令和7年3月14日宣告令和5年(わ)第996号傷害、殺人被告事件判決主文被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中330日をその刑に算入する。 理由 【罪となるべき事実】被告人は第1 平成28年9月上旬頃から同月16日までの間に、当時の被告人方(地番は省略。)又はその周辺において、実子であるA(当時生後約4か月)に対し 1 Aの右上腕部にかみつく暴行を加え、よって、Aの右上腕部に全治まで約2週間を要する弧状の皮下出血を負わせ 2 Aの右前腕部にかみつく暴行を加え、よって、Aの右前腕部に全治まで約2週間を要する弧状の皮下出血を負わせ 3 Aの左上腕部にかみつく暴行を加え、よって、Aの左上腕部に全治まで約2週間を要する弧状の皮下出血を負わせ 4 Aの左前腕部にかみつく暴行を加え、よって、Aの左前腕部に全治まで約2週間を要する弧状の皮下出血を負わせ第2 令和4年5月14日、当時の被告人方(地番は省略。)において、実子であるB(当時生後約8か月)に対し、Bを死亡させる危険性が高いことを認識しながら、あえて、何らかの方法で、その胸腹部を圧迫し、よって、同日午後3時59分頃、福岡県a市bc丁目d番地のD病院において、Bを肝破裂により死亡させて殺害した。 【傷害事件に関する事実認定の補足説明】傷害事件について、被告人は、Aの左頬にかみついていないと述べている。当時 のAの写真によれば、左頬の皮下出血は、一見して歯形と見て取れるものではなく、かみつく行為以外の原因によって皮下出血が生じた合理的な可能性が残る。 よって、被告人がAの左頬にかみつく暴行を加えて皮下出血の傷害を負わせたとの点については、犯罪の証明がない(もっとも、この点は、判示傷害の罪と包括一罪の関係 皮下出血が生じた合理的な可能性が残る。 よって、被告人がAの左頬にかみつく暴行を加えて皮下出血の傷害を負わせたとの点については、犯罪の証明がない(もっとも、この点は、判示傷害の罪と包括一罪の関係にあるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。)。 【殺人事件に関する事実認定の補足説明】第1 争点及び判断構造殺人事件について、Bの遺体を解剖した医師(以下、「解剖医」という。)の証言や、事件発生時の状況に関する各証拠によれば、被告人が、判示日時・場所において、Bに対し何らかの暴行を加えたことにより、Bを肝破裂により死亡させたことは明らかに認められ、この点は、当事者間にも争いがない。 本件の争点は、被告人に殺意が認められるか否かであり、その前提として、肝破裂の原因となった暴行の内容にも争いがある。したがって、以下、①肝破裂の原因となった、被告人がBに対して加えた暴行について認定し、②前記①で認定した事実を前提に、被告人に殺意が認められるかを論じる。 第2 被告人が加えた暴行の内容(①について) 1 解剖医の供述概要は以下のとおりである(解剖医の知識・経験や判断の前提事実に疑うところはないからその供述は信用でき、供述概要どおりの事実を認定できる。)。 すなわち、Bの死因となった肝破裂は、腹部から背中に向けて圧力を加えられ、肝臓が脊椎に押し付けられて潰れたことによって生じた。その圧力の強さは、肝臓が挫滅にまで至っていることや、損傷しにくい腸間膜からの出血が認められることなどに照らすと、Bのお腹と背中がくっつくくらいの強い力であったといえる。また、そのような強い力を殴るなどして腹部に加えた場合、乳児の腹部が柔らかいことを踏まえても、腹部に皮下出血を伴うのが一般的であり、肝臓表面にも複数のひびができるはずなのに、そのような所見がないこ 。また、そのような強い力を殴るなどして腹部に加えた場合、乳児の腹部が柔らかいことを踏まえても、腹部に皮下出血を伴うのが一般的であり、肝臓表面にも複数のひびができるはずなのに、そのような所見がないこと からして、圧力を加えた方法としては、瞬間的な打撃というより、一定程度の時間、強い力で圧迫したとみるのが自然である。また、その他の所見も踏まえると、圧迫された範囲は胸腹部であり、圧迫の回数は多くとも数回である。もっとも、Bの胸腹部に対してなされた具体的な行為の内容や回数までは、断定することはできない。 2 以上の供述概要に照らせば、被告人は、Bの胸腹部を何らかの方法で、一定程度の時間、強い力で圧迫し、よって肝破裂を生じさせたと認められる。 3 これに対し被告人は、Bの腹部をお腹と背中がくっつくくらいの力で2回殴った旨供述し、弁護人は、この供述から、被告人がBに対してしたのは、2回の打撃行為(瞬間的に力を加えるような行為)であると主張する。 まず、Bの腹部を2回殴打したという供述を被告人がし始めたのは、本件で起訴されてから約半年後(事件からは約2年後)の令和6年4月以降である。 被告人は、その頃に、Bの腹部を2回殴打する夢を見たため、それまでは記憶になかった殴打行為を思い出したと述べる。このような経緯からしても、2回殴打したとの被告人の供述がそのまま信用できるとはいい難いが、それを措くとしても、以下のとおり、弁護人の主張は採用できない。 つまり、解剖医が供述するとおり、Bの身体には、肝破裂が瞬間的な打撃によって生じたとみるには不自然な所見が複数ある上、事件当時約58キログラムであった女性の被告人が、交通事故があった際に見られるような腸間膜損傷を生じさせるほどの強い力で瞬間的な殴打をしたというのも考えにくい。そうすると、仮に、被 見が複数ある上、事件当時約58キログラムであった女性の被告人が、交通事故があった際に見られるような腸間膜損傷を生じさせるほどの強い力で瞬間的な殴打をしたというのも考えにくい。そうすると、仮に、被告人が拳でBに対して暴行を加えたのだとしても、その方法は、上記1で検討したとおり、一定程度の時間、胸腹部を圧迫するようなものであったと認定できる。 また、Bの胸腹部にした行為について、被告人は、他にも、Bが呼吸をしていないことに気づき、大人に対して行うような心臓マッサージをBにしたとも述べた。しかし、被告人が乳児に対する心臓マッサージの方法を知らなかった として、さらに子供が呼吸をしていないと気づいて気が動転していたとしても、即座に119番通報せず、いきなり大人に対して行うような心臓マッサージを、早産で生まれ身体も弱いと分かっている生後約8か月のBに対して行ったという内容自体、かなり不合理である。加えて、被告人は119番通報時などの初期の段階で、他のささいな行為は報告していたのに、心臓マッサージをしたとは報告していないし、法廷で説明する心臓マッサージをした位置等もあいまいかつ不自然なものである。以上のような供述内容の不合理さや供述経過の不自然さに照らすと、大人に対してするような心臓マッサージをBに対してしたという被告人の供述は信用できない。 4 したがって、被告人の供述及び弁護人の主張を踏まえても、被告人は、Bの胸腹部を何らかの方法で、一定程度の時間、強い力で圧迫し、肝破裂を生じさせたと認められる。 第3 被告人の殺意の有無(②について) 1 前記第2で述べたとおり、被告人は、乳児であるBの胸腹部に対し、一定程度の時間、お腹と背中がくっつき、肝臓が挫滅するほどの強い力で圧迫したことが認められるところ、このような圧迫行為は ついて) 1 前記第2で述べたとおり、被告人は、乳児であるBの胸腹部に対し、一定程度の時間、お腹と背中がくっつき、肝臓が挫滅するほどの強い力で圧迫したことが認められるところ、このような圧迫行為は、臓器が損傷するなどして死亡する危険性の極めて高いものであることは明らかである。そして、一定時間の圧迫という方法から、被告人がそういった行為をあえて行ったといえるし、このような危険性を被告人が理解できなかったという疑いは生じない。 2 これに対し弁護人は、被告人はBに暴行を加えた後スマートフォンでアイロンといった無関係なものを検索したり、Bが呼吸していないのを確認した後は119番通報するなどしており、このような行為は、死の危険を認識して加害行為をなした直後の者の行動とはいえない旨主張する。確かに、弁護人が指摘する行為からすれば、被告人がBを殺してやろうという積極的な意図を持っていたとはいえない。もっとも被告人が衝動的に、Bが死亡する危険性があることを認識しながらあえて圧迫行為に及んだ後、一時的にBから気を逸らしてス マートフォンを操作するなどし、その後、呼吸をしていないBを見て、119番通報したという経過も十分あり得る。その他、殺意の有無に関し弁護人が指摘する事情を踏まえて検討しても、Bが死亡する危険性が高いことを認識しながらあえてBの胸腹部を圧迫したという認定が揺らぐものではなく、所論は採用できない。 3 したがって、被告人には殺意が認められる。 第4 結論以上より、被告人は、Bを死亡させる危険性が高いことを認識しながら、あえて、何らかの方法で、その胸腹部を圧迫して肝破裂により死亡させたといえるから、被告人には殺人罪が成立する。 【法令の適用】罰条判示第1の所為(1ないし4)包括して刑法204条 何らかの方法で、その胸腹部を圧迫して肝破裂により死亡させたといえるから、被告人には殺人罪が成立する。 【法令の適用】罰条判示第1の所為(1ないし4)包括して刑法204条判示第2の所為刑法199条刑種の選択判示第1の罪につき懲役刑を、判示第2の罪につき有期懲役刑をそれぞれ選択併合罪の処理刑法45条前段、47条本文、10条(重い判示第2の罪の刑に法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の処理刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)【量刑の理由】 1 本件は、生後約4か月の実子Aに対する傷害事件(判示第1)と、その約6年後になされた、生後約8か月の実子Bに対する殺人事件(判示第2)からなる事案である。 2 量刑の中心となる殺人事件についてみると、Bの肝臓は脊椎に押し当てられて離断、挫滅し、辛うじて被膜でつながっているに過ぎない状態にまで至っている。 被告人は、それほどの損傷が生じるに足りる圧力と時間を、全く抵抗できない当時生後約8か月(早産であり、発達具合でいえば生後約6か月相当)の乳児に対して加えたのである。そのような暴行は、凶器を使ったものと比較して勝るとも劣らない残虐なものであり、Bが感じた苦痛はいかほどのものであったかと思われる。さらに、Bに残された骨折の痕等やこれらに対する解剖医の証言等に照らし、被告人が本件犯行の約2か月前に離婚してから本件犯行までには、複数回Bに対する暴行に及んでいたものと認められ、本件は常習的な虐待の中での犯行といえる。Bの尊い生命が失われたということは、取り返しのつかない重大なものである。 被告人がこのような犯行に及んだ詳しい動機まではわからない。もっとも、被告人は、 本件は常習的な虐待の中での犯行といえる。Bの尊い生命が失われたということは、取り返しのつかない重大なものである。 被告人がこのような犯行に及んだ詳しい動機まではわからない。もっとも、被告人は、当時、周囲に頼れる真っ当な人物がいない中、一人で双子(Bとその弟であるC)を育てており、育児のストレスにさらされている状況にはあった。また、被告人には、自分を好ましく見せようとしたり、短時間で怒りと攻撃性の爆発に至り易いというパーソナリティ特性があり、マルチタスク能力も低かった。 このような特性や能力傾向は育児に不向きであるから、育児のストレスが重なって衝動的に犯行に及んだ可能性が存在する。しかし、客観的にみれば、被告人に対しては、Aの事件を踏まえて積極的に関与を試みた行政の支援や、実母によるそれなりの頻度での育児支援があった。そして、被告人は、殺人事件の数年前に、被告人の身体的虐待によりAが二度にわたり児童相談所等に保護され、最終的に児童養護施設入所となるという経験をしている(Aに対する虐待を被告人は否定しているが、この点は証拠から認められる。)。したがって、被告人は、自らが育児にストレスを感じやすく、それを育児の対象である子供に攻撃として向けてしまう傾向があることを理解し、子供に攻撃を向ける以外の方法を学ぶべきであったし、体が弱いと被告人自身が理解しているBを双子のCと共に育児していくのであれば、そもそも育児ストレスが格段に大きくなることを当然のこととして周囲の様々な支援を積極的に頼りながら育児すべきであった。それにもかかわら ず、被告人は、過去の過ちや自己の傾向に正面から向き合うことをせず、前夫との離婚時には、前夫がBを引き取ることを申し出てもなおB、C2人の養育を自ら引き受けながら、自己の思いを優先して行政の支援をその手で拒 人は、過去の過ちや自己の傾向に正面から向き合うことをせず、前夫との離婚時には、前夫がBを引き取ることを申し出てもなおB、C2人の養育を自ら引き受けながら、自己の思いを優先して行政の支援をその手で拒絶するなど、育児ストレスを抱え込みやすい環境を自ら招いている。さらに、被告人にBの育児をしていた様子はあるものの、Bに対する常習的な虐待行為や、本件犯行後からこれまでの被告人の言動からは、被告人は、本件犯行頃には、そもそもBの命を真に尊いものとして捉えていなかったことが見て取れる。以上の事情に照らすと、育児ストレスやパーソナリティ特性が犯行に影響を与えたことや、事件当時、十分に頼りにできる者が身近にはいなかったことを理由に、被告人の刑事責任が大きく軽くなるとはいえない。 3 以上によれば、殺人事件の犯情は悪く、Aに対する傷害事件も考慮すれば、本件は同種事案(処断罪:殺人、共犯関係等:単独犯、動機:児童虐待orその他の家族関係[only]、処断罪と同一又は同種の罪の件数:1件、被告人から見た被害者の立場:子、量刑上考慮した前科の有無:すべてなし、減軽事由:なし)の中でも重い部類に属するものといえ、相当長期間の実刑は避けられないものである。 4 以上を前提に一般情状についてもみると、被告人は、当時自分がAやBへ暴行したということは述べるものの、法廷においても、「もう一人の自分」がしたなどという自己の責任を逃れようとする不合理な弁解に終始している。また、自己の行為がBにどれほどの苦しみを負わせたのかということについて考えていることをうかがわせるような供述も、自己の過ちや傾向に向き合う供述もみられないまま、いまなおAやCを引き取る希望を述べている。このような被告人は、およそ自身のした行為に真摯に向き合っているとはいい難い。こうした事情も考慮し、 述も、自己の過ちや傾向に向き合う供述もみられないまま、いまなおAやCを引き取る希望を述べている。このような被告人は、およそ自身のした行為に真摯に向き合っているとはいい難い。こうした事情も考慮し、主文の刑が相当であると判断した。 (検察官の求刑:懲役13年、弁護人の科刑意見:判示第2につき傷害致死罪の成立に留まるとの主張を前提に、懲役5年) 令和7年3月21日福岡地方裁判所第2刑事部裁判長裁判官富張真紀 裁判官武田夕子 裁判官荒木克仁
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