主文 1 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。 2 本件訴えのうち,被控訴人が水俣病である旨の認定の義務付け請求に係る部分を却下する。 3 被控訴人の水俣病認定申請棄却処分取消請求を棄却する。 4 訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人との間に生じた部分は,すべて被控訴人の負担とする。 事実 及び理由第1 控訴の趣旨主文第1ないし第3項同旨第2 事案の概要 1 事案の要旨(1) 被控訴人は,昭和53年9月30日に熊本県知事に対し,公害健康被害補償法(昭和48年法律第111号。なお同法の題名は昭和62年法律第97号により「公害健康被害の補償等に関する法律」に改められた。以下,同改正の前後を問わず「公健法」という。)4条2項の規定に基づく水俣病認定申請(以下「本件申請」という。)をしたところ,同知事は昭和55年5月2日に本件申請を棄却する処分(以下「本件処分」という。)をした。被控訴人は,本件処分を不服として,熊本県知事に対する異議申立てを経て,昭和56年10月28日に公害健康被害補償不服審査会(以下「本件審査会」という。)に対して審査請求(以下「本件審査請求」という。)をしたところ,本件審査会は平成19年3月22日に本件審査請求を棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。 (2) 本件は,被控訴人が本件処分及び本件裁決を不服として,控訴人に対して本件処分の取消しと,熊本県知事において,被控訴人に対し,公健法4条2項に基づき被控訴人がかかっている疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る 水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを求めている事案 知事において,被控訴人に対し,公健法4条2項に基づき被控訴人がかかっている疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る 水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることの義務付けを求めている事案である。被控訴人は,原審においては,国に対して本件裁決の取消しも求めていた。 2 原審の経緯原審は,控訴人に対する請求については,公健法4条2項に基づく水俣病認定の要件を満たしていると判断して,本件処分を取り消し,熊本県知事に対して,被控訴人に対し,公健法4条2項に基づき被控訴人がかかっている疾病が水俣市及び葦北郡の区域に係る水質の汚濁の影響による水俣病である旨の認定をすることを命じ,国に対する請求については,本件処分が取り消されることにより,本件裁決の取消しを求める法律上の利益を有しないことになるとしてその部分の訴えを却下した。 これに対して,控訴人のみが控訴し,被控訴人と国との間の訴訟は確定した。 3 法令の定め(1) 救済法昭和44年12月15日,「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法」(昭和44年法律第90号。以下「救済法」という。)が制定された。 ア救済法1条は,同法は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発した場合において,当該疾病にかかった者に対し,医療費,医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより,その者の健康被害の救済を図ることを目的とすると規定していた。 イ救済法2条1項は,同法において「指定地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発している地域で政令で定めるものをいう旨規定し,同条2項は,1項 指定地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発している地域で政令で定めるものをいう旨規定し,同条2項は,1項の政令においては,あわせて同項に規定する疾病を定めなければならない旨規定し,同法施行令は指定地域の中で 「熊本県水俣市,葦北郡,鹿児島県出水市」を掲げ,指定疾病として「水俣病」を掲げていた。 ウ救済法3条は,指定地域の全部又は,一部を管轄する都道府県知事は,当該指定地域につき,前条第2項の規定により定められた疾病にかかっている者について,その者の申請に基づき,公害被害者認定審査会の意見を聞いて,その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は,水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行う旨規定していた。 エ救済法4条ないし9条は,医療費,医療手当及び介護手当の支給要件等につき規定している。 オ救済法13条,14条及び17条は,救済法による上記の各支給の支給に要する費用の2分の1(事務処理に要する費用は別途割合)を公害防止事業団からの納付金により賄うものとし,これに相当する金額を新たに環境庁長官の指定を受けた民法上の法人が公害防止事業団に拠出することとし,事業者は,上記民法上の法人に対し上記拠出金にあてるための拠出を行う旨規定している。 (2) 公健法昭和48年10月に公布され,昭和49年9月1日から施行され,これに伴って救済法は廃止された。 ア公健法1条は,同法は,事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償並びに被害者の福祉に必要な事業及び大気の汚染の影響による健康被害を予防するために必要な事業を行 ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償並びに被害者の福祉に必要な事業及び大気の汚染の影響による健康被害を予防するために必要な事業を行うことにより,健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ることを目的とする旨規定する。 イ公健法2条1項は,同法において「第一種地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ,その影響 による疾病(次項に規定する疾病を除く。)が多発している地域として政令で定める地域をいう旨規定し,同条2項は,同法において「第二種地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域をいう旨規定し,同条3項は,前2項の政令においては,あわせて前2項の疾病(以下「指定疾病」という。)を定めなければならない旨規定する。 ウ公健法4条2項は,第二種地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該第二種地域につき同法2条3項の規定により定められた疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行う,この場合においては,当該疾病にかかっていると認められるかどうかについては,公害健康被害認定審査会(以下「認定審査会」という。)の意見をきかなければならない旨規定する。 エ公健法44条は,第一種地域又は第二種地域の全部又は一部をその区域に含む都道府県又は第4条第3項の政令で定める市 会(以下「認定審査会」という。)の意見をきかなければならない旨規定する。 エ公健法44条は,第一種地域又は第二種地域の全部又は一部をその区域に含む都道府県又は第4条第3項の政令で定める市に,認定審査会を置く旨規定し,45条1項は,認定審査会は,委員15人以内で組織する旨規定し,同条2項は,委員は医学,法律学その他公害に係る健康被害の補償に関し学識経験を有する者のうちから,都道府県知事又は第4条第3項の政令で定める市の長が任命する旨規定する。 オ公健法106条2項は,認定又は補償給付の支給に関する処分に不服がある者のする審査請求は,公害健康被害補償不服審査会(本件審査会)に対してしなければならない旨規定する。 カ公健法3条1項は健康被害に対する補償のために支給される給付として 次のものを掲げている。 ① 療養の給付及び療養費② 障害補償費③ 遺族補償費④ 遺族補償一時金⑤ 児童補償手当⑥ 療養手当⑦ 葬祭料キ公健法49条2項は,4条2項の認定に係る被認定者及び認定死亡者に関する補償給付の支給に要する費用の全部は62条1項の規定により独立行政法人環境再生保全機構が徴収する特定賦課金をもって充てる旨規定し,62条1項は,第二種地域に係る指定疾病に影響を与える水質汚濁の原因である物質を排出した特定施設の設置者から特定賦課金を徴収する旨,同条2項は,特定施設設置者は,特定賦課金を納付する義務を負う旨,それぞれ規定する。 ク公健法附則3条においては,同法の施行の際に現に救済法3条1項の認定を受けている者は,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けたものとみなす旨規定するほか,附則4条1項,2項も,公健法施行の際現に救 3条においては,同法の施行の際に現に救済法3条1項の認定を受けている者は,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けたものとみなす旨規定するほか,附則4条1項,2項も,公健法施行の際現に救済法3条1項の認定の申請をしている者に対しては,従前の例によりその認定をすることができ,この認定を受けた者は,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けたものとみなす旨規定している。 (3) 公害健康被害の補償等に関する法律施行令公害健康被害の補償等に関する法律施行令(昭和49年政令第295号。 なお,昭和62年政令第368号による改正前の題名は「公害健康被害補償法施行令」であったが,以下,同改正の前後を問わず「公健法施行令」という。)1条は,公健法2条2項の政令で定める地域及び同項に規定する疾病 は,別表第二のとおりとする旨規定し,公健法施行令別表第二は,4の項の中欄において,「熊本県の区域のうち,水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち,出水市の区域」を掲げ,その下欄において,「水俣病」を掲げ,なお,同別表備考は,同別表に掲げる区域は,昭和49年6月10日における行政区画その他の区域によって表示されたものとする旨規定する。 4 関係通知の定め(1) 46年事務次官通知(甲4)環境庁事務次官は,昭和46年8月7日,救済法3条1項に規定する認定に関し,関係各都道府県知事にあてて「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について」と題する通知(昭和46年環企保第7号。以下「46年事務次官通知」という。)を発出した。46年事務次官通知は,水俣病の認定の要件として,下記のとおり規定している。 記第一水俣病の認定の要件(1) 水俣病は,魚介類に蓄積 」という。)を発出した。46年事務次官通知は,水俣病の認定の要件として,下記のとおり規定している。 記第一水俣病の認定の要件(1) 水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経系疾患であって,次のような症状を呈するものであること。 (イ) 後天性水俣病四肢末端,口囲のしびれ感にはじまり,言語障害,歩行障害,求心性視野狭窄,難聴などをきたすこと。また,精神障害,振戦,痙攣その他不随意運動,筋強直などをきたすこともあること。 主要症状は求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩行障害を含む。),難聴,知覚障害であること。 (ロ) 胎児性または先天性水俣病(省略)(2) 上記(1)の症状のうちいずれかの症状がある場合において,当該症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に 含まないが,当該症状の発現または経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には,他の原因がある場合であっても,これを水俣病の範囲に含むものであること。 なお,この場合において「影響」とは,当該症状の発現または経過に,経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関与していることをいうものであること。 (3) (2)に関し,認定申請人の示す現在の臨床症状,既往症,その者の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響が認められる場合に含むものであること。 (4) 法第3条の規定に基づく認定に係る処分に関し,都道府県知事等は,関係公害被害者認定審査会の意見におい 合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響が認められる場合に含むものであること。 (4) 法第3条の規定に基づく認定に係る処分に関し,都道府県知事等は,関係公害被害者認定審査会の意見において,認定申請人の当該申請に係る水俣病が,当該指定地域に係る水質汚濁の影響によるものであると認められている場合はもちろん,認定申請人の現在に至るまでの生活史,その他当該疾病についての疫学的資料等から判断して当該地域に係る水質汚濁の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,その者の水俣病は,当該影響によるものであると認め,すみやかに認定を行うこと。 (以上)(2) 52年判断条件(甲3,14,乙21)環境庁企画調整局環境保健部長は,昭和52年7月1日,後天性水俣病の判断条件を取りまとめたものとして,関係各都道府県知事及び政令市市長にあてて「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭和52年環保業第262号。以下「52年判断条件」という。)を発出した。同通知は,後天性水俣病の判断条件として,下記のとおり規定している。また,環境事務次官は,昭和53年7月3日に,「水俣病の認定に係る業務の促進について」と題する通知において,「水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基 づいて総合的に検討し,医学的にみて水俣病である蓋然性が高いと判断される場合には,その者の症状が水俣病の範囲に含まれるというものであること。」,「今後はこの判断条件(52年判断条件)にのっとり,検討の対象とすべき申請者の全症候について水俣病の範囲に含まれるかどうかを総合的に検討し,判断するものであること。」としている。 記 1 水俣病は,魚介類に蓄積された の対象とすべき申請者の全症候について水俣病の範囲に含まれるかどうかを総合的に検討し,判断するものであること。」としている。 記 1 水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経系疾患であって,次のような症候を呈するものであること。 四肢末端の感覚障害に始まり,運動失調,平衡機能障害,求心性視野狭窄,歩行障害,構音障害,筋力低下,振戦,眼球運動異常,聴力障害などをきたすこと。 また,味覚障害,嗅覚障害,精神症状などをきたす例もあること。 これらの症候と水俣病との関連を検討するに当たって考慮すべき事項は次のとおりであること。 (1) 水俣病にみられる症候の組合せの中に共通してみられる症候は,四肢末端ほど強い両側性感覚障害であり,時に口のまわりまでも出現するものであること。 (2) (1)の感覚障害に合わせてよくみられる症候は,主として小脳性と考えられる運動失調であること。また,小脳,脳幹障害によると考えられる平衡機能障害も多く見られる症候であること。 (3) 両側性の求心性視野狭窄は,比較的重要な症候と考えられること。 (4) 歩行障害及び構音障害は,水俣病による場合には小脳障害を示す他の症候を伴うものであること。 (5) 筋力低下,振戦,眼球の滑動性追従運動異常,中枢性聴力障害,精神症状などの症候は,(1)の症候及び(2)又は(3)の症候がみられる場合にはそれらの症候と合わせて考慮される症候であること。 2 1に掲げた症候は,それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるので, 水俣病であることを判断するに当たっては,高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが,次の(1)の曝露歴を有する者であって,次の(2)に掲げる症候の組合せの 考えられるので, 水俣病であることを判断するに当たっては,高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが,次の(1)の曝露歴を有する者であって,次の(2)に掲げる症候の組合せのあるものについては,通常,その者の症候は,水俣病の範囲に含めて考えられるものであること。 (1) 魚介類に蓄積された有機水銀に対する曝露歴なお,認定申請者の有機水銀に対する曝露状況を判断するに当たっては,次のアからエまでの事項に留意すること。 ア体内の有機水銀濃度(汚染当時の頭髪,血液,尿,臍帯などにおける濃度)イ有機水銀に汚染された魚介類の摂取状況(魚介類の種類,量,摂取時期など)ウ居住歴,家族歴及び職業歴エ発病の時期及び経過(2) 次のいずれかに該当する症候の組合せア感覚障害があり,かつ,運動失調が認められること。 イ感覚障害があり,運動失調が疑われ,かつ,平衡機能障害あるいは両側性の求心性視野狭窄が認められること。 ウ感覚障害があり,両側性の求心性視野狭窄が認められ,かつ,中枢性障害を示す他の眼科又は耳鼻科の症候が認められること。 エ感覚障害があり,運動失調が疑われ,かつ,その他の症候の組合せがあることから,有機水銀の影響によるものと判断される場合であること。 3 他疾患との鑑別を行うに当たっては,認定申請者に他疾患の症候のほかに水俣病にみられる症候の組合せが認められる場合は,水俣病と判断することが妥当であること。また,認定申請者の症候が他疾患によるものと医学的に判断される場合には,水俣病の範囲に含まないものであること。なお,認定申請者の症候が他疾患の症候でもあり,また,水俣病にみられる症候の組合せとも一致する場合は, 個々の事例について曝露状況な 断される場合には,水俣病の範囲に含まないものであること。なお,認定申請者の症候が他疾患の症候でもあり,また,水俣病にみられる症候の組合せとも一致する場合は, 個々の事例について曝露状況などを慎重に検討のうえ判断すべきであること。 (以上) 5 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠(書証番号は特記しない限り枝番を含む。「四肢末端」は引用部分等を除き可能な範囲で「四肢末梢」の用語に統一する。以下同じ。)又は弁論の全趣旨並びに当裁判所に顕著な事実から容易に認めることができる。なお,当事者間に争いがない事実及び当裁判所に顕著な事実には認定根拠を付記しない。 (1) 水俣病水俣病は,α1湾又はその周辺海域の魚介類に蓄積された有機水銀化合物を経口摂取することによって起こる中毒性神経疾患である。 (2) P1と被害者団体との補償協定昭和48年7月9日以降,水俣地域における加害企業であるP1株式会社(旧商号P2株式会社,以下「P1」という。)と水俣病患者の各団体との間で,補償協定(甲9。以下「本件補償協定」という。)が締結され,P1が,救済法による水俣病である旨の認定を受けた患者及び協定締結以降認定された患者のうち希望する者に対して,次の補償をすることを合意した。 ① 患者本人慰謝料被害のランクに応じて1800万円から1600万円② 近親者慰謝料昭和48年3月20日の熊本地裁判決にならい委員会が決定する。熊本地裁判決では死者及び重傷患者につき実情に応じて1家族総額300万円から1000万円を認定している。 ③ 治療費④ 介護費 地裁判決にならい委員会が決定する。熊本地裁判決では死者及び重傷患者につき実情に応じて1家族総額300万円から1000万円を認定している。 ③ 治療費④ 介護費救済法に定める介護手当に相当する額 ⑤ 終身特別調整手当ランクに応じて月額6万円ないし2万円。原則として2年ごとに物価に応じて改訂される。 ⑥ 葬祭料20万円。原則として2年ごとに物価に応じて改訂される。 (3) 公健法4条2項に基づく「水俣病」認定状況と補償給付の実情ア平成23年3月末現在で認定された者は2970名である。 イ上記認定者はすべて,本件補償協定によるP1からの給付を希望し,公健法3条による補償給付の請求をした者はいない。 (4) 被控訴人の生活歴(甲54,乙16,弁論の全趣旨)被控訴人は,大正▲年▲月▲日,熊本県葦北郡α1町(現水俣市)α2において出生した女性である。被控訴人は,昭和18年,P3(昭和▲年戦病死。)と結婚し(婚姻届は提出しなかった。),同町大字α3に居住し,昭和▲年▲月にP3が戦死したため,長女と共にα2の実家に帰り,昭和26年にP1に勤務するP4と再婚し,水俣市α4に転居し,昭和27年に同市α5に転居し,昭和28年には離婚してα2の実家に戻った。被控訴人は,同年11月,P5と結婚し(婚姻届は昭和31年4月19日に提出した。),昭和30年に同市α6のα7開拓村に転居し,昭和46年に兵庫県尼崎市に転居した。 被控訴人は,昭和50年9月,P6病院に入院して○が発見され,同年11月,P7病院において○摘出手術を受け,さらに昭和57年にP8病院において上記○につき再手術を受けた。 (5) 被控訴人 被控訴人は,昭和50年9月,P6病院に入院して○が発見され,同年11月,P7病院において○摘出手術を受け,さらに昭和57年にP8病院において上記○につき再手術を受けた。 (5) 被控訴人の認定申請経過と本件裁決に至る経緯等(甲1,2,乙16,弁論の全趣旨)ア被控訴人は,昭和48年4月27日,熊本県知事に対し,救済法3条1項に規定する認定の申請(以下「1回目の申請」という。)をした。 イ熊本県知事は,昭和53年5月21日,1回目の申請を棄却する処分をした。 ウ被控訴人は,昭和53年9月30日,熊本県知事に対し,公健法4条2項に規定に基づいて2回目の認定の申請(本件申請)をした。 エ熊本県知事は,昭和55年4月21日,本件申請について熊本県認定審査会に対し,公健法4条2項の規定により意見を求めたところ,同審査会は,同年5月1日,熊本県知事に対し,被控訴人は水俣病ではないと判定するとして,棄却相当である旨の審査結果を答申した。 オ熊本県知事は,同月2日,被控訴人に対し,被控訴人の申請に係る疾病は,魚介類に蓄積した有機水銀を経口摂取したことによって生じたものとは認められないとして,本件申請を棄却する旨の処分(本件処分)をした。 カ被控訴人は,同年7月3日,本件処分を不服として,熊本県知事に対して異議申立てをしたところ,同知事は,昭和56年9月28日,被控訴人の上記異議申立てを棄却する旨の決定をした。 キ被控訴人は,同年10月28日,本件処分を不服として,本件審査会に対し,審査請求(本件審査請求)をしたところ(以下,本件審査請求に係る審査手続を「本件審査手続」という。),本件審査会は,平成19年3月22日,被控訴人の本件審査請求を棄却する旨の裁決(本件裁決)をした。 ク被控訴人は したところ(以下,本件審査請求に係る審査手続を「本件審査手続」という。),本件審査会は,平成19年3月22日,被控訴人の本件審査請求を棄却する旨の裁決(本件裁決)をした。 ク被控訴人は,昭和56年10月11日付けで,熊本県知事に対し,公健法4条2項に規定する認定の申請(以下「3回目の申請」という。)をした。 ケ熊本県知事は,平成10年3月31日付けで,3回目の申請の棄却処分をした。 (6) 被控訴人の受けた検診等ア被控訴人は,上記の各認定申請に伴って,各科の専門医による検診(以 下「公的検診」という。)を次の時期に受けている。 ① 昭和49年8月(甲94,乙207の2)② 昭和53年5月(甲95,乙207の3)③ 昭和54年10月から11月(甲28,29,乙16の16・17,199の1ないし6④ 平成8年12月(乙209の1ないし3)イ被控訴人は,P6病院のP9医師(以下「P9」という。)による水俣病判断のための検診を次の時期に受けている。 ① 昭和55年5月15日(甲56,乙213)② 昭和58年12月8日(乙214)③ 昭和61年10月2日(甲52,55の1ないし3,乙200)(7) 別件訴訟の経緯等(甲21,22,119,弁論の全趣旨,顕著な事実)ア被控訴人は,昭和63年,大阪地方裁判所に対し,他の水俣病患者であると主張する者とともに,国,熊本県及びP1を被告として,被控訴人らはP1P10工場からのメチル水銀化合物を含む排水により汚染されたα1湾周辺地域の魚介類を摂取したことにより水俣病に罹患したものであるから,被控訴人らに対し,P1は民法709条に基づく損害賠償義務を負い,また,国及び熊本県は水俣病の発生及び被害拡大の防止のため α1湾周辺地域の魚介類を摂取したことにより水俣病に罹患したものであるから,被控訴人らに対し,P1は民法709条に基づく損害賠償義務を負い,また,国及び熊本県は水俣病の発生及び被害拡大の防止のために規制権限を行使することを怠ったことにつき国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うなどと主張して,損害賠償を求める訴訟(いわゆる関西水俣病訴訟。以下「別件訴訟」という。)を提起した。 イ同裁判所は,平成6年7月11日,被控訴人の請求のうち,P1に対する損害賠償請求の一部を認容し,被控訴人のP1に対するその余の請求並びに被控訴人の国及び熊本県に対する各請求をいずれも棄却する旨の判決(以下「別件訴訟第1審判決」という。)を言い渡した。 別件訴訟第1審判決は,患者の健康被害が水俣病に起因する可能性の程度を賠償額に反映させることが許されるとの前提に立って,因果関係の判断を行い,被控訴人については,「本患者にメチル水銀曝露歴が一応認められ,四肢末梢優位の感覚障害,後迷路性難聴の可能性がある。しかし,水俣病にみられる小脳性運動失調,求心性視野狭窄は認められない。確かに○,○の障害,○手術の後遺症による○がみられるが,これによって本患者の症状全部を説明できるわけではない。」として,被控訴人の症候が水俣病に起因する可能性は40パーセントであると推認するのが相当であると判断して,慰謝料800万円及び弁護士費用50万円の支払をP1に命じた。 ウ被控訴人及びP1は,別件訴訟第1審判決を不服としてそれぞれ大阪高等裁判所に控訴したところ,同裁判所は,平成13年4月27日,別件訴訟第1審判決を変更し,被控訴人のP1に対する請求について損害として慰謝料600万円と弁護士費用50万円を認容した上,被控訴人の国及び熊本県に対する損害賠償 同裁判所は,平成13年4月27日,別件訴訟第1審判決を変更し,被控訴人のP1に対する請求について損害として慰謝料600万円と弁護士費用50万円を認容した上,被控訴人の国及び熊本県に対する損害賠償請求についても慰謝料150万円及び弁護士費用50万円の限度で認容する旨の判決(以下「別件訴訟第2審判決」という。)を言い渡した。 別件訴訟第2審判決においては,メチル水銀中毒罹患を理由とする損害賠償請求事件において,因果関係の存在につき請求権者がなすべき因果関係の立証の程度は,通常の民事訴訟における場合と異なるものではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得ることが必要であるとした。そして,複合感覚に障害を受けていれば,それだけで大脳皮質に障害を受けたことに起因する感覚障害でメチル水銀中毒の影響によるものと推認して差し支えないとした上,被控訴人らが訴えている症状がP 1が排出したメチル水銀中毒に起因すると推認することができる準拠としては,α1湾周辺地域において汚染された魚介類を多量に摂取していたことが証明されることに加え,①舌先の2点識別覚に異常のある者及び指先の2点識別覚に異常があって,頸椎狭窄などの影響がないと認められる者,②家族内に認定患者がいて,四肢末梢優位の感覚障害がある者,③死亡などの理由により2点識別覚の検査を受けていないときは,口周辺の感覚障害あるいは求心性視野狭窄があった者,のいずれかに該当する者は,メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定して差し支えない旨判示した。 被控訴人に関する判断としては,「平成9年に行われたP6病院の2点識別覚の検査 者,のいずれかに該当する者は,メチル水銀に起因する障害が生じている患者と認定して差し支えない旨判示した。 被控訴人に関する判断としては,「平成9年に行われたP6病院の2点識別覚の検査を受けていないところ・・・メチル水銀曝露歴が一応認められ,口周囲の感覚障害が認められる。」として,上記基準③に当たるものとした。 エ国及び熊本県は,別件訴訟第2審判決を不服として,最高裁判所に対して上告したところ,同裁判所は,平成16年10月15日,被控訴人に係る国及び熊本県の上告をいずれも棄却する旨の判決(以下「別件訴訟最高裁判決」という。)を言い渡した。なお,国及び熊本県は,別件訴訟上告審において,上告受理申立て理由として,別件訴訟第2審判決は,同訴訟原告らがP1の排出したメチル水銀によって健康障害が惹起されたといえる関係があることについて,通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信を持ち得る程度の証明がないにもかかわらず,それがあると判断したものであり,経験則に反し違法であると主張していたところ,別件訴訟最高裁判決は,同上告受理申立て理由について,所論の点に関する原審の事実認定は,別件訴訟第2審判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,上記事実関係の下においては,原審の判断は是認することができるとして,別件訴訟第2審判決に所論の違法はない旨判示した。 オ別件訴訟最高裁判決を受けて,国は,平成17年4月7日付けで別件訴訟等において損害賠償請求が認容された患者に対して医療手帳を交付して,医療費(自己負担分)等の支給を行うこととし,被控訴人にも医療手帳が交付されて,医療費が支給されている。 (8) 本件訴えの提起(顕著な事実)被控訴人は,平成19年5月16日,大阪地方裁判所に対し,本件訴えを を行うこととし,被控訴人にも医療手帳が交付されて,医療費が支給されている。 (8) 本件訴えの提起(顕著な事実)被控訴人は,平成19年5月16日,大阪地方裁判所に対し,本件訴えを提起した。 第3 争点本件における主たる争点は,①本件処分の適法性,②公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付けの可否の2点である。 第4 争点に関する被控訴人の主張 1 公健法における水俣病の認定要件について(1) 公健法制定の経緯と同法の規範目的・立証趣旨公健法は,公害対策基本法の21条2項において,公害対策の一つの柱として公害被害救済制度の確立の必要性がうたわれていたことを受けて,一部自治体における公害被害救済の実施等に促され制定されたものである。 ア厚生省による水俣病の公害病としての認知厚生省は,昭和43年9月26日,「水俣病に関する見解と今後の措置」で,水俣病を公害病として認知し,水俣病の本態とその原因として「水俣病は,α1湾産の魚介類を長期かつ大量に摂取したことによって起こった中毒性中枢神経疾患である。…メチル水銀化合物が,工場排水に含まれて排出され,α1湾内の魚介類を汚染し,その体内で濃縮されたメチル水銀化合物を保有する魚介類を地域住民が摂食することによって生じたものと認められる」とし,厚生省としては,今後速やかに公害に係る紛争の処理と被害の救済制度の確立を図るとした。厚生省のこの見解は,水俣病がP1の放恣な企業活動によって発生したものであること及び「環境汚 染を媒介とした有機水銀中毒」というかつて人類の経験したことのない特殊な発症機構の病気(公害病)であることを明らかにしたことに重要な意義がある。 イ救済法の制定とその趣旨昭和44年12月15日に 介とした有機水銀中毒」というかつて人類の経験したことのない特殊な発症機構の病気(公害病)であることを明らかにしたことに重要な意義がある。 イ救済法の制定とその趣旨昭和44年12月15日に救済法が制定されたが,同法は,その1条(目的)で,「この法律は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発した場合において,当該疾病にかかった者に対し,医療費,医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより,その者の健康被害の救済を図ることを目的とする」と規定し,当面の緊急措置として,民事責任とは切り離した医療費等の給付を行う行政上の救済措置を講じたものである。この点,昭和45年1月26日付け厚生事務次官通知は,同法の趣旨として,「公害に係る被害については本来必ず原因となる特定の有害物質があり,その特定の有害物質を排出する企業等の公害発生原因者の民事責任に基づく損害賠償の方途は開かれているものの,現段階ではその因果関係の立証や故意過失の有無等の判定等の点で困難な問題が多いという公害問題の特殊性にかんがみ,法(救済法)は当面の応急措置として緊急に救済を要する健康被害に対し,民事責任とは切り離した行政上の措置として特別の救済措置として制定されたものである」としている。 ウ公健法の制定とその趣旨公健法は,救済法の不備を補充して給付内容等を拡充したもので,民事責任を踏まえた制度であるとされているが,公害対策基本法に基づき,公害病の特質を考慮して公害に係る健康被害者を迅速かつ適正に救済することを目的とする点においてはもとより両者は趣旨において共通し,同一である。したがって,公健法に基づく認定制度は,法的な損害賠償の履行に先立って,公害被害者の迅速かつ公正な保護 速かつ適正に救済することを目的とする点においてはもとより両者は趣旨において共通し,同一である。したがって,公健法に基づく認定制度は,法的な損害賠償の履行に先立って,公害被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的として,裁 判よりも簡易化された画一定型的要件で迅速に給付を行うもので,行政的手段による包括的処理を図ろうとする公的救済制度である。このように,公健法は,多数存在する健康被害者をできるだけ「迅速に」かつ「もれなく公平かつ適正」に救済することを目的・理念としているものであり,この目的・理念は,当然同法4条の認定要件の解釈などにおいて,何よりも優先する指導原理でなければならない。 水俣病に関していえば,公健法は,P1の企業活動の結果としての広範なメチル水銀の影響により汚染された水俣病被害者をあまねく救済すべしという規範目的・趣旨を有しているということである。P11P12大学教授は,水俣病についてある程度の医学論争はやむを得ぬとしても,無限の科学論争に一線を画するのは「まさに法的判断である」とされ,さらに法的立場からみれば「医学的に水俣病でない者を司法,行政認定すべきだというのではなく,水俣病でない者を認定することを怖れるあまり,水俣病であるものを切り捨てることになってはならないというのが法の理念である」と強調されている(甲98)。 (2) 公健法4条2項の認定要件の規範的意味内容ア有機水銀への曝露とその影響による疾病公健法4条2項で,当該都道府県知事は「当該疾病が,第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行う」と規定しているところ,その意味,内容及びその要件が問題となる。 まず,同項において「影響」という用語が使用されていることが重要である。この「影響」と の汚濁の影響によるものである旨の認定を行う」と規定しているところ,その意味,内容及びその要件が問題となる。 まず,同項において「影響」という用語が使用されていることが重要である。この「影響」とは,一方の作用や働きが結果として他方に変化や反応を起こさせること,あるいはその変化や反応をいい,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)110条等において使用されている「起因」よりは広い概念であるといえる。 次に,水質汚濁の影響の有無に関して①当該申請者が指定された地域に 一定期間居住して,当該地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響を受ける立場・地位にあったこと,水俣病に則していえば,α1湾又はその周辺海域の魚介類の多食等による「有機水銀への曝露」という条件を満たしている必要がある。すなわち,「有機水銀への曝露」という,いわゆる疫学条件の存在は,次の②の水俣病に該当するかどうかの実体的判断をなすための前提条件である。 次いで,②当該申請者に発現している症状や疾病が,有機水銀への曝露の影響による疾病と認められるか否か,すなわち,公健法でいうところの「水俣病」の症状のいずれかと同一性が認められるか否かが問題となる。 もとより,このことは,各時点での医学的知見に基づいて判断されるべきことであるが,公健法制定当時の知見によれば,救済法の指定疾病を検討するため,昭和44年3月厚生省の委託により設置されたP13を委員長とする水俣病の症状の検討委員会(以下「P13委員会」という。)が作成した報告書(乙93)に記載されている,「水俣病に発現する症状のどれかと同一の症状の発現があれば,水俣病と認定してよい」との考え方に立法者は立っていたと思われる。 上記の①と②の要件が満たされれば,水質汚濁の影響による健康被害と いる,「水俣病に発現する症状のどれかと同一の症状の発現があれば,水俣病と認定してよい」との考え方に立法者は立っていたと思われる。 上記の①と②の要件が満たされれば,水質汚濁の影響による健康被害としてこれを認定して,すべて公健法の救済措置を受けさせるべきであると解釈すべきである。ここにいう「認定」は,「既存の事実を公の権威をもって確定する確認行為」であり,認定は民事上の「賠償」の側面から制約を受けるべきものではない。認定は,行政上の確認行為として完全に独立して行われるべき性質のものである。そして,上記2つの要件を満たすかどうかは,もとより申請者の個別のケースごとに具体的に総合的に判断されなければならない。なお,P13委員会は,その時点で判明している水俣病の症状について報告しているが,その中で臨床所見として「通常初期に四肢末端・口囲のしびれ感にはじまり,漸次拡大するとともに…」と指 摘していたことが特に注目される。 イ控訴人の二段階認定論への反論控訴人は,公健法4条2項が二段階の認定を行うことを規定しているとして,同項に関する独自の文言解釈を主張する。 しかし,同項が,形式的には「大気汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定」と「当該疾病,指定疾病にかかっていると認められるかどうか」との両者を一応区別して書き分けているようにも見受けられるのは,救済法から改められた公健法の下においては,いわゆる非特異的疾患(その疾病の発病の原因となる特定の汚染物質が証明されていない疾病)である第一種地域に係る疾患について,その位置付けが変わったからである。すなわち救済法においては,全ての大気汚染と水質汚染について「影響によるものである」ことの認定であったが,公健法においては,非特異的疾患である第一類型 患について,その位置付けが変わったからである。すなわち救済法においては,全ての大気汚染と水質汚染について「影響によるものである」ことの認定であったが,公健法においては,非特異的疾患である第一類型を書き分けて,第一種地域に関しては「因果関係ありとみなす」ことになったため,因果関係ありとみなすための制度的な取決めとして,指定地域,曝露要件等の要件が新たに導入され,その要件が満たされる場合は,さらに「指定疾病に該当しているどうかを認定する」という仕組みが採用された。公健法が類型を二つに書き分けているのは,主として第一種地域に係る疾患のためである。これに対し,特異的疾患(原因とされる汚染物質とその疾病との間に特異的な関係がありその物質がなければその疾病が起こり得ないとされている疾病)である第二種地域に係る疾患については,公健法制定後も救済法の頃と比べて指定疾病の認定構造につき変更はなく,公健法の下でも,申請に基づいて都道府県知事等は,認定審査会の意見を聞いて,その疾病が当該第二種地域にかかる水質の汚濁の影響によるものであるかどうかの認定を行うこととされており,原則として,救済法に基づく特異的疾患にかかる認定の方針を踏襲しているのである(甲62)。 したがって,「当該疾病が当該第二種地域につき定められた指定疾病にかかっていると認められるか」は,「影響の有無についての実体的判断」に立ち入る前提となる必要条件,即ち当該指定地域を汚染した工場の排出したメチル水銀への曝露条件の存否を意味していると解すべきである。例えば,「指定疾病にかかっている」と認められても,当該指定地域を汚染した工場とは別の地域で別の工場の廃液により罹患した場合には,「当該申請者が当該第二種地域につき定められた指定疾病にはかかっていない」として「水質汚濁 かっている」と認められても,当該指定地域を汚染した工場とは別の地域で別の工場の廃液により罹患した場合には,「当該申請者が当該第二種地域につき定められた指定疾病にはかかっていない」として「水質汚濁の影響の有無」という実体的判断に立ち入る迄もなく,申立てを却下できるという意味でこの曝露要件は意味を持つのである。 ウ医学的判断を基礎とした法的価値判断公健法の制度の立案に携わった環境庁の担当者らの解釈においても,公健法4条2項の水質の汚濁の影響による健康被害(疾病)に該当するかどうかは,単なる医学的判断ではなく,医学的判断を基礎とした総合的な法的な価値判断であることが示されている(公健法45条は,認定審査会の委員として,医学者だけでなく,法律学関係者も予定している。)。 公健法上の水俣病は,汚染原因者の特定,指定地域制度,申立ての管轄など,同法の特殊なフレームの制約のある概念で,熊本水俣病,阿賀野川(新潟)水俣病に限定されており,指定地域の解除もあり得るところの一つの制度ではあるが,政令に織り込む病名として「水俣病」を採用するのが相当であるとしたP13委員会の報告書は,「水俣病の定義は魚貝類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起る神経疾患とする」としており,この定義は,46年事務次官通知及び52年判断条件においても「魚貝類」を「魚介類」と表現を変えた点を除き,踏襲されている。この定義からも明らかなごとく,水俣病の病態・本質に関して「水俣病にかかっているか」あるいは「水俣病と認定し得るか」否かのポイントは当該患者につき「魚介類を介してメチル水銀化合物が人体内に取り込まれ,大脳, 小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされた疾病,症状」が認められるかどうかという事実概念であることに変わ 「魚介類を介してメチル水銀化合物が人体内に取り込まれ,大脳, 小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされた疾病,症状」が認められるかどうかという事実概念であることに変わりはなく,医学的知見は当該事実関係を認識するための経験則・手段の一つであるという位置づけとなる。 (3) 因果関係の立証の程度の緩和公健法は,第一種地域の非特異的疾患については,個々に厳密な因果関係の証明を行うことが不可能であるため,疫学を基礎として人口集団につき因果関係があると判断される大気汚染地域に,一定期間居住等している者(曝露条件を満たしている者)で指定疾病にかかっているものについては,その疾病と大気汚染との間に因果関係ありとみなす制度を取り入れ,「指定地域」,「曝露条件」及び「指定疾病」の三つの要件が充足されれば,因果関係ありとみなして同法に基づく認定処分を行い(4条1項),当該疾病が他原因によるものとの証明がなされない限り,因果関係を覆すことはできないこととされた。 公健法4条2項の第二種地域に係る指定疾病の認定についても,第一種地域に係る指定疾病のように不可能に近いとはいえないとしても,公害の特殊性(水俣病に則していえば,有機水銀への直接曝露ではなく,環境汚染を媒介としての間接曝露であり,しかも熊本水俣病の場合,有機水銀の汚染の度合いを示す指標である患者の毛髪水銀値や血中水銀値等の医学的データがほとんど採取されず,あるいは採取されても残されていないといった特性,特徴)から,水俣病の因果関係の判断(認定)には多大の手間と時間そして多くの困難が伴う点では同一であり,水質汚濁の影響によるものであるかどうかは,個別に判断されるべきとしても,公健法の前記立法趣旨,水俣病の病像の未解明性等からすれば,損害賠償請求訴訟における個 して多くの困難が伴う点では同一であり,水質汚濁の影響によるものであるかどうかは,個別に判断されるべきとしても,公健法の前記立法趣旨,水俣病の病像の未解明性等からすれば,損害賠償請求訴訟における個別的因果関係の認定の場合よりも立証の程度は緩和されてしかるべきである。 したがって,申請人が水俣病に罹患しているか否かを判断する際には,臨 床医学上の知見に照らし申請人が水俣病に罹患していると明確に判断し得る場合はもちろん,そのような明確な診断に至らない場合でも相応の医学的知見に照らし,水俣病の疑いがあるとされる事例については,これを水俣病と認定するのがその立法趣旨に適合するものといえる。 (4) 損害賠償請求訴訟と公健法上の認定判断の違いア控訴人は,裁判所のように自由な心証によって医学的にコンセンサスがない少数の医師の知見や意見について信用性が認められるかどうかを独自に判断したり,あるいは患者のメチル水銀への曝露歴や診察結果に虚偽が含まれているかどうかを尋問等によって事実認定を行う権限があるわけではない行政機関において,厳密に発症閾値を超えるだけのメチル水銀曝露があるかどうかを判断し公健法の認定処分を行うことを要するとすれば,行政処分としての公平性,統一性を確保しつつも,公健法の迅速かつ公正な保護を図ることは到底できるものではないなどと主張し,医学的に正確な判断を行うには申請者の認められる臨床的な症候を中心とした判断にならざるをえないという制度的な限界があるなどとして,公健法の制度的限界を強調し,損害賠償請求訴訟での事実認定との差異を強調している。 イ損害賠償請求訴訟における因果関係の要件判断と公健法上の「水俣病」認定とが異なること自体は,被控訴人も異論を唱えない。医学的あるいは社会的な意味で,同じ「水俣 定との差異を強調している。 イ損害賠償請求訴訟における因果関係の要件判断と公健法上の「水俣病」認定とが異なること自体は,被控訴人も異論を唱えない。医学的あるいは社会的な意味で,同じ「水俣病」であっても法制度が違う以上,法制度の全体の要件のあてはめや立証の程度において異なることが生ずる。しかし,それは「水俣病」という病像論が異なることを意味するものではなく,損害賠償請求訴訟における加害行為と損害との因果関係の認定判断及び公健法上の「水俣病」の認定判断における認定手法が,「専門家」と称するもののみの専権で判断するものではなく裁判所の判断事項であることは同一のものであると考える。過去に発生した公害による損害(被害)を,現時点で,負担の公平の見地から賠償(補償)するという点では,損害賠償請 求と公健法上の認定とは性質を異にするものではなく,従って因果関係の有無の判断,即ち「水俣病にかかっているか否か」の判断の仕方においても両者が同様であるべきことは当然である。別件訴訟第2審判決も,公健法の適用を求めて認定の申請を行う行為は,「発生した被害の補償,補填を目的とするという点」で,私法上の損害賠償請求と「共通の性質」を有すると述べている。 公健法の前身である救済法は,前記のとおり,因果関係の立証や故意過失の有無等の判定等の点で困難な問題が多いという公害問題の特殊性に鑑み,当面の応急措置として,民事責任とは切り離した行政上の特別の救済措置として制定されたものであるところ,公健法は,救済法の不備を補充して給付内容等を拡大したもので民事責任を踏まえた制度であるとされているが,「公害対策基本法に基づき,公害病の特質を考慮して公害に係る健康被害者を迅速かつ適正に救済することを目的」とする点においては,両者は趣旨において共通し で民事責任を踏まえた制度であるとされているが,「公害対策基本法に基づき,公害病の特質を考慮して公害に係る健康被害者を迅速かつ適正に救済することを目的」とする点においては,両者は趣旨において共通し,同一であり,公健法による救済制度は「法的な損害賠償の履行に先立って,公害被害者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的として裁判よりも簡易化された画一的な定型的要件で迅速に給付を行うもの」(甲62)で,行政的手段による包括的処理を図ろうとする公的救済制度(公健法46条には公害健康福祉事業が制度として定められている。)である。そうであるとすれば,公健法による救済制度は,損害賠償請求訴訟と比較すれば,当然,立証責任の程度は緩和されてしかるべきであり,かつ,行政機関の側に裁判所の場合とは違って,認定申請者に対するある程度の後見的役割も期待されているといえるのである。 どの程度まで水俣病患者として補償(賠償)すべきかという観点からみると損害賠償請求訴訟と公健法による補償には若干の違いがあり,本来は公健法による補償の方が,不法行為による損害賠償の場合よりも認定の要件は広く,緩やかに解すべきであり,P14も「公健法の認定は広く,賠 償はそれよりも狭くということで差があるのが普通」と言っている(乙56)。他の裁判例,たとえば原爆症に関するものをみると,石田原爆訴訟第1審判決は,人類にとって初めての経験である原子爆弾の人体障害のメカニズムの未解明などの現実をふまえ「(原爆症の)認定の充足度については必ずしも『医学界の通説に拘泥することなく』諸般の事情を考慮して放射線起因性,要医療性を判断すべき」としている。 公健法の制度の立案に携わった環境庁の担当者は,公健法4条2項について,「この場合,大気の汚染等の影響によるものであるかどう 情を考慮して放射線起因性,要医療性を判断すべき」としている。 公健法の制度の立案に携わった環境庁の担当者は,公健法4条2項について,「この場合,大気の汚染等の影響によるものであるかどうかは,個々の病状等についての医学的判断のほかに,患者の曝露歴,生活歴,職業歴その他疫学的資料を十分考慮したうえで,総合的に判断する必要がある。本制度としては原則として旧救済法に基づく特異的疾患に係る認定の方針を踏襲しているが,認定条件,認定方法,医学的検査方法等については,今後各種の知見の進展に応じて中央公害対策審議会において検討していくこととしている」としている(甲62)。 このように,公健法上の認定の方が,補償・救済という観点からは広く,逆に損害賠償請求訴訟における認定の方が狭いと考えられているので,損害賠償請求訴訟において水俣病と認定されれば当然に公健法上も水俣病と認定されるべきものと考える。 ウ認定判断に当たる行政機関側において,申請者の申述には虚偽が多いという予断偏見をもって臨むとすると,折角の被害者救済制度も十分に機能しなくなることは火を見るより明らかである。控訴人が,見識が豊かで信頼しうる医師であるとするP15は,「患者の生活状況や食生活の情報は,本人の申し出に依頼しているため,信頼度は低い」と断じ(甲49),52年判断条件を策定した水俣病認定検討会の委員長として昭和50ないし52年当時主導的役割を果たしたP16新潟大学教授(以下「P16」という。)は,この段階においてはそれ以前の見解と異なり,「疫学的条件 というのは,本人の言うだけで,客観性に乏しい」とし,「汚染条件の大小はむしろ不明な点があるから診断には臨床事項が重要なのだ」とし,「感覚障害というのは,全部自覚的なものです」と述べている(乙5 というのは,本人の言うだけで,客観性に乏しい」とし,「汚染条件の大小はむしろ不明な点があるから診断には臨床事項が重要なのだ」とし,「感覚障害というのは,全部自覚的なものです」と述べている(乙56)。 このような申請者に対する不信感よりすれば,認定申請をうける側の行政機関の果たしうる役割,機能には制度的な限界があるとの控訴人の主張は,認定制度の現実の運用面での自らの偏り,過誤の現状を糊塗するための言い訳にすぎず,それは制度的な限界ではなくして,むしろ歪曲された病像観に立脚する運用面での誤りを表徴するものに他ならない。 (5) 「広くコンセンサスがある医学的知見」の不当性控訴人が主張する「広くコンセンサスがある医学的知見」という言葉の意味するところは,客観的には不明である上,そもそも,それが要求されているという根拠はどこにもない。 控訴人は,公健法は第一種地域について曝露要件による擬制された因果関係を認定の対象とする一方で,因果関係を擬制しない第二種地域についても,政令で定める疾病を「原因物質によらなければかかることがない」だけでなく「原因物質との関係が一般的に明らか」なものと明示した上で,医学的な疾病概念を借用して対象を規定していることから,同法の「水俣病にかかっていると認められる者」という要件が,「原因物質との関係が一般的に明らか」といえる程度の医学的な知見に基づいて鑑別診断される単位としての「水俣病」という疾病概念,言い換えれば,広くコンセンサスがある医学的知見に基づいて認められる「水俣病」概念を,全体として借用したと解されると主張し,公健法は,このような広いコンセンサスのある医学的知見に基づく認定判断の仕組みを設けることにより,制度的に行政機関が,公平性,連続性,統一性のある処分を行うことを可能とした したと解されると主張し,公健法は,このような広いコンセンサスのある医学的知見に基づく認定判断の仕組みを設けることにより,制度的に行政機関が,公平性,連続性,統一性のある処分を行うことを可能としたと解されると主張する。 しかし,公健法が第一種地域と第二種地域とを分けた主な理由は,一つは前記のとおり公害病の認定の要件について両者に差異があること,今一つは 財源として賦課金のあり方に差異があることによるにすぎない。1項の非特異的疾患は,例えば四日市市の臨海地域の慢性気管支炎の発病の原因となる汚染物質を科学的に厳密に特定することは困難なため,非特異的疾患とされるのに対し,2項の特異的疾患は,例えばアルキル水銀化合物が原因物質となって水俣病になるという場合,アルキル水銀化合物と水俣病は特異的関係にあるということになる(乙84)。したがって,公健法2条2項に(疾病と)「原因物質との関係が一般的に明らかである」云々とあるのは前記の「特異的関係にある」云々を言い換えたものにすぎず,1項と2項とはあくまで処理の区分けを明らかにするための概念にすぎず,2項に「原因物質との関係が一般的に明らか」であるとされていることから,直ちにこれを「医学的に明らかである」と即断するのは明らかに誤りであり,ましてや「広くコンセンサスがある医学的知見に基づいて水俣病にかかっていると認められることを当然の前提とするものである」等と独断するのは論理の飛躍の甚だしきものである。 2 水俣病の意義・特質(1) 水俣病の特異性水俣病は,メチル水銀中毒の一つであるが,「魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」と定義され,P13委員会の報告書において,「魚介類への蓄積,そ 俣病の特異性水俣病は,メチル水銀中毒の一つであるが,「魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」と定義され,P13委員会の報告書において,「魚介類への蓄積,その摂取という過程において公害的要素を含んでおり,このような過程は世界の何処にもみないものである」と指摘されていることは極めて重要である。水俣病は人類の歴史の中で未曾有の病気であり,まさに「水俣病の前に水俣病はなかった」のである。このように,発症のメカニズムにおいて水俣病は顕著な特異性があり,発症のメカニズムの証明には時間と手間も含めて,相当な困難を伴うことは明らかである。 しかも,メチル水銀は人工化合物で,地殻発生期以後,天然自然にあまね く存在するものではなく,人体の血液脳関門や胎盤を容易に通過して,脳等に永く蓄積する猛毒物質である。元々人間には,メチル水銀に対する「適応能」が備わっていない。P17元東京教育大教授は人体の防禦機構・適応能の問題について「自然界に始めから存在するものとあとからつくり出されたものの差が働いていると思われる。有機水銀は地殻ができた始めからある化合物ではないので,人体にも他の動物体にも,その化合物を分解し毒性を小さくしていく機構がそなわっていないと考えるべきであろう」と述べている(甲166)。 このようなメチル水銀の毒物としての特殊性のほかに,熊本地裁平成5年3月25日判決は,「メチル水銀が魚介類の体内で(蓄積)濃縮されることによって,水俣病が発生したという水俣病の発症機序の特殊性」を強調している。食物連鎖を経て,人間がメチル水銀が蓄積し汚染されている魚介類の摂取という間接的な被曝(しかも長期間にわたる。)によって発生したという機序の特殊性・特徴を想起する必要がある。例えば,いわゆるハ いる。食物連鎖を経て,人間がメチル水銀が蓄積し汚染されている魚介類の摂取という間接的な被曝(しかも長期間にわたる。)によって発生したという機序の特殊性・特徴を想起する必要がある。例えば,いわゆるハンター・ラッセルの症例(求心性視野狭窄,感覚障害,運動失調及び言語障害をいう。)は,短期の直接被曝の例であった。イラクの種麦によるメチル水銀中毒の例も,間接的ではあるが,せいぜい4か月間の短期間の急激な曝露によるものであり,水俣病のような緩慢な長期にわたる汚染(但し,初期の急性激症型の多発のころには短期間に大量のメチル水銀に曝露された。)は,人類の歴史で未曾有のかつて経験したことのないものである。 (2) 特性を考慮していない病像論水俣病の病像は住民の健康被害の実態調査にもとづいて確立されるべきであるのに,実際には,その実態調査は不十分で,その医学的知見においてもいまだに未確定の部分が多い。52年判断条件の組合せ論もあくまで,ハンタ-・ラッセル症候群を基礎とし,これを変形したものである。P18医師(以下「P18」という。)によると「かつての中毒学,毒物学は急性,亜 急性中毒が中心で慢性中毒と呼ばれるものでも比較的短期間の大量曝露によるものであった。したがって,その症候学,診断の基準はこのような急性,亜急性中毒,いいかえると短期間の大量曝露による中毒症をもとに構成されていたことは周知のことである」。このようなことを背景として,国,熊本県は,既成の中毒学による「いき値論」とか「半減期論」などにもとづいて現実を一方的に解釈し,裁断してきたのである(乙303等参照)。遅発性水俣病や長期微量汚染型の水俣病の否定も,いずれも既成の「いき値論」とか「半減期論」を絶対視して,都合の悪い現実を勝手に解釈し,裁断するものにすぎない。 してきたのである(乙303等参照)。遅発性水俣病や長期微量汚染型の水俣病の否定も,いずれも既成の「いき値論」とか「半減期論」を絶対視して,都合の悪い現実を勝手に解釈し,裁断するものにすぎない。 (3) 慢性型・不全型の水俣病の存在水俣病は,P1が長期かつ多量に猛毒のメチル水銀を含む工場排水を不知火海に排出し,食物連鎖により濃縮したメチル水銀によって汚染された魚介類を不知火海沿岸に居住するおびただしい住民が相当期間にわたって食べ続けた結果発生した中毒性疾患であるから,その症状も,急性,慢性,不全型と多種多様である。 P18は,「水俣病の発生は一般的には1960年に終わったと信じられた。それは,一つは急性亜急性水俣病が集団的に発生するのが終わったということであった。」とし,「不知火海沿岸には,当時20数万人の人が住んでおり,そのうちでもネコが狂死するような濃厚汚染地区だけに限ってみても最低10万人の人たちが住んでいた。このような広範な汚染地区において,より徹底的な健康調査が行われていたならば,当然その当時いま問題になっている慢性型や不全型や軽症の水俣病も見つかった筈である」と述べている(甲63,64)。 昭和46年から昭和48年にかけて,熊本大学の「10年後の水俣病研究班」(以下「2次研究班」という。)は,大規模な疫学調査等を実施し,水俣市や天草郡α8町等で大量の検診を行った(乙59,120)が,これに よって,従来の水俣病像が大きく変わり,急性劇症型のほかに慢性型水俣病患者が多数存在することがわかり,さらにその患者発生期間も昭和17年から47年までと押し広げられた。また,症状としては,いわゆるハンター・ラッセル症候群を具備した典型症状を重篤に示す頂点から感覚障害のみを現す裾野まで,地域的に ,さらにその患者発生期間も昭和17年から47年までと押し広げられた。また,症状としては,いわゆるハンター・ラッセル症候群を具備した典型症状を重篤に示す頂点から感覚障害のみを現す裾野まで,地域的にはα1湾周辺から不知火海全域まで広範囲に拡大していること,実態として多種,多彩な症状を示す多数の慢性型,不全型の水俣病患者が潜在していることが公知の事実となった。 P18は,認定制度をはなれて水俣病の底辺とはいかなる者であるかを知るために,メチル水銀量と症状との関係を模式化した図面を作成し,メチル水銀汚染の場合,その代表的なものとして,いわゆるハンター・ラッセル症候群を示すが,「それよりさらに低濃度の場合や長い経過をとる場合(慢性中毒)は症状が次第にそろわなくなり不全型となり,あるいは軽症化し,あるいはある症状だけが目立ち非典型化する。さらに低い汚染の場合,水俣病の特有症状は不明瞭化し,一般的疾患(非特異的疾患)例えば肝・腎障害・高血圧などと区別できないレベルでのメチル水銀の影響が考えられる。今日,慢性型の水俣病がわずかに明らかにされてきたといってもなお氷山の一角であることに変わりはない。例えば昭和48年の2次研究班の約1000人の住民検診で住民の30%近くに水俣病にみられる症状がみられ,さらに従来患者はいないと考えられていたα8地区にも同様患者がいることが明らかになった。」などとしている(甲65)。 3 46年事務次官通知の正当性(1) 46年事務次官通知の発出経緯等昭和42年,公害対策基本法が制定され,昭和43年9月26日には政府が「水俣病はP1P10工場から流された廃液に起因する」として水俣病を公害病として認知する公的見解を発表したが,それ以降も,水俣病の病像については,公的認定機関において実質上「ハンタ 26日には政府が「水俣病はP1P10工場から流された廃液に起因する」として水俣病を公害病として認知する公的見解を発表したが,それ以降も,水俣病の病像については,公的認定機関において実質上「ハンター・ラッセル症候群に合致 しない患者」はすべて切り捨てられてきた。現に,熊本県公害被害者認定審査会が昭和45年2月20日付けで定めた「水俣病審査認定基準」(甲6)では,臨床所見として「求心性視野狭窄,聴力障害,知覚障害,運動失調」を定め,「この四項目はもっとも重要であり,これと疫学条件がそろえば水俣病と診断する」が,「この四項目の所見がそろわない症例の判定には慎重を要する」としており,現実にこの基準に従って認定作業が行われてきた。 ところが,昭和44年12月に救済法が制定され,公害追求の世論の高まりを背景として水俣病患者らの認定申請が次第に増加していき,水俣病像をめぐる問題は新たな展開を示した。すなわち,救済法に基づく水俣病認定申請が多く棄却されていく中で,棄却された患者であるP19らが,医師の援助を受け,行政不服審査法に基づき厚生省に対し審査請求をし,同不服審査では,病像論をめぐり,ハンター・ラッセル症候群と公害としての水俣病との関係等が大きな論争点となったのである。 そして,厚生省から審査請求を引き継いだ環境庁長官は,昭和46年8月7日,国として初めて行った水俣現場での事情聴取や実態調査などに基づき,上記P19ら9名を水俣病でないとした熊本県知事の棄却処分を取り消す裁決をし,同日,環境庁事務次官は,46年事務次官通知を発した。以後水俣病の認定審査は,この46年事務次官通知の判断基準に従って行われてきたところ,当時環境庁長官であった大石武一(以下「大石」という。)は,「水俣病患者を一人でも見落としてはならない」という姿勢でこの判 病の認定審査は,この46年事務次官通知の判断基準に従って行われてきたところ,当時環境庁長官であった大石武一(以下「大石」という。)は,「水俣病患者を一人でも見落としてはならない」という姿勢でこの判断基準を策定したと述べており,これは,「有機水銀の影響を受けた人たちをもれなく把握,救済する」という至当な考え方であった。 46年事務次官通知は,その冒頭において,救済法は「公害に係る健康被害の迅速な救済を目的としているものであるが,従来,法の趣旨の徹底,運用指導に欠けるところのあったことは,当職の深く遺憾とするところであり,水俣病認定申請棄却処分に係る審査請求に対する裁決に際しあらためて法の 趣旨とするところを明らかにし,もって健康被害救済制度の円滑な運用を期するものであること」を明らかにしている。この46年事務次官通知の策定の基礎となったのは,新潟大学のP16の水俣病の判断要項であり,その要点は,①ハンター・ラッセル症候群のすべてがそろっていなければならないと杓子定規には考えない,②主要症状としての感覚障害は最も頻度が高く,特に四肢末端,口囲,舌に著明で(障害部位の特異性),これが軽快し難いことを重視する,③感覚障害などの臨床症状のみをバラバラに切り離して考えず毛髪水銀値,家族歴その他諸々の疫学条件と関連させながら類似の神経疾患との鑑別診断はできる,ということであった。 要するに,46年事務次官通知は,「求心性視野狭窄,聴力障害,知覚障害,運動失調」の4項目がすべてそろえば水俣病と診断するそれまでの運用を批判的に検討し水俣病の主要症状のうちの「いずれかの症状があればよい」として,それまで熊本県の公害被害者認定審査会が水俣病と認定しなかったような患者も水俣病と認定すべきであるという画期的内容のものであった。 (2) のうちの「いずれかの症状があればよい」として,それまで熊本県の公害被害者認定審査会が水俣病と認定しなかったような患者も水俣病と認定すべきであるという画期的内容のものであった。 (2) 46年事務次官通知の正当性46年事務次官通知は,救済法の立法趣旨,目的,理念に完全に合致しており,同通知に示された理念,考え方が実定法化されたのが公健法なのである。そして,46年事務次官通知に従えば,有機水銀への曝露(いわゆる疫学条件)の要件について厳密な証明でなくとも,生活歴,食生活,家族歴等の状況証拠の積み重ねによって,通常水俣病を発症し得る程度に魚介類を摂取したと推認される程度の証明で足り,仮に水俣病にみられる「症状の一つ」(例えば感覚障害)でも濃厚な疫学的資料がそろっていれば,水俣病と判断することは可能であり,逆に疫学条件が薄い場合には症状の同一性判断はより厳密になされることになろう。46年事務次官通知を踏まえると,慢性水俣病患者の各人の具体的事情に応じてより柔軟に各人の疫学条件と症状 との相互の有機的関連の判断が可能となるのであり,このような46年事務次官通知は,公健法の趣旨,理念に照らしても正当である。 4 52年判断条件の不当性(1) 発出経緯の不当性ア見舞金契約および本件補償協定によるP1の負担水俣病については,昭和34年12月30日にP1と被害者らとの間で締結された,いわゆる見舞金契約により,それ以後に「見舞金の支給対象となる者」は,別に組織される協議会の「認定」した者に限るとされ,同契約締結の5日前である同月25日に厚生省管轄の水俣病患者診査協議会が設置された。これ以降,水俣病の診断は,厚生省や熊本県が設置した公的機関,認定機関に独占されてきた。認定機関は,その後,所轄,名 契約締結の5日前である同月25日に厚生省管轄の水俣病患者診査協議会が設置された。これ以降,水俣病の診断は,厚生省や熊本県が設置した公的機関,認定機関に独占されてきた。認定機関は,その後,所轄,名称,法的根拠の有無,根拠法規を変え,現在の認定審査会に至っているが,このような公的機関がP1からの受給対象者を選別するという「認定」の性格は不変である。 昭和48年7月9日,P1と患者各派代表との間で本件補償協定が調印され,P1は認定患者に一人当たり最高1800万円の補償金を支払うこととなった上,本件補償協定に基づくP1の補償金の支払は現実には熊本県のP1に対する貸付金(県債発行)によってその大部分が賄われるようになった。そして,昭和48年秋に第一次石油ショックが起こり,「第三水俣病の否定」を足がかりとして公害問題に対する産業界からの巻き返しが画策され,P1の経営危機がささやかれ出し,同社の補償金の負担能力に疑問が提起され出した正にその時期に策定されたのが,52年判断条件である。 すなわち,46年事務次官通知の下で認定申請する者が急増したため,補償金の額が大きく増加し,P1の累計赤字は昭和52年9月の中間決算時には321億円にも膨れあがり,同年6月7日には,P1社長が熊本県 知事に対し,行政による水俣病患者補償金支払の一時肩代わりと長期延べ払い融資を申し入れるに至った。他方,昭和48年秋ころから水俣病認定における判断条件の再検討の動きが起こっていたところ,昭和50年6月には環境庁に水俣病認定審査会が設置されてP16がその会長に就任し,従前と認定申請者の症状の質が特に変わったわけではないのに,水俣病と合併症との症状の類似性及び鑑別診断の困難性がことさら強調された。また,認定申請者が増加して多数の滞留認定申請者が生じてい 就任し,従前と認定申請者の症状の質が特に変わったわけではないのに,水俣病と合併症との症状の類似性及び鑑別診断の困難性がことさら強調された。また,認定申請者が増加して多数の滞留認定申請者が生じていた中で,熊本県知事が昭和52年5月31日に環境庁長官に対して「補償協定による加害企業の民事責任履行にあたって当該企業の経営状態等が重大な障害となることのないよう適切な措置を講じられたい」等と要望する「水俣病認定業務促進に関する要望書」(甲19)を提出した。このような状況の下に52年判断条件は発出されたのである。 イ 52年判断基準の逆行性前記の状況を受けて発出された52年判断条件は,概して疫学的条件を重視せず,専ら臨床症状をもとに水俣病か否かを判断すべきとして,水俣病の症状は,単独では一般に非特異的であり,水俣病にあっては症状の組合せが必要であるとして,具体的に四つのパターンを設定してこれらのパターンに該当するかどうかを水俣病認定の判断要件として明示している。 この52年判断条件は,感覚障害に加えて運動失調の存在を重視しているが,小脳性運動失調は小脳の代償作用等により時間が経つとかなり改善される上,よほどはっきりしないと検診では拾いにくいものであった。のみならず,専ら旧来の急性発症型の水俣病患者のデータに依拠して認定条件を変更して,該当要件を四つの組合せのパターンに限定したものであり,46年事務次官通知とは趣旨が全く違う異質なものとなっており,明らかに水俣病像の逆行・改悪である。 この52年判断条件の策定により,滞留していた認定業務が促進され棄 却件数が著しく増大し,熊本県関係では,昭和55年には890名の大量棄却を招き,認定者は48名にすぎなくなった。水俣病像は,政治的に歪曲され水俣病患者を新たに生み出さない方向に逆行 され棄 却件数が著しく増大し,熊本県関係では,昭和55年には890名の大量棄却を招き,認定者は48名にすぎなくなった。水俣病像は,政治的に歪曲され水俣病患者を新たに生み出さない方向に逆行していったのである。 ウ 53年事務次官通知昭和53年7月3日の環境庁事務次官通知(甲14)は「水俣病の範囲に関しては,その後主管課長の通知,国会における環境庁長官の発言等により明らかにしてきたとおり,その趣意は申請者が水俣病にかかっているかどうかの検討の対象とすべき全症候について,水俣病に関する高度の学識と豊富な経験に基づいて総合的に検討し,医学的にみて水俣病である蓋然性が高いと判断される場合には,その者の症状が水俣病の範囲に含まれるというものであること」,「後天性水俣病については,その趣旨を具体化及び明確化するため,その判断条件を昭和52年7月1日付け環境保健部長通知『後天性水俣病の判断条件について』で示したところであるが,その後の経験を踏まえ,今後はこの判断条件にのっとり,検討の対象とすべき申請者の全症候について,水俣病の範囲に含まれるかどうかを総合的に検討し,判断するものであること」とした。 このように医学的に蓋然性が高い場合に水俣病の範囲に含むべしとの考えが示されたことにより,52年判断条件は,まさにその中身そのものが蓋然性の判断をするための条件・基準を明らかにしたものとされた。昭和53年当時,環境庁企画調整局環境保健部長であったP20は,昭和53年10月13日の衆議院・公害対策委員会において,「そこに示されている幾つかの症状が複数積み重なっていくと,水俣病の蓋然性はうんと高くなる」のであるが,他方で「水俣病であれば一つの症状だけというということはちょっと考えられません」,「一つの症状があって曝露歴 ている幾つかの症状が複数積み重なっていくと,水俣病の蓋然性はうんと高くなる」のであるが,他方で「水俣病であれば一つの症状だけというということはちょっと考えられません」,「一つの症状があって曝露歴がある場合には(水俣病の)蓋然性はきわめて低い」と説明している(甲122の9)。 エ 46年事務次官通知と52年判断条件の異質性(ア) 控訴人は,52年判断条件は水俣病の病像及び臨床診断方法についての医学的知見に基礎を置きつつ,46年事務次官通知を具体化したものであるとか,46年事務次官通知には,「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」などの文言上あいまいなところがあり,昭和52年判断条件はその趣旨を明瞭化し,具体化したものであるなどとして両者の連続性を主張する。 (イ) しかしながら,46年事務次官通知においても,医学的な鑑別診断は要求されており,水俣病の診断はあくまで医学的根拠を必要とされているし,46年事務次官通知の文言には控訴人の主張するようなあいまいなところはなくその趣旨は明瞭である。46年事務次官通知は,まず水俣病にみられる症状のいずれかがあることを要求し,次にそれらの症状の発現又は経過に関し経口摂取による有機水銀の影響が「否定し得ない場合」には症状との因果関係を積極の方向に解すべきであるとしているのであって,あいまいさは特に症状そのものについては全くない。 (ウ) ところが,46年事務次官通知に,「症状」について,「疑わしい場合」とか「否定し得ない場合」という表現はどこにもないにもかかわらず,46年事務次官通知の趣旨が「水俣病であると少しでも疑われる程度でも認定せよ」という趣旨であるとの故意の歪曲が一部からなされ,取り分けP1は,旧認定患者(46年事務次官通知発出 ないにもかかわらず,46年事務次官通知の趣旨が「水俣病であると少しでも疑われる程度でも認定せよ」という趣旨であるとの故意の歪曲が一部からなされ,取り分けP1は,旧認定患者(46年事務次官通知発出前に認定された患者)と新認定患者(同通知発出後に認定された患者)とをことさらに差別する宣伝を執拗に展開し,P1の社長も,かなり早い段階から,「水俣病の認定基準を甘くしたのが問題がこじれる原因となった」と環境庁を批判していた。さらに,審査会委員のP21など一部の医師も,まず,恣意的に症状について「疑わしい場合」とか「否定し得ない場合」といった考えを持ち込み,そうしておいて,そういう場合の症状の 「組合せ」や「拾い方」を問題とし,このような46年事務次官通知の不理解ないしことさらな曲解に立脚して,「診断基準は曖昧だ」などと言い立てて46年事務次官通知を変えさせようとしたのである。この点,P16も,46年事務次官通知が発出されたころは,「水俣病における感覚障害は最も頻度が高く,その障害の部位や経過などからして特徴的なもので感覚障害一つでも,類似の神経疾患との鑑別診断は可能であると考えていた」ところ,52年判断条件策定のころには,従前と認定申請者の症状の質が特に変わったわけでもないのに,「感覚障害はありふれた症状で水俣病の個々の症状はいずれも非特異的で,類似した神経疾患との鑑別のためには症候の組合せが必要である」旨強調するに至り,その考えを変節させている。 (エ) 別件訴訟第2審におけるP22の証人尋問の結果(甲35)等からも,52年判断条件は,決して医学的,科学的根拠に基づき策定されたものではなく,専らP1からの補償金受給対象者の行政的線引きの観点から考案され,策定されたものであることが明らかになっている。 しかし,患者救済 断条件は,決して医学的,科学的根拠に基づき策定されたものではなく,専らP1からの補償金受給対象者の行政的線引きの観点から考案され,策定されたものであることが明らかになっている。 しかし,患者救済のための認定基準という公的制度が,P1と患者との間の私的な本件補償協定書に縛られるのは不当である。この点は,度重なる司法判断においても繰り返し同様の指摘がされてきたところである。 (オ) 記載の文言からみても,52年判断条件は,46年事務次官通知と比べて,「水俣病の範囲」が大幅に縮限されている。 すなわち,46年事務次官通知では,症候のうちいずれかの症状がある場合において,当該症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが,当該症状の発現または経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には,他の原因がある場合であっても,これを水俣病の範囲に 含むものであることとされ,さらに,認定申請人の示す現在の臨床症状,既往症,その者の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響が認められる場合に含むものであることとしていたのに対して,52年判断条件では,それらの症候は「それぞれ単独では,一般に非特異的であると考えられるので,水俣病であることを判断するに当たっては高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが,次の(1)に掲げる曝露歴を有する者であって次の(2)に掲げる症候の組合せのあるものについては,通常,その者の症候は,水俣病の範囲に含めて考えられるものであること」と変更されており,52年判断条件においては,46事務次官通知 する者であって次の(2)に掲げる症候の組合せのあるものについては,通常,その者の症候は,水俣病の範囲に含めて考えられるものであること」と変更されており,52年判断条件においては,46事務次官通知で認められていた「水俣病の範囲」が大幅に縮限されたのである。 P23P24大教授も,46年事務次官通知においては「疫学的条件があり,そのうえで一つの典型症状が認められればそれだけで水俣病と判断してよいとするものであった」のに対し,52年判断条件は「水俣病の各種の症候はそれぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるとした上で,水俣病と考えられる4種類の症候の組合せを示した。この判断条件の下では,曝露歴があり,症候の組合せがないと水俣病と認定されないこととなり46年事務次官通知よりもその要件が厳しくなったとみることができるとしている(甲121)。 (2) 52年判断条件の医学的根拠・正当性の欠如52年判断条件は医学的根拠・正当性を欠いており,公健法の趣旨・目的からして水俣病の診断基準たり得ない。 ア医学的データの不存在52年判断条件は,その構造及び文理からすると,事実上は,その規定 する4種類の「症候の組合せ」のいずれかに該当することを,水俣病であると判断するための必要条件として要求しているものと解され,実際,審査をする側においても,水俣病であると判断するための必要条件として,4種類の症候の組合せのいずれかに該当することを52年判断条件が要求しているものと理解している。しかるに,上記のような52年判断条件を正当化するに足りる医学的データは存在しない。 この点,控訴人は,環境庁が昭和50年に水俣病に関して水俣病認定検討会を設置し,水俣病に含めて考えられる症候の組合せを整理し,臨床上の 2年判断条件を正当化するに足りる医学的データは存在しない。 この点,控訴人は,環境庁が昭和50年に水俣病に関して水俣病認定検討会を設置し,水俣病に含めて考えられる症候の組合せを整理し,臨床上の診断基準に当たる具体的な水俣病の判断条件を定めたと主張し,同検討会が,臨床的には水俣病の出現には一定の傾向があるからその傾向すなわち水俣病の範囲に含めて考えられる組合せを整理して4つのパターンに整理したかのような主張をする。 しかし,かつて人類が経験したことのない新しい病気である水俣病についてその蓋然性があるか否かの判断は,要はコントロール群との対比による確率の問題なのであって,具体的な医学的データに基づかずに議論しても意味がないにもかかわらず,今日までそのような医学的データは全く明らかにされていない。そうすると,52年判断条件の「症状の組合せの4つのパターン」の限定は,何ら医学的データの裏付けなくして,前記検討会が,単に主観的に定めたものにすぎないことになる。 イ 52年判断条件の基底にある歪曲された病像論水俣病認定検討会が設置された昭和50年頃から,P16などの従来の水俣病診断の方法論に異議を差し挟む者があらわれた。昭和47年4月10日から熊本県と鹿児島県の水俣病認定審査会の各委員を務めていたP25の意見がその代表である。P25は,①感覚障害は,飽くまで自覚的なものであって,客観的把握が難しく,他覚的症状に比べると説得力がない,②疫学条件がそろっている場合でも,とりあえず「水俣病ではないか」と いうことから出発するが,疫学条件を決定的要素とは考えない,③α1地区以外でも手足のしびれとか感覚障害のある人はいるので,α1地区だけにほかの原因の感覚障害がないということはあり得ない,④46年事務次官通知の文言にもか ,疫学条件を決定的要素とは考えない,③α1地区以外でも手足のしびれとか感覚障害のある人はいるので,α1地区だけにほかの原因の感覚障害がないということはあり得ない,④46年事務次官通知の文言にもかかわらず,水俣病認定審査はやはり,症状の組合せが必須と以前から思っていた,等と証言している。また,前記検討会に委員として参加していたP15も,患者の生活状況や情報は,本人の申出に依拠しているため信頼度は低いとしている。 前記のとおり,水俣病認定検討会の委員長として昭和50年から52年当時主導的役割を果たしたP16も,この段階においては,疫学的条件というのは本人が言うだけで客観性に乏しく,汚染条件の大小はむしろ不明な点があるから診断には臨床的事項が重要なのだとし,さらに,感覚障害というのは全部自覚的なものであると述べるに至った。 これらの意見によると,疫学条件は患者の訴えに依存するから客観性・確実性に乏しく,また患者の自覚症状である感覚障害も客観性に乏しいから,水俣病の診断を専ら他覚的臨床症状をもとに判断するという基本姿勢に立つことになる。その結果,感覚障害以外の「症状の組合せ」を必須要件とせざるを得なくなり,組合せを要するとすると,その症状は,ハンター・ラッセル症候群を基礎とするクラシカルなタイプのものに限定されることになってしまい,一定の症状がそろわない場合は,他の病名をつけて容易に切り捨てることができることになってしまったのである。 初期のP16のように患者の訴えにも十分耳を傾けてあるがままの症状を把握し,かつ水俣病における求心性視野狭窄や感覚障害の特異性,特徴に着目する立場に立てば,「症状の組合せ」ないし「症候群的判断」は不可欠ではなかったのである。 ウ慢性水俣病被害の実態の無視52年判断条件所定の 野狭窄や感覚障害の特異性,特徴に着目する立場に立てば,「症状の組合せ」ないし「症候群的判断」は不可欠ではなかったのである。 ウ慢性水俣病被害の実態の無視52年判断条件所定の4種類の「症候の組合せ」は,広範囲にわたる慢 性水俣病被害の実態に即していない。 52年判断条件及びこれに基づく現実の運用は,いわゆるハンター・ラッセル症候群を基礎として,「一定の症候の組合せ」を必須条件としており,さらに,前記の昭和53年7月3日付け環境事務次官通知は,「水俣病の範囲」について枠をはめ一定の組合せによる症候群的診断を不可欠としている。しかも,その組合せも四つのパターンに限定しているのみならず,公健法4条2項のキーワードは「影響」の有無であるから,症状は疫学的資料との相関関係の中で有機的総合的に判断されるべきであるのに,疫学的資料を無視ないし軽視して,疫学的資料と切り離した患者の症状それ自体から水俣病に該当するかどうかを孤立的に判断しようとする基本的姿勢,態度が明瞭である。52年判断条件の下では,たとえ濃厚な疫学的資料が存在する場合でも,疫学的資料との相関関係の下でその症状に対する有機水銀の影響の有無を個別的に判断することは,事実上無意味不要となり,公健法4条2項が本来要請している具体的総合的判断が封殺されてしまっている。 しかし,医学的知見の集積により水俣病の症状の同一性を判断するについて,症状の組合せを必須とする必要がないことは漸次明らかとなってきており,仮に症状の組合せを認定の必須条件とすると,実態として多数存在する慢性水俣病患者の大半が認定の網からこぼれることは必定である。 そもそもハンター・ラッセル症候群は,元来は有機水銀製造工場で人体が一時的に直接被曝した事例において検証された症候であり,「環境汚 在する慢性水俣病患者の大半が認定の網からこぼれることは必定である。 そもそもハンター・ラッセル症候群は,元来は有機水銀製造工場で人体が一時的に直接被曝した事例において検証された症候であり,「環境汚染を媒介とした有機水銀中毒という特殊な発症機構の病気である水俣病」においては,参考とはなるがこれに限定することができないものであって,水俣病の本来の病像は,その実態に即した調査・研究の拡大によって独自に構築されるべきものであった。この点,新潟水俣病発生当初,患者のありのままの実態を直視し,「疑わしいものを広くすくいあげ,その中から 共通の症状をもつ者を選ぶ」という水俣病解明の医学的方法論を構築していったP16の経験・証言がすこぶる参考になる。しかるに,水俣病の原因が不明の段階では原因追求の手がかりとして役立ち,それなりに有用であったハンター・ラッセル症候群がそのまま水俣病の概念となり,そしていつの間にか52年判断条件において認定基準の中核に据えられてしまった点に大きな問題がある。 しかも,有機水銀曝露歴を有する者に発現している健康障害については,水俣病に起因する可能性の程度が連続的に分布しているにもかかわらず,唯一の基準で因果関係の有無を「水俣病に罹患していると認めることができる,水俣病に罹患しているものと認めることができない」と割り切って判断するならば,それがどのような基準であっても,そのような解決方法は水俣病被害の実態に即したものとはいえないのである。 エ 60年専門家会議の欺瞞性控訴人は,同60年10月15日付けの「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」(以下「60年専門家会議」という。)で,52年判断条件の正当性が確認されたと主張するが,その開催に至る経過,構成員の不公正(当事者がこともあろうにアン の「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」(以下「60年専門家会議」という。)で,52年判断条件の正当性が確認されたと主張するが,その開催に至る経過,構成員の不公正(当事者がこともあろうにアンパイアを兼ねている等)などについては,繰り返し批判されてきたところである。P26岡山大学教授(以下「P26」という。)は「専門家会議で作成された文書の内容はお粗末である。よくぞ恥ずかしげもなく『医学専門家会議の意見』と銘打ったものである」と評している(甲105)。 60年専門家会議は,熊本水俣病第二次訴訟第2審判決などを受けて開かれたものであるが,同判決は,46年事務次官通知から52年判断条件が出されるまでの経緯などを検討し「昭和52年の判断条件は,いわば前記協定書(本件補償協定)に定められた補償金を受給するに適する水俣病患者を選別するための判断条件となっているものと評せざるを得ない。従 って,昭和52年判断条件は,前述のような広範囲の水俣病像の水俣病患者を網羅的に認定するための要件としては,いささか厳格に失しているというべきである」とし,かつ,常に症状の組合せが必要であるとは判断せず,「四肢の知覚障害でも遠位部優位の手袋・足袋様の知覚障害は,極めて特徴的な症状でもあるので,このような知覚障害の診断しか得られない場合であっても当該患者の家族に水俣病症状が集積し疫学的条件が極めて高度と認められれば,反証がない限り水俣病と事実上推定するのが相当である」としていたのである。また,各地の裁判所でも52年判断条件が要件として厳しすぎると批判されており,熊本県認定審査会の検診のあり方や審査のあり方及び審査会の能力が問われていたのである。 ところが,60年専門家会議は,何らその判断の裏付けとなるデータも根拠もあげることなく 判されており,熊本県認定審査会の検診のあり方や審査のあり方及び審査会の能力が問われていたのである。 ところが,60年専門家会議は,何らその判断の裏付けとなるデータも根拠もあげることなく,また,熊本水俣病第二次訴訟控訴審判決の,疫学的条件の濃淡との関連で水俣病罹患の有無を判断すべしという重要な問題提起を真摯に検討もすることなく,有機水銀曝露歴は単なる前提要件にすぎないとして,疫学的条件をまたもや実質的に無視してしまったのである。 60年専門家会議の座長を務めたP27は言う迄もなく,会議のメンバーは,いわゆる慢性水俣病の実態調査はもとより,それらの実態を示すデータの分析なども一切なさず,前の様な結論を出したのである(甲139)。 日本精神神経学会「研究と人権問題委員会」の水俣病問題小委員会中間報告(甲140)は,60年専門家会議の委員に対する質問状の送付などによる調査結果をまとめたものであるが,総括の中で,P27自身は,環境庁からの情報以外は参考にしておらず,昭和52年判断条件及び昭和60年福岡高裁判決の全文に目を通していないこと,一症候のみの水俣病例の存在が実証されていないとする根拠は,P28参考人(以下「P28」という。)の病理学的所見に基づくもので,それ以外に資料はなかったこと,他方,一症候のみの水俣病例について,実際に病理学的に検討されたわけ でもないこと等を明らかにしている。 オ症候組合せに該当しない場合の処理(ア) 控訴人は,「52年判断条件が定める症候の組合せに該当しない場合には,個別に,より慎重な判断を要することは当然であるが,疫学条件や症候の発症状況,他疾患の有無等を踏まえて認定審査会の高度の学識と豊富な経験に基づく総合的な判断によりコンセンサスのある医学的知見によって水俣病でない 重な判断を要することは当然であるが,疫学条件や症候の発症状況,他疾患の有無等を踏まえて認定審査会の高度の学識と豊富な経験に基づく総合的な判断によりコンセンサスのある医学的知見によって水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと判断できる場合に『水俣病』と認定判断することが許容される」とし,「例えば,四肢末梢優位の感覚障害のみであっても,死後の剖検によりメチル水銀の影響による特徴的な障害部位が確認できた場合や水俣病を発症し得るだけの濃厚なメチル水銀曝露の事実を毛髪水銀値等の客観的資料により確認でき,曝露時期と症候の発症時期が整合し,他疾患などの他原因の可能性も否定できるなどの事情がある場合で,医学的なコンセンサスをもって水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと診断し得る場合には,『水俣病』と認定し得る余地がある」とする。 しかしながら,挙げられた例の前者のように当該患者の死亡を待たなければ認定に至らないということは迅速な公害被害者の救済という公健法の趣旨・目的に反することは明らかであるし,後者についても,毛髪水銀値のデータの採取や必要な健康調査は,控訴人が怠り放置してきたことから,客観的資料を得ることが現実的にはほぼ不可能であるから,いずれにしても机上の空論である。 (イ) 52年判断条件が策定された後の熊本県認定審査会の現実の審査においては,当該患者の症状が52年判断条件に設定された症状の組合せに合致するかどうかだけを審査するのが原則であり,52年判断条件に設定された症状の組合せを充たさない場合に,それ以上症状や原因をさらに別途探求するということは現実に行っておらず,その旨実務の担当 者が証言している(甲34)。現に,組合せ以外の認定例が存在するか否かについて,処分庁は,本件審査 ,それ以上症状や原因をさらに別途探求するということは現実に行っておらず,その旨実務の担当 者が証言している(甲34)。現に,組合せ以外の認定例が存在するか否かについて,処分庁は,本件審査会の口頭審理において,例外は存在しないと主張してきたし,平成18年8月25日の口頭審理から4ヶ月以上経過して調査のうえ提出された平成18年12月28日付の報告書でも「52年判断条件の4つの組合せ以外で認定した事例は確認できなかった」(乙39の2)と明確に回答していた。 控訴人は,52年判断条件策定以降,認定審査会において,52年判断条件が規定する症候の組合せには合致しないものの,医学的に総合的な判断をした結果,水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと判断されて認定された例が複数存在しているとして,乙239号証を提出している。しかしながら,同乙号証に掲示されている四つの例をよくみてみると,たしかに四つの例は52年判断条件の二の(2)に規定されている症状の組合せのア,イ,ウ,エのいずれかにズバリとは該当しないけれども,少なくとも各々三つ以上の症候の組合せの認められる症例であり,しかも昭和55年から62年の間に認定されたケースで,時期も限定されており,認定例約2000件中の4例にすぎない。実際の認定処分に関与している者は,判断基準(四つの組合せ)に例外はないと認識して運用していたことに変わりはないのである。 したがって,これらの実例があるからといって,52年判断条件そのものの正当性の根拠とならないことは明らかである。 (ウ) 控訴人は,控訴審に至って,52年判断条件の症候の組合せに該当しないことをもって直ちに被控訴人が水俣病ではないなどと主張しているものではなく,52年判断条件の症候の組合せに該当し (ウ) 控訴人は,控訴審に至って,52年判断条件の症候の組合せに該当しないことをもって直ちに被控訴人が水俣病ではないなどと主張しているものではなく,52年判断条件の症候の組合せに該当しない本件では,広くコンセンサスのある医学的知見に照らして,被控訴人が「水俣病」と認められるような事情が存するか否かにつき,別途慎重な判断がなされなければならないと主張するに至った。 しかし,実際には,本件審査手続において,処分庁は「請求人の場合は四肢末梢の感覚障害は出ている。水俣病の患者に見られる特有の症状は出ているが,原因は不明ということである。Ⅹ線,生化学検査をやっているが原因は特定できず,多方面にわたる精密検査もやっていないので,原因は特定できなかった。しかしながら,総合的にみると,4種類の組合せに該当しなかったので,水俣病ではないという判断をしたということである。」と表明しており(甲1),極めて機械的に52年判断条件の4種類の組合せに該当するかどうかだけで判断し処分していることは明らかである。 したがって,控訴人の控訴審における主張は,これまでの主張を否定せざるを得なくなったもので,苦し紛れの詭弁にすぎない。 カ各種救済策の位置付けとの関係控訴人はメチル水銀に起因する健康被害に係る多様な被害に応じた立法的,行政的,司法的救済が存在することを52年判断基準の正当性の根拠として取り上げて指摘している。 しかし,本件で問題となるのは被控訴人が公健法にいう「水俣病にかかっているか否か」ということであり,各種救済策の存在自体とは関係ない。 メチル水銀に起因する健康被害(公害病としての水俣病)に係る多様な被害に応じた施策は本来公健法により行われなければならなかったのである。ところが,公健法の解釈 各種救済策の存在自体とは関係ない。 メチル水銀に起因する健康被害(公害病としての水俣病)に係る多様な被害に応じた施策は本来公健法により行われなければならなかったのである。ところが,公健法の解釈・運用が正しく行われず,52年判断条件によって切り捨てられた被害者らが補償を求め続けてやまないので,控訴人の主張するような各種の救済枠組みをその都度作らざるを得なかったのであり,現行の救済枠組み自体が誤っている。したがって各種救済策が「それぞれ固有の趣旨・目的をもって異なる範囲の者を救済対象ととらえてきた」というのも歪められた目的の下での,その場限りの彌縫策でしかない。 少なくとも現行の救済枠組みを前提に公健法上の「水俣病」を解釈検討 することは本末転倒であり,絶対にあってはならないことである。 5 曝露条件があり四肢末梢優位の感覚障害のある患者は認定されるべきこれまで,水俣病に関する多くの判決において,52年判断条件を絶対視する主張が排斥され,感覚障害のみの水俣病があり得ることが肯定されている。 有機水銀の曝露条件があって,四肢末梢優位の感覚障害のある患者は,明らかに他の原因によるものでない限り,公健法上,水俣病と認定されるべきである。 (1) 四肢末梢優位の感覚障害は水俣病診断の決め手となる症状である四肢末梢優位の感覚障害は,水俣病における最も基礎的ないし中核的な症候として,いわば水俣病における共通項として位置付けられ,その発現部位(口周辺等)や発現の時期あるいはその原因が中枢神経の障害にあることをうかがわせる事情があるかなどを丹念にみてゆくと,自ずと,他原因によるものか否かは鑑別できる。 ア P16の見解P16は,昭和41年の日本内科学会講演会の質問・討論において,「症例の中には,知覚障 るかなどを丹念にみてゆくと,自ずと,他原因によるものか否かは鑑別できる。 ア P16の見解P16は,昭和41年の日本内科学会講演会の質問・討論において,「症例の中には,知覚障害のみのものも含まれている。毛髪中水銀量,魚の摂取状況と症状発生の時期,知覚障害の特異性と経過により,有機水銀中毒と診断したもので,アルキル水銀中毒症は必ずしも定型的ハンター・ラッセルの症状を呈しないことを強調したい。」と述べるほか,P19らの行政不服審査における参考人陳述や「新潟水俣病の追跡」(甲100)においても,知覚障害が最も頻度が高く,特に四肢末端,口囲,舌に著明であること,またこれが軽快し難いことなどを指摘している。 イ P18らの検診結果P18は,2次研究班第2年度の調査(乙120)によると,「最も基本的な症状と思われる知覚障害についても,その知覚障害のパターンを対照地区と比較すると,末梢性の両側の手袋足袋型の知覚障害及び口周辺の知覚障害は明らかにメチル水銀の影響によると考えられる。」と指摘し, 「水俣病のように環境汚染によって全地区住民が汚染された場合,その地区の住民のもつ健康被害のどこまでがメチル水銀の影響であるかを追求するためには,全地区住民の健康の歪みをとらえなくてはならない。そのためには,汚染地区の住民一斉調査と非汚染地区の健康調査の対比によって地区住民の健康のかたよりをとらえる必要がある。」とし,P18らが,いずれも汚染地域であるα9地区及びα10地区の住民(前者については全住民の84.1%,後者については全住民)の検診を行ったところ,四肢末梢の感覚障害は65.5%という高率にみられたと指摘している(甲102)。 ウ P29及びP30教授(以下「P30」という。)らの研究(甲104 については全住民)の検診を行ったところ,四肢末梢の感覚障害は65.5%という高率にみられたと指摘している(甲102)。 ウ P29及びP30教授(以下「P30」という。)らの研究(甲104の1・2)P29及びP30は,汚染地区を不知火海に浮かぶ離島のα8島に,対照地区を宮崎県東臼杵郡α11町の漁村α12に設定し,疫学調査を実施した。これは厳密なコントロールを設けて行われた調査であり,その手法が普遍的な基準をクリアした正当なものであることは,世界的に権威があるとされるP31誌に厳正な審査の結果掲載されたことで証明済みである。 調査の結果,感覚低下はα13でみられた5つの神経学的所見の中で最も高頻度(73%)にみられ,α13でみられた感覚低下の大部分はいわゆる手袋ソックス型の,四肢末梢の感覚低下であった。対照地区のα11町α12では,四肢末梢優位の感覚障害を呈した人は142人中1人(発生率約0.7%)しかいなかったが,α8町には,109人中65人(発生率約60%)もいたことが判明した。 疫学においては,因果関係の程度を,曝露群と非曝露群の疾患の数を比較して,非曝露群に比較して曝露群において何倍当該疾患が多発しているかで示し,これを「相対危険度」という。また,曝露群に注目している症候のある患者がいるとしても,これらの症例の中には仮に曝露しなかった としてもその症候に罹患したであろう人が含まれている可能性があることから,曝露群の症例の中から非曝露群の症例だけ差し引いた残りが,当該曝露による増加分といえ,この,曝露群の患者集団の中で曝露による増加分はどれくらいの割合を占めているかを明らかにするのが,曝露群寄与危険度割合(病因割合)である。これをP29・P30らの調査結果に当てはめると,α8町ではα11町より相対危険度( 中で曝露による増加分はどれくらいの割合を占めているかを明らかにするのが,曝露群寄与危険度割合(病因割合)である。これをP29・P30らの調査結果に当てはめると,α8町ではα11町より相対危険度(四肢末梢優位の感覚障害の発生しやすさ)が208倍という考えられない数字となり,また,曝露群寄与危険度割合は,99.5%であり,α8町で四肢末梢優位の感覚障害を呈する住民を水俣病患者と診断しても,間違える確率はわずか0. 5%にすぎない。このことは,α8町の65人を全員水俣病と判断しても,せいぜい1人(正確には0.3人)しか間違わないが,逆に65人全員が水俣病でないと判断すると,少なくとも64人について間違いを犯すことを意味している。 エ日本精神神経学会・研究と人権問題委員会の見解(甲20,138)同委員会は,平成10年9月19日に学会報告として52年判断条件に対する見解を発表している。この見解では,52年判断条件の作成過程において医学的根拠となり得る具体的データを見いだすことができなかったこと,52年判断条件に示された症候の組合せに基づく診断は科学的に誤りであることが示され,①高度の有機水銀曝露群においては,水俣病であって,水俣病にみられるとされている主要症候の中で四肢末梢優位の感覚障害のみを有すると観察される者が,少なくとも10.1%の有病割合で存在すること,②高度の有機水銀曝露を受けた者であれば,四肢末梢に優位な感覚障害をもって,水俣病であるとの診断を下すことが科学的に妥当であることが明らかにされている。 オ P22の見解P22は,P32新聞の記事(甲108)において,「感覚障害だけの 水俣病はあり得る。基準をつくった他の医師たちも同じ認識だった」と明言している。これに対して,控訴人は, の見解P22は,P32新聞の記事(甲108)において,「感覚障害だけの 水俣病はあり得る。基準をつくった他の医師たちも同じ認識だった」と明言している。これに対して,控訴人は,P22がP32新聞に対して抗議文(乙275)を送付していることをもって,被控訴人の主張を失当として争うが,この抗議文では,P22がいかなる点について抗議しているのかが不明である。もともと,P22自身は,平成3年の中央公害対策審議会環境保健部会の水俣病問題専門委員会において,「私は(感覚障害のみの水俣病が)あり得ると思うのですが,今までの裁判での主張は,あり得ないと。」と発言しているのである(乙241の7)。 (2) 感覚障害診断の客観性控訴人は,被験者の心因性の影響を殊更に強調して,検査の困難さを指摘するが,四肢末梢優位の感覚障害の検査においては,既に心因性の影響は織り込み済みである。控訴人が引用する神経内科の教科書に記されているように,医師は,そうした心因性の影響を十分に考慮した上で,診断を下しているのである。 むしろ,控訴人は,「特に水俣病による地域の混乱や葛藤を経験した者は,水俣病においては四肢末梢優位の感覚障害,すなわち手袋足袋型の感覚障害が生じるとの大まかな知識を有しているのが通常である」と主張するように,特に水俣病患者に対する偏見をもって診断に当たろうとしており,このような態度こそが誤診を招くのである。 (3) 四肢末梢優位の感覚障害の他疾患との鑑別の容易性ア水俣病における四肢末梢優位の感覚障害は大脳皮質障害による水俣病は中枢神経疾患であって,その感覚障害の原因は,主として,大脳皮質が損傷されることにあるが,中枢神経が両側に障害されて四肢末端優位の感覚障害を引き起こす症例は, 大脳皮質障害による水俣病は中枢神経疾患であって,その感覚障害の原因は,主として,大脳皮質が損傷されることにあるが,中枢神経が両側に障害されて四肢末端優位の感覚障害を引き起こす症例は,現時点では有機水銀中毒以外には考えられていないのであり,極めてまれな症状である。 別件訴訟第2審判決は,水俣病患者の感覚障害は専ら大脳皮質が障害さ れたことによる(中枢説)と推認し,大脳皮質(頭頂葉中心後回の体性感覚野)に障害があると,大きな特徴として,複合感覚(識別感覚)の障害が現れるとして,複合感覚に障害を受けていればそれだけで,大脳皮質に障害を受けたことに起因する感覚障害でありメチル水銀中毒の影響によるものであると推認した。そして,別件訴訟最高裁判決は,別件訴訟第2審判決の上記事実判断を前提とした上で,同判決に経験則違反の違法があるとはいえないとしたのであるから,当然に最高裁も中枢説を採用したと考えられる。 イ控訴人の主張への反論(ア) 控訴人の末梢神経障害重視控訴人は,水俣病の感覚障害は大脳頭頂葉の中心後回領域だけでなく併せて脊髄末梢神経(知覚神経)に起因するものであると主張する。しかし,その具体的な症状判断の場面では,末梢神経障害だけを感覚障害の原因であるとして,それを理由に水俣病患者であることを否定しようとしてきた。すなわち,水俣病における感覚障害が末梢神経障害によるものであると考えれば,訴える症状が変動したり,腱反射が亢進することはあり得ないことになるから,これらがあると「説明のつかない症状」ということで認定申請が棄却されてきたし,他方,認定審査会における検診項目には,中枢神経損傷を調べるための複合感覚(二点識別覚)などの検査は含まれていなかったのである。 (イ かない症状」ということで認定申請が棄却されてきたし,他方,認定審査会における検診項目には,中枢神経損傷を調べるための複合感覚(二点識別覚)などの検査は含まれていなかったのである。 (イ) 複合感覚検査の信頼性控訴人は,複合感覚については,一次感覚が正常であることがその前提となっており,一次感覚に異常があり,複数の信号の認識自体ができない場合には,複合感覚も異常を示してしまうから,複合感覚の検査が異常であっても,その原因が中枢神経の障害を反映した結果であるか,一次感覚の異常を反映した結果かは明らかでないと主張する。しかし, 一般的にはそうであるとしても,一次感覚に異常がある場合もその程度は様々であり,複数の信号が認識できていれば複合感覚検査結果の異常により,中枢性神経障害の判断ができる。臨床的には,四肢や半身に痛覚や触覚の鈍麻があった場合,この感覚障害が末梢性か中枢性かを判断するためには,識別(複合)感覚検査を実施し,腱反射や電気生理学的検査の結果を合わせて判断するのである。P33の「イラクのメチル水銀中毒」(乙198)の症例では,口周囲,四肢末梢あるいは全身性の痛覚・触覚の異常がありながら,二点識別覚や立体覚の明らかな異常を認めており,複合感覚検査を含めた検診が事実として行われ,診断に寄与していることが分かる。 (ウ) 水俣病の感覚障害を末梢神経障害と診ることの誤り水俣病による感覚障害が,メチル水銀により末梢神経が障害されることによるものであるとする控訴人の主張には,医学的根拠はない。すなわち,控訴人は,感覚障害が末梢神経系の損傷によるとの主張の根拠として,①P34らの論文と,②P35医師(以下「P35」という。)らによる論文(乙42)をあげるが,①はメチル水銀中毒のラット 。すなわち,控訴人は,感覚障害が末梢神経系の損傷によるとの主張の根拠として,①P34らの論文と,②P35医師(以下「P35」という。)らによる論文(乙42)をあげるが,①はメチル水銀中毒のラットと水銀病患者の腓腹神経の定量化したグラフが類似していることを報告するものであり,種の異なるラットのデータをそのままヒトに適用することはできないし,また,②についても,病理という手法においては機能の劣化や免疫の障害等は認識できず,病理で認識できる病変はあくまでその終末像であって,終末に至る過程の病的変化の総体を認識することはできない上,具体的にも,<ア>ヒトの正当な比較対照群を設けておらず,正常人と比較した定量的な解析がされていない,<イ>系統的な解析に基づいた病理解剖がされていない,<ウ>脊髄神経の前根(運動神経)と後根(感覚神経)の違いを考慮せずに,これらを単純に比較している,といった問題がある。 (エ) 他疾患との鑑別の容易性控訴人は,感覚障害には多数の原因があるほか原因不明のものも多く,識別しなければならない疾患が多数存在するので,四肢末梢優位の感覚障害だけでは水俣病と認定できないと主張する。 しかし,前述したとおり,そもそもコントロール地区の四肢末梢優位の感覚障害の発症頻度は極端に少ない上,中枢神経が両側に障害されて四肢末梢優位の感覚障害を引き起こす症例は,極めてまれである。 他疾患との鑑別は,例えば,患者の生活歴,職歴などから重金属中毒等の原因の有無が分かり,各種検査により脚気や糖尿病等と判別でき,経過をみることによって,一時的なものか否か,どの病気の可能性が高いかが明らかになる。また,控訴人がこれまで問題としてきた頸椎症や糖尿病性神経障害による感覚障害とは,その特徴が異なり鑑別は容易である 過をみることによって,一時的なものか否か,どの病気の可能性が高いかが明らかになる。また,控訴人がこれまで問題としてきた頸椎症や糖尿病性神経障害による感覚障害とは,その特徴が異なり鑑別は容易である。 (4) 遅発性水俣病の存在についてア遅発性水俣病の概念曝露中止から数年してメチル水銀中毒関連症状が発現したり,あるいは症状が悪化したりするものを「遅発性水俣病」という。控訴人は,我が国のみならず世界のメチル水銀中毒に関する研究成果の分析に照らすと,水俣病についてはいかに発症が遅れる場合を想定したとしても曝露終了後の潜伏期間はせいぜい1年から数年が限度であると主張するが失当である。 P36のサルの実験では6年(甲161),P37の新潟水俣病の剖検症例では7年が確認されており(甲162),多くの症例報告により,遅発性水俣病の存在は確認されている。そうした水俣病症例が新潟,熊本,鹿児島で報告され認定されているという事実を,その発生機序の理論的解明の不十分さによって否定することはできない(甲161)P16は「中毒は一般に毒物の侵入が終わってしばらくすれば,病像は 軽快するのが普通であるし,そうでなくとも固定するはずである。ところが追跡検診していくうちに,川魚を食べなくなって数ヶ月,時には年余を経て患者の症状が悪化したり,また症状が出現する例があることがわかった」(甲100)と初めて遅発性水俣病の存在を指摘した。 P38は,遅発性水俣病を,「新潟水俣病発生の1965年当時,全く自覚症状のなかったもの,あるいは全身倦怠,頭痛,めまい,筋痛,関節痛などの訴えだけで,他覚所見のなかったものに,新たなメチル水銀の侵入がないにもかかわらず,数年の経過で他覚的にとらえられる水俣病症状が明らかに ったもの,あるいは全身倦怠,頭痛,めまい,筋痛,関節痛などの訴えだけで,他覚所見のなかったものに,新たなメチル水銀の侵入がないにもかかわらず,数年の経過で他覚的にとらえられる水俣病症状が明らかになったものをいう」と定義し,頭髪水銀量200ppm以上を示した7症例を示してその実在を根拠づけた。 イ遅発性水俣病の機序控訴人は,遅発性水俣病の潜伏期間をせいぜい1年から数年とする根拠として,無機水銀の毒性を否定し,メチル水銀の70日半減期説を採って,限界蓄積量と発症閾値論を理論的根拠として主張するが,いずれも失当である。 (ア) 限界蓄積量と発症閾値論の誤り控訴人は,メチル水銀の限界蓄積量や発症閾値に関する議論を紹介し,微量のメチル水銀を体内に摂取し続けても発症することはないと主張して,恰もこれらが「広くコンセンサスがある科学的知見」であるかの如く主張する。 しかしながら,メチル水銀の毒性を他の化学毒物と同じように考えてよいのか問題であるし,これらの考え方は,あくまで一過性のメチル水銀への曝露の例(イラクでのメチル水銀中毒例はそうである)などに基づく,仮説の一つにすぎない。控訴人の指摘する,マグロ等には昔から比較的高濃度のメチル水銀が含まれているにも拘わらず,マグロ漁船員が発病していないことについては,魚肉中のセレンがメチル水銀の毒性 緩和に関係しているとされていることに注意する必要がある。 控訴人はまた,昭和48年7月23日の厚生省環境衛生局長通知(乙305)による暫定的規制値について,自己の主張の根拠として言及する。 しかしながら,昭和30年代の不知火海沿岸住民の食生活の実態などを調査したP39熊本大学教授は,地域住民の頭髪や臍帯中のメチル水銀量は,P1 ついて,自己の主張の根拠として言及する。 しかしながら,昭和30年代の不知火海沿岸住民の食生活の実態などを調査したP39熊本大学教授は,地域住民の頭髪や臍帯中のメチル水銀量は,P1P10工場のアセトアルデヒド生産が,1955年から67年にピークに達し1968年に稼働を停止しているのと,ほぼ軌を一にして増減しており,「1960年から1966年にかけて熊本県衛生研究所が測定した,この地域の漁村地区住民の頭髪レベルから推定されるメチル水銀摂取量は,0.4㎎/日以上が約50%を占め,この地域の漁協組合数を勘案すれば上記人口(約18万人)の約1/10,11000人をpopulationatriskとみなし得る」とされている(甲50)ところ,暫定的摂取量限度でいわれているのは,0.17㎎/週であり,P39教授のいうメチル水銀摂取量は,0.4㎎/日であって,後者は前者の十数倍である。 (イ) 細胞障害多くのメチル水銀の教科書に書かれているように,脳内に取り込まれたメチル水銀は標的神経細胞の蛋白合成阻害,神経伝達物質や神経軸索輸送への影響,神経細胞分裂の阻害など様々な障害を神経細胞に与え,それにより神経細胞は死滅するか,損傷をうけて回復するか,機能障害をもって生き続けるかのいずれかである。一方,メチル水銀はグリア細胞や細胞間隙にも分布し,脳神経細胞をとりまく調節系環境にも影響を与える。 メチル水銀の侵入によって一旦障害された脳の神経系細胞その他の組織がどの様な影響を受けるかについてはいまだ研究途上にあり,従来グ リア細胞は脳神経組織では細胞間隙を詰める壁土か,神経細胞脱落の後を埋める糊のようなものと考えられ,脳の高次機能とは無縁の存在として軽視されてきたが,近時グリア細胞の果たす役割が神経細 グ リア細胞は脳神経組織では細胞間隙を詰める壁土か,神経細胞脱落の後を埋める糊のようなものと考えられ,脳の高次機能とは無縁の存在として軽視されてきたが,近時グリア細胞の果たす役割が神経細胞の成長や刺激の伝達,コントロールに極めて重要な役割をもち,脳機能のネットワーク機能の調整にはむしろ主導的役割を果たしているのではないかとする事実が明らかとなり,この新しい事実からすれば,水銀はグリア細胞の働きを阻害し,そのことによって神経細胞への伝達や調整機能を阻害し,ときには,神経細胞の損傷・死滅をもたらす可能性があるのである(甲161)。 (ウ) 脳における半減期の他臓器との違い「アルキル系水銀は公知文献により人間の健康にきわめて有害であるものと確認されている。アルキル系水銀は,無機水銀とはちがって体内に摂取されると,その排泄はすこぶる緩慢で肝,腎などに長期間,高濃度に滞留する。なかんずく,脳に分布した水銀の減少速度は他臓器に比べ僅少である」(P40「自然と生物環境における水銀」神経研究の進歩第18巻5号)とされており,メチル水銀の生物学的半減期は,脳とその他の臓器との間で,差異が存することは否定できない。 P28とP35は,従来メチル水銀の人体での生物学的半減期は70~74日とみられているが「これは全身から半減する平均日数であって脳での半減期ではない」と述べ,脳における総水銀値では「その生物学的半減期は243日である」とし「発症後6~10年以上経過した剖検例に,その脳水銀値が発症量(1PPM)を超えているものが散見される」と報告している(甲169)。 (エ) 無機水銀の毒性脳内に侵入したメチル水銀の一部は徐々に排泄されるが,ミクログリアやマクロファージに取り込まれたメチル水銀は,脱メチル化 」と報告している(甲169)。 (エ) 無機水銀の毒性脳内に侵入したメチル水銀の一部は徐々に排泄されるが,ミクログリアやマクロファージに取り込まれたメチル水銀は,脱メチル化をうけて 無機水銀として長く脳組織内に留まる。なぜなら,無機水銀は血液・脳関門に入りにくく,出にくいからである。こうして長期経過した剖検例では脳内水銀のうち無機水銀の占める割合は高くなっている。この無機水銀が長期にわたって残留した場合,これが無害であるとする科学的根拠はない。 水銀鉱山労働者の無機水銀中毒の剖検例では臓器水銀量は大脳と小脳に高値を示し,脳組織障害と振戦や不眠,運動失調などの中枢神経症状を示している。メチル水銀と無機水銀中毒はその臨床像は異なるが,水銀の神経親和性は共通のものがあることに留意する必要がある。 (オ) 遅発性水俣病の存在を認めた裁判例元々,半減期論や発症閾値論は,主としていわゆる「長期微量汚染型水俣病」が存在するかの議論においてこれを否定する論拠として唱えられ出した議論である。しかし,各地の水俣病訴訟において裁判所は長期微量汚染型水俣病の存在を認めている。なお,ここでいう「微量」というのは急性激症といわれる患者が相次いだ汚染が最も激甚であった頃に比べての,相対的な表現であるにすぎないことに留意する必要がある。 水俣病東京訴訟において,東京地裁平成4年2月7日判決は「仮説として比較的受け入れられやすいのは,おそらくは,P28,P41らが述べているように,過去に神経細胞の障害閾値を超えたかなり濃厚なメチル水銀の曝露をうけ,臨床症状としては現れない程度の神経細胞の障害を生じていた者に,ある時期まではメチル水銀の継続的微量摂取あるいは残留メチル水銀の影響による病変の累積が 値を超えたかなり濃厚なメチル水銀の曝露をうけ,臨床症状としては現れない程度の神経細胞の障害を生じていた者に,ある時期まではメチル水銀の継続的微量摂取あるいは残留メチル水銀の影響による病変の累積が加わり,さらに老化現象との重なりもあって,潜在性の障害が表面化するというような仮説であろうかと思われる。・・・この仮説などに一応の合理性はあるとも考えるのであって,いわゆる発症閾値論は,その現状においては,これらの仮説やそれ以外の機序による慢性発症の可能性を完全に否定し,それに よって説明できない現象は事実ではないとすることができるほどの精緻な理論とはいえないように思われるし,遅発性水俣病というものが存在することも事実であると思われる」と判示している。 また,京都地裁平成5年11月26日判決は,「以上の研究結果からするとメチル水銀の人に対する生物学的半減期は摂取した人の個体差(感受性の差)によって影響をうけるものであること,生体内の臓器間でも生物学的半減期に感受性の差が存すること,脳中での減衰速度は他臓器に比べて遅いこと,水俣病患者の脳中のメチル水銀は,発症後18年を経過してもなお発見されていること,メチル水銀の脳中での長期残留には血管脳関門の影響が無視できないこと,メチル水銀の侵入によって一旦障害された神経系細胞組織の分解排泄能力は,健康な細胞より劣ることの各事実が認められる」とし,遅発性水俣病及び長期微量汚染型の水俣病の存在を肯定している。 6 被控訴人は「水俣病」であること(1) 信義則ア争点効もしくは信義則の理論控訴人は,「被控訴人は水俣病に当たらない」と主張する。 しかし,被控訴人が「水俣病患者」に当たることは,本件訴訟に先行する別件訴訟において決着済みであり,控訴人の 義則の理論控訴人は,「被控訴人は水俣病に当たらない」と主張する。 しかし,被控訴人が「水俣病患者」に当たることは,本件訴訟に先行する別件訴訟において決着済みであり,控訴人の主張はいわば「蒸し返しの議論」であって到底許されないものである。 判例は争点効を認めていないともいわれるが(最高裁昭和44年6月24日判決・判例時報569号48頁),実際には,既判力が及ばない事項であっても実質的に前の訴訟の蒸し返しと認められる場合については,訴訟法上の信義則に基づき後の訴訟における主張立証を制限する立場を採用しており(最高裁昭和51年9月30日判決・民集30巻8号799頁など),結果的に争点効理論が目指した方向と同様の判断がされるといわれ ている。 以下のとおり,本件は別件訴訟の20年以上にわたる経過に鑑みて,まさしく争点効ないし信義則が適用される場面である。即ち「既判力が及ばない事項であっても実質的に前の訴訟の蒸し返しと認められる場合」に他ならず,争点効ないし信義則によって,被控訴人が「水俣病でない」などという,控訴人の主張立証は厳しく制限されるべきである。 イ別件訴訟における争いの内容別件訴訟において,国・熊本県は,その責任論,損害論はもちろんながら,そもそも被控訴人が「水俣病」なのかどうかについてもそれこそ全面的に争ってきたと言って過言でない。水俣病とは何か,体内のどこが侵されるのか,診断はどのようにすべきなのかなどあらゆる角度にわたって争点化されて,昭和57年提訴以来実に20年以上にわたって係争してきたのである。病像論もその一つ一つについて十分に主張され,例えば,感覚障害を例に挙げれば,四肢末梢優位の感覚障害のみでは「水俣病」と認定することは困難であること,その理由として感覚障 って係争してきたのである。病像論もその一つ一つについて十分に主張され,例えば,感覚障害を例に挙げれば,四肢末梢優位の感覚障害のみでは「水俣病」と認定することは困難であること,その理由として感覚障害は客観性に乏しく非特異的で原因不明のものが大半であること,四肢末梢優位の感覚障害のみの水俣病は臨床医学的にも病理学的にも通常想定し難いこと,そして,感覚障害のみの者を「水俣病」と認定するには無理があることは,これまでも繰り返し主張されている。 無論,本件では控訴人は「公健法上の水俣病」という言い方をして「公健法上の」という枕ことばを付けているが,それを別にすれば,控訴人の主張は,まさしく別件訴訟での主張とそのまま全く同じなのである。あるいは,控訴人は本件訴訟において,被控訴人の主治医たるP6病院の医師の手法について批判しているが,このような批判も別件訴訟で主張されており,そのような主張も含めて既に決着済みなのである。 (2) 被控訴人のメチル水銀曝露の状況 メチル水銀による魚介類の汚染が広範囲かつ長年月にわたっており,メチル水銀中毒の症状の出現にも多様性があることを考慮すると,メチル水銀の曝露について,出生地,生育歴,食生活の内容等により考慮して,その出ている症状がメチル水銀摂取の影響によるものであることを否定できない場合には水俣病であるというべきである。他の病気に罹患しており合併症が存在する場合にも,当該症状の全てが明らかに他の疾患を原因とするものであることが認められる場合を除き,当該症状について前記同様の影響の有無を判断するべきである。 ア被害調査の懈怠と立証の負担(ア) 調査の懈怠新潟水俣病は,昭和40年5月に確認されたが,その当時,新潟では数次にわたって広範囲に亘る一 判断するべきである。 ア被害調査の懈怠と立証の負担(ア) 調査の懈怠新潟水俣病は,昭和40年5月に確認されたが,その当時,新潟では数次にわたって広範囲に亘る一斉健康調査や追跡調査が行なわれた。これに対して,熊本水俣病については,昭和31年5月水俣病公式発見以降このような一斉検診や追跡調査は行なわれず,昭和35年から始まった毛髪水銀調査も期間が限定的で,対象者も限定され継続性がなかった(被控訴人は毛髪水銀調査も受けていない)。本格的な一斉検診が2次研究班によって実施されたのは,昭和46年6月に至ってからであるが,その成果も行政において活用されていない。 日本精神神経学会・研究と人権問題委員会「水俣病問題における認定制度と医学専門家の関わりに関する見解」(甲141)は,通常食中毒事件においては当然に行われるコントロールを伴う健康調査(疫学調査)が,水俣病においては初期の段階に行われなかったため「未認定食中毒患者」が,1万人以上も発生してしまった異常を問題としている。 (イ) 調査懈怠による不利益転嫁の不当性P42P43大学教授は「汚染海域の住民の頭髪等のメチル水銀濃度の追跡調査と,メチル水銀摂取による中毒症状を明らかにするための正 しく設計された疫学調査・・・が実行されなかったところに現代の困難さが生まれた。そのことに対して汚染海域の住民は全く責任がない。科学的知見の不充分さがもたらす不利益を住民に課すことはできない」とされる(甲146)。 本来なされるべき地域住民の一斉検診などを怠っておいて,それがために有機水銀の曝露に関する客観的指標となる毛髪水銀値等の測定結果が存在していない状態に被控訴人を追い込みながら,魚介類を長期的かつ大量に摂取することは容 住民の一斉検診などを怠っておいて,それがために有機水銀の曝露に関する客観的指標となる毛髪水銀値等の測定結果が存在していない状態に被控訴人を追い込みながら,魚介類を長期的かつ大量に摂取することは容易に想定しがたいなどと攻撃することは,極めてアンフェアーで,不公正な態度であるといわざるをえない。 イ曝露歴はこれまで争いがなかった被控訴人の場合,第1回目の認定申請棄却につき環境庁に審査請求した裁決書(甲147)においても,「有機水銀に対する曝露歴を有すること」は認められており,また,本件裁決書でも「請求人が有機水銀に対する曝露歴を有することについては,請求人側及び処分庁側に争いはない」(甲1)とされている。それをいまさら,被控訴人の供述の信用性なしと主張することは到底許されるべきではない。 ウ被控訴人の生活歴と魚介類摂取状況(ア) α2居住時期被控訴人は,大正▲年▲月▲日,熊本県葦北郡α1町(現水俣市)大字α2において,P44とP45の二女として出生した。α2は,海岸から12km程度離れた山間に所在し,被控訴人の両親は同所で農業を営んでいたため,被控訴人も,昭和14年ころ尋常高等小学校高等科を卒業した後,同所で両親の農業を手伝うようになった。被控訴人家族は,同所に居住していた際,頻繁に行商人から魚を購入して食べていた。 (イ) α14居住時期被控訴人は,昭和18年P3と結婚し(内縁関係),P3の実家のあ るα1町大字α3(水俣病患者多発地域である)に転居した。P3の実家は海岸沿いに所在し,その家族は漁業に従事していたため,被控訴人は,義兄のP46の網子となってα14沖で漁をすることがあったほか,農業にも従事していた。また,P3自身は,樟脳油製造会社に P3の実家は海岸沿いに所在し,その家族は漁業に従事していたため,被控訴人は,義兄のP46の網子となってα14沖で漁をすることがあったほか,農業にも従事していた。また,P3自身は,樟脳油製造会社に勤務していたものの,その傍ら,夜振りでボラ釣り等もしており,被控訴人は,同所に居住している際,自ら採るほか網元からもらうなどして,ボラやビナ貝等の魚貝類を毎日のように食べていた。被控訴人は,同所に居住していた昭和▲年▲月▲日にP3との間の長女を出産した。この長女がP47である。 P3の母であるP48,P3の妹であるP49,P3の弟であるP50及びその妻のP51並びにP3の弟のP52及びその妻のP53は,いずれも現在までに水俣病認定を受けており,被控訴人はP3と婚姻関係にあった間,これらのうちP52及びP53を除く者らと共に生活していた。 (ウ) 再度のα2居住時期被控訴人は,昭和▲年▲月▲日にP3が出征先の満州において病死したため,昭和25年ころには娘P47と共にα2の実家に戻ったが,その後も毎週のようにα14の亡夫の実家を訪れており,その際には,いりこ,ボラ,ビナ貝及びアジ等の魚介類をもらっていた。 (エ) α4・α5居住時期被控訴人は,昭和26年,P4と婚姻して水俣市大字α4に転居し,さらに,P4がP1に勤務していたため,昭和27年には同市α5所在のP1の社宅に転居したが,昭和28年3月30日にP4と離婚し,同年4月に再びα2の実家に戻った。被控訴人は,この間も,行商人から魚を購入するなどして食べていた。 P4は,昭和51年に剖検をうけ,昭和54年に病理解剖認定を受け ている。病理解剖の結果によれば,その脳総水銀量は通常の2倍以上であった(甲165)。 食べていた。 P4は,昭和51年に剖検をうけ,昭和54年に病理解剖認定を受け ている。病理解剖の結果によれば,その脳総水銀量は通常の2倍以上であった(甲165)。 (オ) α7開拓村居住時期被控訴人は,昭和28年11月,P5と婚姻し,昭和30年には,水俣市α6のα7開拓村に転居した。同所は,海岸から約3km程度の山間に所在するが,被控訴人は昭和33年ころからは同所で酪農に従事するようになった。 P5は,酪農の合間に頻繁に夜釣り等の漁に出てカニやタコ,イカあるいはナマコ等を採っており,タコ等については自家消費するのみだけでなく,一部他に販売するなどもしていたほか,知り合いから魚をもらう機会も多かった。被控訴人も,水俣市内に野菜を売りに行った際,魚介類を入手してきたり,海岸で貝を採取して食べることも多く,耕運機に乗って海岸部で貝類を一度に20キロ位とってくるなど,3食とも魚介類を食べていた。 P3の弟やP3の兄の子で網元をしていたP54から魚をもらうことも多かったほか,被控訴人の義母の娘の嫁ぎ先が魚の行商をしていたこともあり,そこから魚をもらい,他の行商人からも魚を購入するなどしていた。この点はP47の記憶とも一致する(甲160)。 (カ) 尼崎居住時期P5及び被控訴人は,昭和46年2月末,α6の土地を売却し,P5の友人を頼って兵庫県尼崎市に転居した。被控訴人は,尼崎市への転居後当初はP55で工員として稼働していたが,昭和48年ころ退職し,以後無職である。 P5は同市へ転居後は,P56株式会社,P57株式会社及びP58等に勤務した。昭和59年にはP59病院に入院し,その後昭和61年に一時失業対策事業を実施しているP60株式会社に勤務したが,昭和 P5は同市へ転居後は,P56株式会社,P57株式会社及びP58等に勤務した。昭和59年にはP59病院に入院し,その後昭和61年に一時失業対策事業を実施しているP60株式会社に勤務したが,昭和 62年に退職し,以後無職である。 P5も公健法による水俣病の認定申請をしていたが,結論の出ないまま死亡している。 エ曝露状況に関する控訴人主張への反論(ア) 水俣市付近における一般的なメチル水銀の汚染状況控訴人は昭和35年ころ以降汚染状況は改善したものと推認されると主張するところ,その主たる論拠は,P61の鑑定(乙306)と意見書(乙178)であるが,これらの意見はP1の公表資料など偏頗な資料に基づく主観的な推定を述べたものにすぎず,別件訴訟第1審判決を除き支持されていない。例えば平成5年3月25日の熊本地裁の熊本3次訴訟第2陣判決は,α1湾のアサリ中の水銀量など現実のα1湾の汚染状況等具体的事実を総合して「α15港,α1川河口のいずれについても,昭和35年以降メチル水銀化合物を含む水銀の流出は,その量は減少したと推定されるものの,アセトアルデヒドの製造が停止される昭和43年5月までは,流出が続いていたというべきであって,この点についてのP61鑑定は採用できない」とし「以上認定した事実及びメチル水銀が魚介類の体内で濃縮されることによって水俣病が発生したという水俣病の発症機序の特殊性を考えると昭和35年以降の具体的な流出メチル水銀量は確定できないものの,なお昭和35年以降,アセトアルデヒド製造停止に至る迄の間のアセトアルデヒド排水と水俣病患者発生との間には因果関係があると認めるのが相当であり,これと見解を異にする被告国,熊本県の主張は採用しない」と論断されている。 また,別件訴訟第2審 間のアセトアルデヒド排水と水俣病患者発生との間には因果関係があると認めるのが相当であり,これと見解を異にする被告国,熊本県の主張は採用しない」と論断されている。 また,別件訴訟第2審判決もほぼ同じ前提の上に立って,「熊本県は昭和35年から昭和37年にかけて住民の毛髪水銀量を調査しているところ,昭和35年11月から翌36年3月の水俣市,α16町,α17町,α8村,α18村,姫戸市の調査では最高で920ppm,10ppm以 上の数値を示した者がどの地区でも約80%以上を示しており,50ppm以上の者は,水俣市では30%を超えていた」とし「昭和43年以降の水俣市住民の頭髪水銀値(全体と漁業従事者の平均,最高,最小の総水銀値)及びα1湾内の魚類中の水銀量(同)が著しく低下していることからすれば,昭和35年にサイクレーターが設置され,昭和41年7月にいわゆる完全循環方式が採用された後もアセトアルデヒド排水は工場外に排出され続け,それが排出されなくなるには昭和43年アセトアルデヒドの生産が中止されるまで待つしかなかったことを示唆している」としたのである。 昭和44年6月熊本県企画部公害課作成の「昭和43年度,水俣の水銀に関する調査研究報告書」(甲143)には,「41年6月以降,循環式に改められた以後も,α1湾のアサリ貝中の水銀はそれ以前に比して減少していない。・・・・・43年8月にはα1湾内のアサリ貝中の水銀も著明に減少し,その後44年2月まで著明な変動はみられない」と指摘されている。 P1のアセトアルデヒド生産量は昭和34年末から昭和35年当初においてピークとなり,それ以降同43年までピークの時代に比べると若干減少しているものの,臍帯のメチル水銀量,α1湾産魚介類中の水銀量や住民の毛髪水銀値はピーク時 量は昭和34年末から昭和35年当初においてピークとなり,それ以降同43年までピークの時代に比べると若干減少しているものの,臍帯のメチル水銀量,α1湾産魚介類中の水銀量や住民の毛髪水銀値はピーク時に比べると若干減少しているものもあるが,少なくともアセトアルデヒド生産が停止される昭和43年までは,水俣病患者発生との間に因果関係ありと認められる程度の量は維持継続されていたのであり,昭和35年というのは「急性亜急性水俣病が集団的に発生するのが終わった」というにすぎない(甲64)。従って「最も濃厚な汚染は昭和35年迄」であるとしても,そのことから「それ以降は汚染状況が著しく改善された」というのは,実証を伴わない明らかな論理の飛躍であり,間違いである。 さらに,昭和43年にアセトアルデヒドの生産は終了したとしても,そのことからα1湾及びその周辺海域の水銀汚染はその時点で終了した訳ではなく,昭和48年のα1湾の魚の水銀値調査においても,厚生省の定めた暫定規制値を超える魚種が多数認められている(甲165)。 2次研究班は昭和47年3月に住民検診の結果を報告したが,この研究班が行った昭和46年のα1地区とα8地区の住民検診で,多数の水俣病患者が確認され,その発病時期は,昭和17年から昭和46年にわたっていた。このように昭和7年から無処理のままα1湾及びその周辺海域に排出されていたアセトアルデヒド工程廃水による汚染は,昭和43年に終了したのではなくその後も緩徐ではあってもかなりの期間継続していたのである。 (イ) 魚介類摂取禁止の行政指導等と住民の魚介類摂取状況控訴人は県などによる摂食禁止及び漁獲自粛の行政指導が徹底され効を奏していたと主張するが虚構である。 a 漁師や住民の生活状況 行政指導等と住民の魚介類摂取状況控訴人は県などによる摂食禁止及び漁獲自粛の行政指導が徹底され効を奏していたと主張するが虚構である。 a 漁師や住民の生活状況まず,「背に腹は代えられず」α19海の魚をとって食べざるをえなかった昭和30年代の住民の生活実態を直視する必要がある。昭和62年3月30日の熊本地裁の3訴1陣判決は,当時の住民の食生活について「(α19海沿岸)右各地の住民は,漁業でなくとも魚介類を多食していた。日本人の平均一日の魚介類摂取量の少なくとも二倍以上の魚介類を多食していた。・・・・漁師や陸地の狭い海辺に住む人々は,畑地ではサツマイモを作り,米は買わなければ食べられず,大方は貧しく,主食は魚とサツマイモであり,外からの副食,肉などの流通は今日のようにはなかった」と的確にその当時の生活の実態をとらえている。 α19海沿岸住民(20万人以上といわれている)の生活実態が上 記のとおりであるかぎり,そして新聞,ラジオ等の広報手段が普及していない当時の時代背景を考慮すれば,P62漁協に対するα1湾内での漁獲自粛の申し入れなどの行政指導の方法だけでなく,住民への被害防止のための魚介類の摂食禁止・漁獲禁止措置はキメ細かく,厳密でより徹底したものである必要があった。昭和32年当初,一時期,住民は恐がってα1湾内の漁獲を自粛したことはあり,魚介類の摂食が減ったとしても,外観だけからでは魚の有害,有毒などの判別が難しいという特殊事情もあって,そのあと長期にわたって(昭和43年アセトアルデヒド生産が中止された後に魚介類の水銀量が減少したとしてもα1湾のヘドロの水銀はそのまま残留していた。)住民の多くは「背に腹は代えられず」α1湾及びその周辺の魚をとって食べ続けていたのが現 トアルデヒド生産が中止された後に魚介類の水銀量が減少したとしてもα1湾のヘドロの水銀はそのまま残留していた。)住民の多くは「背に腹は代えられず」α1湾及びその周辺の魚をとって食べ続けていたのが現実である。それゆえに,いわゆる「長期微量汚染型水俣病」の存否が問題となったのである。 当時熊本県の公衆衛生課長をしていたP63は,昭和32年3月4日,控訴人の水俣市奇病対策打合会において,「衛生部としては,湾内の魚介類を採捕摂取しないほうが良かろうという指導をしているが,地区内住民の八〇%位は生活保護の対象となっている程貧困で,こっそりとって鹿児島方面に売っている模様である。」などと,現状説明をしており(甲150,乙347も同旨),後日「行政指導のみでは不徹底であること」すなわち,当時の漁民などの零細な生活の実態と魚の摂取量が非常に多いことを考えると,食べない方がよいと指導しても,貧しい人々もいるから,そのような「PRにはやっぱり限界があった」ことを認めている(甲144)。 昭和32年3月26日,P64保健所長のP65は,α16村で猫が集団狂死したことを受け,現地調査を行い報告文書を作成しているが,そこでは,α16村においてイリコが漁獲されていたことが明ら かとなっており,また,密漁の存在及びそれが正式に禁止されていなかった旨の記載もある(甲151)。P65所長は,保健所としては,漁協に対して漁獲の自粛を要請したのみで,直接市民にPRしたという記憶はないことや,地元では魚を捕るなとか食べるなとかいった意見は嫌われたことを後日証言しており,子供が夕刻に魚を捕るのを見て,「もうこれは危ないから食うなとは一応は言いますけれども,ま,非常に生活は貧しいし,買って食うのではなく,自分でとってきた魚だから,これは食べるのも 後日証言しており,子供が夕刻に魚を捕るのを見て,「もうこれは危ないから食うなとは一応は言いますけれども,ま,非常に生活は貧しいし,買って食うのではなく,自分でとってきた魚だから,これは食べるのも無理はないなと思ったことはありますね」などと述懐し(甲152),漁師のなかには,汚染されたような魚は少し輝きがなくて,やせとるという者もいたことを証言して(乙312),現地の住民が貧しさのゆえに,あるいは汚染についての根拠のない自己判断のもと魚介類を摂食し続けていた状況を明らかにしている。 昭和33年6月24日,参議院社会労働委員会で,P66議員は,転業資金もない漁民が,危ないということを知りながら危ない魚を捕り,それが深夜どことなく売れていくことを指摘している。 昭和34年6月6日,控訴人の技師P67は,「α20島周辺では一本釣五~六艘が出漁し太刀魚等は多いもので月三~四万の収入を挙げている」とか,「又湾内ではα21,α22の漁師がエビ流し網漁業を行って一日一艘当り五~七(判読不可)の漁獲を行い北九州,関西方面に流れている」などと,当時の状況につき記している(甲156)。 昭和35年9月26日,P32新聞は,「水俣病と出漁問題・飢えに追いつめられ危険は承知きょうも30隻」という見出しの記事を掲載し,「奇病の恐怖におののき,α1湾での操業を一年ほどやめていた熊本県P62漁協の組合員が,『もはや生きていけぬ』と毎日 三十隻くらい"病巣のα1湾"にさる十日から再び出漁するようになった…再び水俣病の犠牲者が出ぬとはたれも保証できない。それを承知で出漁してゆく漁民の生活はいまぎりぎりのところまできている」と報じている(甲157)。206人の組合員に出漁を許可したという組合長は,同記事において,「漁民にはもう食物 も保証できない。それを承知で出漁してゆく漁民の生活はいまぎりぎりのところまできている」と報じている(甲157)。206人の組合員に出漁を許可したという組合長は,同記事において,「漁民にはもう食物を買う金がない。…現状では,自家消費だけでも許可しないと漁民は餓死する」などと訴えている。 b 監視船について控訴人は,昭和32年5月ころより,控訴人水産課において監視船を派遣し,密漁を監視していたと主張する。 しかし,監視船による密漁監視といっても,監視船は「P68」「P69」の2隻のみであったと推定され,仮に2隻が毎日巡航していたとしても,広大な湾内を昼夜問わずどこまで監視できたかはきわめて疑問である。当時の水産課課長補佐は,監視船はα1湾に毎日来ていたわけではなく,月に3回程度であったなどと証言しており(乙325),密漁の監視が効果を上げていなかったことは明白である。 又P62漁協による監視船についても,実際には違反者が後を断たずに「監視警告に苦慮した」というのが実情であった(甲145)。 c 別件訴訟での認定別件訴訟においては,昭和35年1月以降に不知火海の魚介類を摂食して水俣病に罹患した者について,国及び控訴人が規制権限行使を怠ったことによる損害賠償責任が認められており,上告審において最高裁は,「この時点(引用者註:昭和34年12月末)で上記規制権限が行使されていれば,それ以降の水俣病の被害拡大を防ぐことができたこと,ところが,実際には,その行使がされなかったために,被害が拡大する結果となったことも明らかである」と指摘している。か かる指摘は,それ以前においても,現地の住民らがα1湾及びその周辺において魚介類を長期的かつ大量に摂取し続けていたことを,当然の前提としているので たことも明らかである」と指摘している。か かる指摘は,それ以前においても,現地の住民らがα1湾及びその周辺において魚介類を長期的かつ大量に摂取し続けていたことを,当然の前提としているのである。 (ウ) α7開拓村居住時期の魚介類摂取についてa α7開拓村の位置被控訴人によると,α7開拓村は「P1のほうから行くと,まあ耕運機で30分ぐらいかかる」ところにあり,被控訴人がα7開拓村に転居して最初の2年間はP70小学校の区域であったが,その後は同じ濃厚汚染地域であるP71小・中学校の校区に変わっており,当時の感覚としてα1湾,α23湾は遠方ではなく,同じ生活圏にあったと言ってよい。控訴人は海岸部と短時間で往復できたというのは信用できないとも主張するが,耕運機で30分は片道の話であるし,同じ生活圏にあったことは,小学生が一時間以上かけてP70小学校やP71小学校に通学していたことからも明らかである(甲160)。 P18らは,昭和53年に山間地区の健康調査を計画し,α7地区,α24地区の健康調査を実施した。その「調査時まで急性激症患者は見出されておらず,認定患者もいず,わずか4人が申請しているだけの処女地区であった」が,「調査後,昭和57年4月現在,3名が水俣病と認定された」(甲102)と記載されている。この健康調査の実施されたα7地区にはα7開拓村が含まれておらず,α7開拓村に仮りに認定患者がいないとしても,隣接のα24地区やα2には認定患者は存在しているのである(甲158)。 b 被控訴人の魚介類の危険に関する認識被控訴人は,α7開拓村において飼猫の異常な行動を経験していたが,異常な行動の原因が有毒な魚介類であると理解していたわけではない。時期が昭和30年頃とすると,昭和31年 介類の危険に関する認識被控訴人は,α7開拓村において飼猫の異常な行動を経験していたが,異常な行動の原因が有毒な魚介類であると理解していたわけではない。時期が昭和30年頃とすると,昭和31年5月の水俣病公式発 見前であり,被控訴人が魚介類の入手と関連づけて理解することは全く考えられない。被控訴人は「一時漁が禁止になったので,その時はやめていましたが,一年ほどたってまた採ってもよいことになったと市内の人から聞いて,採り始めた」と供述しており,魚介類の危険性についての認識は十分なものではなかった。当時,新聞が行きわたっていたことはなく,電気も昭和30年ころに初めてついたという地域・時代だったのであり,各種規制があったとしても被控訴人は人づてに聞くほかなかった。被控訴人が規制区域や規制時期を正確に把握せず,漁をしてはいけない時期を限定されていたものとして理解していたことは何ら不合理なことではない。 現在に至るまで2000名を超える認定患者や何千名という訴え提起者がいることは十分な漁獲禁止措置や摂食禁止措置が採られていなかったことの証左であり,被控訴人もその例にもれず,大自然の海から捕れる蛋白源であり,自らの好物であった魚介類を多食し続けたのである。 なお,控訴人は,被控訴人が裕福であって危険な魚介類を摂取しなくとも生活できたと主張するが,被控訴人は「農業や酪農のみによって十分に生活ができた」ものではなく,被控訴人は酪農(乳牛)の収入によっても貯金はできなかったのである。 c 3回の疫学調査書に「夫の夜釣り」の記載がないこと控訴人は,夫の夜釣り等,被控訴人の供述録取書(甲59)に記載されている事項が,過去3回の疫学調査結果に出てこないことを問題にしているが,疫学調査においてどれだけ詳細か 載がないこと控訴人は,夫の夜釣り等,被控訴人の供述録取書(甲59)に記載されている事項が,過去3回の疫学調査結果に出てこないことを問題にしているが,疫学調査においてどれだけ詳細かつ丁寧に聴取したかは疑問がある。1回目は食生活歴等の聴取が不十分なため,わざわざ昭和50年に電話で再聴取しているし,2回目,3回目は,表形式の定型書式を埋める形になっているので,質問が定型化され,様々な事 情を具体化して聞きとれる体制ではない。控訴人の批判は当たらない。 (3) 被控訴人の病歴等ア被控訴人は,昭和28年頃から,頭が重く足にしびれを感じるようになり,昭和32年頃には手足の先のしびれが悪化したため,P72病院を受診したところ,○と診断され同病院に通院して治療を受けた。また,昭和33,34年頃からはめまいも頻繁に起こるようになり,昭和44,45年頃には,たまに左足にからす曲がり(こむら返り)が起きるようになった。 イ被控訴人は,昭和46年に尼崎市に転居した後も手足のしびれや痛みがあり,昭和47年頃には頭痛と足のしびれや痛みのためにP73診療所に通院し,昭和48年頃には,手足の先のしびれが強く,物を持っている感じもなく,足先も曲がっているように感じ,正座も出来ない状況であったほか,頭痛,後頸部痛,腰痛,肩凝り等の自覚症状もあっため,県立P74病院の整形外科を受診したところ,○,○と診断され,昭和50年7月頃には両足の指先から膝にかけてけいれんがみられるようになり,手足の知覚がなくなり力が入らなくなったため,同年9月にP6病院に入院した。 ウ P6病院において○(○)が発見されたため,被控訴人は,同年11月,紹介を受けたP7病院において同○の摘出手術を受け,さらに,昭和57年にも,主治医の異動 同年9月にP6病院に入院した。 ウ P6病院において○(○)が発見されたため,被控訴人は,同年11月,紹介を受けたP7病院において同○の摘出手術を受け,さらに,昭和57年にも,主治医の異動先であったP8病院脳外科において,上記○につき再手術を受けた。 エ被控訴人は,昭和59年頃からは左右の肩の付け根が凝るようになり,痛みがあったため,以後P75病院及びP76診療所ないしP77医院(眼科)などを受診している。 (4) 本件処分時の感覚障害以外の被控訴人の症候ア運動失調と構音障害(ア) 控訴人は,水俣病にみられる運動失調は,左右同程度の全小脳の障 害に起因する運動失調であるから,通常は協調運動障害と平衡機能障害が左右とも同程度に出現し,それらの障害が一方だけ現れることはなく,また上肢と下肢との検査所見の間にも,顕著な所見の差はみられず,ことに半身性に現れることはないから,運動失調が左右の一側にのみ生じている例,上肢のみ,あるいは下肢のみに生じている例,協調運動の異常所見が乏しいにもかかわらず平衡機能のみに顕著な異常を示している例については,水俣病にみられる全小脳性の運動失調であると判断することができないか,少なくとも慎重な検討,吟味を要するとの立場(乙41,70,202)に立ってきた。 しかしながら,運動失調には,実際には大脳性(頭頂葉性)の運動失調もあり,その症状の現れ方も多様である。しかも,小脳の可朔性による運動失調の改善はつとに指摘されており,P18は,「運動失調というのは,非常に発見・捕捉しにくいものであって,おまけにずっと初期のころの患者を今日まで診ていると,感覚障害や視野狭窄はずっと残っているが,運動失調は一番よくなるというか,一番みえにくくなる。」,「小脳細 非常に発見・捕捉しにくいものであって,おまけにずっと初期のころの患者を今日まで診ていると,感覚障害や視野狭窄はずっと残っているが,運動失調は一番よくなるというか,一番みえにくくなる。」,「小脳細胞の代償作用かと思われるが,運動失調が初期のころは非常にはっきりしていても非常に軽くなる人もいる。現にP78とかP79は(P18が)ズーッとみているが,最近は軽くなっていて,段々分からなくなっている」と別件訴訟で証言している(甲123,126)。そして,P18は,「感覚障害も視野狭窄もずっと残っているのに対して,運動失調は割と見えにくくなっていることもあるから,チェックポイントをどこにするかという観点からは,運動失調を水俣病の判断基準の中に入れるのは,本当はおかしい。」とし,但し,「運動失調は,水俣病の重要な所見でありますから,それを審査の基準に入れたということは,非常に審査をきびしくするというか,議論を多くするというかそういう働きを現実に示した訳ですね」と証言し,52年判断条件では,運動失 調だけでなく「運動失調の疑い」も入っているから,P18は個人的には,「教科書的な運動失調だけでなくて疑いのあるものは広くひろいなさいという意味に解釈しており」,「しかし,2人の医者が診て,片方が運動失調あり,片方がないといったら,僕は疑いと解釈してもいいと思うが,そういう風に前向きに解釈しなければ,片方がないといい,ないのが正しいから,ないんだとおっしゃれば,ないんですよ。感覚障害だけの水俣病になってしまう。感覚障害だけの水俣病があるかないかという議論にすり変わっている訳です」と認定審査会の判断の現実の冷厳な実態について証言している。 このように,小脳の可朔性による運動失調の改善はつとに指摘されているところであり,P30は,別件訴 論にすり変わっている訳です」と認定審査会の判断の現実の冷厳な実態について証言している。 このように,小脳の可朔性による運動失調の改善はつとに指摘されているところであり,P30は,別件訴訟において,小脳が障害されたために運動がうまくスムーズに行かないということをどこかで見つければ(各種検査の異常がそろわなくても)運動失調ありと言うべきであり,また,運動がスムーズに円滑に行かない,円滑でない延長上に動きが鈍いということであれば,それは運動失調ありと考えてもよいとされるべきであると証言している(甲74の2)。 成書によると,スロー一般が運動失調の要素であると理解されており,熊本県認定審査会の委員長をつとめたP21は,水俣病患者の85. 1%に運動の緩慢を認めており,運動緩慢を慢性型水俣病の一つの特徴ある症状として取りあげてもよいのではないかと提唱している(甲113の1・2)。 (イ) 昭和54年10月に実施された被控訴人の神経内科の検診録や精神神経科の公的検診の検診録によると,各検査において「スロー」ないし「緩慢」などとされており,左側に○の後遺症などの影響があったとしても,右側の動作の緩慢さは無視できない事実として存在する。 昭和55年,61年のP6病院の検診では,被控訴人に運動失調が認 められており,それ以前の公的検診では十分把握されていなかった可能性もある。 (ウ) 控訴人は構音障害についても小脳性のものに限定しているが,その根拠はない。大脳皮質障害により,唇や舌の位置感覚が鈍くなる等して,しゃべりにくくなることもある(甲74の2 91頁,157頁)。 被控訴人には,昭和55年,58年,61年のP6病院の検診では,構音障害が認められており,本件申請時の公的検診でも運動失調 しゃべりにくくなることもある(甲74の2 91頁,157頁)。 被控訴人には,昭和55年,58年,61年のP6病院の検診では,構音障害が認められており,本件申請時の公的検診でも運動失調と構音障害の存在が疑われる。昭和54年の精神神経科の検診では「+」,神経内科では,多少ゆっくり反応とされており,その要約では,軽度の喃語に近い感じで,多少とも失語傾向がある様である。タイミングが遅れる傾向あり(乙207の3b)とされており,水俣病の可能性を高める所見というべきである。 イ求心性視野狭窄視野狭窄について,昭和54年の精神神経科の検査では対坐法で狭窄の疑いが認められ,昭和55年,58年,61年のP6病院の検査では軽度視野狭窄の所見が得られている。 ウ眼球運動異常処分庁は,眼科的には軽度の眼球運動異常が認められるとしている。具体的には滑動性追従運動(SPM)の検査で,0.5ヘルツの場合,いずれも階段状の波形が見られ異常ということであり,0.3ヘルツについてもP80医師によると1番目から5番目に少し変形がある(乙35の5,乙17の4)。 水俣病の判定において参考とされる眼球運動異常は小脳性のものに限定されていない。本件審査会の資料説明書(総論)(乙70)においては,「水俣病では,大脳,小脳障害で見られる滑動性追従運動(SPM)の異常所見が主であり,小脳障害においては,特に大脳障害には見られない衝 動性運動(SM)所見にジスメトリアが見られる。また,そのような例では,高頻度に滑動性追従運動(SPM)所見に階段状波形が見られる。これらのいずれの所見も,中枢性の眼球運動異常所見として,水俣病の判断の参考としている」とされており,眼球運動異常は小脳性のものに限定されていない 動性追従運動(SPM)所見に階段状波形が見られる。これらのいずれの所見も,中枢性の眼球運動異常所見として,水俣病の判断の参考としている」とされており,眼球運動異常は小脳性のものに限定されていない。そして,同説明書によれば,「最近の軽症例では,両側性に水平方向の滑動性追従運動の異常が認められ,衝動性運動は正常に保たれる傾向が認められている」のであり,被控訴人に認められる眼球運動異常がこれに該当することは明らかである。 エ聴力悪化処分庁は被控訴人に語音聴力の一部悪化(時間ひずみが極度に悪い-乙35の5)を認めており(乙16の10),中枢性聴力障害の可能性を否定できないとしている。さらに,被控訴人については,語音聴力の一部悪化が認められており,中枢性聴力障害の可能性が否定できないとされている。 (5) 被控訴人の感覚障害は水俣病に起因するものであることア本件処分時の感覚障害の存在と所見の信頼性(ア) 処分庁は「請求人の場合は四肢末梢の感覚障害は出ている。水俣病の患者に見られる特有の症状は出ているが,原因は不明ということである。Ⅹ線,生化学検査をやっているが原因は特定できず,多方面にわたる精密検査もやっていないので,原因は特定できなかった。しかしながら,総合的にみると,4種類の組合せに該当しなかったので,水俣病ではないという判断をしたということである。」(甲1)としていた。また,本件審査手続の口頭審理でも,処分庁は,「水俣病の症状として,障害としてあらわれる四肢末端優位の感覚障害,触覚,痛覚の鈍麻という形での感覚障害が,この方にあるということは認めます」(乙35の5)としていた。 (イ) しかるに,控訴人は,被控訴人の感覚障害の所見の信頼性を問題にし,控訴人提出のP8 という形での感覚障害が,この方にあるということは認めます」(乙35の5)としていた。 (イ) しかるに,控訴人は,被控訴人の感覚障害の所見の信頼性を問題にし,控訴人提出のP81の意見書(乙365)は,被控訴人の各検診における検査結果に矛盾があるとして,感覚障害の存在自体について疑問を呈している。しかし,この考え方は水俣病の実態に目をそむけ,検査のたびにいつも同じ反応が現れないとおかしいとする,人間を機械として見るものであり失当である。 病人はうまく症状を説明できないことがあるし,その日の体調や検者によって所見が多少異なることはよくあることである。P22も「症状というのは朝と夕方で変わったり,2回目に診たら,こんなはずではなかったというぐらい変わったりすることがよくありまして,そうクリアカットに,すべて医学がオールマイティで,医学が言ったこと以外は絶対に違う,したがって審査会が落としたものは絶対水俣病でないという主張については,医者たるもの,多少じくじたる思いを持っております」(甲36)と発言している。 特に大脳皮質性の感覚障害の場合にはその特徴として,所見が日によって,時間によって変動するとされている。また,大脳皮質を障害された患者は,自分の異常を的確に表現できないとされている。感覚障害の所見の存在自体に疑問を呈するP81には当初から予断と偏見があると考えざるを得ない。 (ウ) P81は,所見結果の信頼性を妨げる原因については,「F氏の協力性など悩ましい問題が存在する」と指摘して,被控訴人の非協力的な姿勢を問題としている。すなわち,被控訴人は水俣病認定申請をしているにもかかわらず,控訴人が縷々主張する詐病を装うような積極的な訴えではなく,むしろ消極的に非協力的な訴えを行ったのである。 姿勢を問題としている。すなわち,被控訴人は水俣病認定申請をしているにもかかわらず,控訴人が縷々主張する詐病を装うような積極的な訴えではなく,むしろ消極的に非協力的な訴えを行ったのである。 また,後記のとおり,昭和53年の検査結果の所見に関しては問題があるところ,当該検査結果に限っては被控訴人が検査に対して非協力的 であったから信用できないという点を考慮すべきであって,他の検査を含めて被控訴人の検査結果全てが信用できない(詐病である)かのような控訴人の主張は失当である。 イ感覚障害発症の時期(ア) 発症時期特定の困難性慢性発症の水俣病患者が自らの発症時期を説明することは,そもそも困難である。いつとはなしに体の異常を感じるのであり,自覚症状を説明するときに必ずしも的確に言えるわけではない。 発症時期は各人の自覚症状の初発時期を基本に推定せざるをえない。 他覚所見を確認するための検診は患者本人が水俣病症状ではないかと疑って検診を受けないかぎり,一般的疾患として見過ごされてしまう可能性があり,毎年の検診を受けない限り,正確な発症時期は特定できないことになる。水俣病の場合,被爆者検診のような毎年の検診システムは用意されていなかった。 また,頭痛,四肢のしびれやふらつきなどの自覚症状の受け止め方は各人で様々であるから,本来,すでに病気は発症していたが,本人には水俣病とは自覚されず,他疾患での体の不調があった時に,はじめて,その症状が自覚されることもよくあることである。 (イ) 被控訴人の発症時期に関する資料本件では手掛かりとして本件申請の認定申請書(乙16の4)に「昭和28年頃より頭が重く足がだるく顔がむくんだりした。足がしびれて,ころびやすく・・・」との記載があ 発症時期に関する資料本件では手掛かりとして本件申請の認定申請書(乙16の4)に「昭和28年頃より頭が重く足がだるく顔がむくんだりした。足がしびれて,ころびやすく・・・」との記載があり,昭和32年にP72病院で「○」と言われたという事実がある。被控訴人の供述でもP4と離婚した昭和28年頃にめまいとしびれがあったと言う(甲159)。 被控訴人は,昭和48年に症状が重くなって仕事を辞めるとともに最初の水俣病認定申請をしており,同年以前から何らかの症状があった可 能性が高いところ,昭和53年10月7日の本件申請においては,その当初から,昭和28年頃から頭が重い,足がだるいといった症状があった旨申告しており,また,昭和61年にP6病院において検診を受けた際にも,感覚障害等の初発時期が昭和28年頃であり,P72病院等への通院歴を申告していた。したがって,少なくとも昭和28年頃には,何らかの自覚症状があったとみるべきである。 P9らの別件訴訟当時の診断意見書(甲164)では,正確な発症時期は確定できないため,「遅くとも昭和33年頃と推定」しているが,要するに,昭和30年前後に通常水俣病に見られる両手足のしびれ等の神経症状が存在したと考えられるということが重要である。 被控訴人が認定申請後の疫学調査や検診等で,昭和48年頃と説明しているのは,その頃来阪後の新しい仕事を経験し,○も既に発現していたと思われ,もっとも体力的につらい時期であったことから,症状がひどくなったのをその頃に発症したと説明したものと理解するのが自然であり,合理的である。 (ウ) ○の診断と感覚障害控訴人は,被控訴人が昭和32年頃に○と言われたという事実をもって,その通常の症状である下肢のしびれや痛みの原因を椎間板ヘルニア ,合理的である。 (ウ) ○の診断と感覚障害控訴人は,被控訴人が昭和32年頃に○と言われたという事実をもって,その通常の症状である下肢のしびれや痛みの原因を椎間板ヘルニアに結びつけようとしている。 しかし,昭和32年当時に医療機関が水俣病を意識して診察し,神経症状をとらえるような状況になかったことは明らかであって,P72病院でも同様であったと思われ,そのために,○と診断された可能性が高い。 椎間板ヘルニアは○の原因の一つでしかなく,「椎間板ヘルニアは青・壮年期に多い」(乙215)ということと控訴人が酪農に従事していた(その時期は昭和33年以降である。甲59)ことから,被控訴人 が「○」を発症したとするのは論理の飛躍があり,控訴人の推測の域を出ないものである。 また,被控訴人の場合,一応治療が功を奏したとされているのであり,その後の下肢のしびれを腰椎の器質的変化で説明することはできない。 ウ口周囲の感覚障害の存在P6病院の昭和58年の検診では,口周囲の感覚障害の所見がとられていないが,同病院の昭和55年と昭和61年の検診ではいずれも口周囲の感覚障害が認められており,2回にわたって認められていることは重要であり,所見として認められるべきである。 大脳皮質障害の特徴として,日によって時間によって所見が変動することがあり,感覚障害の範囲が全体的に鈍くなって,その境界がはっきりしないこともあり,さらに,患者は自分の異常を的確に表現できないこともあることからすると,昭和58年の検診時は,被控訴人の体調によって,症状を的確に申告できなかった可能性もあり,四肢末端等に比して症状が軽かったために申告するに至らなかったことも考えられる。 この口周囲の感覚障害の存在は頸椎症では説明ができず, 人の体調によって,症状を的確に申告できなかった可能性もあり,四肢末端等に比して症状が軽かったために申告するに至らなかったことも考えられる。 この口周囲の感覚障害の存在は頸椎症では説明ができず,被控訴人の感覚障害が水俣病によるものであることを,より明確に裏付けている。 エ複合感覚障害についてこれまで認定審査会は末梢神経障害説に重きをおいてきた。そのため大脳皮質性の感覚障害を示す複合感覚障害の検査をほとんど行っておらず,少なくとも不可欠の検診項目として検査する体制をとっていた事実はない。 公的検診で唯一の確認と思われるのが昭和54年10月27日の立体覚障害なしとの所見である。 しかし,P6病院では書字識別検査(手掌に書いた数字を閉眼で判断させる検査。甲60)を行っており,昭和61年には書字識別障害が認められている。このことは,被控訴人の症状が水俣病による感覚障害であるこ とを補強するものである。 なお,水俣病の認定患者においても,全ての複合感覚検査において異常が認められるものではなく,いくつかの検査においてのみ異常が認められることも多い。 オ感覚障害の所見の変動について(ア) 控訴人は,被控訴人の感覚障害が昭和49年以降において増悪と改善をくり返し,著しく変動していると主張する。しかし,控訴人が問題としている「感覚障害の著しい変動」があったとする根拠は,昭和53年の検診結果で「振動覚が上下肢とも0秒であった」ということのみである。このときの検査に信頼性がないことは後記のとおりであるが,一般に水俣病の症状に変動はありえ,これこそ水俣病の特徴ともいうべきものであって,昭和53年の振動覚の検診結果を除けば,それ以外の「変動」は説明がつくのである。 (イ) 昭 おりであるが,一般に水俣病の症状に変動はありえ,これこそ水俣病の特徴ともいうべきものであって,昭和53年の振動覚の検診結果を除けば,それ以外の「変動」は説明がつくのである。 (イ) 昭和53年5月の検診の問題点a 昭和53年5月の検診は全般的協力性の欄に「非協力的」と明記されており,所見の評価をとくに慎重にする必要がある。この検診の前後の昭和49年と昭和54年の検診の所見から考えて,手,足の先の振動覚が0秒であったことには疑問をもたざるを得ない。また表在感覚の障害の範囲が胸部下半部まで及んでいることも,前後の検診結果に比べてその範囲が広くなっているが,これは,末端部の障害の程度が激しいことから,体幹部の障害にも検者の関心がより強くなったことによる可能性がある。1年後の昭和54年の検診では昭和49年とほぼ同様の範囲(肘から先,膝から先)であり,著しい変動とはいえない。 b 振動覚検査は音叉によって行われており,検者の手掌に音叉を打ち当てて振動させ,これを被検者の手関節及び足関節の外側顆に押し当 て,振動が消失する時間を測定するものであり(甲60),正常値は15秒とされ,障害ありの基準としては上肢7秒以下,下肢5秒以下とされている。検者がどの程度強く振動させるかによっても異なり,音叉の振動を一定にして刺激することは困難であることから,左右差がないかどうかや部位間の比較を行う場合の相対値として意義があるが,厳密にわずかの秒数のちがいを問題にすることはできない。 (ウ) 大脳皮質損傷による感覚障害は変動するものであることa 水俣病の感覚障害に末梢神経障害も関与しているか否かはともかく,少なくとも大脳皮質障害が関わるものであることは争いがない。大脳皮質が障害された場合には,感 害は変動するものであることa 水俣病の感覚障害に末梢神経障害も関与しているか否かはともかく,少なくとも大脳皮質障害が関わるものであることは争いがない。大脳皮質が障害された場合には,感覚障害についての所見の変動があっても何ら不自然なことではなく,むしろ,かかる所見の変動こそが,大脳皮質障害すなわち水俣病を示唆する重要な所見の一つといえる。 大脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が日によって,時間によって変動することは,国内外の文献に記載されている(甲74の3)。 ① ハリソン内科書「ハリソン内科書(第10版)上巻」(乙376)には「皮質病変の際には患者の返答が不定で,1回目の検査で知覚障害を見い出すことができなくとも,次の検査の際には知覚障害がみられることがある。このような反応の形はしばしばヒステリーと間違えられる」とある。 控訴人は,この記述について,その改訂版においては,同引用箇所が,「妥当な見解ではないために削除された」と主張する。 しかし,一般に,学術書籍が改訂される場合,新たな事項が追加される一方で,削除ないし省略される部分も存するが,仮に,それまでの記載内容が,最新の学問的見地に照らして妥当な見解でないことが判明したというのであれば,その旨の記述が当然になされるはずである。単に記述がなくなったというのであれば,それは,学 問的にもはや争いのない常識的知見となったか,相対的に重要でない事項であるため省略されたとみるのが一般的かつ素直な解釈である。 なお,控訴人が,近時の代表的教科書において,大脳皮質障害による感覚障害の所見の変動を否定する記述があるということではなく,単に変動の記載が省略されていることをもって,その医学的知見 なお,控訴人が,近時の代表的教科書において,大脳皮質障害による感覚障害の所見の変動を否定する記述があるということではなく,単に変動の記載が省略されていることをもって,その医学的知見が存在しないかのごとく主張するのは失当である。 山鳥重教授の「神経心理学入門」(医学書院 1998年)では,「皮質性知覚異常の特徴」の一つとして局所的注意障害をあげ,「このため患者の刺激に対する応答が不安定となる。同じ刺激に対して反応したりしなかったりする」と指摘している。 また,RaymondD.Adamsらによる「神経学の原理第6版」でも,「頭頂葉病変をもつ患者では,患者の感覚刺激に対する反応が変わりやすい。よくある誤解はこの障害をヒステリーのせいにしてしまうことである」と記載されている。 ② 水俣病認定患者のなかには,実際にその所見が変動している患者がかなりの割合で存在していることも報告されており,長期間にわたる診察のたびごとに感覚障害の分布や程度が変動するものについては,「不安定型」として類型化されているところであり,P15らの「臨床神経学」登載論文(甲142)に記載されている。 控訴人は,上記論文は,水俣病の判定困難な例が増加している一因として,「不安定型」の存在を指摘しているにすぎないと主張するが,上記論文は,水俣病として認定すなわち判定済みの患者について,その症候例を分析した結果を示すものであるから,判定困難事例の原因として「不安定型」を掲げたものとは解されない。さらに,認定患者における「不安定型」の存在については,P15らの 他の論文(乙284の10)においても報告されているところであって,そこでは,「不安定型:今回調査対象の100例中77例は,昭和47年から における「不安定型」の存在については,P15らの 他の論文(乙284の10)においても報告されているところであって,そこでは,「不安定型:今回調査対象の100例中77例は,昭和47年から昭和57年にかけて2~5回(平均2.55回)の神経内科的診察をうけているが,診察の度毎に感覚障害の分布や程度が変動するものをいう。」とされており,所見の変動こそが水俣病を示唆する重要な所見のひとつであるとする被控訴人の主張を,端的に裏付けている。 ③ P15の「神経内科学」(乙187)の「大脳皮質の感覚領野の障害」の項でも分布の「限界は明確でなく徐々に正常部分に移行する」とされており,異常と正常の範囲が明確でないことからも検査日の違いによって変動することが考えられる。 ④ P22の追跡調査報告(1990年)では,認定患者,棄却患者,保留患者について改善,不変,悪化,改善と悪化の混在がそれぞれの群で,ほぼ同じような比率で存在することが確認されている。 ⑤ P30は,大脳皮質障害の場合,末梢神経障害の場合とは異なり,その感覚障害は全体的に鈍くなって境界がはっきりしないという特徴もあげている(甲74の1)b 大脳皮質を障害された患者は,自分の異常を的確に表現できないとされている。 P30は,「大脳皮質障害の人は脳の細胞が少ないわけですから,疲れとか精神的ストレスとか,そういうことによって症状は当然動くということは,はっきり書いてあります」とし,また,患者側がどこが悪いということを的確に表現できないこともあるとする(甲74の1ないし3)。また,「臨床神経学のための神経解剖学的基礎第3版」(1997年 TalmageL.Peele著)は,「感覚路のさまざまなレベルでの障害によりおきる感覚欠損の特徴」の項目で,「 の1ないし3)。また,「臨床神経学のための神経解剖学的基礎第3版」(1997年 TalmageL.Peele著)は,「感覚路のさまざまなレベルでの障害によりおきる感覚欠損の特徴」の項目で,「中心後回 に病変がある患者に感覚検査をするとき,患者の応答が変わりやすく,刺激に対する閾値を決めることが難しい。さらに患者はすぐに疲れやすく,また障害のある場所に注意を保つことが難しい」としている。 (エ) 昭和53年の検査以外の所見に変動はなく,一貫している。 昭和49年及び昭和54年の二つの公的検診とP6病院検診にみられる所見をありのままに判断すると,共通所見が異常な経過や変動なく確認できることは明らかであり,被控訴人の場合,昭和53年の検診を除けばほぼ正常値から次第に低下してきていると判断できる。 平成8年12月には更に腹部にまで至っているとしても,やや悪化し範囲が拡がったと考えられる。 以上のことから,被控訴人の場合,短期間に著しい変動があったとは評価できない。それよりも重要なことはいずれの検診においても,四肢末梢優位の感覚障害が一貫してあったということである。 被控訴人の症状の変化を,公的検診とP6病院検診を一覧表にして,昭和49年から昭和61年までの数年ごとの検診経過を比較検討してみると,別紙「審査会検診とP6病院検診の結果一覧表」のとおり,髄膜腫の影響による左下肢まひの変化(悪化―改善)を除いて,被控訴人には一貫して四肢末梢優位の感覚障害が認められることは,四肢末梢(遠位部,手袋・靴下型)型を基本とした感覚障害の存在や握力,振動覚,腱反射,視野など一定していることが明らかである。 すなわち,主観的判断が入りにくく数量的比較が可能な握力の推移はほぼ正常から軽度低下を示し,右側の握力 た感覚障害の存在や握力,振動覚,腱反射,視野など一定していることが明らかである。 すなわち,主観的判断が入りにくく数量的比較が可能な握力の推移はほぼ正常から軽度低下を示し,右側の握力は多少の変動があってもほぼ正常に保たれている。髄膜腫による下肢麻痺は筋力低下が廃用萎縮の影響で徐々に進行しているが,昭和49年から昭和61年までは杖歩行が可能であり,特別な変動悪化はなかった。振動覚は音叉計(128hz)による振動消失時間(秒)を以て判定するもので,音叉の振動エネ ルギーは機器の違い,検査医の違いによって一定しないから,握力のように絶対値の比較はできないが,おおよその相対的目安としてみれば,ほぼ正常ないしは軽度低下を保っている。特に昭和54年の公的検診では,神経内科と精神神経科が別々に同時期に検診をしているが,いずれもほぼ同じような検査結果が出ていて,異常な低下は示しておらず,軽度低下もしくは正常の検査結果を示している。このことは決して,被控訴人が「非協力,意図」的に異常を演出したとは考えられない(昭和54年の眼科,耳鼻科での検査技師はそれぞれ,検査法に理解があり,協力的であったと記載している。)ことを示している。振動覚検査の所見として重要なのは,各検診の結果においてほとんど左右差がないということであり,頸椎症や脳腫瘍によるものとする場合は通常両側性はとらないから,四肢末端の感覚障害分布を説明することができないことになる。 平成8年の公的検診は昭和61年のP6病院の検診からさらに10年後の被控訴人が歩行不能・寝たきり状態の時の所見であるから,この時の振動覚0秒は診断データとしては適当でない。それでも握力は右15kg/左12kg,腱反射は左右差がなかったことに留意する必要がある。 この検診のレントゲン所 寝たきり状態の時の所見であるから,この時の振動覚0秒は診断データとしては適当でない。それでも握力は右15kg/左12kg,腱反射は左右差がなかったことに留意する必要がある。 この検診のレントゲン所見で,腰椎(L1)の圧迫骨折を認めているが,これは長期臥床により,廃用性筋萎縮・脱力が進行するとともに,骨粗鬆症(骨がもろくなる)が起こった結果であり,一般的に長期臥床患者に認められる現象である。 カ P82,P81,P83の各意見書(乙365ないし367)の誤り控訴人は,被控訴人の感覚障害が水俣病に起因するものではないとするP82,P81,P83の各意見書を提出しているがいずれも失当である。 (ア) 概括的批判3名の意見書はいずれもメチル水銀曝露の事実と切り離すかメチル水 銀曝露の事実をほとんど考慮することなく,症状(所見)だけを取り上げて,水俣病の成否を判断・検討している点で,根本的な誤りを犯している。その方法論の核心は,患者の神経症状を個々バラバラに切り離して,それぞれを別原因で説明することである。 さらに,既存の神経内科学における例えば末梢神経が障害されたら通常こうなるといったドグマにとらわれて機械的・画一的に判断しようとしている点で二重の誤りを犯している。水俣病被害が人類史上初めての経験である以上,これまでの医学にとらわれない,被害の実態・現実に即した柔軟な総合的な見方が必要である。 これらの点に関しては,昭和61年3月27日熊本地裁判決において,「各種症候の組合せを必要とする見解は狭きに失するものというべく,右組合せを要件とすれば,単に神経精神科,内科,眼科,耳鼻咽喉科等の各専門分野において,疫学的因果関係を軽視若しくは無視した各単科的医学的判断が示される傾向を する見解は狭きに失するものというべく,右組合せを要件とすれば,単に神経精神科,内科,眼科,耳鼻咽喉科等の各専門分野において,疫学的因果関係を軽視若しくは無視した各単科的医学的判断が示される傾向を招来し,疫学的因果関係の存否との有機性のない単科的医学的見解を無機的に集合したに過ぎないような結論を導き易い弊害が懸念され,さらに右組合せに含まれる特徴的症状を示さない慢性型若しくは不全型の水俣病に罹患しているか否かの判断をするのは,極めて困難とならざるをえない」としていることが参考となる。 (イ) P81意見書(乙366)の問題点aP81意見書は,メチル水銀曝露を形式的に考慮に入れているが,「F氏は昭和18年から昭和28年の間,沿岸部に住んでおり,メチル水銀曝露があったならばこの頃が最も考えやすい」として被控訴人のメチル水銀曝露の時期を実質的に昭和28年までに限定する致命的誤りを犯している。 bP81意見書は,メチル水銀の性質についても「一たん生体内に取り込まれたメチル水銀は体内に滞留したとしても,それは無毒化,隔 離された状態で細胞内の墓場に閉じこめられているだけであり,仮に剖検でメチル水銀が検出された例でも,その細胞内の水銀が再び脳を障害する,またはしていたとは考えられない」という全く科学的根拠のない推測を前提に,メチル水銀中毒では所見の大きな悪化・変動は起こり得ないとしているが,この見解は控訴人や国のこれまでの主張をうのみにしているものであり,その科学的な根拠はない。 c 末梢神経障害説に依拠している誤り控訴人や国はこれまで,水俣病に特徴的な四肢末端優位の感覚障害は末梢神経障害による多発神経炎(ポリニューロパチー)であると考えてきた。その誤解によって,感覚障 害説に依拠している誤り控訴人や国はこれまで,水俣病に特徴的な四肢末端優位の感覚障害は末梢神経障害による多発神経炎(ポリニューロパチー)であると考えてきた。その誤解によって,感覚障害が変動すること,末梢神経障害なら減弱ないし消滅するはずの腱反射が消えなかったりかえって亢進したりすること,感覚障害が四肢末端だけでなく躯幹部にまで,時には全身に及ぶことなど,末梢神経障害と矛盾する症候は,水俣病を否定する証拠であるとされ,切り捨ての材料にしてきた。 しかし,「水俣病と深部反射の諸問題」(甲44)で明らかなごとく,腱反射は水俣病と認定された者でも低下・消失を示す者は少なく,正常もしくは亢進の方が多いのである。腱反射の実態や末梢神経生検の実態によっても,末梢神経説は正当化されず,否定されるに至った。 P81意見書に記載されている自己の水俣病研究論文の中に「慢性発症水俣病患者における腓腹神経の電気生理学的および組織定量的研究」(甲92)があるが,この論文では水俣病患者と正常人コントロール群の間では末梢神経検査結果に差異はなかったと報告しているのである。 控訴人や国にそのような誤りが生じたのは,ほかならぬ神経内科の権威者とされた「医学者」達が,「これほど明確な四肢末梢の感覚障害をもたらす以上,末梢神経に障害があるはずだ」と考えたからであ る。その中心の一人であるP16は,水俣病認定検討会の座長として「52年判断条件」策定に当たったが,同判断条件の基本的考え方は,「水俣病の感覚障害は末梢神経障害によるもので非特異的だから,ほかにも多くの原因があり,それだけでは判断できない」というもので,科学的裏付けがない「症状組み合わせ」を求めたのであった。P16は晩年になって,これまでの症候を見直した よるもので非特異的だから,ほかにも多くの原因があり,それだけでは判断できない」というもので,科学的裏付けがない「症状組み合わせ」を求めたのであった。P16は晩年になって,これまでの症候を見直した結果,「水俣病の感覚障害の本質は中枢性障害だった」と報告している(甲25)。 (ウ) P82意見書(乙365)の問題点aP82意見書は,本件処分時以降の公的検診の資料をも対象にしていること自体問題である。行政処分取消訴訟の裁判の対象は「行政処分」であり,違法性の判断時は原則として「処分時」である。従って,本来は「処分時」における資料だけを前提としなければならない。 bP82は,被控訴人の症状が大脳皮質が原因の中枢神経症状ではないとする理由として,髄膜腫及びその手術後遺症が大脳障害として残存していると認めつつ,「得られた神経所見にみる限り,髄膜腫以外が原因の大脳の器質的な障害は神経所見に現れていないため」「進行性で重篤な四肢末梢優位の感覚障害は,末梢神経障害によるポリニューロパチーが原因であろうと考える」としている。しかし,この判断は「得られた神経所見」を前提としている上,水俣病の専門的研究を行っていないという「私の経験から」の結論であり,水俣病を除外する理由がない。ポリニューロパチーのような末梢神経障害と考えるなら,四肢の腱反射は両側ともすべて低下もしくは消失しなければならないのに,左下肢の反射亢進以外はすべて正常であった被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害を末梢神経障害説では説明できない。 cP82は,脊柱管狭窄・腰椎変性から,頸椎症・腰椎症の影響を指摘する。 これについては,別件訴訟において,P9による「診断意見書」(甲164)「水俣病と深部反射の諸問題」(甲44)で明確に反 ,脊柱管狭窄・腰椎変性から,頸椎症・腰椎症の影響を指摘する。 これについては,別件訴訟において,P9による「診断意見書」(甲164)「水俣病と深部反射の諸問題」(甲44)で明確に反論済みである。被控訴人に生じている「狭窄」「変性」のみからは被控訴人のような症状は出ないのである。しかも,P82自身も,「しかしながらそれのみでは説明しがたいところもある」と認めており,ここでも「重篤なポリニューロパチー」の合併を「考える」としながら,結局その「原因は特定できない」としており,合理的な説明ができていない。 dP82は,運動失調についても,slowの記述からは「他の所見がないのであれば,ただちに」小脳症状と結びつけられないとし,神経内科検診医が「失調がない」と明記していることも理由としている。slowの記述があるにもかかわらず神経内科検診医が「ない」と言っているから「ない」というのでは理由にならない。 eP82も,被控訴人の感覚障害の「変動」を問題としているが,これに対する批判は前記のとおりである。 (エ) P83意見書(乙367)の問題点aP83意見書は,「髄膜腫の進展やこれに対する手術的侵襲,そして不服審査や裁判による心理的要因によっても修飾される可能性が大きい」と指摘するように,その意見書は,証明不可能な「心理的要因」をことさらに強調する一方で,メチル水銀に汚染された魚介類の喫食,地域や家族内における水俣病認定患者の有無等に関する考慮を全く指摘しない点で,明らかにバイアスのかかった立場からの意見書となっている。 bP83は遅発性水俣病の知見すら有していない。 c 本件処分は昭和54年の検診に基づいて行われており,その判断を争っているものである。 った立場からの意見書となっている。 bP83は遅発性水俣病の知見すら有していない。 c 本件処分は昭和54年の検診に基づいて行われており,その判断を争っているものである。ところが,P83は昭和49年の検診結果を 中心に検討しており,レントゲン所見も昭和49年のものしか検討しておらず,昭和54年のレントゲン所見を検討対象にさえしていない。 dP83は,「頚椎症の神経症候はよく変動する」として,被控訴人の所見の変動をこれで説明するが,頚椎症の神経症候が変動するとの具体的内容は「悪化することはまれではない」「こともある」「みられてもおかしくないことである」というものであり,「よく変動する」との結論を導くのは論理に飛躍があり,かつ事実を誇張するものであって信用できない。また,単に症状変動のみをもって被控訴人を頚椎症であると断じることはできない。 キ本件処分時の感覚障害は変形性脊椎症では説明できないこと頸椎レントゲンでは,公的検診の記録によると,C5・6で骨棘形成があり,脊椎管前後径は11mmとされている。P6病院の検診では昭和55年と昭和61年の検診で同様の所見がある。 控訴人は,「これらレントゲン所見だけでも,頚椎症性脊髄症を発症している可能性は極めて高い状況にあった」とし,ことさらに「頸部又腰部脊椎症」との記載を重要視する。 しかし,頚椎症性脊髄症による頸部又腰部脊椎症発症が起こるのは,かなり重篤な場合であって,その際には痙性歩行もみられるはずであるが,被控訴人にそのような所見は存しない。控訴人の主張は,変形性脊椎症の現れ方そのものに鑑みても失当である。 また,C5・6のこの程度の変化で,左右対称性の四肢末端の感覚障害が出現することはほとんどなく,そも そのような所見は存しない。控訴人の主張は,変形性脊椎症の現れ方そのものに鑑みても失当である。 また,C5・6のこの程度の変化で,左右対称性の四肢末端の感覚障害が出現することはほとんどなく,そもそも神経根,脊髄症状は左右非対称性であるとされている。仮に,左右対称性の感覚障害が頸椎の変化によると仮定すれば,腱反射の亢進が左右に認められるはずであるが,公的検診やP6病院検診でもそのような事実は認められないし,C5・6レベルの頚椎症で上肢にではなく下肢の左だけに腱反射亢進がある理由を説明でき ない。反射亢進が左側にのみ認められるのであるから,逆に神経症状,特に感覚障害が左右対称性となることに無理があることとなる。 この点,控訴人は,被控訴人が「脊柱管前後径の狭窄等による脊髄症状による感覚障害に加えて,末梢神経を圧迫する神経根症状も合併していたと認められ」るとして,C5・6の脊髄症状のために人差し指から小指にかけての感覚障害が認められ,C5・6の神経根症状のために拇指周辺の感覚障害を発症するから,結局,両側四肢末梢の全域に感覚障害が認められると主張するが,上述のように,そもそも神経根,脊髄症状が左右非対称性であるとされることに明らかに反する。 さらに,被控訴人の神経障害が出現した昭和28年頃から頸椎症があったとするのは,年齢からいって無理があり,感覚障害は水俣病の影響と考える方が合理的である。 ク ○及びその手術後の後遺症では説明できないこと被控訴人の○の影響について,手術の執刀医であるP84医師が,四肢末端の知覚障害の全てがこの腫瘍のみによって出現したとは考えにくいと指摘している(甲54)ほか,被控訴人の症状の発現時期は昭和28年から昭和33年頃であるが,○が発見された昭和50年までの約20年間 末端の知覚障害の全てがこの腫瘍のみによって出現したとは考えにくいと指摘している(甲54)ほか,被控訴人の症状の発現時期は昭和28年から昭和33年頃であるが,○が発見された昭和50年までの約20年間も○による症状が続いていたとは考えられず,○の発生は早くても昭和45年頃とみるのが医学的常識である。 また,P84医師の病状照会回答書(甲54)や昭和61年の頭部CTスキャンの所見からして,腫瘍は右前頭から頭頂にかけて位置し,左への偏位は認められないから,○の神経系への影響は左半身に限定されるにもかかわらず,被控訴人の知覚障害は,公的検診においても手術後の所見においても,ほとんど左右差がないという点に変化はない。強い頭痛と左下肢のマヒの改善は手術によって説明できるが,右側にもある四肢末梢の知覚障害は水俣病による感覚障害であるため,手術後も継続しているのであ る。 公的検診の資料でも,手術前後の所見の比較において,感覚障害は変化はなく,いずれも四肢末梢型の感覚障害を示しており,手術によって著明に改善を示したのは,頭痛及び左下肢の麻痺であり,昭和50年の手術後で明らかな左右差を認めるのは左下肢の脱力であるから,○の影響は左下肢麻痺を主とする運動系の神経障害であると判定される。 ケまとめ被控訴人は,最汚染期とされる昭和20年代後半から昭和30年代前半はもとより,関西に転居する昭和46年まで,α1湾を中心とする不知火海の汚染された魚介類を多食し,同じ食生活を送っていた家族からも多数の水俣病認定者が生じている。そして,被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害,構音障害,滑動性眼球運動異常,協調運動障害,語音聴力一部悪化の事実は,その症状の発現時期,経過に照らしても他の病気では到底説明がつかないものであり,経口摂取 て,被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害,構音障害,滑動性眼球運動異常,協調運動障害,語音聴力一部悪化の事実は,その症状の発現時期,経過に照らしても他の病気では到底説明がつかないものであり,経口摂取した有機水銀の影響によるものとしか考えられない(少なくとも有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない。)のである。 仮に,症状として四肢末梢優位の感覚障害しか認められないことがあったとしても,その症状を明らかに説明できる他原因(他の病気)は考えられないのであり,46年事務次官通知に照らして有機水銀の影響による水俣病というほかない。 なお,別件訴訟第2審判決は,被控訴人の症状がメチル水銀の影響によるものであることについて,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る高度の蓋然性を証明することが必要であるとした上で,被控訴人が水俣病であることを認め,別件訴訟最高裁判決もこれを是認している。 以上のとおり,被控訴人は公健法上水俣病であると認められるから,被 控訴人の本件申請を棄却した本件処分は違法であって,取り消されなければならない。 7 公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付けの可否について前記のとおり,46年事務次官通知によれば,被控訴人が水俣病であることは明らかであり,本件申請を棄却した本件処分は取り消されるべきものであって,被控訴人を水俣病と認定する処分をすべきであることが公健法の規定から明らかであるから,熊本県知事に被控訴人が水俣病であるとの認定をすることを義務付けるべきである(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の3参照)。本件処分が取り消されただけでは,再認定申請での棄却,不服審査の請求等の果てしない繰り返しとなり,根本的な解決は望み得ない。 第5 争点に関する控訴人の主張 行訴法」という。)37条の3参照)。本件処分が取り消されただけでは,再認定申請での棄却,不服審査の請求等の果てしない繰り返しとなり,根本的な解決は望み得ない。 第5 争点に関する控訴人の主張 1 公健法に基づく「水俣病」の認定は広くコンセンサスがある医学的知見に基づく必要があること(1) 公健法の趣旨・目的及び制度の性質公健法は,公害による健康被害を対象とし,本来的には原因者である加害企業と被害者との間における個別の損害賠償請求訴訟として処理されるべき事柄について,同訴訟によっては,加害者及び加害行為の特定や因果関係等の主張立証が困難な場合が多いことなどを考慮し,行政機関による認定という行政処分により,被害者の「迅速かつ公正な保護」を図ることを趣旨・目的とする制度である。 このように公健法に基づく「水俣病」の認定は,飽くまで行政処分として行われるものであるから,その判断に公平性・連続性・統一性が求められ,どの公務員が処理しても同様の事例については同一の結論に至るという組織としての対応が担保される必要がある。 また,公健法の補償給付に要する費用は,汚染原因者が負担するところ,迅速かつ公正に被害者の救済を図る一方で,汚染原因者による反証を許さず, 行政機関の一方的な認定によって,「民事責任を踏まえた公害による損害を填補する制度」であることからすれば,その判断が公正かつ公平であることが不可欠である。 しかるに,水俣病の診断には高度な医学的知見を要することから,その正確(公正)な診断のためには,水俣病はもとより神経症候全般に関する高度の学識と豊富な経験が不可欠である。また,水俣病は,その病像の把握についても,社会的な対立を示す特殊な疾病であって,広くコンセンサスがある医学的知見に基づくもの以 はもとより神経症候全般に関する高度の学識と豊富な経験が不可欠である。また,水俣病は,その病像の把握についても,社会的な対立を示す特殊な疾病であって,広くコンセンサスがある医学的知見に基づくもの以外にも,様々な医学的仮説が提唱され,また,メチル水銀が神経系の細胞を損傷し,かつ,それら神経系の特定部位を選択的に障害する理由といった発生機序やその治療法など,その全てが解明されているわけではなく,現在も,それらの解明のため,国の予算措置に基づき水俣病の専門家による研究が続けられている。 このような状況下において,公健法に基づく「水俣病」の行政認定においては,個別の損害賠償請求訴訟における裁判所の司法判断のように,行政機関が個別の事案ごとに医学的知見の信用性を吟味するなどして認定判断すべきことが要請されているとは解されず,同法は,飽くまで医学界において広くコンセンサスがある医学的知見に基づき,統一的に行政処分としての行政認定を行うことを要請していると解すべきである。そして,このような手法に基づくことにより,当該申請者が「水俣病」に罹患しているか否かについて,判断の公正性・正確性が確保され,行政機関による不統一,不公平な判断を防止することが制度的に担保されることになるのである。 (2) 公健法に基づく認定の仕組み公健法4条2項及び3項に基づく公健法施行令により「定められた疾病」としての「水俣病」は,「原因物質(メチル水銀)との関係が一般的に明らか」といえる程度の医学的知見,すなわち,広いコンセンサスがある医学的知見に基づいて認められる疾病概念としてのそれであると解される。 ア因果関係に関する規定の仕方(ア) 第一種地域公健法は,第一種地域における認定においては,当 られる疾病概念としてのそれであると解される。 ア因果関係に関する規定の仕方(ア) 第一種地域公健法は,第一種地域における認定においては,当該指定「疾病にかかっていると認められる者」で,指定地域への一定期間以上の居住・通勤等の要件(曝露要件)を満たす場合に,当該指定疾病が「第一種地域における大気の汚染の影響によるものである旨の認定」を行うこととされている(公健法4条1項)。これは,第一種地域の対象となる疾病が,慢性気管支炎等の疾病の原因となる特定の汚染物質が証明されていないものを予定していることから,当該指定疾病と大気の汚染との間に因果関係があるとみなし,地域,曝露要件及び指定疾病の三つの要件を満たせば因果関係ありとみなす制度的取決めを行ったものである。 このような曝露要件による擬制された因果関係については,行政機関であっても,これを公平性・連続性・統一性をもって,迅速かつ公正に判断できることは言うまでもない。 (イ) 第二種地域水俣病は第二種地域の指定疾病であるところ,第一種地域に係る疾病とは異なり,因果関係を擬制せず,当該指定疾病と当該指定地域の水質汚濁等との因果関係までを個々に認定することとされており,指定疾病は,「当該……水質の汚濁の原因である物質との関係が」,単に「原因物質によらなければかかることがない」というだけではなく,「原因物質との関係が一般的に明らか」であることが要件とされるとともに,その疾病を,医学的な疾病概念を用いて,あらかじめ公健法施行令で定めている。医学的な疾病概念を用いて規定することとしているのは,医学的にみて,「原因物質との関係が一般的に明らか」とされている疾病概念を用いることによって,行 念を用いて,あらかじめ公健法施行令で定めている。医学的な疾病概念を用いて規定することとしているのは,医学的にみて,「原因物質との関係が一般的に明らか」とされている疾病概念を用いることによって,行政機関であっても,公健法の制度が予定する因果関係を公正かつ公平に判断することができることを期したものと 解される。 本来,疾病概念というものは,医学において他の疾病との鑑別診断の単位として用いられる医学的概念である。水俣病を含め公害病に属する他の疾病に係る疾病概念は,原因物質との関係を学術的に完全に極めるまでには至らなくとも,他の原因ではなく当該原因物質により引き起こされたものであることが一般的に明らかといえる程度の医学的知見が積み重ねられ,他の原因による疾病とは鑑別された一個の診断単位として用いられてきたものである。 公健法及び同法施行令が,「原因物質との関係が一般的に明らか」な疾病であることを明示した上で,このような医学的な疾病概念を用いて疾病を定めているのも,上記のような鑑別診断の単位としての疾病であることが一般的に明らかといえる程度の医学的知見,言い換えれば広くコンセンサスがある医学的知見を当然の前提とするものである。 このように,広くコンセンサスがある医学的知見に基づいて鑑別診断し得る単位とされている疾病概念を借用することにより認定要件を定めれば,行政機関が自ら個別に原因物質との因果関係を究明しなくとも,必然的に,医学的に水俣病と鑑別診断し得る者のみがその認定の対象となることとなり,公健法が予定する因果関係を公正かつ公平に判断して公平性・連続性・統一性が保たれることになるのである。 公健法施行令に定める「水俣病」とは,この「メチル水 象となることとなり,公健法が予定する因果関係を公正かつ公平に判断して公平性・連続性・統一性が保たれることになるのである。 公健法施行令に定める「水俣病」とは,この「メチル水銀との関係が一般的に明らか」といえる程度の医学的知見によって鑑別診断される単位としての水俣病概念,換言すれば広くコンセンサスがある医学的知見に基づいて認められる水俣病概念を,そのまま法要件としたものというべきである。水俣病に関する医学的知見には,当然のことながら,発症機序に関する知見ばかりでなく,どのような臨床症候を呈する疾病かという臨床医学的知見や,人体にどのような障害がみられるかという病理 学的知見なども存在する。これらからそれぞれみた場合,水俣病とは,発症機序から,「魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」であるが,同時に,臨床医学的には,「ハンターラッセル症候群を典型的な疾患とし,不全型,非典型例も存在する疾患」であり,さらに病理学的には「大脳,小脳等の神経系の特定の複数部位が損傷される疾患」でもある。そして,公健法は,これら各種の知見の積み重ねによって形成された,「原因物質(メチル水銀)との関係が一般的に明らか」といえる程度の医学的な知見に基づいて鑑別診断される単位としての「水俣病」という疾病概念,言い換えれば広くコンセンサスがある医学的知見に基づいて認められる「水俣病」概念を,全体として借用したと解されるのである。 イ認定手続(ア) 認定要件及びその基本的考え方公健法4条2項,2条2項,3項の規定からすると,同法4条2項の申請を受けた都道府県知事は,まず,①当該申請者が当該指定地域につき定められた指定疾病にかかっていると認められるか否かを認定・判断 公健法4条2項,2条2項,3項の規定からすると,同法4条2項の申請を受けた都道府県知事は,まず,①当該申請者が当該指定地域につき定められた指定疾病にかかっていると認められるか否かを認定・判断した上で(当該指定疾病罹患の認定),それが肯定される場合に,②当該指定疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるかどうかの認定・判断をする(当該指定疾病と当該指定地域との結びつきの認定)という二段階の認定を行うことになる。もっとも,後者の当該指定疾病と当該指定地域との結びつきの認定・判断は,実際上は,前者の当該指定疾病罹患の認定・判断で賄われてしまうため,「疾病にかかっていると認められる者」であると認められる場合には,通常,「当該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである」ことも認められることになる。すなわち,公健法4条2項で定められている特異的疾患は,「当該大気の汚染又は水質 の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病」であり,かつ,我が国においてそのような原因とされる汚染物質に曝露する可能性がある生活環境は具体的には相当程度限定されているため,当該指定疾病罹患の要件の有無を当該申請者の曝露歴,生活歴等の具体的事実に基づいて認定・判断する過程において,事実上,当該第二種地域における汚染物質曝露が当該指定疾病罹患の原因であることの検討がされてしまうことになるのである。 (イ) 医学的判断公健法は,行政機関である都道府県知事が認定するに当たり,「医学,法律学その他公害に係る健康被害の補償に関し学識経験を有する者」15名以内から構成される認定審査会の意見を必要的に聞くこととしているのは, は,行政機関である都道府県知事が認定するに当たり,「医学,法律学その他公害に係る健康被害の補償に関し学識経験を有する者」15名以内から構成される認定審査会の意見を必要的に聞くこととしているのは,認定は,医学を基礎とした医学的判断によるべきことを要するものとし,高度の学識と豊富な経験を有する医学の専門家による協議を踏まえたコンセンサスによって行われることにより,その判断の公正さを期したものと解される。 なお,公健法の認定審査会は,その前身である救済法の公害被害者認定審査会と異なり,委員として医学の学識経験者のほか,法律学その他の学識経験者も予定しているが,これは公健法においては救済法の認定審査会に比べて相当広範な事項がその権限に属せられたことから,委員の範囲が拡大されたにすぎず,指定疾病と認定するかどうかについての医学的判断については,従前どおり,医学の学識経験者による純粋な医学的判断がされることを予定していると解するのが相当である。 (3) 診断レベルと救済範囲との関係公健法における水俣病の認定において「疾病にかかっていると認められる」蓋然性の程度,すなわち医学的な診断レベルについて,どの程度のもの を求めるかは,公健法の趣旨・目的に照らしてさらに検討されなければならない。この点,公健法は,被害者の「迅速な救済」(同法1条)を目的に掲げており,裁判よりも簡易化された画一的・定型的要件による被害者の救済を趣旨としている。この「迅速な救済」については,本来的には,損害賠償請求訴訟では,公害病について,加害者及び加害行為の特定,因果関係等の主張立証が困難な場合が多いことから,その立証の困難さを解消し,申請者が,主として政令で指定される「疾病にかかっていると認められる」者か否かにつ 害病について,加害者及び加害行為の特定,因果関係等の主張立証が困難な場合が多いことから,その立証の困難さを解消し,申請者が,主として政令で指定される「疾病にかかっていると認められる」者か否かについての行政機関による認定によって迅速な補償給付を可能とすることを目指すものである。 このような公健法の趣旨・目的に照らせば,同法は,その診断レベルについても,必ずしも確定診断のレベルまで必要とせず,一定程度緩和して,広い救済を実現することも許容しているものと解される。もっとも,少なくとも原因物質によらない疾病である可能性の方が原因物質による疾病である可能性を上回る場合には,もはや医学的にみて原因物質による疾病であると診断することは到底できないから,「原因物質との関係が一般的に明らか」であるとする医学的な一般的コンセンサスが形成されるようなことは通常あり得ないし,このような場合に,それが公健法2条2項が規定する「原因物質によらなければかかることがない」疾病であるとする医学的根拠もない。そのため,公健法の趣旨・目的から診断レベルを可能な限り緩和するにしても,広くコンセンサスがある医学的知見に基づいて原因物質によらない疾病である可能性が原因物質による疾病である可能性を上回らないレベルまで緩和するのが公健法の許容する限度であると解される。逆に言えば,公健法は,そのレベルにおいて一般的な医学的コンセンサスを基礎にした上で可能な限り救済の間口を広げることを許容したものと解するのが相当である。 実際,水俣病についても,ハンターラッセル症候群をもってとらえられる当初のコンセンサスから,非典型例,不全型の存在により,すべての主要症 候が揃わなくても水俣病である可能性が否定できない場合はあるとされ,水俣病でない可能性が水 症候群をもってとらえられる当初のコンセンサスから,非典型例,不全型の存在により,すべての主要症 候が揃わなくても水俣病である可能性が否定できない場合はあるとされ,水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと医学的に判断し得るのはどのような場合かということについて,広くコンセンサスがある医学的知見が形成されている。そのため,これに基づいて,公健法に基づく「水俣病」の認定判断がされ,可能な限り間口を広げた救済が実現されているのである。 ただし,公健法において,このような医学的な評価・判断(診断)の対象となる臨床症候の存在等の一定の具体的事実が存在することの証明度を特段に軽減する旨の規定は存しないことから,評価対象となる具体的な事実については,高度の蓋然性をもって認められる必要がある。 (4) 立法過程からの裏付け公健法が,その認定において,医学的に「原因物質との関係が一般的に明らか」とされる鑑別診断の単位としての疾病概念を基礎として,一般的なコンセンサスがある医学的知見によることを前提としていることは,公健法ないしその前身である救済法の立法過程に照らしても明らかである。 ア救済法の立法過程公健法は救済法をその前身とするものであり,「水俣病」は救済法の時代から救済の対象に含められていたものであるところ,救済法における指定疾病の名称等を検討したP13委員会においては,指定疾病として「水俣病」を定めるに当たり,医学的な疾病概念としての「水俣病」という病名を採用することを当然の前提としていた(乙92,93)。 イ公健法の立法過程同様に,公健法の立法過程における審議においても,公健法においても指定疾病と認定するか否かの判断については,救済法と同様 前提としていた(乙92,93)。 イ公健法の立法過程同様に,公健法の立法過程における審議においても,公健法においても指定疾病と認定するか否かの判断については,救済法と同様に医学専門家による判断が行われることが前提とされていたところ,公健法2条2項の「原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によ らなければかかることがない疾病」の意味について問われた際,政府委員は,イタイイタイ病を例に挙げて答弁し,それが学術的に完全に極められたものでなくても,一般的に明らかなものであれば良いという趣旨を明らかにしている(乙147)。また,認定判断をする場合の診断レベルについても,政府委員は,疑わしいものは救うということは,少しでも疑いがあれば救うということではなく,医学の場合には,少なくとも50か60をこえるぐらいの高さのものでなければならないとの46年事務次官通達に関する大石長官の国会での答弁での考え方が,公健法の中にも引き継がれている旨答弁している(乙148)。 (5) 公健法上の「水俣病」の認定要件は損害賠償請求訴訟におけるものとは異なることア損害賠償請求訴訟における事実認定損害賠償請求訴訟等の民事訴訟上の事実認定においては,裁判所が,飽くまで個別の事案に係る証拠関係を総合考慮し,偽証罪という刑罰に担保された証人尋問等の充実した証拠調べ手段を経て,自由な心証によって公正に行うことが保障されており,裁判所にはこのような公正な事実認定を行う権限がある。そのため,裁判所は,広く一般的なコンセンサスがある医学的知見に基づいて当該患者の呈する症候が水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと判断し得るレベルに達していない事案(すなわち,公健法上の水俣 裁判所は,広く一般的なコンセンサスがある医学的知見に基づいて当該患者の呈する症候が水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと判断し得るレベルに達していない事案(すなわち,公健法上の水俣病とは認められない事案)であっても,「医学的にコンセンサスをもって水俣病と診断され得るか」ということから離れて因果関係を探求し,例えば少数の医師の意見に信用性を認め,あるいは,患者のメチル水銀への曝露歴や診察結果に虚偽が含まれているか否かについて,尋問その他の訴訟上の主張立証を見極めることによって判断し,経験則に基づいて,当該症候が原因物質であるメチル水銀によるものであると認定判断することも可能である。 イ公健法の認定手法公健法に基づく認定においては,行政機関が迅速かつ公正に統一的な判断を行う必要があり,裁判所が損害賠償訴訟において行う事実認定のように,厳格な事実認定を行うことは不可能である。公健法の立法趣旨に照らしても,その認定は,裁判所が行い得るような事実認定とは異なるものであって,その自由な心証によって,医学的にコンセンサスがない少数の医師の知見や意見について,信用性が認められるかどうかを独自に判断したり,あるいは患者のメチル水銀への曝露歴や診察結果に虚偽が含まれているかどうかを尋問等によって個別に判断することを前提とするものであるとは解されない。 ウ損害賠償訴訟と公健法上の認定判断の違い公健法上の認定判断の在り方は,損害賠償請求訴訟におけるメチル水銀と原告の症状との因果関係の有無の判断手法から離れて,飽くまで公健法の解釈に基づき定まるべきものである。このことは,既に公健法の立法過程における国会審議において明確にされている。すなわち,公健法が審議された昭和48年9月20日の参議 手法から離れて,飽くまで公健法の解釈に基づき定まるべきものである。このことは,既に公健法の立法過程における国会審議において明確にされている。すなわち,公健法が審議された昭和48年9月20日の参議院公害対策及び環境保全特別委員会において,政府委員は,公健法における認定については公健法の解釈により定まる「制度的な因果関係」が問題となるのであって,損害賠償請求の場面における因果関係が問題となるのではないことを,端的に明らかにしている(乙145)。 また,平成3年11月26日,複数の法学者を含む中央公害対策審議会の答申においても,「四肢末端の感覚障害を有する者について,個々に,その症候とメチル水銀曝露との間の関連性の有無を判断することは容易ではない。裁判官は,個別の事例について法的判断を加えつつ法的因果関係を認定することができるが,行政の場合には客観的,一般的な基準により判断を行うことが要請されており,これを越えて個別の事情に応じた法的 評価を行うことが困難である」とされ,これを理由として,四肢末端の感覚障害を有する者について行政として汚染原因者の損害賠償責任を踏まえた対策(公健法による救済もこれに含まれる。)を行うことは適当ではなく,新たに講ずべき対策を提案している(乙98)。 エ別件訴訟第2審判決と最高裁判決における判断別件訴訟第2審判決は,同訴訟が公健法に基づく「水俣病」認定とは異なる損害賠償請求訴訟であることから,その判断対象について,公健法における「水俣病」という概念を用いず,あえて「メチル水銀中毒症」との用語を用いている上,その判断基準についても,公健法に基づく52年判断条件は「補償法における認定要件を設定したものと理解すべき」と判示して,その正当性について判断す ,あえて「メチル水銀中毒症」との用語を用いている上,その判断基準についても,公健法に基づく52年判断条件は「補償法における認定要件を設定したものと理解すべき」と判示して,その正当性について判断することなく,別個の判断基準を定立しており,両者が異なるものであることを明確にしたものである。 別件訴訟最高裁判決は,「原審の事実認定は,原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り,上記事実関係の下においては,原審の判断は是認することができる。」と判示するにとどまり,踏み込んだ判断を示さなかったが,公健法における「水俣病」認定の在り方は,損害賠償請求訴訟におけるメチル水銀中毒症の判断手法とは別個に,公健法の解釈によって定められるべきことは,同判決においても「自明のこと」として前提とされているものと解され,その旨同判決を担当した最高裁調査官も解説している。 (6) 52年判断条件の正当性ア公健法の趣旨を実現する基準であること公健法の要請に応え,公平性・連続性・統一性を保ち,迅速かつ公正な認定判断を実現するためには,水俣病に関する研究の状況や医学界における研究成果を踏まえ,広くコンセンサスがある医学的知見が何かを探求し,できる限り具体的かつ明確な統一的判断基準をあらかじめ設けて,各地の認定 審査会における判断の指針とすべき必要がある。このような観点から統一的な指針として策定されたのが52年判断条件である。 イ水俣病の病像と52年判断条件の位置付け(ア) 水俣病の病像a 水俣病の病理水俣病は,工場排水に含まれるメチル水銀が魚介類に蓄積され,それを大量に経口摂取することによって起こる神経系疾患である。そして,体内に取り込まれたメチル水銀は,体内の様々な組 a 水俣病の病理水俣病は,工場排水に含まれるメチル水銀が魚介類に蓄積され,それを大量に経口摂取することによって起こる神経系疾患である。そして,体内に取り込まれたメチル水銀は,体内の様々な組織を一様に障害するのではなく,神経系の特定部位を強く障害することが病理解剖学的に確認されている。すなわち,大脳については後頭葉の線野,特に鳥距野の前半部,頭頂葉の中心後回領域,前頭葉の中心前回領域及び側頭葉の側脳溝に面する横回領域が,小脳については虫部及び半球が,脊髄末梢神経については知覚神経が主として障害される。 b 水俣病の主要症候水俣病にみられる症候としては,四肢末梢優位の感覚障害,運動失調,平衡機能障害,求心性視野狭窄,歩行障害,構音障害,筋力低下,振戦,眼球運動異常,聴力障害などを挙げることができる。 c 感覚障害主要症候のうち,感覚障害は,知覚障害ともいい,水俣病にみられるものは,両側性四肢の末梢部ほど強く現れ,表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)するものであるが,その程度はほとんど感覚の脱失に近いものからごく軽度のものまで様々であり,この症候は,大脳頭頂葉の中心後回領域及び脊髄末梢神経(知覚神経)の障害に起因するものである。なお,この感覚障害は,水俣病にだけ特異な症候ではなく,後記のとおりその原因には種々様々なものが存在することから,当該感覚障害だけをみて水俣病による感覚障害 であるか否かを鑑別することは到底できない。 d 運動失調主要症候のうち,運動失調は,協調運動障害(運動の命令を出す大脳の中枢,それを伝える神経及び運動の原動力である筋肉のいずれにも異常がなく,振戦などの不随意運動もないにもかかわらず,意図した運動が円滑に 症候のうち,運動失調は,協調運動障害(運動の命令を出す大脳の中枢,それを伝える神経及び運動の原動力である筋肉のいずれにも異常がなく,振戦などの不随意運動もないにもかかわらず,意図した運動が円滑にできず,運動の方向や程度が変わってしまうこと),体幹運動失調(体位や姿勢を保持するのに必要な随意的あるいは反射的な筋の収縮が損なわれることによる起立時,座位時の姿勢の異常や歩行障害など)として出現し,水俣病にみられるものは一側に偏位することなく両側性に現れる。この運動失調は,専門の医師であれば,起立,歩行,言語の状態をよく観察することで判断できることが多く,また,ジアドコキネーシス(交互変換運動),指鼻試験,膝踵試験,脛叩き試験などにより確認される。この症候は,主として小脳の障害に起因するものであるが,運動失調の原因は様々であって,これは水俣病に特異な症候ではない。 e 平衡機能障害主要症候のうち,平衡機能障害は,前記のような神経内科的所見(体幹運動失調)として認められるものと,視刺激によって誘発される異常眼球運動等の神経耳鼻科的所見として認められるものがあり,水俣病にみられるものは,主として小脳及び脳幹の障害に起因するものである。したがって,運動失調がある場合には,一般に平衡機能に異常が認められるが,平衡機能障害があっても,迷路の異常によるものもみられることから,小脳性運動失調がみられるとは限らない。 f 求心性視野狭窄主要症候のうち,水俣病にみられる視野の異常は,視野の周辺部が見えなくなる求心性視野狭窄であり,両側性に出現し,中心部の視力 はよく保たれている。この症候は,大脳後頭葉の鳥距野のうち前半部がより強く障害されることに起因するものである。そして,求心性視野狭窄 る求心性視野狭窄であり,両側性に出現し,中心部の視力 はよく保たれている。この症候は,大脳後頭葉の鳥距野のうち前半部がより強く障害されることに起因するものである。そして,求心性視野狭窄についても,視神経炎後の不完全視神経萎縮,色素性網膜炎,緑内障,心因性視野狭窄など,類似の症候をきたす他の疾患が多数存在することから,その他の臨床所見及び検査所見により総合的に鑑別しなければならない。 g 眼球運動障害主要症候のうち,眼球運動障害には,眼球が視標の動きにつれて滑らかに動かず,小刻みに動いたり,ある一点で停止して,しばらくしてから大きく動くといった滑動性眼球運動障害と,急速に視線を移したときに眼球の動きが行き過ぎたり,行き足りなかったりする衝動性眼球運動障害があり,いずれも,左右対称性かつ左右共同性の眼球運動障害である。この症候は,大脳の眼球運動中枢及び小脳の障害に起因するものである。 h 難聴主要症候のうち,難聴は,感音性難聴(振動として伝えられた音を電気的な信号に換え,神経を介して聴覚中枢に伝える系の障害による難聴)のうち,後迷路性難聴(内耳で変換された電気的な信号を伝達し,音として認識する聴神経から脳までのいずれかの部位が障害されることにより起こるもの)であり,大脳側頭葉の側脳溝に面する横回領域の障害に起因するものであると考えられ,後迷路性難聴であることは,聴覚疲労現象,語音聴力検査で確認する。 (イ) 病像に基づく診断方法と具体的基準の必要性水俣病の臨床的な4つの主要症候(四肢末梢優位の感覚障害,小脳性運動失調,求心性視野狭窄,後迷路性難聴)の発症機序については,体内に取り込まれたメチル水銀が消化管から吸収され血液を介して全身に 分布し な4つの主要症候(四肢末梢優位の感覚障害,小脳性運動失調,求心性視野狭窄,後迷路性難聴)の発症機序については,体内に取り込まれたメチル水銀が消化管から吸収され血液を介して全身に 分布し,その結果,大脳,小脳等の神経系の特定の複数部位が損傷され,それらの障害部位に対応して,上記のような臨床症候を呈することが,死後の剖検による病理学的知見により明らかにされている(乙1ないし3)。したがって,患者が水俣病であるか否かの確定診断は,死後において病理診断に基づきメチル水銀の影響による特徴的な障害パターンを確認できる場合には困難なものではないが,生存する者については,そのような病理診断を行うことは不可能であるため,水俣病であるか否かの医学的な診断は,通常,疫学条件(病歴,職歴,生活歴,魚介類の入手方法及びし好性等の個々人がメチル水銀に汚染された魚介類を多食した事実をうかがわせる間接事実のこと)に加え,その臨床的にみられる上記の主要症候の有無等に基づいて総合的に判断するという臨床的診断として行われることとなる。 もっとも,水俣病に臨床的にみられる上記の各主要症候については,それらの医学的な専門領域が,神経内科学,眼科学,耳鼻科学に分かれており,しかも,これらの神経症候の把握は患者の応答を介して行わざるを得ないことが多いため,それぞれの症候に関する判断には専門的熟練を必要とするものばかりである。さらに上記各症候は,それぞれ単独では,いずれも他の疾患にも多く見られる非特異的なものであることから,類似疾患をもたらす他疾患との鑑別には高度の神経学的知識が要請される。さらには,水俣病の病像自体,ハンターラッセル症候群に限定された当初のとらえ方から,不全型や非典型例の指摘がされ,さらには感覚障害のみを呈する水俣病を支持す 鑑別には高度の神経学的知識が要請される。さらには,水俣病の病像自体,ハンターラッセル症候群に限定された当初のとらえ方から,不全型や非典型例の指摘がされ,さらには感覚障害のみを呈する水俣病を支持する見解も提唱されている。 このような水俣病をめぐる状況の中で,被害者の迅速かつ公正な保護を図り,行政処分としての公平性,統一性を保つためには,各地の認定審査会を構成する各委員の医学的な高度の学識と豊富な経験に基づく総合的な判断を尊重しつつも,その判断のばらつきをできる限り少なくす ることも要請される。そのような要請から策定された具体的基準が52年判断条件である。 ウ 52年判断条件と46年事務次官通知の関係(ア) 46年事務次官通知の趣旨と表現の問題点46年事務次官通知は,公害に係る健康被害者の迅速な救済という救済法の趣旨から,申請者の呈する神経症候の医学的判断における診断の確実性の程度について,水俣病とほぼ確実に診断し得るという確定診断のレベルではなく,相応の医学的検査を尽くしたにもかかわらず,医学的根拠をもって水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと判断できるレベルを採用することによって,医学を基礎とした上で可能な限りの救済の間口を広げたものであり,その趣旨については,公健法においても妥当する相当なものであった。 しかし,その表現に関して,同通知発出後まもなく,①「いずれかの症状がある場合」と記載されていたため,水俣病に見られる主要症候のいずれか一つの症状でもあれば水俣病として認定すべきとしているかのように誤解され,②「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」というのが具体的にどのような場合であるかが不明確で 症候のいずれか一つの症状でもあれば水俣病として認定すべきとしているかのように誤解され,②「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」というのが具体的にどのような場合であるかが不明確であったことから,わずかの可能性でもあれば上記「否定し得ない場合」に該当するかのように誤解されるという問題が発生した。 さらに,同通知は,「有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」にも「影響が認められる場合に含む」としながら,その「否定し得ない場合」の意味を具体的に示さず,認定審査会の個別的な判断にゆだねていたために,認定業務を円滑かつ公平に行っていく基準としての明確さを欠いており,認定業務に支障を来す場合があった。そのために,より明確な基準の設定が望まれたのである。 (イ) 52年判断条件による対応 52年判断条件は,46年事務次官通知の表現によって生じた問題点に対応し,同通知における「否定し得ない場合」を具体化するために,水俣病に造詣の深い専門家による検討会を経て策定されたものであり,策定経緯自体からみて,医学的知見を基礎としながら,医学的にみて水俣病又はその疑いがあると考え得る限りの者を含め,広く救済しようとする趣旨において何ら異なるところはない。 なお,52年判断条件が昭和46年事務次官通知を厳格化したかのごとく理解する背景には,加害企業が締結した本件補償協定の存在があるようにも思われる。しかし,52年判断条件はこの補償金とは離れて純粋に医学的知見を集約したものであったエ医学の専門家のコンセンサスにより支持されていること52年判断条件は,水俣病に関する学識経験豊かな医師による検討を経て成立したものであって,適切かつ妥当であるこ を集約したものであったエ医学の専門家のコンセンサスにより支持されていること52年判断条件は,水俣病に関する学識経験豊かな医師による検討を経て成立したものであって,適切かつ妥当であることは医学の専門家の間でもコンセンサスが得られており,その後の医学的知見においても支持されているものである。 (ア) 策定時の医学的検討環境庁は,昭和50年に,水俣病認定検討会を設置し,46年事務次官通知にある「否定し得ない場合」の具体化について十分に議論・検討した。17名の検討会構成員は,いずれも水俣病について,その発生初期から研究に携わり,神経内科,耳鼻科等についての豊富な経験と学識を持ち合わせた権威者であり,その経験を持ち寄って帰納的に策定されたものが52年判断基準である。 (イ) 策定後の検討a 60年専門家会議環境庁は,昭和60年8月16日の熊本水俣病第2次訴訟福岡高裁判決を契機として,同年に設けた60年専門家会議に,52年判断条 件が医学的に見て妥当なものであるかどうかにつき諮問した。水俣病についての代表的な専門家とともに,様々な神経症候に精通する神経内科の代表的専門家らから構成された同会議は,「現時点では現行の判断条件により判断するのが妥当である。」と結論付けている(乙22)。 b 平成3年審議会平成3年1月には,中央公害対策審議会環境保健部会に水俣病問題専門委員会(専門委員会)が設置され,同会の委員には,水俣病の代表的な医学専門家に加え,法学者ら合計14名が選出されたが,その答申(乙98)において,52年判断条件について,「現在までの研究では,これら判断条件に変更が必要となるような新たな知見は示されていない。」と結論付けられている。 者ら合計14名が選出されたが,その答申(乙98)において,52年判断条件について,「現在までの研究では,これら判断条件に変更が必要となるような新たな知見は示されていない。」と結論付けられている。 オ水俣病の診断は症候群的診断によることが正当であること52年判断条件は基本的に臨床症候の組合せによる症候群的診断によるものであるが,これは,水俣病の性質からみて,医学的常識に合致する正当なものである。 (ア) 水俣病の診断は症候群的診断によるべきこと医学の臨床診断においては,その過程において,ある疾患に特異的な所見が得られるならば,その所見を検出する客観的な検査のみで診断が可能となるが,特異的な症候がもともと存在しない場合には,各種の症候の組合せによる症候群的診断によらざるを得ない。すなわち,一つ一つの症状や徴候,所見は,それだけでは一つの疾病を指し示すものとは限らないが,いくつかの症候が同時に出現し,その組合せとある疾病との間には特有の一定の規則性が認められるときには,そのような諸症候は臨床診断上重要な意味を有することになる。このような症候の組合せを基にした診断が症候群的診断といわれるものであり,臨床診断におけ る最も基本的な手法である。 水俣病の臨床的に見られる主要症候は,他の原因によっても発現し得る非特異的なものであり,不明な原因により生じるものさえある上,申請者の生存中に生検等の方法による病理診断を行うことは不可能であるから,他疾病等との鑑別診断を行うに当たり,症候群的診断により判断することが相当である。 (イ) 病理学的知見からの医学的正当性水俣病において臨床的に見られる主要症候は,病理学的に確認されている特定障害部位と一致している。すなわち,①頭頂葉の中 とが相当である。 (イ) 病理学的知見からの医学的正当性水俣病において臨床的に見られる主要症候は,病理学的に確認されている特定障害部位と一致している。すなわち,①頭頂葉の中心後回は感覚をつかさどる部分であるため,この部位の障害は感覚障害を来し得る,②小脳は平衡覚や深部感覚・触覚の入力を受けて,運動協調や筋緊張の調節を行うため,この部位の障害では運動失調を来し得る,③後頭葉の鳥距野は視覚に関する領域であるため,この部位の障害によって求心性視野狭窄を来し得る,④側頭葉の横側頭回は聴覚をつかさどる領域であるため,この部位の障害では難聴を来たし得る,⑤脊髄末梢神経の知覚神経は種々の感覚を伝える神経であるため,この障害により感覚障害を来し得る(乙174)。 さらに,メチル水銀により損傷される前記の神経系の特定部位は,多少の程度の差があるものの,それらすべてが損傷されることが病理学的に確認されており,例えば,中心後回領域のみが単独で損傷されているとか,小脳のみが損傷されているような特定部位のみが損傷されたという症例は確認されていない(乙23)。このように,水俣病においては主要症候が発現する原因となる障害部位が単独では損傷されることがなく,特異的な一定のパターンとして前記の複数部位が損傷されるという病理学的知見に鑑みれば,水俣病では単一症候のみが発現するということが想定し難いことは明らかであり,障害を受けた神経系の部位に対応 して発現する主要症候の組合せによって症候群的診断を行うことは,病理学的にも正当性を根拠付けられているものである。 一方で,メチル水銀による神経系の障害では,病理学的に障害を受けた部位の全てについて,それに対応する症候が必ずしも全て出現するとは限らない。 にも正当性を根拠付けられているものである。 一方で,メチル水銀による神経系の障害では,病理学的に障害を受けた部位の全てについて,それに対応する症候が必ずしも全て出現するとは限らない。したがって,前記の主要症候のすべてがそろうことを求めるのは相当ではなく,どのような症候の組合せがあればメチル水銀の影響が推定できるかが検討されなければならないが,一般的なコンセンサスがある医学的知見に基づいて水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと診断し得る症候の組合せをもって52年判断条件が策定されたのである。 (ウ) 曝露条件判断の困難性メチル水銀曝露歴の正確な把握には限界がある。メチル水銀曝露歴というのは,本人の魚介類を多食していた旨の申告のみによって判断することがほとんどであるが,その申告は長期間経過した後の極めてあいまいな記憶に基づいたものである。その上,魚介類の汚染状況は,時期により,魚種により,あるいは漁獲場所によって大きく異なるものであるが(乙180),申請者に,魚介類の時期や魚種,さらにはその漁獲場所についての一定程度の具体性をもった供述を求めることは困難である。 加えて,ある地域において患者が多発した,つまり発症するほどのメチル水銀曝露を受けた者が多数いたとしても,その地域に居住しているすべての者について同程度のメチル水銀曝露歴があったともいえない。 現に,高度の汚染が認められた昭和35年ころの毛髪水銀値のデーターを吟味しても,α1地区の毛髪水銀値で50ppmに満たない者が多数存在する(69.3%)との調査報告がある(乙180)。 発症閾値にも個人差が存在する。メチル水銀曝露の客観的指標である毛髪水銀値を個々人の供述による川魚の喫食歴とを比較した新潟水 する(69.3%)との調査報告がある(乙180)。 発症閾値にも個人差が存在する。メチル水銀曝露の客観的指標である毛髪水銀値を個々人の供述による川魚の喫食歴とを比較した新潟水俣病 におけるP16の研究(乙176,177)によれば,同様の川魚の喫食歴の者であっても毛髪水銀値が低値から高値まで極めて幅広い分布を示している上,メチル水銀の健康への影響が認められる最低毛髪水銀値である50ppmを超える者でも水俣病を発症していない者が多数認められる。メチル水銀に対する感受性の個人差の問題は,ハンター・ラッセルらの報告(乙179の1・2)においても明確に指摘されている。 このように,認定審査会において,メチル水銀曝露歴を過度に重視し,臨床症候の乏しい者までも水俣病と判断することには客観的に限界があり,裁判所のように種々の証拠に基づいて事実認定を行う権限があるわけではない行政機関において,厳密に発症閾値を超えるだけのメチル水銀曝露があるかどうかを判断し,公健法の認定処分を行うことを要するとすれば,行政処分としての公平性,統一性を確保しつつ迅速かつ公正な判断を図ることは到底できるものではない。したがって,疑問が存する場合を除き,一応はメチル水銀曝露歴が存在すると仮定して判断を行っており,もとより,メチル水銀曝露が客観的資料により明らかに認められるのであれば,認定審査会において十分に考慮されて判断されている。 (エ) 症候の具体的組合せ水俣病患者には共通して四肢末梢優位の感覚障害が見られたことから,メチル水銀曝露歴と感覚障害があることを全ての組合せの基礎とした。 そして,感覚障害に加えて,これまた水俣病においてよく見られる①運動失調が認められること,②運動失調があるか否か判断し難く ことから,メチル水銀曝露歴と感覚障害があることを全ての組合せの基礎とした。 そして,感覚障害に加えて,これまた水俣病においてよく見られる①運動失調が認められること,②運動失調があるか否か判断し難く,運動失調が疑われる程度のものであるときには,平衡機能障害又は比較的特異的な症状である求心性視野狭窄が認められるとき,あるいは他の症候の組合せによる総合的判断によって有機水銀によるものと判断されるとき,さらに,③運動失調が認められない場合でも,求心性視野狭窄が認めら れ,他の眼科又は耳鼻科の症候が認められるときには,通常「水俣病」と認定するとしたものである。 カ四肢末梢優位の感覚障害のみでは「水俣病」と認め難いこと広くコンセンサスがある医学的知見ないし一般的な医学的知見に照らせば,四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する水俣病が存在することは,それ自体として完全には否定し難いものの,そのような水俣病の症状は,病理学的にも,臨床医学的にも極めて想定し難い症例である。また,四肢末梢優位の感覚障害は,医学的に診断の正確性が担保できない上,多様な原因により発症し得る非特異的な症候であり,その半数以上が原因不明ともされているため,種々の検査をしても,他疾患によるものと特定されないことも多い。 このような医学的知見に鑑みると,仮に,四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する者について,行政機関がこれを通常の「水俣病」の範囲に含める取扱いを行うこととすれば,「民事責任を踏まえた公害による損害を填補する制度」(乙84)として,汚染原因者の拠出によって給付を行いながら汚染原因者の反証を許さない状況で,迅速性のみならず公正性や正確性も求められているという公健法の趣旨が没却されるおそれが生ずる。 (ア) 感覚障害は客観的に把握しに によって給付を行いながら汚染原因者の反証を許さない状況で,迅速性のみならず公正性や正確性も求められているという公健法の趣旨が没却されるおそれが生ずる。 (ア) 感覚障害は客観的に把握しにくいこと四肢末梢優位の感覚障害の検査は,その性質上,被検者の応答に頼らざるを得ず,客観性に乏しい検査であるために,神経内科医にとって最も難しい検査の一つとされている。殊に,四肢末梢の感覚が全く脱失しているような極端な場合を除き,感覚自体はあるが身体の他の部位のそれに比較して低下しているといった趣旨の応答であれば,その応答を客観的に肯定したり,否定し得るほどの根拠を見いだすことさえ困難である(乙41)。そのために,作為的な場合はもとより,転換性障害(ヒステリー)等の心因性による感覚障害との鑑別であっても極めて困難で あるか,不可能である。 特に,水俣病による地域の混乱や葛藤を経験した者は,例えば,変形性脊椎症等の他の原因から手のみにしびれ感を覚えた者が,自己を水俣病ではないかと不安に感じ,その心理状態から手のみならず足先にもしびれを感じるように思えてしまい,検査においては四肢末梢優位の感覚障害と同様の結果となるということは十分にあり得ることであり,他方で,当該感覚障害が心因性の症状であるかどうかを判別することは極めて困難であるか,不可能である(乙185ないし188)作為的なものについても,認定審査会委員らも表立って発言することが困難な状況にあると思われるにもかかわらず,公害健康被害補償不服審査会におけるP16の陳述(乙268)や中央公害対策審議会環境保健部会水俣病問題専門委員会第5回議事録におけるP22の発言(乙241)において,作為的な実例が具体的に述べられていることに鑑みれば,慎重な判断が必要となるものと認められ や中央公害対策審議会環境保健部会水俣病問題専門委員会第5回議事録におけるP22の発言(乙241)において,作為的な実例が具体的に述べられていることに鑑みれば,慎重な判断が必要となるものと認められる。 このように広くコンセンサスがある神経内科学における医学的知見において,感覚障害のみの所見によって医学的に判断することは誤診の危険が高く,他の神経学的な臨床所見と総合的な判断をすべきことが要請されており,神経学の代表的な教科書においてもその旨明記されている(乙4,50,51)。 (イ) 感覚障害は非特異的で原因不明のものが大半であること四肢末梢優位の感覚障害と同様の,多発神経炎型の感覚障害を呈する原因としては,急性感染症,栄養障害(脚気等),内分泌障害(糖尿病等),代謝障害(尿毒症等),重金属・有機溶剤中毒,薬剤の副作用及び腫瘍等の多種多様なものが考えられる上,変形性脊椎症のように加齢現象によって高率に発現するごく一般的な疾患であるものもその原因となる(乙189ないし191)。そのほかにヒステリー(転換性障害) 等の心因性によるものもあるほか,その大半が原因不明であるといわれている。我が国における神経内科の第一人者であるP27らが調査した結果では,種々の検査を実施しても,実にその半数以上が原因不明であったとされており(乙192),四肢末梢優位の感覚障害は,医学的経験則として,他疾患さえもその原因疾患として特定し得ない場合が多い症候でもある。 (ウ) 四肢末梢優位の感覚障害のみの水俣病は医学的に想定し難いこと60年の専門家会議の意見においても,「感覚障害のみが単独で出現することは現時点では医学的に実証されていない。」(乙22)と端的に記述されており,平成3年審議会答申(乙98)において 60年の専門家会議の意見においても,「感覚障害のみが単独で出現することは現時点では医学的に実証されていない。」(乙22)と端的に記述されており,平成3年審議会答申(乙98)においても同様の見解が述べられている。 a 病理学的所見水俣病は,体内に取り込まれたメチル水銀が血流を介して全身に分布し,大脳,小脳等の神経系の複数部位に器質的障害を与えることによって発症するものであり,それらの複数の障害部位が,単独で障害されるという例はなく,程度の差があってもすべて等しく障害されることが病理学的に確立した知見であり,四肢末梢優位の感覚障害等の単一症候のみが発現するということが想定し難いことは明らかである。 水俣病関係の剖検例が450例に達し,世界的に見ても最多の経験を有するP35及び水俣病の権威である神経内科医のP25による研究(乙42)によれば,認定申請を棄却された後,再申請している途中で死亡した者で,昭和50年12月から平成3年11月までに剖検された101例のうち四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する21例について,神経系にメチル水銀によると認められる特徴的な障害パターンを示したものは,わずか2例のみであったことが報告されている。 b 臨床医学的知見臨床医学的知見に照らしても,水俣病において四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する例が少なく,通常想定し難いものであることは,代表的な水俣病の臨床医であるP21,P22,P15及びP85医師の関連事件における証言等(乙118,149の2,171の1,194の2)から明らかである。 P16の新潟水俣病に関する大規模な住民調査の研究成果の報告(乙195)によれば,感覚障害 における証言等(乙118,149の2,171の1,194の2)から明らかである。 P16の新潟水俣病に関する大規模な住民調査の研究成果の報告(乙195)によれば,感覚障害のみの症例については,いずれも軽度であっても他の小脳症状や聴力障害などの症候が併存していることが明らかにされており,要するに純粋に感覚障害のみしか示さない症例はないと認められている。 cP86教授らの2次研究班報告についてP86熊本大学教授(以下「P86」という。)らによる2次研究班の研究結果(乙59,120)からも,四肢末梢優位の感覚障害のみの水俣病が極めて少ないことは明らかである。 同調査研究は,水俣病患者の公式発見(昭和31年)から15ないし17年後の昭和46年から48年にかけて,最も濃厚な汚染地区である水俣市の三地区(α22,α25,α26)と汚染の比較的軽いα8地区及び対照としてα27地区について行った調査によるもので,熊本における汚染地区住民の多数を網羅したものと考えられる。その結果,知覚障害についてはα1地区と他地区との間に,有意差がみられないので,知覚障害だけの場合,メチル水銀の影響も考えられるが,他の原因の混入も考慮されなければならないと指摘している。 第2年度の研究において精密検診をしているが,どのような基準に基づいて水俣病,水俣病の疑い,診断保留の判断を行っているのか判然としないため,その診断の正当性について評価することができない ものの,その点をおいたとしても,感覚障害のみの例はα1地区では診断保留を含めて11例,α8地区では3例にすぎないのであり,感覚障害のみを呈する症例が極めて少ないことは明らかである。 ものの,その点をおいたとしても,感覚障害のみの例はα1地区では診断保留を含めて11例,α8地区では3例にすぎないのであり,感覚障害のみを呈する症例が極めて少ないことは明らかである。 d バキルらの研究について昭和51年に発行されたWHOの環境保健クライテリア(甲76)に引用されているバキルらの研究報告を根拠として,最も軽度の水俣病として四肢末梢優位の感覚障害のみのものが存在すると推認することは誤っている。バギルらの研究報告は,1972年(昭和47年)にイラクで発生した消毒小麦によるメチル水銀中毒事件に関するものであるが,そこで指摘された知覚障害とは,初発症状としての「四肢及び口囲のしびれ感ー知覚異常」で,「自覚症状としてのしびれ感(パレステジア)」を指している。1990年に世界保健機関が発行した「環境保健クライテリア101・メチル水銀」においては,「イラクの事件では多くの症例でパレステジアは一時的であった。」(甲77)とされており,バキルらが報告しているパレステジアが,水俣病にみられる持続的な表在感覚等の低下による感覚障害とは異なるものであることは明らかである。 さらに,同じイラクの中毒事件についてのP33らの報告(乙198)によれば,感覚障害がむしろ血中水銀濃度の高かった例において認められ,中毒の重症度と血液中水銀レベルの間には相関関係がないとされており,研究者によって,感覚障害の発症閾値が低いかどうかについて全く異なった結論が出されていて見解が一致していない。 (エ) 日本精神神経学会・研究と人権問題委員会等による見解について被控訴人は,日本精神神経学会・研究と人権問題委員会等による見解(甲20,138)により,感覚障 いない。 (エ) 日本精神神経学会・研究と人権問題委員会等による見解について被控訴人は,日本精神神経学会・研究と人権問題委員会等による見解(甲20,138)により,感覚障害のみで水俣病と診断することが相当であると主張するが,以下のとおり同見解は失当である。 a 疫学指標による個別因果関係の証明は失当であること上記見解は,曝露群寄与危険度をもって,個々人が水俣病に罹患していることを高度の蓋然性で証明できるとする点において,失当である。 曝露群寄与危険度は,個々人の水俣病に罹患しているか否かの診断の確からしさ(蓋然性)を示すものではなく,曝露群において,曝露がありかつ有病者と診断されたことを前提として,その曝露群の有病者集団のうち,当該危険因子の曝露が発症原因となった割合を示すものである。そのため,この曝露群寄与危険度をもって,直ちに個々人が水俣病に罹患しているか否かの蓋然性を論ずることは,明らかに曝露群寄与危険度の誤用である。疫学に基づく指標は直ちに特定個人の疾病罹患の蓋然性の高さを示すものではない,言い換えれば,個々人の疾病と曝露との個別的な因果関係に言及しているものではないというのが,疫学における基本的常識である(乙108,396,397)。 b 高度なメチル水銀曝露の仮定が失当であること上記見解では,「検診受診者各人について曝露の程度を評価したわけではない」としながら,「検診受診者が『高度有機水銀曝露地区に居住していること』をもって,高度の有機水銀曝露を受けたものとみなす」との仮定による処理が行われている。しかしながら,特定地域に居住していたという事実をもって高度のメチル水銀曝露があると仮定すること自体が,根本的に誤っ て,高度の有機水銀曝露を受けたものとみなす」との仮定による処理が行われている。しかしながら,特定地域に居住していたという事実をもって高度のメチル水銀曝露があると仮定すること自体が,根本的に誤っているのである。 c 複数の疫学調査結果の恣意的組合せによる数字の創出上記見解は,曝露群として,P86らによる調査(乙59)及びP18医師らによる調査(甲102)を,非曝露群として,長崎県における調査(乙110,398)及び熊本県における調査(乙111) を,それぞれ選択し,それらを組み合わせて寄与危険度割合を算出しているが,これら調査のほかにも,例えば曝露地域におけるものとしては,発生初期に新潟県において2万人以上の住民らを対象とする詳細な一斉調査を実施したP16らによる調査や,鹿児島県において住民7万人以上を対象としたP22らによる調査があり,いずれも神経内科の専門医による規模が大きい調査であるにもかかわらず,これらの調査結果を援用しておらず,不自然である。 d 診断方法が異なる複数の調査を同列に扱うことの不当性複数の基準や背景事情を異にする調査については,調査間の検査者,基準,解釈などの差違から生ずるバイアスを何ら考慮しないまま,単純に数値を合算した上で寄与危険度を算定しても,そこに何らかの有意な疫学的統計的情報を見い出すことはできない。そうした差違を考慮しないとすれば,そこから得られる寄与危険割合の数値に著しい違いが生ずるのは当然であり,適宜の調査を組み合わせることによっていかなる数値も容易に導くことができることになってしまう。 キ 52年判断条件は例外を許さないものではないこと控訴人は,52年判断条件の症候の組合せに該当しないことをもって直ちに被控訴 かなる数値も容易に導くことができることになってしまう。 キ 52年判断条件は例外を許さないものではないこと控訴人は,52年判断条件の症候の組合せに該当しないことをもって直ちに被控訴人は「水俣病」ではないなどと主張するものではない。 52年判断基準は,公健法に基づく「水俣病」の認定において,その判断の公平性,連続性,統一性を保ち,迅速かつ公正な処分を実現するために,公健法が定める「水俣病」と「通常」認められる範囲を明らかにしたものであって,その症候の組合せに該当しない者について一切「水俣病」と認定することができないといった制約を課しているものではなく,52年判断条件が規定する症候の組合せに該当しない場合には,個別の慎重な判断を要するものの,認定審査会の高度の学識と豊富な経験に基づく総合的な判断により医学的な認定判断を行うことも許容される余地がある。 例えば,四肢末梢優位の感覚障害のみの場合であっても,死後の剖検によりメチル水銀の影響による特徴的な障害部位が確認できた場合や,水俣病を発症し得るだけの濃厚なメチル水銀曝露の事実を毛髪水銀値等の客観的資料により確認でき,曝露時期と症候の発症時期が整合し,他疾患等の他原因の可能性も否定できるなど,広くコンセンサスがある医学的知見に照らして水俣病でない可能性が水俣病である可能性を上回らないと判断し得る場合には,「水俣病」と認定する余地があるのである。 したがって,52年判断条件の合理性ないし正当性を検討するに当たっては,その判断条件に該当する症候の組合せが存在しない限り,公健法上の水俣病と認定される余地が一切ないという前提に立つのは誤りである。 ク公健法以外の行政的及び立法的施策による正当性の裏付け昭和44年12月に救済法が制定されたことを皮 公健法上の水俣病と認定される余地が一切ないという前提に立つのは誤りである。 ク公健法以外の行政的及び立法的施策による正当性の裏付け昭和44年12月に救済法が制定されたことを皮切りに,昭和48年10月には救済法の後身である公健法が制定され,その後もこれに加えて種々の行政的な救済策が講じられ,平成21年には新たに更なる立法的な救済策が講じられた。 これらの多彩な救済策は,メチル水銀に起因するとされる健康被害の症候が,当初のハンターラッセル症候群から次第に多様化してゆく状況の中で,52年判断条件の医学的正当性を前提として,それぞれ固有の趣旨・目的をもって異なる範囲の者を救済対象ととらえてきたものであり,これらが全体として,我が国におけるメチル水銀に起因する健康被害に係る多様な被害に応じた救済を実現している。 公健法上の「水俣病」の認定につき,52年判断条件を無視することは,これらの救済体系の根幹を否定することにもなりかねない。各措置には予算措置が講じられているし,あるいは立法的な措置などの救済策が講じられているということは,立法府自身が,公健法に基づく認定にはその解釈上,制度的な限界があることを正当なものとして認めていることの証左で ある。 (ア) 救済法及び公健法による立法的救済a 救済法昭和45年2月から全面施行された救済法は,公害の原因者たる加害企業による損害賠償がされるまでの間の応急的な行政上の特別措置として,緊急に救済を必要とする健康被害者に対して医療費等を支給することを目的として制定された法律である。 すなわち,損害賠償請求訴訟による救済を図ろうとすると,故意過失の有無,因果関係の究明等の点で立証に困難を伴う場合が多く,また,裁判の結論を得るまでに することを目的として制定された法律である。 すなわち,損害賠償請求訴訟による救済を図ろうとすると,故意過失の有無,因果関係の究明等の点で立証に困難を伴う場合が多く,また,裁判の結論を得るまでには長期間を要し,緊急に救済を必要とする健康被害の救済には間に合わない場合が多いため,救済法は,公害に係る健康被害者のうち一定の範囲の者について迅速かつ適正に救済することを目的とする行政上の制度として制定されたものである。 b 公健法昭和49年9月1日から全面施行された公健法は,個別の損害賠償請求訴訟による救済を前提とする上記のような救済法の限界を乗り越え,公害による健康被害者の救済を迅速かつ公正に行うため,民事責任を踏まえつつも,損害賠償請求訴訟によらずに,一定の基準の下で一定の給付を行って損害を填補しつつ,その費用を汚染原因者に負担せしめるという仕組みを行政上の制度として確立する,本格的な被害補償制度として制定された法律であり(乙132),逸失利益の補填たる障害補償費を始めとして7種類に上る補償給付を定め,給付内容の充実を図るとともに,裁判よりも簡易化された画一的・定型的要件の下で迅速に給付を行うことにより,緊急に救済を図ることが必要な一定範囲の公害による健康被害者の迅速かつ公正な保護を図ることとしたものである。 これにより,メチル水銀に起因する健康被害を訴える者の多くを救済することが可能となったが,四肢末梢優位の感覚障害のみの症候を訴える者については,客観性に乏しく,しかも他の疾病を原因とすることも少なくない非特異的な症候であって,公健法の制度的枠組みの中で救済することが困難であるため,その救済は,なお損害賠償請求訴訟による個別の司法的救済にゆだねられていた。 (イ) 特別医療事業特別 非特異的な症候であって,公健法の制度的枠組みの中で救済することが困難であるため,その救済は,なお損害賠償請求訴訟による個別の司法的救済にゆだねられていた。 (イ) 特別医療事業特別医療事業は,公健法の制度的枠組みの中で救済できない者のために講じられた最初の行政的な救済策である。 すなわち,昭和60年当時,水俣病認定申請者が増大し続け,そのうち再申請以上の者の割合が増加していたところ,60年専門家会議の意見においても,「水俣病と診断するには至らないが,医学的に判断困難な事例があることについて留意する必要がある」(乙22)との意見が付記されていた。これらの状況を受けて,国として広くこの問題に対応し,このような者に対して医療費の助成を行い,その病状の原因を解明していくことが今後の水俣病対策の円滑な推進に資すると判断し,昭和61年度から実施された事業である。なお,同事業は,下記の水俣病総合対策事業の実施に伴って平成4年5月に廃止された。 (ウ) 水俣病総合対策医療事業水俣病総合対策医療事業は,過去に通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性がある者に対し健康診査等を実施するとともに,水俣病とは認定されないものの水俣病にもみられる四肢末端の感覚障害を有する者に対して,療養費及び療養手当を支給することにより,これらの者の健康管理及び症候の原因解明を行い,もって当該地域における社会問題ともなっている健康上の問題の軽減・解消を図ることを目的として,平成4年度から実施された事業であり,その申請は,平成7年3 月31日までにしなければならないものとされた。 (エ) 平成7年政治解決に伴う水俣病総合対策医療事業の再開平成7年には,当時の与党3党合意を原因企 その申請は,平成7年3 月31日までにしなければならないものとされた。 (エ) 平成7年政治解決に伴う水俣病総合対策医療事業の再開平成7年には,当時の与党3党合意を原因企業等の関係当事者が受け入れて合意に至った。この合意を受けて,講じられた措置の一つが,水俣病総合対策医療事業の再開であった。 (オ) 別件訴訟最高裁判決後の救済策前記第2の5(7)オのとおり,別件訴訟最高裁判決後に国による救済策が実施された。 さらに,水俣病総合対策医療事業を拡充し,医療手帳については,療養手当の支給要件を緩和し,温泉療養費を支給対象として追加するなどし,保健手帳についても,医療費の給付上限額を廃止して全額支給とするなどした。なお,この水俣病総合対策医療事業において保健手帳の対象となった者は,別件訴訟最高裁判決後の人数のみで,平成22年3月末時点において,約2万7000名に及んでいる。 (カ) 特別措置法による立法的救済a 概要平成21年7月15日,公健法に基づく判断条件を満たさないものの救済を必要とする者を「水俣病被害者」として受け止め,その救済を図り,地域における紛争を終結させ,いわゆる水俣病問題の最終解決を図り,環境を守り,安心して暮らしていける社会を実現すべく,「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」(平成21年法律第81号。以下「特措法」という。)が公布され,即日施行された。特措法は,まさしく立法府が公健法の認定が52年判断条件に従って行われることを前提として立法したものである。 特措法及び同法を受けた救済措置の方針では,通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があり,かつ 断条件に従って行われることを前提として立法したものである。 特措法及び同法を受けた救済措置の方針では,通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があり,かつ,①四肢末梢 優位の感覚障害を有する者又は②全身性の感覚障害を有する者その他四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者については,その者の申請に基づいて,一定の要件を満たした場合に,一時金(210万円),療養費,療養手当を支給することとされている。 b 実施状況特措法及び救済措置の方針に基づく給付申請は,平成22年5月の受付開始以降同年7月末時点で,合計3万3000人以上に及ぶ多数に及んでおり,また,損害賠償請求訴訟を提起している団体についても,現在,各地の地裁(熊本地裁,大阪地裁,東京地裁及び新潟地裁)において和解による解決を図るための協議や手続を進めている。 2 被控訴人は「水俣病」とは認められないこと水俣病の主要症候のうち,被控訴人に見られる症候は,四肢末梢優位の感覚障害のみである。したがって,52年判断条件の症候の組合せに該当しない本件では,広くコンセンサスのある医学的知見に照らして,被控訴人が「水俣病」と認められる事情が存するか否かにつき,別途慎重な判断がされなければならないのであるが,被控訴人の呈する感覚障害は,その発症時期や発症後の経過に照らして水俣病によるものとは考え難く,その所見の信頼性も低いものであり,さらに,被控訴人の呈する感覚障害の原因として,変形性脊椎症等の他疾患の可能性も十分に考えられることから,「水俣病」と認めることはできない。 (1) 争点効もしくは信義則に反するとの控訴人主張について被控訴人は,別件訴訟において,被控訴人が水俣病である 能性も十分に考えられることから,「水俣病」と認めることはできない。 (1) 争点効もしくは信義則に反するとの控訴人主張について被控訴人は,別件訴訟において,被控訴人が水俣病であることが判断されており,争点効もしくは信義則により,本訴において控訴人が争うことは許されないと主張する。 争点効の理論が認められないことは,被控訴人自身が認めるところである。 また,前記のとおり,損害賠償請求訴訟における要件と公健法に基づく要 件は全く異なり,認定手法も異なるものであって,別件訴訟においては,被控訴人が公健法上の「水俣病」であるか否かについては,何ら判断されていない。したがって,被控訴人が援用する最高裁判決に照らしても,被控訴人が公健法上の「水俣病」であるとの期待は正当に保護されるべきものではなく,控訴人の主張には,信義則に反する事情は存在しない。 (2) 本件処分時の被控訴人の症候は四肢末梢優位の感覚障害のみであることア被控訴人には小脳性の運動失調は認められない(ア) 水俣病にみられる運動失調の特徴水俣病にみられる運動失調は,主として小脳の障害に起因する小脳性の運動失調であって,小脳虫部及び小脳半球が共に損傷され,また左右とも同程度に及ぶ全小脳性の障害によるものである(乙201)。 このように左右同程度の全小脳の障害によるものであることから,通常は,協調運動障害と平衡機能障害が左右とも同程度に出現し,また,上肢と下肢の検査所見の間にも,顕著な所見の差はみられず,ことに半身性に現れることはない。したがって,運動失調が左右の一側にのみ生じている例,上肢のみ,あるいは下肢のみに生じている例,協調運動の異常所見が乏しいにもかかわらず平衡機能のみに顕著な異常 ず,ことに半身性に現れることはない。したがって,運動失調が左右の一側にのみ生じている例,上肢のみ,あるいは下肢のみに生じている例,協調運動の異常所見が乏しいにもかかわらず平衡機能のみに顕著な異常を示している例については,水俣病にみられる全小脳性の運動失調であると判断することができないか,少なくとも慎重な検討,吟味を要する(乙41,70,202)。 小脳性の運動失調,特に小脳性の協調運動障害においては,各試験結果に共通する特徴がみられる。すなわち,①測定異常,②反復拮抗運動障害,③運動分解,④協働収縮異常,⑤企図振戦,⑥時間測定障害といった要素がみられ,運動が時間的空間的に不規則になる点に特徴があり(乙5,70,205),これら六つの要素がほぼすべてそろって出現するのが通常である(乙41)。したがって,各種の検査結果相互に矛 盾がないかどうか,全体として整合性のとれるものであるかどうかを医学的知見に照らして判断し,運動失調の有無や運動失調が水俣病にみられる全小脳性のものであるかどうかを慎重に判断することが求められるのである。検査結果の総合判断によることは神経内科における診断の常識である(乙5,70,202ないし204)。 (イ) 被控訴人には一貫して小脳性運動失調が認められないこと1回目の申請,本件申請及び3回目の申請のそれぞれについて,被控訴人は,いずれも一定以上の水準にある神経内科等の専門医による検診を受け,あるいは疫学的調査を受けている。昭和49年8月(甲94,乙207の2),昭和53年5月(甲95,乙207の3),昭和54年10月27日(甲28,乙199の2),同月28日(甲29,乙199の3)及び平成8年12月(乙209の2)の合計5回にわたる専門医によ 7の2),昭和53年5月(甲95,乙207の3),昭和54年10月27日(甲28,乙199の2),同月28日(甲29,乙199の3)及び平成8年12月(乙209の2)の合計5回にわたる専門医による検査のいずれにおいても,○の後遺症等による左下肢ないし下肢の運動障害を認めるものの,小脳性の運動失調を示す所見は認められない。 なお,本件申請時にみられた動作の緩徐(slow)をもって,後の運動失調の端緒であったと判断することが医学的に誤っていることは後記のとおりであるが,そもそも被控訴人は,本件申請時の検査においては,動作全般がゆっくりであったことが認められるから,運動失調の検査時における緩徐をもって,異常所見とみることはできない。 (ウ) 運動の緩徐は小脳性運動失調の端緒ではないこと神経内科学における代表的な教科書においても,小脳性運動失調の特徴は,前記①ないし⑥の六つの要素であるとされており,動作の緩徐は要素とはなっていないし,協調運動障害の検査において注意すべき所見にも挙げられていない(乙211)。小脳性の運動失調においては,上記六つの要素が相まって運動障害を来すために,運動が時間的空間的に 不規則になって巧緻性が失われることから,その結果として動作が緩徐となるという二次的な現象が発現するのであり,動作の緩徐が発現するから運動失調であるというものではない。言い換えれば,動作の緩徐は,小脳性運動失調において,それのみが単独で出現するような特徴ではないのである(乙70,202,212)。 (エ) 運動失調に関するP6病院の検診結果に依拠できないこと本件処分の適法性を判断するに当たり,本件処分後のP6病院における検診結果を考慮する必要性 212)。 (エ) 運動失調に関するP6病院の検診結果に依拠できないこと本件処分の適法性を判断するに当たり,本件処分後のP6病院における検診結果を考慮する必要性はないが,同検診結果に基づいて被控訴人に小脳性の運動失調があると認めることは,以下のとおり明らかに誤りであることを念のため付言する。 a 運動失調がP6病院でのみ認められる不自然性まず,被控訴人は,昭和55年,58年及び61年にP6病院の検診を受けている(乙200,213,214)ところ,昭和49年8月,53年5月,54年10月27日,同月28日及び平成8年12月に公的検診を受けており,時期的にP6病院における検診の前後を含む合計5回の公的検診においては,一貫して運動失調が認められなかったにもかかわらず,同病院の各検診録においてのみ小脳性の運動失調が認められたということは不自然である。 また,P6病院における3度にわたる検診の後の平成8年12月の公的検診において,小脳性の運動失調,特に上肢の協調運動障害が明らかに認められなかったことからすると,本件処分後の昭和55年以降に被控訴人の運動失調が増悪したと仮定することもできず,かかる仮説も成り立たない。 b 所見間の整合性の欠如次に,P6病院の検診録における所見には所見間の整合性がなく,容易に信用し得ないものである。 すなわち,昭和55年以降のP6病院における3度の検診結果では,指鼻試験,ジアドコキネーシスについて,「+~±」の所見が確認され,膝踵試験でもやや左優位に障害が確認されたようであるが,昭和58年,昭和61年にそれぞれ実施された書字検 おける3度の検診結果では,指鼻試験,ジアドコキネーシスについて,「+~±」の所見が確認され,膝踵試験でもやや左優位に障害が確認されたようであるが,昭和58年,昭和61年にそれぞれ実施された書字検査の結果は問題のないものであり,これは,上肢の協調運動障害があるとする前記の各所見と整合的に理解できないものである。 しかも,左下肢の膝踵試験については,昭和54年10月の公的検診においては(乙199の1),既に左下肢の麻痺・脱力のために検査不能であったにもかかわらず,昭和55年のP6病院の検診では,「++」の所見となり(乙213),昭和58年の同病院の検診では,やはり麻痺のために検査不能となったが,その後の昭和61年10月の検診では,検診録に「左下肢麻痺」と明記しているにもかかわらず「++」と判定される(甲55及び乙200)などしているところ,被控訴人の○後遺症は徐々に悪化していたのであるから,このように短期間の間に,麻痺による検査不能から「++」という中等度の障害を示し,さらに麻痺により検査不能となるということを繰り返すことは考えがたく,極めて不自然である。 この点,別件訴訟第2審判決においても,P6病院の所見の信用性に疑問があるとして,小脳性運動失調の所見は認められないと正当に判示されている(乙34の3)。 c 平衡機能障害検査とロンベルグ検査について平衡機能障害(起立歩行障害)の検査について,昭和55年の歩行時動揺の検査で「左足を少しひきづる」とあり(乙213),昭和58年,61年の歩行時動揺の検査では,いずれも麻痺性歩行左となっており,特に,昭和61年のつぎ足直立,足踏み偏倚の検査では,麻痺のため不能,不安定という付記があることに照らすと(乙200 ),昭和58年,61年の歩行時動揺の検査では,いずれも麻痺性歩行左となっており,特に,昭和61年のつぎ足直立,足踏み偏倚の検査では,麻痺のため不能,不安定という付記があることに照らすと(乙200), 被控訴人の平衡機能障害は,明らかに○による左下肢の麻痺・脱力を主とする運動系の神経障害の影響を受けたものであって,P6病院の検診結果によっても,被控訴人に小脳性の平衡機能障害があるとは認められない。 さらに,ロンベルグ試験における陽性判定は,小脳性障害を否定する方向の所見であり,むしろ変形性脊椎症等の脊髄の障害を肯定する所見である(乙216)が,昭和55年,58年,61年のP6病院における各検診において,ロンベルグ試験が陽性の異常所見を示している。 イ被控訴人には小脳性の構音障害が認められないこと(ア) 水俣病にみられる構音障害は小脳障害によるものであること水俣病にみられる構音障害は,小脳障害に起因して出現するものであって,発語に関係する構音器官,すなわち口唇,舌,口蓋などの筋やそれらを動かす神経に麻痺等がないにもかかわらず,うまく喋れないものである。 構音障害は様々な原因によって生じるものであるから,その症状が小脳障害によるものであるか否かを検討することが必要である。具体的には,構音障害が,ゆっくりした,不明瞭な,滑らかさを欠く,爆発性のいわゆる断綴性言語という小脳障害を示唆するタイプのものであるかを吟味し,併せて,四肢の協調運動障害,平衡機能障害等の他の小脳障害を示唆する所見が存するか否かという点とを総合して判断する必要があるのである(乙5,70,211,212の1)。 (イ) 被控訴人には小脳性の構音障 障害,平衡機能障害等の他の小脳障害を示唆する所見が存するか否かという点とを総合して判断する必要があるのである(乙5,70,211,212の1)。 (イ) 被控訴人には小脳性の構音障害が認められないことa 公的検診の資料による検討被控訴人には,昭和54年10月28日の精神科の検診において,唯一,構音障害が認められただけであり,その他の前後4回の神経内 科による検診の際には,構音障害は認められていない。 なお,昭和53年の検診録においては,「軽度の喃語に近い感じと,多少とも,aphasia傾向がある様である。timing(タイミング)が遅れる傾向あり」と記載されているところ,この「aphasia」とは,「ataxia(失調)」ではなく,失語という意味であり,失調傾向を認めたものではない。水俣病にみられる構音障害においては,失語を来すことはないのであるから(乙70),この所見は,むしろ水俣病にみられる構音障害を否定する方向のものである。 昭和54年10月28日の所見については,水俣病にみられる小脳障害は,器質性の障害であるから,メチル水銀曝露が終了した後で,短期間に症候が著しく変動することは考えられないところ,被控訴人にみられた構音障害は,昭和54年10月27日にはみられなかったのが,その翌日になって発現するとの著しい変動を来している上,その他の公的検診においてはみられない一過性の所見であることから,この点のみをとらえても,水俣病の根拠となるような有意な所見ではないことは明らかである。 さらに,昭和54年10月28日の構音障害が,水俣病にみられる小脳性障害に起因するかどうかについ らえても,水俣病の根拠となるような有意な所見ではないことは明らかである。 さらに,昭和54年10月28日の構音障害が,水俣病にみられる小脳性障害に起因するかどうかについては,小脳性運動失調等の他の小脳障害の所見と総合考慮して慎重に判断することが重要であるところ,被控訴人には,本件処分時を含めて小脳性の協調運動障害や平衡機能障害を示す所見は認められない上,小脳障害の影響もある中枢性の眼球運動障害も認められないのであるから,結局,被控訴人に一過性に認められた構音障害をもって,水俣病の根拠となる有意な所見とみることはできないというべきである。 なお,昭和54年10月28日の検診をした医師は,構音障害の原因について,「構音障害についても脳腫瘍との関連?」と記載して, 脳腫瘍のために正確な発音・発語に必要な筋肉に筋力低下が生じた結果の構音障害を疑っている。 bP6病院の検診録による検討P6病院の昭和61年の検診録から構音障害が認められるとして,これに前記の昭和54年10月28日の記載を併せ考慮して,昭和54年頃には構音障害が疑われる状況にあったところ,これが昭和61年にかけて増悪したものと判断することは,平成8年12月の公的検診において構音障害は認められていない(乙209の1)のであるから,成り立たない判断である。しかも,濃厚な汚染があった昭和33,4年から20年以上も経過し,昭和44年頃からみても10年以上経過した昭和54年頃になって,水俣病にみられる症候が増悪するというのは想定し難く,それがメチル水銀の影響である可能性は極めて乏しいといえるのである。 さらに,P6病院の構音障害の検診結果については,信用性 にみられる症候が増悪するというのは想定し難く,それがメチル水銀の影響である可能性は極めて乏しいといえるのである。 さらに,P6病院の構音障害の検診結果については,信用性を認めることができない。すなわち,P6病院の昭和61年の検診録は,別件訴訟の各原告に係る検診によるものであるが,その要約をみると,被控訴人同様,検査結果でラ行とパ行が拙劣であるのに,要約では,被控訴人と異なって,構音障害なしとされているもの(乙218)や,反対に,検査結果ではラ行,ナ行,パ行がいずれも正常であるのに,要約では構音障害ありとされているもの(乙219)もあり,明らかに判定に齟齬を来している。 また,同訴訟における各原告の中には,パ行のみの拙劣により,構音障害ありと判定されている者もいる(乙220の1・2,221)が,パ行は,口唇を使う発音であり,唇の力が弱いと異常が見られるものであるから,顔面筋の筋力の低下をみる所見であって,失調性とは無関係であり(乙212の1),パ行が拙劣であるとの所見をもっ て小脳性失調としての構音障害と判定することは神経内科学の常識に反するものである(なお,P9は神経内科医ではない。乙222)。 このように,P6病院における構音障害の判定は,どのような場合に小脳性の構音障害と判定するかについての基本的な理解を欠くものというほかない。 さらに,この点に関連して,別件訴訟第2審判決における被控訴人に係る判示の中でも,「P9・P80医師の判定方法では,断綴性であるかどうかの吟味が十分ではない」(乙34の3)とされているところであるが,小脳性の構音障害であると判断するためには,その特徴である断綴性であるかどうかの吟味は不 80医師の判定方法では,断綴性であるかどうかの吟味が十分ではない」(乙34の3)とされているところであるが,小脳性の構音障害であると判断するためには,その特徴である断綴性であるかどうかの吟味は不可欠であり,その吟味が不十分な所見をもって,小脳性の構音障害があると認めることはできないことは明らかである。 ウ求心性視野狭窄が認められないこと眼科検診において,両眼とも視野狭窄は認められなかった。 エ後迷路性難聴が認められないこと前記のとおり,水俣病にみられる難聴は,伝音性難聴ではなく感音性難聴であり,感音性難聴のうちでも,大脳側頭葉の側脳溝に面する横回領域の障害に起因する後迷路性難聴である。そして,被控訴人については,耳鼻咽喉科検診において行われた純音聴力検査の結果では,両耳,特に右側に伝音性難聴が認められ,中枢性神経障害に由来する感音性難聴とは異なっている。また,高音部には両側の閾値上昇がみられ,その結果のみからは,一見後迷路性難聴の可能性を全否定することはできないようにもみえるが,骨導値は正常であり,聴覚疲労現象は認められないことから,その閾値上昇は,外耳道,鼓膜,耳小骨のいずれかの部分の障害によるものと考えるべきものであった。 また,語音聴力の一部悪化が認められたため,後迷路性難聴の可能性も 完全には否定できなかったが,後迷路性難聴を判定するより客観的な検査である聴力疲労の検査では何ら異常を認めないのであるから,後迷路性難聴の可能性を否定できないにしても,その可能性は極めて小さいといえる。 オ中枢性眼球運動障害が認められないこと滑動性追従運動で軽度の異常が疑われたが,有意な所見とはいえず,衝動性運動,前庭動眼反射は,共に異常が認 の可能性は極めて小さいといえる。 オ中枢性眼球運動障害が認められないこと滑動性追従運動で軽度の異常が疑われたが,有意な所見とはいえず,衝動性運動,前庭動眼反射は,共に異常が認められなかったことから,中枢性眼球運動障害はないものと判断されるべきものである(3) 被控訴人の感覚障害は水俣病に起因するものとは考え難いことア被控訴人のメチル水銀の曝露状況昭和31年11月頃以降,被控訴人がα1湾等のメチル水銀に高度に汚染された魚介類を大量かつ長期にわたって多食していたとは到底考えられず,その点にかかる被控訴人の供述は信用し難い。 (ア) 水俣市付近における一般的なメチル水銀の汚染状況魚介類の水銀値の推移や住民の毛髪水銀値,出生児の臍帯の水銀濃度などの客観的数値に基づいて検証しても,α1湾及び不知火海におけるメチル水銀の汚染状況が濃厚であったのは,昭和35年頃までであり,それ以降,汚染状況が改善したものと推認される。 ちなみに魚介類の水銀濃度及びメチル水銀の発症閾値に照らせば,魚介類の水銀濃度が急激に低下した昭和38年以降であれば,α1湾産の魚介類を,毎日平均して日本人の魚介類平均最大摂取量を食べ続けたとしても,水俣病が発症するとは通常は想定し難い。 aP1P10工場からのメチル水銀の排出状況P1P10工場において生成されたメチル水銀を含む工業排水は,昭和7年から昭和43年5月のアセトアルデヒド生産停止までの36年余りの間排出されたが,排水を中止する以前の昭和35年8月からは,メチル水銀が含まれていた精ドレン排水をアセトアルデヒド製造 施設内で循環させる装置内循環方式を採用し,昭和41年6月からは,アセトアルデヒド製造施設をはじめ工場内の各種製 年8月からは,メチル水銀が含まれていた精ドレン排水をアセトアルデヒド製造 施設内で循環させる装置内循環方式を採用し,昭和41年6月からは,アセトアルデヒド製造施設をはじめ工場内の各種製造施設から排出される排水全てを再使用する完全循環式を採用した。そのため,昭和35年8月以降,事故等が発生していない限り,メチル水銀を含有する工場排水の排出は,ほとんどなかった(乙306)。 b α1湾及び不知火海におけるメチル水銀の汚染状況の変化α1湾におけるメチル水銀の汚染状況については,昭和40年代に入り検出技術の向上に伴ってメチル水銀が検出できるようになるまでは,総水銀値の調査結果しか見当たらないものの,P1P10工場が装置内循環方式を採用した直後の昭和36年以降,当初12ppmを超えていた魚介類の総水銀値は急激に低下しており,昭和38年には4ppm(昭和48年に厚生省が出した魚介類の水銀の暫定的規制値の通知の根拠となった数値で,安全率10分の1を掛ける前の数値である。乙305参照)を下回り,昭和40年にかけて,約5ppmまで一旦上昇するものの,その後も急激に低下し,昭和41年以降は,1ppm以下までになり,以降は横ばい状態で推移している。この数値をメチル水銀値に換算すれば(総水銀値に対するメチル水銀値の割合は,国際的には3/4が支持されている。),昭和38年には,メチル水銀値は3ppmを下回っており,昭和40年にかけて上昇するも,その最大値も3.75ppm程度となり,いかに魚介類を多食したとしても水俣病を発症することが通常想定し難い程度の濃度にまで減少している(乙178)。 なお,昭和38年以降,一次的に魚介類の総水銀値が高くなっていることについては,事故等の何らかの原因により一時的に 俣病を発症することが通常想定し難い程度の濃度にまで減少している(乙178)。 なお,昭和38年以降,一次的に魚介類の総水銀値が高くなっていることについては,事故等の何らかの原因により一時的に工場からメチル水銀が排出されたものと推定される(乙306)。 不知火海における海水中のメチル水銀濃度は,不知火海の面積は, 382ヘクタールのα1湾に対し12万ヘクタールと広大であり,大量の海水に希釈されることから,排出先であるα1湾やα1川河口から遠ざかるにつれ相当程度低くなるし,魚介類のメチル水銀値も逓減する(乙307)。実際に,昭和47年11月のα1川河口沖の魚介類中のメチル水銀値は暫定的規制値の1/5程度である0.068ppm以下となっている(乙178)。 c 被控訴人の主張に対する反論被控訴人は,控訴人の上記主張を「虚構」であると主張して,その具体的な根拠として昭和44年6月付けの調査研究報告書(甲143)を挙げるが,同報告書には,昭和42年4月から昭和44年2月までのα1湾及びその周辺で採取したアサリ貝の総水銀値について,昭和43年まで水銀値の著明な減少がみられなかったとの記述があるのみである。かえって,同報告書によれば,アサリ貝の総水銀値に占める有機水銀の割合は,一般的な総水銀値に対するメチル水銀値の割合である約2/3ないし3/4よりも極めて少なく,2パーセントから40パーセントであったこと,実際のアサリ貝のメチル水銀値は,ほとんどが国の定める暫定的規制値0.3ppmを下回り,多いものでも1ppm程度であったことが明らかである。 d 住民の毛髪水銀濃度等から認められるメチル水銀汚染の状況α1湾及び不知火海沿岸住民の毛髪の水銀濃度についても,毛髪総 ppm程度であったことが明らかである。 d 住民の毛髪水銀濃度等から認められるメチル水銀汚染の状況α1湾及び不知火海沿岸住民の毛髪の水銀濃度についても,毛髪総水銀値が50ppmを超える者が,昭和35年には約300名であったが,昭和36年には100名未満にまで減少し,さらに昭和37年には10名程度にまで激減しており(乙178),魚介類の水銀濃度と同様に昭和36年以降に大きく低下しているのが分かる。また,水俣市周辺の昭和22年から昭和45年までの出生児57人の臍帯のメチル水銀濃度(乾燥重量)についても,昭和30年に最高値(2.2 58ppm)を記録して以降,昭和34年から徐々に低下している(同号証)。 e 患者の発生状況についてP1P10工場からの排出状況やα1湾等の汚染状況に対応するように,昭和35年になると患者の発生は減少し,同年10月を最後に患者の発生はなくなった。これ以降,昭和37年には,いわゆる胎児性水俣病の存在が認知されることになるが,これらの人々は,既に昭和34年以前に誕生しており,新たに患者が発生したわけではない(乙308,309)。 熊本大学のP87助教授(当時。以下「P87」という。)らは,患者多発地区の成人の約63%を占める1152名について健康調査を実施し,各人の問診結果から精査を要する24名を選び出し,これらの者について更に神経学的検査を行った結果,3名を水俣病,5名を一応疑わしい点はあるが経過をみるものと診断し,成人の水俣病につき,「90名近い患者と36名の死亡者を出して住民を恐怖のどん底に追い込んだ水俣病も昭和36年以来新患者の発生をみず漸く終息した様である。」との報告(乙309)を昭和38年に公表している。 ,「90名近い患者と36名の死亡者を出して住民を恐怖のどん底に追い込んだ水俣病も昭和36年以来新患者の発生をみず漸く終息した様である。」との報告(乙309)を昭和38年に公表している。 (イ) 魚介類摂取禁止の行政指導等と住民の魚介類摂取状況昭和31年11月頃以降,α1湾産の魚介類の水銀濃度が著しく低下した昭和38年頃までは,魚介類摂取禁止の規制状況からみて,住民が水俣病を発症し得る程度に高濃度に汚染された魚介類を長期的かつ大量に摂取することは容易に想定し難い。被控訴人は,魚介類を親族や行商人らからもらったり購入したりしていたと供述しているところ,仮に魚介類を取得した事実があったとしても,それらは操業自粛区域であるα1湾等以外の場所で漁獲したものと考えられる。 a 昭和31年の行政指導と報道 熊本県衛生部は,昭和31年11月,当時奇病とのみ認識されていた水俣病について,魚介類との関係が一応疑われたため,α1湾で漁獲された魚介類の摂食は危険であるので摂食しないよう住民を指導し,また,新聞記者に対しては,事態が重大であるのでα1湾の魚介類の摂食の危険性を大きく報道するよう依頼した(乙312の3,313,320,321)。 b 昭和32年の状況昭和32年1月25日と26日に,国立公衆衛生院において,厚生省,国立公衆衛生院,熊大研究班,控訴人等の各関係者による合同研究会が開かれ,その結果,魚介類の摂食が原因であるとの一応の結論に達し,このことは,各種報道機関によっても報道されたが(乙323),現地では奇病ノイローゼといわれる状況にあり,恐しがってα1湾内の漁獲は皆無の状態であった。α1湾の魚は一切売れず,P62漁協というだけで外海で捕れた魚も取引を断られ, も報道されたが(乙323),現地では奇病ノイローゼといわれる状況にあり,恐しがってα1湾内の漁獲は皆無の状態であった。α1湾の魚は一切売れず,P62漁協というだけで外海で捕れた魚も取引を断られ,市中に売りに出ても売れないので,湾内の操業は一切止めており,ほとんどの人が日雇いに出ている上,時には野菜類さえ売れない状況であった(乙324)。 また,控訴人は,α1湾内での漁獲を自粛するようにP62漁協に申し入れるなどした(乙325ないし327)。その結果,α1湾内及びα1湾沿岸における魚介類の摂取は事実上停止され,昭和31年12月以降新たな患者の発生はみられなくなった。 現地の漁業がほぼ操業停止の状態となったため,患者家族や漁民の生活に深刻な影響が生じ,P62漁協は,昭和32年2月に漁業被害対策委員会を発足させ,控訴人に対して補償を求める陳情を開始し,さらに,水俣市内の魚介類を提供する旅館,市場等やそこで就労する労働者らにまで売上が落ち込み生活に困るなどの二次的な影響が現れ始め,社会問題と化するに至っていた(乙313,325,328ない し331)。 c 監視船による監視と食品衛生法による規制の検討控訴人の水産課は,昭和32年5月頃から,密漁の監視船「P68」及び「P69」をα1湾に派遣して,操業の自粛が守られているかどうか監視した。昭和32年8月14日には,想定危険海域として,α28,α20島北端,α20島α29,α30を結ぶ線以内の海域とすることでP62漁協と合意に達し,漁獲を自粛すべき海域が明確にされた(乙340,341)。 さらに,α1湾内の魚介類を食品衛生法4条2号に基づき販売禁止とする方針であることが新聞等により報道されたことにより,改めて水俣市及びその周辺の住民に にされた(乙340,341)。 さらに,α1湾内の魚介類を食品衛生法4条2号に基づき販売禁止とする方針であることが新聞等により報道されたことにより,改めて水俣市及びその周辺の住民にその危険性を認識させる結果となった(乙342)。もっとも当時の食品衛生法4条2号の規定上,α1湾産の魚介類すべてについて同号に該当する食品として取り扱うことができないとの結論に達して,実際には同法に基づく規制は見送られた(乙326,345ないし347)。 昭和35年頃からは,P62漁協も独自に監視船を出して危険水域内の操業をしないよう24時間体制で毎日監視を行い,これを昭和39年頃まで継続した(乙325,336ないし338)。 d 新たな患者の発生と対策昭和33年8月11日,水俣市α14に住む少年が水俣病と診断され,昭和31年12月以来初めて,新たな水俣病患者が発生したことが確認されるに至った。少年は,昭和33年7月初めにα1湾内のα23湾の蟹を自ら捕獲し,多量に摂取していた(乙348)。 控訴人は,それまで約1年8か月にわたって患者が発生していなかったことから,α1湾内の魚介類に対する住民の警戒心が緩み,α1湾内で漁獲する者がいたためと判断し,現地のP64保健所を介して, 市の回覧板や地元の学校を通じてPR活動を行った(乙312の2,348)。 その結果,同年9月中旬に2名の患者の発生があったものの,それ以降は昭和34年3月まで新たな患者は発生しなかった。 e α1川河口付近海域の汚染の判明とそれに伴う対応等P1P10工場は,昭和33年9月ころから,アセトアルデヒドの排水経路をα15港からP88に変更し,その排水をα1川河口に排出していた(当時,控訴人はその事実を知らなかった。)。 に伴う対応等P1P10工場は,昭和33年9月ころから,アセトアルデヒドの排水経路をα15港からP88に変更し,その排水をα1川河口に排出していた(当時,控訴人はその事実を知らなかった。)。 昭和34年4月24日に,水俣市α31に住む男性が水俣病と診断され,これを契機に,α1湾以外の海域であるα1川河口付近の魚介類も危険視されることとなった。 そこで,P62漁協は,同年6月ころ,控訴人の水産課の指導に従って想定危険海域を拡大し,α16村α32からα20島外端,鹿児島・熊本県境を結んだ線までの海域における漁獲を自主的に禁止することを申し合わせた(乙340,352)。P62漁協による漁獲自粛は,幾度かの禁止海域の縮小を経たが,昭和39年5月まで継続された(乙340,352)。 fP89組合の不買決議P89組合は,昭和34年8月1日,水俣近海で捕れた魚介類は,想定危険海域以外のものであっても買わないこと及び市内漁民の獲った魚介類は一切買わないことを決議して同月3日から実施し(乙336,353ないし357),上記不買決議は,昭和37年5月まで継続された(乙359)。 (ウ) 被控訴人のα7開拓村での生活状況と危険の認識a α7開拓村の位置被控訴人が居住していたα7開拓村は,水俣市沿岸部ではなく,魚 介類を頻繁に取りに行くことが困難である。α7開拓村は,水俣市役所から道なりに約5.5kmの山間部に位置しており,高低差が約160から170mある(乙360)。昭和30年代には,α7開拓村へ行く道路は未舗装である上(乙362),α7開拓村から控訴人やその夫が夜釣りや貝を取りに行っていたとするα33港等までは,約6.5kmの距離であるから,未舗装の山道を使って往復するには,相当 村へ行く道路は未舗装である上(乙362),α7開拓村から控訴人やその夫が夜釣りや貝を取りに行っていたとするα33港等までは,約6.5kmの距離であるから,未舗装の山道を使って往復するには,相当の時間を要したことは優に推察されるところである。 そうすると,被控訴人の夫が夜釣りに行ったり,被控訴人が貝を取りに行ったことがあったとしても,頻繁であったとは考え難い。これを裏付ける事実として,現時点に至るまで,α7開拓村において,「水俣病」と認定された者は一人もいない(乙363)。 b 被控訴人の当時の生活状況は極めて多忙であったこと被控訴人は,α7開拓村に昭和28年に入植して以降,農業のほか,昭和33年頃から酪農も兼業しており,夫と二人だけで山を切り開いた1町6反の広さの荒地を開墾して野菜等を栽培していたほか,7頭もの乳牛を飼っており,日々,早朝3時半に起床して牛小屋の掃除をした後,搾乳した牛乳を業者に納めたり,餌となる牧草を刈りに行くなどといった作業を継続していたというのである。このように,被控訴人は,相当な重労働に従事しており,極めて多忙な毎日を送っていたにもかかわらず,その合間を縫い,かつ,山道を登り降りしてまで,わざわざ死の危険がある魚介類を頻繁に入手していたというのは,不自然であって容易に信用し難い。 また,昭和31年11月頃からα1湾での漁獲が自粛となり,昭和32年5月頃には密漁防止の監視船がα1湾に派遣されており,昭和35年頃以降は,P62漁協の密漁防止の監視船は,24時間態勢で監視していたのであるから,そのような中で被控訴人の夫が漁に行っ て1週間分の魚介類を捕ったり,被控訴人が肥料袋3袋もの大量の貝を採ったりすることが可能であるとは思えない。 被控訴人の記憶が新鮮であったはずである1 ような中で被控訴人の夫が漁に行っ て1週間分の魚介類を捕ったり,被控訴人が肥料袋3袋もの大量の貝を採ったりすることが可能であるとは思えない。 被控訴人の記憶が新鮮であったはずである1回目の申請時の疫学調査においては,「魚を獲ってはならないと云う時まで,α42の付近に貝類を拾いに行った」と明確に貝類取得の時期を特定しているところ,その供述は当時の客観的状況から考えて極めて自然なものであって,被控訴人が,昭和31年11月頃以降は,貝類を採りに行っていなかったか,少なくとも頻繁ではなかったことを優に推認させる。 c 被控訴人は昭和30年頃飼い猫等の狂死を経験していること被控訴人は,「魚の汁」を食べた多数の飼い猫等が狂死し背筋が寒くなるほどの恐怖を感じた旨の供述をしているところ,その時期は,第1次申請時の疫学調査及び本件申請時の疫学調査の記録からみて,昭和30年頃であると認められる。 そうすると,被控訴人は,魚介類摂取禁止の行政指導等により,α1湾周辺の住民らがノイローゼと評されるほどの不安と恐怖を抱いていた時期か,その少し前の時期において,魚を原因として飼い猫等が狂死するという恐怖を味わっていたことになり,そのような中で,あえて重労働の合間を縫ってまでして危険な魚介類を頻繁に獲りに行くなどして多食していたというのは,常識的にみて不自然なことである。 d 被控訴人が魚介類の危険を十分に知悉していたこと周辺住民が奇病ノイローゼといわれる状態になったことや,P89組合が不買決議までしていることについては,いずれも新聞やラジオによって報道されており,また,被控訴人の供述録取書(甲59)によれば,被控訴人は,沿岸部に住む漁師等を営む知人・友人らと頻繁に交流していたのである までしていることについては,いずれも新聞やラジオによって報道されており,また,被控訴人の供述録取書(甲59)によれば,被控訴人は,沿岸部に住む漁師等を営む知人・友人らと頻繁に交流していたのであるから,被控訴人が新聞を購読していたか否かにかかわらず,当然,当時のα1湾及びその周辺の魚介類摂取の危険 性やその禁止のための行政指導等の状況について,それらの知人・友人を介して情報を入手し,知悉していたはずである。現に被控訴人も,「一時漁が禁止になったので,その時はやめていました。1年程たって,また採ってもよいことになったと市内の人から聞いて,採り始めた」と供述しているところ,また採ってもよいことになったと聞くことは考えられないが,少なくとも被控訴人が魚介類の摂取が危険であると当時知っていたことは明らかである。 e 3回の疫学調査書に「夫の夜釣り」の記載がないこと被控訴人の夫の夜釣りについては,3回行われた被控訴人の申請に伴う疫学調査の調査書のいずれにも記載がない。3回にわたって全く記載がないというのは,仮にその夜釣りが頻繁なものであったとすれば考え難いものである。特に2回目及び3回目の疫学調査書は定型書式が用いられており,記載漏れを防ぐことを念頭に置いて,魚介類の入手方法を詳細に細分化して記載できるようにしたものであるところ,自家入手の欄には,いずれも,昭和25年まで「夫の父がボラ釣り」と記載されているのであるが,同じ自家入手の方法である「夫の夜釣り」について,は全く記載がなく,入手方法として重要であったというのが真実であれば,何らの記載もないのは不自然と評価されるべきである。 f 被控訴人の反論について控訴人は,甲153号証や157号証の新聞記事などを挙げて,行政指導等による警告 であれば,何らの記載もないのは不自然と評価されるべきである。 f 被控訴人の反論について控訴人は,甲153号証や157号証の新聞記事などを挙げて,行政指導等による警告が不十分であったとか,貧しかった者達は危険を覚悟で魚介類を摂取していたなどと主張する。 しかし,例えば,甲153号証の昭和32年5月12日付けの新聞記事によれば,「恐るべきサカナとり」との表題で,数名の漁民らが,「生活の保障がない限り危険は覚悟のうえだ」との理由から,行政指 導等による警告を無視して敢えて魚介類を摂取していることが報じられているが,このことは,正に当時の水俣周辺の住民にとって,魚介類の摂取が極めて危険であることが周知されていたことを裏付けるものである。 また,被控訴人は,新聞やラジオが普及していない時代であったと主張するが,ラジオの昭和33年の普及率は全国で89.1%であり(乙384),新聞の普及率は昭和30年当時で,熊本県においても1世帯当たり0.8紙である(乙385)。 さらに,甲157号証の昭和35年9月26日付けの新聞記事についても,漁業以外に生計の手段がない漁民が危険を承知で漁獲を行っていることが報じられているにすぎず,被控訴人は,農業等によって生活可能であったと認められる上に,自らの実家は「かなり裕福」であり,夫の実家も「味噌,醤油の製造で有名であった」のであるから,少なくとも「背に腹は代えられない」ような切迫した状況にはなかったと考えるのが相当である。 イ発症時期が曝露時期と整合しないこと被控訴人の呈する四肢末梢優位の感覚障害は,その発症時期は早くても昭和48年頃であったのであるから,α1湾周辺地域において濃厚な汚染があった昭和35年頃から15年近くも経て しないこと被控訴人の呈する四肢末梢優位の感覚障害は,その発症時期は早くても昭和48年頃であったのであるから,α1湾周辺地域において濃厚な汚染があった昭和35年頃から15年近くも経て初めて発症していることになり,また,水俣病の発症可能な程度のメチル水銀汚染がなくなった昭和44年頃からみても,約4年が経過した後に発症していることになる。医学的知見に照らして,曝露時期と整合しておらず,水俣病によるものとは考えにくいものである。 (ア) 手足のしびれの発症時期は昭和48年頃であること被控訴人には昭和28年に手足のしびれが発現したとする客観的証拠はなく,昭和30年頃の足のしびれは腰椎の変性に伴う坐骨神経痛によ るものであって,その症状は治療により改善し,その後,被控訴人に手足のしびれが発現したのは昭和48年頃である。このことは,被控訴人の3回にわたる申請書類や公的検診の結果および昭和54年7月25日のP38の検診録(乙223の1・2)により,優に認定できるものである。 a 1回目の認定申請に係る資料(乙207の1ないし5)昭和49年1月22日の疫学調査書の記載によれば,被控訴人は,昭和30年頃に,P72病院を受診し,○と診断され治療により軽快し,昭和48年3月頃以降に,○,○の治療を受けたことなどを申告していた一方で,手のしびれについての訴えはない。 そして,昭和30年頃に受診したP72病院においては○と診断されているが,○とは下肢に出現する持続的疼痛,放散痛をいうのであるから,このように○と診断された事実は,当時,被控訴人が手のしびれまで訴えていなかったことを裏付けるものといえる。 b 本件申請に係る資料(乙199の1ないし 的疼痛,放散痛をいうのであるから,このように○と診断された事実は,当時,被控訴人が手のしびれまで訴えていなかったことを裏付けるものといえる。 b 本件申請に係る資料(乙199の1ないし6)本件申請に係る昭和54年10月26日の疫学調査書には,「4症状の経過について」として,具体的に症状の状況が記載されている中で,「S48年頃から手足がしびれだした」とあり,被控訴人が手足のしびれについて,その初発時期を昭和48年ころと申告していたことが分かる。さらに,昭和54年10月28日の精神科の検診録(甲29及び乙199の3)においても,「初発症状:手足のしびれ,脱力,頭痛」とあり,「発症:昭和48年」と記載されているし,昭和54年11月2日の耳鼻咽喉科の検診録(乙199の5)にも,「主訴 4肢の運動障害,しびれーS.47年頃より」と記載されており,これらの事実から,被控訴人が,疫学調査における県職員のみならず,複数の検診医に対しても,手足のしびれの初発時期について, 昭和48年頃であると申告していたことが認められる。 なお,被控訴人作成の昭和53年9月30日付け認定申請書(乙16の4)には,「健康状態の概要」欄において,「昭和28年頃より頭が重く足がだるく顔がむくんだりした。」と記載されており,これとは別の「当該疾病について受けている療養の概要」欄において,現在の症状の一つとして「手足のしびれ」と記載されている。この記載からは,同申請書において昭和28年頃より手足のしびれがあったと記載していたかのように判断することはできない。 c 3回目の認定申請に係る資料(乙209の1ないし3)3回目の認定申請に係る昭和61年 と記載していたかのように判断することはできない。 c 3回目の認定申請に係る資料(乙209の1ないし3)3回目の認定申請に係る昭和61年7月29日の疫学調査書(乙209の3)には,「4症状の経過」において,被控訴人は,腰から下の痛みのために,昭和32年ころは歩行困難となるが,治療を受けて効果が出ていたことを具体的かつ詳細に申告する一方で,手足のしびれについては,その初発時期として,昭和46年頃であったと申告している。 dP38の検診録(乙223の1・2)P38作成に係る昭和54年7月25日付けの検診録にも,手足のしびれの発症時期が昭和48年頃と記載され,それ以前の感覚障害については,むしろ「しびれ-」と記載されているのであるから,やはり被控訴人の手足のしびれの初発時期は,昭和48年頃と認められることは明らかである。 e 被控訴人の供述録取書が信用できないこと上記各証拠から認められる事実をまとめれば,被控訴人には,昭和48年頃に手足のしびれが初発したものであり,それ以前には手足のしびれはなく,昭和30年前後の頃に,○に伴う足の痛みやしびれが認められるものの,それも軽快したというものである。 他方で,被控訴人の供述録取書(甲59)には,昭和28年頃から両手足の先がしびれてきた旨記載されているが,この供述録取書は,被控訴人が別件訴訟の提訴後に書証として作成されたものであって,少なくとも昭和28年頃から「手のしびれ」が発症したとの部分は誇張があるものといわざるを得ない。 fP6病院の検診録の発症時期の記載について昭和61年のP6病 少なくとも昭和28年頃から「手のしびれ」が発症したとの部分は誇張があるものといわざるを得ない。 fP6病院の検診録の発症時期の記載について昭和61年のP6病院の検診録(甲55の1,乙200)には,「現病歴(症状の発現時期,経過,職業,居住地,食生活の関連)」の欄において,昭和48年頃以前の手足のしびれについての記載はなく,昭和33~34年頃からの右半身のしびれの記載はあるが,それもいったん消えた旨記載されている。一方で,「主要症状の発現時期」の欄では,感覚障害の発現時期が「28年頃」とされているが,その記載は現病歴の記載と齟齬しており,手足のしびれの発症時期に関しては,記載の整合性がなく,その信用性には疑問がある。 さらに,昭和33~4年頃からの右半身のしびれ感についても,昭和49年1月の疫学調査書には,「その当時は,左半身に痛みがあったように思える。(はっきりしない。)」との申告内容が記載されており,左半身か右半身かという点において齟齬があり,その点をおいたとしても,昭和49年の調査時点ではっきりしなかった記憶が,それから10年以上を経たP6病院での検診時においては断定的に記憶しているということとなり,余りに不自然である。 以上の事実に鑑みれば,P6病院におけるしびれの発症時期に関する記載は信用性に欠けるというべきである。 g ○について被控訴人には,昭和30年頃より,下肢の疼痛やしびれ等の症状が認められるが,これらの症状は,P72病院において診断されたとお り,○によるものであり,水俣病によるものではないことは明らかである。 ○は,20歳から50歳にかけて多く発症する疾病 症状は,P72病院において診断されたとお り,○によるものであり,水俣病によるものではないことは明らかである。 ○は,20歳から50歳にかけて多く発症する疾病で,変形性腰椎症等の腰椎変化によって生じるものであり,下肢の持続的疼痛や放散痛が出現するものである(乙215)。神経内科学の教科書においても,「臀部から大腿・下腿後面に放散する痛みがみられる。これらの疼痛は脊椎の屈伸,回旋などの姿勢の変化,怒責(注:力をいれていきむこと)や腹圧などにより誘発または増強される。……仰臥位では下肢伸展挙上試験……が陽性(Lasegue徴候)となる。一般的には腰椎変化(椎間板ヘルニア,変形性腰椎症,脊柱管狭窄,脊椎分離すべり症)によるL5(注:第5腰椎)ないしSI(注:第1仙椎)神経根病変によって生じることが多い」とされている(乙224)。なお,ラセーグ徴候とは,仰臥位で一側の下肢を伸展したまま挙上させた時,70度以下で大腿の裏側の神経に沿って痛みを訴えるものを陽性とするものであり,その検査結果は水俣病とは無関係である(乙70)。 ○の原因となる○の変性自体は改善・消失することはないところ,被控訴人は,昭和49年8月の神経内科検診(乙207),昭和54年7月のP38の検診(乙223の1・2),昭和58年のP6病院の検診(乙214),昭和61年のP6病院の検診(乙200),平成8年の神経内科検診(乙209)において,繰り返し,○を示すラセーグ徴候陽性が確認されている。 また,1回目の認定申請に係る疫学調査書(乙207の4)によれば,被控訴人は,昭和32年頃,P72病院において「○」と診断された後,昭和48年頃,P73診療所においてX線検査を受けた上で,「○, また,1回目の認定申請に係る疫学調査書(乙207の4)によれば,被控訴人は,昭和32年頃,P72病院において「○」と診断された後,昭和48年頃,P73診療所においてX線検査を受けた上で,「○,○,○」と診断され,さらにP75病院でも同様の診断を受けて入院治療まで受けているほか,その後,同年頃に,兵庫県立P74 病院においても,「○,○」と診断されている。このように,被控訴人は,多数の病院において,幾度にもわたって,○の原因となる腰椎を含んだ脊椎の変性があると診断されている上,認定審査会の各検診,昭和54年7月のP38の検診,昭和55年のP6病院の検診において,被控訴人には,○の変性所見が繰り返し認められているのである。 以上の医療機関や公的検診による診察結果に加え,被控訴人がいう昭和30年頃の下肢の疼痛等の特徴が,脊椎の屈伸,回旋などの姿勢変化等により下肢の疼痛が誘発または増強されるという○の特徴とよく合致していることや,○と診断したP72病院による通院治療等により,足のしびれ等の症状が改善され,治療が奏功していることに鑑みれば,被控訴人が,昭和30年頃に訴えていた足のしびれは,水俣病によるものではなく,○の変性(○症)に伴う○によるものであることは明らかである。 (イ) 口周囲の感覚障害は水俣病によるものとは認められないことa 昭和55年及び61年のP9の検診結果被控訴人は,昭和55年及び61年のP6病院のP9の検診結果のみに依拠して,水俣病の根拠となり得るものと主張する。 しかしながら,被控訴人の過去の検診結果について,公的検診,P38による検診,P6病院の検診を時系列に従ってみるに,まず,昭和49年8月の公的検診(乙 るものと主張する。 しかしながら,被控訴人の過去の検診結果について,公的検診,P38による検診,P6病院の検診を時系列に従ってみるに,まず,昭和49年8月の公的検診(乙207の2),昭和53年5月の公的検診(乙207の3),昭和54年7月のP38の検診(乙223の1,2),同年10月27日の公的検診(乙199の1)においては,いずれも口周囲に限定された感覚障害は認められず,昭和55年のP6病院のP9の検診結果(乙213)では,口周囲の感覚障害の記載があるが,昭和58年の同病院の同医師による検診結果(乙214)では,口周囲の感覚障害が消失し,さらに昭和61年の同医師による検 診結果(乙200)では,口周囲の感覚障害が再び認められるとされているが,平成8年の公的検診(乙209の1)では,口周囲の感覚障害は認められない。このように,被控訴人の口周囲の感覚障害は,仮にP6病院における検診結果が信用できるとしても,メチル水銀汚染がなくなった昭和44年頃から10年以上も経過した昭和55年になって初めて発症している上,その後も発症と消失を繰り返しているのであるから,このような発症経過に照らして,メチル水銀の影響によるものとは到底考えられないことは明らかである。 なお,昭和53年5月の公的検診の結果(乙207の3)によれば,被控訴人には顔全体に若干の痛覚のみの低下(10分の7ないし8)がみられるが,これは水俣病にみられることがある口周囲に限定された感覚障害とは異なるものであるし,検診した専門医も,被控訴人の感覚障害について「食い違いも多く信頼できない」としているところであるが,仮にこの点をおいたとしても,顔全体の痛覚低下については,昭和44年ころから約10年もの長期間が経過した後に 医も,被控訴人の感覚障害について「食い違いも多く信頼できない」としているところであるが,仮にこの点をおいたとしても,顔全体の痛覚低下については,昭和44年ころから約10年もの長期間が経過した後になって初めて発症している上,その後は一切みられない一過性の症状であることから,メチル水銀の影響によるものとは到底考えられない。 b 公的検診における口周囲の感覚障害の記載の信頼性P9は,被控訴人の公的検診において,口周囲の感覚障害が認められなかったことについて,公的検診では口周囲の感覚障害の検査が重視されていなかったからであるなどと述べるが(甲165),全く事実に反している。 52年判断条件には,「水俣病との関連を検討するに当たって考慮すべき事項」として,その1番目に,「(1) 水俣病にみられる症候の組合せの中に共通してみられる症候は,四肢末端ほど強い両側性感覚障害であり,時に口のまわりまでも出現するものであること」と記載 されており,口周囲の感覚障害の有無は重要であるとされている。そのため,公的検診においては,口周囲の感覚障害の有無を確認する検査が実施されており,口周囲の感覚障害が認められれば,そのとおりに記載されているのである。現に,別件訴訟の原告らの公的検診においても,口周囲の感覚障害を有する者については,そのとおりに人体図に記載されている(乙394)。 (ウ) 遅発性水俣病についてメチル水銀曝露から相当期間経過後に新たな症候が発現することは考え難い。 a メチル水銀の反応閾値及び生物学的半減期生体が化学物質を吸収した場合,どれだけ微量であってもそれに応じて必ず反応が起こるわけではない。生体には特定の化学物質に反応し何らかの変性を示す限界 及び生物学的半減期生体が化学物質を吸収した場合,どれだけ微量であってもそれに応じて必ず反応が起こるわけではない。生体には特定の化学物質に反応し何らかの変性を示す限界量があり,その最少量を反応閾値というが,反応閾値を超える量の化学物質を吸収しない限り,生体は何らの反応も起こすことはない(乙178,302)。 また,生体は,体内に吸収した有害な化学物質をいつまでも生体内に保留しているのではなく,代謝機能により分解したり排泄したりするので,体内に新たな化学物質の取込みがない場合には,体内蓄積量は減少することになる。体内蓄積量の減少は,生物学的半減期の割合で進んでいくこととなり,人体についてのメチル水銀の生物学的半減期はほぼ70日とされていることから,新たなメチル水銀の取り込みがない場合,約70日経過すればメチル水銀の体内蓄積量は半分になる。 b メチル水銀の人体蓄積メチル水銀が体内に蓄積される過程を模式的に述べると,摂取されたメチル水銀は,ほぼその全量が腸管より吸収され,大部分が糞便中 に,そして一部が毛髪中に排泄される。その一定時間当たりの排泄量は,体内保有量に比例する。そのため,一定量のメチル水銀を継続的に摂取した場合を想定すると,最初は吸収量の一定割合のものが排泄され,その余は体内に残留し,次にメチル水銀を摂取した場合は上記残量と新たに吸収した量を合算した量の一定割合が排泄され,その残量は体内に残留し,以後同様のことが繰り返されることになる。このように,体内に残存するメチル水銀量は当初徐々に増加し,それに伴って排泄量も増加していくのであるが,体内蓄積量が一定量に達し,それに対する排泄量が吸収量と等しくなるまでに蓄積されると,それ以降は継続的にメチ 内に残存するメチル水銀量は当初徐々に増加し,それに伴って排泄量も増加していくのであるが,体内蓄積量が一定量に達し,それに対する排泄量が吸収量と等しくなるまでに蓄積されると,それ以降は継続的にメチル水銀を吸収しても体内蓄積量は増加しないことになる。つまり,一定量のメチル水銀を継続的に摂取しても,人体に蓄積されるメチル水銀量には限界があるのであって,その蓄積限界量は継続的に摂取されるメチル水銀の平均摂取量によって定まり(乙178,303),次の式によって理論的に求められる。 一日平均吸収量×半減期×1.44少量のメチル水銀の長期間投与又は曝露の場合の蓄積限界量は,平均摂取量が大きい場合に比較して,当然のことながら小さいものとなる。そのため,少量の長期間投与である以上,たとえ総投与量が大きくなったとしても,大量投与の場合と同様の障害が現れるわけではないのであり,蓄積限界量が,当該化学物質に対する生体の反応閾値を超えることがなければ生体は反応を示さない(乙178)。 c メチル水銀の発症閾値昭和48年7月23日,国は,当該数値を超える魚介類を市場から排除すれば,国民のほとんどが今までどおり魚介類を摂食しても水銀による人体への健康被害を生じない安全性の目安として,魚介類に含まれる水銀について暫定的規制値を発出しており,魚介類に含まれる 総水銀量を0.4ppmとし,メチル水銀量を0.3ppmとしている(乙305)。 この暫定的規制値は,国外での研究結果も参考にした上で,我が国における医学的な研究調査の結果に基づき,メチル水銀の理論的摂取量限度0.223ppmについて,測定技術上の問題を考慮して,総水銀量に換算することにより定められたものであるが,摂取量限度は,新潟水俣病で最も低い毛髪水銀値を示した患者 き,メチル水銀の理論的摂取量限度0.223ppmについて,測定技術上の問題を考慮して,総水銀量に換算することにより定められたものであるが,摂取量限度は,新潟水俣病で最も低い毛髪水銀値を示した患者の数値である50ppmに基づき,当該患者の体重を60kgとした上で算出された1週間当たりのメチル水銀の摂取量2mgについて,1/10という十分な安全率を考慮して得られたものである(乙178,乙307)。 この十分な安全率を見込んで算出されたメチル水銀の暫定的規制値及び蓄積限界量に基づき,メチル水銀に汚染された魚介類の摂取量と水俣病の発症可能性について具体的に述べれば,毎日平均して,0. 3ppmの魚介類であれば,国民栄養調査による魚介類平均最大摂取量である約100グラムの10倍の1キログラム,又は,3ppmの魚介類であれば,魚介類平均最大摂取量である約100グラムの量を,約350日の間連続して摂取したとしても,水俣病を発症することはほぼないといえる(乙178,307)。 d 時間経過による症状の改善水俣病は,時が経つにつれて脳の代償作用により症候が多少改善することは考えられても,メチル水銀曝露終了後に,症候が短期間に変動し,あるいは悪化したり,過去に認められなかった症候がその後になって出現したりすることは,医学的には合理的に説明し難い。このことは,水俣病が中毒性疾患であることからも説明できることであり,体内に取り込まれたメチル水銀は,半減期約70日で体外に排出されるのであるから(乙178),その曝露が終了し,症状がピークに達 した後は軽快していくというのが中毒学の常識である(乙41,70)。 1972年のイラクのメチル水銀中毒の症例では,症状が著明に改善されているし(乙392),P87らが水俣病患者を追跡調査した した後は軽快していくというのが中毒学の常識である(乙41,70)。 1972年のイラクのメチル水銀中毒の症例では,症状が著明に改善されているし(乙392),P87らが水俣病患者を追跡調査した結果では,発生初期の重症の水俣病の例ですら,多くの例が時間の経過とともに改善していることが確認されており(乙288),また,多数の水俣病患者が入園する施設であるP90の園長を10年近くも勤め,その間数多くの水俣病患者を診察,治療してきたP21も,「発症後魚貝類の摂取を中止した場合,一過性に症状の増悪が認められることもあるが,その後改善する」旨述べている(乙149の1)。 e 潜伏期間の限界メチル水銀に関して国際的な専門家による知見を集積した「IPCS環境保健クライテリア101・メチル水銀」(乙225)においては,日本及びイラクなどの世界のメチル水銀中毒に関する研究の分析から,その潜伏期間について,「曝露中止後の潜伏期間は,1年くらいまでになる可能性がある」とされている。また,P22ら水俣病の代表的な専門家らによる「平成3年度水俣病に関する総合的調査手法の開発に関する研究報告書(1)」(乙226)においても,過去の種々の研究成果を検討した上で,結論としては,「発症遅延の可能性を考慮しても過剰な曝露停止から発症までの期間は現実的には数年以内にとどまるものと考えられる」とされている。いかに発症が遅れる場合を想定したとしても,潜伏期間はせいぜい1年から数年が限度であることが医学的な知見であるといえる。 fP28の提唱する「慢性発症」は中毒学の常識に反すること病理学者であるP28の乙2号証の論文の記述に基づき,「人体例では発症までに数年ないし十数年を要するものがある」と考えるのは P28の提唱する「慢性発症」は中毒学の常識に反すること病理学者であるP28の乙2号証の論文の記述に基づき,「人体例では発症までに数年ないし十数年を要するものがある」と考えるのは 誤りである。 まず,P28論文でいう「潜伏期」の意義は,「その量が少なくなれば発症するまでの潜伏期は長くなる」との記述から分かるように,本来の潜伏期間をいうものではなく,急性発症させるメチル水銀量よりも少ない量であるものの,メチル水銀の摂取が続いていることを前提として発症するまでの期間をいうものであるから,その記述部分を,曝露終了後から発症までの期間が数年から十数年を要するという遅発性の水俣病が存在することの根拠にすることはできない。 次に,P28の提唱する慢性発症の根拠は薄弱である。P28は,メチル水銀の摂取が継続している例において,発症までに「数年あるいは十数年」を要している人体例があるとしているが,その具体例を明らかにしていない。 またその理論的考え方として,「生物学的半減期70日のメチル水銀では,1日0.3mg以上を摂取することにより1年で30mg以上を蓄積しうるので」とし,中毒学の常識である発症閾値論を前提としつつも,人体に反応を起こす最小量である発症閾値に達しない場合においても神経細胞の単個壊死が起こり,単個壊死が累積することで,発症閾値以下でも発症するという発症閾値論と矛盾する結論を導いている。 P28が,かかる結論を導いた根拠は,単にそのような「人体例がある」というにすぎず,具体的にメチル水銀が微量であっても摂取を継続すれば人体に反応を起こすとする根拠は何なのか,単個壊死を起こす場合のメチル水銀の蓄 る結論を導いた根拠は,単にそのような「人体例がある」というにすぎず,具体的にメチル水銀が微量であっても摂取を継続すれば人体に反応を起こすとする根拠は何なのか,単個壊死を起こす場合のメチル水銀の蓄積量はどのくらいなのかといった点について,何ら検討や説明は行われていないのである。 加えて,乙2号証の論文が掲載された「難病の発症機構」が発刊された昭和56年から30年が経過した現在においても,かかる「慢性 発症」が実証されたという調査,研究は存しない。そうすると,P28が提唱する水俣病の「慢性発症」は,自らもその可能性として指摘するとおり,科学的な知見に基づいて実証されているものではない仮説として提唱されたものというべきであり,その根拠は薄弱である。 g 水俣病の発症遅延に関するP9の見解が失当であることP9は,その意見書(甲161)において,遅発性水俣病として,新たなメチル水銀の侵入がないにもかかわらず,数年を経て,症状が出現したり,悪化することがあるとしている。 世界各地のメチル水銀中毒の中でも,年余を経ての遅発例の存在は報告されておらず,ただ,報告されているのは,我が国の数例の報告のみである。これら臨床報告については,「発症時期の特定や軽微な症候の診断の困難さによる技術的な問題」等の問題点が指摘されており,正確な潜伏期間と評価し得るかについては,不明とされている。 P9は,「メチル水銀中毒以外にも遅発性神経毒性はある!」と記載し,①遅発性神経毒性という用語は一般的な医学概念である,②有機リン剤中毒やポリオ後症候群でも遅発性神経毒性は報告されていると述べる。 しかしながら,遅発性神経毒性との用語については,医学辞典(乙389)でも,1か月程度の遅発例について用いられている 有機リン剤中毒やポリオ後症候群でも遅発性神経毒性は報告されていると述べる。 しかしながら,遅発性神経毒性との用語については,医学辞典(乙389)でも,1か月程度の遅発例について用いられているのであって,その用語自体が一般的であったとしても,年余を経ての遅発例が存在することの根拠となるものではなく,また,有機リン剤中毒についてP9は具体的記述をしていないし,ポリオ後症候群の例についても,ポリオはポリオウイルスにより弛緩性麻痺を来す疾病であるから,中毒性疾患と同列に論ずることができない。 次に,P9は,メチル水銀中毒では水銀は脳に長期間残留するとし,自覚症状の発現時期のあいまいさ,遅発性,それら神経症候の変動, 悪化は,長期にわたる水銀の蓄積残留に起因する大脳皮質障害から合理的に説明されるとする。 しかしながら,一口に「水銀」といっても,大きく金属水銀,無機水銀,有機水銀とに分類され,かつ,それぞれについて様々の種類が存し,それらの化学的性質や毒性は多様であるから,水俣病の病像を論ずるに当たって検討されるべきなのは,その原因物質であるメチル水銀の性質や毒性であって,その余の無機水銀等の「水銀」と混同して議論することは不適切である(乙178)。 生体内に取り込まれたメチル水銀は,体外に排出されるとともに,その一部は徐々に無機化され,無機水銀となることが知られている。 無機水銀は,体内の血液-脳関門を通過しにくいものであるから,脳内に長期残留するのは,メチル水銀ではなく,無機水銀である(乙225,390)。P91博士らが実施したサルに対するメチル水銀の長期投与実験(乙393の1・2)の結果や,P28教授らによる水俣病患者の剖検例における水銀分析結果の一覧表(甲165) 銀である(乙225,390)。P91博士らが実施したサルに対するメチル水銀の長期投与実験(乙393の1・2)の結果や,P28教授らによる水俣病患者の剖検例における水銀分析結果の一覧表(甲165)を見ても,このことは明らかである。 無機化された水銀が,脳にいかなる傷害を与え,いかなる症候が発現し得るのかなどについては,医学的に未解明であるが,例えば,本件訴訟で問題とされる感覚障害を来し得るとする研究は見当たらない。 かえって,P9意見書で引用されているP92らの研究報告(乙391の1・2)においても,各種の研究成果に基づいて「無機水銀がそれ自体で脳損傷を引き起こすとは考えがたい」と結論付けられており,脳内で無機化した水銀の毒性については否定的な見解が一般的である。 さらに,仮にP9の仮説のように脳内に長期残留する無機水銀が毒性を有するとすれば,その病状が徐々に悪化するのが通常であり,改善することは通常考え難いということになろうが,メチル水銀中毒に よる症候については,改善傾向にあるとする報告等が多数存在し,上記仮説によっては,これらの事実を合理的に説明できない。 hP28の脳内メチル水銀の半減期報告についてP9は,P28の報告を引用し,脳におけるメチル水銀の生物学的半減期は,その他臓器よりも長く,約240日であると述べているが,この報告は医学的に誤っており,P28自らが,そのことを事後的に認め(乙228),委員を務めた平成3年研究報告においては,かかる見解を否定している。 メチル水銀の半減期については,動物実験のほか,P93らによる3名の放射性メチル水銀を用いた人体実験や,P94らによる男女合計16名の同様の人体実験の成果により,実際に約70日であることが確認さ メチル水銀の半減期については,動物実験のほか,P93らによる3名の放射性メチル水銀を用いた人体実験や,P94らによる男女合計16名の同様の人体実験の成果により,実際に約70日であることが確認されており(乙178,228,303),またP95教授らは,ネズミを用いた動物実験においても脳を含めた臓器間の半減期に差がないことを確認している(乙303)。「IPCS環境保健クライテリア101」(乙225)においても,脳内のメチル水銀の半減期が,他臓器のそれと異なるとはされていない。 iP36の実験報告についてP9が数年の発症遅延の根拠として挙げているP36によるサルに対するメチル水銀投与実験報告論文(乙388)を見ると,7年間メチル水銀を投与され13歳で症候が発現したとされるサル達は,生下時から4歳までの間について臨床検査を受けていたものの,それ以降は臨床検査を受けていないのであって,13歳になって運動障害が顕著になって飼育係が初めて気付いたというにすぎないものである。したがって,それ以前に運動障害等の異常が認められなかったかどうかは不明といわざるを得ず,同報告に基づいて,サルでは6年の発症遅延が存在するといえるものではない。 jP38の報告についてP38の「遅発性水俣病」と題する論文(乙226)では,新潟・阿賀野川流域において高度なメチル水銀汚染が存在しなくなった昭和41年以降,四肢末梢優位の感覚障害について,1年以内に発症している者が2名,約2年で発症している者が2名,約4年以内が2名,約6年後が1名存在するとしている。ほとんどが4年以内の発症であって,残り1名についてのみ約6年後に発症したとされているにすぎない。したがって,仮に同報告の結果が信頼できるとしても,数年を超 名,約6年後が1名存在するとしている。ほとんどが4年以内の発症であって,残り1名についてのみ約6年後に発症したとされているにすぎない。したがって,仮に同報告の結果が信頼できるとしても,数年を超える症例は僅か1例にすぎないのであるから,それを一般化することができない。 しかも,P38の上記報告は,いかなる経過観察を行ってきたのか判然とせず,鑑別診断を行っているか否かをおくとしても,神経内科や眼科等の検査についても,少なくとも年に1回以上は継続的に検査していなければ,正確な意味での発症遅延かどうかを確定することはできないにもかかわらず,そのような検査を行っているかどうか全く不明であり,単に症候が存することが発覚した時期が約6年後であったというだけの可能性も否定することができない。 特に,P38は,「疑わしきは患者の有利に」とする立場に偏り過ぎ,上記報告と同時期の昭和49年頃,新潟県の認定審査会において,認定審査会資料について,実際の検診結果よりも所見を誇張させて転記させており,P38については,その報告内容を原データもないままに容易に信用し難い。 ウ被控訴人の感覚障害が著しく変動していること(ア) 表在感覚及び深部感覚の改善と増悪の著しい変動被控訴人の昭和49年8月18日,同53年5月21日,同54年10月27日,同月28日及び平成8年12月18日の合計5回にわたる 公的検診に基づく感覚障害の検査結果によれば,まず,表在感覚については,昭和49年8月の検査では,障害部位は四肢の遠位部に限定されていたが(乙207の2),昭和53年5月の検査では,障害部位が胸部にまで上行し(乙207の3),その後,昭和54年10月27日及び翌28日の各検査では,再び四肢の遠位部に限定されており(乙199の2) が(乙207の2),昭和53年5月の検査では,障害部位が胸部にまで上行し(乙207の3),その後,昭和54年10月27日及び翌28日の各検査では,再び四肢の遠位部に限定されており(乙199の2),障害部位が短期間に著しく増悪・改善している。そして,本件処分後の平成8年12月の検査では,再び,下肢の障害部位が腹部にまで拡大している(乙209の2)。 次に,深部感覚についても,振動覚(深部感覚の一つ)は,昭和49年8月の検査では,両上肢が12秒,両下肢が10秒でともに正常であったのが(乙207の2),昭和53年5月の検査では,四肢全てにおいて0秒と完全に喪失し(同号証の3),本件処分時である昭和54年10月の検査では,両上肢8秒,両下肢9秒で大幅に改善する(乙199の2)というように,表在感覚と同じく短期間に大幅に増悪・改善を示して変動している。そして,本件処分後の平成8年12月の検査では,両上肢3秒,両下肢0秒と再び著しく増悪している。 以上のように,被控訴人の感覚障害は,メチル水銀曝露が終了してから相当期間経過した昭和49年以降において,増悪と改善を繰り返し,著しく変動している。 水俣病は,メチル水銀が中枢神経等の神経系を損傷することにより発症する器質的障害による疾病であり,かつ,体内に取り込まれたメチル水銀は半減期約70日で体外に排出されるのであるから,その曝露が終了し,症状がピークに達した後は軽快していくというのが医学的な経験則である。曝露終了後,相当期間経過した後になってから,新たに症候が発現し,あるいは,当該症候が増悪と改善を繰り返すなどということは,医学的な経験則に反しており考え難い。 (イ) 所見の変動を大脳皮質損傷で説明できないことa 医学界の広くコンセンサスある知見で否定 改善を繰り返すなどということは,医学的な経験則に反しており考え難い。 (イ) 所見の変動を大脳皮質損傷で説明できないことa 医学界の広くコンセンサスある知見で否定されていること被控訴人は,「大脳皮質が損傷された場合には,感覚障害についての所見の変動があっても何ら不自然なことではなく,かかる所見の変動こそが,大脳皮質障害すなわち水俣病を示唆する重要な所見のひとつである」と主張し,その根拠としてP30の別件訴訟控訴審における証言(甲74号の1ないし3)及びP15らによる論文(甲142)を挙げる。 しかしながら,大脳皮質障害に起因する感覚障害は著しく変動することが考え難いというのが医学界において広くコンセンサスがある知見であり,医学的経験則ともいえる。近時の神経内科学の代表的な教科書を見ても,大脳皮質が損傷された患者の感覚障害についての検査結果が変動するなどという記述は見当たらず,大脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が著しく変動するとの見解は,医学的根拠を有するとはおよそいえないものである(乙44,187,374,375,380ないし383)また,P15のほか,水俣病を含む神経疾患についての豊富な経験と知識を有する専門医であるP21,P25,P22及びP96博士(以下「P96」という。)は,いずれも水俣病ないし大脳皮質障害に起因する感覚障害が増悪・改善を繰り返して著しく変動することは考えられないことを,自らの臨床経験等を踏まえて明らかにしている(乙149,118,175の1,240)。 bP30の証言には医学的根拠がないことP30の脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が変動するとの見解は,自身の具体的な研究成果や具体的な症例に根拠を有するもの 75の1,240)。 bP30の証言には医学的根拠がないことP30の脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が変動するとの見解は,自身の具体的な研究成果や具体的な症例に根拠を有するものではなく,P15の「神経内科学」(乙187)及び「ハリソン内科書 (第10版)上巻」(乙376)の記述を根拠としている。 「神経内科学」の記述については,大脳皮質の感覚野の障害による感覚障害について,「感覚脱失を示すことはなく,その分布は明らかに半身分布を示すこともあるが,その限界は明確でなく徐々に正常部位に移行する」とあるとおり,単に,感覚障害の分布として,障害部位から正常部位へと徐々に移行していくという特徴を記述したものにすぎない。大脳皮質障害の場合に感覚障害の所見が変動することを記述したものではない。 次に,「ハリソン内科書(第10版)上巻」の記述については,同書は,約30年前である昭和58年に英文で発行されたものであるが,その後の改訂版(現在では米国第18版まで発行されている。)では,上記記述はいずれの版でも削除されている(乙44,378)。この削除は,上記記述が妥当な見解ではないためになされたものである。 このことは,近時の神経内科学の代表的な教科書を見ても,大脳皮質障害に起因する感覚障害の所見が変動するなどという記述が見当たらないことからも明らかである(乙175の1参照)。 cP15らの論文(甲142)の趣旨同論文には,冒頭に「感覚障害の分布や程度が変動しやすく,一部に全身痛覚消失型も見られた」との記述があり,本文中にも「診察の度ごとに感覚障害の分布や程度が変動するものと(不安定型)と,比較的安定しているもの(安定型)があり」などの記述が見られる。 しかしながら,同論文は,52 れた」との記述があり,本文中にも「診察の度ごとに感覚障害の分布や程度が変動するものと(不安定型)と,比較的安定しているもの(安定型)があり」などの記述が見られる。 しかしながら,同論文は,52年判断条件に従って「水俣病の可能性が否定できない」と判断されて認定された症例と過去の認定患者のそれぞれの臨床症候を比較・検討し,近時の認定患者には「臨床症候学的に水俣病の判定困難な例が増加して」いることを結論付けるものであり,その判定困難な理由の一つとして,「不安定型」の存在を指 摘しているにすぎず,それをもって水俣病ないし大脳皮質障害に起因する感覚障害の特徴であるとするものではない。P15は,上記論文を発表した後の昭和60年4月8日の熊本水俣病第三次訴訟の証言においても,感覚障害の所見が著しく変動することについて,器質的な障害ではなく心因的なものに起因するものであると端的に述べている。 エ被控訴人の感覚障害の所見は信頼性に乏しいことP82及びP81は,被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害の所見について,それ自体の信頼性が低いことを指摘している。 (ア) P82の見解(乙365)P82は,被控訴人の感覚障害の所見について,特に,1回目の公的検診における昭和53年5月21日の所見が,医学的に説明できない矛盾があるとして,信頼できないことを指摘している。 すなわち,同日の検査において,被控訴人の振動覚は0秒と完全に脱失(乙207の3)しているため,深部感覚が最高度に障害されていると考えられるが,このような場合には,歩行することも困難であり,日常的に車椅子生活を余儀なくされることになるはずであるが,被控訴人は,同じ深部感覚の障害を検査するロンベルグ試験(つま先を揃えて立たせて安定しているかを見る)にお には,歩行することも困難であり,日常的に車椅子生活を余儀なくされることになるはずであるが,被控訴人は,同じ深部感覚の障害を検査するロンベルグ試験(つま先を揃えて立たせて安定しているかを見る)においては,この検査時を含めて,平成8年の検査不能を除き全て陰性であり,異常が認められない。 (イ) P81の見解(乙366)P81は,被控訴人の公的検診等の検査所見について以下のように詳細に検討した上で,感覚障害が存在する可能性は否定できないが,存在しない可能性もあると結論付けている。 a 1回目の公的検診(昭和53年5月)についてP81は,昭和53年5月の1回目の公的検診における感覚障害の所見については,P82と同様の指摘をした上で,振動覚が消失すれ ば,杖を使っても普通の歩行は不可能であって,両足起立も不安定になり,膝踵試験及び脛叩試験は実施不可能であるにもかかわらず,被控訴人は杖を使っての歩行が可能であり,両足起立も可能とされていることや,右下肢の膝踵試験及び脛叩試験が正常であることなどは,医学的に合理的な説明がつかないとする。 また,P81は,1回目の公的検診における被控訴人の自覚症状の訴えと他覚検査の結果が整合しないことにつき,例えば,眼球運動の異常について,「物が二重に見えたりする」等と訴えているものの,他覚的な検査では眼球運動異常はないとされていること,振戦についても,「たまに両手がふるえる」等と訴えているものの,昭和49年及び53年のいずれの検査でも他覚的な振戦は認められていないこと,「よく物を落とす」と訴えているものの,上肢の協調運動はいずれも正常であることを指摘している。これらは,被控訴人が,過剰な主観的訴えをする傾向にあることを推認させる事実である。 ないこと,「よく物を落とす」と訴えているものの,上肢の協調運動はいずれも正常であることを指摘している。これらは,被控訴人が,過剰な主観的訴えをする傾向にあることを推認させる事実である。 b 本件処分時の公的検診(昭和54年10月)について本件処分時の公的検診においては,被控訴人は,左右同程度に手足のしびれがあり,昭和48年以降増悪しているとし,具体的には,手は手先になるほどしびれが強く,物を握ったか握らないかよく気をつけていないとわからないし,足もしびれがひどく指が曲がっているような感じがするなどと訴えている。しかしながら,昭和54年10月の2度にわたる他覚検査では,被控訴人の深部感覚である振動覚及び関節位置覚は,当時54歳という年齢を考慮すればいずれも正常の範囲内であるし,同月27日に実施した複合感覚検査においても,立体覚(閉眼させた状態で使い慣れた物体を触ってその物品名を当てることができる感覚)は正常であり,触覚失認(日頃使い慣れた物を触っても何かわからない状態)はないとされており,上記の自覚症状の訴 えは,これらの他覚所見と整合していない。 また,自覚症状としての手のしびれについて,「親指と人さし指と薬指が特にしびれる」と訴えているが,このような「特定の領域のしびれの存在は,びまん性の神経系が障害される中毒性疾患の診断には矛盾」しており,「正中神経障害(手根管症候群)または頸部神経根障害がもっとも考えられる」ことを指摘している。 次に,昭和54年10月27日の神経内科所見によれば,複合感覚の検査である立体覚検査が正常であり,触覚失認が認められないところ,複合感覚とは,表在感覚により認識された信号を大脳皮質の中心後回領域によって分析・統合されることにより把握される感覚であることから,それが正 る立体覚検査が正常であり,触覚失認が認められないところ,複合感覚とは,表在感覚により認識された信号を大脳皮質の中心後回領域によって分析・統合されることにより把握される感覚であることから,それが正常であることは,大脳皮質の同領域に障害がないことが「明快に示されている」とする。 その翌日の同月28日の検査所見については,上肢末梢の表在感覚(触覚及び痛覚)が高度に障害(10分の2~3)されているにもかかわらず,それとほぼ同時期の同年11月2日に実施された開閉眼時の書字試験においては,開眼時及び閉眼時のいずれにおいても,大きな書字の乱れがないことについて,上肢遠位(優位)部の表在感覚に高度の障害があるとする所見とは,科学的,神経学的真実に大きく矛盾し,より単純で再現性のある開閉眼書字試験の結果の信頼度が高いため,主観的訴えに従わざるを得ない上肢末梢の高度の表在感覚障害は信頼性,再現性に問題があると考えられると指摘する。 そのほか,被控訴人の感覚障害の所見が,表在感覚において高度に障害されているにもかかわらず,振動覚等の深部感覚が正常であることも,「通常の中毒性末梢神経障害における神経線維の変性パターンと逆」であり,医学的知見に照らして「きわめて例外的である」と指摘する。 c 3回目の公的検診(平成8年12月18日)について平成8年12月18日の検診における神経学的所見については,被控訴人が既に2回にわたって○の手術を受け,身体障害者1級(座位不能)の認定を受けた後のものであり,両下肢に装具をつけていなければならなかった上に,知的機能障害「±」であったことに照らして,特に両下肢,体幹についての感覚検査結果は信頼性がないとしている。 その上で,被控訴人の深部感覚である振動覚については,下肢外顆で0秒, らなかった上に,知的機能障害「±」であったことに照らして,特に両下肢,体幹についての感覚検査結果は信頼性がないとしている。 その上で,被控訴人の深部感覚である振動覚については,下肢外顆で0秒,上肢尺骨顆で3秒,胸骨で3秒と高度に障害されているとの所見であるところ,他方で,表在感覚については,胸部は正常であるが,腹部より下,及び上肢遠位部で強く障害されている。このように,表在感覚は上肢遠位部で強く障害されながら,深部感覚は,胸部(胸骨部)と上肢遠位部(上肢尺骨顆)とで全く同一(いずれも3秒と高度障害)である。また,上肢遠位部では表在感覚も深部感覚も障害されながら,胸部では深部感覚のみが障害され表在感覚は正常であり,感覚障害のパターンが上肢と胸部とで食い違っており,加えて,胸部では正常な表在感覚と高度に障害された深部感覚との間に著しい食い違いが生じるようなかい離が認められることから,これらの感覚障害の所見は「きわめて理解し難い所見である」ことを指摘している。 なお,異常の所見は,「ベッドサイドの神経の診かた」(乙375)記載の障害部位ごとの感覚障害ないし感覚かい離の特徴のうち,「ヒステリー」を除きいずれとも符合せず,通常の感覚障害ないし感覚かい離のパターンから逸脱している。 そのほか,被控訴人の痛覚が,両手足において「0」と消失しており,高度に障害されている一方で,潰瘍などの皮膚病変が認められず,「主観的な感覚消失の訴えに相応する客観的な事実が伴っていない,正当な自然科学現象とは考えられない痛覚の消失所見である」と指摘 している。 オ本件処分時の感覚障害は変形性脊椎症による可能性が高いこと被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害は,医学的には変形性脊椎症(頸椎症及び腰椎症)によるものとするのが自然であり,広 している。 オ本件処分時の感覚障害は変形性脊椎症による可能性が高いこと被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害は,医学的には変形性脊椎症(頸椎症及び腰椎症)によるものとするのが自然であり,広くコンセンサスがある医学的知見に照らして,同症が被控訴人の感覚障害の原因疾患である可能性は,水俣病である可能性よりも高いというべきである。 (ア) 変形性脊椎症について変形性脊椎症とは,脊椎の老化,退行変性によってもたらされる消耗性疾患の一つである。脊椎の変形性変化は20歳代より発現するものも認められ,ドイツの脊椎病理学者シュモールの報告によれば,剖検例において49歳の女子の60%,男子の80%に脊椎の変形性変化がみられ,浪越による我が国の剖検例では,50歳以上の89%にこうした変化がみられるとされる。また,本症は,脊椎に対し力学的負荷を過大に受ける職業の人々や重労働者において,より強い変化が認められるとされている(乙189)。 有機水銀中毒症の可能性を否定できないと判断された水俣病認定患者について各種合併症の頻度を調査したP15らの論文(乙190)では,臨床的に変形性頸椎症及び変形性腰椎症と診断されたものは,40歳以上で,前者が145例中82例(56.6%),後者が126例中88例(69.8%)と,70歳以上では,前者が79例中60例(75. 9%),後者が77例中63例(79.7%)と,いずれも高率に上ることが報告されている。 変形性脊椎症は,発症部位に応じて頸椎に起こる変形性頸椎症と腰椎に起こる変形性腰椎症に分けられ,臨床症状としては,脊髄から枝分かれした脊髄神経の神経根の障害により生じる神経根症状と,脊髄を直接障害されることにより生じる脊髄症状とがあるが こる変形性頸椎症と腰椎に起こる変形性腰椎症に分けられ,臨床症状としては,脊髄から枝分かれした脊髄神経の神経根の障害により生じる神経根症状と,脊髄を直接障害されることにより生じる脊髄症状とがあるが,これらの合併症状も 良くみられる(乙224,229)。 変形性脊椎症においては,椎骨の変性,すなわち脊柱管の狭窄,椎間孔の狭小化や骨棘の形成,さらに椎間腔が狭小化して中に詰まっている椎間板組織が飛び出す(いわゆるヘルニア)ことなどにより,ただでさえ狭い脊柱管や椎間孔を通っている脊髄や神経根が障害されることにより,感覚障害や運動障害が発現するのである。そのためレントゲン検査では,脊柱管狭窄,椎間腔狭小,骨棘形成,椎間孔狭小などが変形性脊椎症を示す重要な所見である(乙231)。 臨床症状としては,神経根症状については,頸椎症の場合には,上肢の感覚障害(手袋型の感覚障害を含む。)や運動障害を来し,腰椎症の場合には,前述の坐骨神経痛等の下肢の感覚障害(靴下型の感覚障害を含む。)や運動障害を来すことが医学的に確立した知見である。また,脊髄症状については,脊椎内を通る脊髄が直接的に障害されることから,ある部分の脊髄が圧迫により障害されると,その圧迫部以下の神経すべてに影響を与える。例えば,第5頸椎と第6頸椎の間で脊髄が圧迫により障害された場合には,その間の椎間孔を通る第6頸椎神経が障害され,第6頸椎神経の神経根症状が発現するだけではなく,第7頸椎神経の支配領域から足先の神経まで,運動,感覚共に障害される可能性がある。 そのため,頸椎の狭窄による脊髄症であっても,上肢のみならず下肢をも含めた,四肢末梢優位の感覚障害を来すことが多いことが医学的に認められている(乙41,232)。 可能性がある。 そのため,頸椎の狭窄による脊髄症であっても,上肢のみならず下肢をも含めた,四肢末梢優位の感覚障害を来すことが多いことが医学的に認められている(乙41,232)。 脊髄症については,決して珍しい疾患ではなく,日本整形外科学会が一般患者向けにわかりやすく解説したガイドブック(乙233)においても「整形外科の日常診療ではしばしば[5%(20人に1人),時に1%(100人に1人)]みられる重要な病気です」と記されているように頻度の高い疾患である。 以上から明らかなとおり,被控訴人のように脊柱管狭窄等による頸部の脊髄症が認められる場合には,それだけでも四肢末梢優位の感覚障害が発現する可能性が高いことに加えて,被控訴人には変形性腰椎症等も併発しているのであるから,四肢末梢優位の感覚障害が発現する可能性が極めて高いことは明らかである。 (イ) 被控訴人には○による神経根症状が認められること被控訴人には,○による神経根症状である○が,昭和30年頃から認められ,それを示すラセーグ徴候陽性の所見やレントゲンにより○を示す○の変性所見が繰り返し確認されている。 なお,公的検診におけるレントゲン所見において,腰椎椎間腔の狭小化や○は軽度とされているが,これは医学的に軽症であることを意味するのではなく,飽くまで変性所見として軽度であることを意味しており,レントゲン所見が軽度であっても,重症を呈する可能性はあるし,神経根症状を呈することが十分にあり得ることは医学的に当然である。例えば,椎間腔が軽度であっても狭小化していれば,その中に詰まっている椎間板組織が飛び出してヘルニアを発症することから,その飛び出した組織が神経根を圧迫 とが十分にあり得ることは医学的に当然である。例えば,椎間腔が軽度であっても狭小化していれば,その中に詰まっている椎間板組織が飛び出してヘルニアを発症することから,その飛び出した組織が神経根を圧迫して障害を来し得ることは当然である(なお,椎間板自体はレントゲンには写らない。)。 (ウ) 変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)による可能性が高いことa レントゲン所見被控訴人の頸部のレントゲン所見のうち,特に脊柱管の前後径については,昭和49年8月には,「11㎜」,昭和50年7月には,「第5・第6頸椎前後径11~12㎜」とされ,本件処分時においても,「第5・6頸椎脊柱管前後径11㎜」である上,昭和55年5月のP6病院においても「11㎜」とされており,本件処分時のころは一貫して11㎜と狭い状態になっている。さらに,平成8年12月に は,これが8㎜となり,頸部脊柱管の狭窄が進行して極めて強くなっており,それに伴って,被控訴人の感覚障害も悪化している(乙199の1,209の1)。このように被控訴人の第5・第6頸椎の脊柱管の変性は顕著であり,かつ,それが加齢に伴って進行して悪化していることも優に認められる。 この頸部脊柱管の前後径と脊髄症発症の関係については,代表的な教科書の一つである,広畑和志監修「標準整形外科学・第五版」(乙234)においても,「日本人における第5,6頚椎高位での平均前後径は,男性で16㎜,女性では15㎜であり,13㎜以下では狭小化があると判断する。11㎜以下では頚髄症を示す危険性が大きい」とされている。 加えて,被控訴人の頸部の椎間腔は狭小化し,骨棘も形成されているのであるから,被控訴人が,本件処分時 と判断する。11㎜以下では頚髄症を示す危険性が大きい」とされている。 加えて,被控訴人の頸部の椎間腔は狭小化し,骨棘も形成されているのであるから,被控訴人が,本件処分時において,頸椎症性脊髄症を発症している可能性は極めて高いといえるのである。 b 被控訴人の症状が変形性頚椎症による症状と合致していること変形性脊椎症の症状としては,日本整形外科学会作成の「整形外科シリーズ12 頸椎症」(乙231)によれば,神経根症状として,「主に片方の首~肩~腕~手にかけての痛み,しびれ,力が入りにくいなどの症状」が出るとされ,脊髄症状としては,「両方の手足がしびれたり,動きが悪くなったりします。ひどくなると排尿や排便に異常が出たり,ぼたんかけが難しくなる,階段を下りるのがこわくなるなどの症状」が出るとされている。 被控訴人には,昭和48年頃から手足のしびれがあり,さらに公的検診において四肢末梢優位の感覚障害が認められ,昭和54年10月28日の精神科の検診録によれば,自覚症状として,肩,腰,下肢及び手の痛みがあり,肩こりの症状があるほか,手が不自由で,指先が きかず,手から物を取り落とす,ボタン掛けが難しいといった手指の巧緻性運動障害がみられる(乙199の3)ところであるが,これらはいずれも変形性頸椎症にみられる典型的な神経根症状や脊髄症状と合致する症状である。 cP96らの見解神経内科医であるP96は,別件訴訟の証人尋問において,被控訴人の検査結果に基づいて,「脊椎管の前後径が頸椎で14㎜以下というだけで神経症状,発症してもいいというふうなのが常識です。この方はそれが11㎜ということですから,それだけでも 人尋問において,被控訴人の検査結果に基づいて,「脊椎管の前後径が頸椎で14㎜以下というだけで神経症状,発症してもいいというふうなのが常識です。この方はそれが11㎜ということですから,それだけでも発現しうるんですけれども,さらに,こんな狭い脊柱管の中に変形性脊椎症がとび出したり,後ろに骨の棘がとび出しているということは,むしろ非常に高率に神経症状が出るだろうと思います。この場合は,頸ですから,両手足以下,手足全部出ていいと思います。それから,腰椎にも少し変化があるようですから,腰椎は腰椎でまた足に変化を出すかもしれませんけれども,頸椎に比べて腰椎というのは所見は軽いようです。」,「頸椎の変化,かなり高度なのがありますから,手足にきてもよろしいというふうに説明されます。それから,足のほうの感覚障害は頸椎できてるのか,腰椎の変化からきているのか,その両者どちらかというのは決め難いと思います。」として,二つのうちのいずれかから生じている可能性がある旨端的に証言しており,かつ,第5・第6頸椎の骨棘形成及び脊柱管前後径11㎜の所見では感覚障害が説明できないとの見解について問われたのに対し,「全く神経学の常識外だと思います」(乙212の2)と明確に述べている。 P21ら7名共同意見書,P82意見書及びP83意見書でも同様の見解である(乙210の1・2,365,367)。 なお,P83は,被控訴人の○は,第5頚椎のズレや骨棘の突出を 伴っていることから,姿勢変化による可動性障害が強く疑われるとし,その後の症状の変動についても,かかる○によるとすれば説明が可能であるとする。 dP9の見解(甲165)についてP9は,脊椎症のうち頚椎症では,「左右均等に障害さ し,その後の症状の変動についても,かかる○によるとすれば説明が可能であるとする。 dP9の見解(甲165)についてP9は,脊椎症のうち頚椎症では,「左右均等に障害されることはまれであり,両側の神経根と脊髄が侵されるような頚椎症は重症な症例(転落や交通事故で頚椎骨折や重度の脊髄損傷等)に限られ,この場合には知覚障害とともに明らかな運動麻痺を伴うので鑑別は容易である」などと述べるが,これは,経験不足に起因する誤った見解である。 すなわち,変形性脊椎症によって四肢末梢優位の感覚障害が生じ得ることは明らかであるし,日本整形外科学会が編集した脊髄症のガイドラインにおいても,「感覚障害はほとんどの場合,四肢の末梢優位に認められる」とされ,脊髄症のみであっても四肢末梢優位の感覚障害が発現すると考えられている(乙232)また,神経内科の専門医として30年以上の経験を有するP83は,自らの変形性脊椎症についての臨床経験に基づいて,頚椎症については,運動麻痺を伴うような重症例でなくとも,神経根症状と脊髄圧迫症状を併発する症例が少なくなく,また,頚椎症によって左右両側性の神経症候が発現することは通常であるし,左右同等な場合も少なくないと述べている(乙395)。 このように,頚椎症については,左右同等に障害され,神経根症状と脊髄圧迫症状とを併発する症例は決して少なくなく,それが重症例に限られるとするのは誤っている。 カ ○及びその手術後の後遺症の影響が考えられること○手術後の後遺症としては,種々の症状が挙げられ,その中には身体の 動きなど運動に関わるもの,麻痺やしびれなどの感覚に関わるものが認められることは明らかである(乙79,80,217)から,被控訴人に認められた四肢末梢優位 状が挙げられ,その中には身体の 動きなど運動に関わるもの,麻痺やしびれなどの感覚に関わるものが認められることは明らかである(乙79,80,217)から,被控訴人に認められた四肢末梢優位の感覚障害についても,○手術後の後遺症による可能性は否定し得ないし,そもそもP7病院の手術前の○の状態からみて,左半身の感覚障害については,この○の影響によるものであることは明らかである。 また,被控訴人の○が,右傍矢静脈洞という脳の左半球に極めて近い箇所に生じた鶏卵大の大きさのものであることを考慮すれば,手術により,脳の左半球へ何らかの影響を及ぼした結果として,被控訴人の右半身にも感覚障害を生じさせた可能性は十分に考えられるところである上(甲54,乙235),そもそも「鶏卵大」の大きさの髄膜腫が発生していたのであれば,対側の左大脳を相当程度圧迫していたと考えるのが医学的に通常であるところ,現に,被控訴人の供述録取書(甲59)によれば,髄膜腫の1回目の手術前の昭和50年7月ころには,左足のみならず「両足の指先から膝にかけてけいれんがくるようにな」ったというのであるから,被控訴人の髄膜腫が対側の左大脳にまで影響を及ぼしていたと認めるのが自然である。 さらに,被控訴人は,昭和50年11月の○摘出手術後の経過が芳しくなく,昭和51年7月には,○切除後後遺症により起立保持困難となり,摘出手術を受けたが,手足の痺れはひどくなったようでその他の症状も残って視力も落ち,昭和56年頃からはたまに胸がむかついて吐き気もするようになったこと,昭和57年の再手術の結果,手足のしびれについては一旦改善した旨自ら明確に供述している。仮に被控訴人の手足のしびれが水俣病に起因するものであれば,1回目の手術後に悪化し,2回目の手術により改善することはないは 再手術の結果,手足のしびれについては一旦改善した旨自ら明確に供述している。仮に被控訴人の手足のしびれが水俣病に起因するものであれば,1回目の手術後に悪化し,2回目の手術により改善することはないはずであるから,このことは,被控訴人の感覚障害が○に起因する可能性を強く示唆するものというべきである。 なお,被控訴人は,再手術後に一旦改善した手足のしびれが,その後悪化したとも供述するが,再手術を受けたのは昭和57年であって,α1湾周辺地域において濃厚な汚染があった昭和35年頃から20年以上も経過してからのことになるから,再手術後の感覚障害の悪化が水俣病に起因するとは到底考えられないものである。 キ昭和54年10月の公的検診の「Mdを否定できない」との記載は有意なものではないこと昭和54年10月28日に実施した精神科の公的検診は,当時認定審査会委員であったP18が実施したものであるところ,同検診録の15ページの「16 診断」の箇所には,「Md(水俣病)を否定できない」との箇所に○印が付けられている。 しかし,それと同じページにおいて,被控訴人の所見の「問題点」等が記されており,そこには,「視野狭窄,構音障害についても○との関連?」,「疫学はやや弱い,問題になるのは知覚のみだがこれもごく軽い」とあり,むしろ「水俣病」とは認め難いとの心証が記されている。 また,認定審査会においては,特に棄却処分をする際には,全員一致で評決をし,1人でも認定相当の意見であれば保留する運用を採っている(乙240の2,262の1・3)ところ,本件処分は棄却処分であったことからすると,P18は,仮に上記検診録の記載が付け間違いではなかったとしても,後に,他の検診結果を踏まえた総合考慮の中で,被控訴人を棄却相当とするのが医学 3)ところ,本件処分は棄却処分であったことからすると,P18は,仮に上記検診録の記載が付け間違いではなかったとしても,後に,他の検診結果を踏まえた総合考慮の中で,被控訴人を棄却相当とするのが医学的に正当であると判断しているのである。 ク腱反射の所見を理由に中枢神経の障害とすることはできないこと本件処分時における深部反射(腱反射)について,腱反射が維持ないし亢進しているとして,腱反射亢進が中枢神経の障害を示すものであると解して,被控訴人の感覚障害がメチル水銀の影響によるものであると推認することは誤っている。 昭和54年10月27日の神経内科検診の結果(乙199の1)によれば,被控訴人の腱反射は,ほぼ正常であって,両上肢の外側(上腕三頭筋反射)ではむしろ低下が認められており,左下肢においてのみ亢進が認められるというものである。全体として腱反射の亢進と評価するべきものではない。左下肢のみが亢進している理由については,水俣病の症状がその発症機序から一側に偏位するとは考えがたい上(乙70,212の2),被控訴人には左下肢に○手術後の後遺症による中枢的な影響が認められることが明らかであることから,水俣病によるものではなく,○手術後の後遺症による影響と考えるのが相当である。 なお,腱反射は,被控訴人に即していえば,○のうち神経根障害などの末梢神経障害の影響により減弱・消失し,○や○のうち脊髄障害などの中枢神経障害の影響により亢進することから,それら障害の相互影響により,例えば減弱方向の影響と亢進方向の影響の組合せにより正常な所見となり得ることなどに留意すべきである(乙215)。 3 本件義務付けの訴えは却下されるべきであること公健法4条2項は,同法2条 減弱方向の影響と亢進方向の影響の組合せにより正常な所見となり得ることなどに留意すべきである(乙215)。 3 本件義務付けの訴えは却下されるべきであること公健法4条2項は,同法2条3項の規定により定められた疾病にかかっていると認められる者が同法4条2項に基づく認定を申請することを認めているから,本件義務付けの訴えは,行訴法3条6項所定の申請型の義務付けの訴えである。 申請型の義務付けの訴えのうち,「申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合」の類型については,当該処分が,「取り消されるべきもの」であるときに限り,提起することができるとされているから(行訴法37条の3第1項2号),併合提起した処分の取消訴訟が認容されることが訴訟要件である。 本件においては,熊本県知事が行った本件処分が適法であって,取り消されるべきものに当たらないことは前述してきたとおりであるから,本件義務付け の訴えは,訴訟要件を欠き不適法であり,却下されるべきである第6 当裁判所の判断公健法4条2項に基づく水俣病認定申請(本件申請)に対する棄却処分(本件処分)の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,熊本県認定審査会の医学上の科学的,専門的な調査審議及び判断を基にしてされた処分行政庁(熊本県知事)の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって,現在の最新の医学水準に照らし,上記調査審議において用いられた具体的審査基準である52年判断条件に不合理な点があり,あるいは被控訴人の本件申請が52年判断条件に適合しないとした認定審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,処分行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には,処分行政庁の同判断に不合理な点が 申請が52年判断条件に適合しないとした認定審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,処分行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には,処分行政庁の同判断に不合理な点があるものとして,同判断に基づく本件処分は違法と解すべきである(最高裁昭和60年(行ツ)第133号平成4年10月29日第一小法廷判決・民集46巻7号1174頁参照)。 そこで,これに従って,以下順次検討する。 1 公健法における水俣病認定の枠組み(1) 公健法4条2項の構造ア 2つの要件公健法2条2項は,同法において「第二種地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域をいう旨規定し,同条3項は,同条2項の政令においては,併せて同項の疾病を定めなければならない旨規定している。これを前提として,同法4条2項前段は,第二種地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該第二種地域につき同法2条3項の規定により定められた疾病にかかっていると認められ る者の申請に基づき,当該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行なう旨規定し,同法4条2項後段で準用する同条1項後段は,当該疾病にかかっていると認められるかどうかについては,認定審査会の意見をきかなければならない旨規定する。 以上のような公健法の規定からすると,公健法4条2項に基づく申請をした者が同項に基づく認定を受けるためには,①当該申請者が当該申請に係る指定疾病にかかっているこ ればならない旨規定する。 以上のような公健法の規定からすると,公健法4条2項に基づく申請をした者が同項に基づく認定を受けるためには,①当該申請者が当該申請に係る指定疾病にかかっていること,及び,②当該疾病が,当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚染の影響によるものであることという二つの要件を満たすことを要すると解される。 イ被控訴人主張の要件論についてこれに対し,被控訴人は,上記①の要件は,当該申請者が指定された地域に一定期間居住して,当該地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響を受ける立場・地位にあったこと,水俣病に則していえば,α1湾又はその周辺海域の魚介類の多食等による「有機水銀への曝露」という条件を満たしていることを意味し,上記②の要件を判断するための前提条件であって,同②の要件は,当該申請者に発現している症状や疾病が,有機水銀への曝露の影響による疾病と認められるか否か,すなわち,公健法でいうところの「水俣病」の症状のいずれかと同一性が認められるか否かという問題であり,本件における主位的な問題は,あくまで当該疾病(申請者に発現している症状や疾病)が「当該地域の水質の汚濁」すなわち「メチル水銀への曝露」の「影響による疾病」と認められるかということであると主張する。 しかしながら,被控訴人の上記主張は,公健法4条2項にいう「当該疾病」を,申請者に発現している症状や疾病を意味するものと解することを前提とするものであるところ,同法の文理に照らせば,同項にいう「当該 疾病」は当該第二種地域につき同法2条3項の規定により公健法施行令に定められた疾病をいうものと解するのが自然であって,同法の規定からは,上記「当該疾病」について,その文理を離れて被控訴人が主張するように解すべき根 種地域につき同法2条3項の規定により公健法施行令に定められた疾病をいうものと解するのが自然であって,同法の規定からは,上記「当該疾病」について,その文理を離れて被控訴人が主張するように解すべき根拠を読み取ることはできない。 この点,被控訴人は,公健法における指定地域(例えば,新潟水俣病における阿賀野川流域)外の住民(例えば,新潟県下の関川流域の住民)が有機水銀取扱工場の廃液の影響により感覚障害等の水俣病に罹患したとして,公健法上の救済を申し立てたとしても,「当該申請者が当該第二種地域につき定められた指定疾病」(水俣病一般ではない)にはかかっていないとして「水質汚濁の影響の有無」という実体的判断に立ち入るまでもなく,申立てを棄却(却下)することができると主張し,公健法2条3項に基づき公健法施行令において定められた指定疾病は,同条2項に基づき公健法施行令において定められた当該指定疾病に係る指定地域に限定されたものであり,それは,当該地域に係る水質の汚濁の影響を受ける立場・地位にあったかによって判断されるものであるかのような主張をする。 しかしながら,公健法2条2項に規定する指定疾病は,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じる場合において,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病をいうのであって,同項に規定する指定疾病は,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質による疾病であることを超えて,当該大気又は水質の汚濁自体によることはその要件とはされていない。したがって,公健法4条2項における指定疾病は,大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければ の汚濁自体によることはその要件とはされていない。したがって,公健法4条2項における指定疾病は,大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがないものであれば足り,それ以上に当該大気の汚染又は水質の汚濁に係る指定地域において生じた疾病に限定されるもので はないというべきである。公健法施行令別表第二の1及び4項並びに3及び5項も,それぞれ異なる地域について同一の疾病を規定しており,当該疾病が,当該疾病に係る指定地域に固有のものではないことを前提としているものというべきである。 以上によれば,公健法4条2項の判断の枠組みに関する被控訴人の上記主張を採用することはできず,同項の認定要件としては,①当該申請者が当該申請に係る指定疾病にかかっていること,及び,②当該疾病が,当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚染の影響によるものであることが,それぞれ独立の要件として必要になると解すべきである。 ウ実質的要件は「水俣病にかかっていると認められる」もっとも,公健法4条2項の認定の対象となる指定疾病は,特定の物質をその原因とする疾病(当該物質によらなければかかることがない疾病)であるから,上記①の当該申請者が当該申請に係る指定疾病にかかっているとの要件を満たすとの判断は,同時に当該指定疾病に係る原因物質への曝露があることをも意味することになる。そうであるところ,当該疾病の原因となる上記物質は,事業活動その他の人の活動に伴って生じる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質に限られるのであるから(同法2条2項参照),そのような物質が自然界に多量に存在することは想定し難いところであり,当該物質への曝露の機会は,相当程度限定されたもの 汚染又は水質の汚濁の原因である物質に限られるのであるから(同法2条2項参照),そのような物質が自然界に多量に存在することは想定し難いところであり,当該物質への曝露の機会は,相当程度限定されたものになるものと解される。そして,後記のとおり,公健法2条2項に規定する指定疾病には,水俣病をはじめ,その症候が必ずしも当該指定疾病に特異的なものではないものもあり,当該指定疾病にかかっているかどうかを判断するためには,当該指定疾病の原因物質への曝露の有無をも探求する必要がある場合も少なくないと考えられることからすると,上記①の要件を満たす場合,すなわち,公健法4条2項の認定の対象となる指定疾病にかかっていると認められる場合において,当該指定疾 病に係る指定地域における居住等,当該地域における当該指定疾病に係る原因物質への曝露の機会が認められるときは,事実上,当該指定疾病は,当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであると推認され,これが当該地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁以外の影響によるものであることが明らかとならない限り,上記②の要件をも満たすものと判断して差し支えないというべきである。 そうすると,本件においても,被控訴人が上記①の要件を満たす場合,すなわち,被控訴人が公健法2条2項の規定に基づき公健法施行令別表第二に規定された疾病(水俣病)にかかっていると認められる場合には,その判断の過程において,同別表4の項中欄に掲げられた地域における居住等,被控訴人につき同地域における水俣病の原因物質への曝露の機会が認められる場合は,被控訴人がかかっている水俣病は,当該地域に係る水質の汚濁の影響によるものであると推認することができ,原則として,上記②の要件も満たすことになる。したがって,本件処分の適法性を検討する られる場合は,被控訴人がかかっている水俣病は,当該地域に係る水質の汚濁の影響によるものであると推認することができ,原則として,上記②の要件も満たすことになる。したがって,本件処分の適法性を検討するに当たっては,まずもって,被控訴人が上記①の要件を満たすと認められるか,すなわち,被控訴人が「水俣病にかかっていると認められる」かどうかについて検討すべきことになる。 (2) 公健法における「水俣病」の意義ア水俣病の定義規定の不存在前記のとおり,公健法2条2項は,同法において「第二種地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域をいう旨規定し,同条3項は,同条2項の政令においては,併せて同項の疾病を定めなければならない旨規定するところ,これらの 規定を受け,公健法施行令別表第二の4項は,公健法2条2項の政令で定める地域として「熊本県の区域のうち,水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち,出水市の区域」を,同条3項の政令で定める疾病として,「水俣病」をそれぞれ規定しているものの,「水俣病」の定義規定等,これがいかなる疾病であるかについては,何ら規定が置かれていない。 イ指定疾病の救済法における規定の経緯と公健法の規定ところで,救済法2条1項は,同法において,「指定地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発している地域で政令で定めるものをいう旨規定し,同条2項は て,「指定地域」とは,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発している地域で政令で定めるものをいう旨規定し,同条2項は,同条1項の政令においては,あわせて同項に規定する疾病を定めなければならない旨規定し,同法3条1項前段は,指定地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該指定地域につき同法2条2項の規定により定められた疾病にかかっている者について,その者の申請に基づき,公害被害者認定審査会の意見を聞いて,その者の当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものであるとの認定を行う旨規定しており,これらを受けて,前記のとおり,その施行令は,上記政令で定める地域及び疾病として,公健法施行令別表第二の4項と同様の規定を置いていた。 そして,公健法は,附則2条において,救済法を廃止する旨規定する一方,附則3条において,公健法の施行の際に現に救済法3条1項の認定を受けている者は,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けたものとみなす旨規定するほか,附則4条1項,2項も,公健法施行の際現に救済法3条1項の認定の申請をしている者に対しては,従前の例によりその認定をすることができ,この認定を受けた者は,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けたものとみなす旨規定しており,先にみ た救済法の規定内容と公健法のそれとの類似性に加え,上記のような公健法の下における救済法の位置付け等からすると,公健法が,救済法の下における認定制度を引き継いだ経緯が明らかであり,公健法2条2項に基づき公健法施行令別表第二が規定する「水俣病」は,救済法2条2項に基づき救済法施行令に規定された「水俣病」と医学的には同義であると解すべきである。 き継いだ経緯が明らかであり,公健法2条2項に基づき公健法施行令別表第二が規定する「水俣病」は,救済法2条2項に基づき救済法施行令に規定された「水俣病」と医学的には同義であると解すべきである。 そうであるところ,証拠(乙19,91,93)によれば,救済法施行令に「水俣病」が規定されるに至った経緯として,次の事実が認められる。 すなわち,救済法施行令制定に先立つ昭和44年,財団法人日本公衆衛生協会は,厚生省から公害の影響による疾病の範囲等に関する研究を委託され,同年8月,P13を委員長とする公害の影響による疾病の指定に関する検討委員会(P13委員会)を設置し,公害に係る健康被害の救済制度の確立と円滑な運用に資するため,制度の対象とする疾病の名称,続発症検査項目等の問題について検討を行った。そして,P13委員会は,有機水銀関係について,政令に織り込む病名としては「水俣病」を採用するのが適当であること,水俣病の定義は,「魚貝類に蓄積された有機水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患」とすること,α1湾沿岸における水俣病と阿賀野川沿岸における有機水銀中毒との相互関係については,疫学,臨床,病理,分析等の所見から同一の疾病であり,同一病名で統括することができること,水俣病という病名は,我が国の学会ではもちろん,国際学会においてもMinamataDiseaseとして認められ,文献上もそのように取り扱われていること,有機水銀中毒,アルキル水銀中毒,メチル水銀中毒等は経気,経口,経皮等によっても惹起されるが,水俣病は上記定義のごとく魚貝類に蓄積された有機水銀を大量に経口摂取することにより起こる疾患であり,魚貝類への蓄積,その摂取という過程において公害的要素を含んでいること,このような過程は世界のどこにもみないものであり, この意 た有機水銀を大量に経口摂取することにより起こる疾患であり,魚貝類への蓄積,その摂取という過程において公害的要素を含んでいること,このような過程は世界のどこにもみないものであり, この意味において水俣病という病名の特異性が存在すること,などの意見を取りまとめ,こうしたP13委員会の意見を受けて救済法施行令別表に救済法2条2項に規定する疾病として「水俣病」が規定されるに至った。 以上のような救済法施行令に「水俣病」が規定されるに至った経緯に加え,特措法前文及び2条1項においても,メチル水銀により水俣病が発生したとの認識が示されていることなどからすると,公健法の下における「水俣病」とは,魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取することにより起こる神経系疾患をいうものと解するのが相当である。 また,公健法及び同法施行令などにおいて,水俣病という医学において他の疾病との鑑別診断の単位として用いられる医学的概念が用いられただけでなく,認定審査会における医学上の科学的,専門的な意見を必要的に聞く仕組みを規定していることからすると,同法は,どのような者を水俣病と医学的に診断し得るかということは最新の医学水準による医学的知見に委ねているものと解される。 (3) 「水俣病にかかっている」と認められるべき可能性の程度についてア救済法の認定における可能性の程度救済法は,いわゆる公害被害者が損害賠償を受けるまでの応急的な行政上の特別措置として健康被害の緊急の救済を図る社会保障的性格を加味した制度であり,その給付内容も,医療費,医療手当及び介護手当のみの支給措置を講ずるとしたのであって,公健法とは異なり,民事責任を踏まえた損害賠償の内容に相当する給付内容ではなかった。そのため,その制度趣旨からも被害者である可能性のあ ,医療手当及び介護手当のみの支給措置を講ずるとしたのであって,公健法とは異なり,民事責任を踏まえた損害賠償の内容に相当する給付内容ではなかった。そのため,その制度趣旨からも被害者である可能性のある者を広い範囲で早期に救済することが予定されていた。救済法についての審査基準である46年事務次官通知においても,明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが,当該症状の発現または経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には,他の原因があっ ても,これを水俣病に含むとされ,さらに,認定申請人の示す現在の臨床症状,既往症,その者の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響が認められる場合に含むものとして,速やかに認定を行うこととしており,これは,救済法の広く早期に被害者を救済するという趣旨から,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることの可能性が50%以上と認められるものまで広く水俣病と認定することが妥当であると宣明したものと解される。 イ公健法の認定における可能性の程度(ア) 公健法は,事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る損害を填補するための補償並びに被害者の福祉に必要な事業及び大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害を予防するために必要な事業を行うことにより,健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ることをその目的とするものである(同法1条)。すなわち,同法は,大気の汚染又は水質の汚濁の原因者の汚染原因物質の排出によ うことにより,健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ることをその目的とするものである(同法1条)。すなわち,同法は,大気の汚染又は水質の汚濁の原因者の汚染原因物質の排出による環境汚染によって生じた健康被害をその対象として,本来であれば,当該原因者と被害者との間で損害賠償等の民事上の問題として処理されるべき損害ないし健康被害について,これを填補する制度的な枠組みを設け,もって,公害被害者の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ろうとするものであって,本質的には,民事責任を踏まえた損害ないし健康被害の填補を図る制度としての性格を有するというべきである。したがって,このような同法の基本的な性格ないし趣旨からは,同法4条2項に規定する認定の要件のうち因果関係の立証の程度につき,高度の蓋然性が要求される通常の民事訴訟に比して緩和すべきものとする趣旨を 直ちに読み取ることは困難であるといわざるを得ない。 また,公健法は,一般には救済法を発展させたものともいわれているが,一方では,民事責任に基づく制度として設計されていることから,救済法とは異なり,民事責任の損害賠償費目に相当する障害補償費,遺族補償費等の給付が拡充され,その費用負担も,第二種地域に関しては,その全額について,当該疾病の原因物質を排出した特定施設設置者に特定賦課金の納付義務を課している。そして,公健法が支払を予定する金額は,場合によっては本件補償協定による補償金額や民事訴訟による損害賠償額を超え得る支給金額を,汚染原因物質を排出した特定施設設置者の反証を許さず処分行政庁の一方的な認定によって,特定施設等設置者の負担の下に予定している (乙299。もっとも公健法による補償は原則的には定期金方式であるため,現在までのところ認定患者は原則一時払いである さず処分行政庁の一方的な認定によって,特定施設等設置者の負担の下に予定している (乙299。もっとも公健法による補償は原則的には定期金方式であるため,現在までのところ認定患者は原則一時払いである本件補償協定による補償の受給を選択していると思われる。)のであるから,公健法の解釈においては,損害賠償の財源の拠出者と同様に公健法の給付の財源の拠出者に対しても,拠出を命ずるための説得性を有する形で受給資格を賦与することが必要であると考えられる。 このような制度構造からみると,因果関係の立証の程度に関しては,本来は,民事賠償責任を民事訴訟手続で追求する場合の立証の程度と同程度に考えて,当該申請者が水俣病にかかっていることを証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要し,高度の蓋然性の立証を要するものとすることが,一つの論理的な帰結と考えられるところである。 (イ) 公健法の立法段階においては,このような因果関係の立証の程度において救済法との間に違いが生じ得るか否かの問題点も議論の対象となっており,証拠(乙145)によれば,公健法の法案を審議する委員会 において,政府委員は,この点についての議員の質問に対して,「この法律は当然,従来の特別措置法のような社会保障制度の補完的措置とは違ってまいりまして,民事責任を踏まえた補償制度であるという性格を持っているということは,そのとおりでございます。・・・私どもとしましては,前提としての,公害患者であるかどうかという認定につきましては全く差をつけていない。つまり,この制度におきます因果関係と従来の特別措置法上におきます因果関係とは制度的には全く同じと考えておるわけでございます。」と答弁している。また,前記のとおり,公健法 ては全く差をつけていない。つまり,この制度におきます因果関係と従来の特別措置法上におきます因果関係とは制度的には全く同じと考えておるわけでございます。」と答弁している。また,前記のとおり,公健法は,救済法によって認定された者を公健法による認定者とみなす旨規定しているが,この規定は,上記のとおり本来は公健法は救済法とは立法趣旨を異にしていて,水俣病認定における因果関係の立証の程度についても差違を設けることも十分考えられるところではあったが,公健法が制定された昭和48年頃にはいまだ認定申請を行う水俣病患者も典型的なハンターラッセル症候群該当者が多くを占めていたこともあって,立法府が,被害者の早期救済を優先するため,救済法で認定された者をそのまま公健法による認定者とみなすという立法的決断を行ったものと評価すべきであると考えられる。 控訴人及び原審相被告であった国も,公健法の審査基準である52年判断条件は救済法の審査基準であった46年事務次官通知と趣旨を共通にするものであると主張して,公健法の行政庁による認定においても,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることの可能性が50%以上と認められるものまで認定することが相当であると主張し,実際にも52年判断条件の下においてもそのような運用がなされていると認められる(認定審査会が5段階評価を行い,水俣病の可能性は否定できないとする第3ランク以上のランクであると医学的に評価された者が行政庁によって認定を受けることとされているのは,46年事務次官 通知が発出された救済法当時から変わらない。)。こうした控訴人の主張や運用は,救済法や公健法の法趣旨及び立法経緯と,後記のとおり,水俣病が発見された後長期間が経過した現在においても,水俣病の病像については医学者の間でも争いが残って らない。)。こうした控訴人の主張や運用は,救済法や公健法の法趣旨及び立法経緯と,後記のとおり,水俣病が発見された後長期間が経過した現在においても,水俣病の病像については医学者の間でも争いが残っており,必ずしも医学的知見が完全には帰一しない上,α1地区においては,魚介類を摂取していた者について,摂取直後の検診データが存在しない場合が多く,曝露状況を客観的に示す毛髪水銀値や,発症直後の症状の客観的データがないことにより因果関係が存することの立証に多くの困難が伴うという事情を行政庁において考慮した結果であると解される。 そして,行政庁による公健法4条2項に規定する認定の目的は,同法の定める補償給付の受給資格の有無を判定することにあるが,それは,臨床医学上の科学的,専門的知見を前提とした,行政庁による同法の立法趣旨を実現するための法的ないし政策的判断である。したがって,行政庁は52年判断条件に基づいて,臨床医学によって当該症状が水俣病である確率が明らかにされることを前提に,その確率が50%以上であれば受給資格があるものと法的ないし政策的な判断を行うこととされているのであって,上述の諸事情を考慮すれば,水俣病の可能性が臨床医学上50%以上と認められるものまで広く認定することを前提とする52年判断条件には,この立証の程度の点に関しては,公健法の趣旨に適合した十分な合理性があるものと判断される。 ウ被控訴人の主張について被控訴人は,公健法4条2項においては,「影響」という用語が使用されているところ,この「影響」という用語は,被爆者援護法における「起因」等という用語よりも広い概念であることや,公健法の立法趣旨や水俣病の病像の未解明性からすれば,立証の程度は緩和されるべきであり,被害者をあまねく救済することが公健法の趣旨で 者援護法における「起因」等という用語よりも広い概念であることや,公健法の立法趣旨や水俣病の病像の未解明性からすれば,立証の程度は緩和されるべきであり,被害者をあまねく救済することが公健法の趣旨であると主張する。 しかしながら,申請者に存する疾患とメチル水銀の経口摂取との間の因果関係の有無は,公健法4条2項における「水俣病にかかっている」という要件該当性の問題であって,同項にいう「影響」の有無の問題ではない。 そして,公健法4条2項は,「起因」等,直接上記因果関係の存在を同項の認定の要件とするような文言は用いていないものの,前記のとおり,公健法2条2項の規定により公健法施行令で指定された疾病については,その意義ないし定義自体に原因物質と疾患との間の因果関係の存在を内包しているのであって,公健法4条2項の認定は,原因物質の曝露との間の因果関係をもその要件としているものと解され,その点は,被爆者援護法における原爆症認定等と異なるところはないというべきである。 また,被控訴人の主張する「被害者をあまねく救済する」との趣旨が,水俣病にかかっている可能性が極めて低くとも,わずかでも可能性があれば救済すべきであるとの主張であるとすると,公健法の文言はもちろんその立法経緯からもそのような趣旨を読み取ることはできない。 すなわち,公健法の条文からみると,同法は,同法2条1項に規定する第一種地域について同条3項に基づき政令に規定する疾病については,これが,大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかではなく,又は当該原因である物質によらなくてもかかることがある疾病であって,当該原因物質と当該疾病との間の因果関係の立証が極めて困難であることから,同法4条1項に規定する認定については,上記のような意味の大気の汚染の である物質によらなくてもかかることがある疾病であって,当該原因物質と当該疾病との間の因果関係の立証が極めて困難であることから,同法4条1項に規定する認定については,上記のような意味の大気の汚染の原因物質に対する曝露との間の因果関係自体は当該「疾病にかかっている」という要件には含まないものとした上,当該疾病にかかっていると認められる者が,当該大気汚染等に対する一定の曝露条件を満たす場合には,当該疾病と当該大気汚染等との間に因果関係がある(当該疾患が当該大気汚染等の影響によるものである)ものとして取り扱うこととして,個別具体的な因果関係の立証を不要としているところ, 同条2項に規定する第二種地域における認定については,そのような因果関係の認定方法についての特別の規定を置いていない。さらに,水俣病に関しては,特措法5条1項が,同法に基づく救済の対象者として,「過去に通常起こり得る程度を超えるメチル水銀のばく露を受けた可能性があ…る者」と規定し,メチル水銀に対する曝露の事実に係る立証の程度につき,その可能性で足りるものとして,その程度を緩和しているところ,公健法4条2項は,そのような特別の規定は置いていないのである。 そして,公健法の立法当時の経緯においても,前記のとおり,認定は救済法における認定と同様に考えるとの考え方が示された経緯はあるものの,それを超えて,被控訴人主張のような立証の軽減が議論されたことを認めるべき証拠は存しない。 2 水俣病に関する基礎的事実関係以上を前提として検討するに当たり,証拠(甲75~77,乙1,4,41,46,57,69,102,126)及び弁論の全趣旨によると,まず水俣病に関し,以下の事実を認めることができる。 (1) 水俣病発見の経緯等ア水俣病は,昭和28年ころから 4,41,46,57,69,102,126)及び弁論の全趣旨によると,まず水俣病に関し,以下の事実を認めることができる。 (1) 水俣病発見の経緯等ア水俣病は,昭和28年ころから熊本県水俣市及びα1湾周辺において集団的に発生した,有機水銀化合物の一つであるメチル水銀を摂取することにより引き起こされる中毒性神経障害である。そして,上記メチル水銀は,P1P10工場のアセトアルデヒド製造設備内で生成されたものであり,これが工場排水に含まれて排出され,α1湾及びその周辺海域の魚介類の体内に濃縮・蓄積されて,これを経口摂取することにより,人の体内に取り込まれ,上記の神経障害を引き起こすものであった。 イすなわち,α1湾周辺地域においては,昭和25,26年ころから,漁獲量が著しく減少し,カラスや水鳥が空から落ちたりするほか,昭和28年ころには,猫の狂死なども確認されるようになっていたところ,昭和3 1年5月1日,P97病院長であったP98は,α1湾沿いの漁村において4名もの脳炎らしき患者が発生していたことから,P64保健所に対し,原因不明の中枢神経疾患が多発している旨報告し,これにより水俣病が公に認知されることになった。 そして,その後も類似の症状を呈する患者が続発したことから,同年8月24日,熊大医学部において同学部のP99教授を班長とする水俣病研究班(以下「熊大研究班」という。)が組織され,水俣病につき,疫学的,臨床学的及び病理学的研究が行われることとなった。そして,上記の患者のほとんどがα1湾から採れる魚介類を多量に摂食しており,また,魚介類を好んで食べる猫,鳥,水禽類も多数死亡していることが判明したため,水俣病は,α1湾周辺の魚介類を介しての何らかの中毒,特に重金属の中毒が強く疑われるに至った。 類を多量に摂食しており,また,魚介類を好んで食べる猫,鳥,水禽類も多数死亡していることが判明したため,水俣病は,α1湾周辺の魚介類を介しての何らかの中毒,特に重金属の中毒が強く疑われるに至った。そのため,熊本県衛生部は,同年11月,現地の漁民に対し,α1湾の魚介を採らないよう指導したため,昭和32年には一時的に患者の発生がなくなったかにみえたが,その後,現地の漁民が生活困窮のために再び出漁するようになり,再度患者が発生するに至り,昭和36年末までの患者総数は89名であるとされ,そのうち36名が死亡するに至った。 ウ上記水俣病の原因については,昭和32年7月に開催された厚生省厚生科学研究班により,何らかの化学物質に汚染された魚介類を多量に摂取することにより発症する中毒症であるとの結論が示されたものの,その原因物質としては,当初マンガン,タリウム及びセレン等の物質が疑われたものの,明らかとはならなかった。 その後,水俣病の臨床像及び病理像が,イギリスのハンター及びラッセルらによる有機水銀中毒の報告例に酷似していることが明らかとなり,熊大研究班は,昭和34年7月,文部省科学研究水俣病総合研究班会議において,水俣病の原因は,有機化合物,特に有機水銀が有力であるとの報告 を行った。すなわち,ハンターらは,1940年(昭和15年),イギリスにおける4例の有機水銀中毒患者の臨床像について報告し,次いで,1945年(昭和20年)には,1死亡例について脳病理所見を報告し,その中毒の特異性を明らかにしたが,そこでは,臨床的には,四肢の感覚障害,中心性視野狭窄,小脳性運動失調及び難聴を示し,病理学的には,大脳後頭葉の線野の萎縮,小脳顆粒細胞の脱落,側頭葉皮質の聴覚中枢,及び頭頂葉中心溝前後の損傷が認められることを報告していたとこ 覚障害,中心性視野狭窄,小脳性運動失調及び難聴を示し,病理学的には,大脳後頭葉の線野の萎縮,小脳顆粒細胞の脱落,側頭葉皮質の聴覚中枢,及び頭頂葉中心溝前後の損傷が認められることを報告していたところ,こうしたハンターらによって報告された有機水銀中毒による臨床的,病理学的所見は,水俣病患者らのそれとよく符合するものであった。 さらに,その後,水俣産のヒバリガイモドキ貝からメチル水銀が抽出され,昭和38年にはP1P10工場のアセトアルデヒド工場内のスラッジから塩化メチル水銀が取り出されるなどし,水俣病の原因物質はP1P10工場からの排水中に含まれるメチル水銀であることが明らかとなった。 エところで,P1P10工場は,昭和7年ころからアセトアルデヒドの生産を始め,昭和24年ころからはその生産量も増え,また,塩化ビニルの生産をはじめ(塩化ビニルの生産によってもメチル水銀が産出された。),その後次第に大量生産に移行したが,水俣病の患者の発生もこれにやや遅れて始まり,以後増加し,上記アセトアルデヒド等の製造量と水俣病患者の発生との間には正の相関関係がみられる。 P1P10工場は,昭和33年9月,アセトアルデヒド工場排水の排出先をα1湾内のα15港からα1川河口に変更したため,昭和34年ころからは,α1湾沿岸のみならず,α1川河口の住民にも水俣病が発病するようになった。 また,P1は,昭和34年12月には,サイクレーター(排水浄化装置)を設置したことにより,同工場から排出されるメチル水銀は減少し,その後昭和43年5月,P10工場におけるアセトアルデヒドの製造を中 止し,これにより同工場からメチル水銀の含まれる工場排水が排出されることはなくなった。 そして,平成7年1月31日時点において,公健法4条2項に基づきα アセトアルデヒドの製造を中 止し,これにより同工場からメチル水銀の含まれる工場排水が排出されることはなくなった。 そして,平成7年1月31日時点において,公健法4条2項に基づきα1湾周辺地域における水俣病と認定された者の総数は2947人であり,その居住地は,熊本県水俣市がその3割程度を占めているほか,同県α16町,α34町,α35町,八代市,α8町,α18町,鹿児島県出水市,α36町,α37町及び阿久根市等,α19海沿岸の広範囲に及んでいる。 (2) 水俣病の病理ア魚介類を介して経口摂取されたメチル水銀は,その大部分が消化管から体内に吸収され,血液を通じて体内に広く分布し,神経系のみならず,一般臓器組織の細胞にも広範囲に沈着している。なお,体内に取り入れられたメチル水銀が排泄されて半分になるいわゆる生物学的半減期は,健康人で約70日であるとされている。 イ上記のとおり,体内に取り込まれたメチル水銀は,全身諸臓器組織に当初はほぼ均等に分布するが,これによる障害部位は特異的で,主として神経系に限定されており,一般臓器の障害はほとんどみられない。 神経系のうち,最もメチル水銀による障害を受けやすい部位は脳であり,大脳及び小脳のいずれについても神経細胞を中心として障害されるが,特にその障害を受けやすい部位があり,それが水俣病の特徴となっている。 すなわち,メチル水銀により最も障害されやすいのは,大脳皮質の後頭葉であり,特にそのうち鳥距野が障害されやすい。また,頭頂葉の中心後回や中心前回もこれに次いで障害されやすく,症例によって,中心後回が中心前回よりも強く障害される事例や,逆に中心後回よりも中心前回の方が強く障害される事例もある。さらに,大脳皮質のうち,側頭葉の聴中枢付近も障害されやすい部位であ れやすく,症例によって,中心後回が中心前回よりも強く障害される事例や,逆に中心後回よりも中心前回の方が強く障害される事例もある。さらに,大脳皮質のうち,側頭葉の聴中枢付近も障害されやすい部位である。その他,他の皮質領域も種々の程度障害を受けるが,アンモン角や海馬旁回などは障害を受けないとされている。 小脳についても,小脳皮質病変が主変化であって,歯状核の病変は著しく軽いか,ほとんど無障害であるとされ,皮質においては,顆粒細胞の減少が見られるのに対し,大型のプルキンエ細胞等の障害は比較的軽い。そして,小脳におけるメチル水銀による顆粒細胞の減少には特徴があり,一般に,小脳半球(周辺部)及び虫部(中心部)の比較的深部中心性に障害が現れ,小脳回の深部のものに比較的早くかつ比較的強く現れるとされている。 ウ上記のほか,メチル水銀が末梢神経,殊に脊髄末梢神経のうち感覚神経(知覚神経)をも障害するか否かについては,控訴人はこれらの末梢神経も障害されると主張するのに対し,被控訴人は,メチル水銀によって末梢神経が障害されることはないと主張するところ,証拠(乙3,46,47,55,76)によれば,メチル水銀によって,末梢神経のうち感覚神経が障害される場合があることは否定できないものといわなければならない。 (ア) すなわち,上記各証拠によると,熊大医学部病理学第2講座に所属していたP28及びP35らは,当初は,急性発症,亜急性発症及びそれらの経過例並びに慢性発症経過例を含む72例の水俣病患者について,後に,これらを含めた83例の水俣病患者について剖検を行い,その結果を報告しているが,そこでは,脊髄末梢神経は常に障害されており,この脊髄末梢神経については,運動神経よりも知覚神経優位の障害が観察され,運動神経にほとんど障害を 俣病患者について剖検を行い,その結果を報告しているが,そこでは,脊髄末梢神経は常に障害されており,この脊髄末梢神経については,運動神経よりも知覚神経優位の障害が観察され,運動神経にほとんど障害を認めない軽症例においても感覚神経が障害されているとされている(乙46,76)。また,新潟県阿賀野川流域に発生した15例の水俣病患者の剖検を行った生田房弘らも,全例で脊髄の後根,すなわち感覚神経で変性が認められた旨報告しており(乙47),これらの報告からすれば,メチル水銀は,大脳皮質や小脳等の中枢神経のみならず,末梢神経,殊に感覚神経をも障害するものと認めるのが相当である。 (イ) これに対し,被控訴人は,末梢神経障害では,腱反射の喪失が一般的な臨床症状であることが知られているところ,水俣病患者については,しばしば腕橈骨筋反射とアキレス腱反射が保存されている上,初期に発見された水俣病患者については,大部分の症例について腱反射は正常か亢進していたことからすれば,メチル水銀によって感覚障害等の末梢神経は障害されないと主張し,これに副う証拠(甲26,44)を提出する。 しかしながら,上記甲44号証その他の証拠(甲35,乙23等)によると,腱反射は,その中心より上位に病変がある場合には,腱反射に対する抑制作用が正常に機能しないために亢進し,他方,反射の中心及びそれより末梢に病変があるときには減弱ないし消失することが認められるものの,前記のとおり,メチル水銀は,大脳皮質を初めとする中枢神経をも障害し,しかも,後記のとおり,その障害の程度は末梢神経の方が中枢神経より軽度であるというのである。そうであるとすれば,末梢神経が障害された場合であっても,中枢神経の障害の程度が大きいために,結果として腱反射が維持ないし亢進することも十分 度は末梢神経の方が中枢神経より軽度であるというのである。そうであるとすれば,末梢神経が障害された場合であっても,中枢神経の障害の程度が大きいために,結果として腱反射が維持ないし亢進することも十分考えられるところであり,水俣病患者について腱反射が維持ないし亢進している例があることから,直ちにメチル水銀によっては感覚神経等の末梢神経が障害されないということはできず,この点についての被控訴人の主張を採用することはできない。 (ウ) もっとも,上記(ア)の各報告によっても,メチル水銀による末梢神経の障害の程度は,大脳や小脳等の中枢神経の障害に比して軽度であるとされているほか,末梢神経では,神経繊維が障害されると,その障害を修復しようとするメカニズムが働き修復が行われ,その修復過程において,コラーゲン(膠原繊維)が増加して瘢痕を形成するところ,水俣病患者の剖検例でその感覚神経に観察された変性は,神経節細胞の脱落 消失によるWaller変性に次ぐ神経繊維の消失とこれに伴う上記修復過程における膠原繊維の増加等の新しい変性のほか,このような修復による神経繊維の再生,再生不全,シュワン細胞核の増加等の陳旧性変性が多くみられるとされている。さらに,水俣病患者ないしメチル水銀中毒患者の末梢神経には注目すべき病変が見当たらないとする報告も存するところであり(甲80,乙75。もっとも,これらの報告において感覚神経につきどの程度詳細な検査が行われたかはなお明らかではなく,これらの報告をもっても,前記P28及びP35らの調査結果を左右するものとはいえない。また,甲82号証においては,メチル水銀中毒患者の感覚神経の伝導速度が正常であった旨報告されているが,上記のとおり,末梢神経が障害された場合であっても修復作用が働くというのであるから,感覚神経の 。また,甲82号証においては,メチル水銀中毒患者の感覚神経の伝導速度が正常であった旨報告されているが,上記のとおり,末梢神経が障害された場合であっても修復作用が働くというのであるから,感覚神経の伝導速度が正常であるからといって,直ちに感覚神経に障害がないという趣旨を読み取ることはできない。),水俣病における末梢神経の障害による影響は,中枢神経の障害によるそれとの比較において限定的であると解され,水俣病の主要症候の一つである四肢末梢優位の感覚障害も,主として末梢神経障害ではなく中枢神経(大脳皮質のうち中心後回)の障害に由来するものと推認されることは後記のとおりである。 (3) 水俣病の臨床像(水俣病の主要症候)水俣病の主要な症状としては,以下のとおり,感覚障害,運動失調,視野狭窄及び難聴が知られており,これらの症候は,併せてハンター・ラッセル症候群と呼ばれる。 ア感覚障害(ア) 水俣病における感覚障害人の感覚は,視覚や聴覚等の特殊感覚及び内臓感覚を除くと,大きく分けて表在感覚,深部感覚及び複合感覚に分類される。このうち,表在 感覚とは,皮膚又は粘膜の感覚であって,触覚,痛覚,温度覚等がこれに含まれるのに対し,深部感覚とは,筋肉や関節等の身体の内部から伝えられる感覚であって,関節位置覚,振動覚及び圧痛覚などが含まれる。 また,複合感覚とは,2点識別覚や立体感覚のことであり,マッチ棒の先端で皮膚に書かれた文字等を当てることができるという書字覚などもこの複合感覚に含まれる。 水俣病における感覚障害は,上記表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)するものであり,左右対称性に四肢の末端ほど強くみられ,口周囲あるいは舌尖部にみられることもある。そして,その程度は,ほとんど感覚がなく ,上記表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下(鈍化)するものであり,左右対称性に四肢の末端ほど強くみられ,口周囲あるいは舌尖部にみられることもある。そして,その程度は,ほとんど感覚がなくなってしまうものから正常人との区別が困難な軽微なものまで様々であるが,水俣病の重症例では,四肢末梢における表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが低下するのが原則であり,表在感覚については,触覚,痛覚及び温度覚のすべてが低下するのが一般的であるとされる。 そして,上記感覚障害のうち,表在感覚の障害については,治療に比較的よく反応するものの完全に消失するには至らず,また,深部感覚や識別覚については,治療に抗して長く残存する場合が多いとされる。 (イ) 感覚障害の機序前記のとおり,体内に取り込まれたメチル水銀は,大脳皮質のうち後頭葉の中心後回を選択的に障害するところ,この中心後回は,体性感覚の中枢であることからすれば,水俣病患者にみられる前記(ア)の四肢末端優位の感覚障害は,中心後回の障害によるものであると考えられる。 なお,前記のとおり,メチル水銀は,中枢神経のみならず,末梢神経をも障害するものであることからすると,水俣病における感覚障害は,こうした末梢神経の障害によるものである可能性も考えられなくはないが,この点については,以下の諸点を指摘することができる。 ①前記認定のとおり,病理学上メチル水銀により末梢神経(感覚神経)が障害される例も観察されているものの,感覚神経の障害の程度は中枢神経の障害の程度に比して軽度であるというのであり,しかも,②中枢神経等,腱反射の中心より上位に病変がある場合には,腱反射に対する抑制作用が正常に機能しないために腱反射が亢進し,他方,反射の中心及びそれより末梢に病変があると であるというのであり,しかも,②中枢神経等,腱反射の中心より上位に病変がある場合には,腱反射に対する抑制作用が正常に機能しないために腱反射が亢進し,他方,反射の中心及びそれより末梢に病変があるときにはこれが減弱ないし消失するところ,証拠(甲44,乙58)によると,特に初期の重症例の水俣病患者において,腱反射は亢進しているか維持されている例が多いというのであるから,中枢神経の障害が末梢神経の障害に優越していることがうかがわれるのであって,こうした事情も,水俣病における感覚障害の原因が中枢神経(大脳皮質の中心後回)の障害に存することを示唆するものであるといえる。さらに,③上記のとおり,末梢神経においては,神経繊維が障害されると,その障害を修復しようとするメカニズムが働き修復が行われ,水俣病における末梢神経の変性も,神経節細胞の脱落消失のみならず,その修復過程における膠原繊維の増大やその後の再生不全等として観察される場合も多いというのであるが,水俣病における感覚障害は,四肢末梢優位に表在感覚,深部感覚及び複合感覚のいずれもが障害されるものであるところ,このうち表在感覚の障害については,治療に比較的よく反応するとされるが,深部感覚や識別覚(複合感覚)については,治療に抗して長く残存する場合が多いとされていることからも,水俣病における四肢末梢優位の感覚障害の原因が上記のような修復作用の働かない中枢神経(大脳皮質の中心後回)の障害にあることがうかがわれる。 以上の諸点を考慮すれば,水俣病における四肢末梢優位の感覚障害の原因は,主として,メチル水銀により中枢神経(大脳皮質の中心後回)が障害されることにあるものと推認して差し支えないというべきである。 イ運動失調(ア) 水俣病における運動失調(乙5,7,10, 銀により中枢神経(大脳皮質の中心後回)が障害されることにあるものと推認して差し支えないというべきである。 イ運動失調(ア) 水俣病における運動失調(乙5,7,10,68,69)身体の運動が円滑に行われるためには,それぞれの動きを担当する筋肉が一定の目的に向かって収縮・弛緩等を行いながら調和を保って働くこと(協調運動)が必要であるが,筋・腱・骨・関節等の運動器に異常がなく,また,脱力,筋トーヌス(緊張)の亢進や振戦等の不随意運動も認められないのに意図した運動(随意運動)を円滑に行うことができない場合を,運動失調といい,この運動失調は,協調運動失調(四肢の運動時に認められることから,四肢失調ないし動的失調とも呼ばれる。)及び平衡機能障害(起立,歩行時に認められることから,体幹失調ないし静的失調とも呼ばれる。)に分類されるほか,その障害部位によって,大脳性,小脳性(小脳虫部型,小脳半球型,全小脳型),脊髄後索性及び前庭迷路(中耳)性に分類される。 水俣病においてみられる運動失調は,主として小脳(全小脳)の障害に起因する小脳性運動失調である。また,小脳全体の障害による運動失調では,四肢の随意運動の協調性に関する機能と起立,歩行などの姿勢をとる機能の両方が侵されるため,協調運動障害と平衡機能障害との双方がみられる。 すなわち,水俣病患者においては,言語は緩徐で,長く引っ張った不明瞭な言葉遣いで,あたかも甘えたようになるなどの言語障害がみられるが,こうした言語障害は,小脳の障害による構音障害によるものである。また,歩行は動揺性であたかも酔っぱらったかのようであり,急激な方向転換,停止も困難であって,甚だしい場合には,起立も困難となり,座位をとっても上体をかろうじて支え得る程度となる。以上のほ である。また,歩行は動揺性であたかも酔っぱらったかのようであり,急激な方向転換,停止も困難であって,甚だしい場合には,起立も困難となり,座位をとっても上体をかろうじて支え得る程度となる。以上のほか,水飲み,煙草吸い,マッチ擦り,ボタン掛け,書字などが極めて拙劣となり,多くは粗大な振戦を伴う。さらに,水俣病患者においては,大脳 の眼球運動中枢(後頭葉の眼球運動野)及び小脳が障害されることによって,左右対称性かつ左右共同性の眼球運動異常もみられる。 (イ) 運動失調の検査運動失調のうち,協調運動障害の代表的な検査として,交互変換試験,指-鼻-指試験及び膝-踵試験などがある。このうち,交互変換試験とは,手を外向きや内向きに回すなどさせるものであり,小脳障害においては,この運動が遅く,かつ不規則になる(反復拮抗運動障害)。また,指-鼻-指試験とは,患者の人差し指を自分の鼻先と検者の指先へと交互に繰り返して触れさせる試験であり,うまく自分の鼻先や検者の指先に触れられない場合をジスメトリーと呼び,指が目標(鼻,指先)に近づくにつれて大きく震える場合には,小脳性振戦があるといえる。 また,平衡障害については,座位,立位の観察,片足立ち試験,ロンベルグ試験,普通歩行及びつぎ足歩行等の検査により判断することができる。 眼球運動異常については,指標追跡検査として滑動性指標追跡及び衝動性指標追跡があるほか,視運動性眼振検査(OKN)及び迷路検査などが実施される。 ウ視野狭窄(乙67)(ア) 水俣病における視野狭窄視野とは,視線を固定した状態で見える全範囲をいい,この視野の異常には,視野の一部が点状あるいは斑状に欠ける暗点視野(中心視野),視野の半分が見えなくなる半盲(視野欠損)及び視野の広さが狭 狭窄視野とは,視線を固定した状態で見える全範囲をいい,この視野の異常には,視野の一部が点状あるいは斑状に欠ける暗点視野(中心視野),視野の半分が見えなくなる半盲(視野欠損)及び視野の広さが狭くなる狭窄の3種類に大別されるところ,水俣病にみられる視野の異常はこのうち狭窄に該当し,その中でも視野の周辺部分が見えなくなる求心性視野狭窄である。 水俣病における視野狭窄は,大脳皮質の後頭葉における鳥距野の前半 部(周辺部視野の中枢)が障害されることにより生じるものであり,左右対称に発現し,視野狭窄が著しい場合であっても,中心部分の視力は末期まで保たれる傾向にある。 (イ) 視野狭窄の検査視野の測定方法は目的に応じて数種類存在するが,視野全体を把握するのに最も適していて,かつ代表的なものとして,ゴールドマン視野計を用いるものがある。これは,指標を,大きな明るいもの,小さい明るいもの,小さい暗いものの順に大きさと輝度を変化させながら検査を行い,それぞれの条件の下で指標を周辺から中心に動かし,被検者がその指標を見ることができた点を記録していき,この点の軌跡を視野図に表すものである。 エ難聴(ア) 水俣病にみられる難聴聴覚は,音を振動として伝達する部分と,伝えられた振動を電気的な信号に変え神経を介して大脳の聴覚の中枢に伝達する部分とに分けられ,前者の障害による聴力低下を伝音性難聴と,後者のそれを感音性難聴といい,このうち,感音性難聴は,さらに,迷路(内耳)が障害されることによって起こる迷路(内耳)性難聴と聴神経から中枢までに原因のある後迷路性難聴とに区別される。 水俣病にみられる難聴は,大脳の聴覚を司る部分である側頭葉横回領域の神経細胞が脱落することにより起こるものであり,後迷路性難聴 性難聴と聴神経から中枢までに原因のある後迷路性難聴とに区別される。 水俣病にみられる難聴は,大脳の聴覚を司る部分である側頭葉横回領域の神経細胞が脱落することにより起こるものであり,後迷路性難聴に分類される。 (イ) 難聴の検査聴力の測定に当たっては,標準純音聴力検査(純音による気導骨導検査)を行うことになる。なお,気導とは,音が外耳道を通り,中耳の鼓膜及び耳小骨を介して内耳に伝わることをいい,骨導とは,音が体表あ るいは直接骨を介して内耳に伝わることをいい,上記気導骨導聴力検査においては,オージオメーターという聴力測定装置を用いることにより,純音(ジーという変化のない音)を検査音として,気導あるいは骨導により左右それぞれの耳の聴力を測定して,その結果がオージオグラムという記録用紙に記入されることにより,伝音性難聴と感音性難聴を区分することができる。すなわち,上記検査においては,伝音性難聴では骨導聴力は正常で,気導聴力が低下するのに対し,感音性難聴では,気導聴力及び骨導聴力がほぼ一致して低下する。 もっとも,上記検査においては,感音性難聴のうち内耳性難聴と後迷路性難聴とを鑑別することが困難であるため,これらを区別するためには,さらに語音による聴力検査や自記オージオメトリーの検査(自動的に記録される聴力検査の一種)が必要となる。すなわち,後迷路性難聴は,ただ単に音を聞く能力(純音聴力)は正常であっても,言葉を聞く能力(語音聴力)が非常に悪いものもあるため,これを確認するために語音聴取閾値検査(数字を使った語音聴力検査)と語音弁別検査(言葉を使った語音聴力検査)を行い,また,自記オージオメトリーでは,持続音を用いた場合と断続音を用いた場合とで,難聴の種類によりそれらの覚鋸歯状曲線のパターンが異なることか 力検査)と語音弁別検査(言葉を使った語音聴力検査)を行い,また,自記オージオメトリーでは,持続音を用いた場合と断続音を用いた場合とで,難聴の種類によりそれらの覚鋸歯状曲線のパターンが異なることから,これらを利用して感音性難聴の鑑別診断が可能であるとされる。 (4) 遅発性ないし不全型の水俣病の存在(甲25,64,65,100,乙2,58,59,63,64,74)水俣病発見後初期に観察された水俣病患者には,上記(3)のハンター・ラッセル症候群のすべての症候を備える者が多く観察されたが,その後時期を経るにしたがって,典型的症候を示さない患者や,メチル水銀摂取が終了した後,ある程度の期間を経てから症状が現れる患者の存在が確認されるようになった。遅発性水俣病及び不全型のうち感覚障害のみを示す水俣病の詳細 については後に検討する。 3 判断の枠組み(1) 昭和52年判断条件についてア 52年判断条件発出に至る経緯と当時の状況等前記前提事実に加え,証拠(甲5~9,11,18,19,35,39,乙21)及び弁論の全趣旨によると,52年判断条件の発出経緯及び当時の水俣病を巡る状況として,次の事実を認めることができる。 (ア) 前記のとおり,水俣病は,昭和31年公に認知されたがその原因は不明とされ,その後,熊大研究班による研究等により,α1湾周辺の魚介類を介しての何らかの中毒であることが強く疑われるに至り,さらに,その臨床所見がハンター及びラッセルが報告した有機水銀中毒のそれに類似していたことから,昭和34年7月,文部省科学研究水俣病総合研究班会議において,熊大研究班により,水俣病の原因は有機化合物,特に有機水銀が有力であるとの報告がなされ,その後,水俣産のヒバリガイモドキ貝からメ とから,昭和34年7月,文部省科学研究水俣病総合研究班会議において,熊大研究班により,水俣病の原因は有機化合物,特に有機水銀が有力であるとの報告がなされ,その後,水俣産のヒバリガイモドキ貝からメチル水銀が抽出され,さらに昭和38年にはP1P10工場のアセトアルデヒド工場内のスラッジから塩化メチル水銀が取り出されるなどしたため,水俣病の原因物質はP1P10工場からの排水中に含まれるメチル水銀であることが明らかとなり,昭和43年,α1湾周辺を中心とする不知火海沿岸の地域及び阿賀野川の中下流の流域において発生が報告された水俣病の原因は,それぞれP1及びP100株式会社の各工場から排出されたメチル水銀であることが政府の統一見解として発表された。 (イ) P1は,昭和34年12月30日,水俣病患者との間で,死亡者については弔慰金30万円を,生存者については年金10万円を支払うことなどを内容とする見舞金契約を締結した。同見舞金契約は,同契約締結後発生した患者に関し,その3条で「本契約締結日以降において発生 した患者(協議会の認定した者)に対する見舞金については甲(P1)はこの契約の内容に準じて別途交付するものとする。」と規定し,以後同見舞金契約に基づく給付を受けることができるのは,後記協議会により水俣病であると認定された者に限られることを明らかにしていた。そして,熊本県は,これに先立つ同月25日,P101熊大医学部教授,P87,P102P72病院院長,P103水俣市医師会副会長,P98P104病院嘱託,P65P64保健所長,P105県衛生部長を委員として水俣病患者診査協議会を設置し,水俣病か否かの判定は同協議会で行うこととした。 なお,同協議会は,昭和36年9月14日,厚生省により水俣病患者診査会に改組され,その委員 5県衛生部長を委員として水俣病患者診査協議会を設置し,水俣病か否かの判定は同協議会で行うこととした。 なお,同協議会は,昭和36年9月14日,厚生省により水俣病患者診査会に改組され,その委員もP106,P28,P21P72病院副院長及びP107P104病院院長(P98と交代)が加わり,更に,昭和39年2月28日には,熊本県において制定された水俣病患者審査会設置条例に基づく水俣病患者審査会として改組され,後記のとおり,昭和44年の救済法の制定により,同法に基づく公害被害者認定審査会として承継されていった。 (ウ) 昭和44年12月15日,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発した場合において,当該疾病にかかった者に対し,医療費,医療手当及び介護手当の支給の措置を講ずることにより,その者の健康被害の救済を図ることを目的とした救済法が制定され,同月27日には,救済法施行令が制定され,これらはいずれもその一部を除き,昭和45年2月1日施行された。 救済法においては,α19海沿岸地域における水俣病について,指定地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事(熊本県知事ないし鹿児島県知事)は,当該指定地域につき水俣病にかかっている者について,そ の者の申請に基づき,公害被害者認定審査会の意見をきいて,その者の当該疾病(水俣病)が当該地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行うものとし(3条1項),同認定を受けた者は,公害医療手帳の交付を受けた上で(同条3項),医療費,医療手当及び介護手当の支給を受けることができるものとされていた(4条,7条,9条)。 (エ) 熊本県公害被害者認定審査会は,昭和45年2月20日 帳の交付を受けた上で(同条3項),医療費,医療手当及び介護手当の支給を受けることができるものとされていた(4条,7条,9条)。 (エ) 熊本県公害被害者認定審査会は,昭和45年2月20日,水俣病審査認定基準を定めたが,そこでは,疫学的事項のほか,臨床所見として,「A 求心性視野狭窄,聴力障害,知覚障害,運動失調,B 知能障害,性格障害,C 構音障害,書字障害,歩行障害,企図振戦,D 不随意運動,流涎,病的反射,けいれん」を掲げ,臨床診断としては,(1)Aの4項目は最も重要であり,この4項目と疫学的条件がそろえば水俣病と診断する,(2) Aの4項目のない症例の判定には慎重を要する,(3) BはAに伴っていることが多いので,実際的には問題はないが,もしBのみの症状(Aを欠く)では,水俣病と診断するには慎重を要する,(4) Cは主として脳症状であり,Cのみを呈する場合には一応可能性ありとして要再検とする,(5) Dのみの症例は他の疾患の可能性が強い,(6) 類似疾患を鑑別する必要があり,例えば,糖尿病等代謝性疾患に伴う神経障害,動脈硬化症,頸椎変性症等に伴う神経障害,心因性症状等を除外すること,などとされており(甲6),基本的にはハンター・ラッセル症候群の全ての症候を具備することを,その認定基準としていたものといえる。 (オ) 熊本県公害被害者認定審査会は,上記(エ)の認定基準にのっとり,昭和45年6月19日,P19を含む11名の申請人につき不認定処分をしたところ,同申請人の一部が,同年8月,行政不服審査法に基づき,環境庁長官に対して審査請求をした。当時環境庁長官であった大石は, 昭和46年8月7日,上記水俣病不認定処分を取り消す裁決をするとともに(甲7),環境庁事務次官は,同裁決書を添付した上で関係各都 長官に対して審査請求をした。当時環境庁長官であった大石は, 昭和46年8月7日,上記水俣病不認定処分を取り消す裁決をするとともに(甲7),環境庁事務次官は,同裁決書を添付した上で関係各都道府県知事に宛てて46年事務次官通知を発出した。46年事務次官通知の規定内容は前記第2の3(1)のとおりであるが,要旨,水俣病の主要症状は,求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩行障害を含む。),難聴及び知覚障害であり,これらのいずれかの症状がある場合において,当該症状が明らかに他の原因によるものであると認められる場合には水俣病の範囲に含まないが,当該症状の発現又は経過に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められる場合には,他の原因がある場合であっても,これを水俣病の範囲に含むものであり,この場合において「影響」とは,当該症状の発現又は経過に,経口摂取した有機水銀が原因の全部又は一部として関与していることをいい,認定申請人の示す現在の臨床症状,既往症,その者の生活史及び家族における同種疾患の有無等から判断して,当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合においては,救済法の趣旨に照らし,これを当該影響が認められる場合に含むものであるとしており,前記(エ)の熊本県公害被害者認定審査会において定められた水俣病の認定基準を緩和するものであるといえる。 (カ) 以上のような状況の下,熊本地方裁判所は,昭和48年3月20日,水俣病患者のP1に対する損害賠償請求を認容する判決を言い渡し,P1に対し,死者に関しては1800万円を,生存者のうち重症者については1700万円を,軽症者については1600万円など総額9億3730万円余りを支払うよう命じたところ,同判決は控訴されることなく確定した。 P 関しては1800万円を,生存者のうち重症者については1700万円を,軽症者については1600万円など総額9億3730万円余りを支払うよう命じたところ,同判決は控訴されることなく確定した。 P1は,上記判決を受けて,同年7月9日,水俣病患者団体との間で,本件補償協定を締結した。同協定においては,P1は,水俣病患者に対 し,患者の区分に従い,Aランクの患者には1800万円の,Bランクの患者には1700万円の,Cランクの患者には1600万円の各慰謝料等を支払うほか,治療費,介護費及び終身特別調整手当を支払うものとされ,同日以後水俣病認定を受けた者をもその対象とするものであった。 なお,昭和49年9月1日には公健法が施行され,救済法の下における認定制度を引き継ぎ,公害被害者認定審査会は,認定審査会として改組された。公健法の認定制の下においては,水俣病の認定を受けた者については,療養の給付及び療養費,障害補償費,遺族補償費,遺族補償一時金,児童補償手当,療養手当並びに葬祭料の給付の支給を受けることができるものとされた。 (キ) 上記(オ)の46年事務次官通知の発出並びに上記(カ)の熊本地方裁判所判決及び本件補償協定の締結を受け,熊本県知事に対する水俣病認定申請人数は,それまで年間2桁であったものが,昭和46年には327名に,昭和48年には1930名となるなど急増し,熊本県においては認定申請から検診,診査までの滞留期間が長期化し,多数の滞留認定申請者が生じる状況となった。なお,熊本県における水俣病の認定申請者数及びその処分結果は,原判決別紙2「水俣病の申請者,認定・棄却者数一覧」記載のとおりである。このような状況の下,控訴人は,昭和52年2月,国会に対し,昭和48年の熊本地裁判決以降水俣病認定申請人数が急増してい 結果は,原判決別紙2「水俣病の申請者,認定・棄却者数一覧」記載のとおりである。このような状況の下,控訴人は,昭和52年2月,国会に対し,昭和48年の熊本地裁判決以降水俣病認定申請人数が急増しているところ,行政庁としては熊大を中心とする認定検診は月約50人が限度であり,認定審査会の審査も月約80人が限度である上,水俣病の病象が確立していない現在において,46年事務次官通知の「否定し得ない」ものまで含めた判断は極めて困難であり,結局,処分可能な答申は月20件から30件にすぎず,迅速な救済という法律の趣旨に対応できない状況にあるとして,現行制度の下においては不作 為の違法状態を早急に解決することは不可能であることから,制度の抜本的な改正を速やかに行い,国において直接処理するよう配慮されたい旨の陳情を行うとともに,環境庁長官に対しても,水俣病認定業務については国において直接処理する措置を講じられたい旨要望するが,それが実現されるまでの間の対策として,①現在における答申保留のような事例についても明確な判断を可能ならしめるような基準を明示されたい,②死亡者等であって「わからない」として答申された事例についてもその処分の基準を明確化されたい,③本件補償協定による加害企業の民事責任の履行に当たって,当該企業の経営状態等がその重大な障害となることのないよう,適切な措置を講じるとともに,今後控訴人が水俣病問題を処理していくに当たって,いかなる財政負担を必要とする事態が生じた場合であっても,絶対に控訴人に対し過大な負担をかけない措置をとることを確約されたい,等の要望を行った。 また,P1においても,上記水俣病認定申請人数の急増を受け,昭和52年9月末までに水俣病患者に対する補償金の総額は307億円にも及び,累積赤字が同月の中間決算時には されたい,等の要望を行った。 また,P1においても,上記水俣病認定申請人数の急増を受け,昭和52年9月末までに水俣病患者に対する補償金の総額は307億円にも及び,累積赤字が同月の中間決算時には321億円まで膨らんでいた。 (ク) 以上のような状況を受け,環境庁は,昭和50年6月,水俣病の認定の考え方については既に46年事務次官通知で明らかにされ,「当該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合には水俣病として救済する」ということになっているが,実際に水俣病の認定を行うに当たっては,種々の問題があることから,水俣病の専門家にこれらの問題点や水俣病の病像についての検討を依頼することにより,「有機水銀の影響が否定し得ない場合」とは具体的にどういう場合であるかについて,臨床,疫学両面から,具体的な判断条件の整理を行うことができれば,水俣病の認定及び関連業務を円滑に行うことに役立つものと考えられるとして,水俣病の専門家からなる水俣病認定 検討会を設置した。なお,同検討会は,P16を会長として,新潟県及び新潟市,熊本県並びに鹿児島県の各認定審査会の委員等である17名の医師により構成されていた。同審査会は,昭和50年6月2日に第1回全体会議を開催した後,7回にわたる分野別小委員会及び2回の全体会議を経て,昭和52年2月18日,同検討会での議論の結論を52年判断条件としてまとめた,環境庁は,同年7月1日,これを環境庁企画調整局環境保健部長通知として発出した(52年判断条件)。 なお,環境庁長官は,52年判断条件の発出に当たり談話(甲12)を発表したが,そこでは,水俣病認定業務については昭和48年ころから認定申請人数が著しく増加するとともに,その症候につき水俣病の判断が困難な事例が増大してきたこ 判断条件の発出に当たり談話(甲12)を発表したが,そこでは,水俣病認定業務については昭和48年ころから認定申請人数が著しく増加するとともに,その症候につき水俣病の判断が困難な事例が増大してきたこともあり,認定申請から検診,診査までの滞留期間が長期化し,保留扱いとなる事例が増加していたため,環境庁においては控訴人及び関係各省との間で事態の打開策につき鋭意検討を重ね,昭和52年6月28日には水俣病に関する関係閣僚会議が開催され,水俣病対策の推進について申合せが行われたところ,52年判断条件の発出はこの申合せの趣旨に基づくものであり,3800人に及ぶ滞留認定申請者を抱える控訴人の認定業務を促進するとともに,水俣病に関する総合的な調査研究体制を確立することにより,水俣病事件という現実を,でき得る限り解明克服するために,環境庁として,関係各省と緊密な連携を保ちつつ,控訴人と一体となり,新たな展望に立った諸施策を積極的に推進しようとするものであって,このような考え方に基づき,水俣病認定業務の促進のために,水俣病の判断条件を明らかにすることとし,また,汚染者負担の原則を維持するためにも,P1があくまで補償を遂行することができるよう関係各省の指導協力を要請し,かつ,また,認定業務の促進のために控訴人に加重な財政負担がかからぬよう環境庁としても十分努力するつもりである,とされていた。 (ケ) さらに,昭和53年11月15日には,水俣病にかかった者の迅速公正確実な救済のため,公健法等による水俣病に係る認定等の申請をした者で認定等に関する処分を受けていない者に対する処分を行う期間の特例を臨時に設けることにより水俣病の認定に関する業務の促進を図ることを目的として,水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法(同年法律第104号)が制定 処分を受けていない者に対する処分を行う期間の特例を臨時に設けることにより水俣病の認定に関する業務の促進を図ることを目的として,水俣病の認定業務の促進に関する臨時措置法(同年法律第104号)が制定され,公健法に基づく水俣病の認定を申請した者で都道府県知事による認定に関する処分を受けていないものは,環境庁長官に対して,当該認定等の申請に係る疾病が公健法2条2項の規定により定められた第二種地域に係る水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を申請することができるものとされた。 イ 52年判断条件の性格(ア) 52年判断条件は,後天性水俣病の判断条件として,前記第2の3(2)のとおり規定しているところ,その1において症候を挙げて,その症候の特徴を明示し,2においては,1に掲げた症候は,それぞれ単独では一般に非特異的であると考えられるので,水俣病であることを判断するに当たっては,高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるとした上で,一定の症候の組合せのあるものについては,通常,その者の症候は,水俣病の範囲に含めて考えられるものであるとしているのであって,そのような症候の組合せが認められない場合には,高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるとしているものである。 前記認定のとおり,46年事務次官通知は,その文理の上では,臨床所見としてハンター・ラッセル症候群のうち一つの症候しか認められない水俣病も存し得ることを前提として,そのような症状が「経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否定し得ない場合」には,これが水俣病の範囲に含まれるものとしているが,上記「有機水銀の影響 によるものであることを否定し得ない場合」かどうかの判断の準則は明示しておらず,その判断に際しては,メチル水銀 」には,これが水俣病の範囲に含まれるものとしているが,上記「有機水銀の影響 によるものであることを否定し得ない場合」かどうかの判断の準則は明示しておらず,その判断に際しては,メチル水銀への曝露歴等,諸般の事情を総合的に考慮し得るものとなっていた。他方,52年判断条件においては,水俣病の判断条件として,メチル水銀への曝露歴の存在を前提とした上で,四肢末梢優位の両側性感覚障害を含む複数の症候の組合せがある一定の場合には,通常,その者の症候は水俣病の範囲に含めて考えられるものとしており,その症候については,これを「認められる」場合と「疑われる」場合とに分けた上で,水俣病であると判断することができる症候の組合せを具体的に列挙しており,「否定し得ない場合」といった判断要素は含まれておらず,46年事務次官通知に比して,より具体的かつ記述的な判断基準となっているといえる。 また,52年判断条件は,その症候組合せの具体例においても,ハンター・ラッセル症候群全ての症候を要するとするものではなく,その意味で,前記の熊本県公害被害者認定審査会が定めていた水俣病認定基準よりは,水俣病として認定し得る範囲を大きく広げていると評価することができる。 52年判断条件の発出経緯,すなわち,控訴人において多数の滞留認定申請者が生じ,国においても従来判断保留となっていたような事例についても明確な判断を可能ならしめるような基準を明示することが求められていた状況で,環境庁により設置された水俣病認定検討会において52年判断条件が取りまとめられたことに加え,46年事務次官通知や熊本県公害被害者認定審査会の水俣病認定基準と対比した場合における52年判断条件の規定内容に照らすと,52年判断条件は,水俣病にかかっているかどうかをより明確かつ類型的に判断できるように 次官通知や熊本県公害被害者認定審査会の水俣病認定基準と対比した場合における52年判断条件の規定内容に照らすと,52年判断条件は,水俣病にかかっているかどうかをより明確かつ類型的に判断できるようにすることにより迅速な審査を可能とし,水俣病に係る認定業務を促進して急増する水俣病認定申請に対応するため,46年事務次官通知における認定要 件に比してより客観的に把握し得る認定申請者の臨床所見を中心的な判断要素に据えた上,そのような症候のみから水俣病にかかっていると認めるに足りるだけの症候の組合せを抽出し,列挙したものであると理解するのが相当である。 なお,46年事務次官通知は,社会保障的性格を加味した救済法の趣旨が公害被害者認定審査会において必ずしも徹底していなかった状況において,その時点における行政庁の判断として,救済法の下における認定業務のあるべき運用の方向を指し示したものとして評価することができるが,そこに示された水俣病の認定の要件では基準の内容が不明確であり診断基準ないし審査基準として有効に機能し得るものであったとは考えられず,現実にも機能していなかったと評価せざるを得ない。 (イ) この点,被控訴人は,52年判断条件は,専らP1からの補償金受給対象者の行政的線引きの観点から考案され,策定されたものであると主張する。 確かに,前記認定のとおり,昭和48年にはP1と水俣病患者団体の間で,P1が水俣病患者についてその患者区分に従い1600万円ないし1800万円の慰謝料を一時金として支払うほか,治療費,介護費及び終身特別調整手当を支払うことなどを内容とする本件補償協定が締結されたが,これらの協定等においては,救済法及び公健法の各施行後については,これらの法律に基づく水俣病認定に際して当該認定申請者が水俣病に 特別調整手当を支払うことなどを内容とする本件補償協定が締結されたが,これらの協定等においては,救済法及び公健法の各施行後については,これらの法律に基づく水俣病認定に際して当該認定申請者が水俣病にかかっているかどうかを判断することになる公害被害者認定審査会ないし認定審査会により水俣病と認定された者がその支給対象となるものとされていた。しかも,第2,4(4)記載のとおり,公健法による水俣病の認定を受けた者は,いずれも定期金の支払が主体である公健法による給付ではなく,一時金支給が主体である本件補償協定によるP1からの補償を受けることを選択しており,水俣病認定申請者が急増す るに従いP1が負担する補償金総額も急増し,昭和52年9月末には水俣病患者に対する補償金総額が307億円にも膨らむなどP1の財政をひっ迫し,控訴人においても国に対してP1が本件補償協定等による民事責任を履行するに当たってその経営状態等が重大な支障となることのないよう適切な措置を講じられたい旨要望していたというのであり,これらに加え,P1においても,46年事務次官通知に基づき水俣病と認定された者について補償を行うことに難色を示していたところである(甲8,15~17)。 そして,水俣病にかかっているか否かについても基礎資料自体は純粋に医学的,科学的な判断過程の産物であるとしても,水俣病にかかっているか否かについての判断基準をどういう内容のものとして設定するかということ自体は,医学的知見によって定まるものではなく,当該判断基準を設定する趣旨ないし目的によって規定される行政庁の法的ないし政策的判断である。このような52年判断条件を取り巻く状況の下にあったとしても,水俣病認定検討会において水俣病の判断基準を取りまとめるに当たり,P1による本件補償協定に基づく補償金の 庁の法的ないし政策的判断である。このような52年判断条件を取り巻く状況の下にあったとしても,水俣病認定検討会において水俣病の判断基準を取りまとめるに当たり,P1による本件補償協定に基づく補償金の支払能力や,本件補償協定に定める補償額に相当しない程度の障害の者を認定することが不相当ではないかなど,本件補償協定の存在を念頭に置くべきでないことは当然のことであるが,被控訴人は,52年判断条件を策定するに当たって,上記の観点から,その判断基準がより確度の高いものとして設定され,あるいはP1からの高額の補償金の支給を受けるに値するだけの深刻な健康被害が生じている場合に限定され,水俣病と判断される範囲が不当に狭められた可能性があるのではないかとの懸念を表明するものである。 しかしながら,前記認定の52年判断条件発出に至る経緯からは,当該検討会ないしこれを設置した環境庁自体において,判断基準の明確化 による審査の迅速化及び認定業務の促進という前記(ア)の趣旨を超えて,P1の補償金負担軽減のために水俣病認定の判断基準を厳格化するという目的ないし意図を有していたことまで読み取ることは困難であるといわざるを得ず,また,前記1(3)イで認定したとおり,立証の程度に関しては,処分行政庁が用いた52判断条件は,公健法の趣旨目的のうち慎重さが要請される損害の填補よりも被害者の早期救済に重心を置いて,水俣病の可能性が50%以上と認められるものまでを広く認定するという前提に立っていると認められるだけでなく,52年判断条件それ自体は,その文理からみて,積極的に認定可能な症候組合せを明示したのみで,その症候組合せが認められない者を一律に排除する内容のものでないことは明白である上,後記ウに認定するとおり,52年判断条件はその内容の点においても十分に合 的に認定可能な症候組合せを明示したのみで,その症候組合せが認められない者を一律に排除する内容のものでないことは明白である上,後記ウに認定するとおり,52年判断条件はその内容の点においても十分に合理性を有していると認められるのであるから,52年判断条件が専らP1からの補償金受給対象者の行政的線引きの観点から考案され策定されたものであるとは到底認めることはできない。 ウ 52年判断条件の妥当性(ア) 前記イにおいて認定説示した52年判断条件の性格に加え,52年判断条件をとりまとめた水俣病認定検討会の委員は,新潟市若しくは新潟県,熊本県又は鹿児島県における認定審査会の委員を務めていた医学者あるいは医師であり,いずれも多数の水俣病患者の認定に関与してきたものと考えられることからすると,52年判断条件は,同検討会において水俣病に係る医学上の科学的・専門的知見と豊富な経験に基づき,それまでに水俣病と認定されてきた患者に多くみられる臨床所見の組合せを抽出し列挙して策定されたものであると推認される。そうであるとすれば,52年判断条件に規定する症候の組合せが認められ,同条件を満たす者については,原則として,公健法にいう「水俣病にかかってい る」と認めて差し支えないというべきであり,52年判断条件が水俣病にかかっているか否かの判断において重要な意義を有することを否定することはできない。 また,52年判断条件は,申請者のメチル水銀曝露歴に関しても,留意すべき事項として,前記のとおり,①体内の有機水銀濃度(汚染当時の頭髪,血液,尿,臍帯などにおける濃度),②有機水銀に汚染された魚介類の摂取状況(魚介類の種類,量,摂取時期など),③居住歴,家族歴及び職業歴,④発病の時期及び経過を掲げているのであって,メチル水銀曝露歴を認定のた 帯などにおける濃度),②有機水銀に汚染された魚介類の摂取状況(魚介類の種類,量,摂取時期など),③居住歴,家族歴及び職業歴,④発病の時期及び経過を掲げているのであって,メチル水銀曝露歴を認定のための重要な要件と位置付けているのであって,これを軽視していたものであると解することはできない。 (イ) 策定時の検討控訴人は,水俣病認定検討会の議論の内容を明らかにできる資料は存しないため,当時,具体的にどのような知見が52年判断条件策定の基礎となったのかを明示することは困難であるが,水俣病認定検討会の委員であった者がそれ以前に執筆した論文や学会報告(乙58~61)により,当該委員がどのような知見をもって水俣病認定検討会の会議に臨んでいたかを知ることができ,これらからすると,52年判断条件は,当時発表されていた論文や専門家の医学的知見等に基づき,水俣病について第一線で研究を行っていた専門家により策定されたものであるから,十分な医学的根拠を有することは明らかであると主張する。 a まず,P87及びP25らの「水俣病に関する研究」と題する論文(乙58)は,水俣病が公に認知されて間もない昭和35年に発表されたものであり,熊大医学部第一内科教室に入院した11名のほか,現地で観察し得た水俣病患者の臨床症状の発現頻度を報告している。 そこでは,ハンター・ラッセル症候群のうち,求心性視野狭窄は検査し得た全例に認められたこと,聴力障害は34例中29例に認められ たが,オージオメーターで測定すればこの数はさらに増加するものと思われること,言語障害は34例中30例(88.2%)に,歩行障害は28例(82.3%)に,書字障害,釦止め運動拙劣及びアジアドコキネーシスが各29例(93.5%)に,指々試験及び指鼻試験拙劣が各25例( こと,言語障害は34例中30例(88.2%)に,歩行障害は28例(82.3%)に,書字障害,釦止め運動拙劣及びアジアドコキネーシスが各29例(93.5%)に,指々試験及び指鼻試験拙劣が各25例(80.6%)にそれぞれ認められたこと,表在知覚障害(触,温,痛覚鈍麻)及び深部知覚障害(圧覚,位置覚,運動覚,振動覚及び二点識別覚障害)は,検査し得た30例全例に認められたこと等を報告している。 以上のとおり,P87及びP25らの上記研究は,水俣病発見後比較的初期の水俣病患者の臨床所見を報告したものであって,ハンター・ラッセル症候群のほとんどを具備した患者の報告がその中心となっている。 b 2次研究班報告書におけるP86の論文(「5.水俣病の精神神経学的研究-水俣病の臨床疫学的ならびに症候学的研究」。乙59)は,水俣病患者が多発したα1地区と汚染の影響が疑われているα8地区,さらに,それらの対照地区として汚染の可能性が小さいと考えられるα27地区の3地区の住民に対して昭和46年に行われた第1年度の一斉検診の結果を報告している。そこでは,知覚障害は,α1地区において極めて高率にみられる症状であり,特に,口周辺の知覚障害と手袋状・ストッキング状の四肢の末梢性知覚障害がα1地区においては他地区に比べて圧倒的に多いが,知覚障害だけの場合や,下肢又は上肢のみに認められる知覚障害には,α1地区と他の2地区の数字との間に有意な差は認められなかったことなど,知覚障害,失調,構音障害,難聴及び視野狭窄の発生状況について報告した上,α1地区では他の2地区に比べて神経・精神症状の出現率が著しく高く,しかも,その主な症状はすべて水俣病に特徴的であると従来から考えられてき たものであるから,これらの神経・精神症状はメチル水銀によるものと 地区に比べて神経・精神症状の出現率が著しく高く,しかも,その主な症状はすべて水俣病に特徴的であると従来から考えられてき たものであるから,これらの神経・精神症状はメチル水銀によるものと推定されるが,対照地区と考えられるα27地区においても,一定の神経・精神症状がみられることから,それぞれの地域における水俣病以外の疾患について検討する必要があるとして,個々の神経症状のうちから,対照地区との有意差がみられたものとして,四肢の手袋状・ストッキング状の知覚障害,口周辺の知覚障害,視野狭窄,構音障害を抽出し,更にその特徴に着目していくつかの組合せを設定し,その存在率を比較検討している。そして,水俣病の発症時期については,典型的に症状のそろったもの(知覚障害と視野狭窄を含む事例)と知覚障害のみ又はそれが主症状である患者群とを比較すると,概ねそれらの分布は一致しており,その発病の時期は調査時点である昭和46年までの広い時期に及んでいることを報告し,まとめとして,α1地区における神経精神症状の出現頻度は驚くべき高率であること,水俣病の診断には,求心性視野狭窄及び手袋・ストッキング状の末梢性知覚障害,口周辺の知覚障害が重要であることが明らかになったが,必ずしも症状のそろわないものでも水俣病(メチル水銀中毒症)と考えざるを得ない症例も多数見出され,従来,水俣病とは無関係であると考えられていた2,3の疾患や症状も,α1地区では対照地区より有意の差で高率に認められており,これらの症状や疾患もメチル水銀中毒と関係があるのではないかと疑われたこと,水俣病には重症のものから軽症のものまで極めて広い範囲のばらつきがあり,症状もなお変化しつつあり,症状の発生は昭和36年以降も46年に至るまでみられており,これらは,必ずしも症状の重さや加齢とは関係がな には重症のものから軽症のものまで極めて広い範囲のばらつきがあり,症状もなお変化しつつあり,症状の発生は昭和36年以降も46年に至るまでみられており,これらは,必ずしも症状の重さや加齢とは関係がないことを指摘している。 また,同研究は,水俣病認定申請をしてP86らの診察を受けた患者で既に水俣病と認定された患者46人と一斉検診で水俣病と診断さ れた患者58人に係る調査結果も報告しているところ,そこでは,表在性知覚障害は,水俣病患者のほぼすべての者(98~100%)に見られ,運動失調は94~96%の者に,難聴は70~87%の者に,求心性視野狭窄は57~74%の者に,構音障害は55~74%の者にみられたことを報告しており,これらの症候の組合せの型について,その出現頻度を報告している。 上記のとおり,同研究は,水俣病にみられる症候の組合せに着目してその頻度等を報告するものであり,症候の組合せから水俣病の診断基準を抽出しようとしている点において52年判断条件と類似しているところ,この中でも,四肢末梢優位の知覚障害のみの症例は出現頻度が低く(α1地区で2.3%,α8地区で1.2%,α27地区で1.1%),また,α1地区と他の地区との間に有意の差がみられないので,四肢末梢優位の知覚障害だけの場合には,メチル水銀の影響も考えられるが,他の原因の混入も考慮されなければならず,水俣病であると判断するためには,更に疫学的な事項,すなわち,家族内発病の有無や魚介摂取状況,他の疾患の合併の有無等について検討されなければならないとしている点には特に注意すべきである。 また,同じくP86らが昭和48年3月に発表した2次研究班第2年度の研究(乙120)においては,第2年度の検診によって水俣病と診断された患者にみられる症候の組合せは16種類に 注意すべきである。 また,同じくP86らが昭和48年3月に発表した2次研究班第2年度の研究(乙120)においては,第2年度の検診によって水俣病と診断された患者にみられる症候の組合せは16種類に及んでいる。 この検診においては,どのような基準に基づいて水俣病,水俣病の疑い,診断保留の判断を行っているのか判然としないため,その診断の正当性について評価しにくいが,α1地区(924人受診)で知覚障害のみの例で水俣病と診断されたものが2例,同疑いとされたものが5例,診断保留とされたものが4例であり,α8地区(1723人受診)では知覚障害のみの例で水俣病及びその疑いとされたものはなく,診 断保留とされたものが3例,α27地区(904人受診)ではすべて1例もなしとなっており,感覚障害のみを呈する症例が極めて少ないとの結果が示されている。 このように,2次研究班の調査は第1,2年度とも症状を詳細に指摘しているものであって,ハンター・ラッセル症候群を基にした組合せ論を重視しているものといえる。 c 昭和46年の日本医学会総会会誌に掲載されたP16の論文「水質汚染―アルキル水銀中毒―」(乙60)は,阿賀野川流域における水俣病について報告しているものである。そこでは,昭和40年1月から5月にかけて阿賀野川下流沿岸の住民にメチル水銀中毒患者が発見されたことを契機として,同年6月から神経内科・脳神経外科教室の共同により系統的住民調査を実施し,その際,診断はメチル水銀中毒症の臨床的特徴及び他疾患の除外などの臨床的検討によるほか,川魚摂取と頭髪水銀量高値,家族内発症などに着目して行ったこと,その結果,昭和40年12月までに患者と認定されたものは26名(死亡5名),保有者(症状はなくとも頭髪水銀量が200ppmを超える者)は9名であ 頭髪水銀量高値,家族内発症などに着目して行ったこと,その結果,昭和40年12月までに患者と認定されたものは26名(死亡5名),保有者(症状はなくとも頭髪水銀量が200ppmを超える者)は9名であり,患者発生地域は阿賀野川下流沿岸に限局してみられたこと,その後,患者・保有者を中心に経過観察・治療を行ったが,昭和42年以降,定期的に患者発生地区で患者・保有者以外にも受診をすすめて年1回検診を行い,この追跡検診により昭和44年12月までに認定患者は42名と増加し,昭和46年2月時点での認定患者は49名(死亡6名)となっており,したがって,昭和40年12月以降,23名が追加認定されたことになるが,このうちには新たに発見されたものもあるものの,その多くは病状の増悪,遅発により認定されたものであること,その主要症候として,感覚障害は96%のものに,視野狭窄は78%のものに,運動失調は74%のものにみられ たこと,症状の経過では,初期には末梢神経障害,共同運動障害などで改善がみられ,一部では求心性視野狭窄の拡大もみられたが,その後は共同運動障害を除く全症状で増悪傾向がみられたこと,さらに,昭和45年には,阿賀野川流域の住民につき三次にわたる一斉検診を行ったこと,発症の最低頭髪水銀量の検討は重要ではあるが汚染状況,川魚摂取状況,診断基準などにより異なり,また症状の遅発,増悪する事実もあることから慎重でなければならないこと,などを報告している。 そして,上記の最初の調査について,昭和42年4月にP16らによってまとめられた報告書である「新潟水銀中毒事件特別研究報告書(厚生省分担研究分)」(乙195)では,水俣病患者と認定された26名中にはハンター・ラッセル症候群のそろっていない比較的軽症の者も多いところ,これらの者を水 である「新潟水銀中毒事件特別研究報告書(厚生省分担研究分)」(乙195)では,水俣病患者と認定された26名中にはハンター・ラッセル症候群のそろっていない比較的軽症の者も多いところ,これらの者を水俣病と診断した根拠について,ⅰ全例入院精査し神経学専門家により十分検討され他の疾患は否定されていること,ⅱ知覚障害のみでも特異な部位にみられ治療による改善が少なく関節痛を伴うなどの特徴があり,また軽度でも小脳症状や聴力障害などハンター・ラッセル症候の一つを合わせ持つなどの特徴があること,ⅲ毛髪水銀量が高値であること,ⅳ川魚摂取と発症時期や家族内発生などの疫学的事実があることなどを総合して判断したものであると述べられている。なお,P16は,この点について,「鼎談・医学と裁判」(乙56)の中で,毛髪水銀量が200ppmを超えていれば感覚障害だけでも水俣病と診断し,毛髪水銀量がそれほど高くはない場合は症候の組合せ方式によって診断したもので,P16は最初からこの組合せ方式を採用していたという趣旨の発言をしている。 さらに,P16の論文「水俣病の診断に対する最近の問題点」(『神経進歩』第18巻第5号882頁[昭和49年]。乙61)は, P16のその時点における水俣病の診断についての考え方を記されたものであるが,そこでは,メチル水銀中毒症の個々の症候をみると,視野狭窄を除き,極めてありふれた神経症候であり,そこに要求されることは,類似した多くの神経疾患をいかにして鑑別すべきかであるとした上で,具体的に,水俣病と頸椎症における神経症状との鑑別について検討するなどとされている。この中で,P16は,初期には診断基準の枠を設けなかったものの診断の基本はハンター・ラッセル症候群であることは言をまたないところであり,P16らの経験からできあがっ ついて検討するなどとされている。この中で,P16は,初期には診断基準の枠を設けなかったものの診断の基本はハンター・ラッセル症候群であることは言をまたないところであり,P16らの経験からできあがった診断の要領によれば,曝露歴があって視野狭窄があれば本症を疑う大きな根拠になるが,これを欠く場合には他の疾患との鑑別は慎重を要することになり,水俣病の個々の症候はありふれたものであるから,そこに要求されることは,類似した多くの神経疾患をいかにして鑑別すべきかということであり,そこには高度の神経学的知識が要求され,典型例からごく軽度の症候を呈する例まで含めると,最終的に正常人(または類似症候をもつ他疾患)との区別をどこへおくかという問題の解決は容易ではなく,この段階には一定の基準を考えなければならず,それはメチル水銀中毒らしくないものをできるだけ除外し,メチル水銀中毒らしいものをできるだけ拾い上げるものであることが望ましいと説明している。 d 52年判断条件に否定的な立場に立つP108病院のP109医師も,昭和52年の「ある島における住民の有機水銀汚染の影響に関する臨床疫学的研究(第二報)・熊本医学会雑誌51巻2号」において,個々の症状は,それに限っていえば非特異的なものであり,その出現頻度が高いということだけで有機水銀中毒症と断定することは問題があるであろうから,有機水銀の影響を考える場合,その汚染を受けたという疫学的条件はもちろん,これらの症状の組合せが重要となると 述べている。また,P87らは,熊本県等の山間部に定住する一般老人の検診を行いその結果を報告しているが(P87ら「老人検診よりみた水俣病診断の問題点」昭和51年),その中で結論的に,老人においては水俣病と共通した種々の神経症状が少なからず認められ,老人性変化のみ 検診を行いその結果を報告しているが(P87ら「老人検診よりみた水俣病診断の問題点」昭和51年),その中で結論的に,老人においては水俣病と共通した種々の神経症状が少なからず認められ,老人性変化のみによって水俣病類似の症状を来し得ると考えられるため,水俣病の診断は個々の症状のみでなされるべきでなく,症状の組合せが最も重要であると述べている(乙181)。 以上のとおり,昭和52年当時において,水俣病にみられる個々の症候には特異性がないので,臨床診断においては症状の組合せが重要であるということ自体には,医学界において一応の共通の認識があったとみられる。したがって,52年判断条件が症候の組合せを提起したこと自体は,特に新たな医学的判断を示したものではなく,その当時一般的であった医学的判断を成文化したものであると考えてよいと思われる。 (ウ) 60年専門家会議での検討環境庁は,昭和60年8月16日の熊本水俣病第2次訴訟控訴審判決を契機として,その時点における水俣病の病態及び52年判断条件が医学的にみて妥当なものであるかどうかについて,同年に設けた,P16,P15及びP22らの水俣病についての代表的な専門家のほか,水俣病研究に限定することなく様々な神経症状に精通する神経内科の代表的専門家であるP110病院長のP27やP111センター長P112等の専門家らにより構成される「水俣病の判断条件に関する医学専門家会議」(60年専門家会議)に諮問した。60年専門家会議は,「後天性の水俣病の典型例は,臨床的に感覚障害,運動失調(構音障害を含む。),求心性視野狭窄,中枢性聴力障害などを呈する症侯群である。 一方,水俣病の非典型例では,上記の症侯がすべてそろっているとは限 らず,通常,そのいくつかの組合せが出現する。」とした 含む。),求心性視野狭窄,中枢性聴力障害などを呈する症侯群である。 一方,水俣病の非典型例では,上記の症侯がすべてそろっているとは限 らず,通常,そのいくつかの組合せが出現する。」とした上で,水俣病における感覚障害の解釈については,「水俣病においては,ほとんどの症例で四肢の感覚障害が他の症侯と併存しつつ出現するが,感覚障害のみが単独で出現することは現時点では医学的に実証されていない。他方,単独で起こる四肢の感覚障害は極めて多くの原因で生じる多発性神経炎の症侯であり,臨床的医学的に特異性がないし,また,四肢の感覚障害は,現時点で可能な種々の検査を行ってもその原因を特定できない特発性のものも少なくない。したがって,四肢の感覚障害のみでは水俣病である蓋然性が低く,その症状が水俣病であると判断することは医学的には無理がある。」とし,判断条件については,「臨床医学的診断は,疾患特異性のある症侯や特異的な検査方法がない疾患の場合には,症侯の現れ方,その経過,いくつかの症侯の組合せにより判断の蓋然性を高めるという方法がとられるのが一般的である。水俣病では,各個の症侯については特異性がみられないので,その診断に当たってもこの原則によらなければならない。したがって,現行判断条件は,水俣病の医学的判断に当たっては,曝露歴を前提とし,症侯の組合せを高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるとしている。現行判断条件は,一症侯のみのもので,医学的に水俣病の蓋然性が高いものを水俣病と判断することを全く否定しているわけではないが,一症侯のみの例があり得るとしても,このような例の存在は臨床医学的に実証されてはおらず,現在得られている医学的知見を踏まえると,一症侯のみの場合は水俣病としての蓋然性は低く,現時点では現行の判断条件により判断す があり得るとしても,このような例の存在は臨床医学的に実証されてはおらず,現在得られている医学的知見を踏まえると,一症侯のみの場合は水俣病としての蓋然性は低く,現時点では現行の判断条件により判断するのが妥当である。なお,水俣病と診断するには至らないが,医学的に判断困難な事例があるとの意見があった。」としていて(乙22),52年判断条件の医学的正当性を確認する内容となっている。 なお,控訴人が60年専門家会議において資料として使用されたと指 摘する論文等(乙63~66)も,52年判断条件の医学的正当性と矛盾する内容のものではないと考えられる。 a すなわち,P18による第68回日本精神神経学会のシンポジウムにおける報告である「長期経過した水俣病の臨床的研究」(乙63)は,水俣病発見後当初はハンター・ラッセル症候群を中心としてほかに類のないほど共通の症状がみられており,その全体の臨床像も似ていたが,その後,症状の改善がみられるものもあったことから症状の多様化がみられ,当初から10年を経た同報告時においては各症状の経過に不揃いがあるために次第に非典型化し,その前景となる症状が入れ替わっていくつかの病型に類型化されてきていることなどを報告するものである。 b また,P38らによる「新潟水俣病の疫学と臨床-とくに第2回一斉検診と臨床症状の推移について-」(『神経進歩』第16巻第5号881頁(昭和47年),乙64)は,新潟県阿賀野川流域の住民について昭和45年に実施した一斉検診の結果を報告するものである。 そこでは,四肢遠位部の知覚障害のみを認める患者数は,阿賀野川の下流域で有意に高頻度であったこと,昭和47年2月の水俣病認定を受けた患者数は102名であるが,そのうち追跡検診を受けた者の94.9%に多発性ニ 四肢遠位部の知覚障害のみを認める患者数は,阿賀野川の下流域で有意に高頻度であったこと,昭和47年2月の水俣病認定を受けた患者数は102名であるが,そのうち追跡検診を受けた者の94.9%に多発性ニューロパシーが認められ,当初は手袋靴下型を示したものが後には体幹にも知覚障害が及び胸髄から一部は頸髄レベルにも達すること,一般の多発性ニューロパシーでは顔面,体幹などで正中線よりの部分(額,鼻先,口唇,胸部前面及び背部中央)など支配神経末端部に知覚障害をみる場合があるが,水俣病患者では,体幹でこの傾向をみるものがあってもその数は少なく,顔面では,口周囲ないし上口唇部を中心とするタマネギ状に知覚異常を示すものが圧倒的に多いこと,共同運動障害,聴力障害及び視野狭窄も高率でみられ ることなどが報告されている。 c さらに,P87及びP25による「水俣病の臨床」(『神経進歩』第13巻第1号(昭和44年),乙65)は,熊本県における水俣病発症当初の水俣病患者の臨床像とその10年後の状況とを比較するものである。そこでは,発病当初及びその10年後のいずれにおいてもハンター・ラッセル症候群を中心とする症候が高率でみられるが,それらの水俣病の主要所見はいずれも10年を経てその頻度及び程度において軽減しており,ただ,その軽減の程度は10年という期間を考慮するとあまりに遅々かつ微々たるものであることなどを報告している。 dP22らによる「多変量解析による水俣病の診断」(『神経進歩』第18巻第5号890頁(昭和49年),乙66)は,昭和46年から昭和49年にかけて水俣市に近い鹿児島県側の不知火海沿岸の住民について行った一斉健康調査の結果を基に,神経症状のうちこの調査において出現した頻度が3%以上であった53項目を対象としてその 46年から昭和49年にかけて水俣市に近い鹿児島県側の不知火海沿岸の住民について行った一斉健康調査の結果を基に,神経症状のうちこの調査において出現した頻度が3%以上であった53項目を対象としてその調査結果に基づく多変量解析を行うものであるが,そこでは,因子分析の結果として水俣病の因子を規定する症候としては,本質的にはハンター・ラッセル症候群と同一であるとされている。そして,水俣病の診断においては,地域魚介類の水銀値,居住歴,家族内発症の有無,魚介類の摂取状況,猫等の発症の有無,過去の毛髪中水銀値及び発症の有無,過去の毛髪中水銀値及び発症時期などの疫学条件を重視すべきことはいうまでもないが,これらの条件に関しては必ずしも正確な情報が得られるとは限らず,水俣病の診断に疫学条件が備わっていれば積極的な根拠となり得るが,必ずしもその条件を明らかにし得ない場合もあり,いきおい神経症状を中心とする臨床症状が診断上最も重要視されており,ただ,臨床症状の上からも健康者と水俣病患者とを 画然と区別する基準は存しないとする。 e 平成3年1月には,中央公害対策審議会環境保健部会に水俣病問題専門委員会(専門委員会)が設置され,同会の委員には,水俣病の代表的な医学専門家に加え,環境法や行政法を専門とする法学者ら合計14名が選出されたところ,その答申においては,52年判断条件について,現在までの研究ではこの52年判断条件に変更が必要となるような新たな知見は示されていない,と結論付けられている(乙98)。 (エ) 症候組合せの必要性水俣病においては,体内に取り込まれたメチル水銀が強く障害する部位は特定されており,また,このような障害によって主に生じる症候も特定されているが,その障害部位は大脳や小脳を始めとする神 水俣病においては,体内に取り込まれたメチル水銀が強く障害する部位は特定されており,また,このような障害によって主に生じる症候も特定されているが,その障害部位は大脳や小脳を始めとする神経系であるため,患者の生存中にこれらの組織を生検し,メチル水銀による障害が生じているか否かを確認することは困難である上,上記症候はいずれも当該症候の一つがあれば水俣病にかかっていると判断できるような特異的な症候ではなく,他の疾患によってもこれらの症候を来す場合が多いことから,水俣病の診断は,ある程度必然的に,まず各種の症候の組合せから水俣病であると推定する臨床診断における基本的な手法である症候群的診断を重視するものになることはやむを得ないが,次いでこれから外れた事例については総合的な検討を進めて行かなければならないと考えられる。 また,前記認定のとおり,体内に取り込まれたメチル水銀は,神経系の特定部位,すなわち,大脳については,後頭葉の線野,特に鳥距野の前半部(周辺部視野の中枢),頭頂葉の中心後回領域(感覚の高次中枢),前頭葉の中心前回領域(随意運動の中枢)及び側頭葉の側脳溝に面する横回領域(聴覚の中枢)を,小脳については虫部及び半球を,末梢神経につ いては感覚神経を,それぞれ強く障害し,これらの障害の部位に応じて,ハンター・ラッセル症候群の各症候が発現するものであって,しかも,メチル水銀によって損傷される神経系の特定部位は,多少の程度の差があるもののおおむねそれら全てが損傷されるものと病理学的にはいわれており,単独で上記一部の部分のみが損傷されたという症例は確認されていないようであるから(乙23),水俣病においては,特異的な一定の症例の組合せとして同時に複数部位が損傷されることが通例であり,単一症候のみが発現す 一部の部分のみが損傷されたという症例は確認されていないようであるから(乙23),水俣病においては,特異的な一定の症例の組合せとして同時に複数部位が損傷されることが通例であり,単一症候のみが発現することは一般的には想定し難いものと認められる。 他方,メチル水銀による神経系の障害では,個人差があるので,病理学的に障害を受けた部位の全てについて,それに対応する症候が必ずしも全て出現するとは限らないのであるから,前記の主要症候の全てがそろうことを求めるのは相当ではない。 したがって,どのような症候の組合せがあればメチル水銀の影響が推定できるかを,当時の最新の医学上の科学的,専門的な知見に基づいて検討の上で策定された52年判断条件に定める主要症候の組合せによってまず症候群診断を行い,次にこれから外れる事例について総合的に検討を進める手法には十分な合理性があるものと考えられる。 エ 52年判断条件の現実の運用証拠(甲1,34,乙39の2)によれば,52年判断条件が策定された後の熊本県認定審査会の現実の審査においては,当該患者の症状が52年判断条件に設定された症状の組合せに合致するかどうかを中心に審査するのが原則であり,52年判断条件に設定された症状の組合せを充たさない場合に,それ以上症状や原因をさらに別途探求するということは現実には余り行なわれておらず,処分行政庁の認識においても,症候組合せを認められない場合の認定例が存在するとの認識は乏しかったのが実情であると認められる。もっとも,実際には,52年判断条件を充足しない場合に おいても認定された事例が存在するようではあるが(乙239),このように,認定判断の実情として,52年判断基準が定める症候組合せが認められない場合の検討が十分にはなされてこなかった 合に おいても認定された事例が存在するようではあるが(乙239),このように,認定判断の実情として,52年判断基準が定める症候組合せが認められない場合の検討が十分にはなされてこなかった傾向があるのは,前記認定のとおり,多数の申請に対する留保判断がなされたことについて,違法であるとの裁判所の判断もあり,判断の迅速性が要請されていたところ,症候の存在とその組合せについては,検診等の結果により比較的に判断が容易であることに比べ,症候の組合せが認められない場合の判断においては,曝露の有無のみでなくその濃厚さや発症時期との関係など具体的な状況を厳密に検討する必要があって,多数の事例について迅速に判断を行うことが困難であったことによるものと考えられる。しかしながら,認定審査におけるこのような現実の運用は許されないところであって,症例の組合せに合致しない場合には,高度の学識と豊富な経験に基づいてさらに総合的な検討を進めなければならないというのが52年判断条件の内容であり,従前の実務の現実の運用は改められなければならず,本来水俣病と認定すべき事例を誤って認定しなかった場合には,当該処分は違法となるといわなければならない。 オ他の救済制度との関係(ア) 特別医療事業は,60年専門家会議の意見において,「水俣病と診断するには至らないが,医学的に判断困難な事例があることについて留意する必要がある」(乙22)との意見が付記されたことを受けて,医療費の助成などを行うために,各県によって作られた制度であり,症状要件としては「四肢の感覚障害を有し,その原因が特定できない場合に限る」こととされていたこと,水俣病総合対策医療事業は,平成3年11月26日付けの中央公害対策審議会の答申を基礎として過去に通常のレベルを超えるメチル水銀の 障害を有し,その原因が特定できない場合に限る」こととされていたこと,水俣病総合対策医療事業は,平成3年11月26日付けの中央公害対策審議会の答申を基礎として過去に通常のレベルを超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性がある者に対し健康診査等を実施するとともに,水俣病とは認定されないものの水俣病にもみ られる四肢末梢の感覚障害を有する者に対して療養費及び療養手当を支給することなどを目的として,国によって策定された制度であるが,同答申において,四肢末端の感覚障害を有する者に対して,行政として汚染原因者の損害賠償責任を踏まえた対策を行うことは適当でないとされていたことが認められる(弁論の全趣旨)。 (イ) 平成7年には,水俣病に関する様々な紛争を和解を含めた話し合いにより早期に最終的かつ全面的に解決することを図るため,当時の与党3党合意を原因企業等の関係当事者が受け入れて合意に至った(平成7年政治解決)。この合意を受けて講じられた措置の一つが,前記水俣病総合対策医療事業の再開であり,一定の居住要件及び症候要件(水俣病にみられる四肢末梢優位の感覚障害を有すると認められる者で原因が明らかであるものを除く。)を満たす者について,都道府県が医療手帳を交付し,療養費,はり・きゅう施術費及び療養手当を支給することとされたほか,新たに保健手帳の制度が創出され,上記症候要件を満たさないために医療手帳の交付を受けられなかった者であっても,居住要件を満たし,公的資料又は提出診断書のいずれかに四肢末梢優位の感覚障害,全身同程度の感覚障害又は四肢末梢優位の乖離性の感覚障害を有すると認められる場合にあって,公的資料によりしびれ,ふるえ等の一定の神経症状があると認められる者についても,保健手帳を交付し療養費等を支給することとされた。 そして, 位の乖離性の感覚障害を有すると認められる場合にあって,公的資料によりしびれ,ふるえ等の一定の神経症状があると認められる者についても,保健手帳を交付し療養費等を支給することとされた。 そして,平成16年10月15日の別件訴訟最高裁判決を受けて,国は,平成17年4月7日付けで別件訴訟等において損害賠償請求が認容された患者に対して医療手帳を交付して,医療費(自己負担分)等の支給を行うこととし,被控訴人にも控訴人から医療手帳が交付されて,医療費が支給されている(前記第2の4(8)オ)。また,前記水俣病総合対策医療事業を拡充し,医療手帳については,療養手当の支給要件を緩和し, 温泉療養費を支給対象として追加するなどし,保健手帳についても,医療費の給付上限額を廃止して全額支給とするなどした(弁論の全趣旨)。 (ウ) さらに,平成21年7月15日,公健法に基づく判断条件を満たさないものの救済を必要とする者を水俣病被害者として受け止め,その救済を図り地域における紛争を終結させて水俣病問題の最終解決を図ることを目的として特措法が公布され,即日施行された。特措法は,立法府が公健法の認定が52年判断条件に従って行われることを前提として立法されたものであると認められるところ,特措法及び同法を受けた救済措置の方針では,通常起こり得る程度を超えるメチル水銀の曝露を受けた可能性があり,かつ,四肢末梢優位の感覚障害を有する者又は全身性の感覚障害を有する者その他の四肢末梢優位の感覚障害を有する者に準ずる者については,その者の申請に基づいて,一定の要件を満たした場合に,一時金(210万円),療養費,療養手当を支給することとされている。そして,救済措置の方針においては,より具体的に,一時金等の対象者の対象となる症状として,①検査所見書と提出診断 を満たした場合に,一時金(210万円),療養費,療養手当を支給することとされている。そして,救済措置の方針においては,より具体的に,一時金等の対象者の対象となる症状として,①検査所見書と提出診断書の両方の診断書において四肢末梢優位又は全身の感覚障害がある場合は対象となり,②四肢末梢優位の乖離性の感覚障害は,全身性の感覚障害と同等に扱い,③検査所見書と提出診断書のいずれか一方において四肢末梢優位又は全身性の感覚障害がある場合は,他方の診断書における次の所見(口周囲の触覚又は痛覚の感覚障害,舌の二点識別覚の障害,求心性視野狭窄)を踏まえ,判定検討会における総合判断により判定すると定められ,さらに,上記症候がない者に対しても,一定の感覚障害がある者で指定症状がある者については,県が水俣病被害者手帳を交付し,療養費を支給することとされている。(乙143,182,183)特措法は,公健法に基づく水俣病の認定には審査基準として52年判断条件が用いられているところ,四肢末梢優位の感覚障害を有するにす ぎない者等については水俣病の認定が現実には困難であるという解釈上制度的な限界があることを前提として立法されたものと理解されるところであって,この四肢末梢優位の感覚障害のみを有する者等は通常は公健法による水俣病としての認定が現実には困難であるという解釈上制度的な限界がある事態を法的に改めようとせずむしろこれを是認していることは注目しなければならないところである。そして,法の解釈においては法体系全体の理論的整合性を重視して矛盾なく解釈しなければならないことは当然に要請されることであるから,昭和55年5月2日に公健法に基づいてされた本件処分の適法性を主たる争点とする本件においても公健法の解釈についてはこの点を考慮せざるを得ないものと思料 ならないことは当然に要請されることであるから,昭和55年5月2日に公健法に基づいてされた本件処分の適法性を主たる争点とする本件においても公健法の解釈についてはこの点を考慮せざるを得ないものと思料される。 カ 52年判断条件についての小括52年判断条件は,当時の水俣病に係る医学上の科学的,専門的知見と豊富な経験に基づいて策定されたものであり,その内容についても,症候の組合せを提起したことは病理学を含めて当時一般的であった医学的判断を成文化したものであると考えてよいと思われるし,その後現在に至るまで52年判断条件の内容が適正でないとする医学上の専門的知見が一般的なものとなったわけでもなく,平成21年に制定された特措法において立法府によって公健法の認定が52年判断条件に従って行われることを当然の前提としている旨の認識が表明されたことをも考慮しなければならない。 そして,後記(2)のとおり,52年判断条件における症候の組合せが認められる場合とは異なり,四肢末梢優位の感覚障害のみが単独で出現する類型が存在することは現時点ではいまだ医学的に十分実証されているとはいいがたく,実際にも又病理学的にも水俣病であれば障害の程度に様々な差があり軽度ではあっても感覚障害以外に何らかの症候が見られることが多いのではないかと考えられるので,感覚障害以外の症候を臨床症状として 把握できないというのであれば水俣病の可能性が低いとの判断に傾くのはやむを得ないものと思料されるところである。さらに,感覚障害自体の所見が客観性に乏しく医学的に診断の正確性が担保しにくいだけでなく(乙4,41,50,51,185ないし188,241,268),多様な原因により発症しうる非特異的な症候であり,その半数以上が原因不明とされているため種々の検査をしても特 が担保しにくいだけでなく(乙4,41,50,51,185ないし188,241,268),多様な原因により発症しうる非特異的な症候であり,その半数以上が原因不明とされているため種々の検査をしても特定の疾患によるものと特定されないことも多いという実情にあるということも(乙189ないし192),四肢末梢優位の感覚障害のみで水俣病と診断することができるかを検討する上では考慮せざるを得ない点であると考えられる。 そうすると,四肢末梢優位の感覚障害の所見のみを有する者を水俣病と診断すれば水俣病の大部分を取り込むことができるとしてもそれ以上に水俣病でないものまで水俣病として取り込むことになってしまうおそれも強いといわなければならない。しかし,他方では,後記(2)のとおり,感覚障害のみが単独で出現する蓋然性が低いとはいえ,その可能性がないことが医学的に実証されているわけではないのであって,52年判断条件における症候の組合せが認められる場合とは異なり,行政庁において,このような諸々の事情を総合的に考慮して,水俣病であることを判断するに当たっては,水俣病の可能性が臨床医学上50%以上と認められるものまで広く認定することを前提とした上で,症候の組合せを基本としつつも,この症候の組合せから外れる場合にも更に総合的に検討するものとする52年判断条件を審査基準として用いるとの法的ないしは政策的な判断を行っているのであって,行政庁の行ったこの判断には,公健法の趣旨に照らしても,十分な合理性があるものと考えられる。 この点,被控訴人は,46年事務次官通知の趣旨に従って,有機水銀の曝露条件があって,四肢末梢優位の感覚障害のある患者は,明らかに他の原因によるものでない限り,公健法上の水俣病に該当するという基準によ って水俣病の認定を行うべきであると って,有機水銀の曝露条件があって,四肢末梢優位の感覚障害のある患者は,明らかに他の原因によるものでない限り,公健法上の水俣病に該当するという基準によ って水俣病の認定を行うべきであると主張する。しかしながら,医学的な診断基準及び行政における審査基準は,水俣病らしいものをできるだけ拾い上げ,水俣病らしくないものをできるだけ除外できるものが望ましいと考えられるが,被控訴人の主張する基準はこのような要請には適合していないものといわなければならず,診断基準ないし審査基準としては相当なものとはいえず,民事責任を踏まえた公平かつ統一的な救済を制度上も予定している公健法の認定制度における診断基準ないし審査基準として,被控訴人主張の基準を採用することはできない。 したがって,52年判断条件は,これに規定する症候組合せを満たす者については曝露条件を満たすときには水俣病にかかっているものと認めて差し支えないというべきであり,その意味において水俣病認定における52年判断条件の意義は大きいものがある。他方,52年判断条件の症候の組合せの要件を満たさないという一事をもって直ちに水俣病にかかっていないものということができないことも当然のことであって,この場合には高度の学識と豊富な経験に基づいて更に総合的に検討し判断していかなければならない。52年判断条件に規定する症候の組合せに当たらない場合について,必ずしも慎重な検討を経ることなく水俣病に当たらないと判断する運用がなされてきた事例があったこともうかがわれるところであるが,上記組合せを満たさない各症候についても,その内容や発現の経緯等により,水俣病と考えられる可能性の程度は様々であり,さらに,申請者のメチル水銀に対する曝露状況等の疫学的条件に係る個別具体的事情等を総合考慮することにより,水俣病 ついても,その内容や発現の経緯等により,水俣病と考えられる可能性の程度は様々であり,さらに,申請者のメチル水銀に対する曝露状況等の疫学的条件に係る個別具体的事情等を総合考慮することにより,水俣病にかかっていると認める余地があることは当然のことであって,このことは52年判断条件にも明記されているところである。 (2) 感覚障害のみが認められる水俣病の存在についてア感覚障害のみの水俣病の存在 前記認定事実に加え,証拠(甲75,76,103,乙1,2,41,46,69,75,76)及び前記(1)ウ(ウ)(エ)において認定説示したところによれば,水俣病患者については,ハンター・ラッセル症候群の全部の症候が発現する場合のほか,中程度ないし軽度の患者については,その一部の症候のみしか出現しない場合も多いところ,そのような場合であっても,そのほとんどの例において四肢末梢優位の感覚障害がみられるというのであるから,四肢末梢優位の感覚障害は,水俣病における最も基礎的ないし中核的な症候として,いわば水俣病における共通項として位置付けることができるのではないかとの疑問も生じ得るところである。 また,前記認定のとおり,体内に取り込まれたメチル水銀は,神経系の特定部位をそれぞれ強く障害し,これらの障害の部位に応じて,ハンター・ラッセル症候群の各症候が発現するところ,上記各証拠等によると,感覚障害以外の症候については,その出現頻度に差はあるものの,その現れ方は様々であり,種々の症候からなる多様な水俣病患者が存するものということができ,神経系の各部位のメチル水銀に対する感受性は個人差があるものと推認される。 そして,前記のとおり,水俣病は魚介類を介してメチル水銀を経口摂取することにより生じる中毒性の神経疾患であるか とができ,神経系の各部位のメチル水銀に対する感受性は個人差があるものと推認される。 そして,前記のとおり,水俣病は魚介類を介してメチル水銀を経口摂取することにより生じる中毒性の神経疾患であるから,水俣病は,各人のメチル水銀に対する曝露の状況やメチル水銀に対する感受性に応じて死亡に至る重症例からその症状の程度が極めて軽度な軽症例まで不断に分布しているものと考えられるところ,上記のような水俣病における四肢末梢優位の感覚障害の位置付けからすれば,そのような最も軽度の水俣病においては,臨床所見として把握し得る神経症候が四肢末梢優位の感覚障害のみであるものも存在するのではないかとの疑問も当然に生じ得るところである。 イ各研究論文の検討前記認定のとおり,P86らによる論文においては,ハンター・ラッセ ル症候群のうち四肢末梢優位の感覚障害のみの場合については,出現頻度が低く,また対照地区との間に有意差が認められないところ,水俣病であると判断するためには,更に疫学的な事項,すなわち,家族内発病の有無や魚介摂取状況,他の疾患の合併の有無などについて検討されなければならないとされているのであるが(乙59,120),このような感覚障害のみしかない水俣病も存在するのではないかとの説明がされている。また,先にみたP38らの報告では,新潟県阿賀野川流域の住民について昭和45年に一斉検診を行った結果,四肢遠位部に知覚障害を認めるのみの患者が同川下流域で優位に高頻度であったことが報告されており(前記(1)ウ(エ)b),これらの報告は,臨床所見として把握し得る神経症候が四肢末梢優位の感覚障害のみである水俣病も存在するのではないかとの疑いを示唆するものであるということができる。 また,上記論文ないし報告のほかにも,次の論文ないし 床所見として把握し得る神経症候が四肢末梢優位の感覚障害のみである水俣病も存在するのではないかとの疑いを示唆するものであるということができる。 また,上記論文ないし報告のほかにも,次の論文ないし報告の存在を指摘することができる。 (ア) まず,P16,P113及びP38による「新潟水俣病における毛髪水銀値と臨床症状-比較的低水銀汚染者群にみられた神経症状の特徴-」(甲101)は,新潟大学脳研究所神経内科を受診し,毛髪水銀値が40.0~59.9ppmと比較的低い値を示した44名を対象としてその臨床症状の特徴を報告するものであるが,そこでは,自覚症の頻度は四肢のしびれ感が73%と最も高く,他はほぼ40%以下であること,他覚所見ではしびれ感に対応する四肢の末梢性知覚障害が61%と最も高率で,その他の異常所見が20~30%の頻度で認められたこと,このうち,知覚障害のみを示す例が7例あり,そのうち5例は家族内に患者や有症者を認めるケースであったこと,知覚障害は末梢性の手袋靴下型分布を基本とすること,上記のような知覚障害のみを示す例については,毛髪水銀値でもない限りその診断は難しいが,家族発現をみる例 で他に否定的原因がなく,メチル水銀による多発性神経炎と考えてよいと思われる場合があること,などを指摘している。 同報告にあらわれた知覚障害のみを示す例がすべてメチル水銀の影響によるものであると直ちにいうことは困難であるものの,毛髪水銀値が比較的低い受診者に知覚障害のみを示す例が認められ,また,四肢の末梢性知覚障害が他の神経症候に比して高率で認められたことは,臨床上把握し得る神経症候が四肢末梢優位の感覚障害に限られる水俣病が存在することをうかがわせるものである。 (イ) また,P18は,同人らを含むP114調査団 比して高率で認められたことは,臨床上把握し得る神経症候が四肢末梢優位の感覚障害に限られる水俣病が存在することをうかがわせるものである。 (イ) また,P18は,同人らを含むP114調査団が昭和51年にα19海沿岸各地において行った一斉検診の結果,水俣病認定申請中413名のうち301名(73.1%)に四肢末梢の感覚障害がみられ,次いで,聴力障害や筋力低下も60%余りの者にみられたこと,上記沿岸地域のうち,α10では全住民について,α9では全住民の84.1%について検診することができたが,これらの検診においても,四肢末梢の感覚障害は65.5%と最も高率にみられたことを報告している(甲102)。また,P109も,出水市α38島の住民のうち若年者について行った検査の結果,感覚障害,聴力低下,共同運動障害などいずれも水俣病の特徴的症状が優位に見出され,なかでも,特徴的なことは,四肢末梢型の感覚障害が高頻度にみられたことであり,しかも,その感覚障害の程度は汚染の程度と関連しており,その感覚障害を説明できる原因もなく,かつそれが集団的に発生していることなどから,有機水銀の影響によるものと考えてよいものと思われ,そうであるとすれば末梢型の感覚障害が最も初期あるいは軽症の症状であるといえるとしている(甲103)。 上記各報告は,臨床上把握し得る神経症候が四肢末梢優位の感覚障害のみである水俣病が存在することを直接裏付けるものではないが,四肢 末梢優位の感覚障害が水俣病における最も基礎的,中核的な症候ではないかということを示唆するものであり,軽症例においては,そうした四肢末梢優位の感覚障害のみの水俣病も存することをうかがわせるものであるということはできる。 この点,控訴人は,上記P18の報告にある調査を行ったのは, するものであり,軽症例においては,そうした四肢末梢優位の感覚障害のみの水俣病も存することをうかがわせるものであるということはできる。 この点,控訴人は,上記P18の報告にある調査を行ったのは,水俣病研究会に参加していたP18をチーフとするP114調査団医学班であるが,感覚障害の検査には熟練が必要であるにもかかわらず,上記調査に参加した医師らの専門分野も上記調査の診断方法も不明であり,科学的・客観的な調査が行われているとはいい難い上,上記研究会の性格等からして,P18の上記報告は,検者,被検者とも極めて強いバイアスがかかった調査結果であり,こうしたデータを対照となる非汚染地域の調査結果と単純に比較しても正確な結論を導き出せないと主張する。 確かに,上記報告によれば,上記調査は多数に及ぶ認定申請者の早期の救済を図ることを目的とするものであり,その調査目的においては一定の方向性があるものと認められる上,調査を行った医師団においては診察経験の豊富な者から未経験の者までいるため,その診察技術が問題となることもあったとされている。しかし,上記調査は,延べ103名にも及ぶ複数の大学に所属する医師により行われたものであり,個々人の検査技量にばらつきがあるとしても,上記調査結果が直ちに信用することができないということはできないし,感覚障害の検診において,検者ないし被検者のバイアスが一定程度その結果に影響を及ぼすことがあるとしても,それが先にみたような上記調査の顕著な傾向を否定するほど大きなものであることをうかがわせる証拠もなく,控訴人が主張する事情を考慮しても,P18による上記報告の信用性が直ちに全面的に否定されるものではないというべきである。 ウ他原因の存在 控訴人は,四肢末端ほど強く現れる感覚障害としては を考慮しても,P18による上記報告の信用性が直ちに全面的に否定されるものではないというべきである。 ウ他原因の存在 控訴人は,四肢末端ほど強く現れる感覚障害としては,主なものを挙げるだけでも,急性感染症,栄養障害,内分泌障害(糖尿病等),代謝障害(尿毒症),重金属・有機溶剤中毒,薬剤の副作用及び悪性腫瘍に伴う感覚障害があるほか,原因不明のものも多いため,四肢末梢優位の感覚障害のみから水俣病を診断することはできないと主張する。 確かに,証拠(乙41,112~115)及び弁論の全趣旨によると,水俣病以外にも,四肢末梢優位に感覚障害がみられるものとして多発性神経炎があるところ,その原因としては糖尿病や脊椎症など種々のものが存在し,中には原因不明なものも多く含まれていることが認められる。そこで四肢末梢優位の感覚障害のみの者を水俣病と認めると,他原因との区別が困難となることは否定できない。 しかし,四肢末梢優位の感覚障害が,水俣病に特異的な症候であるとはいえないことからすれば,臨床上把握し得る神経所見が四肢末梢優位の感覚障害のみの場合にあっては,これが水俣病であるかどうかを判断するに当たって慎重を要することはもとより当然であるけれども,こうした四肢末梢優位の感覚障害が水俣病患者の多くに見られることは既に説示したとおりであり,これが水俣病を診断するに際して一つの重要な判断要素となることは否定することができない。したがって,四肢末梢優位の感覚障害は,多くの原因によって出現し,その原因が明らかでないことも少なくないとされているものの,殊に糖尿病性ニューロパシーは比較的頻度が大きいとされ,また,頸部変形性脊椎症によるミエロ・ニューロパシーにおいてもみられることがあるとされていることからすると,四肢末梢優位の感覚 れているものの,殊に糖尿病性ニューロパシーは比較的頻度が大きいとされ,また,頸部変形性脊椎症によるミエロ・ニューロパシーにおいてもみられることがあるとされていることからすると,四肢末梢優位の感覚障害の原因を検討するに当たっては,これらの他原因の可能性について検討することが重要となることは間違いない。 この点,控訴人は,感覚障害の所見のみをもって水俣病と判断すると偽陽性が著しく多くなることは,P35論文(乙42)からも明らかである と主張する。そこで検討するに,P35論文は,熊本県公害被害者認定審査会ないし同県認定審査会に申請し,いったん棄却処分を受けた後再申請した者で,死後,昭和50年12月から平成3年11月までに熊大医学部病理学教室又は京都府立医科大学病理学教室において解剖された101例の剖検例について報告するものである。同報告においては,対象とした101例のうち四肢末梢優位の感覚障害のみを示した者は21例(男17例,女4例)であったが,これらにつき剖検資料を参考に再検討を加えたところ,神経系にメチル水銀によると考えられる一定の障害パターンを示したものは2例(9.5%)のみであり,しかもこの2例は,感覚障害が不知火海沿岸地域で高濃度のメチル水銀汚染の終了した時期から相当期間が経過した昭和52年以降に出現又は進行しており,またその感覚障害のパターンは不定の動揺を示す機能的障害と考えられる他の例のそれと異ならないなど,直ちにメチル水銀中毒と結び付けることは困難であるとしており,さらに,メチル水銀に対する曝露歴があり感覚障害のみの症例をすべて水俣病とすると,多くの偽陽性をその範疇に取り込むことになり診断の特異度は著しく減少し,これをもって水俣病の医学的診断とすることは客観的事実を無視するものといって差し支えないと報告して 症例をすべて水俣病とすると,多くの偽陽性をその範疇に取り込むことになり診断の特異度は著しく減少し,これをもって水俣病の医学的診断とすることは客観的事実を無視するものといって差し支えないと報告している。 また,前記P86らによる2次研究班報告書(乙59)によれば,四肢末梢優位の知覚障害のみの症例については出現頻度が低く,またα1地区と他地区との間に有意の差がみられないし,2次研究班第2年度の研究(乙120)によれば,水俣病・同疑い・診断保留の判断を行った事例中に,感覚障害のみを呈する症例が極めて少ない結果が示されていることも考慮せざるを得ない。 以上の検討によれば,生前において感覚障害のみを呈する事例を水俣病によるものであると認定するには,慎重な考慮が必要であるということができ,四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する症例が水俣病である可能性を 判断する際にはその可能性を高く見積もることは相当とはいえないことになると思料される。 エ被控訴人の主張についてP29及びP30は,α8島の漁村であるα13(熊本県天草郡α8町α13)と,比較対照群としての漁村であるα12(宮崎県東臼杵郡α11町)とで住民の神経学所見を比較し,α12では神経学所見を2つ以上有している者の割合は9.2%で,4つ以上有する者はいなかった,α13では2つ以上有する者が56.2%であり,4つ以上有する者は15. 7%であったこと,感覚異常,共同運動異常,聴力障害,視野狭窄及び言語障害の各神経学所見のいずれも,α12の住民に比べα13の住民の方に有意に高い頻度でみられたこと,感覚低下はα13でみられた5つの神経学所見の中で最も高頻度(73%)にみられたこと,α13でみられた感覚低下の大部分はいわゆる手袋ソックス型の四肢末梢の感覚低下であっ 有意に高い頻度でみられたこと,感覚低下はα13でみられた5つの神経学所見の中で最も高頻度(73%)にみられたこと,α13でみられた感覚低下の大部分はいわゆる手袋ソックス型の四肢末梢の感覚低下であったこと,このタイプの感覚低下はα12ではまれであったことなどを報告している(甲104。平成7年)。 被控訴人は,上記のP29及びP30の調査結果のほか,P30の意見書(甲75)や日本精神神経学会・研究と人権問題委員会による「環境庁環境保健部長通知(昭和52年環保業第262号)『後天性水俣病の判断条件について』に対する見解」(『精神神経学雑誌』第100巻第9号765頁(平成10年),甲20)からすると,α8町ではα11町よりも四肢末梢優位の感覚障害の相対危険度(四肢末梢優位の感覚障害の発生のしやすさ)が208倍であり,α8町で四肢末梢優位の感覚障害を呈する住民を水俣病患者と診断しても,間違える確率は曝露群寄与危険度割合が99.5%であるからわずか0.5%にすぎず,このことは,α8町の65人を全員水俣病と判断してもせいぜい1人(正確には0.3人)しか間違わないが,逆に65人全員水俣病でないと判断すると,少なくとも64 人について間違いを犯すことになる,曝露群寄与危険度割合は99.1であるから,曝露群に観察される四肢末梢優位の感覚障害の99.1%は有機水銀曝露によるものである,などとして,メチル水銀に対する曝露歴が認められる者について,四肢末端優位の感覚障害が認められれば,それのみから直ちに水俣病であると判断することができるかのような主張をする。 しかしながら,疫学は,本来,一定の人間集団を対象として,その中で出現する疾病その他の健康に係る種々の事象の頻度と分布及びそれらに影響を与える要因を明らかにすることを目的とするも な主張をする。 しかしながら,疫学は,本来,一定の人間集団を対象として,その中で出現する疾病その他の健康に係る種々の事象の頻度と分布及びそれらに影響を与える要因を明らかにすることを目的とするものであり(乙101~104),そこから得られた結果は判断の前提となる経験則の一つとなるものではあるが,その手法を直接用いて個々人の具体的診断ないし因果関係の有無の判断をすることはできない。また,相対危険度や曝露群寄与危険度割合は,各種の調査によって得られた数値を一定の統計処理することにより得られるものであり,そこでの算出の仕方からすれば,上記調査結果にわずかでも誤差があれば,そうした誤差は相対危険度や曝露群寄与危険度割合にも大きく反映される場合があることは明らかであって,こうした数値を算出するについては,その前提となる調査結果等の数値が正確であることが前提となる。そうであるところ,P30の意見書(甲75)に記載された数値には,そもそもその出典が明らかではないものもある上,上記P29及びP30の調査についても,一般的な傾向をうかがうためには有用であるとしても,同調査に当たってバイアスや交絡因子について十分な配慮が払われた様子はうかがわれず,その調査結果が,直ちに相対危険度や曝露群寄与危険度割合の算出に供し得るだけの精度を有しているかはなお明らかではない。さらに,上記日本精神神経学会・研究と人権問題委員会による研究においては,それまでに実施されてきた複数の調査結果を用いて検討しているところ,一口に感覚障害といってもいくつかの検診方法があり,また,そうした検診の手技や基準等についても調査ごとにば らつきがあると考えられることや,上記各調査における神経症候の出現頻度等については,一定の傾向は認められるもののなおばらつきもみられるところ した検診の手技や基準等についても調査ごとにば らつきがあると考えられることや,上記各調査における神経症候の出現頻度等については,一定の傾向は認められるもののなおばらつきもみられるところであり,こうした調査がすべて等しい条件の下で実施されたものとは認められない上,曝露群として,P86らによる調査(乙59)を選択しながら,非曝露群については,同調査でなされた非曝露地域としてのα27地区の調査結果を選択せず,また,規模の大きい調査である2万人以上の住民らを対象とする詳細な一斉調査を実施したP16らによる調査や,鹿児島県において住民7万人以上を対象としたP22らによる調査結果を採用していないことからすると,上記研究の検討結果を直ちに採用することはできない。 また,上記P86らの調査は,曝露地域と対照地区となる非曝露地域を調査して検討したという意味で,水俣病の調査としては貴重なものであるところ,同調査によれば,α1地区とα27地区との間で,四肢末梢優位の感覚障害のみを呈する者の割合については,有意差が認められないと結論付けられている。 以上のとおりであるから,メチル水銀に対する曝露歴が認められる者について四肢末梢優位の感覚障害が認められれば,類型的に直ちに水俣病と診断し得るものと認めるに足りる証拠はなく,被控訴人の主張が上記の趣旨をいうのであれば採用することはできない。 オ小括以上認定説示したところによれば,水俣病においては,ほとんどの症例で四肢の感覚障害が他の症侯と併存しつつ出現するのであって,52年判断条件における症候の組合せが認められる場合とは異なり,感覚障害のみが単独で出現する類型が存在することは現時点では未だ医学的に十分実証されているとはいい難いと考えられるので,臨床上把握し得る神経症候が四肢末端優 症候の組合せが認められる場合とは異なり,感覚障害のみが単独で出現する類型が存在することは現時点では未だ医学的に十分実証されているとはいい難いと考えられるので,臨床上把握し得る神経症候が四肢末端優位の感覚障害のみである者については,そうした感覚障害が水 俣病に特異的なものではないことから,水俣病かどうかを判断するについては慎重を要するというべきである。しかしながら,逆に感覚障害のみが単独で出現する可能性がないことが医学的に実証されているわけではないことも明らかであって,個別的な事案によっては医学的にその可能性を否定できない事例もあり得るものと認められるのであるから(甲36,115),四肢末梢優位の感覚障害のみの症候を呈する者である一事をもって水俣病であることを否定したり,水俣病の可能性が極めて低いとまでいうことはできず,メチル水銀に対する曝露歴等の疫学的条件のほか,当該感覚障害が水俣病にみられる感覚障害としての特徴を備えているかといった点,例えば,曝露の時期とその具体的強さ,感覚障害の発現時期と曝露時期との関係,あるいは発現部位やその原因が中枢神経の障害にあることをうかがわせる事情の有無等や,当該感覚障害について水俣病以外の原因,取り分け糖尿病や変形性脊椎症等によるものであることを疑わせる事情が存するかどうかといった点等,水俣病認定申請者に係る具体的な事情を総合的に検討して水俣病にかかっていると認められるか否かを判断すべきである。 (3) 遅発性水俣病メチル水銀摂取の中止から年余を経て水俣病の症状が発現したり,あるいは症状が悪化したりするものを「遅発性水俣病」というところ,後記のとおり,被控訴人は,メチル水銀の濃厚な曝露が存在した時期から年余を経て発症したものと判断されるので,遅発性水俣病が存在するか否か いは症状が悪化したりするものを「遅発性水俣病」というところ,後記のとおり,被控訴人は,メチル水銀の濃厚な曝露が存在した時期から年余を経て発症したものと判断されるので,遅発性水俣病が存在するか否か,どの程度の潜伏期間のものまであり得るかに関して検討する。 ア遅発性水俣病発生の事例報告(ア) P16の報告(甲100)P16は昭和47年に発表された論文の中で「中毒は一般に毒物の侵入が終わってしばらくすれば,病像は軽快するのが普通であるし,そう でなくとも固定するはずである。ところが追跡検診していくうちに,川魚を食べなくなって数ヶ月,時には年余を経て患者の症状が悪化したり,また症状が出現する例があることがわかった」としている。 (イ) P36のサルの実験報告(乙388)P36は平成8年に発表された論文において,生下時から7年間,塩化水銀換算で毎日50マイクログラムのメチル水銀を投与したサルの群れのうちの何匹かが,13歳の時に運動用の檻で躊躇しながら動いていることに,病気の徴候を注意深く観察していた飼育係がたまたま気付いたと報告し,メチル水銀に起因する遅発性神経毒性である可能性を示唆する重要な事実であると指摘している。これらのサルは生下時からほぼ4歳になるまでは感覚・運動機能に関する規定どおりの臨床評価を受けてきたが,その間においては目立った中毒の徴候は認められず,また,これらのサルの血中水銀値は,曝露期間中に定常状態になった時でほぼ0.7ppmであった。 以上によれば,13歳で症候が発見されたとされるサルは,生下時から4歳までの間については臨床検査を受けていたものの,それ以降は臨床検査を受けていないのであって,13歳になって運動障害が顕著になって飼育係が初 ば,13歳で症候が発見されたとされるサルは,生下時から4歳までの間については臨床検査を受けていたものの,それ以降は臨床検査を受けていないのであって,13歳になって運動障害が顕著になって飼育係が初めて気付いたというにすぎず,厳密には,それ以前に運動障害等の異常が認められなかったかどうかは不明といわざるを得ず,同報告に基づいて,サルでは6年の発症遅延が存在すると確定的にいえるものではないが,その可能性もあることを提起する報告として評価すべきである。 (ウ) P37の新潟水俣病の剖検症例(甲162参照)控訴人引用の甲162号証のP6病院水俣病研究会編の「水俣病神経症候参考文献図表」には,新潟大学のP37の昭和54年の報告書に記載された剖検症例15は,昭和40年の曝露中止後7年目に発症してい ると記載されている。しかし,剖検時のデータについての記載はあるが,この症例が曝露中止後7年目に発症したものであることに関する具体的データは全く記載されていない。したがって,7年の発症遅延が存在すると確定的にいえるものではないが,その可能性もある報告として評価すべきである。 (エ) P38の報告(甲162及び乙226参照)P38が昭和50年に発表した報告では,新潟・阿賀野川流域において昭和40年当時頭髪水銀量200ppm以上を示した7症例(乙226によれば,新潟・阿賀野川流域においては高度なメチル水銀汚染は昭和41年にはなくなったと考えられている。)の発症時期について,昭和40年に発症している者が4名,昭和41年に発症した者が2名で,昭和47年に発症した者が1名存在するとしており,この1名については四肢遠位の知覚障害及び共同運動障害が同年1月に確認され,口周囲の知覚障害及び視野狭窄は確認されなかったとして 発症した者が2名で,昭和47年に発症した者が1名存在するとしており,この1名については四肢遠位の知覚障害及び共同運動障害が同年1月に確認され,口周囲の知覚障害及び視野狭窄は確認されなかったとしている。 同報告においては,遅発性水俣病との関係では,47年に発症したとされる1例についてのみ注目されるものであるが,これについていかなる経過観察を行ってきたものであるかは明確でなく,継続的な検査を経た上での判断であるか,単に症候が存することが発覚した時期が上記各時期であったのかについては判然としないため,7年の発症遅延が存在すると確定的にいえるものではないが,その可能性もある報告として評価すべきものである。 (オ) 控訴人は,世界各地のメチル水銀中毒の中でも,年余を経ての遅発例の存在は報告されておらず,報告されているのは,我が国の数例の報告のみであると主張する。しかしながら,メチル水銀の中毒事例の中でも,水俣病は魚介類の長期にわたる摂取により,かつ極めて多数の者に発生した事例であるところ,そのような中毒事例は世界でも稀なものと 考えられ,その中でも,遅発性水俣病は慢性型かつ不全型の発症例と考えられるので,多数の患者が発生した日本の水俣病以外で報告がないことをもって,遅発性水俣病の存在を直ちに否定することはできない。 イ遅発性水俣病発生の機序(ア) メチル水銀の発症閾値を理由とする遅発性水俣病の否定について控訴人は,①生体が化学物質を吸収した場合,生体には特定の化学物質に反応し何らかの変性を示す限界量(その最小量を発症閾値という。)があり,発症閾値を超える量の化学物質を吸収しない限り,生体は何らの反応も起こすことはない,②生体は,体内に吸収した有害な化学物質を代謝機能により分解したり排泄すると その最小量を発症閾値という。)があり,発症閾値を超える量の化学物質を吸収しない限り,生体は何らの反応も起こすことはない,②生体は,体内に吸収した有害な化学物質を代謝機能により分解したり排泄するところ,人体におけるメチル水銀の生物学的半減期はほぼ70日とされている,③一定量のメチル水銀を継続的に摂取した場合を想定すると,最初は吸収量の一定割合のものが排泄され,その余は体内に残留し,次にメチル水銀を摂取したときに上記残量と新たに吸収した量を合算した量の一定割合が排泄され,その残量は体内に残留し,以後同様のことが繰り返されて,体内からの排泄量が吸収量と等しくなるまでに蓄積されると,それ以降は体内蓄積量は増加しないことになるが,この蓄積限界量は継続的に摂取されるメチル水銀の平均摂取量によって定まるとし,④その結果,平均摂取量が少ないメチル水銀の長期間曝露の場合の蓄積限界量は,平均摂取量が多い場合に比較して少ないものとなるから,少量の長期間投与である以上,たとえ総投与量が多くなったとしても,蓄積限界量が,当該化学物質に対する生体の反応閾値を超えることがなければ生体は反応を示さないと主張する。 しかしながら,仮にこのような論理が全て正しいとすると,そもそも,一定の曝露期間がある場合で曝露期間中及びその中止後70日程度の間に発症しなかった者については,摂取中止直前にそれ以前の摂取量とは 異なる過大な摂取がない限り,その後の発症の可能性はないことになるところ,それでは,前記のP16の報告例についてすら水俣病ではあり得ず,また,現在控訴人が主張している1年ないし数年の遅延例すらあり得ないことになるという点で疑問が残るというべきである。また,控訴人の上記論理では前記のP36の実験結果についても説明が困難である。すなわち同実 在控訴人が主張している1年ないし数年の遅延例すらあり得ないことになるという点で疑問が残るというべきである。また,控訴人の上記論理では前記のP36の実験結果についても説明が困難である。すなわち同実験においては毎日定量のメチル水銀が摂取されているのであるから,控訴人の主張によっても,少なくとも1年もたてば蓄積限界量に達することは明らかであると思われるところ,曝露開始時から4年間は厳密に観察されていたにもかかわらず,何らの症候も現れていなかったのであるから,控訴人主張の論理に従うと,その間のサルの蓄積限界量は発症閾値以下であったことになり,そうであるとすれば,その後同量の摂取を継続的に続けたとしても,何らの障害も発生しないことになるはずである。しかるに,現実には,曝露開始時期から少なくとも4年以上経過してから発症したことは明らかなのである。 したがって,控訴人の主張は,一過性のメチル水銀への曝露の例などに基づく推論として一定程度の妥当性を持つものと考えられるが,長期間の継続的曝露の事例である水俣病の場合に常に妥当するとまで考えることはできないというべきである。 (イ) 脳内でのメチル水銀の半減期被控訴人は,脳においては,他の臓器に比較して半減期が長いと主張し,P40の論述やP28,P35の論文を援用する。 しかしながら,まず,脳においてはその関門通過の困難さから総水銀値が他の臓器ほど早く減少しないことについては,控訴人も前提としているところである。 次に,P28が脳における総水銀値の生物学的半減期は243日であるとしたことについては,その後,報告の根拠となった推論について, その方法論が医学的に誤っていたことを,P28自らが認めているところであり,(乙228), の生物学的半減期は243日であるとしたことについては,その後,報告の根拠となった推論について, その方法論が医学的に誤っていたことを,P28自らが認めているところであり,(乙228),証拠(乙178,225,228,303)によれば,人体実験や動物実験により,メチル水銀の半減期に関しては,約70日であること,脳を含めた臓器間の半減期に差がないことが明らかになっている。したがって,脳内におけるメチル水銀の半減期が他の臓器と異なって長いとする被控訴人の主張は相当とはいえない。 (ウ) 無機水銀の毒性証拠(甲161,165,乙178,225,390,393の1及び2)によれば,次の事実が認められる。 ① 脳内に侵入したメチル水銀の一部は徐々に排泄されるが,ミクログリアやマクロファージに取り込まれたメチル水銀は,脱メチル化を受けて無機水銀となるが,無機水銀は血液・脳関門を通過しにくいため,長く脳組織内に留まり,このため,長期間経過した後の剖検例では脳内水銀のうち無機水銀の占める割合が高くなっている。 ② 無機水銀が長期にわたって残留した場合,脳にいかなる障害を与え,いかなる症候が発現し得るのかなどについては,医学的に未解明であり,水俣病の症候としての感覚障害を来し得るとする研究は見当たらないが,一方で,全く無害であるとの研究もなされていない。 ③ また,水銀鉱山労働者の無機水銀中毒の剖検例では臓器水銀量は大脳と小脳に高値を示し,脳組織障害と振戦や不眠,運動失調などの中枢神経症状が示されることがあり,水銀の神経親和性には共通のものがあると考えられるが,メチル水銀中毒と無機水銀中毒はその臨床像は異なる。 以上によれば,脳内に長く残留する無機水銀による人体への影響は されることがあり,水銀の神経親和性には共通のものがあると考えられるが,メチル水銀中毒と無機水銀中毒はその臨床像は異なる。 以上によれば,脳内に長く残留する無機水銀による人体への影響は考え得るものの,その発現症候がメチル水銀の場合と異なることから,遅発性水俣病の発症機序を無機水銀の影響であるとすることには慎重であ るべきである。ただし,機序の一部である可能性を全く否定することもできないというべきである。 (エ) 細胞障害説熊本大学病理学教室で100例を超える水俣病患者の剖検を行ったP28は,昭和56年に発刊された論文において,脳生検はできないので末梢知覚神経の生検において実施した電子顕微鏡による検索などの成果に基づいて,細胞障害性について論じており,そこでは,一般臓器には再生現象があり,単個壊死の累積はないが,神経細胞の壊死は再生ができず,単個壊死の累積を招来し,それが多数に短時間に生じれば急性発症となり,長期にわたり少数ずつ生じれば慢性発症となるとしている(乙2)。 発症閾値論は,人体に現れる症候の発生のレベルでは,過去の中毒例において観察された結果と照合する理論であると考えられるが,細胞レベルまでこの理論が通用するとすると,発症閾値を超える直前まではいかなる細胞にも何らの影響もなく,発症閾値を超えた途端に全ての細胞が一斉に壊死するということになるはずであるが,そのようなことを示す医学的見解が存在することを認めるべき証拠はなく,結局,発症閾値論は,いまだこのような細胞レベルまで検証されているほど精緻な理論であるとは考えられないので,上記のP28の説を完全に否定する論拠とはならないというべきである。 また,メチル水銀の侵入によって一旦障害された脳の神経系細胞 検証されているほど精緻な理論であるとは考えられないので,上記のP28の説を完全に否定する論拠とはならないというべきである。 また,メチル水銀の侵入によって一旦障害された脳の神経系細胞その他の組織がいかなる影響を受けるかについてはいまだ研究途上にあるというべきであるが,脳内に取り込まれたメチル水銀はグリア細胞や細胞間隙にも分布し,脳神経細胞をとりまく調節系環境にも影響を与えるところ,グリア細胞の果たす役割が神経細胞の成長や刺激の伝達,コントロールに極めて重要な役割をもち,脳機能のネットワーク機能の調整に はむしろ主導的役割を果たしているのではないかとする研究もある(甲161)。 ウ遅発性水俣病の存在は肯定される以上によれば,遅発性水俣病の機序に関する仮説としては,過去に神経細胞の障害閾値を超えたかなり濃厚なメチル水銀の曝露をうけ,臨床症状としては現れない程度の神経細胞の障害を生じていた者に,ある時期まではメチル水銀の継続的微量摂取あるいは残留メチル水銀や無機水銀の影響による病変の累積が加わることや,神経細胞以外の細胞に対するメチル水銀の影響などにより,潜在性の障害が表面化するということなどが考えられるというべきであるが,いずれにせよ,その機序は,未だ仮説にすぎないものの,それらの仮説をすべて退けて,理論上,遅発性水俣病自体が存在し得ないということは言えず,現在の報告例からみて,その存在を認めざるを得ない状況にあるものと判断される。 エ潜伏期間の限界メチル水銀に関して国際的な専門家による知見を集積した平成2年の「IPCS環境保健クライテリア101・メチル水銀」(乙225)においては,日本及びイラクなどの世界のメチル水銀中毒に関する研究の分析から,その潜伏期間について 専門家による知見を集積した平成2年の「IPCS環境保健クライテリア101・メチル水銀」(乙225)においては,日本及びイラクなどの世界のメチル水銀中毒に関する研究の分析から,その潜伏期間について,「曝露中止後の潜伏期間は,1年くらいまでになる可能性がある」とされている。また,P22教授ら水俣病の代表的な専門家らによる「平成3年度水俣病に関する総合的調査手法の開発に関する研究報告書(1)」(乙226)においても,過去の種々の研究成果を検討した上で,結論としては,「発症遅延の可能性を考慮しても過剰な曝露停止から発症までの期間は現実的には数年以内にとどまるものと考えられる」とされている。 もっとも,上記平成3年度の研究においては,前記P38の報告する遅延例のうち7年目に発症が確認された事例についてはいまだ未発症段階で のデータで検討されており,また当然ながらP36の報告はいまだ未発表段階であるから検討対象とはなっていない。 以上認定の事実によれば,遅発性水俣病として一定の潜伏期間を経て発症する水俣病については,現在のところ証拠上は,曝露中止後1年ないし数年までの可能性があると認定し得るが,7年後であったとしてもそのことのみで水俣病であることを完全に否定することはできないというべきである。ただし,いずれにせよ発症時期が遅くなれば遅くなるほど,水俣病によるものである可能性は極めて小さくなるものと推認される。 4 争点効もしくは信義則被控訴人は,被控訴人が「水俣病患者」に当たることは,別件訴訟において決着済みであり,控訴人の主張はいわば「蒸し返しの議論」であり,争点効あるいは,訴訟法上の信義則に基づき,控訴人がこれを争うことは許されないと主張する。 証拠(甲21,22,118の1 いて決着済みであり,控訴人の主張はいわば「蒸し返しの議論」であり,争点効あるいは,訴訟法上の信義則に基づき,控訴人がこれを争うことは許されないと主張する。 証拠(甲21,22,118の1ないし3,119)によれば,別件訴訟において,控訴人が,被控訴人が「水俣病」であることを争っており,その個別の医学的主張の中には本件訴訟における主張と共通するものがあることが認められる。 しかしながら,別件訴訟は民事上の損害賠償を請求する訴訟であり,本件は公健法上の認定に関する処分の違法を主張してその取消しを求める行政事件であるから,同じように「水俣病」に関する争いであるとはいっても,その訴訟上の要件及び目的は全く異なるものと解さざるを得ない。すなわち,公健法による補償給付は,国や控訴人に違法行為があったことを前提とするものではなく,不法行為責任とは別に政策的に設けられたものであるから,公健法による補償給付がどの範囲に及ぶかは,不法行為責任とは別に公健法の解釈により定められるべきものである。そうすると,不法行為責任を争点とする別件訴訟においては52年判断条件とは別個の基準によることは自明のことであるし,公 健法の下での審査基準である52年判断条件が合理的であるか否かにつき別件訴訟の各判決が何ら判断を加えていないことも明らかである。別件訴訟第2審判決もこのような違いを意識して「水俣病」という用語を使用せず,「メチル水銀中毒症」との用語を用いており,これが最高裁においても是認されたものというべきであり,別件訴訟と本件訴訟が争点を異にする以上は,そもそも争点効の前提を欠くといわなければならない。 また,被控訴人が訴訟で求めている実質的利益としても,別件訴訟では,被控訴人が民事上の損害賠償を求めてこれが一部認容されたものであ 以上は,そもそも争点効の前提を欠くといわなければならない。 また,被控訴人が訴訟で求めている実質的利益としても,別件訴訟では,被控訴人が民事上の損害賠償を求めてこれが一部認容されたものであるところ,本件訴訟において求めている公健法上の水俣病認定申請棄却処分の取消請求は,それにより別件訴訟で認定された損害賠償請求権以外の利益の取得を目的とするものであり,別件訴訟確定後にようやく本件裁決がなされて本訴が提起されたものであるところ,本件裁決が大幅に遅れたのも専ら又は主として被控訴人の本件審査手続への審理対応が遅延したことが原因であることが認められ(乙16,17,24ないし34),さらに,本件訴訟の結果が社会に与える影響も小さくないと考えられるのであるから,被控訴人が引用する最高裁昭和51年9月30日判決の趣旨に照らしても,控訴人の主張が信義則に反するものと認めることはできない。 したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。 なお,付言すると,別件訴訟においては,感覚障害のみの症状を呈する者についても極めて限られた金額ではあるが損害賠償請求を認容している。これは,多数の原告の様々な健康被害の中にメチル水銀曝露の影響による可能性の程度は連続的に分布していて,感覚障害のみの症状を呈する者の中にもある程度実体的には水俣病による健康障害を受けた者が含まれていることは否定し難いところ,特に比較的軽症例の水俣病の診断について現在の医学には限界がある中で,水俣病被害の実態を見るとき,損害賠償制度の基本である損害の公平な分担という理念に照らすと,確信に至る程度の高度の蓋然性を厳格に要求して二 者択一的な判断をすることが妥当ではないこと,また,本来損害賠償法におけるよりも証明度が低くてしかるべきとされる被害者の緊急救済のみを すと,確信に至る程度の高度の蓋然性を厳格に要求して二 者択一的な判断をすることが妥当ではないこと,また,本来損害賠償法におけるよりも証明度が低くてしかるべきとされる被害者の緊急救済のみを立法目的とする救済法により水俣病と認定された場合には本件補償協定による多額の補償金の支払を得られたこととの均衡も考慮しなければならなかった状況の下において,限定的な損害賠償を認容する以外には何の落ち度もない被害者を救済し著しい不公正を是正する手段が存在しなかったことなどから,別件訴訟においては,立証不十分という理由で実体法の趣旨が没却され実体的正義に著しく反する事態となることを避けるために,いわば緊急避難的に損害額を限定した上で実質的には相当因果関係の証明の程度を若干緩めて解釈したものと理解することもあながち不可能ではないと思われる。しかしながら,行政処分の取消し等を求める本件訴訟においては,水俣病の病像が典型的なハンター・ラッセル症候群の病像から感覚障害等の病状を呈する者などへ次第に多様化していく状況の中でそれぞれ異なる範囲の者をそれに応じた異なる救済方法の対象としてとらえ,全体としてメチル水銀に起因する健康被害に係る多様な被害に応じてそれぞれ措置法等による救済が実現してきている現時点においては,実体的正義に著しく反する事態となることを避けるために,水俣病の可能性が臨床医学上50%以上と認められるものまで水俣病と認定するという因果関係の立証程度についての方針を前提とする52年判断条件を採用することを更に超えて,別件訴訟におけるように感覚障害のみの症状を呈する者についても一般的な救済を与える上記のような例外的な解釈が要求されるような事態にはいまだ至っていないとの評価も可能ではないかと思料される。 5 被控訴人に係る事実関係前記前提 症状を呈する者についても一般的な救済を与える上記のような例外的な解釈が要求されるような事態にはいまだ至っていないとの評価も可能ではないかと思料される。 5 被控訴人に係る事実関係前記前提事実に加えて,証拠(甲28,29,52,54~59,94,95,159,165,乙16,17,35,70,126,207の4)及び弁論の全趣旨によると,被控訴人に関して以下の事実を認めることができる。 (1) 被控訴人の生活歴等 ア α2在住時期被控訴人は,大正▲年▲月▲日,熊本県葦北郡α1町(現水俣市)大字α2において,P44とP45の二女として出生した。α2は,海岸から12㎞程度離れた山間に所在し,被控訴人の両親は同所で農業を営んでいたため,被控訴人も,昭和14年ころ尋常高等小学校高等科を卒業した後,同所で両親の農業を手伝うようになった。被控訴人家族は,同所に居住していた際,頻繁に行商人から魚を購入して食べていた。 イ α14在住時期被控訴人は,昭和18年,P3と結婚し,P3の実家のあるα1町大字α3に転居した。P3の実家は海岸沿いに所在し,その家族は漁業に従事していたため,被控訴人は,義兄のP46の網子となってα14沖で漁をすることがあったほか,農業にも従事していた。また,P3自身は,樟脳油製造会社に勤務していたものの,その傍ら,夜振りでボラ釣り等もしており,被控訴人は,同所に居住している際,自ら獲るほか網元からもらうなどして,ボラやビナ貝等の魚介類を毎日のように食べていた。被控訴人は,同所に居住していた昭和▲年▲月▲日にP3との間の長女を出産した。 P3の母であるP48,P3の妹であるP49,P3の弟であるP50及びその妻のP51並びにP3の弟のP52及びその妻のP5 同所に居住していた昭和▲年▲月▲日にP3との間の長女を出産した。 P3の母であるP48,P3の妹であるP49,P3の弟であるP50及びその妻のP51並びにP3の弟のP52及びその妻のP53は,いずれも現在までに水俣病認定を受けており,被控訴人はP3と婚姻関係にあった間,これらのうちP52及びP53を除く者らと共に生活していた。 ウ再度のα2在住時期被控訴人は,昭和▲年1月にP3が出征した後,α2の実家に戻って娘を出産し,同年▲月▲日にP3が出征先の満州において戦病死したため,以後もα2の実家にとどまったが,その後α14の亡夫の実家を訪れており,その際には,いりこ,ボラ,ビナ貝及びアジ等の魚介類をもらうなどして食していた。 エ α4及びα5在住時期被控訴人は,昭和26年,P4と婚姻して水俣市大字α4に転居し,さらに,P4がP1に勤務していたため,昭和27年には同市α5所在のP1の社宅に転居したが,昭和28年3月30日にP4と離婚し,同年4月に再びα2の実家に戻った。被控訴人は,この間も,行商人から魚を購入するなどして食していた。 P4は,昭和51年に剖検をうけ,昭和54年に病理解剖認定をうけている。病理解剖の結果によれば,その脳総水銀量は通常の2倍以上であった。 オ α7開拓村在住時期被控訴人は,昭和28年11月,P5と婚姻し,昭和30年には,水俣市α6のα7開拓村に転居した。同所は,海岸から約3㎞程度の山間に所在し,被控訴人は,昭和33年頃からは同所で酪農に従事するようになった。P5は,酪農の合間に夜釣り等の漁に出てカニやタコ,イカあるいはナマコ等を採ったこともあり,被控訴人も,海岸で貝を採取して食べることもあり,また,P3の弟やP3の 同所で酪農に従事するようになった。P5は,酪農の合間に夜釣り等の漁に出てカニやタコ,イカあるいはナマコ等を採ったこともあり,被控訴人も,海岸で貝を採取して食べることもあり,また,P3の弟やP3の兄の子で網元をしていたP54から魚をもらったり,被控訴人の義母の娘の嫁ぎ先が魚の行商をしていたこともあり,そこから魚をもらったり,他の行商人からも魚を購入することもあった。 カ尼崎在住時期P5及び被控訴人は,昭和46年2月末,α6の土地を売却し,P5の友人を頼って兵庫県尼崎市に転居した。 P5は,同市へ転居後は,P56株式会社,P57株式会社及びP58等に勤務したが,昭和59年にはP59病院に入院し,その後昭和61年に一時失業対策事業を実施しているP60株式会社に勤務したが,昭和62年に退職し,以後無職であった。 また,被控訴人は,尼崎市への転居後当初はP55で工員として稼働していたが,昭和48年頃退職し,以後無職である。 なお,P5は,公健法による水俣病の認定申請をしていたが,結論の出ないまま死亡している。 (2) 被控訴人の病歴等ア被控訴人は,昭和32年頃には足先のしびれが悪化したため,P72病院を受診したところ,○と診断され同病院に通院して治療を受けたが,その後症状は改善された。昭和44,45年頃には,たまに左足にからす曲がり(こむら返り)が起きるようになった。 イ被控訴人は,昭和47年頃には頭痛と足のしびれや痛みのためにP73診療所に通院し,昭和48年頃には,手足の先のしびれが強く,物を持っている感じもなく,足先も曲がっているように感じ正座もできない状況であったほか,頭痛,後頸部痛,腰痛,肩凝り等の自覚症状もあったため,県立P74病院の整形外科を受診したところ,○,○と診断さ を持っている感じもなく,足先も曲がっているように感じ正座もできない状況であったほか,頭痛,後頸部痛,腰痛,肩凝り等の自覚症状もあったため,県立P74病院の整形外科を受診したところ,○,○と診断され,昭和50年7月ころには両足の指先から膝にかけてけいれんがみられるようになり,手足の知覚がなくなり,力が入らなくなったため,同年9月にP6病院に入院した。 ウ P6病院において○(○)が発見されたため,被控訴人は,同年11月,紹介を受けたP7病院において同○の摘出手術を受け,さらに,昭和57年にも,P8病院脳外科において,上記○につき再手術を受けた。 エまた,被控訴人は,昭和59年頃からは左右の肩の付け根がこるようになり,痛みがあったため,以後,P75病院及びP76診療所ないしP77医院(眼科)などを受診している。 (3) 上記事実認定の補足説明上記(1)及び(2)の認定は,別件訴訟において証拠として提出された被控訴人に係る供述録取書(甲59)の記載にも依拠してはいるが,魚介類摂取 の状況,とりわけその量的状況及び感覚障害の初発時期などに関しては,必ずしも同供述録取書の記載どおりに認定するものではなく,この点の詳細は別途考察するものとする。 なお,被控訴人は,本件裁決書でも「請求人が有機水銀に対する曝露歴を有することについては,請求人側及び処分庁側に争いはない」(甲1)とされているのであるから,それを今更,控訴人において被控訴人の供述の信用性がないと主張することは到底許されるべきではないと主張する。 しかしながら,控訴人は,曝露歴の点につき,認定審査会において,メチル水銀曝露歴を過度に重視し,臨床症候の乏しい者までも水俣病と判断することには客観的に限界があり,裁判所のように種々の証拠に基づいて広範な事実認定を行 は,曝露歴の点につき,認定審査会において,メチル水銀曝露歴を過度に重視し,臨床症候の乏しい者までも水俣病と判断することには客観的に限界があり,裁判所のように種々の証拠に基づいて広範な事実認定を行う権限があるわけではない行政機関において,厳密に発症閾値を超えるだけのメチル水銀曝露があるかどうかを判断し,公健法の認定処分を行うことを要するとすれば,行政処分としての公平性,統一性を確保しつつ迅速かつ公正な判断を図ることはできないので,疑問が存する場合を除き,一応はメチル水銀曝露歴が存在すると仮定して判断を行っており,もとより,毛髪水銀値が測定されそれが発症閾値を上回る場合など,メチル水銀曝露が客観的資料により明らかに認められるのであれば認定審査会において十分に考慮されて判断されていると主張しているところであって,認定審査会の客観的な制度的限界もある程度存在すると考えられるのであるから,特段の事情のない限り,裁判所における訴訟手続においては,従前は余り争点とならなかった点についても審理せざるを得ないものと考えられる。 (4) 被控訴人に係る検診の結果等ア昭和49年に実施された検診の結果等前記のとおり,被控訴人は,昭和48年4月に救済法に基づく水俣病認定申請を行い,昭和49年8月に検診を受けているところ,その検診結果 は次のとおりである(甲94)。 (ア) 神経学的所見意識,知能,性格変化,記銘力及び情動その他の精神状態については異常を認めない。脳神経に関しては,嗅覚については異常を認めず,視力は眼鏡による矯正を要するものの,視野については,対座法による検査では異常を認めない。顔面の知覚や味覚等についても異常を認めず,嚥下障害,構音障害,小脳性言語障害及び舌の運動異常のいずれも認められない。頸 よる矯正を要するものの,視野については,対座法による検査では異常を認めない。顔面の知覚や味覚等についても異常を認めず,嚥下障害,構音障害,小脳性言語障害及び舌の運動異常のいずれも認められない。頸部については運動痛を認める。上肢のうち左手遠位部に筋萎縮を認める。軽度の起立歩行障害を認めるほか,左手関節痛,左足関節痛,左優位の腰痛を認め,下肢筋力の低下も認める。 知覚については,四肢の遠位部に触覚異常を認め,深部感覚については,関節覚は正常であるが,位置覚に異常を認め,複合感覚については,左側で数字識別覚に異常を認める。反射については,上腕三頭筋反射は消失しており,下顎反射やアキレス腱反射に軽度の亢進を認めたが,その余の反射は正常であり,病的反射は右手のワルテンベルグ反射を除き認めない。 (イ) 生化学・血清学的検査尿検査及び血清学的検査のいずれにおいても異常を認めない。 (ウ) X線検査頸椎のX線写真によると,C5,6の椎体に変形と骨棘形成を認め,C6における脊柱管の前後径は11㎜であった。 (エ) 担当者による印象上記検診の担当医は,被控訴人に診られた上記症状についての印象として,①変形性脊椎症に基づく神経根症状,②関節症及び③変形性腰椎症とでおおむね説明が可能であるとしている。 イ昭和53年に実施された検診結果等 被控訴人が昭和53年5月に受けた検診の結果は次のとおりである(甲95)。 (ア) 同検診の際の現病歴として,昭和50年11月にP7病院で髄膜腫と思われる○につき手術を受けた旨記載されているほか,左下肢を中心に筋力低下があり,装具を用い右手の杖を使って歩行している旨記載されている。 (イ) 精神状態については,意識,記銘,知能,性格, れる○につき手術を受けた旨記載されているほか,左下肢を中心に筋力低下があり,装具を用い右手の杖を使って歩行している旨記載されている。 (イ) 精神状態については,意識,記銘,知能,性格,記憶及び情動のいずれにも異常を認めないが,非協力的であった。 (ウ) 脳神経に関する検査事項に関しては,嗅覚及び視野は不明であるが,眼球運動,眼振及び瞳孔反射については異常を認めず顔面神経や嚥下についても異常を認めない。言語については,異常を認めないものの,多少ゆっくり反応していた。 (エ) 頸部については右側に運動制限と運動痛を認めた。上肢については,振戦,不随意運動,硬直,痙縮等の異常は認めない。ジアドコキネーシスは緩徐なるも良好であり,指鼻試験は企図してやろうとするとミスをする。下肢については,左下肢に軽度の筋萎縮が見られ,膝踵試験及び脛叩試験では,いずれも緩徐で軽度の異常を認めるが,これらの試験を行うこと自体は可能であった。なお,両足起立は可能であったが,片足起立は検査せず,しゃがみ試験,両足跳び試験,つま先歩行,踵歩行等の検査は行わなかった。 (オ) 知覚については,触覚及び痛覚つき四肢に末梢ほど優位の異常を認め,位置覚にも異常を認める。 (カ) 上記検診録には,担当者の要約として,①感覚に付き四肢末梢では触覚・痛覚とも消失しているが,食い違いも多く不確かであり,左上下肢には軽度の感覚があるかもしれないが,いずれにしてもどうしようもない,②脱力は,左下肢を中心に軽度のものが遠位にあり,脛骨神経を 主にすると思われるが,膝踵試験及び向脛叩打試験はできる,③協調運動については,上肢は正常だが下肢は左がやや緩徐であり,ぎこちない,④言語障害に関しては,軽度の喃語に近い感じで,多少とも失調傾 主にすると思われるが,膝踵試験及び向脛叩打試験はできる,③協調運動については,上肢は正常だが下肢は左がやや緩徐であり,ぎこちない,④言語障害に関しては,軽度の喃語に近い感じで,多少とも失調傾向があり,タイミングが遅れる傾向がある,などと記載されている。 ウ昭和54年に実施された検診結果等被控訴人は,昭和54年10月26日に疫学調査並びにX線検査及び生化学・血清学的検査を受けたほか,同月27日に神経内科検診を,同月28日に精神科検診を,同月29日に耳鼻咽喉科予診を,同月31日に眼科予診を,同年11月1日に眼科本診を,同月2日に耳鼻咽喉科本診をそれぞれ受診しているところ,これらの検診の結果は次のとおりである(甲28,29,乙16,17,70)。 (ア) 神経内科学的所見視眼球運動及び眼振並びに瞳孔については異常を認めない。視野(外側)は,右80度,左が75度~80度で,検診担当医は,視野障害ははっきりしない旨記載している。言語については,自発語OKなるも検査時oraldiadochokinesis(言語の反復)を示すとされ,頸部については運動制限,運動痛及び硬直等を認めない。また,上肢については,振戦,不随意運動及び硬直は認めず,ジアドコキネーシス及び指鼻試験については,いずれも,確実なるも両側とも遅く,特に左側で低下を認める。下肢については,振戦,硬直,痙縮は認めないが,膝踵試験及び脛叩試験はいずれも遅く,左側は下肢の筋減弱のため検査不能であった。 検診担当医は,運動失調は認めないとまとめている。 また,両足起立は可能であるが,片足起立は,右足では可能であるものの,左足については不可であり,普通歩行については杖を用い足首に装置を使用すれば可能であるが,しゃがみ試験や両足とび,つま先歩行等の試験は 両足起立は可能であるが,片足起立は,右足では可能であるものの,左足については不可であり,普通歩行については杖を用い足首に装置を使用すれば可能であるが,しゃがみ試験や両足とび,つま先歩行等の試験は実施しなかった。深部反射については,ほぼ正常であって, 両上肢の外側(上腕三頭筋反射)ではむしろ低下が認められ,左下肢においてのみ亢進が認められる。 知覚については,左下肢中心部及び両上下肢の末梢部に触覚減弱,痛覚鈍麻を認め左下肢では脱力を認める。 上記検診担当医は,被控訴人の印象として,①頭頂葉下の○手術後左下肢に単麻痺があり,○もあること,②両上下肢遠位の原因はわからず,右上肢の動きが遅い理由もわからないとしているほか,腰椎にX線変化がある旨記載している。 (イ) 精神医学的所見対座法による視野検査では狭窄は認められず,眼球運動もスムーズであったが,構音障害に関しては,口に何かがはさまったような言い方で時々言葉がもつれるとして,軽度の障害を認めている。また,頸部の運動制限及び運動時の痛みがいずれも認められる。運動麻痺については左側に片麻痺があり,運動失調は認めないものの全体に緩徐であるとされ,アジアドコキネーゼについても左右とも緩慢であるが,特に左で緩慢であった。 感覚障害については,触覚,痛覚,温覚及び冷覚はいずれも四肢末梢優位に異常が認められた。 (ウ) 眼科的所見視野については異常を認めず,眼球運動については,SPM(滑動性追従運動)については,0.3Hzでは正常と判断されたが,0.5Hzでは階段状の異常波形が出現したため軽度の異常が疑われた。SM(衝動性運動)及びVOR(前庭動眼反射)については異常を認めない。 (エ) 耳鼻咽喉科的所見純音聴力検査によれば,左右の耳, は階段状の異常波形が出現したため軽度の異常が疑われた。SM(衝動性運動)及びVOR(前庭動眼反射)については異常を認めない。 (エ) 耳鼻咽喉科的所見純音聴力検査によれば,左右の耳,特に右耳の気道聴力の低下が認められるほか,高音部で両側で閾値の上昇が認められるが,骨導値は正常 で,TTSテストでは異常が認められなかったため,聴覚疲労も存しないものと認められる。また,語音の一部に悪化が認められた。 6 検討(1) メチル水銀曝露の状況ア地域全体の汚染状況(甲50,102,143,乙第178,305,306,308,309)(ア) P1P10工場からのメチル水銀の排出状況① P1は昭和7年からアセトアルデヒドの生産を始め,昭和24年頃からその生産量は増え,さらに昭和35年頃からは生産量が急増したが,昭和35年8月から,メチル水銀が含まれていた排水を施設内で循環させる装置内循環方式を採用し,昭和41年6月からは,工場内から排出される排水すべてを再使用する完全循環式を採用した。その結果,昭和35年8月以降,メチル水銀を含有する工場排水の排出は減少し,昭和43年5月には,アセトアルデヒドの生産停止により,メチル水銀排出の可能性は全くなくなった。 ② P1P10工場からのメチル水銀を含む工業排水は,昭和33年9月から昭和34年10月までの1年余りの間は,P88を経由してα1川河口に排出され,その結果,排水はα1湾を経由することなく不知火海へ至ったが,この期間を除いては,メチル水銀を含む排水はα15水門を経由してα1湾に排出されていた。 (イ) α1湾におけるメチル水銀の汚染状況の変化α1湾における魚介類の水銀値については,昭和43年以前はメチル水銀のみを検出する調査 はα15水門を経由してα1湾に排出されていた。 (イ) α1湾におけるメチル水銀の汚染状況の変化α1湾における魚介類の水銀値については,昭和43年以前はメチル水銀のみを検出する調査が存在せず,総水銀値しか判明しないが,α1湾における魚介類の総水銀値は,装置内循環方式を採用した直後の昭和36年において12ppmを超えていた総水銀値が,その後は急激に低下して,昭和38年には4ppm弱となり,その後昭和40年にかけて 一時的に約5ppmまで一旦上昇したものの,昭和41年以降は1ppm以下となり,それ以降は横ばい状態で推移している。なお,上記の総水銀値のうちメチル水銀の割合は,3分の2ないし4分の3程度であると推定されている。 もっとも,魚介類全体の総水銀値の推移に比べると,アサリ貝中の総水銀値に関しては,同様の減少曲線を描かず,魚介類全体の総水銀値より高い数値を維持しており,順次減少の傾向にはあったが,昭和43年3月においても,α22で12ppm,α20島で45ppm,α39で9ppm,α40で4ppmという状況であり,アセトアルデヒド生産中止直後の43年8月以降に急激に減少している。ただし,アサリ貝中の総水銀値に占める有機水銀の割合については,昭和43年3月において,α22で0.8ppm,その他の地区で1.2ないし1.81ppmであったので,総水銀値に比べて有機水銀値は極めて低かったことになる。 なお,昭和48年に政府が定めた総水銀値の暫定的規制値は0.4ppmであり,参考値として示されたメチル水銀値は0.3ppmとされている。 (ウ) 以上の結果からみると,昭和35年8月の装置内循環方式の採用や,昭和41年6月の完全循環式の採用は,メチル水銀の排出の抑制について一定の効果があったものとは考えられ pmとされている。 (ウ) 以上の結果からみると,昭和35年8月の装置内循環方式の採用や,昭和41年6月の完全循環式の採用は,メチル水銀の排出の抑制について一定の効果があったものとは考えられるが,一方で,昭和43年のアセトアルデヒドの生産中止によるメチル水銀の完全な排出停止により,その直後にアサリ貝における総水銀値が急速に低下したという事実に鑑みれば,それ以前のアサリ貝の総水銀値の高さからみて,P1からのアセトアルデヒドの排出が続いていたことによるものと解さざるを得ず,排水の完全循環式の採用等によっても,メチル水銀の排出が水俣病の発症又は進行を阻止する程度の効果をあげたものと考えることは困難であ り,43年のアセトアルデヒドの生産中止に至るまでの間は,なお水俣病を発症又は進行させ得る程度の汚染の継続はあったのではないかと推定される。 (エ) 住民の毛髪水銀濃度等から認められるメチル水銀汚染の状況α1湾及び不知火海沿岸住民の毛髪の水銀濃度についての調査では,毛髪総水銀値が50ppmを超える者の数は,昭和35年の1615名の調査においては,291名(18%)であったが,昭和36年のほぼ同じ地区での1000名の調査においては73名(7.3%)となり,昭和37年の若干地域の異なる728名の調査では11名(1.5%)となっている。 (オ) 患者の発生状況について昭和35年になると患者の発生は減少し,同年10月を最後に患者の発生はなくなったとされ,昭和41年3月にそれ以前の研究成果を集大成して熊大研究班が刊行した「水俣病」という論文集には,「第1例は,昭和28年12月15日に発症,昭和35年10月9日の発症例を最後としている。患者は,昭和29年,30年と多発し,31年に至って激増を示している。 が刊行した「水俣病」という論文集には,「第1例は,昭和28年12月15日に発症,昭和35年10月9日の発症例を最後としている。患者は,昭和29年,30年と多発し,31年に至って激増を示している。昭和32年,33年に発生数少なく,34年に再び多発し,35年に若干の発生をみて後,本疾患の流行は終息している。」と指摘されている。 しかしながら,このような患者数の認識は当時の水俣病の病像認識に基づくものであって,急性発症の,典型的な症候を示す患者に関する,かつ,症状を自ら積極的に訴えてきた者に関する認識にすぎず,典型的な症候を示さない不全型をも含んだ上で,住民全体の健康診断などの手法により,被害の適正な把握を行った上での被害の認識ではなかったので,昭和35年をもって患者の発生が終息したとの判断が相当であったとはいえない。 イ魚介類摂取禁止の行政指導等(甲50,144,145,149ないし157,乙311,312の2・3,313,315,316,320,321,323ないし332,336ないし344,347,348,349ないし357,359)(ア) 昭和31年5月に奇病として発見された水俣病については,すぐにはその原因は明らかとはならなかったが,その後,魚介類の摂取による発症であるとの見方が強くなり,同年11月に,熊本県衛生部は,保健所長,水俣市役所やP62漁協を通じ,α1湾で漁獲された魚介類の摂食は危険であるので摂食しないよう住民を指導し,また,新聞記者に対しても危険を周知する報道を依頼した。奇病の発生が確認された水俣市α22地区やα25地区では,漁民が出漁を取りやめて,でん粉工場で働いたり畑仕事に従事するなどしており,これらのことは新聞によって報道された。 もっとも,地域住 された水俣市α22地区やα25地区では,漁民が出漁を取りやめて,でん粉工場で働いたり畑仕事に従事するなどしており,これらのことは新聞によって報道された。 もっとも,地域住民の食生活は貧しく,昭和31年9月ころから実施された疫学調査においても,「生活水準は低く,住居をはじめとする生活環境は頗る不良,非衛生的であり…,食生活は主食に配給米及び一部自作の麦,甘藷をとり,副食は漁獲の魚貝類を多食するほかは,蔬菜果実の摂取は乏しい」という実態であったから,当時の住民にとって,危険は認識しつつも魚介類の摂食を完全に自粛することは極めて困難な状況にあった。また,当時は汚染に関する十分な知識もない状態であったから,見た目に元気な魚は大丈夫だとして,魚を選り分ける漁民もあった。 (イ) 昭和32年1月には,厚生省,控訴人,国立公衆衛生院,熊大研究班等の各関係者による合同研究会が開かれ,奇病は或る種の重金属の中毒であり,中毒の媒介には魚介類が関係あると思われるとして,危険が一応排除されるまで魚介類を食べないように注意することが決められた。 このことは,各種報道機関によって報道され,そのため,現地ではα1湾内の魚は売れず,湾内の操業は控える状況にあった。 控訴人は,α1湾内での漁獲を自粛するようにP62漁協に申し入れ,α1湾内及びα1湾沿岸における漁業はほとんど停止され,その結果,昭和31年12月以降新たな患者の発生は確認されなくなった。P62漁協は,昭和32年2月には漁業被害対策委員会を発足させ,控訴人に対して補償を求める陳情を開始した。 しかし,漁は全く行われなくなったわけではなく,同年3月4日の,控訴人の水俣市奇病対策打合会においては,当時の発生患者数54名,うち17名が死亡していると報告されてい 補償を求める陳情を開始した。 しかし,漁は全く行われなくなったわけではなく,同年3月4日の,控訴人の水俣市奇病対策打合会においては,当時の発生患者数54名,うち17名が死亡していると報告されているが,それでも,「衛生部としては,湾内の魚介類を採捕摂取しないほうが良かろうという指導をしているが,地区内住民の80%位は生活保護の対象となっている程貧困で,こつそりとって鹿児島方面に売っている模様である。」との現状説明がなされている。また,同月α16村で猫が集団狂死した際には,α16村においてイリコが漁獲されていたことが明らかとなっているし,同年5月12日のP115新聞(熊本版)は,「水俣市の奇病発生地区で最近ふたたび危険な魚を獲って食べるものが出,研究陣をあわてさせている」と報じている。 控訴人の水産課は,同月頃から,密漁の監視船として「P68」及び「P69」をα1湾に派遣したが,監視区域の広さから見て不十分なものであった。 控訴人は,同年8月には,α1湾内の魚介類につき食品衛生法に基づいた指定を行って,知事がその販売を目的とする漁獲の禁止措置を採る方針を打ち出し,そのことは新聞等により大きく報道された。しかし,この対策は後日の検討によって結局実施されなかった。 (ウ) 昭和33年8月,α1湾内のα23湾の蟹を自ら捕獲して多量に摂 取していた少年が水俣病と診断され,昭和31年12月以来初めて,新たな水俣病患者が発生したことが確認された。控訴人は,しばらくの間新たな水俣病の発生がなかったことから,住民の魚介類の危険に対する意識が低下したと考えて,P64保健所を介して,市の回覧板や地元の学校を通じて危険性の周知徹底させるべくPR活動を行い,また,漁業協同組合等に指導の徹底を図った。同年9月1日,P62漁協は,控訴 意識が低下したと考えて,P64保健所を介して,市の回覧板や地元の学校を通じて危険性の周知徹底させるべくPR活動を行い,また,漁業協同組合等に指導の徹底を図った。同年9月1日,P62漁協は,控訴人からの操業等禁止の要請に対し,これは漁民の死活問題であるとし,補償措置を求める決議をして陳情に及んだ。 その後,同年9月中旬に2名の患者の発生があったものの,それ以降は昭和34年3月まで再び新たな患者の発生は確認されなかった。 (エ) 昭和34年3月及び4月には,それぞれ,α1湾外の海域を漁場とする者の発病があり,その後も同様の患者が確認されたので,α1湾以外の海域であるα1川河口付近の魚介類も危険視されることとなった。 P62漁協は,同年6月ころ,想定危険海域を拡大して漁獲を自主的に禁止することを申し合わせたが,一方で,漁民の生活は極度に困窮し,危険とは知りながらあえて漁獲する者もあり,α20島周辺では一本釣船数隻が出漁して,太刀魚等は多い者で月3,4万円の収入を挙げているとか,α1湾内ではα21,α22の漁師がエビ流し網漁業を行って北九州,関西方面に売りさばいているなどの報告が相次いでいた。 (オ) P89組合は,昭和34年8月,当時の売り上げが平常時の3分の1以下に落ちていたことから,消費者を安心させるために水俣近海以外の魚介類のみを扱うとして,水俣近海で捕れた魚介類は想定危険海域以外のものであっても買わないこと及び市内漁民の捕った魚介類は一切買わないことを決議し,この不買決議は,昭和37年5月までの約2年9か月にわたって継続された。 (カ) 昭和35年頃からは,P62漁協も独自に監視船1隻を出してα1 湾内の操業をしないよう24時間体制で監視を行うようになったが,実際には違反者が後を断 わたって継続された。 (カ) 昭和35年頃からは,P62漁協も独自に監視船1隻を出してα1 湾内の操業をしないよう24時間体制で監視を行うようになったが,実際には違反者が後を断たず,監視警告に苦慮するという実情であった。 さらに,同年9月10日からは,P62漁業協同組合の組合長が,困窮する組合員が自家消費に当てるための出漁を206名の組合員に許可し,これにより,毎日30隻が出漁するようになった。この出漁により水揚げされた漁獲物が漁民の自家消費のみでは止まらず,市場に出回るのではないかとの疑念を持つ住民に対して,P89が近海の魚介類の不買の趣旨を再度アピールするという状況もあった。 (キ) 小括以上のとおり,昭和31年11月頃から,控訴人は,α1湾の魚介類の摂食を禁止するよう行政指導を始め,漁協も漁獲自粛を行ったし,新聞等でもα1湾の魚介類の危険性が大きく報道され,さらに小売業組合の不買決議もあって,住民の魚介類摂取の危険性の認識も強いものとなっていた。もっともこれにより住民の魚介類摂取が全くなくなったわけではなく,漁民が生活自衛のため止むを得ずに自家消費する魚介類を獲ったり,住民も生活の苦しさや明白な知識の乏しさから魚介類の摂取を継続することがあった。それでも,昭和35年ころからは,漁民でなくかつ漁港から遠い地に住む住民が,水俣近海の魚介類を摂取する機会は相当程度減じたものと考えられる。 ウ被控訴人の魚介類摂取の状況等(甲59,159,乙177,199の6,209の3,360)(ア) 被控訴人の婚姻前のα2における生活時期は,海岸から12km程度離れた山間に所在し,被控訴人の両親は同所で農業を営んでいたというのであるから,魚介類が当時のタンパク質摂 ,360)(ア) 被控訴人の婚姻前のα2における生活時期は,海岸から12km程度離れた山間に所在し,被控訴人の両親は同所で農業を営んでいたというのであるから,魚介類が当時のタンパク質摂取の重要な食材であったとしても,漁業者ほどの摂取をしていたとは解されず,また昭和18年までのことであって,P1のメチル水銀排出量もさほど多いものでないの で,メチル水銀を摂取していたとしても,さほど濃い曝露状況にはなかったと判断される。他方で,昭和20年初め頃までの時期はP1におけるアセトアルデヒドの生産はいまだ多くなかった頃であるから,当時の被控訴人の曝露状況はその後の森家の人々のそれに比べればいまだ相当に低い水準であったものと考えられる。 (イ) α14在住時期(昭和18年から昭和20年まで)においては,漁業を家業とする家にいたものであって,その曝露状況は比較的濃いものであったと推認される。このことは,当時の家族から,現在までに水俣病認定を受けている者が出ていることからも推し量ることができる。 (ウ) 昭和20年から同26年までの再度のα2在住時期は,亡夫の実家との関係もあり,魚介類をもらうなどしていたこともあって,漁師の家族ほどではないにしてもある程度の曝露量であったと推認される。 (エ) P4との婚姻時期(昭和26年から同28年まで)は,水俣市大字α4及び同市α5に在住していたところ,いずれも海岸や漁港に近い地域であることから,漁師の家族ほどではないとしてもある程度の曝露量であったと推認される。 (オ) P5との昭和28年の結婚後同30年にα7開拓村に移るまでの生活状態に関する資料はないから,その間の曝露状況は不明である。 エ α7開拓村居住時期(昭和30年から同46年まで)の魚介 (オ) P5との昭和28年の結婚後同30年にα7開拓村に移るまでの生活状態に関する資料はないから,その間の曝露状況は不明である。 エ α7開拓村居住時期(昭和30年から同46年まで)の魚介類摂取について(ア) 被控訴人の供述録取書(甲59)及び別件訴訟での尋問調書(甲159)によれば,P5は酪農の合間に頻繁に夜釣り等の漁に出てカニやタコ,イカあるいはナマコ等を採っており,タコ等については自家消費するのみだけでなく,一部他に販売するなどもしていたほか,知り合いから魚をもらう機会も多く,また,被控訴人も,水俣市内に野菜を売りに行った際に,魚介類を入手してきたり,耕運機に乗って海岸部で貝類 を一度に20㎏位採ってきたことがあり,さらに,P3の弟やP3の兄の子で網元をしていたP54から魚をもらうことも多かったほか,被控訴人の義母の娘の嫁ぎ先が魚の行商をしていたこともあり,そこから魚をもらい,他の行商人からも魚を購入するなどしていたとする。 (イ) 当時のα1湾近辺の住民の生活状況から考えて,魚介類は安価で貴重なタンパク源であったと推定されるので,被控訴人はα7開拓村居住時期の初期においては,漁師を業とする家庭での摂取量(控訴人供述録取書では漁業に従事するP3の実家での暮らしについて「魚介類を驚くほど多量に食べました。朝からボラの味噌汁なので,漁師はこんなに魚を食べるのかと感心した」と陳述する。)ほどではないとしても,ある程度の魚介類の摂取をしていたと推認できる。 しかし,魚介類の入手先に関しては主として鮮魚商や行商人からの入手であって,自家入手がさほどあったものとは考えられない。被控訴人が住んでいたα7開拓村は,水俣市沿岸部からある程度離れたところにあり,当時の被控訴人らの生活状況の忙し として鮮魚商や行商人からの入手であって,自家入手がさほどあったものとは考えられない。被控訴人が住んでいたα7開拓村は,水俣市沿岸部からある程度離れたところにあり,当時の被控訴人らの生活状況の忙しさからも,P5や被控訴人自らによる魚介類の取得があったとしても,それが頻繁に行われたとする点には疑問が生じる。 被控訴人の1回目から3回目までの認定申請における疫学調査書において,魚介類の入手に関する記載は次のようになっている。 1回目の疫学調査(乙207の4)においては,「魚は好きでα26から売りに来る魚を毎日買って,また,前の夫の家などからもらったりして食べていた。魚を獲ってはならないと云う時まで,α42の付近に貝類を拾いに行った。それ以后は,売ってくる魚を買って食べた。」と記載されている。本件申請時の疫学調査(乙199)においては,入手方法について,自家入手,購入,譲り受け,その他(趣味等)と項目を分けて記載する欄が設けられているところ,昭和25年から昭和46年 までの行商人や知人からの譲り受けの記載があるが,自家入手については,昭和25年までの「夫の父がボラ釣り」との記載がされているのみで,趣味等による入手の欄は空欄である。さらに3回目の疫学調査(乙209の3)においても,自家入手の欄には昭和25年までの「夫の父がボラ釣り」の記載しかなく,「買う」「貰う」の欄に昭和25年から46年の市内に出た際の鮮魚店からの購入や行商人等からの購入,親戚からの譲り受けとの記載があるが,「趣味」の欄には昭和20年から46年までとして「本人がα26でビナ,カキをとって」と記載されているに止まる。 以上によれば,夫の夜釣り等による魚介類の入手は,少なくとも頻繁であったとは考えられないし,また,被控訴人による貝類の取得も,さほど頻繁なもの 6でビナ,カキをとって」と記載されているに止まる。 以上によれば,夫の夜釣り等による魚介類の入手は,少なくとも頻繁であったとは考えられないし,また,被控訴人による貝類の取得も,さほど頻繁なものであったとは解し得ず,また,仮にあったとしても「魚を獲ってはならないと云う時まで」行っていたにすぎないものと解される。 したがって,被控訴人が,α7開拓村に移住して以降は,主として市内に出向いた際の鮮魚店での購入や行商人等や親類からの入手が魚介類の主たる入手経路であり,被控訴人自身やP5による自家取得は頻繁にはなかったと解されるところ,鮮魚店や行商からの入手経路は,魚介類の危険性が明らかになるに従って徐々に限られたものとなったことが推定され,遅くともP89が近海魚の不買を決議した昭和34年7月以降は,仮に魚介類を取得したとしても近海ものではなかった可能性が高いというべきである。 なお,被控訴人は,α7開拓村において飼猫の異常な行動や死亡を経験しているところ,その経験が,仮に昭和31年5月の水俣病公式発見以前のことであり,その当時,被控訴人が魚介類の摂取と関連づけて理解することができなかったとしても,後日水俣病が魚介類の摂取によっ て起こるとの知識を得,さらに他所における猫の死亡等が当時のα1地区では話題になっていたと解されるから,飼い猫の死亡の経験と魚介類摂取の危険性とを結び付けて考えるのが通常であると思われる。 以上によれば,水俣病の発生が社会問題化した後も,必ずしも十分な漁獲禁止措置や摂食禁止措置が採られていなかったことにより,漁業によって生計を立てていた者がやむを得ざる状況で魚介類の摂取を続けることがあったとしても,被控訴人やP5のように漁業を生活の糧にしない者が,漁業が自粛され,また, 採られていなかったことにより,漁業によって生計を立てていた者がやむを得ざる状況で魚介類の摂取を続けることがあったとしても,被控訴人やP5のように漁業を生活の糧にしない者が,漁業が自粛され,また,鮮魚小売鮮商においても近海の魚の不買が決議された後に,それ以前と同様の魚介類の摂取状況であったとは解し得ず,このことに,α1湾近海の魚介類の汚染状況や住民の毛髪水銀値を併せ鑑みれば,被控訴人のメチル水銀摂取量は,遅くとも昭和36年以降は極めて少ないものであったと判断される。 (2) 被控訴人の感覚障害以外の症候についてア視野狭窄前記認定事実によると,昭和49年,53年及び54年の公的検診において視野狭窄は認められていない。 控訴人は,昭和54年の公的検診の精神神経科の検診(甲29)では対坐法で狭窄の疑いが認められ,昭和55年,58年及び昭和61年のP6病院の検査では軽度視野狭窄の所見が得られていると主張する。 しかしながら,まず,昭和54年の精神神経科の検診では視野狭窄は認められておらず,また,昭和55年のP6病院の検査(甲56)でも視野は「正常」と記載されている。 次に,昭和58年のP6病院の検査結果(甲57の3)については,軽度の視野狭窄が疑われるとされており,また,昭和61年のP6病院での検診(甲52,55の1ないし3,乙200)においては,視野狭窄を認めるとしているが,いずれも軽度であり,上記のとおり,昭和55年のP 6病院の検査結果にも視野は正常であるとの記載があることからすると,上記昭和58年及び61年の検診結果から直ちに視野狭窄を認めることは困難というべきである。 イ難聴前記のとおり,水俣病にみられる難聴は,大脳の側頭葉横回領域が障害されることによるもので,感音性難聴 年の検診結果から直ちに視野狭窄を認めることは困難というべきである。 イ難聴前記のとおり,水俣病にみられる難聴は,大脳の側頭葉横回領域が障害されることによるもので,感音性難聴のうち,後迷路性難聴であって,後迷路性難聴か否かは語音検査や自記オージオメトリーにより判断される。 前記認定事実によると,昭和54年の検診の際,被控訴人の両耳につき気道聴力の低下が観察されているものの,いずれも骨導聴力は正常であり,自記オージオグラムでも聴覚疲労は確認されてないというのであるから,同検診の際の被控訴人の難聴は,伝音声難聴であると推認される。 もっとも,上記昭和54年の検診の際,語音検査に異常が観察されている(乙17)ことから,感音性難聴のうち後迷路性難聴の可能性を完全に否定することはできないものの,弁論の全趣旨によれば,語音検査は被験者の意思の関与が所見に影響を及ぼす検査であり,乙17号証によれば,異常が見られたのは,ごく一部にすぎないことが認められるので,この結果のみから後迷路性難聴が存在すると認めることはできない。 なお,昭和61年のP6病院における検診要約(甲52)には,被控訴人について「感音性難聴(軽度)高音部低下」と記載されているものの,検診録(甲55の1)中の同年9月30日付けの「耳鼻科的検査」の欄には平均値が記載されているのみで,ここからどのようにして検診要約記載のとおり判断したのかを読み取ることはできず,同年の検診録の記載から直ちに被控訴人に感音性難聴を認めることはできない。 ウ運動失調(ア) 公的検診の結果被控訴人は,3回の認定申請のそれぞれについて,神経内科等の専門 医による検診を受け,疫学的調査も受けており,これらの検診は,昭和49年8月 (ア) 公的検診の結果被控訴人は,3回の認定申請のそれぞれについて,神経内科等の専門 医による検診を受け,疫学的調査も受けており,これらの検診は,昭和49年8月(甲94,乙207の2),同53年5月(甲95,乙207の3),同54年10月27日(甲28,乙199の2),同月28日(甲29,乙199号証の3)及び平成8年12月(乙209の2)の合計5回行われているが,いずれも小脳性の運動失調を示す所見はなかった。 ただし,昭和53年及び同54年の検診の際には,運動失調自体は認めていないものの,ジアドコキネーシスなどで動作の緩徐がみられたというのであるが,次のとおり,同所見をもって,運動失調が存在したと解することも,運動失調の端緒であった可能性があると解することもできない。 証拠(乙5,41,70,201ないし205,211,212)及び弁論の全趣旨によれば,水俣病にみられる運動失調は,主として小脳の障害に起因する小脳性の運動失調であって,各試験結果に共通する特徴として,①測定異常,②反復拮抗運動障害,③運動分解,④協働収縮異常,⑤企図振戦,⑥時間測定障害といった要素がみられ,運動が時間的空間的に不規則になる点に特徴があるとされていること,これに対して,動作緩徐は小脳性運動失調の特徴とはされておらず,協調運動障害の検査において注意すべき所見にも挙げられていないこと,小脳性の運動失調においては,上記6つの要素が相まって運動障害を来すために,運動が時間的空間的に不規則になって巧緻性が失われることから,その結果として動作が緩徐となるという二次的な現象が発現するが,動作の緩徐が発現するから運動失調であるとすることはできず,動作の緩徐は小脳性運動失調において単独で出現するような特徴ではないことが認められ 果として動作が緩徐となるという二次的な現象が発現するが,動作の緩徐が発現するから運動失調であるとすることはできず,動作の緩徐は小脳性運動失調において単独で出現するような特徴ではないことが認められる。 被控訴人には,動作の緩徐以外の他の要素は全く確認されておらず, さらに,前記認定事実によれば,被控訴人は,本件申請の昭和54年の検査時においては,動作全般がゆっくりであったことが認められるから,運動失調の検査時における緩徐をもって,特別の異常所見とみることが相当ともいえない。 もっとも,証拠(甲123,126)によれば,小脳細胞の代償作用により,運動失調が発症初期のころは非常にはっきりしていてもその後非常に軽くなる者もあり,時間が経つにつれて運動失調の徴候が発見しにくくなる場合のあることが認められるが,その場合であれば,他の症候のみが軽くなり動作の緩徐のみが残る可能性が高いとも解し得ない。 被控訴人は,運動がうまくスムーズに行かないということをどこかで見つければ(各種検査の異常がそろわなくても)運動失調ありと言うべきであると主張して,P30の証言(甲74の2)とP21の研究報告(甲113の1・2)を援用する。 しかしながら,P30の証言は,「スローという言葉を言うと,いろいろ素人と勘違いがおこりますね」と念を押していることからも明らかなように,単なるスローを問題としているのではなく,円滑性のない運動を運動失調ととらえる立場に立って,腕などを回内,回外運動させることにより,これに関与する複数の筋肉がスムーズに緊張したり弛緩したりすることができない場合を運動失調であるとしており,「医者は・・・様々な拮抗筋が円滑に動いているかどうかを回内,回外で診るわけですから,それが・・・円滑でない延長線上に動 ーズに緊張したり弛緩したりすることができない場合を運動失調であるとしており,「医者は・・・様々な拮抗筋が円滑に動いているかどうかを回内,回外で診るわけですから,それが・・・円滑でない延長線上に動きが鈍いということがあれば,それは運動失調ありと言っていいんじゃない」かとするものであって,被控訴人の主張とは趣旨の異なるものである。 次に,P21は,昭和50年及び51年に発刊された研究報告(甲113の1・2)において,水俣病患者の85.1%に運動の緩慢が認められたとして,運動緩慢を慢性型水俣病の一つの特徴ある症状として取 りあげてもよいのではないかと提唱していることが認められるが,同人はこれを小脳の障害による協調性運動失調とは異なるものとして,運動阻害因子としての脱力,筋の被動性の亢進,知能障害等の総合的表現としてとらえているものである。したがって,P21の上記報告を根拠にして,動作の緩徐をもって,小脳性運動失調の徴候あるいは予兆であるとすることはできない。 もっとも,被控訴人は,運動失調は,実際には大脳性(頭頂葉性)の運動失調もあり,その症状の現れ方も多様であると主張しているところ,P21の上記見解は,水俣病に診られる症候について,小脳障害による協調運動失調とは異なる動作緩慢が存在することを示唆する仮説であるとも考えられるが,その後水俣病研究者の間でこの仮説に対してどのような検討がなされ,どの程度の支持を得たかは明らかでなく,むしろ,その後の認定作業においてもこのような徴候を重視するようになったことは窺われないので,一つの仮説に止まったものと解せられる。 (イ) P6病院での3回の検診の結果被控訴人は,昭和55年,58年及び61年にP6病院の検診を受けており(乙200,213,214 れないので,一つの仮説に止まったものと解せられる。 (イ) P6病院での3回の検診の結果被控訴人は,昭和55年,58年及び61年にP6病院の検診を受けており(乙200,213,214)これらの検診結果では,指鼻試験,ジアドコキネーシスについて,+~±の所見が確認され,膝踵試験でもやや左優位に障害が確認された旨の記載がある。 しかしながら,昭和58年,61年にそれぞれ実施された書字検査の結果は問題のないものであり,これは,上肢の協調運動障害があるとする前記の各所見と整合的に理解できないものである。 また,被控訴人は,昭和49年8月,53年5月,54年10月27日,同月28日及び平成8年12月に公的検診を受けており,これらの検査は,時期的にP6病院における検診の前後をはさんでいるところ,それら合計5回の公的検診においては,一貫して運動失調が認められな かったにもかかわらず,同病院の各検診録においてのみ小脳性の運動失調が認められるというのは不自然である。 さらに,左下肢の膝踵試験については,昭和54年10月の公的検診においては(乙199の1),既に左下肢の麻痺・脱力のために検査不能であったにもかかわらず,昭和55年のP6病院の検診では,「++」の所見となり(乙213),昭和58年の同病院の検診では,やはり麻痺のために検査不能となったが,その後の昭和61年10月の検診では,検診録に「左下肢麻痺」と明記しているにもかかわらず「++」と判定される(甲55及び乙200)などしているところ,被控訴人の○後遺症は徐々に悪化していたのであるから,このように短期間の間に,麻痺による検査不能から「++」という中等度の障害を示し,さらに麻痺により検査不能となるということを繰り返すことは考え難く,このことは,検査や判断の信用 ていたのであるから,このように短期間の間に,麻痺による検査不能から「++」という中等度の障害を示し,さらに麻痺により検査不能となるということを繰り返すことは考え難く,このことは,検査や判断の信用性に疑問を抱かせるものである。 なお,P6病院における3度にわたる検診の後の平成8年12月の公的検診においても,小脳性の運動失調,特に上肢の協調運動障害が認められなかったことからすると,本件処分後の昭和55年以降に被控訴人の運動失調が増悪したと仮定することもできない。 (ウ) 以上の検討によれば,本件申請時に被控訴人に運動障害があったとは認められない。 エ構音障害被控訴人に構音障害が存在することを示す検査結果は,公的検診のうち,昭和54年10月28日の精神科の検診結果とP6病院の昭和61年の検診録のみであるから,これについて検討する。 (ア) 昭和54年10月28日の精神科検診(甲28,29,乙16,17,199の2・3)昭和54年10月27日の神経内科の検診においては,言語に関して 「自発語OKなるも検査時言語の反復を示す」とするのみで,言語障害は認められていない。その翌日である28日の精神科の検診においては構音障害(+)とされ「口に何かはさまったいい方,時々言葉がもつれる」と記載されている。ただ,「問題点」の欄には「構音障害についても○との関連?」と記載され,さらに「指示および申送り」の欄には「問題になるのは知覚のみだがこれもごく軽い」と記載されていて,結論としては,検診担当医(P18)が症候の判断において構音障害を意味あるものと評価していないことがうかがわれる。 また,その他の前後4回の公的検診の際には,構音障害は全く認められていない。 なお,昭和53年の検診録においては, において構音障害を意味あるものと評価していないことがうかがわれる。 また,その他の前後4回の公的検診の際には,構音障害は全く認められていない。 なお,昭和53年の検診録においては,「軽度の喃語に近い感じと,多少とも,aphasia傾向がある様である。timing(タイミング)が遅れる傾向あり」と記載されているところ,「aphasia」とは失語という意味であり,失調(ataxia)とは異なる概念であって,水俣病にみられる構音障害においては,失語を来すことはないため,診断に当たり,失語は構音障害と鑑別すべき事柄として考えられているのであるから(乙70),この所見は,水俣病にみられる構音障害をむしろ否定する方向のものといい得るものである。 (イ) P6病院の検診P6病院の昭和61年の検診録(甲55の1)には,神経学的検査において,ラ行拙劣,パ行拙劣,発語異常ありと記載され,要約として構音障害ありとされている。 しかしながら,以下の理由でこれらの記載をもって構音障害があったものと認めるには足りない。 水俣病にみられる構音障害は,小脳障害に起因して出現するものであって,発語に関係する構音器官,すなわち口唇,舌,口蓋などの筋やそ れらを動かす神経に麻痺等がないにもかかわらず,うまく喋れないものであるから,発語に問題がある場合でも,その症状が,ゆっくりした,不明瞭な,滑らかさを欠く,爆発性のいわゆる断綴性言語という小脳障害を示唆するタイプのものであるかを吟味して判断する必要がある(乙5,70,211,212の1)。 被控訴人の検診を担当したP9医師は神経内科医ではなく(乙222),上記の特徴をどの程度判断したかが明確でなく,P6 て判断する必要がある(乙5,70,211,212の1)。 被控訴人の検診を担当したP9医師は神経内科医ではなく(乙222),上記の特徴をどの程度判断したかが明確でなく,P6病院の昭和61年の検診録は,別件訴訟の各原告に係る検診によるものであるが,他の原告の検診録をみると,被控訴人同様検査結果でラ行とパ行が拙劣であるにも関わらず,要約では構音障害なしとされているもの(乙218)や,反対に,検査結果ではラ行,ナ行,パ行がいずれも正常であるのに,要約では構音障害ありとされているもの(乙219)も存在しており,その判断基準も明確ではないこと,さらに,パ行は,口唇を使う発音であるため唇の力が弱いと異常が見られるものであるから,顔面筋の筋力の低下をみる所見であって,失調性を示すものではないにも関わらず(乙212の1),同訴訟における各原告の中には,パ行のみの拙劣により構音障害ありと判定されている者もいること(乙220の1・2,221)から,被控訴人に構音障害があるとした判定が相当なものであったとするには疑問が残る。 (ウ) 以上の検討結果及び上記の2度の検診以外にはこれらの検診の前後の検診において構音障害が認められていないことから,上記の2度の検診録の記載をもって,本件申請時に構音障害があったと認めることはできない。 (エ) 大脳性構音障害被控訴人は,構音障害について小脳性のものに限定する根拠はないと主張し,P30は,水俣病患者に現れる症候として,小脳失調性の構音 障害でない,唇や舌の位置感覚が鈍くなるなどしてしゃべりにくくなる例もあるとして,その機序を大脳皮質障害によるのではないかとの仮説を有していることが認められるが,一方で,「これからの我々を含めた研究でしか明らかにならない」(甲74の るなどしてしゃべりにくくなる例もあるとして,その機序を大脳皮質障害によるのではないかとの仮説を有していることが認められるが,一方で,「これからの我々を含めた研究でしか明らかにならない」(甲74の2)としており,一つの仮説の域を出ないものと解せられる。 オ眼球運動異常前記認定事実によると,昭和54年の検診の際,滑動性追従運動については,0.5Hzにおいて階段状の波形を示し,軽度の異常を認めているものの,乙99号証によれば,滑動性追従運動の検査は被験者の意思の関与が所見に大きく影響を及ぼすこと,昭和53年の検診においては眼球運動異常は認められていないこと,昭和54年の検診においても,衝動性運動及び前庭動眼反射については異常は認められず,滑動性追従運動についても,0.3Hzの検査においても異常は認められていないことからすると,本件処分時において,被控訴人に眼球運動異常があったとまでは認めることができない。 なお,昭和61年のP6病院における検診記録には,滑動性眼球運動障害がある旨の記載があるが,その検査の際の波形(甲55の2)をもって直ちに異常所見といえるのか疑問もあるし,前記のとおり滑動性追従運動については,被検者の意思の関与が大きいとされているところ,上記波形をみると,一部に波形の形状が途中で大きく変わっているものなどがあることからすると,何らかの意識状況等の変化が作用している様子も窺われるのであって,上記P6病院における検診結果のみから被控訴人に滑動性眼球運動異常があるとまで認めることはできない。 (3) 被控訴人の感覚障害ア所見の信頼性前記検診結果からは,被控訴人の感覚障害についてはその記載があるが, 控訴人は被控訴人の検査結果に記載された所見の信頼性に疑問があると ) 被控訴人の感覚障害ア所見の信頼性前記検診結果からは,被控訴人の感覚障害についてはその記載があるが, 控訴人は被控訴人の検査結果に記載された所見の信頼性に疑問があると主張するので検討する。 (ア) 昭和53年5月21日の所見について(乙207の3,365,366)① 前記認定のとおり,手足の感覚は触覚,痛覚とも完全に脱失しており,振動覚も完全に脱失しているとの結果が記載されているところ,仮にそうであれば,歩行は困難で車椅子生活を余儀なくされるのが通常であるにもかかわらず,被控訴人は,右手の杖を使ってではあるが歩行できており,また,両足起立が不安定になれば,膝踵試験及び脛叩試験も実施不可能であるにもかかわらず,右下肢の膝踵試験及び脛叩試験も実施できている。 さらに,振動覚と同様に深部感覚を確かめるための試験であるロンベルグ試験では異常が認められておらず,眼を閉じての起立姿勢保持ができている。 ② 眼球運動の異常についても,被控訴人は「物が二重に見えたりする」と訴えているものの,他覚的な検査では眼球運動異常はないとされている。 ③ 振戦についても,被控訴人は「たまに両手がふるえる」と訴えているが,他覚的な振戦は認められていないし,「よく物を落とす」と訴えているが,「アジアドコキネーシス」及び「指鼻試験」はいずれも「-」で,上肢の協調運動はいずれも正常である(イ) 昭和54年10月27日及び同月28日の所見について(乙4,199の1ないし6,366,373,374)① 疫学調査では,被控訴人は,左右同程度に手足のしびれがあり,手は手先になるほどしびれが強く,物を握ったか握らないかよく気を付けていないとわからないし, し6,366,373,374)① 疫学調査では,被控訴人は,左右同程度に手足のしびれがあり,手は手先になるほどしびれが強く,物を握ったか握らないかよく気を付けていないとわからないし,足も,しびれがひどく,指が曲がってい るような感じがすると訴えている。 しかし,2度にわたる他覚検査では,深部感覚である振動覚及び関節位置覚はいずれも正常の範囲内であり,同月27日に実施した複合感覚検査においても,立体覚は正常で,触覚失認はなく,上記の自覚症状の訴えは,これらの他覚所見と整合していない。 ② 同月28日の上肢末梢の検査所見において,表在感覚である触覚及び痛覚が高度に障害されているにもかかわらず,5日後の同年11月2日に実施された開閉眼時の書字試験においては,開眼時及び閉眼時のいずれにおいても,大きな書字の乱れがなく,整合していない。 また,同月28日の下肢の検査所見で,両足の足先及び足底の痛覚が消失しているとされているところ,そうであれば,容易に外傷を生じ,足指及び足底の潰瘍などの皮膚病変が起こることが多いと推定されるが,そのような皮膚病変の発生は,同日の検査所見にも平成8年12月18日の検査所見にも記録されていない。 なお,この点について,被控訴人は,脳梗塞で半身マヒとなった人はマヒ側に外傷や皮膚病変がないのが普通であるとの例を挙げて,必ずしも皮膚病変が起こることが通常であるとはいえないと主張するが,半身マヒであれば,マヒ側をかばって,地面などとの接触を避けることも可能であろうが,被控訴人は両足の痛覚を消失していて,かつ歩行可能で車いすを利用していないのであるから,半身マヒの例と同様には考えることはできず,何らかの病変があるのが通常であると考えられる。 (ウ) ,被控訴人は両足の痛覚を消失していて,かつ歩行可能で車いすを利用していないのであるから,半身マヒの例と同様には考えることはできず,何らかの病変があるのが通常であると考えられる。 (ウ) 被控訴人は,昭和53年5月の検診においては,全般的協力性の欄に「し?(判読不能) 非協力的」と明記されており,前後の検診の所見から考えて手,足の先の振動覚が0秒であったことについては疑問を持たざるを得ないと主張する。 証拠(甲60)及び弁論の全趣旨によれば,振動覚検査は音叉によって行われており,検者の手掌に音叉を打ち当てて振動させ,これを被検者の手関節及び足関節の外側顆に押し当て,振動が消失する時間を測定するものであるから,検者がどの程度強く振動させるかによっても結果が異なることがあり,また,音叉の振動を一定にして刺激することにも困難を伴うものであることが認められる。 したがって,厳密にわずかの秒数の違いを問題にすることは必ずしも相当とはいえないと考えられるが,上記検査の結果は0秒とするものであって,通常の測定誤差や被控訴人の協力性の程度による誤差と考えることはできないものである。 (エ) 以上によれば,疫学調査における被控訴人の申告内容あるいは被控訴人の応答に頼らざるを得ない手足の触覚,痛覚や振動覚を確認する検査等における被控訴人の応答については,その信頼性を減殺して考えざるを得ず,被控訴人が呈しているとされる感覚障害自体も,その所見としての信頼性は必ずしも高いものということはできない。 イ所見の変動控訴人は,被控訴人の所見が著しく変動しているとして,そのような変動のある被控訴人の症状がメチル水銀による神経系の損傷によるものとは考え難いと主張するので,この点につ イ所見の変動控訴人は,被控訴人の所見が著しく変動しているとして,そのような変動のある被控訴人の症状がメチル水銀による神経系の損傷によるものとは考え難いと主張するので,この点について検討する。。 (ア) 証拠(甲28,29,94,95,乙199の2・3,207の2・3)によれば,昭和49年8月18日,同53年5月21日,同54年10月27日,同月28日の公的検診に基づく感覚障害の検査結果について,次の事実が認められる。 ① 表在感覚については,障害部位が,昭和49年8月の検査では四肢の遠位部に限定されていたが,昭和53年5月の検査では胸部にまで上行し,その後,昭和54年10月27日及び翌28日の各検査では, 再び四肢の遠位部に限定されている。 ② 深部感覚については,振動覚は,昭和49年8月の検査では,両上肢が12秒,両下肢が10秒でともに正常であったのが,昭和53年5月の検査では,四肢全てにおいて0秒と完全に喪失し,昭和54年10月の検査では,両上肢8秒,両下肢9秒でほぼ正常に近いところまで改善している。 (イ) 控訴人は上記変動からみて,医学的な経験則に照らし,被控訴人については水俣病と認めることはできないとし,むしろ感覚障害の変動は,被控訴人に生じていた変形性頚椎症等から説明が可能であると主張する。 その理由として,水俣病は,メチル水銀が中枢神経等の神経系を損傷することにより発症する器質的障害による疾病であり,かつ,体内に取り込まれたメチル水銀は半減期約70日で体外に排出されるのであるから,その曝露が終了し,症状がピークに達した後は軽快していくというのが医学的な経験則であり,曝露終了後,相当期間経過した後になってから,新たに症候が発現し,あるいは,当該症候 に排出されるのであるから,その曝露が終了し,症状がピークに達した後は軽快していくというのが医学的な経験則であり,曝露終了後,相当期間経過した後になってから,新たに症候が発現し,あるいは,当該症候が増悪と改善を繰り返すなどということは考え難いとする。 しかしながら,上記の控訴人の半減期論を主とする見解については,遅発性水俣病について検討したところからも,必ずしも絶対的な根拠として考えることはできないから,所見の変動が全くあり得ないとまでいう根拠とすることはできないというべきである。 P15の神経内科学(乙187)の「大脳皮質の感覚領野の障害」の項では,障害の分布の「限界は明確でなく徐々に正常部分に移行する」とされているが,その趣旨は,異常と正常との境界線が幅のあるものであって徐々に移行していることを指摘したものにすぎないから,障害部位自体が変動することを示すものとはいえないが,異常と正常の境界付近の幅が広いために,検査日の違いによってその境界線の表現において 多少の食い違いが起こることは肯定できることになると思われる。また,P116とP15の水俣病認定患者100例の神経症候を分析した論文(甲142)には,感覚障害の分布や程度が変動しやすいと記載されている。もっとも,同論文では,感覚障害をその範囲に応じてⅠ型からⅤ型に分類した上でその頻度を示して,各型別に診察の度毎に感覚障害の分布や程度が変動する不安定型の割合を示しているところ,各型をまたぐ変動については何らの記載もないから,各型をまたぐほどの変動があることを前提として記載しているとは認められない。被控訴人の障害部位は,昭和49年8月の検査ではⅠ型に,昭和53年5月の検査ではⅢ型に,昭和54年10月の各検査ではⅠ型に相当するものと解されるところ,このような変動は上記論 いるとは認められない。被控訴人の障害部位は,昭和49年8月の検査ではⅠ型に,昭和53年5月の検査ではⅢ型に,昭和54年10月の各検査ではⅠ型に相当するものと解されるところ,このような変動は上記論文が認める変動より大きな変動であると解される。 次に,P30の別件訴訟における証言(甲74の1)によれば,水俣病においては大脳皮質の細胞が少なくなっているため,疲れにより所見が変動することや患者側がどこが悪いということを的確に表現できないこともあることが認められる。 以上によれば,各検診時において,検診結果に変動があることは起こり得るが,余りにも大きな変動,それも増悪方向のみあるいは改善方向のみの変動ではない,増悪と改善を伴う大きな変動については,その所見に問題が残ると考えられる。そして,前記の被控訴人の所見の変動は,各検診時における表現困難性などから来る多少の変動というには,大きな変動というべきであるが,その原因については,むしろ前記認定のとおり,被控訴人の応答に頼らざるを得ない所見の信頼性の薄さによるものと考えるべきものと判断する。 ウ中枢神経障害を示す所見の有無(ア) 口周囲の感覚障害 証拠(乙199の1,200,209の1,214,213,223の1・2,297の2・3)によれば,昭和55年のP6病院の検診において口周囲の感覚障害があるとされ,また,昭和61年の同病院の検診においても,口周囲の感覚障害が認められるとされているが,昭和49年8月と同53年5月の公的検診,同54年7月のP38の検診,同年10月の公的検診及び同58年のP6病院の検診結果においては,いずれも口周囲に限定された感覚障害は認められていないことが認められる。 上記のとおり,口周囲の感覚障害 ,同年10月の公的検診及び同58年のP6病院の検診結果においては,いずれも口周囲に限定された感覚障害は認められていないことが認められる。 上記のとおり,口周囲の感覚障害があるとする各検診結果は,その前後を挟む多数の検診結果と齟齬するものであるので,これを根拠に被控訴人に口周囲の感覚障害があると認めることはできない。 (イ) 腱反射亢進について昭和54年10月27日の神経内科検診の結果(乙199の1)によれば,被控訴人の腱反射は,ほぼ正常であって,両上肢の外側(上腕三頭筋反射)ではむしろ低下が認められており,左下肢においてのみ亢進が認められるというものであるから,全体として腱反射の亢進と評価することはできない。左下肢のみが亢進している理由については,後記のとおり,○手術後の後遺症による中枢的な影響によるものと認められる。 (ウ) 二点識別検査弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,二点識別検査を受けたことがないことが認められる。 (4) 感覚障害発症の時期被控訴人は,被控訴人の発症時期は昭和28年ないし33年であると主張し,控訴人は,昭和48年であると主張しているので,被控訴人の検診記録に及び被控訴人の供述録取書おける発症時期に関する記載からこの点を検討する。 ア 1回目の申請に係る資料に関し,昭和49年8月に実施された検診の記録(甲94)には,主訴が頭部痛と両上肢の知覚低下であったことは記載されているものの,病歴やその経過,あるいは疫学的事項については記載されておらず,昭和53年5月に実施された検診の記録(甲95)においても,昭和50年の○の手術前の病歴等については記載されていない。 他方,昭和49年1月22日の疫学調査書の記載(乙2 については記載されておらず,昭和53年5月に実施された検診の記録(甲95)においても,昭和50年の○の手術前の病歴等については記載されていない。 他方,昭和49年1月22日の疫学調査書の記載(乙207の4)によれば,被控訴人は昭和30年頃に左膝から下のしびれを感じP117病院を受診して○と診断され,通院及び灸治療により軽快して仕事ができるようになり,その後は腰痛が続いていたもののしびれはなく,昭和46年2月の尼崎転出時の症状は腰痛,カラス曲がりと疲れやすさであり,昭和47,8年頃から頭や腰などの痛みやしびれが酷くなってきたと述べている。なお,昭和30年頃○と診断された後,治療により軽快していたことは,当時,被控訴人が手のしびれまで訴えていなかったことを裏付けるものである。 イ本件申請(2回目の申請)に係る資料等については,被控訴人が本件申請をするに際して提出した申請書(乙16の4)には,健康状態の概要として,「昭和28年頃より頭が重く足がだるく顔がむくんだりした。足がしびれて,ころびやすく,目が見えにくく不自由である。」などと記載されている。ところが昭和54年10月26日に実施された疫学調査(乙16の17)では,自覚症状の欄に,手足のしびれ,頭が痛くぼやっとして物忘れをする,手の節々が痛い,腰・肩・首がいたい,足がカラス曲がりする,視力が落ちた,といった症状がいずれも昭和48年から増悪している旨記載され,既往歴等の欄には,腰・頭の痛みの時期はいずれも同年以降であることが記載されているほか,昭和54年10月28日に実施された精神科検診の際の検診記録(甲29)にも,原病歴に関し,初発症状は手足のしびれ・脱力,頭痛であり,その発症は昭和48年である旨記載されており,また,昭和54年11月2日の耳鼻咽喉科の検診録(乙19 の検診記録(甲29)にも,原病歴に関し,初発症状は手足のしびれ・脱力,頭痛であり,その発症は昭和48年である旨記載されており,また,昭和54年11月2日の耳鼻咽喉科の検診録(乙19 9の5)にも,主訴として4肢の運動障害,しびれは昭和47年頃からである旨記載されている。 ウ 3回目の申請に係る昭和61年7月29日の疫学調査書(乙209の3)には,症状の経過において,具体的かつ詳細に症状の発症状況等について記載されているところ,そこでは,「いつ頃からか,仕事中(農業酪農)に手首が痛んだり,腰から下が痛むようになってきた。疲れた時は特にひどく,S32年頃は物にすがりすがり歩いていた。出水市α41のはり,灸院に通い,ハリ,キュウしたが一時効いていた。その後S46年頃から全身寒気がきて手足がシビれだした。」とある。このように,被控訴人は,腰から下の痛みのために,昭和32年頃は歩行困難となるが,治療を受けて効果が出ていたことを具体的かつ詳細に申告する一方で,手足のしびれについては,その初発時期として,昭和46年頃であったと申告している。 エ別件訴訟において被控訴人側から提出されたP38作成に係る昭和54年7月25日付けの検診録(乙223の1・2)には,「S46年2月しびれ-」「しびれ S48頃手足」と記載されていて,手足のしびれの発症時期は昭和48年頃と記載され,それ以前のしびれの感覚障害については昭和46年2月と記載されていると認められる。 オ被控訴人の昭和61年のP6病院における検診の際に作成された検診記録の要約(甲52)には,発症時期昭和33年初発症状両手足のしびれ,めまいと記載されているが,検診記録(甲55の1,乙200)には,主要症状の発現時期の欄に,「感覚障害は昭和28年ころ,歩行障害は昭 録の要約(甲52)には,発症時期昭和33年初発症状両手足のしびれ,めまいと記載されているが,検診記録(甲55の1,乙200)には,主要症状の発現時期の欄に,「感覚障害は昭和28年ころ,歩行障害は昭和32年ころ,言語障害は昭和33年ころ,視力障害,聴覚障害及び物忘れはいずれも昭和46年ころ」との記載があるほか,「現病歴(症状の発現時期,経過,職業,居住地,食生活の関連)」の欄において「昭和33~4年頃から,めまいがし倒れて意識を失ったりして近医へ通院。この頃か ら右半身のジンジンしたしびれ感や,口がもつれたりするようになったため,P72病院に通院。言葉のもつれやしびれは消えるも体は疲れやすかった。……昭和47~8年頃より頭痛や両手足のジンジンしたしびれや,ふるえがひどくなってきた。」と記載されている。 カ平成元年3月18日に作成された被控訴人の供述録取書(甲59)には,「私が初めて身体の異常を感じたのは,昭和二八年頃のことで,両手足の先が痺れてきました。昭和32年ころにはこれがひどくなって,柱につかまってやっと立ち上がるような状態になり,歩けなくなりました。この頃,P72病院に通い,○と診断されて,治療を受けました。」と記載されている。 キ検討(ア) 上記記載によると,発症時期を昭和28年とする記載は,①本件申請の申請書,②昭和61年のP6病院における検診記録,③被控訴人の供述録取書に存在する。 まず,本件申請書の,「昭和28年頃より頭が重く足がだるく顔がむくんだりした。足がしびれて,ころびやすく,目が見えにくく不自由である。」との記載には手の感覚障害に関しては何らの記載もない。 次に,P6病院検診記録で昭和28年と記載されている欄には症状の具体的記載は全くなく,文章で表現された現病歴の欄 が見えにくく不自由である。」との記載には手の感覚障害に関しては何らの記載もない。 次に,P6病院検診記録で昭和28年と記載されている欄には症状の具体的記載は全くなく,文章で表現された現病歴の欄には,具体的記載として「昭和33~4年ころからめまいがして倒れて意識を失ったりして近医へ通院し,このころから右半身にジンジンしたしびれ感や口がもつれたりするようになったため,P72病院に通院した」と記載されているのみで,昭和28年当時の感覚障害については全く記載がない。しかも,同検診記録の検診要録においては,発症時期を昭和33年としており,実際に当時の聞き取りから昭和28年の症候の発症を推認できる状況があったのであれば,このような記載にはならなかったはずである。 さらに,被控訴人の供述録取書の昭和28年の記載は「両手足の先が痺れてきました。」というだけのもので,これも,現実に経験した病状の記載としては具体性に欠けているというべきである。 以上の記載はいずれも昭和28年からは20年以上を経てからの記載であるので,必ずしも被控訴人の記憶が十分ではなかったともいえるが,一方で被控訴人は昭和28年頃と特定して記述しており,この当時に両手についても症状が発生したという記憶であるとすれば,それを意識する具体的な症状の発現状況の記憶もあるのが通常であると思われるにもかかわらず,そうした記載がないところから,昭和28年に両手についても感覚障害が発生したと解するには疑問が残るだけでなく,前記アないしエの各記載とは大きく矛盾している。 (イ) 昭和32,3年ころに発生した症候については,「柱につかまってやっと立ち上がるような状態になり,歩けなくなりました」というものであるが,この頃,P72病院に通い,○と診断されて,治 る。 (イ) 昭和32,3年ころに発生した症候については,「柱につかまってやっと立ち上がるような状態になり,歩けなくなりました」というものであるが,この頃,P72病院に通い,○と診断されて,治療を受けいったん軽快したというのであり,ここでも両手に関する症状はなく,しかも○との診断による治療でいったん軽快したというのである上,被控訴人は昭和46年から48年までの間P55で工員として稼働していたのであるから,水俣病の四肢末梢優位の感覚障害とはその臨床像が一致しない。 また,昭和44,45年頃以降にたまに左足にからす曲がり(こむら返り)が起きるようになった原因としては,○や○の影響が考えられ,これらの疾病による症状ということで説明することが十分に可能であると考えられる。 (ウ) 以上の検討によれば,昭和54年10月に実施された検診等の際に作成された資料からみて,感覚障害等の初発時期はP73診療所に通院を始めた昭和47年頃である可能性が高いというべきである。 (5) 他原因の検討ア変形性脊椎症(頸椎症及び腰椎症)控訴人は,被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害は,変形性脊椎症(頸椎症及び腰椎症)によるものとするのが自然であり,同症が被控訴人の感覚障害の原因疾患である可能性は,水俣病である可能性よりも高いというべきであると主張するので,以下検討する。 (ア) 変形性脊椎症について証拠(乙41,189,224,229,231ないし233)によれば,次の事実が認められる。 ① 変形性脊椎症は,脊椎の変形性変化により発現するもので,我が国の剖検例では,50歳以上の89パーセントにこうした変化がみられるとされ,脊椎に対し力学的負荷を受ける職業従事者において ① 変形性脊椎症は,脊椎の変形性変化により発現するもので,我が国の剖検例では,50歳以上の89パーセントにこうした変化がみられるとされ,脊椎に対し力学的負荷を受ける職業従事者において,より強い変化が認められるとされているが,脊椎の変形があったとしても,そのすべての場合に症状が現れるとはいえないが,臨床的には,整形外科の日常診療において患者の1%から5%がこの病気であるとされるほど有り触れた病気である。 ② 変形性脊椎症は,頸椎に起こる変形性頸椎症と腰椎に起こる変形性腰椎症に分けられ,臨床症状としては,脊髄から枝分かれした脊髄神経の神経根の障害により生じる神経根症状と,脊髄を直接障害されることにより生じる脊髄症状とがあり,これらの合併症状もよくみられる。 ③ 変形性脊椎症においては,脊柱管の狭窄,椎間孔の狭小化や骨棘の形成,さらに椎間板組織が飛び出すヘルニアなどにより,感覚障害や運動障害が発現する④ 臨床症状としては,神経根症状については,頸椎症の場合には,上肢の感覚障害(手袋型の感覚障害を含む。)や運動障害を来し,腰椎 症の場合には,坐骨神経痛等の下肢の感覚障害(靴下型の感覚障害を含む。)や運動障害を来す。脊髄症状については,ある部分の脊髄が圧迫により障害されると,その圧迫部より先の神経すべてに影響を与える。そのため,頸椎の狭窄による脊髄症であっても,上肢のみならず下肢をも含めた,四肢末梢優位の感覚障害を来すこともある。 臨床症状としては,神経根症状として,「主に片方の首~肩~腕~手にかけての痛み,しびれ,力が入りにくいなどの症状」が現れるとされ,脊髄症状としては,「両方の手足がしびれたり,動きが悪くなったりします。ひどくなる は,神経根症状として,「主に片方の首~肩~腕~手にかけての痛み,しびれ,力が入りにくいなどの症状」が現れるとされ,脊髄症状としては,「両方の手足がしびれたり,動きが悪くなったりします。ひどくなると排尿や排便に異常が出たり,ぼたんかけが難しくなる,階段を下りるのがこわくなるなどの症状」が現れるとされている。そして,これらの症状は,被控訴人の訴える症状に近似していると考えられる(例えば乙199の3など)。 (イ) 被控訴人の変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)の可能性証拠(甲56,乙367,368の1ないし16,369の1ないし12)によれば,被控訴人の頸部レントゲン所見では,脊柱管の前後径について,昭和49年8月には,「11㎜」で,第5頚椎と第6頚椎の間で後方に向かって骨棘の突出がみられ,首を後屈すると前屈時に比べて第5頚椎が後方に更に2㎜ずれること,昭和50年7月には,「第5・第6頸椎前後径11~12㎜」とされ,本件処分時においても,「第5・6頸椎脊柱管前後径11㎜」とされており,昭和55年5月のP6病院においても「11㎜」とされていることが認められる(なお,これが平成8年12月には更に8㎜に悪化が進行している。乙209)頸部脊柱管の前後径と脊髄症発症の関係については,広畑和志監修「標準整形外科学・第五版」(乙234)において,「11㎜以下では頚髄症を示す危険性が大きい」とされており,P96の別件訴訟の尋問調書及びP21ら7名共同意見書,P82意見書及びP83意見書でも 同様の見解が示されている(乙210の1・2,212の2,365,367)。 (ウ) 上記の控訴人の主張に対して,P9はその見解(甲165)において,頚椎症では,左右均等に障害されること 同様の見解が示されている(乙210の1・2,212の2,365,367)。 (ウ) 上記の控訴人の主張に対して,P9はその見解(甲165)において,頚椎症では,左右均等に障害されることはまれであり,両側の神経根と脊髄が侵されるような頚椎症は重症な症例(転落や交通事故で頚椎骨折や重度の脊髄損傷等)に限られ,この場合には知覚障害とともに明らかな運動麻痺を伴うので鑑別は容易である」としているが,P83意見書(乙395)によれば,運動麻痺を伴うような重症例でなくとも,神経根症状と脊髄圧迫症状を併発する症例は少なくなく,また,頚椎症によって左右両側性の神経症候が発現することは通常であり,左右同等な場合も少なくないとされており,上記P9の見解を採用することはできない。 また,被控訴人は,認定された水俣病患者でも腱反射の低下・消失を示すものは少なく,正常もしくは亢進の方が多いのであるから,左下肢の反射亢進以外はほぼ正常であった被控訴人の四肢末梢優位の感覚障害を水俣病以外の原因では説明できないと主張する。しかしながら,水俣病においては初期の重症例を除いては腱反射が亢進を示さず減弱・消失を示す例も必ずしも少なくないことが知られているだけではなく(甲44,乙288),腱反射は,変形性脊椎症のうち神経根障害等の末梢神経障害の影響により減弱・消失し,脳腫瘍や変形性脊椎症のうち脊髄障害等の中枢神経障害の影響によっても亢進することから,それらの障害相互の影響により,例えば減弱方向の影響と亢進方向の影響の組合せにより,正常な所見となり得ることなどをも考慮すると,被控訴人の症状を変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)によって説明することに特段の矛盾はないと考えられるのであるから,被控訴人の上記主張は採用できない(乙23,189,215,36 などをも考慮すると,被控訴人の症状を変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)によって説明することに特段の矛盾はないと考えられるのであるから,被控訴人の上記主張は採用できない(乙23,189,215,366,367)。 なお,本件処分後の資料である被控訴人の3回目の申請に係る平成8年の資料等は,本件処分後,被控訴人には○による2回の手術の影響等から両下肢の廃用性の機能低下が進行したことを推測させるものと考えられる(乙366)。 (エ) 以上の検討によれば,被控訴人の症状を変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)の相当の可能性があると説明することが不当であるとは認められない。もっとも,一方で,これが必ず変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)によるものであると直ちに断定することまではできないというべきである。 イ ○手術後の後遺症控訴人は,被控訴人に認められた四肢末梢優位の感覚障害については,○手術後の後遺症による可能性は否定し得ないと主張するので,これにつき検討する。 証拠(乙79,80,217)によれば,腫瘍手術後の後遺症としては,種々の症状が挙げられ,その中には身体の動きなど運動に関わるもの,麻痺やしびれなどの感覚に関わるものがあることが認められる。しかしながら,甲54号証によれば,被控訴人の○は,右傍矢静脈洞に生じたものであることが認められるところ,これにより,左半身に感覚障害が生じ得ることは認められるが,右半身の感覚障害については○の影響である可能性は高いものと解することはできないというべきである。 これに対して,控訴人は,右傍矢静脈洞は脳の左半球に極めて近い箇所であり,生じた腫瘍が鶏卵大の大きさのものであることを考慮すれば,手術により,脳の左半球に何らかの影響を及ぼした結果として,被控訴人の右半身にも感覚障 人は,右傍矢静脈洞は脳の左半球に極めて近い箇所であり,生じた腫瘍が鶏卵大の大きさのものであることを考慮すれば,手術により,脳の左半球に何らかの影響を及ぼした結果として,被控訴人の右半身にも感覚障害を生じさせた可能性や,「鶏卵大」の大きさの髄膜腫が左大脳を相当程度圧迫していた可能性を指摘するが,手術を行ったP84医師の作成した書面(甲54)によれば,同医師は,左下肢の運動知覚 障害については腫瘍による影響と思われるが,右側知覚障害をもたらす程の腫瘍による対側への圧迫偏作はない旨明言していることから,控訴人の上記主張は採用できない。 (6) 本件処分昭和54年10月28日に実施された精神科の公的検診において,当時の認定審査会委員であり,52年判断条件には批判的な立場をとるP18が,控訴人について,「Md(水俣病)を否定できない」と記載しながら,それと同じ頁において,「視野狭窄,構音障害についても○との関連?」,「疫学はやや弱い,問題になるのは知覚のみだがこれもごく軽い」と記載している(甲29)ところ,このような記載も上記のような被控訴人の曝露状況などの個別の事項を総合的に検討した結果を踏まえたものと解されるだけでなく,認定審査会においては,特に棄却処分は全員一致で評決をし,委員の一人でも認定相当の意見であれば保留する運用をしており(乙240の2,262の1・3),本件処分は結局はP18を含めた全員一致による棄却処分がされるに至っていると認められることも考慮せざるを得ないところである。 (7) 結論以上認定の事実によれば,被控訴人のメチル水銀曝露は,昭和35年頃までは認められるが,それ以降は水俣病を発症させる程度の曝露が継続した可能性は低いと認められること,被控訴人には,四肢末梢優位の感覚障害が一応認められる ば,被控訴人のメチル水銀曝露は,昭和35年頃までは認められるが,それ以降は水俣病を発症させる程度の曝露が継続した可能性は低いと認められること,被控訴人には,四肢末梢優位の感覚障害が一応認められるが,その所見には高い信頼を置くことはできないこと,被控訴人の発症時期は昭和47年頃であり,メチル水銀曝露が終了したであろう時期から極めて長期間経過していること,被控訴人には変形性頸椎症(脊髄症及び頸椎症)を来してもおかしくない頸椎の変性が認められ,その症状がこれによってもたらされた相当の可能性があることが認められる。 したがって,認定審査会は52年判断条件に基づいて,被控訴人の症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることの可能性が臨床医学上5 0%以上と認められないので52年判断条件には適合しないとする判断を示し,処分行政庁はこれに依拠して本件申請に対する棄却を宣明する本件処分をしたものと認められるところ,認定審査会の調査審議及び判断は,結論的には52年判断条件の症候の組合せの要件を満たさず,かつ,総合的に検討しても水俣病の罹患は認められないとしたものであって,その調査審議及び判断の過程には,仔細な点についてはともかくとしても,大筋において特段の看過し難い過誤,欠落は認められず,処分行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められ,その他本件全証拠に照らしても同判断に特段不相当な点も見当たらないのであるから,処分行政庁の同判断には不合理な点が認められず,同判断に基づく本件処分は適法であるといわなければならない。 7 本件処分の適法性について(争点①)以上によれば,本件処分は適法であるから,被控訴人の本件処分の取消しを求める本件請求は理由がないので,これを棄却すべきである。 8 公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付 について(争点①)以上によれば,本件処分は適法であるから,被控訴人の本件処分の取消しを求める本件請求は理由がないので,これを棄却すべきである。 8 公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付けの可否について(争点②)公健法4条2項は,同項に規定する者に対して同項に規定する認定についての申請権を認めたものと解されるから,被控訴人の本件請求のうち,水俣病認定の義務付け請求に係る部分は,行訴法3条6項2号に規定する申請型義務付け訴訟に該当するものと解される。 申請型義務付け訴訟については,併合提起された取消訴訟等の訴えに係る請求に理由があると認められない場合には,これを認める余地はないから(行訴法37条の3第5項),被控訴人が求める上記義務付けの訴えは,その要件を欠いていることに帰し,不適法である。 第7 結論以上によれば,本件訴えのうち,公健法4条2項に基づく水俣病認定の義務付け請求に係る部分は不適法であるからこれを却下し,本件処分の取消しを求める本件請求は理由がないからこれを棄却すべきである。 よって,これと異なる原判決中控訴人に関する部分を取り消し,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第5民事部 裁判長裁判官坂本倫城 裁判官西垣昭利 裁判官森實将人
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