令和3(わ)1754 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年1月16日 横浜地方裁判所
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判決文本文18,556 文字)

1 主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実の要旨及び争点等1 本件公訴事実5本件公訴事実の要旨は、「被告人は、平成29年4月27日午後0時51分頃から同日午後1時3分頃までの間に、神奈川県平塚市所在の社会福祉法人A保育園1階一時保育室内において、B(当時1歳1か月)に対し、その後頭部を鈍体に複数回叩きつける暴行を加え、同人に頭部打撲、頭蓋骨骨折に伴う外傷性くも膜下出血の傷害を負わせ、よって、同日午後3時4分頃、同市内のC病院において、同人を10前記傷害により死亡させた。」というものである。 2 争点⑴ 公訴事実記載の幼児(以下「本児」という。)はA保育園(以下「本件保育園」という。)の園児であり、被告人は、同園の職員である。 本児は、公訴事実記載の暴行があったとされる時間帯(以下、「本件犯行時間帯」15といい、本件当日の出来事については年月日の記載を省略する。)の終期である午後1時3分頃に本件保育園1階一時保育室内で体調の異変が確認され、午後1時12分頃、救急車に収容された時点では、心静止・呼吸停止の状態であり、搬送先の病院でも心肺蘇生に至らず、死亡が確認され、その翌日の解剖の際に頭蓋骨骨折等の存在が判明した。 20そして、異変確認直前の本件犯行時間帯に一時保育室にいたのは、被告人と本児を含む園児であり、その他の職員はいなかった。 ⑵ 本件の争点は、①本児が本件犯行時間帯に生じた公訴事実記載の傷害により死亡したと認められるか、②被告人が前記傷害を負わせた犯人であると認められるかと整理された。 25弁護人は、争点①につ ⑵ 本件の争点は、①本児が本件犯行時間帯に生じた公訴事実記載の傷害により死亡したと認められるか、②被告人が前記傷害を負わせた犯人であると認められるかと整理された。 25弁護人は、争点①について本児の死因は外傷ではないなどと主張し、検察官は、2 争点②について、本件犯行時間帯に公訴事実記載の傷害を生じさせる暴行を加えられたのは被告人のみであると主張する。 第2 前提事実等1 前提事実⑴ 被告人の勤務状況5被告人は、平成22年8月に本件保育園で保育士として働き始め、本件当時は、0歳児クラス(L組)を主に担当する数名の職員の中での責任者であった。 ⑵ 本件当日までの状況本児は、予定日より約4か月早く、平成28年3月12日に546グラムの超低出生体重児として産まれ、平成29年2月に本件保育園に入園し、0歳児クラス10(L組)に入った。同年4月の時点では1歳に達していたが、修正月齢が9か月であることなどから、1歳児クラスに入らず、L組のままであった。 本児は、同年4月の時点で、うつ伏せで頭や胸を持ち上げることや、仰向けからうつ伏せへの寝返りはできたが、自力でのお座りや、ハイハイ、つかまり立ちはできなかった。 15本児は、同年4月21日(金曜日)に登園したものの、体調が悪く、同月24日(月曜日)から本件前日の同月26日(水曜日)まで本件保育園を休んだ。 ⑶ 本件当日の本児の異変確認までの状況本児は、母親に送られ午前7時頃に登園した。 L組では、本件当時、昼食後の午睡(昼寝)の始まりが午後0時45分頃から5200分頃であり、一時保育室は寝かしつけの場所として使われていた。 被告人は、本件当日、一時保育室での寝かしつけを担当しており、本件保育園で勤務していたⅮ看護師(以下「Ⅾ看護師」 分頃から5200分頃であり、一時保育室は寝かしつけの場所として使われていた。 被告人は、本件当日、一時保育室での寝かしつけを担当しており、本件保育園で勤務していたⅮ看護師(以下「Ⅾ看護師」という。)は、午後0時30分頃、一時保育室に本児を連れて行き、一時保育室内東側の窓際に本児を置いた。この窓際を撮影範囲に含む室外の防犯カメラ映像では、同時刻頃から本児がうつ伏せで頭を上25下し、手を大きく動かすなどの動きをしていることが確認できる。Ⅾ看護師が一時3 保育室を出た後、室内に残った職員は被告人のみであった。 被告人は、午後0時33分頃、本児を一時保育室中央側に移動させ、これ以降、本児の姿は防犯カメラ映像で確認できなくなった。 被告人は、午後0時49分頃、Ⅾ看護師と交代してトイレに向かい、同51分頃一時保育室に戻ってⅮ看護師と交代し、一時保育室内の職員は、被告人のみとなっ5た(本件犯行時間帯の始期)。被告人は、午後1時0分頃一旦一時保育室を離れたが、すぐに戻り、防犯カメラ映像では、同1分頃から一時保育室東側の窓際で玩具の片付け作業をしたことが確認できる。 ⑷ 本件当日に本児の異変が確認された状況Ⅾ看護師は、午後1時2分頃、被告人に頼まれて作った本児とは別の園児のミル10クを持って、一時保育室に向かった。一時保育室に入った直後、被告人から本児の顔色が悪いのではないかと指摘された。本児は、一時保育室内に敷かれた布団の上で掛布団をかけた状態で仰向けに寝ていた。Ⅾ看護師が、同3分頃、本児の様子を確認したところ、本児の呼吸は確認できず、手足は冷たく、肩を叩いても反応はなかった(本件犯行時間帯の終期)。 15その直後から救急隊の到着までの間、本児に対しては心臓マッサージと人工呼吸が続けられた。AEⅮの使用も 吸は確認できず、手足は冷たく、肩を叩いても反応はなかった(本件犯行時間帯の終期)。 15その直後から救急隊の到着までの間、本児に対しては心臓マッサージと人工呼吸が続けられた。AEⅮの使用も試みられたが、適応外であった。 ⑸ 救急隊到着後の状況救急隊は、午後1時12分頃、本児に接触して救急車に収容し、本件保育園を出発した。救急隊が確認したバイタルは、心静止・呼吸停止、痛み刺激に反応しない20(意識レベル)、開眼しない、発声がみられない、全く動かさない(運動反応)というものであった。 救急車は、午後1時20分頃、C病院に到着した。担当医は、本児はチアノーゼ状態であるが、頭部や身体に皮下出血等の打撲痕や挫創等の損傷なしと判断した。 本児は、心拍が再開したことはあったものの、その後、心拍は停止して再開せず、25午後3時4分に死亡が確認された。 4 ⑹ 解剖の実施本児については、死亡翌日にE大学医学部基盤診療学系法医学解剖室において、F医師の執刀により司法解剖が実施され、頭蓋骨骨折等が判明した(解剖所見等については後に検討する。)。 2 一時保育室の状況等5一時保育室は本件保育園1階南端の部屋であり、一時保育室の東側には園庭に面した大きな面積の窓がある。本件当日、カーテンやブラインドなど園庭側から一時保育室の室内への視界を遮るものはなく、本件犯行時間帯を含む午睡の時間帯には、北端の遊戯室に至る廊下とつながる一時保育室の扉は開けられたままであった。 本件犯行時間帯(約12分間)には、Ⅾ看護師は、前記廊下を掃除するなどして10おり、その間に被告人からミルクを作ることを頼まれることもあったが、一時保育室内での物音などの異常に気付いたことはなかった。また、この間、Ⅾ看護師を含む合計3名の職員が玄 を掃除するなどして10おり、その間に被告人からミルクを作ることを頼まれることもあったが、一時保育室内での物音などの異常に気付いたことはなかった。また、この間、Ⅾ看護師を含む合計3名の職員が玄関を出て、一時保育室東側窓のすぐ近くを通って建物南側に向かい、同様の経路で玄関に戻ったが、一時保育室内での異変を目にしたとの証拠もない。一時保育室内に本児の受傷をうかがわせるような状況も残されていない。 15第3 証拠構造本件では、防犯カメラ映像、本件保育園関係者の証言及び一時保育室の状況といったものから、本件犯行時間帯に本児が受傷したと認めることはできず、本児が本件犯行時間帯に生じた公訴事実記載の傷害により死亡したと認められるか(争点①)を判断するためには、専門家証人の証言等により、前記傷害が死因であるかだけで20なく、その受傷時期が本件犯行時間帯に絞り込めるかが問題となる。 当裁判所は、その判断のため、検察官請求証人として、本児の解剖医であるF医師、法医人類学(白骨またはそれに近い状態の人体を鑑定し、個人識別、死因調査、死亡時期推定などを行う。)を研究するG博士、小児神経外科を専門とするH医師、弁護人請求証人として、小児科及び発達神経病理学を基本領域とするI医師、小児25科及び小児神経病理学を専門とするJ 医師、脳神経外傷を専門とするK医師という5 合計6名の専門家の証人尋問を実施した。F医師以外の証人は、解剖時の資料(写真を含む。)、あるいはそれに加え、本児の組織標本の検査結果に基づいて意見を述べるものである。 第4 専門家の意見の概要1 F医師及びH医師の証言の概要5検察官が本児の死因及びその機序について依拠するのはF医師及びH医師の証言である。G証人は直接この点について述べるものではない。F医師 門家の意見の概要1 F医師及びH医師の証言の概要5検察官が本児の死因及びその機序について依拠するのはF医師及びH医師の証言である。G証人は直接この点について述べるものではない。F医師及びH医師の証言の概要は、次のとおりである。 (以下では、証言を認定に供し、あるいは引用する際、必要に応じて中心となる部分の証人尋問調書の頁数を記載して特定する。)10⑴ F医師の証言概要本児は、後頭部に非常に大きな外力が加えられたことにより、後頭骨の骨折、くも膜下出血に加え脳挫傷・脳挫滅が生じ、脳が深部まで大きく壊れたため、受傷後の生活反応が生じる間もなく死亡したと認められる。死因は脳挫滅とするのが適切である。即死の原因として、呼吸や心拍を制御する脳幹部の損傷が考えやすいが、15肉眼的、組織学的に見る限りは損傷や出血を確認できなかった。しかし、損傷がなくとも脳幹部の機能異常が生じることがある。(F19頁、23頁、25頁、50頁、53頁)⑵ H医師の証言概要本児は、後頭部に非常に強い外力が加えられ、極めて複雑で激しい後頭骨の骨折20と脳幹部周囲の多量な出血を生じさせるくも膜下出血が生じた。この衝撃が基で脳幹部が損傷したこと又は脳幹部周辺の環境が変化したことによって、中枢神経機能障害が生じ、受傷から短時間で心停止・呼吸停止に至って死亡したと考えられる。 (H4頁、10頁、12頁、20頁、37頁、44頁)⑶ F医師とH医師の証言の共通点と相違点25F医師とH医師の証言内容は、結論として、本児の後頭部に強大な外力が加えら6 れてごく短時間で死亡したとする点で共通している。脳幹部の損傷を想定することや、あるいは、脳幹部の損傷がなくとも機能異常が生じ得る(F医師)、脳幹部周辺の環境変化による中枢神経機能障害 ら6 れてごく短時間で死亡したとする点で共通している。脳幹部の損傷を想定することや、あるいは、脳幹部の損傷がなくとも機能異常が生じ得る(F医師)、脳幹部周辺の環境変化による中枢神経機能障害は生じる(H医師)とする点も類似した意見である。 もっとも、本児に認められる所見については相違点がある。F医師は、その証言5において、H医師の指摘する脳幹部周囲に多量の出血を生じるくも膜下出血に言及しておらず、他方、H医師は、その証言において、F医師の指摘する脳挫傷・脳挫滅に言及していない。 2 I医師、J医師及びK医師の証言の概要I医師及びK医師は、本児について脳挫傷・脳挫滅は存在せず、H医師が指摘す10る脳幹部周囲のくも膜下出血も存在しない、脳幹部の損傷も認められないとした上で、本児に認められる頭蓋骨骨折及びくも膜下出血は、本児の死亡の機序を説明できず、死因ではないと証言する。 また、J医師は、本児のくも膜下に確認できるマクロファージの存在から、くも膜下出血は死亡の12時間以上前に生じており、本児の死亡とは関係がない旨証言15する。 さらに、I医師は、本児がRSウイルスに感染していたことにより、心臓が致死性の不整脈を引き起こし、急死した可能性が高い旨証言する。 第5 F医師及びH医師の証言の検討以下では、F医師とH医師の証言が、他の専門家証人の証言を踏まえても、医学20的知見に基づく合理的なものといえるかを検討する。 1 皮下出血・頭蓋骨骨折について⑴ 皮下出血・頭蓋骨骨折の状況F医師の証言によれば、本児の後頭部には皮下出血が主に3箇所あり、後頭骨には横方向に1条、縦方向に2条の線状骨折があり、縦の骨折線は頭蓋底に達するも25のであったことが認められる(これらの線状骨折を以下「本件線状骨折」とい 後頭部には皮下出血が主に3箇所あり、後頭骨には横方向に1条、縦方向に2条の線状骨折があり、縦の骨折線は頭蓋底に達するも25のであったことが認められる(これらの線状骨折を以下「本件線状骨折」という。)7 (F12頁、13頁)。この点について実際に解剖をしたF医師の所見を左右するまでの証拠はない。 さらに、F医師は、ラムダ縫合(左右の頭頂骨および後頭骨の間にある縫合)が通常よりも「ちょっと緩んでいる」として、これが「離開」していると証言する(F13頁)。この点について異論を述べる証言もあるが、そのような緩みが存在5するという限度においては、F医師が肉眼で確認した所見を否定することはできず、当該緩みの存在が認められる。 ⑵ 頭蓋骨骨折から推定される外力の強さG証人は、骨折線が頭蓋骨の縫合をまたぐかは骨折を生じさせた外力の強さと関係があることを示す複数の先行研究を踏まえ、本児に縫合をまたぐ骨折線は存在し10ないことから、本児の頭蓋骨骨折を生じさせた外力は骨折をさせる程度には強いといえるが、「成人男性による踏み付け」というような強いものとは想定できない旨証言しており(G4頁、11頁、12頁)、合理的であると認められる(この点は、G証人が指摘する本件線状骨折とは別の縫合をまたがない骨折線が認められるか否かには直接関係しない。)。 15その上で、外力の具体的な強さについて、F医師は、骨折の程度に加え(ただし、後に述べるとおり、F医師は本児の後頭骨がラムダ縫合の辺りまで陥没したという骨折の態様を考えている。)、即死状態を生じさせたことを考えると非常に大きな外力である旨証言し、骨折のみで外力の強さを判断していない(F57頁)。I医師及びK医師も骨折のみから外力の強さを判断することは困難である旨証言してい20る(I10 たことを考えると非常に大きな外力である旨証言し、骨折のみで外力の強さを判断していない(F57頁)。I医師及びK医師も骨折のみから外力の強さを判断することは困難である旨証言してい20る(I10頁、K11頁)。そうすると、本児の頭蓋骨骨折を生じさせた外力の強さについては、その他の損傷や死亡の機序を併せて考える必要がある。 なお、H医師は、本件線状骨折の複雑さを指摘して、骨折を生じさせた外力は非常に強いと証言する(H6頁)。本件線状骨折が複雑な形状であるという評価に概ね異論はみられないが、G証人は、この形状は乳幼児の骨が発達中であることに由25来すると証言しており、外力の強さと直接関係する旨の見解は示していない(G88 頁)。K医師も、小児特有の頭蓋骨の特性によるものであると証言する(K10頁)。これらの意見に照らし、H医師の前記見解は十分な医学的根拠に基づくものとはいえず、採用できない。 2 硬膜下血腫・くも膜下出血について⑴ 硬膜下血腫・くも膜下出血の状況5F医師の証言によれば、本児の頭蓋底には非常に薄い硬膜下血腫があったことが認められ(F13頁、46頁)、くも膜下出血も認められた。くも膜下出血については、後頭葉と小脳に血液が凝固した比較的厚い出血があり、特に後頭部の骨折があった辺りの出血が多く、他方で、その他の部位(具体的には、前頭葉、頭頂葉、後頭葉及び脳底部の左右側頭葉下面)は広く薄い出血であったことが認められる10(F21頁、47頁)。 この点に関するF医師の所見について、I医師、J医師及びK医師から特段の異論は示されておらず(I15頁、J5頁、K24頁)、合理的なものであると認められる(以下、F医師の当該所見に係るくも膜下出血を「本件くも膜下出血」という。)。 15なお、F医師は、本児は重 異論は示されておらず(I15頁、J5頁、K24頁)、合理的なものであると認められる(以下、F医師の当該所見に係るくも膜下出血を「本件くも膜下出血」という。)。 15なお、F医師は、本児は重度な傷を脳に負って急に心臓が止まって即死したから、本件くも膜下出血は比較的軽度なものにとどまり、脳浮腫や脳ヘルニアは生じなかった旨証言しており、本件くも膜下出血が本児の即死をもたらした、あるいは本児の死因であるといった意見は述べていない(F23頁、24頁)。 ⑵ 脳幹部周囲にくも膜下出血が存在したか20H医師は、「脳幹部周囲にくも膜下出血が多量に認められる。本児の頭蓋底を上から撮影した写真を見ると、後頭蓋窩の頭蓋頸椎移行部周辺に血液がたまっているので、これはくも膜下出血がくも膜を破って硬膜下に広がったものであると判断した。このくも膜下出血は脳底部から頭蓋頸椎移行部にまで及ぶもので重篤で致死的であり、致死的な脳幹部への打撃を強く示唆する所見である。」旨証言する。(H254頁、5頁、41頁)9 しかし、F医師は、脳底部の左右側頭葉下面に広く薄いくも膜下出血を指摘するにとどまり、H医師が証言するような脳底部から頭蓋頸椎移行部にまで及ぶくも膜下出血の存在は指摘していない(F47頁)。I医師、J医師及びK医師も、H医師の指摘する前記部位でのくも膜下出血の存在を否定しており(I15頁、J33頁、K31頁)、F医師がH医師の指摘するくも膜下出血を見落としたとは考えら5れない。加えて、K医師は、H医師が確認した後頭蓋窩の出血について、「後頭蓋窩に血液はたまっているが、そのような形でくも膜下出血は解剖のときに外には出ない。くも膜下出血の血液はくも膜下腔の髄液と反応して少し固まり、くも膜の繊維に引っかかるので、外に流出しない。」旨証言して 窩に血液はたまっているが、そのような形でくも膜下出血は解剖のときに外には出ない。くも膜下出血の血液はくも膜下腔の髄液と反応して少し固まり、くも膜の繊維に引っかかるので、外に流出しない。」旨証言しており(K31頁)、くも膜外側の後頭蓋窩の血液がくも膜下出血に由来しない理由として説得的である。H医師10は、くも膜外側の部位からの出血、例えば、脳底部の硬膜下血腫に由来する血液といったようなものが解剖時に後頭蓋窩に存在したのをくも膜下出血に由来するものと見誤った可能性が高い。 そうすると、脳底部から頭蓋頸椎移行部にまで及ぶくも膜下出血が生じていたというのはH医師の誤認であったというほかなく、そのようなくも膜下出血の存在は15認められない。 3 脳挫傷・脳挫滅について⑴ F医師の証言の概要F医師は、本件起訴前に作成した鑑定書では、脳挫傷・脳挫滅の存在を明記しなかったが、公判では、脳の深部に及ぶ脳挫傷・脳挫滅が存在し、死因は脳挫滅とす20るのが適切である旨証言した。 脳挫傷・脳挫滅についてのF医師の証言は、概要、「脳を固定した後の割面を見ると、大脳が左右半球の後頭部辺りで小さく切れており、小脳も左側の上面は少し壊れている。脳の組織標本を見ると、大脳の後頭部辺り、小脳の左半球上面、大脳の深部である左側脳室や右脳底部に損傷がある。もっとも、組織標本上、損傷の周25りに出血といった生活反応は認められず、典型的な脳挫傷の出血ではないもののご10 く僅かに出血している部位は一部あると思うが、これを生活反応といえるかは自信がない。法医学において、生活反応がない傷は死後にできた可能性があるため所見として取ってはならない決まりであり、実際に解剖時に脳を傷つけてしまったこともあって、脳の損傷が生前にできた脳挫傷・脳挫滅であるとする所 学において、生活反応がない傷は死後にできた可能性があるため所見として取ってはならない決まりであり、実際に解剖時に脳を傷つけてしまったこともあって、脳の損傷が生前にできた脳挫傷・脳挫滅であるとする所見は取れなかった。しかし、本児は即死状態だったと理解したことで、脳の損傷は脳挫傷・脳挫滅5であり、体が傷に反応する時間すらなかったほどに、あっという間に心臓が止まってしまったから生活反応が生じなかったものであると考えるに至った。強い外力によって後頭骨がラムダ縫合辺りまで大きく陥没し、脳は大きく潰れ、このような脳挫滅ができたのではないかと考えている。」というものである。(F18頁、19頁、22ないし24頁、65頁)10⑵ 脳挫傷・脳挫滅は認められるかア 本児の脳に観察される損傷は脳挫傷・脳挫滅か(ア) 本児の脳は、解剖時に医療用電動工具を使って頭蓋骨を円周状に切開した上で取り出されて、その後ホルマリン固定(全脳固定)されたところ、F医師の助手が頭蓋骨を切開する際にこの工具で脳を傷つけたことが認められ(F14頁ない15し16頁)、本児の脳の側面には、この頭蓋骨の切開部分に沿うような損傷があったことが認められる(F70頁、71頁、K16頁、17頁)。 F医師は、この損傷のうち、後頭葉の部分は脳挫傷・脳挫滅であり、それ以外の部分は、切開時の傷、すなわちアーティファクト(人工産物)である旨証言する(証人尋問での図示では一部重なる部分がある。)(F71頁、72頁)。 20しかし、後頭葉の脳挫傷・脳挫滅とアーティファクトが連続した損傷となるというのは偶然の一致としては不自然である。これに対して、切開面に沿う傷は、後頭葉部分を含めていずれも頭蓋骨切開時のアーティファクトであるというK医師の証言は、相応の説得力を持つ説明となっている るというのは偶然の一致としては不自然である。これに対して、切開面に沿う傷は、後頭葉部分を含めていずれも頭蓋骨切開時のアーティファクトであるというK医師の証言は、相応の説得力を持つ説明となっている(K17頁)。 (イ) F医師は、小脳の水平断面を上からみて観察できる小脳左半球上面の傷が25脳挫傷・脳挫滅であると証言する(F19頁、75頁、76頁)。しかし、この傷11 は、脳を取り出す際にメスを入れる小脳テントに近い部分であることが認められる(F76頁、K18頁)。 K医師は、傷の形状や部位からこれをメスで小脳テントを切開したときにできた傷、すなわちアーティファクトであると証言するところ(K17頁、18頁)、F医師もその証言においてアーティファクトとの区別は難しいことを認めており(F576頁)、脳挫傷・脳挫滅であるとした場合、どのような衝撃によりその傷が生じたかも説明していない。K医師の前記証言は相応の説得力を持つといえる。 (ウ) F医師は、脳の冠状断面において、後頭葉に小さく切れた傷があり、これが脳挫傷・脳挫滅であると証言する(F19頁、73頁)。K医師は、脳挫傷・脳挫滅は脳が骨に当たって生じるから、当たった部分の脳表に円錐形をした脳挫滅の10底面が出現し、切創の形にはならないが、本児の後頭葉の傷が切創の形であるのは、頭蓋骨切開時のアーティファクトであることを示すものであると証言する(K14頁、16頁、17頁)。前記(ア)のとおり、脳の側面で観察できる後頭葉の傷が頭蓋骨の切開面に沿うような位置にあることを併せると、K医師の意見には説得力があるが、F医師は、骨が割れると中に入り込むから、直線的な骨折線の辺縁が入り15込んだような傷は十分起こり得る旨証言する(F75頁)。 そこで、次に、F医師が証言するように後 意見には説得力があるが、F医師は、骨が割れると中に入り込むから、直線的な骨折線の辺縁が入り15込んだような傷は十分起こり得る旨証言する(F75頁)。 そこで、次に、F医師が証言するように後頭骨が割れて頭蓋内に入り込むような状況があったかを検討する。 イ 後頭骨は大きく陥没したかF医師は、後頭骨がラムダ縫合辺りまで大きく陥没したことにより脳挫滅が生じ20たと証言する(F18頁、92頁)。ただし、前記1⑴のとおり、解剖時にラムダ縫合の緩みは確認されたが、後頭骨の陥没は確認されていないから、F医師の見解は、陥没部分が元に戻ったことを意味する。 しかし、この点についてK医師は、「後頭骨が陥没して元に戻ったとすれば、脳が前方に押し出されて戻るから、脳の前部にも対側損傷が生じるはずなのにそのよ25うな損傷はない。また、骨がそのように陥没したのであれば、陥没部付近の骨に付12 着している横静脈洞や静脈洞に入っていく太い静脈が損傷して硬膜外血腫が生じるはずなのに、硬膜外血腫はなく静脈洞の破損の所見はない。」と証言し(K30頁)、I医師も、「骨は弾力性のある組織ではないので一回陥没したら戻ることはほぼなく、本児の骨がF医師のいうような動きをした証拠は見つからない。」と証言する(I8頁、9頁)。これらの指摘は医学的根拠に基づくもので説得的であり、5対して後頭骨が陥没して元に戻ったというF医師の見解はそれを裏付ける所見を欠くという問題を乗り越えられていない。したがって、骨が陥没し、脳挫傷・脳挫滅を生じさせ、元に戻ったというF医師の見解には十分な医学的根拠がない。脳の冠状断面で確認できる後頭葉の小さく切れた傷が、脳挫傷・脳挫滅であるとするF医師の見解にも十分な医学的根拠がないことになる。 10ウ 組織標本上の傷は脳 の見解には十分な医学的根拠がない。脳の冠状断面で確認できる後頭葉の小さく切れた傷が、脳挫傷・脳挫滅であるとするF医師の見解にも十分な医学的根拠がないことになる。 10ウ 組織標本上の傷は脳挫傷・脳挫滅か本児の脳については、ホルマリンでの固定後、包埋(パラフィンで固める。)してごく薄く切出し染色された組織標本が作製され、これを顕微鏡で観察する組織学的な検査が行われた。そして、この標本作成過程で、標本に傷などのアーティファクトを残す可能性があることも認められる。 15F医師は、左後頭葉、小脳、左側脳室、基底核、脳底部などの組織標本の顕微鏡写真で確認できる傷は、脳挫傷あるいは脳挫滅である旨証言する。しかし、これらの傷は生活反応とされる脳実質への出血を伴わないものか、乏しいものであり、法医学上は脳挫傷・脳挫滅とすることはできないことを、F医師もその証言において認めている。しかし、F医師は、本児についてはこれらは脳挫傷・脳挫滅であり、20体が傷に反応する時間すらなかったほどに、あっという間に心臓が止まってしまって出血が生じなかったと証言する。(F21頁ないし23頁)しかし、I医師、J医師及びK医師は、いずれも組織標本上で確認できる傷が脳挫傷・脳挫滅であることを否定する旨証言をする。 K医師は、脳内には微細な血管が多数通っており、脳が傷ついた瞬間に心停止が25生じたとしても、血管は壊れて中の血液が周囲に出てくる旨証言する(K19頁、13 53頁)。J医師の証言も同旨である(J35頁)。いずれの意見も出血を伴わない脳挫傷・脳挫滅は生じ得ない理由を説得的に指摘しているといえる。 また、F医師が典型的な脳挫傷の出血ではないもののごくわずかな出血が見られ生活反応と考えられる旨の証言についても、I医師及びJ医師は、組織 傷・脳挫滅は生じ得ない理由を説得的に指摘しているといえる。 また、F医師が典型的な脳挫傷の出血ではないもののごくわずかな出血が見られ生活反応と考えられる旨の証言についても、I医師及びJ医師は、組織標本作成時に血管から出た赤血球がメスに付着して広がったものなどとして説明できると証言5しており(I20頁、J36頁)、F医師の見解に具体的な根拠に基づく反対意見を述べている。 そうすると、F医師の証言は、法医学上、脳挫傷・脳挫滅とすることのできない組織標本上の傷が、本児について脳挫傷・脳挫滅といえる合理的な根拠を示しているとはいえない。 10エ 小結以上の諸点に照らすと、鑑定書作成の段階では明記されていなかった脳挫傷・脳挫滅が認められるとするF医師の証言は不合理であり、この点に関するF医師の証言は採用できない。したがって、本児に脳挫傷・脳挫滅は認められず、後頭骨がラムダ縫合辺りまで大きく陥没したとも認められない。 15これに対し、検察官は、経験豊富な解剖医であるF医師が作成した組織標本の傷が全てアーティファクトであると説明することには無理があり、アーティファクトでは片付けられない脳挫傷・脳挫滅が認められると主張するが(ただし、実際に標本作成作業を担当したのが誰であるかは証拠上判明していない。)、本児について、法医学上、脳挫傷・脳挫滅とすることのできない傷のある組織標本の数が多いから20といって、これらが法医学上の知見に反して脳挫傷・脳挫滅とみるべき根拠となるとは考えられない。また、脳の側面あるいは断面で観察される傷がアーティファクトではなく脳挫傷・脳挫滅である理由にもならない。検察官の主張は採用できない。 4 脳幹部の損傷についてF医師は、「即死の原因として、呼吸や心拍を制御する脳幹部の損傷が考えやす25 ファクトではなく脳挫傷・脳挫滅である理由にもならない。検察官の主張は採用できない。 4 脳幹部の損傷についてF医師は、「即死の原因として、呼吸や心拍を制御する脳幹部の損傷が考えやす25いが、肉眼的、組織学的に見る限りは損傷や出血を確認できなかった。」旨証言す14 る。肉眼的、組織的な観察で脳幹部に器質的損傷が確認できないことについては、I医師及びK医師の証言も同様である。したがって、解剖の結果、本児の脳幹部において器質的損傷は確認されていないことが認められる。(F23頁、50頁、I25頁ないし27頁、K27頁)5 死因及びその機序5⑴ F医師の証言死因及びその機序に焦点を当てると、F医師の証言は、「後頭部への外力により、脳挫傷・脳挫滅が生じ、脳が深部まで大きく壊れたことにより、生活反応が生じる間もなく即死したと認められ、死因は脳挫滅とするのが適切である。即死の原因として、呼吸や心拍を制御する脳幹部の損傷が考えやすいが、肉眼的、組織学的に見10る限りは損傷や出血を確認できなかった。しかし、損傷がなくとも脳幹部の機能異常が生じることがある。」というものである。 しかし、前記3のとおり、脳挫傷・脳挫滅が存在したとは認められず、死因が脳挫滅との見解は採り得ない。F医師の証言においては、死因とされる脳挫滅(脳挫傷)の存在が後頭骨を陥没させるほど後頭部に大きな力がかかったことを示すとと15もに、本児の即死と整合する所見となっていたが、この所見は認められない。そうすると、前記4のとおり、解剖の結果、脳幹部に器質的損傷は確認されていない状況において、隠れた脳幹部の損傷が存在すること、あるいは損傷を伴わない機能異常が生じたことを肯定できる医学的根拠があるとは考え難い。 これらの点を踏まえると、F医師の証言は、本 は確認されていない状況において、隠れた脳幹部の損傷が存在すること、あるいは損傷を伴わない機能異常が生じたことを肯定できる医学的根拠があるとは考え難い。 これらの点を踏まえると、F医師の証言は、本児の死因及びその機序を合理的に20説明する医学的根拠を示すことができていないというべきである。 ⑵ H医師の証言死因及びその機序に焦点を当てると、H医師の証言は、「後頭部への外力により、脳幹部周囲の多量のくも膜下出血が生じた。この衝撃が基で脳幹部が損傷したこと又は脳幹部周辺の環境が変化したことによって、中枢神経機能障害が生じ、受傷か25ら短時間で心停止・呼吸停止に至って死亡した。」というものである。 15 しかし、前記2⑵のとおり、脳幹部周囲の多量のくも膜下出血はH医師の誤認である。H医師の証言では、このくも膜下出血は致死的で重篤なものであり、致死的な脳幹部への打撃を強く示唆する所見とされていたが、この所見は認められない。 加えて、前記4のとおり脳幹部の器質的損傷も確認されておらず、脳幹部周辺の環境の変化を示すような所見も認められない。前記1⑵のとおり、本件線状骨折の複5雑さから、前記外力が非常に強いと断定することもできない。そうすると、脳幹部の損傷あるいは脳幹部周辺の環境変化による中枢神経機能障害が生じたことを肯定する医学的根拠があるとは考え難い。 これらの点を踏まえると、H医師の証言は、本児の死因及びその機序を合理的に説明するだけの医学的根拠を示すことできていないというべきである。 10⑶ 受傷後ごく短時間で死亡したかについても疑問があることF医師及びH医師の証言は、結論として、本児が受傷後ごく短時間で死亡したというものであるが、この点について疑問を生じさせる医学的見解がある。 ア 本児が一時保育室移動前に受傷 いても疑問があることF医師及びH医師の証言は、結論として、本児が受傷後ごく短時間で死亡したというものであるが、この点について疑問を生じさせる医学的見解がある。 ア 本児が一時保育室移動前に受傷していた可能性を否定できないことF医師及びH医師は、本児が一時保育室に移動した直後に防犯カメラ映像(午後150時30分頃から同33分頃まで)に映っていた時点で本児が受傷していないことを前提としていると解される。 しかし、本児に認められる外傷は、F医師やH医師が考えるような重篤なものではなかった。本児に認められる主な外傷は本件線状骨折と本件くも膜下出血である。 これらの外傷が前記防犯カメラ映像の時点で生じていないといえるかについて、K20医師は、文献の指摘も踏まえながら、頭蓋骨骨折が生じた小児が元気であることは珍しくなく、外傷性くも膜下出血のみでは受傷直後に症状が見られることの方がまれである旨証言する(K医師11頁、23頁)。小児の救急外来及び乳児院の嘱託医として頭部外傷を負った患者を相当数診察したI医師も同旨の証言をする(I57頁ないし59頁、103頁、104頁)。K医師及びI医師の証言を否定できる25ような根拠は証拠上認められないから、防犯カメラ映像から認められる本児の状況16 を根拠に本児がその時点で受傷していた可能性を否定することはできない。 イ 本児が死亡の12時間以上前に受傷した可能性があることJ医師の証言によれば、組織標本上、出血部位である大脳後頭葉及び小脳のくも膜下にマクロファージという細胞が確認できることが認められ、F医師の証言によれば、同医師の再検査(J医師が観察した組織標本とは異なる染色方法によるもの)5によっても出血部位にマクロファージが確認されたことが認められる。(J6頁、F29頁)マクロ 、F医師の証言によれば、同医師の再検査(J医師が観察した組織標本とは異なる染色方法によるもの)5によっても出血部位にマクロファージが確認されたことが認められる。(J6頁、F29頁)マクロファージは、血液の中の単球が血管外に移行(遊走)し、体内の異物等を処理する機能を有する細胞となって出現したものであり、前記各検査結果からすれば、くも膜下の出血部位にマクロファージが出現していたことは疑いがない。 10J医師は、外傷後、マクロファージが出現するまでには相当の時間を要し、乳幼児のくも膜下出血の場合、マクロファージは受傷してから死亡するまで12時間以上経過している場合に出現することが論文により報告されていることから、本児のくも膜下出血は死亡の12時間以上前に生じたものである旨証言する(J8頁、9頁)。J医師の証言は、査読を経た論文を根拠とするもので、くも膜下出血が死亡15の12時間以上前に生じたことの合理的な可能性を示しているといえる。なお、マクロファージがくも膜下出血が生じた直後に出現するといったような医学的見解の存在を示す証拠はなく、J医師の証言の要点は、出現まで一定の時間を要することを前提として、乳幼児のくも膜下出血の場合の出現までの時間について具体的な時間を述べるところにある。 20これに対しF医師は、本児の脳は死亡後、ホルマリンで固定するまで一日かかっているから、その間にマクロファージが死後変化として出現した可能性があると証言する(F30頁ないし32頁)。しかし、J医師は、マクロファージはサイトカイン等の物質に誘導されて出現するものであり、心停止後の血流のない状態でマクロファージが出現することは考えられないと証言する(J22頁)。J医師の意見25はマクロファージが出現する仕組みの理解に基づく合理的な説明であ て出現するものであり、心停止後の血流のない状態でマクロファージが出現することは考えられないと証言する(J22頁)。J医師の意見25はマクロファージが出現する仕組みの理解に基づく合理的な説明である。加えて、17 J医師が引用する前記論文は、死亡後の時間経過を考慮しておらず、マクロファージは死後変化で出現しないことを前提としているといえることにも支えられている。 仮に死後にマクロファージが出現するのならば、こうしたマクロファージに関する理解に影響を与えるため、広く報告されるはずであるが、F医師はそのような報告例を指摘できていない。そうすると、F医師の証言は、J医師の証言に対する有効5な反駁になっておらず、J医師の証言を否定するに足りない。 J医師の証言に照らし、本児のくも膜下出血が死亡の12時間以上前に生じた可能性は否定できず、本児のくも膜下出血が外傷性のものであると認められることからすると、本児の受傷が死亡の12時間以上前であった可能性は否定できない。 検察官は、本児の母親の証言を援用するなどして、本児について死亡の12時間10以上前にくも膜下出血が生じるのに見合ったエピソードはなく、J医師の証言は「机上の空論」であると主張するが、くも膜下出血が生じる機会がなかったことが立証されているわけではなく、J医師の証言に対する筋の通らない反論である。本件において、くも膜下の出血部位におけるマクロファージの存在が検察官主張の受傷時期と矛盾しないことは検察官が立証する必要があり、F医師の証言する死後の15マクロファージ出現の可能性は、この受傷時期を考えるに当たっての医学的な論点の一つである。検察官がJ医師と異なるF医師の見解を正当と考えるのであれば、検察官が行うべきことは、専門家の助力を得るなどして、マクロファージが死後に出 この受傷時期を考えるに当たっての医学的な論点の一つである。検察官がJ医師と異なるF医師の見解を正当と考えるのであれば、検察官が行うべきことは、専門家の助力を得るなどして、マクロファージが死後に出現する可能性を医学的知見に基づき立証することである。検察官の主張は、このような立証ができなかったことを取り繕おうとするものにすぎない。 20⑷ 死因及びその機序に関するF医師及びH医師の証言の評価前記⑴⑵で検討したとおり、F医師及びH医師の証言は、死因及びその機序を合理的に説明するだけの医学的根拠を示すことできていない。また、各証言の結論は、本児が受傷後ごく短時間で死亡したというものであるが、前記⑶のとおり、この点に疑問をもたせる医学的意見も排斥できない。 25そうすると、F医師及びH医師の死因及びその機序に関する証言は、いずれも医18 学的知見に基づく合理的なものであるとはいえない。このような2つの意見が、同様の結論であるからといって、互いに支え合うような関係にないことも明らかである。これらの証言に基づき本児の死因及びその機序を認定することはできない。 検察官は、F医師及びH医師の見解は、常識に照らして十分納得できるなどと主張するが、前記判断を左右するような医学的根拠を指摘するものではなく、採用す5ることができない。 第6 判断1 本児が外傷により死亡したか以上の検討結果を踏まえ、関係証拠を検討すると、本児には、後頭部の皮下出血、本件線状骨折等の頭蓋骨骨折、硬膜下血腫及びくも膜下出血の傷害(以下「本件傷10害」という。)が生じていたことが認められ、これらが本児の頭部への外力により生じたことは、各専門家証人の証言により明らかである。 本児の頭蓋骨骨折そのものが死因とならないことはI医師及びK医師の証言に 」という。)が生じていたことが認められ、これらが本児の頭部への外力により生じたことは、各専門家証人の証言により明らかである。 本児の頭蓋骨骨折そのものが死因とならないことはI医師及びK医師の証言により認められ(I11頁、K11頁、12頁)、本児の非常に薄い硬膜下血腫が死亡と関係があるとの見解も存在しないので、本件で死因の可能性を検討する必要があ15るのはくも膜下出血(具体的には本件くも膜下出血)である。 K医師は、外傷性くも膜下出血の場合は、動脈瘤の破裂によるものとは異なり、破綻する血管が細いため、出血量が少なく、くも膜下出血のみによって即死することはなく、死因にもならない旨証言する(K24頁)。I医師も、本児のくも膜下出血の出血量は軽度であり、脳幹出血や脳ヘルニアを誘発するようなものではない20から、死因とは認められない旨証言する(I12頁、13頁)。いずれの見解も、本件くも膜下出血が比較的軽度であり、大きな血腫はなく脳ヘルニアは認められなかったというF医師の所見を基本的に前提とし、本件くも膜下出血そのものを死因とはしないF医師と同様の結論に至っており、K医師及びI医師の見解を排斥できるような証拠はない。 25そうすると、本件傷害が本児の死因であるとは認められず、これらの受傷時期を19 特定できる証拠も見当たらない。出血部位のくも膜下でマクロファージが確認されることから、本件傷害が本児が死亡するより相当以前、具体的には12時間以上前に生じていた可能性もある。 2 争点に対する判断前記1に認定したところからすれば、本件傷害が本児の死因であるとは認められ5ず、その受傷時期は、本件犯行時間帯とは認められないだけでなく、被告人が一時保育室で本児と一緒になった午後0時30分頃以降であったとも認められない(争点①に 傷害が本児の死因であるとは認められ5ず、その受傷時期は、本件犯行時間帯とは認められないだけでなく、被告人が一時保育室で本児と一緒になった午後0時30分頃以降であったとも認められない(争点①に対する判断)。 したがって、被告人が本児に傷害を生じさせた暴行を加えることができた唯一の人物であるとの検察官の主張は根拠を失っており、被告人が本児に暴行を加えて本10件傷害を負わせたとは認められない(争点②に対する判断)。検察官の指摘する被告人の検索履歴はこの認定を左右する事情ではない。 3 本児の死因このように考えたとき、本児の死因は何かという疑問は生じるが、結論からいえば、本件全証拠によっても、それを確定することはできない。 15本件の証拠構造において、被告人を傷害致死の犯人と認定するためには、検察官主張の死因と受傷時期について常識に照らし間違いないといえる立証が必要であり、死因及びその機序を立証するためには確かな医学的根拠に基づく専門家の意見が必要である。しかし、既にみてきたとおり、検察官はそのような立証を行うことができなかった。 20本児に認められる本件傷害が本児の死因であるとは認められず、本件傷害が生じた時期も本児を含む園児と被告人のみが一時保育室にいた時間帯であるとは確定できない以上、その死因が何であるにせよ、被告人が本児にこれらを生じさせた暴行を加えた犯人であるとして有罪とする根拠はなく、被告人に対し無罪の言渡しをするほかない。 25したがって、当裁判所としては、I医師の証言するRSウイルス感染による突然20 死の可能性について、その可能性がどの程度のものかといった点には立ち入らないこととした。 4 結論以上のとおり、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条に 死の可能性について、その可能性がどの程度のものかといった点には立ち入らないこととした。 4 結論以上のとおり、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 5(検察官の求刑 懲役10年)令和7年1月17日横浜地方裁判所第4刑事部 10 裁判長裁判官 奥山 豪 15裁判官 倉知泰久 裁判官 山田洋子20

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