令和4年8月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和2年(ワ)第1177号損害賠償請求事件口頭弁論終結日令和4年6月3日判決(当事者の表示省略) 主文 1 被告は、原告Aに対し、2837万1571円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Bに対し、1418万5785円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告Cに対し、1418万5785円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告らのその余の請求を棄却する。 5 訴訟費用は、これを10分し、その7を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。 6 この判決は、第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告A(以下「原告A」という。)に対し、4062万8450円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告B(以下「原告B」という。)に対し、2030万9225円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告C(以下「原告C」という。)に対し、2030万9225円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金 員を支払え。 第2 事案の概要本件は、被告の従業員で、解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により平成▲年▲月▲日に死亡したD(以下「亡D」という。)の妻である原告A並びに亡Dの子である原告B及び原告Cが、亡Dが死亡した原因は、被告における長時間労 解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により平成▲年▲月▲日に死亡したD(以下「亡D」という。)の妻である原告A並びに亡Dの子である原告B及び原告Cが、亡Dが死亡した原因は、被告における長時間労働及び過重な業務にあり、被告は亡Dに対する安全配慮義務を怠ったと主張して、被告に対し、相続によって取得した労働契約上の債務不履行を理由とする損害賠償請求権に基づき、損害賠償金及びこれに対する訴状送達日の翌日である令和2年3月28日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実のほかは、後掲各証拠(枝番があるもので、その全てを摘示すべき場合には、その記載を省略する。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により明らかに認められる。)当事者ア亡Dは、昭和▲年▲月▲日生まれの男性で、被告の従業員であった者である。 イ原告Aは、亡Dの妻であり、原告Bは、亡Dの長男、原告Cは、亡Dの長女である。 ウ被告は、昭和48年4月5日に設立され、エレクトロニクス用・産業用セラミックス及び電子部品の開発・製造・販売等を業とし、平成26年3月31日現在、グループ全体の従業員数は1594人、資本金は86億4672万円で、東京証券取引所及び名古屋証券取引所に上場している株式会社である。(甲13、29、弁論の全趣旨)亡Dは、高等学校を卒業後、昭和50年4月に公認会計士・税理士事務所に入所し、昭和63年4月に転職して、被告に入社した。亡Dは、被告において、平成14年6月から平成20年5月まで常勤監査役、同年6月から同 年8月まで人事室長、同年9月から平成21年8月まで経理室長、同年9月から総務室長として勤務していた。 亡Dは、平成▲年▲月▲ 年6月から平成20年5月まで常勤監査役、同年6月から同 年8月まで人事室長、同年9月から平成21年8月まで経理室長、同年9月から総務室長として勤務していた。 亡Dは、平成▲年▲月▲日、三重県桑名市にある「なばなの里」のLED設置状況を視察するため、被告代表取締役を含む幹部等に同行してマイクロバスで移動していたところ、同日午後6時頃、マイクロバス内でうずくまり、同行した被告社員が119番通報した。亡Dは、その後、心肺停止となり、救急隊により同市内の青木記念病院に搬送されたものの、同日午後7時19分に解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により死亡した。 原告Aは、瀬戸労働基準監督署長に対し、亡Dの死亡は業務に起因するものであるとして労働者災害補償保険法に基づく遺族年金給付及び葬祭料の給付申請をしたところ、瀬戸労働基準監督署長は、平成26年6月30日、亡Dの死亡は業務に起因するものであるとして、遺族年金給付及び葬祭料等を支給する旨の決定をした。 瀬戸労働基準監督署の調査官(以下「労基署調査官」という。)は、亡Dの死亡の業務起因性に関する調査において、亡Dの労働時間について、①出退勤時刻を管理しているタイムレコーダーの記録は、セキュリティー記録やパソコンのログ記録及び被告関係者の申述内容から妥当性が認められることから、タイムレコーダーの記録が記載された「就業週報・月報」の始業・終業時刻によって労働時間を推計することとし、「就業週報・月報」に記載がない打刻漏れの場合はセキュリティー記録の最初又は最終時刻を採用し、②休憩時間は、就業規則に定められている昼休憩の1時間と午後3時からの15分間のほか、事業場提出の資料及び被告関係者の申述内容から、時間外労働を行う場合に15分間の休憩時間を取得していたものとする一方、始業前 就業規則に定められている昼休憩の1時間と午後3時からの15分間のほか、事業場提出の資料及び被告関係者の申述内容から、時間外労働を行う場合に15分間の休憩時間を取得していたものとする一方、始業前15分間の休憩時間は、実地調査の結果、完全に取得していたとは認めらないことから休憩時間とはしないこととし、③出張日の労働時間は、「国内出張旅費精算書」に記載の発着時間を始業・終業時刻として採用することとし、 遠方への出張の場合は、出発から到着まで全ての時間を拘束時間とするものの、移動時間は休憩時間に含め、出勤後出張又は出張後出勤の場合は、タイムレコーダーの記録をベースとしつつ、4時間未満の出張で「国内出張旅費精算書」が作成されず移動時間が確認できない場合は全ての時間を勤務時間として休憩時間はないものとし、「国内出張旅費精算書」で移動時間が確認できる場合は、移動時間を休憩時間に含めることとし、④泊付き出張中日は、所定労働時間を労働時間としつつ、1時間を休憩時間とすることとして、発症前6か月間の労働時間を別紙1「労働時間集計表」のとおりと算定した。 (甲2、8・23、24頁)本件訴状は、令和2年3月27日、被告に送達された。 2 争点亡Dの労働時間及び業務内容並びに亡Dの死亡と業務の因果関係被告の安全配慮義務違反の有無損害額過失相殺及び素因減額 3 争点に関する当事者の主張 争点 (亡Dの労働時間及び業務内容並びに亡Dの死亡と業務の因果関係)について(原告らの主張)ア労働時間労基署調査官は、本来業務時間として扱うべき時間全てを労働時間として算定していないから、次のとおり修正を加える必要がある。 労基署調査官は、休憩時間について、就業規則に定められている昼休憩の1時間と午後3時からの15分間のほ として扱うべき時間全てを労働時間として算定していないから、次のとおり修正を加える必要がある。 労基署調査官は、休憩時間について、就業規則に定められている昼休憩の1時間と午後3時からの15分間のほか、事業場提出の資料及び被告関係者の申述内容から、時間外労働を行う場合に15分間の休憩時間を取得していたものとしているが、この休憩時間は、就業規則に根拠が なく、実地調査により取得が確認されたものでもないから、亡Dが取得していた休憩時間とは認められない。したがって、休憩時間は、就業規則どおり1時間15分とすべきである。 また、労基署調査官は、出張日の労働時間について、「国内出張旅費精算書」で移動時間が確認できる場合には移動時間を休憩時間としているが、移動は身体に負荷のかかるものである上に業務の一環であるから休憩時間とすることは不当であり、出張時の移動時間は、労働時間とすべきである。(出張中は休憩時間を1時間とする労基署調査官の考え方に倣い、休憩時間を1時間とする。)さらに、労基署調査官は、土曜日である平成25年11月30日及び同年12月14日について、亡Dが被告に出勤し、セキュリティー解除をしている事実が客観的に確認できるにもかかわらず、労働時間をゼロとしている。しかし、同年12月14日は、被告が瀬戸市文化センター文化ホールにおいて、自ら主催するクリスマスコンサートを開催しており、亡Dは、被告の従業員として、朝から出勤して準備を行い、午後からは他の従業員とともに瀬戸市文化センターに移動し、入口で来場者を迎え、コンサート終了後には来場者を見送り、後片付けまで行っているから、少なくともセキュリティー解除した時刻から、コンサートが終了し、来場者が会場からいなくなる午後6時頃までは労働時間として認定されるべきである。また、同年1 場者を見送り、後片付けまで行っているから、少なくともセキュリティー解除した時刻から、コンサートが終了し、来場者が会場からいなくなる午後6時頃までは労働時間として認定されるべきである。また、同年11月30日も、休日に業務上の必要性もなく出勤するとは考え難いことから、少なく見積もっても、セキュリティー解除の時刻から正午までは労働時間に算入すべきである。さらに、労基署調査官は、祝日である同年9月16日について、亡Dがパソコンを使用した事実が確認できるにもかかわらず、亡D以外の人がセキュリティー解除していることから労働時間をゼロとしているが、少なくともパソコンの起動時間は稼働していたと認められるから、労働時間に算入 すべきである。 以上の修正をし直した労働時間算定表は、別紙2「労働時間集計表」のとおりであり、亡Dの死亡直前の1か月の時間外労働時間は100時間を超えている。 イ業務内容亡Dは、死亡した平成▲年▲月当時、総務室長という本社総務の重要な業務の責任者であった。亡Dの担当業務は、被告が作成した「本社総務の業務担当者一覧表」によれば、社内行事(7項目)、総務管理(5項目)、福利厚生(10項目)、日常業務(12項目)、設備・備品(7項目)、ビル管理(8項目)、各種保険(4項目)、社外・官庁(8項目)、個別業務(3項目)と多岐にわたり、64項目もの多数の業務を担当しており多忙を極めていた。 亡Dは、死亡する前の1年間をみても、東京、郡山、福島など遠方への長期出張を繰り返しており、平成25年2月は連続して13日間、同年3月は合計20日間、同年4月は合計22日間、同年5月は連続して11日間の出張があり、同年6月以降も毎月5日から6日の連続した出張が繰り返されていた。 亡Dは、被告や被告関連会社の経理に精通していたこと 合計20日間、同年4月は合計22日間、同年5月は連続して11日間の出張があり、同年6月以降も毎月5日から6日の連続した出張が繰り返されていた。 亡Dは、被告や被告関連会社の経理に精通していたことから、本来は経理部の所轄であるはずの株式会社MARUWAQUARTZ(以下「MQ社」という。)の月次決算のために、郡山への長期出張を繰り返し、被告直江津工場の国税調査にも立ち会っていた。被告が平成24年12月にヤマギワ株式会社を買収するに際しては、同社の資産内容の調査などの重要業務を担当していた。 また、亡Dは、被告代表取締役の秘書として、同人の個人的な資産管理まで依頼されて任されていた。 亡Dは、被告代表取締役と事実上隣の席で勤務し、被告代表取締役の 指示を直接受ける立場にあり、被告代表取締役が従業員に解雇通告する場に立ち会うなど、心理的負荷の重い人事・労務の業務も担当していたため、強いストレスを受けていた。 ウ亡Dの死亡と業務の因果関係亡Dは、健康診断において「軽度の血液脂質異常を認めます」との指摘を受けたことはあったが、通院治療を必要とする疾病はなく、死亡前直近の平成25年7月13日に受診した健康診断においても、胃内視鏡検査を指示されたのみで、それ以外には生活習慣の改善や経過観察といった指導しかされていない。また、亡Dは、継続的に通院治療や投薬を受けていたこともなかった。したがって、亡Dには、死因となった解離性大動脈瘤を発症させる素因や基礎疾患があったとはいえない。 他方で、亡Dは長時間労働に従事していたことに加え、業務上の地位及びこれに伴い求められる緊張感から強いストレスを受けていたこと、死亡前6か月より遡って長距離の移動と長時間の拘束を伴う出張を指示されていたこと、このような業務状況が死亡前6か 加え、業務上の地位及びこれに伴い求められる緊張感から強いストレスを受けていたこと、死亡前6か月より遡って長距離の移動と長時間の拘束を伴う出張を指示されていたこと、このような業務状況が死亡前6か月のみならずさらに遡って長期間にわたり継続されていたことから、過重労働による慢性疲労が蓄積していたといえる。したがって、亡Dが従事していた業務が、同人の基礎的要因をその自然経過を超えて増悪させることになったといえる。亡Dには、被告における業務以外に解離性大動脈瘤を発症させる要因はなかった。 したがって、亡Dの死亡と業務との間に因果関係が認められる。 (被告の主張)ア労働時間労基署調査官の労働時間の算定には次のような誤りがある。 労基署調査官作成の調査復命書には、平成25年11月20日及び同月21日の総労働時間数が17時間15分と記載され、時間外労働時 間数はそこから8時間を引いた9時間15分と記載されているが、2日にわたる時間外労働時間を計算しているから、総労働時間数からは8時間ではなく、16時間を引くのが正しい計算式のはずである。 また、被告は就業規則上、昼休憩の1時間と午後3時から午後3時15分までの15分休憩の他に、労使慣行として、午前8時45分から午前9時までの15分休憩と、午後6時15分から午後6時30分までの15分休憩もあった。労基署調査官は、始業前15分の休憩時間は実地調査の結果、完全に取得していたと認められないとして、亡Dの労働時間の算定上、休憩時間と認めていないが、他の一部の者が労基署調査官の調査時に休憩を完全に取得していなかっただけで、実際には休憩時間を取得していた亡Dの労働時間の算定において休憩時間として認めないのは相当とはいえない。 労基署調査官及び原告らは、タイムレコーダーにより出退 憩を完全に取得していなかっただけで、実際には休憩時間を取得していた亡Dの労働時間の算定において休憩時間として認めないのは相当とはいえない。 労基署調査官及び原告らは、タイムレコーダーにより出退勤時刻が明らかではない日について、セキュリティー記録などから労働時間を算定しているが、亡Dが実際に被告に出社し仕事をしているとすれば、少なくとも被告本社1階フロアのセキュリティーが解除され、かつ、パソコンのログ記録も残っていなければならないから、次の日時については、労働時間として評価すべきではない(日付はいずれも平成25年のものである。)。 a 11月10日(日曜日)タイムレコーダー及びセキュリティー記録はなく、パソコンの起動時間が20分間とされているだけであり、労働時間としてみることはできない。パソコンの起動時間には、1階フロアのセキュリティーはセットされている状態である。 b 11月16日(土曜日)タイムレコーダー及びセキュリティー記録はなく、パソコンの起動 時間が17分間とされているだけであり、労働時間としてみることはできない。パソコンの起動時間には、1階フロアのセキュリティーはセットされている状態である。 c 11月30日(土曜日)午前9時16分にセキュリティーが解除されているが、午前9時27分には再びセットされており、解除の時間があまりにも短いので労働時間と評価できない。 d 12月7日(土曜日)1階のセキュリティーは午後2時38分にセットされているので、午後2時38分を終業時刻とするべきである。 原告らは、出張の際の移動時間は労働時間に含めるべきであると主張するが、出張の移動中は、一般的に労働者は使用者から監視されておらず、自由に過ごすことができるから、労基署調査官と同様に移動時間は休憩 原告らは、出張の際の移動時間は労働時間に含めるべきであると主張するが、出張の移動中は、一般的に労働者は使用者から監視されておらず、自由に過ごすことができるから、労基署調査官と同様に移動時間は休憩時間に含めるべきである。したがって、7月1日(この項における日付はいずれも平成25年のものである。)は6時間、7月6日は6時間15分、7月23日は7時間、9月1日は5時間、9月17日は7時間、9月18日は6時間、10月2日は5時間15分、10月11日は7時間30分、11月17日は5時間、11月19日は3時間30分、11月21日は3時間を休憩時間とすべきである。なお、次の日については、労基署調査官が算出した移動時間は誤っているため、各項記載の時間を休憩時間とすべきである。 a 6月28日(金曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、自宅(午前8時)から自宅(午前10時)まで2時間移動しているほか、始業前休憩を除いて通常の休憩時間(1時間30分)も取っているから、休憩時間は3時間30分とすべきである。 b 7月14日(日曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、自宅(午前8時)から自宅(午前10時)まで2時間移動しているから、休憩時間は2時間とすべきである。 c 8月2日(金曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、本社(午後1時)から名駅ビル(午後2時)まで、名駅ビル(午後4時)から本社(午後5時)まで合計2時間移動しているほか、午後休憩15分を除いて通常の休憩時間(1時間30分)も取っているから、休憩時間は3時間30分とすべきである。 d 8月5日(月曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、自宅(午前6時15分)から三田(東京支店)(午前9時30分)までが記載されているが、その後三春まで移動している移動時間3時間30 ある。 d 8月5日(月曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、自宅(午前6時15分)から三田(東京支店)(午前9時30分)までが記載されているが、その後三春まで移動している移動時間3時間30分の記載が漏れている。したがって、休憩時間は6時間45分とすべきである。 e 8月10日(土曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、郡山(午前4時)から自宅(午後5時)までが記載されているが、この日は三春から東京支店を経由して自宅に帰っており、少なくとも5時間は移動時間としてかかるから、休憩時間は5時間とすべきである。 f 8月20日(火曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、本社(午前10時30分)から名古屋(午前11時30分)まで、名古屋(午後1時30分)から本社(午後2時30分)まで合計2時間移動しているほか、昼休憩1時間を除いて通常の休憩時間(45分間)も取っているから、休憩時間は2時間45分とすべきである。 g 9月4日(水曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、郡山(午後4時)から自宅(午後5時)までが記載されているが、この日は三春から東京支店を経由して自宅に帰っており、少なくとも5時間は移動時間としてかかるから、休憩時間は5時間とすべきである。 h 10月5日(土曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、高崎(午後4時30分)から自宅(午後8時)までしか記載されていないが、10月2日から同月4日まで三春に出張しており、三春から高崎に移動したことは間違いないから、この日の移動時間は、その移動時間1時間30分を加えた5時間である。したがって、休憩時間は5時間とすべきである。 i 11月29日(金曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、自宅(午前6時)から福島(午前11時)まで、三田(東京支店)(午後7時 た5時間である。したがって、休憩時間は5時間とすべきである。 i 11月29日(金曜日)「国内出張旅費精算書」によれば、自宅(午前6時)から福島(午前11時)まで、三田(東京支店)(午後7時)から自宅(午後10時)までしか記載されていないが、実際には福島から三田(東京支店)まで移動したことは間違いないから、この日の移動時間は、その移動時間3時間30分を加えた11時間30分である。したがって、休憩時間は11時間30分とすべきである。 原告らは、平成25年12月14日は、被告主催のクリスマスコンサートが開催され、亡Dがその準備等を行ったことから労働時間に含めるべきであると主張するが、亡Dは、クリスマスコンサートにはボランティアとして自主的に参加を申し出たものであり、業務命令が出ていたわけでも、準備や後片付け等の作業を行う義務が課せられていたわけでもなく、被告の指揮命令下で行われた業務ということはできないから、労働時間に含めることはできない。 亡Dは、1日1箱半以上喫煙しており、休憩時間以外にも合計して1 時間から2時間は喫煙場所で喫煙していたから、実際に業務に当てられていた時間はさらに少なかった。 イ業務内容亡Dの役職である社長直属の総務室長というのはいわゆる閑職であって重責を担っていたわけではない。被告がまだ小さい会社だった頃から勤務していた亡Dは、被告が急速に業務を発展させて上場企業になる中で、業務の複雑化高度化についていくことができず、被告内で働く場所がなくなったが、長年誠実に勤務していたこと、人当たりがよく、見回りや声掛けをして社内の家族的な雰囲気作りに貢献していたことから、社長直轄にして身を預かったものである。 総務室長の業務は、社外団体(公益団体や地方自治体)や自治会・町内会対応 当たりがよく、見回りや声掛けをして社内の家族的な雰囲気作りに貢献していたことから、社長直轄にして身を預かったものである。 総務室長の業務は、社外団体(公益団体や地方自治体)や自治会・町内会対応、社内行事の承認、契約書の押印手続などが中心で、単なる形式的・事務的な手続に過ぎない業務が多かった。また、亡Dは、被告代表取締役が設立した財団の運営の手伝いなども行っていたが、スペイン舞踏・音楽(フラメンコ)の振興を目的とする財団と陶芸・照明分野のアーティスト支援の財団であり、緊急性やノルマがある業務でも、多大な損失が生じうる業務でもなく緩やかなのんびりとした業務であった。 亡Dは、概ね午前7時頃に出社し、午後7時から8時頃に帰宅していたが、長年の慣習からそのようにしていたに過ぎず、自らの業務があるために会社に残っていたわけではなかった。役職的には副部長格であったことから、亡Dの出退勤を管理する者はおらず、仕事がなくのんびり机にいたとしても誰からも注意されたり、指示されることはなく、自由きままに社内生活を送っていた。 亡DがMQ社の経理を手伝ったのは、MQ社が売上20億円の会社で経理内容が簡単であること、本社の決算期と重なる時期に経理スタッフを出せなかったことから、経験があって余力がある亡Dが選ばれたに過 ぎず、業務も補助的なもので責任者というわけではなかった。ヤマギワ株式会社(以下「ヤマギワ」という。)の買収についても、亡Dは責任者でも担当者でもなかった。 ウ亡Dの死亡と業務の因果関係亡Dの死亡前6か月間の時間外労働時間は、厚生労働省が定める認定基準の1か月80時間を超えたことはなく、この期間に労働時間が算定されない日は47日間あり、週休2日に近い状態で、出張の前後には休日もあったから、身体的疲労は十分に回復さ は、厚生労働省が定める認定基準の1か月80時間を超えたことはなく、この期間に労働時間が算定されない日は47日間あり、週休2日に近い状態で、出張の前後には休日もあったから、身体的疲労は十分に回復されていた。業務内容も営業ノルマがあるような業務遂行の結果について職務上責任を負うようなものではなく、精神的にも肉体的にも過重負荷がかかるものではなかった。 他方、亡Dは、平成19年から平成25年まで、毎年健康診断で軽度の血液脂質異常を指摘され、平成24年及び平成25年には高血圧によりB判定となっている。高血圧や高脂血症は解離性大動脈瘤の原因とされており、喫煙も含めて、亡Dの動脈硬化症循環器疾患の危険性は増大していた。 したがって、亡Dの死亡と業務との間に因果関係は認められない。 争点 (被告の安全配慮義務違反の有無)について(原告らの主張)亡Dは、死亡する6か月前くらいから疲れやすくなり、息切れ、咳込み、むくみなどの症状が現れ、胸痛を訴えるなど慢性心不全状態が悪化していった状況が看取されるところ、被告代表取締役は、亡Dと同室の事実上隣の席で執務していたのであるから、亡Dの健康状態の悪化を容易に知ることができたといえる。被告は、亡Dの健康状態が悪化しないように、亡Dの業務量を減らしたり、労働時間を短縮するなどして、亡Dの心身の健康を確保するよう配慮すべき義務があるにも関わらず、これを怠ったといえるから、亡Dに対する安全配慮義務違反は免れない。 (被告の主張)争う。 争点 (損害額)について(原告らの主張)ア逸失利益 4387万6901円亡Dの基礎年収を811万7235円、就労可能年数を10年(ライプニッツ係数は7.722)、生活費控除率を30%とすると、逸失利益は次のとおり4387万6901 逸失利益 4387万6901円亡Dの基礎年収を811万7235円、就労可能年数を10年(ライプニッツ係数は7.722)、生活費控除率を30%とすると、逸失利益は次のとおり4387万6901円となる。 811万7235円×7.722=6268万1288円6268万1288円×(1-0.3)=4387万6901円イ慰謝料 3000万円亡Dは、死亡時、原告A及び原告Cと同居し、生計を同一にしており、一家の支柱として経済的に家族を支えていた。原告Bは、亡Dと同居していなかったが、亡Dの葬儀では喪主を務めた。未だ28歳であった長男を残して先立たなければならなかった精神的苦痛を鑑みれば、死亡慰謝料は3000万円と評価するのが相当である。 ウ相続原告らは、法定相続分に応じて、亡Dの損害賠償請求権を原告Aは2分の1、原告B及び原告Cは各4分の1相続した。原告らが相続した損害賠償額は、原告Aが3693万8450円、原告B及び原告Cが各1846万9225円である。 エ弁護士費用弁護士費用は、原告らの損害額の約1割に相当する額(原告Aにつき369万、原告B及び原告Cにつき各184万円)が相当である。 オ合計原告らの請求額は、原告Aにつき4062万8450円、原告B及 び原告Cにつき各2030万9225円となる。 (被告の主張)ア原告らが主張する損害費目及びその額は争う。 イ瀬戸労働基準監督署は、平成26年6月30日付で遺族補償年金、遺族特別支給金及び遺族特別年金の支給決定を行い、原告Aは、同年7月9日から令和4年2月までの間に、保険給付金及び特別支給金として、次のとおり合計3171万5024円の支給を受けている。 葬祭料 111万1920円遺族補償年金 2229万3 9日から令和4年2月までの間に、保険給付金及び特別支給金として、次のとおり合計3171万5024円の支給を受けている。 葬祭料 111万1920円遺族補償年金 2229万3759円遺族特別支給金 300万円遺族特別年金 530万9345円ウ遺族特別支給金額は、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(以下「特別支給則」という。)5条3項により、一律300万円とされているのに対し、遺族特別年金額は、算定基礎日額に給付日数を乗じることによって求められるとされ(特別支給則9条1項)、算定基礎日額は発病前1年間に支払われた賞与の総額である特別給与の額(これが給付基礎年額の20%に相当する額を上回る場合には、給付基礎年額の20%に相当する額)を365で除した額とされている(特別支給則6条3項、6項)から、遺族特別年金は、賞与が得られなくなったという逸失利益を損害とみて、その一部を填補する性質を有しているといえる。遺族特別年金は、遺族補償年金と密接不可分の加給金的な関係があり、遺族補償年金との同一性、類似性が強く、機能的にも遺族補償年金の給付率を上げたのと同じ役割を果たしており、財源面からも同一性が認められる。遺族特別年金を損害から控除しないことは、事業主にとって二重払いの不利益になり、被災者には損害の二重填補となるため不合理である。したがって、遺族特別年金は損益相殺の対象とすべきである。 エしたがって、前記イの支給額のうち、遺族特別支給金300万円を除いた2871万5024円について、損害額から控除される。 争点 (過失相殺及び素因減額)について(被告の主張)総務室長には秘書担当や庶務担当の部下がいたから、仮に亡Dの仕事が過重になっていたのであれば、早朝の植木の水やりや苔の から控除される。 争点 (過失相殺及び素因減額)について(被告の主張)総務室長には秘書担当や庶務担当の部下がいたから、仮に亡Dの仕事が過重になっていたのであれば、早朝の植木の水やりや苔の世話を含め、過重になっていた業務を部下に任せることができたし、そうすべきであった。亡Dは、総務室長として総務室を統括する立場にあったから、自らを含めた総務室に所属する者の勤務状況、従業員の不足等を被告代表取締役に申告するなどして、業務軽減のための措置をとるように求めることは亡Dの職責であり、これが不可能であったという事情はない。 また、亡Dは、平成19年から平成25年まで、毎年健康診断結果の指導事項に「軽度の血液脂質異常を認めます」と記載され、総合判定でも「C日常生活に注意を要し経過観察とします」、「D 検査または精密検査を要します」という指導がされており、喫煙、運動、食生活等の生活習慣を見直す必要性を認識していたにもかかわらず改めていない。亡Dは、平成25年7月13日の健康診断では、胃腫瘍が疑われ、胃内視鏡検査が必要であると指摘され、同年10月30日には被告本社で就業時間内に面談した医師から、胃内視鏡検査を受けるように直接指導され、死亡する47日前の同年▲月▲日には、ゴルフの最中に胸を押さえるしぐさをして、亡Dの兄から早く病院に行った方がいい旨言われているが、結局一度も病院で検査を受けることはなかった。 このような事情によれば、亡Dには、自らの死亡について7割を下らない過失があった。 (原告らの主張)亡Dの業務は、植木の水やりや苔の世話といった作業だけではなく、取引 先への出張や経理作業については、代わってもらう従業員がいなかった。そもそも、総務室を統括していたのは被告代表取締役であり、従業員の勤務状況、人材不足 といった作業だけではなく、取引 先への出張や経理作業については、代わってもらう従業員がいなかった。そもそも、総務室を統括していたのは被告代表取締役であり、従業員の勤務状況、人材不足等を認識し、亡Dの業務軽減措置を講じる職責を負っていた。 被告は、亡Dが喫煙、運動、食生活等の生活習慣の見直しをする必要性を認識していたのに改めなかったと主張するが、かかる要因が亡Dの死亡結果に寄与したとは認められないし、業務軽減措置を講じられなければ、亡Dが定期的に運動時間を確保することも困難であった。また、被告は、胃内視鏡検査を受検しなかったと主張するが、胃内視鏡検査と亡Dの死亡との関係性はない。亡Dは、平日の勤務日に有給休暇を取得できる勤務状況にはなく、精密検査を受けるために病院に行く時間を確保することができなかったから、亡Dの死亡について亡Dに責任があるとはいえない。 したがって、被告の過失相殺又はその類推適用に関する主張には理由がない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前提事実、証拠(各項末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 亡Dの業務内容ア亡Dは、平成21年9月から被告において総務室長として勤務していた。 被告の組織は、年度ごとに少しずつ変わっているが、平成25年当時、総務室は、コーポレート部門として管理本部の下に、経営企画室、リスク管理室、経理室、人事室、品質保証本部、営業本部及び開発本部とともに置かれており、総務室には、秘書担当の従業員と庶務担当の従業員が1人又は二、三人在籍していた。総務室の業務は、大きな項目として、社内行事、総務管理、福利厚生、日常業務、設備・備品、ビル管理、各種保険、社外・官庁及び個別業務があり多岐にわたっていた。亡Dは、総務室の業務 全般にわた の業務は、大きな項目として、社内行事、総務管理、福利厚生、日常業務、設備・備品、ビル管理、各種保険、社外・官庁及び個別業務があり多岐にわたっていた。亡Dは、総務室の業務 全般にわたって多くの業務を担当しており、具体的な日常業務としては、本社及び各事業場に異常がないかどうかの日常的な見回り、金庫の鍵の管理、植木の水やり、委託清掃会社との契約・実施状況の確認、事業場で必要な各種保険の契約更新、補助金申請、全社の車両管理(事故管理、購入、廃車)、複合機等のリース契約の更新、社内行事の設定及び取りまとめなどを行っていたほか、経理関係の業務に携わっていた経験から、各事業場を回り決算の確認なども行っていた。被告が平成24年12月3日に株式会社企業再生支援機構からヤマギワの全株式を取得して子会社化する際には、同社に赴き帳簿の確認などを行い、被告の子会社であるMQ社の総務、人事、経理などを担当する管理部門のマネージャーが決算期の1か月前の平成25年2月末に退職すると、被告から後任のマネージャーを出向させるまでの間、福島県田村郡三春町にあるMQ社に毎月出張して経理業務等の応援に当たった。また、被告代表取締役が設立し、被告が支援している公益財団法人スペイン舞踏振興マルワ財団(以下「スペイン財団」という。)の業務も行うほか、被告代表取締役の個人資産の管理も任されていた。(甲8・18、204ないし220頁、9、33、34、37、38、41、乙12、原告A、証人E)総務室は、被告本社の1階フロアに管理本部の他の部署と一緒にあり、亡Dの席は、被告代表取締役の席と1席分の空間を空けて隣接した場所にあった。(甲8・120頁、乙12)イ事実認定の補足説明前記認定事実について、被告は、亡Dは、ヤマギワの買収に関して責任者でも担当者でもなか 表取締役の席と1席分の空間を空けて隣接した場所にあった。(甲8・120頁、乙12)イ事実認定の補足説明前記認定事実について、被告は、亡Dは、ヤマギワの買収に関して責任者でも担当者でもなかったとして、亡Dがヤマギワの買収に関する業務には関与していなかったかのような主張をする。しかしながら、国内出張旅費精算書(甲8・173ないし176、182頁)によれば、亡Dは、被告がヤマギワの全株式を取得した平成24年12月3日の後で ある同月10日から同月14日まで、同月25日から同月26日まで、平成25年1月9日から同月11日まで及び同年3月12日に東京のヤマギワ本社に出張しているところ、亡Dがヤマギワの買収に関する業務に何らかの関与をしていたと認めるのが相当であり、この点について被告から合理的な説明もないことを踏まえると、被告代表者取締役に同行して帳簿などを見ていた旨を亡Dから聞いたとする原告Aの供述に信用性が認められる。 亡Dの就業状況及びそれに関する事項ア亡Dが勤務していた被告本社の所定労働時間は、被告の就業規則上、冬期(9月21日から6月20日まで)は、始業時刻が午前9時、終業時刻が午後6時15分、夏期(6月21日から9月20日まで)は、始業時刻が午前8時15分、終業時刻が午後5時30分、休憩時間は、午後0時から午後1時まで及び午後3時から午後3時15分までの75分であり、1日について実働8時間と定められていた。(甲8・148頁)イ被告では、亡Dを含む従業員の出退勤はタイムレコーダーで管理されており、タイムレコーダーによる出退勤時刻は、就業週報・月報に記録されていた。就業週報・月報に記録された亡Dの平成25年6月23日から同年12月19日までの始業、終業時刻は、別紙3「労働時間集計表」のタイム イムレコーダーによる出退勤時刻は、就業週報・月報に記録されていた。就業週報・月報に記録された亡Dの平成25年6月23日から同年12月19日までの始業、終業時刻は、別紙3「労働時間集計表」のタイムレコーダー欄記載のとおりである。(甲8・23、244ないし249頁、乙10)。 出張状況亡Dの死亡前1年間の出張状況は次のとおりである。(甲8・175ないし203頁)期間出張先平成24年12月25日~同月26日ヤマギワ本社・東京支店平成25年1月9日~同月11日ヤマギワ本社・東京支店 同年2月5日~同月8日 MQ社(三春町)同月9日伏見稲荷(名古屋市)同月15日~同年3月9日伏見・東京支店・MQ社(三春町)同年2月23日財団(東京都)同年3月12日東京支店・ヤマギワ本社同年3月18日~同月27日東京支店・MQ社(三春町)同年4月2日~同月12日 MQ社(三春町)同月20日~同月30日 MQ社(三春町)・東京支店同年5月3日~同月12日 MQ社(三春町)・東京支店同月16日名駅ビル(名古屋市)同月21日川越市役所・東京支店同年6月4日~同月8日東京支店・MQ社(三春町・いわき市)同月12日ルブラ王山同月21日名古屋インターシティ同月28日愛知県旅券センター同年7月1日~同月6日 MQ社(三春町)同月14日愛知県旅券セ 名古屋インターシティ同月28日愛知県旅券センター同年7月1日~同月6日 MQ社(三春町)同月14日愛知県旅券センター同月23日東京支店同年8月2日名駅ビル同月5日~同月10日東京支店・MQ社(三春町)同月20日名古屋市内同年9月1日~同月4日東京支店・MQ社(三春町)同月17日~同月18日直江津工場同年10月2日~同月5日 MQ社(三春町・いわき市)同月11日東京都・川越市 同年11月17日~同月21日三春町・東京都同月29日福島県庁・東京支店 労基署の労働時間の認定前記前提事実のとおり、労基署調査官は、亡Dの労働時間について、出退勤時刻を管理しているタイムレコーダーの記録は、セキュリティー記録やパソコンのログ記録及び被告関係者の申述内容から妥当性が認められることから、タイムレコーダーの記録が記載された「就業週報・月報」の始業・終業時刻によって労働時間を推計することとし、打刻漏れの場合には、セキュリティー記録の最初又は最終時刻を採用している。(なお、セキュリティー記録は、別紙1「労働時間集計表」のセキュリティー欄に、パソコンのログ記録は、同表のパソコン欄に記載されているが、セキュリティーは、本社玄関、1階フロア及び3階フロアに設置されているところ、1階フロアにある総務室に行くためには、本社玄関のセキュリティーを解除後、1階ロビーを通って1階フロアのセキュリティーを解除することから、玄関の時刻を採用することとする ロアに設置されているところ、1階フロアにある総務室に行くためには、本社玄関のセキュリティーを解除後、1階ロビーを通って1階フロアのセキュリティーを解除することから、玄関の時刻を採用することとする一方、玄関のセキュリティーを亡D以外の者が解除し、1階フロアのセキュリティーを亡Dが解除している場合は1階フロアの時刻を採用し、セキュリティーをセットする場合にも同様の考え方をしている。セキュリティー記録は、亡Dがセット又は解除した時刻に限られず、亡D以外のがセット又は解除した時刻も含まれる。)そして、休憩時間は、就業規則に定められている昼休憩1時間と午後3時からの15分間のほか、時間外労働を行う場合の15分間の休憩時間を認めている。出張日の労働時間は、「国内出張旅費精算書」に記載の発着時刻を始業・終業時刻とし、移動時間は休憩時間に含めるが、出勤後出張又は出張後出勤の場合には、就業週報・月報によって始業・終業時刻を認め、移動時間が確認できない場合は休憩時間はないものとし、移動時間が確認できる場合は移動時間を休憩時間に含めている。泊付き出張中の日については、所定労働時間として、休憩時間は1 時間としている。 瀬戸労働基準監督署は、前記のとおりの方法で労働時間を認定した上で、亡Dについて、発症前2か月における1か月当たりの平均時間外労働時間が80時間を超えていること、毎月片道4時間を超える長距離出張があり、拘束時間は発症前1か月目及び2か月目のいずれも290時間を超えていること、発症前1か月以内である平成25年11月29日に往復8時間の日帰り出張をしていることから、著しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に就労していたと認め、亡Dの死亡は業務に起因するものであると認定した(甲8・16頁) 亡Dの健康状態亡Dは、毎年6月又 帰り出張をしていることから、著しい疲労の蓄積をもたらす過重な業務に就労していたと認め、亡Dの死亡は業務に起因するものであると認定した(甲8・16頁) 亡Dの健康状態亡Dは、毎年6月又は7月に、被告において健康診断を受けていたが、平成19年からは、軽度の血液脂質異常を認め、生活習慣を改善して再検査を受けるように指導がなされ、平成24年からは、血圧が基準値をわずかに超え、平成23年からは、胃X線検査で異常が疑われるので胃内視鏡検査を受けるように指導がなされていた。(甲8・253ないし260頁)亡Dは、平成▲年▲月▲日、ゴルフをプレー中、胸を押さえるようなしぐさをし、一緒にプレーしていた亡Dの兄であるF(以下「F」という。)がどうしたのか尋ねると、心臓の病気で死亡した亡Dの父親の病気と似ていると述べたため、Fは亡Dに対し、早く病院に行くように促した。また、亡Dは、同居する原告Aに対し疲労感を訴えたり、咳き込むことが度々あったため、原告Aは病院を受診するように勧めたが、亡Dが病院を受診することはなかった。(甲3・88ないし106頁、19、33、証人F、原告A)亡Dは、1日当たり20本程度の喫煙習慣があった(甲8・19、93頁) 厚生労働省が定める脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準医学専門家等によって構成された脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会は、平成13年11月、長期間にわたる業務による疲労の蓄積を脳・心 臓疾患の発症においても考慮すべきであるとし、業務の過重性の新たな評価の方法について報告書を作成し、これに基づいて、厚生労働省は、同年12月、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」と題する行政通達を発出した。そして、厚生労働省は、令和3年9月、医 成し、これに基づいて、厚生労働省は、同年12月、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」と題する行政通達を発出した。そして、厚生労働省は、令和3年9月、医学専門家等によって構成された脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会の検討結果を踏まえて、新たに「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」と題する行政通達(以下「認定基準」という。)を発出した。(甲16、17、43)認定基準による業務起因性の判断基準は次のとおりである。 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(以下「長期間の過重業務」という。)に就労したことによる明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、業務に起因する疾病として取り扱う。そして、恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、疲労の蓄積が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、その結果、脳・心臓疾患を発症させることがあることから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症前の一定期間の就労実態等を考察し、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断する。負荷要因のうち、労働時間は疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ、その時間が長いほど、業務の過重性が増し、具体的には、発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて、①発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価でき、②発症前1か月間におおむね100時間又は発 が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価でき、②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおお むね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる。労働時間以外の負荷要因としては、拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルが短い勤務、不規則な勤務・交代制勤務・深夜勤務、出張の多い業務、その他事業場外における移動を伴う業務、心理的負荷を伴う業務、身体的負荷を伴う業務、温度環境や騒音があり、これらにより一定の負荷が認められる場合には、労働時間の状況も総合的に考慮し、業務と発症との関連性が強いといえるかどうかを適切に判断することとし、その際、前記②の水準には至らないがこれに近い時間外労働が認められる場合には、特に他の負荷要因の状況を十分に考慮し、そのような時間外労働に加えて一定の労働時間以外の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断する。(甲43) 2 争点(亡Dの労働時間及び業務内容並びに亡Dの死亡と業務の因果関係)について亡Dの労働時間ア認定事実によれば、亡Dの出退勤はタイムレコーダーで管理され、その出退勤時刻は就業週報・月報に記録されているところ、その時刻は、亡Dが業務で使用していたパソコンのログ記録や亡Dの勤務していた本社建物のセキュリティー記録とも整合的であるから、始業・終業時刻は、就業週報・月報に記録されている時刻を採用するのが相当である。なお、出張又は打刻漏れにより、就業週報・月報に記録がない場合があるが、その場合には、次のように考えることとする から、始業・終業時刻は、就業週報・月報に記録されている時刻を採用するのが相当である。なお、出張又は打刻漏れにより、就業週報・月報に記録がない場合があるが、その場合には、次のように考えることとする。 イまず、出張のうち東京や三春町のMQ社への出張のように長時間の移動がある場合には、移動時間も業務によって拘束されているというべきであるから、移動を開始した時刻を始業時刻、移動が終了した時刻を終業時刻とすることとするが、移動は公共交通機関を利用して行われており、移動 中に何らかの業務に従事しなければならなかったという事情を認めることはできず、移動中は時間を自由に利用することが保障されていたといえるから、移動時間は労働時間に含めず、休憩時間とすることとする。出張のうち名古屋市内への出張で短時間の移動しかなく、業務中に出張先に赴いている場合には、移動中に業務から離脱し、時間を自由に利用することが保障されていたとは認めがたいことから、移動時間を含めて全て労働時間に含めることとする。宿泊を伴う出張で、業務の開始時及び終了時に移動を伴わない場合には、労働時間を推認する資料がないことから、所定労働時間に基づいた始業、終業時刻とすることとする。なお、出張中にもパソコンのログ記録が存在するが、亡Dが出張の際にパソコンを持参せず、残されたパソコンを他の従業員が使用した可能性が否定できない(甲8、123頁)ことから、パソコンのログ記録によって労働時間を推認することはできない。 以下、出張日の労働時間の算出について補足して説明する。(日付はいずれも平成25年のものである。)被告は、8月5日は、国内出張旅費精算書に、自宅から三田(東京支店)までの移動の後、三春まで移動している移動時間3時間30分の記載が漏れていると主張する。確かに、国内 平成25年のものである。)被告は、8月5日は、国内出張旅費精算書に、自宅から三田(東京支店)までの移動の後、三春まで移動している移動時間3時間30分の記載が漏れていると主張する。確かに、国内出張旅費精算書(甲8・196頁)の記載からは、同日東京支店から三春まで移動していることが推認されるが、移動時刻の記載がない。そこで、同日の終業時刻は所定労働時刻の午後5時30分とすることとし、移動時間を休憩時間として計上しないこととする。 8月10日及び9月4日は、国内出張旅費精算書(甲8・196、198頁)の記載では、郡山発午後4時、自宅着午後5時となっている。郡山から自宅までの移動時間が1時間であることはないので、郡山発の時刻と自宅着の時刻のいずれかが誤っていると考えられるが、 正しい時刻を推認するための資料がないから、記載されているとおり、自宅着午後5時、移動時間1時間として労働時間を算出する。 被告は、10月5日は、国内出張旅費精算書には、高崎から自宅までの移動の記載しかないが、その前に三春から高崎まで移動していることは間違いないから、その移動時間1時間30分が休憩時間として加えられるべきであると主張する。確かに、国内出張旅費精算書(甲8・200頁)の記載からすると、三春から高崎まで移動していることは確かであるといえるが、その日時、方法は明らかではなく、必ずしも同日高崎から自宅まで移動する前に三春から高崎まで移動していたとはいえない。したがって、三春から高崎までの移動時刻が明らかでない以上、この移動時間を推計して休憩時間に計上することはしない。 11月29日は、国内出張旅費精算書(甲8・203頁)の記載では、自宅から福島まで、三田から自宅までしか記載されていないが、福島から三田まで移動したことは確かであり 間に計上することはしない。 11月29日は、国内出張旅費精算書(甲8・203頁)の記載では、自宅から福島まで、三田から自宅までしか記載されていないが、福島から三田まで移動したことは確かであり、同月19日に三春から三田まで移動に3時間30分を要している(甲8・202頁)ことから、同月29日も福島から三田まで移動に3時間30分を要したものとする。したがって、同日の移動時間は、自宅から福島までの5時間、三田から自宅までの3時間に福島から三田までの3時間30分が加わるので、合計11時間30分となる。 ウ次に、タイムレコーダーの打刻漏れがある場合については、パソコンのログ記録及びセキュリティー記録のうち亡D自身がセキュリティーの解除又はセットをしたことが確認できる時刻から、始業、終業時刻を推認することとする。具体的な日付における労働時間は次のように考える。(日付はいずれも平成25年のものである。)8月14日は、就業週報・月報には有休と記載され、出勤、退勤時 刻の記録はないが(甲8・245頁)、パソコンのログ記録の開始時刻は午前8時21分、終了時刻は午後4時47分であり(甲8・388、397頁)、亡Dは、1階フロアのセキュリティーを午前8時19分に解除し、最終的に午後4時42分にセットしている(甲8・346頁)。 同日は、被告において盆の一斉休暇であり(証人G)、亡Dも有給休暇を取得していたため、タイムレコーダーの打刻をしなかったが、実際には業務を行っていたものと考えられる。セキュリティー記録に基づき、午前8時19分から午後4時42分まで労働したものと推認する。 8月28日は、就業週報・月報には退勤時刻が午前6時51分と記録されているが、同日は出張し直帰しており、出張に出た際にタイムレコーダーの打刻を忘れたために 4時42分まで労働したものと推認する。 8月28日は、就業週報・月報には退勤時刻が午前6時51分と記録されているが、同日は出張し直帰しており、出張に出た際にタイムレコーダーの打刻を忘れたために、システム上、出勤時刻の1分後の時刻が記録されているものである(甲8・121、246頁)。パソコンのログ記録の終了時刻は午後1時41分となっている(甲8・398頁)が、その後、出張に出たものと推認される。出張先での業務終了時刻を推認する資料がないことから、所定労働時間に基づき、終業時刻を午後5時30分とする。 8月31日は、パソコンのログ記録の開始時刻は午前8時23分、終了時刻は午前8時47分であり(甲8・389、398頁)、亡Dは、1階フロアのセキュリティーを午前8時21分に解除し、これを午前9時45分にセットし、本社玄関のセキュリティーを午前10時09分にセットしている(甲8・299、346頁)。1階フロアのセキュリティーをセットした後にいかなる業務を行っていたか明らかではないことから、午前9時45分まで労働したものと推認する。 9月16日は、就業週報・月報には出勤時刻の記録がなく、退勤時刻が午後2時48分と記録され(甲8・246頁)、パソコンのログ記録の開始時刻は午後2時54分、終了時刻は午後5時38分であり (甲8・390、399頁)、亡Dは、1階フロアのセキュリティーを午後2時49分に解除し、これを午後5時40分にセットしている(甲8・347頁)。就業週報・月報の出勤時刻の記録がない一方、就業週報・月報の退勤時刻とパソコンのログ記録の開始時刻及びセキュリティー記録の解除時刻が非常に近接していることからすると、亡Dは、タイムレコーダーで出勤時刻を打刻するところ誤って退勤時刻を打刻してしまったものと推認される。 ソコンのログ記録の開始時刻及びセキュリティー記録の解除時刻が非常に近接していることからすると、亡Dは、タイムレコーダーで出勤時刻を打刻するところ誤って退勤時刻を打刻してしまったものと推認される。セキュリティー記録から、午後2時49分から午後5時40分まで労働したものと推認する。 11月10日は、就業週報・月報には法休と記載され、出勤、退勤時刻の記録はなく(甲8・248頁)、セキュリティー記録でも亡Dがセキュリティーを解除又はセットした記録はない(甲8・304、351頁)。他方、パソコンのログ記録には、開始時刻は午前11時38分、終了時刻は午前11時58分との記録がある(甲8・392、401頁)。セキュリティー記録から亡Dが出社していることが確認できず、タイムレコーダーの打刻もないこと、パソコンは社外に持ち出すことも可能であったことを踏まえると、パソコンのログ記録だけから、亡Dが出社して業務を行っていたことを推認することはできない。 11月16日は、就業週報・月報には休日と記載され、出勤、退勤時刻の記録はなく(甲8・248頁)、セキュリティー記録でも亡Dがセキュリティーを解除又はセットした記録はない(甲8・304、351頁)。他方、パソコンのログ記録には、開始時刻は午後3時31分、終了時刻は午後3時48分との記録がある(甲8・393、402頁)。 セキュリティー記録によれば、パソコンのログ記録の時間には、1階フロアのセキュリティーはセットされた状態であったことが認められる。前記で説示した事情も踏まえると、パソコンのログ記録だけから、亡Dが出社して業務を行っていたことを推認することはできない。 11月30日は、就業週報・月報には休日と記載され、出勤、退勤時刻の記録はなく(甲8・249頁)、パソコンのログ記録も 亡Dが出社して業務を行っていたことを推認することはできない。 11月30日は、就業週報・月報には休日と記載され、出勤、退勤時刻の記録はなく(甲8・249頁)、パソコンのログ記録もない。他方、亡Dは、本社玄関のセキュリティーを午前9時15分に、1階フロアのセキュリティーを午前9時16分に解除し、双方のセキュリティーを午前9時27分にセットしている(甲8・305、352頁)。 原告らは、亡Dが休日に業務上の必要性もなく出勤することは考え難いとして、少なくともセキュリティーを解除した時刻から正午まで労働したものと考えるべきであると主張する。しかし、セキュリティー記録上、亡Dが本社にいた時間は12分間に過ぎず、タイムレコーダーを打刻せず、パソコンも使用していないことからすれば、業務のために出勤したものと認めることは困難である。したがって、亡Dが同日に労働していたと認めることはできない。 12月7日は、就業週報・月報には出勤時刻が午前8時42分と記録されているが退勤時刻の記録がなく(甲8・249頁)、パソコンのログ記録の開始時刻は午前10時24分、終了時刻は午前11時15分であり(甲8・394、403頁)、亡Dは、本社玄関のセキュリティーを午前8時42分に、1階フロアのセキュリティーを午前8時43分に解除している(甲8・306、353頁)。午前11時15分にパソコンの使用を終了して以降、亡Dが退勤したことを推認させる資料はないから、退勤時刻は午前11時15分とする。 12月18日は、就業週報・月報には出勤時刻の記録がなく、退勤時刻は午後7時19分と記録され(甲8・249頁)、パソコンのログ記録の開始時刻は午前7時、終了時刻は午後7時16分(甲8・394、403頁)であり、セキュリティー記録では亡Dがセキュリティーを 時刻は午後7時19分と記録され(甲8・249頁)、パソコンのログ記録の開始時刻は午前7時、終了時刻は午後7時16分(甲8・394、403頁)であり、セキュリティー記録では亡Dがセキュリティーを解除又はセットした記録はない(甲8・306、355頁)。始業時刻は、パソコンのログ記録に基づき午前7時とする。 ▲月▲日は、亡Dが解離性大動脈瘤を原因とする急性心筋梗塞により死亡した日であるが、解離性大動脈瘤の症状が出現して救急搬送されたのが同日午後6時頃であることから、午後6時を終業時刻とする。 エ証拠(甲8・306、353頁、甲25、証人G、原告A)及び弁論の全趣旨によれば、被告が主催するクリスマスコンサートが、平成25年12月14日午後3時から、瀬戸市文化センターで開催されたこと、亡Dは同日午前8時前に家を出て、被告本社に立ち寄った後、コンサート会場に移動して、コンサートの準備作業や来場者の出迎えなどに当たったこと、コンサートに参加していた従業員は、コンサートの終了後、撤収作業を行って、午後6時頃には解散したことが認められる。 亡Dがコンサートの準備作業等に当たったことについて、被告はボランティアであり、被告の業務ではないと主張し、証人Gもこれに沿う供述をする。しかしながら、このクリスマスコンサートは被告が主催していることに加え、証人Gの供述によれば、クリスマスコンサートの企画、運営は被告広報部が行っており、外部の委託会社とともに、被告従業員15人くらいがコンサート当日の会場の運営を担当していたこと、役割分担などの事前の打ち合わせは被告本社の会議室で行われたことが認められるところ、亡Dは被告の業務としてコンサートの準備等に当たったと認めるのが相当であり、これをボランティアであると評価することはできない。 証拠 打ち合わせは被告本社の会議室で行われたことが認められるところ、亡Dは被告の業務としてコンサートの準備等に当たったと認めるのが相当であり、これをボランティアであると評価することはできない。 証拠(甲8・306、353頁)によれば、亡Dは会社玄関のセキュリティーを同日午前8時21分に解除していることが認められるところ、午前8時21分から、解散した午後6時まで業務に当たったと認めるのが相当である。なお、休憩時間は1時間とする。 オ前提事実、認定事実、によれば、被告の就業規則上、休憩時間は、午後0時から午後1時まで及び午後3時から午後3時15分までの75分 と定められているが、労基署調査官は、事業場提出の資料、被告関係者の申述内容及び実地調査の結果を踏まえて、この他に時間外労働を行う場合に15分間の休憩時間が設けられていたと認める一方、被告が主張する始業前の15分間の休憩時間は完全に取得していたとは認められないとして休憩時間とは認めないと判断している。労基署調査官は、事業場に資料を提出させ、被告関係者からの聞き取りを行った上で、実地調査を行って前記判断をしているところ、その判断内容は信用に値し、十分尊重されるべきである。原告は、時間外労働を行う場合の15分間の休憩時間は、就業規則に根拠がなく、実地調査により取得が確認されたものでもないから休憩時間と認められないと主張する。しかし、労働時間の認定は、現実の就労状況に基づいてなされるべきであるから、就業規則に根拠がなかったとしても、休憩時間が設けられている実態があれば休憩時間として認められる。また、時間外労働を行う場合の15分間の休憩時間が実地調査によって確認されていないと認める証拠はない。したがって、原告の主張を採用することはできない。他方、被告は、亡D以外の者が実 して認められる。また、時間外労働を行う場合の15分間の休憩時間が実地調査によって確認されていないと認める証拠はない。したがって、原告の主張を採用することはできない。他方、被告は、亡D以外の者が実地調査の際に休憩を取得していなかったとしても、亡Dは実際に休憩時間を取得しているのであるから、休憩時間として認めるべきであると主張し、証人Gは、亡Dが始業前の15分間に業務を行っていたことはなかったと供述する。しかし、証人Gは、亡Dと同じ本社ビルで勤務していたものの、被告に入社したのは亡Dが死亡する約4か月前で、勤務する部屋も亡Dが勤務していた1階フロアとは異なる3階フロアであり、亡Dの勤務状況を十分に認識できる環境にはなかったことからすると、その供述内容の信用性は乏しいといわなければならない。始業前の休憩時間を取得していない従業員がいる一方で、亡Dだけが休憩時間を取得していたと認めるに足りる証拠はない。 したがって、被告の主張も採用することはできない。 以上から、休憩時間は午後0時から午後1時まで及び午後3時から午 後3時15分までの75分間並びに時間外労働がある場合に15分間取得していたものと認める。なお、始業から終業までの時間が所定労働時間に満たない場合には、その労働時間中、前記休憩時間に含まれる時間だけを休憩時間とすることとし、就業中に出張の移動が始まる場合には、前記の方法で算出される休憩時間と移動時間としての休憩時間を合算するものとする。 また、出張中の休憩時間は、労基署調査官の認定と同様に1時間(午後0時から午後1時までとする。)とする。 カ以上を踏まえて算定した亡Dの死亡前6か月間の労働時間は、別紙3「労働時間集計表」に記載のとおりとなる。なお、平成25年11月20日及び同月21日の2日間の時間外労働時間数 とする。)とする。 カ以上を踏まえて算定した亡Dの死亡前6か月間の労働時間は、別紙3「労働時間集計表」に記載のとおりとなる。なお、平成25年11月20日及び同月21日の2日間の時間外労働時間数の算出方法は、同月15日から同月21日までの1週間のうち同月16日及び17日の2日間は労働時間が計上されず休日といえることから、同月20日及び同月21日の2日分の所定労働時間である16時間を2日間の総労働時間数から差し引くことによって算出するものとする。 別紙3「労働時間集計表」によれば、亡Dの発症前の時間外労働時間数は、発症前1か月目が69時間59分、発症前2か月目が81時間06分、発症前3か月目が46時間00分、発症前4か月目が51時間01分、発症前5か月目が44時間39分、発症前6か月目が60時間15分となる。 亡Dの業務内容認定事実及びによれば、亡Dは、総務室長として、総務室が担当する広範囲にわたる総務業務の多くを担当していた。日常業務としては、本社及び各事業場の見回り、植木の水やり、委託清掃会社の実施状況の確認などの施設管理、金庫の鍵の管理、全社の車両管理などの設備・備品等の管理、保険契約やリース契約の更新などの契約管理などが中心であったが、各事業場 を回っての決算確認なども行い、平成25年3月からは、子会社であるMQ社の管理部門のマネージャーが退職した穴を埋めるため、毎月数日間にわたり出張して経理業務等の確認を行っていた。また、被告代表取締役が設立したスペイン財団の業務や被告代表取締役の個人資産の管理を行うほか、死亡した日には被告代表取締役らの現地視察に同行するなど、被告代表取締役の秘書的業務も担っていたと認められる。亡Dの業務は総務業務を中心に広範囲にわたり、出張も多い多忙なものであった。 この点 、死亡した日には被告代表取締役らの現地視察に同行するなど、被告代表取締役の秘書的業務も担っていたと認められる。亡Dの業務は総務業務を中心に広範囲にわたり、出張も多い多忙なものであった。 この点、被告は、亡Dの業務である総務室長の業務は単なる形式的・事務的な手続に過ぎない業務が多く、緊急性があったりノルマが課せられるような業務はなく緩やかなのんびりとした業務であって、いわゆる閑職であったなどと主張する。そして、証人Gは、亡Dは、朝早くに出勤しても新聞を読んだり、コーヒーを飲んだりして過ごしており、1日に一、二時間は喫煙所で煙草を吸っていたなどと供述し、証人Eは、亡Dは、自ら申し出てMQ社に出張していただけで、被告が出張を指示していたわけでもなく、MQ社も出張の必要性を感じていなかったなどと供述する。しかしながら、証人Gについては、前記説示のとおり、亡Dの勤務状況を十分に認識できる立場にはなかったものでその供述内容の信用性は乏しく、証人Eについても、被告が指示していない出張業務を亡Dが自らの意思で毎月繰り返していたなどということは考え難く、その供述を信用することはできない。亡Dの担当していた業務は総務室長として総務業務が中心であったことから、間接部門における業務としてノルマが課せられるようなものではなかったとはいえるが、そうだからといって亡Dが担当する業務量が少なかったということはできず、そもそも総務業務は企業活動が円滑に進むように裏から支える業務であって、閑職といえるものとも認められない。したがって、被告の主張は認めることはできない。 亡Dの死亡と業務の因果関係 ア認定事実のとおり、厚生労働省は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等についての認定基準を定めているが、認定基準は医学専門家等による専門検討会を経て作成 亡Dの死亡と業務の因果関係 ア認定事実のとおり、厚生労働省は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等についての認定基準を定めているが、認定基準は医学専門家等による専門検討会を経て作成されたものであり、その内容には医学的に十分な根拠があると認められるから、本件においても、亡Dの死亡と業務の因果関係については、認定基準に準拠しつつ、検討するのが相当である。 イ前記で認定したとおり、亡Dの発症前の時間外労働時間は、発症前1か月目が69時間59分、発症前2か月目が81時間06分、発症前3か月目が46時間00分、発症前4か月目が51時間01分、発症前5か月目が44時間39分、発症前6か月目が60時間15分であり、1か月当たりの時間外労働時間は、発症前2か月間が75時間32分、発症前3か月間が65時間41分、発症前4か月間が62時間01分、発症前5か月間が58時間33分、発症前6か月間が58時間49分となる。 ウ前記で認定したように、亡Dの業務は、毎月数日間連続で子会社に宿泊付き出張をするなど出張の多い業務であり、認定事実によれば、亡Dは毎月数日間連続で宿泊付きの出張をすることを少なくとも発症前1年前から続けていたことが認められる。出張の大部分を占めるMQ社は福島県三春町に所在し、その移動時間は、片道5時間程度であったことを踏まえると、亡Dは長期間にわたる多くの出張で疲労を蓄積させていたと認めることができる。 そうすると、亡Dの発症前の時間外労働時間は、発症前1か月が69時間59分で、発症前2か月間から6か月間の1か月当たりの時間外労働時間も最大で発症前2か月間の75時間32分であり、認定基準の②の水準には至らないが、移動時間を労働時間に計上していない出張を毎月数日間連続で繰り返しており、その期間も少なくとも発症前1 時間外労働時間も最大で発症前2か月間の75時間32分であり、認定基準の②の水準には至らないが、移動時間を労働時間に計上していない出張を毎月数日間連続で繰り返しており、その期間も少なくとも発症前1年間は続いて疲労を蓄積させていたことからすれば、亡Dの死亡と業務との間に因果関係を認めるのが相当である。 この点、被告は、亡Dが健康診断において軽度の血液脂質異常と高血圧を指摘されていること、亡Dに喫煙の習慣があったことを主張するが、血液脂質異常も高血圧も軽度のものであり、喫煙の習慣を含めて、これらが亡Dの解離性大動脈瘤の発症の要因となったと認めるに足りる証拠はないから、前記認定は左右されない。 3 争点(被告の安全配慮義務違反の有無)について使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)、使用者がこれに違反した場合には、労働者に対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。 前記2で認定したように、亡Dは、総務室長として総務室が担当する総務業務を行っており、MQ社の経理業務の応援も被告の指示命令によって行っていたと認めることができる。また、認定事実によれば、亡Dは、管理本部の他の部署と一緒に本社1階フロアで勤務し、被告代表取締役の席とも近接していたのであるから、被告代表取締役及び亡Dの上司に当たる管理本部長らは、亡Dが長時間勤務を行い、毎月数日間連続して出張を繰り返していたことを認識していたと認めることができる。 そうすると、被告は、亡Dが長時間勤務を行い、毎月数時間連続して 上司に当たる管理本部長らは、亡Dが長時間勤務を行い、毎月数日間連続して出張を繰り返していたことを認識していたと認めることができる。 そうすると、被告は、亡Dが長時間勤務を行い、毎月数時間連続して出張を繰り返すなどして被告の疲労を蓄積させ、心身の健康を損なうことがないように業務量の配分を見直すなどの注意をする義務があり、これを怠ったと認めることができる。したがって、被告は、亡Dに対し、債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。 4 争点(過失相殺及び素因減額)について被告は、①亡Dは、総務室長として総務室を統括する立場にあったから、自 らを含めた総務室に所属する者の勤務状況などを被告代表取締役に申告するなどして業務軽減のための措置をとる職責があり、自らの業務が過重になっていたのであれば、部下に対し業務を任せることも可能であった、②亡Dは、健康診断において軽度の血液脂質異常を指摘され精密検査を受けるように、平成25年の健康診断では胃腫瘍が疑われ胃内視鏡検査を受けるようにそれぞれ指導がなされ、死亡する47日前には胸を押さえるしぐさをして兄から病院に行くように言われていたにもかかわらず、一度も病院で検査を受けることはなく、喫煙、運動、食生活等の生活習慣の見直しもしなかったことから、亡Dに過失があったと主張する。 しかしながら、使用者は、雇用する労働者に対し、従事する業務を定めることができ、労働者は、使用者から定められた業務を軽減するように求めることが容易ではないといえるから、労働者が自ら関わる業務について業務が過重になっていた場合に申告することが業務上義務付けられていたとか、使用者に対し、自らが関わる業務量について誤った認識を与えたといった事情がない限り、使用者に対し業務軽減を求めなかったことについて、労働者に過失があっ 合に申告することが業務上義務付けられていたとか、使用者に対し、自らが関わる業務量について誤った認識を与えたといった事情がない限り、使用者に対し業務軽減を求めなかったことについて、労働者に過失があったと認めるのは相当とはいえない。本件において、総務室長であった亡Dは、総務室の勤務状況を把握すべき立場にあったといえるが、使用者や上司である被告代表取締役や管理本部長に対し、過重業務になっていた場合に業務の軽減を求めることを業務上義務付けられていたと認めることはできない。また、部下を含む他の従業員もそれぞれ担当業務があることから、無条件に部下に仕事を割り振ることはできないのであり、本件において、亡Dが部下に対し自らの業務を任せ、業務を軽減させることができたことを認めるに足りる証拠はないから、亡Dが部下に対し業務を任せなかったからといって、亡Dに過失があったということはできない。 また、亡Dの軽度の血液脂質異常は疾病と評価されるものではなく、胃腫瘍は解離性大動脈瘤の発症要因となるものではないこと、亡Dが病院を受診した としても、解離性大動脈瘤の発症を防ぐことができたか明らかではないことからすれば、亡Dが病院を受診しなかったことを過失と評価することはできない。 したがって、本件において過失相殺を適用し、又は素因減額として過失相殺の規定を類推適用することはできない。 5 争点(損害額)について逸失利益 4387万6901円証拠(甲8・6、10、234頁)によれば、亡Dについて、平成25年8月21日から同年11月20日までの賃金を基準に算出した1日当たりの賃金額は1万8532円、同年6月及び同年12月に支給された賞与を基準に算出した1日当たりの賞与額は3707円であると認められる。したがって、亡Dの基礎年収は、811万 を基準に算出した1日当たりの賃金額は1万8532円、同年6月及び同年12月に支給された賞与を基準に算出した1日当たりの賞与額は3707円であると認められる。したがって、亡Dの基礎年収は、811万7235円((1万8532円+3707円)×365日=811万7235円)であると認められる。亡Dの死亡時の年齢が57歳で、就労可能年数を10年とし、10年のライプニッツ係数を7.722、生活費控除率を30%とすると、逸失利益は次のとおり4387万6901円となる。 811万7235円×7.722=6268万1288円6268万1288円×(1-0.3)=4387万6901円慰謝料 3000万円証拠(甲8・5、55頁)及び弁論の全趣旨によれば、亡Dは、死亡時、原告A及び原告Cと同居し生計を同一にして、一家の支柱として経済的に家族を支えていたと認められる。被告は、亡Dに対し、長時間勤務に加え、長期間にわたる連続した出張を繰り返させ、過重労働をさせていたにもかかわらず、本件においては、閑職にあって、誰からも注意や指示をされることなく自由きままな社内生活を送っていたなど、亡Dの名誉を害し、原告ら遺族の心情を逆撫でする主張を繰り返している。 以上のような事情を踏まえると、慰謝料は3000万円とするのが相当で ある。 損益相殺後の合計額 5158円3142円証拠(甲7、乙11、調査嘱託の結果)によれば、原告Aは、平成26年7月から令和4年2月までに、労災保険金として、葬祭料111万1920円、遺族補償年金2229万3759円、遺族特別支給金300万円、遺族特別年金530万9345円を受給したことが認められる。 このうち葬祭料は、葬儀費用に充てられるものであり、本件において原告らは葬儀費用の請求をしていないから、損 円、遺族特別支給金300万円、遺族特別年金530万9345円を受給したことが認められる。 このうち葬祭料は、葬儀費用に充てられるものであり、本件において原告らは葬儀費用の請求をしていないから、損益相殺の対象とはならない。また、遺族特別支給金及び遺族特別年金を含む特別支給金は、被災労働者の損害を填補する性質を有するということはできないから、損益相殺の対象として、損害額から控除することはできない(最高裁平成8年2月23日第二小法廷判決・民集50巻2号249頁参照)。 したがって、原告Aが受給した労災保険金のうち遺族補償年金2229万3759円を損益相殺として、損害額から控除することとする。 損益相殺後の金額は次のとおり、5158万3142円となる。 (4387万6901円+3000万円)-2229万3759円=5158万3142円原告らの相続額亡Dの損害賠償請求権は、原告Aが2分の1、原告B及び原告Cは各4分の1相続するから、原告らの総額は原告Aが2579万1571円、原告B及び原告Cが各1289万5785円となる。 弁護士費用弁護士費用は、本件事案の内容を踏まえると、原告Aについて258万円、原告B及び原告Cについて各129万円とするのが相当である。 原告らの請求額前記の金額に前記の金額を加えると、原告らの請求額は原告Aについ て、2837万1571円、原告B及び原告Cについて各1418万5785円となる。 6 結論よって、原告らの請求は、原告Aが被告に対し、2837万1571円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め、原告B及び原告Cが被告に対し、それぞれ1418万5785円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による 令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め、原告B及び原告Cが被告に対し、それぞれ1418万5785円及びこれに対する令和2年3月28日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容することとし、原告らのその余の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第1部 裁判官小林健留 別紙1~3 (省略)
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