癌であると診断することなく,経過観察をした過失がある旨主張する。 しかし,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,平成6年9月14日撮影のCT画像から肺癌の疑いを強めるような異常陰影を読影するのは困難であり,1審被告Dが肺癌を疑わせる形状があるという印象を受けなかったことが直ちに誤りであるということはできな 平成6年9月14日撮影のCT画像から肺癌の疑いを強めるような異常陰影を読影するのは困難であり,1審被告Dが肺癌を疑わせる形状があるという印象を受けなかったことが直ちに誤りであるということはできない。そして,平成6年9月に行われた各種検査の結果やAが若年であったこと等からすれば,この時点で,1審被告Dが放射線科医の意見を踏まえた上でもなお開胸肺生検等の侵襲の大きい検査をせずに,結核の治療を行いつつしばらく経過を見ようとして経過観察としたことが誤りであったとはいえない。 イ(ア) なお,1審原告らは,平成6年9月2日の胸部断層写真(甲50の1~3)を読影すれば,100%肺癌を疑うべきである旨主張し,当審証人Eも,この写真には「むら」があり,これは肺癌の特徴であり,98%まで肺癌を考える旨証言する。 しかし,当審証人Hの証言によれば,少しノッチのある輪郭が非常に明確な結節があるというにとどまるというのであるから,同断層写真のみをもって,肺癌であると判断しなかったことが,誤りであるとはいえない。 (イ) また,1審原告らは,平成6年9月20日の気管支鏡検査について,1審被告Dが,病巣を確実に擦過したと考え,結核腫と診断し,癌の可能性の疑いをもたなかったことは大きな誤りである旨主張する。 上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,気管支鏡検査の結果,悪性を示す所見はみられず,結核菌検査の結果も陰性であったが,証拠(乙17,原審証人J,原審における1審被告D)によれば,肺の末梢部における肺癌の擦過の成功率は68パーセント程度であること,1審被告Dは,Aに対し気管支鏡検査を実施するまでに同検査を相当数経験しており,1審被告病院においても80件程度の気管支鏡検査を実施していたこと,Aに対する気管支鏡検査ではキュレット(鉗 あること,1審被告Dは,Aに対し気管支鏡検査を実施するまでに同検査を相当数経験しており,1審被告病院においても80件程度の気管支鏡検査を実施していたこと,Aに対する気管支鏡検査ではキュレット(鉗子)を引っ張っている感触があり,X線透視下に写っている病巣が揺れたことから病巣を擦過したものと判断したこと,後日の平成6年9月28日のX線写真で腫瘤陰影が増大したのも病巣が擦過によって炎症が拡大したためであると考え,気管支鏡検査で病巣を確実に擦過したものと判断したこと,肺癌を擦過した場合には70%以上の確率で肺癌が確認されることが認められる。 したがって,気管支鏡検査の結果,悪性を示す所見はみられず,結核菌検査の結果も陰性であったものの,1審被告Dが気管支鏡検査で病巣を確実に擦過したものと考えたことが誤りであったとはいえない。 また,1審原告らは,結核菌と癌細胞の両方が検出されなかった事実からすれば,確定診断方法としては失敗であり,やらなかったと同じ評価をしなければならず,再度実施するか,直ちに他の診断方法をとる必要があったといわざるを得ない旨主張する。 しかし,上記のとおり気管支鏡検査の結果,悪性を示す所見はみられず,結核菌検査の培養成績,塗沫成績はいずれも陰性であったが,明らかに肺癌を疑わせるような所見がみられなかった以上,平成6年9月の時点において,再度気管支鏡検査を実施したり,開胸肺生検を実施すべきであったとはいえない。 (ウ) その他,1審原告らは,1審被告Dの診断に誤りがあったとしてるる主張するが,いずれも採用できない。 (2) 当審主張(2)(1審被告Dが平成7年2月に経過観察としたことの誤り)について1審原告らは,1審被告Dが平成6年9月に経過観察としたことが誤りではなかったとしても,平成7年2月の時点 (2) 当審主張(2)(1審被告Dが平成7年2月に経過観察としたことの誤り)について1審原告らは,1審被告Dが平成6年9月に経過観察としたことが誤りではなかったとしても,平成7年2月の時点では,Aは肺癌であると診断すべきであったから,1審被告Dが経過観察をしたのは誤りである旨主張する。 上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,1審被告Dは,遅くとも平成7年1月あるいは同年2月の時点では再度の気管支鏡検査をし,これにより確定診断がつかなかった場合には,開胸肺生検等のより侵襲的な検査に踏み切るべき注意義務があったと認められる。 したがって,1審原告らの主張は理由がある。 (3) 当審主張(3)(説明義務違反)について1審原告らは,1審被告Dは,平成6年9月28日及び平成7年1月23日の段階でAに対し,肺癌の可能性があり,肺癌を否定する材料が得られてないため,肺癌でないとする確定診断を下すことができないこと,確定診断への道筋等を説明すべき注意義務があったにもかかわらず,1審被告Dは,肺癌であるとの確定診断をせず,肺癌の治療について説明をしなかった旨主張する。 上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,1審被告Dには説明義務違反があったと認められるから,1審原告らの主張は理由がある。 (4) 当審主張(4)(Aの生存可能性)についてア 1審原告らは,原判決が平成7年1月あるいは2月の段階でリンパ節へ転移していた可能性を否定できないとしたことは誤りである旨主張する。 (ア) 上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,平成6年9月2日のX線写真においては左肺門リンパ節腫大は認められず,9月14日のCT写真及び平成7年1月10日のCT写真においても,F医師は,リンパ節腫大が る原判決,付加訂正後のもの)のとおり,平成6年9月2日のX線写真においては左肺門リンパ節腫大は認められず,9月14日のCT写真及び平成7年1月10日のCT写真においても,F医師は,リンパ節腫大がないとの所見を示しており,平成6年9月28日から平成7年2月20日にかけての経過観察の間,Aの腫瘤の大きさはほぼ変わらず,リンパ節の腫大も認められなかった。 しかし,証拠(乙28)によれば,病期Ⅰ期(N0)と診断された症例のうち,潜在性の微小転移巣が検出された例は27.3パーセントあると認められる。そして,G鑑定人は,原審において平成7年1月にはリンパ節の腫大がなかったにもかかわらず,同年7月には明らかな腫大が認められることからすると,同年1月の時点ですでにリンパ節への微小転移はあったかもしれない旨証言している。 したがって,平成7年1月あるいは2月の段階でリンパ節へ転移していた可能性は否定できない。 なお,1審原告らは,G鑑定人は,7月にリンパ節が大きくなっているという経過を見ると,顕微鏡的転移はあったのではないのか,そうでなければ理屈に合わないと思う旨を証言しているが,何故に「そうでなければ理屈に合わない」のか不明であるから,同証言部分は信用できない旨主張する。 しかし,平成7年1月の時点ではリンパ節は10ミリメートル以下であったが同年7月には20ミリメートルに腫大しているということから,同年1月の時点ですでにリンパ節への微小転移があったものと推測したものであるから,G鑑定人の同証言は信用性があると考えられる。 (イ) 1審原告らは,平成7年2月ころにおけるリンパ節への転移の有無について確定的判断を不可能にしたのは,1審被告Dであるのに,リンパ節への転移の可能性を否定できないことを理由に,1審原告らに不利益を負わせることは極 平成7年2月ころにおけるリンパ節への転移の有無について確定的判断を不可能にしたのは,1審被告Dであるのに,リンパ節への転移の可能性を否定できないことを理由に,1審原告らに不利益を負わせることは極めて不公平であり,許されない旨主張する。 確かに,平成7年1,2月の時点で開胸肺生検等が行われていないため,同時点でリンパ節転移がなかったと確定することはできないが,上記のとおり微小転移がある確率は相当程度あり,極めてまれであるというものではなく,リンパ節の腫大の態様を考慮すると,リンパ節転移の可能性があると認めるのが相当であって,1審被告Dが開胸肺生検を実施しなかったため1審原告らにおいてリンパ節転移がなかったことを証明できないとしても,1審被告らが,リンパ節転移の可能性があることを主張することが,信義則に反するとか権利の濫用に該当するとはいえない。 したがって,1審原告らの主張は理由がない。 イ 1審原告らは,原判決がAの肺癌について野口分類による予後の悪いタイプであった可能性を否定できないとしたことについて,Aの肺癌は病理学的検査で中分化腺癌と診断されているところ,D型は低分化腺癌であり,Aの腺癌にはE型,F型の特徴的所見が認められていないから,D型以上であるとする根拠はなく,また,Aの肺癌について,病理学的検査を実施していない以上,野口分類を適用すること自体が間違いである旨主張する。 上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,平成7年8月の病理組織検査ではAの癌は中分化型腺癌と診断されているが,CT画像上はAの腫瘤は充実型であること,リンパ節が急速に腫大していることを考慮すると,野口分類による予後の悪いタイプであった可能性は否定できない。 したがって,1審原告らの主張は理由がない。 ウ 1審原告らは, は充実型であること,リンパ節が急速に腫大していることを考慮すると,野口分類による予後の悪いタイプであった可能性は否定できない。 したがって,1審原告らの主張は理由がない。 ウ 1審原告らは,本件においては,縦隔郭清を含めた肺葉切除手術をすれば,予後は良好であったはずであり,Aは5年生存者80パーセントの中に入ったはずである旨主張する。 しかし,上記のとおり,Aの5年生存率が80パーセントと認めることはできず,1審原告らの主張は理由がない。 4 1審被告らの当審主張について(1) 当審主張(1)(1審被告Dの無過失)についてア 1審被告らは,1審被告病院では,気管支鏡検査と経皮的肺生検で確定診断がつかない症例のうち,画像所見で肺野末梢発生の腺癌に特徴的な画像所見を呈するもの(高分化腺癌としての特徴を指している),あるいは,経時的に増大傾向を認める症例に限って開胸肺生検を考慮していたところ,本件では,確実にヒットしたと思われる気管支鏡検査では確定診断がつかず(本症例に経皮的肺生検の適用はない),高分化腺癌に特徴的な画像所見はない上,経時的に増大傾向を示さなかったことから,1審被告Dは,開胸肺生検を実施しなかったものであり,過失はない旨主張する。 しかしながら,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,1審被告Dは,Aの腫瘍は9割から9割5分は肺癌ではなく,結核等の炎症性肺腫瘤であり,ツベルクリン反応が強陽性であるから抗結核薬で経過観察をすることにしたものであるが,平成7年1月までの3か月経過した時点で,Aの陰影の大きさが縮小した形跡はなく,他に肺結核等の非癌の可能性を強める所見はなく,かえって結核腫の特徴である石灰化については,不明であるとの所見を示すに至っていたのである。 したがって,1審被告Dとして 大きさが縮小した形跡はなく,他に肺結核等の非癌の可能性を強める所見はなく,かえって結核腫の特徴である石灰化については,不明であるとの所見を示すに至っていたのである。 したがって,1審被告Dとしては,平成7年1,2月の時点において,結核等の炎症性肺腫瘤であるとの従前の所見を維持するのではなく,Aには肺癌が疑われる所見があり,F医師も肺癌の可能性を指摘し,抗結核薬の投与で陰影の縮小が窺えなかった以上,再度,肺癌の可能性を検討し,必要な検査を実施すべきであったというべきである。 イ確かに,1審被告Dが気管支鏡検査において病巣を擦過したと考えたことはそれなりに理由があり,また,肺癌が検出される割合が約70パーセントであること,本件においてX線透視下の経皮的肺生検を実施することは困難であったことは上記のとおりである。 しかしながら,気管支鏡検査によっても肺癌が検出されない場合も相当程度あることや,抗結核薬の投与にもかかわらず,陰影が縮小していないということ,石灰化も否定される状態であったこと,再度の気管支鏡検査を実施する例はあり,本件において実施することが困難であったことは窺えないことを考慮すると,平成7年1,2月の時点では,平成6年9月の気管支鏡検査の結果にこだわらずに,再度実施を検討すべきであったというべきである。 また,1審被告病院においては,画像所見で肺野末梢発生の腺癌に特徴的な画像所見を呈するもの(高分化腺癌としての特徴を指している),あるいは,経時的に増大傾向を認める症例に限って開胸肺生検を考慮していたことは上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおりである。 しかし,証拠(乙17,22)によれば,当時,腺癌の種類としては,高分化型腺癌のみならず,低分化型の腺癌もあったこと,及び肺癌治療にあたる医師としてそのこ 判決,付加訂正後のもの)のとおりである。 しかし,証拠(乙17,22)によれば,当時,腺癌の種類としては,高分化型腺癌のみならず,低分化型の腺癌もあったこと,及び肺癌治療にあたる医師としてそのことは一般的な知識であったと認められるから,高分化腺癌としての特徴を有していないからといって開胸肺生検を行う義務はないということはできない。 また,陰影の大きさの傾向は,肺癌か否かを検討する基準の一つではあるが,基準の一つに過ぎないのであって,陰影が増大傾向を示さないとしても,肺癌を否定する所見がなく,一方では結核等の可能性が低下する状況になった場合には,陰影が増大傾向にないことのみをもって開胸肺生検をすべき義務がなかったとすることはできない。そして,上記のとおり,本件においては,再度肺癌であるかどうかを検査すべき注意義務があったと認められる。 ウまた,1審被告らは,本件においてX線透視下の経皮的肺生検を実施することは困難であったことを経過観察とした理由の一つである旨主張する。上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,本件においてX線透視下の経皮的肺生検を実施することは困難であり,侵襲度の強い開胸肺生検を行うことに慎重を期すこと自体は理解できる。 しかしながら,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,肺癌が疑われる場合には,躊躇することなく開胸肺生検等の侵襲的な検査に踏み切るべきであるとする文献も多数存在するところであり,X線透視下の経皮的肺生検を実施することが困難であったことは,1審被告Dの過失を否定するものとはいえない。 そして,1審被告らが主張する上記事情を総合考慮しても,1審被告Dの過失を否定することはできない。 エまた,1審被告らは,5か月の抗結核剤の投与によって陰影の縮小をみない場合であ えない。 そして,1審被告らが主張する上記事情を総合考慮しても,1審被告Dの過失を否定することはできない。 エまた,1審被告らは,5か月の抗結核剤の投与によって陰影の縮小をみない場合であっても,結核ではないとはいえないので,経過観察としたことが過失にあたるとはいえない旨主張し,証拠(乙52)には,これに沿う記載部分がある。 確かに,抗結核薬の投与によって陰影が縮小しないことから,肺結核ではないと断定することはできないが,上記のとおり,そもそもAには肺癌を裏付ける所見があったものであり,抗結核薬の投与によっても陰影は縮小しなかったことから肺結核の可能性が低くなり,また,当初診断した結核腫については特徴である石灰化の存在について否定的な所見を示すに至ったことから結核腫の可能性も低くなったのであるから,肺癌を疑って再度検査をすべきであったというべきである。 オまた,1審被告らは,平成7年1,2月の時点で気管支鏡検査の再度の実施義務はない旨主張し,G鑑定人の証言や証拠(乙52)には,再度の気管支鏡検査はし難い旨の部分がある。 しかし,上記証言等は,気管支鏡検査が確実に行われたとの1審被告Dの判断を前提とするものであるところ,上記のとおり,気管支鏡検査は完全なものではないし,平成6年9月当時と平成7年1,2月当時では,抗結核薬の投与にもかかわらず陰影の縮小が認められないという事実が新たに加わっているのであるから,上記証言等を直ちに採用することはできない。 むしろ,肺癌が疑われる状況において,開胸肺生検を実施する前に侵襲の少ない気管支鏡検査を再度行うということを考慮するのが相当であり,原審証人G及び同Jの証言によれば,再度気管支鏡検査を実施する場合もあると認められる。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 カ 支鏡検査を再度行うということを考慮するのが相当であり,原審証人G及び同Jの証言によれば,再度気管支鏡検査を実施する場合もあると認められる。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 カ以上のとおりであるから,1審被告Dに過失はない旨の1審被告らの主張は理由がない。 (2) 当審主張(2)(経過観察を否定した原判決の誤り)についてア 1審被告らは,結核腫を疑い,抗結核剤を投与してみて陰影の縮小をみなかった場合には,肺癌を疑うべきであるとの考えは一切存在せず,経過観察における肺癌かどうかを決める唯一の基準は,(結核腫が疑われ抗結核剤の投与がなされたケースか否かを問わず)経時的に陰影が増大するかどうかという点だけである旨主張し,当審証人Hの証言及び証拠(乙52,59)にはこれに沿う部分がある。 しかしながら,上記のとおり,経過観察は単に経時的に陰影が増大するかどうかを見るものではなく,陰影の大きさの変化を見ながら肺癌かどうかを決めるべきものであって,陰影が増大しない限り,経過観察を継続することが許されるものと認めることはできない。 なお,G鑑定人は,主治医が安定した結核と診断した場合には医師の裁量として経過観察をする選択肢がある旨証言するが,上記のとおり,平成7年1,2月の時点において,1審被告Dが安定した結核と判断したことに誤りがあった以上,G鑑定人の上記証言はその前提を欠くから採用することができない。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 イ 1審被告らは,平成7年1,2月の時点で1審被告Dには開胸肺生検をすべき注意義務があるというためには,平成6年9月から平成7年2月までの経過観察の中で,陰影に増大傾向がなければならない旨主張し,当審証人Hの証言及び証拠(乙52,59)にはこれに沿う部分がある。 べき注意義務があるというためには,平成6年9月から平成7年2月までの経過観察の中で,陰影に増大傾向がなければならない旨主張し,当審証人Hの証言及び証拠(乙52,59)にはこれに沿う部分がある。 しかし,上記のとおり,Aの腫瘤の大きさはほぼ変わらなかったが,腫瘤の大きさに変化がない限り,経過観察を継続することが許されるものではなく,本件においては再度の気管支鏡検査をし,これにより確定診断ができなかった場合には開胸肺生検等の侵襲的な検査に踏み切るべき注意義務があったと認められる。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 ウ 1審被告らは,原判決は,一方で開胸肺生検を義務としながら,他方で経過観察という選択肢を採るにしてもその期間は1か月が限度であるという趣旨のことを述べているが,経過観察という選択肢が許されないというためには,次の経過観察を許容する医学的知見に関する各証拠を否定するだけの立証がなされなければならないはずであるのに,本件では,この点の立証はなされていない旨主張する。 しかし,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,平成7年1,2月の時点では開胸肺生検等をすべき注意義務があったと認められる。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 エ 1審被告らは,開胸肺生検に踏み切るべき注意義務があるとしても,肺癌の確定診断がなされているわけではない以上,手術自体のリスクのみを説明すればよいというわけではなく,肺癌でない可能性があることを説明して患者に手術を拒否する余地(言い換えれば経過観察を行う余地)を残さざるを得ないはずであるから,開胸肺生検のみを唯一の選択肢とすることは誤りである旨主張する。 確かに,担当医師が開胸肺生検を行うのが相当であると判断し,患者に対してその旨を説明したものの,患者がこ るを得ないはずであるから,開胸肺生検のみを唯一の選択肢とすることは誤りである旨主張する。 確かに,担当医師が開胸肺生検を行うのが相当であると判断し,患者に対してその旨を説明したものの,患者がこれを拒否した場合にまで,担当医師に開胸肺生検を実施すべき義務があるものではない。 しかしながら,本件においては,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,Aの来院経緯等からして,A自身さらなる侵襲的な検査に前向きの姿勢を示していたであろうことが推認される。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 (3) 当審主張(3)(説明義務違反)についてア 1審被告らは,1審被告Dは,平成6年9月の時点で,「CTでは,肺癌などの肺腫瘍と肺結核腫などの炎症が考えられ,気管支鏡検査を行ったが,癌細胞は検出されませんでした。内部の医師の検討でも,肺癌よりは,肺結核腫などの炎症が考えられるのではないかという意見でした。様子をみていくようにしませんか。ただツベルクリン反応が強陽性であり,最近結核菌に感染した可能性が疑われるので,治療したほうがよいのではないかと思います。」と説明した旨主張する。 しかし,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,1審被告Dは,平成6年9月29日の時点では,9割以上は肺癌ではないであろうと考えていたのであるから,肺癌の可能性があることを説明したというよりは,結核であるという前提で上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり簡単な説明をしたにすぎないと認めるのが相当である。 また,平成7年1,2月の時点において,1審被告Dは,抗結核薬を投与したが腫瘤はほぼ同じ大きさで,縮小といえるような状態ではなかったにもかかわらず,胸の陰もちょっと小さくなっているように思われる旨告げ,経過観察の理由 月の時点において,1審被告Dは,抗結核薬を投与したが腫瘤はほぼ同じ大きさで,縮小といえるような状態ではなかったにもかかわらず,胸の陰もちょっと小さくなっているように思われる旨告げ,経過観察の理由についてAに特に理由を説明したとは認められない。いたずらに患者の不安をあおるのは適当ではないが,抗結核薬を投与したが腫瘤の大きさに格別の変化がなく,肺癌の可能性が否定できない旨及び確定診断の方法・検査等について説明すべき注意義務があったというべきである。 イなお,1審被告らは,1審被告Dは,肺癌よりは肺結核などの炎症性疾患を考え,肺結核の治療薬を投薬するつもりでいたため,説明は肺癌の可能性を強く示唆するものではなかったが,患者に対し,いたずらに不安を与え,無用な侵襲的検査に誘導することのないようにとの配慮からそのような説明がなされたものであり,インフォームド・コンセントが強調される前である平成6年当時においては,このような医師の説明であっても当然許容されるべきである旨主張する。 しかし,1審被告病院は癌の専門機関であり,1審被告病院を訪れる患者は,癌であるか否かについて正確かつ信頼できる判断・診療を期待しているものと容易に推察できるから,1審被告病院に勤務する医師としては,検査の結果を踏まえ,癌の可能性を否定できない場合には,患者に対し正確な情報を提供すべき義務があるというべきである。そして,Aの場合も上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,癌の可能性を考え,専門の病院がいいと判断して1審被告病院を受診することにしたものであり,この事情は1審被告Dも了知していたのであるから,1審被告Dは,Aに対し,癌の可能性のあることを含めた診断手順や検査方法等を説明すべき注意義務があったというべきである。 また,1審被告らは,平成 この事情は1審被告Dも了知していたのであるから,1審被告Dは,Aに対し,癌の可能性のあることを含めた診断手順や検査方法等を説明すべき注意義務があったというべきである。 また,1審被告らは,平成7年1,2月の時点では,約5か月間の経過観察を経ても陰影の増大傾向が認められなかったのであるから,いっそう癌の可能性について主治医が言及することはありえない旨主張する。しかし,上記のとおり,説明義務違反があったと認められる。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 (4) 当審主張(4)(損害)についてア 1審被告らは,①本件では平成7年1,2月の時点ですでに転移が成立していたことが推定される,②「早期に治療(手術)していれば治療が奏功していたはずだ」との考え方は,腺癌にあってはあてはまらない,③本件は,Aが若年者であり,若年者肺癌の場合手術成績は不良であり,転移性のしかも転移巣への増大スピードが異常に早い腺癌であったことを考慮すると,Aが平成7年2月(あるいは3月)時点で手術をしていれば5年以上生存していたはずだとは絶対に言えないはずであるとして,Aが相当程度延命していたということを前提に3600万円の損害賠償を認めた原判決には誤りがある旨主張する。 Aの肺癌が平成7年1月あるいは同年2月の段階でリンパ節へ転移していた可能性及び野口分類による予後の悪いタイプであった可能性を否定できないから,仮に平成7年1月あるいは同年2月の段階でAの癌が発見され,縦隔郭清を含めた肺葉切除手術が行われたとしても,Aがこれにより救命された高度の蓋然性があるとはなお認め難いことは上記3のとおりである。 しかしながら,証拠(乙33,43)によれば,肺癌の予後は,リンパ節転移がなければ,主として臨床病期によるところが大であり,病期は腫瘍の大きさ(T あるとはなお認め難いことは上記3のとおりである。 しかしながら,証拠(乙33,43)によれば,肺癌の予後は,リンパ節転移がなければ,主として臨床病期によるところが大であり,病期は腫瘍の大きさ(T),リンパ節転移(N),遠隔転移(M)分類により決定されるように,ある時点での腫瘍の進行程度を示し,これらの分類に作用する最も大きな要因は,腫瘍の発見時期であるとされていること,Aの場合,リンパ節転移の可能性は否定できないが,これを裏付ける明確な証拠はないこと,病期は臨床的にはステージⅠA,T1N0M0であったこと,平成7年8月の段階では腫瘍が増大し大血管と接していることから手術ができるかどうか難しい状態で,またリンパ節も腫大していたが,平成7年1,2月の時点で開胸肺生検の検査に踏み切っていれば,手術も可能であり,リンパ節への転移も防げた可能性があったと認められる。 したがって,Aは,救命された高度の蓋然性があるとまではいえないが,相当程度延命することができたことを否定することはできない。 イ 1審被告らは,開胸肺生検に踏み切るべき注意義務があるとしても,本件では,開胸肺生検とはいえ肺癌の摘出術と同様の本格的な肺葉切除(左上肺葉切除)を行うことになるので,患者が手術を承諾するかどうかはケースバイケースといわざるを得ないから,1審被告Dが開胸肺生検を勧めれば,Aが開胸肺生検をほぼ承諾するであろうということを前提に注意義務違反と死亡との間に因果関係を認めた原判決には誤りがある旨主張する。 しかし,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,Aの来院経緯等からすると,開胸肺生検を勧めればこれに応じたであろうと推認できるから,1審被告らの主張は理由がない。 ウ 1審被告らは,肺癌の確定診断が下されているわけではない本件においては ,Aの来院経緯等からすると,開胸肺生検を勧めればこれに応じたであろうと推認できるから,1審被告らの主張は理由がない。 ウ 1審被告らは,肺癌の確定診断が下されているわけではない本件においては,手術をするにしても,その時期を何時にするかは患者の意思を尊重せざるを得ないから,手術の時期が平成7年4,5月ころまで延びた可能性も十分あり,同年1,2月の時点でリンパ節への転移が生じていたことが強く推定されることを考慮すると,統計的な5年生存率は,14パーセント程度となるから,Aが平成8年10月9日より相当程度延命することができたと認めることはできない旨主張する。 しかし,上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,Aの来院歴からすると,同人自身はさらなる侵襲的な検査に前向きの姿勢を示していたであろうことが推認されるから,手術の時期が平成7年4,5月ころになった可能性が高いとはいえない。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 エ 1審被告らは,1審原告ら各自の慰謝料を1800万円とするのは高額にすぎる旨主張する。 上記のとおり,Aは,平成8年10月9日より相当程度延命することができたものと認められるが,どの程度の期間生存できたかは,主として得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であるところ,これを確定することはできないから,慰謝料の算定に際し考慮するのが相当である。 また,Aは,1審被告Dの注意義務違反により肺癌に対する相当程度延命が期待できる適切な治療を受ける機会を奪われ,延命の可能性を奪われたものである。そして,1審被告Dが肺癌の可能性等について説明義務を尽くさなかったため,適切な治療を選択することもできなかったものである。 上記の事情を考慮すると,1審原告らの精神的苦痛に対する慰謝 ものである。そして,1審被告Dが肺癌の可能性等について説明義務を尽くさなかったため,適切な治療を選択することもできなかったものである。 上記の事情を考慮すると,1審原告らの精神的苦痛に対する慰謝料の額を1審原告各自につき1800万円とするのが相当である。 したがって,1審被告らの主張は理由がない。 第4 結論よって,原判決は相当であって,1審原告ら及び1審被告らの控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第3部裁判長裁判官青山邦夫裁判官田邊浩典裁判官榊原信次

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