平成24(行ウ)218 障害厚生年金不支給処分取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成26年7月31日 大阪地方裁判所
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判決文本文18,154 文字)

主文 1 厚生労働大臣が原告に対して平成22年7月21日付けでした障害厚生年金の裁定請求を却下する処分を取り消す。 2 厚生労働大臣は,原告に対し,平成21年12月を支給開始月とする障害等級1級の障害厚生年金を支給する旨の裁定をせよ。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求主文同旨第2 事案の概要本件は,原告が,平成21年11月19日,網膜色素変性症により障害の状態にあるとして,社会保険庁長官(当時。以下「旧社会保険庁長官」という。)に対し,厚生年金保険法(ただし,平成19年法律第109号による改正前のもの。以下同じ。)に基づく事後重症による障害厚生年金の給付の裁定請求(以下「本件裁定請求」という。)をしたところ,平成22年1月1日に本件裁定請求に関する旧社会保険庁長官の事務を引き継いだ厚生労働大臣から,上記疾病の初診日が,原告が厚生年金保険の被保険者であった期間内である昭和62年1月頃であることを確認することができないとの理由により平成22年7月21日付けで本件裁定請求を却下する処分(以下「本件却下処分」という。)を受けたことから,本件却下処分の取消しを求めるとともに,本件裁定請求をした日の翌月である平成21年12月を支給開始月とする障害等級1級の障害厚生年金を支給する旨の裁定の義務付けを求めた事案である。 被告は,主として,上記疾病の初診日を確認することができないから本件却下処分は適法であり,義務付けを求める訴えについては,訴訟要件を欠き不適法であると主張した。 1 法令の定め(1) 障害厚生年金の受給要件 ア障害厚生年金を受給するためには,原則として,① 疾病にかかり,又は る訴えについては,訴訟要件を欠き不適法であると主張した。 1 法令の定め(1) 障害厚生年金の受給要件 ア障害厚生年金を受給するためには,原則として,① 疾病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という。)につき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日(以下「初診日」という。)において,厚生年金保険の被保険者であること,② 障害認定日,すなわち,障害の原因となった傷病に係る初診日から起算して1年6月を経過した日,又はその期間内にその傷病が治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。以下同じ。)があるときはその日に,厚生年金保険法施行令に定める1級ないし3級に該当する程度の障害の状態にあること,③ 障害の原因となった傷病に係る初診日の前日において,当該初診日の属する月の前々月までに国民年金の被保険者期間がある場合においては,当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間を合算した期間が,当該被保険者期間の3分の2以上あること,又は,当該初診日の属する月の前々月までの一年間のうちに保険料納付済期間若しくは保険料免除期間以外の被保険者期間がないこと,④ 障害厚生年金の支給を請求したことの各要件を満たさなければならないとされている(厚生年金保険法47条,平成25年法律第63号による改正前の昭和60年法律第34号による改正附則64条)。 イそして,上記①及び③の要件は満たすものの,障害認定日に②の障害等級の程度の障害の状態になかった者が,②-2 同日後,65歳に達する日の前日までの間に,1級ないし3級に該当する程度の障害の状態に至ったときは,その者は,その期間内に事後重症による障害厚生年金の支給を請求することができるとされている(厚生年金 日後,65歳に達する日の前日までの間に,1級ないし3級に該当する程度の障害の状態に至ったときは,その者は,その期間内に事後重症による障害厚生年金の支給を請求することができるとされている(厚生年金保険法47条の2)。 ウ上記②又は②-2の各等級の障害の状態は,1級及び2級については国民年金法施行令別表に定める1級及び2級の状態とされ,3級については厚生年金保険法別表第1に定めるとおりとされており,障害の等級が1級又は2級の場合には,国民年金法による障害基礎年金と厚生年金保険法による障害厚生年金とが一体のものとして給付されるが,3級の場合には,障害厚生年金のみが給付され,い ずれの場合も,支給開始月は請求をした月の翌月となる(国民年金法(ただし,平成24年法律第63号による改正前のもの。以下同じ。)30条,30条の2第1項,国民年金法施行令4条の6,別表,厚生年金保険法36条1項,47条,47条の2第1項,厚生年金保険法施行令3条の8)。 エ両眼の視力に関する障害等級両眼の視力の和が0.04以下である場合には,障害等級1級に該当するとされている(厚生年金保険法施行令3条の8,国民年金法施行令別表)。 (2) 裁定請求書の添付書類障害厚生年金の給付について,旧社会保険庁長官の裁定を受けようとする者は,請求書に「障害の原因となつた疾病又は負傷に係る初診日(疾病又は負傷が昭和61年4月1日前に発したものであるときは,当該疾病又は負傷が発した日を含む。)を明らかにすることができる書類」を添付しなければならない(厚生年金保険法33条,101条,厚生年金保険法施行規則(ただし,平成21年厚生労働省令第167号による改正前のもの。以下同じ。)44条2項6号)。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに各項掲記の証拠及び弁論の全 101条,厚生年金保険法施行規則(ただし,平成21年厚生労働省令第167号による改正前のもの。以下同じ。)44条2項6号)。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等)(1) 原告の厚生年金保険の被保険者期間等ア原告は,昭和58年11月21日に株式会社A食品に就職し,同社を昭和62年4月21日に退職して厚生年金保険の被保険者の資格を喪失するまでの間,厚生年金保険の被保険者であった。 イ原告について,昭和62年1月の前々月までの1年間に保険料の滞納期間はない(甲10,弁論の全趣旨)。 (2) 網膜色素変性症網膜色素変性症は,網膜色素上皮の先天的素因による変性で視細胞が変性し,視野狭窄,視力低下,夜盲を訴える疾病であり,小児期より夜盲を訴え,視野では輪状暗点に気付き,これは徐々に進行し,中心部だけを残すようになり,ついにはそ こもなくなり失明するとされ,治療法は良いものはないとされている(甲12)。 (3) 原告の網膜色素変性症に係る治療経過等ア原告は,昭和22年○月△日に生まれ,平成10年6月12日にB病院を受診して,遅くとも平成15年5月16日までには網膜色素変性症の診断を受け,同病院の紹介により,同年10月11日から平成22年12月11日まで,C眼科で治療を受けた(甲20,乙2,6。なお,原告が昭和62年1月にも同疾病について別の医療機関を受診し,同疾病につき診断を受けていたか否かが争点である。)。 イ原告は,平成22年12月20日以降,D眼科で網膜色素変性症の治療を受けている(甲21,原告本人)。 (4) 原告の障害の程度原告は,平成21年9月18日,C眼科のE医師から網膜色素変性症との診断を受け,同日現在の視力に 日以降,D眼科で網膜色素変性症の治療を受けている(甲21,原告本人)。 (4) 原告の障害の程度原告は,平成21年9月18日,C眼科のE医師から網膜色素変性症との診断を受け,同日現在の視力につき右目が失明,左目が裸眼で0.02と判定された。 (5) 本訴に至る経緯ア原告は,平成21年11月19日,旧社会保険庁長官に対し,傷病名を網膜色素変性症,初診日を昭和62年1月頃として,事後重症による障害厚生年金の支給を求める本件裁定請求をした。 イ厚生労働大臣は,平成22年1月1日,本件裁定請求に係る事務を旧社会保険庁長官から引き継いだ。 ウ厚生労働大臣は,平成22年7月21日付けで,原告に対し,本件裁定請求について,原告提出の書類では,原告の裁定請求に係る傷病たる網膜色素変性症の初診日が昭和62年1月頃(厚生年金保険の被保険者であった間)であることを確認できないとして,本件却下処分をした。 エ原告は,平成22年9月9日,本件却下処分を不服として,近畿厚生局社会保険審査官に対し,本件却下処分に対する審査請求をしたが,同審査官は,平成23年1月25日付けで,同審査請求を棄却する旨の決定をした。 オ原告は,平成23年3月3日,社会保険審査会に対し,上記エの決定を不服として再審査請求をしたが,同審査会は,同年12月22日付けで同再審査請求を棄却する旨の裁決をした。 カ原告は,平成24年5月17日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。 3 争点及び当事者の主張本件の争点は,原告が障害厚生年金の受給要件のうち前記1(1)アの①の要件を満たすかであり,具体的には,原告の網膜色素変性症の初診日が,原告が厚生年金保険の被保険者であった期間中である昭和62年1月と認められるか否かである。 (1) 原告の主張ア厚生 の①の要件を満たすかであり,具体的には,原告の網膜色素変性症の初診日が,原告が厚生年金保険の被保険者であった期間中である昭和62年1月と認められるか否かである。 (1) 原告の主張ア厚生年金保険法47条の2第1項にいう「初診日」の意義厚生年金保険法47条の2第1項の「初診日」は,その定義をする同法47条1項の文言のとおり,実際に医療機関において当該疾病であると初めて診断を受けた日と解すべきである。 被告は,症状の進行が遅い網膜色素変性症については,同疾病であると単に診断されただけでは足りず,就労や日常生活に支障をきたす程度で診断を受けたのでなければ「初診日」とは認定されないと主張するが,厚生年金保険法にそのようなことは一切規定されていないし,被告の運用基準である「国民年金・厚生年金保険障害認定基準」(甲17)にもそのような記載はない。「初診日」を被告のように解すると,画一的かつ公平な判断を保障することもできず,失当である。 イ原告の疾病である網膜色素変性症の初診日は昭和62年1月である。 原告は,昭和62年1月上旬,物の見え方について違和感を覚え,同月中旬頃,当時の自宅近くにあったF眼科を受診し,検査を受けたところ,G医師から網膜色素変性症との診断を受けた。したがって,原告の疾病である網膜色素変性症の初診日は昭和62年1月である。 このことは,原告が,当時,治療の手立てがないとの同医師の言葉に大きな衝撃を受け,体調を崩して,同年4月に株式会社A食品を自主退職したことによっ ても裏付けられている上,原告本人の記憶に基づき原告が作成した陳述書(甲5)や医療機関が作成した文書(甲11,乙3)の記載とも合致するし,原告の知人であるH及びIもF眼科での検査結果を原告から聞いたのが昭和62年1月であると記憶しており, づき原告が作成した陳述書(甲5)や医療機関が作成した文書(甲11,乙3)の記載とも合致するし,原告の知人であるH及びIもF眼科での検査結果を原告から聞いたのが昭和62年1月であると記憶しており,その旨が記載された同人らの各陳述書(甲6,7)があることとも合致すること(Hは,自身が勤務先を変更した同年の出来事であり,毎年1月18日・19日に開催されるJ寺での厄除け大祭(甲16)で聞いたことを記憶している。Iは,実姉がなくなった同年の出来事であり,遅めの正月のあいさつをするために原告と会った際に聞いたことを記憶している。),とりわけIの陳述書(甲7)は,原告がF眼科で検査を受けた日にIがF眼科に同行しており信用できることからも明らかである。また,F眼科のK医師が作成した回答書(甲8)には,原告姓の女性を網膜色素変性症と診断した記憶があるとG医師が述べた旨の記載があること(網膜色素変性症は4000人から8000人に1人とされる珍しい病気であり,原告姓も比較的珍しく,昭和61年当時の電話帳(甲13)には宝塚市において原告宅を除き5軒しかなく,いずれも原告の夫側の親戚であるところ,それらの中には眼の病を患っている者はおらず,F眼科を受診したとは考えられない。)からも裏付けられる。 ウ初診日の認定は,証明力の高い資料に限られないこと被告は,障害厚生年金の受給要件のうち初診日の認定にあたっては,直接診療に関与した医師又は医療機関が作成した診断書等の証明力の高い資料によらなければならない旨を主張する。 しかし,厚生年金保険法にはそのような規定は存在しない。厚生年金保険法施行規則44条2項6号にも,裁定請求書の添付資料としては,「初診日を明らかにすることができる書類」としか規定していないし,当該規定も初診日認定を迅速かつ簡明に行うための実務上 ない。厚生年金保険法施行規則44条2項6号にも,裁定請求書の添付資料としては,「初診日を明らかにすることができる書類」としか規定していないし,当該規定も初診日認定を迅速かつ簡明に行うための実務上の便宜のために設けられた規定にすぎず,民事裁判における初診日の認定資料を限定する趣旨ではない。 そもそも,網膜色素変性症のような先天的素因による視細胞の変性に基づく疾 病の場合には,小児期より夜盲を訴え,視野では輪状暗点が徐々に進行し,ついには失明するなど,発症が遅く進行も緩徐であり,失明に至る長期間の過程のどこかの時点で医師の診断を受けることが通常であって,このような疾病において初診日の厳密な証明を求めること自体が厚生年金保険法の想定するところではないし,裁定の請求者が当時の診察状況を示す資料を保管しているとは限らない。 現に原告がF眼科で診断を受けたのは約26年前であり,診療録や診察券も阪神淡路大震災(原告の当時の住居(L町)も半壊となった。)で残存しておらず,このような場合において医師の診断書その他の医証を要求することは裁定の請求者に不可能を強いることになる。そして,20歳前障害基礎年金の場合には,医証等の客観的資料を得ることが困難で,資料が不足することから,第三者供述が初診日認定の主要な認定資料とされている。 また,被告は,障害厚生年金の額の算出に当たり計算の対象となる被保険者期間は,障害認定日前の厚生年金被保険者期間とされているため,初診日が特定できなければ年金額の計算ができないから,保険制度の給付の公平性を確保するためにも,客観的,医学的な資料や根拠に基づく必要があると主張するが,「初診日」から起算して1年6月後の障害認定日以降に障害厚生年金の裁定請求を行っても,年金の支給は障害認定日が含まれる月までの被保険者期間を計算の ,医学的な資料や根拠に基づく必要があると主張するが,「初診日」から起算して1年6月後の障害認定日以降に障害厚生年金の裁定請求を行っても,年金の支給は障害認定日が含まれる月までの被保険者期間を計算の基礎として(厚生年金保険法51条),障害認定日が含まれる月の翌月に遡って行われ(同法36条1項),年金額の計算も月単位で行われることから,初診日を日単位で厳密に特定する必要はなく,そのような資料である必要もない。 以上から,裁定の請求者の供述その他の事情を初診日の認定に用いることはできるものと解するのが相当である。 エ以上によれば,原告の網膜色素変性症の初診日は,昭和62年1月であったと認められ,原告は障害厚生年金の初診日要件を満たす。 (2) 被告の主張ア厚生年金保険法47条の2第1項にいう「初診日」の意義について 障害厚生年金は,被保険者等が障害により日常生活に支障を来したり,労働が制限されたりした場合に,その生活の安定と福祉の向上に寄与する目的で支給されるものであるところ,網膜色素変性症のような遺伝性の疾患(先天性疾患)である場合に,初診日を20歳前とし,全て国民年金法の20歳前障害基礎年金による給付とすることは,日常生活や就労に支障を来すことなく被保険者として保険料を納付していた者の納付実績が反映されないことによる不合理が生じることから,先天性疾患においては,その病態によって,日常生活や就労に支障を来し受診した時を「初診日」として取り扱っており,この取扱いには十分な合理性がある。 そして,網膜色素変性症は,網膜色素上皮の先天的要因による変性で視細胞が変性し,視野狭窄,視力低下,夜盲を訴えるものであるが,遺伝形式のはっきりしたものは,比較的進行が遅く,小児期に診断を受けたとしても,当初は,夜盲により暗い場所でよ の先天的要因による変性で視細胞が変性し,視野狭窄,視力低下,夜盲を訴えるものであるが,遺伝形式のはっきりしたものは,比較的進行が遅く,小児期に診断を受けたとしても,当初は,夜盲により暗い場所でよく見えない程度であり,輪状暗点などの視野狭窄の症状が進行しなければ,日常生活の支障は少ない。 したがって,網膜色素変性症については,単に医療機関を受診して傷病名が付されるだけでは「初診日」とはならず,実際に日常生活や就労に支障を来して受診した日をもって初診日と解すべきである。 イ原告の疾病である網膜色素変性症の初診日は昭和62年1月頃ではない。 (ア) 昭和62年1月頃に診断を受けたと認めるに足りる資料がないこと障害厚生年金の受給要件である初診日の認定に際し,裁定の請求者が当該傷病について現実に医師等の診療を受けたことを証明する場合には,給付の公平性を担保するため,医学的見地から裁定機関の認定判断の客観性を担保し,その認定判断が画一的,公平なものとなるような証明力の高い客観的な資料による必要がある。そして,具体的には,医師又は歯科医師が作成した診療録に基づく初診日を明らかにする医師の証明が最も適切な書類に当たる。 もっとも,初診日から長期間を経て裁定請求する場合には,診療録の保存期 間等との関連で,初診時の発病を証明する医証を得ることができないときがあるため,医証に代えて,身体障害者手帳やその作成時の診断書,交通事故証明書,労災の事故証明書,健康保険の給付記録などの資料を参考として,初診日の認定をすることになる。しかし,そのような場合であっても,初診日の特定は,障害厚生年金の額の算出に当たって計算の対象となる被保険者期間が障害認定日前の厚生年金被保険者期間とされているため,年金額の計算に必要となるなど 。しかし,そのような場合であっても,初診日の特定は,障害厚生年金の額の算出に当たって計算の対象となる被保険者期間が障害認定日前の厚生年金被保険者期間とされているため,年金額の計算に必要となるなど,障害厚生年金の受給権者たる要件の該当性を判断する上で,必要不可欠なものであるから,請求者本人や第三者の記憶に基づく陳述といった資料で足りるとすることは,初診日要件を無意味ならしめ,年金制度の根幹を揺るがしかねないので,許されない。 この点,本件裁定請求に際して原告から提出された国民年金・厚生年金・船員保険障害給付裁定請求書(甲1),診断書(甲11),病歴・就労状況等申立書(乙2),受診状況等証明書(乙3),陳述書(甲5)の各文書には,原告の網膜色素変性症の初診日が昭和62年1月頃であるとの原告の主張に沿う病歴の記載があるが,いずれも「本人申立」とされているか,又は,原告自身が記憶に基づき作成した陳述書や請求書であることなどから明らかなように,これらはいずれも原告自身の認識を記載したものにすぎない。HやIの陳述書(甲6,7)は同人らの記憶が記載されているにすぎないし,F眼科のK医師による回答書(甲8)も客観的な証拠ではなく,G医師の記憶としても診断時期については覚えていないと記載されており,同回答書にいう「原告姓」が原告のことを指すものであるか否かも不明である。 網膜色素変性症は,徐々に視野狭窄,視力低下,夜盲などの症状が出現し,就労や日常生活に支障が生じるようになる疾患であるところ,C眼科における平成16年8月24日付け「身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)」(乙6の3枚目)や,同年12月3日付け「身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)」(乙6の4枚目)にみられる,受診前の症状を聞き取った内容等の記載 からすると,初診日が昭 (視覚障害用)」(乙6の3枚目)や,同年12月3日付け「身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)」(乙6の4枚目)にみられる,受診前の症状を聞き取った内容等の記載 からすると,初診日が昭和50年頃又は平成9年頃になり得るとしても,少なくとも昭和62年1月頃とすることはできない。また,上記各書面に,昭和62年1月頃におけるF眼科での診断の記載が一切ないことからすると,原告は当時,医師に対し,同受診歴を申告しなかったというべきであるから,症状及び受診歴に関する原告の記憶が,上記各意見書が作成された平成16年当時においてすら曖昧であったことを裏付けている。 以上によれば,原告が昭和62年1月頃に初めて医師の診療を受けたと認めることはできない。 (イ) 昭和62年1月頃に日常生活に支障を来したり,労働が制限されたりする症状で受診したものと認めることができないこと網膜色素変性症の初診日は,日常生活に支障を来したり,労働が制限されたりする症状で受診したものである必要があることは上記アのとおりであるところ,原告は,昭和62年1月初め頃に,M百貨店を訪れた際に,店内が薄暗く,何か見え方がおかしいと感じ受診したと供述し,夜盲の症状が進行していることを述べていると考えられるものの,原告は,その後も平成3年頃までコンタクトが傷ついたり,結膜炎になったりした際にF眼科に通院していたが,平成3年以降は調子がよかったのか,別に異常がなかったので通院しなかった,平成9年頃に本当に見えにくくなっておかしいと思い,C眼科を受診したところ白内障と言われたと述べており,昭和62年1月頃の症状は一時的なもので,日常生活に支障を来したり,労働が制限されたりする程度ではなかった。 このことは,原告が同月以降も,N製菓株式会社や株式 障と言われたと述べており,昭和62年1月頃の症状は一時的なもので,日常生活に支障を来したり,労働が制限されたりする程度ではなかった。 このことは,原告が同月以降も,N製菓株式会社や株式会社Oスーパーマーケットで就労していたほか(甲10),平成3年から平成13年までは,Pにおいて競輪場の窓口業務に携わり,端末を使用し接客が可能であったことからも明らかである。 そうすると,昭和62年1月頃に受診したとしても,その日を「初診日」と認めることはできない。 (ウ) 原告は,子どもの頃から夜盲の症状があったこと原告は,子どもの頃から夜盲の症状があり,昭和62年1月頃にF眼科を受診した際に,その症状が夜盲であると認識したと供述していたのであるから,幼少期から網膜色素変性症の症状が出現していたというべきである。 そうすると,原告が昭和62年1月頃に網膜色素変性症と診断されたとしても,原告の傷病名が確定した日というだけであって,上記(イ)のとおり,具体的な障害といえる状態でなかったのであるから,その日を原告の請求疾病の初診日ということはできない。 ウ以上によれば,いずれにせよ,原告の網膜色素変性症の治療に係る初診日が昭和62年1月頃であると認めることはできず,本件裁定請求は初診日要件を満たさない。 第3 当裁判所の判断 1 厚生年金保険法47条の2第1項にいう「初診日」の意義について(1) 厚生年金保険法47条の2第1項は,事後重症を支給事由とする障害厚生年金につき,傷病の「初診日」において被保険者であることを要件として定めているところ,同法47条1項によれば,「初診日」とは,傷病につき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日と規定されている。 このように厚生年金保険法が「初診日」 て被保険者であることを要件として定めているところ,同法47条1項によれば,「初診日」とは,傷病につき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日と規定されている。 このように厚生年金保険法が「初診日」を基準として支給要件を定めている趣旨は,厚生年金保険を管掌する政府において個々の傷病につき発症日を的確に認定するに足りる資料を有しないことにかんがみ,医学的見地から裁定機関の認定判断の客観性を担保するとともに,その認定判断が画一的かつ公平なものとなるよう,当該傷病につき医師等の診療を受けた日をもって障害厚生年金の支給に係る規定の適用範囲を画することとしたものであると解される(なお,国民年金に係る初診日につき,最高裁判所平成19年(行ヒ)第68号同20年10月10日第2小法廷判決・裁判集民事229号75頁参照)。 そうすると,厚生年金保険法47条の2第1項の「初診日」とは,傷病につき初 めて医師又は歯科医師の診療を受けた日をいうものと解するのが相当である。 (2) これに対し,被告は,遺伝性の疾患(先天性疾患)については,症状が日常生活や就労に支障を来すことなく進行することがあり,日常生活や就労に支障がない受診日を「初診日」とすると,被保険者として保険料を納付していた者の納付実績が反映されないことによる不合理が生じることから,その病態によって,日常生活や就労に支障を来して受診した時を「初診日」と解すべきであるとして,網膜色素変性症のほか,先天性心疾患のような遺伝性の疾患(先天性疾患)の「初診日」は,日常生活の支障や就労の支障が生じた後の診断日でなければならないと解すべきであると主張する。 しかしながら,このような解釈は,厚生年金保険法47条1項の文理に反するものであるし,また,画一的かつ公平な判断のために当該傷病につき医 断日でなければならないと解すべきであると主張する。 しかしながら,このような解釈は,厚生年金保険法47条1項の文理に反するものであるし,また,画一的かつ公平な判断のために当該傷病につき医師等の診療を受けた日をもって障害厚生年金の支給に係る規定の適用範囲を画することとしたものであるという同法が「初診日」を基準として支給要件を定めている趣旨に照らしても,上記被告主張のような解釈は,かえって画一的かつ公平な判断にもとるものというべきであるから,被告の主張は採るを得ない。 2 初診日の認定資料について被告は,初診日の認定資料について,本件のように初診日から長期間を経て裁定を請求する場合であっても,身体障害者手帳やその作成時の診断書,交通事故証明書,労災の事故証明書,健康保険の給付記録などの資料を参考とすべきであり,請求者本人や第三者の記憶に基づく陳述といった資料で足りるとすることはできないと主張する。 確かに,障害厚生年金の支給要件を「初診日」において被保険者であることとした前記厚生年金保険法の趣旨に照らすと,その認定判断を客観的かつ画一的に行うためには,可能な限り,客観性の高い資料等によって,初診日が特定されるべきものと解される。 しかしながら,厚生年金保険法は,労働者の障害について保険給付を行い,労働者 の生活の安定と福祉の向上に寄与することをその目的としているから(同法1条),支給要件が認められる限りはその裁定をすることがむしろ公平に適うと解される。そして,同法は,本件のような事後重症に基づく給付の場合も「初診日」において被保険者であることを支給要件と定めているところ,疾病によっては,診療を受けてから,事後重症の要件を満たす程度の障害の状態に該当するまで相当期間の経過をたどることがあり得ることか 「初診日」において被保険者であることを支給要件と定めているところ,疾病によっては,診療を受けてから,事後重症の要件を満たす程度の障害の状態に該当するまで相当期間の経過をたどることがあり得ることからすれば,障害の状態に該当した時点において客観性の高い資料等の保存期間等が経過していることも十分想定されるところである。また,事案によっては,震災被害等のために,被保険者が認定資料を保存し得ない場合があり得るところ,そのような場合において,客観性の高い資料等がないとの理由で支給要件の認定が否定されるとすることは同法の目的に反するものというべきである。加えて,前記法令の定め(2)のとおり,同法33条,101条の委任を受けて定められた厚生年金保険法施行規則44条2項6号も,裁定請求にあたって,初診日を明らかにすることができる書類の添付を求めるのみであって,その種類等については特段の限定をしていない。 以上によれば,厚生年金保険法47条の2第1項にいう「初診日」の認定に当たっては,できるだけ客観性の高い資料によることが望ましいものの,それがない場合には,その提出がない理由や初診日に関する申請者の供述内容,疾病についての受診の経過,疾病の性質などを総合的に判断して,個別的に認定すべきものであると解するのが相当であって,請求者本人や第三者の記憶に基づく陳述書のような資料であっても直ちにこれを認定資料から排斥すべきではない。 そこで,そのような観点から,原告の網膜色素変性症の初診日について検討する。 3 原告の網膜色素変性症の初診日は昭和62年1月であるといえるか。 (1) 認定事実証拠(甲1,6,19,20,乙2,3)によれば,前記前提事実のほかに,次の事実が認められる。 ア原告は,平成11年6月頃,B病院において あるといえるか。 (1) 認定事実証拠(甲1,6,19,20,乙2,3)によれば,前記前提事実のほかに,次の事実が認められる。 ア原告は,平成11年6月頃,B病院において,白内障の手術を受け,その後も, 同病院で引き続き治療を行っていたが,平成15年5月頃,原告の自宅付近のC眼科での診療を希望するようになり,同年10月11日からは,自宅付近のC眼科を受診して,同眼科において,両眼の網膜色素変性症の治療を受けるようになった。 イ C眼科のE医師は,平成16年8月24日,原告が網膜色素変性症に罹患している旨の身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)を作成し,その際,原告について,昭和50年頃より夜盲,視力低下,視野狭窄があったとして,疾病発生年月日を,昭和50年頃と記載した。 ウ E医師は,平成16年12月3日,原告が網膜色素変性症に罹患している旨の身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)を作成し,その際,原告について,平成9年頃より視野狭窄があったとして,疾病発生年月日を,平成9年頃と記載した。 エ E医師は,平成21年6月29日,原告が網膜色素変性症に罹患している旨の身体障害者診断書・意見書(視覚障害用)を作成し,その際,疾病発生年月日を,平成11年頃と記載した。 オ E医師は,平成21年9月18日,原告が網膜色素変性症に罹患している旨の国民年金・厚生年金保険・船員保険診断書(眼の障害用)を作成し,その際,網膜色素変性症の進行により,右眼失明し,平成15年10月にB病院からの紹介で,継続治療したとして,初診年月日を同月11日と記載したが,網膜色素変性症により初めて医師の診療を受けた日は空欄とした。 カ F眼科のK医師は,平成21年10月31日,原告が網膜色素変性症等で受診したことがあり,原告の網 診年月日を同月11日と記載したが,網膜色素変性症により初めて医師の診療を受けた日は空欄とした。 カ F眼科のK医師は,平成21年10月31日,原告が網膜色素変性症等で受診したことがあり,原告の網膜色素変性症の初診年月日は,同月30日の本人申立てに基づき,昭和62年1月頃であるとする受診状況等証明書を作成した。 キ E医師は,平成21年11月11日,上記オの同年9月18日付け診断書に,原告が網膜色素変性症のため初めて医師の診療を受けた日を昭和62年1月頃(本人申立)と追記した。 ク原告は,平成21年11月19日,傷病名を「網膜色素変性症」,傷病の発生した日を「昭和62年1月頃」,初診日を「昭和62年1月頃」として,事後重症の障害厚生年金の裁定請求をした。 (2) 検討ア原告は,昭和62年1月にF眼科において網膜色素変性症と初めて診断されたと主張するところ,F眼科における昭和62年1月頃の原告に関する診療録や当時の受診を裏付ける診察券などは提出されておらず,原告が網膜色素変性症で受診し初診日は同月頃である旨の同眼科のK医師作成の平成21年10月31日付け受診状況等説明書があるが,その記載内容は,同月30日の原告本人の申立てに基づくものである(前記認定事実カ)。むしろ,前記認定事実アないしオ,キのとおり,平成15年10月頃以降,同疾病の治療にあたっているC眼科のE医師作成の書面には,昭和62年1月頃に初めて原告が同疾病であると診断された旨の記載は,平成21年11月頃の本人申立てに係るものを除き,見当たらないことからすれば,原告の初診日が昭和62年1月であることを裏付ける客観性の高い資料は本件では見当たらないものといわざるを得ない。 しかしながら,診療録の保存期間は5年とされていること(医師法24条 すれば,原告の初診日が昭和62年1月であることを裏付ける客観性の高い資料は本件では見当たらないものといわざるを得ない。 しかしながら,診療録の保存期間は5年とされていること(医師法24条2項)からすると,F眼科における昭和62年1月当時の診療録の提出がないことはやむを得ないと考えられるし,平成7年の阪神淡路大震災当時原告が居住していた宝塚市L町の被災状況は,全壊率13.5%,半壊率38.6%,一部損壊率15.7%であり(甲15),同震災によって自宅が半壊し,屋根瓦や外壁も全て落ち,家の中は家具等もめちゃくちゃに壊れたことから,ガラスやかけら等家の中に散乱したものをスコップで拾い集めて処分するなどしたため,食器棚の引き出しに入れてあったF眼科の診察券も所持していないとの原告本人の供述も十分首肯し得るものといえる。加えて,原告は,網膜色素変性症が遺伝性の疾患であるということで,子らに不安を与えたくない等の思いから,家族には同疾病の診断を受けたことを秘密にしていた上,F眼科が上記震災でつぶれたと聞いたため, 証明ができない診断日は言ってはいけないと考え,その後医師から聞かれた際も昭和62年1月に同疾病の診断を受けたことは言わなかったと供述する(原告本人)ところ,網膜色素変性症が網膜色素上皮の先天的素因による変性で視細胞が変性し,視野狭窄,視力低下,夜盲を訴える疾病であり,視野狭窄は徐々に進行し,最終的には失明に至るものであって,良い治療法はないとされており(前記前提事実(2)),原告も,F眼科で同疾病との診断を受けた際,G医師から,同疾病は視野がだんだん狭くなり,最終的には針の糸を通す穴くらいになる大変な病気であって,手術もできないし,治療の方法もないと言われたというのであるから(原告本人),原告が家族には知らせたくな ら,同疾病は視野がだんだん狭くなり,最終的には針の糸を通す穴くらいになる大変な病気であって,手術もできないし,治療の方法もないと言われたというのであるから(原告本人),原告が家族には知らせたくないと考えたという点は自然であり,また,初診日の証明ができない日については敢えて言わず,平成11年に白内障の手術をした日を発症年月日として答えていた旨の原告の供述も不自然とまでいうことはできない。 そうすると,原告の初診日が昭和62年1月であることを裏付ける客観性の高い資料の提出がないとしても,その点については,合理的な理由があるというべきである。 イ原告は,昭和62年1月初め頃に年明けのバーゲンのため百貨店を訪れた際,見え方がいつもと異なり薄暗い感じがしたため,次の仕事の休みの日である同月半ば頃に,F眼科を受診し,同眼科のG医師から,網膜色素変性症であるとの診断を受け,その際,治療法はなく,将来失明に至るとの説明を受けて非常にショックを受けた旨,また,同日は,知人のHと会った際,目が見えにくくておかしいので眼科に行く旨を話し,近所に住む知人のIとは一緒にF眼科に行った旨,その数日後,Hから誘われて一緒にJ寺の大祭に行き,原告の眼の病気の話をしたが,その際には自然に涙がこぼれ,Hから背中を優しく叩かれた旨,Iにも原告の眼の病気の話をした旨それぞれ供述する(甲5,19,原告本人)ところ,これら供述内容は具体的であり,特に不自然な点もみられない。 また,原告が再審査請求の際に提出したHの陳述書(甲6)には,昭和62年 1月15日頃に,原告はHに対し,目が見えにくく,おかしいのでF眼科に行く旨を話したこと,その数日後,Hは,原告の様子が心配になり,原告を誘ってJ寺の厄除け大祭にお参りをしたこと,その際,原告か 1月15日頃に,原告はHに対し,目が見えにくく,おかしいのでF眼科に行く旨を話したこと,その数日後,Hは,原告の様子が心配になり,原告を誘ってJ寺の厄除け大祭にお参りをしたこと,その際,原告から,視野が狭くなり見えにくくなる網膜の病気だったことや,治療方法もなく,手術もできないことを聞き,涙を流す原告の背中をポンポンと叩いたことなどが記載されており,これら記載内容は,上記原告の供述内容にも沿うものである。そして,J寺の厄除け大祭は毎年1月18日及び19日に行われること(甲16)や,Hは,上記陳述書(甲6)において,上記の出来事は,同人がQ組に就職してR競馬場に勤めることになった年だったので,よく覚えている旨記載していることに照らせば,Hが原告と共にJ寺にお参りに行ったのは,昭和62年1月の18日か19日のことであり,原告がF眼科を受診し,網膜色素変性症との診断を受けたのは,その数日前のことであったものと推認できる。 さらに,原告が再審査請求の際に提出したIの陳述書(甲7)にも,Iは,昭和62年の正月明けの1月15日頃に原告と会い,原告がF眼科に行くのに同行したこと,後日,原告がIに対し,上記診断結果は,網膜の病気で視野が年齢と共に狭くなる病気であると泣きながら話したことが記載されており,これら内容も,上記原告の供述内容に沿うものといえる。そして,上記Iの陳述書(甲7)では,上記の出来事があったのは,同人の姉が死亡した昭和62年のことでよく覚えている旨記載されており,かかるIの陳述書からも,原告が同年1月にF眼科を受診して,網膜色素変性症との診断を受けたことが推認される(なお,H及びIは,本件訴訟において証言をしていないが,上記各陳述書の記載内容が具体性に富むものであることに加えて,Hについては体調がよくなく,Iからは, 色素変性症との診断を受けたことが推認される(なお,H及びIは,本件訴訟において証言をしていないが,上記各陳述書の記載内容が具体性に富むものであることに加えて,Hについては体調がよくなく,Iからは,年齢や人前で話すのが苦手等との理由で固辞された旨の原告本人の供述(原告本人)をも勘案すると,上記各陳述書の信用性が否定されるものではない。)。 このほか,昭和62年1月当時,F眼科で診療にあたっていたG医師は,診断時期の記憶はないが,原告姓の女性を網膜色素変性症と診断したというのであり (甲8),また,F眼科周辺の宝塚市における原告姓の者は皆原告の夫の親戚関係者であるところ,原告の夫の親戚関係者に,少なくとも,網膜色素変性症の患者はいないこと(甲13,弁論の全趣旨)からすれば,F眼科で網膜色素変性症との診断を受けた女性は原告である可能性が極めて高いというべきであり(なお,原告は,平成21年頃,F眼科が場所を変えて存在していたことを知って,同眼科を訪れた際,G医師と会うことができ,同医師は原告と話すうちに原告のことを思い出した旨供述している(甲19,原告本人)。),その限度で,原告の供述は医師の記憶によっても裏付けられているというべきである。 そして,原告は,F眼科で網膜色素変性症との診断を受けたことによるショックやストレスから体調を崩し,2,3か月後には勤務先を辞めたと供述する(原告本人)ところ,同供述は,原告が昭和62年4月21日付けで,当時の勤務先であるA食品株式会社を退職した事実(前記前提事実(1)ア)とも合致しており,信用できる。 また,前記前提事実(2)によれば,網膜色素変性症は,徐々に視野狭窄の症状が進行するものであるところ,原告は,それまで近眼の治療が中心だったのが昭和62年1月に百貨店 り,信用できる。 また,前記前提事実(2)によれば,網膜色素変性症は,徐々に視野狭窄の症状が進行するものであるところ,原告は,それまで近眼の治療が中心だったのが昭和62年1月に百貨店で薄暗い見え方がするようになって,F眼科を受診したと供述していること(原告本人)からすれば,視野狭窄が進んだため,同月,F眼科を受診し,検査をしたところ,網膜色素変性症が判明したと認めるのが自然であって,同疾病につき初めて診断を受けることとなる経緯は十分具体的で信用できる。 ウ以上によれば,原告の網膜色素変性症における初診日は,原告が厚生年金保険の被保険者であった(前記前提事実(1)ア)昭和62年1月中旬頃であったと認めるのが相当である。 4 納付要件について前記前提事実(1)によれば,原告について,初診日が属する月である昭和62年1月の前々月までの1年間に保険料の滞納期間はなく,原告の網膜色素変性症に基づ く事後重症の請求は,納付要件を満たすものと認められる。 5 障害等級等について前記前提事実(4)によれば,原告は,平成21年9月18日現在の視力が,右目が失明,左目が裸眼で0.02であり,前記法令の定め(1)エによれば,同日時点における原告の上記視力の状態は,障害等級1級に該当すると認められる。 そして,原告の生年月日は前記前提事実(3)アのとおりであるから,原告が上記障害の状態に至ったのは,原告が65歳に達する前であることが明らかである。 6 以上によれば,原告の網膜色素変性症の初診日が昭和62年1月頃であることを確認できないとしてした本件却下処分(前記前提事実(5)ウ)は違法というべきであり,取消しを免れない。 そうであるところ,障害等級1級の障害厚生年金を支給する旨の裁定 2年1月頃であることを確認できないとしてした本件却下処分(前記前提事実(5)ウ)は違法というべきであり,取消しを免れない。 そうであるところ,障害等級1級の障害厚生年金を支給する旨の裁定の義務付けを求める訴えは,行政事件訴訟法3条6項2号の申請型義務付けの訴えであるところ,上記のとおり,本件却下処分は取り消されるべきものであるから,本件訴えのうち上記の義務付けを求める部分は,同号の要件を満たし,適法であると認められる。そして,これまで説示したところに照らせば,原告が,事後重症による障害厚生年金の支給を求める本件裁定請求をした平成21年11月19日(前記前提事実(5)ア)において,障害等級1級に該当する程度の障害の状態にあり(上記5),初診日要件(上記3)及び納付要件(上記4)を満たすことからすれば,厚生年金保険法47条の2第1項の規定により,同日を受給権発生日とする障害等級1級の障害厚生年金を支給されるべきといえるから,行政事件訴訟法37条の3第5項の規定により,厚生労働大臣に対し,本件裁定請求の翌月である平成21年12月を支給開始月として(前記法令の定め(1)ウ)原告に障害等級1級の障害厚生年金を支給する旨の裁定をすべき旨を命ずるのが相当である。 7 結論以上のとおり,原告の請求はいずれも理由があるから,いずれも認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のと おり判決する。

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