平成20(う)1097 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
平成21年5月25日 東京高等裁判所 破棄自判 東京地方裁判所
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判決文本文31,044 文字)

- 1 -主文原判決を破棄する。 被告人を懲役2年6月に処する。 原審における未決勾留日数中330日をその刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意は,検察官笠間治雄作成の控訴趣意書(ただし,訴訟手続の法令違反の主張については撤回)に,これに対する答弁は,弁護人大熊裕起作成の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用する。 第1本件の審理経過について 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成15年6月27日午後6時40分ころ,東京都北区内Nビル1階有限会社N塗装店店内及び同店先路上において,A(当時62年)に対し,その顔面及び頭部を手拳で数回殴打し,同人をしてその頭部を同店内備品及び路面等に打ち付けさせるなどの暴行を加え,よって,同年7月3日午後7時50分ころ,同都板橋区内O救急救命センターにおいて,同人を外傷性くも膜下出血により死亡させたものである」という傷害致死の事案である。弁護人は被告人の責任能力を争い,第1審である東京地方裁判所では,F医師による精神鑑定が行われた(以下,その作成に係る鑑定書(第1審弁5)及び第1審公判廷における証言の内容を併せて「F鑑定」という。)。F鑑定の要旨は「被告人は,本件行為当時,統合失調症の激しい幻覚妄想状態にあり,直接その影響下にあって本件行為に及んだもので,心神喪失の状態にあった。そして,被告人が,一方で現実生活をそれなりにこなし,本件行為の前後において合理的に見える行動をしている点は,精神医学では「二重見当識」等と呼ばれる現象として珍しくはなく,本件行為に至る過程で,被告人が一定の合理的な行動を取っていたことと被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で本件行為に及んだことは矛盾しない。」というものである。平成16年10月29日,同裁判所は,F鑑定に依拠して,被告人には責任能力が っていたことと被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で本件行為に及んだことは矛盾しない。」というものである。平成16年10月29日,同裁判所は,F鑑定に依拠して,被告人には責任能力が認められないとして,無罪の判決(以下,「1審判決」- 2 -という。)を言い渡した。 検察官は,1審判決が被告人に責任能力を認めなかったことは誤りであるなどとして,東京高等裁判所に控訴した。差戻前控訴審では,G医師による鑑定が行われた(以下,その作成に係る鑑定書(差戻前控訴審職1)及び差戻前控訴審公判廷における証言の内容を併せて「G鑑定」という。)。G鑑定の要旨は,「被告人は統合失調症にり患しており,急性期の異常体験が活発に生じる中で次第に被害者を「中心的迫害者」とする妄想が構築され,被害者は被告人に対し様々なひぼう中傷や就職活動の妨害を働く存在として認識されるようになり,被告人において,それらの妨害的な行為を中止させるため攻撃を加えたことにより本件行為は生じたと考えられる。幻覚妄想に直接支配された行為とはいえないが,統合失調症が介在しなければ本件行為は引き起こされなかったことは明らかである。被告人は,一方では「人に対して暴力を振るい,けがさせたり,殺したりすることは悪いこと」との認識を有していたが,他方では異常体験に基づいて本件暴行を加えており,事物の理非善悪を弁識する能力があったということは困難であり,仮にこれがあったとしても,この弁識に従って行動する能力は全く欠けていたと判断される。」というものであった。しかし,平成18年3月23日,差戻前控訴審は,「被告人が,被害者を二,三発殴って脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考えたという動機の形成,犯行に至るまでの行動経過,こぶしで数発殴ったという犯行態様,あるいは,通行人が来た 控訴審は,「被告人が,被害者を二,三発殴って脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考えたという動機の形成,犯行に至るまでの行動経過,こぶしで数発殴ったという犯行態様,あるいは,通行人が来たことから犯行現場からすぐに立ち去ったという経緯には,特別異常とされる点がなく,これらは,了解が十分に可能である。また,「電話しろ。」という作為体験はあっても,「殴り付けろ。」という作為体験はないから,幻聴や幻覚が犯行に直接結び付いているとまではいえない。しかも,被告人は,本件犯行及びその前後の状況について,詳細に記憶しており,当時の意識はほぼ清明であるということができる上に,本件犯行が犯罪であることも認識していたと認められる。そして,犯行後に被告人が自首していること,被告人がそれなりの社会生活を送り,仕事をしようとする意欲もあったことなどの諸事情にも照らすと,被告- 3 -人は,本件犯行時,統合失調症にり患していたにしても,それに基づく心神喪失の状態にあったとは認められず,せいぜい心神耗弱の状態にあったものというべきである。F鑑定及びG鑑定は,いずれも採用することができない。」として,被告人の限定責任能力を認め,1審判決を事実誤認を理由に破棄し,被告人に対し懲役3年を言い渡した(以下,「差戻前控訴審判決」という。)。 これに対して弁護人が上告し,最高裁判所は,平成20年4月25日,差戻前控訴審判決を破棄し,本件を東京高等裁判所に差し戻す旨の判決(以下,「上告審判決」ともいう。)を言い渡した。 上告審判決の理由の要旨は以下のとおりである。 (1)F鑑定及びG鑑定の評価について被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物 F鑑定及びG鑑定の評価について被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられるべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)が,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。F医師及びG医師は,いずれも精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えていることはもとより,両鑑定において採用されている諸検査を含む診察方法や前提資料の検討も相当なもので,結論を導く過程にも,重大な破たん,遺脱,欠落は見当たらない。また,両鑑定が依拠する精神医学的知見も,格別特異なものとは解されない。両鑑定は,いずれも基本的に高い信用性を備えているというべきである。 - 4 -原判決は,両鑑定が,被告人に正常な精神作用の部分があることについて「二重見当識」と説明するだけでこれを十分検討していないとして,その信用性を否定しているが,両鑑定は,本件行為が,被告人の正常な精神作用の領域においてではなく,専ら病的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精神作用が存在していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為についても弁識能力・制御能力があったと評価する 域においてではなく,専ら病的な部分において生じ,導かれたものであることから,正常な精神作用が存在していることをとらえて,病的体験に導かれた現実の行為についても弁識能力・制御能力があったと評価することは相当ではないとしているにとどまり,正常な部分の存在をおよそ考慮の対象としていないわけではないし,「二重見当識」により説明されている事柄は,精神医学的に相応の説得力を備えていると評し得るものである。また,原判決は,G鑑定については,前提事実に誤りがあるとも指摘するが,当たらないものである。 そうすると,基本的に信用するに足りる両鑑定を採用できないものとした原判決の証拠評価は,相当なものとはいえない。 (2)諸事情による総合評価について被告人が犯行当時統合失調症にり患していたからといって,そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく,その責任能力の有無・程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである(最高裁昭和59年7月3日第三小法廷決定・刑集38巻8号2783頁)。 信用に値するF鑑定及びG鑑定に関係証拠を総合すれば,本件行為は,かねて統合失調症にり患していた被告人が,平成15年6月24日ころから急性に増悪した同症による幻聴,幻視,作為体験のかなり強い影響下で,少なくともこれに動機づけられて敢行されたものであり,しかも,本件行為時の被告人の状況認識も,被害者がへらへら笑っていたとか,こん倒した被害者についてふざけてたぬき寝入りをしているのだと思ったなどという正常とはいえない,統合失調症に特有の病的色彩を帯びていたものであることに照らすと,本件行為当時,被告人は,病的異常体験のただ中にあったものと認めるのが相当である。被告人は,同種の幻聴等が頻繁に- 5 -現れる ,統合失調症に特有の病的色彩を帯びていたものであることに照らすと,本件行為当時,被告人は,病的異常体験のただ中にあったものと認めるのが相当である。被告人は,同種の幻聴等が頻繁に- 5 -現れる中で,しかも訂正が不可能又は極めて困難な妄想に導かれて動機を形成したと見られるのであるから,原判決のように,動機形成等が了解可能であると評価するのは相当ではないというべきである。また,このような幻覚妄想の影響下で,被告人は,本件行為時,前提事実の認識能力にも問題があったことがうかがわれるのであり,被告人が,本件行為が犯罪であることも認識していたり,記憶を保っていたりしても,これをもって,事理の弁識をなし得る能力を,実質を備えたものとして有していたと直ちに評価できるかは疑問である。その他,原判決が摘示する被告人の本件前後の生活状況等も,被告人の統合失調症が慢性化した重篤な状態にあるとはいえないと評価する余地をうかがわせるとしても,被告人が,幻覚妄想状態の下で本件行為に至ったことを踏まえると,過大に評価することはできず,少なくとも「二重見当識」によるとの説明を否定し得るようなものではない。そうすると,統合失調症の幻覚妄想の強い影響下で行われた本件行為について,原判決の説示する事情があるからといって,そのことのみによって,その行為当時,被告人が事物の理非善悪を弁識する能力又はこの弁識に従って行動する能力を全く欠いていたのではなく,心神耗弱にとどまっていたと認めることは困難であるといわざるを得ない。 (3)破棄差戻し本件記録に徴すると,被告人が心神耗弱の状態にあったとして限定責任能力の限度で傷害致死罪の成立を認めた原判決は,被告人の責任能力に関する証拠の評価を誤った違法があり,ひいては事実を誤認したものといわざるを得ない。これが判決に影響すること 態にあったとして限定責任能力の限度で傷害致死罪の成立を認めた原判決は,被告人の責任能力に関する証拠の評価を誤った違法があり,ひいては事実を誤認したものといわざるを得ない。これが判決に影響することは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。 ところで,①F鑑定及びG鑑定は,統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能であるという理解を前提とするものと解されるが,これと異なる見解の有無,評価等,この問題に関する精神医学的知見の現状は,記録上必- 6 -ずしも明らかではない。また,②被告人は,本件以前にも,被害者を殴りに行こうとして,交際相手に止められたり,他人に見られていると思って思いとどまったりしているほか,本件行為時にも通行人が来たため更なる攻撃を中止するなどしており,本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情が存するところ,これをも「二重見当識」として説明すべきものなのか,別の観点から評価検討すべき事柄なのかについて,必ずしも明らかにはされていない。さらに,③被告人は本件行為の翌日に自首するなど本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られるが,このことと行為時に強い幻覚妄想状態にあったこととの関係も,F鑑定及びG鑑定において十分に説明されているとは評し難い。 本件は,被告人が正常な判断能力を備えていたように見える事情も相当程度存する事案であることにかんがみると,本件行為当時の被告人の責任能力を的確に判断するためには,これらの点について,精神医学的知見も踏まえて更に検討して明らかにすることが相当であるというべきであり,当裁判所において直ちに にかんがみると,本件行為当時の被告人の責任能力を的確に判断するためには,これらの点について,精神医学的知見も踏まえて更に検討して明らかにすることが相当であるというべきであり,当裁判所において直ちに判決するのに適しているとは認められない。 第2当裁判所における審理経過当審においては,上告審判決で審理が十分ではないとして指摘された上記①ないし③の点(以下,各点を便宜「要検討事項①ないし③」ともいう。)を明らかにするため,更に審理を尽くすこととし,新たに,H医師の「意見書」(当審検4),I医師の「精神状態に関する意見書」(当審検5)及び厚生労働省こころの健康科学研究事業他害行為を行った者の責任能力鑑定に関する研究班編の「刑事責任能力に関する精神鑑定書作成の手引き(平成18年度版)」(以下,「精神鑑定書作成の手引き」という。当審検甲6の資料入手報告書添付)等を取り調べるとともに,両医師及び第1審で鑑定を行ったF医師の各証人尋問を行った。 第3当裁判所の判断 結論 - 7 -当裁判所は,上告審が審理不十分であると指摘した諸点について,前記のような事実取調べを行い,検討した結果,次のような結論に達した。すなわち,上告審が指摘する①との関係において,F鑑定及びG鑑定が前提としている,「統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能である」とする立場は,現在の精神医学的知見の現状から見て,必ずしも一般的であるとはいい難い。同②については,「二重見当識」の用語概念は,統合失調症患者には,病的な体験と正常な精神作用が色々なバランスで総合的に現れるということを意味するだけであって,その機序等を説明するものではなく,いわば静的な状態説明概念にすぎない。 したがっ は,統合失調症患者には,病的な体験と正常な精神作用が色々なバランスで総合的に現れるということを意味するだけであって,その機序等を説明するものではなく,いわば静的な状態説明概念にすぎない。 したがって,そもそも「二重見当識」をもって説明できるものではなく,また説明すること自体その使用方法として適当ではない。同③については,同①,②と関連するものではあるが,F鑑定及びG鑑定は,そもそも本件行為後程ない時点で正常な判断能力を備えていたと見られる事情についても,その立脚する立場から,これを考慮要素とはせず,被告人の責任能力について心神喪失状態にあったとの所見を打ち出している。しかし,関係各証拠によると,被告人の統合失調症の病型である妄想型においては,臨床的にも,行為時に強い幻覚,妄想状態にありながら,その後程なくして正常な判断能力を回復することは考えられないと認められる。してみると,「二重見当識」で説明できるというだけで,当該事情を全く考慮しないF鑑定にはその推論過程に大きな問題があるというべきであり,また,前記昭和59年最高裁決定の立場であるいわゆる総合判定とも齟齬するといわざるを得ない。また,同様の批判は,差戻前控訴審におけるG鑑定にも当てはまると考えられる。したがって,両鑑定については,その信用性に問題がある。 以上の検討の上に立って,改めて,被告人の責任能力について判断すると,本件犯行時の被告人については,統合失調症のため,病的異常体験のただ中にあり,自らの置かれた状況や周囲の状況を正しく認識する能力に著しい障害が存在していたが,命令性の幻聴や作為体験のような自らの行動を支配するような性質の精神症状- 8 -は存在しておらず,周囲の状況を全く認識できないほどではなかったから,被告人の精神症状は「重篤で正常な精神作用が残されていない」と 作為体験のような自らの行動を支配するような性質の精神症状- 8 -は存在しておらず,周囲の状況を全く認識できないほどではなかったから,被告人の精神症状は「重篤で正常な精神作用が残されていない」ということはできない。 それまでの統合失調症の症状の程度は比較的軽微で,本件犯行前後の行動を見ても,その社会生活機能にはほとんど障害は窺えず,他方,被告人には本件行為時において違法性の認識があったと見られること等の事情を加味して判断すると,本件犯行時の被告人の精神状態は,統合失調症の被害妄想に強く影響されており,被告人の善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力は著しく障害されていたが,善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力は,全くない状態ではなかったと認められ,本件当時の責任能力については,心神喪失ではなく,心神耗弱の状態に止まるとするのが相当である。 以上である。 なお,上告審判決は,当裁判所と同様の結論に至った差戻前控訴審について,心神耗弱に止まっていたと認めることは困難であるといわざるを得ないとして破棄しているが,当裁判所の上記判断は,上告審判決の指摘に基づき,追加的な審理を行った結果,F鑑定及びG鑑定に根本的な疑問があることが判明したものであるから,本件上告審の差戻し判決としての拘束力は排除される。 以下,詳論する。 検察官の控訴趣意検察官の論旨は,要するに,本件犯行当時,被告人については,心神喪失の状態にはなく,少なくとも心神耗弱の限度で責任能力を認めることができるのに,心神喪失の状態にあったとして責任能力を認めなかった原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 要検討事項①ないし③について(1)要検討事項①につ は,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 要検討事項①ないし③について(1)要検討事項①について司法精神医学においては,責任能力の判定をめぐって,精神障害が人の意思や行- 9 -動の決定過程にどのように影響するかを判定することはできないとする立場(不可知論)と,できるとする立場(可知論)とが存在するところ,不可知論とは,「弁識・制御能力とは自由意思であり,それは形而上学的,哲学的な次元の問題であるから,経験科学的には解答することは不可能である」と考える立場であり,可知論は,不可知論に対するアンチテーゼであって,「弁識・制御能力というのは形而上学的,哲学的な能力ではなく,より実体的な能力であり,経験科学的な証明がある程度は可能である」と考える立場とされる。不可知論の立場では,精神医学的診断と責任能力の判定との間に,司法と精神医学の間で予め合意を形成しておき(「慣例」と呼ばれる。),それに従って責任能力を判定する。このような判定方法は,事実上,生物学的方法による判定方法であり,例えば,統合失調症という精神医学的診断が確定すれば,その者は常に責任無能力と判定する。他方,可知論では,精神医学的な診断だけではなく,個々の事例の症状の質や程度,それらと触法行為との因果関係についての考察に基づいて,責任能力を判定する。 当審H意見(H医師の作成に係る意見書(当審検4)及び同医師の当審公判廷における証言を併せて「当審H意見」という。以下同じ)及び当審I意見(I医師作成に係る精神状態に関する意見書(当審検5)及び同医師の当審公判廷における証言を併せて「当審I意見」という。以下同じ)のほか,当審で取り調べた関係各証拠によれば,現在の司法精神医学の世界 (I医師作成に係る精神状態に関する意見書(当審検5)及び同医師の当審公判廷における証言を併せて「当審I意見」という。以下同じ)のほか,当審で取り調べた関係各証拠によれば,現在の司法精神医学の世界では,純粋な「不可知論」の見解をとるものはなく,「可知論」的な考え方が支配的である。もっとも,「可知論」といっても,統一的な見解があるというものではなく,その実質が不可知論に近いものから純粋可知論に近いものまで,論者によってヴァリエーションがあると認められる。 ところで,このように,現在の司法精神医学において,可知論的な考え方が支配的となったのは,次のような理由によるものとされる。すなわち,(あ)近年,統合失調症による障害が,どの症例においてもすべからく人格の根底まで影響し尽くすものであるといってよいのか疑問を感じさせるような症例が,治療を受けているものについてはもとより,未治療例においても以前より多く認められるようになって- 10 -いる。これらは,抗精神病薬療法の発展によるものである。更には脱施設化,コミュニティケアなどの治療思想の変化を受け,早期発見・早期治療などによって,入院することなく社会生活を継続できる事例も増加している。また,このような変化は,ノーマライゼーション運動の進展,自己決定権の尊重といった動きを受けている側面もある。いずれにしても,このようにその障害の程度は個々人によって様々であるから,統合失調症であるというだけで,あるいはこれを病期によって区別するとしてもなお,統合失調症者による触法行為を原則として責任無能力と判定することはできない。そのような判定は,上記の状況に明らかに矛盾するというべきであり,障害が個々の行為時の能力に与える影響の程度については,個別に詳細な分析が行われる必要があると考えられる。(い)現在の精神科 できない。そのような判定は,上記の状況に明らかに矛盾するというべきであり,障害が個々の行為時の能力に与える影響の程度については,個別に詳細な分析が行われる必要があると考えられる。(い)現在の精神科臨床においては,かつて不可知論が前提としていた病因論に基づく診断分類とは異なり,グローバル化を受け世界共通の診断の標準化という観点から,DSM-Ⅳ-TRやICD10といった操作的診断基準が一般的となった。これは症候学に基づいた診断分類であって,その時,その時に患者が示す症状に基づいて診断されるものである。したがって,操作的診断基準によると,複数の重なる精神病と判断されることもあるし,ある時点で統合失調症と診断されても,次の時点ではその診断が変わることもある。また,このような操作的診断基準は,今後も改訂されていくことが予定されているから,ある時点の基準が絶対的であるともいえない。不可知論が前提としていた病因論に基づく診断は,生涯診断であって,一旦統合失調症と判断されれば,その後に病名が変わるということは予定されていない点で,診断手法は根本的に異なる。このように,現在の操作的診断基準に基づく病名診断は,性質上,責任能力判定の根拠に置くことができるような普遍的,絶対的な診断とは言えないものである。(う)前記昭和59年最高裁決定等にみられる裁判例の見解は可知論的判断を採用すべきことを明言しているととらえられており,精神鑑定後の可知論的な法的議論を断ってしまうべきではないという実務的な観点からも精神鑑定が可知論を採用する傾向にある。 - 11 -大要,以上のとおりである。精神医学界における可知論,不可知論の論争について,どちらに軍配を上げるべきかは,もとより刑事司法の関知するところではないが,少なくとも責任能力判断という刑事司法との関わりの中で,その とおりである。精神医学界における可知論,不可知論の論争について,どちらに軍配を上げるべきかは,もとより刑事司法の関知するところではないが,少なくとも責任能力判断という刑事司法との関わりの中で,その拠って立つ立場の合理性を考えると,(あ),(い)の点は非常に説得的である。そして,このような可知論の立場に立って,「厚生労働省こころの健康科学研究事業他害行為を行った者の責任能力鑑定に関する研究班」において,前記精神鑑定書作成の手引きが作成,公表されている。それらに対する評価は,精神科医の専門的領域からの逸脱であるといった批判もあるので,慎重であるべきではあろうが,精神医学上の判断と刑事司法上の判断が一致することが望ましいことはいうまでもなく,裁判員制度が施行された現在,そのような要請はより強くなっていることを考えると,このような研究会の動きは,精神医学と刑事司法を架橋するものとして肯定的に受け止めるべきであると考える。 そこで,上告審の指摘する要検討事項①についてであるが,当審H意見,当審I意見等によれば,F鑑定及びG鑑定が前提とすると考えられる「統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能」と考える立場は不可知論と同一の立場,あるいは,これに近い立場であるといってよい(詳しくは後に述べる。)。他方,可知論の立場に立つと,「可能かどうかは,個別の事例毎に,生物学的要素及び心理学的要素のいずれをも考慮し,それらによってみられる被告人に生じた病的体験の強さによって判断するしかない」ということになる。 そうすると,もとより,可知論の中で,F鑑定及びG鑑定がどのような位置を占めるか等についての検討が必要であるが,とりあえず,「統合失調症にり患した者の病的体験 て判断するしかない」ということになる。 そうすると,もとより,可知論の中で,F鑑定及びG鑑定がどのような位置を占めるか等についての検討が必要であるが,とりあえず,「統合失調症にり患した者の病的体験の影響下にある認識,判断ないし行動は,一方で認められる正常な精神作用により補完ないし制御することは不可能である」という見解は,司法精神医学の現状に照らして,必ずしも一般的立場ではないというべきである。 (2)要検討事項②について- 12 -次に,「二重見当識」の用語概念,その意義について検討する。当審証人I医師は,「二重見当識の状態にあるということは,妄想による病的な世界と現実の世界との双方に生きていることを意味しても,そのことだけに止まり,被告人の判断能力の有無や程度を判定することには直接関係しない。本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと認め得る余地のある事情が存することを二重見当識として説明することは,用語の使用方法としては明らかに適切ではない。判断能力がどのような状態にあるかについては,精神症状の重篤度と残された正常な精神作用のバランスを考慮して,個別・具体的に判定する以外の方法はない。」旨述べ,当審証人H医師も,「二重見当識による説明は,あくまでも統合失調症患者には,病的体験と正常な精神作用というものがいろいろなバランスで総合的に現れうるということを言っているにすぎない。F鑑定が,「病的に見えなくとも病的でないとは言えない」とするのはそのとおりであるとしても,他方,「病的に見えなくとも病的である」ということまで説明し得ていないというべきである。可知論に立つならば,個々の病者の病的な部分と正常な精神作用の領域とのどちらが優位であったかを事例ごとに評価して判断することになる。」旨述べた。 両名の見解 ことまで説明し得ていないというべきである。可知論に立つならば,個々の病者の病的な部分と正常な精神作用の領域とのどちらが優位であったかを事例ごとに評価して判断することになる。」旨述べた。 両名の見解は,差戻前控訴審におけるJ意見(J医師の作成に係る意見書(差戻前控訴審検4)及び差戻前控訴審公判廷における証言の内容を併せて「J意見」という。)と基本的に同内容である。これらによれば,「二重見当識」とは,いわば静的な状態説明概念にすぎないと認められ,統合失調症の患者が何故に正常な行動をとり得るのか,その機序を説明し得るというものではない。 この点について,1審判決は,本件犯行前の被告人の行動に正常あるいは合理的に見られるものがある点について,F鑑定が「二重見当識」として説明していることに基づき,「幻覚妄想状態にあっても,同時に合目的的な行動を取ることは通常見られるところであるというのであり,本件犯行に至る過程で,被告人が一定の合理的な行動を取っていたということと被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で本件犯行に及んだ点は矛盾しない」と説示し,さらに「周囲に「病- 13 -的」な印象を与えなかったから,「病的」ではなかったということはなかった」とするF鑑定を引用している。この説示が「二重見当識」によって,正常な面が現れることがあるというメカニズムを意味する趣旨に出たものだとすれば,その誤用は明らかであるし,また,静的な状態説明を行っているだけの趣旨であれば,検察官の主張及びK簡易鑑定に対する有効な反論とはなっていない。F鑑定を引用して「「病的」に見えないから「病的」ではなかったということはない」とする点については,先に当審H証言を引いたとおり,だからといって,「病的」であったということにも直ちにはならないという批判が当てはまる。そし 的」に見えないから「病的」ではなかったということはない」とする点については,先に当審H証言を引いたとおり,だからといって,「病的」であったということにも直ちにはならないという批判が当てはまる。そして,この点については,F医師も,当審において,「二重見当識という言葉と責任能力の有無あるいは責任能力の程度とは直接の関係はない。二重見当識というのは,統合失調症の1つの本質的な生き方観,存在の仕方を指しているのであって,刑事的な問題とは違い,純粋に精神医学的な用語である。二重見当識は,事理弁識能力や行動制御能力とは本質的にはつながらない。」「二重見当識とは,妄想による病的な世界と現実の世界の双方に生きているということであるが,この病的な世界が優位なまま生きているのが統合失調症の特徴である。しかし,優位であるということが責任能力を否定する方向に働くというものではなく,二重見当識という言葉は責任能力とは全く無関係である。」旨述べているところである。 以上によれば,F鑑定で用いられた二重見当識という言葉は,責任能力の判断と結び付くものではないから,被告人の本件行為時における責任能力の判断に当たり,「本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情」を,「二重見当識」として説明すべきものではなく,かつ,仮に説明したとしても,それは状態を示すに止まり,責任能力判断の基礎資料としては無内容であることが明らかである(そもそも,上告審判決が,F鑑定が,被告人の正常と見える部分について,二重見当識で説明するところには,合理的なものがあると説示するところにも,いささか二重見当識に対する誤解があるのではないかと考えざるを得ない。)。 - 14 -(3)要検討事項③について次に,要検討事項③について,被告人は,本件行 なものがあると説示するところにも,いささか二重見当識に対する誤解があるのではないかと考えざるを得ない。)。 - 14 -(3)要検討事項③について次に,要検討事項③について,被告人は,本件行為の翌日に自首するなど本件行為後程ない時点で十分正常な判断能力を備えていたとも見られるが,このことと行為時に強い幻覚,妄想状態にあったことの関係について,上告審判決が指摘するとおり,F鑑定及びG鑑定が十分な説明をしているといい難いことは明らかである。 そして,この点につき,F医師は,当審において,「本件犯行翌日の被告人の責任能力については,正常責任能力に準じた水準と認められる」としつつ,「そのことは,被告人の犯行時の責任能力の判断要素とはしていない。犯行後の程ない時点において正常責任能力かそれに近い能力があったとしても,それを前提に犯行時の責任能力を論じることは無理である。犯行前の事情は相応に考慮すべきであるが,犯行後の事情を過度に考慮すべきではない。」旨述べ,考慮要素とすること自体否定する立場を明らかにした。 しかし,当審I意見は,要旨,被告人の統合失調症の病型である妄想型の場合の精神症状の変動は,緊張型に見られるような極端な性質のものではなく,ごく短期間のうちに精神症状が増悪した患者が,なんらの治療的介入もなされることもないまま,短時間で,その精神症状が改善するなどということは臨床的に考え難いとしている(この点は,当審H証人も,病型については明確に述べるところはないが,同様の指摘をするところである。また,K医師も,その意見書の中で,「わずか数日ないし1日で増悪し,犯行に及び,その上,何ら治療的な方策をも講じないうちに,短時間で平静に回復し,内省して自首するという幻覚妄想状態ないし統合失調症があるだろうかという疑問がある。」と述べている。)。 し1日で増悪し,犯行に及び,その上,何ら治療的な方策をも講じないうちに,短時間で平静に回復し,内省して自首するという幻覚妄想状態ないし統合失調症があるだろうかという疑問がある。」と述べている。)。この点の指摘を受け,F医師は,当審において,本件被告人は,妄想型ではなく,破瓜型であり,破瓜妄想型であると述べ,「本件時は急性増悪期で,幻覚妄想状態にあった。本件行為で幻聴の主に対して攻撃を加えたことから,行為後は急速に状態が沈静化したと考える。」旨証言したが,その後の説明においては,明らかに緊張型の病型を前提とした供述をしており,前後に矛盾があるといわざるを得ない。本件被告人については,- 15 -第1審以来,精神科医による診断も,あるいは,その審理も,病型は妄想型という前提で進められてきており,卒然として,破瓜型と述べたその経緯には理解し難い面があるほか,上記のように正常な判断能力を示すに至る過程の説明が前後矛盾したものであること,一般的に,破瓜型(ほぼ解体型と同義と解される。)の特徴は,その妄想が一時的,断片的で,そこに体系的なものが認められないとされ,他方,妄想型は体系だった妄想を持つとされているところに照らしても,本件被告人については後者と認められること(その妄想には一定の体系が見られる。),現に,当審I意見が述べるように,被告人の統合失調症の病型については,DSM-Ⅳ-TRの診断基準で妄想型の特徴に合致することが明らかであることに照らすと,破瓜型であるから犯行直後にも正常に回帰することはあるとする,上記のF証言は措信し難いといわなければならない。 このように,要検討事項③については,当審においても,F証人から十分な説明が行われたとはいい難い。他方,強い幻覚,妄想状態を示したその直後に,何らの治療も受けないまま,正常な行動を示すと ならない。 このように,要検討事項③については,当審においても,F証人から十分な説明が行われたとはいい難い。他方,強い幻覚,妄想状態を示したその直後に,何らの治療も受けないまま,正常な行動を示すということが一般的には考えられない以上,被告人に上告審判決が指摘する犯行後程ない時点だけではなく,犯行直後から正常な判断能力を備えていたと見られる事情が認められることは,統合失調症の症状の重篤度等いわゆる生物学的要素,更には,本件行為時における責任能力を検討,判断するに当たり,重要な考慮要素とされるべきであって,この点を無視することは明らかに不合理といわざるを得ない。この点については,H医師も当審において,「可知論的な考え方に立てば,事件時と連続する事後の状態に認められるある程度の正常さは,事件時の状態を推定するための傍証の1つとして利用することが妥当である」と述べているところである。 要検討事項①ないし③についての検討を踏まえたF鑑定及びG鑑定の評価(1)当裁判所の基本的立場本件上告審判決は,前記のとおり,「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所にゆだねられ- 16 -るべき問題であることはもとより,その前提となる生物学的,心理学的要素についても,上記法律判断との関係で究極的には裁判所の評価にゆだねられるべき問題である(最高裁昭和58年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)が,生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度については,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があった ついては,その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり,鑑定の前提条件に問題があったりするなど,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。」としているところ,この説示は,一般論としては,誠に正鵠を射ているものである。このようにして示された鑑定人の意見を,裁判官も含め,いわば素人としての知見等で評価することは慎重でなければならないことはいうまでもない。その意味で,裁判員制度下において,上記説示は,実際的な運用指針としても,実務的であり,その意義は大きい。しかし,他方,責任能力は,その実質が犯人に対する非難可能性にあるところ,この非難可能性については,共同社会に身を置く以上,その秩序維持という観点からも,共同社会あるいは一般人の納得性を考えて,規範的に捉えるべきものである。したがって,それを固定的,絶対的なものとして捉えるのは相当ではなく,時代の推移,社会の流れの中で変容する可能性のあるものと考えるべきであり,前記昭和59年最高裁決定が示した総合的判断手法はその視点からも理解されるべきである。裁判員制度下において,責任能力についても裁判員の意見を求める意義はこの点に存する。 その視点から見てみると,当該鑑定人の意見が,可知論の中でどのような立場に立つかどうかはともかく,少なくとも,その分析,推論過程においては,様々な考慮要素を取り上げ,総合判定をする立場に立脚する方がその要請に応えられることは明らかであろう。前記昭和59年最高裁判所決定は,裁判所を名宛人とするものではあるが,本件上告審判決も,同決定の存在を前提として判断を示していることを考えると,本件上告審判 の要請に応えられることは明らかであろう。前記昭和59年最高裁判所決定は,裁判所を名宛人とするものではあるが,本件上告審判決も,同決定の存在を前提として判断を示していることを考えると,本件上告審判決のいう鑑定意見の尊重は,そのような基礎の上に立って- 17 -肯定されるべきであろう。また,このように解してこそ,責任能力に対する裁判員の疑問に答え,その率直な意見や感覚を引き出すことにもつながるのであって,本来規範的に捉えるべき存在としての責任能力と整合するものと考えられる(このような視点からしても,先の研究班による研究,「精神鑑定書作成の手引き」の作成は,精神医学と刑事司法の架橋を図るものとして意義がある。)。 ところで,本件は,上告審も指摘するとおり,被告人が正常な判断能力を備えていたように見える事情も相当程度存し,既に1,2審の鑑定あるいは意見書によっても明らかなように,拠って立つ精神医学上の立場により相当程度見方を異にする事案である。そこで,上記のような基本的立場に立ちつつ,前記した要検討事項①ないし③に関する検討を踏まえ,更に検討を進めることとする。 (2)F鑑定及びG鑑定について当審における事実取調べの結果によれば,F鑑定及びG鑑定は,いずれも,司法精神医学界の現状において支配的である可知論的な考え方に立脚するというよりも,いささか不可知論の立場にスタンスを置いているというべきである。 すなわち,まず,F鑑定は,「被告人の場合ほとんど未治療の統合失調症の病的状態が持続し,一時的に急性の増悪期にあって激しい幻覚とそれに基づく妄想に駆り立てられて本件犯行に及んだものと推測される。その際いかに周囲からの外的評価がなされようとも,病者の体験する特有の内的体験が追体験不能の独特の世界であることがわれわれを了解不能にする。それは完全に責任 てられて本件犯行に及んだものと推測される。その際いかに周囲からの外的評価がなされようとも,病者の体験する特有の内的体験が追体験不能の独特の世界であることがわれわれを了解不能にする。それは完全に責任能力を喪失した状態であった。」としているところ,当審において,「責任能力の判断については,一義的には生物学的要素でもって判断すべきであって,心理学的要素は二の次と考えている。生物学的要素としては,統合失調症の場合,その病期が最も大事であり,急性増悪期にある統合失調症患者が幻覚妄想の相手を対象に犯行に及んだ場合については,責任能力はない。急性増悪期の病的な症状による犯罪に関して,無条件に責任能力がないというのは,司法精神医学界の一致した意見だと思う。」旨述べ,被告人の責任能力を検討するにあたって,前記のとおり,犯行翌日の被告人の状況につ- 18 -いては,考慮要素としていないことを明言しているほか,「犯行後の程ない時点において正常責任能力かそれに近い能力があったとしても,それを前提に犯行時の責任能力を論じることは無理である。犯行前の事情は相応に考慮すべきであるが,犯行後の事情を過度に考慮すべきではない。」としており,「本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られる」事情はもとより,「本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情」も考慮していない。そして,その理由は,同医師の原審証言によれば,当該事情については二重見当識で説明できるというものと考えられる(なお,同医師の当審証言には,鑑定に際し,上記の各事情を考慮したとする部分もあるが,上記のような認定に照らし,文字どおり検討したとするには疑問がある。)。 しかし,このようなF鑑定については,当審において,証人I医師及び証人H医 鑑定に際し,上記の各事情を考慮したとする部分もあるが,上記のような認定に照らし,文字どおり検討したとするには疑問がある。)。 しかし,このようなF鑑定については,当審において,証人I医師及び証人H医師が,いずれも,F証人が一審でも述べた「急性増悪期の病的な症状による犯罪に関して無条件に責任能力がないというのは,司法精神医学界の一致した意見であると思う」とする部分は明らかに誤っているとした上,「幻覚妄想状態であったとしても,正常部分と病的部分のバランスを考慮して責任能力を考えるのが,現在では一般的である。責任能力の判断の基礎に,当該被告人の行動が一般人の観点から見て特異であるかどうかという点は,可知論的考え方によれば,当然判断要素に入れるというのが主流であって,それを考慮しないというのは一般的な考え方とはいえない。」旨述べて,その不合理性を指摘するほか,要旨,「F医師の考え方は,二重見当識という言葉がキーワードになった不可知論的な説明であり,F医師の考え方は,現在の不可知論のかなり典型的なタイプと思う。妄想が必要条件であると言ったときに,必要条件であれば即それをもって責任能力が失われていたと言っていいのかという問題になってくるが,必要条件であることも重要だけれども,十分条件であるかにも目を向ける必要がある。1つの必要条件をとらえて,それで責任能力を説明しきってしまおうというのは,極端な考え方である。可知論に立つならば,個々の病者の病的な部分と正常な精神作用の領域とのどちらが優位であったかを事- 19 -例ごとに評価して判断することになる」(当審H証言),「臨床精神医学として精神症状を評価することについてはいいが,そこから先の判断能力に結びつけるところの思考の道筋がすっぽり抜けている。鑑定手法の最後の判断のプロセス部分が全く見えないのは H証言),「臨床精神医学として精神症状を評価することについてはいいが,そこから先の判断能力に結びつけるところの思考の道筋がすっぽり抜けている。鑑定手法の最後の判断のプロセス部分が全く見えないのは問題がある。本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情が存するところ,これをも二重見当識として説明することは,二重見当識という用語の使用方法としては適切ではない。被告人が二重見当識の状態にあるということは,被告人は,妄想による病的な世界と現実の世界との双方に生きていることを意味しても,そのことだけで,被告人の判断能力の有無や程度を判定することには,直接関係しない。被告人の判断能力がどのような状態にあるかは,精神症状の重篤度と残された正常な精神作用のバランスを考慮して,個別・具体的に判定する以外の方法はない。」(当審I証言)とそれぞれ批判している点は,当を得ているというべきである。 次に,G鑑定について検討すると,G鑑定は,「被告人は,一方では,確かに,人に対して暴力を振るいけがをさせたり,殺したりすることは悪いこととしながら,他方では,幻覚妄想の世界における中心的迫害者に対して加害的被害者となって暴力を加えている。従って,事物の理非善悪を弁識する能力があったとしても,この弁識に従って行動する能力は全く欠けていると判断する。」としているところ,差戻前控訴審の公判廷において,G医師は,「正常の心理の部分があるから,それは正常なものだという議論だとそれは間違いだと思う。根本的な部分で病的なものが生成されて,それの二次的なものとして正常の心理が仮に駆動されていたとしても,だからといってそれを正常だというふうには言えない。」旨証言している。そして,G鑑定は,被告人の責任能力を検討するにあたって,「加害的 それの二次的なものとして正常の心理が仮に駆動されていたとしても,だからといってそれを正常だというふうには言えない。」旨証言している。そして,G鑑定は,被告人の責任能力を検討するにあたって,「加害的被害者が中心的迫害者に対して暴力を加えている。」ということを根拠として被告人の責任能力を判断しているが,他方で,上記の証言等に見られるとおり,「本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情」や「本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られる」事- 20 -情をその推論過程で考慮していない。 このG鑑定については,当審において,証人H医師が,要旨,「加害的被害者だから弁識に従って行動する能力が全く欠けていたとする考えは,司法精神医学の世界では一般的ではない。被害妄想が動機となっているので,従って能力は欠けていたという判断をしているのであれば,単純すぎる。ほかにも考えられる要素を推し量って能力を判断すべきである。「加害的被害者」は,1つの状態を説明する用語にすぎず,そのことから直接責任能力が導かれるものではないのであって,G医師の考えは,加害的被害者という言葉をキーワードにした不可知論的な考えだと思う。」とした上,G鑑定が,統合失調症患者を3分類して,急性増悪期のときは無条件に責任無能力としている点を捉え,「可知論的な考え方に立つと,無条件に責任無能力にはならない。それにも拘らず,G鑑定は,正常な部分が見えてもそれを勘案しないというように,一般論の段階で断ち切っている」として,G鑑定の基本的スタンスを,不可知論的だとする。同様に,証人I医師も「加害的被害者というのは,あくまでも1つの病状の説明なわけで,それと判断能力である責任能力とかを直結することはできない。加害的被害者とい 基本的スタンスを,不可知論的だとする。同様に,証人I医師も「加害的被害者というのは,あくまでも1つの病状の説明なわけで,それと判断能力である責任能力とかを直結することはできない。加害的被害者というのは症状の中身を説明しているにすぎない言葉だから,これと責任能力の有無・程度については直接リンクしない。 加害的被害者だから責任能力が全く欠けているという論理は不可知論である。」とし,統合失調症患者の3分類基準についても,「急性増悪期・特異的残遺期に無条件で責任無能力というのは,病気の時期だけで能力を判断しているという意味では不可知論に近い考え方だと思う。」旨述べ,同様の批判をしている。このほか,G鑑定については,被害者を「中心的迫害者」と捉えた上で,いわゆる「加害的被害者機制」が働いたとしているところ,被告人の妄想には,被害者以外にも多数の人間が出て来ており,いわば被告人に仇なす者は,被害者に限定されていないのに,被害者だけを「中心的迫害者」として検討している点についても強い疑問が出されているが,もっともな指摘と考えられる。 このように見てくると,F鑑定及びG鑑定は,両者ともその証言においては,自- 21 -身の立場を可知論に立脚するとしているが,実質は,不可知論的色彩が色濃く窺われるのであって,その分析・推論過程は,生物学的要素に偏りすぎているとの疑問を持たざるを得ない。とりわけ,本件被告人の病型は妄想型であって,既述のように,強い幻覚,妄想状態が発現し,その影響下で本件犯行に及んだとする場合に,その直後あるいは程なくして正常に戻ることは,そもそも臨床的にも考え難いことに照らすと,その責任能力の判断に当たり,「本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られる」事情を,二重見当識で説明できる(F鑑定),急性増悪期である( も臨床的にも考え難いことに照らすと,その責任能力の判断に当たり,「本件行為後程ない時点では十分正常な判断能力を備えていたとも見られる」事情を,二重見当識で説明できる(F鑑定),急性増悪期である(G鑑定)として,全く考慮要素としない点は致命的といってよく,さらに,本件犯行時の幻覚妄想状態を重視するあまりに,「本件行為自体又はこれと密接不可分な場面において,相応の判断能力を有していたと見る余地のある事情」を相応の考慮要素とすることもなく,心神喪失の結論を導き出しているその推論過程は,前記昭和59年最高裁決定の総合判断の趣旨にも背馳し,合理性を欠くといわざるを得ないのである。 以上の次第で,F鑑定及びG鑑定については,上告審判決の説示にもかかわらず,直ちにその信用性を肯定することはできない。 なお,この結論は,一見,破棄判決の拘束力に抵触するが,本件上告審判決は,前記のとおり,要検討事項①ないし③についての審理が不十分であるとして差し戻したものであり,上記両鑑定について信用性を肯定している点は,その意味で,あくまでも留保付きのものと見るべきであって,上告審判決の指摘を踏まえた当審審理の結果,両鑑定の不合理性が明らかになったことに照らすと,何ら破棄判決の拘束力に抵触するものでない。 責任能力についての判断以上検討したとおり,当審の事実取調べによって,第1審が基本的に依拠し,上告審が留保付きとはいえその信用性を肯定したF鑑定あるいはG鑑定に対する信用性が否定された以上,当審において,改めて被告人の責任能力を判断すべきであるから,以下,検討する。 - 22 -(1)前提事実たる基本的事実関係について責任能力判断の前提となる事実として,関係各証拠によれば,本件犯行に至る事実経過としては,差戻前控訴審判決がその第2(1)ないし(5)に摘録する 22 -(1)前提事実たる基本的事実関係について責任能力判断の前提となる事実として,関係各証拠によれば,本件犯行に至る事実経過としては,差戻前控訴審判決がその第2(1)ないし(5)に摘録する事実関係が,本件犯行についての事実関係としては,同第2(6)に摘録する事実関係が,本件犯行後の事実関係としては,同第2(7)に摘録する事実関係が,それぞれ認められる。 また,被告人の日頃の生活状況,病状等に関する被告人の母親及び被告人の本件当時の交際相手Bの認識,あるいは被告人の母親及びBに対する本件犯行の前後における被告人の態度,行動等として,同第2(8)に摘録する事実関係が,本件犯行後の捜査段階における被告人の供述状況,精神状態,記憶,犯罪であることの認識として同第2(9)に摘録する事実関係が,それぞれ認められる。 (2)被告人の統合失調症の重篤度等(生物学的要素について)ア本件においては,被告人の本件犯行当時の精神状態について,第1審及び差戻前控訴審において,上告審判決が「第1本件の事実関係等と原判断」の2に摘録する鑑定書等が取り調べられたほか,差戻後の当審において,前記のとおり,H医師の意見書,I医師の意見書を取り調べ,さらに両名の証人尋問及びF医師に対する再証人尋問が実施された。当審H意見及び当審I意見は,被告人に対する問診等に基づくものではなく,したがって,直ちにこれに依拠して,責任能力についての判断をすることには慎重であるべきであるが,このうち,当審I意見は,K簡易鑑定以後の鑑定関係証拠を精査し,分析して,その意見を述べるものであって,その証明力には一定程度高いものがあるというべきである。また,K簡易鑑定も,簡易鑑定という側面はあるけれども,犯行後最も早い段階で被告人に問診を実施したという点では,本鑑定というべきF鑑定,G鑑 ,その証明力には一定程度高いものがあるというべきである。また,K簡易鑑定も,簡易鑑定という側面はあるけれども,犯行後最も早い段階で被告人に問診を実施したという点では,本鑑定というべきF鑑定,G鑑定に優る面を有することも考慮すべきであり,その後詳細な意見書も提出されていることに照らすと,証拠資料としての価値は,これまた相当程度高いというべきである。 イそして,上記鑑定書等によれば,被告人は,平成8年4月ころには統合失調症を発症したと見られ,平成14年2月ころからは,人のイメージが頭の中に- 23 -出てきてそれがものを言うという幻視,幻聴や,頭の中で考えていることを他人に知られていると感じるなどの症状が現れるようになり,やがてその幻視,幻聴の主体が被害者を始めとする数人に固定化され,これらの者に対する被害妄想が形成されていき,本件犯行当時は,被害者らによる幻聴が続き,注察妄想,思考伝播などの自我障害も出現するなど,その強度が増し,急性増悪期にあったと認められる。 これらの点については,鑑定人等の間にも大きな意見の相違はない。 ウ責任能力の判断に当たっては,精神症状の重篤度も大きな考慮要素であることは多言を要しない。そこで,被告人の統合失調症の重篤度を検討すると,以下のとおりである。 統合失調症による症状は,思考・情動・意欲など人格全体に現れるとされるが,その症状は,陽性症状(妄想,幻覚,思考障害,緊張病症状,奇妙な行動等)と陰性症状(感情鈍麻,無感情,無欲,自閉,快感喪失等)に分けられる。 ①陰性症状被告人の陰性症状について,K簡易鑑定は,「感情の平板化,思考の貧困,意欲の低下は認められない」とし,J意見は,「感情の鈍麻,自発性欠如等は見られない。犯行前の状況は慢性化した重篤な状態とは思えず,無為で感情の鈍麻を示す状態ではない」と 「感情の平板化,思考の貧困,意欲の低下は認められない」とし,J意見は,「感情の鈍麻,自発性欠如等は見られない。犯行前の状況は慢性化した重篤な状態とは思えず,無為で感情の鈍麻を示す状態ではない」として,犯行時の被告人の陰性症状は比較的軽度であったとする。F医師もその証言において,「重篤ではなかった」と述べ,G鑑定も「比較的目立たないタイプ」とする。当審I意見も,「犯行直前の被告人は,一般人と同様に周囲に対する配慮や親愛の情を持っており,感情鈍麻は認められない。意欲の低下等の症状は出現していたようであるが,求人誌で仕事を探し,犯行直前には自ら電話を掛け,面接を受けた上で採用されていることに照らすと,陰性症状の程度は比較的軽度であった」として,このような見方を裏付けている。 ②陽性症状他方,被告人の陽性症状については,いずれの専門家も,先に認定したような妄想等強い陽性症状を認めるが,他方で,命令性の幻聴や作為体験など,直接的に被- 24 -告人の行動を左右するような症状については認められないとする。もっとも,その程度について,F鑑定は,「幻覚妄想状態の強度が増強し,そうした病的事態が被告人の現実世界を圧倒した」とするのに対し,K簡易鑑定は,「幻聴,妄想等は,母親や交際相手には例外を除いて気付かれない程度であり,これからして,被告人の陽性症状については,幻覚,妄想は認められるものの,周囲の状況を全く認識できないほどの状態ではなかった」とし,また,当審I意見も,「自らの置かれた状況や周囲の状況を正しく認識する能力に著しい障害が存在していたと考えられるが,周囲の状況を全く認識できないほど強い幻覚や妄想は存在していなかったと考えられる。」としている。 ③さらに,平素から被告人に接していた実母や交際相手の女性は,被告人が精神病であるという疑い るが,周囲の状況を全く認識できないほど強い幻覚や妄想は存在していなかったと考えられる。」としている。 ③さらに,平素から被告人に接していた実母や交際相手の女性は,被告人が精神病であるという疑いを持たず,また,治療に当たっていた掛かり付けの精神科医も,被告人が統合失調症であるとは診断していなかった。また,犯行の20分後には電話で交際相手を食事に誘い,焼肉屋で食事をするなど,翌日赤羽警察署に自首するまでの犯行後の被告人の行動(差戻前控訴審判決第2(7)に摘録する事実)は,通常の日常生活や対人関係に復したと認められるもので,幻聴,幻視や被害者に対する被害妄想に関する点を除けば,正常心理の範疇内であり,合目的的で首尾一貫しているということができ,弁別能力にも制御能力にも疑問はないと考えられるが,これらも被告人の病状の重篤度を検討する際には無視できない事情である。 エそして,これらを総合的に考察すると,本件犯行当時の被告人の統合失調症の重篤度については,K簡易鑑定,当審I意見,J意見が述べるように,陰性症状は軽微であり,周囲から見てもその人格や生活が破綻しているとする程の状態ではなかったと認められる。H意見も,これらを総合した上,直接被告人に面接していないとの注釈付きではあるが,「被告人の人格水準はそれほど低下していなかったと想像できる」としている。被告人の精神症状を重篤であるとするF鑑定及びG鑑定については,既に述べたとおり,信用性に難があり,依拠することはできな- 25 -い。 (3)これらの検討を踏まえ,改めて,本件犯行時の被告人の精神状況について見ると,本件行為は,急性に増悪した統合失調症による幻聴,幻視等のかなり強い影響下で,少なくともこれに動機づけられて敢行されたものであるが,その際の被告人には,暴行を振るう対象が,被害者 況について見ると,本件行為は,急性に増悪した統合失調症による幻聴,幻視等のかなり強い影響下で,少なくともこれに動機づけられて敢行されたものであるが,その際の被告人には,暴行を振るう対象が,被害者であること自体は認識されてはいたものの,被害者がどうしたのかという感じでへらへら笑っているように思えたとか,あお向けに倒れた被害者を見てふざけてたぬき寝入りをしているのだと思ったなど,幻視ないし錯視が見られ,異常な精神症状が存在していたことは否定できない。それ故,被告人の現実認識は,明らかに正常心理では説明できない異常な性質のものであり,被告人は,本件犯行当時,統合失調症のため,病的異常体験のただ中にあり,自らの置かれた状況や周囲の状況を正しく認識する能力に著しい障害が存在していたが,他方,周囲の状況を全く認識できないほど強い幻覚や妄想は存在していなかったと認めるのが相当である。 (4)諸事情による総合判断について(心理学的要素について)前記昭和59年最高裁決定は,「責任能力の有無・程度は,被告人の犯行当時の病状,犯行前の生活状態,犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである」としているところ,被告人については,次のような事情が認められる。 アまず,被告人の本件犯行の動機を見てみると,平成15年6月24日,被害者の幻聴や幻視により,被害者が被告人の仕事に行くのを邪魔しようとしているとして腹を立てた被告人は,被害者を殴って脅かしてやろうと思い,一旦は被害者方に向かったが,その日は被害者を殴るのをやめて帰宅した。その後,被害者や今まで働いた職場の者らが頭の中に頻繁に出てくる幻視,幻聴に混乱し,仕事に行く気になれず,自宅にこもっていたが,本件当日も,被害者が頭の中に現れ,「仕事に来い。電話しろ。」などと被害者方塗装店での仕事を誘う声が聞こえたこと 頭の中に頻繁に出てくる幻視,幻聴に混乱し,仕事に行く気になれず,自宅にこもっていたが,本件当日も,被害者が頭の中に現れ,「仕事に来い。電話しろ。」などと被害者方塗装店での仕事を誘う声が聞こえたことから,被害者方に電話を掛けて呼出し音を1回させてからすぐ切るいわゆるワン切りを2回ほどしたものの,被害者に対する腹立ちが収まらず,被害者を二,三発殴っ- 26 -て脅し,自分をばかにするのをやめさせようなどと考えて,被害者方に至り,本件犯行に及んだというのである。 被告人の被害者に対するこのような被害妄想は,統合失調症の所産であり,正常心理から了解することは不可能である。この点について,差戻前控訴審は,本件行為の動機の形成過程は,その契機が幻聴等である点を除けば,了解が不可能であるとはいえないとするが,被告人は,同種の幻聴等が頻繁に現れる中で,しかも訂正が不可能又は極めて困難な妄想に導かれて動機を形成しているのであって,被害者に対する葛藤は現実的基盤を全く持たないものであることを考えると,動機形成等が了解可能であると評価することはできない。動機形成が妄想と直接的な因果関係を有するのに,うるさいから止めさせようと殴りに行ったといういわば合理的に見えなくもない一場面のみを切り取って,了解不可能ではないとすることには疑問がある。この点の差戻前控訴審判決の評価に与することはできない。 そして,本件犯行がこのような動機に基づくものである以上,これを計画的犯行とみることはできず,衝動的かつ偶発的な犯行であったことは否定できない。 イ被告人は,犯行翌日,警察に出頭して以降,捜査段階から原審公判段階に至るまで,本件犯行につき,一貫して,「自分の行為は後悔している,重体になるという結果が分かっていれば,こんなことはしない。被害者方に行く際,どの程度殴ろうとい して以降,捜査段階から原審公判段階に至るまで,本件犯行につき,一貫して,「自分の行為は後悔している,重体になるという結果が分かっていれば,こんなことはしない。被害者方に行く際,どの程度殴ろうということは詳しく考えていなかったが,とりあえずは脅かそうと思って行った。警察に捕まる覚悟で行った。被害者は顔見知りなので,殴れば警察に言われるだろうと思っていた。こういう事件を起こせば,警察の留置場に1日か2日入れられると思っていた。」,「被害者を殺そうとは思わなかった。自分にちょっかい出してくる人を殺して僕が警察とか入りたくなかったですし,殺す勇気もなかった。」旨述べている。したがって,被告人は,殺人や人を殴ることは悪いことであり,本件犯行が法に反する行為であることは十分理解,認識していたと考えられる。 そして,このことは,犯行直後,現場で,通行人から声をかけられると逃走し,翌日マスコミで報道されていることを知り,交際相手に本件を告白して別れを言い,- 27 -その後母親にも事の次第を話して,警察に出頭している行動にも端的に表れているというべきである。 ウ他方,被告人は,幻聴などの病的体験が出現した当初は,これらの体験に違和感や病感を抱き,また,公判時には,幻聴,幻覚と現実社会の区別はついている旨述べてはいるものの,他方,幻聴,幻視を現実のものと確信していたというところに照らすと,被告人自身の病識及び病感はかなり希薄なものに止まっていたというべきである。 エ本件犯行時,被告人は,統合失調症による被害妄想に強く影響されていたが,命令性の幻聴や作為体験のような自らの行動を支配するような病的体験は見られなかった。したがって,本件行為は,統合失調症の緊張病状態や幻覚,妄想に完全に支配され,他の行為を選択することができないような精神状態で行われた犯 のような自らの行動を支配するような病的体験は見られなかった。したがって,本件行為は,統合失調症の緊張病状態や幻覚,妄想に完全に支配され,他の行為を選択することができないような精神状態で行われた犯行のように,被告人の平素の人格と著しく異質な精神状態で行われたものとは言い難い。 オ被告人は,犯行の前後を含め,本件犯行状況を極めて詳細に語っており,そこに作為は感じられず,本件犯行に関する被告人の記憶は十分に保たれており,その限りにおいて,本件犯行当時,意識は清明であり,記銘能力にも問題がなかったと認められる。 (5) 結論 そして,これらの事情を総合して考えると,本件犯行時の被告人の精神症状については,先に述べたとおり,統合失調症のため,病的異常体験のただ中にあり,自らの置かれた状況や周囲の状況を正しく認識する能力に著しい障害が存在していたが,他方,命令性の幻聴や作為体験のような自らの行動を支配するような性質の精神症状は存在しておらず,周囲の状況を全く認識できないほどではなかったと認められるから,被告人の精神症状は「重篤で正常な精神作用が残されていない」ということはできない。また,被告人の陰性症状の程度は軽微であり,本件犯行前後の行動を見ても,その社会生活機能にはほとんど障害は窺えない。そして,これらの- 28 -事情に,動機の了解不可能性,犯行の衝動性等の上記諸事情,とりわけ,被告人には本件行為時において違法性の認識があったと見られること及び本件犯行の人格異質性が著しくないことなどを加味して判断すると,本件犯行時の被告人の精神状態は,統合失調症の被害妄想に強く影響されており,被告人の是非善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力は著しく障害されてはいたものの,全くない状態にはなかったものと認められる。 してみると,被告人については 症の被害妄想に強く影響されており,被告人の是非善悪の判断能力及びその判断に従って行動する能力は著しく障害されてはいたものの,全くない状態にはなかったものと認められる。 してみると,被告人については,本件犯行当時,心神喪失の状態にはなく,心神耗弱の状態にとどまっていたと認めるのが相当である。 なお,1審判決は,被告人を心神喪失であるとした理由として,F鑑定に依拠した上,①被告人が犯行前においてもいわゆる機能のFAG(全体的評定尺度)の指数がかなりの低水準にあったと考えられる,②被告人が本件犯行に及んだ動機は幻覚妄想に基づき形成された了解不可能なものである,③被告人には幻視,幻聴に対する病識が欠如していたという見方も十分合理性がある,④F証言によれば,本件犯行時,被告人にとって人を殴ることが悪いことなのかどうかは問題となっておらず,判断能力も失われていたというのであり,被告人が統合失調症による激しい幻覚妄想状態にあり,直接その影響下に本件犯行に及んだことを考慮すれば十分合理性のある判断と認められる,そして,被告人が犯行後に罪を犯したとの認識を持ったにしても,そのことから犯行時の責任能力の判断に直ちに影響を及ぼすものではなく,また,被告人の犯行に対する認識は深刻味に欠け,空虚な内省にとどまっている,⑤被告人が犯行時の状況を具体的に供述しているが,このことのみから,被告人の犯行時の精神状態が安定していたとまではいえない,⑥統合失調症の患者は病的体験がある程度長期化しいわば慢性化すると,そうした病状に多少とも影響されながら一方で現実生活をそれなりにこなすという二重見当識と呼ばれる事象があるから,被告人が犯行に至る過程で一定の合理的な行動をとったことと,被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で犯行に及んだこととは矛盾していない等の事情 という二重見当識と呼ばれる事象があるから,被告人が犯行に至る過程で一定の合理的な行動をとったことと,被告人が統合失調症による幻覚妄想状態の直接の影響下で犯行に及んだこととは矛盾していない等の事情を挙示しているところ,②,③については当裁判所も同様の見方であるが,①,- 29 -⑤については,差戻前控訴審がその判決において反論説示するとおりであり,④,⑥について,依拠するF鑑定の不合理性については,既に述べたとおりである。 破棄自判以上の次第であって,上記判断と異なり,被告人に対して無罪を言い渡した1審判決は,事実を誤認したものであって,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,破棄を免れない。 事実誤認をいう検察官の論旨は理由がある。 よって,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,被告事件について更に次のとおり判決する。 (罪となるべき事実)被告人は,平成15年6月27日午後6時40分ころ,東京都北区内Nビル1階の有限会社N塗装店内及び同店先路上において,A(当時62歳)に対し,その顔面及び頭部をこぶしで数回殴打する暴行を加え,同人をしてその頭部を同店備品,路面等に打ち付けさせ,よって,同年7月3日午後7時50分ころ,東京都板橋区加賀a丁目b番c号O救急救命センターにおいて,同人を外傷性くも膜下出血により死亡させたものであるが,被告人は,本件犯行時,統合失調症のため心神耗弱の状態にあったものである。 (証拠の標目)省略(法令の適用)被告人の判示所為は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法205条に,裁判時においては同改正後の刑法205条に該当するところ,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時の刑によ 第156号による改正前の刑法205条に,裁判時においては同改正後の刑法205条に該当するところ,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時の刑による(刑の長期は同改正前の刑法12条1項による)こととし,判示の罪は心神耗弱者の行為であるから刑法39条2項,68条3号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中330日をその刑に算入し,原審,差戻前控訴- 30 -審,上告審及び当審の訴訟費用について,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,約12年前に塗装工として働いていた塗装店に赴き,同店経営者の被害者に対し,いきなりその顔面及び頭部を手拳で数回殴打する暴行を加え,その頭部を同店備品,路面等に打ち付けさせて,外傷性くも膜下出血により死亡させたという傷害致死の事案であるが,その動機は被告人が統合失調症にり患し,被害者が被告人を馬鹿にするなどの幻覚,妄想が頻繁に現れたことから,立腹し,これを止めさせるために被害者を二,三発殴ってやろうとしたというもので,被告人は本件犯行当時,統合失調症の影響により心神耗弱の状態にあったものである。本件において,量刑上最も考慮されなければならないのは,結果の重大性である。すなわち,本件を被害者側から見ると,かつて雇っていた被告人が突然現れ,理由も分からないまま,いきなり一方的に暴行を受け,命を奪われたのである。被害者は,長年にわたり塗装店を営んでまじめに生活していたもので,家族からも従業員からも敬愛され,かつては,被告人に対しても,良き雇い主として接しており,被告人自身も,これまでの勤務先の中では一番良かった旨述べているほどで 装店を営んでまじめに生活していたもので,家族からも従業員からも敬愛され,かつては,被告人に対しても,良き雇い主として接しており,被告人自身も,これまでの勤務先の中では一番良かった旨述べているほどである。したがって,このような被害者にはもとより何の落ち度もなく,その点からしても,本件犯行の理不尽さは際だっており,被害者の無念のほどは察するにあまりある。被害者遺族が,最愛の夫,あるいは,父である被害者を失って悲しみにくれ,被告人に対して一様に厳しい処罰感情を抱いていることももっともというべきである。しかるに,被告人から被害者遺族に対して,慰藉の措置は取られておらず,被害弁償の見込みもない。 他方,本件は,前記のように,被告人が統合失調症にり患し,その幻覚,妄想下で引き起こされたという不幸な事案であり,当時被告人は心神耗弱の状態にあったこと,被告人は本件犯行の翌日には自首し,事実関係を進んで供述していること,本件のような重大な結果が生じたことは被告人にとっても予想外のことであり,被- 31 -害者に対して謝罪の姿勢を示し,本件犯行を心から後悔するとともに,真摯な反省の言葉を述べていること,被告人には前科前歴がないことなど,被告人に有利な事情も認められる。 これらの事情のほか,本件に現れた一切の事情を総合考慮して,主文の刑に処することとする。 よって,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官中山隆夫裁判官菱田泰信裁判官中島真一郎)

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