【DRY-RUN】主 文 本件上告を棄却する。 理 由 弁護人田村公一、同佐藤博史の上告趣意第一点は、憲法三一条、三三条、三五条 違反をいうが、記録によれば、本件の捜索差押手続
主 文 本件上告を棄却する。 理 由 弁護人田村公一、同佐藤博史の上告趣意第一点は、憲法三一条、三三条、三五条 違反をいうが、記録によれば、本件の捜索差押手続に所論の違法は認められないと した原判決の判断は相当であるから、所論は前提を欠き、同第二点は、判例違反を いうが、原判決は所論引用の各高等裁判所判例と実質において相反する判断をした ものでないことが明らかであるから、所論は理由がない。 なお、兇器準備集合罪は、個人の生命、身体又は財産ばかりでなく、公共的な社 会生活の平穏をも同様に保護法益とするものであり(最高裁昭和四四年(あ)第一 四五三号同四五年一二月三日第一小法廷決定・刑集二四巻一三号一七〇七頁、同四 七年(あ)第一五九号同四八年二月八日第一小法廷決定・刑集二七巻一号一頁参照)、 また同罪はいわゆる抽象的危険犯であつて、いわゆる迎撃形態の兇器準備集合罪が 成立するためには、必ずしも相手方からの襲撃の蓋然性ないし切迫性が客観的状況 として存在することは必要でなく、兇器準備集合の状況が社会生活の平穏を害しう る態様のものであれば足りるというべきである。 よつて、刑訴法四〇八条により、裁判官団藤重光、同谷口正孝の各補足意見があ るほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。 本件判旨が兇器準備集合罪を抽象的危険犯として性格づけているのは、迎撃形態 のばあいに相手方からの襲撃の蓋然性ないし切迫性が客観的状況として存在するこ とを要するものではないという消極面において意味を有するばかりでなく、およそ 本罪の成立要件一般の問題として、兇器の種類・数量、集合した人数、周囲の状況、 等々、行為当時の具体的な要因をすべて総合的に考察判断して、その行為の規模・ - 1 - 態様等 有するばかりでなく、およそ 本罪の成立要件一般の問題として、兇器の種類・数量、集合した人数、周囲の状況、 等々、行為当時の具体的な要因をすべて総合的に考察判断して、その行為の規模・ - 1 - 態様等が、定型的にみて、個人の生命・身体・財産および公共的な社会生活の平穏 を害する抽象的危険を感じさせるようなものであることを要するという積極面にお いても、重要な意味を有するものと考える。おもうに、兇器準備集合罪の規定(刑 法二〇八条ノ二)は刑法典の傷害罪の章に置かれていることもあつて、その罪質は 立法当初からかならずしも明確なものとはいえなかつたが、本罪は憲法二一条の保 障する集会の自由ともかかわりがあるものであるだけに、その成立要件については、 解釈上、必要かつ充分なしぼりをかけることが要請されるのである。わたくしの理 解によれば、本件判旨は、判旨引用の当小法廷の両決定とあいまつて、まさにこの 要請にこたえるものである。(原判決が、本罪をもつて「右規定(=刑法二〇八条 ノ二)の定める構成要件に該当することが性質上一般的に法益侵害の危険を生ぜし めるものと擬制されるいわゆる抽象的危険犯である」としているのは、抽象的危険 犯の積極面を遺却しているかにみえる点で、すくなくとも措辞において妥当を欠く ものといわなければならないであろう。) 裁判官谷口正孝の補足意見は、次のとおりである。 一 所論は、兇器準備集合罪は具体的危険犯であるとし、いわゆる迎撃型の同罪 の成立要件としての共同加害の目的があるというためには相手方による襲撃が発生 する具体的可能性が現実に存在する必要がある、というのである。先ず、所論前段 の兇器準備集合罪の性格づけについていえば、同罪が集団犯罪を取り締る作用をも つことからして運用のしかたによつては集会・結社の自由に干渉する危険のあるこ とは否定し難いところで のである。先ず、所論前段 の兇器準備集合罪の性格づけについていえば、同罪が集団犯罪を取り締る作用をも つことからして運用のしかたによつては集会・結社の自由に干渉する危険のあるこ とは否定し難いところであり、特に兇器の範囲を用法上の兇器にまでひろげて解釈 している以上殊に然りというべきであろう。この点で論旨は問題の正しい一面をつ いているものといえる。しかし、同罪が個人的法益に対する侵害の危険のみを保護 法益とするものではなく、公共的な社会生活の平穏をも保護法益とするものである ことは、法廷意見に示すとおりであり、同罪の保護法益をそのように理解し、構成 - 2 - 要件として定められた行為の態様が兇器を準備して集合することにあることを考え れば、同罪は抽象的危険犯であると解するのが正しい。論旨はすでにその前提にお いて採用できないといわざるをえない。 二 ところで、論旨は、原判決が同罪の成立要件としての共同加害の目的につい て、「共同加害の目的はもともと行為者の主観に属する事柄であつて、二人以上の 者が共同して実現しようとする加害行為を確定的に認識し、あるいはその可能性を 認識してその行為に出ようという意思があれば足りる」と判示した点をとらえて、 引用の東京高裁判例と相反する判断をしたものであるという。しかし、引用の東京 高裁判例も、所論の如く、共同加害の目的があるというためには客観的事実として 相手方による襲撃が発生する具体的可能性ないし蓋然性がなければならないという ことまでを判示しているのではなく、いわゆる迎撃型の兇器準備集合罪にあつては、 「行為者の認識した事情を基礎として」相手方による襲撃が発生する具体的可能性 ないし蓋然性があると認められれば足りる旨を判示しているものと解されるのであ つて、両者が相反する判断をしたものとはいえないのである。思うに、同罪の成立 要 して」相手方による襲撃が発生する具体的可能性 ないし蓋然性があると認められれば足りる旨を判示しているものと解されるのであ つて、両者が相反する判断をしたものとはいえないのである。思うに、同罪の成立 要件としての共同加害の目的は、行為者の主観に存する意図の内容をいうのであり、 行為者にそのような意図があつたかどうかということは事実認定の問題としてとら えれば足りるのであるから、原判決がこの点について判示しているところは正当で ある。もつとも、この型の兇器準備集合罪にあつては、相手方による襲撃の発生す る具体的可能性ないし蓋然性が毫も存在しない場合に共同加害の目的があつたと認 定することはおよそ根拠のない無意味なことであつて、共同加害の目的の存在じた いが否定されるであろうから、その限りにおいては共同加害の目的の存在すること の認定の一つの理由となることは当然であろう。 三 さらに、論旨は、原判決が「本罪は所論にいう具体的危険犯ではなく、右規 定(註、刑法二〇八条の二の規定)の定める構成要件に該当することが性質上一般 - 3 - 的に法益侵害の危険性を生ぜしめるものと擬制されるいわゆる抽象的危険犯である と解するのが相当である」と判示した点が所論引用の東京高裁判例と相反する判断 をしたものであると主張する。しかし、引用の東京高裁判例も同罪が具体的危険犯 であるということを判示したものでないことは明らかであるから、この点において も両者が相反する判断をしたものとはとうていいえないわけである。そして、同罪 の性質については先に述べたとおりである。もつとも、私は、原判決が「兇器準備 集合罪は抽象的危険犯であるから、右刑法二〇八条の二の規定の定める構成要件に 該当することが性質上一般的に法益侵害の危険性を生ぜしめるものと擬制される」 と判示したことには疑問をもつ。思うに、およそ法益侵 合罪は抽象的危険犯であるから、右刑法二〇八条の二の規定の定める構成要件に 該当することが性質上一般的に法益侵害の危険性を生ぜしめるものと擬制される」 と判示したことには疑問をもつ。思うに、およそ法益侵害の生ずることのありえな いことが明らかであるような場合にも、当該犯罪が抽象的危険犯の故をもつて、当 該法条所定の行為があれば直ちに法益侵害の危険のあることが擬制されるとしてこ れを処罰するということになれば、法益侵害の危険が全くない場合にまで犯罪の成 立を認めることになり、犯罪の本質に反し不当であるとの非難を免れまい(この点 について、なお当小法廷昭和五五年一二月九日決定・刑集三四巻七号五一六頁以下 の谷口補足意見参照)。しかも、本罪については、冒頭に述べたように運用のいか んによつては集会・結社の自由に干渉する危惧すら否定しえないのであるから、同 罪の成立を肯定するためには行為の実質的危険性を度外視して考えることは許され ない。同罪の成立するためには公共的な社会生活の平穏を侵害する危険が具体的に 生ずることは必要でないが、準備された兇器の種類、数量、準備の態様等に併せて 行為当時の具体的事情を勘案し右の危険が一般的に認められること(いわゆる抽象 的危険が認められること)を必要とするものと考える。すなわち、迎撃型の本罪に ついては、相手方による襲撃が発生する具体的可能性ないし蓋然性の存在は共同加 害目的認定の資料たると共に、その危険が一般的に認められることは右犯罪の成立 を肯定するための要件であるというべきである。 - 4 - 以上の次第であつて、原判決がこの点について判示するところには一部批判を免 れないものがあるが、原判決もまた控訴趣意中の事実誤認の主張を排斥して、本件 において行為当時A派によるB派に対する襲撃が発生する具体的可能性ないし蓋然 性の存在したことまでも認 ところには一部批判を免 れないものがあるが、原判決もまた控訴趣意中の事実誤認の主張を排斥して、本件 において行為当時A派によるB派に対する襲撃が発生する具体的可能性ないし蓋然 性の存在したことまでも認め、準備された兇器の種類、準備の態様あるいは防禦の 態勢等を併せ考え、抽象的危険の存在を肯定したうえで本罪の成立を認めていると 解されるのであるから、私の考えに立つても結局正当であるということになる。 いずれにしても、原判決と所論引用の東京高裁判例との間に矛盾牴触するところ はなく、論旨は採用するに由ないものである。 昭和五八年六月二日 最高裁判所第一小法廷 裁判長裁判官 藤 崎 萬 里 裁判官 団 藤 重 光 裁判官 中 村 治 朗 裁判官 谷 口 正 孝 裁判官 和 田 誠 一 - 5 -
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