令和6年(わ)第31号、同第49号、同第91号、同第578号主文 被告人を懲役4年6月及び罰金150万円に処する。 未決勾留日数中520日をその懲役刑に算入する。 その罰金を完納することができないときは、1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 別紙目録記載の各向精神薬(別紙目録記載1ないし3)、現金(別紙目録記載4)及び債権(別紙目録記載5)をいずれも没収する。 被告人から462万147円を追徴する。 (別紙目録省略)(罪となるべき事実)第1 被告人は、以下の各行為をし、向精神薬を譲り渡す行為と、薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡す行為を、併せてすることを業とした。 1 営利の目的で、みだりに、別表1記載のとおり、令和5年5月31日頃から6月7日頃までの間、4回にわたり、東京都目黒区(住所省略)にあるA郵便局ほか1か所で、Bほか1名に対し、向精神薬合計約740錠を、代金合計27万1500円で、福岡県糸島市(住所省略)ほか1か所を配達先とするゆうパックにより発送し、6月1日頃から9日頃までの間、事情を知らない郵便配達員に、それらの場所に配達させて、Bらに向精神薬を受け取らせ、もって向精神薬を譲り渡した。 2 向精神薬をみだりに譲り渡す意思をもって、別表2記載のとおり、令和4年12月10日頃から令和5年5月31日頃までの間、8回にわたり、東京都目黒区(住所省略)にあるC郵便局ほか4か所で、Bほか2名に対し、代金合計50万800円で、向精神薬のような錠剤合計約1460錠を向精神薬として、福岡市(住所省略)にあるB方ほか2か所を配達先とする代金引換郵便等により発送し、令和4年12月11日頃から令和5年6月1日頃までの間、事情を知らない郵便配達員にそれらの場所に配達させてBらに向精神薬 市(住所省略)にあるB方ほか2か所を配達先とする代金引換郵便等により発送し、令和4年12月11日頃から令和5年6月1日頃までの間、事情を知らない郵便配達員にそれらの場所に配達させてBらに向精神薬のような錠剤を受け取らせ、もって薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡した。 3 営利の目的で、みだりに、令和5年6月9日、東京都目黒区(住所省略)の当時の被告人方で、向精神薬である8-クロロ-1-メチル-6-フェニル-4H-s-トリアゾロ[4・3-a][1・4]-ベンゾジアゼピン(別名アルプラゾラム)90錠を譲り渡す目的で所持した。 4 以上のほか、令和元年8月12日頃から令和5年6月9日頃までの間、日本国内で、多数人に対し、多数回にわたり、向精神薬をみだりに譲り渡す意思をもって、向精神薬のようなものを向精神薬として有償で譲り渡した。 (別表1及び2省略)第2 被告人は、目黒区福祉事務所長(以下、目黒区福祉事務所を単に「福祉事務所」、福祉事務所長を単に「所長」という。)から生活保護法に基づく生活扶助等の給付を受けていたものであるが、生活扶助費等の名目で現金をだまし取ろうと考えた。そこで、実際には、別紙1ないし47の「収入日」「収入金額」欄記載のとおり、令和元年8月12日頃から令和5年6月9日頃までの間、違法薬物犯罪等により収入を得ていたのであるから、所長に対し、その都度速やかにその事実を届け出る義務があるのに、その頃、これを届け出ず、かつ、令和元年11月5日から令和4年9月26日頃までの間、4回にわたり、所長に対し、福祉事務所の職員を介して、違法薬物犯罪等による収入があった旨の記載がない嘘の収入・無収入申告書等を提出した。その結果、福祉事務所における生活扶助等の支給決定等に関して決裁権限を持つ福祉事務所生活福祉課長らに、被告人に て、違法薬物犯罪等による収入があった旨の記載がない嘘の収入・無収入申告書等を提出した。その結果、福祉事務所における生活扶助等の支給決定等に関して決裁権限を持つ福祉事務所生活福祉課長らに、被告人には違法薬物犯罪等による収入がなく、被告人に収入がないものとして算定した額の生活扶助等の給付をすべきものと誤信させた。被告人は、このことによって、別紙1ないし47の「交付日」「交付金額」「交付方法」欄記載のとおり、令和元年9月2日から令和5年7月3日までの間、49回にわたり、株式会社D銀行E支店に開設された被告人名義の普通預金口座に振込入金させるなどの方法により、現金合計600万7790円の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させた。 (別紙1ないし47省略)(争点に対する判断) 1 争点被告人が向精神薬や向精神薬のようなものを譲渡したり、譲渡目的で所持したりした事件を薬物の件、被告人が薬物犯罪等による収入を申告せずに生活保護費を受給した事件を詐欺の件という。 ⑴ 薬物の件の争点について薬物の件は、事実には争いがない。薬物犯罪収益は、必ず没収や追徴をしなければならないところ、薬物の件の1つ目の争点は、向精神薬の譲受人が被告人に送料、手数料等として支払った金額を薬物犯罪収益として没収や追徴の対象とするかであり(争点①)、法解釈上の争点である。 2つ目の争点は、被告人の自宅の金庫から押収された現金について、全額を没収するかどうかであり(争点②)、弁護人は、薬物犯罪収益でないもの(一般財産)も含まれているから、現金からその一般財産相当額を控除した残額しか没収してはならないと主張する。 ⑵ 詐欺の件の争点について詐欺の件の1つ目の争点は、詐欺の件の公訴の提起につき、訴因の特定が不十分な違法があるとして公訴棄却をするかである(争 を控除した残額しか没収してはならないと主張する。 ⑵ 詐欺の件の争点について詐欺の件の1つ目の争点は、詐欺の件の公訴の提起につき、訴因の特定が不十分な違法があるとして公訴棄却をするかである(争点③)。公訴事実は訴因を明示して記載しなければならず、訴因を明示するにはできる限り罪となるべき事実を特定しなければならない(刑事訴訟法256条3項)とされているところ、弁護人は、詐欺の件の公訴事実は、被告人が薬物犯罪等による収入を申告しなかったことや本当の収入が記載されていない嘘の収入・無収入申告書等を提出した日時場所の特定が不十分で、さらに、4回の収入・無収入申告書の提出の日時やこれらと因果関係のある生活保護費の支給がどれなのかも不明であり、生活保護費の振込先の金融機関の住所の記載もないことを指摘し、できる限り特定すべき罪となるべき事実が特定されていないため、この事件の公訴提起は違法であると主張し、公訴棄却を求める。 仮に訴因が特定されているとした場合、詐欺の件は、被告人には収入があり、それを申告せずに生活保護費を受け取ったことには争いがなく、詐欺罪が成立することに争いはない。詐欺の件の2つ目の争点は、被告人が、別紙1ないし47の「収入日」「収入金額」欄記載のとおりの収入を得たと認められるかである(争点④)。検察官は、それらの収入を得ていたと主張するが、弁護人は、それらの中には預かったお金や返済を受けたお金など収入に当たらないものがあると主張する。 2 検討⑴ 薬物の件ア争点①薬物犯罪収益が必ず没収や追徴をすべきものとされているのは、そうすることで、薬物犯罪に手を染めた者が、薬物犯罪によって利益を得て、それを使って次の薬物犯罪を行って更なる利益を得るという、薬物犯罪から生じる利益の不法な循環を断ち切ることができ、資金の は、そうすることで、薬物犯罪に手を染めた者が、薬物犯罪によって利益を得て、それを使って次の薬物犯罪を行って更なる利益を得るという、薬物犯罪から生じる利益の不法な循環を断ち切ることができ、資金の面から薬物犯罪を規制できるからであると考えられる。 薬物の送料や手数料等についても、譲渡の前であるか後であるかにかかわらず、薬物の譲受人が薬物の代金と共に被告人に交付した金銭であり、被告人が薬物犯罪によって得た財産であって、次の薬物犯罪に使われ得るものであるから、薬物犯罪収益から控除する理由はなく、没収や追徴の対象となる。 イ争点②証拠によると、以下の事実が認められる。被告人は、F銀行の自分名義の口座に薬物犯罪収益やその他の一般財産を入金した上で、定期的に出金して自宅の金庫内に保管していた。F銀行の口座内に入金された薬物犯罪収益は1743万1779円、一般財産は235万6347円である。また、薬物犯罪の終期である令和5年6月9日時点で、口座内には薬物犯罪収益65万3632円、被告人の自宅の金庫の中には1215万8000円がそれぞれ残っていた。 そうすると、薬物犯罪収益がなければそれほどの現金が残ることはなかったものといえ、薬物犯罪収益に相当する額が残っている以上は確実にこれを剥奪するのが法律の意図するところであるから、没収に当たり金庫内の現金の額から一般財産相当額を控除する理由はなく、金庫内の現金は全額を没収すべきものである。 ⑵ 詐欺の件ア争点③詐欺の件の公訴事実は、罪となるべき事実第2と同じである。詐欺の犯行が不作為によるものであることを踏まえると、事実を特定するのに十分な記載がされており、被告人の防御の観点や弁護人の指摘を踏まえても訴因の特定に欠けるところはなく、公訴の提起に違法はない。 イ争点④生活保護 のであることを踏まえると、事実を特定するのに十分な記載がされており、被告人の防御の観点や弁護人の指摘を踏まえても訴因の特定に欠けるところはなく、公訴の提起に違法はない。 イ争点④生活保護受給者は、収入等があったときに、必ず届け出ることとされている(生活保護法61条)。このような義務が課されているのは、行政が、生活保護受給者が財産を得たことを把握し、その内容や経緯を調査することで、その財産取得を踏まえた適正な生活保護費を算定することができ、生活保護制度の適正かつ公正な運用に繋がるからであると考えられる。すなわち、生活保護法は、最終的には生活保護費の受給に影響を与えない可能性がある収入であっても、受給者の判断でこれを届け出ないことは許さず、届け出た上で受給者が説明することを求めているものといえる。 したがって、受給者が届け出るべき「収入等」を弁護人が主張するように労働及び役務の対価と限定する理由はないから、弁護人の主張は採用できない。弁護人が主張する預かったお金や返済を受けたお金についても、届け出る必要がある収入であるから、被告人は、別紙1ないし47の「収入日」「収入金額」欄記載のとおりの収入を得たと認められる。 (量刑の理由) 1 この事件は、被告人が、営利目的で、向精神薬や向精神薬のようなものの密売を繰り返して業とし、密売するために向精神薬を所持したという麻薬特例法違反の事件と、薬物犯罪等による収入を得ていたのに福祉事務所長に届け出ず、薬物犯罪等による収入がないものとして算出された生活保護費を受け取ったという詐欺の事件である。そこで、まず麻薬特例法違反の事件の犯情を検討し、次に詐欺の事件の犯情や一般情状も検討して刑を決める。 2 まず、麻薬特例法違反の犯情について見る。被告人は、ソーシャルネットワーキングサービス 。そこで、まず麻薬特例法違反の事件の犯情を検討し、次に詐欺の事件の犯情や一般情状も検討して刑を決める。 2 まず、麻薬特例法違反の犯情について見る。被告人は、ソーシャルネットワーキングサービス(以下、「SNS」という。)を通じて薬物を販売するという社会問題を紹介するニュースを目にし、薬物の売買に好奇心を抱いて、実際に向精神薬を売ってみたところ、薬を売ることで感謝されたり喜ばれたりする充足感もあって向精神薬の販売を続けるに至った。被告人が、薬の販売によって充足感を持つようになってしまったことには、被告人の生い立ちや被告人が抱える発達障害が影響した面もないではないが、犯行のいきさつや理由は同情しにくいものである。 被告人は、アカウントの凍結や、生活保護担当者に薬物の売買を疑われたことなど、何度か自分の犯行を振り返り、やめる機会があったにもかかわらず、約4年間にわたり百数十人に対して向精神薬の密売を行い、1700万円余りの利益を得た。さらに、薬が足りないときは別の売人から購入して仕入れたり、SNSを通じて集客したり、客に対しメッセージを送って向精神薬の購入を提案したりして売り方を工夫しており、密売の規模も大きい。また、被告人が、生活保護受給者の地位を悪用し、複数の医療機関を受診して無料で薬の処方を受け、向精神薬を仕入れていた点や、薬物を過剰に摂取して入院している者に対しても複数回にわたって向精神薬を密売した点も併せて考えると、被告人の密売のやり方は悪質である。 3 詐欺の犯情について見る。被告人は、向精神薬の密売等により得た収入を申告することで密売が発覚することをおそれたとはいえ、だまし取ることになるとを分かりながら収入を申告せずに生活保護費を受給し、約4年間で合計約600万円を受給した。犯行の理由に同情できる点はなく、長期間にわ とで密売が発覚することをおそれたとはいえ、だまし取ることになるとを分かりながら収入を申告せずに生活保護費を受給し、約4年間で合計約600万円を受給した。犯行の理由に同情できる点はなく、長期間にわたる犯行により多額の被害が発生していることから、詐欺罪は相当悪質である。 4 一般情状について見る。被告人は、前科前歴がなく、事実を認めて自分の犯行について詳しく話している。また、自分なりに、自分の問題点と向き合い、将来どのように生きていくかを考えており、反省していることがうかがえる。 5 以上を踏まえて、被告人に対する具体的な刑を検討する。 まず、公平な刑を科するという観点からは、同種の事件の量刑傾向の把握が必要であるものの、向精神薬等の譲渡を業とした事件の数は少なく、量刑傾向を把握しにくいものである。とはいえ、少ないながらも過去の事例を参照した上、違法な薬物の譲渡を業とした事件の量刑傾向も参考にすると、向精神薬等の譲渡を業とした者に対しては、原則として実刑を科すべきであり、その刑期は、おおむね法律で定められた刑の下限の辺りで犯情の重みに応じて決めるべきものであるといえる。 麻薬特例法違反の事件の犯情は、上記のとおりであり、特に重いものとまではいえないものの、軽いともいえない。そして、詐欺罪の犯情は相当に重く、量刑を決めるに当たってそれなりの重みを持って考える必要がある。そうすると、一般情状を考えても、被告人を主文の程度の懲役刑に処することはやむを得ない。また、向精神薬の密売が経済的にも割に合わないことを理解してもらうため、主文の罰金刑を併科することもやむを得ない。 (求刑-懲役7年、罰金200万円及び主文同旨の没収)令和7年11月21日水戸地方裁判所刑事第2部 裁判長裁判官山﨑 威 併科することもやむを得ない。 (求刑-懲役7年、罰金200万円及び主文同旨の没収) 令和7年11月21日水戸地方裁判所刑事第2部 裁判長裁判官山﨑威 裁判官亀井健斗 裁判官植木佑記
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