平成28(行コ)34 業務外処分取消請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成29年2月23日 名古屋高等裁判所 名古屋地方裁判所 平成26(行ウ)33
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判決文本文13,709 文字)

平成29年2月23日判決言渡名古屋高等裁判所平成28年(行コ)第34号業務外処分取消請求控訴事件(原審・名古屋地方裁判所平成26年(行ウ)第33号)主文 1 原判決を取り消す。 2 半田労働基準監督署長が控訴人に対し平成24年10月15日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。 3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨主文同旨第2 事案の概要 1 本件は,株式会社Aに勤務していたBが死亡したことについて,Bの妻である控訴人が,半田労働基準監督署長に対し,Bの死亡はAにおける過重な業務に起因するとして,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料(以下「遺族補償給付等」という。)の支給を請求したところ,同署長から,平成24年10月15日付けで,Bの死亡は業務上の理由によるものとは認められないとして,遺族補償給付等を支給しない旨の各処分(以下「本件各不支給処分」という。)を受けたため,控訴人が,被控訴人に対し,本件各不支給処分の取消しを求める事案である。 原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人が控訴した。 2 前提事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,以下のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のと おりであるから,これを引用する。 (1) 原判決16頁15行目の「あり」の後に,「(仮に所定労働時間外の休憩時間につき,午後6時,午後8時及び午後10時にそれぞれ15分の休憩を取得していたとして時間外労働時間数を算出すると,84時間18分となる。)」を付加する。 (2) 原判決18頁17行目末尾で 休憩時間につき,午後6時,午後8時及び午後10時にそれぞれ15分の休憩を取得していたとして時間外労働時間数を算出すると,84時間18分となる。)」を付加する。 (2) 原判決18頁17行目末尾で改行して,次のとおり付加する。 「 なお,認定基準においては,基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者という平均的労働者概念を前提に,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かを判断することとされているが,その趣旨は,通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患の存在を前提として業務上の負荷が継続的に加えられたとしても当該脳・心臓疾患が発症するとはいえない程度の負荷であった場合には業務起因性を否定し,他方,それが発症し得る程度の負荷であった場合には業務起因性を肯定するという考え方に基づくものである。日常業務を支障なく遂行できる者が脳・心臓疾患を発症したとしても,強い業務上の負荷が加えられることで平均的労働者において初めて脳・心臓疾患を発症する場合と,平均的労働者は保有していない基礎疾患が業務上の負荷と合わさって初めて脳・心臓疾患が発症する場合(強い業務上の負荷はなく,中程度の業務上の負荷が加えられることでも脳・心臓疾患が発症する場合等)の2類型があり,前者の業務起因性は肯定されるが,後者の業務起因性は否定されることになる。」第3 当裁判所の判断 1 認定事実及びBの時間外労働時間数の認定に関する補足説明については,以下のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第3の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決22頁6行目冒頭から17行目末尾までを削除する。 (2) 原判決23頁13行目冒頭から21行目末尾までを,次のとおり改める。 「 発症前6か月間におけるBの労働時間 。 (1) 原判決22頁6行目冒頭から17行目末尾までを削除する。 (2) 原判決23頁13行目冒頭から21行目末尾までを,次のとおり改める。 「 発症前6か月間におけるBの労働時間につき,控訴人は原判決添付別紙2「労働時間集計表(原告)」のとおりであると主張し,被控訴人は原判決添付別紙3「労働時間集計表(被告)」のとおりであると主張するところ,後記2の補足説明のとおり,少なくとも同別紙3記載の時間外労働時間数が認められるほか,①同別紙3に記載された休憩時間数につき,時間外労働の時間帯において実際には休憩を取得していないにもかかわらず休憩時間として加算されているものがあること,②終業時刻はタイムカード打刻時を基に認定されているが,タイムカード打刻後も時間外労働をしていた時間が存すること,③平成23年9月22日に愛知工場の業務に従事した時間が存する可能性があることが認められ,これらの加算すべき時間を詳細に認定することはできないものの,同別紙3の時間外労働時間数を評価する際には,更に加算すべき時間外労働時間が存することを考慮すべきである。 同別紙3によれば,発症前1週間におけるBの総労働時間数は59時間56分,時間外労働時間数は19時間56分であり,また,発症前6か月間におけるBの総労働時間数,時間外労働時間数及び月平均時間外労働時間数(当該月から本件疾病発症までの時間外労働時間の月平均)は以下のとおりであるが,これに上記のとおり,加算すべき時間外労働時間が存することを考慮すべきである。」(3) 原判決28頁24行目の「うつ病にり患しており」から25行目末尾までを,「Bは,うつ病患者に特有の早期覚醒の症状があり,長時間の労働により就寝時間が遅くなると早期覚醒により健康な人に比べ睡眠時間が不足する傾向があるから,Bに 病にり患しており」から25行目末尾までを,「Bは,うつ病患者に特有の早期覚醒の症状があり,長時間の労働により就寝時間が遅くなると早期覚醒により健康な人に比べ睡眠時間が不足する傾向があるから,Bにとって,発症前1か月間の業務は過重であったと考える。」と訂正する。 (4) 原判決29頁14行目末尾で改行して,次のとおり付加する。 「(9) 専門検討会報告書で示された長時間労働が脳・心臓疾患に与える影響(乙8・95頁)ア長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす理由は,①睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生ずること,②生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること,③長時間に及ぶ労働では,疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ,これが直接的なストレス負荷要因となること,④就労態様による負荷要因(物理・化学的有害因子を含む。)に対するばく露時間が長くなることなどが考えられる。 イこのうちでも,疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっていると考えられる。一般に,睡眠不足の健康への影響は,循環器や交感神経系の反応性を高め,脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めると考えられており,1日3~4時間の睡眠は翌日の血圧と心拍数の有意の上昇を,また,これよりやや長い1日4~5時間の睡眠はカテコラミンの分泌低下による最大運動能力の低下をもたらす。 ウ一方,脳・心臓疾患のり患率などとの関係では,睡眠時間が6時間未満では狭心症や心筋梗塞の有病率が高い,睡眠時間が5時間以下では脳・心臓疾患の発症率が高い,睡眠時間が4時間以下の人の冠〔状〕動脈性心疾患による死亡率は7~7.9時間睡眠の人と比較すると2.08倍であるなど,長期間にわたる1日4~6時間以下の睡眠不足状態で は脳・心臓疾患の発症率が高い,睡眠時間が4時間以下の人の冠〔状〕動脈性心疾患による死亡率は7~7.9時間睡眠の人と比較すると2.08倍であるなど,長期間にわたる1日4~6時間以下の睡眠不足状態では,睡眠不足が脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めるとする報告がある。 (10) 専門検討会報告書で示された業務の過重性の評価期間(乙8・ 106,107頁)過去の多くの調査・研究では,異常な出来事については,発症直前ないし前日を中心に把握・評価し,短期間の過重負荷については,発症前概ね1週間を中心に把握・評価を行ってきた。 しかしながら,現在においては,発症前1週間以内の過重負荷による脳・心臓疾患の発症のほかに,業務による著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合,疲労の蓄積を背景として,血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症することがあり得ると考えられるようになっており,この点についての研究報告を吟味し総合的に判断すると,1~6か月の就労状況を調査すれば発症と関連する疲労の蓄積が判断され得る。 (11) 専門検討会報告書で示された過重負荷となる時間外労働時間(乙8・96頁)ア業務の過重性の評価につき,長時間労働に着目してみた場合,現在までの研究によって示されている1日4~6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討することが妥当と考える。 イ 1日6時間程度の睡眠が確保できない状態とは,日本人の1日の平均的な生活時間を調査した総務庁の社会生活基本調査と(財)日本放送協会の国民生活時間調査によると,労働者の場合,1日の労働時間8時間を超え,4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,これが1か月継続した状態は,概ね80時間を超える時間外労働が想定される。 ウ の国民生活時間調査によると,労働者の場合,1日の労働時間8時間を超え,4時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,これが1か月継続した状態は,概ね80時間を超える時間外労働が想定される。 ウ 1日5時間以下の睡眠は,脳・心臓疾患の発症との関連において,全ての報告において有意性があるとしている。そこで,1日5時間程度の睡眠が確保できない状態は,同調査によると,労働 者の場合,1日の労働時間8時間を超え,5時間程度の時間外労働を行った場合に相当し,これが1か月継続した状態は,概ね100時間を超える時間外労働が想定される。」(5) 原判決31頁25行目冒頭から34頁6行目末尾までを,次のとおり改める。 「(3) 時間外労働における休憩時間ア愛知工場において,時間外労働の際の休憩時間は,前記前提事実(4)アの就業規則の定めと異なり,午後6時,午後8時及び午後10時に各15分ずつ取得することとされているところ,Bの勤怠管理カードの休憩時間欄には空欄か0.5のみが記載されている。 そして,被控訴人は,勤怠管理カードの休憩時間欄の記載をもって,原判決添付別紙3のとおり休憩時間数(午後6時,午後8時及び午後10時に各15分ずつ取得していたとして算出した休憩時間数より短い。)を認定すべきである旨主張する。 イこの点について,Cは,Bも,休憩開始時刻後間もなく当日の作業が終了することが見込まれる場合等には休憩を取得せず引き続き業務に従事することがあったものの,試作部門応援作業等の時間外労働に従事した際には,各休憩開始時刻に他の従業員と共に喫煙所に赴き,喫煙,談笑するなどして15分間の休憩を取得することが多かったと供述する(乙18,原審証人C・8,9,32頁)。 一方,Dは,時間外労働の際,従業員が15分間の休憩を取得し と共に喫煙所に赴き,喫煙,談笑するなどして15分間の休憩を取得することが多かったと供述する(乙18,原審証人C・8,9,32頁)。 一方,Dは,時間外労働の際,従業員が15分間の休憩を取得した場合であっても,労働時間として申告することを認めている旨の供述をする一方(証人D・17頁,27頁),午後8時を過ぎた場合には,実態に関係なく,30分の休憩時間を勤怠管理カ ードに記載していたかもしれないと供述する(原審証人D・20,21頁)。 ウ上記のとおり,愛知工場においては,15分単位で休憩時間を取得するとされていたにもかかわらず,勤怠管理カードには30分単位で休憩時間が記入されていたものであり,そのこと自体,勤怠管理カードの記載が実態を正しく反映していたか否かについて多大な疑問を抱かせるものである。 しかも,Bは,平日の勤務があるときも,昼休みや午後の休憩時間にブログの更新等をしており,平成23年8月28日から同年9月26日までの期間中,昼休み前後にブログ等の更新をしている日が13日,午後の時間にブログ等の更新をしている日が6日あるが,午後6時から時間外労働が終わるまでの間にブログ等の更新は全く行われていない(乙112)。こうした事実は,従業員が各自の携帯電話をロッカーに預ける必要があったこと(原審証人C・26頁,原審証人D・15頁)や,同時間帯の休憩時間が15分単位であったことを考慮しても,時間外労働の間に15分単位の休憩を十分に取ることができなかった可能性を示唆するものである。 Bの勤怠管理カード上,終業時刻が午後8時を超える場合であっても休憩時間欄が空欄となっている日が存在する事実も認められるが(甲A5の1~6,乙29),そうした事情を考慮しても,午後8時を過ぎた場合に,休憩していないにもかかわらず,勤怠 を超える場合であっても休憩時間欄が空欄となっている日が存在する事実も認められるが(甲A5の1~6,乙29),そうした事情を考慮しても,午後8時を過ぎた場合に,休憩していないにもかかわらず,勤怠管理カードに0.5と記載したケースが一定程度存在した可能性は否定できない。 したがって,原判決添付別紙3記載の休憩時間数の中には,実際には休憩していないにもかかわらず休憩時間として計上されて いる部分が一定程度存するものと認められる。」(6) 原判決35頁3行目冒頭から17行目末尾までを,次のとおり改める。 「ウもっとも,上記C供述は,Bが,Cと別れた後,再びE棟2階に赴き,事務作業に従事した可能性を否定するものではない。 前記1(2)オのとおり,Bは,自身の勤怠管理カードの記入のほか,防振ベッド組立部門のリーダーとして,週報,チェックシート,請求明細書及び生産指示書の作成業務を行っていたところ,発症前1か月間のBとCのタイムカードの打刻時刻を見ると,8月28日,9月4日,同月5日及び同月7日を除き,退勤時の打刻時刻はほぼ同じである(乙93)。 Cは,勤怠管理カードへの記入はごく短時間で終わるものであり,週報の作成については,Bは,作業終了時に行うこともあれば,記載内容を自身のメモ帳に書き留めておき,後日,1週間分の週報作成作業をまとめて行うこともあり,また,Bは,上記事務作業を防振ベッド組立作業の空き時間を利用して行うこともあった(原審証人C・9~11頁)と供述するものの,防振ベッドの組立作業は,各工程ごとに基本作業時間が分単位で定められているから(乙17),その空き時間にリーダーとしての上記書面作成業務を行うことができたのか疑問が残る。 そして,控訴人本人も,Bから30分ないし40分程度サービス残業をしていると聞 位で定められているから(乙17),その空き時間にリーダーとしての上記書面作成業務を行うことができたのか疑問が残る。 そして,控訴人本人も,Bから30分ないし40分程度サービス残業をしていると聞いたことがあることや,Bのタイムカードの退勤時刻を見ると通勤時間を引いても帰宅時刻との間に差があると述べていること(原審控訴人本人・10頁)を併せ考慮すると,Bは,退勤時にタイムカードを打刻した後も,30分程度のサービス残業を行った日が複数回あったものと認めるのが相当である。」 (7) 原判決35頁18行目冒頭から36頁13行目末尾までを,次のとおり改める。 「(5) 平成23年9月22日Bが,同月21日,友人のEに対し,「明日は午前中仕事で,Fに寄ってゴム取ってきます。また品番連絡しますね」との電子メールを送信しており(甲A15の1,A54),Bの自家用車のカーナビゲーションシステム上,同月22日「F南営業所」との履歴が存在する(甲A20)。また,Bが,同月22日,控訴人に対して「今日は部品の搬入だけだ」と言って,普段の出勤時の服装(作業服)ではなく私服で出掛けた事実も認められる(原審控訴人本人・10,11頁)。 しかしながら,Bの同日のタイムカード及び勤怠管理カードには出退勤の記録がないこと(乙28,29),Fの売上納品請求書及び納品リスト上,同日,Fから愛知工場に納入された部品は見当たらないこと(乙68~71),防振ベッド組立部門において,Fに発注した部品の受取はG従業員が行う仕組みになっていること(証人C・12頁,同D・8頁),Bは,後日,Eに対してゴム(ゴム製の両面テープ)を届けていること(甲A54)などの事実が認められるから,Bが同日F南営業所を訪れて入手したゴム製の両面テープが,Eに届けるためのものであっ 8頁),Bは,後日,Eに対してゴム(ゴム製の両面テープ)を届けていること(甲A54)などの事実が認められるから,Bが同日F南営業所を訪れて入手したゴム製の両面テープが,Eに届けるためのものであった可能性は否定できない。 そうすると,Bの平成23年9月22日の行動については,Eに届けるゴム製の両面テープを入手するための行動と,愛知工場の業務に関わる行動とが併存している可能性があるが,業務に従事した時間が存する可能性は否定できない。」 2 争点に対する判断(1) 業務起因性に関する法的判断の枠組みについて ア労災保険法及び労働基準法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等に関して行われる(労災保険法7条1項1号)ところ,労災保険制度は,使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には,使用者の過失の有無を問わずに労働者の損失を填補する,いわゆる危険責任の法理に基づく制度であることを踏まえると,労働者が「業務上」の疾病にかかった場合とは,労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい,そのような場合に当たるというためには,業務と疾病との間に相当因果関係が認められなければならないと解すべきであり(最高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照),業務と疾病との間の相当因果関係の有無は,その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁判所平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁)。 イまた,上記危険責任の法理に照らすと,業務の危険性は客観的に 8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁)。 イまた,上記危険責任の法理に照らすと,業務の危険性は客観的に評価すべきであるから,当該業務に内在する危険が現実化したものと評価しうるか否かは,当該労働者と同種の平均的労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者(以下「平均的労働者」という。)を基準とすべきである。 ウところで,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が,様々な要因により長い年月の間に徐々に形成され,進行,増悪する経過を経て発症に至るものであり,本来,業務に特有の疾病で はない(乙8・131頁)。しかし,上記発症に至る過程において,労働者が従事した業務の負荷が過重であったため,発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,その結果,脳・心臓疾患が発症した場合には,業務に内在する危険が現実化して脳・心臓疾患が発症したものとして相当因果関係を認めるのが相当である(上記最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決,最高裁判所平成9年4月25日第三小法廷判決・裁判集民事183号293頁,最高裁判所平成12年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁参照)。 (2) 本件における業務起因性ア Bの死因前記前提事実(6)のとおり,検視の結果,Bの直接死因は虚血性心疾患の疑いと判断されており,前記1(8)アのとおり,専門部会意見書において,Bの疾患名は致死性不整脈による心停止である旨記載されていることに照らすと,Bが発症した疾病(本件疾病)は,認定基準におけ 患の疑いと判断されており,前記1(8)アのとおり,専門部会意見書において,Bの疾患名は致死性不整脈による心停止である旨記載されていることに照らすと,Bが発症した疾病(本件疾病)は,認定基準における対象疾病である虚血性心疾患等のうち「心停止(心臓性突然死を含む。)」とみるのが相当である。 イ Bの心臓疾患の既往歴前記(1)ウのとおり,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が,様々な要因により長い年月の間に徐々に形成され,進行,増悪する経過を経て発症に至るものであるところ,Bには,前記1(5)ア及び(8)アのとおり,心電図検査上ブルガダ症候群の所見が認められる。 この点,ブルガダ症候群は,心電図の異常,それに伴う心室細動,突然死が問題となる疾患であるが(乙83),ブルガダ症候群であることから直ちに突然死に結びつくものではなく(甲B9,B 10),専門部会意見書において,Bには特にハイリスク要因がなく,心電図所見もタイプ2であることから,突然死のリスクが高いとはいえないとの意見が示されており(前記1(8)ア),ブルガダ症候群は運動負荷や重労働が病態を悪化させるという報告はなく,その原因は不明である(乙8,83)ものの,睡眠不足やストレスによって自律神経のバランスを不安定にさせることの方が同症候群に影響する可能性が指摘されているにとどまる(乙83)。 そうすると,ブルガダ症候群は,そのタイプや症状の程度によっては突然死に結びつく可能性がないとはいえないとしても,Bの心電図検査が示すブルガダ症候群については,その自然的経過により突然死等を発症するような身体的病変であったとは認められないし,Bにおいて,ブルガダ症候群の所見があることで通常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容)を遂行できなかったという事実も認め により突然死等を発症するような身体的病変であったとは認められないし,Bにおいて,ブルガダ症候群の所見があることで通常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容)を遂行できなかったという事実も認められない。 ウ Bの時間外労働の影響前記1(9),(11)のとおり,長時間労働が脳・心臓疾患に影響を及ぼす要因として,睡眠時間の減少が最も深く関わっており,睡眠時間が6時間未満になると脳・心臓疾患に対する影響が出るようになり,睡眠時間が5時間以下になると,全ての報告において脳・心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められている。甲A38(岩崎健二著「長時間労働と健康問題」日本労働研究雑誌№575)においても,長時間労働は,仕事負荷を増加させるとともに疲労回復時間を減少させ,脳・心臓疾患のリスクを2~3倍に増加させるものであって,そのようなリスクを増加させる長時間労働は1か月の時間外労働時間に換算すると60~80時間となるとの知見が述べられている。 そして,前記1(10),(11)のとおり,発症と関連する疲労の蓄積は,発症前1~6か月の就労状況を調査する必要があり,総務庁や(財)日本放送協会による生活時間の調査結果を基にすると,1日6時間程度の睡眠が確保できない状態とは概ね80時間を超える時間外労働が想定され,1日5時間程度の睡眠が確保できない状態とは概ね100時間を超える時間外労働が想定されている。 Bの発症前6か月の就労状況を見ると,発症前1か月は時間外労働時間数が少なくとも85時間48分以上であり,発症前2から6か月の時間外労働時間数は6分から62時間33分とばらつきがあるものの,発症前2か月の時間外労働時間数が5時間38分であって過重とはいえない程度のものであったことからすると,Bの死亡と長時間労働との相当因果 外労働時間数は6分から62時間33分とばらつきがあるものの,発症前2か月の時間外労働時間数が5時間38分であって過重とはいえない程度のものであったことからすると,Bの死亡と長時間労働との相当因果関係の有無を判断する上では,発症前1か月の時間外労働時間が最も考慮すべき要因であるといえる(Bが,発症直前に,特に強度の精神的負荷を引き起こすような異常な事態や,急激で著しい作業環境の変化等の異常な出来事に遭遇したとの事情は見当たらない。)。 Bは,前記1(3)のとおり,発症前1か月間の時間外労働時間は少なくとも85時間48分であり,この時間外労働時間数だけでも,脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷であるということができる。これに加えて,時間外労働の時間帯において休憩時間が確保できていなかった時間があること,終業時刻後に時間外労働をしていた時間が存すること,平成23年9月22日に愛知工場の業務に従事した時間が存する可能性があることを考慮すると,更に過重性の程度が大きかったことになる。 しかも,Bにおいては,上記の時間外労働による負荷にうつ病による早期覚醒の症状が加わって,更に睡眠時間が減少したものと認 められるから,Bは,発症前1か月間,睡眠時間が1日5時間程度の睡眠が確保できない状態,すなわち,全ての報告においても脳・心臓疾患の発症との関連につき有意性が認められる状態であったことは明らかである。Bが,この時期に寝ても目が覚めてしまい十分な睡眠が取れていなかったことや,疲労困憊していた状況であったことは,控訴人,Bの父及びその友人が述べるところからも明らかに認められる(甲A1の1・2,A8,9,19,26,54,原審控訴人本人)。すなわち,Bは,発症前1か月間において,うつ病にり患していない労働者が100 の父及びその友人が述べるところからも明らかに認められる(甲A1の1・2,A8,9,19,26,54,原審控訴人本人)。すなわち,Bは,発症前1か月間において,うつ病にり患していない労働者が100時間を超える時間外労働をしたのに匹敵する過重な労働負荷を受けたものと認められる。 そうすると,Bは,過重な時間外労働を余儀なくされ,それにうつ病による早期覚醒の症状が加わって更に睡眠時間が1日5時間に達しない程度にまで減少したことにより,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,その結果心停止に至ったものと認められるところ,上記のとおりその時間外労働の時間数のみを捉えても脳・心臓疾患に対する影響が発現する程度の過重な労働負荷であったことからすれば,Bが心停止に至ったことについては,過重な時間外労働が主要な要因であったものというべきであり,上記の時間外労働と心停止との間に相当因果関係を認めることができる。 エなお,Bの死亡についてうつ病患者に特有の早朝覚醒の症状が起因しているとしても,前記1(5)イのとおり,Bは,平成19年1月5日にHクリニックを受診してうつ病等と診断され,その後も通院していたが,うつ病にり患していたことで通常業務を遂行できなかったという事実は認められないのであって,そうした事情をもって,相当因果関係が否定されるものではない。 この点,被控訴人は,通常の労働者が平均的に保有している基礎 疾患とそれ以外の基礎疾患とを区別して考えることを前提とした主張をする。また,I病院病院長のJ医師は,過重業務に関する評価の基準となる労働者について「基礎疾患を有するものの,日常業務を支障なく遂行できる労働者」としているのは,心疾患に関していえば,当該発症以前から心臓に存する器質的疾患(僧帽弁膜症,心筋症,冠動脈疾患等) となる労働者について「基礎疾患を有するものの,日常業務を支障なく遂行できる労働者」としているのは,心疾患に関していえば,当該発症以前から心臓に存する器質的疾患(僧帽弁膜症,心筋症,冠動脈疾患等)を指すと捉えるのが医療従事者や専門医の常識的な理解であり,睡眠障害,睡眠不足が生じており,その原因が何らかの精神疾患であったとしても,それを心疾患の「基礎疾患」と捉えるべきではないとの意見を述べる(乙115)。 しかしながら,医学的な意味における心疾患の基礎疾患に限らず,何らかの基礎疾患を有しながら日常業務を何ら支障なく就労している労働者は多数存するのであって,これらの労働者が頑健な労働者が発症するに至る負荷ほどではない業務上の負荷を受けて脳・心臓疾患を発症した場合に,労災補償の対象とならないとすることは,労災保険制度の基礎となる危険責任の法理に反し,労働者保護に欠けることになるのであって,このことは,専門検討会報告書においても指摘されている(乙8・88頁)。 したがって,上記のとおり,Bが過重な時間外労働の負荷が主要な要因となって心停止に至ったものである以上,その余の要因が,通常の労働者が平均的に保有している基礎疾患か,あるいは医学的意味での心疾患の基礎疾患に含まれるものかといった事柄は,相当因果関係の有無の判断に影響するものではないというべきである。 オ被控訴人は,Bの早朝覚醒の原因は,投薬量が十分でなかったことによるものであるとも主張するが,Bへの投薬は,主治医であるK医師が,Bの病状及び生活状況を踏まえて決定していたもので,明らかに不適切な処方であったとまでは認められず,その治療経過 を業務以外の要因として考慮することも相当ではない。 また,被控訴人は,Bが,深夜までパソコンないしスマートフォンを使用してブログ等 不適切な処方であったとまでは認められず,その治療経過 を業務以外の要因として考慮することも相当ではない。 また,被控訴人は,Bが,深夜までパソコンないしスマートフォンを使用してブログ等の掲載を行っていたことや,ほぼ毎日飲酒をし就寝前の時間帯にも飲酒していたことなどが,十分な睡眠を妨げ,早期覚醒など睡眠に関する問題を引き起こしていた可能性も十分に考えられると主張するが,これらもまた平均的労働者が日常生活において行っている範囲内の事柄であり,Bがパソコン等の電子機器の画面を見ることや飲酒することが入眠を妨げたり睡眠の質的悪化を招くことがあり得ることを考慮しても(乙113,114),Bの時間外労働の時間数や早期覚醒の症状からすれば,相当因果関係の有無の判断を左右するまでの事情とは認められない。 カ被控訴人は,認定基準が十分な合理性を有することを前提に,労働者が脳・心臓疾患を発症した場合に業務起因性を認めるためには,認定基準が示す基準(異常な出来事に遭遇,短期間の過重業務,長期間の過重業務のいずれか)を満たす必要があると主張する。 しかしながら,認定基準において,例えば,発症前1か月間の時間外労働時間として概ね100時間を超えることを基準に掲げているのも,前記1(11)のとおり,睡眠時間が1日6時間未満であっても狭心症や心筋梗塞の有病率が高いという知見がある中で,1日5時間以下の睡眠時間の場合には,全ての報告において脳・心臓疾患の発症との関連において有意性があるとされていたことから,その睡眠時間に対応する100時間の時間外労働を採用したものである。すなわち,この基準は,就労態様による負荷要因や疲労の蓄積をもたらす長時間労働のおおまかで,かつこれを満たせば確実に労災と認定し得る目安を示すことによって,業務の過重性の評価が 採用したものである。すなわち,この基準は,就労態様による負荷要因や疲労の蓄積をもたらす長時間労働のおおまかで,かつこれを満たせば確実に労災と認定し得る目安を示すことによって,業務の過重性の評価が迅 速,適正に行えるように配慮して設定されたものであると評価すべきである(乙8・96,109,132頁)。 既に述べたとおり,業務起因性の有無は,業務と疾病との間に相当因果関係が認められるか否かによって判断される事柄であるところ,一般に認定基準は,その基準を満たせば業務起因性を肯定し得るという性格のものにすぎず,その基準を満たさないことが,業務起因性を肯定する余地がないことまでを意味するものではないというべきであるし,特に上記時間外労働時間に関する基準の意味するところからすると,業務起因性を肯定するためには上記認定基準を満たさなければならないとする被控訴人の主張を採用することはできない。 (3) そうすると,Bが心停止によって死亡したことについて,業務起因性を肯定することができ,控訴人が半田労働基準監督署長に対してした労災保険法に基づく遺族補償給付等の請求は,その支給要件を満たしているものと認められる。 第4 結論以上によれば,半田労働基準監督署長がした本件各不支給処分は取り消すべきであるから,これと異なる原判決を取り消して,控訴人の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第4部 裁判長裁判官藤山雅行 裁判官前田郁勝 裁判官金久保茂 裁判官金久保茂

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