令和6(わ)196 殺人未遂被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年9月10日 山口地方裁判所
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判決文本文5,241 文字)

主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中140日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。 理由 被害者の氏名は別紙(添付省略)のとおりである。以下「被害者」と呼称する。 (犯罪事実)被告人は、令和6年10月5日午前10時44分頃、山口県柳井市ab番地cd住宅e棟f号室被告人方において、四女である被害者(当時8歳)に対し、殺意をもって、両手でその首を絞め付けたが、被害者が鼻血を出すなどしたことから、被害者が死んでしまうと思い、絞め付けていた両手を首から離し、119番通報するなどして自己の意思により犯行を中止したため、被害者に全治約2週間を要する頸部擦過傷、左結膜下出血等の傷害を負わせたにとどまり、死亡させるには至らなかった。 (証拠) 省略(争点に対する判断)本件の争点は、①殺意の有無、すなわち、被告人が両手で被害者の首を絞め付けた行為が、人を死亡させる危険性が高い行為であり、被告人がそのような行為であるとわかって行ったといえるか(争点1)及び②被告人に自首が成立するか(争点2)である。 1 争点1(殺意の有無)について⑴ 関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 ア被告人は、仰向けに寝ている被害者の首を両手で絞め付けた。本件当時、被告人は39歳で、身長約172cm、体重約80kg、被害者は8歳で、身長約126cm、首回りは約27cmであった。 イ被告人が被害者の首を絞め続けていると、被害者の顔が赤くなり、鼻血が出て、失禁をした。犯行から約15分後の被害者は頻脈及び高血圧の状態であった。 ウ本件犯行から約9時間後 あった。 イ被告人が被害者の首を絞め続けていると、被害者の顔が赤くなり、鼻血が出て、失禁をした。犯行から約15分後の被害者は頻脈及び高血圧の状態であった。 ウ本件犯行から約9時間後の被害者の身体には、顔面や両耳付近の皮膚溢血、右目下部の皮下出血、左眼球の充血等が認められた。また、本件犯行から6日後の被害者にも、両眼球結膜の充血及び右目下部の皮下出血がみられた。 ⑵ 法医学者であるA証人は、当公判廷において、被害者にみられる前記⑴イ及びウの各所見は、被害者が首を絞められ、血管や気道が閉塞されたことにより窒息死に至る過程として表れたものであって、このことに本件犯行から約9時間後の被害者の頸部に被告人が首を絞めた際の指の跡が認められること等も併せて考えると、被告人は、数秒といった短い時間ではなく、少なくとも一、二分は強い力で被害者の首を絞めていたと考えられるなどと供述する。かかる供述は、法医学者としての知識や経験を踏まえた合理的なものであり、十分に信用できる。 ⑶ このように、相手方の首を両手で1分間以上にわたって強く絞め付けることは、その者を窒息死に至らせる危険性のある行為といえる。これに加え、本件の被害者は8歳と成長途上で、筋肉の発達等が不十分であり、首回りも短いため、成人よりも首が絞まりやすい状態にあったといえること、被害者と被告人との体格差が非常に大きかったこと、現に被害者に窒息死に至る兆候としての身体的変化がみられていたこと等も併せ考えれば、被告人の行為は、被害者を死亡させる危険性が高いものであったといえる。 この点、弁護人は、被告人の行為によっても、後頸部にある椎骨動脈までは絞まっていなかったこと、犯行当時、被告人の左手は被害者の首の付け根あたりにあり、力がかかりにくい状態であったこと、首を絞めることで反射的な 護人は、被告人の行為によっても、後頸部にある椎骨動脈までは絞まっていなかったこと、犯行当時、被告人の左手は被害者の首の付け根あたりにあり、力がかかりにくい状態であったこと、首を絞めることで反射的な心停止が起こることがありうるが、本件ではそのような状況が生じる可能性は低かったこと等からすると、被告人の行為は被害者を死亡させる危険性が高いとまではいえないなどと主張する。しかしながら、両手で首を絞めることによって椎骨動脈以外の首の血管や気道を閉塞させ、窒息死に至らせることは可能であり、現に被害者に窒息死に至る兆候がみられたことからしても、被告人の行為が人を死亡させる危険性の高いものであるとの結論は揺るがない。弁護人は、人は首が完全に絞まってから5分程度で死に至るが、被告人は5分も首を絞めていなかったとも主張するが、A証人が供述するとおり、首を両手で絞めて死に至るまでに要する時間には個 人差があり、とりわけ本件の被告人と被害者のような体格差を踏まえたときに、5分以上首を絞めなければ、人を死亡させる危険性が高くないなどといえないことは明らかである。 弁護人の主張は採用できない。 ⑷ さらに進んで検討する。当公判廷において、被告人は、犯行当時の心境に関し、「終わりにしたい」と思っていて、それ以上でもそれ以下でもなく、他のことは考えていなかったなどと供述する。しかし、被告人は、本件犯行の際、少なくとも一、二分間にわたって、手加減することなく、被害者の首を両手で絞め付けており、その間、首を絞められた被害者から相応の抵抗を受けたものと認められるのであるから、自身の行為が人を死亡させる危険性の高いものであると認識することができない状態にあったとはおよそ考え難い。現に、被告人は、被害者の顔が赤くなり鼻血を出す様子を見て、このままでは死んでしまうと思う 、自身の行為が人を死亡させる危険性の高いものであると認識することができない状態にあったとはおよそ考え難い。現に、被告人は、被害者の顔が赤くなり鼻血を出す様子を見て、このままでは死んでしまうと思うと、犯行を中止して速やかに119番通報を行い、救急隊員の質問に対して、適切に受け答えをすることができているのであって、このことは、犯行当時の被告人が自身の行為やその行為の危険性を認識できていたことの表れといえる。 この点、弁護人は、被告人が適応反応症の状態にあったこと、被告人の知的能力が低いこと等を考えると、被告人が行為の危険性を認識していなかった疑いがあると主張する。 しかし、被告人の起訴前鑑定を行ったB証人の供述によれば、本件当時の被告人が呈した適応反応症の具体的な症状は抑うつ気分や意欲の低下等といったものであり、行為の危険性の認識に影響を与えるような症状はみられない。また、知的障害とはいえない程度の被告人の知的能力をもって、人の首を絞めたら死亡する危険性のあることが認識できないとの疑いも生じない(実際、被告人は、当公判廷において、一般論として、人の首を絞める行為が人を死亡させる危険性の高いものであることは認識している旨述べている。)。その余の点も含め、弁護人の主張は、裁判所の判断を揺るがすものではない。 ⑸ 以上の次第であって、本件当時の被告人は、人を死亡させる危険性が高い行為をそのような行為であるとわかって行ったといえるから、殺意が認められる。 2 争点2(自首の成否)について自首が成立するためには、自己の行った犯罪を自発的に申告し、申告した相手に自身の 処分を委ねること、犯罪の申告を捜査機関に対して行うか又は他人を介して行うこと、犯罪及び犯人が捜査機関に発覚する前に申告することが必要である。 証拠によれば、被告人が119 相手に自身の 処分を委ねること、犯罪の申告を捜査機関に対して行うか又は他人を介して行うこと、犯罪及び犯人が捜査機関に発覚する前に申告することが必要である。 証拠によれば、被告人が119番通報をした際、子供の首を絞めたこと並びに自身及び被害者の名前等を消防隊員に申告し、その後、被告人方に警察官が臨場した際にも、自分が被害者の首を絞めた旨申告したことが認められる。 本件において、被告人は、110番ではなく、あくまで119番通報をしたものではあるが、自己の行った犯罪を自発的に申告しており、申告した相手に自身の処分を委ねているといえる。また、119番通報で、消防に対して事件性のある情報を伝えた場合には、その情報が警察に提供されるであろうことは通常予期することができるから、119番通報をした者が、警察官を現場に臨場させるために重ねて110番通報をしようという考えには及び難い。そして、被告人は、救急隊員及び警察官が臨場すると、逃げることなく、警察官に対し、本件犯行に及んだことを素直に認めていることも踏まえると、被告人は119番通報により、消防を介して捜査機関に自己の犯罪行為を申告したと評価することができる。また、被告人が119番通報をした時点では、捜査機関に本件犯行及びその犯人が被告人であることは発覚していなかったから、捜査機関に発覚する前に申告したといえる。 したがって、被告人には自首が成立する。 (法令の適用)(以下、令和4年法律第67号2条による改正前の刑法を「旧刑法」、令和4年法律第68号を「整理法」という。)罰条刑法203条、整理法441条1項により旧刑法199条刑種の選択有期懲役刑法律上の減軽刑法43条ただし書、旧刑法68条3号(中止未遂)未決勾留日数の算入 刑法203条、整理法441条1項により旧刑法199条刑種の選択有期懲役刑法律上の減軽刑法43条ただし書、旧刑法68条3号(中止未遂)未決勾留日数の算入刑法21条刑の執行猶予整理法447条、刑法25条1項保護観察整理法447条、刑法25条の2第1項前段 訴訟費用の不負担刑訴法181条1項ただし書(量刑の理由)本件は、当時同居していた被告人の四女に対する殺人未遂の事案である。 本件犯行態様は、被害者の首を両手で一、二分程度、強い力で絞め付けるというものであり、被告人と被害者との体格差が大きいこと等からすれば、凶器を使用していないことを踏まえても、相当に危険なものである。また、当時8歳であったほぼ全盲の被害者にとって、全幅の信頼を置いていた実の母親から突如として首を絞められるという経験が、極めて大きな恐怖や衝撃を与えたであろうことは優に想像することができる。被害者が被った精神的苦痛や将来の成長に対する悪影響を考えたとき、被害者の負った傷害が比較的軽いものにとどまったことを踏まえても、本件犯行の結果は決して軽視できるものではない。 一方、被告人は、夫がギャンブルによる浪費を重ね、経済的に困窮した生活を送っていたこと、児童相談所に一時保護された二女、長男、三女を家庭に戻すことができず、別居する状態が続いていたこと、被害者の将来に対する不安等の様々なストレスを抱えて適応反応症の状態となり、被害者を見て突如として「終わらせたい」という思いが生じて衝動的、突発的に本件犯行に及んだものと認められる。もとより、被告人が大きなストレスを抱えていたからといって、何の落ち度もない被害者に対し、本件のような重大な危害を加えることが正当化される余地はない。 的、突発的に本件犯行に及んだものと認められる。もとより、被告人が大きなストレスを抱えていたからといって、何の落ち度もない被害者に対し、本件のような重大な危害を加えることが正当化される余地はない。しかし、これまで子らを虐待したことのなかった被告人が、様々なストレスから精神的に追い詰められて本件犯行に及んだという経緯を、量刑にあたって無視することも相当ではないというべきである。 以上の犯情を踏まえた上で、同種の事案(殺人未遂の単独犯で、傷害の程度が2週間以内から1か月以内、量刑上考慮した前科なし、減軽事由が中止未遂)の量刑傾向をみると、本件は、執行猶予を選択しうる事案といえる。 そこで、被告人が、本件犯行直後に自首したこと、当公判廷において、被害者に苦しい思いをさせたことに対する後悔の言葉を述べていること等の事情も考慮し、主文のとおりの刑を量定した上で、その刑の執行を猶予することとした。 もっとも、被告人がこれまでにも公的機関による支援を受けながら本件犯行に至ってし まったことや社会復帰後の被告人の更生環境を踏まえると、その更生に万全を期すためには、被告人を保護観察所による公的な監督のもとに置き、保護司等による指導を受けさせることが必要かつ相当であると認められる。そこで、執行猶予の期間中、被告人を保護観察に付することとした。 (求刑・懲役3年、弁護人の科刑意見・傷害罪が成立することを前提に執行猶予)(検察官児玉七海、同埋橋隆国選弁護人上住亮裕(主任)、同有近拓也各出席)令和7年9月10日山口地方裁判所第3部 裁判長裁判官安達拓 裁判官嶋本有里子 裁判官 裁判長 裁判官安達拓 裁判官嶋本有里子 裁判官坂下翔哉

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