主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役2年4月に処する。 原審における未決勾留日数中50日をその刑に算入する。 理由 検察官の控訴の趣意は,検察官北川健太郎作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,被告人の控訴の趣意は,弁護人南正作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これらを引用する。 1 弁護人の控訴趣意中,原判示第3の事実(救護・報告義務違反)に関する理由不備ないし理由そごの主張について論旨は,要するに,原判決は,原判示第3の救護・報告義務違反の事実を認定するに当たり,その「罪となるべき事実」の第3では,被告人が本件事故による人の死傷の可能性を認識した時点,すなわち,本件事故現場から高知市e方面(以下「e方面」ともいう。)に約300メートル走行した時点で救護・報告義務が生じたのに,被告人はそこで直ちに運転車両(以下「被告人車両」ともいう。)を停止してその各義務を尽くさなかった旨判示しながら,その「判示第3の事実認定についての補足説明」の項では,被告人が上記人の死傷の可能性を認識して被告人車両を駐車し,徒歩で本件事故現場まで立ち戻った時点で被告人にその各義務が生じたのに,同時点で直ちにその各義務を尽くさなかった旨の事実を掲げて,救護・報告義務違反の罪が成立すると説示しており,これらは明らかに矛盾しているから,原判決には理由不備ないし理由そごがある,というのである。 そこで,所論にかんがみ検討するに,原判決は,その「罪となるべき事実」の第3において,「被告人は,(原判示)第1記載の日時場所において,・・・・A外1名に傷害を負わせる交通事故を起こし,被告人において,上記場所から・・・・e方面に向け約300メートル走行した地点で人の死傷の可能性を認識したにもかかわらず,直ちに車両の運転を停止して同人 ・A外1名に傷害を負わせる交通事故を起こし,被告人において,上記場所から・・・・e方面に向け約300メートル走行した地点で人の死傷の可能性を認識したにもかかわらず,直ちに車両の運転を停止して同人らを救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時場所等法律に定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。」旨判示しているところ,「判示第3の事実認定についての補足説明」の項では,「被告人は午前2時51分までに本件事故現場に戻っていたものと推認され,その後,警察官が現場に到着してから約11分後に事故を申告したものであり,この間,何ら救護措置はとっていなかった。また,Cの検察官調書によれば,同人は,この間,被告人が本件事故現場付近をうろうろしていたのを目撃している。」とした上で,「被告人において,人の死傷の可能性を認識した時点で直ちに車を駐車して,本件事故現場に駆け戻っており,車で戻らなかった点及び電話による通報をしなかった点に問題があるものの,当時の被告人の混乱した心理状態や被告人において本件事故の内容を確認していなかったことを勘案すると,いずれの点も救護等の義務の不履行として違法とされるべきものはない。しかしながら,被告人が,本件事故現場に戻ってから10分余りにわたり,何ら救護のための措置をとらなかったことは,救護義務違反を構成するものというべきである。」旨説示している。 このうち,上記「罪となるべき事実」での判示は,その判文に照らし,本件事故現場からe方面に約300メートル走行して本件事故による人の死傷の可能性を認識した時点で被告人に救護・報告義務が生じ,それにもかかわらず被告人は直ちにその各義務を尽くさずに救護・報告義務違反に至ったとの趣旨に理解するほかないのであるが,上記「判示第3の事実認定についての補足説明」で で被告人に救護・報告義務が生じ,それにもかかわらず被告人は直ちにその各義務を尽くさずに救護・報告義務違反に至ったとの趣旨に理解するほかないのであるが,上記「判示第3の事実認定についての補足説明」での説示(なお,この説示部分は,報告義務違反をも含めた説示であるのかどうか,必ずしも明らかとはいえない。)は,少なくとも救護義務違反の成否に関して明らかにこれとは異なり,被告人に救護義務が生じたのは被告人が本件事故現場まで徒歩で立ち戻った時点のことであり,同時点で被告人は直ちにその義務を尽くさずに救護義務違反に至ったとの趣旨に理解するほかないものである。このくい違いは,不作為犯である救護義務違反の罪の作為義務の発生時期及び同罪の成立時期といういわば事件の核心部分についてのものであるから,少なくともこの点について原判決には理由そごがあるといわざるを得ない。論旨は理由がある。 2 原判示第2の事実(酒気帯び運転)に関する職権による調査原判決は,原判示第2において,被告人の酒気帯び運転の事実を認定し,その証拠として,この事実に関する自白に当たる被告人の原審公判廷における供述,被告人の検察官調書(原審検察官請求証拠番号乙9番)及び警察官調書2通(同番号乙3番,8番)のほか,実況見分調書(同番号甲7番),検定書(同番号甲18番)及び酒気帯び鑑識カード(同番号甲19番なお,原判決はこれを「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」として挙示しているが「酒気帯び鑑識カード」が正しい。)を挙示している。しかしながら,このうちの検定書及び酒気帯び鑑識カードは,いずれも被告人の酔いの程度に関する検査結果や観察結果等を記載したものである上に,実況見分調書は,立会人である被告人から指示説明を受けて本件事故の現場や本件事故前後の被告人の運転経路等を特定し,関係各地点間の距離と所 の程度に関する検査結果や観察結果等を記載したものである上に,実況見分調書は,立会人である被告人から指示説明を受けて本件事故の現場や本件事故前後の被告人の運転経路等を特定し,関係各地点間の距離と所要時間とを測定した結果を記載したものであって,被告人の上記自白から実質的に独立した証拠とは言い難いものである。 そうすると,原判決は,原判示第2の事実について,被告人の当該運転行為についての補強証拠を挙示しないまま有罪の認定をしていることになり,これは刑訴法319条2項に明らかに違反するものであるから,原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるといわなければならない。 3 原判決の破棄以上のとおり,原判決には原判示第3の事実について理由そごの違法があり,また,同第2の事実についての原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるところ,原判決は,この各事実のほか原判示第1の事実(業務上過失致死傷罪)をも認定し,これらが刑法45条前段の併合罪の関係にあるものとして,以上の各罪につき1個の刑をもって処断しているから,その全部について破棄を免れない。 そこで,検察官の量刑不当の論旨,弁護人の事実誤認及び量刑不当の各論旨について判断するまでもなく,刑訴法397条1項,378条4号,379条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に次のとおり自判することとする。 4 自判(罪となるべき事実)被告人は,第1 平成13年9月8日午前2時45分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,高知市a町b丁目c番d号先の片側2車線道路の左端寄りの第1車線(以下,第1車線,第2車線の記載は同様の基準による。)を,同市ee町方面から同市e方面に向け時速約60キロメートルで進行するに当たり,前方を注視し進路 c番d号先の片側2車線道路の左端寄りの第1車線(以下,第1車線,第2車線の記載は同様の基準による。)を,同市ee町方面から同市e方面に向け時速約60キロメートルで進行するに当たり,前方を注視し進路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,第2車線を進行する車両に注意を奪われ,前方不注視のまま上記速度で進行した過失により,自車左前方を同方向に進行するA(当時20歳)運転の自転車に全く気付かず,同車後部に自車左前部を衝突させて跳ね飛ばして路上に転倒させ,よって,同女に入院加療35日,要通院日数不明の頭蓋底骨折,脳挫傷,脳内出血,右聴神経損傷等の傷害を負わせ,上記自転車後部に乗車していたB(当時20歳)に腹腔内出血等の傷害を負わせ,同日午前11時23分ころ,同市内所在のD病院において,同女を上記傷害に基づく出血性ショックにより死亡させた第2 酒気を帯び,呼気1リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で,上記第1記載の日時場所において,上記車両を運転した第3 上記第1記載の日時場所において,上記のとおりA他1名に傷害を負わせる交通事故を起こし,被告人においても,人に傷害を負わせる交通事故を引き起こしたかも知れないと認識しながら,あえて,直ちに車両の運転を停止して同女らを救護する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時場所等法律に定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。 (証拠の標目)〔省略〕(事実認定の補足説明)弁護人は,(1)被告人は,本件事故発生時にはそれが人との衝突事故であるとの認識がなかったから,その時点で直ちに被害者らの救護措置を採らなかったとしても,救護義務違反が成立することはなく,(2)被告人は,その後自車のフロントガラスのひび割れに れが人との衝突事故であるとの認識がなかったから,その時点で直ちに被害者らの救護措置を採らなかったとしても,救護義務違反が成立することはなく,(2)被告人は,その後自車のフロントガラスのひび割れに気付き,衝突したのは人だったのではと心配になって直ちに事故現場に引き返したが,その時点では既に救急車が手配されている状況にあって,被告人が採り得る具体的な救護措置を想定することができなかったから,その時点で被害者らの救護措置を何ら採らなかったことによっても,救護義務違反が成立することはない旨主張する。 そこで検討するに,関係証拠によると,(1)本件事故現場は,自歩道の設けられた片側2車線(ただし,右折レーンを含めると3車線となる。)の道路の第1車線上であって,被告人車両と被害者らの自転車(以下「被害自転車」ともいう。)とが衝突したのは自歩道の縁石から約0.8メートル車道側に寄った地点であること,(2)両車両が衝突した際,被告人車両は時速約60キロメートルで走行しており,その衝突により,被告人車両には,左前ライト・左ウィンカー割損,フロントガラス左側割損(なお,この割損部分には被害者の1人のものと見られる毛髪が付着している。),左側フェンダー凹損・擦過,ボンネット凹損,左前角バンパー擦過・割損及び左ドアミラー曲がり等の損傷が,被害自転車にも,フレーム曲損,後部泥除け曲損,後部荷台曲損及びハンドル曲損等の損傷がそれぞれ生じたこと,(3)その際の衝突音は,第2車線上を被告人車両とほぼ併走していた普通乗用自動車の運転者にも聞こえるほど大きなものであったこと,(4)被告人自身も,その衝突の際,自車左前部付近で「ドン」という音を聞き,同時に衝撃も感じたことが認められる。こうしたことによると,本件事故現場で被告人が耳にした衝突音や体感した衝撃はいずれも相当 (4)被告人自身も,その衝突の際,自車左前部付近で「ドン」という音を聞き,同時に衝撃も感じたことが認められる。こうしたことによると,本件事故現場で被告人が耳にした衝突音や体感した衝撃はいずれも相当に大きかったとみられ,しかもそれらが発生した場所は,第1車線を走行していた被告人車両の左前部,すなわち,自動二輪車や原動機付自転車,場合によっては自転車が通行することも予想される同車線左側部分であったのであるから,被告人においてその衝突の相手方を明確に認識していなかったとしても,その衝突の時点で,被告人は,少なくとも,もしかするとそうした車両と衝突して人に傷害を負わせたかも知れない旨,未必的に認識していたものと推認するのが相当である(このことは,人に傷害を負わせた可能性もあるとの考えを,当初から全面的には排除していなかった旨述べる被告人の当審での供述とも符合するものである。)。 そうすると,被害自転車との衝突後,直ちに被害者らの救護措置を採らず,また,事故発生の事実を警察官に報告しなかった被告人の行為が,救護義務違反や報告義務違反に当たることに疑いを入れる余地などない。 したがって,弁護人の上記(1)及び(2)の各主張は,いずれもその前提を欠き,採用することができない。 (法令の適用)罰条判示第1の行為被害者ごとに平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段判示第2の行為平成13年法律第51号による改正前の道路交通法119条1項7号の2,道路交通法65条1項,平成14年政令第24号による改正前の道路交通法施行令44条の3判示第3の行為救護義務違反の点平成13年法律第51号による改正前の道路交通法117条,道路交通法72条1項前段報告義務違反の点道路交通法119条1項10号,72条1項後段科刑上1罪 の3判示第3の行為救護義務違反の点平成13年法律第51号による改正前の道路交通法117条,道路交通法72条1項前段報告義務違反の点道路交通法119条1項10号,72条1項後段科刑上1罪の処理判示第1及び第3について,いずれも刑法54条1項前段,10条(判示第1については犯情の重いBに対する業務上過失致死罪の刑で,判示第3については重い救護義務違反の罪の刑でそれぞれ処断)刑種の選択いずれも懲役刑を選択併合罪加重刑法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条原審訴訟費用の不負担刑訴法181条1項ただし書(量刑の理由)本件は,被告人が,普通乗用自動車を運転中,前方不注視のまま時速約60キロメートルで進行した過失により,自車左前方を同方向に進行する自転車に全く気付かずに自車をその自転車に衝突させ,自転車の運転者の女性に重傷を負わせたほか,自転車後部に同乗していた女性を死亡させた(判示第1),という業務上過失致死傷と,その際,酒気を帯びて上記普通乗用自動車を運転し(同第2),さらに,その事故後に,救護・報告義務を怠って現場から逃走した(同第3),という道路交通法違反2件からなる事案であるが,本件事故の原因となった被告人の過失は,自動車運転者としての基本的な注意義務違反を内容とするものであるから,大きいといえること,20歳の前途ある若い命を奪ったばかりでなく,重傷を負った被害者にも20歳という若さで後遺障害におびえながら日々を過ごすことを余儀なくさせたのであって,その結果も誠に重大であること,若くして命を落とした被害者の無念さはもとより,その遺族の悲嘆も計り知れず,また,重傷を負った被害者の被った苦痛,その家族の心痛も優に察せられること,被害者らの処罰感情は非常に厳 誠に重大であること,若くして命を落とした被害者の無念さはもとより,その遺族の悲嘆も計り知れず,また,重傷を負った被害者の被った苦痛,その家族の心痛も優に察せられること,被害者らの処罰感情は非常に厳しく,示談もいまだ成立していないこと,加えて,本件は酒気帯び運転中の事故である上に,被告人はこの事故を引き起こしたのに救護・報告義務を果たさず,いわゆるひき逃げにまで及んでいること,以上を併せ考えると,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任は重いというべきである。 そうすると,本件事故発生当時,被害者らは自転車に2人乗りしており,しかもその態様は1人が運転者の後ろにいわゆる立ち乗りするというものであって,その運転態度には適切とはいえない面もあったこと,被告人は,一時事故現場から逃走したものの,間もなく事故現場に立ち戻り,臨場していた警察官に自分が本件事故を引き起こした旨申告し,業務上過失致死傷罪については自首が成立していること,被告人が,自己の不注意からこうした重大な結果を招いたことを悔い,被告人なりに被害者らのめい福と早期の治癒を祈っていること,被告人車両には,対人無制限の任意の自動車損害賠償保険契約が締結されており,将来的には被告人の責任に応じた適正な賠償がなされる見込みが高いこと,被告人にはこれまで前科がないこと,被告人は本件を引き起こしたことにより,臨時職員とはいえ地方公務員としての身分を懲戒免職により失うなど,一定の社会的制裁も受けていること,その他記録上肯認し得る被告人のために酌むべき諸事情を十分考慮しても,被告人を主文のとおりの刑に処するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年8月29日高松高等裁判所第1部裁判長裁判官正木勝彦裁判官増田耕兒 主文 よって,主文のとおり判決する。 理由 が相当である。 平成14年8月29日 高松高等裁判所第1部 裁判長裁判官 正木勝彦 裁判官 増田耕兒 裁判官 齋藤正人
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